Avenue Messidor
初夏はクラボの季節だ。 原種のクラボの実はとても辛いけれど、何百年にもわたる人類の努力の甲斐あって、晴れて現代では、香辛料でなくフルーツとして楽しめる甘酸っぱいクラボの品種が全世界の市場に流通している。なんてことない、トウガラシからパプリカという栽培品種を生み出したのと同じ要領である。 季節になると、カロス地方各地のマルシェには箱入りのクラボの実が氾濫する。くるりと丸まる茎がくっついた艶やかな真紅の実は、ポカブの尻尾によく似ている。 初夏のカロス人は箱ごとクラボの実を買い込み、あるいは庭の木に大量に実ったものを収穫し、生で食べない分をとりあえず大鍋で砂糖煮にする。ちなみにこのとき、種を取り除く家庭と、取り除かない家庭があったりする。 そしてクラボの砂糖煮は、カロス地方の伝統菓子であるクラフティにしたり、タルトにしたり、パイにしたりする。食べきれない分は乾燥させたり冷凍させれば、夏が終わっても楽しめる。
カロスの人間にとってクラボの実とは、夏や太陽、バカンス、若さ、甘さ、失恋の苦しみ、戦争の苦しみなどの象徴である。 クラボの実は柔らかく、新鮮なものを楽しめる季節は短い。クラボの実に恋の儚さを託して歌った有名なシャンソンは、カロスから遥か遠い地方にまで知れ渡っている。あるいはそれは、政府に弾圧された革命政府の短い夏を表すものともされる。 カロスの人間にとってクラボの実は、ただの麻痺直しの便利な道具でも、ただのフルーツでもない。生きる喜びと情熱、そしてそれらもいずれは必ず失われるということ。初夏にクラボの実を口に含めば、きっとそんな思いが去来するだろう。
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<跋>
ポケモンXYのフランス語版では、ミアレシティの春夏秋冬の大通りの名前を、フランス革命暦の花月・熱月・葡萄月・風月からそれぞれ採っているようです。 ところが調べてみると、フランス革命暦では一年間のすべての日付を個別に名付けたらしく、収穫月(Messidor)の第19日が『サクランボの日』なのだそうです。 きっと現実のミアレには12本くらい大通りもあるでしょう。なのでエスニック四つ子がクラボパイを貪り食らっているのは、プランタンアベニューとエテアベニューの間に密やかに存在するであろう通りです。 ところで筆者はポケモン単体も好きですが、トレーナーがポケモンを侍らせているのも好きです。 以上、息抜き(背水の陣ともいう)その2でした。失礼します。
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