※本文中では作者の死生観が語られます。
『生きとし生けるすべての皆様へ
ヨノワールとサマヨールの幽霊レイディオ』
「さ、やってまいりました幽霊レイディオ、略して霊レイのお時間です。
メインパーソナリティは私、任せて安心ヨノワールと」
「アシスタントをつとめます、至って健全サマヨールです」
「当番組は生きている皆様や幽霊の皆様に、ほんの一時でも生活を愉快に感じていただければと思い配信しております。
お聞きの皆様方、30分程度の予定ですがどうかお付き合いくださいませ」
「よろしくお願いします。
……といっても放送してる現在時刻、ご存じでしょうが深夜です。おまけに……今何時?」
「2時10分ぐらいだね」
「前回は1時50分ぐらいにやってましたよね?
この不定期ぶりです。正直なところこの番組、リスナーさんがどれだけいるんでしょうか」
「というかリスナーさんに届いているかどうか、配信機器を担当するロトムの気まぐれによるところがあります。
今回お聞きいただけてる方は案外幸運ですよ」
「狙って聞けるものじゃないですからね。
っていうかリスナーさん、人間の方だったら信じてくれないんじゃないでしょうか。
ヨノワールとサマヨール、つまりポケモンが人間にわかる言葉でラジオまでやってるって」
「ポケモン相手に何を疑ってるんだかねー。わざマシンひとつでサイコキネシスが使えるようになっちゃうんだよ? エスパーだよ」
「いや、誰でもできるってわけじゃないですよね、それ」
「確かにできるできないは種族によるけどさ、それだけエスパーの素質をいろんなポケモンが持ってるってことだよ。
サイコキネシスじゃないけど、テレパシーを届けるぐらい、ある程度の通力を得たポケモンならだいたいできるって、ねぇ」
「その『ある程度』が難しいですよ。通力の修行って説明できるポケモンがどれだけいるんだか」
「いやー、これだ、て決まったやり方が未だに確立されてないんだもん。だから無闇に時間がかかる。
みんな信じないのも、やりとげたポケモンがあまりに少ないからじゃないかな」
「それだけじゃないでしょう。一応、これラジオですよ? 放送機器越しにテレパシーって、普通は通じるとは思いませんって」
「そこはあれだよ、ヨノワールの霊界アンテナ。通訳は機器に取り付いたロトムくんの不思議パワーで」
「うまく説明できないってことですね」
「あー、っと。ディレクターさんから、ゲストが焦れてるってさ」
「流しますね!? って、ぁ……ごめんなさい、前置きが伸びすぎました。最初のコーナー、いきましょう」
『生きてるって素晴らしい』
「はい、『生きてるって素晴らしい』のコーナーです。
このコーナーではゲストにゴーストタイプの方をお呼びして、幽霊なりの苦労をお話しいただいております」
「生きてる苦労に悩むリスナーさんも多いと思います。そんな苦労してる皆様に、死んでも苦労は絶えないよ、と伝えていくのがこのコーナーです。
生きてても死んでても変わんないよ、だったら急いで死ななくても、と。
毎度思うけどこのコーナー、名前変えない?」
「いや、こんな名前で始めちゃったんですから、引っ込みつかなくなっちゃったんでしょう。
俺だってこんな、前向きなんだか後ろ向きなんだかわかんない名前は……」
「平たく言って諦めろってんだからねぇ。行く末を絶望させてるんだもん」
「うらめしいなぁ。呼んどいてやらせることはそれかい? アタシそんな暗い感情は食べてないよ?」
「ちょっ……えー、ゲストさん早いです。また前置きが伸びちゃって……」
「いやま、いいじゃないか。コーナー始まってマイクの前に来たのに、まだ黙っててってのはー、ねぇ」
「無理あるよねー」
「というわけで今回お呼びしましたのは、ユキメノコさんです」
「はーい、やっとね。呼ばれてきました、氷タイプのユキメノコです。どうぞよろしく」
「ありがとう。それではコーナーの目的として、あなたしか知らないような苦労をひとつ、皆様に伝えていただこうと思います」
「ゴーストポケモンの中には生まれた時から幽霊、てのも多いです。生き物としても幽霊としても中途半端、それが俺たちです。
そこでユキメノコさん」
「はい」
「ユキメノコさんは先天的にゴーストタイプってわけじゃないんでしたね」
「そうなんですよ、昔は普通にユキワラシの女の子でした」
「そう、氷タイプだけだった。
というわけで、ゴーストになってからどうだったか。それをちょっと話していただけないでしょうか」
「なってから、てねぇ……やっぱり大騒ぎだったのはユキメノコになった直後だなー。進化するほど強くもなかったんに、オニゴーリでなくこれだもん」
「ある日、出かけた娘が声まで変わって戻ってきたとか、どこのエステティックだよ、てねー」
「なんということでしょう。ご家族の驚きは察するに余りあります」
「あっはっは、あんたらねぇ……。ま、確かに急な進化にも程があったから、父ちゃん母ちゃん大騒ぎよ」
「それはそうでしょう。
あ、そうだ。リスナーの方は進化の事、ご存じと思いますが、一応。
ユキメノコさんは『めざめ石』という進化の石の影響でユキワラシから進化します。別に経験とか実力とか高めなくっても」
「極端な話、生まれた直後でも進化できる可能性はある。
これは自身の能力に依らない、外的要因のみでの進化。言ってみれば不自然なんです、この姿」
「不自然な姿ってちっと引っかかるわね。
前置きでも似たようなこと言ったっしょ? そうなる素質があったからこうなれたの」
「いやいやいや、すみません、不自然ってのは言い間違えた。希少な進化だったから、みんな予想外で騒いじゃった」
「そう! そうなんよ。いつか大人になったらみんなと同じオニゴーリになるとは思っとったん。
でも友達と山に石掘りに行ったときにな、きれーなピカピカ石めっけてぇ。持ち帰ろうって触ったらこれだわ」
「あー、それが『めざめ石』だったんだ」
「周りからは不良扱いだよ。とーちゃん、うちの娘がこんなんなるなんてって怖い顔するし、かーちゃんは育て方間違えたって泣くし。
なりたくてなったでねーがに、だっも信じんがで、なんも良いことなかったよ、こっちは!」
「訛ってる訛ってる。恨めしいのはわかるけど落ち着いて」
「その辺、人間とかは良いわ。ただ大きくなるだけだもん。進化して手足なくなったり、ガラッと姿変わるポケモンって面倒くさいんだから、これ」
「あ、わかりますよ、それ。俺だってサマヨールですもの。ヨマワルだった頃は浮遊してたんです。それが2本足になりまして……なんて言われてると思います?」
「のろまー」
「わ、すっごいムカつく言い方!」
「大当たりですよ、ヨノワールさん……!!」
「ごめんね、サマヨール君。でも私が吹聴してるんじゃないよ? 陰口を聞いたことあるだけだから」
「サマヨール君、そんな言われてるんだ。一気に怒っちゃってまー。氷あるけど、頭冷やす?」
「いりません。ったく!
とにかく、俺みたいに形の変わる進化でも、成長に伴った順当なものなら、大人になった証拠みたいで分かりやすいし、群の中でも当たり前のことと受け入れやすいものです」
「それがちょっと逸れたら不良扱いだもんねー。一応、可能性のある進化なんだけど」
「逆にイーブイみたいな、枝分かれが当然の進化なら、何になっても騒がれにくいもんです。
しかし、珍しいってだけなら私のようなヨノワールも、進化できるのは割と少数なんだよね」
「そー……? 成長じゃないんで?」
「“れいかいのぬの”っていう代物がありまして。強い霊の力が宿っている、と言われるこの道具がないとヨノワールにはなれないんです」
「自身では生涯かかっても集めきれない力を、その布を介して集める、て感じ……と、俺は聞いています。
で、その布がまた出回らないものでして」
「へぇー……じゃ、なれた時どんな感じだった、ヨノワールさん?」
「私はー、行くところまで行っちゃった、て感じだったけど、まー、周りはすごかったね。
喜ばれる、誉められる。妬まれる、恨まれる」
「あの時はすごかったですねー。俺が覚えてるのは、『ヨノワールの血で染めた布が霊界の布になるんだ』ってヤツが……」
「キツかったよ、あれ。死にはしないけど気持ち悪いのがずっと続いて、なかなか快復しなくってさ」
「やられちゃったんだ……」
「今でも襲ってくる人間、いるよ? 迂闊に人前にでるとさ」
「人間に!?」
「そう。ヨノワールに憧れるのはサマヨールだけじゃないんだ。
サマヨールのトレーナーがね、霊界の布を欲しがるんだよ。で、欲しがる人には高値でも売れるってわけで」
「本当に霊界の布が作れるのかも定かじゃないんですけど、それでも信じてる人は多いみたいです。血液の神秘性ってヤツでしょうか」
「ドラゴンの血とか、よく話題にあがるもんねぇ。
ユキメノコさんは、そういう人間に襲われたとか、ありません?」
「アタシはまー……ないかなー」
「あれま。ユキメノコっていったらトレーナーに結構人気なんですけどね。強いとかめんこいとかで」
「そんな人間に好かれたって知らないわよ。
ん……多分だけども、住む場所が場所だから?」
「あー、雪山」
「そりゃ確かに人は来ませんなぁ。
でもその分、出会ったトレーナーとか、血眼で追ってきません? 苦労した以上、珍しいポケモンの1匹でも捕まえないと勘定が合わないとか」
「それがそうでもなくって。
この間、トレーナーの坊ちゃんがね、雪ん中に頭埋めてたんで、引っ張りだして助けたのよ。そしたら悲鳴上げて、『氷漬けはイヤだ』って逃げてって」
「ありゃー」
「ははー、雪解けの頃に発見されるとか思っちゃったのかなー」
「ホンっト失礼しちゃう。そんな人を捕まえて、なんてやったことないのに」
「やったヤツがいたんでしょう、昔に。それに、ゴーストってだけでも変な目で見られますし」
「夜道で出会った人に逃げられたこと、ホント多いよね。ヨマワルの頃は、誘拐される、て言われてさ。
今じゃこっちが誘拐されそうで、夜道でもなきゃ出歩けないけど……」
「苦労するねー、レアなポケモンは」
「ヨノワールさん、しっかり……!」
「しっかりってね、サマヨール君、私はちょっと君が羨ましいよ。
この中で、表を出歩いても特に騒がれないのは君ぐらいじゃないか?」
「それは、えっ……」
「強くなって、能力も増えて、可愛い後輩もできたけども。私も、ユキメノコさんも普通に出歩いたら、悪いヤツに狙われかねないんだ。
その点サマヨールはどうだい? ちょっとは珍しいかもしれないけど、そこまで話題にはならないだろう」
「そう言われましても……。というかヨノワールさん、いくらサマヨールでも……いやヨマワルでも、白昼出歩いていたら変な目で見られますよ、ゴーストですもの。
それに珍しさなら、ヨノワールさんは★でヨマワルが●、サマヨールでも◆ぐらいはあります。捕まえてやる、てトレーナーはいるんですよ、たまに。
もしバトルを挑まれでもしたら、もう泥沼です。負ければ捕まる、撃退したら『こんな強いなら』ってますます狙われる。ヨノワールさんならどうです? 『勝てない相手だ』って恐れられませんか?」
「えー……サマヨール君?」
「サマヨールなら押し切れば勝てる、て微妙に舐められるんですよ。足遅いから逃げられないし。
助けてもらうまでに、いったい何人のトレーナー、相手にしたっけなー……」
「サマヨール君!? 君こそしっかりして!? いや、変なこと言い始めたのは私だけどさ!」
「いやーもう、みんな苦労したのね、うん。
どうよ、ヨノワールさん、コーナーの趣旨には沿ってるんじゃない?」
「そって……確かに沿ってるけど、別にイヤな思い出に浸ろうってコーナーじゃないから!
ほら、サマヨール君も沈まないで。こう言う時は……柏手2つ!」
パン! パン!
『空気を変えよう!!』
「というわけで次のコーナーに移ります!」
『お便りコーナー 教えて、ゴーストさん』
「えー、ちょっと強引に進めましたが、お便りのコーナー『教えて、ゴーストさん』です」
「世間の評価で揃って沈むとは、俺も反省です。
というわけで、このコーナーはさっきと違って、生きているからこそ抱くお悩みや質問に答えるコーナーです」
「こんな番組ですからお便りもそんなに多くないですが、0でもないんですよ。今回取り上げますのはこちら、ラジオネーム:風前のトモシビさんからのお便りです。
えーと、ヨノワールさん、サマヨールさん、ゲストの方、初めまして、風前のトモシビと言います」
「はい、初めまして、トモシビさん」
「こんなラジオ番組がありますことを前回の放送で初めて知りました。幽霊への質問を募集しているとのことでしたので、普段から気になっていることを質問として投稿してみました。
不躾で申し訳ありませんが、早速お伝えします…………」
『死んでからなる幽霊はもう死なないと言われます。
しかしいつか幽霊にも変化や寿命に近いものはあると、私は思います。
そこで質問です。幽霊は月日の経過でどんな風に死ぬか消えるかするのでしょうか』
「……お答えください、と」
「どんな風に、かー。俺はあんまり……ユキメノコさんは?」
「アタシも知らないなー。っていうか、アタシのところじゃ基本的に氷タイプのポケモンとして死ぬんだもん。ゴーストタイプはそんなに……」
「あ、そうですよね。ヨノワールさんは? 何か……」
「私は割と」
「えっ?」
「何か知ってる!?」
「実際に誰かの死に目にあった、てことはないけど、聞いた話でよければ。
とりあえず、このトモシビさんの予想はあってるね。
幽霊も月日の経過で消失する。寿命がある、て言った方がわかりやすいかな。
生き物のように老化して死ぬ、てわけじゃないけど」
「確かに、昔からいる幽霊に会ったことありますけど、ヨボヨボの老人って感じはしなかったですね」
「輪廻という概念があるように、死んだ命はいずれ新たな形に生まれ変わり、新たな命が世に生まれ出る、らしいから。
もし命が増えるばかりで幽霊が消失しないなら、世の中は幽霊で溢れかえっているはず。
と、こんな前置きの上で質問にお答えしようじゃないか」
「……そうだった。質問は寿命の有る無しじゃなかったですね。どんな風に、と」
「どう死んでいくか、だよね。これは、ある長寿のゴーストタイプの方から聞いた話ですが」
「ある長寿の、ですか」
「誰とは言わないよ。さて。
幽霊は基本的に未練で動いてる。未練とは記憶の一部で、それを無くすことがつまり死ぬこと……に、近い」
「未練を忘れると、死ぬ、というか消える? いきなりポンと忘れる訳じゃないですよね?」
「まぁ、事故とかが起きない限り、そうだね。少しずつ、消失するまでに記憶が薄れていくんだ」
「思い出せなくなる……痴呆、に近いんでしょうか」
「近いね。ただ、順序があるんだな。
まず自分が生前に何をしてたか忘れる。
この辺りはまだ軽い。けど見た目が老けないから進行がわかりにくい」
「あ、俺も見たことあります、そういう方」
「まだ軽い方だからね、結構いるんだ。だからか、そのまま長いこといる幽霊もいる。
ただこの先は進みが早い。次は物忘れが自分の名前にまで至る」
「名前、思い出せなくなるんですか」
「特にゴーストポケモンになったのなら、ポケモンとしての名前で呼ばれるから、むしろ忘れやすい。私らとしては軽い方なんだけどね。
普通の幽霊なら、これは割と重い方だ」
「それ、ヨノワールさんも……?」
「いや、私は覚えているさ。まだまだね。
で、名前の次は自分の姿。
自分がどんな顔をしているか、どんな格好をしているか。それを忘れる」
「姿って、水とか氷で見ません?」
「いやー、それがわからない」
「え」
「というのも、なんと姿が朧気になって誰だかわからなくなるんだ。人間の幽霊だったら、人型の何か、て感じに。
この段階から見た目でわかるようになる」
「朧気に……え、まさか心霊写真とかの?」
「あんな感じだよ。個人を判別できない程度に姿がぼやける」
「うわ、俺も見たことある! あれが成れの果て!?」
「そういうことさ。
続いて忘れるのは、自分の種族、というか形を。
ここまで忘れちゃうといよいよ種族もわからなくなる。いったい何者なのか、と」
「さっきは人間なら人間の、ってわかる程度でしたけど、それがさらに?」
「そう、さらにわからなくなるんだ。ほとんど霧みたいな漠然とした形になっちゃってさ」
「そこまでいくと、じゃあ次はいよいよ……?」
「いよいよね、未練を忘れる。
これで幽霊としては、ほぼ体をなさなくなる」
「ただの霧みたいになっちゃう……」
「あれが……」
「意外と身近にあるだろう、サマヨール君。
でも、実はそれが最後じゃない」
「まだ忘れるものが!?」
「もう一声あるんだな。もう、一声。
幽霊は最後に、自分の声を忘れるんだ」
「声ですか?」
「そうだよ。未練を忘れても声や言葉だけは伝えることができる。それが一般には空耳とかお告げとかに感じられる。
しかし声も言葉も忘れてしまえば、いよいよ命の残滓のような霧だけが残る」
「それが、幽霊の消失と……」
「そういうこと。質問への回答は、幽霊を記憶を無くしていき、やがて何者でもない霧に姿を変えるのです、と。
しかし霧になっても幽霊は幽霊。普通の生き物の目には見えず、霧は世界中に漂い続ける。
と! ここで前置きの輪廻の話がでてくる」
「前置きの、ってことはその霧が、新たな命の素に?」
「そうなるわけさ。
ご理解いただけたかなー、風前のトモシビさん。お便りありがとう」
「ありがとうございました。
そういえば、ヨノワールさん。俺、幽霊の霧というとゴースってポケモンを思い浮かべますけど、関連あるって思うのは無理がありますかね?」
「いや、関連ありだよ」
「え、なんかあっさりと?」
「実際あるからには、ねぇ。
……そうだ、ここで問題」
「え゛」
「あっさりじゃつまらないんだろう?
さて、今さっき幽霊が忘れていくものを挙げていったわけだけど、1つだけ、霧の中に残るものがある。
それは、何が残るかな」
「何って……えーと、記憶に、姿、声……」
「アタシらの中にもあるもの?」
「そりゃそうだよ。ヒントは、記憶に関連したもの」
「じゃぁ、記憶を無くした時点でほとんど?」
「だいぶん薄れちゃうねー。じゃ、次のヒントは、なぜ未練を感じるか、ということかな」
「未練を……やり残し?」
「あ、感情!?」
「心ですか?」
「はーい、ふたりともだいたい正解!
霧に残るのは、ほんの少しの心だ。記憶を無くした以上、本能的な感情ばかりだけどね」
「あー……確かに、記憶に関連してて、心に残ってるから未練になる」
「でも、経験とかの記憶が無いから、漠然としてる?」
「そうそう。声が残っているうちはそれを伝えることもできるんだけど、ね。
というところで、霧のポケモン・ゴースとの関連性だ」
「はー、待ってました」
「お待たせしました。
まず、幽霊が記憶をなくして霧になっても、ほんの少しだけ心は残る。
次に、その霧なんだけども、霧と呼ばれるだけあって風に流れるし、空気が淀む場所には溜まる。
そしてだ。溜まった霧の中に悪意や恨めしく思う心が多かった場合……」
「そこにゴースが生まれる、と」
「空気の淀んだところに幽霊がいる、っていうのは、そういうことだったんですね。いるっていうか、生まれる」
「まぁね。さらに言えば、そのゴースがより多くの幽霊の霧を集めたり、力を高めることで記憶や意識がハッキリしていくと、その姿もやがてハッキリしていく。
手があり、頭がある。自分の姿に気付いたとき、ゴーストに進化する」
「じゃあ、ゲンガーはさらに姿形を意識できるようになったから? だからより生き物に近いシルエットになるんだ……」
「なんていうか、ゴーストのアタシたちも勉強になったわ……」
「私も結構、長生きしてるし、それ以上に長生きの方から聞いたものだし。
……と、ここでネタばらし。
今の話、実は全部“らしい”ってこと。不確かなんだ」
「は!?」
「調べようとして調べたって話はひとつもないんだよ。
最初に言った通り、私も聞いただけの話だし、幽霊が霧になるまでをじっくり記録・観察した例は、時間がかかることもあって、どこにもない。それこそ、あの『長寿の方』が見てきたって話だけでね」
「ぇえ!? なんですか、それ。筋が通ってるだけホントっぽいけど、つまり子供だましじゃないですか!」
「そうは言っても、だ。
幽霊が霧になるのを見てきた者はいるわけだし、ゴースの進化も実際にゴーストになる前後に話を聞いたことがあるから、今回話せたんだよ。口伝てでもちょっとは信じてほしいなぁ」
「はー……見事に納得させられた。
でも、古い伝説とかって全部そんなもんよね」
「た、確かに証拠自体が怪しい伝説とか、口伝てしかないとか、有りますけども……。
でも、ヨノワールさん、そうやって俺を何度も騙してきたじゃないですか。俺がヨマワルの頃に適当な嘘いろいろ吹き込んでさ」
「子供を納得させるってのはそういうものだよ。
ややこしい真実を教えるより分かり良い嘘を、てね。子供だましも悪いばかりじゃないさ」
「まぁ、わかりますけど」
「ちなみに、その嘘ってのは?」
「聞きますか!?」
「私からお伝えしましょう!
幼い頃のサマヨール君……いやあの頃はヨマワルちゃんだったな……いろいろ私に聞いてきてねぇ。
まず『なんでヨマワルには足がないの?』と」
「ほうほう、それは?」
「それはね、足下に関係なく、どこへでも行くためだよ。
そう答えると、今度は『じゃなんでサマヨールになったら足ができるの?』と来た。
それは足跡を残すことで、ここは歩いたことのある場所だ、て記憶するためだよ」
「おぉ、じゃ次はヨノワール?」
「当たり。『ヨノワールになったらまた足がなくなっちゃうのは?』と聞かれたよ。
それは足跡で歩いたことを覚えなくても良くなったから。自分の居場所を決めて、どこへも行かなくなったからだよ……とね」
「はぁー……なるほど、そういう見方がー」
「全部うそっぱち! 信じ込まされて、俺は恥ずかしいよ」
「だーれも知らないことだからねー。私も、口から出任せでよくこれだけ言えたもんだ」
「ヨノワールさんのバカ! その才能だけは尊敬に値しますけどね!
ディレクターさん、笑ってないで!」
「あっはっは! サマヨール君、そっちをつっついちゃダメよ」
「目を向けたくなるのはわかるけどねー。
って、え? お便りもう1通! はー、珍しいこともあるねぇ」
「へ!? あー、お便り! まだあった!」
「そうだよ、サマヨール君、気を取り直して。
なになに? ラジオネーム:フランケン・シュタインの被造物さんから」
『私は自然に生まれた命ではありません。様々な生き物の破片から作られた継ぎ接ぎの化け物です。
このような私でも死んだときは、他の皆様と同じように幽霊となるのでしょうか。
おそらく前例のないことでしょうが、お答えください』
「……と」
「人造の命とかいうのですか。近年、てほど新しくもないですけど、人造のポケモンっていましたね。カントーの方に」
「まー、個体数がとにかく少ないからかな。生きてるのも死んだのも見たことはないね、私は」
「ヨノワールさんもですかー。確かにこの、フラン……えーと、被造物さんの言うとおり前例がない」
「でも答えは出せるよ。あってるかどうか、当分は分からないけど、とりあえずでよければ答えようか」
「ですね。では被造物さん、『人造の命でも死んだら幽霊になれるか』という質問ですが」
「なれると思いますよ、あなたも普通の幽霊に」
「ですよね」
「はっきり答えたねー」
「そうさ。幽霊になるだけなら誰だってなれる。たとえ被造物さんが自然に生まれた命でないとしても、命である以上、死んだからには他の命の素になる」
「植物で言うなら、枯れ葉が腐葉土になるまでの状態、てところでしょうか」
「うん、命が人の手によって作られた、という事自体は幽霊になれるかどうかにそんな影響しないはずだから」
「ヨノワールさん、それはなんか根拠があって?」
「まぁね。その……」
「な、なんです? こっち見て」
「新しい命って、ほら、男と女が揃って、アレすることで生まれるでしょう?」
「…………」
「目を背けないでよ、サマヨール君。誕生ってそういうものさ。
ともかく、命が生まれるには必ず誰かが何かをしたって原因があるんだ。
交わらないようなものを混ぜ合わせたのだとしても、命を作る行いがあった以上、生まれたものは命だよ」
「……サマヨール君、性教育って苦手?」
「余所の話ですッ……!
とにかく! ヨノワールさんはこう言いたい? 人造と不自然はイコールじゃないし、不自然でも行く末は同じ、と」
「そうだね。それに、前の回答の時にも関係していること、言っているし」
「え? な、何かありました?」
「未練・記憶が幽霊を動かす、とね。
さて被造物さん、幽霊になれるかどうかは、あなたの出自よりも経験が重要です。
生きている間に多く、強く記憶を残せば、それだけ強い幽霊になれます。ご安心ください!」
「ご安心……なのかしら。ん、この場合は……」
「心配事は死んだ後どうなるか、だからね。ここは、そういうことで」
「で、すね。俺たちも結構 強い記憶……っていうか、思い出、たくさんありますし」
「あ、サマヨール君、それはキレイな言い方だ。
思い出をたくさん残して、あなたも強い幽霊になろう! どうかな?」
「どうかな、て……ギャグですか、ヨノワールさん」
「……まじめなんだけどね」
「ちょっと恥ずかしいわね。でも良いんじゃないかしら。
大した思い出がないまま死んでもロクな幽霊にはならない。それって生きる事への励ましにならない?」
「おお、良いまとめだ! 番組の趣旨に沿ってる!」
「まるで締めみたいですね。
……あ、そう言えば今、何分ぐらいですか?」
「えー……40分超?」
「あれ!?」
「あ、時間オーバー。長引いちゃったわ!」
「キレイにまとまったんだ。サマヨール君、締めよ、締めよ!」
「締める、はい!
ユキメノコさん、今回はゲストとして楽しいお話を、ありがとうございました!」
「いえいえこちらこそ。みんなそれぞれ苦労があるだなーって、アタシも楽しかったから。
ヨノワールさんも、面白い話をしてくれましたし」
「どこまで信じられるかは別だけどね。でも気に入ってもらえたなら、私も覚えていた甲斐があったというものさ」
「うん、童話とか噂話とか、その程度で覚えておくわ」
「それがいいですよ、ユキメノコさん。この人、結構 信用なりませんから」
「はっはっはぁ、そりゃもう人じゃないからねー! 後で見てろ?
それじゃ、サマヨール君、いよいよエンディングが流れてきちゃった」
「よ、よし!
今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました! 本番組では皆様からのお便りを募集しています!
生きることに疲れた方、死んだらどうなるのか気になってる方、お悩み相談から疑問質問まで、俺たちがお答えいたします!」
「また、幽霊やゴーストポケモンの皆様からもお便り募集しております。
普段の悩み、気になること、ございましたらどしどしご応募ください。ゴーストポケモンの先達がお答えしますよー」
「というわけで!
生きとし生けるすべての皆様へ、ヨノワールとサマヨールの幽霊レイディオ」
「メインパーソナリティは私、任せて安心ヨノワールと」
「アシスタントをつとめました、至って健全サマヨール」
「そしてゲストで呼ばれました、鮮度長持ちユキメノコ」
「以上のメンバーでお送りいたしました!
では、この番組が、皆様の生きる気力となりますように!」
「たくさん思い出 作って、強い幽霊になっちゃいましょう!」
「それでは、またの機会にお会いしましょう!
最後に締めの一言、いきます。せーのッ!」
『人生、死んでも終わりじゃないッ!!』