最近ニンゲンの間で「すまほ」とかいう機械が流行ってるだろ。たいてい縦長の長方形をしていて薄っぺらい、手でいじくりまわすアレだ。あいつは遠くの人間と話をしたり、互いの機械の中でしか見えない手紙を送りあったりできるシロモノらしい。どういう仕組みかはよく分からん、ただ不思議とそういうことができるんだと。ポケモンの世界じゃ、手紙はペリッパーだのキャモメだのの郵便屋さんが時間をかけて運んできてくれるモノと相場が決まっている。ましてや遠くにいる相手の声を聴くなんて、言い伝えにしか出てこないようなポケモンがやっと使えるくらいで、ふつうのポケモンには縁がない。ニンゲンには腕っぷしの強さも不思議な力も備わっていないが、ときどきこういう摩訶不思議なことをやってのける。何か負けたような気がして癪な気もするが、単純にうらやましい気がしたりもする。
話が逸れた。ニンゲンの話をしたかったんじゃない。そもそも「すまほ」の話も本題じゃない。あの「すまほ」に必ずと言っていいほどくっついている「もばいるばってりぃ」とかいう小箱、こいつだよ。こいつは俺たちデデンネのようなでんきタイプには最高のごちそうでね。ひげなりしっぽなり触覚なりをうまいこと突っ込むと、あそこからビビッと来るわけだ、「ごちそう」がな。「すまほ」とやらは凄まじい仕事をする分、食い散らかす電気の量も馬鹿でかいんだと。そりゃそうだわな、ポケモンも誰しも働けば腹が減る。ましてや「すまほ」は遠くのニンゲンの声や手紙を届けたりするんだからな。とにかく、ふつう「すまほ」は家で食事をさせてから持ち歩くらしいが、それでもあっという間に腹をすかせる困ったちゃんだから、ニンゲンは電気を蓄えられる小箱、「もばいるばってりぃ」を持ち歩いて――長ったらしいやつだな、「もばってりぃ」と呼んでやろう――、「すまほ」がぴいぴい泣き出したらご飯をくれてやるらしい。ニンゲンやポケモンが遠出するときにお菓子やらきのみやらを持ち歩くのと似ているな。つまり「すまほ」あるところ、ほぼ必ず「もばってりぃ」がともにあると言っても差し支えない。大事なのはここからだ。「『もばってりぃ』あるところ俺たちの食事あり」、これだよ、これ。
こいつはいい! 言うなれば「もばってりぃ」は移動式食堂だ、歩くレストランだ。しかも「ごちそう」のほうからがやってくるなんて、こんな夢のような時代が想像できたか? 俺たちが食事をするときは家でも工場でも電気が食べられるところを探さなきゃならんが、そういうところはたいてい他のポケモンも目を付けていて、食事をするにも順番待ちの連続で一苦労だ――ニンゲンにも教えてやりたいもんだな、食事時に行列を作っているのが自分たちだけだと思ったら、そいつは大間違いだってな――。劣化して被膜の破れた「けえぶる」なんぞを見つけてみろ、次の日からは毎日のように「団体御一行様」状態だ。それを思うと、そこらじゅうに「もばってりぃ」がうようよふらふらしているのは実に都合がいい。工場なんかの電気と違って弱いのが玉にキズだが、そいつに十分目をつむれるくらいにはありがたい。ニンゲンどもの知恵は、ポケモンが有効活用してやらなくちゃな。
ところで「もばってりぃ」の野郎も、俺たちポケモンみたいにいろんな姿かたちをしていて、蓄えられる電気の量も違うらしい。ちょっと電気を拝借(盗むんじゃない、拝借するだけだ。一生な)しただけで干からびちまう軟弱ものもいれば、腹を膨らせる程度には電気を蓄えているやつもいる。俺も何度か「拝借」したことがあるがな、噂に聞いたとおり確かにいろいろと違う。まあ、そんなにまずくはない。ちょいと街に出かけて、小腹を満たすくらいにはなるな。
そんな出張シェフの「もばってりぃ」にも欠点がないわけじゃない。問題がひとつある。それはたいていニンゲンは「もばってりぃ」を「肌身離さず」携帯しているってことだ。こいつが想像以上に厄介だ。なにせ常時離さないわけだから、食べるスキがない。正攻法で攻めれば当然追い払われるし、かといって「もばってりぃ」ごと「拝借」できるような状態じゃない。ここだけの話、俺の知識を伝授してやるとな、あいつはニンゲンが油断して机の上に放り出したり、鞄の中からちょろりとしっぽをのぞかせたときに頂戴するのが最適じゃないかと思うよ。
ん? ここまでして「もばってりぃ」で腹を膨らせるやつはいるのかって?
鋭いね。実に鋭い。そういう着眼はお前さんにいずれ何らかの成果をもたらすよ。
結論から言うとな、まあほとんどいない。だって考えてもみろ、ふつうに警戒の手薄なコンセントからおまんまを頂戴したほうが早いし手間いらずだろ? いくら「もばってりぃ」が鴨がネギ背負ってくるみたいだとは言っても、今じゃコンセントのある建物なんぞは掃いて捨てるほどあるからな、そっちのほうが確実だ。そういうわけで、今日も電気の食べられる場所はレストラン状態、千客万来満員御礼、御一行様どうぞこちらへ、ってなわけだ。
さあて、こんな話をしていたら俺も腹が減ったな。ちょいと一時間ばかし、不注意な「もばってりぃ」を探しに街をうろつくかな。俺は混んでるところで食事をするのはどうにも嫌いでね。それにニンゲンの知恵を有効活用してやらなくちゃな、ニンゲンさまの知恵に驚かされっぱなしじゃ、なんとなく癪な気がするってもんよ。だから俺たちが有効に味わってやるのさ。知ってたか? ニンゲンの知恵は食べると林檎の味がするんだぜ。――本当かって? そいつは自分で試してみるんだな。あばよ、お前さんもうまいこと昼飯にありつくんだぜ。