ぼうっと空を見上げると、雲がゆらゆらと過ぎて行く。
夏の終わりの空は真夏の時の空とは何かが違う気がする。青空は青空で変わらないし、雲の形だって変わらないけれども。毎年そんな事を思っているけれど、それがどうしてかは良く分からない。
夜になれば、少し肌寒くなって来る時期。
良く分からない寂しさと共に、夏毛の役目が終わろうとしている。
そんな早朝、屋根の上で青空のような色の毛皮をしたルカリオを待った。
暫くすると、ひょい、と軽い身のこなしでルカリオが屋根に登って来た。
俺が持っていた小銭をちゃりんちゃりんと軽く手の平で遊びながら出すと、ルカリオも小銭を取り出す。
真夏のある日に、ルカリオと戦っている最中に人間の誰かの植木鉢を壊した。きっと誰かが隠していた金なんだろうけれども、その植木鉢の中から小銭がたっぷりと出て来て、全部盗んでとんずらした。
その小銭ももう、底を尽きかけている。
俺とルカリオの小銭を合わせて、後どの位だろうか。
数えてみれば、ヒウンアイスなら後3つ分位だった。
―――――
毎日毎日を過ごしていく。こいつと会ったのは俺がリオルからルカリオになってから、こいつもゾロアじゃなくてゾロアークだった。
街という場所で、小銭を拾い集めて偶に人間に混じって物を食べる。
街の子供達をあやして、貰った物を食べる。
捕まえられそうになったら逃げる。
夜になれば、雨を凌げる場所で他のポケモン達と寝て、心地良い場所が占領されていれば、偶にその縄張りを争う。
森の中やトレーナーに従う存在になるのとはまた別の生き方。
それに慣れたのはいつ頃だったか、もう覚えていない。
俺がリオルだった頃の記憶も、リオルからルカリオに進化した時の記憶ももう、断片的にしか思い出せない。
ちゃっちゃっ、と爪の音を石畳に響かせながら、ゾロアークと一緒に歩く。
気付けば良く一緒に行動するようになっていたし、仲良くもなっていた。一緒に寝る事も良くあった。
ゾロアークが欠伸をする。軽く猫背で気怠そうな姿。けれども、戦う時になればタイプ相性が悪い俺とも互角に戦う。
「おはよー!」
子供が俺達に手を振って朝っぱらから元気に駆け抜けていく。俺は普通に、ゾロアークは気怠そうに手を振り返す。
「おはよう。冷えて来たわねえ。大丈夫?」
二階建ての家の窓から、そこに住んでいる家族の妻が声を掛ける。頷いて答える。
「よお、今日こそ仲間にしてやる!」
若いトレーナーが、そう言って俺達の前に立った。
俺も気怠くなる。
―――――
付き合ってやる必要もないが、今から最後の小銭をぱあっと使う身としては、動いた方がその後の飯が美味くなるだろうな、と思った。
背伸びをすると、ぽきぽきと音が鳴る。ルカリオがそんな俺を意外そうに見た。
ま、俺だって偶にはお前以外と戦うぞ。
出してきたのはいつも通りのデンチュラとポッタイシ、じゃなくてエンペルト。
成程、進化したのか。
俺とルカリオは、軽く距離を取って、互いに爪と拳を相手に構える。
勝ったら金くれねえかな。
位置の関係上、俺がデンチュラと戦う事になる感じで、デンチュラも俺に電気を纏った糸を飛ばして来た訳だが、それを躱してエンペルトの方に走る。
ルカリオもエンペルトの方に走っている。
あの鋭い腕は当てられたら痛いじゃ済まさそうだな、と思いながらも爪に力を込める。
「デンチュラ! ゾロアークにシグナルビーム!」
後ろをちらりと見て、デンチュラの狙いを見る。
「エンペルト! ゾロアークにメタルクロー!」
両方俺狙いかい。
姿勢を低くしてシグナルビームを躱す。その次の瞬間、飛んだシグナルビームがエンペルトの腕に弾かれて飛んできた。
流石鋼タイプ。
そんな事を思いながら、まともに食らってしまった。
―――――
予想外の攻撃にゾロアークが怯んだ。
エンペルトにはっけいを打ちこむと、痛いな、と睨まれる。
ゾロアークは転がって、続けざまに飛んできたシグナルビームを躱した。
反射された分、あのシグナルビームはそんなに威力は無かったみたいだ。
エンペルトが人間の指示に従って、俺を無視する。アクアジェットで起き上がるゾロアークに追い打ちを掛けようとしているんだろう。
そこを足を引っかけて転ばせて、背中にもう一度はっけい。
動こうとしたから更にもう一度はっけい。
それで気絶した。
素早い俺を無視しようたって、こんな至近距離じゃ無理だろ。
ゾロアークも、デンチュラに距離を詰めていた。放電をナイトバーストで相殺して、爪を突きつけた。
気絶したエンペルトがボールの中に戻って行く。
デンチュラも戦意を失って、すごすごとトレーナーの方へ戻って行った。
シグナルビームを当てられた腹を擦りながら、ゾロアークが息を吐く。流石に少しは痛かったらしい。
ゾロアークがトレーナーの方を見る。何か小銭でも物でも何かくれよとでも言いたげな感じだ。
仕方なく、と言った感じに人間がゾロアークに缶を渡した。一本。
俺の分は?
そんな事を察したのか、人間が俺の方にもう一本投げて来た。
水色の缶、サイコソーダ。
―――――
俺が貰ったのはミックスオレ、ルカリオが貰ったのはサイコソーダ。俺の方が良いものだ。ま、ダメージ食らってしまったしな。
歩きながら、爪で開けて、一気に飲み干す。
少し温いそのジュースが一気に喉を潤した。やっぱりジュースって言うのは一気飲みするのが良いよな。
そんな俺を気付けばルカリオがジト目で見つめて来ていた。
その手は、カツカツと、蓋を開けられない指が必死に開ける部分を引っ掻いていた。
爪を引っ掛けて、開けてやる。
ぷしゅ、と音を立てて静かに炭酸が漏れ出て行く。ルカリオは慎重に飲み始めた。炭酸は一気飲み出来ないから、少し残念だよな。嫌いじゃないけれど。
空いた缶を宙に投げて、蹴ってゴミ箱に入れる。ルカリオも同じようにやって、外した。
溜息を吐いてルカリオがそれを拾って手で入れた。
目の先には、いつも朝早くからやっているアイス売り場が見えて来ていた。
小銭を確認する。いつものヒウンアイスなら3つだけれど、もう一ランク上のアイスなら、2つ。それを頼もう。
―――――
今年の夏は、途中まではいつも通りだった。
真夏、うだるような暑さだったし、そんな中の楽しみと言えば、小銭を集めて買うアイス。
俺とゾロアークで集めた小銭でいつも大体、アイス1個がやっと。
戦って勝った方が、動けなくなった体から小銭を奪い取ってアイスを買う。偶に体からもぎ取って逃げ切ってアイスを買って、そのまま口に突っ込む。そして冷たさで悶える。一回、食べようとした所に突っ込まれて地面に落としたっけ。
それは去年だったっけ。覚えてない。
途中から、誰かの金を見つけてそれからは、のんびりアイスを買った。
毎年に比べれば、幸せだったか。アイスを食べられた回数は多かった。けれど、意外と幸せだったかと聞かれれば、同じ位かもしれない。
ふと、のんびりとアイスを食べながら思った事がある。
達成感が無いな。
戦って、勝ち得たものがアイスだった。それがただ、手に入るようになった。
味は変わらないし、美味さも多分、変わらない。
けれど、勝てなかった時に生暖かい地べたで、次こそはと思う事も無くなったし、勝利と一緒に得る快感も無くなった。
毎日アイスを食べられる事が嫌だった訳じゃない。寧ろ、毎日食べられる事はそれはそれで幸せだった。
けれど、物足りなさがあった事も事実だった。
ゾロアークが爪を指して、もう一つ上のランクのアイスを注文しようとしている。一番上のアイスなら、1個だけ買える。
それと、いつも通りのアイスがもう1個。
ゾロアークの腕を掴んで、それを止めた。
―――――
ルカリオが最上級のアイスに指を指してから、俺の方を向いて来た。
……俺はダメージを受けているんだけどな。
時間が少し経って、ミックスオレも飲んで大体回復しているとは言え。
けれども、俺は笑った。
それを含めても良い提案だった。
「うん? それを頼むのかい?」
ちょっと待ってと首を振った。
アイス屋から距離を取って、街のど真ん中で互いにもう一度、今度は向かい合って爪と拳を構える。
賭けるものは、いつも通り、互いが持っている金。
それは夏に限らず、秋、冬、春、いつになっても変わらないだろう。
けれど、こうして毎日のようにアイスを買えるのは、今日が最後。一番きっとでかくて旨いであろうアイスは、今日だけしかきっと食えない。
静かに、涼しくなった風が吹く。太陽が俺とルカリオを家の上から照らし始める。
「こっちに被害を飛ばさないでくれよー」
その呑気な声が、始まりの合図だった。