メッセンジャーは唐突に現れて、私にこう言った。
「この世界はもう、終わったんだよ」
私はそのポケモンの言葉の意味を、よく理解している。だからこそ、認められなかった。
レンガ造りの大きなおうち。たくさんのぬいぐるみに囲まれた、私好みの素敵な空間。
そんな私の部屋の中にそいつはずかずかと入ってくる。そいつに足は無いけれども。
その、水色の丸い身体にヒラヒラとした布が付いたポケモンはチリンと声を鳴らして、繰り返す。
「いいかい? この世界は終わったんだ。もうじきここは完全に消滅する。だからキミのご主人様の元に帰るんだ」
私は静かに首を横に振る。
そんな私の態度にそいつは呆れた表情を見せた。
宥めるように私に説得をするメッセンジャー。
「キミがいつまでもここから帰ろうとしないから、みんな困ってる」
知らない、そんなの。私はここに居続けるんだ。
そう拗ねる私に、メッセンジャーはため息をつきながらこぼす。
「ここに居ても、もう誰も来やしないよ」
聞き捨てならない言葉に、私は反射的に食いつく。
どうしてそう言い切れるの? ここは、みんなの夢の楽園だったのに。
「夢の楽園、ね。その楽園にも、始まりがあれば終わりがあるだけの話だ。終わってしまったから、みんなここを去っていった」
……嘘だ。
「キミだって、みんながもういないことに気付いてるはずだ。だからこそ、こんなぬいぐるみだらけの部屋に閉じ籠っている。もうキミはこんなものでしか、キミの心を誤魔化せない」
そいつはそう蔑む口調で呟いた後、私のぬいぐるみ達を片っ端から宝箱へしまい始めた。
私はその行為をとても不快に感じ、涙がこぼれそうになったがぐっと堪える。
口をぎゅっと一文字にして家から出ていこうとする私に、奴は宣告した。
「探しても無駄だ。キミがこの世界に残っている最後のポケモンだから」
私は小さくうるさい、とだけ返事を返して、扉を開けくぐった。
緑の芝生が敷き詰められた、空に浮かぶ小さな浮き島。お家の他に畑や棚がある、広くもなく狭くもない、私と私のトレーナーのテリトリー。
この世界にはこんな感じの浮き島がいくつも、数えきれないくらいたくさんあった。
他の島は、他のトレーナーのポケモンが所有していた。今は過去形である。
以前は友達になった子の浮き島に行くことが出来た。でも、今は出来ない。
友達の浮き島に行こうとしても、見つからなかった。
探しても、探しても。
あいつの言う通りならば、みんなここから去ってしまったのだろう。
「ほら、言った通りだろう」
いつの間にか隣に来ていたメッセンジャーが、むかつく声で言った。
私はそれでも現実に納得がいかず、今でもたった一つだけ空に見える、大きな浮き島を指差して尋ねる。
あの島は、どうなっているの?
私の問いに、そいつはチリンと透き通る声で答える。
「あの島は、今は立ち入り禁止だよ」
立ち入り禁止……いつもあの島に行くときに架かる虹の橋が現れないのは、立ち入り禁止だから?
「そうだよ。何、あの島に行きたいの?」
私は無言でうなずく。
「仕方がない、特別だよ。あの島に行ったら帰るんだよ」
と、そいつはしぶしぶ承諾してくれた。
そいつが合図を出すと七色の虹でできた橋が架かる。
私たちは足早に、その橋を渡った。
「ゆめしま」と呼ばれていた大きな島には、山や海、洞窟に洋館、公園などいろんな場所があった。
私はメッセンジャーに頼んで最後に行きたかった場所に連れて行ってもらう。
そこは、小さな森。
初めて私が「ゆめしま」にやってきた時に訪れた思い出の場所。
草むらや池、木の上などから色んなポケモン達が現れた時は、驚いたっけ。
お家にあるボードに貼られた数多くの友達の写真を思い返す。
私はここで、本当に多くの友達と仲間と出会えた。そんな出会いはこれからも続くものだと、無邪気に信じていた。
――想定はしていたけれど草むらは音沙汰なく、池の水面も揺れる様子もなく、木の上を見上げてみても誰もいない。
見知った顔も、見知らぬ顔ももう誰もいない。
私は思った。思い知らされた。
こんなにも、静かな場所だったのか。と。
そうして歩いていくと、とうとう島の中央にある終わりの場所、大樹の元まで辿り着いてしまった。
今まで大樹は、みんなの夢を集め、シャボンのような無数の光を携えていた。
けれども、今私が見ている大樹はまるで枯れてしまったかのように活力を感じられない。
それは、まるで終わりを迎えてしまったモノの、なれの果てのようだった。
メッセンジャーは三度、終わりを告げる。
「この夢世界は、終わったんだ」
メッセンジャーの一言に、ぐっと堪えていたはずの涙が溢れだし、私は大声で泣いた。
私にとって、ここは大切な居場所だった。
たくさんの思い出をもらった場所だった。
大切な友達と時間を過ごした場所だった。
私にはまだ、この世界が必要だ。
なのに、なのに、どうして!
「覚めない夢なんて、夢とは言わないんだよ。それともキミは、独りぼっちの夢を見続けたいのかい?」
メッセンジャーは現実を突きつける。
ああ、そうだ。
解っている。
私が望むのは、独りぼっちじゃない。
「いい加減、思い出にしてあげよう」
思い出に……でも、思い出にしてしまったら、いずれ忘れてしまうじゃないか。
どんなに大切な友達との記憶も、それぞれの未来へ歩み出したら消えていってしまうじゃないか。
「それでも消えないモノはあるよ」
それは、なに?
「繋がり、さ」
メッセンジャーが木魂するような音を放つ。
辺り一帯の大地が鼓動する。
大樹の根元が光に包まれ
透明なシャボン玉のような光がいっせいに浮かび上がった。
今まで見たどんな景色より、美しいと感じる私がいた。
私の意識も光に誘われて空へと引っ張られていく。
天高く、天高く、光と一緒にどこまでも上昇していった。
下方に見える大樹が、メッセンジャーがどんどん小さくなっていく。
メッセンジャーは最期にどこまでも通るような真っ直ぐな声で、こんなメッセージをくれた。
「今までこの世界を愛してくれて、ありがとう! バイバイ!」
咄嗟に私は叫んだ。
思い切り声を張り上げ叫んだ。
ありったけの感謝の気持ちを込めて、
はるか彼方に消えていく、
あそこに向かって、高らかに!
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そして、ベッドの中の私に、ご主人はやさしく語りかけた。
「おはよう。おかえり――お疲れ様」
私は泣きじゃくりながら、一声鳴いて応える。
ただいま!
あとがき
BWのPDWが運営終了してしまった後に思いついたお話しでした。