ポケモントレーナーだからと言って、ポケモンに頼りきるのはいけない。空を飛ぶ為にポケモンを頼らず、自分の背中にジェットパックを付けろと言ったり、早く移動する為に自動車を使えとか、そう言う意味ではなく。
要するに、歩いて行ける距離ならポケモンに態々乗ったりして行くべきじゃないだろうし、飛ばなくても楽々行ける場所なら、同じく。
でも、俺のパートナー達が、疲れ果ててる俺を心配そうに見つめて来るのを見ると、頼るべきだったかな、と思った。
あー、疲れた。
山奥の秘境の温泉、とやらに主人は私達を連れて来た。一番の古参のメガニウム。続いてオオスバメ。それからレントラー、ラプラス、ドリュウズ、そして一番最後に私。
地上じゃ上手く動けないラプラスを除いて私達はその山を登って来たけれど、自分の力で出来る事は自分でやるって言ってる主人のポリシーでオオスバメに乗って大空を翔けて一気にその山奥まで行く事もなく、レントラーに乗って山道を駆けて一気に山奥に行く事もなく。
私も疲れた。歩ける中じゃ一番体重は重いし、自分の特性を抑え込んでおくのもそれはそれで疲れるから。
「お待ちかねの温泉だ……って言っても、メガニウムとドリュウズとバンギラスはちょっと嫌かな?」
さあ? とメガニウムとドリュウズは首を傾げた。入った事は無いんだろうな。
私は首を振った。
私自身の故郷に温泉はあった。まだその時野生だった私の姉貴分が好きで入っていたけれど、私はどうも好きになれなかった。
ヨーギラスの時は、特に水タイプは最大の弱点の一つだったし。今は最大ではないけれど、苦手なのには変わりない。
「じゃあ、好きなようにぶらぶらしてても良いぞ。暗くなるまでに帰って来てくれれば良いからさ」
そう言って主人は立ち上がって、周りを見回した。
確かに、この山は広い。美味しい土も結構あると思えた。
私は、主人達が村に入って温泉に行くのを傍目に見ながら、山の奥に美味しい土を求めて歩いて行く。
山を歩いて来て、結構疲れているけれど、この位でへこたれちゃあ、バトルでも活躍出来ない。
山が少し騒がしかった。
どうやら、余所者が入り込んでいるようだった。
岩蛇に稽古を付けていたが、それを中断してその騒がしい方に歩いていく。
極力森林を傷つけないように。俺の頭の鋼の角が木に当たっちまうと、それだけで結構深く傷ついちまう。
森の木々、それ一つ一つが、こんな森の中で一応主を務めている俺よりも遥かに長く生きている。
そして、その木々の恵みが巡り巡って、俺達を生かしている。その根幹である木々を守る事は、俺にとっての生きがいでもあった。
土を踏みしめれば、俺の自重で水が染み出て来る事もある。俺が水が苦手なのは残念だ。
温泉も、好きで入っている奴等を良く見るが、俺なんかが入ってしまったら、この自慢の鋼の肉体が錆びだらけになっちまう。
温泉の良さが分からないってのは、結構損をしているんだろう。
森の上で葉蜥蜴と葉包虫が遠くの方を見ていた。俺が呼びかけると、そいつらは俺に、その余所者が居る方を指してきた。
その方を、見通しの良い場所まで移動して見てみると、僅かに砂嵐が巻き起こっているのが分かった。
あー、と面倒な感情が湧き上がって来る。
人間のパートナーだろ、あれ。岩鎧。
俺より、基本的な能力は上。そして、人間と一緒に居るって事は、強さもかなりあると見て良い。
でもまあ、ここは俺の故郷でもあり、そして俺が一番熟知している。負ける事はまあ、無い。
温泉の成分がこびりついた土や岩は、食べていると自分の故郷を思い出すかのようで感傷に浸る事が出来た。
姉貴分は今、どうしているんだろう。別れも告げずに今の主人に付いて来ている訳だけど。でもまあ、折って来なかったって事は、そういう事なのだろうし、姉貴分は進化して強くなった私よりもより強い筈だ。
そもそも、私の苦手な格闘タイプが入っているし、炎タイプが次いでに入っているのにも関わらず温泉が好きな酔狂な輩でもあった訳だし。
特性も解放して、そこらの岩に座ってふぅー、と息を吐く。メガニウムとドリュウズは温泉を堪能してるんだろうか。私にはやっぱり無理な気がする。
この鎧の穴からダイレクトに水が染み込んで来るなんて、やっぱり考えただけでも余りしたくない。
土を食べて、硫黄の臭くてしょっぱい味を堪能する。食べ過ぎるとお腹を壊しちゃうから、程々にと思うけど、この懐かしい味を堪能出来るなら、一度位お腹を壊してもいいかな、と思う。
暫くそうしてぼうっと、もしゃもしゃ食べていると、後ろから足音が聞こえた。
振り向くと、もう近くに居た。山の上の方から来たらしい、ボスゴドラ。
ここの山の主って事で良いんだろうか。土を食べてる私を半分迷惑そうに見て来た。
邪魔だ、と言わんばかりに、ボスゴドラがくい、と首で村の方へ帰るように示してきた。
ちょっと、ムカついた。
俺の仕草に苛立ちでも覚えたのか、拳を振って来た。
もう、振り向いた時のような穏やかな目は無く、戦闘をする気になっていた。
とは言え、殺し合いまでをするような強い殺気が籠ってもいない。俺をぶちのめして帰るつもりなんだろう。
拳を掴んで受け止めると、びりびりと腕が痺れる。
中々強い殴打だった。受け止められると、尻尾を回して俺の脇腹を狙って来る。それを一歩引いて躱すと、近くにあった木が容易くへし折られた。
あー、ここでやったら木が何本折られるか分からん。俺も折ってしまうだろうし。
仕方ない、ちょっと移動するか。
続いて来た噛みつきを腕の硬い部分で受け止めても、みしみしと痛む。それを受けたまま、俺は岩鎧に向って突進した。
岩鎧が驚くも、高所の方からの、重い俺を受け止められずに一緒にごろごろと転がる。
木が数本、いや十本以上またへし折れてしまうが、あそこで戦い続けるよりはマシだ。バキバキと木がへし折れ、時たま岩にぶつかり、痛みに互いが顔を顰める。そして、最後に川の中へ落ちた。
互いに水面に叩きつけられる。俺も岩鎧も、受け身を取るが、かなり痛い。
とは言え、頑丈さなら俺の方が上だ。ここならもう、木も折れる事も無い。
続いて折れた木もばしゃばしゃと落ちて来た。
水の中に落とされ、痛みに怯んでいる間に、ボスゴドラは体勢をもう整えていた。
何か、少しヤバい相手かもしれない。私は目の前のボスゴドラに対する認識をちょっと改めた。
互いに水の中。苦手なのは一緒だ。でも、私にとってここは全く知らない場所。地の利は断然ボスゴドラにあった。
ボスゴドラが落ちて来た木の一本を両手で拾い上げて、振り回してきた。体で受け止めても結構痛い。氷のキバで凍らせて破壊すれば、短くなった木を投げつけて来た。
腕で払って走る。私の鎧の穴から水が入って来て嫌な感じだし、重いけど、距離を保ったまま戦うんじゃ、私の覚えている技じゃ相性とかが悪かった。
こんな場所で地震なんて技使ったらボスゴドラのみならず、この森のポケモン達全員に恨みを買うだろうし、もう一つのストーンエッジはそもそもボスゴドラに余り効かない。
それに地の利があるボスゴドラに対して距離を保ったまま戦うのも嫌だった。
走って来て、単純に殴り掛かった私に対して、ボスゴドラがその腕を上手く取って後ろへいなした。
転びそうになった私の足に尻尾を払い、転ばせられる。
手を付いた私の顔に水しぶきが掛かる。
……強い!
ちょっとじゃない、かなり、強い。
ぞくぞくとした感情が湧き上がって来る。追撃を避けて立ち上がり、今度は互いに腕を組んで頭突きをかます。
アイアンヘッドに対して、私は技でも何でもない単なる頭突き。ダメージは私の方が遥かに大きい。
けれど、久々に感じる強敵との戦い、私は高揚していた。
尻尾を足に巻きつける。ボスゴドラも私の足に尻尾を巻きつけて来た。
ざあざあと川の流れを受けながら、尻尾で互いに体を崩そうとしながら、私は氷のキバをボスゴドラの肩に見舞った。再度のアイアンヘッドで無理矢理外される。けれど、もう片方に即座に氷のキバ。
これでボスゴドラの両肩は余り動かなくなった。
腕に力を籠め、強引に押し倒そうと、叩きつけようとボスゴドラに向けて体重を掛ける。ボスゴドラは力づくで無理矢理氷をバキバキと破壊して地面に叩きつけようとする私に刃向って来た。
けどもう遅い。ボスゴドラの股に足を掛け、そして尻尾でも引っ張り、体当たりをかます。
ボスゴドラは背中から川に突っ込んだ。
倒れた俺に対して拳を数発叩きつけられる。一発一発が強烈で、次の拳を受け止めようとした所に強烈な尻尾の一撃が顎に入った。
歯を食いしばってその尻尾を抱き、体を捩った。岩鎧の体がよろけて、思い切り足を尻尾で払う。そうすれば、岩鎧が俺の上を越えて盛大に川に叩きつけられた。
そこからは、揉みくちゃになりながら、川の中で殴り合い、叩きつけ合い、噛み合い。
どれだけそうしていたか。
俺の体はぼろぼろになってたし、岩鎧の体もぼろぼろだった。
ふぅー、ふぅーと息を吐きながら、また立ち上がって距離を取ると、岩鎧が笑っていた。俺は笑っているだろうか。良く分からなかった。
俺にとっての目的は森を守る事だったが、この戦いを楽しいと感じる俺も居たし。
そして、先に地に伏したのは、岩鎧だった。体力の限界が来ているようだった。
負けても岩鎧は笑っていた。俺が岩鎧の前まで歩いて行き、さっさと帰れと首を動かすと岩鎧はゆっくりと立ち上がって、俺に唐突に口付けをしてきた。
一瞬、混乱する。舌を絡ませながら、どこに隠し持っていたのか、甘い果実の味もした。
岩鎧は俺を抱いて来た。体力が少しながら回復するその果実を飲み込みながら、俺も自然と抱き返し、舌を交わわせていた。岩鎧が俺を押し倒そうとして、それを俺は許さなかった。
俺が負けじと岩鎧を押し倒そうとすると、岩鎧はあっさりとそれを受け入れ、押し倒された。
舌を交わわせながら、俺は激しく岩鎧を貫いた。苦手な水の中だとか、そういう事はもうどうでも良かった。
転がり、互いに主導権を握りながら、上と下で交わり続けた。深く深く、互いに初めてのようだったが、そんな事はどうでも良く。いや、交わる事以外の全てがどうでも良く。
只管襲って来る初めての快感に身を預けた。