その日は蝉のよく鳴く7月の頭のことであった。耳をすませば照り付ける日差しが肌を焼くじゅうじゅうという音が聞こえてきそうな程暑い昼ころ。思えばあの時の私は暑さでどうかしていたのかもしれない。私はいつものコインランドリーに洗濯物を入れ、待ち時間をぶらぶらと歩いていた。
カナズミシティというのは、このホウエン地方においては、1.2を争う規模の都市となる。その要因が私の職場でもあるデボンコーポレーションだ。主にポケモンとそのトレーナーに関わるグッズ開発を行いそれなりの成功を収めている。私がこの企業に就職を決めた日、大喜びでほめてくれた両親の顔はよく覚えている。将来安定、幸福な未来がきっと待っているとそう思っていたのだ。この私も。
実際どうだったかというと、勤めだして二年、労働環境は良いし、先輩や上司にいびられたり、給料に悩まされるということもない(決して多いとは言えないが)。定期的に開かれる飲み会や合コンにも参加はしているがいまだ年齢イコール彼女いない歴のままだ。
時々考えることがある。もしも就職を決める前の私が安定の道を避け、ポケモントレーナーになっていたらと。ポケモントレーナーとして成功できるのはわずかだ。長く苦しい修行の旅をつづけ、それでもうだつの上がらないまま終わっていく者は多い。しかしそれでも今の生活より”生きがい”のようなものがあったのかもしれない。
コインランドリーの近くの公園に着くとさっそくいつものベンチへと向かっていった。ここのベンチには屋根があり日陰の中で座れるのだ。私は太陽から逃げ込むように屋根の下へ入ると、買っておいた炭酸飲料のフタをぐいと開けた。五分の一ほどをムセそうになりながら飲み込む。この瞬間がたまらなく爽快だ。私はこみあげてくるガスを吐き出そうとちらっとあたりを見渡した。周りに人はいなかったが、思わぬ先客がいたことにここで初めて気づいた。ふぅと控えめにガスを吐き出し、先客のもとへ寄ってみた。
テッカニンというポケモンは動きが速くバトルでは高速で空中を飛び回り相手を翻弄するという。しかし今目の前で地べたに横たわっているポケモンはゆっくりとでさえ動けなさそうだった。死にかけているのだろう。近づく私に視線だけを向けている。
そのテッカニンはもたれるように、あるいは抱きかかえるようにしてタマゴに寄り添っていた。興味の湧いた私はそのタマゴへ手を伸ばしてみた。
ーージジジッー!
鋭く大きな音を立て微動だに出来ないと思っていたテッカニンが威嚇した。とがった爪をこちらに向けている。
このテッカニンはタマゴを守ろうとしているのだ。当然のことかもしれない。自分が今にも死にそうな中、野生のポケモンにのこされた使命はただ一つ、次の世代を確実につないでいくことだ。
ところがその当たり前の行為が私にはとても腹立たしく感じた。私は彼らに危害を加えるつもりなんてなかった。ただの興味本位でタマゴを手に取ってみようとしただけだ。ちょっと見せてもらった後にはちゃんと彼のもとへ戻すつもりだった。それをこの虫は気の狂った殺人鬼から子を守るようにして威嚇したのだ。
私は伸ばした手を引っ込めると代わりに右足を大きく後ろへと引いた。
ジージージージーと蝉のうるさい音がする。うだるような暑さが思考を止める。
気付くと私は引き上げた足を振り下ろしていた。
蝉の鳴き声が止んだ。
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ぱぱぱっと書いて終わりっ!
ホワイティ杯みなさんお疲れ様でした