こんばんは。にっかと申します。また投稿させていただきます。
今回もまた、ダークな感じのものですが。本当は明るい話も……。
というわけで、今回はダムの底には沈みません。読後、ダムに向かうかどうかはお任せします。
私は上司に言われた通りに、取調室の扉をくぐる。
簡素な取調室にはブラインドの下がった窓と、刑事ドラマでよく見かけるマジックミラー。そして年季が入って少し茶色がかった白い壁紙。そして、簡素なテーブルにパイプ椅子。
私は警官ではないけど、今回特例で取調室でこの警察署の刑事の代わりに取り調べをする事になった。
私は、保健所の携帯獣保護課の職員。なんで私が警察署で取り調べをするかというと、ちょっと複雑な事情があって。まあ、目の前に座ってるフーディンのせいなんだけど。
私はパソコンをフーディンの目の前に置く。
そして、この警察署の刑事から渡された資料をバインダーに挟んで、ペンと共にパソコンの横に置く。
さてと、あらましはここに来る途中にかいつまんで聞いたけど、詳細はさっき渡されたこの資料見ないとわからない。まあ、私の聞いている概略をこの資料という名の、脈略のない調書と照らし合わせていこう。
話の始まりは、ざっとこういった感じ。
この街の夜。そう、終電や終バス位の時間に家路につく人たちの間で、こそっと囁かれていた噂。あまりにもホラーじみているので、恐怖に駆られた酔っ払いが交番に駆け込む事もなんどもあったっていう。だから、警察でも処分に困る調書って事で、保留のまま倉庫で埃をかぶっていた話が現実になっただけ。
話は単純、夜中駅やバス停からの家路、場所は特に関係ないけど。
『なあ、飴をくれないか?』
後ろや、脇道の方からそう声をかけられて、振り向くと誰もいない。
『飴持ってないのか……?』
しばらくキョロキョロしていると、声の主は何処からかまたつぶやく。それだけ。ただ、それだけなだけに、変な恐怖心を感じる。それで、夜遅い人たちの間ではそれなりに知られた話題だった。
ま、それだけの話なら当然のように尾鰭がついて、都市伝説化しかけていた。都市伝説で済ませるか、不審者が人知れず徘徊しているかは人によって対応が違う。けど、何処かのお節介さんだかが「もし、うちの子供達に何かあったらどうする!!」と連日警察にクレームを入れて、警官の巡回が増えたという。まあ、そんな深夜に子供を外に出す親の方がどうかしているけど。私からすればそんな気狂いな親は余計な事に気を取られて、自分の子供がかなり年上の彼氏の家に転がり込んで、しけ込んでるなんて思っちゃいないんだろうけどさ……。それはそれ、置いといて。
で、渋々警官が夜勤を増やして街の中を巡回していたら。
『なあ、飴をくれないか?』
という声を聞く警官が続出して、気味悪がった警官達が本気で捜査した結果捕まったのがこのフーディン。捕まった経緯は、大捕物という事もなく。
「飴ならあるぜ!!」
の一言。そう呟いてみた警官の前に、いつの間にかフーディンが立っていたという。
『なあ、飴をくれないか?』
警官は飴玉一粒で、警察署に連行してきた。
警察署で詳しく調べた結果、このフーディンは彼(オスのようだ)自身の念話で意思の疎通は取れる。ただ、捕まえてみてわかったのは、このフーディンが野生のフーディンだったという事。捨てられたのか、逃げ出したのかはわからないけど。
で、それなら、飴玉でも与えて野に放てばいいのだけれど……。実際、警察署ではそうしたみたいだけど。気がつくと留置場にこのフーディンが現れているという。そこで、保健所で野生のポケモンを相手にしている私がここに呼ばれたわけ。長々と、説明にお付き合い頂きありがとね。
『なあ、飴をくれないか?』
私が、バインダーの資料に目を通していると。唐突にフーデインから声をかけられた。
「飴?飴って?」
『飴、持ってないのか……?』
お決まりのパターン。私は白衣のポケットから飴を一つ取り出して。フーディンの前でちらつかせる?
「これの事?」
『なあ、飴をくれなか?』
「あげたら何してくれる?」
私は笑顔で、フーディンの前で飴をちらつかせる。
『なあ、その飴はくれないのか?』
「だから、あげたら何してくれるの?」
私は、違う反応を見せたフーディンに追い打ちをかけてみる。フーディンは、一瞬固まったものの。
『話をする。なあ、飴をくれないか?』
「ふーん……?」
私は、飴をフーディンに投げる。上手に手のひらで受け取ったフーディンは、包みを開けると無表情なまま舐め始める。視線は私に向けられたまま。両手は膝の上に置いて、取調室のパイプ椅子に大人しく座っている。
「ふーん……」
席を立って、フーディンの周りを一周回ってみる。顔だけ動かして飴を舐めながら、相変わらず私から視線をそらさない。
「あの?ターニャさん?」
取調室の扉が開いて、制服を着た警官が顔を出す。
「何?」
「ちょっと……」
手招きされたので、渋々警官について取調室を出る。取調室の隣室のに通される、室内の電話の受話器が外れて保留中になっていた。促されて受話器を取る。
「はい?」
「私だ」
私に向かって、簡潔に「私だ」ですませる人は、上司しかいない。
「なんですか?ようやく口を開いてくれたところだったんですよ?」
「何か言ってきたのかターニャ?」
私は自前の金髪を無造作に掻き上げると、心の中で悪態をついて。
「何も言ってません。文字通り口を開けることに成功しました。コミュニケーションの第一歩目の手前状態です。切ります」
「ちょっと待ってくれ、頼まれていた検査……」
「心読まれるとめんどいんで、1時間後にこっちから連絡します。それまで、待っててください」
とだけ言うと、「おいっ!!」と言う短い抗議は無視して受話器を置く。
「いいんですか?」
警官に尋ねられるけど、よくなきゃそもそも電話を切らない。
「ところで、調べておいて欲しい事があるんですけど?」
私は、メモ用紙の切れ端を無造作に警官に押し付ける。
「よろしく〜」と、手をひらひらさせて部屋を出ると取調室に戻る。
取調室では、相変わらず手を膝の上に乗せて、飴を舐めるフーディンが。私が入ってくるのを見ると、また私を凝視し始めた。
「で?話って何かしら?」
ブラインドが降りている窓の、ブラインドを思いっきり上に引き上げる。太陽光が急に入ってきて眩しいはずだけど、フーディンは相変わらず目を見開いて私を凝視している。
『なあ、飴をくれないか?』
「あげたら、何を話してくれるのかな〜?」
私は再びポケットから飴の小袋を出してちらつかせる。
『飴をくれたら、ターニャの話をする』
私は飴を放り投げる、フーディンはまた手で受け止めると、小袋を破り舐め始める。ターニャね……。私の何を知っているのかしら?バインダーにメモを挟んで待機する。
『ターニャは病気がちだった。私はターニャの家に住んでいた……』
フーディンは独白を始めた。要領を得ないところもあったので、私がメモを元にかいつまんで説明するとこう。
どのくらい昔か知らないし、この街か近くの街か知らないけど、タナコと言う女の子がいたらしい。で、このフーディンはその子の家のポケモンとして飼われていた。タナコは病気を持っていて、いつも家にいる子だったという。
さて、ここまで、聞き出すのに4〜5回話を聴き直していたら、飴が切れたらしい。
『なあ、飴をくれないか?』
振り出しに戻る。さてと、飴はポケットにいっぱいあるけど、埒があかないなあ。しかし、まだ鞭を振り上げる段階でもない。情報が足りない。もう少し聞き出さないと……。
「飴?欲しいの?」
『なあ、飴をくれないか?』
「飴あげてもいいけど?あげたら何してくれるのかな?」
今度はポケットに手を突っ込んだまま、飴を出さずにフーディンに顔を近づけて聞く。野生のポケモン特有の獣臭さに、若干の甘い匂い。飴を舐めまわしたまま、毛繕いでもしたのか?
『なあ、飴をくれないか?飴をくれなか?』
「私があなたに、飴をあげたら何してくれるの?」
フーディンは少し黙り込んでいる。思考中なのか、私の心の中を覗こうとしているのか?
『飴をくれたら、ターニャの話をする』
「ターニャのこと話してくれるの?」
『なあ、飴をくれないか?ターニャの話をするから』
私はポケットから飴の小袋を出して放り投げる。フーディンはまた器用に受け取ると、包みを開いて舐め始める。
「さあ、ターニャの話をしてちょうだい?」
『ターニャは病気がちだった。私はターニャの家に住んでいた。
ターニャは、タナコという名前だった。私は、ターニャの家でターニャと毎日一緒にいた。ターニャは薬を飲んでいた。外に出る事は一度もなかった。私は、ターニャの唯一の友達だった。
ターニャと私は毎日家の中で遊んでいた』
多少、まともに話してくれるようになった。ただ、飴を舐めている間しかコミュニケーションが成り立たない。もう少し大きな飴を用意してくればよかったか……。
『ターニャは病気がちだった。毎日何時間かは、ベットの上で苦しんでいた。
ターニャの家族は、そうすると薬を飲ませた。ターニャは薬が嫌いだった……』
そろそろ飴が切れる頃だ。さて、いつまでも同じ手で餌撒いていても仕方ないが、こちらの対応に順応されると、逆手に取られる事も出てきそうだな……。手を変えていくかな?
『ターニャは病気がちだった。ターニャは薬が嫌いだった。……なあ、飴をくれないか?』
どうしようかな?私はわざと首を傾げて、「飴?」と問いかけてみる。
『なあ、飴をくれないか?』
「飴ってなんの事かしら?」
『なあ、飴をくれないか?持っているんだろう?』
「アメンボ赤いな、あいうえお。飴ってなんの事かしら?」
わざとらしく、首を傾け顎に左手を添えて考え込む姿勢をとる。そんな私に対して、相変わらずの読めない表情で凝視してくる。
『なあ、飴をくれないか?』
少し語調が強くなる。それと共に私の頭に流れ込んでくる念話の音量も大きくなる。どうやら、お怒りのようだ。少し地が出てきたかな?だけど、焦っちゃいけない。でも、のんびり構えすぎてもいけない。舵取りがなかなか難しいけど、相手はIQ5000の怪物だ。飴と鞭をうまく使い分けないと、この取り調べが成立しない。
「飴って、これの事?」
ポケットから飴の小袋を出して、ちらつかせる。フーディンの視線が私から逸れて飴に向かう。
『なあ、飴をくれないか?』
「う〜ん?どうしようかしら?」
『飴をくれたら、ターニャの話をする。なあ、飴をくれないか?』
下手に出てきたか……。だけど、こっちの鞭はまだ弱い。鞭のせいじゃない、フーディンは自己の有利を掴むために下手に出てきたんだろう。とすると、こっちからはもう少し鞭打つ必要があるな〜。何しようかな?
「あの……、ターニャさん?」
グットタイミング。さっきメモ渡した警官が戻ってきた。私は、そそくさと席を立つと、飴をポケットにしまって、警官についていく。フーディンは一瞬恨めしそうな目をしたけど、すぐに平静さを取り繕った。効いてきた。よしよし。
「で、メモの事わかったの?」
廊下に出て単刀直入に警官に聞く。
「ああ、はい。この街のスーパーやコンビニ、個人商店に最近万引き以外でロスした飴、もしくは飴に類する商品はないか確認しました。メモの通りに、町中の店舗で利益に影響のない範囲で飴が消えていました」
「な、る、ほ、ど〜。まあ、あのフーディンの仕業だろうけど。もう少し掘り返すかな?」
「掘り返すとは?」
警官は、一体自分が何の仕事をさせられているのかわからない。そんな感じで、私に質問してくる。まあ、種明かししてあげてもいいけど。たぶん、強力なエスパータイプに対しての心理的防御術を会得しているような警官は、この警察署にはいないだろうからもう少し何も知らずに駒になってもらおう。
「じゃあ、次はこれ」
またしても、無造作にメモを突きつけられた警官は戸惑いつつも、メモの内容を確認すると「調べてきます」と敬礼をして、どこかへ行ってしまった。
「さてと、続きと行く前に、検査結果聞きに行くかな?」
私は取調室の隣室に入って、1時間前に電話を切った上司に連絡を入れる。
「あっ、私です」
「進展はどうだ?」
上司の機嫌は少し悪いようだけど、まあ気にしない。邪魔になったら、潰せばいいだけの小物だから。小言いっているうちは、可愛がってあげよう。
「まあ、十中七八は予想通りですね。ま、細かいところは警察の皆様に右往左往してもらってます。で、検査結果教えてください」
「文句言われないようにしてくれよ……。で、検査結果だが。黒だ……、で……」
「はいは〜い。了解です。それ以上は結構です。把握しているんで。じゃ、また連絡します」
「おいっ!!」
電話を切る。
さてと、考えをまとめよう。
あのフーディンは、愚図を装っているけど、はっきりとした目的のもと行動している。万引きの常習犯で保健所にしょっ引いても良いけど、今後の事を考えるとこの手の状態のポケモンのデータは欲しいところ。それに、万引き程度の罪状で保健所に引っ張っていっても、あのフーディンの人生のごく一部が檻の中になるだけで、あまり褒められた行為じゃない。
という事で、フーディンの埃をもう少し叩い見るかな〜?辛抱強い子のようだけど、そういう子の方が鞭打つ楽しみ甲斐があるって事で。
扉を開ける。
相変わらず、両手を膝の上に乗せて座っているけど、視線は私の顔から白衣のポケットに移っている。
「飴、あげようか?」
『飴くれるのか?』
フーディンの視線が私の顔に戻る。でもね、私の頭の中は読みきれないでしょ?私だってね、あんたみたいなポケモンと対峙するための訓練は受けているんだから。そうそう尻尾を出すつもりはないよ?
『なあ、飴をくれないか?』
「ん〜?どうしようかなぁ〜?飴あげたら、何してくれるぅ〜?」
わざと挑発的に攻めてみる。表情から読めないけど、焦りが怒りへと切り替わりかけている途上かな?
『ターニャの話をする』
ポケットから出した飴を放り投げる。フーディンは器用に受け取ると、包みを開いて舐め始めるが。噛むように舐めている。いくらIQ5000でも、思い通りにいかないとイライラしてくるのは人と変わらないね。逆か?IQ5000のせいで、人以上にイライラしやすいのかも。頭の回りが早いから、思い通りにいかない展開が先読みできてしまう。あなたの頭の中が、ヤドンだったらよかったのにね?今頃苦しまずにすんだよ?まぁ、私としては、こんなにいじめ甲斐のある奴も久々で、楽しい楽しぃ〜。
『ターニャは病気が……』
「う〜ん?そこは聞いたかな?」
『家から出る……』
「あれぇ〜?そこも聞いた覚えあるなぁ〜?」
噛むように舐めていた飴を、ゆっくり舐め始めた。こっちの意図は読めないけど、挑発されているのは理解したみたいだ。さぁ、お次はどうするの?獣臭い可愛こちゃん?
『……』
お次はだんまり?でも、あなたというキャラを通し続けないといけないから、いつまでも黙ってられないんじゃないの?助け舟出すぅ〜?
「ターニャは薬が嫌いなんだっけ?」
『……。ターニャは薬が嫌いで。だんだん体が辛くても、薬を飲まなくなった』
ガリッ!!あ〜、逃げに出たか……。飴を噛み砕いて、飲み込んでしまった。しょうがない、退路塞いでいじめ尽くすコースにしてあげる。お姉さん、結構いじめるの好きだからねぇ?
『……』
「あら?飴要らないの?お腹いっぱい?残念だなぁ〜。まだ、ポケットの中には飴がたくさんあるのになぁ〜」
『……なあ、飴をくれないか?』
さて、あなたは、いつまで偽りの自分を貫けるかしら?
「いいよ。で、ターニャは薬を飲まなくなってどうしたの?」
『なあ、飴をくれないか?』
「あげたら、ターニャが薬を飲まなくなってどうしたか教えてくれる?」
『飴をくれたら話す』
私は飴を大盤振る舞いして、3つ放り投げる。3つとも器用に受け取ったフーディンは、飴を3つ頬張る。
『ターニャは薬を飲まなくなった。家族は、薬を飲んだらご褒美に飴をあげるようになった』
「それで?」
『ターニャは薬を飲むようになった』
「あなたはどう思っていたのかしら?」
『ターニャの回復を祈っていた』
「どうして?」
『友達だから』
「ふ〜ん。友達だから?」
『友達だから』
「それで?」
今度は、フーディンが首を傾けた。私の質問の意図が理解できないみたいだ。まあ、理解させないように曖昧な質問にしているんだけどね。たぶん、あなたはその高いIQのせいで予想される結末を全て計算しないといけない。いや、計算しないと気が済まない。だから、曖昧な質問という不確定要素に弱いはずね。
『それで……』
取調室のドアがノックされる。
「ターニャさん?」
さっきの警官だ。あなたって、本当にいいタイミングで来てくれるよね。感謝感謝〜。
私は、フーディンを無視して取調室を出る。今度はフーディンの視線は私ではなく虚空を見つめていた。
「メモにあった、末期患者受け入れ病院に確認しました。保健所の抜き打ちが怖くて、消費期限切れで破棄と報告していたそうですが……。メモの通り、子供用の偽薬と、モルヒネ入りの飴が定期的になくなっていたそうです。最近は管理を徹底して被害は減ったそうですが?」
「ありがとう。保健所には黙っててあげて。貸しになると思うよ?」
「ええ、貸しにしておきました」
私は、警官と別れて取調室の前に立つ。さて、最終整理をして最後の一撃を叩きつけねば。
取調室の中に入ると相変わらず、両手を膝の上に乗せて座っていたが、視線は私の顔にも白衣のポケットにも向かってこない。何もない空間を見つめている。
「おまたせ。で?友達だから、どうしたの?」
『なあ……、飴をくれないか……』
「いいけど?友達だからどうしたのか教えてほしなあ?」
『飴をくれたら話す……』
「ほんとぉ〜!!じゃあ、サービスしてあげる」
ポケットから飴を何個か取り出す。一つは子供用の偽薬を数種類、もう一つは、ただの市販品の飴。最後は、子供用に甘い加工がしてあるモルヒネの飴。
フーディンの目の色が変わる。私は“ねんりき”で吹き飛ばされ、床にひっくり返る。フーディンは偽薬とモルヒネの飴を手に取ると立ち上がり“テレポート”しようとする。
技が決まらない!!
フーディンの後ろには、真っ黒な塊。プラスドラーバーのネジ穴のような目。私の色違いナックラーが座っていた。
「残念ねぇ。“ありじごく”。あなたは、逃げられない。そして、薬中のフーディンさん?」
私は、したたかに打つけた後頭部をさすりながら立ち上がる。
フーディンは偽薬と、モルヒネ飴を口に押し込んで床にヘタレ込んだ。
「さてと、まあ勝手に語らせてもらうけど。あんたの、大切なターニャさんは、どっちが本当の薬か、自分の死期が近いかそのうち理解したんじゃねえの?まあ、そんな心理状態だと、薬そのものがどうでもよくなるわな。んだけど、薬残すと家族は次の手を打ってくる。それで、“お友達”のあんたに薬一式を飲ませたんじゃね?まあ、そんなんで、薬中になっちまったわけだろ?で、ターニャさんが死んで、薬中の狂ったポケモンと化したあんたを家族は捨てた……。いや、あんた。殺したね?たぶん、あんたは冷静な性格だ、どんな時も薬の禁断症状に苦しんでも、計算高く自分を行動に持っていける。だから、薬中のポケモンだなんてって、世間体を気にした家族に殺される。そう考えたか、被害妄想から至ったかは知らねえけど、家族殺してどっかに逃げ出したんだろ?」
フーディンは、モルヒネが効いてきたのか反応が薄くなっている。まあ、聞いているみたいだし、最後確認したいこと確認できればいいや。
「まあ、それで外に飛び出したはいいけど、禁断症状には耐えられない。しょうがないから、病院に忍び込んで、見かけたことのある形の薬と飴を盗んで糊口をしのいでた。そのうち、病院が管理をしっかりするようになると、薬も飴も手に入らない。せめて、あの、気分がよくなる飴が食べたい。そう考えて、スーパーで飴を万引きし手たわけだな?しかし、本当に冷静なやつだね。病院から盗む時も、スーパーから盗む時も不信に思われない程度にその都度盗む。まあ、スーパーもそのうち万引きしにくくなったから」
フーディンはもう心はほとんどここにいない。まったく、どんだけ薬断ちしてたんだよ……。
「夜陰に紛れて、誰かから飴をもらおうとしたわけだろう?けど、誰もかれもが怖がって、逃げる。そんな時、警官に“飴がある”と言われたからついてきた。なのにもらえる飴は、ちっとも気分がよくならない、おまけに飴を渡されると山に捨てられる。“あの”飴が欲しいあんたは、それで、何度もここに通ったってわけじゃねえのか?どうなんだい?」
フーディンの首が縦に揺れる。
「で、そろそろ。ここの警官に裏切られたと思っていた時に、懐かしい飴の匂いをさせた女がやってきた。飴が欲しいから、いろいろ我慢して飴をもらったら、自分を虐げたここの警官を殺して逃げようとか考えていたりしなかった?」
フーディンは反応しなかった。まあ、私としちゃ、万引き問題児フーディンで済ませずに、薬中だというところまで確認できたからいいけど。
さて、仕上げに行きますか。
「悪いけど、あんたまでの重度の薬中患者は保健所じゃ手にあまるんだよ?あんたくらい頭がいいと、更生したのかも確認できないし、更生してなかったら手のつけられないモンスターだ。悪いけど、ガス室に行ってもらう。抵抗するなよ。抵抗したらこの場で殺すからな?手間かけさせんじゃねえぞ?」
フーディンが頷いて、私が差し出したモンスターボールに素直に入り込む。
私の仕事はいつもこんな感じ。重大犯罪を引き起こしそうなポケモンがいると、保護を名目に殺処分する。別にポケモンが嫌いな訳じゃないし、何の恨みもない。どちらかと言うと、ポケモンのことは愛してやまない。
まあ、今回は友情の末の薬中事件だったから、すごく後味が悪い。
まあ、こんなこともあろうさ……。
人間とポケモンが上手く付き合うためには、誰かが汚れ仕事をしないといけないんだ。私自身、サディスティックなのは認めるけど、これは愛情の裏返し……じゃないね。ただ、何の罪もないポケモン達が、人の都合で凶悪化したら私の仕事。その、向け用のない怒りが思わず出てしまう。で、本来は怒りをぶつける相手じゃないポケモンに当たってしまってる。自己嫌悪だ……。
私は密閉されたガス室にいる。
私は、あの女の心を垣間見た。
あの女は、自分を偽っている。
あの女の心の闇の中には、あの女も忘れているポケモンへの憎悪がある。
あの女は、憎悪からの裏返しでポケモンを愛している。
あの女は、ポケモンを殺す。
あの女は、ポケモンをいじめることに快楽を覚えている。
あの女は、私たちポケモンの敵だ。
あの女のナックラーは理解している。
ナックラーは言った、『刺し違えてでも殺す』。
あの女を誰か止めてくれ……。
私は、心優しかったターニャの元に向かう。
誰か、後は頼んだ……。
了
お読みいただきありがとうございます。また機会がありましたら、投稿させていただきます。