あるところに、恐怖を知らない馬鹿が居た。
そいつは、毎日毎日、ただ自分の欲望のままに生きていた。腹が減ったら獣を狩って肉を食み血を飲んだ。眠くなれば適当な場所で鼾を垂らしながら寝て、起きたらまた気ままに獣を狩り。
自堕落に、何も恐れずに生きられるその力を垂れ流しながら生きていた。まあ、それだけならちょいちょい居る、ただの迷惑な奴って位だった。
ただ、な、そいつはとにかく自堕落で、そしてタチの悪い事に力を持っていた。並の奴じゃ全く太刀打ち出来ない、強大な力だ。そいつの狩りは、力任せに全てをなぎ倒しながら何かが巻き添えになるのを待つという、とにかく乱暴なものだった。狩りとも言えない。
そんなだから、そいつの過ぎ去った痕は、木々がへし折れ、地面は抉れ、沢山の獣が傷を負った。鳥の育てていた卵は全てぐちゃぐちゃになり、守ろうと立ち向かった獣達は全て返り討ちにされた。そいつにとって、自分が好き勝手に生きる為に邪魔になるものは全て、敵だった。ストレスになるものは、存在してはならなかった。
自堕落で、欲望のままに、力のままにそいつは生きていた。
腹が減れば好きなように暴れて獣を必要以上に殺し、草木をぼろぼろにした。
雌を見つければ子が出来ようが出来なかろうが、自分のソレが入ろうが入らまいが、満足するまで抱き続けた。子が出来ようが知ったこっちゃなく、またどこかへ去って行く。
寝ていようがそいつを殺せる奴は居なかった。力があり、殺気とか、そういう嫌な気配にも敏感だった。
そいつはある時、草原に出た。そこには豚が沢山居た。小さな柵があったが、そいつにとっては全く意味が無い。
豚達は良く肥えていた。その肉は脂が乗ってさぞ美味いだろうとそいつは思った。
すぐに一匹が犠牲になって、体中を食い千切られて、死んだ。満腹になれば、そいつはそこで眠った。
そして、起きてまた一匹が犠牲になり、眠り、起きて。
それを数回繰り返して、また横になって暫く。そいつは嫌な気配を感じて起き上がった。
そして、そいつの体に岩が食い込んだ。
人間達が一斉に合図をした。
そいつはおぞましい咆哮を上げて、黒い六つの翼を広げて空へと飛んだ。
そこに切れ味の鋭い草が沢山飛んで来る。それら全てを両腕の口から吐き出される炎で燃やしながら、力を溜めていった。
四方八方から飛んで来る葉の刃を防ぎきれずに少し喰らったが気にせず、そしてまたそいつは天を仰いで咆哮を上げた。
すると、空から光が降って来た。
光は、隕石となり、辺り一帯へと降り注いだ。
確かな重さとそして、見てから避けられようの無い速度で、無数の隕石が落ちて来た。
悲鳴が上がる。そいつは、その竜は、それを見てまだ足りない、と思った。が、そいつの命運は、そこで尽きていた。
体に痺れを、悪寒を、眠気を感じた。思考が纏まらなくなっていた。
その大技を繰り出した反動もあったが、それ以上に翼は思うように動かなかった。
何も考えずに力のままに自堕落に生きて来たそいつには、何故そうなっているのか分からなかった。そいつが寝ている間に、その人間と共生しているその草の獣達が丹念に準備したその草の刃には、ありとあらゆる体に悪い作用を起こす粉を塗りつけられていたのに気付かなかった。
隕石が降り注ごうが、まだ残っている殺気を感じながら、それでもふらふらと落ちていくしか出来なかった。
まだ動ける人間と獣達が、その落ちていく場所に集まって行く。技を辛うじて出すが、もうそれに力は無かった。
そして、蔦で首を絞められ、地面に落とされた。
命乞いをするように、そいつは泣いた。けれど、人間は、獣達は容赦なかった。腕でもある口が抑えられ、暴れる翼と尾も、小さな足もしっかりと抑えられて、目の前では水の獣が前脚からするりと自らの身体から作られた刃を抜いた。
そいつは、力の限りに叫んだ。
訳が分からないというように。ずっと、ずっと、自分の為だけに生きて来たそいつには、何故自分が殺されなければいけないのかすらも分からなかった。
叫び、叫び、しかし、何事も起こらないまま、水の獣はその首を断ち切った。
首を離されたその体は、暫くびくびくと動き、そして動かなくなった。
それが、俺の……。