「暇やな」
「そうやな」
ミンミンと鳴く虫ポケモンの声。入道雲と青い空。ジリジリと暑い日差し。
「何で今日こんな暑いん」
「知らん。暑苦しい人間でもここいらに来ているんじゃない」
あおぐ団扇。チリーンもどきが鳴らす音。真夏の真昼間に二匹のポケモンは愚痴をこぼす。
「去年はこんな暑くなかった。もっと風が吹いてた」
「いや、去年はもっと雨が降ったな」
「いやいや、去年はもっと雲が多かったな」
「んなわけあるかい。去年はもっとこう…さっぱりしてた」
縁側で空を見上げる二匹。右はズリ、左はパイルのシロップのついたかき氷を抱え、暑さにやられただらしない顔を晒していた。
「そういえば今日何であいつ来ないん」
「あー、なんか時渡ってるらしい」
「時間旅行?」
「さあ…仕事じゃないの?」
「ふーん」
どうでも良さげな右はかき氷に目線を落とす。パイルを抱えたままの左は半開きの目で空を見つめたままだった。遠くの空では飛行機が雲を靡かせ飛んでいた。
「あー、空飛んだら涼しいんでね」
左が口の中をシャクシャク言わせて発した言葉を、右は長い尾を振って否定した。
「あんな、俺らはな、飛行機みたく速く飛べないだろ。普通に考えて無理だろ。あんなジェットばりに飛べるのなんてラティ兄か、ゼクロムレシラム辺りじゃねーの」
「いや、本気出せば飛べる」
「お前が飛んでる後ろからたたきつけるをあびせたらいい勝負かもな」
「それは痛ぇ」
「鋼タイプがほざけ。叩いた俺のがダメージ受けるわ。腫れるわボケ」
「ほごしょくー…なんつって。あいた」
ビシッと右が左の黄色い頭を尾で叩いた。冗談を言い合う二匹の顔は内容ほどおちゃらけてはおらず、依然だらしないままだった。
「あんさ、今日、何しに来たんだっけか」
右が問う。
「…………」
左が黙る。
「…………」
「……忘れた」
「だよなー」
集った意味すら忘れ、二匹はかき氷を貪る。チリーンもどきが音を鳴らすのを止めた時、二匹の顔は死に始める。
「何だったっけなー、何かしなきゃいけないんだよなー」
「俺の目覚める貴重な7日間のうちの貴重な1日なんだけどなー」
「あー、そうだっけ」
「お前は長生きしすぎて俺に何回も会ってるからそんな事言えんの。レアなの普通。目覚めた俺は。人間達はわーつって寄ってくるよ。可愛い子もそうじゃない子も」
「失礼なやっちゃな。お前」
「ただし俺は顔では判断しない。ちゃんとその人の人と為りをだね、判断してだね」
「オーイエスイエス」
「むかつくわー。破滅願っちゃうぞー」
「そしたら帰るわ」
「お互いにやる事やってからな。あー、何すんだっけ」
空が少しずつ傾き始める。いつもよりも鮮やかな色をたたえて。次第に太鼓の音と笛の音が遠くの方から聞こえてくる。右と左は顔を見合わせた。
「あー、今日この日か」
「んー、今日この日だね」
「俺今年花火上げなきゃいけねーのよ」
「俺も今年花火上げなきゃいけねーや」
「お前は毎年やってねーだろーよ」
「俺にとっちゃ毎年なんだけどなぁ」
「スケールが違すぎるわ」
かき氷を完食した二匹は浮遊した。彼らが後にした縁側で寂しくチリーンもどきが鳴いていた。
ここはポケモン達の暮らす場所。年に一度の夏祭り。同時に死んだポケモン達の魂も呼び込み、どでかく花火を打ち上げて、酒を飲み交わし、踊って騒いで一晩過ごす。ここではまぼろしも伝説も一般も関係ない無礼講。ご先祖様や死んだポケモン達の魂を祀りつつ、みんなでどんちゃん騒ぐのだ。
「つーかご先祖様を祀るんなら、死んでないけど俺が祀られてもいいんじゃないの」
一応ポケモンの先祖とか言われてんだけど。と、ぼやく右。
「いや、それだったらまずアルちゃんが祀られるべきだね。アルセウス」
黄色い左が指差した方には、酒に酔って周りを巻き込んで笑う創造神の姿があった。
「……いーなー、楽しそうで」
「ま、いんじゃねーの。ホラ、俺らも次の球打つぞ」
ドンと、一際大きな花が空に咲く。ポケモン達は皆楽しそうに見上げていた。