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  [No.4045] いつか、摩天楼の朝市 投稿者:にっか   投稿日:2017/10/14(Sat) 13:26:51   40clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:キュウコン

 私の名前は葉月。
 私は旅をしている。長いこと旅をしている。永い、永い間、キュウコンと一緒に世界中、気の向くまま足の向くまま。心の赴くままに。

 これは何時の事だったか、はっきり覚えてない。
 大きな街だった。空を覆い隠すほどのビル群が街を構成している。そんな街の中でも、昔から変わらない古い建物が残るブロックがあった。たったワンブロックの古い地区だけど、他の地区とは雰囲気が違った。だから私とキュウコンは足を踏み入れてみた。

 朝市が開かれていた。露店の店主達も、手伝いをするポケモンも、朝から買い物に来るお客さん達も活気に満ちていた。私とキュウコンは、その活気に興味を持って朝市の開かれている通りに足を踏み込んだんだと思う。
 私たちは徹夜で歩き続けて、空腹と休める場所を探していた。とりあえずは、何時ぶりか忘れた食事を、ホットドッグを売る露天で買ってそれをかじりながら通りを歩いていた。通りに満ちる人やポケモンは様々だ。この街の中を歩き続けてどれくらいかは忘れたけど、ビジネス街と言うだけの街と言う訳でないという事を、人々の生活が行われているという事を認識させてくれた。
 そして、人が集まると物も集まる。物が集まると人がさらに集まる。数ブロック離れたビジネス街の閑散とした朝とは大違い。

 通りの半ばに小さな広場があった。片隅の植え込みに座る。先客がいるけど、ベンチは混み合っていて座れないから、相席させてもらう。
 キュウコンに荷物を任せて、私は手近なジューススタンドに飲み物を買いに行く。
「お嬢ちゃん観光かい?」
「そんなところ。注文ついでで悪いけど、ここはガイドにも載ってないけど、どんな場所なの?」
 ジューススタンドのお婆ちゃんは微笑みながら、果物の皮をむくとジューサーに放り込んでいく。
「まあ、偶然開発に取り残されたままのこの街の秘境って感じだね。地元民くらいしか立ち寄らないからね。名物もないし。ガイドにるほどの場所じゃないさ。そら、オレンジジュースと、マスカットジュースだ」
 私はお婆ちゃんからプラスチックカップを二つ受け取ると、お金をカウンターに置いてキュウコンの所に戻る。

 キュウコンの前に蓋を開けたマスカットジュースを置く。私はオレンジジュースを飲みながら、ホットドッグを食べつつ通りを行き交う人を眺める。私の隣で同じように通りを眺めている若者が、時々私の様子をうかがっている。スリかな? それともポケモン勝負かな? どっちにしても、私は旅慣れている。そんなのは面倒だったら、相手せずに逃げ切れるだろう。
 若者は、だんだん挙動不審に私を見てきた。
「あんた、ここがどんな場所か知っているのか?」
「さあ、朝市でしょ?」
 見ての通り朝市。何の不思議もない。世界中の街と言う街、村という村で繰り広げられる朝の風物詩。
「不思議に思わないか?」
「何が?」
「何で、こんな摩天楼の大都会の真ん中にこんな街並みがあるのか」
 まあ、不思議と言えば不思議だけど。ままある事だけどね。
「悪い事は言わない。時間に捕らわれる前にここから出て行くんだな。何時までもここにいると、俺たちみたいに同じ一日を繰り返させられる」
「ああ、やっぱり?」
 若者の眼光が鋭くなる。
「知ってて来たって事か?」
「知らない。ただ、ここに入ってそうだろうなって」
「セレビィを狙ってきたんじゃないのか? 本当だな?」
 若者が殺気立ってくる。広場にいる何人かは関心なさそうに、私たちの会話を聞いている。けど、私に対する殺気は隣の若者と変わらない。
「なるほど、セレビィね……。それでこの街は変わらないのね」
「ああ、だから。噂を聞きつけた連中がこうして毎日奴を待っている。悪い事は言わない、この街から出て行け。時間に捕らわれたら、何をしてもこの街から出て行けない。奴を捕まえて時間から解放されるしか方法はない」
「ご親切にどうも。でも、親切だけで言っている訳じゃないでしょ? 時を渡るポケモンが欲しいから、退屈で単調で同じ事の繰り返しの毎日を過ごしてるんでしょ?」
 若者は私を睨みながら頷く。
「そう。じゃあ、グッド・ラックね。私はセレビィの捕獲には興味ないから」
「そうか。じゃあ、今すぐ出て行け。余計なのがいると時間が乱れる」
「はいはい」

 私は生返事をして立ち上がる。伏せっていたキュウコンも起き上がる。私達は広場の人間達の殺気をよそに。通りを来た道の方へ歩き出す。通りは相変わらず賑やかだ。
「ゆっくり休める場所はなさそうだね」
 キュウコンか語りかける。キュウコンは無言で頷く。
「お金ケチらずに、安ホテルにでも泊まれば良かった。でも、仕方ない」
 私は懐から古めかしい拳銃を取り出す。どれくらい古めかしいか。わかりやすく言うと、海賊映画に出てくるような、弾丸一発の前裝式の火打ち石拳銃。込められている弾丸は、鉛玉じゃなく、ポケモンを麻痺させる毒薬を塗った弾丸。
「出会ってしまったからには、殺らないとね」
 キュウコンは賛同の声を上げる。
 そして急に拳銃を取り出した私をみて、露天商や買い物客達が悲鳴を上げて逃げ始める。彼らには見えてない? 時間に取り込まれたからなのか、それともセレビィ自体が私にしか見えてないのか? どっちにしても関係ない。セレビィは私とキュウコンを時間に閉じ込めようと、通りの半ばで待ち構えている。その顔は、醜悪だ。大都会という街と言う概念に、精神が汚染されたんだろうか。
 とりあえず、彼だか彼女だかの神域は同じ一日を永遠に繰り返し、人々を誘い込み惑わせる。目的は知らない。聞いても教えてはくれないだろう。まあ、私達はそんな世界に閉じ込められるのはごめんだから。
「死ね」
 引き金を引くと、火打ち石が打ち下ろされる。火花が散ると轟音と共に弾丸が発射される。でも、多分当たらない。だって、時間はセレビィの領分だから。
 パッと、セレビィが消えると次の瞬間には私の後ろにいた。そして、姿を広場のトレーナー達の前にさらすと、意地の悪い笑みで彼らを挑発し私の方に誘い込む。
「捕まえる気はねえとか言っておきながら、殺しにかかるとはな。俺らの苦労を無駄にすんじゃねえよ」
「ご忠告はありがたかったけど、見つかっちゃったし。それに、この伝説さんに手こずってる方達が捕獲するまで待ってるほど暇じゃないんで」
 と、言いながらも次弾を装填するけど、普通に撃ったらまた躱されちゃうしな……。
「と言う訳で、皆様には悪いですけど。このセレビィ殺すね」
「おい、待て!!」
 私は、身を翻すとある場所を探しながら路地を走る。


 追いすがるトレーナーと、セレビィの妨害。まあ、具体的には時間を巻き戻されたりとか、気がついたら変な場所にいたりとかあったけど。トレーナー達を撒いて、目的地にたどり着いた。
「セレビィと言えば祠。祠を壊せば神域の力も弱まる。と言う訳で、セレビィさん? 祠壊しまーす」
 ゼロ距離で祠に弾丸を撃ち込む。
 神域の力が弱まったのが感じられる。すぐ後ろでは、セレビィが苦しそうな顔で地面に倒れ込んでいた。
「殺っちゃって」
 キュウコンが、唸るとセレビィに『れんごく』を当てる。そして、追い打ちの大文字で瀕死の重傷に持ち込む。私は、今度はゴーストポケモンの呪いを込めた弾丸を込めて、丸焦げで動けなくなっているセレビィに弾を放つ。



 セレビィは死んだ。時間に捕らわれていた人達は、捕らわれていた時間分だけ一気に歳を取り、ある人は老人に、ある人は骨に。またある人はミイラにと姿を変えて神域からはじき出された。
 私とキュウコンはもちろん神域の外にはじき出されたけど。振り返ると、私達が朝市に惹かれて入り込んだブロックは摩天楼の一角を占めていて、昔ながらの街並みは影も形もなかった。

 その日一日。大都会は大騒動だった。行方不明の人が数年、数十年ぶりに見つかったり、白骨死体やミイラが街の一角にあふれたのだから。そして、私はまた気の向くまま、心の向くまま歩き始めた。
 空を見上げると、魂を運ぶポケモン達の姿が薄ら見えたけど、忙しいこの街の人々にはどうでも良い事なのか、誰もその狭い空を見上げてはいなかった。

 私の名前は葉月。
 私は旅をしている。長いこと旅をしている。永い、永い間、キュウコンと一緒に世界中、気の向くまま足の向くまま。心の赴くままに。