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  [No.4049] This is new world. 投稿者:逆行   投稿日:2017/12/24(Sun) 18:30:26   62clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

※ちょっと下品な表現があるので体が拒否反応を起こしたら直ちに読書を中断してください。


 彼を乗せたバスは小振動を繰り返し、やたらと厭わしいカーブが多い経路を先へと進んでいた。
 電車と比較して狭い立ち乗り地帯で、彼はひたすら目的地への到着を待ちわびていた。彼はこれから、都会の町の一角にあるコンテスト会場へと向かおうとしていた。ここ豊園地方には『ポケモンコンテスト』という競技が各市で行われている。この彼は本日その競技に出演する予定であった。
 手すりに掴まりながら、彼は自身の体の調子の異変を感じていた。異変、と言っても大袈裟なものではない。ただ、少し腹に違和感があるのみであった。慌てふためくことではないし、大きな病気に繋がるものでもなんでもない筈である。
 だが、彼は胸に抱えた小さな不安が、なんとなく過剰に重力に引っ張られて重みが増している感覚を覚えていた。
 この違和感は、何かを齎す類の違和感だ。
 過去の経験から、そんな予知能力を備えていた。大したことないと甘く見ていた腹の調子の悪さが、後に重大な場面での失態を起こす要因となった過去の思い出を思い返す。
 ガサゴソと鞄の中を確認する。下痢止めの薬はどこにもない。会場前のバス停から降りたら付近の薬局で購入すべきか。下痢止めなら例え小さな薬局でも確実に売っていることだろう。
 しかしあのコンテスト会場の付近には果たして薬局があっただろうか。普段薬局なんて視界に入らないので、分からない。如何せん薬局を探し回るのは面倒である。面倒であると同時に時間を無駄に消費はしたくない。ギリギリまでポケモンとパフォーマンスの確認をやっておきたいのである。事前の確認を怠ると本番でポケモンも自分も間違えたりしないか不安が残る状態となってしまうのだ。
 今まで小振動を繰り返していたバスが、突如として大きく揺れた。彼の腹部に軽めではあるが不意打ちマッハパンチが加わる。彼は思わず服の上から腹をさすった。今の衝撃によって、心なしか腹の調子が僅かに悪化したような気がした。
 これは不安が現実になる可能性も高いかもしれない。前述した通り、これまでに彼は大丈夫だと思って腹痛を放置し、痛い目に遭遇したことが何回かあったのだ。油断は禁物である。やはり薬局を探すべきだ。
 鞄からスマートフォンを取り出し、ネットで薬局の場所を検索してみた。だが世は余りに無情であることを裏付けるかのような事実に彼は愕然とする。どうも会場付近には薬局は存在してない。歩いて二十分程した所にしかないようであった。憎たらしいのは、歩いて二十分の場所には二箇所も薬局が並んでいることである。なんというバランスの悪さ。ポケモンセンターやフレンドリーショップは概ね均一感覚で建っているというのに、人間専用の施設や店の立地はお座成りにされている現状に、彼は激しい憤りを覚えた。歩いて二十分ということは即ち往復四十分。本番を控えた参加者が出向ける距離ではない。これは薬局で下痢止めを買うのは諦めた方が良さそうだ。
 これからコンテントでパフォーマンスを行わなければいけない訳で、本来、腹の調子なんて考えている場合ではない。彼はコンテントには何回か出場しており、一度だけ優勝を成し遂げたこともある。大きい舞台の経験は少ないが、場数自体はそれなりに多い。これから出向く会場ももうこれで行くのは三回目だ。だから今日も、そこまで緊張はしていなかった。腹の調子が悪くて今彼は動揺しているが、これが初回の挑戦であれば、緊張の動揺が伸し掛かり、あまりの辛さに彼は棄権を申し出たかもしれない。
 コンテンスト会場までは、後十分ぐらいで辿り着く。とりあえず自分の出番を終えるまでは、水は含まないことだけは決めておいた。出番前にトイレで用を足すかどうかは、その時の調子によって決めよう。彼はそんな風に本日の予定を立てていた。
 バスが停まるまで、スマホで下痢止めの薬を画像検索していた。薬局でなくてもコンビニで販売していそうな代物はないだろうか。そんなことを思っていたらまたもやバスが大きく揺れた。彼の腹部に今度はローキックが炸裂する。彼は腹をさすった後、スマホを静かにしまった。もう下痢止めの画像を見るのはよそう。余計に悪化しそうである。


 バスが停車する。バスの運賃を払って降りる。運賃を払った結果、財布の中の小銭がピッタリなくなった。
 コンテスト会場へと辿り着き、周囲をキョロキョロしてやはり薬局の看板が見当たらないことを確認すると、会場内へと入り、受付の列が少し混んでいることに溜息をつきながら並んだ。
 その、並んでいる最中のことであった。腹痛がバスに乗っているときとは比較にならぬ程強くなり、思わずダメージを受けたポケモンの如く叫び声を上げそうになった。ここまで一気に襲い掛かってくるのは、想定外のことであった。以前は、もっとジワジワと腹痛が強くなっていった記憶があるが。今回のは特別な下痢なのであろうか。ああ、色違いの下痢か。否、単なる記憶違いで、以前もこんな感じだったのかもしれない。
 これは少々不味くなってきた。この痛みの強さはパフォーマンスに支障が出るレベルである。
 ひとまず受付は済ませてしまおう。受付はそこまで時間のかかるものでもない。とりあえず彼は我慢した。これが終わればトイレに直行する。
 彼は本日割と余裕を持って会場へとやってきていた。スマートフォンのアラームを七つも掛け、絶対に寝坊しない体制を整えていた。だから大丈夫。まだ時間はあるのである。彼はそう自分に言い聞かせた。
 ささっと受付を済ませた。受付で出演順を決めるクジを引くのだが、彼はクジを引いた瞬間愕然とした。今日の出番は、最初から三番目になってしまった。トイレに行く時間が少ない。二つの意味でウンが悪い。一、ニ番手ではないだけマシではあるが。
 彼はトイレに直行する。だがしかし、ここでまたもや予想外の出来事が発生する。どれだけ踏ん張っても全然体内から脱出を試みてくれないのだ。こういうことは昔から本当に良くあった。腹の痛みは確かに存在感を増してきたというのに、踏ん張っても全然出てこない。
 これは一体どういうことか。恐らく、固くてゴロゴロしたものがコルクの役割を果たしていて、水状の物の方が出なくなってしまっているパターンだろう。便秘になっていた場合こういう状況になるときがある。
 この状況では例え裂ける程踏ん張った所で、焼け石に水である。どうあがいても時間が掛かってしまう。一旦彼はトイレから出た。
そのタイミングで、不意に腹痛がやわらいだ。殆ど最初の状態に戻ったのである。彼は束の間の安堵感を覚えた。ひとまず痛みとサヨナラができたのは幸福なことである。
 まだ痛みは残っているが、この程度ならコンテストのパフォーマンスにも問題なく集中できるであろう。
 このレベルがずっと続けば問題ないのだが、どうも嵐の前の静けさな気がしてならない。だいたい腹痛というものは途中で一度やわらぐものなのである。そしてやわらいだ後にまた一気に痛みが走る。地獄と天国を往復させてくれるのだ。
 彼はトイレから離れ控室へと移動した。控室には他のコーディネーターがいる。彼は「今日は宜しくお願いします」と全員に挨拶する。これから争う人達に対しても真面目に挨拶する彼を見て、うんこを我慢している男だとは誰も思わないであろう。だが実態はそうなのである。
 皆既に衣装に着替えており、準備万端の状態であった。彼も少々急ぎ気味で準備をした。そして今日のパフォーマンスの段取りを確認するべく手帳を開く。しかし今一つ気が進まなかった。ポケモンをボールから出してチェック作業をする気にならない。どうしても下痢のことが気掛かりになってしまっている。もし自分の出番中に腹痛がやってきたらどうしようという不安が、どうしても消滅しなかった。
 もうできないものは仕方がないので、何もすることなく椅子に座って時を待った。腹の調子は先程と対して変わっていない。むしろさっきよりも幾分かやわらいでいる。このまま落ち着いた状態が続いてくれればいいのだが。
 しかし残念ながら物事というものは思惑通りにいくものではなかった。
 彼は渾身のきあいパンチを腹にオミマイされた。許されるなら床に転げ回りたい程の激痛。体を丸め腹を抑えている彼を、横にいたコーディネーターが訝しんでいる目で見つめていた。
 控室に掛けられている時計を見る。一応時間はそこそこ残されてはいる。今から手早く済ませてくれば、たぶんギリギリ間に合うのではなかろうか。出番がトップなら完全にもうアウトであるが、三番手ならなんとか。
 数分後、彼は再びトイレで踏ん張った。だが、やはり例のコルクの存在が大きく、全然発射してくれなかった。ここまで腹が痛くても出ないというのは本当にしんどい。とうとう彼は泣きそうにまでなった。
 実は彼は今日この日まで、五日間も出ていなかった。だから、そろそろ危ないんじゃないかという危惧はしていた。危惧はしていた時点で下痢止めをしっかりと買っておくべきであった。後悔してももう遅い。
 しかしそれでも、何もこのタイミングで襲ってこなくても良かったのに。昨日とか翌日ならどんなに腹が痛かろうがさして問題はなかった。昨日はバイトがあったが、別にバイトなんてどうでも良い。 何故よりにもよって今日この日なのであろうか。
 息を荒げながら再度力を入れたがやはり手応えはない。彼はトイレを出て、一応手を洗った後、自動販売機前に立った。今は十二月なので『あったか〜い』商品がずらりと並んでいる。彼はお茶を購入しようと思った。温かい飲み物を飲むことによって、出しやすくする作戦を取ろうと思った。
 だがしかし、財布の中を確認したとき驚くべき事実が発覚した。なんと彼の財布の中には小銭が全く無かったのだ。そうださっきバスの運賃を払うときに、小銭は全部使い果たしてしまったのだった。小銭がなくても野口英世がいれば問題ないが、あいにく福沢諭吉しか財布の中には潜んでいない。自動販売機というものは殆どが一万円札を使うことができない。理由? そんなものは分からない。
 さてどうする。代わりに水道水を飲むべきか。だが冷水を体内に入れるのはかなりギャンブル性が高い。水を飲めば更に下痢が悪化するであろう。悪化した勢いで全部出てしまえばハッピーエンドなのだが、そうもいかない可能性だってある。悪化したのにも関わらず出なかった場合最悪である。
 外のコンビニに行けば飲み物は手に入る。だが、出演者はこんなギリギリの時間で外には出られないだろう。受付の人に絶対に声を掛けられる。また、コンビニまで行く時間も勿体ない。その分踏ん張った方が良い気もする。


 腹だけは下る下らない葛藤を繰り返している間にも、腹痛はどんどん激しさを増していく。もはやポケモンの技では例えられない程強い痛みが彼を襲っていた。全く出てくる気配がないのに、痛みだけが著しく上昇しているのが一番しんどい。もう痛みがやわらぐターンは来ないのだろう。
 この状況でコンテストに出たとしても、あまり良い結果は望めないだろう。主役はポケモンであるし、トレーナーは裏で命令するだけなのだが、トレーナーの振る舞いも大きく評価に影響してくる。腹痛に耐え、苦笑を浮かべ腹をさすりながらポケモンに指示を出せば、大きく減点されることだろう。腹痛であることが審査員に伝われば多少は甘く見てくれる……なんてこともない。 
 ならば、ここで全力を尽くすべきである。やれることは何でもやるべきだ。
 彼は鞄を開ける。中から取り出したものは二つのモンスターボールだった。
 開放スイッチを押して中からポケモンを出す。一匹がエネコロロで、もう一匹がマッスグマであった。彼はこの二匹に現状を打破すべく協力を煽ろうと思ったのだ。もう自分一人の力では登れない崖であると悟った。
 だが……さて、この状況をどう説明すれば良かろうか。貴様のマスターはうんこに悩まされている、という状況を巧く婉曲に説明する方法はないものか。いくら自分のポケモン相手とはいえ、この状況は余りにも恥ずべきものであり、言いにくいことこの上ない。仮に恥を捨てて言ったとしても、果たしてポケモンにこの苦しみが分かるのであろうか。我慢すればいいだろう、と思われるかもしれない。
 という訳で彼はトレーナーとしてあるまじき発言を、しぶしぶ放つハメになってしまった。
「二人とも、何も考えずこれから言う指示に黙って従ってほしい」
 普段は絶対にこんなことを言わないから、二匹ともかなり訝しい目で彼を見ていた。頼むからそんな目で見ないで下さいお願い致します、と彼は叫びたかった。この状況ではもう仕方がないのだ。一先ずはこの危ない状況を乗り越える。そして、万全の状態でコンテストに出ないといけないのだ。
 エゲツない程の早口で二匹に今何をして欲しいかの説明をする。エネコロロには部屋Bへと向かうように指示を出した。部屋Bはここから少し遠い。だが、エネコロロを連れて一度行ったことがあるから場所は分かる筈である。部屋Bはポケモンの技が掠ったりして、病院へと運ぶ程ではないが軽く怪我をした人が自由に使える部屋である。医者が常駐している訳ではないので、怪しい行動を取ってもまあ大丈夫だ。 
 一応彼も以前使ってことのある部屋だから、中がどんな感じが知っていた。彼の記憶が正しければ、そこは無駄に多彩な薬が揃っていた。恐らく、全てが市販の薬であろう。可能性はかなり低めな気がするが、下痢止めの薬が置かれているかもしれない。だが、置かれている保証が全く無い以上、自分で部屋に向かってトイレで踏ん張る時間を無駄にする訳にもいかない。という訳で、エネコロロに向かわせることにしたのだ。勿論ポケモンには下痢止めの薬がどれとか判別が難しい。文字が読めない訳だから。だから彼は先程バス内で画像検索して出てきた薬箱の画像を、エネコロロにここで見せたのだ。余りにも滑稽な伏線回収である。
「これと同じ画像の薬を探してくれ」
 そう言うとエネコロロは束の間呆然としていた。先程の「何も考えず」という言葉を思い出したのかはっとした後すぐに頷いた。首の動きが矢鱈とカクカクしていた。
 さて、お次はマッスグマである。マッスグマには、「控室で待機して欲しい」と指示を出した。そして「一組目のパフォーマンスが始まった時点で、こっちまで戻って来てほしい」と付け加えた。マッスグマは良く分からんという顔を最後までしていたがしぶしぶ頷いていた。
 何故こんなことを依頼したのかと言うと、万が一間に合わなかった場合、とりあえず遅刻で失格にはならないようにしておこうという単純な狙いである。遅刻なんてやらかせば今回のみならず後の評価にも影響が出るだろう。最悪の事態だけは何とか免れたいのである。
 こんな無様な状態ではあるが彼もトレーナーの端くれなので、ポケモンへの指示出しの手際は非常に良い。巧く伝えられており、スムーズに二匹を向かわせることに成功した。ボールから出してから僅か8.5秒しか経過していなかった。
 二匹が走り去った後、彼も同じくトイレへと走っていった。腹痛はもはや限界の域を遥かに越えていた。このまま痛みで死ぬ可能性もあるのでは、と思う程であった。トイレで死体が発見されたら、皆なんて思うのであろうか。  
 そんなことはどうでも良い。とにかくさっさとすっきりしてしまいたい。矢張りコルクの存在があまりにも大きすぎる。どうやらもう少し時間を消耗する必要があるようだ。


☆□○△マッスグマ視点△○□☆

 人が死んでいる訳でも無いのに、控室は酷く殺伐としていた。コーディネーター達が火花を散らしている。横にいるポケモン達もお互いに睨み合っており、これからコンテストではなくバトルが始まるのでは、と思う程彼らは怖かった。
そんな良くも悪くも熱気が溢れているこの場所に、何故僕の主人は今いないのだろう。どうしてマスターは、さっきトイレの目の前にいたんだ。
 僕は言われた通り控室で待っていた。周りの人間たちの目線がさっきから痛々しい。なぜポケモン一匹でここへ? なんて疑問を浮かべているのだろうけれど、僕自身が一番分からない。
マスターは一組目が始まったら、声をかけてくれと言っていた。そんなギリギリの時間まで、マスターは一体何をやっているのだろう。トイレの前にいたから……もしかして……。
 まあいいや。とにかくマスターが現場にいなくて失格になるような事態を避けられれば良い訳だ自分は。主人は最初の組が始まったらこっちに戻って吠えてくれって言っていた。一応既に着替えてはいたから、それならなんとか間に合うことは間に合うだろう。
 

☆□○△エネコロロ視点△○□☆

 マスターから頼み事をされた訳だけれども、一体全体何が起こっているのか私はさっぱり分からなかった。マスターはスマホの画面を見せてきた。写真の薬が欲しいとのことだけれども、正直私はちゃんと正しいものを持ってこれる自信がない。オレンジ色の箱に入った薬であることは覚えているけれど、それ以外の情報の記憶は、私は現在曖昧になってしまっている。
 そもそも保健室の薬って勝手に部屋外に持っていってしまっていいの。ましてやポケモンが持っていっていいの。うーん。まあ大丈夫ってことにしておこう。誰かに見られたか怒られそうだけど。
 とりあえず、私は部屋に辿り着いた。まだコンテストは開始前なので、もちろん部屋には誰もいない。部屋は静寂で包まれている。
 とりあえず私は薬を探した。引き出しを勝手に開けていく。分からない。一層のこと全然分からない場合は、ワザと全く違ったものを持っていってウケを狙おうか。マスターがどんな状況なのか良く分からないけれども、きっとマスターなら笑って許してくれることだろう。
 そんな企みが浮かんできて面白くなってきた所で、運悪くあの薬が見つかってしまった。あったのなら仕方がない。これを持っていこう。オレンジ色の箱だし、恐らく合っていることだろう。


 二匹がそれぞれ奮闘している最中、トレーナーである彼も同じく奮闘を繰り返していた、なんていう冗談も言えないぐらい、彼自身は非常に苦しみ藻掻いていた。ここのトイレは関係者しか使わないから、殆ど誰も入ってこない。非常に静かであり、腕時計の秒針の音だけが鳴り響き、その音は確実に彼の不安を加速させていく。
 先程裂けること覚悟で力を思いっきり入れた結果、ようやく僅かながら少し出た。だが、本当に少しである。コルクの役割を果たしていた固いものが、ひとつ出たのみであった。否、これぐらいでは出た内には入らないのではないだろうか。それでも彼は、ある程度の達成感はあった。
 だが達成感を抱いた所で、腹痛は依然として緩和されることはなく、むしろ攻撃力が増していく一方であった。この状態ではもはや絶対にパフォーマンスを成功させることはできないだろう。そもそも壇上に立てるのだろうかか。せめて次回からのコンテストに変な影響をもたらさないようにマイナスにもプラスにもならないように心掛けて演技を続けていくしかあるまいな、と彼は作戦を一応立てていた。
 一人目のパフォーマンスはまだ始まってはいないのだろうか。もう開演時間は結構過ぎてはいる。
 豊園地方のコンテストでは、前説の人の演技が無駄に長引きときもたまにある。いつもなら前説が長引くなんて迷惑にも程があると思っていたが、今日ばかりはありがたいと彼は思っていた。
テレビ局のカメラが入っていなかったり、入っていても地方限定放送だった場合は、司会の進行も割合ぐだぐだで進まなかったりするときがある。スケジュールを対して守らない雑な司会も多い。司会の説明が矢鱈長かったり、審査員との軽いトークが展開しすぎる場合がある。
 ここでトイレの外から知っている者の鳴き声が聴こえてきた。声の主は明らかにエネコロロだ。というか、トイレの前で鳴き声を発するポケモンなんて他にはいる筈がない。
 彼はひとまずトイレから出た。(さっき出した一欠片の物体はちゃんと流した)。エネコロロと再会を果たす。エネコロロは彼が欲しいと懇願していた物をしっかりと持っていた。ビニール袋に入れて首にぶら下げて持ってきてくれた。口に咥えて持ってくるという行為を避けたのだろう。なんて有能なポケモンなのであろうか。彼はエネコロロに感謝し、袋に入っている物を受け取った。
 正直彼はまさかこんな上手く行くとは思っていなかった。都合よく下痢止めが部屋に置いてあり、都合よくエネコロロが間違えずに持ってきてくれる可能性は、正直低いと思っていた。僅かな望みでも賭けられるなら賭けるべきだと実感した。
 彼は今一度しっかり確認する。エネコロロが持ってきてくれたものは、オレンジ色の箱であることは確かである。パッケージに描かれている絵も同じものだ。では、中身は本物であろうか。彼は唾を一滴飲んでから確認した。
 それは、確かに下痢止めの薬であった。彼の脳内でゲームクリアの音が鳴った。これは完全にきた。これで良い状態でコンテストに出ることができる。まだマッスグマは来てないから、時間は辛うじて残されている。薬が効いてくるタイミングで丁度、舞台に立つことができることだろう。下痢止めの薬というものは、早期に効かないと意味がない。
 彼はエネコロロに再度丁重に丁重に、とても丁重にお礼を言った後、丁重に丁重に、とても丁重にモンスターボールへと戻した。
下痢止めの箱を開け、薬を取り出す。と、そのときのことであった。
嫌な予感がした。
 この錠剤もしや、水無しで飲める類の物ではないのではないだろうか。
 これの何がヤバイかというと、水をここで体内に入れてしまうと、下痢止めの効果よりも、冷たいものが体に入った効力の方が強すぎてしまい、逆効果になってしまう可能性もあるのだ。
 どうする! さあどうする! 飲むか飲まないか。圧倒的二択を迫られている。無理矢理、水なしで飲むか。いややはり少量でもいいから水で飲んだ方がいい。
 彼は覚悟を決めた。洗面台に立ち一錠の下痢止めを口に入れた後、蛇口を捻り水を飲んだ。
錠剤が確かに喉を通っていく。
 そして、一分程経ったときのことであった。
 彼は、今までで最大の腹痛に襲われた。
 彼はどうやら、賭けに敗れた模様であった。結局、下痢止めの薬は効力を発揮しなかった。


☆□○△マッスグマ視点△○□☆
 
 モニターに映る一人の女の子がいた。可愛らしいドレスを着ており、観客に向かって会釈をしていた。一番手の人のパフォーマンスがいよいよ開始されたのだ。控室のトレーナー達は皆モニターに釘付けになっている。マスターは一番手の人が開始した瞬間にこっちへきてくれって言っていた。だから自分はこのタイミングで控室を出た。走り去った控室から「なんだあのポケモン」って言う誰かの呟きが聞こえた。
 

 彼は再びトイレに篭もるハメになってしまった。結局、先程の行為は逆効果。腹痛は激しくなる一方で留まることを知らない。彼はいよいよ神に祈り始めた。これまでの無礼すら祈り始めていた。キリストでも仏でもアルセウスでもなんでもよい。とにかくあらゆる神の内、誰でもいいから自分を助けてくれと願った。あらゆる神に願っている次点で誰からも助けてくれない、ということには気が付かなかった。
 腹痛に反して全然出てこないこの体。人間の体はこうも不都合なまでにできているのだろうか。このままでは時間が足りなくなる可能性も高い。出るのに時間がかかりすぎる上に、この手の下痢は紙で拭くのにも時間がかかる。こびりついたままで舞台に立つ訳にもいかないからちゃんと拭かないといけない。
 しかしとうとう出てきた。今度は小さい物ではなく、理想的な柔らかさのが一本出てきた。さあこの後はどうなる。腹痛は収まらない。恐らくではあるが、この後に本物が出てくる筈であった。もうゴールは近い筈である。
 そして! いよいよ! 一気にドッパーと出てきた。一気に水気を多く含んだものが、一気に。出た瞬間劇的なまでに一気に腹痛が収まった。よしこれでなんとか間に合った。
だがまだ安心するのは早い。彼は急いで後処理を開始した。トイレットペーパーを取り出す音がトイレ中に響き渡る。そしてそれもなんとか終えた。
 彼はとうとう、全てを終了させたのであった。
 途中苦しい場面も多くあり、何度も方向展開を繰り返したが結果上手くいった。矢張り自分は選ばれしコーディネーターだと彼は悦に浸った。
 彼は意気揚々とズボンを履いた。そして、全てを流すためのレバーを押した。ジャーという音が気持ち良く、彼の心にも響き渡った。 今度こそ本物の達成感に満ち溢れたのである。


☆□○△うんこ視点△○□☆

 ぎゃああああああああああああああああああああああ。
 流されるーーーーーーーーーー。死ぬーーーーーーーーーー。
 おいやめろ!やめろ! やめろ! 
 おい、本当に流すのかよ! 
 ダメだ。溶けて消滅してしまう。
 痛い痛い痛い痛い!!! 
 おいまだ死にたくねえよ! 
 くそ! 自分だけ気持ち良くなりやがって!! 
 なんだよもう、せっかく長生きできたと思ったのに! ひどい!! ふざけるなよ!! 
 あ、もう僕だめみたい。お父さん、お母さん、ごめんね。僕、立派になることができなかった。あ、意識が遠くなっていく……。
 あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
……………。
……………。
……………。


 彼はその後、駆けつけてきたマッスグマと合流した。マッスグマに丁重に丁重に、とても丁重にお礼を言った後、丁重に丁重に、とても丁重にモンスターボールへと戻した。そして全速力で走って会場に直行する。なんとか間に合った。現在二番目の人が奮闘している最中であった。
 舞台の袖に立った瞬間に、彼は先程までの自分の愚行を、綺麗さっぱり忘れるように努めた。あんなアホみたいなことは全部無かったことにしよう。会場に来てから数分前までの自分は、この瞬間の自分とはもはや別の存在だ。うんこのことなんてもう知らない。これから自分はポケモンを美しく彩るのだ。うんこをしているような人であると観客に悟られてはいけないのである。
 いよいよ彼の出番が開始された。
 彼は、先程活躍したマッスグマとエネコロロをボールから出す。二匹は、あらゆる華麗な技を畳み掛けるかのように魅せる。観客は彼らの演技に、笑顔で拍手をしたりしている。その笑顔には何の皮肉もない。とても純粋な気持ちで彼らはコンテストを楽しんでいる。
 ついさっきまでうんこと格闘していた者と、その格闘の手伝いをしていたポケモンだとは知らずに。



 
 


  [No.4061] Re: This is new world. 感想です 投稿者:   投稿日:2018/01/14(Sun) 15:30:49   74clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 こんにちは。こちらでは初めまして。ツイッターでお世話になっております、海と申します。

 めちゃくちゃ真面目でめちゃくちゃ面白いじゃないですか……面白い……腹筋を返してください……うんこ視点は卑怯すぎますよ……途中までは必死に我慢するがごとくうんこというワードも出てこなかったのに……頭から最後の尾っぽまで見事に……!!
 便秘……
 辛いですよね……
 私は五日も出なかった経験は無いんですが想像を絶する痛みでしょう……しかし五日って……下痢止めの前に昨日とかのうちに便秘薬を飲んで出せと言いたくなりますね。これが初めての経験でないなら余計に!w
 これだけトレーナーが必死なのにポケモンたちとの温度差がまた、たまりませんね。正直エネコロロが似たパッケージで全然違う薬(たとえば下剤とか)を持ってくるオチかと思ったんですがなんとまさに下痢止めを持ってくるとは!結局下痢止めとしての効力を発揮しなかったとしても!!
トレーナーくんがぎりぎり切羽詰まりすぎてることが敗因でしたが結果的に大勝利でしたね。やー、もう、何度読んでも……誰しもが経験するであろう、なかなか出てこないブツがようやく出てきた瞬間の、あの、言葉にならない幸福感……開放感……このあたりの描写も流れも鮮やかすぎて共感できすぎて最高でした。からのうんこ視点、流れていく様……サヨナラ……!


 彼は、先程活躍したマッスグマとエネコロロをボールから出す。二匹は、あらゆる華麗な技を畳み掛けるかのように魅せる。観客は彼らの演技に、笑顔で拍手をしたりしている。その笑顔には何の皮肉もない。とても純粋な気持ちで彼らはコンテストを楽しんでいる。
 ついさっきまでうんこと格闘していた者と、その格闘の手伝いをしていたポケモンだとは知らずに。

 ある意味コンテスト本番よりも必死な舞台裏、めちゃくちゃ面白かったです。ハイセンスすぎてこれに返せる感想にならないのが悔しいですが、これが投稿されたのが12月24日だというのも含めて何もかもやられました。傑作です。ありがとうございました。


  [No.4062] Re: This is new world. 感想です 投稿者:逆行   投稿日:2018/01/14(Sun) 17:26:40   60clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

海さん

感想ありがとうございます!こちらでは初めまして逆行です!

うんこ視点の下りは自分も気に入っています。
この下りをやりたいがためにこの話を書いたと言っても過言ではありません。
ぶっちゃけ他は全部蛇足です!(笑)

便秘って本当にしんどいですよね。
どこまでこの掲示板で汚い話をしていいのか分かりませんが、自分は2週間ぐらい出なかったことがありました。
ちなみにギネス記録は102日だそうです。(驚くべきことにこの記録はしっかり申請されているという)

こんな下らないうんこ小説に感想を書いて頂いて感謝です。
クリスマスで世間が賑わっている最中、独り部屋で黙々とこの話を書いていた甲斐がありました。