これはパラス、パラセクトと呼ばれるポケモンがキノコを出会うお話で。
キノコに自分の体をうばわれるまでの、お話です。
昔々、とあるうっそうとした森に『あくまの傘』とおそれられるキノコがおりました。
そのキノコはとても小さいのですが、色が赤と黄色でどくどくしく、一口食べれば命はない。
それどころか近づいただけでもねむりの粉をばらまき、それを吸ったがさいごねむらされ、しまいにはよう分にされてしまうのだから。その森のポケモンたちは『あくまの傘』をおそれ、早くいなくなればいいのにと思っていました。
「ああちくしょう。おれだって、こんな森早く出たいのによ」
しかし、『あくまの傘』とよばれるキノコはいたくてこの森にいるのではありませんでした。
彼は、キノコなので自分で動けません。この森の土はやせていて、土がえいようにならないので仕方なく木やほかの生き物からえいようをもらっているのでした。
なんとかして、この森から出るにはどうすればいいか──ずっと考えていたある日。一ぴきの小さな虫ポケモンが、ぼろぼろのすがたでキノコに近づいてきました。
あんまりみすぼらしいすがたで、えいようにもならなさそうなのでキノコはおいはらうことにしました。
「おいお前、このおれを知らないのか。さっさとあっちへいかないとねむらせて食っちまうぞ」
小さな虫ポケモンは話しかけられたのに気がつき、キノコと同じくらい小さな丸い目を向けます。
「ぼくはこの森にきたばかりだから、君のことは知らないんだ……ごめんね」
「だったら教えてやるよ。おれは食ったらあの世いき、近づいただけでも危ない『あくまの傘』だ。虫もとりもけものも、おれに近づけるやつはいねえ」
「へえ……じゃあ君のそばでねむればとりにおそわれなくてすむんだね。わるいけど、ここで休ませてもらえないかな」
「おいまてなんでそうなる。あっちへ行けと言ってるだろ」
しかし、返事はありませんでした。丸い目はもうとじていて、しかも安心したのかぐうぐうねむっています。
自分をおそれない虫ポケモンにキノコはあきれましたが、そのかわり名あんが思いうかびました。
「おい丸目虫、あんなにとりについばまれて、なにか身を守るわざはないのか」
虫ポケモンが目をさますと、キノコは聞きました。虫ポケモンは首をかしげた後、答えます。
「がんばってにげるしかないかな。丸目虫って、ぼくのこと?」
「お前いがい、だれがいるというんだ。おれに近づこうとするやつはいねえんだぞ」
「でもそのおかげで助かったよ、ありがとう」
「本当に、かんしゃしてるのか?」
「もちろん」
まん丸な目にはなんのうそもなさそうでした。キノコは、そうかとつぶやいた後言いました。
「ならていあんがある。お前、この森とはちがうところからきたんだろ? お前のせなかに、おれを乗せて行ってくれ」
「それはまた、どうして?」
「おれは、この森にはもううんざりなんだ。じめじめしてて暗いうえに、土はうまくねえし。それに……」
「なら、いいよ?」
「まあそうあわてるな。おまえにとってもわるい話じゃない……って、いいのかよ」
話のとちゅうでうなづいた丸目虫に、キノコはまたおどろきました。
「おまえ、ねぼけてるのか。さっきも言ったが、おれはだれにも近づけない『あくまの傘』なんだぞ」
「でも、君はねてるぼくを食べたりしなかっただろ? おかげできずもよくなったし、そのお礼だよ」
で、どうやってのせればいいの? なんてうたがうことなく聞いてくる丸目虫に、キノコはちゃんとせつめいします。
「その前にちゃんとおれの話を聞け。いいか、お前はとりから自分を守れない。だがこのおれがせなかにいればとりは近づけねえ。よってきたどころでねむりの粉のえじきだ」
「わあ、それはうれしいな」
「ただし、おれも生きるのにえいようがいる。だから、一日の間少しだけお前の体を操っておれのしょくじをさせてほしいんだ。なあに、おれの体はお前よりももっと小さい。大した時間にゃならねえよ」
「うん、わかった」
「本当にわかってるのかお前……今までよく生きてこられたな」
「もちろん、君ってけっこうマジメなんだね」
「やかましいわ!」
またあきれますが、キノコは内心しめしめ、ばかなやつだ。と思いました。これでこの森から出られる、そして丸目虫の体を自由に動かせるからです。
「それじゃあ、もっと近くによってせなかをおれに向けてくれ。で、またねてていいぞ」
「どれくらいかかるの?」
「ざっと一日だな」
「わかった、それまでにはきずも治ってるはずだし待ってるね。これからよろしく、あいぼう」
「あいぼうだあ?」
「うん、いっしょに生きていく相手だから、あいぼう。いいだろ?」
「……まあ、いいけどよ」
そして一日かけて、キノコは自分の体を丸目虫にいどうさせました。『あくまの傘』は森から虫の上にうつったのです。この時はまだ、虫のせなかのはん点のように小さなキノコでした。
丸目虫とキノコは、それからいろんなところを歩いて回りました。
「君のおかげで、とりをこわがらずに歩けるようになったよあいぼう。ありがとう」
「へっ、だからってうっかり火をはくやつがいるところに近づくなよ? あれはおれでも、どうにもできねえんだからな」
「うん、気をつけるよ」
「本当だろうな……」
「もちろんだよ」
明るい森、きれいな川、人のすむ村。キノコは今まで見たことのなかったものをたくさん見ました。ちょっとあぶない時もありましたが、二人できょうりょくすれば、なんとかなりました。
あの森と違ってたくさんえいようのある場所へ行けたので、だんだんキノコは大きくなり、今では丸目虫のせなか一面をおおうようになりました。
「おい、そろそろしょくじの時間だ。かわってくれ」
「いいよ。あいぼうも大きくなったね」
「子ども相手みたいな言い方するんじゃねえよ……」
キノコが大きくなったということは食べないといけないえいようが多くなり、キノコが体をあやつる時間がふえたということですが、丸目虫はもんくをいっさい言いませんでした。
キノコがあやつっている間は、丸目虫はねむっているのと同じなので何を言っても聞こえません。しょくじをしながら、キノコはつぶやきます。
「ばかなやつだ。あんな気がるにうなずきやがって。このままおれが大きくなれば、今にこいつはおれのあやつり人形なんだぞ」
大きくなるにつれて、体をあやつる力も強くなりました。今は丸目虫がきょうりょくしないと体を動かせませんが、もうじきむこうがいやと言ってもむりやり自分の思うまま動かせるようになるのがキノコにはわかっていました。
「いやそれどころじゃねえ。じきにこいつの心すらあやつることだってできる。おれのしょくじのためだけに生きる道具にすることだってできるんだ」
もともと、キノコはそのつもりでした。さいしょはなかよくするフリだけして、大きくなったら自分のしょくじのための体にするためにあのていあんをしたのです。
「何があいぼうだ……だがどうせあそこでああしなきゃ、今度こそとりに食われて死んでたさ。うらむなら、おまえの弱さをうらむんだな」
自分の心をごまかすように、キノコはそう言って、しょくじを終えました。その時、はなれたところに丸目虫と同じポケモンが上を見上げているのがたまたま目に入りました。
空には、二ひきのとりがその虫を狙っていました。かくれる場所もないその虫は、あきらめたように丸い目をふせました。
とりがおそいかかったその時──気がついたらキノコは、ねむらせる粉でとりポケモンをこうげきしていました。まったくよそうしていなかったこうげきに、とりはばたりと地面に落ちます。
「ありがとう、あなたは……?」
キノコはさっさとその場をはなれようとしましたが、おそわれていた虫はこっちに気づいて近よってきてしまいました。仕方ないのでキノコは、丸目虫をたたき起こして後をまかせました。
またしばらくたった後のことです。あの時助けた虫とキノコをのせた丸目虫はなかよくなり、愛し合い、そして卵がうまれました。
その間にもキノコは大きくなり、もうやろうと思えばとっくに丸目虫をあやつり人形にできたのですが、キノコはなかなかふみきれませんでした。
卵のそばをはなれすぎないことを新たなやくそくにではありますが、一日のほとんどをキノコがあやつるようになっても丸目虫はもんくを言いません。
「あの時、あの子を守ってくれてありがとうあいぼう」
「けっ、このおれのファインプレーのおかげでおまえみたいなぼんやりした弱いやつにもよってくるやつができたってことだ。ありがたく思えよ」
「うん、かんしゃしてるよ」
「……本当だな?」
「もちろんだよ」
さいしょ出会った時からもうなんどくりかえしたかわからない、いつものやり取り。だけど、今回は。
「あいぼうのおかげで、弱くていつ食べられて死ぬかもしれなかったぼくも、子どもができた。次の世だいへ命をたくして、自分のやくめを終えた。君はちゃんと、卵からはなれないやくそくを守ってくれるしね。……だから、もういいんだ」
「お前、まさか……」
すべてをわかっているような、丸目虫の言葉にキノコが自分にはない目を丸くしたような気分になりました。
「さあ、そろそろ君のしょくじの時間だろう? かわるよ」
「本当にわかってるのかお前、かわったらこれからもう……」
「けど、最後に一つだけいいかな? あいぼうにもう一つだけ、頼みたいことがあるんだ」
丸目虫は、キノコの言葉をさえぎり自分からていあんをしました。そのないようにキノコはおどろきましたが、どのみち何をたのもうがもう丸目虫はキノコのあやつり人形となるのです。やくそくをやぶったところで、もんくの言いようもありません。
「わかったよ……じゃあな、丸目虫」
「うん、おやすみ。楽しかったよ……あいぼうと出会えて、本当によかった……」
それが、丸目虫のさいごの言葉になりました。丸の中の黒目は真っ白になり、二度とそのいしきがもどることはありませんでした。
完全に丸目虫よりも大きくなり、体をのっとったキノコには、さいごのもんだいが残っていました。
キノコじしんの子どもたちを、どこにおくかです。
キノコは自分で動けないので、子どもたちをおく場所は、子どもたちの命にかかわる大切なもんだいです。
あの森はぜったいにいやでした。しかしほかのえいようのある場所はほかのしょくぶつなどえいようを取り合うライバルも多く、かくじつに安全なばしょがありません。
しかし、キノコには名あんがありました。そしてやはり、それを実行することにしたのです。
「ばかなやつだ。おれに卵を守らせたら、こうなることはわかっていただろうに」
今まさに、丸目虫の卵がかえり、小さな丸目虫たちがたくさんうまれたところでした。その子どもたちに──キノコは、自分の子供たちをのせていったのです。かつてキノコが、そうしたように。もう一匹の丸目虫は卵をうんだ後力つきたので、キノコを止めるものはいません。
「これで、お前の子どもはおれの子どもたちに体を乗っ取られる。気が付いたころにはなんで自分がキノコをせおってるのかわからねえ。わけのわからんキノコに守られるかわりに、さいごはお前のようにおれの子どもたちにあやつられて命を終えるんだ。おまえたちは一生、いやそれどころか末代までおれたちのあやつり人形になるうんめいだってことだ。こんなおろかな生き物がいるか? 本当に、ばかなやつだ」
キノコは、丸目虫を笑いました。自分の子どもたちであるキノコがすべて丸目虫の子どもたちにのりうつったのを見とどけてから、つぶやきました。とてもかなしい、つかれた笑いでした。
「なあ、なんでおれに、こんなことをたのんだんだよ……。これじゃあまるで、おれがお前にあやつられてるみたいじゃねえか……ちくしょう……おれはお前のことなんか、あやつり人形としか思ってなかったつもりなのによ……」
丸目虫はさいごに自分の子どもたちに、キノコの子どもたちをのせるようていあんしていたのです。そうすれば、自分の子どもたちも安心して生きられるからと。自分の命をあとにたくし、やくめを終えたキノコはゆっくりと、丸目虫の体をねかせました。
「まあ、いいか……おれも、こいつのおかげで大きくなれたわけだしな……」
丸目虫は、あの時キノコがせなかにのせるようていあんしていなければとりに食べられ死んでいただろう。少なくとも、もう一匹の丸目虫と出会い愛し合うことはなかったはずだ。
だが、それはキノコも同じだった。あの時丸目虫に出会ったいなければあのやせた土の森で、ほそぼそと一生をおえていたはずだから。
「けっきょく、おたがい自分が生きるためにいっしょにいたってだけだ……だが……」
自分の力を使い果たしたキノコの傘が、ぼろぼろとくずれていく。まるで、なみだをこぼすように。
「お前との時間、わるくなかった……楽しかったぜ、あいぼう……」
その言葉をさいごに、キノコも力つきました。これからは、かれらの子どもたちが、いっしょにいるわけも知らぬまま生きていくことになりました。だから、このお話はおしまいです。
だから、パラセクトを見ても、キノコにあやつられるまぬけなポケモンだと思わないであげてください。彼らは自分をとりやてきから守るため、キノコに助けてもらっているのです。
上のキノコにも、体をのっとるわるい生き物だと思わないであげてください。彼らはパラスの体を守るやくめを果たすために、せなかにのっているのですから。
二つの生き物が力を合わせることで一つのポケモンとして生きつづけている。それはとても残酷で、しかしそれよりうつくしいことを、かれらは教えてくれているのですから……。