私は今日からアローラ地方を旅することになった。俗に言う初心者トレーナー。
大多数の初心者トレーナーと同じように、旅立ちの日、私は最初のポケモンを貰った。
私がそのとき貰ったのは後もう一つ。ご存知の通りロトム図鑑だ。
アローラで島巡りをする最近の子ども達はみんなこれを貰えることになっている。昔は抽選で選ばれた人しか貰えなかったみたいだけど、普及が進んで今では希望すればだいたい貰えるようになった。凄くラッキーだった。
ロトム図鑑とは、その名の通りポケモン図鑑にロトムが入ったもの……なんだけど色々と便利な機能が備わっている。ポケモンの情報の記録ができる他、私が今いる場所や目的地をマップ上に表示してくれる機能まで付いている。
しかもロトム図鑑は喋ることができる。初心者トレーナーに対して道中アドバイスをしてくれる。人工知能が搭載されていて、それで喋っているように見せかけているとかなんとか。難しいことはよく分からないけれど。
過去にその人工知能が暴走して、トレーナーを悪の道へと導いたこともあったみたいだ。過去には色々問題もあったようだった。
「色々問題も多かったし苦情もたくさん寄せられてね、都度改良を加えるのが大変だったんだ!」
ククイ博士は苦笑いを浮かべながらそう言っていた。
苦情かあ。そんなの送ってくる人いるのか……。色々気を使わないといけないんだなあ。
ロトム図鑑がアドバイスしすぎでやかましいっていう根本的な苦情はさすがにスルーしたみたいだけど、他のは色々対応したらしい。
一番多かった苦情は「喋っている内容に誤りがあるじゃねーかコノヤロー」というものらしい。
あるトレーナーは立入禁止区域に指定されている危険な場所に迷い込んでしまい、命の危機に直面したらしい。でもさすがにそれは危険区域だと知らなかったトレーナー側にも非はある気がする。
とにかく苦情が多発すれば改善をする他はないらしい。
私が貰ったロトム図鑑はそうやって改善を繰り替えした結果たどり着いた最新版のものだった。
ハウオリシティへ向かう途中道が二つに分かれていた。
地図を取り出そうとしてカバンを漁っていたとき、ロトム図鑑の充電が完了していることに気がついた。そうだ、地図を見るよりもロトム図鑑からアドバイスを貰えばいいのだ。
ロトム図鑑のスイッチを入れた。するとロトム図鑑がカバンから飛び出してきた。閉じていた二つの目が開き始める。起動の合図みたいだ。
「ケテ〜! これからよロトしく!」
ロトム図鑑が可愛らしい声でそんなことを言った。
「あ、うん。これからよろしくね!」
一通り挨拶を交わした後ロトム図鑑に道のことを聞いた。
「ねえ、ロトム。ハウオリシティに行くにはどっちの道が近いとかって分かるかな?」
ロトム図鑑はすぐに答えを出してくるかと思いきや、意外と時間がかかっていた。画面には「考え中……」という文字がいつまでも浮かんでいる。大丈夫かな、ってちょっと心配になってきたとき、ようやくロトム図鑑が口を開いた。
「ハウオリシティに行くのは右の道を進むと良いロト! よく知らないけど」
?
よく知らない?
「本当に右なの?」
「あくまで個人的な考えだけど、右の道を進むと良いロト!」
なんではっきりと断言しないんだろう。「よく知らない」とか「個人的に」とか言われたら、なんか不安になってしまう。本当に右で合っているのかな。
もたもたしていたら日もだんだん暮れてきた。ハウオリシティへ進むのは明日にする事にした。近くのポケモンセンターに入り一休みした。
ポケモンセンターのテレビ電話でククイ博士と繋いだ。旅の進捗と、後あのロトム図鑑について色々聞きたかった。
「あー、あれかい。実はね、予め苦情を避けるために、ロトム図鑑には予防線を張って喋ってもらうようにしているんだ」
「予防線!?」
一瞬『予防線を張る』ってどういう意味だっけって思ったけど、ククイ博士と会話している内に思い出した。
予防線を張る。後で失敗を犯したり非難されたりなどしないように、前もってあれこれうっておく手段、っていう意味だ。
はっきりとロトム図鑑が「こうだ!」って断言してしまうと「違うじゃねーか」って苦情がくるから曖昧にしておくってことなのかな。
「……」
なんか腑に落ちなかった。でも、そういうものなのかなーって感じでとりあえずは納得した。苦情対策って大変だもんね。
でも予防線を張りさえすれば本当に苦情って防げるのかな。
(別の苦情を生み出しそうな気もするんだけど……。)
次の日の朝。ハウオリシティへ向かうべく右へと進んで言った。結局不安になったからポケモンセンターのパソコンで道を調べた。結果右でやっぱり正しかった。
途中までは整備された道が続いたが次第に草むらが増えてきた。草むらからは当然野生のポケモンが飛び出してくる。
最初に飛び出してきたのは、アローラ地方ではおなじみヤングースだった。
『見たことないポケモンロト! 自分の記憶が正しければ!』
今日も元気よくロトム図鑑は予防線を張っている。ヤングースは旅に出てから最初に遭遇した野生ポケモンだ。ロトム図鑑に言われなくても『見たことないポケモン』で合っている。
バトルして体力削ってボール投げて、ヤングースをゲットした。ロトム図鑑がヤングースの図鑑説明を読み上げる。
『ヤングース。鋭いキバでなんにでもかみつく(※かみつかないものもあります)。元々アローラには棲んでおらず他の地方から連れてこられた。(らしい)』
どうやらロトム図鑑は図鑑の説明に対しても予防線を張るらしい。徹底してるなあ。きっと図鑑の方にも結構な苦情が寄せられたんだろう……。
今度は水中からヨワシが飛び出してきた。
『ヨワシ。とても弱く(個人の感想です)とても美味しいので(あくまで主観です)常に誰からも狙われているが(※誰からもとは言いましたが、貴方が狙っているとは言っていません)いじめているとひどい目にあうぞ』
やっぱり予防線張っている。しかも三つも張っている。全てのポケモンの説明がこんな感じなのかな。
ハウオリシティに辿り着いた。海辺ではポケモンバトルが行われていた。全然見たことないポケモンが戦っていた。
またもやロトム図鑑が勝手に図鑑の説明を読み上げた。
『ニューラ。ツメでタマゴに穴を開けて中味をすする。ブリーダーに憎まれ駆除されることもある。(あくまで法律の範囲です)』
……。
だんだんイライラしてきた。
「ねえ、もうちょっとはっきりとした言い方ってできないの?」
思い切ってロトム図鑑にそう言ってみた。そしたら
「言い訳がましく聞こえるかもしれないけど、そうプログラムされているからしょうがないロト!」
と、あくまで予防線を張って返してくる。
諦めるしかないのかなー。実害はないし、他人に迷惑をかけるわけではないんだけどね。
しばらく月日が経ったある日、ロトム図鑑に新機能が追加された。『ロトポン』という機能だった。
「ロトポンは便利なパワーがポン! っと出てくるんだロ! タブンネ。さっそく挑戦してみてロト」
ロトム図鑑の画面にスロットの絵柄のようなものが出てきて、それが高速で回転する。画面をタッチして絵柄を止めるとその絵柄に対応した道具が出てくるみたい。
「色々とお役に立つ道具が出てくるロト! あーでもなー、どうだろうなー、ぜんっぜん役に立たない場合もあるんだよなー。まあ状況によりけりだよねこういうのって。そもそもロトポンなんて使わなくたってチャンピオンになれる人はなれるからね。昔の人はみんな使っていなかったんだし。いらないっちゃいらないよね。だからまあゴミのような道具が出たとしても、『何も貰えないよりはましかー』ぐらいに思っておけばいいんじゃね? ロト!」
もうツッコむのが面倒なのでツッコまない。スロットを止めて出できた道具は「けいけんポン」だった。経験値が1.5倍になる道具で凄く便利だった。あんなに長々と謙遜する必要なかったんじゃ……。
他には『ポケファインダー』という機能も追加された。これはロトム図鑑で写真を取ることができるというもの。
さっそく使ってみた。壁の隙間からピカチュウが見えた。カシャカシャと写真を撮っていく。一枚撮る度にロトム図鑑がなんか言ってきた。
「うまいネ! (知らんけど)」
「ヤルね! (謎の自信)」
「これスキ! (気のせいかも)」
「オーケイ! (小並感)」
「なるほロ! (何がだ)」
少し間を置いて五枚撮った写真がロトム図鑑から出てくる。
「写真ができたロト! まあ五分ならこんなもんか……。リハビリリハビリw雑な写真だけどとりあえず公開してみるww。後でデータ消すかもしれない」
「いやそれ写真撮った本人が言う謙遜じゃん! 本人以外が言ったらただの悪口でしかないよ!」
とうとうロトム図鑑は予防線の張り方がおかしくなってきた。
その後もまだまだロトム図鑑は予防線を張りまくった。張って張って、張りまくった。
『ライチュウ。ピカチュウの姿が好きなトレーナーも多く(異論は認める)なかなか姿を見かけないポケモン』
『ヤドン。ヤドンの尻尾を干したあと塩水で煮込んだ料理はアローラの家庭の味。(地域によって異なります)』
『ドヒドイデ。12本の足で海底をはう。ドヒドイデのはったあとにはサニーゴのカスが散らばっている。(※サニーゴのカスはスタッフが美味しく頂きました)』
『ヒンバス ボロボロなので誰も捕まえない。まずそうなので獲物にもされない。結果的にどんどん増えていく。(さすがにちょっと言い過ぎた、反省……)』
「いや本当に反省しろ。別の意味で反省しろ」
「次の目的地を自戒の意を込めてセットしたロ!」
「もう使い方間違ってるよ! 自戒の意を込めてセットするって何!」
「何か聞きたいことあったらマップの真ん中をタッチロト! メガタブンネ」
「なんでタブンネをメガ進化させたの! メガシンカさせたらメガ予防線になるの?!」
「個人的にアローラ!! 人それぞれだけどアローラ!! なんだかとっても楽しいロト!!」