ガシャガシャ?あれは嘘だ(恥知らず)
息抜きに小話を一つ。
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世界一美しいポケモンは何でしょう?ミロカロス?ディアンシー?一部ではゲッコウガの名前が挙がっていますが、あのゲッコウガの事ではありません。
××地方に棲息するモルフォンの亜種(リージョンフォーム)の別名「月虹蛾」「ムーンボウエンジェル」「幸せの碧い蛾」「 フライングハスラー」の事です。
彼等は夜行性で、美しい翡翠色の羽を持ち、羽ばたけば鱗粉を七色に輝かせます。鱗粉には多幸感を増幅させる幻覚作用の神経毒が含まれており、肌に少しでも触れれば数時間とても幸せな気持ちになれるようです。
七色の鱗粉を撒き散らしながら夜空を飛翔する月虹蛾を目撃した者は、皆一様に「とても美しいポケモンを見た」と証言します。
お分かりいただけたかもしれませんが、月虹蛾の鱗粉には麻薬に似た成分が含まれており、その力が「世界一美しいポケモン」と呼ばれる由縁に一役買っているようです。
その美しさに心を奪われる者は後をたたず、彼等の捕獲を試みるポケモントレーナーは少なくありませんが、捕獲に成功した話は中々聞きません。
どんなに美しく見えても、彼等の七色に輝く鱗粉は毒である事に変わりないのです。モルフォンの原種は、羽を覆う鱗粉の色の違いにより様々な毒を持ち、色の濃薄により毒の強さを調整しますが、その性質は亜種であろうと失われていません。
逃げる月虹蛾を追跡し続ければ、七色に輝く鱗粉はより色鮮やかになり、強い輝きを放ちます。内に秘めた毒素をより強烈なもの変質させているのです。
何より厄介なのは、彼等の毒は強烈な多幸感で覆い隠されている事でしょう。毒にしろ麻痺にしろ患えば肉体が反応して危険を報せてくれますが、彼等の毒はそんな生物の防御反応を真っ先に封じてしまうのです。ポケモントレーナーたちは自分が猛毒に全身を蝕まれている事に気がつけないまま、逆に自分たちが月虹蛾を追い詰めていると思い込んでしまいます。
大抵の場合、溢れ出る多幸感・快楽・陶酔感に全身が支配されて致死量の毒を浴びる前に行動不能に陥りますが、そんな状態で野生のポケモンに遭遇してしまうと目も当てられません。
真夜中に意気揚々と月虹蛾を捕獲しに出かけたポケモントレーナーが、翌朝には惚けたような笑顔を張り付かせたまま、内蔵を食い散らかされたり、全身バラバラな状態で発見される事が多々あったようです。
彼等を捕獲するには、毒が効かない鋼タイプのポケモンを使役しながら、ポケモントレーナー自身も毒を寄せ付けない防護服等の装備で身を守る必要があります。
数少ない捕獲例を見てみても、成功者はプロのポケモンハンターが占めており、高い機動力を持つ鋼タイプの鳥ポケモン「エアームド」を複数差し向け、罠を設置した地点まで駆り立てている等、捕獲の寸前まで彼等に接近していないようです。
しかし、ここで間違っても、そのままモンスターボールで捕獲してはいけません。モンスターボールの中に閉じ込められても彼等は決して諦める事はなく、必死に羽ばたき鱗粉を窮屈な密室に撒き散らします。
並の毒タイプのポケモン、例えば通常個体のモルフォンやラフレシアなら自分自身の毒に犯される前に体の防御反応が警告して大人しくなりますが、彼等の多幸感を増幅させる毒は自分自身の防御反応すら麻痺させてしまう代物で、そのくせ多幸感に飲まれて行動不能に陥る事はなく、自分自身の毒で死に到るまで自由を求めて抵抗し続けるのです。
一度捕獲した月虹蛾をモンスターボールの中から解放する事もお勧めしません。中から現れるのは事切れた死骸だけではなく、自分自身を死に至らしめる程までに濃縮された七色に輝く毒が辺りに広がります。まるで置き土産の呪いですね。
モンスターボールで捕獲する際は、必ず眠らせてからにしましょう。ここまですれば「世界一美しいポケモン」或いは「生きた麻薬製造器」は確実に手に入りますが、間違っても美しさに期待しないでください。
彼等の本当の美しさは、ちっぽけなポケットの中や狭苦しい箱庭の中、標本のコレクションに押し込めて観測する事はできません。
月夜の星空を自由に羽ばたく姿を目撃する事でしか知り得ないのです。