1. カケルの悩み
カケルは鳥ポケモンが大好きだ。十歳になってポケモン取扱免許を取った彼が最初に捕まえたのは、「ことりポケモン」のポッポだった。
カケルはポッポにアルノーという名前をつけ、アルノーと旅に出た。
そうして旅先でアルノーと一緒に、ホーホーやオニスズメを捕まえた。次にドードーとネイティを捕まえた。今度はヤミカラスやカモネギ、デリバードやエアームドも捕まえたい、と彼はアルノーに目標を語った。世界のまだ見ぬ鳥ポケモン達との出会い、そのことを考えてわくわくした。
そして、カケルにはもうひとつ楽しみにしていることがあった。
進化だ。
ポッポが進化するとピジョンになる。身体が大きくなって力も強くなるし、何よりかっこよくなる。特に頭の羽飾りの美しさは堪えられない。
ピジョンとは、カケルにとって鳥ポケモンの代名詞だった。その大変バランスの取れた容姿に関していえば進化後のピジョットより好みかもしれなかった。ピジョンこそはかっこよさとかわいさを兼ね備えた至高の鳥ポケモンだ、といつだったか列車の席を共にしたトレーナーに力説したほどである。
それに、アルノーはいつもバトルには一番に出して戦わせているのだ。進化の時も近いに違いない。カケルはアルノーの進化後を頭の中に浮かべ、今日か明日かとその日を待っていたのだった。
が、カケルの予想に反して最初に進化したのはオニスズメだった。首と嘴がぐんと長くなり、頭に立派なトサカがついた。背中にはふさふさの羽毛、立派なオニドリルになった。
次に進化したのはホーホーだった。体つきは立派になり、貫禄のあるヨルノズクになった。こいつに睨まれたゴーストポケモンは震え上がるだろう。
そして、二つあった頭が三つに増えて、ドードーがドードリオになった。以前にも増してギャーギャーうるさくなったのが玉にキズだが、攻撃力も数段アップしてポケモンバトルでは頼れる存在だ。
と、いうわけで、アルノーより後に捕まえた三羽が先に進化、という結果になった。
なんだか予定外の順番になってしまったなぁと、カケルは思ったが「まぁいい、きっと次に進化するのはアルノーさ」と気楽に構えていた。
が、次に進化したのはネイティだった。ネイティオになった彼は、カケルより背が高くなって、ますます異彩を放つ存在になった。目つきだけは前と変わらない。進化前と同じようにいつも無言で明後日の方向を見つめている。
こうして進化を待つ手持ちはアルノーだけになった。
カケルは待った。アルノーはまだピジョンにならない。カケルはその日を待ち続けた。けれどその日は、待っても待ってもやってこなかった。
もしかしたら体のどこかが悪いのではないだろうか。ポケモンセンターで詳しく調べてもらったが、どこにも異常は見当たらなかった。むしろ健康そのものだと言われた。
「そう焦らないで。気長に待つしかないわよ」
ポケモンセンターのジョーイさんはそう言ったが、カケルの心は晴れなかった。
「何事にも適した時期というものがあるの。今はまだその時じゃないのよ」
「じゃあ、いつその時になるの」
カケルはいたって真面目に、真剣に尋ねた。
「うーんそうねぇ……、鳥ポケモンにでも聞いてみたらどうかしら」
ジョーイさんは苦笑いしながらそう言った。
「ねえ、アルノーはいつ進化するの」
オニドリルに聞いたら、長い首を複雑にひねって「さあ?」という顔をされた。
「ねえ、アルノーはいつ進化するの」
ヨルノズクに聞いたら、首をすごい角度に傾けるだけだった。
「ねえ、アルノーはいつ進化するの」
ドードリオに聞いたら、三つの頭が互いに目配せして困った顔をした。
「ねえ、アルノーはいつ進化するの」
「……、……」
ネイティオにも聞いたが、明後日の方向を見つめるばかりで、聞いちゃいなかった。
「ねぇ、お前はいつ進化するの」
アルノー本人にも聞いてみたが一言、「クルックー」と言っただけだった。
「……大真面目に聞いた僕がバカだったよ」
カケルはなんだか自分の言動がばかばかしくなってきた。
――何事にも適した時期というものがあるの。今はまだその時じゃないのよ。
進化しなくても旅は続く。寂しげな線路を走る三両列車に揺られるカケルの頭の中にジョーイさんの言葉がこだました。焦ったってしょうがない、まだ時期ではない……。
ああ、そうか。きっとこれは長い長い路線なんだ、とカケルは思った。終着駅にはまだ遠いのだと。ならば終着までの列車の旅を楽しむだけではないか。いつもやっていることだろう、と。
今日も日が昇る。朝、電車に乗り込み、乗り換え駅で食事をしてポケモンバトルをした。電車が来ればまた乗って乗って、乗り換え駅でバトルして、乗って乗り続け、気がつけばもう夕方だった。夕日が赤く染まるのを促すようにカンカンカンと踏切の遮断機が鳴って赤い光がパカパカと踊る。列車は踏切を通過した。黒い木々の上、オレンジ色に染まった空をヤミカラスと思しき鳥影が数羽、連れ立って飛んでいく。
山の向こうに沈んでいく夕日を眺めながらカケルは思った。
……たまには家に帰ろうかな、と。