旅の途中で泊まっていたポケモンセンターの個室の扉が勢いよく開けられる。
そしてポケモンたちとなだれ込みながら開口一番彼女は言った。
「ユウヅキ、トリックオアトリート!」
テブリムという髪の毛の多くて大きな帽子を被ったようなポケモンの仮装をした短い金髪の少女、アサヒは仮装させた手持ちのドーブルのドル、パラセクトのセツ、デリバードのリバ、ラプラスのララ、ギャラドスのドッスー、グレイシアのレイと一緒に俺にお菓子を要求した。フルメンバーだな。
というかちょっと待て。狭い。全員は入らない。テブリムの仮装のせいか、いつもよりごり押し気味だ、アサヒ。
流石に入りきらないことに気づいたアサヒはしぶしぶドル以外のポケモンをボールにしまった。
そんなテンション下がり気味な彼女にさらに申し訳ないが、俺は謝った。
「悪いアサヒ、今日だと忘れていた……何も用意していないのだが」
「じゃあイタズラするよ!」
「何をされるんだ……」
「ハロウィンを忘れていたユウヅキに私が仮装をさせるよ」
意気揚々、というよりは若干真顔に近いアサヒ。
「……なるべく、お手柔らかにお願いします」と小声で言ったのち、着せ替え人形にされた。
△▼△▼△
結局グラエナをイメージした仮装をさせられた。黒い自分の髪にふさふさの耳とかシッポを付けるなんて初めてしたな。このまま歩き回るのは結構度胸と勇気が要りそうだ。
アサヒに仮装された俺の手持ちのサーナイトとゲンガーとオーベムとヨノワールが俺の恰好をほほえましそうに笑いながら見ていた。また狭くなった。メタモンに至っては、俺に変身をしようとしてさらにいっそう周りの笑いを呼んでいた。アサヒのドルは笑いをこらえていた。お前らな……。
俺は苦笑いも混じっていたが、アサヒが楽しそうだったので、まあいいかとなっていた。
ひとしきり笑った後、彼女は次の提案をした。
「じゃ、一緒にお菓子でも作ろうか!」
「作るのか」
「まあね。いつでも誰からでもトリックオアトリートって言われても良いようにね」
確かにアサヒ以外にイタズラをされるという場面はあまり想像したくなかった。
調理室のスペースを借りて、ポケモンたちにも手伝ってもらいながらクッキーを一緒に作った。大所帯だ。
その結果、調子に乗って作りすぎた。
「あー分量間違えた……みんなにも食べてもらったけど、余っちゃったね」
「いざ要求されても渡せるには渡せるが、多いな」
なんとなく俺は、この次アサヒが言い出すことは想像ついていた。
「うん、お菓子もあるし街のお祭り行こうか」
「行くのか」
「行くよ、一緒に」
「この格好のまま?」
「うん」
ポケモンセンターの職員さんに「あら似合っていますね、行ってらっしゃい」と笑顔で送り出された。
△▼△▼△
日が傾きかけたころの街並みを、二人で歩く。手持ちの皆にはいったんボールに戻ってもらっていた。
オレンジや紫の飾り、カボチャやゴーストポケモンをもじった仮装をしている人やポケモンが騒がしくしていた。俺の手持ちにもゲンガーやヨノワールがいるせいか、心なしかゴーストタイプのポケモンがいつもより多い気がした。
夕時になり、人込みやポケモンたちが増えてくる。
俺が混雑に酔い疲れているのをアサヒに見抜かれ、人の少ない場所へ移動することに。
せっかく作ったクッキーは、まだ誰にも渡せていなかった。
アサヒが、テブリムの帽子を外した。そのまま帽子を抱きながら、うなだれていた。
彼女も疲れたのだろうかと心配になると、アサヒはさっきまでのパワフルさとは打って変わってしんみりしていた。
「ごめんユウヅキ。あんまり人込み得意じゃないのに連れまわしちゃって」
俺に謝るアサヒ。
「お菓子作りにも付き合わせちゃって、慣れない恰好させちゃって、無理させてごめん」
「謝る必要なんてない。それよりアサヒは、楽しめたのか?」
「ちょっとは。ユウヅキは?」
「俺も、ちょっとは楽しかった。慣れないことばかりで困惑したのはまああるが、謝ることなんて、何もない」
アサヒが少しだけはにかむ。その顔が見れただけでも、今日一日付き合ってよかったと思った。
……口にはなかなか出せないが。
「わっ」
彼女の驚いた声につられ、視線をそちらに向ける。
草の茂みの中から、カボチャが……いや、カボチャに似たポケモン、大きいバケッチャが転がり出てきた。
バケッチャの後には小さな角のメェークル、オレンジの電気ネズミ、デデンネが次いで飛び出してくる。
バケッチャが、メェークルとデデンネにまじないをかけていた。
すると、メェークルとデデンネの姿がわずかに透けて、二体はバケッチャとともに宙を飛び始めた。
「あれ、バケッチャの『ハロウィン』だ……!」
初めて見た、とアサヒは感激していた。
バケッチャの種族が使えるという『ハロウィン』の技は、相手にゴーストのタイプを与える技だ。相手を一時的に幽霊にする技、でもある。
こちらに気づいたバケッチャ。
アサヒの周りをくるくると回り、笑うバケッチャ。
「え、私にもかけてくれるの?」
その時、ふと俺は思った。
『ハロウィン』の技を人間に使うと、どうなってしまうのか、と。
気づいたら。俺は、
「――クッキー、あげるからイタズラは勘弁してくれないか?」
アサヒの手を引っ張りそばに寄せ、クッキーをバケッチャたちに差し出していた。
バケッチャたちは喜んでクッキーをほおばり始める。
そして食べ終えると満足していったように去っていった。
その姿を見届けた後、握りしめたいた手が急に震え始めた。
彼女が心配して「どうしたの、大丈夫?」と声をかけてくれる。
その瞳をじっと見ながら、素直に思っていたことを白状した。
「アサヒがバケッチャに連れていかれてしまうと思って怖くなった」
一瞬怪訝そうな顔をしてから、それから照れ始めるアサヒ。
「そっか。そっかー……私が幽霊になっちゃうんじゃないかって心配してくれたんだね。守ってくれたんだね。ありがとう」
「クッキーがあってよかった……」
怖がる俺の手を、アサヒはつなぎなおす。
その温かさに、ほっとする。
しばらくの間、この手は離さないようにしたいと思った。
夜のとばりが落ち、月が照らす帰り道。
アサヒは月を見上げながら、俺に一つのお願いをした。
「もし、私がまたユウヅキを置いていきそうになったら、また連れ戻してね」
「ああ、必ず」
俺はその願いを聞き入れると、そう彼女に小さな約束をした。
つないだ手は、まだ離す気にはなれなかった。
あとがき
ポケ二次ハロウィン企画で思いついた短編でした。企画がなければ思いつかなかったので、企画主様に感謝です。
今回は、カフェラウンジ2Fで連載中の自創作、「明け色のチェイサー」の本編時間軸よりだいぶ昔のアサヒちゃんとユウヅキ君のエピソードをかかせていただきました。
あと、バケッチャの技名、「ハロウィン」の別名の一つが「トリックオアトリート」と知ってこの話にしようと思いつきました。
ポケ二次ハロウィン企画が盛り上がりますようにと楽しみにしつつ。
読んでくださり、ありがとうございました!