リゾートデザートという砂漠の奥には古代文明の跡地がある。リゾートという名前こそついているが、観光にくるのはもっぱら歴史研究者や遺跡マニアばかりで、普通のポケモントレーナーは修行にこそ来てもくつろぎに来る事はない。
厳しい砂漠の環境で生きていけるポケモン以外では、夜になると遺跡周辺でゴーストタイプも徘徊しだすけれど。
そこにだけ生息している、少しだけ変わったポケモンもいるのだ。
シンボラーというポケモンは砂嵐の中で見れば鳥のようにも見えたりするのに、けれどその実物を見るとなんとも奇妙な姿をしている。大きな翼に対して首はなく、胴体にあたる部分が顔になっている。足というには飾りの様なものが下がっていて、手にあたる部分は真黒で爪のようにも見える。
そんな不気味とも、ミステリアスともいえるポケモンは、この砂漠の地で一定のルートを常に徘徊している。決まった個所を一日、あるいは数日周期でぐるぐる回っている様子は、縄張りを守るために見回りをしているという動物的な説と、古代文明の記録に従って今も都市を守るために同じ行動をとり続けているとも言われている。
そのため、研究者の間ではシンボラーの徘徊ルートの記録を取ることで古代遺跡の規模や土地の在り方なんかを割り出そうとする方法だってあるくらいなのだ。
だから、僕は今日そのために砂漠に来ている。要はアルバイトだ。日雇いというよりかは、二週間砂漠に張り込んで野生のシンボラーの行動を観察してレポートにするという観察業務に近い。
その間野生のポケモンに襲われたりするだろうし、砂漠での過ごし方の知識がない素人には任せづらい。フィールドワークが得意でない学者先生は、お金を出してトレーナーを雇うことがあるわけだ。見本で見せてもらったのは別の地方の砂漠で確かみょうちきりんなノクタスの観察レポートを出していた奴がいたけど、アイツもこんな感じだったんだろうか。
幸いなことに、僕は砂漠に強い鋼タイプや岩タイプのポケモンを持っていたし、その子の特性でバトルの時に砂嵐が巻き起こるからそういう環境にも慣れっこだったから、これ幸いと小遣い稼ぎに手を出したのだ。
指示されていたポイントに到着して、砂嵐が弱いタイミングでハガネールに出てきてもらってテントを張る。安全地帯がない時は、そんな場所を作ってくれるポケモンがいればとても楽なのだ。雨が降る場所では難しいけれど、砂漠のような乾いた場所ならこの大きなポケモンがぐるりととぐろを巻いてくれるだけで風はだいぶ当たらなくなる。
この近辺を徘徊しているはずのシンボラーが見つかったら、その後をひたすら追って行って地図にマークをつけていくのが今回の仕事だ。追った先でまたテントをたてて、また次の日追いかけて……をできうる限り繰り返す。
ぐるりと一周できるだけの情報が集まればとても良いらしいのだけど、あのポケモンは意外と広範囲を巡回したりするらしいので、その一部が判明するだけでも良しとしてくれるのはありがたい。
まずはお目当てのポケモンが出てくるまで待機だな、と構ってほしそうに足元をうろうろするヨーギラスに木の実をあげて、僕はエアームドの足にカメラを取り付けてから空からの見張りを頼んだのだった。
そんなに待つことなく、空から高い鳴き声がしてテントを出る。砂嵐で見えづらい空をくるくると銀の光が反射しているのが見えるから、お出ましになったらしい。
砂嵐を防ぐゴーグルをつけて繰り出せば、確かに浮遊する影が滑るように砂漠の地を飛んでいた。記録用の写真を一枚とってからムービーに切り替えて、刺激さえしなければ攻撃されることがないはずだと距離を取って見守る。
決まり切った作法の様にすぅっと姿を現したシンボラーは、砂漠で見慣れないだろう僕らへちらりとも頭の視線をやることもなく。目の前を横切ると、数メートル先でぴたりととまって、直角にくるりと方向を変えた。
そのまままっすぐ進みだすので、エアームドがそれを追い出す。走らなければならないほどのスピードではないものの、ひとまずしばらくは僕も追うことにした。
砂嵐の中でシンボラーは迷うことなく進んでいく。右も左も分からなくなりそうな不毛な世界で、何一つそんなそぶりを見せないとりもどきポケモンの後姿は、ある意味では酷く安心できるものなのかもしれない。少なくとも、その後を追う限りは、古代の時代では迷うことがなかったからだろう。
けれど、突然ぴたりとそいつは止まった。方向転換の為だろうか、と思ったのだが、向きは変えたものの其処で動かない。妙だな、と思いながらカメラを回す。
頭上でエアームドも手持無沙汰の様に旋回している。こんな動きもするんだな、とひとまず腰を下ろしてみてもやっぱり動く気配がない。これも古代の記録に基づいたものなんだろうか。
びしびしと砂粒がシンボラーの羽にあたっている。戦闘中に天候変化でダメージを受けるのは、その場にとどまり続けている間に霰や砂をひっかぶって体力を徐々に消耗するからだ、と聞いたことがある。このままここにい続けてしまえば、いつか倒れてしまうんじゃないのだろうか。
そんな杞憂は、時期に諦めたようにくるりと再び向きを観察対象が変えてしまったことで解決した。時間にして、三十分もたっていないだろう。けれども随分長く、何かを待っているように見えたのだ。
再び追いかけっこが始まって、日が暮れて夜になる間際にはぐるりと一周してしまったのか、テントの見えるところまで出てきてしまったため、今日はそれでおしまいにすることにした。
一日で周回するコースのシンボラーにあたったのは素直にラッキーだ、と思いながら、次の日からは日程をつぶす要領で細かに記録を取ることにする。レポートを書き終わってから、一日空を飛んでくれたエアームドの翼の手入れや、柔らかい砂が珍しくてはしゃいだ結果自分の体重で半分ほど埋まってしまったヨーギラスを掘り起こすなどをして。
再開した観察記録でも、やっぱりあのシンボラーは特定の個所でしばらく止まる動きを見せるのだった。他の場所ではそういうそぶりを見せないのに、初日のポイントでのみ、何かを待つように必ず止まるのだ。
ここまで来るとその理由は何か知りたくなるのが人情なので。その日はシンボラーを見送ってしまってから、そいつが止まっていた箇所を少し調べてみることにしたのだ。
遺跡の痕跡が見つかったりするのかな、とただの砂の土地をかき分けてみる。この地方で捕まえたモグリューにお願いすれば、得意分野だと言わんばかりにもそもそとしばらく掘り返して。
不思議そうな顔をしながら何かの残骸を掘り出した。これも記録写真になるかな、とぱしゃりと撮ってからしげしげと眺めてみる。
割れてしまっている硝子の何かで、黒い弦のような部品もある。すっかり朽ちてしまっているわけだが、砂の中にずっと埋もれていたのか欠片は随分と大きかった。
なんだろうか、と首をかしげても全く見当がつかない。昔の人が使っていた道具だろうか。とりあえず元に戻してしまおうとモグリューにお願いしようとしたら、びっくりした表情で僕の後ろを見上げているから。
おかしいな、と思って振り返れば、そこには見送ったはずのシンボラーがじぃっとこちらを見ていたのだ。
うわ、と声を上げるよりも、大きな影を作っている遺跡の見張り役は僕やモグリューの存在を気にしているようではなかった。ただ、掘り出された残骸を見つめているようで。
どうしたらいいのかわからないまま、僕はその欠片をかき集めてみて、どうぞ、と目の前のポケモンに差し出してみれば。
ちかり、とシンボラーの眼が光った。それは頭の上の眼の方だったのか、顔の方の眼の方だったのかは、よくわからなかった。
……気が付けば、砂嵐がやんでいた。綺麗になった視界にゴーグルを外す。世界がとても明るくて柔らかいのだけれど、不思議と何もかもがセピア色をしていた。エスパータイプのポケモンは催眠術が使えるというけれど、もしかして夢でも見ているんだろうか。
ちょいちょい、と足元を引っ張られるから視線を落とせばモグリューもいたので、一緒の夢を見ているのかもしれない。不安そうな顔をするから抱き上げれば、ちゃんとそこにいるようだった。
ぼんやりとした輪郭の世界は、もしかしたらずっとシンボラーが見守っていた都市の光景かもしれなかった。人影がすぎたりしても、薄っぺらい影の色しかなくて、はっきりと何もわからない世界で。
もしもし、という小さな声があった。
振り返れば、ヒトモシが一匹そこにいた。もしもし、としきりに誰かに話しかけているようだったけれど、足元の小さなろうそくを気に留める人はいないようだった。
けれどその声に応えるのが一匹だけ現われた。あのシンボラーだ。周回していたそいつは僕たちの横をすり抜けて、お決まりの様にそのヒトモシの前で立ち止まった。嬉しそうにヒトモシはいっぱい話しかけているようだったけど、シンボラーは別に何も答えることはない様だった。
しばらくしてから、シンボラーはやっぱり見張りの続きに戻るように去っていった。ヒトモシは満足したのか、小さな足取りでどこかに消えていった。
ごぅ、と風が吹いた。砂は来ていないのに、景色は一気に流れていく。何度も、何度も、小さなヒトモシはシンボラーと話していた。そのうちに、その子はランプラーになっていた。これはきっと膨大な記録なんだ。長い年月のうちに、シンボラーが見てきた記録のうちの一つ。
砂漠の土地のヒトモシは、砂の気候にどれだけ耐えられるんだろう。大きなシャンデラになってもやっぱりそいつはシンボラーを待っていた。
……待っていたんだ。ひどい、ひどい、砂嵐の夜でさえも。
削れに、削れて、残骸になっても、シャンデラはそこにいたはずだった。
砂が全てを覆い隠してしまっても、律義にシンボラーはそこに来ていたようだった。
ぱち、と頬にあたる砂粒で我に返った。手の中の硝子の欠片は、さらさらと時間を早回しにしたように崩れていってしまっていた。
目の前のシンボラーは、一度だけ、目を閉じて。
また、動き出した。振り返ることすらなかった。これまでと同じように、ただ進んでいってしまっていた。
残りの観察日程で、シンボラーが止まることは二度となかった。
テントを片づけて、カメラを回収し、ポケモンたちをボールにしまって、砂嵐を振り返れば、やはり滑るような影が見えた。
ポケモンには、ポケモンの思い出があるのだと思うけれど。シンボラーにとってそれは、思い出なのだろうか。それとも、従うべき記録なんだろうか。
どちらにせよ、この砂漠からあのシンボラーを連れ出すという発想はとうとう僕には思いつかなかったのだ。
今日もリゾートデザートには砂嵐が吹き荒れている。
そこを徘徊しているシンボラー達が、かつて何を見て、今は何を守っているのかは、誰も分かることはないのだろう。
そんな思いを抱えながら、僕はアルバイトを終わらせて帰路につくのだった。
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余談 自分が初めて出した同人誌
うちの怪獣事情 ポケモン二次創作短編集 https://mokehara.booth.pm/items/1946443
をありがたくも手にとってくださった方におまけとしてお渡ししていた掌編。
添削に付き合ってくれた有難い友人に「なんかリクエストある」「推しのポケモンのシンボラー様とシャンデラでなんか書いて」にお答えしたもの。
読み返してみるとかなり悪くないのでおいておきます