※注意 食事中は読まない方がいいです。
※すごいとっくんは第7世代からです(作中は第5世代)
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コマンドシリーズ3行説明
キランくんは新人警官。
上司のレンリさんはゾロア使い。
キランくんはレンリさんに惚れた弱みで、いつもムチャ振りみたいな仕事をやっているよ。
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カシワギ・キランは警察という自身の仕事について、若干の不満がある。
「コスプレした自称悪の組織じゃなくて、もっと高レベルな奴を相手したいです」
上司のカミサカ・レンリは、ゾロアに“お座り”を仕込みながら部下に答えた。
「一度やっただろう」
「構成員が全員ゾロアでしたけどね」
崩れゆくイリュージョン、湧き出づるうにゃんうにゃん。回想される悪夢を振り払って、キランは上司に告げた。
「実戦で、やりたいんです。僕も少しは強くなってますし」
「伏せ」
「うにゃん」
「シビシラスとヒトモシも、ちゃんと僕の言うこと聞いてくれてますし」
「待て」
「はい」
しばらく待ってから、これゾロアに言ったやつだなと気付いた。
「とにかく、僕だってもう、犯罪者と真っ向勝負できます」
ガチャン、とドアが開いて、遠慮のない闖入者がやってきた。
菫色の髪の小柄な女性。ピカチュウを連れている。
「スミレさん」
「レンリちゃん、キランくん、おはよ」
スミレはキランとその上司に笑顔を振りまいた。
「ピッカー☆」
ピカチュウもニコニコを振りまく。
「何しに来た」
と上司は素っ気なく聞いた。
「キランくん借りようと思って」
「え?」
間抜けな声を上げたのはキランだ。
「犯罪者と真っ向からポケモンバトル、するんでしょう?」
廊下に聞こえてたよ、とスミレがキランに笑みを向ける。ふわりと咲く、可憐な菫の花のような笑み。何故だろう、なんとなくうさんくさい。でも、
「やります」
キランは即答した。
降って湧いた、これはチャンスに違いない。
スミレはふわりとした笑顔をレンリに向けた。
「レンリちゃん、どう? 上司として、許可」
渋い顔をするレンリに、スミレは両手のひらを向ける。
「友達を助けると思って、ね」
友達らしい。
噂話と雑談が好きなスミレがしゃべり倒し、レンリが気のない相槌を打ってるとこしか知らないけど。
あと、おしゃれ好きなスミレにレンリが着せ替え人形されそうになって、身代わりにゾロアを差し出して逃走してるとこくらいしか見てないけど。
「仕事に友情は差し挟まないようにしている」
友情はあるらしい。
きっと何かと逆な二人だから、気が合うのだろう。ポケモンの好みも逆と聞く。
「ね、お願い。そいつ、他の地方に逃げそうなの」
手を合わせて「お願い」のポーズをしたスミレが、レンリを下から覗き込む。レンリはスッと目を逸らした。
「でもにおいがな……」とレンリがぼやき、スミレが食い下がる。
「手柄はそっちに持ってっちゃっていいし」
レンリはゾロア(訓練中)の方に目を向けて、顎に手を当てて考え込んでいる。
「旅行先で拾った珍しいきのみもあげる!」
「うにゃん……」
ゾロア(訓練中)は餌入れを目の前に、しびれを切らしてきている。
「あと、おいしいお肉も奢るから!」
「うにゃにゃん……」
ゾロア(訓練中)がそわそわしてきた。
レンリはやや待ってから、手を振った。
「よし」
「いいんだねありがと!」
「いや、さっきのはゾロアに」
言質! スミレはキランの腕を取って連れ出した。
いいんだろうか。キランはレンリを振り返る。レンリはゾロアの前足を掴んでバイバイさせていた。
「いいんでしょうか」
スミレにも聞いた。
「レンリちゃんの許可取る時はね、ゾロアの訓練中に話しかけるのがコツ」
故意犯だった。
「それで、具体的には何をすればいいんですか?」
警察署から目的地までの道中、スミレの歩幅に合わせて歩きながら、キランは質問した。
スミレはふわっとした笑顔でキランに答えた。肩のピカチュウも「ピッカー☆」と調子よく鳴いた。
「さっきも言ったけど、ポケモンバトルでこの人と真っ向勝負してほしいの」
ファイルを取り出してぱたぱたと振る。キランはファイルを受け取って内容を確かめた。
ミルアリー、三十五歳。罪状はポケモン管理法の第何条に第何条、無軌道にタマゴを増やして無秩序に逃がしたやつだ。
そして、重要な事項。鋼使い。
「相手はポケモンバトル強くって。バディの子が休んでなかったら何とかなったけど」
悲しいかな、警察官がポケモンバトルで負けたら逮捕できないのが世の実状である。
「私のポケモンだと、相性悪いから」
「僕の方もすごく良いわけじゃないですけど……」
「キランくんは相手の体力を削ってくれたらいいよ。連戦ならなんとかなると思うし」
スミレに笑顔でそう言われて、キランは心密かに安堵した。
相手がはがねタイプ中心なら、キランの手持ちの中で相性が良いのはヒトモシで、でもまだ育成途中だ。ランプラーにもなっていない内から鋼使い相手に六タテを要求するのは、流石に荷が重い。
そういえば、スミレさんの手持ちポケモンよく知らないな、とキランは気がついた。はがねに相性が悪いと言ってるけど。
「そのピカチュウは?」
「マスコット」
「ピカチュー☆」
なぜバトルを要求される職場にマスコットを? という疑問を、キランはぐっと呑み込んだ。
「バトル方面の他の手持ちを聞いても?」
「出せる範囲だと、そうね、この子とか」
スミレはベルトに付けたままボールの開閉スイッチを押し込んで、ポケモンを呼び出す。
一輪挿しの鉱石みたいなポケモンだ。滞空している。
「キラちゃん」
「種族名は?」
「キラーメ」
知らないポケモンだ。いわタイプだろうか。岩使いなら、鋼使いとは相性が悪い。
「あとロンちゃんと……」
キラーメが滞空したまま、つい、と鼻先を別方向に向けた。そちらに目をやったスミレは、ちょっと待ってね、とその場を離れる。
その先にはゴミ捨て場があった。なかなか人気のゴミ捨て場らしく、大きく開いたコンテナの口から大量のゴミが溢れている。周囲には緑のゴミ袋も並べられている……と思ったら、たくさん集まったヤブクロンだった。
スミレは素早くビニール手袋とポリ袋を取り出すと、コンテナから溢れたゴミを手早くポリ袋にまとめ、コンテナのフタを閉めた。フタを開けようとするヤブクロンには「やめようね」と話しかけ、ゴミ入りポリ袋をヤブクロンに渡した。ヤブクロンたちは納得したようで、ゴミで膨らんだポリ袋をわっしょいわっしょいと神輿のように担いでどこかへ去っていった。
スミレが戻ってきた。
「ごめんね。気になっちゃって」
それから逮捕に向けて打ち合わせをした。
「キランくんはミルアリーとバトルして。勝敗に関わらず、終わったら下がること。絶対ね」
キランは頷いた。
スミレの手持ちの話が途中だったのも、忘れていた。
公園にて。
「バトルに勝てない! ポケモンがダメなんだ! もっと優秀なポケモンが出るまでタマゴを孵さないといけないんだよ!」
ミルアリーは歳よりも老けて見える痩せぎすの男性で、どこで学んでくるのか歴代のポケモン管理法違反者と全く同じことを言ってきた。
スミレが逮捕状を取り出し、見えるように掲げる。
「では、ポケモンを適切に飼養せず多頭飼育していたこと、認めますか?」
「ああそうだよ! でも誰でもやってるだろうが! 増やしてとりあえず預かりシステムにぶち込むくらい!」
ポケモン。データ化して預かりシステムに入れれば、あんまし世話をしなくても平気なふしぎなふしぎな生き物。
……なのだが、法律ができた頃に預かりシステムがなかったため、こういうことが起こる。
「では、適正な審査を経ずにポケモンを遺棄したことについては、認めますか?」
「ポケモンをその辺に捨てたことか? 仕方ないだろう! 預かりシステムの上限近くなってきたのに、逃がすのも審査が終わりませんとか言ってよ!」
だからってその辺に逃がすな。
「あなたを逮捕します」
「なんでオレだけパクられるんだよ! 他のやつもやってるのに! こうなったらポケモンバトルで勝負だ!」
ミルアリーがボールを構えて投げる。キランもボールを投擲した。
ここからポケモンバトルになるの、キランは納得いかない。
「行け、アイアント」
「がんばって、テネブラエ」
鋭い“ストーンエッジ”がヒトモシの右上、キランの顔の横を飛んでいく。危ない。
「“かえんほうしゃ”」
無事に一撃で落とせた。ふぅ、とキランは息を吐く。
「運が良かったね。ストーンエッジ外れて」
「スミレさんチャチャ入れないでください」
次にミルアリーが出したのはキリキザンだった。
「“ふいうち”」
ヒトモシが倒れる。
そしてここから泥沼となった。
互いに最後の一匹。キランのエルフーンとミルアリーのナットレイが向かい合っている。
「ナットレイ、“パワーウィップ”」
ナットレイの撓る“パワーウィップ”が、エルフーンの“コットンガード”に吸収される。ぽふ。
「ウィリデ、“ギガドレイン”」
ミリ単位のダメージをエルフーンが“ギガドレイン”で回復する。ちゅわ。
“ギガドレイン”で受けたミリ単位のダメージをナットレイが“ねをはる”で回復する。ちゅわ。
「さっさと降参しろポリ公! さもないと……」
「さもないと?」
「“まきびし”と“やどりぎのタネ”を無駄撃ちするぞ!」
キランとエルフーンはこれを“どくどく”と“やどりぎのタネ”の無駄撃ちで迎え撃った。
スミレが野次を飛ばした。
「キランくーん、公式バトルじゃないから、技五つ以上使ってもいいのよ?」
「使ったところで効く技ないんですよ!」
ナットレイとエルフーンが特に意味なく“やどりぎのタネ”を蒔いている。
スミレが「コーヒー探してくる」と言って自販機を探しに旅立った。
戻ってきた。
コーヒーを飲み終わった。
キランのエルフーンが倒れた。
「負けました」
「ヨッシャー! じゃあオレは高飛びするぜ。アバヨ!」
ミルアリーがくるりと背を向け、走り出す。
「あっ、待て!」
キランも思わず駆け出し、
――勝敗に関わらず、終わったら下がること。
――”絶対”ね。
慌てて急ブレーキをかけた時には、もうスミレはモンスターボールの投擲を終わらせ、
ポケモンの召喚を終わらせ、
ポケモンへの指示も終わらせていた。
則ち、
「ロンちゃん、“ヘドロウェーブ”」
緑のゴミ袋を逆さまに被った、ゴミ山みたいなポケモン――ダストダスのロンちゃんは、にっこり笑って、“どく”タイプ全体攻撃技を辺り一面に繰り出した。
「ぐわっ」
ミルアリーが、足元にずわっと伸びてきたヘドロに足を取られて転倒する。
「うわっ」
キランもすっ転んだ。
「くそ、ナットレイ!」
ミルアリーが戻したナットレイを再び出した。ナットレイは悲惨な姿の“おや”に驚きつつ、健気にも三本の蔦を振り上げてスミレを威嚇する。
「第二ラウンド、いこっか」
「ピッカー☆」
スミレが微笑んだ。
「ロンちゃん、“たくわえる”」
防御を固める。
「ロンちゃん、“いたみわけ”」
ナットレイの回復分を奪う。
ヒメリの実をもぐもぐ食べる。
「ロンちゃん、“リサイクル”」
ゴミ山みたいな体のどこからか、ヒメリの実を補充する。長期戦への備えも万全だ。
「ロンちゃん、“ヘドロウェーブ”」
効果は無いようだ。
悪臭を煮詰めたようなヘドロがバトルフィールド全体に撒き散らされる。
「ロンちゃん、“ヘドロウェーブ”」
効果は無いようだ。
粘度の高いヘドロがじわじわとミルアリーの足場を覆っていく。
「ロンちゃん、“ヘドロウェーブ”」
効果は無いようだ。
いたずらに吹いた一陣の風が、得も言われぬ臭いをミルアリーに向けて吹き付けた。
「やめろ盤外戦術!」
ミルアリーがキレた。
「ごめんね、ナットレイに有効な技を覚えてなくて」
スミレがとぼけた。
「フザけんな、この……クサッ! ウゲボ!?」
ダストダスがグロロロロ……ゲップゥ、と溜めたゲップを吐いた。
「技! 五つめ! 公式大会で使えないやつ! ポリ公のくせにバトルルールを率先して無視しやがって!」
「今のはね、ただのゲップ」
何のきのみ食べたの?
臭すぎるのでいっそ技の“ゲップ”であって欲しかった。
「ねぇ、ミルアリーさん」
スミレが、憐れむような、でもそれだけではない笑顔を見せる。
「あなたがやりたいのは、こういうバトル?」
ダストダスもナットレイも、バトルの手を止めている。
「あなたには、もっと相応しいバトルの場があると思うの。公式ルールに則って、きちんとしたバトルコートで。
警察に追いかけられながらじゃなくて、きちんと罪を償って、堂々とバトルコートに戻りましょ」
ね、とスミレが笑う。そこにあるのは罪を犯した者への憐れみだけではない。
ただ少し間違えただけなのだと、まだやり直せると、人間の可能性を信じる心がそこに
風が吹いた。
臭いがすごく広がった。
「やってられっか!」
ミルアリーはナットレイを戻した。
「オレは高飛びし」
「“エレキネット”」
「ヂュジジヂュイイ!」
いつの間にか回り込んでいたピカチュウが、ミルアリーに電気の網を投げる。そこへスミレが手錠をかけた。
こうして諸々の色々を犠牲に、キランたちは犯人を逮捕した。
次の日。
「おはようございます」
疲れの抜けないまま、キランは居室の扉を開く。
そこにはいつものようにレンリとゾロアが
「バババババババウ!」
「うわ」
ゾロアの大音声がキランを出迎えた。
毛を逆立てて黒い剣山みたいになったゾロアが、爆速で後退しながらキランに吠えている。壁にぶつかって止まった。
「キラン」
レンリが小さなレジ袋を持ち上げた。それをヒュンと手元で一回回してから、キランに放り投げる。
何だろう。受け取って中を覗いてみる。石鹸(“超☆強力”とパッケージに書いてある)。
「シャワー浴びてこい」
そんなに?
昨日、シャワーを浴びたし風呂にも入った。念入りに二回。服も替えた。
「そんなに、ですか?」
すっ……とレンリが対角線の向こうに移動した。
そんなに!?
「……シャワー、浴びてきます」
キランはシャワー室へ早足で向かった。
☆
レンリは息を吸うと、ゾロアを呼んだ。まだ臭いが残っているのか、ぶーたれて渋々のゾロアを膝に乗せ、宥める。毛を梳く。もふる。
そこに遠慮のない闖入者が現れた。スミレである。
「おはよ、レンリちゃん。キランくんは?」
「シャワー室」
「あら……これいる?」
差し出されたのは、“超☆強力”と外装に書かれた石鹸――毒使い御用達のもの。
いらない、とレンリは石鹸を押し戻した。
「ふぅん……そう」
スミレは石鹸を仕舞って、今度はきのみを取り出した。長卵形で、黒い皮に?マークのような白い模様がついている。ナゾの実だ。
「これ、約束のきのみ」
レンリの手にナゾの実を乗せる。「ありがとう」引っ込めかけたレンリの手を抑えて、スミレは耳元に顔を寄せた。
「キランくん、頑張り屋でいいよね。うちの部署に貰っちゃおうかな」
レンリはパッと手を払った。
「異動願いは本人に聞け」
「いいの?」
答える代わりに、ゾロアをなでる手が早くなった。
「じゃあね」
スミレがひらひらと手を振り、去る。
レンリは残されたナゾの実に目をやった。
☆
キランがシャワー室から戻ると、ゾロアに唸られた。
「うにゃがるる、うにゃがるる」
シャワー室まで、もう一往復した。
「うにゃがるる、うにゃがるる」
二往復。
「うにゃがるる、うにゃがるる」
三往復めで、やっと唸りが消えた。
「もうスミレさんとは仕事しません……」
ナゾの実は貰ったが、割に合わない。
シャワー疲れでつっぷしたキランの上に、何を思ったか、レンリはゾロアを置いた。
「あの、動けないんですけど」
「そうか」
何が「そうか」なのか。キランは回せる範囲で首を回してレンリを見た。
レンリは窓の外を眺めていた。何かを奏でるように窓の膳板を指先で叩く、その表情は柔らかく。
キランの心を代弁するように、ナゾの実が風に揺れていた。