初雪 「はあ」 吐き出された息は白く変わり、夜の空気に溶けて消えた。 両脇を街路樹にはさまれた道は落ち葉がたくさん積もっている。 住宅街の外周にあたるこの道は右側に家は存在しない。 かわりに雑木林という名の細い木々が存在していた。 道の左側に並ぶ家たちは気が早いようで、ところどころ鮮やかなイルミネーションたちがどうだとばかりに存在感を放っている。 しかし、澄んだ星空はそれを無視して、きらきらした星たちを輝かせていた。 街路樹の木々たちは風が吹くたびに一枚一枚葉っぱを地面に送り出しているところでその光景は秋のように見えるものの北風の冷たさははもう冬なんだと感じさせてくれる。 弱々しい光を放つ街灯は、明るい場所と暗い場所を作っているようで遠くから見ると 光の縞模様に見えそうだ。 さくさくと落ち葉を踏んで歩く。 別に踏みたくなくても踏むしかないのだが……いくらなんでも道路を掃除した方がいいと思える量の落ち葉だ。 しかも、現在進行形で増加を続けている。 雨でも降ったらぐちゃぐちゃになりそうだなんて考えながら、歩きなれた坂を上っていった。 冬は、暗くなるのが早いから困る。 まだ夜と呼ぶには早い時間なのだがあたりは真っ暗、おまけに寒い。 街灯はまじめに仕事をする気も無いようで光力不足。暗い場所に差し掛かるとおもわず抱っこしているルリをぎゅっと抱きしめてしまう。 「ギョギュギョ」 抱きしめ方がきつかったのか、チルットにあるまじき声がルリから聞こえた。 あわてて力を緩めると、もがくのをやめてもう一度夢の世界に戻っていった。 そっと頬ずりすると、ふわふわの羽は温かさをくれる。 なんとなく幸せになる温かさを。 「ただいま」 そういいながら玄関のドアを開ければ、暖かい空気と母のへんじが返ってくる。 今日の夕食はシチューかな? そうだったらうれしい。 だって、シチューのルーを入れる前の野菜スープはルリの大好物だからね! ルリが風邪をひいた。 ルリが病気になるのは初めてだけれどただの風邪で、看病は母がしてくれているから問題ない。 問題ない……はずだけれどそわそわして落ち着かない。 私は将来ポケモンにかかわる仕事に就く予定じゃないから手持ちのポケモンは、ルリ一匹。 草むらに入ることはめったにないし、バトルだって毎日するはずも無い。 つまりは、絶対にポケモンがいないと困る……というわけでもないのだ。 でも…… 誰も抱っこしていない腕が落ち着かなくて、そわそわする。 あったかいルットがいなくて、体は冷えるし……心細くて。 昨日と同じ夕方の道。 曇り空のせいか、昨日より暗い。 「はあ……」 吐き出した息は心なしか、昨日よりも白く、青白く。 白い煙は街灯をさえぎって、消えていく。 足元を照らす街灯と連なる家々の明かりが重なり合い、たくさんの陰を作り出した。 特に、斜め後ろにある影。 まるで追いかけてくるかのように見えて怖い。 サク……サク……ふわ 落ち葉を踏む音に、何か違う音が入った。 「あ……」 おもわず出した手のひらに、舞い降りた雪。 それはあっという間に姿を消した。 「はつ……ゆき。 もう、こんな季節だったんだ……」 そらをみあげれば、白い紙ふぶきがたくさん降ってきた。 冷たい風が前髪をなでていくと、雪が儚くとけて……風と一緒に通り抜けてゆく。 いつの間にか道は白い雪に覆われて、落ち葉が舞うたびに落ち葉の足跡が道に残る。 後ろを振り返れば、私の足跡がうっすらと続いている。 それも、ふわふわと降る雪に隠されて消えかけていた。 ふわふわ。 雪を見ていると、おもわず家で寝ているルリが思い浮かぶ。 何を考えているんだろう、私は。 ふわふわのもこもこだとしても、ルリは雪と似ているはずもないのに。 こんな、儚い雪となんて…… ……そっか。 それで、落ち着かなかったのか。 ルリがいなくなってしまうかもしれないとおびえていたんだ。 鳥にとって、風邪は命にかかわる病気だから。 ルリはポケモンだから平気だって。 わかっているのに、いるのに……。 心配でたまらないんだ。 もう一度、空を見上げた。 灰色の空は広くて、高い。 もう一度、歩いてきた道を見た。 うっすらと足跡が残っているが、じきに消えるだろう。 当たり前の生活が。 みんながそばにいてくれることが。 一番の幸せなんじゃないかと思っていた。 いや、今でもそう思っている。 でも……そんなことを考えないで生活できるのが一番の幸せなんじゃないだろうか? さくさくと、凍った落ち葉とブレンドされた雪とを踏みつけながら。 道に足跡を残して……家族の待つ家に。 玄関を開ければシチューの香りと、母の声。 そして…… 「ルット!」 ふわふわの綿雲がとびだしてきた! (1971文字) 〔作品一覧もどる〕
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