雪画用紙と小さな濃紺




 その日は、いやに静かだった。
 私は眠くて半分閉まりかけている目をこすり、自分が寝ている天蓋ベッドのカーテンを開けた。既に高校は冬期休暇に入って一週間が過ぎており、いつもならあと一時間は寝ているのだが、今日は目が覚めてしまった。
 私の住む家……館と言った方が良いだろうか……は、住宅街、店から遠く離れた緑が生い茂る郊外にあり、車はあまり通らない。学校へ行くために毎朝訪れる駅へは片道四十分近くかかるし、その電車も二十分に一本だ。
 それでも、今日の静けさは異常だ。何かあったのだろうか。
 黒いカーディガンをはおり、部屋の隅で集まって眠っているカゲボウズ達を起こさないようにして……私は窓にかかるカーテンを開けた。

 白い世界が広がっていた。茶色と緑のグラデーションがかかった庭、葉を年中落とさない針葉樹、薔薇の蔓が巻きつく黒い鉄のアーチ。
 それら全てを白が染めている。空はまだ曇っているから、つい数時間前に止んだばかりだろう。

 雪が積もっていた。今年初めての雪だった。

「すごいな」
 このへんは毎年必ず一回は雪が積もる。それを踏むことも同じだ。それでも、毎回感動する。
 どのポケモンを連れて行こうか迷ったが、フワンテとフワライドを連れて家を出た。朝食を簡単に済ませ、マフラーとニット帽を彼らにかぶせ(もちろん私も外套を着て襟巻をする)庭から道に歩みを進めた。
 サクサクという音が静かな道に響く。それと共に後ろに濃淡の足跡が増えていく。相当積もったと言っていいのだろうか。コンクリートの濡れた黒色が見えない。
 風が全く無いため、二匹も変な方向へ飛ばされることもなく私の後を付いてくる。彼らは飛べることは飛べるが、風が流れる方向に身を任せているだけなので、どこに移動するか分からないのだ。
「紐とかつけておいた方がいいかな」
 最初はそう思ったが、それはそれで何だか可哀想なのでやめた。嵐や台風の時に出さない限りは大丈夫だろう。
 そんなわけで彼らは私の上空をふよふよ浮いているのだ。


 足跡を付けるのも少しつまらなくなってきたので、雪だるまを作ることにした。小さな手のひらサイズの玉を作って、道で転がしていく。最初は屈まないといけないから、背中が痛くなる。そして大きくなってくると押すのに力がいるので腕が痛くなり、次の朝、だるさで目を覚ますことになるのだ。
 道なりに進んで玉を大きくしていく。時折玉に付いたばかりのふわふわの雪を叩いて固める。
 やがて、丁度いい大きさの玉が一つ出来た。私が座っても壊れないくらいの固さだ。
「よし、今度はもう一回り小さい玉をっ」
 私の言葉が途切れた。外套の中が冷たい。顔に何かかかった。取ろうと手を持ってきたとき、ビュウッと風が吹いてきた。周りが見えるようになる。
「……なんだ、雪か」
 フワンテが目の前に浮いている。どうやら、『かぜおこし』を使って雪を吹き飛ばしてくれたようだ。
「ぷわわー」
「ありがとう、フワンテ」
 余計寒くなった気もするが、まあいい。それにしても、いったい何故雪が落ちてきたのだろうか。別に太陽は出ていから、溶けてはいないはずなんだが……
 キョロキョロと辺りを見回す私の目の隅に、小さな影が映った。しかも一つじゃない。二つ、三つ、四つ。……五、六匹がゾロゾロと隣の家の塀の上を歩いている。
「フワンテ」
「ぶわー」
 塀が高くて私の目の高さでは見えないため、もう一度『かぜおこし』をしてもらう。
 やがて。
「!」
 ポスポスと軽い音がして、何かが雪の上に落ちてきた。全部で六つの濃紺の跡が出来る。まるで子供が白い画用紙に紺色をちりばめたようだ。
 落ちてきた物を見て、私は思わず叫んだ。
「バチュル!?」
 そう。六つの影はバチュル達だった。

 どうにか雪から這い出すと、彼らはまず体をブルブルとふってついた雪を落とした。六匹いるのに皆動きが同じで驚く。そして可愛い。
「……」
 私はしゃがみ込んで十センチの彼らを見つめた。遠くから見れば怪しい人以外の何者でもないが、この雪の日にこんな場所まで来る人はそうそういない。
 フワンテとフワライドも興味津々のようで、私と同じように地面の近くまで降りてきていた。ここまで地上に近くなることはあまり無い。
 やがて彼らは雪の上を歩き出した。一列でトコトコ移動していく。雪の上に小さな、本当に小さな濃淡の足跡が残る。
「どこへ行くんだろうね」
「ぶわわー」
 フワライドが私の付けているカーキグリーンのマフラーの端を引っ張った。『戻ろう』と言っているらしい。
「そうだね。一度帰ろうか」
 私は作りかけの雪だるまを道路の端に置いて、今来た道を戻って行った。


 その晩、私は明日のことを考えて道路の雪を少しどかすことにした。と言ってもまた雪が降り出したため、一人で。
 大きなスコップを片手に、外に出る。もう闇が包み込んで、あまり先が見えない。今更だがここが田舎に近い場所なんだと思う。
 館の灯りをたよりに、どける場所を……
「あれ」
 庭に積もった雪の上に、点々とある濃淡の小さな跡。一本の線になって続いている。
 こんな跡をつけられるのは、彼ら以外に考えられない。
「バチュル達……?」
 私はその小さな跡を消さないように、庭に中をたどっていく。細々とその小道は続いている。
 そして。
「あ」
 見つけた。屋根の下。雪があまり入ってこない場所に。
 黄色の小さな固まりが、縮こまって体を温め合っている。彼らにはこれが普段の眠り方なんだろうけど、見ているこっちが寒くて凍えそうだ。
 あまりにも気の毒なので、私は一度家に入り、二階に向かって声をあげた。
「ユキメノコ、ちょっと手伝って」

 こおり、ゴーストタイプのユキメノコなら、この寒さの中でもテキパキ動いてくれる。小さな木箱の中に、タンスの中に入っているハンカチを数枚入れ、私のところまで持ってくる。
 その中に、縮こまって震えているバチュル達を一匹ずつ詰めていく。少し狭いが、ここよりはまだマシだろう。
 そして、二階の私の部屋に連れて行き、暖炉の側で箱から出し、私がいつも使っているタオルケットをかける。
「ふう」
 これでもう大丈夫だろう。風邪を引くことも、敵に見つかることもない。
 バチュル達はスヤスヤと深い眠りに落ちたようだ。

 カーテンを閉める際、外を見ると雪は吹雪になりかけていた。
「……」
 明日になれば、またかなり積もっていることだろう。私は灯りを消すと、いつものように暖炉の側で本を読み始めた。




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