No.102 強い衝撃で目が覚めた。落ちたのだ。 地面を覆うようにして生えている草の上だったからか、ぼく自身が硬い身体を持っているからか。とにかく、強い痛みはない。 そのまま草の上を転がって少し移動してみる。空が青くて、とても広い。降り注ぐ光があたたかい。 ああ、ぼくは生まれたのだ。 ここにはところどころに背の高い木々がある他、目立ったものは何もない。ただずっと草地が広がる。少なくとも、ぼくの視界に入る限りではそうだ。 あの大空を飛ぶ鳥ぐらい高いところまでいけたなら、ぼくも何かすばらしいものを見ることができるのだろうか。いやいや、鳥は“ぼくたち”を食べてしまうのだから、そんなのんきなことは言っていられない。 そう思った矢先、ぼくは太い幹を見た。 緑の大地の上を、太い幹はゆっくり移動していた。太いだけではなく高さもあったので、距離がなければぼくの視界なんかにはおさまりきらなかっただろう。幹のてっぺんには鮮やかで大きな葉がいくつも生えていて、一歩一歩を示すように揺れる。そのたびに、葉のすき間から色づいた果実が見え隠れする。その雄々しい姿は、生まれたてのぼくが惹かれるには十分だった。 ぼくもあんな風になれたら、どんなにいいだろう。 右から左へと移動する太い幹は、そのままぼくの視界から出て行った。 その途端、ぼくの中に声が響いた。 ――おぅい。だれかいないか。 ぼくは弾かれるようにして転がり始めた。すぐにも声の近くに行きたい! いや、そうしなければならないのだ。 ここだ、ここにいる。 と、ぼくも声を送った。 ちょうど、さっき太い幹がいた辺りまで来ただろうか。 近い、とぼくは感じた。 ぼくは転がる速さを緩めて、周りをよく見る。すると、白くて丸い、ぼくの視界におさまる大きさの物を見つけた。少し縦長の球体には、真ん中辺りに鋭い目が二つ、横に並んでいる。 声の主はきっと彼だ。 「ここにもいるよ!」 ところが、もうひとつ声が現れた。 ぼくはとびあがり、そのまま真うしろに転んでしまった。そして何かにぶつかり、反動で前に転がる。そのまま鋭い目の彼にぶつかって、「コツン」と音がした。その音はぼくの頭の中で響いたようでもあった。そしてまた、意外にもやわらかな音は、あいさつを交わしているかのようだった。 ぼくは嬉しくなって鋭い目の彼を見た。鋭い目の下に口があって、そいつがぐにゃっとゆがんだ。笑っているみたいだ。 ――おまえも、ひびの入ったおまえも、これからよろしくな。 鋭い目の彼の言葉がまた聞こえた。ひびの入ったおまえとはだれだろう。ぼくは振り向いてみた。 白くて丸く少し縦長で、大きさも鋭い目の彼と同じくらい。目の位置も口の位置も同じ。ひときわ目につくのは、ひびが、ぼくから見て右側の目を縦に割るように入っていることだ。でも、でも…………でも、これじゃあ、そっくりじゃないか! ――そっくりじゃないか! 「そっくりじゃないか!」 あれ? 今だれがしゃべったんだろう。みんな口を開いていたし、同じタイミングだったからよくわからないや。ということは、みんなしゃべったのかな。だったら、ぼくも鋭い目の彼やひび割れくんとそっくりだということになる! いいや、もうそんなことはどうでもいい。ぼくはもう“ぼくたち”になったんだ。“ぼくたち”はもう離れられない。鳥に食べられるときも、太い幹に成長するときも、“ぼくたち”がまだ知らない世界へ旅立つときも、“ぼくたち”は一緒に生きていくのだ。 “ぼくたち”はタマタマ。 たくましい幹に育つために、うつくしい果実を実らせるために。 太陽の光を浴びてせいいっぱい生きる。 ふと、ぼくは新しい声に気づいた。いや、ぼくだけじゃない。 “ぼくたち”は同じ顔を見合わせ、そして、同じ方向へ転がり始めた。 (1560文字) 〔作品一覧もどる〕
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