母のおくりもの




 前略、親愛なるわが息子へ



 あなたも落ち着いてきたころだと思うので、手紙を書くことにしました。
 この手紙を読んでいるということは、なんとかキキョウシティのポケモンセンターまでたどり着いて、この手紙を受け取ったということですね。
 まずはここまでの旅、お疲れさま。始まったばかりのあなたの旅に、心の中で乾杯をすることにします。

 どうですか。キキョウシティはすぐそこなのに、近くて遠くありませんでしたか。
 きっと博士に言われたとおり、これまではヨシノシティのポケモンセンターに寝泊まりしながら、じっくりとはじめてのジム戦に備えていたのでしょうね。
 早く次の街に辿り着きたい気持ちと、博士の言いつけを守らなければという気持ちの中で歯がゆい思いもしたのではありませんか。

 はじめて物事に立ち向かうときは、すぐ目の前にあるものを掴もうとするだけでもたくさんの時間と努力がいるものです。
 見えているのに手に掴むことができなくて、逃げていくように見える成果に焦ることもあるでしょう。
 けれどそうするあまりにいつもの自分を見失ってはいけませんよ。結果というものはあなたが歩き続ける限り、黙って後ろについてきてくれるのですから。
 ときどきは後ろを振り返って、これまであなたが積み重ねてきたものをゆっくり思い出してみてください。きっとあなたの後ろで、それはあなたを支えながら頼もしい笑顔を見せてくれるでしょうから。

 ちこことは仲良くできていますか。あなたがかわいいチコリータを旅の仲間に選んだのは少し驚きました。
 おかあさんはあなたのことはよく知っているつもりだったので、昔のようにかっこいいポケモンを選ぶとばかり思っていました。さっそくあなたが思ったよりも早く大人になっていたことをしみじみと感じさせられました。


 そういえば最近、おかあさんには驚いたことがありました。
 銀行にお金を下ろしに行ったら、口座にあなたから送られたお金があったことです。


 おかあさんは高校を卒業して、その年に自分の親――あなたのおじいちゃんとおばあちゃんですよ――から離れ、はじめて働いてお金をもらいました。
 今まで当たり前のようにいっしょに過ごしていた家族が周りを見渡してもいなくて、おかあさんは何度も家に電話をかけたくなったことを覚えています。
 だからおかあさんは、おかあさんよりももっと早く親のもとを離れて、自分でお金を手に入れて旅をしているあなたのことを尊敬していますよ。
 わざわざ仕送りまでしてくれて、本当にありがとうね。

 本当はもっと書きたいことがあるけれど、きっとあなたも忙しいでしょうから、今回はこれで終わりにします。
 またいくつか次の街に進んで落ち着けたころ、連絡をくださいね。そのときにもう一度、次の手紙を送りたいと思います。



 追伸   ポケギア越しの会話だけで飽き足らないおかあさんを許してね



◇   ◇   ◇



「また遊びにおいでぇな! 次はぜーったい負けへん、今度こそ泣きを見させたるわ!
 ジムリーダーアカネ、バトルならいつでも歓迎するで!」

 ユウスケは しょうきんとして 2280円 てにいれた!
 おかあさんに すこし おくった!





 この前あなたが言っていたぼんぐりのモンスターボール、ちゃんと届きました。
 おかあさんも昔、友達といっしょにぼんぐりをくりぬいて作ろうとしたものです。それを思い出して、なんだか懐かしい気分になりました。(もちろん素人の子どもが作れるようなものではありませんでしたよ)
 もらったボールは、まるるがすっかりお気に入りにしています。今では前のモンスターボールを飛び出して、すっかりぼんぐりのボールを好むようになりました。オタチはみんな野原や草むらが大好きですから、まるるも丸ごと機械でできたモンスターボールより、ちょっと自然のにおいの残ったぼんぐりのボールの方が居心地がいいのかもしれませんね。

 そういえば、またあなたがお金を送ってくれていることに気付きました。
 前よりも急に増えた通帳の数字を見て、おかあさんはあなたがたくさんの勝ち星を掴んでいる姿を思い起こしています。
 こんな形で努力の成果を教えてくれるあなたの気遣いが嬉しくもあり、けれど同時に申し訳なくも思っています。

 おとうさんやおかあさん、それに家のことは気にしなくていいんですよ。
 あなたが手に入れたお金は、おいしいものを食べたり、自分が欲しいものやパートナーのためになるものを買ったりして、遠慮なくあなたが幸せになるために使ってください。
 おかあさんはお金なんかより、黙ってお金を送り続けてくれるあなたのやさしい心遣いの方がずっと嬉しいです。なにより、幸せに暮らすあなたの姿を想うだけで、おかあさんも幸せでいられるのですから。

 でも、ひとつだけ気を付けてほしいことがあります。
 人間、お金を持つと気が大きくなりがちです。けれどお金は目的ではなく、幸せを手に入れるための手段のひとつにすぎません。その「手段」が目的になっては、絶対にいけませんよ。
 それに、お金では贖えない、かけがえのないものもたくさんあります。今のあなたなら、これ以上何も言わなくても分かっていますね。

 淋しくはありませんか。家族のいない生活には慣れましたか。
 我が家では、あなたの居なくなったテーブルの座席も少し淋しそうにしていますよ。



 追伸   ラジオ塔はもう見ましたか。おかあさんも昔はラジオ・パーソナリティに憧れたものです。コガネにいるうちにぜひ訪ねてみてくださいね。



◇   ◇   ◇



「クソっ、俺たちロケット団が子どもごときに負けるとは……! 覚えていろ、ロケット団再結集の野望を阻止させてたまるか!」

 ユウスケは しょうきんとして 880円 てにいれた!
 おかあさんに すこし おくった!





 最近、おかあさんはときどきあなたが泣いている夢を見るようになりました。

 何か危ない目に遭っていませんか。誰にも言わずにひとりでつらい思いをしていませんか。
 夢を見るたびに、おかあさんはあなたのことが不安になります。あなたが遠くから「助けて」と言っているような気がするのです。

 悲しい思い、つらい思いも経験した方がいいと、おかあさんは思っています。必ずいつか、その経験があなたを強くしてくれるはずだからです。
 でも、危険な目にだけは遭わないでほしいのです。あなたが無事に毎日を送ることができているのか、それだけが、ただそれだけが気がかりなのです。

 独り立ちした息子にあれこれ言うなんて、おかあさんは少し、もしかするととても過保護な母親かもしれません。あなたも呆れているかもしれませんね。
 けれど、これだけは覚えていてほしいのです。息子は、いつまで経っても変わらず愛しい息子なのだということを。

 この歳になって、ようやく大切な人を送り出すことの意味を知りました。
 いつでもそばにいた大切な人は遠くへ旅に出たはずなのに、心はいつでもその人を想うあまりに、今まで以上にそばにいるのです。
 今はどこで何をしているのか、無事にやっているのだろうか、幸せな日々を送っているのだろうか。毎日毎日、気がかりでいるのです。

 あなたはおかあさんには言わないけれども、長い長い旅をしながら、世間をおびえさせている悪い人たちと戦っているのかもしれませんね。
 おかあさんにはなんとなく分かります。あなたは小さいころから、悪いことには悪いと言える子でしたから。
 勇気を振りしぼった戦いを、おかあさんが邪魔することはできません。
 けれど、絶対に無理はしないこと。危険だと思ったのなら、身を引くことも勇気だとわきまえること。おかあさんと、約束してくださいね。

 また、元気な声が聞けますように。夢の中で、あなたの笑顔に会えますように。



 追伸   たまには観光気分で旅するのもいいかもしれませんね。余裕ができたらかがやきの灯台やエンジュの街並みも楽しんでみてくださいね。



◇   ◇   ◇



「こんな感銘を受けた戦いは久しぶりだよ。君に出会えたことに感謝しなくちゃね。
 さあ、この先の出口から洞窟を抜ければ、そこはもうフスベの街だ。頑張ってね、応援してるから!」
 
 ユウスケは しょうきんとして 1740円 てにいれた!
 おかあさんに すこし おくった!





 速達のこの手紙が、もうフスベの街に届いていることを祈ります。そしてあなたが、この手紙を読んでいつもの自分らしくいられることを。

 今まで、手紙ではあなたの名前を呼ぶこともありませんでしたね。いい加減、独り立ちした息子を名前で呼ぶのは嫌がられるかな、と思ったのです。
 でも、今日というこの日がきっとあなたにとって特別な日になることを、おかあさんは信じて疑いません。
 だから、ユウスケ。今日だけは、ユウスケのことを「ユウスケ」と呼ばせてください。ひとり旅立ったトレーナーではなく、昔と何も変わらない息子として。

 おかあさんは、ユウスケが最後のジム戦を目前にして、今までにないくらい緊張していることを知っています。
 気付かれていないと思いましたか。甘いですね。おかあさんはユウスケのおかあさんです。それくらい、よく分かっていますよ。
 昨日のお昼前、ポケギアで電話をかけてきてくれたとき。明日、最後のジム戦に挑戦すると教えてくれましたね。あのとき、まるで自分に言い聞かせるようにして話したあんなにも自信に満ちあふれた言葉が、紡がれたときに震えていたのですから。
 若いころのおとうさんを思い出しましたよ。やっぱりユウスケは、おとうさんにそっくりなのですね。


 ねえ、ユウスケ。これまでユウスケは、手紙といっしょにたくさんのものを送ってくれましたね。
 おかあさんも、そしておとうさんも、ユウスケが旅先でどんなことをしているのか、旅の品々を見つめながら思いを馳せていました。

 けれどね、ユウスケ。ユウスケがくれたいちばんの贈りものは、あなたが生まれてきてくれたことだと思っています。

 ありきたりなことを言っているな、そう思いますか。
 おかあさんも、こんな言葉はごくありふれた、悪く言えば陳腐な言葉だと思っていたことがありました。
 そんなの本当かしら、って。おかあさんも小さいころに同じことを言われて、よく分からなかったことがあります。

 でも、この言葉は本当の、本当に本当のおかあさんの気持ちなのです。
 ユウスケが生まれてきてくれて、おとうさんとおかあさんの世界は違う色を帯びました。そこにたくさんの花が咲いて、数えきれない歌が満ちあふれました。
 旅をしているユウスケは考えたこともなかったかもしれませんね。けれど今よく考えてみてください。ユウスケが生まれてきてくれなかったら、咲いていなかった花がどれくらいあるでしょうか。聞こえなかった歌がどれくらいあるでしょうか。枯れない花を携えて、終わらない歌を歌いながら、おかあさんはここまで生きてきましたよ。

 ですから、なんとなくぼんやりとして聞こえるこの言葉が、いちばんユウスケに伝えたいおかあさんの気持ちなのです。
 言葉というのは、こういうときにもどかしいものなのですね。

 ユウスケはこれまで多くの人、それからパートナーに支えられてきましたね。それはこれからも変わらないでしょう。
 大丈夫。ユウスケにはずっとその人たちがついてくれています。だからユウスケは、ひとりきりの旅でもひとりぼっちではありませんよ。
 辛かったら、ときには甘えたって構いません。誰かに甘えるのが恥ずかしければ、ちょっとくらいならおかあさんに甘えてもいいんですからね。

 そうそう。この前電話で聞かれたお土産の話ですが、本当に気にしなくていいのですよ。「強いて言えば『いかりまんじゅう』が食べたい」なんて言った覚えはありませんから、それはきっとユウスケの聞き間違えでしょう。本当です。ずっと昔におとうさんと食べたあの味が懐かしいなあと思っているだけで、いかりまんじゅうが食べたいなんて一言も言っていませんよ。

 冗談が過ぎましたね。おとうさんもおかあさんも、ユウスケの「旅のおはなし」の手土産があれば、それだけで十分です。
 ですから、帰ってくるときは絶対に笑顔で帰ってくること。手土産はみんなで美味しく頂戴したいですからね。

 どうですか。気が楽になりましたか。
 これ以上、今おかあさんがしてあげられることはほとんどありません。
 けれど心はいつも、ユウスケに寄り添っていますよ。ですから、自信を持ってくださいね。
 もしまた不安になったら、自分の後ろを振り返ってください。この旅で重ねてきた汗も、涙も、努力も笑顔も、全部がいっしょになってユウスケを支えてくれています。
 そうして点々と続く足跡は、あなたが生まれた故郷、この家族の家につながっていますからね。



 笑顔で帰ってくるコウスケを、笑顔で迎えてあげられますように。





『ユウスケ! がんばるのよ!
 おかあさん おうえん してるから!』





 追伸
  二回に分けて振り込まれていた三百円ずつの意味、やっと分かりました。……サイコソーダの値段ですか?
  だとしたら、おとうさんとおかあさんが大好きなサイコソーダを飲みながらデートをした話、覚えていてくれたのですね。
  今夜、自販機でサイコソーダを買ってきてキンキンに冷やしておこうと思います。
  おとうさんとふたりで飲みながら、ポケギア越しにユウスケが喜ぶ声が聞けるのを楽しみに待っていますね。




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