負け犬から勝者へ




 俺の最後のポケモンが赤い光となって手元に戻ってきても、審判が決着を宣言しても、勝者を祝福する歓声も敗者を慰める拍手も湧き上がることはなく、会場は凍りついたままだった。
 それを作り出した勝者は、規則正しいリズムでただ一匹、フィールドの中で怠けているポケモンに近寄っていく。彼女はヤドランを労うように一撫でしてからボールの中に戻した。
 言わなければならない。やはり規則正しいリズムで背を向け、去っていく少女へと、そうしなければいけないと囁く声がする。
 そうだと思った。バトルの最中も今もこちらを全く見ていないかのような冷めた相手の表情を変えるぐらいの言葉を叩きつけてやらねば、こちらの気が済まない。
 リベンジを誓う言葉か。健闘を称える言葉か。罵倒する言葉か。
 どれでも言うだけなら出来た。叫ぶだけなら、叩きつけるだけならいくらだってやれる。
 けれど、いざ言おうとしたところで言葉が吐き出されることはなかった。みじめな負け犬の遠吠えを観衆に聞かせたくはないという虚栄心はあった。しかしそれ以上に、何よりも言いたい言葉が多すぎて、形にならなかった。
 超えてやるという宣誓も、これからの勝利を願う言葉も、彼我の力量差を嘆く言葉も。
 何時間だって言えるだろう。けれど、それらはきっと意味がない。彼女の心に響くことはありえない。
 だから、言えない。相手に送るべき感情があっても、震わせる言葉が思い浮かばない。遠ざかる姿にただ衝動だけが先走って形にならない。口を開いても、酸欠のように何も出なかった。


 結局、俺は何もいうことはできず、通路の向こうに進んで見えなくなる勝者を見つめていることしかできなかった。


 少女が完全に通路の奥で消えた瞬間に手元のバトルレコーダーはプツンと控えめな音を立てて、電源が切れた。どうやら充電切れらしい。何度、見たか忘れたが起きている間は――まぁ、敗戦からずっと寝ていないのだけど――ずっと見ていたのだから、ある意味、当然の結果とも言える。
 どれくらい寝てないんだと思いながら、枕元のポケギアで日付と時間を見てみれば……敗戦から四十時間ぐらい経っていた。時刻は深夜二時だしと、訳が分からなくなるほど長い時間、バトルビデオで敗戦を見返しては落ち込むという行為を繰り返していたらしい。
 そう俺は、一昨日の対戦、ポケモンリーグ二回戦の敗北を未だに引きずっている。歩き出せずに寝転がっている。チルタリスの羽毛布団にくるまっている。しかし、最高級の布団の中で赤ん坊のように丸くなっても、寒気を感じてしまう。そのくせ、体はじっとりと汗ばんでしまっていた。
 寝ることができれば、切り替えることができるのだろうがまぶたを閉じた瞬間に結局はバトルレコーダーで見ていたようなバトルの光景になるのだから、寝ることが出来なかった。しかも、最後の敗北が決定した瞬間を何度も繰り返すのだから、性質が悪い。
 もしかしたら、安易な睡眠に逃げることに、体が憤り、心が嘲っているせいで意識を手放すことができなかったのかもしれない。少なくとも俺は、自分の体たらくを嗤わずにはいられなかった。
 ポケモンリーグ出場回数三回。最高成績は今回の決勝トーナメント二回戦敗退。
 例えるなら、どこにでもいるちょっとポケモンバトルが強いお兄さんレベルだろうか。
 十把一絡げと言うほど、弱くはないのかもしれない。けれど羨望されるほど強くない。自慢できるほど恰好のいい成績ではない。
 そんな成果を得るのに十五年もの歳月がかかってしまった。
 最初の数年は出場資格であるバッジを集めるのにも四苦八苦。集めきったと思ったら、予選リーグ敗退が関の山。
 そして、今年やっと予選リーグを突破。その勢いのままで一回戦に勝った夜なんて、俺の時代だ、このまま優勝だと、慣れないビールをジョッキで飲み干し、そう豪語した。十五年、今までは巡りが悪かったが今年こそは当たり年が来たんだと思えた。
 しかし、メラメラと燃えるヒトカゲの尾を水の中に張ったバケツに突っ込んだ時のように、現実は思い上がった意識を勢いよく現実に引き戻すどころか、どん底に引きずり落とした。
 バトルビデオを何度見ても、ミスはなかった。あの時にできることはすべてやり尽くした。
 それでも尚、手にしたのは圧倒的な敗北。
 手も足も出ないとしか表現しようのない大敗を現実はプレゼントしてくれた。
 年端もいかない少女に負けるのはしょうがない。長く旅をすれば、自分より年下で自分よりも才能のある人間なんてよくいるのだから。
 いや正直に言えば、年齢が自分の半分以下、旅をした年数が十分の一以下のいたいけな少女に負けるのは確かに辛い。
 だがたった一体のポケモンに自分の手持ちが全て倒されたのはそれ以上に堪えていた。
 しかも、俺の手持ちを六タテしたポケモンであるヤドランは予選の初日、俺とのバトルが始まる三日前にゲットしたと今朝のテレビのインタビューで答えていたなぁと記憶の底から引きずり出す。
 加入してから片手の指ほどの日数しか経っていないポケモンに手も足も出なかったというわけだ。
 これが奇策に意表を突かれたのなら慰めようもあるかもしれない。パーティ構成で相性が悪いというのなら、諦められるかもしれない。
 でも、一体しか出されていない時点で相性云々の話ではないし、奇策どころか戦術ですらない力押しで倒されてしまった。
 もう二十歳を過ぎてしまっていたから悔し涙を流すなんてことはしなかった。しかし、胃の奥でぐつぐつと黒いものが渦巻いていた。そのことを捨て置いて眠れるほどに達観できてない。もう大人と呼んで差支えのないいい年なのに、セルフコントロールが下手な自分に呆れてしまう。
 頭を振って気持ちを切り替えようとしても、むしろ目が冴えてしまった。息を意識的に長く吐くと、ベッド脇の専用スペースに置かれているボールたち――正確には中にいるポケモンたちをだが――を起こさないように部屋の中に脱ぎ捨てられたスリッパを履いて、部屋を出る。ロビーに行けば、睡眠導入剤ぐらいなら、それが無理でも暖かいココアでも貰えるかもしれないと、うすぼんやりとそんな願望を持って歩き出した。
 なにせ、ここは幾多のポケモントレーナーが悲しみに打ちひしがれる場所なのだ。眠れなくなったトレーナー用にそのぐらいはあってもいいだろう。
 廊下に出れば、人っ子一人おらず、照明といえば、足元に等間隔である非常灯ぐらいのものだ。もう消灯時間も過ぎているのだから、当たり前か。寝静まった廊下を抜き足差し足で進む。みっともなく音を立てて、安眠妨害をするのはマナー違反だし、苦情を言われるのは嫌だった。肩を縮込ませて、ロビーまでの一本道を進む。幸い、絨毯も寝具同様に高級品なのか、こちらの足音をすっかり吸い込んでいた。口の端から零れる吐息がはっきりと聞き取れるぐらい静かだった。
 ロビーの淡い灯りに目を細めて近寄ってみれば、そこにいたのはタブンネだけだった。受付の横には往診中の立札。ジョーイさんは回復マシンでは扱えないような重傷を負ったポケモンの診察でも行っているのだろう。普段ならそんな重症患畜は来ないのだろうが、今はポケモンリーグの時期だ。全力で勝利をもぎ取ろうと普段以上に奮戦した結果、大怪我を負うことはよくある話だ。
 受付に寄りかかりながら、ジョーイさんってもう少しで帰ってくる? と尋ねてみれば、タブンネーと彼女は返事をして奥に引っ込んでしまった。なんだか忙しそうにしていたので、こんな夜更けに尋ねて来てしまったのを少し申し訳なく思ってしまった。
 そのくせ、頭の片隅では、”いやしのはどう”をかけてもらえばよかったとか思っているのだから、厚かましいことこの上ない。
 しかし、困った。タブンネに頼んでも飲み物なんて出てこないだろう。周りを見渡せば、自動販売機があったので、それで妥協しようかと近寄ってみる。残念ながらハズレといったところだろうか。冷たい飲み物なんて、体を冷やすものはお断りだし、暖かい飲み物なんてコーヒーぐらいかな……と思っていたら、隅っこの方に暖かいのラベルが貼られたミルクティーを発見。
 早速、硬貨を入れてボタンをプッシュ。ガコンという無機質な音とも出てきたアルミ缶を掴む。暖かいどころか熱かった。
 そのまま、自販機の陰にひっそりと寄り沿っていたベンチに腰を下ろす。
 光の当たらない場所は居心地がよかった。腹の底に溜まっていた黒いものがゆっくりと解けだしていくのを感じる。みじめな自分に色濃く影が落ちることなく、周りが闇に包まれていた。一息つけた気がする。場所を変えたことによってどす黒いものを見つめることが出来た気がする。
 おかげであれは強すぎた、と素直に受け入れることが、敗北に手を触れることができた。
 スポットライトのいる場所にいけないことに対する言い訳をすることは一度や二度ではない。あのパーティとは相性が悪かった、抽選の運が悪かった、そんな言い訳は旅をすれば、ポケモンリーグに出れば、多くの人間が幾度もしていく言い訳だ。次にああしてこうして、と思いながら、決して次が来ることを望みはしない。次に当たる相手が弱いことを祈っている。
 分かっている。この姿はカッコ悪い。だが、慣れたことでもある。
 みじめな自分を振り払わなければ歩み始めることはできないことだけは確かなのだから。
 あぁ、旅立った時はこんな風に落ち込んでいるなんて思ってもいなかった。俺がチャンピオンになるんだと思っていた。誰にも持て囃される天才だと思っていた。冒険譚に書かれるような大冒険をして、そして最後には大団円が待っていると思っていた。
 けれど、本を読めば結末を知るように、旅を続けていくうちに現実を知った。
 悩みが出ても、それを解決なんてせずに見て見ぬ振りをするのが最善の手だと考えてしまう自分の存在を。どれだけ努力をしても、勝てない相手なんてざらにいることを。目を背けたくなるような現実を思い知らされてしまった。
 旅を始めた時、俺はもっとかっこいい自分になると思っていたはずなのに……。
「ちょっと隣……いいかな?」
 落ち込む思考を中断させるように掛かってきた言葉の方を向けば、そこには一人の男がいた。
 彫りの深い顔立ちと快晴の空を思わせる青い瞳を携えて、まるで協会に懺悔をしにきたと言わんばかりの様子で、佇んでいた。
 俺はベンチの端に座っていたし、彼が座るのに不十分な狭いスペースしかなかったわけではなかった。有体に言えば、座るために俺へ声をかける必要が彼にはない。
 だから、これは面倒くさくなるなと直感した。
 旅人なんて厚かましいの代名詞みたいなものなのだ。そんな人種が他人に声をかけるなんてことをして、何も起こらないはずはないだろう。
 いつもなら断っていた。断ればどこか別のところにいくのだろうとは思った。
 それでも断る気にはならなかった。正直言ってこんなところで自分の感情と向き合うよりはどんなことでも気が紛れる。
「あぁ、呑み終わるまでならいいですよ」
 思わず敬語で答えていた。
 ほっとしたように彼が俺の隣に腰を下ろした。
「いや、ごめんね。誰かに話を聞いてほしくてさ」
 そう言われると困ってしまう。俺がいいと答えた理由なんて、興味本位だったからだ。彼の悩みとやらに興味があったからだ。
 クロウ・オルジネ。それが男の名前だった。
 均整のとれた肢体は、ありふれたネルシャツとジーパンを着ていてもファッション誌の表紙を飾れるような美形。
 いや、実際にこの間も雑誌の表紙を飾っていたこともあるはずだ。まぁ、トレーナー情報誌だけど。一昨日のことだけれども。
 記事の題名は、”今大会を制するのは誰か”というストレートな内容だった。
 十一歳で初めて出たイッシュリーグで優勝。その先に待つ四天王を全員撃破するも、チャンピオンに敗れる。その後七年間、四天王の一角を担った後に旅を再開したトレーナー。たしかそんな感じで紹介されていた。自分が前任の四天王にしたように、より強い相手に引きずり落とされ、この場にいるということは確かだが、元四天王経験者ということで今回優勝候補の一角として取り上げられていた。
 立ち読みしてこんなにも恵まれた人間がいるのかと嫉妬した記憶が確かにあった。
 恋人はいないとは答えていた。けれど、出来ないというわけではないと一目で分かる人間だ。
 俺との共通点なんて、独身で男で二十五歳という所。
 同い年でも敬語を使ってしまうぐらい格上の人間だった。
 そして、
「俺も負けちゃってさ」
 同じ相手と戦ったということだった。トーナメントの組み合わせは確認している。勝てば、当たるはずだった人間。俺に勝った少女が戦ったはずだ。
 あぁ、やはり面倒くさいことになったなぁと思った。
 ”も”と言葉から察するに相手もきっと知っている。俺と自分が同じ相手に負けた人間ということを。もしかしなくても確信犯的に話しかけてきたのだ。腕の中の缶がわずかに軋む気がした。
「あぁ、自分も落ち込んでいたところです」
 それでも、いいやと思った。一人で落ち込むより二人で落ち込んだ方がまだマシだろう。
「あの子強かったね」
 やっぱり知ってた。同じ人間に負けたのだ。
「あ、負けたんですか? 落ち込んでたから結果見てないんですよ」
 まだポケモンリーグを生き残っている人間は明日に備えて寝ているなんて分かっているのに、そんなことを聞くのは意地が悪いだろうか。
「強いとは思ったけど、予想以上に強かった」
 言いたい言葉を言いたいだけ。吐き出したいだけ。そんな印象を受ける話し方だった。貶したところでそうだねと同意されそう自虐的な雰囲気があった。
 きっと俺の時と同じように、何も感じていないかのような無表情で、あっけなく、味気なく倒されたのだろう。あれはきっとやられた本人じゃないと分からない辛さがあるのだ。
 勝つのが当たり前すぎて、作業と化していると主張するような戦いはこちらが真剣であれば真剣であるほど、空しくさせられた。
 障害どころか、路傍の石程度にしか見られていないような瞳で見られるのは、辛い。事実その程度にしかなり得ていないからこそ、なおさらに。
「うん、負けちゃった。二体しか倒せなかったよ。初めてだったよ。なんというか惨敗って感じ。正直言って、あんな風に負けたのは初めてだったよ」
 それでも二体も倒せれば十分ではないか。俺なんて六タテされたのだから。
「次は勝ちたいなぁ」
 しみじみとクロウは付け足した。
 よくそう思えるなと素直に感嘆した。正直言って、俺はもう二度とやりたくない。あんなの化け物もいいところではないか。
 競うというのは同じもの同士でやるからこそ、成立するものだ。化け物と人間では成立しない。
「よく勝てると思えますね」
「確かに。神様に愛されてるのってああいう子のことを言うんだろうね。神様から貰ったプレゼントで小さな部屋が埋まりそうなぐらいだ」
 随分御大層なたとえを出すものだと思えば、あぁそうか。イッシュでは、才能のことをギフト――神様からの贈り物――と呼ぶのだったか。
 言い得て妙だと思った。彼の言っていることは確かな答えで、確かに自分たちはそういう人間に負けたのだから。
「こっちからすれば、勝手にチャンピオンにでもなんにでもなってくださいって感じですよ、まったく」
「もう、あのままチャンピオンになるんだろうね」
 あの少女が次に当たるのは現チャンピオンと前回大会の決勝で戦い、あと一体まで追い詰めた経歴を持つ強者だ。
 だというのに、価値を確信しているとも言うべきほどに自信に満ち満ちている調子でクロウは言った。
 俺も同意見だったのだけれど。
 もしもこれが自分ならば、こんな確信を持つことはできないだろう。
 でも、あの少女が勝つということに関しては予定調和だと思えるほどに確信していた。それほどに彼女は強かった。敗者の羨望を、敵の失望を、観衆の無責任な期待を平然と背負える人間だろう。
 ああいうのが主人公と言う人種なのだと痛感していた。
 だからこそ、そうですね、とミルクティーを少しだけ口に含み、僅かに残った熱を確かめるように缶を手ですっぽりと包みながら相槌を打った。
 主人公ならば、チャンピオン程度に鼻唄混じりでなってしまうに違いない。あの少女が鼻唄するほど上機嫌になることなんて想像できないけれども。
 どうせ勝ち続ける。主人公らしくというには反則的な強さだったけど、そんなバグだって起こり得るだろう。
 へらへら笑いながら、そうですね、と相槌を打とうとした。

「せめて、苦しめるてくれる相手に出会ってほしいとは思いますがね」

 しかし、実際に口を突いて出た言葉は言おうと思っていたものとは似ても似つかない底意地の悪いものだった。
 けれど、それはあの時に――淡々と歩き去っていく姿を見送っていた時に――最も言いたかった言葉だったのだと気づいた。
 確かに自分と戦った人間がチャンピオンになってほしいと思う。その気持ちに偽りはない。しかし、負ける姿を見せてほしい。土をつけられる姿を見てみたいと思う醜い感情も確かにあるのだ。どうしても贈りたい言葉はこんな鬱屈したものになってしまう。
 敗北なんてしてほしくない。それ以上にあれ以上に強い人間がいるだなんて現実が存在してほしくないから、勝てる相手なんて想像できない、したくない。
 その一方で、あんな澄ました顔で自分の全力を否定されて、力量差を痛感させられて、しょうがないと受け入れられる程には達観していない。
 なんで素直に勝ち続けてほしいと、あるいは負けてほしいと思えないのだろうか。
 作業をしているような淡々としたバトルスタイルが気に食わないのか、少女の暴力的なまでの才能が気に食わないのか。きっと後者だな。間違いなく後者だ。
「冗談ですよ」
 なんと言えばいいのか困っていたのだろう。安心したといった感じで苦笑を浮かべている元四天王にはきっと分からないんだろうな。すっかり冷えてしまったアルミ缶を弄びながら、俺はそう思った。
「まぁ、確かに苦戦してくれないと追いつける気がしないよね」
「あんなのに追いつけると思えるなんて流石元四天王」
「そう言いながら、君だって同じだろう」
「あ〜……」
 そんなことはないんだと言ってしまおうか。というか、このイケメンはどうしてあれに再戦しようと思えるんだ。何で勝てると思えるのか。こちとら六タテなんて見るのも初めてだったよ。
「ポケモントレーナーなんて皆そんなもんだよ。口ではなんと言おうと勝つことを考えてる。見えないところで勝つための努力をしてるそんな人種なんだから」
 宝くじなら買い続ければ、運よく当たることもあるだろう。でも、キャタピーがガブリアスに勝てることなんてありえない。実力勝負の世界であんな化け物にどうやって勝てと言うのだろうか。
 だけれど、俺はまだこのステージを降りられない。
 自信なんて当の昔に無くなってしまったし、今日はいつも以上に打ちのめされてきてしまった。それでも立ち上がってしまうのだろう。
 才能なんて結果論なんだからと誤魔化す。相手のミスに自分の勝敗を任せるような情けないことを考える。そんな自分に嫌気が差すこともある。しかし、見苦しくても退くことができない。降りることなんて出来はしない。
 だって未だに十五年。十歳から十五年。
 それは自分に才能がないなんて自覚するには十分でこの道に見切りをつけるほどには十分絶望できる時間ではあった。でも、十分やったと思えるほどではなかった。止まるにはまだ早いとも思っていた。
 だからこそ、そう、だからこそ、答えは決まっている。
 俺はすっかり温くなったミルクティーを飲み干して、言った。
「まぁ、足掻き続けるってことは確かなんですがね」
「やっぱりそうなんじゃないか」
 確かに言葉面だけは同じようなものかもしれない。しかし実際はどこまでも妥協した言葉だった。
 言葉だけを見れば、逃げてないように見えるような言葉を言って満足できるようになってしまった自分もいれば、口惜しいと思う自分もいる。
「全然、そんな大層なものではないんですがね」
 ただ、未練がましくしがみついてるだけとは言えなかった。
 それぐらいはカッコつけたかった。




(8240文字)