狭い一人暮らしの部屋で、夜中にも関わらず、洗濯機が静かに動いている。
 最近ではテクノロジーが進化して、夜中に洗濯しても近所迷惑にならないよう、あまり音の出ない洗濯機が出回っている。
 私の部屋のもそのタイプだ。
 実家の古い洗濯機はあんなに大きい音立ててたのに。
 日進月歩あっという間に進化していく。テクノロジーとはそんなものなのだろう。

 「かがくのちからって すげー」 ……か。

 「かがくのちから」はさておき、私の洗濯機は深夜の静寂とともに、静かに動き続けている。


 気がついたら回していたのだ。
 あの時着ていた服から、ついでに天気が悪くてたまっていた洗濯物まで。



 あの人に彼女がいたなんて……。そんなの聞いてないよ!!

 あれだけ周りから、よりにもよって何であの人なのかとか、趣味おかしいんじゃないかとか、オッズ高そうだよねとか、いろいろ言われたあの人が!!
 ……そりゃあの人が酒癖悪いとこあるのは私も認めるけど、いいとこいっぱいある人で、私はすごく素敵な人だと思ってる。
 だけどだけど周りからあれだけ「恋愛とは一生縁がなさそう」って言われてたあの人に、私以外の恋人ができるなんて!!

 雨降ってて憂鬱だし、こんな夜は気晴らしに、話題の「借りぐらしのアリアドス」、レイトショーで見に行こうかと思って。
まさかその映画館で、超絶美人と親しげ……というかどうみても二人の世界に入り込んでるあの人見かけるなんて!!

 ……あんな顔するあの人、初めて見た。私には一度も見せたことのない顔。

 その後のことはよく覚えていない。
 とにかく、私は映画を見るどころではなくなっていた。
 「マクドオーバ」で、普段は頼まないポテトのLサイズをただただひたすら食べていた記憶はうっすらある。
 怒りとか妬みとか悲しみとか苛立ちとか恨みとか悔しさとか絶望とか。
 そういう感情が混じりあった言葉にできない感覚。
 やけになっていたのは確かだ。


 そして、気がついたら、家で洗濯機を回していた。



 洗濯物を乾かすのにふさわしくない今の時間と今の天気を思い出したのは、洗い終わった洗濯物が入った洗濯籠を持ってベランダに出てからだった。

 そういえば昨日から降ってたっけ。今日だって傘持って出かけたじゃん。
 雨、ましてや夜中。洗濯物を干すには余りにふさわしくない状況だ。
 臭いそうだけど部屋干しするしかないなこりゃ、と思った瞬間。

 目があった。

 真っ黒の丸い顔、その頭部はとがっている。
 同じく真っ黒のひらひらの胴体。
 そして、その丸い顔には瞳が二つ。
 じっとこちらを見つめていた。

 そして闇の中のその瞳は二つだけではなかった。
 軒下にぶら下がっているそいつは、一匹ではなかったのだ。
 十匹ほどはいるだろうか。

 カゲボウズ。
 その生物の名、そして特徴を、ぼんやりと思い出す。
 確か、恨みや妬みの心を持つ人のところに寄ってくるんだっけ。
 そりゃ今のあたしのところによってくるわ。無理もない。

 何故か軒下にぶら下がっていた生物たちに、今の自分の状況を再確認させられ、思わずため息が出る。
 私だって好きで妬んでるわけじゃないわよ……



 とりあえず勝手にベランダに進入したこの不法滞在者……いや不法滞在ポケか、たちを近くでよく見てみると、そいつらは真っ黒ではなかった。
 黒いその体には、泥が跳ねていて、茶色の水玉模様ができている。
 どこから来たんだか知らないけど、きっと雨の中さまよってきたのね。そして泥が付いたと。なるほど。

 とにかくこのままじゃ、ただでさえ陰気臭い状況なのに、よけいに陰気臭くて仕方がない。
 不法滞在ポケたちには出てってもらおうと、軒下から外してみる。
 見た目以上に重たい。
 水を吸って重くなったのだろうと即座に感じた。

 そして、軒下から外したそいつは、やはりじっとこちらを見つめていた。
 何となく心の中を見透かされているような気がする。
 ……悲しいの?って。
 そりゃあの人の彼女になれないのは悲しいよ。
 心の中でそうつぶやく。

 もう一匹外してみる。
 やっぱりそいつも私の方をじっと見ている。
 ……悔しいの?って感じだ。
 そりゃあの人取られて悔しい。
 しかもあんな壮絶別嬪さん。勝てる気がしない。

 さらにもう一匹。
 ……辛いの?
 そりゃ辛いよ。あの人のことずっと好きだったんだから。


 そんな感じで心の中で彼らと勝手に会話をしながら、カゲボウズたちを外していく。

 そして最後の一匹、……一回り小さい奴だった、を外そうとした時。

 落ちた。
 そいつがひとりでに落っこちたのだ。
 危ないと思った次の瞬間。

 今まで外してきたカゲボウズたちが、縦に直列になって、小さいカゲボウズを助けたのである。
 まるでトーテムポールみたい。

「ふふっ。」
 カゲボウズたちのそんな救出劇を見て、何故だか私はちょっと笑っていた。
 さっきまで笑顔とは対極の状況にいたというのに。

 そして私は、いつのまにか不法滞在ポケのはずの彼らに、愛着を感じていたことに気がついた。
 救出劇が余りに微笑ましく、またその姿が面白かったこともあるのだろう。
 また、泥まみれになりながらも、私の負の感情を辿ってここまで来たことにも、ある種の健気さを感じたのかもしれない。

 ……びしょ濡れの客人を世話するのも悪くない。
 それに何かしていないと、落ち着かない。
 また一人でいたら、再度やけ食いとかしかねないし。
 この子たちと何かしていた方が、気晴らしになるだろう。


「そこにいても濡れるだけだよ。おいで。」

 客人の泥も、私の心の泥も、一緒に洗い流してしまおう。
 どうやって洗うかなー。
 シャワーかな。……いやこれだけいるんだからまとめてお風呂に入れた方が早いかな。
 中に石鹸入れて、ぐるぐる回して洗濯機みたいにしてみようか。
 ……そんなことしたら、この子たち目ぇ回しちゃうかな。

 そんなことをぼんやり考えながら、私はカゲボウズたちを連れ、風呂場に向かった。








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