いつものように、狭いワンルームで目を覚ますと、そこには大量に干された洋服と、大量に干された黒いてるてる坊主がいた。 あれ……どうしてこんなことになってるんだろう。 寝ぼけた頭でぼんやり考える。 時計をみると既に12時を回っていた。 ヤバいと思ったが、つぎの瞬間、今日が土曜日だったことを思い出し、安堵した。 働きだした脳みそで、そういえばと昨夜のことを徐々に思い出した。 私昨日、何故だか家にやってきたカゲボウズたちを洗濯したんだっけ。 それで、その前に洗ってた洗濯物と一緒に、部屋干ししたんだっけ。外雨だったから。 そしてどんどん記憶は鮮明になり、思い出した。 ああ、そうだ。私、失恋したんだった。 冷静にその事実をとらえ直す。 そういえば、昨日は冷静になる機会なんてなかった。 ただただ勢いに任せてやけ食いししたり洗濯したり。 その後は客人の洗濯で、慌ただしかったし。 一晩たって初めて、私はこの事実を捉えなおしていた。 ああ、私、失恋したんだ。 冷静に事実を受け止めると、また感情的になってきた。 でも昨日とは違う。 自分の目の前の事実を受け入れられず、ただただやけになっていた昨日。 そして、その事実を変えられないものとして受け入れた今日。 もうあの人は、私の知っているあの人とは違うんだ。 あの人は名前も知らない超絶別嬪さんと幸せになるんだ。 ……そばにいられるのは、私じゃないんだ。 その事実を驚くほど冷静に理性は受け入れていた。 でも、感情がそれに反発して。 気がついたら涙があふれた。 しばらく静かに泣いていると、私は異変に気がついた。 綺麗に干されていたはずのカゲボウズたちが、気がつくと私の周りを取り囲んで、じっとこちらを見つめている。 カゲボウズは負の感情に引かれてくるんだっけ。 カゲボウズたちはじっとこちらを見つめている。 それは、私が負の感情に満たされているという事実を一層強く認識させられる気がして。 「……別にあんたたち呼ぶために泣いてるんじゃないんだから。」 かすれ声になってしまうのがより一層悔しくて、私は気がつくと声を上げて泣いていた。 ひとしきり泣いて、泣いて。 その間カゲボウズたちは、じっとこちらを見つめていた。 悔しい? 悲しい? 辛い? 彼らの目がそう語る気がして。 それで私は、自分の気持ちを思い知らされて。 さらに泣いた。 泣くだけ泣いて、ちょっと治まった頃。 カゲボウズたちはやはりこちらを見つめていた。 相変わらずその瞳は、私の心を見透かしているようだった。 悲しいし悔しいし辛いけど。 一人でいるよりよかったかもしれない。 ぐるぐるしてごちゃ混ぜになった自分の心を直に見るより、彼らの瞳を見る方が、自分の心、よくわかった気がするし。 何より、そばに誰かいてくれるのは、心強かった。 ……それは、ただただ負の感情に誘われた、彼らの思惑とは違ってたんだろうけど。 「……ありがと。」 カゲボウズたちは、言葉の意味を分かっていたのかいないのか、やはりじっとこちらを見つめていた。 泣くだけ泣いたら、おなかが減った。 そういえばカゲボウズたちも、昨夜から何も食べていないのは同じだろう。 ……でも、カゲボウズって、何食べるんだろ。 一般的にはポケモンフーズだろうけど、私は一人暮らし。 ポケモンと一緒に生活していないから、当然そんなものが家にあるはずもない。 ……というか、今食料、何があったっけ。 カップラーメンが数個と、残り物の野菜。そして米。 寂しい食料庫にため息をつきつつ。 「……お米食べるかな?」 そう思いながら、私は一人暮らしでは炊いたことのない量のお米を研いでいた。 しばらくして、炊飯器の音がした。 ちょっと冷ましてから塩をふって、手早く握る。 しばらくすると数皿にも及ぶおにぎりができていた。 「……食べる?」 食べなかったら冷凍してしばらくおにぎり生活だなとぼんやり考えていたけど。 カゲボウズたちはふわりとやってきて、おにぎりをぱくつき始めた。 喧嘩とかおきなきゃいいなと思っていたが、カゲボウズたちは案外きちんとお互いのこと配慮しつつ食べているようだった。安心。 おにぎりを食べるカゲボウズたちを見ていると、不思議と笑みがこぼれていた。 そして、この一晩、やっぱり一人じゃなくてよかったと、この客人たちを愛おしく思った。 そしてこの客人たちを横目に、私はすっかり忘れていた部屋干し洗濯物を取り込む作業にかかった。 日が暮れたころ、カゲボウズたちを帰すことにした。 どこから来たんだか知らないけど、きっとどこかに寝床があるんだろう。 それに万が一飼いポケだったら大変だ。 今頃騒ぎになっているに違いない。 実際はどうだか知らないけど、何となく日光に弱そうな気がするし、このくらいの時間がちょうどいいだろう。 窓を開け、ベランダに出て、カゲボウズたちを呼ぶ。 「そろそろ帰りな。」 カゲボウズたちは、その言葉に促されたのか、ふわふわ出て行った。 私のことはもはやどうでもいいというような後姿を見て、ふと心に物淋しい風が吹いた。気がした。 もう彼らに会うこともないだろう。 いや、彼らに会うような人生はまっぴらごめんだ。 もう恋なんてしないんだから! ……でも、いつかまた失恋した時にふと来てくれたら、ちょっと嬉しいかも。 そんなことを考え、私は今までの、でも新たな日常に戻っていった。 おわり |