気がつくと、あの大事件の日からしばらく経っていた。 あの後、上手い具合にしばらく仕事が忙しい時期が続き、仕事仕事で休日返上したくらいだった。 でも、その忙しさは、上手い具合に悲しい出来事を思い出す暇を与えてくれなかったのだ。 人生って上手く出来ている。 久々の休みで、やっと感傷という気持ちが蘇ってきて(本当は蘇ってほしくはなかったけど)、そう感じた。 だけど今日は、感傷に浸るにはあまりにも不向きな天気。雲ひとつない晴天。 絶好の洗濯日和。 しばらく洗濯する余裕もなかったし、一気に干してしまおう! たまった洗濯物と洗剤を洗濯機に入れ、スイッチを押す。 泡にまみれていく洗濯物を見ていると、私の中で、どんどん掃除欲がわいていた。 よし。洗濯機が働き終えるまでまだしばらく時間あるし、部屋を片付けよう! 掃除機をかける前に、散らかしっぱなしの書類をどうにかしよう。 そう思って、机の周りに散乱する書類を、必要なものとそうでないものにわけた。 必要ないものは、シュレッダーにかけてゴミ箱に。 必要なものは、種類ごとにまとめて、ファイルに入れて、本棚へ。 「……あ。」 ファイルを戻そうとした私の目にとまったのは、一匹の小さなぬいぐるみだった。 その瞬間、私の記憶がフラッシュバックする。 美しかった記憶。 あれはいつのことだったか。 いつものように仲間内で遊んでいた時。 何故だったかは思いだせないけど、その日は気がついたらゲーセンでみんなでクレーンゲーム対決してて。 全然取れなかった私をよそに、あの人は次から次へと賞品ゲットしてて。 悔しがる私に、「荷物になるからやるよ」って。 ……あの瞬間。 何でだかわかんないけど、いつも冴えなかったあの人が、急に格好よく、特別に見えたんだ。 そう思い返すとまた涙が出てきて、気がつくとヒメグマをゴミ箱に放り投げていた。 綺麗な半円形を描いて、ゴミ箱に収まる。 ……さて。書類整理も終わったし。 シュレッダーにたまった紙片を捨てようと、ゴミ箱へ向かう。 紙片を捨てようとしたその瞬間。 ヒメグマが哀しそうな目でこちらを見ていた。 「…………。」 「…………。」 ……負けた。 あんな瞳で見つめられてしまっては、いくら忘れたい思い出の品とはいえ、やむを得ない。 ゴミ箱から引っ張り出す。 心なしか汚れてしまった彼が、やはりこちらを見つめている。 確かに彼自身に罪はない……。 幾分か冷静さを取り戻し、とりあえず洗ってから処遇を考えようかという気になった。 すっかり綺麗になった洗濯物と一緒に、すっかり綺麗になったヒメグマを干す。 よし、これで一仕事終わりだ。 いつの間にか、昼食にちょうどいい時間になっていた。 確かにお腹も減っている。 よしご飯だ! 冷蔵庫の片隅に残っていた肉と野菜を適当に炒める。 お湯を沸かし、インスタントのスープを作る。 朝炊いたご飯の残りをよそう。 手早く3品作り、簡単な昼ご飯を食べる。適当にしては我ながら美味しい。 器が空になり、満腹になると、とたんに眠くなってきた。 確かに昼寝するには極上のコンディション。うとうとうと…… ばこーん! 突如、ベランダからした妙な音に、私の眠りは妨げられた。 寝ぼけていた私はしばらく、何が起きたのかわからなかった。 見慣れぬ真っ黒いポケモンが、ベランダで何かオレンジ色の物体をボコボコにしていたのだ。 ああ、どこかのポケモンがふらっと迷い込んで、ヒメグマにバトルをしかけてるのねー。 ヒメちゃんに。 ……ん? 「あああああああああああああっ!!」 寝ぼけていた頭が急激に現実に戻る。 窓を開け、外に出てみると。 ちょうど手遅れだった。 ジュペッタがヒメちゃんにとどめのシャドークローを喰らわせていた。 シャドークローの直撃を受けたヒメちゃんは、頭と胴体が分離し、その切れ目からは白い綿が飛び出した。 何ともグロテスクな光景である。 しかも、目と手は片方外れ、耳と足はもげかけ、お腹には穴まで開いている。 きっと、私が寝ている間に嫌というほどパンチを喰らったのだろう。 いくら一度は捨てかけた奴だったとはいえ、この姿は流石に酷い。 とてつもない後悔と懺悔の念がいっぺんに降ってきた。 ヒメちゃん、いくらなんでも私が悪かった。許してくれ……。 ふと犯ポケの方を見ると、こちらはこちらで、自分のしたことの重大さに気がついたようだ。 完全にもげてしまったヒメちゃんの足を手に、怯えている。 自分でこんな五体不満足にしたくせに。 あたふたするジュペッタを見て、案外可愛いなぁと思っていたその時。 「ジュペッター!? どこいったー!?」 外の道路から、見知らぬ男性の声がした。 その声を聞いて、ジュペッタは彼のもとへ一目散に飛んで行った。 そして、ジュペッタが持っていったヒメちゃんの足を見て、彼はうちのベランダで何が起きたのか理解したのだろう。 すぐに私の元へやってきた。そしてものすごい勢いで謝られた。 どうせ捨てるつもりだったし気にしないでください、と私はひたすら謝る彼を止めようとした。 でも洗濯するなんて大切なぬいぐるみだったんですよね?と彼は謝るのをやめない。 ううう。困ったなぁ。 痛いところを突かれたうえに謝られ続けて。どうしよう……。 こうして、絶好の洗濯日和は、私の日常に小さな事件をもたらしたのだった。 おわり |