最悪だ。 せっかくアニメTVが気を利かせて、クリスマスをしがなく過ごさざるを得ない人々のために創世のアルセリオン第一期一挙放送を行ってくれるというから、こうして帰路を急いでいるというのに。 まずもう自炊が面倒だったので、ちょうどキャンペーン中だしケンホッキーでさくっとチキンを買って帰ろうと思ってしまったのが間違いだった。駅前人多すぎだろ。おかしい。普段はムックルがそこらじゅうで群れててうるさいのなんのってのに今日はそれが喧騒に潰されている。くそ、何が幸せでそんなへらへらしながら歩いてんだそこの学生一団。やめろトレーナー、ドサイドンはさすがにボールにしまえ常識的に考えて。だから最近はわけのわからんトレーナーが多くて困る。マグマッグ洗えとか。そういや毒ガスが構成成分のゴースを素のまま連れ歩いたあげく注意されたら「ポケモンにだって外を歩く自由がある」だのと言うトレーナーがこないだテレビでやってたなひでぇ話だ……見上げた美しいイルミネーションの明るさが目に染みた。あんなのどうせ枯れ枝の街路樹で電球が光ってるだけのシロモノだと口の中で呟いた矢先、小さな子供が母親の携帯で写真を取ってきゃっきゃしているのを見つけてしまい、一瞬前の自分の考えがものすごく心の枯れたもののように思えた。 そんな鬱くしい気分のまま、駐輪禁止の看板がいまにも泣き出しそうな道路脇に自転車を押し込んで振り返ると、ケンホッキーは死ぬほど混んでいた。 わいわいがやがやとファミリーの多いのなんの、あほかクリスマスぐらい手料理食えよ! もしくはもっといいレストラン行けよ! ファストフードぐらい譲れよ。 長蛇の列に嫌気が差してコンビニに飛び込むとクリスマスセールだ。「ポテト増量! ご家族や恋人さんとどうぞ」うるせェーよ悪かったな! 抱きかかえた大量のポテト、とてもあたたかかったです。 そして非公式駐輪場へ戻り、はよ帰ろ、と自転車を取り出しかけたところ。 向こうで通りすがったスーツ姿のお父さんが、クリスマスに子供にでもやるのだろうか、ピカ耳のはみだしたでかい紙袋に奥のほうの自転車をひっかけぶっ倒していった。 途端に自転車が倒れ、その隣が倒れ、そのまた隣が倒れ――がしゃんがしゃんがしゃん、と迫ってくるドミノ倒しの波。 ギャアアアアア俺は内心で絶叫しながらも、懸命に自転車を引っ張った。今だかつてこれほど腕の筋肉を酷使しただろうかと思われるほどの力を振り絞って引っ張った。しかし密集地帯にねじ込んでしまったためかペダルが他の自転車の車輪に引っかかってうおおおおない、そんなのってない、ちょっとまてちょっとまて! 予想以上の大惨事。 怪我人が出たらしい。警察がすっとんできた。 おかげさまで俺は徒歩で帰ることとなりました。 本当にありがとうございました。 ボロアパートまでの道のりを歩くように走った。全速力の早歩き。とかくこのままでは間に合わない。時間がないのだ。 と思った矢先にラブラブカップルさんがのろのろ歩いていやがる。腕に彼女を絡ませて手を握り合って歩く二人はまるでクチートと頭のアレのようにぴったりくっついているわりに思い切り歩道の中央を陣取っており、一言で言うと邪魔だ。通り越そうと思ったが電信柱やら前からくる通行人やらでタイミングがはかれず抜かせない。なんてこった。茶髪の女のほうが高い声でてろてろと男に何かを絶えず語りかけ続けている。男のほうはうなづいたり、意見を言おうとして遮られたりしつつ終止にやついており、なんなんだこいつ羨ま……いや、人の話を聴かない奴にロクな奴はいない。いいじゃんか返答を期待しないなら一列に並んで背中に語りかけろよ! そして俺や俺の右隣で同じような顔してるサラリーマンのおっさんを通してくれ頼む! お前らは俺らから楽しい聖夜を根こそぎ奪い取るつもりか! 悪魔だ! 風になりやがれ! なんとか帰宅したころには、もうとっくに番組は始まっていた。しかもカゲボウズが先に見ていた。こんちくしょう行き場のない怒り、はカゲボウズにひとつ残らずおいしくいただかれました。シャクだったのでポテトはひとつ残さず食べました。 何かまともに食うもん、と思って冷蔵庫を開けると、見覚えのないものが入っていた。 プレゼント、というお題で小学生に書かせでもしたような典型的なプレゼントボックスだ。白い箱に赤いリボン。しかも片手に乗る程度の小さな。 テーブルの上に持ってきて開けようとしたところ、カゲボウズがうようよ集まってきて俺の右手を囲った。どうやら開封を阻止しようとしているらしい。しっとりとざらついたカゲボウズたちは頭の先っちょで手の平を押しやってくる。やめろやめろくすぐったい。俺は思い立って、あらんかぎりの幸せな記憶を呼び起こして右手に集中した。するとカゲボウズたちは船酔いでもしたような不快な顔をしてそろそろ離れていった。何だよその顔。ミミロップを泡立てる程度の些細な幸せがそんなに不快かよ。 リボンをはずしたところで、窓が鳴った。がつんがつんと何かがぶつかるような音だ。一瞬驚いて声を上げそうになんてなってませんけど。 見てみれば、コーンポタージュ缶が宙を舞っている。 「…………」 よく自動販売機で売られているような、普通の缶のコーンポタージュだ。 中にカゲボウズでも入っているかのような見事な浮遊感で、ばしばしガラスにぶつかってくる。 それもそのはず、窓を開けて缶を招き入れてみると、底にカゲボウズがちょこなんとくっついてふらふらしているのだ。 ほかのボウズどもよりほんのり小柄なそいつは、いつぞやのぷちボウズ。 ぷちボウズはそれを窓際へ置いてふゅーと一息つくと、俺をじっと見つめてきた。視線が刺さる。 なんだよ、と言うと、コンポタ缶を俺に向かってぐいぐい押し出してきた。 もしや。 こいつ。 いや。ありえない話じゃない。 俺はいつもこいつらを洗ってやっているし、よく考えなくともこいつら俺を食い物にしてここに居るわけだし。 つまりこれは、どういうことだ。 おんがえしってやつ? なるほど衣食住のうち2/3を提供してやったにしてはささやかなおんがえしだが、実際にこうして暖かい缶を握ってみるとポケモンがこんなことをすることがあるのかと感動さえ覚える。どうやって買ったんだろうか。五百円玉貯金を覗いてみたが三枚こっきりのコインに増減はない。 これ、俺? 俺にくれるの? と言うと、首をかしげる。 そう、カゲボウズは非常に憎たらしいやつらだが、挙動は意外と可愛いこともあるのだ。まあこいつらが湧き出すようになってから一人住まいもなんだかんだで寂しくはなくなったし、代わりに無駄に騒がしくなったが、うんまあ……。 プレゼントを開けると、中には小さなケーキが入っていた。 直径10cm程度のケーキだが、れっきとしたホールケーキの縮尺だ。デコレーションされた生クリームの上に刻んだイチゴ、そして砂糖菓子で出来たデリバードが乗っている。なるほどデリバードはサンタクロース伝説の元にもなったと言われるポケモンだ。そいつもややデフォルメされているものの、まるでフィギュアのような精巧さである。俺はついデリバードをつまんで持ち上げてまじまじ見つめてしまった。 そんな俺をカゲボウズがまじまじと見つめている。 俺は窓際のコーンポタージュを見た。 そしてカゲボウズを見渡した。 よし。 じつを言うと俺、そこまで生クリーム好きじゃないんだ。 「食えよ」 小さなケーキをテーブルの真ん中へ押し出す。 俺はこのマジパンデリバードだけおいしくいただこう。 カゲボウズたちはしばらく(こいつ なんの つもりだ……)とでもいいたげな視線を送っていたが、一人の我慢を知らないくいしんぼうが黒い流星のごとく白い円柱に突き刺さると、せきを切ったように他のボウズどもも飛びついていった。 黒いカゲボウズが真っ白である。俺はデリバードをポテトの紙袋の上に置くと、お互いの頭についたクリームを舐めあっているカゲボウズに必殺デコピンを繰り出した。 ちびはまだコンポタの上にとまっている。 しゃあない。ここは期待に答えて飲んでやるしかないな。 背中を伸ばして缶を取ると、その勢いで小さなカゲボウズはふわりと舞い上がり、そのまま、なんと窓の向こうへころりと落っこちてしまった。 あっ、と思ってすぐさま窓に駆け寄り雨戸を開けて手を伸ばす。ちびはもうふわふわ落下していた。が、途中で持ち直して戻ってきた。ったく心配かけやがる。 と、手のひらに着地させて一息ついたところで、チャイム音が聞こえた。 しかし俺の部屋のものではない。 がちゃこんと錆びた扉の開く音が薄い壁ごしに響く。 「あのー、えっと、その、クリスマスなのでケーキをつくったんですが。おすそわけに」 「どうぞ」 「へ?」 「散らかってないから」 「……へ?」 しばし沈黙。 後、ふたたび扉の音がした。 女性の声は大家さんの声に酷似している。 そしてあの低く間延びしているようでぶつ切りな、珍妙なトーンの男は……。 「あのミカルゲ野郎おおおおおおおお!」 俺は力任せにコーンポタージュの缶を開けた。プルタブで指を切るなんて初めての経験だがそんなことは気にせず一気に喉へ流し込む。怒涛のぬるい液体が喉を流れ去ったあとコーンが口の中へ攻め入ってくる。全て残らず奥歯で噛み潰して喉へ。くそう缶の底に残ったコーンが取れない。跳ねて叩いてようやく缶を空にして立ち上がると砂糖菓子がこちらを見つめていた。微笑んでいる。こんにゃろ吹き飛べクリスマス! 赤い羽根に白い袋まで見事に再現されたマジパンを口へ放り込む。思い切りかみくだくとデリバードの頭だけ無くなった。ざまあみやがれ。 ドアを乱暴に開けて蛍光灯に小さいドクケイルのちらつく廊下へ颯爽飛び出すと、部屋から数匹カゲボウズがついてきた。 一言だけ言わせてもらうとすれば、そこの右からだいたい三匹目、そうさっき彼女といちゃついてたお前。お前はついてくんな。 |