新年明けましておめでとうということで、近所の神社に初詣に行くことになった。お世辞にもにぎわっているとは言い難い――むしろ寂れていて、何の神さまが祭られているのかさっぱりである。 近くには比較的大きく立派な神社もあるというのに、なぜこちらなのか意味不明だ。もっとも、おっきな神社の方はカップルが新年早々にいちゃいちゃしてて、毒男共には目の毒ではあるので、たいそう助かる。 「ぷっわーッ!」 冷たい風にプワンテが流された。 ひょーと吹きすぎる風は、晴れやかな新年とはまったく似合わない。むしろ、クリスマスの寂しさに似合う風だ。 あらあら寒いわねーと大家さんが言えば、先輩がクロバット顔負けの早さでマフラー(手編みっぽいもの)を差し出す。 それを見て、プワンテをひきつれた俺と俺の隣人はなにも言えない。先輩に関しての感想はなしにしておく。新年早々、御影先輩の“うらみ”を買いたくはない。 寂れた神社に初詣に来た風変わりなご一行のメンバーは4人。御影先輩、大家さん、俺の隣人、そして俺。あきらかに危ない一行だろ、これは。さらには、ぷわぷわ浮いているフワンテとふよふよ浮いている大量のカゲボウズを引き連れている。隣人の姿はもはやカゲボウズまみれ。 「カゲボウズに好かれてるんスね」 そう言うと、隣人はなんてことを云うのかとため息をつく。まとわりついているカゲボウズたちはうれしそうにふよふよした。なんだこいつら、けっこうカワイイ。 うれしそうなカゲボウズに、さらに俺のプワンテがまとわりついた。なんかすんません、隣人さん。 寂れた神社の拝殿は、さらに寂れている。いっそ、祭られてるのは貧乏神か阿呆神か馬鹿王ではないかと思う。 ここも先輩の仕切りで二礼二拍手一礼。俺はきっちり3分ほど願望を訳の分からん神様に頼み込んだ。大家さんは直ぐに済ませ、先輩と隣人も3分ほど手を合わせていた。 「さて、諸君。反骨神への拝礼も済ませた。あとは……」 御影先輩が指さしたのは、無人の社務所。その前にぽつんと置かれた御神籤自動販売機。埃を被っている。どれだけ掃除してないんだ。っていうより、動くのか、アレは。 「おみくじだ! 新しい年の運勢を占う、一年に一回だけの特別なおみくじを各自ひけ。――大家さん。一番最初にどうぞ」 大家さん、先輩、隣人、俺、の順におみくじをひくことになった。先輩が決めた。 俺の目の前にずどんと立ちふさがる、古びて錆びついた御神籤自動販売機は百円を要求してくる。くそぅ、こちとら親戚のがきんちょ共にお年玉という略奪をされて財布が寂しいってのに。 「百円もするのか……」 おみくじってのは、なんだってどこでも百円なんだ。俺はぐちぐち言いながら、銀色の百円玉を入れる。 がぼっごん。 へんな音をたてながら、黄色く変色した紙が落ちてきた。ほこりくさいおみくじに御利益も神託もあったもんか、こんちきしょー。百円もとりやがって。むしろ50円で十分だ。 ひらりと開いた紙はかび臭い。そして、目に入ってきたのは祥南行書体で印刷された文字群。 【大凶】 願事:煩悩多し 待人:待てども来ず 失物:失物多し、時経ちて戻る 商売:時既に失う。時期を見よ 旅行:艮方に小吉あり 学問:努力尽くせば吉 争事:巻き込まれる 人生:なやめ ………………だいきょう、だと? ちょっと待て。ふつー、初詣のおみくじには凶とか大凶とか大大凶とかは入れないもんじゃないのか。 「やあやあ、結果はどうだった」 他人の不幸を感じ取ったのか、御影先輩が足音もなく背後に立っていた。砂利の足場でどうやって……とかは訊いてはいけない。 「べつに、ふつうッスよ。先輩はどうでした?」 先輩は答えることなく、手にした紙をひらりと俺に見せつける。デカデカと書かれていたのは【大吉】の文字。得意げに見せびらかすようにひらひら振る。 この先輩はいまだに分からない。いや一生、分からんでも良い。 うぅうぅ唸る俺を置いて、先輩は足音もなく大家さんに近づいていく。くそぅ、ちきしょぅ、こんちきしょう。大家さんの手を気安く握りおってからにィィ! なにやら胸の中に泥重い感情がわき上がってきやがった。いかん、このままじゃ大家さん手作りのおせちとお雑煮がおいしく食べられん。頭を冷やして帰ろれ、俺。 「――すみません。俺、ちょっと寄り道して帰ります……」 「あらあら。でも、早めに帰ってくださいね。おせちがなくなってしまいますよ」 「ありがとです」 というわけで俺は、ワタッコみたいに笑う大家さんとにやにや顔の御影先輩、カゲボウズを払っている隣人に背を向けて歩き出した。 プワンテがぷわぷわ鳴きながら、追ってきた。ついでに、カゲボウズも数匹ついてきた。 大晦日の寒さをせっせと引きずっている元日の道は、やたらカップルが多い。頭を冷やすはずが、逆に沸騰している気がする。晴れ着を着た女がボサノバ頭の男とくっついていやがった。ちきしょう。新しい年の初めっからラブラブ使い果たして、3月頃には別れちまうんだよ、どーせな! だいたい、なんだあの手のつなぎ方は。ふつうに手を繋げ。指を絡めるなんて不純異性交遊だッ。あけおめりくりになっちまえ。初詣ぐらい一人で行け。神様も迷惑だろうが。いちゃつきながら神域に入るんじゃねぇ。 ……だめだ。まっすぐ帰ろう。頭を冷やそうと思ったのが間違いだったと認めよう。 胃に溶けた鉛ぶち込まれた気分の俺の頭を、プワンテがべしべし叩いてくる。 「やめれ」 べしべしべし叩いてくる。なのではたきかえした。 「やめろ」 べりばしぶべしッ。……おい、最後のはどう考えても【しっぺがえし】だろ。ご主人相手に【しっぺがえし】繰り出すとはいい度胸じゃないか。 たたき合っていると先ほどのカップルどもが俺たちを見て笑いやがる。ありがたく思え、こっちは笑いを提供してやる……気なんてサラサラないんだよ。 そうか、コレが腑煮えくりかえるってヤツか。もう、腹の底からふつふつと恨み妬み嫉みその他諸々がわき上がってくる。 ぽてん、と俺の頭になにかが追突した。プワンテが悲鳴をあげて逃げる。ちょい待て、ご主人置いて逃げたぞあいつ覚えてろよ。 「って、カゲボウズじゃん」 俺に憑いてきたカゲボウズがふよふよ浮いている。隣人は性別すら分かるらしいが、俺はそこまで達していない。ただ、こいつらがやたらうれしそうなのは分かる。 家に帰り着く頃には、おおかたの恨み妬み嫉みその他諸々はすっかりおいしくいただかれることでしょうさ。 あぁ、ご主人に【しっぺがえし】して、ご主人おいて逃げ帰ったプワンテはあとで手紐を結んでやろうじゃないか。 おわりーふぃあ |