崩れた斜面をずっと下っていくと、張り出した岩棚に隠れて見えなかった場所に、小さな火明かりが見えた。

「あれか?」

声をかけた相手は、離れず従っている獣人めいた人型。  自らは直接地に足を付けながらも、中空にある彼よりずっと素早くガレ場を下り行くそれに確認を取ると、真剣な面持ちでこくりと頷く。

そのまま一気に下まで駆け下りるルカリオの背中を追って、彼もまた、背を借りているポケモンに向け、火明かりに向けて降下するように伝える。
背中の主人がしっかり掴まっているかどうかを確認するように首を捻じった後、急激に高度を下げ始めた彼女の綿雲のような羽からは、たっぷり吸い込まれた雨水が道しるべの様に、背後の空間に散っていく。

チルタリスが地に着くのももどかしく、彼は水溜りを無視して地面に飛び降り、激しく水飛沫を立てながら、倒れている人影とポケモンに向けて走り寄った。
そこでは既に、先に下り終えていたルカリオが、主人に寄り添うように倒れているヒトカゲを抱き上げ、雨のかからない岩陰に、運び込もうとしている真っ最中だった。

「リムイ、そっちは任せる。フィー、こっちに来てくれ!!」

ルカリオに声をかけると、彼―もうそろそろ20に達するだろうかと言う風情の、やや色浅黒い青年トレーナーは、背後で体を激しく震わせ、濡れた羽に含まれている水分を飛ばしているチルタリスを呼ぶ。
同時に腰のボールを一つ掴むと、その場にまた一匹仲間を増やした。

「ラックル、この人を掘り出してくれ。……傷を負ってるかも知れないから、慎重にやってくれよ?」

ボールから飛び出したリオルにそう告げると、相手は勢い良く頷くや、早速作業にかかる。
『穴を掘る』と『岩砕き』で、リオルがどんどんと半身を土砂に埋めていたトレーナーを掘り出している内に、彼は素早く膝間付くと、倒れている人物の容態をざっと調べてみた。

見た所では、まだ若いその人物は、危険なレベルの低体温状態にはあるものの、何とか致命傷と思われるような負傷の類は、免れている感じである。
……今はとにかく、下がってしまっている体温を温めなければならない。

リオルが何とか覆いかぶさっていた土砂を取り除き終えると、彼は急いで触診によって骨折の有無を確認し、何とか短い距離を移動させるだけなら心配無い事を確認してから、件の遭難者を注意して抱き上げ、先にルカリオがヒトカゲを運び込んでいた、立ち木の隣にある岩陰まで、早足に急ぐ。
……雷が木に落ちる可能性もチラリと頭を過ぎりはしたが、知るもんか。
 
 
無事に岩陰に着くと、彼は運んできた相手を静かに下ろして、付いて来たリオルと、指示を待っているルカリオに向け、短く早口に命じる。

「リムイ、この人に『癒しの波導』。ラックルは、ヒトカゲに向けて『まねっこ』だ。」

すぐに行動に出る両者の息は、親子だけあって流石にぴったりである。
次いで彼は、同じく付いて来た残りの一匹に向けて言葉を掛けると同時に、更に二匹の手持ちポケモンを、この場に加える。

「フィーは、取りあえず水気を切って置いてくれ。……すぐに、働いてもらうからな。コナムとルパーは薪を集めて欲しい。 雨の中大変だが、すぐにかかってくれ。」

指示を受け終わるのも待たずに、リーフィアとビーダルは冷たい時雨の中を駆け出して行く。
そしてこちらは、「心得た」とばかりに立ち木の反対側に回って、盛大に水飛沫を撥ね上げているチルタリスを尻目に、青年はすぐさま目の前の遭難者の介抱にかかる。

他国――海を越えたずっと先、『新奥』の出身者である彼には、北国で必須とも言えるこの手の応急処置は、手馴れたものであった。

 
先ず、着ている物を手際よく脱がせ、下半身の一枚以外は全て、脇に放り出す。
……本人は意識が戻れば恥ずかしがるかもしれないが、それも命あっての物種。 こんな時に、羞恥心なんぞに構っている余裕は無い。

次いで水気を切ったチルタリスを呼び戻すと、半身を抱き起こしている救助者に向け、『フェザーダンス』を繰り出させた。
あっという間に綿毛状の羽毛で包まれた目の前の冷え切った体を、今度はチルタリスにも手伝わせ、懸命に摩擦する。

そうこうしている内に、パートナーと思われるヒトカゲの方が先に目を覚まして、技を切り上げたリオルと共に、慌てて此方によって来た。……流石にポケモンだけに、回復は早いものだ。

しかし、人間はそうは行かない。 
絶大な生命力を誇るポケモンだからこそ、これだけの速度で体力を取り戻すことができるわけであって、元よりポケモンに対して使う『癒しの波導』だけでは、早々救助者の容態を完治させることは叶わない。  

しかし、折り良くリーフィアとビーダルが薪の第一陣を背負って帰ってきたので、彼らに協力して薪を積ませ、ヒトカゲに着火してもらう。
更に、新たに生じた手空きをも総動員して、懸命に摩擦を続けた結果、何とかずっと青白かった救助対象者の頬に、微かな赤みが差して来た。……どうやら、最初の峠は越えられそうだ。
 
 
そこで彼は、摩擦作業はその場のポケモン達に任せることにして、バックパックから小さなアルミの鍋と水筒を取り出すと、水を注いだ鍋を枝を組んだ物に引っ掛けて火にかけた。

手早く一緒に取り出した干魚や木の実をポケットナイフで刻んで、沸騰した鍋の中に放り込むと、道中の道具交換に使う予定だった酒のボトルを引っ張り出して、中身を幾らか鍋にあける。……彼自身は飲酒癖は無いが、この手の品は出す所に出すと非常に喜ばれ、そこそこの品に化けることがあるのだ。
 
 
そこまで終えると、彼はリオルに向けて声をかけた。

「ラックル、悪いが今から道まで登って行って、誰か助けを呼んで来てくれ。……このままじゃ人手も足りないし、ここは土砂が崩れてくるかもしれないから、夜明かしするには都合が悪い。お前の足なら、夜が来る前に誰か見つけてこれるだろう。」
 
頷いて飛び出していくリオルの背中を見つめながら、彼は空模様を見定め始めた。
 
 
……山の天候は気まぐれだ。今はさっさと、ここから移動する手立てを見つけなければならない――








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