上司から連絡が来る前に、既にアブソルが土砂崩れを予知していた。
 しかしそこは山中深く、谷を下ればすぐなのだがそれはあまりにも危険すぎる所業。道をひろいながら下っていたら遅くなってしまい、結果的に土砂崩れが起こる前に周辺の確認をすることはできなかった。

 アブソルは背中から飛び降りた俺を赤い瞳でみつめて悔しそうに呻いたが、とりあえず状況を確認しようとなだめてやると少し落ち着いた。こいつはまだ育ちきっていないので、足は速いが俺を乗せて長い距離を走ると消耗が激しい。とりあえず隣に控えさせて、この先は足で進むことにした。

 雨は降り続いている。
 彼は周囲にポケモン、そして万が一人間が巻き込まれている気配を注意深く確認しながら、土砂が崩れ落ちた地点へと身長に道を下っていく。

 すると突然、アブソルがぐる、と声を発し、ほぼ同時に茂みからリオルが飛び出してきた。
 この周辺にリオルが生息しているという話は聞かない。もしやトレーナーが巻き込まれているのでは……と脳裏を過ぎる不吉な予感。それを裏付けるかのように、リオルはたいへんな勢いで彼の泥まみれな足にすがり付いてきた。ちいさな腕を必死に伸ばして、どこかへ俺を連れてこようとしている。

「わかった、わかった」
 レンジャー本部の支給品である分厚い手袋を外して、ひどく取り乱しているリオルを撫でる。冷たい。どれだけの間この風雨にさらされていたのか。耳の下を撫でてやると少し吐息を漏らして、安心した様子ではあったがまだ俺の腕を引いて向こうを指している。この震えが寒さによるものだけではない、なにか差し迫った事情があることにはすぐに感づいた。

「大丈夫、すぐに助けに行く」
 本部に応援要請の信号を送った後、リオルを抱えて斜面を降りる。アブソルが藪を切り裂き、すぐに崩れ落ちた斜面が見えた。
 しかし雨が少しずつ強くなってきている。起伏の激しい南国の密林で生まれ育った俺ならこれぐらいの斜面は降りるに困らないが、どこにリオルをここまで心配させる原因が潜んでいるのかもわからないし、どこから再び崩落が始まらないとも限らない。

「ウツボット」
 レンジャーのボールは特殊で、万が一の状況を考え自動でも開閉するように設計されている。もちろんポケモンもそれにあわせて訓練されるので、俺の生来の相棒・ウツボットは難なくボールから飛び出してきた。

「ウツボット、つるのムチで俺を下まで下ろしてくれ」
 ウツボットは葉を振って答えると、ツタに俺の胴をしっかと絡めてゆっくりと降下させる。
 しばらく降りると、上からは死角になっている岩だなの影に、人とポケモンの一団が見えた。
 チルタリスと青年、しけって火の消えた薪、そしてどうやら手当てを施された後と思われる子供の影。そばに寄り添っているのはヒトカゲだろうか。向こうからリーフィアとビーダルとおぼしきポケモンが小枝を背負って駆け下りてくる。

「ポケモンレンジャーです! 大丈夫ですか!」

 声をかけると、健康的な体格の青年が笑顔で右手を上げてきた。どうやら、彼はここであのヒトカゲのトレーナーと思われる少年を救助して、リオルに助けを呼びに行かせたようだ。
 着地するとすぐ、リオルは青年にとびついた。

「彼が危険です」
 青年は言った。
「応急手当はしましたが、早いとこ病院に連れて行かないと」

 俺は頷いた。少年は適切な処置を受けてなんとか無事そうだが、傍目からも衰弱が激しいのがわかる。

「トロピウス!」
 ボールから飛び出したのは大柄なトロピウス。こいつなら問題なく遭難者を病院まで運んでくれるはずだ。
 少年の身体を鞍に固定して、俺は青年を振り向いた。あなたは、と聞くと集まってきた手持ちを差して口角を持ち上げる。チルタリスがばささ、と数度羽ばたいた。なんと頼もしい。

 しかし雨足は強まるばかり、暗雲には雷の気配も感じる。アブソルが崖の上で吼えている。
 はやく援軍が来てくれれば、それに越したことはないのだが。

 こんなことなら故郷を出てこっちへ研修へ来る前に、啖呵切って「俺にはウツボットがいるから大丈夫です!」なんて言わずちゃんと天気研究所でポワルンを受け取っておけば良かったなあと、少し思った。


 おわりんぐ





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