プロローグ
旅立ちの前夜、タツキはなかなか寝付けなかった。
明日の出発に備えて、9時には支度を終えてベッドに入っていたのだが、これから始まる旅のことを思うと、眠気などすっかり忘れてしまうのだった。
タツキは早寝するのをあきらめ、ベッドから降りると、カーテンを開けて外を眺めた。
明かりのついている家はなかった。物心ついてからずっと暮らしてきたマサラタウンは、夜の闇の中で静かに眠りについていた。
明日になれば、しばらくこの町に帰ってくることはなくなる。一緒に過ごした人々とも――。
そう思うと、少し寂しさが込み上げてきた。
空を見上げると、まんまるの月が浮かんでいた。それを見てすぐにモンスターボールのことを連想した自分に、タツキは思わず苦笑した。本当に、旅のことしか考えていないのだった。
育ててくれた両親に代わって、これからは太陽と月とがタツキのことを見守ってくれる。神さまがいるかはわからないが、タツキは月に向かって旅路の安全を祈った。
そのとき、月の光が一瞬さえぎられた。
何か影が通り過ぎたように見えた。鳥ポケモンではなかったと思う。一体何だったのだろう?
タツキは急いで窓を開けると、身を乗り出し、影が過ぎ去った方角を見た。
白く、華奢な体躯のポケモンの姿が見えた。初めて目にするポケモンだった。長い尾をなびかせ、夜の空を飛んでいくその姿は、神々しさすら感じさせるほどに美しかった。
呆然と見ていると、そのポケモンが突然身を翻し、タツキの方に振り向いた。青い瞳から放たれる真っ直ぐな視線に貫かれ、思わず息を呑んだ。かなり距離があるにも関わらず、自分のすべてを見通されているような感じがした。
不意に、ポケモンが左手をかざした。次の瞬間、全身から力が抜けた。意識は朦朧とし始め、タツキはそのまま、眠りの中に落ちて行った。……
翌朝起きたときには、タツキはそのポケモンのことを覚えていなかった。