こんばんは。SpuriousBlueと申します。以前まで「SB」という名義で、ストーリーコンテストなどに投稿させていただいておりました。なんとなく思うところがあって、名前を変えてみました。出没回数はあまり多くないかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。さて、砂糖水さんが面白そうな企画を立ち上げていましたので、便乗してみました。一粒万倍日ですか?なんか面白い名前じゃないですか。大安をあえて選ばないあたりがマサポケっぽいと思います。というわけで、書き出しだけでも、完結しなくても別に良いということらしいので、思いつきでひたすら小説を書いていきたいと思います。こういう書き方ってとても久しぶりで、というか小説を書くという行為がとても久しぶりで、書いていてとても楽しかったです。書き手だけではなく、読んでくださった方にも楽しいと思っていただければとてもうれしいです。つまらなかったらごめんなさい。というわけで、「ゲームのルール」始まります。本編開始は次章から。
巨大な黒い鳥が、また一羽落とされた。 村の男たちが10人がかりで銛を打ち、網を投げ、縄でからめて捕まえる。 日は高く昇り、櫓のそばに堕ちた黒い鳥を白く照らす。櫓の上の男が歓声を上げながら梯子を降る。男たちが鳥を刺す。麻布で作られた簡素な服を赤く黒く染めながら。 鳥は声を上げない。 藁葺の屋根の下、むせ返るような熱の中、老婆が湯を沸かす。 赤ん坊の泣き声が聞こえた。 老婆は温めた布で赤ん坊をくるめ、母親の体からそれを受け取る。 母親の苦しむ声に変わり、生まれたてのそれが放つ大きな泣き声がなりわたる。 母親は喜んだ。その赤ん坊の頭を見るまでは。 老婆は恐れた。その赤ん坊の頭を見てしまうと。 老婆は小さくため息をつく。 そして上を向き、忘れ去られた神に向かってひとり呟く。 あぁ、それが生まれたよ、と。--
黒い鳥と紫の猫 ◇ アニメイトに寄った帰りだった。エーフィとブラッキーのマグカップのセットを買った。重ねて使うことができるマグカップ。もうすでに家には一セットあったけれど、割れた時に悲しまなくて済むようにもう一セット買ったのだ。 僕は、グッズは使わないとポケモンがかわいそうだと思っていた。汚れないように厳重に保管しておくのも良いかもしれないけれど、カップとして買ったのだからカップとして使わないともったいない。だからそのマグカップは毎日のように使っていた。だから割れるかもしれないと思った。だからもう一セット買った。予備用のカップたちはかわいそうではないのだろうかと少し悩んだ。23歳になって一週間後の土曜日のことだった。 線路の下の通用路を通って線路の向こう側へと歩いていく。暗い道を抜けたところで誰かが叫び声をあげた。 黒い鳥だと誰かが言った。落ちてくると誰かが叫んだ。 指差された方角を僕も見る。 巨大な黒い物体が空を横切った。線路下のトンネルのように、また空が黒くなった。 空はまたすぐに明るさを取り戻し、高く昇った太陽が僕らを照らす。 トンネルの出口の横には交番があり、交番の向こう側には駅ビルが建っている。空から何かが落ちてくるならば、交番に逃げ込むか駅ビルに入るのがよい判断だと思えた。僕はエーフィのマグカップの入ったアニメイトの袋が入ったエコバッグを抱えて駅ビルへと向かう。なんとなく交番には入りにくかったのだ。 そうしたらまた空が黒くなった。 さっきとは違う黒さだった。 見上げると、それは黒ではなく歪に光った紫色で、それは鳥ではなく球形で、それは落ちてくるのではなく明らかにある方角に向けて発射された球だった。 巨大な球は駅ビルに当たる。 駅ビルの窓が割れ、コンクリートにひびが入り、それでもなお球は進むのをやめようとはせず、駅ビルに完全にのめりこんでからそれは爆発した。 爆発音が響き渡り、コンクリートの壁は木端微塵に吹き飛び、がれきが駅ビルの下にいた人たちを飲み込み、atreと書かれた看板がそのまま落下する。 僕は回れ右して駅ビルから走って離れようとする。 叫び声が聞こえた。 それは泣きわめく人々の声ではなく、明らかに動物のそれだった。 鳥の声だと思った。思うだけで足は止めなかった。 動悸が高まった。冷たい汗が全身から噴き出した。収まる気配はなかった。 ドトールコーヒーの横にある小道に入り、騒ぎを聞いて焼鳥屋から出てきたおじいさんにぶつからないよう必死に避けて、代わりにミニトマトを育てている植木鉢を倒しながら僕は走った。なぜだかわからないけれどもマグカップの入ったバッグを僕は持ったまま走った。捨てた方が速く走れるかもしれないけれども、手に絡まったバッグを引きはがす余裕はないとも思った。 それから、ここで捨てるとエーフィが少しかわいそうであるような気がした。 もう一度爆発音が聞こえた。 僕が向かおうとしている方角からだった。 火の手が上がった。僕が逃げ込もうとしていた神社があった場所だった。避難所にもなっていた古くてみすぼらしい神社。そこに球が発射されたのだ。拝殿が爆音を上げて吹っ飛ぶ。お参り前の手洗いにつかう竹の柄杓が高速で僕の方に飛んできて、顔をかばった右腕に当たった。服が裂けた。鋭い痛みが走った。 血が出ていないか確認しようとしたら、また空が黒くなった。また鳥が来たのかと思った。空を見上げる。 鳥ではなかった。 吹っ飛んだ拝殿の屋根が僕めがけて落ちてきた。 右手には錆びたポスト。左手には電信柱。その裏には民家があって、けれども家の門は閉じられている。 どこに逃げればいいのかわからなかった。 そもそも逃げる方角を間違えてこうなってしまった以上、僕の逃げる道に正しい方角はないのかもしれない。前に走っても後ろに走っても、どのみち屋根に押しつぶされてしまうのではないかと思った。 それでも僕は生き残る確率が最も高くなる方法を選んだ。 電信柱のうらに張り付き、頭を鞄で守る。 無理だとは分かっていた。時間が止まらない限り、逃げても間に合わない。それでも僕は、死にたくないと思った。 そういえば、なぜ僕は死にたくないと思っているのだろうと、少し不思議に思った。 仕事は楽しくないし、恋人もいない。ただ僕は奨学金を返済して実家にお金を振り込むために生活しているようなものだった。――それでは、なぜ今まで生きてきた? きっと、死ぬのが申し訳なかったからだと思う。親よりも早く死ぬことが最大の親不孝だと思っていた。大学のころから一人暮らしをしていたから親とは疎遠であったけれども、親のことが嫌いではなかった。だから親よりかは長生きしようと思っていた。だから今まで生きてきたのだと思う。――楽しみはなかったのか? ポケモンは好きだと思う。だからこうしてマグカップを買うために駅前に来て、災難にあっている。だから、僕がこうして今災難にあっていることは……「ポケモンのせいなのかな」 僕がつぶやく。 その呟きに、返事をくれた者がいた。猫だった。僕が何度も見たことのある、何度も使ったことのある、何度も育てたことのある、紫色の猫だった。 電信柱の裏手の塀の上。そこに座った紫の猫は、その通りと言うように、確かに首を縦に振ったのだ。 その瞬間、時間が止まった。 猫に促されるように後ろを振り向くと、落ちてくるはずだった屋根が宙に浮いていた。 世界が止まったまま、猫が塀から降りて、僕が元来た道を戻っていく。僕もそれに続く。少したってから低い音が響いて、振り返ると屋根が地面に落ちていた。 時間が止まったのではなく、猫がその超能力で屋根を持ち上げていたのだと理解した。 猫は焼鳥屋の前にある、黒くなった白い机の上に座って僕の方に振り返る。風を切る音が聞こえて後ろを見ると、神社の手洗い場の一部が落ちてきた。 紫の猫はまた超能力を発揮した。猫から放たれた強い風が僕の脇の下を通り抜ける。神社の手洗い場はゴムでできた見えない壁に跳ね返るようにして吹っ飛んで行った。それが落ちると、巨大な花瓶を50個同時に叩き割ったような激しい音が僕の耳をつんざいた。 ゆっくりと猫の方に振り返る。 神社から飛んできたのだろうか、水滴が一滴、猫の鼻にぽつんと音を立てて落ちた。 水滴の音を楽しむように、猫は幸せそうに笑った。 この猫はエーフィだった。僕にはそう思えたし、それ以外の選択肢はないように思えた。 ◇ エーフィが僕の肩に乗った。猫一匹分の重さが肩にかかる。意外と重いなと思った。それでも、この猫に頼る以外に僕の生きる道はないようにも思えた。 それに、ほんの少しだけではあるけれど、僕はこの状況を楽しんでもいた。 理屈はきっとどうでもいい。夢なら夢で別にいい。ただ僕にのもとにエーフィがやってきたのだ。 爆音。そして叫び声。また駅前の方だった。 夢であっても無くても、とりあえず僕らはここから生きて逃げ出すことを目標にすべきだと思った。 大した希望もない人生を送ってはいたけれど、僕が死ぬと会社に迷惑がかかるだろうし、親も悲しむし、エーフィがいれば周囲の人たちを多少なりとも助けることができるような気もした。希望という言葉を、とても久しぶりに胸の中に抱いた。抱いたまま、それを手放したくないと思った。「周りの人たちを助けながら、僕らも逃げよう」 肩の猫にそう提案する。 猫は頷いて、神妙な面持ちで目を閉じた。 すると、僕の頭の中に地図が浮かび上がってきた。 特性シンクロの効果だと思った。エーフィは全身の細かな体毛で空気の流れを読み取ることで周囲の状況を察知することができる。おそらくその索敵結果が僕の脳内に投影されているのだろう。 これなら逃げる方向を間違うことはない。 駅前には半円形の広場があって、そこから放射状に道が伸びている。僕らがいる道の隣の隣。そこが最も被害が少なかった。巨大な鳥も、今は駅の裏側にいる。ここから走れば十分逃げられる。 僕はドトールコーヒーの隣の隣にあるコンタクトレンズショップの裏にある道に向かって走った。そして振り返って大きな声でこの道が安全だと伝えようと……「のけっ!!」 道の奥から走ってきた肥った男が汗まみれの手で僕をコンタクトレンズショップの窓に押し付けた。そのまま彼は駅前の広場へと走っていく。「そっちは逆です!」 僕が叫ぶとまた窓に押しのけられた。今度は若い女性だった。ヒールのまま髪をかき乱して走っている。 次から次へと道から人が出てきた。そして全員逆の方向へと逃げていく。 僕は人ごみに押しのけられる格好で駅前の広場に来てしまった。このままだと駅の裏側にいる黒い鳥の攻撃を受けてしまう。まずは人ごみからでなければ。 エスパータイプのエーフィがいれば難しい話じゃあないはずだ。まずは……「エーフィ! テレポート!」 僕は勢いよく叫ぶ。これで僕らは一瞬で人ごみから出られる、はずだった。 肩の重みがなくなった。 おかしいと思って横を向く。猫は肩に座っていない。 おじいさんに足を踏みつけられた。激痛が走った。怒ろうと思ったけれども、僕の声まで人ごみに紛れてしまったような気がした。すぐにほかの人からも足を踏みつけられたため、今自分のすべきことはおじいさんに怒りの矛先を向けることではなく、エーフィを探すことだと思い直した。 周囲を見渡すと、エーフィだけが正しい道の向こう側に座って、困惑したようにこちらを見ていた。どうやらテレポートは、エーフィ自身しか移動させることができないらしい。ケーシィだと人間も移動できたはずだけれども、エーフィではできないのかもしれない。ゲームのようにはいかないようだ。「エーフィ! こっち戻ってこい!」 叫ぶとまた方にずしりと重みがのる。その重みに少し安心しながら今度は念力を指示した。 すると僕らの体は宙に浮き、こんどこそ人ごみを脱出できる、ように思えた。「お前だけ逃げんじゃねぇ!!」 最初に僕を押しのけた太ったおじさんの声だった。おじさんは僕の足を強烈な強さでつかむ。そのまま強く引っ張るので足が抜けるかと思った。 エーフィが無理やり上昇を続けると、僕のもう片方の足に別の人が飛びついた。「駅の向こう側へ連れてってくれ!!」「そっちは鳥がいるから駄目です! こっちに逃げてください!」 僕は見当違いの意見に反論してコンタクトレンズショップの方向へ飛んで行こうとする。 すると足がまた強烈な力で引っ張られた。「逆だ! ふざけんじゃねぇ! ちゃんと飛べや!」 太ったおじさんの方だった。 足におじさんの爪が食い込んだ。「ちゃんとした方角へ飛べば爪立てんのは止めてやる。だからちゃんと飛べ!!」 なぜ彼らが僕の言うことを聞いてくれないのか理解できなかった。 足がずきずきと痛んだ。 僕らの体は4m位の高さまで浮いていたけれど、3人を同時に、それも長時間持ち上げるのはさすがのエーフィでもつらいようだ。肩の猫が少しつらそうに顔をしかめ始めた。そんなエーフィの苦労を知らないで、太ったおじさんは叫びながらぶんぶんと揺れた。僕はとっさに存在しない手すりをつかもうとする。そうしないと落ちてしまいそうな気がしたからだ。そのあと、持ち手がないことに気が付いて、落ちないように必死で肩につかまっているエーフィを抱きかかえた。その方がまだエーフィの負担を減らすことができると思ったからだ。それでも長くはもたないと感じた。 鳥の叫び声が聞こえた。 時間はなかった。 僕は小さなころから人前に出るのが苦手だった。 人と話すのが苦手だった。 だから、10歳のころ旅に出たサトシくんがうらやましかった。道行く人々と仲良くなれるサトシ君がうらやましかった。 ポケモンのために泣けるサトシ君が、友達のために泣けるサトシ君が、僕はとてもとても、うらやましかった。 放送直後は年上だったサトシ君よりも、今では倍以上年を取った。自分でお金を稼いで生計を立てるようになったけれども、それでも僕は永遠に、サトシ君には勝てないのだ。努力値という数値を眺めながら僕は思う。僕はアニメを見る勇気がない。 六年前、大学で一人暮らしをすると両親に伝えたころ、母と少し長く話をした。ほとんどが昔話だった。そのなかで、僕はとても育てやすかったと母は言っていた。 僕は主張が少ないからと。僕はあまり多くを望まないからと。僕はわがままではないからと。僕はとても優しいからと。 嘘だと思う。「エーフィ! サイケ光線!!」 僕が叫んだあとの猫の行動はとても早かった。僕の腕から飛び降りて念力で宙に浮く。そして、恐怖に歪んだ顔をした二人の男性に向かって、七色の光線を発射した。 ◇ 僕とエーフィは死なずに家に帰ってこれた。 駅から10分以上歩いてようやくたどり着く古い下町。 その中にある新築アパート。そこが僕の家だった。 誰も呼んだことのない、清潔な1Kの小さな部屋がとても愛しく感じられた。 エーフィに何か食べさせてやりたいと思った。それが僕にできる唯一の恩返しであるように思ったからだ。 ポケモンフーズはおろかキャットフードも家にはおいていなかったため、ミルクをコップに入れて与えてやった。 エーフィは肩に上って僕の頬にキスをして、それから床にテレポートする。お上品に顔を毛づくろいしてからゆっくりとミルクを飲み始めた。 ミルクを入れた容器は、エーフィのマグカップだった。僕がいつも使っている方。 今日買ったマグカップも家に持って帰ってきていた。 エーフィのカップにも、ブラッキーのカップにも、奇跡的に傷はついていなかった。 二人を突き落さなければ、きっと持って帰れなかっただろうなと思った。 僕は何も考えなくても済むように、新しい保管用のマグカップを袋に入れて、棚の奥の方にしまっておいた。 僕はとても、とても悪い人間なのではないかと思った。 それでも、僕を助けてくれたエーフィにお礼をすることだけは、悪い事ではないような気がして、空になったマグカップにミルクを注いでやる。 汚れひとつないエーフィは、家から出たことのない裕福な家の猫のように、穏やかな表情でミルクを飲む。 エーフィはかわいいなと思った。そう思うようにした。 ずるいような気がした。 気づかないふりをした。----
ぎゃー!SBさんじゃないですか!大物が続々と釣れすぎて私、今年の残りの運を使い果たしたのではないでしょうか…。一粒万倍日企画に便乗ありがとうございます!SBさん…いやSpuriousBlueさんの書くお話は世界観や設定が独特で、読んでてあーすごくSBさんってなります。本来ポケモンがいない世界とポケモンがいる世界が混ざるあたりが…あ、今回は混ざったかはまだわからないですね…。現実世界に突然現れたポケモン…たしかに実際に出現して、なおかつ暴れたらただではすまないですよね…。主人公のしたことは、決してほめられたことではないけど、でも責めることはできないなあ…むう。今後どう転がっていくのか検討もつきません。続き楽しみにしてます。
きゃー。砂糖水さんじゃないですか!コメントありがとうございますー。ちなみに、私はいつから大物になったんですか(汗。私はびっくりするくらい小物ですので、運は長続きすると思いますよ!ちなみに、SB(嘘)ってことでSpuriousって入れてます。Spuriousは「偽の」って意味ですね。Blueはノリです。本当に勢いで書いていこうと思っています。一粒万倍日って素敵ですね。いや、読者さんのことも考えないといけないんですが、とりあえず、ね。まとまったら、文章の体裁なんかを書き直そうと思います。私自身も今後どう転がっていくかわかりませんが、ちょっと書き散らかしてみようかなって思ってます。面白い企画、ありがとうございました!
【一部過激な描写が含まれます】幸福までの最短経路 強いポケモン、弱いポケモンって、やっぱりあると思う。 だって、こいつじゃ勝てないもん。 私はため息をつきながら、ぬいぐるみを投げ飛ばす。 たくさんのぬいぐるみの中、本物が一匹指をくわえながらつぶらな瞳でこっちを見る。 かわいいけれど、強くない。「死にたくない」 そう呟いては見たけれど、不細工で性格の悪い吊り目の女は、きっと早くに死ぬのだろうよ。 物語の、都合上。 もう少しかわいく生まれたかったと思う。 あるいは、もう少し優しい性格に生まれたかったと思う。 悲しみながら、あきらめながら、それでも必死で生き残る方法を考えてる。 相手を殺す方法を考えてる。 ◇ あの男が現れたのは、鳥がニュースを騒がせる二日前のことだった。 もうすぐ鳥が現れる。だから準備をしろと言われた。なんのこっちゃと思った。 でも、男から手渡された小さなウサギ型のポケモンはとてもかわいらしくて、私はとても幸せな気分だったんだ。その時は。 もらったポケモンはミミロルというらしかった。ちっさくて、でもコンクリートにひびを入れられるくらいに強くて、この子に守ってもらうよう男に告げられた時、私は小さなウサギを力強く抱きしめていた。もうそれくらい、かわいくてかわいくて仕方なかった。 そして、男から、ゲームのルールを告げられた。 私は口をもぐもぐさせながら、反応できずに困っていた。 そしたら男は、そのまま瞬時に消えて、いなくなってしまった。細身でかっこよかったので、すこし残念だった。それから五秒して、事の重大さに気づいて、頑張って少し悩んで、けれども答えは見つからなかった。 私の通う大学ができたのは比較的新しい。地価が安いところに建てようとしたのか、コンビニまで歩いて10分以上かかる山の中腹に大学がある。東京にこんな田舎があったのかと驚くくらい。まぁ24区じゃないけれど。 木が生い茂っている道をバスで抜けると全面ガラス張りの建物が現れる。そこが私の通う情報大学。 定期をかざしてバスを降り、校舎へと向かう。鏡のようになったガラスに自分が写るのが怖くて、いつも下を向いて学校に通っている。 肌が荒れて太っている私のような女がかわいい服を着ていると、太ったヲタクたちにとても気持ち悪がられる。同族嫌悪ってやつだ思う。太ったヲタクの方がむかつくと思う。でも、私自身太ったヲタクだと気付くといつも賢者モードに入ってしまうから、なるべく考えないようにしている。 だから、という訳じゃないけれども、私はかわいいミミロルをずっと隠してきた。その方が、ゲームのルール的にも都合がいいんじゃないかなとも思った。ミミと名付けたミミロルは、『黒子のバスケ』の大きなカバンの中に隠れている。 ゲームのルールに従わなければ、私たちは生きていくことができない。 ゲームの中のキャラクターは現実に現れたけれども、ゲーム設定上の理由がたくさんあって、私たちはとうてい自由にはなれなかった。 男にはいろいろなことをいっぺんに伝えられた。 例えば、ポケモンは、全て一種類につき一匹しか現れないこと。 ほとんど全種類のポケモンが配布されているということ。 ポケモンの配布は東京都でのみ行われているということ。 ポケモンは決して死なないということ。 配布されたポケモンを使ってゲームに参加するということ。 参加しなくてはならないということ。 そして、もう既に、ゲームが始まっているということ。「それでは、ゲームをお楽しみください」 男の声がこだまする。 カバンの中のミミロルは、愛らしい瞳を私に向けて、のどが渇いたと訴えた。 私は講義室に向かうのをやめにして、自販機がある一階へと降りていく。 ◇「ヤマザキー。おまえ講義サボりかー」 講義棟の玄関ホールでミミにミネラルウォーターを飲ませていたら、突然後ろから呼ばれて焦った。私は少し水をこぼしながら、慌てて鞄を閉じる。ミミが苦しそうに少しうめいた。「なんだ、エリか」「なんだとはなんだー」 間延びした声で話しかけてきたのはヲタク仲間のエリだった。エリは私と違って肌が荒れていない上に、太ってもいない。かわいい部類に入ると思うけれども、なぜか彼氏はいないらしい。エリに聞いたところ、男に「女」として扱われるためには肌と体形以外にもいろいろな条件があるらしい。例えば身だしなみとか胸の大きさとか、女子力という謎のパワーとか。知ってはいたんだけど、エリに言われると現実味を帯びてきて嫌だった。「講義行こうぜー」「もう始まってるけど」「だから行くんだぜー」「……」 坊主頭の学生が私の方を睨みつけてきたような気がした。こんな学生いたかなと少し思う。自販機の前に陣取ってしゃべっている不細工な女たちが気に食わなかったのかもしれない。 坊主頭から逃げたいという思いもあって、結局講義にはいくことにした。ミミが不安だったけど、すきを見てそっと覗いてみると、穏やかに眠っていたので安心した。 講義には14分遅れた。15分遅れると出席表がもらえないのだけれども、ティーチングアシスタントのやつれた男子学生から出席表をもらえたから、14分遅れぴったり。少しうれしい。 高校の教室より少し広い真四角の講義室に入り、私は薄暗い講義室の左の一番後ろにエリと一緒に座った。ミミの入ったカバンを空いた席にそっとおろす。 教養課程の講義だった。1年生は選択で受けることになっている。つまらないと評判だったけど単位がとりやすいとも聞いていたのでエリと一緒に選んだ講義。講義の名前は「進化生態学入門」。なんのこっちゃって感じがした。 いつも開始3分で夢の世界に入るかスマホでグッズ検索に移る。今回も一緒。エリが夢の世界に旅立つのを横目に、暇だったのでポケモンの同人小説サイトを見ていた。 最近、ポケモン関連のサイトを見ることが多くなった。今回のゲームのカギになる内容がないかと思ったからだ。あまり成果は上がっていないけれど、ポケモンというゲームには実はそれほど詳しくなかったので、ポケモン廃人がどのようにしてうまれてくるのかを見ていると案外楽しめた。皆こうやって帰らぬ人になるんだな……。 ミミロルの育成方法と進化後のミミロップの擬人化イラストをみていると、突然「ゲーム」という言葉が耳に入り込んできた。大きな声で。 ゲームと叫んだのは誰だろうと顔を上げて見渡すと、プレゼンスライドを映したプロジェクターの先に「ゲーム」という言葉がはっきりと書かれていた。「ゲーム」の解説をしていたのは、大学の先生の方だった。 先生は「ゲーム理論」という用語について説明をしているらしかった。その下には意味不明な数式が羅列されていて、私はついていくのをあきらめた。「ここに書いてある数式はどうでもいいんですが、進化的に安定な戦略がどのようにして導出されるかというその流れくらいは覚えておいてください。で、次は……」 私はもう一度スマホに目を向けようとしたけれど、また先生の言葉が私の頭に突き刺さるように入ってきた。「次は、えーと、遺伝子の生存競争について説明します。そして。生きるための戦略、生存戦略についてですね」 生存戦略。生きるための、戦略。気分が悪かった。忘れようとしていた嫌な思い出を無理やり掘り出されるような感覚。私はこみあげてくる吐き気を懸命に押し戻そうとした。口の中にでてくる酸っぱい唾液を必死で飲み込む。「遺伝子の生存戦略について、利己的な遺伝子説に基づきなるべく噛み砕いてお話しましょうか。利己的な遺伝子説とは、遺伝子にとって生物とは乗り物に過ぎないという仮説です。あなたという存在がゲームの駒であって、ゲームのプレイヤーが遺伝子。そう思えばわかりよいかと――」 ガタンという大きな音が講義室に響く。部屋から音が消える。顔が一斉に私の方を向く。エリも目覚めて、突然立ち上がった私を不思議そうに見つめた。「すいません。気分が悪いので、お手洗いに行ってきます」 私は先生が何か言おうとしているのを無視してミミの入ったカバンをとって立ち上がる。悪寒がはしった。変な汗が噴き出した。この講義を聞くのが嫌だった。エリの言葉も耳に入らなかった。壁におかれていた椅子に何度もぶつかりながら、早足で講義室を出る。リノリウムの冷たい床を、鈍い音を立てながら歩く。 生存競争? なんで私がそんなものを。 あなたという存在がゲームの駒であって。 私という存在がゲームの駒であって? 私は……。「お前は何色だ」 冷たい声が耳を貫いた。 聞かないでいたかった。 会わないでいたかった。 死にたくなかった。 私という存在はゲームの駒であって? ◇ 男の声に足を止める。我に返る。私が私だと気付く。そのことがとてもつらい。私は私じゃない方がきっと良かったと思う。「何色だ」 廊下は直進する道と、隣の建物に移るための通用路の2つに分かれていた。隣の校舎に移るための細い道。そこに坊主のように髪の毛を剃った細い男が壁に寄りかかり、腕を組みながら立っている。自販機の前で私を睨みつけていた坊主頭だった。「やっぱり、お前、持ってるな」 坊主頭は壁から離れると、黒縁眼鏡を取り出してかけた。そして窓の外に合図をする。 ガラスが割れた。 食器を10枚まとめて割ってしまったような音が響く。それから鼓膜が破れるような歪な音。私は慌てて耳をふさぐ。それでも万力で頭を押しつぶしてくるような音は止まらない。私はカバンを放り投げて、床に吐く。 すると、バッグからミミが飛び出た。そして坊主頭に向かって一直線に突っ込んでいく。 音がやんだ。 何が起こったのか見ようと思って、ハンカチで口をおさえ、咳き込みながら頭を上げる。 ミミは見えない壁に阻まれ、宙返りして床に着地する。 坊主頭の前には、一つ目の磁石のような腕を持った物体が3匹浮遊していた。 思い出そうとするよりも早く、坊主頭がそのポケモンの名前を呼ぶ。「レアコイル、もう一度ソニックブーム」「やめて!」 私が叫ぶと、男は私に視線を移して、最初と同じ問いを私に投げた。「何色だ?」 本当のことを言うべきか。それともうそを言うべきか。でも、うそを言ったところで、得になるとは限らない。色の割合は一つの例外を除いて均等に配分されているのだから。うそをつくと、うそをついたという理由で殺されるかもしれない。だから、ここは、正直に言うしかない。大丈夫、3分の2の確率で、私は殺されない。だから、だから、「緑」 坊主頭は鼻で笑うと、こう答えた。「奇遇だな。俺も緑だ」 私たちは、ほぼ同時に次の指示を出した。「レアコイル、ソニックブーム」「ミミ! 二度蹴り!」 坊主頭に突っ込んでいったミミは強烈な音波に跳ね返されて吹っ飛んだ。そして、万力で締め付けてくるかのような歪な音。 頭が割れそうだった。万力で押しつぶされて、そのまま頭がつぶれて、私は死ぬのだと思った。視界がぼやけてきた。意識が朦朧としてきた。 ミミは必死に私を守ろうとレアコイルに向かって何度も飛んでいき、何度も弾き返された。そんなミミに、私はなんの指示もしてやれなかった。私の足元に落下したぬいぐるみのようなウサギを、私は混濁した意識の中でしっかりと抱きしめる。 もっとうまく隠せばよかった。もっとうまく隠れればよかった。大学の中で水を飲ませなければよかった。口の広い鞄を使わなければよかった。弱かったのは、きっと、ポケモンじゃなくて、私だった。「私があなたのトレーナーでごめんね」 ミミに謝る。最後の言葉になると思った。 ミミを抱きしめたまま死ぬのだと思った。 不思議なことに気が付いたのは、その直後だった。 私の言葉にミミが反応した。 ミミに謝った私の声が、ミミに届いていたのだ。 私は自分の耳を手でたたく。音が聞こえた。歪でない、普通の音が聞こえた。 レアコイルのソニックブームは止まっていた。 目の前には、炭のように黒くなった坊主頭の男と、レアコイルの残骸と、浮遊している巨大な鉄の塊。「このポケモンはジバコイル」 私の後ろから声が聞こえた。 飛び上がって振り返ると、トライアスロン選手のような男性が立っていた。スポーツマンのような体形ではあったけれど、しわの無いシャツの上に紺のベストを着ていて、律儀そうな一面も見せる。「ジバコイルはレアコイルの進化系。レアコイルのトレーナーに勝ち目はないよ。ポケモンの道具も全て一種類ずつしかないようだから、進化の輝石を手に入れることは難しいだろうしね」 ジバコイルのトレーナーは飄々として答えた。 私は凍ったように身動きできなかった。 私の心配を察したように、男は笑いながら言う。「そういえば知らなかっただろうね。あのレアコイルのトレーナー、本当の色は赤なんだよ。ただ、出会うトレーナー全員に勝負を仕掛けていたみたいだから嘘ばっかりついていて。で、私の色も当然赤。君には興味ないよ」「本当に殺さない?」「殺す方が面倒だからね。窮鼠猫をかむという言葉もある。不要な勝負は挑まない主義さ。なんでそんなに不安がるかな」「私が太ってるから」「は?」「ゲームの中で早くに死ぬのは、大概私みたいなやつでしょ。不細工だし」 ジバコイルのトレーナーは、おなかを抱えて笑いながら、こう答えた。「じゃあダイエットしたらいいじゃないか。それだけだよ。変わりたければ、自分で変わってみな。それじゃあそろそろ人も集まってくるころだろうし、僕は退散するよ」 男はジバコイルの上に乗って、入ってくるときに開けたのだろう、巨大な壁の穴から外に出た。私はミミを慌てて鞄に入るよう促して、集まってきた生徒や先生からミミを隠す。 先生から事情を尋ねられても、私はずっと呆然としていた。 私は生きているのだな、と、そのことばかり考えていた。 ◇「あ、あ。えーと、遺伝子というのは、私たち生物における設計図みたいなものなんですが、これを擬人化すると、話として分かりやすいので、ちょっと曲解になるんですが、遺伝子さんという人が私たちの体の中にいるという設定で話をしていきましょう。「生き物はいつか死ぬんですが、遺伝子さんは生物が子孫を残してくれる限り死にません。だって遺伝子は生物の設計図ですからね。設計図はずっと残って新しい乗り物がどんどん作られていく。優秀な遺伝子さんであれば、優秀な乗り物が作れて、その乗り物はいろんな場所に進出することができる。「ただ、一つ問題がありましてね、乗り物の設計図はたまに書き換えられてしまうんですよ。何の前触れもなく、突然ね。大概はそんなことが起こったら、粗悪品の乗り物ができてしまって、使い道がなくって、それまでですよ。でも、ですね。たまにその設計図の書き換えによって、すごくいいマシンが生まれることがあるんですね。これはもう偶然でしかない。けれども、偶然にならば十分あり得る。そんなスーパーマシンが登場したら、いつも同じ乗り物ばかり見ていた世界が一気に変わることがあるんですね。これが俗に“進化”と呼ばれるものになるわけです。「ああ、もうこんな時間ですか。それでは続きはまた来週にしましょう。お疲れ様でした」_
SBさんは大物ですとも、ええ。偽の青っていうことはつまり、つまりどういうことだってばよ(文章の体裁はあとからでもなんとかなりますから!大丈夫大丈夫。勢いでスレ立てしたら予想以上にみんな書きかけ溜め込んでてむしろ笑うしかないという(相変わらず?こっちとあっち、というか科学とポケモンを混ぜるのうまいなーって感心しちゃいます。時計草の時はあっちに科学が浸食した場合の話でしたけど、今回はこっちにポケモンが浸食してきたんだなって思ったらオラわくわくしてきたぞ!(同じ色は味方かと思いきや、同じ色だと戦わないといけないのか…。でも最後は違う色同士で戦うのかしら…。ていうか、赤、緑、ときたら青なんでしょうか。初代の色?うわあ、そう考えたらめっちゃわくわくする!あ、でも違ったらはずかぴー(第一話の彼?は何色なんでしょうか…。というかゲームの目的は?勝利条件は?説明しに来た人なんなの?一つの例外って?ああ、ああ、気になる。気になる!続き早う!!!!(泣)あんまり面白いから第一話に続いて感想書いちゃいました。いやほんと続き楽しみです。
超大物の砂糖水さんから2回も感想がもらえたよ!やったね!頑張る!ルールなどは、少しずつ明らかになっていく予定です。ちなみに、なんとプロットを書かないままでスタートしたので、色々ヤバイです。自分でも続きが気になります。続きどうしよう。ちなみに、書き溜めではなくて、勢いで書いているのですよ。ジバコイルとか書いてるときに突然現れて、ビックリしました(謎。こんな書きかたしたのははじめて。目標は大きく、一粒万倍日ごとに更新することです。アイディアが続く限り書いていきます。また読んでいただければ嬉しいです。リップサービスですが、続きをお楽しみに!
【一部過激な描写が含まれます】東京湾の毒吐き男 朝晩が寒く感じるようになった秋の日の午後、子供一人が歩いていた。男の子だった。ランドセルを背負っていた。おそらく小学1、2年生くらいなのではないかと思った。赤いランドセルを背負った女の子が走ってきて、少年のそばによる。俺はたばこを吸いながら、ぼんやりと下校途中の子供たちを見ていた。 少女は、大きくなったらお嫁さんになりたいと言っていた。一方の少年は、大きくなったら海賊王になりたいと言っていた。それを聞いた少女は大きな声で笑った。 小さいころの夢はなんだったか、思い出そうとした。 在りし日の夢を、もう一度見ようと思った。 無駄だった。 ◇「この言葉、知っているか」 サブウェイのエビアボカドを頬張っている、厚化粧の女に向けていう。女は「へ?」と口をもごもごさせながら、俺の方に振り返る。口元にソースがついていた。俺より5つ下の19歳だと聞いたが、化粧のせいで少し老けて見える。同世代だと言われても驚かない。化粧がなければ驚くほど幼く見えるというのに。その顔がじっと俺を見る。「人生はマッチ棒によく似ている」「は?」「厳重に扱うのはばかばかしい。厳重に扱わねば危険である」 女は口をとがらせてストローを吸う。アイスコーヒーの入ったコップが空になり、ゴボゴボと情けない音が吐き出される。女はコーヒーを飲み終えると、フム、と言って一瞬神妙な顔つきになり、そのあと俺に煙草をせがんだ。コンクリートの厚い壁に波がうち当たる。日は高く昇り、海が白く光っていた。 俺が煙草を一本渡すと、二本同時に箱から引っ張られ、うち一つを無理やり口に突っ込まされる。女は慣れた手つきで俺の胸ポケットから素早くライターを取り出すと、二本の煙草に火をつけた。「それって誰の言葉?」 煙を吹かせながら、女が言う。「芥川龍之介」「ふぅん」 女は煙を目で追いながら答える。「それを、このアリサさまに言うとはねぇ。私ほど人生楽しんでる女ってあまりいないと思うけど」「だから言っているんだ」「いいじゃない、私、強いんだから」 そういって、空中を浮遊しているケーシィの鼻を人差し指でつつく。狐に似たその生物は線のように細い目を自らの主人に向ける。アリサは狐の頭を右手で撫でた。「だから言っているんだ。特殊能力に頼り切っていると、いつか足元をすくわれるぞ」 アリサは俺の言葉を鼻で笑う。「つまんない説教ばかり垂れているから、あんなあだ名がつくのよ」 そして、片方の唇だけをあげる独特のしぐさをしながら続ける。「東京湾の、毒吐き男ってね」 言ってから、女は小さな声でつぶやく。ま、そんなところ、嫌いじゃないけど。 アリサの声をかき消すように、水が割れる音がした。 海の中から、花びらのような赤いツノが飛び出した。そして、毒ポケモンに似つかわしい紫と茶色の巨体が宙に浮く。 ドラミドロ。ニックネームはフレイヤ。俺のポケモン。最強の毒吐きマシン。「時間だ。それじゃあな」 俺にもたれかかろうとするアリサをすり抜けて、フレイヤのもとに向かう。 バランスを崩した女は、ケーシィに支えてもらい、かろうじてこけずにはすんだようだ。ヒールでコンクリートを踏む固い音がした。悪態をつかれるのを無視し、煙草を捨ててフレイヤの背中に乗る。 海の真上を飛ぶと、光に照らされて白く見えていた海の水も、隠れる場所を失って全面が緑に見える。これが、東京湾というものだ。 ◇ フレイヤの背に乗って東京湾を低空飛行しながら、女――アリサ――と会った日のことを思い出した。あの日も、今日のように良く晴れた日だった。 ひと月前のことだ。黒い鳥がニュースを騒がした翌日にフレイヤが現れ、ゲームのルールをその翌日に知った。その時現れた容姿の整った黒服の男。特徴を捉えづらい男。そいつを殺せたらどれだけかよいだろうと思う。しかし、それを想像することさえできない。その男の顔を思い出そうとすると、遠い記憶の向こう側にあるかのように輪郭がぼやけてしまうのだ。 その代りに、男に伝えられたゲームのルールだけは、鮮明に覚えている。 ルールは簡単。 ただのサバイバルゲームだ。 生きれば勝ち。死ねば負け。 翼の無い龍が宙を舞い、肉を切れば実際に血潮が飛ぶ、本物のポケモンバトル。 その勝負に、勝てばいい。 あまりにも突飛な話に呆然としている中、細身の男は話を続けた。 陣営は四つある。うち、赤・緑・青の陣営はほぼ同じ人数で構成され、その色の中で勝敗を決める。だから、色が違えば戦う必要はない。 一方、色が同じだった場合は、命を懸けた勝負が始まる。 俺は青だった。 正直にその通り答えると、アリサはぎこちなく笑いながら、言った。「私は赤。あなたとは仲良くなれそうね」 そういって、彼女は震えながら手を差し出す。俺はその手を取った。 汗ばんだ手だった。 あれからすでに一月。ゲームが始まって間もなくであったアリサは、当時とは状況が大きく変わった。 アリサの手持ちはケーシィ。ケーシィはテレポートくらいしかまともに使える技がない。相性の良い毒タイプとはいえ、ドラゴンも併せ持つドラミドロを相手にして勝つすべはなかった。それどころか、ほぼどのような相手であったとしても、勝つことは不可能であるように思えた。 しかし、彼女は画面の中の戦いと実際の戦闘は大きく異なることに気付く。 アリサがボスゴドラのトレーナーを葬ったことを聞いたのは、出会ってから二週間後のことだった。はじめにワイドショーでボスゴドラが消えたことが伝えられ、そのあとアリサに事の顛末を聞いた。 方法は単純。テレポートで相手を地上300mまで連れて行く。そして、自分はテレポートで地上に戻る。数秒後、対戦相手が落下して死ぬ。 ボスゴドラはどうやら上空でメガシンカしたらしいが、図体が大きくなる以上の効果はなかったようだ。巨大な体はトレーナーの死とともに消失した。隠れることのできない巨大なポケモンだったから、ゲームに優勝することはないだろうと思われていたものの、この死に方は誰も想像できなかったに違いない。 戦い方を知らなかった頃のアリサはいつもおびえて暮らしていた。反撃できないことをいいことに、色が違うトレーナーにまで目をつけられたらしい。それであればケーシィを隠していればよさそうなものだが、そういうところに頭は回らないようだ。いつもテレポートで逃げまわっていた。弱いということが伝わり、余計に目立つ存在となった。お陰で、アリサをかばう俺の存在も知られるようになってしまった。アリサを殺しに来た者たちを、何人も殺した。 毒吐き男に守られる、攻撃手段を持たないトレーナー。 それが一夜にして最強のトレーナーだ。 テレポートで一瞬のうちに近づかれて、文字通り間髪を入れずに300m上空に飛ばされる。空を飛ぶことができないポケモンのトレーナーに勝ち目はなかった。 アリサはそれがうれしかったらしい。今までの復讐とばかりに、色が違うトレーナーであっても手当たり次第に上空に連れて行き、全員殺した。 俺はそれをたしなめた。 サバイバルゲームには二つの勝ち方がある。 一つは、殺される前に殺すこと。 もう一つは、殺される前に、逃げること。 サバイバルゲームの勝利条件は殺すことではない。生き残ることだ。 アリサの戦術は相手によっては必勝に近かったが、ドラミドロのように宙を浮くことができるポケモンに効果はなかった。それに、コイルなど、飛行タイプでなくても宙を浮いて移動するポケモンは多い。相手を間違えば、逆に自分が殺されることになる。 それを言うと、アリサは自虐を込めた笑みを浮かべながら答えるのだ。「なんであんたが私の心配をするのよ。私が死んだ方が都合いいでしょ」 アリサと初めて会った日のことを思い出す。赤と言った後、握手をした時の汗ばんだ手を思い出す。震えながら差し出された腕を思い出す。 なぜ俺が、あの女の心配をしなければならないのだろうか。 フレイヤがいななき、目的地に着いたことを伝える。 サバイバルゲームにおいて、俺はいつも逃げるか守る側だった。 しかし、逃げてばかりはいられない。 ゲームには、もう一つ、ルールがあるからだ。 もうすでに一月たった。ゲームの前半戦は終わりに近づいている。時間はあまり残されていない。 俺は、ドラミドロに指示を出す。 ダイビング、と。 宝物は大抵、海中に眠っているものだ。 ◇ ダイビング状態になると、フレイヤの周囲に見えない膜ができる。その中にいる限り呼吸ができる。これは戦闘状態になっても続いた。 理屈は分からないが、考えても答えなどでないのだろう。 膜が張られたことを確認して、フレイヤに潜水するよう指示を出す。宙を浮くのと同じ体勢で、そのまま緑の水の中に入っていく。周囲に泡が立つ。膜の外側を緑の水が覆っていく。上を見上げる。青い空が緑に染まる。 東京湾には3つの顔がある。 一つは日の光に照らされた、キラキラ光る美しい海。 一つは真上から直視した、緑に染まった淀んだ海。 そしてもう一つ。 ここは大型タンカーも停泊する大きな港であり、汚染のされ方は尋常ではない。水中も当然緑に染まり、通常は5m先も満足には見ることができない。そんな東京湾であっても、潮の関係でごくまれに遠くまで見通すことができる日が来る。外湾からきれいな水が入ってくるためだ。もちろん緑に着色はされているものの、10m先がぼんやりでも見えるようになると、世界が変わる。 緑の空間の中に、突然巨大な柱が現れる。それはタンカーから荷物を引き上げるクレーンの支柱であったり、港に突き出した足場の骨格であったりした。コンクリートの柱には、貝やクラゲの幼体――ポリープ――がひしめき合っており、人間が作り出した建造物であったことを忘れさせる。 中心部に到達する。 最も工業排水が多い場所。最も建造物が多い場所。最も海中が入り組んだ場所。 以前、アリサと一緒に潜ったことがある。 その時アリサは、こういった。 まるで、見捨てられた神殿のようだと。 名も知らぬ海藻や貝類が付着した巨木の幹のような柱が均等な間隔で並ぶ。本来の用を失った足場が放置されて屋根のように引っかかる。その中を、濁った海に適用したクラゲだけが浮遊する。 魚も棲むことをあきらめた、忘れられた神殿。それが東京湾の三つ目の顔だった。 そこに俺は毎日潜る。 そして、検査キットを膜の外にそっと突出し、海水サンプルを保管する。 何のことはない。俺の本来の仕事は、環境アセスメント。フレイヤが来て、海水サンプルを得る場所が少し変わっただけのことだ。 仕事を済ませた後、俺は今日この日を待たなければならなかった私事を片付けに行く。このくだらないゲームの構造を調べるための、鍵を取りに向かう。 フレイヤに指示をして、俺は1か月前に突然現れた黒い穴へ向かう。 最初に潜水具をつけて東京湾に潜ったのは2年ほど前だった。それから2か月に1回、サンプリングのために潜っている。俺以外の社員は潜らない。本当は新入社員を鍛えるということだけのために行っていた行事らしいが、俺が潜るのを嫌がらないことがわかると、突然業務を増やした。誰もやりたがらない仕事は実入りも良いのだろう。俺の給料が上がることはなかったが。 それはともかく、フレイヤの潜航深度には遠く及ばないものの、何度も潜った海であるから、その構造は熟知しているつもりだった。 それが、変わった。 黒い穴は、船が接岸しやすいようにと足場を立てたその下に空いている。直径は2メートルほど。 穴の付近は極端に入り組んでおり、視界が開けた時にしか近づくことができない。しかし、確かに入り組んだフレームの隙間にぽっかりと、一匹の貝も海藻も付着していない異様な空間が広がっている。 最初に見つけたのはアリサだった。俺は明らかに異質な雰囲気を持っているその穴にアリサを近づけるのをためらった。そのため、その時はすぐに海上に戻った。 それから3週間。ようやくこの日がやってきた。 化け物たちが現れたと同時に出現した黒い穴。 東京湾に空いた異質な穴。 足場の柱にフレイヤを巻きつかせながら、少しずつ穴に近づいていく。 遠くから見ると点でしかなかった黒い穴が、実態を持って迫ってくるのを感じる。 アリサはその穴の先を、異世界だと主張した。こことは違う、別の世界につながった穴なのだと。そこからポケモンたちが現れたのだと。 この穴を塞げば、ゲームは終わるのだと。 もちろんその話を信じたわけではない。ただ、穴を調べることは有意義であるように思った。このゲームに関する情報を、何でもいいから手に入れたかったのだ。 俺は穴の入り口の横にフレイヤを固定させ、海水サンプルを取った。サンプルを鞄の中にしまった後、地上なら5キロ先からでも見えると謳った高輝度LEDライトを取りだし、穴の奥に光を当てる。 内部は完全な黒だった。 一切の濁りはなかった。光はどこまでも続いていく。 しかし、光はどこにも到達しない。 アリサの言葉を思い出す。異世界に通じた穴よ、あれは。 俺はフレイヤを支柱にくっつけ、膜の中に支柱を入れた。そして、表面が見えないくらいにびっしりと張り付いた貝殻を叩き落としながら、ロープをくくりつける。後は、ロープをもって、穴の中に入るだけだった。 アリサはいない。そもそも穴に入ることをアリサに言っていない。また会えるかどうかも分からない。別にかまわない。 ただ、あの女が死にさえしなければ、それでいい。 ロープを張る。柱から手を放す。穴に向かうようフレイヤに指示を出す。 しかし、その直後、フレイヤが何かに気が付き、小さくいななく。 穴の中ではなかった。 それは、緑に染まった東京湾の中に浮かんでいた。目に見えはしない。しかし、フレイヤの五感が確かにその存在を俺に伝える。 俺は小さく舌打ちする。邪魔が入ったと。 穴の向こう側に行くのはもう少し先だ。 なぜならば、その物体は、フレイヤが作ったのと同じ膜につつまれて浮遊していたからだ。 ポケモンとそのトレーナー。そう考えて、間違いない。 俺はため息をついて、フレイヤに戦闘の用意をさせる。 支柱に張り付いていた貝たちが腐って剥がれ落ちていく。 海がフレイヤの毒素で紫色に染まった。 状況開始。勝者は、生者だ。――東京湾の毒吐き男(後編)に続く__
東京湾の毒吐き男【一部過激な描写が含まれます】「ここまでコケにされたのは初めてだよ」 俺は大きな声で伝える。 少女は眠ったまま、目覚める気配がない。 残念ながら俺はロリコンではないため、美しい少女を見ても感慨は乏しく、残念ながらフレイヤは眠り姫の言うことには盲目的に従うらしく、俺にメリットのある選択肢は存在しない。 まぁ、死ななかったから良しとしよう。 これからのことは考えないことにしておいて。 ◇ 話は10分前にさかのぼる。 敵は二者いた。 一つは歩くような速度で穴へと向かう者。最初にフレイヤが気付いたのはこちら。しかし、もう一人、何かが近づいてきていた。それは蛇行しながらモーターボート並みの速さで泳いでくる。 最初の奴はおとりかと思った。それくらい、全くフレイヤを意識せずに進んでいく。もう一つも泳ぐことに必死になっているのか、こちらにはまだ気づいていない。恐らく、あとから来た方は、フレイヤではなく、最初に浮遊してきたトレーナーを追っているのだと思った。それならば、無理に戦う必要はない。 俺はフレイヤを静かに海底のヘドロの近くまで潜航させた。そして、トレーナーを守る膜の位置を修正し、俺はヘドロの中に隠れる。 ドラミドロはもともと海藻に擬態したポケモンだ。隠れるのは苦手ではない。それに、万が一気づかれたとしても、毒殺すればいいだけのことだった。難しい話じゃない。それよりも、ロープと穴の存在に気付かれる方が嫌だった。中に入ろうとしたら、殺すしかない。フレイヤに作戦を伝える。 ゆっくりと浮遊している方のポケモンが穴から20mを切るくらいにまで近づいた。明らかに穴の存在を知っている泳ぎ方だ。穴が目視できる距離に入る前に殺さなければ。 だが俺は、神経を麻痺させるタイプの毒を海中に少しずつ撒きながら、少し待った。 もう一つ、高速で泳いでいる方が追いつくまであと数秒。 二者が同じ場所に来た時点で、一気に毒素を吐きかけるのが得策というもの。 フレイヤの鼓動の高まりを感じる。あと一秒。 毒を吐くその直前、海が光った。 フレイヤの毒の色ではない。 もっと鮮やかで、明るく、穢れの無い色。 濁った世界に広がる、純白の光。 俺はとっさに目を覆う。フレイヤにヘドロに潜るよう指示を出す。 その刹那、爆弾を海中で爆発させたかのような衝撃が走った。海底のヘドロが巻き上げられる。光が一瞬にしてさえぎられる。 隠れることができた安堵と、穢れの無い光を見ることのできなくなった悔しさが同時にこみあげた。 衝撃は二回来た。一つ目は光の直後のそれ。二つ目は、水塊が壁にぶつかって跳ね返ってくる時の衝撃。ヘドロに隠れるために自分をフレイヤの下に位置させておいてよかった。もし仮にフレイヤの背中に乗っていたならば、膜ごと流されていってしまっただろう。 ヘドロが晴れると、オレンジ色のイタチのようなポケモンが浮遊していた。高速で追いついてきた方。フローゼルといったか。トレーナーは乗っていない。先ほどの衝撃で離れてしまったようだ。 この環境下で海中に放り出されることは、死を意味する。 数秒後、トレーナーが息を引き取ったのか、きょろきょろしていたオレンジのイタチは跡形もなく消えてなくなった。 海底に這いつくばったまま、緑の空を見上げる。 探すまでもなく、神々しい青い光に包まれた膜がすぐに見えた。 毒素を発射しようと思った。 フレイヤはとっくに準備できていた。 それなのに、俺は打たなかった。 打てなかった。 膜の中に入っているものを見てしまったからだ。 およそ、普通の人間とは思えなかった。 アイドルのような露出の多い青い服を着た、人形のように白い少女。目は閉じられたままで、それも人間味を感じさせない。 まぁ、そんなことはどうでもいい。殺す相手のことを考えるのは時間の無駄だからだ。 問題はそのあと。 眠り姫の連れているポケモンは、伝説のポケモン。マナフィだった。 ドラミドロでは特防以外で勝っている要素がない。戦いたいとは思わない。 色が違っていることを期待して、戦う気のないことを伝える。もちろん麻痺性の毒をばら撒きながら。 すると、マナフィがこちらに反応して手招きした。トレーナーは目を開けようとしない。 先ほどのパワーを見るに、攻撃するだけなら危険を冒してまで俺と近づく必要があるとは思えない。本当に戦う気がないのか。 対応を悩んでいると、フレイヤが俺の指示を聞かずにマナフィに近づき始めた。俺が止めようとしても従う素振りがない。 俺はもう一度大きなため息をついて、マナフィのトレーナーと接触する腹を決めた。 ◇ マナフィのトレーナーは眠っていた。 生死をかけた勝負のさなかに眠っているトレーナーは初めて見た。 殺されることはないものの、逆に俺が少女を殺すことができないことを見越しているようで少しイラついた。なお、麻痺性の毒は完全にシャットアウトされているらしく、マナフィが状態異常にかかっているようには見えなかった。 マナフィがフレイヤに指示を出した。ポケモンがポケモンに指示を出すというシチュエーションは初めて見た。フレイヤが感じていることはなんとなく俺もわかる。どうやらこいつらは陸に上がりたいらしい。自分で行けよと思いつつ、フレイヤの細い翼にマナフィと少女をひっかけて浮上する。 濁度が少しずつ上がっていく。神殿が緑のヴェールに隠れていく。 黒い穴は、もう見えない。 ◇ 日は沈み始めていた。 人目の少ない適当な場所を選んで着地する。防波堤の先端に近い。とりあえずここにマナフィを放置して逃げようと思った。 すると、ダイビングの膜が消え、中から出てきたマナフィがペコリとお辞儀をした。どうやら感謝しているらしい。よく意味が分からなかった。浮上するくらいならば自分一人でもできたはずだ。 俺はマナフィと眠りつづけた青い少女に背を向けて、退散しようとする。 しかし、フレイヤがついてこない。 どうしたのかと思ったが、これもマナフィの指示らしい。 陸に上がった間、こいつらのボディガードになれと、そういうことらしい。 それでお辞儀をね。 良くわからんが、海にすむフレイヤにとってマナフィの指示は絶対であるらしく、俺たちは日が暮れるまでそこに突っ立っていた。 そいつが待っていた使者は、夜の7時を回ったころにようやく表れた。 年老いた男だった。髪はぼさぼさの白髪で髭も長い。ちょうどゲームに出てくるAZに似ていると思ったが、そいつよりかは威厳がなかった。 ただし、そいつの隣にはバシャーモがいた。 そしてそいつは自身を赤だと名乗った。俺は青だと伝える。 それだけで十分だった。 俺は無言のまま、小さなAZに眠り姫を渡す。 そして爺とバシャーモは眠り姫とマナフィを連れて俺たちに背を向ける。 去り際に、爺が振り返って俺に尋ねた。「ポケモンは全て一種類ずつ配布されている。それなのに、なぜ晴れと雨が交互に来るのだと思うかね?」 しわがれた声だった。俺は質問の意図がわからずに黙っていた。小さなAZは答えを待たずに話し続ける。「それは、カイオーガもグラードンもいないからだ」 爺が咳払いしてもう一度俺に質問する。「ポケモンは全て一種類ずつ配布されている。それなのに、なぜ季節が変化しないのかね」 俺は答える。「ファイヤーもフリーザーもいないから。そう言いたいのか」「なぜいないと思うかね。なぜ現れないと思うかね。ゲームのルールは忠実に守られている。そう、一切の例外なしにだ。ゲームのルールは絶対。であるならば、答えは一つしかなかろう」 爺が赤子に読み聞かせるようにゆっくりとした口調で続ける。「みな、ゲームオーバーになったのだ」「死んだということか」「なぜ死んだと思うかね」 爺が訊ねる。 俺は口を開けない。 沈黙。 爺は俺の返事を待たずに答える。「殺されたのだよ。最後の一色に。赤でも、緑でも、青でもない。最後の一色に」 最後の一色。俺は小さく復唱する。「何色にも染まらぬ、無色にだ。一人しかプレイヤーがおらぬ無色にだ。全色を敵に回した無色にだ。殺されたのだよ。全ての伝説のポケモンたちは」 爺は俺の目を凝視しながらそう言った。 ゲームのルール上、最も謎が多い最後の一色。プレイヤーの配分も、戦う相手もすべてが異なっている。 無色。ゲームのルールを教えに来た黒服の男が説明しなかった最後の色。この色のことを、俺たちゲームのプレイヤーは無色と呼んでいた。 青、赤、緑、どれにも属さないたった一人のプレイヤー。 無色のプレイヤーは、同じ色のプレイヤーがいない代わりに、他の色全てと戦わなければならない。すなわち、すべてのプレイヤーが敵という訳だ。最も厳しいポジションにいるプレイヤー。そして、最強とうわさされるプレイヤー。 誰もであったことがないプレイヤー。 爺はにやつきながら手元の眠り姫を高く持ち上げる。「それなのに、この子は残った」 口が裂けそうなほどの大きな笑みを浮かべながら、爺は続ける。「ゲーム開始から一月が経った。サバイバルゲームの3分の1が過ぎたということだ。今までは個人戦。しかし、これからは団体戦が始まるぞ」 戦いに備えよ。爺は言った。 俺は反論する。「戦う必要なんてないだろう。逃げればいい」 爺はもう一度、口が裂けそうな笑みを浮かべる。いや、実際に口が裂けつつある。口の両端から血が出ている。俺は一歩後ろに引く。「三月(みつき)ルールを忘れたか。ゲーム開始から3か月後、すなわちあと2か月後、同一色に自分以外のプレイヤーが残っていれば、その色を持つプレイヤー全てが死ぬ。それが三月ルール。逃げる場所など存在しない」「そんなルールのために戦うのはごめんだな」 勝手にしろ。俺はそういってフレイヤの背中に乗ろうとする。「あの女は、お前の敵だぞ」 声と同時に腕を引かれた。 振り返ると顔から数センチしか離れていないところに、満面の笑みを浮かべたまま口が裂けて血が噴き出している爺の顔があった。俺は慌てて振り払う。フレイヤが俺をかばうように間に入った。「備えよ。備えるのだ」 爺が言うと同時にバシャーモがメガバシャーモにメガシンカした。 そして眠り姫とマナフィを連れて消える。 後には俺とフレイヤと口が裂けて血まみれになった爺だけが残る。 そして、爺はゼンマイが切れたロボットのように地面に崩れ落ちた。 東京湾は月の光を受けて、自らのヘドロを覆い隠そうとするかのように、青く白く光っている。 おれは爺を海に突き落とすよう、フレイヤに指示をした。何が赤だ。本人じゃない、ただの操り人形の分際で。「三月ルールなんて、くそくらえ」 俺は沈んでいく爺の体を見ながらアリサのことを思いだす。赤と言った後、握手をした時の汗ばんだ手を思い出す。震えながら差し出された腕を思い出す。 そして、アリサの言葉を思い出す。――なんであんたが私の心配をするのよ。私が死んだ方が都合いいでしょ――あの女は、お前の敵だぞ。「黙れ。知ってる」 俺はもう知っている。 俺はもう気づいている。気づいてはいけないことに、気付いてしまっている。 俺が守りたいのは、俺の敵。 俺が守りたいのは、俺と同じ色の女。 俺が守りたいのは、赤とうそをついた、青の女。 そんなの知ったことか。あの女のためならば、ゲームのルールの一つや二つ、俺の手で、変えてやる。「フレイヤ、溶解液」 船体をも溶かしてしまう強烈な溶解液がフレイヤの口から吐き出される。それは“穴”の有った場所の上に吐き出され、少しずつ足場が解け始めた。 外側のコーティングだけでも溶かせれば上等。 毒素で汚染された海に背を向ける。 フレイヤに乗って、東京湾を後にする。 ◇ 翌日、会社で海水サンプルの検査を依頼した。 本来の業務のためのサンプルに加えて“穴”から採取した海水サンプルの調査も依頼した。顔なじみの業者なので、つけてもらった。結果は一週間もたたずに得られた。「この海水、いったいどこから取ったんです? こんな化学物質見たことがない」 スーツを着た中年の検査業者の男が不思議そうに俺に尋ねた。 俺は検査業者の営業を鼻で笑う。 当然の結果じゃないか。 これは別世界につながる穴なのだから。 マナフィは、自分が生まれた海の底へ、長い距離を泳いで帰るという性質がある。人間の指示が得られない状況で、まっすぐに穴に向かって行ったことから考えて、穴の向こう側は、奴らの故郷に間違いない。 俺は確信を確かにした。 しかし、検査の結果はそれだけではなかった。 異世界につながる“穴”からは、人間が作ったとしか考えられない汚染物質もまた、大量に含まれていたのだ。 人間とはどこにいても毒をまき散らして去っていくものだ。 別世界に通じた穴から人間が作った汚物が出てきたとしても、なんら驚くには値しない。__
傍観者たち一面の傍観者。一面の傍観者。一面の傍観者。一面の傍観者。名もなき演者。あの人は一体誰だったのだろう。 ◇ 生命は宇宙からやってきたという説がある。 しかし、宇宙からやってきたその生命がどのようにして発生したのかは、誰も知らない。 人間の頭の中には小人が住んでおり、それが人間を操っているという説がある。 しかし、人の頭に住む小人がどうやって動いているのかは、誰も知らない。 かつて、意味という言葉について研究した哲学者がいた。 彼は意味という言葉の意味を変えることによって、それを定義した。 そのため、彼の定義する前の意味という言葉の意味を知る者は誰もいない。 私にはもう時間がない。 私は答えを見つけたい。 私は、このゲームの意味を見つけたい。 考えると額のしわがさらに増える。あと数年で定年退職。それでも、一刑事として、この事件を終わりにしたい。 このゲームを、終わりにしたい。 そのためならば、手段は問わない。 もう一度言おう。 手段は、問わない。 答えを見つけるためならば。 ◇ ゲーム開始は1月前。 ゲームの開始日に、鳥が降り立った。黒い鳥が降り立った。黒い鳥は東京を破壊し、去った。そのあとに、画面の向こうのお友達が現れた。 巨大なモンスターもいた。小さなモンスターもいた。電気を流すモノもいた、炎を吐くモノもいた。そうやって、本来画面の向こう側にしかいないはずのモンスターたちは、人間と協力して人間を殺し始めた。 プレイヤーは赤、緑、青の3色に分かれて争う。そしてもう一色。 プレイヤー同士が出会うと、生死をかけた戦闘が行われる。戦闘は常に発生するわけではない。プレイヤーは戦闘することを義務とされていない。逃げ続けることも可能である。ただし、戦闘をしたいと思われるインセンティブが用意されている。 それが三月ルール。ゲーム開始から3か月たつと、同じ色のプレイヤーがほかにいた場合、その色のプレイヤーはすべて死んでしまう。そのため、プレイヤーは同じ色のプレイヤーがいた場合、それを殺す方が得策である。 あるいは、戦えば3か月が経つ前に死んでしまうと思うのならば、逃げ続けるという選択肢もある。1月で死ぬのと比べれば3か月後に死ぬ方がましなのかもしれない。 ◇ ゲームのもたらす影響は、プレイヤーだけにとどまらない。巨大なモンスターが街を歩けば、当然建物は崩れるし、人的にも多くの損害を被る。 しかし、大きなモンスターはすでにほとんどが死んでしまった。隠れることの難しい巨大なモンスターはサバイバルゲームにおいて不利であったのだろう。 一方、小さなモンスターでも多くの人間を殺すことは可能である。それは例えばゲーム開始2週間後に見られた、人食いの行動にもみられる。この件では蜘蛛型のモンスターが網を張って人間をとらえ、無差別に食い続けた。これは東京在住に限定されると考えられるプレイヤーを殺そうとしたことが動機と考えられる。 なお、この犯人はまだ捕まっていない。警官二人を殺害したうえで、逃走中である。 私の部下を二人食ったうえで、逃走中である。 私の息子と同い年の青年を食い殺したうえで、逃走中である。 私の息子と同い年の……。「田辺課長、渡邉部長がお呼びです」 私は現実世界に戻る。PC画面の向こう側にはだれもおらず、警視庁のポータルサイトが表示されるのみである。 ワタナベ。タナベという私の名前とよく似ているが、一文字多い。一文字分、お前は足りていない。渡邉はよくそういう。何が足りていないのかとかつて聞いた。思慮分別、と渡邉は答えた。 思慮分別。 いらない。そう思った。 この世界に唯一存在する絶対正義の名のもとに、私はこの街を守る。 汚れきったこの街を。 この街がこの街でいられるように。 携帯が鳴った。古い折り畳み式の携帯電話が光りながら音を出す。 私は受信ボタンを押す。 小さな機械の向こう側からかすれたような声が聞こえた。 出ました、と。モンスターが、出ました、と。 どこにだ、と聞く。 屋上、と部下は答えた。そして通話が途絶えた。ボタンを押して切ったのではないことは、電話が破壊される音を聞けばすぐにわかった。 ◇ テロとの戦いを旗印にアメリカは狂い始めた。我が国もすこしずつ、右に偏り始めた。 最初は少し傾いている程度だった。もっと偏ってほしいと思う人もいた。元に戻ってほしいと思う人もいた。拮抗していた。 拮抗はある日突然終わった。 きっかけはなかった。 ただ、世論が傾いた。 それはマスメディアが原因かもしれなかったし、ソーシャルメディアの責任かもしれなかった。原因は誰も追及しなかった。傾いたそのあとでそれを調べることに意味がなかったからだ。 そして、我が国は傾いた。 今はまだ、軍隊は存在していない。 しかし、警察が力を強めたのは間違いがなかった。 私はそれに不満だった。正義という言葉の意味が変わりつつあったからだ。 かつて、正義とは、弱きを助けるものだった。 今では、正義とは、強者をくじくものとなった。 なぜ、永久不滅の正義の定義を捻じ曲げようとするのか。酒を飲みながら大学時代の同級生と語り合ったことがある。たしか、あの男は辺鄙な情報系の大学で進化について教えていたはずだ。役職は准教授だった。一生「准」はとれないよと笑っていた。 その准教授は正義の意味が変わることについて、憤りを感じてはいないようだった。私はそのことを怒った。すると、奴は、こう答えた。「生き物は常に変化する。例えば、お前の体も毎日古い細胞が死んで新しい細胞が生まれている。その新しい細胞は、当然お前が食ったものから出来上がっている。そして死んだ細胞はお前の体から出ていく。つねに体の中身が移り変わっている。だからこそ、お前は死なずに生きているのだ。もしもお前の体が変化をやめてしまえば、お前は死ぬ。お前にとってはその方がより大きな変化だと感じるだろう?」 何が言いたい、と詰め寄ると、奴は熱燗を一気に飲み干した後、こういった。「とても大きな変化を止めるためには、小さな変化が必要なのさ。絶え間なく続く、小さな変化が」「この国の正義が変わることが、小さな変化だと?」「この世界が終わることと比べたら」 そしてアッハッハと笑いながら、動的平衡だのナッシュ均衡だのと意味の分からない単語を羅列し始める。いつものことだった。私は聞くのをやめて、じっと警察手帳を見つめる。 私は、私の正義を信じる。 携帯電話からはツーツーという機械音だけが聞こえる。 ◇ 本物の銃を使った警官は昇進できないと言われている。そのため、警官はいつもガス銃を持っている。ガス銃ならば撃っても昇進できる。使えばデモを起こす若者を検挙して成績があがる。 そんなことはどうでもいい。「銃を持ってこい」 私は部下に指示した。 警報の音。 18階建ての警視庁の屋上に正体不明のモンスターが降りたと。 特殊警備班が向かったと。 冷静に対処しろと。 興味はなかった。 私は音を立て、薄暗い非常階段を駆け上がった。 ◇ 部屋は暗い。PC画面だけが白く光っている。俺は画面からアラートを拾い上げる。良い知らせではない。「まずいことになった」「どうしたのかしら」「“蜘蛛”が危ない」「アリアドス? デンチュラ?」「アリアドス」「ま、どちらでも構いませんわ。死ぬならば、死なせておけばよいのです。敗者は死者なのですから」「“蜘蛛”はゲームのルールにのっとった死に方をしない」 そこでカイバ女史は赤く塗られた爪を咥えながら少し考えて答える。「何があったのかしら」「傍観者が動いた」「協定は?」「破られた」「責任者には処罰を」「傍観者には?」「舞台からの退場を」「如何様に?」「私たちの“持ち物”で何とかしましょう。そうね、アリアドスも一緒に殺しておきましょうか。そうすれば、ゲームの敗者として死ぬことができるのですから」 俺は頷き、“黒い鳥”にアクセスを開始する。 地図上にポイントを打つだけの、簡単な仕事だった。 ◇「モブって知ってる?」「ゲームの奴?」「そう。それ」「それがどうしたの?」「あれさ、語源は知ってる?」「知らない」「語源はね……」 ◇ 都内16階建てマンションの13階。4Kのテレビ。46型。12万5千4百円。 部屋の電気はついておらず、テレビ画面が唯一の光源。 ニュースのキャスターが伝える。 警視庁屋上に怪物が現れた旨。 特殊部隊をかき分けて、初老の男が怪物に向かって走っていく様子。 そのあと現れた、イベルタルと呼ばれる黒い鳥。 破壊された後の警視庁舎。 勇敢な警察官の訃報。 そして最後に一つの続報。 ◇「メタゲームって知ってる?」「新しいゲームソフト?」「違うよ」「何、それ?」「ゲーム」「は?」「ゲームに関するゲームのこと。Game about game.」「は?」「ゲームという存在そのものがフィールド。ゲームという存在そのものがプレイヤー。ゲームという手駒を使って、ゲームというフィールドで、ゲームを行う、一階層上に存在するゲームのこと。それがメタゲーム」「よくわからないなぁ。ポケモンやらない?」「対象となる“その”ゲームを行う前にすでにして開始され、すでにして終わっているゲーム。それがメタゲーム」「で、ポケモンはするの? しないの?」「するとも。それはもうすでに始まっているのだから」 ◇「えー、では、進化について、もう少し詳しく説明しましょうか。進化には方向性があるように見えます。たとえば、体が大きくなると、体の体積当たり表面積比が小さくなる。なので、放射熱は低くなり、単位体積当たり消費エネルギーは小さくなる。平たく言えば、ゾウ1トンとネズミ1トンとを比べたら、ゾウさんを一匹育てるほうがよっぽどコストが低いということです。小さいのはコストが高くつくんですよ。燃費が悪いというかね。それでたとえば島の法則って言われるんですけれど、小さな島に漂着して進化した生物は巨大化することが多い。ガラパゴスゾウガメとかね。それはなんでかっていうと、敵がいないんだったら都合の良い体にしたほうがいいから。都合がいいっていうのは、要するに体を大きくするってことです。逆にでかすぎる奴は小さくなる。ちょうどいい体の大きさっていうのがあって、それを目指して進化していると。「それじゃあ生物はみんなおんなじ大きさになるのかっていうと、でもそういうわけではない。小さくなる時もある。大きくなる時もある。それはね、進化っているのは後出しじゃんけんだからです。方向性があって進化するわけじゃあない。適当に、みんなてんでんばらばらな大きさになって行って、でも良くない大きさになった奴はバカだから死んじゃう。正しい大きさになった奴が生き残る。だからみんな似たような大きさになる。「てんでんばらばらな大きさにみんな変化するっていうのが大事。その結果が取捨選択されて、強いやつが生き残る。強いって言葉の意味も周囲の環境によって変わる。でかいのが強いのか、飛べるのが強いのか。だから、本当に最強を探すためには、いろんなタイプのを試してみるのが必要なんでしょう。で、環境中にほっぽり出してみて成果を確かめると。うん? え? 講義時間過ぎてましたか。あぁ、それはすいませんでした。えー、出席カードは前に出しておいてください。それではまた来週」 ◇ ニュースの続報。 髪をそろえた女性キャスターが伝える。 “蜘蛛”のトレーナーは、黒い鳥の放つ黒い球が着弾する直前、すでに警官の放った銃弾に当たって死んでいた旨。 “蜘蛛”を殺したものは、厳密には鳥ではなく人間だった旨。 伝えたのち、ニュース移る。明日の天気について。天候は晴れ。降水確率10%。最高気温の前日との差、−3度。 次のニュース。---
こんにちはSBさん。あの、逆行です(どの逆行だよ)。「ゲームのルール」読ませていただきました。実はSBさんの隠れファンであります。第一回目のポケスコのときからずっとSBさんの小説が好きでした。第一話の主人公が、自分が助かるために他の人達に向かってサイケこうせんを放つ様は、「蜘蛛の糸」のお話を彷彿とさせました。とはいえ、これは生き残るための行為ですので、仕方がないとも言えると思います。マグカップが割れたときのためにもう一個買っておくなど、この主人公は真面目な性格であることが分かります。なのでサイケこうせんを命令した後は、ひどく後悔したことでしょう。罪滅ぼしのためにミルクを与える行動は、極めて納得感がありました。冷静に考えると、こんなことができるほど余裕がある精神状態ではないんですけどね。こういう不思議な世界観であるからこそ、読んでいる最中にそういうことを考えさせないんだなあと思いました。第二話になって、ようやくこのゲームのルールがわかってきて、ここからかなり面白くなってきました。僕も情報系の大学に行っているのですが、二話の主人公が通っている大学と環境がすごく近かったです。オタクが多かったりとか、後田舎に学校があったりとかコンビニまで10分かかるとか、なぜかうちの大学と共通している部分が多かったです。と、それはさておき。このゲームはかなり運にも左右されますね。どのポケモンがパートナーになるのかとか。ミミロルも確かに強いポケモンではないですけど、コンキングがパートナーになった人間とか、最初どういう心境だったのか気になりますね(笑)。後大きいポケモンが不利という意味では、ホエルオーとかを渡された人間とかもあまり幸運ではなかったという感じですかね。ケーシィはずいぶんエグいことをしてきましたね。上空300mから落とすという戦法は、このゲームならではでなるほどなと思いました。このケーシィに勝てるポケモンは今度表れるのでしょうか。やっぱり飛行タイプや特性ふゆうを持ったポケモンが天敵ですかね。アリサには死亡フラグが立っているような気がするのですが、果たしてどうなるのか……。そして第四話では、ルールを破壊する人がでてきましたね。「モブ」の意味を調べて見たんですが、これは驚きました。こんな意味があったんですね、知らなかった……。ここに注目したSBさんはすごいです。自分なりの正義を貫いて、他人を殺してしまった警察官ですが、彼も今度どうなるのか非常にきになるところです。正直なことを言うと、この話を一回読んでだけでは理解できず、二回目でようやく理解できました。決して分かりやすい話ではないけれども、読み終わった後に、もう一回読んでみようという気持ちになるんです。これはどういう意味なんだろうと考えながら読む。そんな楽しみがSBさんの小説にはあると思っています。では、これからも更新の方頑張って下さい。それでは失礼致します。
逆行さん。コメントありがとうございます。ファンって言ってもらえたのは書き始めてから初めてで、小説を書き始めてからたぶん今日が一番うれしい日です。嘘じゃないです。ありがとうございます。今はすこし訳あって書き進めることができないのですが、これだけは約束します。2015年12月31日23時59分までにこの物語を完結させます。この物語は、絶対に放置しません。これからもよろしくおねがいします。
【一部過激な描写が含まれます】海の向こうの遠い国「キラキラ〜! くるくる〜?『突然の出会い!ミラクル☆アイドルスカウト!』って感じだね!」 気を失っていた可憐な少女は、目を覚ますと俺の腕からするりと降り立つ。1回転して振り返ったのち俺に向かってうやうやしくお辞儀をして礼を言う。そして俺の顔を覗き込み、再度一回転したのち出たのが先の発言だった。 意味が分からなかった。 でも、悪い気はしなかった。「ロックだな」 俺は言う。 少女は同意して笑う。 ◇ この町は狂い始めた。 人が死ぬことに鈍感になった。 町のショーウィンドウ。テレビ画面にポケモンの映像が映る。 メディアではゲームの勝ち負けを頻繁に取り上げた。負けたプレイヤーを顔写真とともに公開し、負けた理由を評論家が解説した。負けた人間は、死者であるということに注意を向ける者はいなかった。 ジバコイルを連れた真面目そうな青年が、髪を金色に染め、耳にいくつものピアスをしている男のゴウカザルに殺された。そのサルはある日、空から落下して死んだ。「ポケモンバトルには相性があります。ただ強いというだけでは勝てないというのが、このゲームの難しいところなのですね」 髪の毛をぼさぼさにして天才肌を装った平凡な評論家がそう言った。「ロックじゃねぇ」俺は言う。 ガラスに映った自分の顔を見て、茶色く染めたやや長い髪を整える。 サングラスをかけて、4年前に買ったエレキギターを担ぐ。 存在すら忘れられた裏路地。新しい広告を張ることさえ皆がためらう汚れた壁。開けると毛が逆立つような音のする扉。点滅する裸電球。そこを抜けると、俺たちの場所がある。「ロックかぁ!」 コンサートはすでに始まっている。 演奏の途中、サビがながれるど真ん中。俺は小学校の教室ほどの大きさの小さなコンサートホールに大声を出して入る。 演奏が止まる。 観客の視線が一斉に俺に集まる。 俺はケースからギターを取り出す。「第二幕、始まるぜぇ!!」 慌ててアンプのコードを持ってきてくれた友にウインクし、おれはギターを派手に鳴らす。 ステージのメンバーがそれにこたえる。 そして一拍おいて、観客が、そしてこの部屋全体が一つになる。 ロックで語るは、俺たちのこの世界。 嘘偽りも何もない。本音だけで語る、俺たちの世界。 第二幕が始まった。 ◇ 嫌いなこと、ね。仕事以外に何があると? もちろんそんなことは上司に言えない。カイバ女史は機嫌を損なうと大変怖いのだ。「やはり、ゲームの規律を乱す者はあまり好ましいとは言えませんね」 私の仕事が増えますから、というセリフは飲み込んでおいた。「じゃあ、ちょうどよい仕事があるわ」 カイバ女史は言う。「また”介入”ですか? これは最小限に抑えるとの話では……」「あら、知らないの? とても大きな変化を止めるには、絶え間ない小さな変化が必要なのよ」 俺は同意する。ため息はつかない。あくまでクールに作業に当たる。 取り乱すことは、私のキャリアに響くだけでなく、下手すると命にもかかわるのだから。 ◇「今日もありがとうな」 コンサートの後、俺はひときわ体格のいいリーダーに礼を言う。「ったく。あのタイミングで入ってくるとはな」 まぁ、お前らしい。リーダーは続けた。 東京にあるFランクの大学の軽音部。メンバー5人、アシスタント1人の小さなバンド。しかし、夢に向かって着実に進んでいく。CDもインディーズレーベルで発売された。まったく売れなかったが、これからだ。おれは就活をするつもりはなかった。 プロになれる。俺は本気でそう信じている。 テンプレかもしれない。しかし、テンプレ通りに動くのはロックじゃねぇ。テンプレだとそろそろ現実を見始めるころだ。平凡な幸せを追い求めるころだ。それでも、俺はロックに打ち込む。それがロックってもんだ。「あの、ごめん、話があるんだ」 ギターの山本が小さな声で言う。 俺はその続きを促す。 俺は認めたくなかった。でも、想像できることでもあった。どこかのテンプレートからとってきた三文芝居のように、マニュアルに従って動くコマのように、俺たちの生きたバンドも少しずつ硬直していくのかもしれない。そんなことはないと振り払おうとした。自分をだましているだけなのかもしれない。それでも俺はロックの可能性を信じた。 俺たちは山本のために、そして4人に減ったこのバンドのために、夜まで飲み明かすことにした。 俺にとって、音楽がこの世界のすべてだった。音楽のない人生はありえなかったし、俺の作るロックがこの世界を変えると信じていた。 この日、山本はあまり飲まなかった。CDの販売に最も喜んでいたのは背の低い山本だった。バンドに入る前、山本は太っていた。しかし、バンドのために痩せた。好きだったという地下アイドルとも別れを告げた。そして誰よりも早く部室に来て、黙々と練習を続けていた。その山本が、就活を選んだ。 それでも、俺は山本を責めなかった。 お前は、お前の信じる道を生きろ。そう言うと、シラフに近かったのにかかわらず、山本は号泣した。 山本の本気を、俺は知っていた。だから、俺は引き止めなかったし、それでも、俺は、ロックを続ける。「俺は東京から出られなかったけど、お前らは世界で有名になれよ!」 山本が俺たちに言った。 そういえば、俺たちの活動は常に東京都内だった。 東京都から出たことは一度もなかった。 このメンバーで東京から出た記憶がなかった。 メンバーと別れ、俺は駅から20分以上離れた場所にある自分のアパートに向かった。 築34年の木造アパートの前で、声をかけられた。「お前、何色だ?」「は?」 振り返ると唇と化粧の厚い女が立っていた。目は細く吊り上がっており、濃いアイラインが塗られている。年は20半ばか。黄色のテカテカする派手な服を着て、爪が真っ赤に塗られていた。「あら、トレーナーじゃないの。今日はトレーナーが多かったからもしかするとと思ったけど。ま、いいわ。おい! デンチュラ! 腹が減っていればこの男も喰いな」「おい! まて!」 プレイヤーの中には無差別に襲ってくる奴もいるとは聞いていたが、こんな夜中に出くわすとはついてねぇ。デンチュラといえば蜘蛛のようなポケモンで、ゲーム内でもなかなかの強キャラとして通っている。 だがしかし、「ロックだ」「は?」 蜘蛛女は俺を見下すようにして言った。俺は反応しなかった。生きて帰るのが今の状況で最も大切なことだったからだ。何があっても最後まであきらめない。それがロックだ。 背後で重い音がした。振り返ると、黄色の巨大なクモがすぐ後ろに立っていた。屋根かどこかから降りてきたらしい。 おれはギターケースを肩から外して握りなおす。武器がないよりはましだ。 蜘蛛はじりじりと俺のほうに近寄る。俺は距離を保つため、じりじりと後ずさりする。 大量に飲んだ酒が胃から逆流しそうになるのをこらえる。汗が出るのは暑いからだと思い込む。この震えは武者震いだ。 足が道の端の排水溝を踏む。後がない。 逃げられないなら、立ち向かうまで。 俺は攻撃を仕掛けるタイミングを計った。 ギターケースのリーチを計る。蜘蛛の攻撃を脳内でシミュレートする。こちらから攻撃できるよう、逆に間合いを詰める。 不意に均衡が破られた。 蜘蛛がそっぽを向いて歩いていく。「別の獲物が見つかったの。運がよかったね、あんた」 それに、と蜘蛛女は続ける。「あんたの顔、結構タイプだから、殺すには惜しかったかも。あ、糸でからめてそのまま持ち帰っちゃえばよかったのかな」「無理やり連れ込むのはロックじゃねぇ。俺がほしけりゃ、蜘蛛の代わりに偽りのない愛を持ってきな」「あんたの性格ウザそうだからやめとく」 じゃあね、と言って女は立ち去る。 俺は、ギターのケースを下して、深呼吸した。 そして、廊下に刺さっている鉄パイプを抜き取って自宅に戻り、ギターを置く。 鉄パイプを持ち、家を出る。 他の奴らを見殺して助かるのはロックじゃねぇ。 俺は蜘蛛女の獲物を探すため、夜の街に繰り出した。 ◇ 朝も昼も夜もない。 アラートが鳴った時が仕事が始まるとき。保守とはそんなものだ。先輩にあたるカイバ女史が言う。 そして、とても大きなアラートは開始1か月後に発生した。計画に全く入ってこなかったとても大きな課題が、赤いビックリマークの「重要」というタグとともに、課題管理表に燦然と輝いている。 とても大きな課題をなくすために、それ以外の小さな問題には目をつむりなさいと、そういうことであるらしい。 0.5か月の間、私たちはそれを放置した。 今回、最小限のコストでそれを解決できるかもしれないからと、私たちは規則をいくつか破って行動に移すことにしたのだ。 ◇ この鉄パイプはただのパイプじゃない。その証拠に、先が少し赤黒くなっている。アパートの歴代の先輩がいつもケンカの相棒にしていた代物だ。 しかし、鉄パイプに血を吸わせる相手がいない。 蜘蛛女は見当たらず、あれだけ目立つ黄色い巨大蜘蛛もまったく姿を現さない。 叫びたかったが、呼んで出てくるとも思えない。 仕方なく路地裏を徘徊していると、山本に出会った。ついさっきまで開いていた送別会の主賓だ。もうすぐバンドをやめて就職活動をする山本。そいつが、ごみ箱をあさっている。「山本……?」 俺が声をかけると、山本は盛大にごみ箱をひっくり返した。そして慌てて大きなごみ袋を後ろに隠して俺と向かい合う。「なんだ、高田か……。何やってるんだ」「それはお前に聞きたいが。それはともかく、デンチュラってポケモンがこの辺りをうろついている。気を……」 気を付けろというより前に、山本が叫んだ。「加奈子が来たのか!」「あの蜘蛛女、知ってるのか?」「違うんだ! 俺は頼まれただけなんだ!」 山本は顔面を蒼白にし、唾を飛ばして叫ぶ。「オレがやったんじゃないだ! オレが悪いんじゃないんだ!」 明らかに普段の山本と違うその様子をみて俺は言葉を失った。たった数時間空いただけだ。それでここまで人が変わるものなのか?「金はやる! だから加奈子には言わないでくれ!」 そういって、山本は俺に札束を押し付けて走り去っていく。 俺は少しの間呆然として、そのあと札束を放り投げ、山本が残していったごみ袋に目をやる。 その形状をみて、まさかと思いながら袋を持ち上げようとする。とても重い。 空気穴が開いている。蜘蛛女が近くにいないことを確認しながら袋を破いていくと、中からアイドルのような露出の多い青い服を着た少女が現れた。 現実感がまるでない姿だった。目の大きさは、身長は何センチで、髪の色にスタイルに胸の大きさはどうなのか。そんなことはどうでもいい。ただ「美少女」というカテゴリに入れるために作られたお人形。そんな気がした。 この人形は誰で、なぜ山本につかまっていて、ごみ袋から出てきたのか。まるで意味が分からない。もしかすると、本当に人形であって、本物の人ではないのかもしれないとさえ思った。山本はドールを運ぶバイトをしていただけ。そう思えばいいのかと思った。「10万ボルトォ!」 蜘蛛女の声だった。俺は瞬時に身を伏せる。しかし、雷撃は隣の路地から響いた。別の相手と戦っているらしい。「このニワトリがぁ!」 加奈子とよばれる蜘蛛女は別のポケモン――おそらく鳥ポケモン――と交戦中らしい。巻き添えを食らうと命が危ない。あの女から逃げるのが最優先のはずだ。俺は我に返って少女を担いで走り出す。状況を理解するのは後回し。まずは生き残ることを考えたほうがいい。 自分のアパートまであと少しというところで少女が目覚めた。本物の人間だったようだ。しかし、冷静に考えると、意識を失った少女を担いで走っている俺は相当アブナイ。すこしビビってしまったが、少女はそんなことは気にしていないようだった。 困惑する俺を完全に無視して、少女は俺の顔をしげしげと覗き込み、くるりと優雅に一回転する。そして、まったく今の現状に似つかわしくない言葉を歌うように口にするのだ。 「キラキラ〜! くるくる〜?『突然の出会い!ミラクル☆アイドルスカウト!』って感じだね!」 ◇ 六畳一間の汚い部屋に二人で入った。落ち着かせようと思ってペットボトルのジュースを注いで彼女に渡す。テーブルはないので、カップは床に置いた。置いたときに中身が少しこぼれた。焦るなと自分に言い聞かせて床をティッシュでふく。家に女を呼んだ事はたびたびあるが、今回は少し事情が違う。青い服の少女は笑顔でジュースを受け取った。 驚いたことは2つある。 一つは、この少女がポケモンについて非常に詳しかったこと。詳しいを通り越してポケモンを育てていたことさえあるらしかった。それなのに、彼女はこのサバイバルゲームについて何も知らない。 二つ目は、ロックという言葉を彼女が知らなかったこと。「じゃあなんで”ロックだな”って言ったときに同意したんだ?」 俺がそう尋ねると、なんとなくそれっぽかったという返事が返ってきた。残念ではあったが、ロックという言葉だけで通じたということは、ロックの価値を高めることなのかもしれない。 対して驚かなかったこととしては、彼女が現役のアイドルだということ。これは見ればわかる。アイドルが目の前にいるということは驚くべきことだが、彼女がアイドルだということは驚くべきことじゃない。「しかし、なんでごみ箱に入ってたんだ?」 そう尋ねても、彼女は何も知らないらしかった。 山本のことも、デンチュラのことも何も知らないという。 じゃあ次の質問。君はどこから来たんだ? しかし返事はない。そして、ボンヤリとした風に、彼女は答えた。 遠くの方、と。 ◇ データを消すのが目的だった。 データを消すために、必要なアプリを中に入れた。 そしたら、消すのがすごく困難なデータまで中に入りこんでしまった。それが今回の課題。システム設計してデータ移管した奴らが悪い。 まぁ、そのデータは俺が消すとしよう。で、最後に残った「データを消すためのアプリ」は一体誰が消すのだ? データを消すためのアプリを消すためのアプリを入れるというくだらない冗談はやめてほしい。 この問題の答えを知る者はいない。カイバ女史には「あなたが自分の手で消しなさい」と言われそうで嫌だったので、聞いていない。 ◇ 心地よい疲労とともに俺たちは眠りについた。 別に肉体関係を持ったわけじゃねぇ。しかし、考え方によってはよりディープな関係になったといえるだろう。 俺たちは、曲を作った。 歌って踊れるロックな曲を。 少女の危機感のなさは異常なほどだった。 デンチュラににらまれ、命の危険を感じた俺とはとらえ方が違うのかもしれないが、それでも誘拐された少女の態度とは思えない。 付き合いきれねぇと最初は思った。 しかし、1時間もたつと、彼女のペースに巻き込まれていた。 彼女は天才的に歌と踊りがうまかった。しかし、うぬぼれるのではなく貪欲にロックについての知識、技術をせがんだ。ロックを取り入れたいと彼女は言った。俺はそれを手伝った。 五線譜が書ける、自分で踊りの振り付けを考えられる、自分の行動が観客に与える影響をつぶさに分析し、コードを導いていける。もはやアイドルというのが失礼なくらいの能力だった。俺はそんな彼女の熱意にこたえたいと思うようになった。蜘蛛女のことは頭から抜けてしまっていた。 そして、一つの曲が出来上がった。 激しくて、でも投げやりでない。 静かで、でも心に突き刺さる。 新しくて、でもどこか懐かしい。 真に言いたいことを慎重に選び取った音と言葉と踊りが作り上げられたのだ。 俺は満足だった。 とても充実し、満ち足りた気分だった。 俺はきっと、これがしたくてロックを続けていたのだろう。毎日でも彼女と一緒に曲を作り続けたいほどだった。 でも、それは無理だと心のどこかでは気づいていた。 彼女はどこか、現実離れしていたから。 幸せな今もきっと、現実ではない。 朝、少女は旅立ちを告げた。 迎えが来たと言っていた。 俺は、迎えが来る場所まで一緒についていくことにした。 感情が抑制されたかのように、俺は彼女の言葉に従った。 風は冷たく、少し肌寒い。木も葉を枯らし始めている。 俺たちは東京湾につながる多摩川に来ていた。河口から最も近い橋の根元。左右には緑地が広がり、野球やサッカーのできるグラウンドが整備されている。 普段は散歩やジョギングでにぎわう多摩川緑地には、誰もおらず、朝焼けが作るたった二人だけの影が細く長く伸びていた。 川から青い物体が飛び出してきた。たしかマナフィという名前のポケモンだったはずだ。 そいつの背中に少女が乗る。 しかし、その直後に少女はマナフィから降りてきて俺のもとに駆け寄り、頬に小さくキスをした。 そしてうつむいたまま走り出し、マナフィに乗る。 マナフィは透明な空気の壁を作り出し、少女をすっぽりと包んでから、多摩川の深くへと沈んでいった。 少女とマナフィが完全に見えなくなってから、俺は正気を取り戻した。 なぜ俺は彼女を行かせたのだ? 蜘蛛女は? 蜘蛛女と戦っていたポケモンは? また誘拐されたりしないのか? 頭の中いっぱいに不安が押し込まれていくようだ。 いや、そんな心配は言い訳に過ぎないのかもしれない。 俺はただ、彼女に一言、好きだと伝えたかったのだ。もう二度と会えなかったとしても、それでも君と作った曲のことは忘れないと。 俺は橋に上る階段を駆け上がる。橋の中央からならば、彼女が見えるかもしれない。祈るような気持だった。 息を切らせて陸橋までたどり着き、そのまま走って川の中央へと向かう。 川の中央近くに小さなしぶきが見えた。 俺は橋のフェンスを飛び越えて外壁を走る しぶきの見えた場所までもう少しだった。 俺は声がかれるまで叫ぼうと思った。一言でも声が届けばいいと思った。川に向かって体を乗り出した。 鈍い音がした。 見えない壁に、俺の体が激突したのだ。 ◇ 結果オーライだった。 一時はどうなるかと思った。消すことができないのではないかと。除外できないままで、ゲームバランスが崩れてしまうのではないかという危惧さえあった。 デンチュラにメガバシャーモ、そしてエーフィ。優勝候補クラスのポケモンたちの熾烈な争いに巻き込まれると、私でさえ命が危ない。 そんな中、あのロック青年が少女を戦いから守ったことは、本当に幸運なことだった。 ロック青年はただのモブ。操作はたやすかった。消すのに許可もいらない。 彼を消す前、ぎゃあぎゃあ騒いでうるさかったので、彼の質問に答えてやった。 なぜ見えない壁があるのかって? それは、川の向こうが神奈川県だからだよ、君。--
【一部過激な描写が含まれます】人間の生き死にについて 人間の命はみな平等であるらしい。 人類みな兄弟であるらしい。 多くの人間が手を取り合って、協力することにより、より良い世界が作られ、それがひいては自分自身の利益につながると。 嘘だと思う。 紫の猫が人を殺す。 光のない夜の下、警官から奪った拳銃を中空に浮かべる。 ライバルに照準を合わせ、銃弾を発射する。 彼女を遮る壁はない。 彼女が見れない場所はない。 彼女は、超能力をもってして狙いを定め、打ち損じることは、絶対にない。 僕らは限られたパイを奪い合う。 パイを手に入れるために殺しあう。 ◇ 彼女がメスであることはうすうす気が付いていた。 ゲームのルールがテレビによって広まることによって、その確証が得られた。 男にはメスのポケモンが、女にはオスのポケモンがペアとなるのだという。 コイルなどの雌雄のないポケモンに関してはランダムになるらしいが、少なくとも僕のペアになっているエーフィがメスであることは間違いがない。「広報」と、皆はそのニュースのことを呼んでいた。「広報」は不定期に情報をテレビに流す。すべての番組が一斉に切り替わり、真っ黒な画面が表示される。そして、男のものとも女のものともつかない”声”が流されるのだ。 敗者は死者。生き残れば勝ち。 生き残れるのは3人だけ。 それ以上の人数がリミットまで残っていれば、皆が死ぬ。 リミットまであと2か月を切った。 誰が、なぜこのゲームを始めたのか。 このゲームから抜け出す方法はないのか。 このゲームの裏をかく方法がないのかと、ゲームのプレイヤーも、傍観者たちも情報を集め、ネットの匿名掲示板で議論した。裏技を使って優勝する方法、ゲームから脱退する方法、ゲームに途中参加する方法、プレイヤーと傍観者を入れ替える方法。けれども、僕が知る限り、正しい裏技が見つかったためしはない。 そこで僕は、正攻法で行くことにした。 そう、僕以外のすべてのプレイヤーと戦って勝つのだ。 ゲーム開始直後、イベルタルから命からがら逃げ切った時には、ゲームのルールさえ知らなかった。 黒い鳥から逃げ切り、黒服の男の説明を聞いたときは、勝てる気が全く起こらなかった。 エーフィは決して弱くない。けれども、エーフィよりも強いポケモンはたくさんいる。エーフィより特攻が強いポケモン。エーフィよりも早いポケモン。HPが大きく、防御も特防も高いポケモン。ガブリアスなど、現環境中トップメタと呼ばれる、最強に近いポケモンたちがいる。 そんなポケモンに勝てるはずがない。 そんな発想は、ある日、ケーシィがメガボスゴドラとそのトレーナーを葬ったニュースを見たときに消え失せた。 ポケモンは決して死なない。トレーナーが死んだ場合のみ、ポケモンも消える。 なので、殺しのターゲットは、人間。 このルールはポケモンバトルの常識を変えた。 どれだけパワーが強くとも、どれだけスピードが速くとも、どれだけ耐久力があろうとも、主人を守る能力が低いポケモンは弱いのだ。 強いポケモンとは、トレーナを守る能力が高く、そして相手のトレーナーを殺す能力が高いポケモンのことを指す。 そこに、パワー、スピードの要件は入らない。 僕はエーフィの索敵能力と、特性シンクロにすべてを賭けた。 エーフィはその体毛により空気の流れを読み取り、周囲の状況を察知する。さらにサイコウェーブをアクティブソナーのように使う技術も身に着けた。そうやって索敵した情報を僕の脳内に「シンクロ」を使って直接浮かび上がらせる。 これだけじゃ足りない。僕は会社を辞め、このサバイバルゲームに特化した索敵能力をエーフィに身に着けさせることに、すべての時間を費やした。 僕の身を守るためには、敵となるポケモンがどこにいるのか調べなければいけない。だからポケモンが僕のそばに来た時には自動でアラートを出せるようにした。 ポケモンには、ポケモンからしか出ない特別な波長がある。それを常にキャッチできるようにしておけばいい。アラートは僕の脳内に直接上がるようにしておく。難しい話ではなかった。 守りの次は、攻め。ポケモンのトレーナーがどこにいるのかを調べる技術を磨くことにも余念はなかった。 さすがにトレーナーだけから出る波長は見当たらなかったので、僕はポケモンの動作に気を付けるようにした。 単純に言えば、ポケモンと人との距離がとても狭いうえに、その人が死ななかったのであるならば、そいつらはポケモンとトレーナーのペアだということだ。 この情報を得るために、僕は東京中を歩き回った。 エーフィの索敵能力は、大体半径100メートル。意識を索敵に集中すれば、200メートル近くまでカバーできる。とはいえ、東京は広い。それに、近づきすぎると、逆に僕の身が危ない。結局、僕が見つけることができたのは7ペアだけだった。そのうえで、7ペアのうちもっとも弱そうなミミロルのペアに絞って尾行し、色々な能力のテストをした。 わかったことは以下の通り・ポケモンやトレーナーがどの色に所属しているのかはわからない・けれども、戦った記録を残すことで、推測することはできる・念力が届く範囲は、索敵が届く範囲とほぼ同等・人間もポケモンも出している波長は特有のものであり、一度見た人間は記憶しておくことができる・よって、一度見つけたポケモンとトレーナーのペアに関しては、2回目以降はポケモンの行動を見なくてもトレーナーだと判別することができる・念力が届く時間は、距離に比例して遅くなる・念力の威力は、距離の2乗に反比例して弱くなる・よって、索敵範囲の外周にいる人間を念力だけで殺すことはできない 最初は念力のパワー不足に嘆くことも多かった。200メートル先ではスプーン一つを持ち上げるだけで精一杯だったからだ。索敵は空気の流れを読むだけだけれども、ものを動かしたり破壊するのにはもっと力が必要になるらしい。当初は200メートル先からトレーナーの首を絞めて絞殺しようと思っていたので、大きな方向転換を迫られた。 けれども、パワー不足すら、このゲームのルールでは問題にならないことに気付く。 僕は警察官から50メートル離れた喫茶店で紅茶を飲みながら、警官のホルスターに入っていた拳銃を念力で浮かばせた。それを看板の下に隠し、何食わぬ顔で拾いに行く。 僕は100メートル先からでも、3DSの画面を眼鏡ふきで丁寧にふきながら、人を殺すことができるようになった。 手始めにフーディンのトレーナーを殺した。 パワー、スピード。ともに負けていても、勝つことは簡単だった。 このゲームはポケモンバトルではないのだ。 このゲームは相手の人間を殺せばいいだけなんだから。 壁の向こうの相手の位置が手に取るようにわかるので、シューティングゲームよりもずっと簡単だった。 拳銃の位置は上下左右どこへでも動かすことができる。的の画像は大きくしたり小さくしたり自由自在。 殺せないはずがなかった。 僕とエーフィは、強かった。 「広報」で死者が告げられる。 真っ黒な画面に、脱落者の名前と殺した側のポケモンの名前が載せられる。開始1.5か月を切ってからサービスとして始まった機能らしい。ゲームマスターは、より早いゲームの進行を望んでいるのだろう。 そこに、僕が殺した人間の名前とポケモンの種類が載る。脱落者は、ポケモンだけでなく、人の名前も載るのだ。殺した側の人間の名前が載らないのは、身ばれするのを防ぐためだろう。 黒い画面に白い文字。高橋浩太と名前が挙がっていた。 すべての人間一人一人に名前がついていることがもはや想像できなくて、僕はそれに意味を見出すことができなかった。 僕はゲームをしているだけ。 RPGをこなすのといっしょ。ポケモンを攻略するのといっしょ。 ネットで攻略情報を集めて、丁寧に現状を探る。裏技は当てにせず、正攻法で最も勝ちやすい戦術を探す。 今までやってきたことと同じ。 僕はただ、ゲームをしているだけなのだから。 色にかんしても、ほとんど気にせず、殺せる相手はすぐに殺した。色を調べることによるリスクのほうが大きいと判断したからだ。 僕は、この世界がこの世界であるということの意味が、だんだんよくわからなくなってきた。 気づかないふりをした。 ずるいとも思わなかった。 ◇ ゲーム開始から1月と3週間と2日がたった夜、広報が始まった。 夜の23時。僕はテレビの前に座って、画面を見つめる。 僕はこの日、誰も殺していない。エーフィを膝に乗せ、あくびをしている猫を寝かしつけながら広報を眺めていた。 新しいルールの公開もなく、すぐに脱落者の名簿一覧に移ったので、とりあえず脱落者の名前をメモしておいて、僕もすぐ寝ようと思った。 しかし、その日の脱落者の名簿は、異常だった。 カイオーガ・グラードン・アルセウス・ミュウツー・ルギア・ホウオウ・キュレム・そしてゼルネアス「伝説が軒並み死んだ?」 僕の感情の高まりを察したのか、エーフィが身を起こす。 僕はすぐにパソコンに向かい、Googleでゲームの現状を調べる。『カイオーガ 脱落』 検索結果はすぐに出てくる。ほとんどが先ほどの広報に反応しただけの書き込み、ツイッター、フェイスブック、2チャンネル。web2.0が騒然となった。 一つ一つすべてのサイトを目視している時間はない。僕はエーフィに指示をして、いつものやり方を使うことにした。 ノートパソコンに外部ディスプレイを2つつなげる。これで画面が3つ。それぞれの画面を2等分して、合計6つのサイトを同時に開く。そしてエーフィが念力を出して必要な情報をどんどん僕の頭に直接”注入”していく。目という情報入力装置が大幅に進化したのだ。並みの人間とは比較にならないほど、情報処理能力は高くなった。 しかし、有益な情報は手に入らない。 僕がいらいらしながらパソコンのタブを次々切り替えていくと、突然画面が波打った。 最初は、画面が明滅したのかと思った。ついてないと思った。新しい画面を、電気屋から念力でくすねる必要があるとも思った。 次の瞬間、波打った水面から、実態の伴う何かが現れた。 僕はとっさに顔を手で覆う。 そして、いびつな感覚に襲われた。 かばった腕をどかそうとしても動かない。 僕が当惑している間は、シンクロしているエーフィも当惑しており、何が起こったか判別することができないでいる。 僕は落ち着くために大きく深呼吸して、エーフィにリフレクターの指示をした。リフレクターといってもダメージ半減ではない。この世界では本当に相手の攻撃を、一定期間だけではあるがシャットアウトしてくれる。何が起こったかわからない以上、身を守るのが最善だと考えた。 そして、回転いすを回して後ろを振り向く。 そこにはポリゴンZがいた。ポリゴンの最後の生き残り。そして最も強いポリゴン。 その瞬間、僕は「広報」の意味を理解した。 あの広報は偽物で、ポリゴンがテレビ局のPCを遠隔操作して流したのだ。一部の地域だけに限定して放送していたのだろう。そして明らかに人間離れした動きをしているPCをその地域から特定し、ポリゴンを送り込んで、トレーナーを殺す。よくできた戦術だ。 しかし、最初の一回をしのぎ切った僕らが今は有利。ポケモンはトレーナーの指示がなければ動くことができない。あらかじめ指示をしておいたとしても、臨機応変な対応をするには無理がある。エーフィで返り討ちにすればいいと思った。 エーフィに指示をするために僕は左手を伸ばして、ポリゴンZを指さそうとした。 けれども、思うように指が動かなかった。 左腕全体がしびれたような感じがした。 僕は左腕をゆっくりおろす。 すると、ひじから先が、床に落ちた。 僕の体だったものが床に落ちると、ドサッと低い音がした。 痛みはなかった。感覚がなかった。何が起こっているのか理解ができなかった。ただ、腕から血が噴き出し、リフレクターの内側が赤く染まったことだけはわかった。 僕は死ぬのかと思った。 死んでもいいのかと思った。 リセットボタンがほしいと思った。 失敗したから、もう一回。強くてニューゲーム。 そういえば、僕はいつも大会で優勝できなかった。 僕のゲームの腕は悪くなく、店舗大会では勝つことが多かった。大規模大会でも上位まで上り詰めた。けれども、優勝したことはない。 仕事をしながら、勉強しながら、家事もしながら、無理なく無駄なくゲームをしてきた。そんな僕が、ゲームにすべてをささげたガチゲーマーに勝てるわけはなかったのかもしれない。 僕の思考は散乱する。シンクロしたエーフィも錯乱する。シンクロが最強だと思って、それに特化した報いが来たのだと思った。 エーフィが僕に近づいてきた。 そして血が噴き出す僕の左腕に近寄る。「来るな!」 僕はエーフィに指示した。僕の汚れた血が、エーフィにかかって、彼女が汚れるのが嫌だったからだ。 エーフィのマグカップのことを思い出した。僕の大好きな、小さくてかわいらしいマグカップ。弱者を蹴落として手に入れたマグカップ。 僕は、僕のエーフィが汚れるのが嫌だった。 僕は、エーフィのことを思って、彼女を僕から離そうとした。 これは、僕のエゴだろうか。 エーフィがあくびをした。 あくび。これは相手に眠気を与えて、1ターン後に眠らせる技。それを、エーフィが僕にした。 ゲームが始まって、1月あと、ボスゴドラが死んだ。 その時に、僕がエーフィに指示したことだ。 僕が錯乱したときには、僕を落ち着かせるためにあくびをすること。 僕が生き残る確率を1パーセントでもあげること。 一度も優勝したことがない僕が、最後に勝てるように、最後まであきらめないようにすること。 僕がエーフィに指示した、内容を、彼女は忠実に守ったのだ。 エーフィは強い。このゲームにおいて、最強に近い能力を持っている。 もし負けたならば、それは僕の責任だろう。 エーフィは悪くない。 ならば、ここで僕が死ぬことは、エーフィに対して失礼なことなのではないかと思った。 だから、僕は、生きるために、もう少しあがいてもいいんじゃないかと思った。 たとえ他人を殺してでも、生きたいと願うことは、悪いことではないのだと思った。 僕は、すべての思考を「生き残る」ことに使うと決めた。 僕の混乱は収まり、エーフィの錯乱も治った。 僕とエーフィの知識と感情、そしてエーフィから送られてくる膨大な情報を僕ら二人で処理をする。 答えは見つかった。「エーフィ、ねがいごと」 願い事は、自己再生と違って、回復にタイムラグがある。しかし、ポケモンを入れ替えることによって、回復対象をずらすことができる。僕の肩の上で願い事をしたエーフィは軽やかに床に降り立った。あとは、時が来るまで待てば、僕の腕は回復するはずだ。 突然PCが明滅を始めた。 そして、次々とポリゴンZが現れた。 ポリゴンは本来データの集まり。理解はしがたいが、データをコピーすることでポリゴンそのものを複製する方法を見つけたのかもしれない。やり方はわからないが、全員を相手にしていると、力負けすることはわかる。僕は次の手を打った。「エーフィ、テレポート!」 エーフィの姿が消える。そして、すぐに僕の前に戻ってきた。 そして、念力で窓の壁をたたき割り、僕は2回から飛び降りた。 エーフィの念力のサポートがあったとはいえ、左腕がちぎれた状態で降りた時の衝撃は大きかった。痛みが現れ始めたが、それはエーフィに無理やり、痛いという情報を消してもらった。 そして、夜の路地を走り出す。 僕を追いかけようとしたポリゴンZたちを、エーフィが抑えた。 エーフィは確実に負けるだろう。けれども、ゲームのルール上、ポケモンは決して死なない。 僕さえ生き残れば、エーフィは消えないのだ。 僕は、エーフィのためを思って、エーフィを見殺しにする。 僕は、エーフィのことを思って、自分の身を守り、自分が生き残ることを最優先する。 僕は、狂っているのかもしれない。 僕は、狂っていたかった。 狂っていさえすれば、僕が生き残る確率は上がり、エーフィは消えないのだから。 街路灯に照らされた道を、血を流しながら必死で走る。途中から走るとは言えない速度になっていった。 エーフィにより作られた周囲の地図は、当然僕の脳内に浮かび上がらない。 目がかすんできた。 100メートルどころか、10メートル先に敵のポケモンがいても、これでは気づくことができない。 僕は無防備だった。 僕が考えてきた戦術はすべて、二人でペアだった時にうまくいくものだった。片方でも欠けてしまえば、僕らの長所はすべて無に帰す。 僕は怖かった。 自分の腕から吹き出す血が恐ろしいのかもしれなかった たくさん人を殺したのが怖いのかもしれなかった。 索敵をしないで夜の路地を歩くのが怖いのかもしれなかった。 それでも僕は歩いた。 最後には、足を引きずりながら、這うようにして進んだ。 血が足りなかった。 街灯の下で、僕は倒れた。 意識は残っていた。 だから、僕に向けられた声を聞くことができた。「無様だね」 倒れたまま顔だけあげると、眼鏡をかけた細身の男が立っていた。顔つきは若そうにも見えたが、目にくっきりと隈が浮き出ている。 そばにはポリゴンZが1匹浮いていた。「うちのダミーたちが足止めされたって聞いたから、わざわざ僕本人が出向いたっていうのに、相手がこんなんじゃね」 僕は反論する気力もなく、ただぼんやりと男の話を聞いていた。「エーフィ。ゲーム開始初日に姿を見た人はいたんだけど、それ以降さっぱりでね。とはいえ死んだら広報に名前が上がるし、どうしたんだろうって仲間内でも思っていたんだよ」「仲間?」 生き残るためには、周りのトレーナーすべてを殺さなくてはならないはずだ。なぜ仲間が。「そりゃあ、仲間がいるに決まっているさ。仲間がいない一匹狼は、どれだけスキルが高くても、もろい。違う色同士なら戦う必要がないだろ。それに、プレイヤー以外にも、このゲームに興味を持っている人は大勢いるんだ。このゲームの異質性に気が付いた人たちは大概、このゲームに直接的なり間接的に影響を与えたくなるもんだよ。まぁ、友達のいない君にはわからないと思うけど?」そういって、男は笑った。「いやぁ、エーフィって姿は見せないくせに、広報見ているとしょっちゅう殺した側に出てくるじゃない? あれみててさー、君すごいなって。たった一人で黙々と人を殺し続けたの? 誰にも助けを求めず、誰とも協力せず、誰にも自慢せず、機械みたいに黙々と人を殺し続けるってどんな感じ?」 僕は答えない。「返事なしかー。じゃあさ、聞きたいんだけどさ、君って、毎日を楽しいと思ってる? ほかの人を殺して手に入れたこの人生に、価値があると思ってる?」「思っていませんよ」 僕が答える。 男は大きな声を上げて笑い出した。「え? 楽しくないの? じゃあ、なんで人なんか殺すのさ。殺してまで生きていたいと思うのさ。つくづく思うよ。君は愚かだったって。そして、愚かな君は、今から死ぬんだ」「愚かなのは、あなたのほうですよ」 僕が言うと同時に、ポリゴンZがシグナルビームを僕に向けて発射した。 その光線は、テレポートして戻ってきたエーフィの光の壁により防がれる。「おや、まだ生きてたんだね、その猫。ま、君同様、体力はもう残っていないだろうけど」 僕は大きくため息をつく。 そして、回復した左手を使って立ち上がる。男は少しひるんだように、一歩後ろに下がった。「愚かなのはあなたでしょう。あなたはこのゲームの勝ち方を理解していない。PCの画面から僕の行動を見ていなかったのですか」 エーフィは2回願い事を打った。一つは部屋の中で、そしてもう一つはこの街灯の下で。僕はエーフィが願い事をした場所までたどり着いた。あとはじっとしていれば願い事がかなって僕の腕は回復する。「エーフィの体力も、満タンですよ」 部屋の中のエーフィには、回復することと、光の壁とリフレクターを打つこと、そして願い事が成就した後に僕の下にテレポートで飛んでくることだけを指示していた。 ゲームと違って、光の壁やリフレクターは、相手の攻撃をすべて防ぐことができる。防御にすべてを傾ければ、瓦割などの特殊技が来ない限り、体力を温存することは簡単だった。そして、願い事がかなうことにより、エーフィ自身も回復する。男は明らかに動揺した。「君さ、本当にこのゲームにかけてるよな。でもさ、このゲームに勝ったって、なにもいいことないんだぜ。なぜならば、まぁ情報ソースの少ない君は知らないだろうけど、この世界は……」「この世界は、実はゲームだから? 僕たちの世界が作り物の虚構だから? 僕たちの生死に価値がないから? 僕たちの人生に意味がないから? それがいったいなんだっていうんです? そんなこと興味ない。そんなこと関係ない! エーフィ!」「おいおい、まてよ。でも、猫ちゃんとの直接対決になったって、特攻で見たらポリゴンZのほうが上だから……」 僕はエーフィに指示をして、木の枝を持ち上げる。そして、男に向けて発射した。 木の枝が男の胸に突き刺さった。 男はポリゴンZにシグナルビームを指示するが、光の壁でふさぐ。造作もないことだった。肺を貫いたので、すぐに言葉も出なくなる。 3分と掛からなかった。男は死に、ポリゴンZは消える。僕の腕は元通りで、エーフィにはかすり傷ひとつなく、美しい毛並みが血で汚れることもなかった。「有利な時にべらべらしゃべる人って、大概負けますよね」 僕は死体に向かって皮肉を言ってから、家に戻った。 そして、財布や最小限の着替えをかばんに詰めて、家を出た。 場所がばれた以上、ここにいるのは危険だった。生き残るためには、ここから移動しなくてはならないと思った。 なぜ生きるのか? その答えはわかっていた。 まだ死んでいないから。 生きるに勝る死ぬべき理由が見当たらないから。 生きるか死ぬかの2択が与えられたならば、多くの人は生きることを選ぶ。そこに理由をつけるとしたら「今まで生きてきたから」というものしか、僕には思いつかなかった。 僕は、僕の人生に価値があるとは思わない。 それでも、僕は生き続ける。 たとえ、他人を殺してでも。 ◇ 僕がその計画について知ったのは、家を捨ててから3日後で、その2日後には計画の実行メンバーを2人殺した。 義務的に、事務的に、2人殺してから、雑居ビルを立ち去った。 家を捨てたけれども、実家には感づかれることがなかった。人を殺した後で、関西にある実家から電話がかかってきて、僕はその電話に出た。仕事が順調だと嘘をつくことは難しくなかったし、人を殺したことを黙っていることにもなんらの罪悪感はなかった。東京都の外側では、まるで時間が止まったように、ポケモンによるサバイバルゲームの話はでてこなかった。まるで、実家が外界から切り離されたようにも見えたけれども、その逆に、東京都という町だけが、時計の針を進めているようにも思えた。 僕は計画について、もう少し知る必要があると思った。 その計画は明らかに支離滅裂で、希望的観測だけで舵を切ったように見えたけれども、対象としているポケモンだけは悪くないと思った。 マナフィ。 一度も人を殺さず、そしてまだ死んでいない幻のポケモン。 伝説のポケモンが広報に乗ったことは、ポリゴンZによる偽情報を除けば一度もない。 彼ら伝説の挙動については、最後の色「無色」が殺したのだという意見や、そもそも伝説はこのゲームに参加していないという主張など様々飛び交っていたが、僕は両方とも間違っていると思っている。 それはともかく、僕は計画をとん挫させ、マナフィを奪うために、計画の首謀のNo2にあたる中年の男とバシャーモをつけていた。 戦闘が始まったのは夜も更けてから。 バシャーモを追っていたのは僕だけではなかったようだった。デンチュラをペアにした派手な服を着た女性がまずは戦闘を開始した。バシャーモはメガバシャーモにメガシンカして応戦した。 タイプ相性的には、炎と虫であるため、デンチュラが負けるのは時間の問題だと思った。なぜこの女性がバシャーモに戦いを挑んだのか、それが不思議だった。 僕は当初、傍観するだけで、バトルが終わった後の弱ったポケモンを相手にするつもりだったけれども、女性のトレーナーに位置がばれた。 これは相当に驚くべきことだった。なぜならば、その女性はポケモンを使って索敵した素振りが全くなかったからだ。それでも、電流を浴びせられた。僕は光の壁で守ってから、しぶしぶ戦闘に参加する。 場所は狭い路地裏。地理的にはデンチュラ有利。しかし、エスパーは、すべての地理的条件を無視して攻撃ができる。命中率の心配も、エーフィに限っては皆無だった。 僕は屋根の上から、路地の別の道から、サイコキネシスをメガバシャーモに与える。足を集中的に攻撃し、特性かそくを鈍らせる。そして、隠れているトレーナーを索敵し、シャドーボールを放った。 脳内の地図上でシャドーボールを動かしていると、トレーナーの命の危険を察して、メガバシャーモが戦線から離脱した。予定通り。僕の今回の目的は相手を殺すことじゃない。彼らの計画を横取りすることだ。 次はデンチュラに狙いを定めた。こちらは果敢にも、トレーナーが姿をさらしている。バシャーモと同じようにシャドーボールを何発か飛ばして、逃げるのを待った。 相手のトレーナーの行動は、僕の想像とは大きく異なった。「デンチュラァ! 突っ込めぇ!」 かなり強気なお姉さんのようだが、エスパーはサバイバルゲームにおいて非常に強いタイプだ。十分に対応できると思った。 警官から奪った拳銃を僕の前に浮かべて、僕とエーフィはデンチュラに向かって走り出す。「か・み・な・り!」 デンチュラのトレーナーが指示を出す。僕は上方向に光の壁を放つ。 それを狙っていたようにデンチュラがまっすぐ突っ込んでくる。いい作戦だ。これなら前には壁を張れない。 僕はエーフィだけをデンチュラに向かわせる。そしてデンチュラに張り付かせ、サイコキネシスで中空に持ち上げる。 デンチュラは全身から電撃を放って反撃した。本来ならば、先にエーフィが競り負け、ポケモンバトルとしては僕らの負けになる。 けれども、僕には光の壁と宙に浮かぶ拳銃があった。 光の壁をトレーナーめがけて射出する。そして相手を壁に貼り付けにさせ、念力で加速しながら走り、一気に距離を詰める。 相手の目の前に来た。 拳銃は僕の前にある。 力はいらない。超能力による千里眼が狙いを定めるのだから、外すことはない。光の壁で相手を押さえつけているので、反撃されることもない。 ただ一言「撃て」といえば、僕の勝ちだった。 撃てと、指示しようと思った。 言葉にしなくても、頭で思い浮かべるだけでシンクロして、銃弾が発射されるはずだった。 けれども、僕は、それができなかった。 目の前にいる女性が、あまりにもきれいだったから。 僕と目の前にいる女性との顔の距離は30cm程度。その間に拳銃が挟まっている。 美人というわけではないと思った。美しいと呼ぶにはあまりにもとがっていて主張が強そうに見える。目つきはひるむほど鋭かった。 背後で、鈍い音がした。デンチュラとエーフィが落下したらしい。 このままでは、デンチュラが僕のほうに向かってくる。 その前に、彼女を殺さなくてはならない。 僕は自分の手で引き金を引こうとした。視界が滲んだ。涙を流していることに気が付く前に、視界が一瞬白くなった。そして真っ黒になった。 僕の意識は電流により引き裂かれ、深い闇に沈んでいった。--
【一部過激な描写が含まれます】 言葉と名前 ◇ 言葉という存在を説明する際には、「言葉」という名詞を使わなければならない。 言葉を理解し、言葉に対する説明をする際には、言葉という言葉の名前が必須になる。 名前がない状態で、それ自身を直接対象として議論するのは、不毛としか言いようがない。 何故ならば、その義論その物が、言葉によって構成されているからだ。「で、何が言いたいんです」 私は禿げかかった中年の准教授に聞く。「語りえないものは、沈黙すべきと言うことですね」 そう言って、彼は押し黙り、白衣を揺らしながら薄暗い研究棟の中をゆっくりと進んでいく。 蛍光灯の周りには蛾が集まり、廊下の左右には蛾の模様と区別のつかない汚い手書きのプレートが一定の間隔で張り付いている。プレートには各々研究室の名前が書かれていて、薄汚い木製の扉の中にいる学生の性格を想像させる。 ガラス張りの校舎のずっと奥にある研究棟。 終わりが見えない長く暗い廊下の先に、彼の研究室があるという。 ◇ ゲームは終盤に差し掛かっていた。 優勝候補が何人かに絞られ、メディアは生き残ったプレイヤーを探すのに躍起だった。あまりにプレイヤーに近づきすぎたレポーターが殺されることもあったけれど、レポーターの命よりも視聴率の方大事らしい。 もちろん私は候補に入っていない。レポーターに追われることもない。何故か生き残っている弱小トレーナー。最後に負ける、弱小トレーナー。それが、私。 私はミミロルのミミをカバンの奥に隠し、死んでるみたいに、生きていた。 私は学校に通わなくなっていた。 人が多いということは、それだけプレイヤーだとばれる可能性が高まるということだ。人ごみは避けるに越したことがなかった。 それに、万が一、友達のエリに何かあったら、申し訳が立たない。 プレイヤーはプレイヤーとして、傍観者たちに迷惑をかけないよう、ひっそりと身をひそめていようと思った。 だから、狭いワンルームマンションから、なるべく外に出なかった。 食事はAmazonで買った。外出は近くのコンビニだけにした。一時期、誰かに後をつけられているような感覚に襲われたことがある。それ以来、輪をかけて外に出なくなった。 きっと、今、私はひどい顔をしていると思う。 家の中にいてさえも、突然ポケモンがテレポートしてきて、私を殺しに来るように感じた。 そんな時、私はミミを強く抱きしめ、布団をかぶり、ベッドの隅にうずくまる。 この小さな聖域の中では、誰にも殺されないような気がしたからだ。 見るともなくついているテレビから、ゲームのルールが読み上げられる。 3月ルール。 同じ色のプレイヤーが2人以上残っていたら、その色のプレイヤーは、みんな死ぬ。 後2週間。逃げ切ることができたご褒美に、私は死ぬ。 それが、このゲームの、ルール。 憎かった。 私を殺しに来るほかのプレイヤーが憎かった。 このゲームを遂行するゲームマスターが憎かった。 私をここまで追い詰めた、この世界が憎かった。 あまりにも多くのものを憎みすぎて、憎くないものを探すことが難しくなった。友達のエリでさえ、私が引きこもった後、連絡をほとんどよこさなくなり、そのことが憎かった。 連絡を控えるようにと私のほうから言ったのに。 私が自分から離れていったのに。 それでも、私から離れていく人がいるのがつらかった。 ◇ ゲーム終了まで、あと1週間と3日残ったある日のことだった。 大きな音がした。 それは、何かが爆発するような音にも聞こえたし、地面が陥没した音のようにも思えた。 メディアはのちに、こう呼ぶようになった。「世界が壊れる音」と。 世界から断絶された場所に生き、世界を憎み続けている私にとっては、世界が壊れることはむしろ嬉しいことだった。大きなハンマーが地球ごと木端微塵にしてくれたらよいと思った。 しかし、世界が壊れる音がした後も、世界は残った。 私にとっての世界の終りは、1週間後に迫っていたと、いうのにさ。 ◇ ノックの音がした。 チャイムではなかった。ベルは押されなかった。その人は、私の家のドアを、コンコンコンと3回丁寧にノックした。 私の家を訪ねてくるのは、彼らしかいない。 私の世界は終わったのだと思った。 世界が壊れる音と比べると、びっくりするほど小さなノックの音で、私の人生はなくなるんだなと、そう思った。 私が反応しないでいると、再度ノックされた。 ミミが布団から飛び出して、臨戦態勢に入ろうとしたけれど、私が引き留めた。そして、ミミのふわふわした体を、力いっぱい抱きしめた。 これが最後だと思った。 終盤まで生き残っているプレイヤーに、ミミロルで勝てるはずがない。 なら、せめて、私が速く死んで、ミミがけがをしなくて済むようにしてあげたかった。 レアコイルに一方的にやられた後から、最後はこうすると決めていた。「ミミ、ありがとうね」 それから、ごめんね。 私が、弱くて。 ノックの音がした。 それから、声が聞こえた。どこかで聞いたことがあるような、滑舌の悪い話し方だった。「あのー、山崎さん、いらっしゃいますか。できればドアを開けてもらいたいんですけれど」 誰の声なのか、最初わからなかった。ドアなんて簡単に壊せる相手だと思っていた。 ドアを壊さないのは、私をいたぶるためだと思った。 ドアの向こうにいる声の主は、大きくため息をついてから、続けた。「山崎さん、お願いです、ここを開けてもらえませんか」 そして気が付く。 この声の主は、大学の先生だ。たしか、生物か何かの先生だったような……。「私はね、あなたの力になれると思いますよ」 力? なんの。あと1週間で死ぬことが決まっているプレイヤーを助けることなんて……。「私はね、別にあなたのことが好きなわけじゃあ、ありません。でもね、私は、この世界が好きなんですよ」 私は、布団から顔だけ出して、声に耳を澄ませる。「私はね、この世界のことをもっと知りたい。この世界の歴史を知りたい。この世界がどう変わっていくか見届けたい。この世界の仕組みを知りたい。世界を動かすルールを知りたい」 ミミが一人歩いてドアへ向かっていく。 私は止めなかった。「だから、この世界を終わらせたくはないんですよ。あなたの人生も、きっと変えることができると思いますよ」 ミミがジャンプして、ドアのカギを開ける。 ゆっくりとドアが開く。 さえない風貌の、やせた小さな中年男性が、ドアの向こうに立っていた。「さぁ、外に出てみましょうか。あなたは、この狭い場所にとどまる必要はありません。あなたはどこにだって行けるんですから。あなたが願う場所に、思うやり方で」 先生が部屋に入る。ドアがゆっくりと閉じられる。私は布団から顔を出して、尋ねる。「……先生は、何をするつもりなんですか?」 先生は答える。「私はね、このくだらないゲームを終わりにしようと思っているんですよ。傍観者代表としてね。おそらく、この世界は何度か壊れていたはずです。でもね、私は、もう嫌なんですよ。この世界が、また壊れるのが。「私の古い友人に、警察官をやっている男がいましてね。それがどうしたかって? 死んじゃったんですよ。ゲームマスターに殺されました。でもね、彼はいい仕事を一つした。彼は、このゲームを十分に混乱させた。マナフィもとてもよくやってくれました。計画はすべて順調に進んでいます。「とても大きな変化を食い止めるためにはね、小さな変化がたくさん必要なんですよ。生物が完全に消滅するという大きな変化を食い止めるためには、何回かの大量絶滅を起こす必要があった。その大量絶滅の後に、生物たちは大きく繁栄する。生物の消滅というとてつもなく大きな変化に比べれば、大量絶滅というのは小さなものです。そして、私は、それをやろうと思っています」 先生は続ける。「山崎さん、あなたはこの世界がこのままでいいと思いますか」 私は首を横に振る。「山崎さん、この世界を壊してみましょう。この世界を、守るために」 そして、彼は言う。「やってみましょうか。心配はいりません。あなたは、このゲームに、勝てますよ」__
著者です。書き始めてからもう1年たったんですね。なんだか、最近、文章が意味不明になってきています。ごめんなさい。そのうち、もっとちゃんと読める文章にしたいと思います。ストーリーとを進めて、完結させることしか考えていないのが悪いんだなとは思いますが、とにかく、まずは完結させようと思います。そのあとで、修正します。今あげているのは、作成中のサンプル扱いということで…。ストーリーは脳内ではだいぶ進んでいるので、完結はすると思います。文章はひどいままだと思います。ごめんなさい。プロットを載せているのとほとんど変わりがないですね。情景描写がほんの少しでもあればよいのですが。次に長編を書くときは、すべて完成してからまとめてUpしたいなと思います。今回は許してやってください……。以上です。
世界の終わりの三日前 白の男に出会ったのは、世界が終わる三日前のことだった。 ゲームの勝者になる資格を持つはずのその男の顔は白く、窪んだ眼からは光が消えようとしている。 赤でもなく緑でもなく、そして青でもない最後の色。存在しない色。無色。 無色の男は、自身が消えることを望んだ。戦うこと、考えること、悩むこと、殺すこと、そして生きること。それらから逃げることを、彼は欲した。 俺は、片手で持ち上げられるほどにやせ細った男の手をつかみ、注射器を差し込む。毒を注入する。 それが、世界の終わる、三日前。 俺は世界の終わりに興味はなかったし、無色の男にも興味はなかった。 俺はただ、一人の人間を生き返らせようとしていた。 世界の終わりより、重要なことがあった。 ゲームマスターは、それを知らない。 ◇ アリサが死んだ。 広報に「ケーシィ」の文字が出た。その横に、アリサの名前があった。 どこで死んだのか、だれに殺されたのか、わからなかった。 ただ、死んだということだけが分かった。 ゲーム開始から2か月と3日たった、雨の日のことだった。 季節は、冬に変わろうとしていた。 俺はドラミドロのフレイヤを伴い、東京湾を潜行していた。いつものように海水サンプルを取り、ビンに詰め、そして業者に引き渡す。 オフィスに戻ると、前回の調査データの解析結果がメールで送られてきていた。添付されたExcelファイルを開き、定型処理を済ませる。 このとき、うっかりして必要なデータを間違って消してしまった。しかし、メールを開きなおすと、添付ファイルが残っていた。もう一度そこからデータを切り貼りし、整形する。出来上がったファイル一式を共有フォルダにアップする。 定時を過ぎたころに同僚にあいさつし、オフィスをでる。俺の姿を確認し、フレイヤが目の前に降り立つ。俺はフレイヤにまたがる。雨に濡れた毒竜の体は冷たく、俺の服もじっとりと湿った。そしてフレイヤが音もなく飛び立つ。俺は透明なビニル傘を差しながら、ぼんやりと地上の明かりを見つめる。 急行がとまらない小さな駅を2つ通り越し、築20年のアパートの2階に降り立つ。 宅配されてきた荷物が発泡スチロールの箱に入ってドアの前に置かれている。俺はそれを担ぎ、ドアの錠を開け、フレイヤとともに部屋に入る。フレイヤに肉を食わせ、自分は宅配されてきた弁当をそのまま食べる。 広報の時間になったので、テレビをつける。 アリサの死を知る。 驚くべきことではなかった。 人は、いつか死ぬ。 ゲームのプレイヤーならなおさら、死を身近に感じているはずだ。 認められないことではなかった。認めなければならないことは知っていた。 彼女の死は、マッチが燃え尽きるのと同じくらいに自然なことで、ありふれたことで、予測可能なことだった。俺は何度もこの状態を脳内でシミュレーションした。 決して動揺しないように。 自分の計画に影響を与えないように。 俺の思考は次の段階に移った。 予定されていたことだった。もし彼女が死んだら、このように考えようと、あらかじめ準備をしていたのだ。 俺はフレイヤに問いかける。「さて、どうやってあの女を生き返らせるかな」 ◇ ポケモンはゲームのキャラクターだ。 ポケモンが現実社会に現れた当初の疑問はこうだった。 なぜゲームのキャラクターが現実世界に現れたのか? 俺はこの疑問を抱かなかった。 この疑問は、的外れだと思った。 俺はこのように問うた。 なぜ、この世界がゲームの一部であることが露呈し始めたのか? 黒い服の男が答えることはなかった。フレイヤも、もちろん答えを知らない。 現実世界にゲームが入ってきたのか、それとも、もともとがゲームの一部だったこの世界がゲームだと露呈したのか。どちらなのかを確かめる方法はない。 でも、今はそんなことはどうでもいい。 アリサが死んだ。 もしもこの世界が物理法則にのっとった”現実”ならば、彼女が生き返ることはない。 しかし、この世界がゲームなのだとしたら、話は別だ。データを復旧すればよみがえる。古いデータを切り貼りすれば、完了だ。 この世界がゲームでなくては困るのだ。 この世界は、ゲームの一部である必要がある。 俺はこのゲームの勝者になるつもりはない。 俺は、このゲームを作り直す。 ◇ カイバ女史は不機嫌だった。 ゲームの進捗が思いのほか進んでいないからだ。 イベルタルを制止させたのち、オペレーターである私がカイバ女史に進捗を報告する。カイバ女史が直属の上司に進捗を報告する。その上司がさらに上の上司に申告し、また別のオペレータへとデータが移り、スケジュールを監視していた男が遅延に気づく。 遅延に気づくのにここまで長いプロセスを経なければならないのは非効率だと思った。しかし、分業をすることが効率的だという決まりがあるため、今の業務が最も効率的だという認識で社会が動いている。 この非効率性は、私にとって、遅延がばれにくいという意味においてはありがたいことだったかもしれない。しかし、小さなミスを隠すことによって、より大きな問題が発生する。些細な仕事をさぼったため、とても大きな作業依頼が舞い込んでくる。 経営はゲームだ。しかし、プレイヤーを自分の手で直接操作することはできない。 そこで登場するのがインセンティブだ。 インセンティブ。動機づけ。あるいは「やりたいと思うこと」。 社員を働かせたいと思ったら、働くことによる報酬を与えればいい。あるいは、働かないことによる罰を。 第一弾は3月ルールの設定だった。ゲーム開始から3か月たった時に、同じ色のプレイヤーが残っていれば、みんな死ぬという触れ込み。これはうまくいった。ゲームの進みが一気に加速した。逃げ続けるという戦略が意味をなさなくなったからだ。本当に3か月後に自動で殺せるはずがないというのに、愚かなプレイヤーたちはこのルールを盲目的に信じ、殺し合いを始めた。 第二弾は広報の実施だった。 人間は自分の作業に意味を見出すと作業を進めやすくなるという。これを利用した。自分が殺した相手がテレビに名前付きで出てくるのだ。これは大きなインセンティブになるだろう。また、残り人数が把握できるため、プレイヤーは目標設定がしやすくなる。ゴールが見えていれば、最後の力を振り絞って走りきることもできるはずだ。 しかし、まだ足りない。 まだプレイヤーが大勢が残っている。 3月ルールがあるというのに、戦おうとしない者がいた。まったくもって理解しかねる。逃げ続けていても死ぬというならば、自分の可能性に賭けて戦うのが普通だ。生きる可能性が完全にゼロである状態と、0.01でもある状態とを比較して、どちらが良いのかも分からないのだろうか。 ひどいときには、同じ色のプレイヤーを守ろうとする物までいた。 愚かだ。自己の利益の最大化という観点から見ると明らかに不合理な選択だ。 そして、私たちは、その不合理な行動を示すプレイヤーたちの対応に追われている。 アラートが鳴った。 私はため息をつき、カイバ女史は見下すように私を見る。薄暗い部屋の中、二人で大きなPCの画面を見つめる。 よく見ると、「警告」ではなく「情報」の通知だった。 何が起こったのかを見る。 私はカイバ女史と顔を見合わせ、少し含み笑いをしながら、データ転送の準備を始める。 このアラートを、内部では「世界が壊れる音」と表現したようだ。 このセンスは悪くない。 文字通り、これでゲームが終わるのだから。 私たちは、ゲーム終了の三日前に、彼を野に解き放った。 無色グループの勝者、最強のポケモントレーナーを。 ◇ アリサが死んでから、海ではなく、川に行くことが多くなった。これは俺の研究の成果を発揮するためであったし、ゲームマスターの目をごまかすためでもあった。ほぼ毎日、利根川、荒川と多摩川の上流を行ったり来たりしていた。距離があるので、川をめぐるだけで一日が終わる日もあった。音もなく空を飛ぶフレイヤのおかげで、人に会うこともなく作業を進めることができた。「音」を聞いたのは、人目につかない山奥でフレイヤを休憩させているときだった。日が沈みかけたころ、カシの木の根元でペットボトルに入った水を飲んでいると、地面が陥没するような大きな音がした。 俺は慌ててフレイヤにまたがり、飛翔する。ほかのプレイヤーに狙われたと思ったからだ。フレイヤは水中戦のほうが勝ちやすい。山奥で狙われたならば、毒ガスを張って逃げるのが得策と思った。 しかし、一向に敵が現れる様子がない。 念のため毒ガスを張り、川まで静かに飛翔する。濁った水が見えたところで、ゆっくりと潜水を始める。 無事に帰り着けた際には少し安心したが、「音」がプレイヤーのものによるものではなかったことを知り、少し損をした気分になった。 それと同時に、ゲームマスターが動く日が近いことを悟った。「で、お前が噂の無色か」 その男に出会ったのは、世界の終わりの三日前。「お前がこの世界を壊すのか」 俺が彼に尋ねると、男は静かに首を横に振った。 そして、男は静かに口を開く。「頼みがある」「なんだ」 男は生気のない目で俺を凝視する。「殺してくれ」 わかったと、俺は返事をする。 乞われるまでもない。 それが、このゲームのルールだ。 世界が終わる三日前、世界を壊すはずだった男は死んだ。 それでも、時計の針は戻らない。 今日が、世界が終わる三日前。 そうでなくては、困るのだ。___
ゲームのルール(前編) お前たち人間には信じられない光景を俺は見てきた。 レックウザの肩の近くで炎を上げるフリーザー。 破れた世界に沈むクレセリアのそばで瞬くチャージビーム。 そんな記憶もみな、時とともに消えてしまう。 雨の中の涙のように。 俺も死ぬときがきた。 ◇ 「お前たち人間?」「破れた世界はゲームの向こう。そこで生まれ、そこで生きたものはゲームの住人。だが、お前は人間だろう」「俺もゲームの駒に過ぎない。この町も」 無色の男は、目を見開く。「ここが、現実ではないというのか。お前の目は、節穴か」 ◇ このゲームには3つの陣営が存在する。赤、緑、そして青。ゲーム開始後3か月以内に、同じ色のプレイヤーをすべて殺さなければ、自分も死ぬ。 だが、その3つに加えて、隠れ要素として「無色」と呼ばれるグループが存在するとうわさされていた。 伝説のポケモン、幻のポケモンをすべて葬り去ったと呼ばれる無色。どのようなポケモンを使ったのか、どのような戦い方をしたのか、すべて不明。 そして、これから先も、明らかになることはない。 もう、彼は死んでしまったのだから。 最初に彼を見つけたのは、ドラミドロのフレイヤだった。 ダムの中から、生きた人間の気配を察知した。 水中に通勤している職員がいるとは聞いていない。プレイヤーだと判断し、即座に麻痺性の毒を放った。効果がないので、もっと強い毒を、さらに致死性の毒を。 それでも、相手の動きは変わらない。男はゆっくりと水面に浮上した。 日は暮れていた。水中にいる時は気が付かなかったが、静かに雨が降っていた。黒く、冷たい雨だった。 ダムの水面に、顔面蒼白で姿勢の悪い男が一人、立っている。つまらないホラー映画のようなシチュエーションだったが、一つ良いことがあった。 ポケモンが見当たらなかったことだ。 毒が通じない理由はわからないが、人間一人であれば、殺すのに支障ない。ポケモンなしで水面に立っていられる理由はわからなかったが、ここから離れるに越したことはないと判断した。俺はフレイヤに指示し、男を人目のつかない林の中に連れて行った。気温は低く、やむ気配のない雨が顔に当たる。 そこで、男の独白を聞いた。 彼が無色であること。 彼が多くの人間を殺したこと。 そして、彼の寿命が長くないこと。 俺は、彼自身の希望通りに、彼を殺した。 しかし、白い鳩は飛び立たない。 ここはゲームの世界のはずだ。何人殺しても差し支えない。自分の目的を達成するためならば。 そういえば、林を飛び立った次の瞬間に、男の顔を忘れてしまった。 それで構わない。次の仕事がある。 ◇「今なんて?」 私はミミロルのミミを抱いたまま、はげかかった大学の先生に尋ねた。「だから、いった通りですよ。あなたは、ここに、住むんです」「ここに?」「そうですよ」 そういって先生は、壁一面が幾何学模様で覆われた狭い部屋に私を押し込む。入りきるのが怖くて、顔だけドアの外に押し出した。「ここは、何?」「ここは、電波暗室です。外部からの電波などを遮断できる便利な部屋ですね。壁がデコボコしているでしょう。あれで、電波を遮断します。ドアを開けていると電波が入ってくるので、閉め……」「閉めないでください!」 久しぶりに大きな声を出したので、のどがついていけず、私は大きく咳をした。何度も、何度も。これは重症だ。「えらく不健康な生活を送っていたと見受けられます。ですが、一つ良いことがある」 私は先生に渡されたペットボトルの水を飲む。「あなたが、食事をすべて通販で購入していたことです。そう、水の一滴でさえ、あなたはあなたが買ったもの以外何も口にしなかった」 私は口もとが濡れているのをそのままにして尋ねる。ミミが肩に乗り、ふわふわの腕で私の代わりに拭いてくれた。「それがどうかしたんですか」「私たちが、あなたの食事をコントロールするのが容易だったということです」 私は意味が分からなくて、質問もできなかった。「まぁ、普通のオンラインストアは、あそこまで栄養に気を使ったメニューを宅配してはくれないということですよ。それでは、ごきげんよう」 私は、閉まろうとしている分厚いドアを必死で止める。ミミも小さな腕で手伝ってくれた。「なんで、こんなヘンな部屋に閉じ込めるんですか!」 声を振り絞ると、また咳が止まらなくなり、慌てて水を飲む。禿げの先生はその間、少し夢想するようにぼんやりと部屋の中を見ていた。咳が落ち着くと、先生がゆっくり話し出す。「この部屋は、電波暗室。電波が届きません。外部からの接触を、減らすことができるというわけです」「テレポートも防げる?」 先生は首を振る。「それは無理ですよ。この部屋は電波暗室。防ぐことができるのは、電波です。この状態だとそれが最強の盾となるでしょう」 そして、続ける。「早く入りなさい。私たちには、もう時間がありません」 先生はミミの鼻先を人差し指で突いた。驚いたミミが床にストンと倒れ、支えを失ったドアが閉じられる。 無音。 電波暗室は、電波だけでなく、外部の音さえも完全に遮断してしまうのかもしれないと思った。ミミのか細い息の音でさえこの部屋ではよく聞こえる。 私はこれからどうなるのだろう。 だまされたのだろうか。あと3日耐えて、そのまま死ぬんだろうか。 それとも、電波暗室にいれば、ゲームマスター、黒服の男からばれずに生き残ることができるのだろうか。 でも。 私はミミを抱き上げて、部屋の隅にあるベッドに腰を下ろす。 でも、その後どうするの? ゲームが終わった後、私は死なないように、死ぬまでずっとこの部屋の中にいるの? 私は、これからどうなるの? もちろん、答えてくれる人は、どこにもいない。 突然ぶぉーんという電気の音が付く。空調が入ったらしい。合わせて、かさかさという、紙がすれる小さな音がした。 長方形の部屋の隅のベッド。その対角線上に簡素な机があって、その上の本のページがめくれたようだった。 私はミミを肩に乗せて、机までゆっくりと歩いていく。 タイトルを見ようと思って、本を持ち上げる。少し重いと感じるくらいの厚みがあった。 分厚い紙でできた茶色い表紙に、盛り上がった黒い文字でタイトルが書いてある。「ゲームのルール」 日に焼けて薄茶色に染まった紙を、破らないようにそっとめくる。――巨大な黒い鳥が、また一羽落とされた。村の男たちが10人がかりで銛を打ち、網を投げ、縄でからめて捕まえる。日は高く昇り、櫓のそばに堕ちた黒い鳥を白く照らす。櫓の上の男が歓声を上げながら梯子を降る。男たちが鳥を刺す。麻布で作られた簡素な服を赤く黒く染めながら。鳥は声を上げない。 私は一枚ずつ、ページを進める。 ◇ 彼は「故郷」という言葉を持たなかったが、それが守るべき何かであることは知っていた。 ゲームの一節だ。 人の形をしているが、人間よりも頭の悪い種族。その「彼」に向けて書かれた言葉。「お前も、そうなのかもしれないな」 ソファに座った私のそばを立ったまま警護する、バシャーモに言う。 今日は、世界が終わる二日前。 私の命は、世界が終わるより、一足先に終わるだろう。 バシャーモに頼み、スマートフォンを持ってこさせる。 黒い画面に自分の顔が映る。34にしては、しわが多い。 ゲームが始まる前は、営業として毎日東京を駆け回っていた。部下に怒鳴ることもあった。部下をほめることもあった。慰めることもあった。ともに喜ぶこともあった。今はもう、だれもいない。「お前か」 私は、最後に残った私の仲間に電話を掛ける。 彼は傍観者。ゲームの勝利に最も近い傍観者。「私の死期は近い。世界が終わるのを見届けることはできないようだ。お前のかくまった生き残りにかけるしかなさそうだな」 無言の中に、相手の無念が聞き取れる。「すまない」。私は一言だけ続けて、電話を切った。 自身では手をかけず、遠隔地からトレーナーを狙って殺すとは。 そんなことができるのは、奴しかいない。 私は背もたれを支えにして、何とか立ち上がる。 その直後、激しくせき込んだ。口を押えた手のひらには、血がべっとりとついている。 それでも、私は行かなければならない。 バランスを崩して倒れそうになると、バシャーモが体を支えてくれた。「お前は、まだついてきてくれるのか」 ポケモンの「彼」は静かにうなずく。それが当然だというように。 ◇ カイバ女史に報告をするのが苦痛だった。 しかし、ゲームはあと2日で終わる。放っておくわけにはいかない。「無色が死にました」 カイバ女史は気取ったように顎に手をやり「ほう」とつぶやく。呆けている場合ではないのだろうが。「どこかでルール違反が?」「いえ、ルールにのっとって殺されました。「プレイヤーに殺されたと?」 私はイライラと机を爪でたたく。ほかに何があると。「原因は?」 だから、と私はため息をつく。「純粋に、ほかのプレイヤーに殺されただけです。抗った形跡はなし。ポケモンを出した跡さえない。ポケモンを出す前にトレーナーだけをターゲットにされて死んだのでしょう」「それは運が悪かったわね」 運が悪かった? 無色がほかのプレイヤーを殺してくれることを前提としてシナリオを組み立てていたはずだ。このシナリオをどうするつもりだ。 それで、とカイバ女史は続ける。「この責任はどう取られるおつもりで?」 私の頭が真っ白になる。 私が責任を取るのか。 私の問題なのか。 私は”上”に言われた通りのことをしたまでだ。私はオペレーターだ。そんな私がなぜ責任を負うのだ。 私は、悪くない。「そもそも、あなたが提案したこのゲームのシナリオに問題があったのではないでしょうか」 カイバ女史が見下したように目を細める。 そして、大きくため息をつく。「あなたがそこまで無能だったとは。”上”に報告しておきます。新しいオペレーターを呼んでくれと」「ふざけるな!」 私が椅子をけって立ち上げると、カイバ女史は防犯カメラを指さす。「ここでの行動はすべて記録されていますよ。下手な行動は慎むべきです」 それに、心配はいりません。とカイバ女史は続ける。「あなたの代わりはいくらでもいるのですから」 そのとき、私は悟った。 私自身がゲームの駒だったのだと。 私は、ゲームマスターではなかったのだと。 私は、椅子に座りなおす。カイバ女史はデスクに座り、煙草に火をつけた。 ノックの音がした。__
ゲームのルール(中編) 悪いことが起こったとき、雨が降ることが多い。 つらいこと、冷たいこと、嫌だという気持ちを雨に反映させているのかもしれないし、読者の心の中にあるわだかまりを、読んだ後には水に流せるからかもしれない。 けれども今日は晴。 私を信じ、私が信じた者たちが死ぬ、その日の天気は、晴だった。「ちょうどいいじゃないか」 毒吐き男は言う。今日は、俺にとって、悪くない日だ。 ◇ 先代から受け継いだ一軒家を後にして、私は車に乗り込んだ。 日本製のハイブリッドカーは、発車時に音をほとんど出さない。助手席にバシャーモを乗せ、車を走らせる。プレイヤーが減った今では、隠れる意味はあまりなかった。 彼の居場所はわからない。周到に隠れ、無数のわなを仕掛けた毒吐き男に近づくことは難しい。 そこで私は、彼の方から会いに来てもらうようにした。 毒吐き男を見かけた港のそばに車を止める。そこでバシャーモを下ろし、自分は車で埠頭の先まで行く。バシャーモは港に備え付けられたガントリークレーンの上まで上がる。クレーンはよくキリンに例えられる。バシャーモが立っているのがちょうどキリンの顔。その顔が燃え上がる。 赤と白のガントリークレーンが、晴天の元、バシャーモの炎で赤黒く染まっていく。私は、バシャーモが助けに来れないくらいの距離を取ってそれを見守る。 異常を発見した毒吐き男が現れる。バシャーモは呼ばずに、さらに遠くに移動してもらった。「何のつもりだ」 毒吐き男は、怪訝な表情で、車の中の私を見る。「君と話がしたかった」「俺は、特に興味ないが」 私は助手席のドアを開ける。しかし、毒吐き男は乗り込もうとはしない。「そんなに私が怖いかね」「お前が外に出たらどうだ」 そういって毒吐き男はドラミドロに指示をして、運転席のドアを溶かした。私は声を出してわらう。「何がおかしい?」「最後まで生き残った同志だ。仲良くしようじゃないか」「まだゲームは終わっていないし、お前はゲーム終了時まで生き残ることはできない。違うか」 私はボンネットに座り、一息ついてから首を横に振る。「違わないさ。もう体がダメになった。お前はいったい何をした?」 毒吐き男は答える。ダムに毒をまいたと。「遅延性の毒にした。多くの人間が飲んだ後に効くようにな」 毒吐き男は続ける。「前にマリオネットを介して、チーム戦と言っていたな。お前らのチームのメンバーは、おそらく一人残らず死んだはずだ。この1か月の間に水道水を飲んだことのあるやつならな。何だったら、電話でもしてみたらどうだ。最後の会話になるかもしれない」 私は首を振る。「世界が終わるというのに、人間の生き死にを気にしてどうする。もう、君の力に恐怖する者はおらんよ。人の感情を他人が制御することはできない。それは君が一番よく知っていよう」「何の用だ。雑談をしている暇はない」 私はため息をつく。大きく。深く。世界を変えることができるのが私でなくてとてもつらい。そう思っているのは、ほかのプレイヤーも、傍観者たちも同じだろうか。 私は、ここに来た目的を果たすことにした。時間がないことはわかっている。けれども、目的を果たした後のモブは、暴れるだけ暴れた後は、消えるしかない。消える前のその余韻を味わいたかったのかもしれない。死んでしまった者たちを、思い出してあげたかったのかもしれない。 毒吐き男がせわしなく人差し指で車をたたく。彼の怒りを買えば、私はすぐにでも殺されてしまうだろう。 もう時間だ。「私たちがマナフィを追いかけていたことは知っているね」「俺が渡した奴だろう」 私はうなずく。「あぁ、そうだ。マナフィは帰巣本能がある。マナフィが生まれた冷たく深い海の底に帰りたいという本能が。しかし、この世界に、彼の居場所はない」「だから、お前たちはマナフィを奪い、泳がせた。”向こう側”への入り口を探るために」「その通りだ。しかし、途中で邪魔が入った」 デンチュラ、そしてエーフィとの戦いを思い出す。彼、彼女たちはいまどうしているのだろう。そして、これからどうなるのだろう。立場は違っても、同じ思いを持った者たちは。特にエーフィのペアにはよく働いてもらった。自分たちの計画にそぐわない者たちの情報を少しちらつかせるだけで、彼らを殺してくれたのだから。最後には、彼を利用したせいで計画がばれ、マナフィが奪われてしまったのだが、今となってはどうでもいいことだ。 私は思い出を振り払うように咳払いをする。また少し吐血したが、無視して話を続ける。「結局、マナフィはゲームマスターに再度奪われてしまった。これでゲームマスターに打ち勝つ方法がなくなったと思った。しかし、まだ希望があった」 一つはミミロル。しかし、ミミロルのことは伏せておく。もう一つの希望が、今は大事だ。「その希望が、俺っていうんじゃないだろうな」「君だよ」 毒吐き男は不愉快そうに私をにらみつける。殺されなかった理由、守られていた理由が分かったのだから、彼にとって、気分が良いものではなかっただろう。ケーシィを守る毒吐き男を守っていたのは、私たちのネットワークだ。このゲームにおいて、ポケモンの強弱はあまり問題にならない。 1キロほど先で、バシャーモの乗ったクレーンの先が燃え尽きて落ちた。キリンの首がもげたようだった。我々は、それを無視して話し続けた。「我々の組織は君に賭けた。君がすでに”入り口”を見つけていることに。そして、君が入り口に入り、ゲームをリセットしてくれることに」「アリサを殺して俺が動くように吹っ掛けたということか」「その件は、申し訳なかった。ただ、我々には時間がなかったのだ」 毒吐き男の動きを察知して、制止する。私を殺せば、君の計画もふいになるぞと。私の話の続きを聞く必要があるのではないかと。 毒吐き男の感情の高まりを察し、ドラミドロの周囲からでる毒気がさらに強くなった。舌を回すことも難しい。しかし、私は伝えなければならない。「俺はずっと、お前らの掌で踊っていただけか」 私は顔色の悪い毒吐き男に笑いかける。そんなことはないと。「人間を制御することはできない。計画通りに事が運ぶのは、ゲームの中だけだろう」「ここはゲームの中じゃないのか」「現実よりも色鮮やかな思い出があるならば、私はそれをゲームに保管された記録の一つだとは思いたくないね。見てみたまえ」 私は東京湾の方へ振り返り、太陽の光に反射された海面に目を細める。「私はこの世界が好きだ。君が、この世界の住人を愛したように」「どうすればいい」 私はポケットから小さな鍵を取り出して、毒吐き男に渡した。黒くて小さな、普通の鍵。「マナフィを奪われた代わりに、こんなものを手に入れた。役に立つかもしれない」「ゲームマスターがそんなへまをするかな」「罠かもしれない。あるいは、来てほしいと願っているのは、向こう側かもしれないな」 私は一つ嘘をついた。カギを手に入れたのは今日の朝だ。明らかに、ゲームマスターが何らかの意図をもって私のもとに置いた鍵。それを託した。何か聞きたそうな毒吐き男を遮って、私は車に戻る。その意図は、すぐに彼の知るところになるだろう。「最後くらい、座って死なせてくれ。道端に倒れるのはみっともないからな」 そういって、私はドアのとれた車の運転席に乗り込み、静かに目を閉じた。 毒吐き男が去っていく気配がする。挨拶も何もない。彼にとって、私はただの駒なのだろう。ゲームマスターと同じように。いや、彼を駒のように扱ったのは、私なのかもしれない。 毒吐き男の代わりに、暖かな気配が近寄ってきた。つい最近であったようで、昔から感じていたような、暖かみ。「バシャーモ。お前にも、いつか故郷ができるといいな」 バシャーモが私の手を握った。 この温かみは嘘か誠か。世界すべてが虚構だといわれた後には、このぬくもりこそが真実であるような、そんな気がした。 ◇ 明日世界が終わるといわれても、あまりピンとこない。 現実感がないという言葉を、この虚構世界で使う意味があるのかどうか、俺にはよくわからなかった。 ただ俺にはフレイヤがいて、”向こう側”につながる入り口があって、”向こう側”を開け放つ鍵がある。 日の出を待ってから、俺とフレイヤは東京湾に潜行した。ゲーム最終日が最も潮の巡りの良い日と一致するのは誰かが仕組んだことなのだろうか。忘れられた神殿のような、緑に染まった柱を潜り抜け、入り口にたどり着いた。 光のない穴。 永遠に続くかのような、黒い穴。 命綱を持ってきたが、海中に放り出した。戻る必要がないと思った。 俺は、ライトの出力を最大にして、フレイヤとともに穴に入った。 穴の内部は、ただただ黒い。 模様があるわけではなく、網がはってあるわけではなく、ただ通路としての機能だけを持たせただけの穴。 直進しているのか、曲がっているのか、あるいは戻っているのか、それさえもわからない。方向の感覚がない今、俺はフレイヤにすべてをゆだねた。 信頼、信用。少し違うかもしれない。 ただ、俺よりも感覚が鋭い者の動きを信じたのだ。それが、最善と信じたのだ。 方向だけではなく、時間の感覚さえもが失われつつあるとき、”声”がした。「ようこそ、ゲーム プレイヤー」 ゲームマスターの声だった。 ◇「バシャーモのペアではなく、君が来るとはね」「俺では不満か」「不満も何も、私に選ぶ権利などないさ。ゲームマスターは、プレイヤーの代わりになれない」「歓迎してくれるのか」「さぁ、どうだろう」「お前たちの目的はなんだ」「長くなるよ」「世界が終わるまでは、待ってやる」 ゲームマスターは笑って、それでも肯定の意を示した。「いいよ、教えてあげよう。君たちは、誰かを殺すために作られたんじゃない。自ら消えるために、作られたんだ」 ◇ 始まりは、多人数プレイができる、ネットワーク上のポケモンという新しいゲームだった。 人工知能って知ってるかい。あれってね、意外と大したことがなくってね、頭悪いんだよ。どこが悪いのかというと、人間の脳を完全に模したものにできなかったんだね。動きを真似することはできる。でも、機能を真似することはできない。 それでも、人間の真似ができるソフトウェアってのは便利でね。一気に広まった。コンピュータの性能も高まり、ネットワーク状に人間の町の模型を作ることがはやった。それがもう10年も前の話になる。 ポケモンという大人気ゲームもそれに倣った。町を作り、モブキャラを作り、そこにプレイヤーが配置された。 でも、このゲームにはちょっと問題があってね。モブキャラが人間味に溢れすぎているんだ。それは困るということで、モブキャラはモブキャラらしく、手抜きしてすぐにそれと分かるようにした。 インフラが整った後は、ゲームの遊び方の問題に移った。 町があって、ポケモンがいて、疑似空間上でポケモンと触れ合えるっていうのは、まぁ確かにゲームとして面白かったんだけれども、ただ、やっぱりイベントが必要になるんだよね。課金してもらう必要もあったし。 そこで出てきたのが、やっぱりバトルだ。 しかし、あまりにもリアルになったポケモンを、見境なくやっつけるってのは倫理上よろしくない。 そこで、悪者を用意した。イベルタルだ。「お前たちがイベルタルを操作していたのは、そのためか」 まぁ、焦るな。結論から言うと、あの黒い鳥は本物じゃない。本物は、第2階層で無色に殺された。階層って何かって、だから焦るな。このゲームの目的をまだ説明できてない。 さっきの話に戻るよ。 インフラとして整えられたゲームは、あくまでもプレイヤーたちが触れ合う場だった。殺しあう場じゃない。そこに悪者を設置して、何度でも殺せるようにしなくてはいけなかった。そこで、疑似プレイヤーを作った。人間味あふれすぎているからあえてバカにしていたモブたちの一部を、本物のプレイヤーと同じようにしたんだね。 その”賢い”悪者を、力を合わせて殺すこと。それがイベントだった。 しかし、疑似プレイヤーを何度も殺しては生き返らせを続けている間に、問題が発生した。ゲームのもともとの使われ方と違うことをしたから、いろんなところにデータが残ってしまって、消せなくなってしまったんだ。自我のようなものを持っているから、動きだけで本物のプレイヤーと疑似プレイヤーを判別することもできない。人間のプレイヤーだとすぐにわかるフラグを付けておけばよかったと思ったのも時すでに遅し。もう、バグにより増えてしまった疑似プレイヤーを消去できなくなってしまった。 そこで、いったんゲームを中止した。人間のプレイヤーにはすべていなくなってもらったんだ。システムメンテナンスと称してね。その時に動いているのが、疑似プレイヤーだ。 よし、あとは彼らを消すだけだ、となったところで手が止まる。 本物のプレイヤーと区別がつかないほどの人間性を持つ彼らを消す手段がなかったんだ。フラグもつけてないし。手作業で消すのはまぁ、無理。やるとしたら、ゲーム全体のデータを初期化しないといけなくなる。そんなことをしたら、システムメンテナンス期間を大幅に超えてしまう。それは嫌だ。 そこで生まれたのが、君たちの戦っているゲームだ。 君たちを相互に戦わせ、お互いでつぶしあってもらおうという魂胆だね。ポケモンを渡すという機能だけは完全に自動化できていたので、その機能を使って効率よくデータを消すことにしたわけだ。人間のデータは消せないけど、ポケモンを消すのは簡単。ポケモンふれあいゲームとしては、このシステムは優秀だったわけだ。本来、この世界に存在するモブは、感情のない人間モドキか、ポケモンだけになるはずだったのだから、本来の機能通りに動かしたともいえる。ついでに言っておくと、君たちの3か月は、僕らの世界では大体3日。これくらいなら、まぁシステムを止められないこともない。 また、チーム戦のように見せかけて、同じ色のプレイヤーを殺さなければいけないってルールにした。このほうが、最後に残ったのを3人にまで減らせる。3人くらいなら、徹夜すればデータ消去ができる。3分の1は無理だけど。 そして、力の均衡を保つために、2階層ルールを設定した。 簡単なことで、伝説や幻のポケモンたちをその階層に突っ込んだんだ。伝説が結託すると強すぎてパワーバランスが崩れるから、色も変えた。そして、最後はその階層で最強になったプレイヤーに、君たちがいる層、すなわち1階層目の残り全部を殺してもらおうと思った。それがまったく機能しなかったことは、君が一番よく知っているだろう。 さて、ほかに質問は。「なぜ今になって俺の味方を?」 まぁ、上司と決裂したからだ、と見てもらって問題ないね。「もう一つ」 なんだい。「お前は今、ほかのだれかと一緒にいるのか」 あぁ、上司がいるよ。それがどうかした?「いや、お前はすでに次が予測できていて、おもしろくない。お前の掌で踊っているようで」 掌で踊らされているのは、私たちのほうかもしれない。「まぁ、驚いてくれる奴が残っていてくれてよかったよ」 そうだね。レールに沿った人生は味気がないものだ。私が言える立場ではないけれど。「さて、最後の質問だ」 いいね。なんだろう。 俺は暗闇の向こう側に鍵を差し込む。 そして、3回扉をノックした。 ゆっくりと扉を開く。 部屋の中には2人。 薄ら笑いをしている小さな男と、赤い服を着て煙草を吸っている金髪の女。 男はおそらくゲームマスターだろう。 女のほうは、ゲームマスターが言っていた「上司」かもしれない。女は俺とフレイヤの姿を見て、呆然と煙草を口から落とす。 俺は、最後の質問を、ゲームマスターに向けて言う。「ここは、何階層目だ」 ゲームマスターは答える。「今までは、0階層目だった。君が来てからは、そうだな」 ゲームマスターは、笑いながら言った。「聞いてみないとわからないな。私たちの、ゲームマスターに」__
ゲームのルール(後編) 人間の頭の中には小人が住んでおり、それが人間を操っているという説がある。 しかし、人の頭に住む小人がどうやって動いているのかは、誰も知らない。 この問いに答えるもっとも簡単な方法は、小人の中にもう一人小人がいると考えることだ。 もちろん、小人の中にいる小人がどうやって動いているのか、だれも分からないのだけれど。 ◇「水槽の脳って知ってるか」「ヒラリーパトナムだね。有名だよ」 カイバ女史は腰を抜かして床に座り込んだまま、残った威厳を必死でかき集めたかのように咳払いして私たちに尋ねた。「それがどうかしたっていうの」「水槽の脳を管理している人の脳も、水槽の中だったということだ」「カイバ女史に限らず、私たちにとっては笑えないジョークだけれど」「望んでいたんじゃないのか」「望んだのは、たぶん私じゃない。それに、原理が分からないことは苦手だ」「原理はどうでもいい。今すぐにゲームをリセットしろ」 私は承諾し、ノートPCを机から引き出す。サーバーと直接つながったPCだ。いまだにサーバーの制御は黒い画面に文字を直接打ち込んで操作することになっている。カイバ女史が止めようとするのを無視して、私はログイン処理をする。「さて、あとは簡単。Enterキーを押せば、ゲームそのものが消えてなくなる。キーを押した人は消えないから、いうなれば、押したプレイヤーがゲームの最終勝利者になるということだ。おめでとう。君が、このゲームの、勝者だ」 これで彼がキーを押せば、データがすべて消去される。もちろんゲームの続行は不可能になるだろう。しかし、毒吐き男とフレイヤを見て、この責任を私に負わせることはさすがにできないはずだ。この異常現象を収める方向にみんなが動くだろう。そして私はゲームから離脱する。勝てないゲームはやらない主義だ。早くゲームを終わらせないと、私が毒で殺されるかもしれない。彼にはその力がある。ぜひ早く終わらせたかった。 しかし、毒吐き男はキーを押そうとしない。それどころか、彼は不満げに返した。「俺は、ゲームをリセットしろと言っている。巻き戻せということだ」「よくわからないな」「戻らなければ、意味がない」「データを復旧させろということ? 君の敵がまたよみがえるだけだと思うけれど」 毒吐き男は譲らなかった。「俺は、生き返らせたい人間がいる。そのためにここまで来た。俺が望むのは、ゲームの復旧と、死者の復活だ」 私は自分の頭を掻く。どうしようかと少し考えてから、正直に答えることにした。「それは、ちょっと私にはできないな」「なぜだ」「やり方を知らない」 ドラミドロのフレイヤがいななき、体から毒素がにじみ出る。私は小さな悲鳴を上げて、慌てて体をすくめる。カイバ女史は高い悲鳴を上げながら、四つん這いで部屋の隅まで逃げ、机の下に隠れた。私は優越感を覚えたが、それに浸っている余裕は、明らかに、ない。このままだと、部屋中が毒素で満たされ、私も死ぬ。彼が私たちを殺す動機は、有り余るほどあるはずだ。「まてまて。話せばわかる。私たちを殺すのはやめてくれよ。君の手伝いもできなくなる」「手伝えることがあるのか」「あるとも。私たちの階層よりもう一階層上のゲームマスターに頼むんだ」「上のゲームマスターと会話ができるのか」 私は顎に手をやり、また考える。私は首を横に振る。「電話番号は知らないね。ただし、ゲームマスターの注意を引くことはできる、と思う。私はこう見えて、君の階層のゲームマスターだ。ゲームマスターが何をされるのが嫌か、一番よく知っている」 毒吐き男がようやく笑った。「どうすればいい」「現実世界ではありえない動きをしてくれ。そうだね、例えば、壁に穴をあけて建物から飛び立ち、あたり一面に毒をまき散らすというのがいいかもしれない」 カイバ女史が白い顔をさらに白くした。彼女はまだルールを理解していない。私たちは、すでにプレイヤーなのだ。私はゲームマスターよりプレーヤーのほうが向いていたのかもしれないな。「突然警備ロボットが出てきて俺を殺しに来るってことはないか」 今度は私が笑う番だった。「もちろん出てくるさ。でも、警備ロボットは、現実世界の人間を相手にするために作られている。ポケモンを相手に戦って勝てるとは思わない」 私が答え終わる前に、毒吐き男はドラミドロに指示して、壁に溶解液を放った。私は液体がかからないように慌てて避ける。カイバ女史は溶けてしまってもよいと思ったが、残念ながら無事だった。 一瞬後には毒吐き男を乗せてドラミドロが飛び立つ。 カイバ女史が内線に飛びつくが、電話はつながらないようだった。 神のお告げはついぞ来たことがないけれど、神を想像することは簡単だ。 夜の街で毒をまき散らすドラミドロも、私たちを作った神も、最新テクノロジーによるヴァーチャルリアリティーだと言われれば、反論できない。 私のもとに鍵が渡されたのは、だれの意図だったのかはわからない。 掌で踊らされているのは誰なのか、私はもう、考えることに疲れてしまったのかもしれない。 あとは、ゲームマスターのお出ましを待つだけだった。 それには、あまり時間を要さなかった。 ◇ 2階層上のゲームマスターの動きは速かった。 俺が建物の外に出る前に、この世界の時間が止まった。ーー時間が止まったという言い方は間違っていますよ。時間が止まったのであれば、時間が止まったと認識するはずのあなたのの知性も止まってしまっているため、時間が止まったことに気づくことができないはずです 2階層上のゲームマスターの声だと思った。 1階層上のゲームマスターは、彼を神と呼んだ。 神との対話、というと特別な気がしたが、ただ声が聞こえるだけなので、実感はなかった。事務的に、今後の処理を決めていく作業。そのように感じた。 神は、俺に部屋に戻るように告げた。俺やフレイヤという存在がほかの人間に見られるのを避けたいらしい。 部屋に戻ると、ゲームマスターは椅子に座り、赤い服を着た女は気を失っていた。ーーカイバさん、でしたか。彼女は精神が持ちそうになかったので、眠っていただきました。私たちの法律では、たとえ仮想空間にいるヒトであっても、傷つけたり殺したりすると罪になるので。「いい法律だな」 俺はゲームマスターを皮肉る。ゲームマスターは肩をすくめた。ーーこの世界は本当に面白い。シミュレーションされた住人がさらにシミュレーションをして内部の住人を制御するという例は今までなかった。貴重なサンプルを得られて、とても感謝しています。「カミサマ、一ついいですか」 ゲームマスターが言う。「カミサマを操っているカミサマがいるんじゃないかという認識は持っていますか」 神は、間髪を入れずに答えた。ーーわかりません。現れたら、認めるでしょう。現れていない間は、考えていても仕方ない。 ごく平凡な返答で、ゲームマスターは明らかに不満げだった。この答えに気が付かなかった自分を責めているのかもしれない。ーーさて、少し異常な事態になってしまったことを、まずはお詫びします。 少し、と言い切るのが不満だったが、そこは放っておいた。ーーあなたたちの人権を守るためにも、いったんこのゲームを終わりにすることを提案します。よいで…… 俺とゲームマスターは、最後まで聞くことなく、声をそろえて同意した。 ただ、俺は追加で注文を付けた。ーーゲームのリセットですね。大丈夫です、問題ありません。ただし、あなたたちの、今までの記憶がなくなってしまうことだけは、ご了承をいただければと存じます。 問題ないと返答する。「アリサだっけ。その女の記憶もなくなるぜ」 ゲームマスターがケチをつけるが、俺は無視した。生きていさえすれば、構わない。ーーお二人とも記憶はなくなる予定ですが、異存ありませんね 同意する。最初からすべてその予定だったのだろう。 ゲームの中の住人がゲームを始めた。その様子を上から眺める神がいた。神は、俺たちの殺し合いを見て、楽しかったのだろうか。 貴重なサンプルが得られたとも言っていた。俺たちは、やはり試験管の中でうごめく実験台に過ぎないのかもしれない。 バシャーモのトレーナーでもなく、ゲームマスターでもなく、俺を踊らせていたのは、こいつだったのだなと、ぼんやり思った。「さて、毒吐き男くん。何はともあれ、ゲームは終わり。サーバー停止のためのEnterキーを押してみなよ。そうすれば、きれいに終わるさ」 ゲームマスターが言った。 神も止める様子がないので、まぁ良いのだろう。 俺たちをさんざん利用して、殺し合いをさせたゲームマスターの言いなりになるのは嫌だ。しかし、最後の最後、ゲームの勝者として終わるのも、悪くない。少し逡巡した結果、俺はゲームの勝者になることを選んだ。 おれはフレイヤを連れて、ゆっくりとノートPCの前へと進んでいく。 この動きも、俺の感情も、すべてが操られたものなのかもしれない。 仕方ないと思った。あきらめるべきなのだろう。 画面の前に立つ。キーボードに向かって手を伸ばす。世界の終わりとゲームの終了を感じる。 こんなにあっけなくゲームが終わってもよいものかと思った。 生死をかけた争いも、何千、何万という命を奪った殺戮も、ボタンを押せばすべてが終わる。 この小さなキーをたたくだけで。 おれはキーボードに手を乗せた。その刹那、天井から叫び声が聞こえた。 上を見上げると、ウサギのようなものを抱えた女が上から落ちてきた。そして、俺の真上に落下しようとしている。「はぁ?」 俺は慌てて避けるが、足を強く踏みつけられてしまった。 ドラミドロの毒で溶かそうかとも思ったが、女の肩に乗っているウサギが、トレーナーを守るように威嚇した。「サーバーが停止したようですね」 ゲームマスターが言う。 俺が立ち上がると、女の足がキーボードに乗っかり、確かにEnterキーが押されていた。画面にも、サーバー停止の文字が出ている。 ということは……。「おめでとうございます」 ゲームマスターは恭しくお辞儀をして、女の手を取って立ち上がらせる。女は訳が分からないという風に男を見上げる。「あなたが、このゲームの、勝者となりました」 俺は、フレイヤに寄りかかりながら呆然と立ち尽くす。 俺の大きなため息の奥で、「あれ?」という動揺した神の声が、聞こえたような気がした。__
エピローグ 取引先から帰る途中だった。今使っているシステムに関する保守の定例会議があった。会話は技術だと思っていた。営業のマニュアルがあり、雑談のマニュアルがあり、交渉のマニュアルがある。そのマニュアルに忠実に従っていれば、顧客は満足する。この日も、いつものように顧客の話を熱心に聞き流した。顧客に対して申し訳ないことをしているのだろうかと、少し悩んだ。23歳になって一週間後の水曜日のことだった。 業務はもう終わった。会社には戻らないで直帰する。気が楽になったといわれればそうかもしれない。けれども、明日の業務を想像すると、心が暗くなる。 楽しいことなど何もない。新鮮だと感じることも、心がドキドキすることも、痛みを感じることさえも。喜怒哀楽が少しずつ平坦化されているような、そんな気がした。 僕はスマホを取り出し、最近始めたRPGのゲームを起動した。SNSでつながり、見えない相手と戦うこともある。攻撃的で、シンプルなゲーム。今を忘れることができるゲーム。 昨日の続きの今日にうんざりした日、ほんの少しばかりのスリルを求めて、僕らはゲーム機のスイッチを入れるのだ。 この世界は平坦だ。 ゲームのコマンドを入力するように、マニュアルに従って会話する僕がいる。 ゲームと日常の区別がつかないわけじゃない。 ただ、日常がゲームのように感じられることもある。ただ毎日、同じコマンドを打って、経験値を稼ぐだけのゲーム。ルールに沿って歩いていけば、いつの間にか終わってしまうような、そんなゲーム。 これが、この現実なのだと思った。 スマホを見ながら歩いていると、ほかの人にぶつかってしまった。 慌てて謝るけれど、相手は大きな声を出して僕に怒りをぶつける。そこまで言わなくても、と思い、スマホをしまって顔を上げる。 逆に文句を言おうかと思った。あなただってぼんやりしていたでしょうと。そこまで言うことはないでしょうと。 けれども、僕は、それができなかった。 目の前にいる女性が、あまりにもきれいだったから。 僕と目の前にいる女性との顔の距離は30cm程度。 美人というわけではないと思った。美しいと呼ぶにはあまりにもとがっていて主張が強そうに見える。目つきはひるむほど鋭かった。 こんな時に、なんていえばいいのか、マニュアルには載っていない。何をすればいいのか、わからない。もっと謝るべきか、強気に出るべきか、どっちだ? 僕の頭は真っ白になる。 あれ、そういえば、現実ってこういうものだったかもしれない。 ゲームよりかは、難しい。__