1
「変わってるね」と言われるのが、昔から嫌いじゃなかった。
むしろ僕にとって「変わってるね」は、例えば野球少年がコーチに「おまえには素質がある」と言われるのがこの上なく自身に繋がるように、自分のアイデンティティ(と言うと大げさかな)が実感できる言葉なのだ。
「変な奴」と思われるかもしれないが、そう、変な奴なのだ。そう思って下さるとは光栄です。是非機会があれば、ポケモンバトルでも。
そういう性格なものだから、今目の前に座っている、あどけないほほ笑みを浮かべた、黒髪が良く似合う女の子に「変わってますね」と連発され、とってもいい気分になっているのだ。いつも以上にビールも進んでしまう。明日の講義の事など頭の片隅にも置いていない。
ミオシティの運河沿い。地ビールが飲み放題というのが自慢のこの居酒屋の一角で、僕たちは大いに騒いでいた。
いわゆる「合コン」というイベントである。
今時の大学生は「草食系」が多いのだそうだが、古き良き慣習である「合コン」はこの街でも毎日のようにどこかで繰り広げられている。実態は意外と「肉食系」が多いのかもしれない。
いや、むしろ「草食系」の時代だからこそ、こういう一定の形式があるイベントはとっつきやすく、ある程度なら下心も覆い隠すことができるので、重宝されるという見解もある。
まあ、要は数少ない「出会いの場」なのだ。
「シュウ、ビール飲むわよね?!」
本合コンの幹事様である、『女帝』マキノが長テーブルの端で店員に注文しているところだった。平たく言えばサークルの先輩である。彼女の酒の勧めには断れないことになっている。
「もちろん、頂きます!」
僕はマキノ先輩のことは嫌いではない。ただ、めんどくさいとは思っている。基本的に威圧感がすごいので、僕は周りの何人かと密かに「女帝」と呼んでいる。今回の合コンだってほとんど無理やり参加させられたようなものだ。マキノ先輩と、その向かいに座っている国際交流サークルの先輩(名前は自己紹介のとき聞いたけど忘れちゃった。あんまり興味無くて)が今回の幹事で、国交サークルは女子が多いせいか男子の数が足りなかったらしい。
「バイトです」ととっさに嘘をつけばよかった。いや、仮にそうやってごまかそうとしても、うちの代表でもあるマキノ様は多分僕のバイトのシフトをある程度把握している。そういうことには恐ろしく長けているのだ。
「シュウ先輩、お酒強いんですね」
ただ今回ばかりは女帝に感謝しなくてはならない。カオリちゃんと話す機会を、しかも男女の中が比較的発展しやすい環境である「合コン」という場で、カオリちゃんと話す機会を設けることができたのだから。
「少しはね。一年の時に先輩に鍛えられたから」
カオリちゃんはお酒で少し赤くなった頬で笑った。反則だ。
彼女は国交サークル組の一年生。僕は二年生なのでひとつ下の後輩である。
ミオ大学の規模自体あんまり大きくないので、可愛い子が入学してくるとそれなりに話題になり、どこのサークルも部活もこぞって勧誘しようとするのが毎年の春の光景だ。
カオリちゃんは最初こそあまり目立った感じの子ではなかったが、後期が始まってすぐの一般教養の講義で一度見かけて、以来ちょっぴり気になっていたのだ。女の子は大学一年の夏に変貌する。僕の親友が言っていた言葉を思い出したものだ。その子が今、目の前でグラス片手に微笑んでいる。
男なら分かりますよね? 気になっていた女の子を、今ちょっとしたジョークで笑わせることができている僕の気持ちを。
しかも彼女、僕のこと「変わってますね」と何度も言ってくれるではないか。僕の性格を彼女が知っているのなら相当策士だが、その辺は考えても無意味なので、とにかく僕はその言葉に酔いしれることにした。今ならマキノ嬢にコールをふっかけられても喜んでグラスを空にします。
「さてさて宴も酣というところですが、とりあえずこの辺で一回絞めまーす! 二次会れっつごー!」
会も終盤になり、マキノ先輩の号令で参加者みんなが湧いた。パラパラと席を立ち始める。
数分後、僕たちは店の外でなんとなくたむろしてマキノ先輩の会計が済むのを待っていた。季節はもうすぐ秋、夜は長袖でないと少し肌寒くなってきたが、酒が回っていたのでそれほど寒くは感じなかった。
さて、これからが勝負だ。一次会はいわゆる様子見。それなりに空気を読める大学生なら良い感じにペアが出来始めるとその二人を「意図的」に突き放す。そういうものだ。
現に目の前で帰らされようとしているペアが一組いた。女の子の方がベロベロに酔っていて、男の腕を決して放そうとしない。恐らくあれはアロンアルファで接着されている。
「じゃあなジュン、その生き物ちゃんと送ってけよ!」
周りはへらへら笑いながらその光景を楽しんでいたが、僕は全く別のことしか考えてなかった。
「カオリちゃん、二次会行く?」
僕はさりげなく、少なくとも自分としてはさりげなく、訊いてみた。
「私、明日一講なんです。行きたいんですけど、ちょっと……」
ここでミオ大に通う大学生の「常識」を説明しよう。
ミオ大の学生は「ミオシティに一人暮らししているやつ」と「コトブキシティの実家から電車で通ってるやつ」に大きく分けることができる。僕は前者で、カオリちゃんは、一次会で得た情報によると後者である。
コトブキからの通学者にとっては一講は地獄のように朝が早い。人によっては五時半起きらしい。真面目なカオリちゃんのことだから、講義はサボらずにちゃんと出席しているのだろう。
問題は、カオリちゃんが帰るということは、他の電車で帰る組のやつと電車の中で約一時間、カオリちゃんはお話するということだ。あいつとかあいつとかにカオリちゃんと仲良くされたりするのは困る。
しかしそんな焦りとは裏腹、合コンメンバーは徐々に「二次会組」と「帰宅組」に――さっきの即席カップルはどこかに消えていたが――分かれ始めた。
まずい、気付けばカオリちゃんの連絡先も聞いてないじゃないか。
「よーし、じゃあ二次会行く組! こっちねー!」
会計を済ませ、店から出てきたマキノ先輩が促した。帰る組と挨拶を交わし、二つに分かれていく。
「――そしたら、またね」
情けないことに、彼女に対して僕はそれしか言えなかった。呪いたくなるほどのチキン具合。
別にいい。合コンなんてこんなもんだ。期待は酔いと一緒に膨らむだけ膨らんで、醒めると同時にしぼんでしまう。僕はそう思った。そう思うようにした。
二次会組に合流し、「シュウの部屋空いてるでしょ?!」とマキノ先輩の声が聞こえてきて勘弁してくれと思いながらうなだれていた。
そのちっぽけな背中を叩いたのは、他の誰でもない、分かれたばっかりのカオリちゃんだったのだ。少し、息を切らしている。
心臓がひと跳ねした。
「あの、もし――もしシュウ先輩が嫌じゃなかったら、連絡下さい」
手渡されたマリルの絵の描かれた青いメモ帳の切れ端には、アルファベットの文字列。
その日、僕は久しぶりに「三日酔い」になりました。
2
「おれは今、殺意を覚えた」
合コンから三日後、大学のサークル部屋で僕はケイタにこのたびの「素晴らしき出来事」を話した。
「確かにあの子は可愛い。下手にケバい連中よりもよっぽど。それゆえにお前には殺意を覚えざるを得ない。寝込みを襲ったらごめんな」
ケイタは僕と同じ「ポケモンバトル・サークル」に所属する親友――とは、気持ち悪いからあまり口にしたくないが、まあ客観的に見て「親友」だ。別に腐れ縁と大して意味は変わらない。
「ケイタ彼女いるじゃん」と僕はケイタに思い出させた。
「そう言えばな。まあでも、アイツはおれ無しでは生きられない。おれは別にアイツがいなくても生きて行ける」
こういうやつなのだ。どうか、理解しなくてもいいから、認めてやってほしい。
ケイタはモテる。何が良いのか分からんけど(確かに顔は良いけど)、悔しいくらいモテる。今の彼女は、僕はよく知らない子だが、同学年でもトップクラスを争うような子なのだ。
だから、僕の合コンでの「素晴らしき出来事」を聞いて殺意を覚えるような権利は彼には無い。
「連絡したのか? カオリちゃんに」
「うん。昨日の夜メールしたんだけどさ、なんつーか、すごく良い感じ」
僕は部屋の隅にあるソファーに身を沈めた。
「敬語なのが萌えるよなー。タメ口でいいよって言ってるんだけど、『先輩に向かってそんな口きけないです』とかって!」
「分かった、お前変態だな」
「だいたいさ、赤外線でアドレスなんて交換できるのにわざわざメモ帳に書いて渡すとことか可愛すぎる。きっとみんなの前で恥ずかしかったんだよ」
「自分から訊いてあげなかったお前がよく言う」
「あの子さ、おれに『変わってますね』ってメールでも言ってくれるんだよ。やっぱ人にない物を持ってるおれみたいなのがタイプなんだ」
「甚だしい限りの思い上がりだ。それはカオリちゃんが、わざわざミスドで肉まん食べる奴みたいに物好きだっただけの話だ」
「ミスドの肉まんは美味いだろ?」
「勝負するか?」
「よし来た」
まあ、こんな感じで毎回ポケモンバトルに興じるのが常だ。
僕のガーディ、ヒートは小学生時代からの相棒である。
大学に入るまでバトルなんて考えもしなかったのだが、入学したての春、サークルに迷ってるうちにマキノ先輩に引っ張られる形でバトルを始めた。つまり、トレーナーとしてはまだ二年も経っていない初級者である。
ケイタは僕とは対照的に中学の頃からトレーナーとしてポケモンバトルをしてきたらしい。彼のレントラー、エルクは多分この大学でトップ・テンに入る実力を持っているし、ケイタの指示も的確で、状況判断もプロ顔負けだ。僕は、本当に悔しい限りだけれども、ケイタに勝ったことは一度も無かった。
今日もあっさり先手を取られ、反撃に転じる前にバトルを制されてしまった。最近ヒートには本当に申し訳ないと感じている。
自慢じゃないが、ミオ大学の我らがポケモンバトル・サークル「ヘル・スロープ」は、全国的にみても相当レベルが高いらしい。ケイタよりもお強い先輩たちが何人もいる。マキノ女帝だってあんなんだけど、彼女のゴローニャが負けるところなど想像もできない。
こんなサークルに所属してしまった以上、それなりに強くならないといけない。そうは思うが、ポケモンバトルは中々奥深いもので、そう思うようにいかない。僕とヒートは誰にも負けないくらい心が通っている――とは言いすぎかもしれないけど、小学校からずっと一緒だったのだから、それなりに深い絆で結ばれていることは確かなのだ。なのに負けるとなれば、やはり僕の指示が的確でないのか。この辺りに関しては考えることが尽きないのです。
学生の本分は学問、とは言うものの、人生三車線の国道ばかり走っていたのではつまらない。大学は長い人生で一番寄り道して、一番迷う時期なのだから、勉強なんてとりあえず後部座席に放り投げて、左手に見える細道目がけハンドルを切るのも良いじゃないか。
というわけで、僕は久しぶりにイロコイに没頭した。傍目にはバカらしく映ったかもしれないが、全く気にしない。いや、気にならなかったと言ったほうが正しい。それだけ僕はカオリちゃんに熱中していった。
僕とカオリちゃんの仲は、後でばちが当たるんじゃないかと思うほどうまく進んだ。毎週のように二人でコトブキに足を運び、ショッピングや映画を楽しんだ。大学でも時々会い、一緒に帰った。
彼女はパンというマリルを持っていた。いたずらっ子なやつで、ヒートはいつもパンにちょっかいをかけられては、追いかけまわしていた。
僕はいつの間にか彼女のことを「カオリ」と呼ぶようになったし、カオリの言葉からも段々と敬語が抜けてきた。「シュウ先輩」と呼ばれることは捨てがたかったけど、「シュウ」と呼び捨てにされるのも悪くない。
でも、このついついにやけてしまうような日々の中で、ただ一度だけ、たった一度だけ、おかしな出来事が起きたんだ。
それはいつものように学校の門で待ち合わせをして、一緒に帰っている時だった。
天気も良かったので、ボールを開けてガーディを出した。時々こうしてやらないとこれからの時期、運動不足になる。
ところがヒートはボールから出た途端、カオリに向かって吠え始めた。
「きゃっ!」と叫んで、カオリはカバンを取り落とした。
「おいヒート! やめろ! 何してんだ!!」
ヒートは一向に吠えるのを止めない。仕方なく僕はヒートをボールに戻した。
「ごめん、大丈夫だった?」僕はカオリの肩に手をかけた。
「う、うん。大丈夫だよ。びっくりした……」
「ホントごめん。こいつはおれがちゃんとしつけとくから」
「あ、うん。でも……」カオリはまだ少し脅えているようだった。「――ヒートのせいじゃないよ……」小さな声でそう言って俯いた。
「どう考えてもヒートだろ、悪いのは。言い聞かせておくよ」そう言って僕は彼女のカバンを拾い上げた。
「……うん、ありがとう」どうも歯切れの悪い感じだった。
あの日はとにかくヒートを憎んだ。全くなんてことしてくれるんだ。幸い怪我をさせることなく済んだから良かったが、この先またこんなことになるのは困る。しばらくカオリの前でヒートを出すのは控えよう。
とまあ、トラブルはあったにせよ、焼け石に水だった。このこと以外は、実にうまく事が運んだのだ。
初めてキスしたのはあの合コンから一カ月ほどた経った、季節はもうすっかり秋になった頃だった。ここは僕の部屋。
キスした後、「おれたち、もう付き合ってるよね?」と訊いてみた。
彼女はにっこりして、「シュウが嫌じゃなかったら、そうしてほしいな」と答えた。
そして僕たちはもう一度唇を重ねた。
という感じで、淡々と綴ってみましたが、実際は心臓は暴れまわるし脳みそは行方不明になるしで、まあ濃い一カ月だったんだ。
充実してたということは胸を張って言えるし、これから来る寒ーいシンオウの冬も、彼女のおかげで乗り切れると思う。
でも、この時死ぬほど幸せだった僕に、後々、本当にばちが当たったんだ。少々浮かれすぎた僕に、神さまは大人げなく嫉妬したんだ。
3
「やはり、あの時殺しておくべきだった」
僕はまたサークル部屋でソファーに寝そべりながら、「キスしてから付き合った話」をした。
ケイタは相も変わらず僕に殺意を抱き続けている。
「お前はここで死ぬんだ。どうせ今度はセックスしたことでも報告しに来るんだろう? もうたくさんだ」
レントラーが本当にこっちに向かってきたので、僕は飛び起きた。
「落ちつけよ。エルクを差し向けることないだろ。てかそろそろ抑えつけようよ殺意。ケイタならできるさ」
「それはシュウ、君次第だ」
「おれが一体どうすればいいんだよ? 悪いけどセックスはするぞ」
ケイタはこのノリに飽きたのか、エルクを戻し、手近にあったパイプイスに腰掛けた。
「ところでお前知ってるか? 最近の噂」
ケイタは突然話題を変えた。よくあることだ。
「噂? どの噂だよ」
大学には良いもの悪いもの、大小様々な噂が日々流れ続けているので、この訊き返し方は別に間違いではない。
「ロケット団、復活したろ? ちょっと前に」
ああ、その話か。
ちょうど夏休みも終盤という頃だった。テレビも新聞もそのニュースで埋め尽くされていた。なんでもカントーの刑務所が襲われて、捕まっていたロケット団のボスと大勢の部下が脱獄したとか。
「噂っていうか、ニュースで散々やってたし、事実なんじゃないの?」
「ロケット団復活は事実だ。問題はその影響。遠く離れたこのミオシティにもその影が差しているらしい」
それが麻薬。ドラッグだという。
「あの手の犯罪組織や暴力団の資金源は大抵武器か麻薬だ。ロケット団が復活したことで、裏での麻薬取引量が跳ねあがってるらしい。さて問題です。ロケット団は仕入れた麻薬をどこに売って儲けているでしょう?」
突然の出題に、僕は少し面食らった。
「どこに売ってるか? ――うーん、麻薬を欲しがってるところだろ? 他の暴力団とかマフィアに転売するんじゃないの?」
「まあそれもあるだろうけど。でも最終的には誰が使うと思う?」
「――ストレス溜まってて、日々辛いことばっかりの人」
「それでいて、麻薬に関する知識の乏しい人間だ。つまり、おれらくらいか、もっともっと若いやつが最終的にターゲットになる。特に、ろくに学校にも行かず、夜な夜な街に出歩いているような若者が餌食になりやすい」
「まあ、なんとなくわかるけど。でもそういう話は今に始まったことじゃないだろ?」
「だから言ったろ? このミオシティにも影響が出てるって。元々そういう麻薬の売買はこの街でも密かに行われていたらしい。もちろん普通に生活してたら絶対に気付かないけどな。しかしここにきてロケット団により急激に取引量が増加。経済学やってれば想像つくだろ? どうなるか」
「――供給が増えれば、価格は下がる」
「そうだ。そして価格が下がればお金の無い学生にとっては好都合だよな」
僕は笑ってしまった。
「そんな噂があんのかよ? この大学内で麻薬売買? 嘘だー!」
「嘘かどうかはわからない。噂だからな」
よく麻薬撲滅キャンペーンのポスターが学内でも貼られているのを目にする。
しかし、そのポスターは僕に向けられたものではなく、僕の周りの人間に向けたものでもなく、どこかでもうすぐ麻薬に手を染めようとしている人に対して向けられているものだと思っていた。
今もそういうお気楽な感覚であの手のポスターを見ている。僕だけでなく、多くの大学生がそのくらいの気持ちでしか見ていないだろう。
そんな平和な田舎の大学も、麻薬と隣り合わせだというのか?
ケイタとはこんな風に、かなり社会的な問題について話したり、哲学的な語り合いをすることがよくある。それもケイタが物知りだからというのもあるだろうが、僕自身そういう話は嫌いではなかった。「知的好奇心」がくすぐられる、と言いますか、とにかくちょっと高尚な気分になるんです。生意気とか思わないでください。
そういう話も、帰りにはもうすっかり忘れてしまっていた。カオリと一緒に帰っていたからだ。
ちなみにミオ大学は、市街地から坂をなんと三十分ほども登ったところに建っている。通称「地獄坂」と呼ばれているこの坂は、昔から学生の前に立ちはだかる敵だった。
僕等はその坂を下っていた。
「ねえ、シュウってB型だったよね?」
「ああ、そうだよ。話したことあったっけ?」
「ううん。あのね、今だから白状するけど――」カオリはちょっとだけこちらの顔色をうかがうような動作をした。「友達からシュウがB型だって聞いて、あたしあの合コンの時、すごくシュウに好かれたいって思ってたから何回も『変わってますね』って言ってたの。覚えてる?」
覚えてるとも。なるほど彼女は策士だった。僕がそう言われると喜ぶことを予測して言っていたのか。
「ごめん、B型の人ってそう言われるのが嬉しいって聞いたから。嫌だった?」
「いいや、それ事実。おれカオリからそう言われてめちゃくちゃテンション上がってたから――これはやられたな。まんまと術中にはまってたわけだ」
今となっては許そう。むしろ下調べまでして好かれようとしていた彼女が健気で、いっそう愛おしくなった。全くやれやれだ。
この坂からは海が見える。今日みたいに秋晴れの日には水面がキラキラと光り、こういう時だけ「坂の上に大学があって良かった」なんて思ったりしてしまう。それだけ眺めだけはきれいなのだ。
しかし、漁港に停泊している船を見て、また麻薬の話を思い出してしまった。ああやって外国から密輸されたりしているのかな。
遠くから眺める分にはこんなにきれいな街並みが、近くまで行くとドズ黒い部分が見え隠れする。そう考えると途端にげんなりした。
「どうしたの?」カオリが僕の顔を覗き込んだ。
「ううん。なんでもないよ」僕はそう答える。
カオリの目の下に、少しだけ、クマが出来ていた。勉強熱心だからな、寝不足なのだろう。
その日は、そんな風にしか思わなかった。