6月24日 午後0時55分
カイトの通う小学校の校庭の片隅には、小さなリンゴの樹が生えています。
リンゴの樹が校庭にあると聞いたら、小学校に上がったばかりの一年生はみんなこう思うでしょう。
「それってリンゴの実がなったら、食べていいの?食べたらおいしいの?」
だけど、残念ながらこの小学校で過ごしたお兄さんお姉さんの答えはこうです。
「食べられるけど、すっごくまずいらしいよ」
本当はちゃんとおいしいリンゴもなるのだそうですが、そういうリンゴは鳥達が真っ先に食べてしまいますし、リンゴがなる時期は夏休みの終わり頃です。食べられるようになった頃、この樹のリンゴは勝手に落っこちて腐ってしまうのだそうです。それにそもそもこの樹にリンゴがなること自体が、とても珍しいことでした。
リンゴの樹の傍らには、白くて古ぼけた看板が立っています。ニュートンという偉い博士が、万有引力の法則を見つけた有名な話と、そのきっかけになったリンゴがこの品種なのです、という説明が書いてあるのですが、ところどころ字が薄れているし、言葉も古めかしいので、その文をちゃんと読んだ生徒が学校中にいるかどうかも分かりません。
いえ、いました。この木のそばの小さなベンチでよく過ごしている、四年生のカイトです。
カイトは本当は図書室や教室で静かに本を読んでいるのが好きな、体の小さな大人しい子供でした。低学年の頃はずっと休み時間はそうやって過ごしていました。でも、今年はそうやって過ごしていると、担任の先生が真夏の太陽みたいな笑顔で言うのです。
「おいおいカイト、そんなところでじっとしていたら、もやしっ子になっちゃうぞ。男の子は元気が一番。ちゃんと友達と外で遊びなさい。いいね?」
時にはそのまま背中をドンと叩かれることもありました。そうされたカイトは、牧羊犬に追い立てられる子羊のようにおどおど校庭に出ていくのですが、あっちではドッジボール、こっちではサッカー、みんながっちりチームを組んでいて、とても楽しそうだし、それにみんなの背の高いことといったら!未だに3年生に間違われるカイトと比べたら、本当に大人と子供くらいに違う気がしてしまいます。そんなところに自分のようなちびの「もやしっ子」が加わったところで、チームのみんなに迷惑をかけてしまうだけのようにしか思えませんでした。
この校庭のどこにも自分の居場所がないように思えて、途方に暮れていたカイトがある日見つけたのが、この校庭の隅のリンゴの樹でした。
校庭の奥の方には、錆びたブランコや雲梯があるのですが、見るからに古くてそっけないので、一年生がちょっと使ってみるだけで、遊ぶ人はあんまりいません。リンゴの樹は遊具の並んでいる一番左端に静かに立っていました。側には小さなベンチがあって、そこから奥はもうフェンスしかありません。リンゴの樹がカイトだけの場所を作ってくれているように見えて、カイトにはその樹は小さいのになんだかとっても頼もしく見えました。
それでもリンゴの樹の側のベンチでただぼーっとしているのでは、いくらなんでも面白くありません。そこでカイトは「朝読書」の時間用に持ってきていた本を読んで過ごすことにしました。
「朝読書」というのは、毎週木曜日の朝、朝の会が始まるまでの20分間、静かに本を読んで過ごす時間のことです。カイトはその日、小さなサイズの動物図鑑を持ってきていました。家にある物語の本はもう、全部覚えるまで読みきってしまったのです。
「日本の動物図鑑」とは書かれていますが、ここに載っている生き物を、カイトはほとんど見たことがありません。鳥は別として、カイトの住んでいる街にいる動物は、動物園にいるものの他は、人間と、犬と、野良猫くらいしかいないような気すらします。そういえば夜に道路をちょっと太った野良猫みたいなのが横切ったのを見たことがあるけど、あれがタヌキだったのかな?などと思いながら、カイトはペラペラと図鑑をめくっていました。
「おーい、カイト!そこで何やってるんだ?」
突然名前を呼ばれてカイトが振り向くと、同じクラスのハヤタが大きく手を降ってカイトを呼んでいました。
「あのなー、ドッジボール一緒にやらねえ?」
「えっ…僕が入っていいのー?」
「全然いいぞー!昼休み終わる前に早くこーい!」
カイトはバサッと本を取り落として、立ち上がりました。静かに本を読んでいるのが好き、とは言っても、やっぱり友達に遊びに誘われるのは、とっても嬉しいのです。
カイトはハヤタたちの所に走りだしました。落とした本のことは、すっかり忘れていました。
***
6/24 3:00 PM
ユウマがよく遊びに来る自然公園には、小さなリンゴの樹が生えています。
リンゴの樹が公園にあると聞いたら、やって来た人はみんなこう思うでしょう。
「それってリンゴの実がなったら食べていいの?食べたらおいしいの?」
だけど、残念ながら公園に何度も来ている人の答えはこうです。
「ポケモンなら食べられると思うけど、人間はちょっと無理だね」
ポケモンと人間とでは、似ているところもあるけど違うところもたくさんあります。例えば人間にとっては火を噴くくらい辛い木の実や、口が曲がるくらい酸っぱい木の実でも、ペロリとたいらげてしまうポケモンがいるように。このリンゴも、渋いのや酸っぱいのが好きなポケモンにはいいけれど、人間にはちょっと合わない味でした。それに、この公園にリンゴの樹は一本だけです。リンゴの樹は一本では、ほとんど実をつけられないのです。
リンゴの樹の傍らには、自然公園の案内板が立っています。けれど、この公園に来る人は、みんな早くバトルをしたいかポケモンを探しに行きたいかでワクワクしているので、ほとんど素通りしていきます。
ちゃんと見ているのは、しっかり者のユウマくらいです。
ユウマは10歳の誕生日に、初めてのポケモンを貰いました。ワニノコは噛まれたら痛そう、ヒノアラシは炎が怖い、そんなわけで一番怖くなさそうなチコリータを選びました。小さな四本足でちょこちょこ歩く姿は、見ていて全然飽きません。この公園でも色んなポケモンを連れている人を見たけれど、自分のポケモン、というのはただ見ているだけと全然違います。いつも側にいてくれるのもそうですが、遊ぼう遊ぼうとせっつかれたり、ご飯をあげたりトイレの始末をしたり。まるで弟ができたみたいです。
ユウマは夏休みになったら、初めての旅に出ることになっていました。ジョウトの色んな所を回って、たくさんのポケモンやトレーナーに出会うのです。それを思うとワクワクしてたまりません。まだ7月にもならないのに、目が覚めたら夏休みになっていて欲しいくらいです。
そして注意深いユウマは、旅に出るのにチコリータ一匹じゃあ、きっと危ないだろうな、とも思っていました。トレーナーの基本は、色んなタイプのポケモンを連れ歩くこと。なので、自然公園にポケモンを捕まえに来たのです。もちろん、迷わないように公園の案内板を見るのも忘れません。
「…あれ?何これ」
ユウマは案内板の前にやって来て、そこに小さな本のようなものが落ちているのを見つけました。
「日本の動物図鑑」
このタイトルの中でユウマが分かった言葉は「図鑑」だけでした。何の本だろう。ずいぶん小さいけど、漫画かなぁ。ユウマはしげしげとその本を眺めました。表紙にはどこか遠くの知らない国の草原のような風景の写真が載っています。そこにはユウマの知らない生き物が写っていました。
「なんだろこれ…ポケモンなのかな…」
その生き物は一見、ロコンのようにも見えますが、随分きりっとした顔立ちをしているし、第一にあの可愛らしい巻き毛も6本の見事な尻尾もありません。
ユウマは本をひっくり返してみました。裏表紙に使われている写真は夜のようで、白い花の咲いた草に、ピカチュウとコラッタを足して2で割り、うんと小さくしたような生き物が掴まって、黒いビーズのような目でこっちを見ています。こんなオモチャみたいに小さな生き物を、ユウマは知りませんでした。
そしてその本の下の方には白いラベルが貼ってあり、こんな名前がプリントされていました。
「4年2組 大沢 海斗」
おおさわかいと、とユウマは頭の中で名前を読み上げました。それから自分の知っている中にそんな名前の友達がいたかどうか、できるだけ思い出そうとしてみました。が、どうしても思い当たりません。
(でも、僕が知らないだけで、そういう名前の子がいるのかもしれない)
ユウマのクラスは4年3組なのだから、2組の生徒に知らない名前の子がいてもおかしくありません。ユウマは自分の考えに一人で納得して、うんうんとうなずきました。
落とし物なのだから、警察か公園の係員の人に届けたほうがいいのかもしれない、という考えもありましたが、「大沢海斗」君が自分の学校にいるものだと結論を出したユウマは、自分でこの落とし物を返せるものだと思ってしまいました。そしてそれ以上に、この不思議な本への好奇心が抑えられなかったのです。
ユウマはしゃがんでリュックを降ろし、その本を大事に、一番底にしまいました。それから本来の目的だった、旅のお供にするためのポケモンを探しに公園の奥に向かって行きました。
***
6月24日 午後7時30分
カイトが本を失くしたことに気がついたのは、家に帰って自分の部屋の本棚を見て、そこにちょうど本一冊分の隙間があるのを見つけた時でした。
カイトの持っている図鑑は、動物図鑑だけではありません。魚、鳥、昆虫、それにもう日本にいない、絶滅した動物のものだってあります。これはカイトの10歳の誕生日に、カイトのおじいさんが一揃いのセットでプレゼントしてくれたものなのです。裏には名前のプリントされたラベルまで貼ってありました。(ただ、学年とクラスはいらなかったなぁ、とカイトは裏表紙を見る度に思うのでした。だって、4年生は1年で終わってしまうでしょう)
きれいに全部揃っているはずのものが、一つだけ欠けているのは、嫌なものです。それにこの本は、おじいさんがくれた大事なものなのです。勉強していても、テレビを見ていても、本棚に開いた一冊分の隙間が気になって仕方ありません。でも、学校のどこかで落としたのか、帰り道に落としたのかさえ、カイトはよく覚えていませんでした。リンゴの樹の下に行くまでは持っていた、ということだけは確かに覚えていたので、まず学校の先生に聞いてみよう、とカイトは考えながら眠りにつきました。
***
6/24 7:35 PM
ユウマは自分の部屋で寝転がり、「日本の動物図鑑」をしげしげ眺めていました。
「すごいなあ、こんなのどうやって作ったんだ」
どのページを開いてみても、ユウマが見たことも聞いたこともない生き物ばかりが載っています。全身真っ黒の毛むくじゃらで、目がどこにあるのか分からないようなのは、ヒミズという名前です。クッキーみたいな可愛い縞模様とフサフサの尻尾をした妖精のようなものは、シマリス。しかも、どれも絵ではなく、しっかりとした写真で、これがどういう生き物なのか、ちゃんとした説明までついているのです。確かに世の中には、まるで写真そっくりな絵を描ける人もいますが、この本に載っている生き物たちは、どれも絵とは思われないほど生き生きとした姿を見せており、そして強そうなものも、可愛らしいものも、どこか人間を寄せ付けない顔立ちをしていました。
(もしかしたら、これは全部本物そっくりの人形で、それを色んな所に置いて撮影したのかな?)
そうも思ってみましたが、だとしてもその「本物」はいったいどこにいるのでしょう?説明を読んでも「本州」「四国」「青森県」など、ユウマの知らない地名ばかりが出てきます。この本を作った人の想像の世界なのでしょうか?これらはユウマの知らない物語に出てくる生き物なのでしょうか?ユウマは頭がグルグル回ってしまうような気持ちになりました。
不意に、ふわりといい香りの風が吹いてきました。その香りをかぐと、頭の中のグルグルがピタッと止まり、目の前がちょっと明るくなったような感じがしました。風の吹いてきた方を見ると、チコリータが心配そうな顔でユウマを見つめています。チコリータはユウマと目が合ったのに気づくと、ユウマの顔をまじまじと見て、また頭の葉っぱを2,3回、ユウマに向かって仰ぎました。
「ありがとう、チコリータ」
チコリータの葉っぱの香りには、心や体を癒やす効果があるとユウマは聞いていました。チコリータはユウマが難しい顔をしているのを見て、どこか悪いのかと心配になったのかもしれません。ユウマはこの心優しいパートナーにお礼を言いました。すると、
「きゃう、きゃうきゃう!」
反対側から甲高い声がしました。それから床を乱暴に踏み鳴らす音がして、床が小さく震えました。ユウマがびっくりしてそっちを向くと、今日捕まえたばかりのオスのニドランが、ぶすっとした顔でこちらを見ています。いきなり知らないところへ連れて来られたと思ったら、ずっと放っておかれていい加減腹が立った、といったところでしょうか。
ニドランは紫色の毛をぶわっと膨らませ、ユウマを睨みながら、後ろ足で床を何度も、乱暴に叩きました。ドスン、ドスンと部屋が揺れ、机の上に積んである本が落ちそうになりました。
「わ、怒ってるの?ご、ごめんよ…」
ユウマは慌ててご機嫌斜めのニドランをなだめようとしました。本を開いたまま床に置いて、おずおずと両手を差し出します。ユウマはこの毒の角を持ったポケモンを、少し苦手に思っていました。強そうなポケモンだと思って捕まえたはいいけれど、怒らせてしまって角で刺されたらどうしようとか、撫でている時にじゃれつかれて、うっかり角が刺さったらどうしようとか、そういうことばかり考えてしまうのです。不安いっぱいに差し出した手はニドランの前で止まってしまい、どうしようかと空中をおろおろするだけでした。
すると突然ニドランが、ユウマの方に飛びかかってきました。
「うわあ!」
ユウマはすぐさま両手を頭にやり、殻にこもったゼニガメのようにぎゅっと縮こまりました。
でも、ニドランが飛びついたのは、ユウマではなくて、ユウマが床に置いた本の方でした。ニドランはぴんと耳を立て、ふんふんと鼻息を立てて、本を調べています。ユウマは腕の間からちらっとそれを見て、少し安心しましたが、今度は
(ニドランが本を食べたり汚したりしたらどうしよう?)
という別の心配事が頭に湧いてきました。これは他の人の本なのです。汚したり破いたりしたら弁償しなければいけませんが、いったいこの本はどこで売っているのか検討もつかないし、お小遣いで払えないほど高い値段だったらユウマにはどうしたらいいか分かりません。
「ニドラン、お願い、そこをどいて?」
ユウマが弱気な声でニドランに頼むと、チコリータも葉っぱを振ってニドランに何か呼びかけてくれました。でもニドランは本の上にどっかと座り込み、知らん振りをして毛づくろいなんかしています。
「ねえニドラン、お願いだから…」
「チコ!チコリー!!」
たまりかねたユウマが二度目のお願いをしようとした途端、チコリータの方がしびれを切らしてニドランに飛びかかりました。ニドランは器用にひょいとそれを避けて、ぴょんぴょんと部屋中を逃げまわり始めました。チコリータは一生懸命にニドランを追いかけます。
二匹の追いかけっこの隙にユウマは本を拾い上げました。とりあえず、本はどこも無事なようでした。二匹も追いかけっこのうちになんだか怒るより楽しくなってきたらしく、やがてちょっかいを出し合って遊びだしました。
ふと、ユウマは手の中の本を見て思いつきました。
(これが図鑑なんだったら、ニドランやチコリータのことも載っているんじゃないかな?)
ユウマは本をパラパラとめくりました。すると本のおしまいのところに索引のページを見つけました。早速ニドランのことを調べようと「に」のところを探し当てたユウマは
「あれ?」
と思わず声をあげました。「に」のところに「ニドラン」の名前がありません。「に」で始まる最初の生き物は「ニホンアカガエル」という聞いたこともない長い名前の生き物です。その次はニホンアナグマ、その次はニホンアマガエル、その後にもずっとユウマの知らないニホンナントカが果てしなく並んでいました。
目を真ん丸にしながらユウマは「た」行の生き物の欄を見ていきます。「ダルマガエル」の次はいきなり「ツキノワグマ」に飛んでいます。つまり「ち」で始まる生き物は載っていないということです。
「どういうことなんだ…」
ユウマはわけがわからなくなってしまいました。最近見つかったポケモンであるらしいチコリータはともかく、ニドランはその辺りの草むらにもいる、そんなに珍しくもないポケモンなのに。
遊びが一段落したらしいチコリータがもう一度香りの良い風を送ってくれましたが、ユウマの頭はずっとグルグルしたままでした。
この2度めのグルグルで、ユウマの頭は完全にノックアウトされてしまいました。
たまらず本を閉じ、ユウマは2匹のポケモンをモンスターボールに戻すと、ベッドに横になりました。途端、どっと疲れが襲ってきて、そのままユウマは眠ってしまいました。
6/25 7:35 AM
次の日の朝。
朝の支度をしながら、昨日捕まえたニドランのことや今日の予定、テレビのニュースの感想なんかをお母さんと話していたユウマは、ふと、こう聞いてみたのです。
「ねえお母さん、『シマリス』って知ってる?」
さり気ないようで内心、恐る恐るしてみた質問なのですが、
「さあ?お母さん知らないわよ。最近はそんなポケモンがいるの?」
という取り付く島もないあっさりとした答えに、ユウマはがっかりしたようなホッとしたような変な気分になりました。
それはもう学校へ行く出かけ際のことでした。ユウマはお母さんの答えに対する返事もろくろくできず、
「ううん、聞いてみただけだよ。行って来まーす」
とだけ言って、家を後にしたのでした。
学校でユウマが分かったことは、3つありました。
1つ目は、「大沢海斗」というクラスメートが4年2組にはいないということでした。これは2組の友達に聞いたことで、その時ユウマは本のことは言わず「そういう名前とクラスの刺繍が入った帽子を拾った」ということにしていました。本のことは秘密にしておきたかったのです。ユウマは「大沢海斗」君と直接会って、この本がいったいどういうものなのか聞きたいと強く思っていました。
2つ目は、誰もあの本に出てくる動物の名前を知らない、ということです。これは朝お母さんにしたように、話の流れや休み時間の終わり際などに、さり気なく聞いてみたことです。
ところが返ってくる答えはこんなものでした。
「ねえ、ところでさあ、『ニホンアマガエル』って知ってる?」
「何それ、新しいポケモン?新種?」
「なんか長い名前で強そうじゃん、伝説?」
「んなわけないだろ、そもそもそんな長い名前のポケモンいねえし。漫画のキャラか何か?」
誰にどの生き物のことを聞いても、答えは似たり寄ったりでした。ユウマは「前に何かの本で読んだのを思い出した」とだけ答えて、それ以上は言わないでおきました。
3つ目は、ポケモンの本や図鑑をどんなに読んでも、どこにもニホンアマガエルもツキノワグマも、シマリスも、あの本で読んだ生き物はどこにも出てこない、ということでした。
これは一人で、学校の図書館で解明したことでした。ポケモンの図鑑は、ジョウトで新種が見つかってから新しくなったものも読みましたが、やはりあの図鑑の生き物たちはどこにもいませんでした。
草原で出会えるポケモン、水辺に住むポケモン、街の近くにいるポケモン…など、なるべく近くで会えそうなポケモンのページをじっくり読んでも、火山や海の中、まだ詳しい生息地が分かっていないような珍しいポケモンのページを読んでも見つかりません。
水辺でみずでっぽうを放ち、虹を作って遊ぶマリルや、思いっきりかえんほうしゃを放つバトル中のガーディ、街の片隅で撮ったらしい、電気をまとった姿でこちらを見つめるコイルなどの写真を見ていると、逆に新たな疑問がユウマの中に浮かんできます。
「あの本に載ってた生き物のタイプは、何なんだろう…」
その週の土曜と日曜、ユウマは町の図書館に入り浸って過ごしました。
分かったのはまず「『日本の動物図鑑』に出てくる生き物にはタイプがないらしい」ということでした。ポケモンの図鑑には、名前の近くに絶対にタイプのことが書かれています。でも、「日本の動物図鑑」に出てくる生き物にはタイプのことや、使う技のことは何も書かれていません。前書きにもありません。書かれているのは住んでいる場所と大体の大きさ、食べるもの、繁殖期、冬眠するかしないか、など、その生き物が自然で生きていくのに関係の深いことばかりです。
それと「『日本の動物図鑑にポケモンは載っていないし、ポケモン図鑑に『日本の動物図鑑』の生き物は載っていない』けれど「分類で同じ名前を使っているものがいる」という、とても重要かもしれない事が分かりました。
例えば「ロコン」と「ホンドギツネ」はあまり似ていませんが、ロコンは「きつねポケモン」という分類をつけられているのです。
この2つのことから、ユウマは「もしかしたら、『日本の動物図鑑』の生き物は、ポケモンの先祖みたいなものかもしれない」という仮説を立てました。技もタイプもなかった頃の、ポケモンのご先祖様です。この仮説はユウマの中でとても有力なものになりました。そしてもし「大沢海斗」君に出会ったらそのことを聞いてみようかと思っていたのですが…
日曜の夜、山積みになった宿題を必死にこなしていたユウマは、大変なことに気づいてしまいました。
「『日本の動物図鑑』に載ってるのがポケモンのご先祖様ってことなら、化石ポケモンのプテラやカブトはどうなるんだろう?」
これはユウマの仮設を根底からくつがえすショックでした。思わず鉛筆をあらぬ方向に滑らせ、宿題のプリントに黒いギザギザ模様を描いてしまうほどでした。
もうこうなったらユウマにはお手上げです。「大沢海斗」君に直接聞いてみるしかありません。けれど、この子は一体どこに住んでいるのでしょうか?