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  [No.1657] 水の石 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 19:27:33   20clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

お久しぶりです。
風祭文庫出身の都立会といいます。

2005年に書いて、こちらで贔屓にしていただいた「水の石」、ようやく完結いたしました。
14年もかかってしまいました(その間にポケモンの設定も変わる変わる)が、約束通り、こちらにも掲載させていただきます。

(p.s 最初投稿ミスってましたスミマセン。


  [No.1658] 第1話・青い石 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 19:28:39   14clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「よし、今日はそこまで。

 もどって、チャモちゃん」

そう言うと少女はバシャーモをモンスターボールに戻した。

少女の名前はナミ。

ポケモントレーナーとして故郷のミシロタウンを旅立ってもう数年もたつ。

「あ〜、

 明日は何しようかな〜…」

彼女はトレーナーになって以来、

普通トレーナーがバッジの取得のため目指すジムには

一度も行ったことがなかった。

もちろんバッジも持ってない。


ポケモントレーナーであれば

自分のポケモンを育てることに専念でき、

ポケモンマスターになるためリーグチャンピオンを目指して

バッジを集める旅ができる。

それがこの世界の若者の常識であり特権である。

もちろん大人になったらポケモンマスターにならない限り

別の仕事を見つけなければならないが、

いま彼女にはそのようなことはどうでもよかった。

ただ、トレーナーであれば今は自由な生活ができる。

勉強も仕事もしなくてよい。

それが彼女がトレーナーをやっている理由であった。

とりあえずホウエン地方を一通り回ってからは、

毎日ポケモンとほとんど遊びのようなトレーニングをして、

時々道ばたで他のトレーナーとバトルをする。

それが彼女の日常であった。


その日も何人かのトレーナーとバトルして、

自分で育てた木の実を売りに

近くのフレンドリィショップまで来た時だった。

「おーい!

 ナミ〜」

店の向こうから手を振って近づいてくるトレーナーがいた。

「あら、ヒトシじゃない。

 ひさしぶり」

その声にナミも気づいて挨拶をする。

「7つめのバッジをゲットしたんでしょ。

 すごいじゃない」

ヒトシは同じミシロタウン出身で、

ナミとは幼なじみである。

「あぁ、

 もう少しでまたリーグ出場できるんだぜ。

 今の俺のラグラージたちとなら

 チャンピオンにだってなれそうなんだ。

 そいうナミはどうなんだい?」

とヒトシが尋ねると、

「私は相変わらずかな…。

 毎日ぶらぶらしてる」

「オイオイがんばれよ。

 そうかもう将来のことは考えてあるとか?」

「いや、

 別にまだ…。

 まぁとりあえず日々元気に過ごしております」

そう言って2人で店に入ると、

ナミは木の実を売って必要なものを調達した。


「お、

 よく育ったマトマとラブタの実じゃないか。

 ナミは木の実やさんにでもなるつもりかい?」

買い物を済ませてきたヒトシがナミの持ってきた木の実を見て言う。

「ん〜ん、

 全然。

 とりあえず小遣い稼ぎにやっているだけ」

そう言うとナミは店員から買い物袋を受け取り、

ヒトシと一緒に店を出る。

すると、

「そういえばさ、

 これからポケモンセンターに行くんだろ、

 ちょっと見せたいものがあるんだ」

とタイミングを見計らいながらヒトシが話しかけると。

「見せたいもの?

 いったい何なの?」

ナミは聞き返した。

「いいから見てのお楽しみ」

ナミの問にヒトシはそう答えると、

ポケモンセンターの方に歩いていった。

そして、ナミもその後を追って、

2人いっしょに中へと入る。

とりあえずナミは自分のポケモンを預けていると、

ヒトシは隅のパソコンから何かを引き出してきた。


「コイツだよナミ」

そう言いながら彼は1つのモンスターボールを見せると、

中のポケモンを目の前に出した。

中に入っていたのは茶色い小犬のようなポケモンだった。

「キャー!

 かわいい!

 何なのこの子?」

そのポケモンを見た途端、

ナミは叫び声を上げながらポケモンを抱きかかえる。

ポケモンはいきなりナミに抱きつかれたので、

驚いてジタバタしていたが、

しかし、ナミに抱かれて気持ち良くなったのか、

程なくしておとなしくなり、

ナミの腕の中から毛の色と同じ茶色い目で彼女の顔を見上げていた。

「カントー地方のポケモンで、

 イーブイってヤツだ。

 ちょっと分けアリでトレーナーから譲りうけたんだ」

「へぇ、

 イーブイちゃんか。

 すごくかわいいじゃない。

 どうしたのそのトレーナー、

 この子弱いの?」

ポケモンを抱えたままナミが尋ねると、

「いや、

 そのトレーナーもかなり頑張って育てたらしいから

 そんなに弱くはないんだけど、

 でも、いくら育てても進化しないらしいんだよ。

 イーブイは別名しんかポケモンと言って、

 進化させるときの方法で5種類の違うポケモンに進化するんだ。

 水、

 雷、

 炎の石を使うと

 それぞれシャワーズ、

 サンダース、

 ブースターに、

 トレーナーになついているとレベルが上がったときには

 エーフィかブラッキーに進化するらしいんだ。

 そのトレーナーはどうやらエーフィに進化させようと思ってたらしいんだけど、

 いくら可愛がっても、

 強く育てても全然進化してくれる様子じゃなかったらしいんだ。

 それで別のエスパーポケモンと交換してほしいっていうのが
 
 センターの掲示板に書いてあったので

 俺のバネブーと交換してやったってわけ」

そう説明するとヒトシはそれぞれの5匹の写真をポケモン図鑑で見せた。

「ふーん、

 そうなんだ。

 でも、その前飼っていた人って、

 この子のことあんまり可愛がってあげなかったんじゃないの」

図鑑を見ながらナミが尋ねると、

「いや、

 なんだかこのイーブイ自身が

 エーフィにはなりたくないみたいだったらしい。

 普通ならイーブイはどのポケモンにでも

 喜んで進化するそうなんだけど…」

「へ〜、

 あなたってよっぽどいじっぱりやさんなんですね〜」

ナミは腕の中のイーブイに話し掛けるように言うと、

ヒトシの図鑑に目をやった。

「エーフィってこれね。

 ピンク色できれいなポケモンね。

 あ、

 私はこのシャワーズがかわいいと思うけどな〜。

 水色で襟巻きなんかもしてとってもおしゃれじゃない。

 ねぇ、

 水の石で今から進化させたらどう?」

とナミは写真を見ながら勝手に意見を言う。

どうやらヒトシの話を聞いているうちに、

このイーブイというポケモンにとても興味がでてきたようであった。

「オイオイ、

 コレは俺のポケモンなんだよ。

 今日はおまえに見せようと思っただけで、

 別におまえの意見を聞こうっていうわけじゃないんだから」

ナミの言葉にヒトシは慌てて言うと、

それに答えるかのようにイーブイもまた少しじたばたをする。

しかし、ナミのイーブイに対する気持ちはいつの間にか大きくなり、

そしてどうしてもきれいな水色のシャワーズに進化さたくなってくると、

「じゃぁ、

 ヒトシは何に進化させるつもり?」

ナミは強い調子で尋ねる。

「実はまだ決めてないんだな〜。

 俺にはもうラグラージがいるから水タイプはいらないし、

 そうかと言って電気も炎も悪タイプのヤツもいるからな。

 だからもう少し考えてから進化させようと思うんだ」

「そうなの…」

ヒトシの返事を聞いたナミは残念がったが、

その時、ふとある考えが浮かび、

「ねぇ、

 だったらこの子と私がもっている他のタイプのポケモンと交換しない?」

とナミは尋ねた。

「まだジムの経験は無いけど、

 すごくかわいがって育ててるんだし、

 バトルだってちゃんとできるんだから」

「いや、

 いきなりそんなこと言われても…」

急なナミの申し出にヒトシはたじろぎながら断ろうとすると、

「ねぇ、

 お願い。

 この子私にちょうだい。

 私のポケモンなら、

 どの子とでも交換してもいいから」

と言うナミの頭の中は、

いまこの腕の中にいるイーブイのことでいっぱいになってしまっていた。

「分かった、

 分かった。

 それならとにかくナミのポケモン見せてくれよ」

ヒナミの気迫におされたようにヒトシは承諾すると、

ちょうど預けたポケモンの回復が終わるチャイムが鳴り響いた。

「さぁ、

 どの子でもいいわよ」

すぐにナミは自分の連れている6匹のポケモンをヒトシに見せると、

「え?

 もしかしてコイツでもいいのかい?」

ヒトシはその中にきのこポケモンのキノガッサを見つけるとナミに尋ねた。

草・格闘タイプのキノガッサは今の彼のメンバーに入れるのにはうってつけで、

見た感じちゃんと育てられている感じだったが、

ナミが初めて自分で捕まえたポケモンであることも知っていたからだった。

「えぇ、

 もちろん」

「本当にいいのか?」

「なによ、

 しつこいわね。

 早く交換してよ」

ナミにとっては何よりも早くイーブイを自分のものにしたかったのだ。

ヒトシは少し肩をすくめると2匹をボールに戻し、

パソコンでポケモン交換の手続きをした。

「終わったぞ。

 はい、

 イーブイ」

そう言いながらヒトシがポケモンの入ったボールを差し出すと、

ナミはそれを奪うようにして取って

「こんにちは、

 イーブイちゃん。

 私がかわいく進化させてあげますからね〜」

とボールの中のポケモンに話し掛けるように言うと、

さっさとポケモンセンターを出て行ってしまった。


「シャワーズに進化させるためには、

 水の石ってアイテムが必要なのね」

ナミがいつも行くフレンドリィショップでは水の石は取り扱っていないので、

通信販売でデパートから取り寄せることになった。

そして、自分の部屋のノート型パソコンで早速注文をした翌日の朝、

デパートから水の石が届いた。

待ちきれないような素振りでナミがデパートの箱を開けると、

そこには石が入っている木箱と、

その使用説明書が入っていた。

「えっと、

 ポケモンをモンスターボールから出して、

 石を持ってポケモンに近づければいいのね。

 注意点は、

 進化するとポケモンの大きさや重さが変わるから

 屋外で使う事と……」

ナミは木箱の周りのテープを外しながら、

付いてきた説明書に目を通す。

「……石が光りだして進化が始まってからは

 むやみにポケモンに触らないことね。

 そうよね、

 進化の途中で邪魔なんかされたらポケモンも迷惑だもんね」

自分で納得しながら木箱を開けると、

中には握りこぶし大の水色の石が入っていた。


「へぇ…

 これが水の石…、

 きれい…」

初めて見る水の石にナミは驚きながらその石を取り出すと、

日の光にかざしてみた。

朝の日差しを浴びた半透明の石はキラキラと輝き、

石な中には雫のような模様が浮き上がって見える。

「“この石から出る放射線とポケモンの細胞とが反応して

 大きなエネルギーが生まれ、

 そのエネルギーでポケモンが進化する”かぁ…。

 ホント不思議な石ね」

そう言うとナミは、

水の石と説明書をウエストポーチに入れ、

腰にいつものようにモンスターボールを6つつけて部屋を出た。


ナミが向かったのはいま彼女が住んでいる所の裏にある森の奥深く、

人知れずある小さな原っぱ、

彼女の見つけたひみつの場所である。

だれも来ないので、

毎日ポケモンとトレーニングをしている場所であり、

密かに木の実を育てているのもここの一角であった。

ナミは腰につけている一番端のボールを手に持ち原っぱに向かって投げると、

中から昨日ヒトシと交換したイーブイが飛び出した。

そのポケモンは地面に降りると、

昨日と同じように茶色い目で彼女を強く見つめた。

ナミは自分のポケモン図鑑を取り出すと、

改めてそのイーブイのことを詳しく調べてみた。

“イーブイ。

しんかポケモン。

タイプ:ノーマル。

性別:オス。

性格:いじっぱり…”

「ポケモン図鑑でも性格はいじっぱりだって…。

 あなたよっぽど気が強いのね」

そう話し掛けると、

イーブイは小さく「ブイ!」と鳴いた。

「さぁ、

 今日は特別な日よ。

 あなたは超かわいく進化するんだから」

そう言いながらナミはポーチの中から水の石を取り出すと、

それを見たイーブイは少し身構えるような体制になった。

「これであなたはシャワーズに進化するのよ。

 エーフィはいやだったみたいだけど、

 シャワーズならあなただってOKでしょ」

そう言うとナミは手に水の石を持ち、

イーブイに近づける。

すると、イーブイは1歩2歩あとずさりしたが、

それでもナミが近づくと目をつむってじっとした。

「いい子ね。

 すぐに進化させてあげるからね」

そう言い聞かせナミが水の石をイーブイに近づけると、

ポケモンに反応してか石が鮮やかに光り始めた。

そして水の石から帯状の光が何本か出てくると、

目の前のイーブイを囲んだ。

光の帯びが包むようにイーブイの周囲を包むと

細胞の変化が始まったか、

イーブイの体はぼんやりと水色に光りはじめた。

しかし、当のイーブイは目を瞑り、

何かに耐えているような表情であったが、

ナミは光の美しさに見とれ、

そして新たなポケモンの進化に胸躍らせており

そんなことには全く気が付かなかった。


説明書によるとポケモンが光り始めるとすぐに進化が始まり、

変化が見られるそうである。

しかし、イーブイが水色に光はじめてからもう1分ぐらい経つが、

一向に進化する気配が見られなかった。


「おかしいな〜。

 はやくかわいいシャワーズちゃんになってよ〜」

そう言いながらナミは持っていた水の石をイーブイにもっと近づける…

その時であった。

光の中にいるイーブイの目が開いたかとおもうと、

突然ナミに向かって飛びついてきた。

ナミはとっさに受け止めようとしたが、

予想以上の衝撃を胸にうけバランスをくずし、

手に持っていた石を落として地面に仰向けに倒れてしまった。

下が芝生だったおかげで痛みも感じず、

お腹の上からイーブイがピョンと地面に飛び降りるのを感じると

ナミはゆっくりと目を開けた。

芝生の上に落ちた水の石はまだ光っており、

そこから光の帯も四方に出ていた。

しかし、その向こうに見えるのイーブイは、

元の茶色の毛並みに戻っており、

少し離れた場所から彼女をじっと見ていたのであった。


「いったい何なのよ…」

と思って石に手を伸ばした時である、

ナミは自分の右手がうっすらと青く光っているのに気が付いた。

それは石から出ている光が手に当たっているのではなく、

明らかに腕自体が光を放っているのであった。

しかも石から出ている光は目の前のイーブイではなく、

自分自身のに降り注いでいるようであった。

「え?」

ナミはびっくりして起き上がってよく見ると、

彼女の足、

腕、

くび、

体全体が光っており、

それもどんどん強く光っていくようであった。

それと同時にナミは今まで感じたことの無い不思議な感覚、

体の細胞一つ一つが体の中で離れていく、

浮き上がっていく、

そんな感覚を体全体から感じていた。

「何なの、

 これ…」

何がおこっているのか分からず

ナミは両手で自分の腕を抱き小刻みに震えていたが、

その間も体からの光がどんどん強くなっていった。

そして、その光が水の石と同じくらいの強さになった時である、

ナミはそれまで浮いていると感じていた細胞が突然動き始めたような気がした。

いや、気がしただけでなく、

実際に体が勝手に動いているようで頭は揺れ、

体はしびれたようにいうことを聞かなくなり、

ナミはまた地面に倒れこんだ。

そして混濁する彼女の頭の中に、

昨日ヒトシの図鑑で見た1匹のポケモンの姿が浮かんだ。


最初にナミが感じた変化は、

自慢の長い髪の毛が全て抜け落ちることであった。

そして肌から油のような液体が噴き出したと思うとそれは肌を覆い、

全身しわ一つないすべすべとした皮膚が形成された。

お尻から何か大きな物が突き出てくる強い力を感じると、

ソレは穿いていたスパッツを突き破り、

周りの皮膚や肉などを引っぱっていくようにどんどん大きくなっていき、

先が分かれたと思うと魚のしっぽのような形になった。

それにつられるように腰も胸部も細く円くなり、

首からしっぽまでなだらかな流線型を描くようになった。

そうしている間にも手足は短く、

逆にかかとからつま先とも間は長くなり、

完全な獣の4つ足となっていた。

そして首の間から十数本の筋が生えてきたと思うと立派な襟巻きに、

耳も尖がっていき頭の上に生えてきた筋と共に魚のヒレのようなものが形成された。

ナミはその間、

体が変化するすさまじい感覚から言葉にならない声をあげていたが、

顔の骨がでっぱり、

鼻が尖って上唇が2つに割れると、

それは甲高い動物の鳴き声に変わっていた。


彼女の体が光りだしてから数分後、

光がおさまるとそこにはぶかぶかの服にくるまれ、

しっぽの先に黒いスパッツの切れ端をぶら下げた

1匹のシャワーズの姿があった。

しばらくして

横でずっとその「進化」を見守っていたポケモンが彼女に寄ってきた。

そして1声「ブイ!」と鳴いた。

その声で彼女ははっと気が付いた。

『オイ、

 起きろ!』

と言われた気がしたからである。

草の上に寝そべったまま声のした方に何とか目をやると、

そこにあのイーブイがいた。

だが、

彼女がそこに見たものはかわいいイーブイではなかった。

確かに目に映っているのは、

さっき彼女に飛び掛ったイーブイの顔そのものであったが、

彼女にはそれはたくましい青年の顔、

そのように見えた。

『進化は終わったようだな。

 どうだい、

 かわいいシャワーズになった気分は?』

耳に伝わってくるのは昨日から何度も聞いたイーブイの鳴き声だが、

まぎれもなく彼女にはそう聞こえた。

『オレはシャワーズなんかに進化させられないように

 耐えてやるつもりだったが、

 まさかあんたがシャワーズに進化するなんてな…。

 ホントびっくりだよ』

体の形がすっかり変わってしまい動けない彼女の前で、

イーブイが話し始める。

『オレは自分の肉体で闘うのが好きなんだよ。

 水とか泡とかなんか使って闘うシャワーズになんかにされたら、

 オレの一生終わったようなもんなんでね』

そう言うとイーブイは、

落ちている石に顔を近づけてクンクンと臭いを嗅ぐ。

『どうやらその心配ももうなさそうだな。

 言っとくが、

 オレがなるのはブースターだ。

 その熱い肉体で思う存分にオレは闘うのさ』

と言うと今度は、

ナミの前足となってしまった手を覗き込み、

『もうその手ではモンスターボールは投げられそうにないな。

 もうあんたはトレーナーじゃない。

 それじゃあオレはこれからは自由にさせてもらうよ。

 炎の石も見つけたいし、

 これからは食べ物も自分で見つけなきゃならないんでね』

と言い残し森の方に歩きだしてゆく。

それを見たナミは何とかして呼び止めようとしたが声が出ない。

それでも何とか短い鳴き声をあげるとそれは

『待って…』

という言葉として彼女の耳に聞こえた。

彼女は続けて鳴いた。

『待って…、

 待って…、

 どこ…、

 行くの…、

 わたし…、

 どうしたら…』

途切れ途切れに発せられるその言葉は

歩いているイーブイにも伝わったらしく、

振り返ると草の上で彼を見上げるシャワーズに向かって言った。

『そんなこと自分で何とかしな。

 オレもあんたも、

 これからは自分の力で生きていかなくちゃならないんだ。

 とにかく今のうちに動けるようにはなった方がいいな。

 いつまでもそんなトコに居たら、

 そのうち他のポケモンに襲われてしまうぞ』

 そう言うとイーブイは森の中へ入って行ってしまった。


『待って…、

 待って…、

 戻って…、

 行かないで…、

 助けて…、

 お願い…、

 誰か…、

 助けて…』

森の奥深く、人知れずある小さな原っぱに

シャワーズの甲高い鳴き声が響いていた。


つづく…


  [No.1659] 第2話・黒い獣 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:24:30   12clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

シャワーズへの進化から1時間が過ぎた。

しかし、ナミは未だに動けずにいた。

自分がポケモンになってしまったというショックもあった上、

シャワーズの体が感じる

音、

におい、

その他さまざまな今まで感じたことのない感覚に

苦しんでいたからであった。

『何でこんな事に…』

彼女は小さくつぶやいた。

イーブイをシャワーズに進化させるつもりが、

まさか自分がシャワーズになってしまうなんて

今でも信じられなかったが、

水色の前足となってしまった自分の手を見ると、

それがまぎれもない現実だと改めて思い知らされるのであった。

『とにかく何とかしなくちゃ…』

やっとのことで気を持ち直したナミは、

どうにかしてこの場を動ける方法を考えた。

もう首をまわして辺りを見わたすことはできるし、

前足もなんとか動く。

だが、

すっかり形が変わってしまった後ろ足と、

新たに授かった

巨大なしっぽはどうする事もできなかった。

『ダメ…、

 これじゃ動けない。

 このまま野生のポケモンに

 襲われたらどうしよう…』

と途方にくれそうになった時である。

ナミは服の腰の部分に付いている

モンスターボールに目が行った。

徐に前足を伸ばすと

一番端のボールに届きそうであった。

それに入っているのは

彼女がトレーナーになった時にもらった

アチャモが進化した、

バシャーモのチャモちゃんであった。

『チャモちゃんを出そう。

 今なら言葉も通じそうだし、
 
 チャモちゃんなら
 
 助けてくれる』

そう思ったナミは

何とか動く前足で

モンスターボールのスイッチを押した。

とたんにボールが開いて

中から真っ赤なもうかポケモン、

バシャーモが姿を表した。

バシャーモの長身から出る

燃えるような熱気と

気迫にある表情、

そしてその強い匂いにナミは圧倒された。

『これがチャモちゃん!?

 ぜんぜん違って見える…』

驚いた顔で見ているシャワーズを、

バシャーモはじっと見ていた。

『こ、

 こんにちは』

いつも見ていたチャモちゃんの

あまりにもの印象の変わりように、

ナミは思わず間抜けな挨拶をしてしまった。

『私よ、

 ナミよ。
 
 分かる?
 
 あなたのトレーナーの
 
 ナミよ』
 
ナミは恐る恐る目の前の大きなポケモンに声をかけた。

『あぁ、分かっている。
 
 水の石でイーブイを進化させようとして、
 
 自分がシャワーズになってしまったんだろ』

そのポケモンは太い男の声でナミに言う。

どうやらポケモンはモンスターボールの中からでも

外の様子が分かるらしい。

『そうよ、

 私よ。
 
 助けて頂戴。
 
 どうしたらいいか分からないの、
 
 とても困ってるの。
 
 すぐに助けて』

と縋るナミに対して、

そのポケモンは一言、

『断る』

と告げた。

『なぜ?

 私のポケモンでしょ。

 あなたトレーナーが

 言っているのよ。

 はやく助けて、

 助けてちょうだい!』

ナミは必死に説得をするが、

『何を言っている。

 もうおまえはポケモンなんだ。

 もういくらなついても

 ポケモンフーズはもらえないし、

 ポケモンセンターにつれていってくれるわけでもない。

 もうおまえといる理由なんて何も無いんだよ』

とバシャーモは冷たく言い切った。

『そんな…

 でも今まで育ててあげたでしょ。

 バトルにも勝てるように強くしてあげたでしょ。

 だから今度はあなたが私を助けなければいけないのよ!』

ナミは戸惑いながらも強い口調で言う。

そう、自分に最もなついているポケモンだから、

自分が一番手をかけてきたポケモンだから、

ナミは優しく助けてくれるものだと思いつつ、

そう言うが、

『ふんっ

 何を言っている。

 私たちは人間のトレーナーだから付いていただけだ。

 ポケモンのトレーナーに用は無い』

バシャーモはやけにかたい表情のまま返事をする。

『そんなぁ…、

 それじゃこれからどうするつもりなの?

 誰がポケモンフーズをあげるの?

 誰がポケモンセンターに連れて行ってあげるの?
 
 そんなこと出来るのってあたししか居ないじゃない』

ナミが居なければバシャーモは何も出来ない事を指摘するが、

それに対してバジャーモは

『そーだな、

 とりあえず、食料は見つけないとな。

 野生では自分で見つけなければならないからな』

と言いながらナミの水色の体に目をやった。

『まさか…。

 わ、

 私を食べるの?』

バシャーモのその返事にナミは怯えながら尋ねると、

『さぁて、

 どうするかな?』

と言いつつバシャーモはニヤッと笑い、

『ま、

 さっきあんたが言ったように

 今までのこともあるから、

 今日はやめにしといてやる』

バシャーモは笑いながら言うと、

それを聞いたナミはちょっとほっとした。

『だが……』

そんなナミに向かってバシャーモは続けると、

『え?』

ナミはギョッとしながらバシャーモを見る。

『……他の野生のヤツらは

 どうか分からないな。

 このままだと本当にたべられでしまうかもしれんぞ』

『ウソ…』

それを聞いたナミの水色の顔がよりいっそう青くなる。

『そういうことだ。

 ではこれで自分も失礼させていただくよ。

 何せ初めての野生でこっちも大変なんでね』

そう言うなりバシャーモは森に向かって飛び上がった。

…と思うとすぐに戻ってきた。

『何?

 もしかして助けてくれるとか?』

ナミは聞いた。

それに対しバシャーモは

『いや、
 
 コイツらのことを忘れていたのでね』

と言いながらナミの服からモンスターボールをとると、

ヤルキモノ・ラクライ・サンドと

中のポケモン達を中から出した。

『さぁ、

 これで終わった。

 それではナミさん。

 お元気で』

と言い残しバシャーモは高くジャンプして視界から消えてしまうと、

他の3匹のポケモンたちも無言で森に入っていき、

すぐに見えなくなった。

『なんでよ。
 
 ウソでしょ、

 チャモちゃーん!』
 
消えてしまったポケモン達の名前を呼びながらナミは嘆いた。

もう絶望的な状況であった。

唯一の頼みであった自分のポケモンにも見捨てられ、

ナミは完全に生きる希望を失っていた。

時刻はもうお昼近く。

高く上がった太陽の光がナミの水色の体に強く降り注いでいた。

水ポケモンであるシャワーズの体には、

それはとても熱く感じられた。

『私このまま

 太陽に焼かれて
 
 死んじゃうのかな。
 
 それともポチエナとかに
 
 襲われるのが先かな…』

ナミは草の上に寝転んだまま、

さっきバシャーモが中のポケモンを出し

開いたままになっている

4つのモンスターボールを見ながら

そんなことを考えていた。

もうどうにもならないという絶望感が彼女を支配していた。

『あぁ、
 
 もうちょっと今日の朝ごはん
 
 いっぱい食べておくべきだったかな…。
 
 もっとポケモンたちと遊んでおくんだったかな…』
 
ぽっかりと

大きな穴があいてしまったような心の中で、

ナミはもうこのまま死んだほうが

楽だと考えるようになっていた。

『どんなふうに私、

 死ぬんだろ…。
 
 できれば楽に死にたいな…。
 
 このまま日の光で干からびるのはつらそうだな…。
 
 野生のポケモンに食べられるのも痛いだろうな…。
 
 そうかこのまま何も食べられずに
 
 お中を減らしたまま死ぬのもイヤだな…』

そう考えていたら急に悲しくなって、

ナミの目から涙が出てきた。

『イヤ!
 
 やっぱりそんなのイヤ!
 
 こんなところで
 
 死ぬのなんてイヤ!
 
 何が何でも
 
 ぜったい生きたい!』
 
そう言って頭を強く振った時、

ナミは頭の上のヒレに

何か硬いものが当たった感じがした。

『え?』

首をひねって見ると、

そこにはモンスターボールが1つ転がっていた。

『これは私の…』

そう思って顔を近づけると中から声がした。

『“おーい、
 
 ナミさん。
 
 やっと気づいたようだね。
 
 ちょっと出してもらえるかな”』
 
ボールの中からきれいな女の声に聞こえた。

どうやら中にポケモンが入っているようだった。

ナミはさっきバシャーモがナミのポケモン達を

連れて行ったことを思い出した。

『バシャーモと3匹が一緒に行って、
 
 4匹。
 
 先に行ったイーブイを入れて5匹。
 
 私が連れてきたのが6匹!
 
 あと1匹残ってる!
 
 えぇっと、
 
 あと残っているのは…』
 
バシャーモと一緒に

行ってしまったポケモン、

それを思い出すと

ボールの中にいるポケモンがだれなのか、

それを予想するのは難しくはなかった。

だが、

『やだ、

 グラエナのエナナちゃんじゃない…』

と分かった瞬間、

ナミの体からは冷や汗が出た。

グラエナ、

通称かみつきポケモン。

獰猛な性格で大きなキバを持ち、

トレーナーになかなかなつかない事で知られている。

そしてさっきナミが襲われるかもと思った

ポチエナの進化形。

今のナミと比べたら

グラエナの方がずっと大きいはずであった。

『どうしよう…、

 出したとたんに
 
 食べられちゃうかも…』
 
そう思いナミは怖くなったが、

日の光で干からびるか

捕食されるか、

それとも餓死するか、

絶望的なこの状況の中に差し込んだ、

一筋の光のような気がした。

保証はどこにもないけどこのポケモンなら

助けてくれるかもしれない。

声もきれいだし、

怖そうなグラエナでもポケモンの目から見たら

とても優しい顔に見えるかもしれない。

下手をしたら襲われるかもしれないが、

いま何もしないよりはマシ。

そうナミは考えた。

そして意を決して、

『出てきてエナナちゃん』

と言って、

モンスターボールを前足ではじくようにして投げた。

とたんにボールが開き、

中から1匹の黒い獣の影が

ナミにしっぽを向けて現れた。

『やぁ、
 
 ナミさん。
 
 ありがとう』

そう言って、

グラエナは振り向いた。

声は綺麗だったが、

しかし、赤い大きな目をしたグラエナ顔は、

ポケモンの目にも今にも自分に噛み付いてきそうな、

そんな怖い顔に見えた。

『本当にシャワーズになってしまったんだね、

 ナミさん。
 
 あの坊やも言ってたけど、
 
 こりゃホントにたまげたね』
 
とそのグラエナは言いながら

近づいてきたが、

ナミは自分より大きな獣が近づいてくる

恐怖で完全に硬直してしまっていた。

そんなナミに向かってグラエナは、

『なんだね、

 ナミさん。
 
 別にあたしはあんたを
 
 取って食ったりはしないよ』

と言った。

それでも目の前のシャワーズは

間近に見る大きなグラエナの顔に

すっかり怯えてしまっている。

『まぁ、

 いい。
 
 他もヤツらも言ってたが、
 
 あたしも野生に戻るんでね、
 
 これからしなくちゃいけない事が
 
 山ほどあるんだが……』

と話始めた。

ナミはやっぱりダメだと思ったが、

『……あんたはどうするんだい?』

というグラエナの言葉に

ハッとした。

初めて自分のことを聞かれたからだった。

『ど、

 どうするって?』

恐る恐るナミが聞くとグラエナは

『どうって、

 もちろんあんたのこれからの事さ。

 いきなり人間様から

 ポケモンになってしまって、

 どうしていいのか

 皆目見当もつかないんだろ。

 あたしが教えてやろうかって

 言ってるんだよ』

と言う、

無論、ナミは戸惑った。

今までの自分のポケモンが冷たかっただけに、

グラエナの突然の申し出には驚き、

そしてとても有難かった。

しかし、

目の前のグラエナの威嚇するような目や、

鋭いキバを見ると

どうしても素直にハイと言えなかった。

『えっっと、

 私…、
 
 なんていうか…』

ナミが決めかねていると、

グラエナは

『あぁもぅ、

 じれったいねぇ!
 
 あたしについてくるか、
 
 ここで餓え死にするか
 
 どっちなんだい。
 
 きまぐれなあたしの気がかわらないうちに、
 
 さっさと決めな!』

と一喝した。

それに圧されるようにナミは意思を固め、

『ハイ…。
 
 お願いします』

と返事をする。

そして、

『私、
 
 どうしたらいいか分からないの。
 
 ほかのみんなはどこか行ってしまったし…。
 
 グラエナさん、
 
 お願い。
 
 助けてください』
 
『よしそれでいい。
 
 それにあたしのことはエナナでいい』

そう言うと、

エナナはナミの首根っこをくわえると、

ナミのしっぽをズルズルと引きずりながら、

まるで猫自分の子供を巣に連れて行くように、

森のそばの木陰まで運んでくれた。

ナミは木陰の湿った土がとても気持ちよく感じられた。

次にエナナはナミが体に巻いている

体型に合わなくなった服を噛み切って脱がせると、

いきなりナミの顔をペロペロと舐め始めた。

『きゃっ、
 
 くすぐったい!
 
 何をするんですか?』

とナミが聞く。

『あんたは今、
 
 自分がどういう姿なのか
 
 まだ分かってないんだろ。
 
 こうして舐めてもらって、
 
 まず自分も体のことを知らなきゃ。
 
 生まれたての赤ん坊だって
 
 まず母親のこうしてもらって
 
 動けるようになるんだから。
 
 まぁ、
 
 かなり大きな赤ん坊だがね』

とエナナは言って、

ナミの頭から首、

前足、

胴体、

お尻から後ろ足、

そしてしっぽの先まで

ナミの全身をくまなく舐めていった。

『うぅ、

 はずかしい…』

ナミは丸裸にされ、

いたるところをエナナに舐められたので

最初は恥ずかしかったが、

次第に舐められたところに

体の感覚が戻ってくることが分かった。

『よし、
 
 これで全部か。
 
 つぎはやっぱり動けないとな。
 
 よしまず立ってみな』
 
ナミの全身を舐め終わったエナナはそう言った。

ナミはとりあえず前足をついて

上半身を起き上がらせた。

そして後ろ足も立たせようと

ひざを伸ばしてみたが、

どうにも踏ん張りが利かず、

ボテっ!

尻もちをついてしまった。

『あ〜、
 
 ちがうちがう。
 
 こう、
 
 足の先っぽで立つ感じだよ。
 
 もう一度やってみな』

エナナにそう言われたので

ナミは長いつま先を地面につけて、

今度は足の先で立つように

足を地面について伸ばしてみた。

そのとたん、

下半身がグイッと

持ち上げられたかと思うと、

バランス良く4つ足で立つ事が出来た。

『あぁ、

 私本当にポケモンに
 
 なってしまったのね…』
 
ナミは地面にしっかりとつけられた

自分の4本の足を見てつぶやいた。

『やれば出来るじゃないか。

 よし。

 次はそのまま歩いてみな』

そうエナナが言うので、

ナミは前へ歩こうとしたが、

2本足で歩いていた時とは違い、

足が4本もあると

どれをどの順番で出せばいいか分からない。

ナミが聞こうとすると、

いつの間にかエナナは

ナミ後ろに廻っており、

いきなりたいあたりをしてきた。

『キャッ!』

と言ってナミは

前のめりに倒れそうになったが、

その時4本の足が自然に動き、

数メートルほど歩く事が出来た。

『よし上出来。

 次は自分でやってみな』

エナナはナミが今の感覚を忘れないうちに指示した。

ナミは目をつむり自分で前に体重をかけると

4つの足は順序よく動き、

しっぽもちょうど地面のすぐ上で

左右に振るように自然と動き、

そのまま原っぱの反対側まで歩いていく事ができた。

エナナはすぐに追いかけてきて

ナミの首根っこを加えて反対側を向かせると、

もう一度やるように言った。

ナミは原っぱの真中あたりまで来たとき、

今度は走ってみようと思った。

体重をもっと前にかけて足を早く動かそうとしたが、

足同士が当たってしまい、

そのままバランスを崩して草の上にこけてしまった。

すると、エナナがすぐに追いかけてきて

『オイオイ、

 走るのはまだ速いよ』
 
と笑いながら注意をする。

ナミはそう言うエナナの目が、

わずかにだが優しく、

暖かく見えた。

『さぁ、
 
 これからはいろいろな方向に曲がるからね。
 
 あたしの動きをよく見ながら、
 
 ついてきな』

そう言うとエナナは先に歩き出した。

ナミもその動きを真似しながらついて行く。

ナミは早く自由に動けるようになるため必死だった。

なれないシャワーズ体では歩くのも大変だったが、

だんだん新しいことが出来るようになっていく喜びも感じていた。

そうこうしているうちにすっかり日も傾いていき、

夕方になった。

そのころにはナミは草の上を自由に歩き回り、

前足と後ろ足を交合に出して跳ぶように

走れるようにまでなっていた。

『よし、
 
 ナミ。
 
 今日はここまでにしようか。
 
 さて、
 
 ディナーといくか』
 
とエナナが言う。

ふぅっと、

ナミは地面に腰を下ろすと、

『ディナーって、

 エナナどうするの?
 
 今日はポケモンフーズも
 
 持ってきてないのよ』

と聞いた。

すると、エナナはあごで原っぱの一角を指し、

『あれだよ』

と告げた。

それはナミが木の実を育てている場所だった。

行ってみると新たにいくつか木の実がなっていた。

『さぁて、

 どれがいいのかね』

とエナナは木の実を品定めするように見ながら言うと、

ラブタの木に前足をつき、

口で毛のはえた実を2つ採ると

1つをナミの前に置いた。

『これってラブタよね…。

 すごく苦いんじゃなかったっけ?』

ナミはエナナに聞いた。

前に一度ラブタの実を味見して、

その苦さが一日中口の中から

とれなかったことがあったからである。

『大丈夫だよ。
 
 かじってみな。
 
 すごくうまいんだから』

そう言ってエナナがラブタの実を食べ始めたので、

ナミも恐る恐るかじってみた。

口に入れると確かに美味しかった。

苦い味には変わりなかったが

その苦さがわずかな酸味と交りあって

口の中でとろけ、

飲み込むと栄養が頭の中まで届き

一日の疲れが全部吹き飛ぶような感じで、

それはナミが今まで食べてきた

どんな料理よりもおいしいものであった。

夢中になって食べるナミの横で、

エナナはじっとその様子を見守っていた。

ラブタの実を全部食べ終わると

ナミはすっかり満腹になり、

今日一日の出来事のからの疲れで、

横になり眠ってしまった。

エナナはナミが眠ったのを見ると

彼女をくわえ、

ゆっくりと運んだ。

そして近くの大木の根元に開いていた

ほら穴の中にそっと彼女を下ろすと、

自分もその前で腰を下ろし、

エナナはそのまま

しばらくは周りを警戒するようにしていたが、

やがてナミに寄り添うように眠りについた。


つづく…


  [No.1660] 第3話・緑の湖 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:25:39   19clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ナミは夢を見ていた。

小さい頃、母と2人で野原に出かけた時の夢だった。

ナミは草の上を走り回り、すっかりはしゃいでいた。

突然、彼女の近くの背丈の長い草むらからガササガと音が響くと、

そこには見ると1匹の白と茶色のシマシマのポケモンがいた。

「ママ、

 ポケモンさん!」

ナミは母を呼ぶと、

「あら、

 ジグザグマさんね。
 
 かわいい子ね」

とジグザグマを見ながら母が笑う。

その時。ジブザグマはナミ達の存在に気づくと

ザザザ…

野原をジグザグに走り始めだした。

「ママ、私、

 じぐざぐまさんと遊ぶ」
 
そう声を上げてナミはジグザグマの後を追い始めると、

「あんまり遠くに行ったらダメよ」

その後ろから母が声を掛けた。


ザザッ

ザザッ

ジグザグマは野原をジグザグに走って逃げ、

ナミもそれを真似してジグザグに走る。

ジグザグマは時々止まっては

ナミの方をチラリと見てまた逃げる。

ナミもそれを真似して

また追いかける。

そうやってジグザグマとナミは

緑の野原をどこまでも走っていった。

そんな追いかけっこをしばらくしていると、

ピクッ!

ジグザグマの耳が微かに動いたと思った途端、

ザザザザ…

ジグザグマは一直線に長い草むらへと入ってしまうと、

そのまま見えなくなってしまった。

「あ〜、

 行っちゃった」

ジグザグマが走っていった方向を見ながらナミはそう言うと、

母親の所に戻ろうと思った。

が、辺りをいくら見回しても

母の姿を見つけることが出来なかった。

ジグザグマを追いかけるのに夢中で

かなり離れた場所まで来てしまったのだ。

「ママ!

 ママ!」

ナミは母を呼びながら草むらの中を走る。

しかし、これまでジグザグに走ってきたため、

母親がどちらにいるのか分からず、

ただ無我夢中に走っているだけであった。

すると、ナミの脚に草が絡まり、

「あぁっ」

ザザザッ!!

ナミはその場に倒れてしまうと、

ついに泣き出してしまった。

「ママ、

 どこにいるの?」

黄昏時、

西に傾いた陽は当たりの草を金色に染めていく。

そして、その金色が朱色に変わり始めても、

ナミは泣き続けていた。

”きっとママが見つけてくれる”

そう思いながらナミは草の上にしゃがんだままじっとしていた。

しかし、いくら経っても母親は現れなかった。

もうすぐ日が暮れて夜になってしまう。

ナミはずっと地面を見ていたが、

これでは全くダメだと思うようになった。

よし、自分でママを探そう。

ママが見つからなくても

誰か大人の人を見つけて一緒に探してもらおう。

そう思ってナミが立ち上がった時であった。

「ナミ!」

とナミの名前を呼ぶ母の声が後ろから響いた。

「え?」

その声にナミが振り返ると、

沈んでいく夕日の方から

走ってくる母の黒い影が見えた。

「ママ!」

ナミも叫びながら母親に向かって走っていき、

思いっきり抱きついた。

「どこ行ってたの、ナミ。

 あんまり遠くへ行っちゃダメだって
 
 言ったでしょう。
 
 あまりママを心配させないで。」

「ママごめんなさい。

 私、
 
 ポケモンさんを夢中で追いかけてて…。
 
 もうどこにも行かない」

ナミはそう言って母親の顔を見上げた。

ナミの顔は夕日に照らされ真っ赤だったが、

日に背中を向けている母親の顔は陰になり、

よく見えない。

「さぁ、

 帰りましょ。
 
 今日はママがおいしいオボンの実のサラダを
 
 つくってあげるから」

と言って母親が歩き出した時である。

その黒い影はみるみる姿を変え、

1匹のグラエナの形になった。

「ほら、

 早くついていらっしゃい」

と呼ぶグラエナ姿の母に対し、

「はーい、

 ママ」

ナミもシャワーズの姿になって追いかけようとした…、

そこでナミは目を覚ました。


そこは木の根元にあいた大きなほら穴の中で、

外には見慣れた原っぱが広がっていた。

外はすっかり明るくなっており、

朝の日差しがさんさんと降り注いでいた。

ナミは自分の体を見ると

『はぁ…』とため息をついた。

やっぱり昨日の事は夢ではなかったのだと思った。

ポケモンに変身してしまった事、

絶望から死ぬ事を考えた事、

そして必死に動けるようにがんばった事、

それらをナミは思い出した。

『これから私、

 どうしたらいいんだろ…』

ナミはそうつぶやいたが、

今はそんなことを言っても仕方がなかった。

とりあえずナミは洞穴から外に出てみた。

よく晴れたすがすがしい朝で、

そよそよと吹く風がとても気持ちよかった。

『おや、

 やっと起きたね』

原っぱの中からエナナが顔を出した。

『さぁ、今日も昨日と続きだからね。
 
 とりあえず朝ご飯を食べて元気つけないとね』

そう言ってエナナはオボンの実を1つナミの前に置いた。

ナミはしばらくじっとそのオボンの実を眺めていた。


この日も朝から歩く練習だった。

昨日やった事はもう体が覚えていたので、

お昼前にはナミはもう草の上を元気に走り回っていた。

『よし、

 もう地上での動きは大丈夫なようだね』

と走り回るナミを見てエナナが言う。

怖い顔をしているが、

ナミにとっては自分に新しいことを教えてくれるいいコーチであった。

『あたしはちょっと今から出かけるから、
 
 しばらくここで休んでなさい』

そう言うとエナナは森の中に入って行った。

ナミは草の上に腰を下ろし

しっぽの先のヒレを自分の右側から前に持ってきて

地面の上に休ませた。

これがシャワーズとしてナミが一番落ち着く姿勢であった。

すぐそばにはナミが植えた実のなる木があり、

今日もいくつかの新しい実が膨らみはじめていた。

『これでもう、

 餓え死にする事はないみたいね』

実を見ながらナミは安心したが、

ふと気になったことがあった。

“野生では自分で食べ物を探さないといけない”

それはイーブイもチャモちゃんも言っていたことだった。

それならなぜこの実に手を出さなかったのだろうか。

チャモちゃんはずっと一緒にこの場所に来ていたから、

このことは知っているはずだし、

イーブイも辺りを見ればすぐに気が付いたはずである。

あのままここにいれば、

食べ物に不自由することはないのではないか。

そう思っていたときに、背後に誰かの気配を感じた。

『このにおい、
 
 知ってるにおいだわ。
 
 エナナでも
 
 チャモちゃんでもない。
 
 だれだろう…』

とそう思いながら振り返ると、

森の中からあのイーブイが現れた。

『よぉ』

イーブイが声をかけて来た。

『どうやら無事に
 
 生きてるみたいじゃないか。
 
 はは…、
 
 安心したぜ』

その言葉にナミはムッとして横を向いた。

別にあなたに安心してもらう筋合いはない。

そう思った。

『まぁ、
 
 こっちはいきなり知らない土地で放されたから
 
 けっこう苦労してんだけどね。
 
 あんたはその木があるから心配いらなくていいね』

そう言って、

イーブイは実のなる木を見上げた。

『どうぞ、

 好きに食べていいわよ。
 
 どうせもう私の物でもなんでもないんだから』

ナミは横を向いたまま言った。

『あんたに言われなくても勝手に食べるさ』

とイーブイが言ったので、

ナミは思わず振り向いた。

さっきあんなに物欲しそうに言っていたのに…、

『変なヤツ』

とナミは小さくつぶやいた。

ナミの前でイーブイはマトマの実を一つちぎり、

悠々と口へ運んでいく。

大方食べ終わった時、

『ところであんたは、

 バトルはできるのか?』

『え?』

イーブイからバトルと言われてナミは驚く。

まさかポケモンの口からその言葉が出るとは

思ってもみなかったからである。

『バ、
 
 バトルって
 
 ポケモンバトル?
 
 あれって
 
 トレーナーのポケモン同士がやることじゃないの?』

ナミの声が驚きで高く上ずっている。

『何言ってるのさ。
 
 知らないポケモンと出会ったらまずバトル、
 
 気の合った仲間がいたらすぐバトル。
 
 それが常識だろ』

そんなナミにイーブイは言う。

『常識だって、

 いきなりそんなこと言われても困るわ』

『何を言っているんだ
 
 バトルはポケモン同士の挨拶みたいなもんさ』

『でもバトルに負けて
 
 “ひんし”になったら大変じゃない』

そんなイーブイにナミはあわてて指摘する。

この自然の中で動けなくなったら

それは”最期”を意味するからだ。

『あぁ

 あれはトレーナーが闘う気力な無くなったポケモンを見て
 
 勝手にそう言っているのさ。
 
 確かにトレーナーがいてくれたら、
 
 いい技を指示してくれるし
 
 多少ムリもできるけどな』

心配顔のナミを見ながらイーブイは笑って言うと

『でも、攻撃されたら、
 
 怪我して痛いし、
 
 それに、イヤじゃないの?』

ともナミは聞いた。

まさか自分がバトルをすることになるとは

思っていなかった。

『そんなことはないさ。
 
 相手の攻撃を受けるのも相手を知るうちだし、
 
 ケガなんて寝て起きたらすぐに治るさ。
 
 それともあんたはオレたちが

 イヤイヤバトルさせられてると思ってたのか?』

とイーブイがまた笑って言う。

言われてみれば確かにそうであった。

ポケモンたちはいつも喜んで、

いろんなポケモン達とバトルし、

その時はどんなポケモンもイキイキとしていた。

『で、
 
 あんたは今
 
 どんな技が使えるんだ?』

とイーブイは聞いてきた。

ナミは考えた。

自分がポケモンの技を出すなんて考えた事もない。

それに今は歩き回ることだけで精一杯である。

『…分からない』

とナミは返事をすると、

『何だよ、

 それなら自分で調べてみな。
 
 いつもオレたちに向けてた赤いやつ、
 
 えっと、ポケモンずかんだっけ?
 
 あれで使える技が分かるんじゃないか?』

全国1000万のトレーナーの必需品・ポケモン図鑑。

ポケモンの種類、

タイプからポケモン個々の強さ、

特性、性格、

使える技までが分かり、

さらにはトレーナー自身の身分証にまでにもなる優れものである。

『でも昨日、
 
 あの時に落としちゃって…。
 
 今から探さないと』

そうナミが言うと、

イーブイは

『それなら
 
 そこにあるじゃないか。』

と言って、

あごで森のほうを指した。

それはナミが寝ていたほら穴なある大木の横であった。

そしてそこにはナミのウエストポーチや

空のモンスターボール、

さらには破れた服までもが集められていた。

ナミはそこまで歩いていくと、

自分が昨日着ていた服に顔を近づけると

知っているにおいがした。

『このにおい、
 
 エナナが集めてくれてたんだ』

そう言うとナミはポケットの中に顔を突っ込み、

ポケモン図鑑をくわえて出した。

そして図鑑のレンズを胸につけて、

前足で抱くようにしてボタンを押すと、

図鑑が反応した。

“シャワーズ。
 
 あわはきポケモン。
 
 タイプ:みず。
 
 性別:メス。
 
 性格:おだやか…”

『何がおだやかよ。
 
 こっちは全然、
 
 心中おだやかじゃないわよ』

そう思いながら、

ナミは十字ボタンを押して、

技の画面に切り替えた

“レベル1。
 
 使える技:
 
 たいあたり、
 
 しっぽをふる、
 
 てだすけ
 
 ……以上”

『3つだけか。
 
 まぁ
 
 良かったじゃないか、
 
 使える技があって。
 
 その大きなしっぽは
 
 お飾りじゃなかったってとこかな』

図鑑の発する音声を聞いたイーブイが、

からかうように言った。

『それよりも
 
 レベルが1ってどういうことよ。
 
 これじゃ、
 
 タマゴから孵ったばかりの
 
 ポケモンよりも下じゃない』

ナミは図鑑の画面を見ながら言った。

タマゴから孵ったばかりのポケモンでも

この地方ではレベル5である。

『当然だろ。
 
 オレ達はタマゴの中にいる時から
 
 周りのことは分かってるし、
 
 生まれてすぐにでも闘えるんだからな。
 
 それに比べあんたはただシャワーズになっただけで、
 
 歩くのもおぼつかないんだからね。
 
 やっぱり人間様が作った機械は正確だな。
 
 とりあえず、
 
 今使える攻撃技は、
 
 たいあたりだけか。
 
 いっちょオレにやってみろよ』
 
そう言うとイーブイは

ナミ真正面の少し離れた位置に移動し、

『さぁ、
 
 かかって来いよ』

とナミを挑発した。

ナミは迷った。

自分が技を使えるのが信じられなかったし、

目の前のポケモンを本当に攻撃して

良いのかも分からなかったからだった。

だが、

イーブイ本人がいいと言っているのである。

それもナミがシャワーズになってしまう原因を作った張本人である。

ナミは

『思いっきり吹っ飛ばしてやる!』

と思いながら、

全力でイーブイに向かって走っていった。

そしてイーブイに肩から思いっきり”たいあたり”したが、

それはいとも簡単に受け流されてしまった。

『なんだよソレ、

 本当にそれが技かよ。

 本当にレベル1だな』

とイーブイは笑ったと思うと、

急に真剣な目つきになり、

『技っていうのは、
 
 こういうんだよ』

と言うなり、

ものすごい勢いで穴を堀り、

地中へともぐった。

『わっ』

ナミは驚いてイーブイが入って行った穴に近づこうとすると、

突然自分の真下の地面が盛り上がり、

中からイーブイが飛び出してきた。

ナミはイーブイの意外な攻撃をくらって倒れてしまった。

『おっと、
 
 もう“ひんし”かよ。
 
 まぁいい、
 
 これでバトルがどういうものなのか
 
 分かっただろ。
 
 また来てやるから、
 
 それまでにはもっとまともな技が
 
 使えるように頑張っておくんだな』

そう言うとイーブイはまた森の中に入って行ってしまった。


『おい、

 ナミ。

 大丈夫か』

という声でナミは目がさめた。

エナナが戻ってきて倒れているナミを見つけたのであった。

『どうした。

 誰か来たのか』

そう尋ねながらエナナは地面の穴、

そしてマトマの実の食べ残しを見てナミに聞いた。

それに対し、

『別に…、

 何でもないわよ』

とナミは返事をする。

それを聞くとエナナは

『そうか』

と、それ以上は尋ねはしなかった。

『それよりも、

 エナナ。

 どこに行ってたの?』

逆にナミが聞くと、

『あぁ、
 
 今からあんたの新しいトレーニングをするんだが、

 今でもそれがそこにあるのか確かめに行ってたんでね。
 
 大丈夫ちゃんと昔のままだったよ。
 
 ついておいで』

エナナはそう言うと森の方へ向かって歩いていった。

ナミもそれを追うために立ち上がった。

イーブイが言った通り、

体はもう何とも無かった。


うっそうとした森の中、

2匹は歩いていた。

エナナはナミの少し前を黙って歩いていく。

辺りはうす暗く、

木々が立ち並んでいるので、

ナミはエナナを何度も見失いそうになった。

しかし、シャワーズの鼻はエナナのにおいを確実に嗅ぎ分け、

エナナのいる方へとナミを導いていく。

時々はるか上の木のてっぺんあたりで、

鳥ポケモンたちが会話しているのが聞こえた。

しばらく歩いているとナミは森の先から、

何を感じるようになった。

気配ともにおいとも違う、

首のまわりのヒレに直接くる冷たい感覚、

そんなものを感じていた。

『ほら見えてきた』

とエナナが言った時、

森の端が見え、

その先に空から差し込む日の光が輝いていた。

ナミが森から出て

外の光に目が慣れると、

そこに見えたのは森の中の大きな湖だった。

周りの木々の姿を映し、

その水面は深い緑色に染まっていた。

シャワーズになって初めて見る湖だったので、

どのくらいの大きさの湖かは分からなかったが、

かなりの大きさだとナミは思った。

湖の周りには沢山のポケモン達が

水を求めてやってきており、

水を飲んだり、

水浴びをしたり、

木陰や草の上で昼寝をしたりしていた。

エナナは湖の縁まで歩いていくと

水に口をつけて、

美味しそうに飲み始めた。

ナミも水の側までやってくると、

シャワーズの姿が映った水面に顔を近づけ、

1口飲んでみた。

湖の水はとても冷たく、

そしておいしかった。

湖の水は昨日から木の実しか口にしていない

ナミの乾いたのどを潤し、

しっぽの先までその潤いが届くようであった。

ゴクゴクと水を飲む

ナミにエナナは話し掛けた。

『さて、

 湖にシャワーズのあんたを連れてきたという事は、

 どういうことか分かるね』

ナミは顔を上げると

コクリとうなずいた。

水ポケモンのシャワーズは普通、

水辺で生活する。

そのためにはまずは泳げなくてはならない。

そのくらいナミにも分かった。

シャワーズは水中にとても適した体なので

歩けるようになった時のように

すぐに泳げるとは思うが、

はたしてちゃんと泳げるのかナミはとても心配だった。

『まずは

 その体を水に慣らそうか。

 水に入ってごらん』

とエナナは指示をする。

だがナミはすぐには水に入る事ができなかった。

さっき飲んだ時の感覚からすると、

水はかなり冷たいに違いなかった。

シャワーズにとっては、

こんな冷たさは平気だろうと心のなかでは思っても、

その1歩がなかなか踏み出せない。

『あぁ、もう。

 いちいち世話がやけるねぇ』

そんなナミにエナナはじれったさを口にしながら、

ナミの後ろから体でグイグイと押していった。

『うっ…』

ナミは目をつむって水の中に入っていき、

エナナが押すのをやめるとゆっくり目を開けた。

ナミの4つの足はひざの辺りまで水に浸かっていた。

水は予想通り冷たかったが、

それは想像していた刺すような感じではなく、

とても気持ちよかった。

ナミは自ら湖の中のほうへ進んでいった。

水はどんどん深くなり、

肩まで浸かるようになった。

ナミは目をつむって、

冷たい水が全身を包み込み一体となる、

そんな感触を静かに楽しんでいた。

そして、そのまま体を倒すと頭までが水に浸かった。

水の中はもっと幻想的であった。

上には水面がキラキラと輝き、

水の底は土や木の根っこがなだらかな凹凸を作り、

大きな斜面が湖の真中に向かって広がっていた。

湖のもっと深いところでは魚ポケモン達がゆったり、

時にはすばやく泳いでいるのが見えた。

しばらく浅いところで水の感触を楽しんでいると、

ナミは急にエナナに呼ばれた。

『水に浸かるのはいいが、

 自分で泳がなくちゃ。

 あたしについておいで』

エナナにそう言われてついて行くと、

小高い丘の上に着いた。

その向こうは湖に川が流れこんでいる所であった。

そこでエナナは驚くべきことを言った。

『さぁ、

ここから飛び込んでみな』

『えっ!

 ここから!?』

びっくりしながらナミは聞き返すと、

下を見た。

川の流れはかなり速そうである。

『そうだよナミ。
 
 これだったら、
 
 あんたも自分で泳がなくては
 
 ならないからね』

『でも、

 もし泳げなかったら

 死んじゃうじゃない』

ナミは恐怖で泣きそうになりながら

必死にそう言うが、

『泳げないなんて、

 そのしっぽや頭のヒレは

 何のためにあるんだい』

そう言うとエナナはナミの首根っこをくわえて、

高く持ち上げた。

『待って!

 もうちょっと練習してから…』

とナミは懇願するが、

エナナは首を大きく振りかぶり、

彼女を川の中へ投げ込んだ。

川の勢いは水の中の方が激しく、

水の流れに巻かれるようにして

ナミはあっという間に湖の深い所まで流されてしまった。


水の中でナミは目を開けた。

静かな水の中、

ナミは1人漂っていた。

上を見ると遠くに水面が見え、

キラキラと輝いていたが、

下を見ても水は深く底は見えない。

とにかく息が切れる前に水面に上がらなければならない。

ナミはそう思うと

4つの足をばたつかせて泳ごうとした。

しかしなかなか前には進まず、

ナミはあせった。

必死にもがいても水面ははるか遠くで揺れるばかりで、

一向に近くならない。

その姿が気になるのか、

魚ポケモン達が遠くのほうからナミを見ていた。

水の中に入ってから数分がたった。

ナミはわずかに

息苦しさを感じ初めていた。

『大変、

 このままじゃホ本当に溺れちゃう。

 水ポケモンなのに溺れるなんて冗談じゃないわ』

そう思ってまた必死に足をばたつかせるのだが、

水面は近くなるどころか

逆にどんどん遠くなっていくようで、

顔も真っ赤になり、

息ももう続きそうになかった。

ナミはその苦しさのあまり

体を激しくくねらせた…、

その時だった。

急に体の周りの水が

前から後ろへ流れ出したと思うと、

遠くに見えた水面がぐんぐん近づき、

ナミの体は水面を突き抜け宙を舞った。

ナミの魚のようなしっぽが水をかいたのだ。

空中で息継ぎができたナミはまた水中に戻ると自分の尻尾を見た。

さっきの様に体をくねらせるみたいに上下に動かすと、

しっぽもそれにつられ、

大きく上下に動き水をかいた。

進み方さえ分かればあとは簡単だった。

耳と頭の上のヒレを使えば、

曲がるのも回転するのも簡単だった。

周りの水の流れも、

首からしっぽに先まで背中に生えている長いヒダのようなもので

感じることができたし、

光る水面を見れば自分が今どっちの方を向いているのか

すぐに分かった。

ナミはまさしく水を得たシャワーズとなって湖の中を自由に泳ぎ回った。

時々水面からから嬉しそうに飛び跳ねるナミを、

エナナは小高い丘の上から満足そうに眺めていた。


つづく


  [No.1661] 第4話・金の空 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:27:35   11clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

朝日が昇る頃、

ナミはいつもの木のほら穴で目を覚ました。

ナミがシャワーズになってから

もう1週間がたつ。

この1週間、

ナミはポケモンとして必要な事をたくさん学んだ。

物のくわえ方、

天気の読み方、

いろんなにおいの意味、

自然の中でのエサの採り方、

食べるときに注意のいる木の実の種類、

遠くへ行くときの目印のつけ方、

他の野生ポケモン達との付き合い方…。

全ては今は出かけているエナナから教わった事だった。

しかし、

この日ナミはポケモンとして大切なことをまだ

学んでないことに気がつくことになる。


ナミが起き上がって、

ほら穴を出ようとした時である。

突然目の前を茶色い影が通り過ぎた。

ナミは驚いて見てみると、

それはあのイーブイであった。

『よぉ、

 また来たぜ。
 
 どうだい、
 
 少しは強くなったか?』

イーブイは振り向きながら尋ねてきた。

ナミはうつむき加減で横を向いた。

昨日、

ポケモン図鑑で調べた時のナミのレベルは5、

技は相変わらず3つだけであった。

バトルの経験はないが、

この1週間でいろんなことを学んだことによりことにより、

やっと赤ん坊並にまでなったのだった。

『何だ、

 まだか。
 
 まぁまともに動けるようには
 
 なたみたいだな。
 
 はは…、
 
 オレも安心したよ』

その言葉にナミはカチンときた。

『何よ、かまわないでよ。
 
 私はあなたのせいでこんなに苦労してるんだから』
 
ナミはイーブイをキッとにらみつけて言った。

『それはお互い様だろ。

 それにあんたがそうなったのは、
 
 オレがあんなに嫌がってるのに
 
 無理やりシャワーズに進化させようとしたせいじゃないか』
 
『何言ってるのよ。

 それってあなたの勝手な好みでしょ。
 
 私を見てよ。
 
 そんなことなんかで、
 
 私はこんな姿にされて、
 
 すっごく怖い思いもいっぱいして…、
 
 全部あなたのせいよ』
 
ナミは怒りで震えた声で言った。

目に涙をためて、

ナミは今まで心の中にためていた感情を

目の前のポケモンに全てぶちまけた。

その時、イーブイの表情が一瞬くもった…ように見えた。

『え?』

そのことにナミは気づくと、

『勝手な好み…ね。

 でも、
 
 そんなこといわれても、
 
 オレにはどうすることもできないな』
 
とイーブイは顔をそらして言い、

そのまま森の方へと体を向けると、

『それより、

 早く強くなれよ。
 
 でないとこの野生世界では
 
 まともに暮らせないからな』
 
と言い残し、

とぼとぼと森の中へ歩いていった。


ナミはしばらくイーブイが歩いていった方を

睨んでいたが、

『ふぅ』とため息をつくと

草の上に腹ばいになった。

今まで心の中にしまっていた感情を思いっきり出して、

力が抜けてしまったのである。

思えばあの日以来、

こんなに感情が高ぶった事はなかった。

今日までシャワーズとして生きるのに必死で、

怒ることすらも忘れていた。

『でも、

 確かに強くなければ生きられないわ』

気持ちは落ち着くとナミは改めてそう思った。

自分がポケモンとして生きていくためには

バトルに強くなることは必要だという事は間違いなかった。

ポケモンが強くなるには実際に他のポケモンとバトルし、

経験をつんでいくのが一番であることは、

無論、ナミも知っていた。

しかし

ナミはやっと赤ん坊レベルにまで成長したところである。

その辺のポケモンにバトルを申し込んでも全くかなわない事も

十分に分かっていた。

『どうしたらいいのかな…』

ナミは考えた。

いま自分に出来る事を必死で考えた。

ポケモンになって以来、

動作はシャワーズの体に備わっている力に頼っていたので

こんなに頭を使うのも初めてだったが、

幸い頭は人間だった時と同じようにちゃんと働いた。

考えた結果、

いまナミがやる事は2つ。

体を強くする事と、

使える技を増やす事。

技に関してはすぐ思い当たることがあった。

『そうだ、

 まだアレがあったはず』
 
そう思うと、

ナミは自分が寝ていた木に戻った。

ほら穴の奥には、

ナミがシャワーズになった時に身に付けていた物、

破れた服、

履いていた靴、

ポケモン図鑑、

そしてウエストポーチなどが置いてあった。

みんなナミが進化した次の日の朝に

エナナが集めてくれたものを、

大切にしまっておいたのである。

『えっと、

 どこに入れたっけな〜』
 
ナミはウエストポーチの左端のファスナーを口で開けると、

中からCDのようなディスクがたくさん入ったケースを出した。

ケースには“わざマシン”の文字があった。

ポケモントレーナーの必須アイテムの1つ、

“わざマシン”

ポケモンは強くなる過程で自然に新しい技を覚えるが、

普通は覚えない技を好きな時にポケモンに教えることができる道具、

それがわざマシンである。

トレーナーとして旅をしていると、

色んな場所で手に入れることができる。

しかし旅に必要な秘伝マシン以外は1回しか使えないとの貴重性から、

ナミはもったいなくてまだ使ったことがなかった。

『私、

 どれを覚えられるんだろ…』

シャワーズは水ポケモンである。

当然水タイプの技が使える。

そう思ってナミは持っている30枚ほどの

ディスクを順に見ていったが、

なかなか水タイプの技が見つからない。

もしかして持ってないのかとナミは思ったが、

最後の方でようやく

2枚のディスクが見つかった。

秘伝マシンの3番“なみのり”と8番“ダイビング”

共にトレーナーの旅に欠かせない技なので

何回でも使えるようになっているが、

それを使うのが許可されるだけのバッジを持ってないナミには

今まで必要のないものだった。

『よし、

 これを覚えてみよう。
 
 使い方は確か、
 
 ポケモンの頭の上にのせるんだったけ…』
 
使い方を思い出しながらナミは

“なみのり”のディスクを傷つけないように

そっと前足ではさんで取り出すと、

頭の上にのせた。

頭に置いたとたん、

ディスクは鉄につけた磁石のように

しっかりとナミの頭に張り付き、

ディスクから頭の中に直接叩き込まれるようにして

情報が流れ込んできた。

体の動きから力の入れ方、

使う場所によるやり方の違い、

使うときに気をつけることまで

どんどん頭の中に入ってきた。

それはナミが一生かかっても、

思いつかないことばかりだった。

そしてだいたい分かってきたとナミが思った時、

ディスクは頭の上からポロッととれ地面に落ちた。

ナミは頭の中に入った情報の内容に驚きを隠せなかった。

『そんなこと、

 本当に私出来るの?』

ナミはシャワーズになってから、

何度も思った事を口にした。

いくらなんでも想像をはるかに越えていたからだった。

しかし、そう思うことほど、

今まで出来てきたのである。

『よし、やってみよう』

とナミは決心すると

ほら穴から出て、

隣の木の前に行った。

『水の無い所ではまず、

 波ができるほどの水を作るのね。』

ナミが一生かかっても思いつかない事、

その1である。

ナミは全身に力を入れると、

体全体から水が噴き出し、

ナミの周りに貯まりだした。

同時に空気中の湿気も凝縮させると

水はどんどん量を増していき、

一瞬で彼女の周りにはちょっとした池ができた。

『まったく、

 ポケモンの体って
 
 いったいどうなってるのかしら。
 
 自分でも分からないわ…
 
 えっと、
 
 これから波をおこすのね』

ナミはそう呟き今度は精神を集中させ、

周りの水を前に持っていくようイメージした。

すると見事に池の後方から波が押し寄せ、

ナミの体の下を通過したと思うと、

目の前の木にバッシャーンと押し寄せた。

『すごい…。
 
 私にこんなことができるなんて…』
 
今までポケモンが技を繰り出すところは何度も見てきたが、

それを見るのと自分でやるのとはまさしく大違いである。

水はすぐに蒸発したが、

ナミは何度もやってみた。

技は毎回成功し、

目の前の木を大きく揺らした。

『なみのりは

 これでもういいわね。

 次はダイビングね』

ナミはまたディスクを頭にのせ“ダイビング”を覚えると、

すぐにまた使ってみた。

今度の標的は木の前にある小石である。

さっきのように小さな池を作ると、

ナミはその中に思い切って飛び込んでみた。

浅いと思われたその池の水はナミが飛び込んだ瞬間、

彼女の体の周りを取り囲み、

地面を削るように流れ始めた。

そしてナミはその水と共に土の中を進んだ後、

水ごと地面から飛び出し、

小石の真下から跳ね飛ばした。

ナミはまさか自分が地面の中を移動する日が来るとは

思ってもみなかったのでとても興奮した。

ナミはまた何度もやってみた。

十回近くもやると、

小石はこなごなに砕けてしまった。

それを見てナミはするべき事を思い出した。

『そうだった、

 遊んでる場合じゃないわ。
 
 他に覚えられる技を調べないと…。
 
 でもどうやって?
 
 体も鍛えないといけないし…』

ナミはまた考えた。

エナナが帰ってきたら聞こうかとも思った。

しかしエナナもシャワーズが

どの技マシンを使えるかは知らないはずだし、

何よりこの問題は自分自身で解決したかった。

しばらく考えた結果、

ナミはある結論に達した。

それは今の自分にとって

ここでの訓練以上に厳しい冒険だった。

『でもやるしかない。

 私にできることはこれしかないわ』

そう思うとナミはいつも寝ているほら穴のある木に戻った。

“出かけてくる。

 しばらくしたら戻ってくる。

  エナナ”

というエナナが残した印が入り口の横にあった。

ナミはその上から自分の印をつけた。

“出かけてきます。

 必ず戻ってきます。
 
  ナミ”


ナミはポケモン図鑑を入れたウエストポーチを

何とか体に巻きつけると森に入り。

そして獣道を通って町の方へと歩いていった。

今まで原っぱに行くときに何度も通った所だが、

ポケモンになって初めて一人で歩くナミはとても怖かった。

高い森の木が日の光を遮っているので薄暗く、

いつ何が出てきてもおかしくはない。

それでもナミは心細いのをぐっと我慢して、

前へ進んでいった。

しばらくすると森をぬけ、

道路脇に出た。

ナミはほっとして道に出ようとしたが、

急に何かの気配を感じて茂みに低く隠れた。

来たのは1人のトレーナーだった。

ナミはそれを見て、

言い知れぬ恐怖を感じた。

1週間前は自分もそうだった、

人間という存在。

今のナミから見れば、

それは巨大な怪物そのものだった。

そうだ、

今の自分にとって人間は、

自分を捕まえようとしている怪物なんだ。

もし見つかって捕まったら、

もう帰って来られない。

絶対見つかるわけにはいかない。

ナミはそう思うと、

トレーナーが見えなくなるのを待って道路に出て

町に向かって道路わきを走り出した。


久しぶりに見る町の風景は、

すっかり変わってしまっていた。

ナミが前に来たのが1週間前なので

町自体は全く変わっているはずはないのだが、

ナミはまるで異世界に迷い込んだかのように思えた。

巨大な建物、

自分の背丈の何倍もある大きなドア、

ものすごい勢いで走る車、

行き交う人間たち…。

何もかもがナミの知っているものではなくなってしまっていた。

そんな町の裏をナミは茂みに隠れるようにして進んでいった。

やっとのことでナミは目的の場所にたどり着いた。

それはナミが1週間前まで住んでいた場所、

白い小さなマンションである。

ナミは回りに人間がいないことを確認して、

マンションの中に入っていた。

彼女の部屋は3階。

エレベーターのボタンには届かないので

ナミは階段を1段1段上っていった。

途中で人間が上から降りてきたが、

ナミはご主人様を待つポケモンのふりをしてうまくかわした。

人間の方もウエストポーチを巻いたシャワーズを

別に気にはしなかったようだった。

ようやくナミは3階の真中にある

自分の部屋の前にたどり着いた。

ウエストポーチからカギを取り出すと、

ナミは回りにだれの気配も感じないことを再度確認した。

口にカギをくわえて鍵穴に差し込み、

首ごとひねるとカギが開いた。

念のためカギを抜いてから

ドアの取っ手に前足をかけて

ぶら下がるようにするとドアが開いた。

ドアが丸ノブでなくて良かったと思いながら、

ナミは1週間ぶりに自分の部屋に入った。

そこはうす暗い迷宮だった。

入るとまずやわらかい靴があり、

その先には段差があった。

キッチンの横を通り過ぎ、

少しホコリのたまった木の床の上を奥へと歩いていくと、

ベッドから落ちかけた布団が行く手を遮っていた。

それを何とか乗り越えると

今度はカーペットの上にデパートの箱が立ちはだかっていた。

それを体で押してどけ、

ようやく窓までたどり着くと、

ナミは重いカーテンを引っ張って、

外の光を部屋の中に招きいれた。

昼の光が暗い迷宮を白い壁をした部屋へと変えた。

そこもやはり別世界だった。

全てのものが大きくなっており、

シャワーズになったナミを見下していた。

『私、

 やっと帰ってこれたのね…』

それでもナミは胸がジンと熱くなった。

しかし、

感傷に浸るのは後である。

ウエストポーチを下ろすと

ナミは部屋の端にある本棚に歩み寄った。

そしてその一番下の段、

ナミがあまり読まない本を入れてある所の

ガラスのふたを開けると、

中から一冊の本を取り出した。

“トレーナーのためのポケモン大辞典 全国版”

トレーナーになった時、

親が買ってくれた、

いわばトレーナーの参考書だが、

この分厚い本をナミは面倒くさくて

1度も読んだことが無かった。

ポケモンは一緒にいれば自然に育つ、

それが自分のモットー…などと言っていたが、

今はそんな事言っている場合ではない。

まずナミはシャワーズのページを開いてみた。

“イーブイの進化形の一つ。

特攻が高いので特殊攻撃が得意だが、

物理攻撃は苦手。

新たな技を覚えさせるのなら

特殊攻撃にするのがオススメである。

またレベルアップによって変わった技を覚える。”

とあった。

そしてその下にはシャワーズが覚える技、

使える技マシンが載っていた。

『私こんなにいっぱい

 技を覚えられるんだ。
 
 えっと、
 
 私は特殊攻撃が得意なのね。
 
 私が持っているもので特殊攻撃の技は…』

とリストを見ていったが、

『…え?

 ウソ、

 1つも無いの?』

と愕然とした。

今ナミが覚えている技以外で、

シャワーズが技マシンで覚えられる特殊攻撃は

“みずのはどう”、

“れいとうビーム”、

“ふぶき”、

“たきのぼり”の4種類。

どれも威力の高い技である。

この中で時に覚えておきたいのは、

“れいとうビーム”と“ふぶき”、

ナミがまだ使えない氷タイプの技である。

しかし、

ナミの技マシンのケースの中には、

どの技のディスクも入っていなかった。

『う〜ん、まいったな〜。
 
 とりあえず持ってる中で
 
 良さそうな技を覚えとこぉっと…』

そう言うとナミはディスクを2枚取り出した。

バトル中に体力を回復のための技、

44番“ねむる”、

それと状態異常技として洒落でお色気技の

45番“メロメロ”を覚えた。

とりあえず、

これで攻撃技はたいあたりと水タイプの技が2つ、

そして補助系の技が一通り使えるようにはなった。

次にナミは“強いポケモン育成法”のページを開いた。

ポケモンを強くする一番の方法は

バトルすること…、

というお決まりの文章に続き、

その他の方法の項目を見つけた。

“ポケモンのレベルは経験をつむと上がるが、

 「ふしぎなあめ」を食べさせると

 無条件で1つレベルをあげることができる”

“ポケモンに与えると能力が上がる道具がある。

 「マックスアップ」で体力、

 「タウリンで」攻撃力、

 「ブロムヘキシン」で防御力、

 「リゾチウム」で特殊攻撃力、

 「キトサン」で特殊防御力、

 「インドメタシン」で素早さがそれぞれ上がる。

 1匹のポケモンに使えるのは1種類につき最高10回まで。”

『あった…』

ナミは歓喜した。

これこそナミが探していた、

バトル以外で強くなる方法だった。

“ふしぎなあめ”は

確か物入れにしまってあったが、

その他の道具は持って無いので今から手に入れるしかない。

これらの道具は確かデパートで売っていたはずであった。

まさか買いに行くわけにもいかないので、

パソコンでの通信販売を使うことにした。

前に水の石を取り寄せた時に使ったことがあるので、

注文は簡単だった。

商品一覧で探していると、

デパートではわざマシンも

いくつか取り扱っているのを見つけた。

その中には14番“ふぶき”もあった。

もちろんこれも早速注文した。

合計金額593,500円ナリ。

高い買い物だったが、

貯金があったのでどうにか買えた。

届くのは明日の朝である。

ナミは次にベッドの横のもの入れを開け、

中からビニール袋を取り出した。

開けてみると

中には“ふしぎなあめ”が10個入っていた。

わざマシンと同じく、

“ふしぎなあめ”も行く先々でもらえる貴重なアイテムである。

ナミはずっと大切にしまっておいたのだが、

今こそこれを使う時である。

ナミは1つ食べてみた。

味は普通の飴に似ていたが、

飲み込こむと体が少し

大きくなるような気がした。

ナミはおやつ代わりというわけでもなかったが、

10個全部食べた。
 


やる事が全部終わったので、

ナミは他のことについて調べる事にした。

まずは自分のこと。

一番気になっていたのは図鑑で調べたとき性格が

“おだやか”

であったことである。

『なるほどね。

 “おだやか”は、
 
 特殊防御が高くて物理攻撃技が苦手。
 
 そして“かしこさ”が高いかぁ。
 
 人間の賢さをもっていて、
 
 ポケモンになりたての私はこうなるのね。
 
 ホントに図鑑って正確ね』

とあのイーブイがいつか言っていた言葉をつぶやいた。

その時、

ナミは表の一番端の欄に目が行った。

“性格:いじっぱり。

 物理攻撃が得意で
 
 特殊攻撃が苦手。”

『これって、

 確かあのイーブイの性格よね。
 
 シャワーズの能力と、
 
 全く正反対だわ』
 
特殊攻撃が得意で物理攻撃が苦手のシャワーズと、

その全く反対の性格“いじっぱり”。

それを調べてみると、

エーフィもシャワーズと同じだった。

もしあのイーブイがシャワーズやエーフィになっていたら

どうなったのだろうか、

ナミは考えた。

多分どっちの攻撃技も苦手になってしまうのではないか。

得意な攻撃技が無いということは

ポケモンにとって正に死活問題である。

“シャワーズになんかにされたらオレの一生終わったようなもの”

…あのイーブイはそう言っていた。

彼はこのことを知っていたのだろうか。

何かで読んだか誰かに教えてもらっていたのだろうか…。

いや、

多分彼は生まれつきの本能というものでこの事をわかっていたのだろう。

自分は物理攻撃が苦手なポケモンになれない、

なってはいけないことを…。

ナミはしばらく黙ってその事を考えていたが、

急にパソコンに向かうとデパートの注文票に道具を1つつけ加えた。


その日ナミは自分の部屋に泊まることにした。

幸い冷蔵庫は自分で開けることができ、

いくつか食べ物も入っていた。

とりあえず中にあるものを食べていたが、

味は以前のようには感じるが、

スパゲティもハンバーグもプリンも

ナミの口にはあまり合わなかった。

これならエナナがとってくれる木の実の方が

よっぽど美味しいとナミは思った。

中の物を一通り食べ終えたが

何かもの足りなさをナミは感じた。

『そうだわ。

 あれなら口に合うかも』
 
そう思いつくとナミは戸棚から1つの袋を取り出した。

袋には

“ポケモンフーズ”

と書いていた。

トレーナーのポケモンの主食である

これなら美味しいかも、

そう考えてナミはいつかじってみた。

木の実に比べるとまあまあだが、

他のよりはこっちのほうが断然口に合った。

量は他のものでもうとっていたので、

ナミは1つ食べると満足することができた。


ナミはベッドの上に座り、

窓から見える夕焼けを眺めていた。

空一面、

金色に染まっている。

夕日が笠を被っているという事は今夜は雨だろうか。

ポケモンになって1週間、

やっと自分の場所に帰ってこられた、

彼女はそう感じていた。

シャワーズになって以来、

初めてゆっくりできた。

思えばエナナとトレーニングしている時はもちろん、

食べている時も、

寝ている時も、

気の抜ける時は1秒たりとも無かった。

やっと落ち着いてこれからのことを考えることができた。

ナミはここでまたずっと、

以前のような生活がしたかった。

気が向いた時に起きて食べて、

外へ出かけ、

自分のポケモン達と遊び、

好きな事をして過ごす毎日…。

彼女はそんな生活が懐かしかった。

しかし、

この場所ももう、

彼女を受け入れてくれないことも、

ナミはよく分かっていた。

手の届かない電気のスイッチ、

重くて開けられないたんす、

ひねる事の出来ない水道の蛇口、

着る必要のなくなった洋服…。

ここで生活するのは、

今のナミにはとてもムリな話だった。

自分が住まない以上、

ここもこのままにしておくわけには

いかなかった。

数週間以内にはあけ渡さないといけないだろう。

部屋にある荷物は親に取りにきてもらうしかない。

その時両親はどんな思いをするのだろうか。

ナミは悩んだ。

自分の娘が急にいなくなって、

とても心配するだろう、

悲しむだろう。

できればそうはさせたくはない。

とナミは考えた。

そして口にペンをくわえて

何度も書き直しながら

一枚の置き手紙を書き上げた。

そしてそれが終わると

ベッドの上に横になり、

安心してスヤスヤと眠りだした。


“お父さん、お母さんへ

 私はまたトレーナーとして旅をすることにしました。
 
 急な出発だったので連絡できなくてゴメンナサイ。
 
 こっちに帰って来られるのはいつになるか分かりませんが、
 
 頼れる仲間がいつもいっしょなので心配しないで下さい。
 
 いるものだけ持っていくので、
 
 残していった物は家に運んでおいてください。
 
 落ち着いたらまたメールで連絡します。
 
 ナミ”


つづく


  [No.1662] 第5話・銀の玉 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:29:07   9clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

朝。

カチリ!

窓から差し込んだ日差しでナミは床の上で目を覚ました。

ベッドではどうも寝心地が悪かったらしく、

いつの間にか床に落ちていたのである。

壁の時計を見ると、すでに8時を過ぎていた。

『あっ!』

寝坊をしてしまったことにナミは気づくと、

大急ぎで準備をはじめる。

要していたポケモンフーズを少し食べ、

ナミは鏡の前でウエストポーチとみどりのバンダナを身に付ける。

『よしっ』

これでトレーナーに可愛がられているポケモンの出来上がりである。

カチリ!

時計の針が9時少し前を指したところで、

ナミは部屋から出るとドアの前に座り

それが来るのを待つ。


それからしばらくの後、

エレベーターが上がって来た。

『来た』

響き渡るエレベータの音でナミはそれを察知すると、

ポーチの中から徐にポケモン図鑑をくわえて取り出す。

エレベータが静かにナミの正面に止まり、

そして、ドアが開くと、

中から出てきたのは1人の配達員だった。

「よっこらっしょ」

配達員は包装された大きな荷物を抱えていて、

「えっと…

 んーと、ここだな…」

配達員は荷物の送り先を再度確認し、

ナミに向かって近づいてきた。

そして、

「おや?」

玄関前に座るナミを見つけると、

「おや、お留守番ポケモンか。

 えらいね〜。

 それともご主人様は

 まだおねむかな?」

ナミに向かって配達員はそう尋ねると

サッ

ナミは咥えていたポケモン図鑑を配達員に向かって差し出した。

「じゃぁ、

 預かるね」

配達員はシャワーズからポケモン図鑑を受け取り、

機械に当て注文者の確認を始め出す。

それが終わると彼は図鑑をシャワーズに返し、

「それではポケモン君。

 これをご主人様に渡してください」

と言いながら抱えてきた小包をドアの横に置き、

ナミの頭を一撫ですると帰っていった。

エレベータのドアが閉まり配達員の姿が見えなくなると、

ナミはキョロキョロと周囲を確認し、

急いで後ろのドアを開けると、

重い箱を押しながら部屋の中へと入れる。


『ふぅ』

一仕事を終え、

ナミは一息入れるが、

だが、直ぐに次の作業が待っていた。

バリバリバリ!!

いやな味を我慢しながらナミはビニールテープを口ではがし

小包のふたを開ける。

中には沢山のドリンク剤とディスクが1枚、

そして見覚えのある木箱が入っていた。

まずナミはドリンク剤を1本ずつ出し、

種類別に並べてみる。

6種類のビンがそれぞれ10本ずつ、

注文通りである。

『どれからにしようかな…。

 とりあえずシャワーズの能力に

 あった物からね』
 
そう呟くとナミは

“マックスアップ”、

“リゾチウム”、

“キトサン”、

“インドメタシン”、

“ブロムヘキシン”を次々に飲んでいった。

50本目のドリンク剤を飲んだところで、

ナミはお中がもうタップタップになってしまい、

これ以上飲めなくなってしまった。

残ったタウリンはエナナへのお土産に持って帰ることにした。

次にディスクをケースから取り出すと、

ナミは新しい技、

“ふぶき”を覚えた。

そしてポケモン図鑑と10本のタウリン、

木箱を入れたウエストポーチを背負うと、

ナミはドアを開け、自分の部屋を出た。

もうここには住めなくはなったが、

あと何回かは通う事になりそうだとナミは思った。

慎重にナミは階段を下りると、

茂みの中を隠れるようにして

エナナのいる森に向かって走り出した。


町を出てしばらくしたところで

ナミは休憩することにした。

やはり朝にガブ飲みした

ドリンク剤がお腹にこたえたようである。

ナミはドリンク剤が詰まって重いウエストポーチを外し、

草むらの中に隠した。

チチチ…

燦々と日が差すいい天気だが、

夜中に雨が降ったのか、

地面が所々濡れていた。

ほのかに湿った風が、

ナミにとってまた心地よかった。

空を見上げると

雲がゆっくり流れており、

空高く鳥ポケモンが優雅に飛んでいるのが見えた。


しばらくうっとりして空を眺め、

そろそろ行こうと思った時である。

ナミはすぐ近くに、

とてつもない気配を感じた。

この気配、

そしてにおい…、

人間である。

ナミは慌てて振り向くと

そこに1人のトレーナーが立っていた。

一日部屋で過ごして

すっかり気が抜けていたナミは、

空に見とれていて今まで全く気が付かなかった。

「なんだ?

 このポケモン。
 
 見たことないな〜」
 
そのトレーナーはナミをまじまじと見て言った。

青い帽子に黄色いシャツ、

そして帽子同じ色の短いズボンをはいた少年。

年はナミよりずっと下、

トレーナーになって一年経ってないぐらいである。

「珍しいポケモンかな。

 よ〜し、
 
 ゲットしてみんなに自慢してやろっと」
 
これはもうバトル開始である。

ナミは自分の不注意を後悔したが、

もう戦うしかなかった。

何としてでもここで捕まるわけにはいかない。

ナミの初めてのバトル、

しかも相手はトレーナーで何匹もポケモンを持ってるが、

とにかく今自分が持っている力を信じてやるしかない、

勝つしかない。

ナミはそう覚悟を決めた。

「見た感じ水タイプだな。

 …それなら、
 
 行っけ!
 
 ジュン!」

そう叫びながらトレーナーは草タイプのもりトカゲポケモン、

ジュプトルをくりだした。

見た感じレベルは今のナミより少し上ぐらいである。

「ジュン、

 まずはすいとる攻撃!」

ジュプトルは地面を1蹴りすると、

一気に間合いを詰めてきた。

そのまま吸い付いてこようとするのを

ナミはとっさに横に避けた。

ふしぎなあめとドリンク剤のおかげで、

昨日に比べナミの体は驚くほど軽かった。

ナミは地面にしっかりとふんばると、

さっき覚えたばかりの技、

“ふぶき”を使った。

ナミは周りの空気中の水分を凍らせて結晶にすると

それは目の前のジュプトルに向けて吹き付けた。

思わぬ大技にジュプトルは避けることも出来ず、

氷の攻撃をまともに喰らい、

目を回して倒れた。

「ウソ!

 こいつふぶきなんて使えるのかよ!」

びっくりしたトレーナーはそう言うと、

ジュプトルをボールに戻した。

「それならこっちも…、

 行けアナン」

トレーナーがボールを投げると、

中から出てきたのはアサナン、

さっきのジュプトルよりもかなり強そうである。

「アナン、

 親譲りの技見せてやれ!
 
 とびひざげり!」

アサナンはふぶきに負けない大技、

“とびひざげり”をつかった。

アサナンのひざは

とっさに横に避けようとしたナミの脇腹にヒットし、

ナミの体力の半分近くを減らした。

あと1回喰らったらひんし寸前、

捕獲しごろになってしまう。

何とかして倒さなければならないが、

普通に攻撃してもレベル差がありすぎた。

そう思ったとき、

ナミにある考えが浮かんだ。

『水は…、

 あった!』

草むらの近くに水たまり。

それを確認するとナミは

相手に体当たりをするように、

アサナンめがけて走り出した。

「来たな、

 たいあたりか。
 
 アナン、
 
 もう一回とびひざげり」

アサナンはナミがぎりぎりまで近づくのを待って

飛び上がった。

その瞬間、

ナミはアサナンの真下で体をひねり、

“てだすけ”を使って

アサナンを空高くへと押し上げた。

アサナンは攻撃相手のポケモンに

自分の技をてだすけされ驚いていたが、

空中で姿勢を整えると

真下にいるシャワーズ向かって

ひざから突っ込んでいった。

だが、

そこにシャワーズの姿は無かった。

ナミはアサナンを押し上げた反動で、

水たまりに“ダイビング”していたのであった。

勢いあまったアサナンは

高い所から地面にまともにぶつかった。

何とか立ち上がろうとしたアサナンだったが、

その直後自分の真下の地面が割れて

水が噴き出したかと思うと、

中からシャワーズが飛び出し、

ダイビングの水ごとアサナンをまた空中へと突き上げた。

さすがのアサナンもノックアウトであった。

「アナン!

 いったい何なんだよコイツ。
 
 ポケモンがこんな技の使い方するなんて、
 
 聞いた事ないぞ」

普通なら覚えている技を手当たり次第に使ってくるだけの野生ポケモンが、

思わぬ頭脳攻撃をしてきたことにトレーナーはたじろいでいた。

だがその一方で、目の前のこの未知のポケモンを

捕まえたいと言う気持ちが強まっていくのは、

彼の目を見れば明らかだった。

「こうなったら

 ぜったい捕まえてやる。
 
 バメオ!
 
 でんこうせっか!」

その声と同時にオオスバメが出てきて、

“でんこうせっか”で攻撃してきた。

ナミはすぐにふぶきで撃退。

「コンコも

 でんこうせっか!」

次のロコンも

“でんこうせっか”をしてきた。

こちらもなみのりですぐにやっつけたが、

2匹の素早い攻撃でナミはかなりのダメージを負ってしまった。

回復したいが、

相手が自分を捕まえようとしている以上、

無防備に眠るわけにもいかなかった。

相手の残りはどうやらあと2匹。

できれば相性のいいのが出てきてほしい、

ナミは心の中で祈った。

「だいぶ弱ってきたな。
 
 よっし出番だ、
 
 ルイ!」
 
ボールから出た銀色の丸いポケモンに、

『ウソ…

 もうダメ…』

ナミは体が震えた。

そこに居たのは、

じしゃくポケモン、コイル。

水タイプの天敵、電気タイプである。

しかもほとんどの攻撃を受け付けつけない

はがねタイプも持っている。

レベルは低めのようだが、

シャワーズとの相性は最悪である。

「ルイ!

 でんじは!」

コイルはその電帯質の体から

“でんじは”を出した。

ナミはダイビングでかわそうとしたが、

電磁波を受けて体がまひしてしまい、

すぐに地上に出てしまった。

「ようし、

 仕上げだ。
 
 でんきショック!」
 
コイルはが放った電気は、

ナミの頭からしっぽの先まで貫いた。

ナミは目の前が一瞬真っ白になり、

体の隅々までダメージを受けたのを感じた。

何とか踏みとどまったが、

もう限界である。

「よし、

 そろそろいいな。
 
 こんな珍しいポケモンを捕まえるなら、
 
 このボールだ。
 
 いけ!
 
 プレミアボール」

トレーナーはナミに向けてプレミアボールを投げた。

プレミアボールは何かの記念に作られた

珍しいタイプのモンスターボールで、

普通のモンスターボールとは異なり表面が銀一色に光っている。

ナミは避けなければと思ったが、

電磁波のせいで体がしびれて言う事を聞かない。

そんなナミに向かって、

ボールが近づいてくる。

必死のナミは銀色のボールが自分に向かって

ゆっくり近づいてくるように見えた。

あと1メートル、

『何とか避けなくちゃ…』

あと50センチ、

『足さえ動いてくれれば…』

あと10センチ、

『おねがいだから、動いて…』

あと5センチ…、

『イヤ!ダメ!!来ないで!…』

あと1センチ…、

『もうだめ…!当たる!』

ボールが目の前まで来た時、

ナミは目を閉じた。

ナミは初めてポケモンを捕まえた時のことが頭に浮かんだ。

キノココにボールが当たると、

それに反応したボールの口がパカっと開き、

ポケモンが光ながら吸い込まれていく。

バトルに疲れたキノココは暴れもせずにボールの中に入った…

それが今、

自分に起こるのである。

そう思った瞬間、

ボールが腰に当たって跳ね返るのが分かった。

ナミは、

その時を待った。

多分、

まともな抵抗はできない。

ボールの中に入ったら、

自分はもうこのトレーナーの物である。

もうエナナには会えない。

“必ず帰ってきます”

そう残したのに、

もう帰れそうにない。

目をつむったままナミは

心の中でエナナに謝りながら、

ボールが開くのを待った…

時間がゆっくりと流れる。

その時が来るのがとても長く感じられる。

少しでも動いたら、

また時間が流れはじめるような気がして、

じっと身構えたままナミは動けなかった。

とても長く感じられる時間。

自分にはもう何十秒も経ったような気がする。

もうすぐボールが開き、

中に吸い込まれる。

もうすぐ、

もうすぐ…。


「なんでだよ!」

その時突然、

トレーナーが叫ぶのが聞こえた。

ナミはハっとして目を開けた。

そこに見えたのはすごい顔をして睨んでいるトレーナー。

そしてその視線の先に落ちている銀色のボール。

ナミはすぐには何が起こっているのか理解できなかった。

「なんでゲットできなんだよ!」

そう叫ぶトレーナーは

自分のポケモン図鑑を取り出した。

図鑑はアラームを発している。

「何だよ!

 コイツ、
 
 トレーナーのポケモンじゃないか。
 
 何でこんな所にいるんだよ!」

ナミはようやく状況が理解できた。

他人のポケモンをとるのはドロボウである。

そのためモンスターボールもすでにトレーナーが捕まえて

登録されているポケモンには、

投げても反応しないようになっている。

ナミはシャワーズになった時、

自分のポケモンとして図鑑に登録されていたことを初めて知った。

「このナミってトレーナーは

 どこにいんだよ。
 
 自分のポケモンを野放しにするなよな。
 
 クソッ!
 
 ぬか喜びしちまったじゃねぇか。
 
 こうなったら倒してやるまでだ。
 
 ルイ!
 
 でんきショック!」

悔しがりながらトレーナーはポケモンに命令した。

あいてのコイルの

“でんきショック”が

ナミにヒットした。

だが、ナミはびくともしなかった。

もう捕まえられることはない、

そう分かった瞬間ナミはすかさず

“ねむる”を使っていたのだった。

ねむると体力は一気に回復する。

「ねむるが使えるなんて

 ずるいぞ!
 
 そうか、
 
 さっきもふぶきも
 
 トレーナーに教えてもらってたのか。
 
 出て来い、
 
 ナミってトレーナー!」

トレーナーは怒って、

コイルの電気をナミに浴びせさつづけたが、

体力が回復してしまえば特殊防御に優れたナミにとって、

自分よりもレベルの低いコイルの攻撃なんかは全く問題にならなかった。

ナミは目を覚ますと、

渾身の力で

“なみのり”を繰り返し出した。

何重にも寄せてくる特大の波に呑まれたコイルは

自分の電気に感電し、

ついに戦闘不能になった。

「ヤバイ!

 トレーナーがいない時の
 
 ポケモンに負けたりなんかしたら、
 
 かっこ悪すぎ」

トレーナーは言った。

怒りの感情があせりに変わっているのが、

顔中に出ていた。

「頼むぞ!

 アゲハ!」

トレーナー最後のポケモンは

アゲハントであった。

ナミよりもレベルは上のようだが、

もうそんな事は問題ではなかった。

「アゲハ、
 
 しびれごな!」

トレーナーはまたナミを麻痺させようとしたが、

元気になったナミは攻撃をあっさりとかわすと

ふぶきをおみまいした。

なんとか耐えて

“あさのひざし”を使って

体力を回復しようとするアゲハントに、

ナミは容赦なくもう一度冷たい結晶を吹き付けた。

「うわぁ!

 アゲハまで!」
 
そう叫びながらひんし状態になったポケモンを

ボールに戻すトレーナーに、

ナミはゆっくり近づくと思いっきり

『私を捕まえるなんて

 どういうつもりよ!
 
 どっか行ってしまいなさい!』

と怒鳴ってやった。

言葉は通じたかどうか分からないが、

シャワーズに吠えられたトレーナーは、

一目散に走って逃げていった。


ナミはトレーナーの姿が見えなくなると、

ぺったりと道の上に座り込んだ。

まだ息が荒い。

『わたし…、

 勝ったのね』

初めてのバトル、

負けたら最後と思ったバトル、

そして一度はもうダメだと思ったバトル。

それに勝ったのだ、

それも自分ひとりの力で6匹ものポケモンを相手して。

ナミは疲れた一方、

この上ない喜びを感じていた。

シャワーズになって、

初めて歩けた時とも

泳げた時とも違う、

この充実した気分。

もう怖いものなどない。

バトルもちゃんとできたし、

いつトレーナーに捕まるかどうか心配することも無くなった。

ナミはすっかり自信に満ち溢れていた。

『とりあえず、

 またトレーナーに見つからないように
 
 隠れておこう。
 
 そうだ、
 
 あれも確認しておかなきゃ』
 
ナミはいったん冷静になり、

ウエストポーチを隠している茂みに戻ると、

ポーチをくわえて低い木の裏に回った。

そしてポケモン図鑑を取り出すと、

自分のことを調べた。

基本データの画面の一番下を見るとそこには

“おやのトレーナー:ナミ(ID:*****)”と出ていた。

『そうだったの。

 私は私のポケモンになっていたのね。

 これならあのトレーナーは
 
 私をゲットできないわけね。

 あの人、

 プレミアボールなんて貴重なもの使っちゃって、

 今ごろ怒って私のことを探しているのかしら』

いるはずもないトレーナーを

必死に探しているあの少年の姿を想像すると、

ナミはとてもおかしくなって笑ってしまった。

ナミの心は頭上に広がる青空のように、

晴れ晴れとした気分であった。

『とにかく、

 私の初勝利、
 
 おめでとう!
 
 やった〜!』

そう言ったナミは空中に向け、

口から水を高々と吹き上げた。

それに図鑑が反応し、

画面に文字が出た。


“シャワーズはレベル16にあがった。

 シャワーズはあたらしく、

 みずでっぽうをおぼえた。”


つづく


  [No.1663] 第6話・白い床 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:30:21   14clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

木陰で十分休んだナミはウエストポーチを背負うと道の脇を歩きはじめる。

もうトレーナーに出会っても捕まる心配はないが、

また野生と勘違いされてバトルを挑まれるのはやっぱり面倒であった。

道沿いにしばらく歩くとナミは森へと行き先を変え、

ガザッ

森の中へと入っていった。

そして、あの原っぱへと続く獣道を歩いていく。

時刻は昼を過ぎたころだが、

森の中は今日も薄暗い。

しかし、

ナミはもう怖くはなかった。

時々見かける虫ポケモンに軽く会釈しながら、

ナミはいつもの原っぱを目指した。

しばらく行くと森の先に明るい光が差し込んでいるのが見えた。

ナミは走ってその光の中に出た。

青い空の下、

原っぱの草は今日も青々と茂り、

実のなる木も新たな実をつけていた。

そして、

『ただいま!

 エナナ』

そうナミが声を上げた先、

そう、ナミが寝ていた木の前でエナナは待っていた。

エナナはナミに気づくと立ち上がって近づいてきて、

『ナミ、

 どこ行ってたんだい』
 
といつもの綺麗な優しい声で話し掛けてくる。

『昨日から急にいなくなったんで、

 誰かに連れてかれたかと心配したよ。
 
 今日からは……』

そこまで言って、

エナナは急に言葉を切った。

『どうしたの、

 エナナ』

と尋ねるナミをエナナはじっと見つめると、

さらに近づいてナミの体をクンクンとかぎ始めた。

『……そういうことかい』

エナナはつぶやくと、

後ろを向いて黙ってしまった。

ナミが呼びかけても返事をせず、

何かじっと考えているようだった。

草をなでる風の音だけがサラサラと聞こえて来る。

しばらくしてエナナは口を開いた。

『よし。

 ナミ、
 
 勝負だ』

後ろを向いたままエナナは突然ナミに勝負を申し込む。

『エッ!

 何?

 エナナ?』

エナナにその理由を聞こうとしたナミだったが、

だが、エナナはそれには答えずナミに向かって突進して来る。

『ちょちょっと、

 きゃっ!』

突っ込んでくるエナナをナミはとっさに避けるが、

エナナは4つの足を地面にふんばって止まると、

ナミの方に向きなおした。

『いきなり、

 どうしたのエナナ!』

突然の攻撃にナミは戸惑い、

再び尋ねるが、

『ナミっ

 その背中の荷物を置きなさい。
 
 ナミとあたし、
 
 1対1のバトルだよ』

とエナナは真剣な目で言う。

それはグラエナ本来の獰猛な顔つきだった。

『エナナ、

 いきなりバトルだなんて。
 
 せっかく帰ってきた所なんだから、
 
 もう少し……』

『いいから、

 さっさと置きな!』

当惑するナミをエナナは一喝すると、

『うっ』

その言葉にナミは気圧され、

ウエストポーチを置きに木のほら穴に歩いていった。

暖かく迎えてくれると思ったエナナにバトルを申し込まれて、

ナミは困惑していた。

自分はもうバトルが出来るのは実証されたが、

今まで面倒を見てくれたエナナと闘うとなると、

やはり後ろめたさを感じた。

しかし、

バトルを申し込まれた以上、やるしかない。

“バトルはポケモン同士の挨拶みたいなもの”

というイーブイの言葉をナミは思い出した。

そうだこれは挨拶なのだ。

ナミがポケモンとして自分の力で闘えること、

それをエナナに伝えるために、

ナミはポーチを置くと、

意を決っしてほら穴を出た。

原っぱの真ん中にエナナはいた。

ナミはそれに正面から向き合う形で立ち止まった。

『あんたが自分で

 強くなるためにいなくなっていたとは、

 正直驚いたよ』

ナミを見据えながらエナナは言う。

彼女の気迫がナミにビンビン伝わってくる。

ナミの胸も高鳴っていた。

『あんたのその強さ。

 あたしに見せてくれ。
 
 いいか手加減はするな。
 
 全力でかかってきなさい』

その言葉にナミは黙ってコクリとうなずいた。

エナナは本気だ。

真正面に対峙するとそれがよく分かった。

エナナのレベルは30をこえているはずであった。

今のナミのほぼ2倍である。

本気を出しても勝てないかもしれない。

だが、

今はやるしかない。

『よろしくお願いします。

 それでは、
 
 いきます』
 
ナミは1呼吸置いて、

エナナに向かって走り出した。

そして“たいあたり”。

だがエナナはひらりとかわした。

さすがに早い。

避けたエナナはまたじっと原っぱの真ん中で

ナミが来るのを待っている。

ナミは体制を立て直し、

もう一度エナナに“たいあたり”を行う。

今度はなんとか当たった、

と言うよりもエナナが動かなかったために

当てる事が出来た。

が、

そう思ったとき、

ナミの横腹にエナナの“かみつく”が決まった。

『どうした。

 そんなもんじゃないだろ。
 
 本気で攻撃してこないか』

そう言うエナナの牙が、

ナミのお腹に食い込む。

ナミはしっぽをふって何とか振り払い、

すかさず間合いをあけた。

エナナにかまれた横腹はまだ痛い。

『あんたの“たいあたり”なんて、

 私には利かないよ。
 
 あんたの体からは、
 
 水のにおいがするじゃないか。
 
 もっと水ポケモンらしい
 
 技があるんだろ、
 
 それでかかってきなさい』

ナミに向かってエナナは言う。

その時ナミの心の中で何かが吹っ切れた。

そうだ、

エナナは見たがっているんだ。

自分がこの2日何をしていたのか。

気を使ってたいあたりなんか使っている場合ではない。

本当の力を見せるんだ。

自分に生きていく事を教えてくれたエナナに最高の挨拶、

そしてお礼をするために。

ナミは“なみのり”を使った。

波が草の上を走り、

エナナに向かって押し寄せる。

エナナは待ってましたとばかりに波に向かって走り、

それを真っ向から受けた。

波がエナナを襲う、

それに耐えるエナナ。

大きな波についに弾き飛ばされたエナナだったが、

空中で横に一回転し、草の上に着地した。

『すごいねぇ。

 こんな技を覚えていたとは。
 
 これであたしもやっと
 
 本気になれるよ』
 
そう言うとエナナはナミに向かって

また突進してきた。

ナミはそれに向かって“みずでっぽう”を撃つ。

エナナはそれを伏せるようにしてかわすと、

ナミの前で方向を変え、

その反動を利用して今度はナミの顔にすなをかけた。

ナミはとっさに目をつむったが、

砂が少し目に入ってしまった。

『さぁ、

 これであんたの目はつぶしたよ。
 
 あたしに攻撃をあてることができるかな』

エナナは挑発してきた。

ナミは相手のエナナを見ようとしたが、

痛くて目を開けてられない。

そのことに気を取られていると、

急にエナナの足音が近づいて着て、

ナミの体が宙を舞った。

ナミに“とっしん”したエナナは、

ナミの周囲を回って、

別の方向から体当たりしてきた。

ナミはかなりのダメージを負いながら、

“みずでっぽう”を放ったが

相手が見えないので当てる事ができない。

その時また足音が聞こえてエナナが迫ってきた。

その時、ナミは気づいた。

エナナは草の上を走っている。

そこには必ず足音が発生する。

シャワーズの優れた耳でこれを聞き取れば、

見えて無くてもエナナの位置は分かるのではないか。

そう思ったナミはじっと足音を聞いた。

まっすぐ自分に向かって走ってくる足音。

方向は首周りのヒレからの感覚からすると…、

右斜め前から。

足音が大きくなってくる。

ナミのところまで

もう少し、

あと少し…。

音が急に大きくなったところで、

ナミは左に跳んだ。

エナナの牙が自分の体をかすめるが分かった。

ナミは振り返りながらその方向に向かって

“みずでっぽう”を発射した。

水が何かに当たる音が聞こえた。

そして何かが草の上を転がり、

そしてすぐに立ち上がる音。

エナナに命中したのだ。

その方向から声がした。

『よし、

 よく当てたねぇ。
 
 だが、
 
 あたしはまだまだ元気だよ』
  
 エナナが立ち上がって
 
また走って来る。

前よりも早い。

こっちに来る。

ナミは“みずでっぽう”を放ったが、

避けられたのが分かった。

そして、

至近距離からエナナの足音とにおい。

ダメよけられないと思った瞬間、

エナナの“とっしん”がヒットした。

ナミの体がまた弾き飛ばされ草の上に落ちる。

大丈夫、

まだやれる。

今度はあの技で勝負しよう。

ナミはそう思うとまた音でエナナの位置をさぐった。

来た、

今度は真正面。

ナミは次の技の準備をした。

そしてエナナに向けて軽く“みずでっぽう”を放った。

エナナが軽く避けるのが分かった。

今である。

ナミは自分が作った水たまりの中に“ダイビング”した。

すぐ上をエナナが通った。

ナミは水の中で目をあけると、

目の中の砂がとれた。

ナミはそのまま地面の中を進み、

エナナの真下から水と共に地上に飛び出した。

ナミの頭がエナナのお腹を突き上げる。

しかしエナナも負けじとナミに噛み付いてくる。

2匹は絡まるようにして草の上に落ちた。


『ゲホッ!ゲホッ!…』

水を飲んだエナナがむせている。

だが、

まだまだ闘えそうだ。

一方、

ナミは目が見えるようにはなったとはいえ、

かなりのダメージである。

『やるねぇ、

 ナミ。
 
 だが、
 
 まだまだだよ』
 
エナナがまた立ち上がった。

またあの強力な“とっしん”を受けたら

もう立ってはいられない。

ナミは強力な攻撃する方法を考えた。

そしてある考えが浮かぶと、

ナミはすぐにやってみることにした。
 
エナナに向かってナミは“なみのり”を出した。

エナナはそれを飛び越すようにして向かって来た。

ナミはエナナのキバをギリギリで避けて

今度は“ふぶき”を出した。

氷タイプの大技だが、

速い相手には命中させにくい。

エナナは避けてまた向かってくる。

これでは遅すぎた。

エナナに向けてナミはもう一度“なみのり”をした。

“ふぶき”を出そうとした時にエナナの体当たりがヒットした。

ナミはダメージをうけながらも“ふぶき”を出したが、

今回も失敗だった。

ナミはやり方を変えることにした。

今度はエナナが来るのを待った。

エナナが突進してくる。

ナミはギリギリまで待った。

エナナの黒い毛並みが目の前まで来た。

精一杯の力でナミはそれを避けようとした。

ガッ!

後ろ足にぶつかったが、

ダメージは軽い。

その瞬間、

作っておいた水でナミは“なみのり”を出した。

エナナの後ろから波が襲う。

エナナは波を振り切ったが、

ナミはすかさず“ふぶき”を吹き付けた。

エナナは避けるようにして横に飛びのき、

急旋回してまたナミに向かって走ってきた時だった。

エナナが急に体制を崩した。

見ると自分の足元の草が

一面氷に包まれている。

ナミの“ふぶき”が“なみのり”の水を凍らせたのだ。

まるでそこにツルツルの真っ白な床ができたようだった。

氷で滑って転びかけているエナナにナミはすかさず

“なみのり”を浴びせた。

足場の悪いエナナは避ける事が出来ずに

大波に呑まれた。

倒れこむエナナを今度は“ふぶき”が襲う。

それにも何とか耐えた時、

エナナの視界からナミの姿が消えた。

ナミが“ダイビング”を使ったのだとエナナは分かった。

だがエナナはその場から動こうとはしなかった。

『はぁ…、はぁ…』

大きく肩で息をしながら、

黙ってナミが仕掛けてくるのを待った。

ふいに地面の氷が割れ、

水が噴出してきた。

そしてその下からナミが飛び出した時、

エナナはそれに向かって“たいあたり”した。

2匹のポケモンが真正面からぶつかった。


エナナの体は衝撃で氷の上を滑っていた。

そして凍ってない草の上で止まると、

彼女は上半身を起こして飛んできた方向を見た。

そこには氷の上に立っている

ナミの姿が見えた。

荒い息のまま、

しっかりと4つの足で立ち、

エナナを見ている。

エナナはそれを見て一瞬微笑んだと思うと、

草の上に倒れ込みそして今度は大声で笑った。

『ははは…、

 合格だ、
 
 合格。
 
 ナミ、
 
 本当に強くなったな。
 
 予想以上だよ』

エナナは草の上で豪快に笑った。

すぐにナミが飛んできた。

『大丈夫?

 エナナ。
 
 すぐにオボンの実を
 
 とってくるから』

そう言って行こうとしたナミのしっぽのヒレを、

エナナは噛むようにして止めた。

『大丈夫だ、

 ナミ。
 
 どおってことない。
 
 それよりも昨日いなくなってからで、
 
 よくそこまで立派に闘えるようになったな。
 
 他のポケモンとバトルしたのは分かったが、
 
 それだけじゃないだろ。
 
 一体何をしたんだ?』

いつもは物静かなエナナがとても饒舌だった。

そんなエナナにナミは昨日イーブイに出会ったところから

自分で森を出たこと、

自分の部屋に行った事、

ふしぎなあめ等の道具を使ったこと、

そして初めてバトルをしてトレーナーに捕まりかけたことまで、

一切何ももらさないように話した。

ナミが話し終わるとエナナは言った。

『よくもまぁ、

 そんなに自分一人で考えて
 
 行動したな。
 
 シャワーズになった時とは
 
 大違いだよ。
 
 そうか、
 
 そんなことしてたのか。
 
 やっぱりあんたらには
 
 頭では勝てないね』

そう言うエナナの顔は本当に嬉しそうだった。

『ホントに大丈夫なの?

 エナナ何か変だよ。』

『心配ないよ、

 ナミさん。
 
 あたしは嬉しいんだよ、
 
 あんたが自分1人で行動できるようになってくれて。
 
 体もそんなに立派になって。
 
 もうあんたは1人前だよ』

改めて聞いたナミにエナナはまた笑って言った。

だがその笑みの中に、

次第に影が出来ていくのをナミは感じた。

『さて、

 バトルについては
 
 今日から教えようと思っていたんだが、
 
 そこまで闘えるなら
 
 あたしが教えなきゃならない事は、
 
 もう何も無いみたいだね』

エナナが腰をあげた。

『これであたしの役目は

 終わったようだ。

 ナミさん、

 お別れだ。

 あたしも野生に帰らせてもらうよ』

あまりにも突然のエナナの言葉に、

ナミはすぐにはその意味が理解できなかった。

『え?

 何?
 
 お別れって…』

『私がナミさんと居るのは

 今日で終わりということだ。
 
 これからはあたしも
 
 1匹の野生ポケモンになるのさ』
 
エナナは森の方に歩いていった。

ナミが慌ててエナナの横に走ってきた。

『待って、

 そんな急にお別れだなんて。
 
 まだ私、
 
 エナナに教えてもらってないこと
 
 沢山あるよ』

『大丈夫だ、

 ナミさん。
 
 これからは自分で
 
 学んでいけばいい。
 
 それにダメなんだよ。
 
 あたしみたいなのがいると、
 
 逆にその邪魔になってしまうんだよ』

歩きながら体を寄せてくるナミにエナナは先を見ながら言う。

『でも私、

 ずっとエナナと一緒にいたい』

ナミの目からは涙がこぼれていた。

それを見たエナナは困った顔をした。

『それがその甘えが禁物だよ、

 ナミ。
 
 もうあんたは自分の力で
 
 生きていけるんだから』

一旦足を止めたエナナが

ナミの顔を見ながら言った。

『でも、

 ひとりじゃ心細いよ…』
 
とナミは震えた声で言う。

『それは心配ないよ。

 あんたのことを思っているのは、
 
 あたしだけじゃない。
 
 少なくともあれ以来、
 
 あんたのことをずっと気にかけていたヤツが1匹いる。
 
 昨日なんかもあんたが居なくなったって知って、
 
 何があったんだって泣きついてきたぐらいだからね。
 
 不器用だがいいヤツだから、
 
 まぁ仲良くしてやってくれ』

そう言いながら原っぱの端まで来た時、

エナナは立ち止まった。

そして薄暗い森の方を向いたまま、

『ナミさん。

 楽しかったよ。
 
 ありがとう』

と言うと、

薄暗い森の中に駆けていった。

ナミは体が固まってしまい、

黙ってエナナを見送ることしか出来なかった。

エナナの姿が森の中に消えた時、

ようやく口が動いた。

『何言ってるのよ。

 それは私のほうだよ。
 
 ありがとう、
 
 エナナ』


つづく…


  [No.1664] 第7話・赤い石 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:31:50   11clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ナミは木のほら穴の中で眠っていた。

外は日が燦々と差し込む昼間だが、

まるで死んだように眠り込んでいたのであった。

トレーナーでとの戦い、

そして、エナナとの闘いとその別れで

すっかり疲れてしまったのだ。

外の原っぱは氷もすっかり溶け、

また風が草をやさしくなでている。


サクッ!

原っぱに1匹のポケモンが来た。

『!』

その気配にナミは目を覚ます。

このにおい、

ナミが密かに待っていたポケモンである。

気配が自分がいる木の側で止まっている。

『キタッ!』

気配を意識しながらナミは少し笑うと、

ほら穴から少しだけ頭を出してみた。

その途端、

バッ!

波の真横から茶色い影が飛びかかってきた。

『!!っ』

ナミはそれを軽くよけてかわすと、

影に向かって

“みずでっぽう”を

お見舞いしてやった。

水しぶきがおさまると、

そこにはずぶぬれになったイーブイが居た。

『よお』

ナミは前にイーブイが言ったように彼に声をかけた。

『もうあなたの攻撃なんてお見通しよ。

 私バトルできるようになったんだから』

笑顔を見せながらナミは言うと、

イーブイは気まずそうな顔をしている。

『分かってる。

 オレ、

 ずっと見てたから』

『ずっと見てたって?

 乙女同士の勝負を?

 なによ、
 
 このスケベポケモン』

イーブイに向かってそうは言い放ったナミだったが、

だがイーブイが自分の心配をして見にきてくれた事も

同時に判っていた。

『それで、

 イーブイさん。

 炎の石は見つかったの?』

意地悪そうにナミは尋ねると、

『この姿を見りゃ、

 分かるだろ。

 まだだよ』

そんなナミにイーブイがぶっきらぼうに言い捨てる。

『そう、それは大変ね。

 やっぱり自然にはみつからないものね』

そんなイーブイを身ながらナミは妙に気の強い言い方をするが、

心の中では何も知らずにシャワーズにしようとした事や、

ひどい事を言ったのを謝らなければと思っているのだが、

なぜかこんな言い方になってしまう。

『ほっとけ。

 絶対オレはブースターになってやる。
 
 そのために何としても自分で炎の石を見つけてやる』

強がっているのか語気を強めながらイーブイが言うものの、

石探しにはかなり苦労しているようだった。

『まっ、

 セイゼイ頑張ってね。

 私も、応援してあげるから』

『なんだよその言い方。

 別にオレは助けを期待してはいないんだからな』

ナミの言い方にイーブイは腹を立てたようだ。

これ以上意地悪したらケンカになってしまう、

この辺が潮時かな…とナミは思うと、

『あら、

 “てだすけ”は覚えてるから

 できるかもしれないわよ。

 そう例えば…、

 もう炎の石を持ってるとか』
 
とカマを掛けてみた。

すると、

『じっ冗談はよせよ。

 あんたがそんな簡単に

 見つけることが出来るわけ無いだろ』

とイーブイは鼻で笑って言ったが、

『あら、

 忘れたのかしら。
 
 私が何でシャワーズになったのか。
 
 もう、ヒドイ人ね』
 
とナミが言うと、

その途端、イーブイの顔色が変わった。

『まさか…、

 本当にあるのか?』

真剣な表情をしながらイーブイが尋ねると、

『本当にあったら、

 どうするの?』

とナミは聞き返す。

イーブイはまだ半信半疑の様子で、

『もし…、

 そうなら…、

 それは…、

 その…、

 …ほしい』

と視線を地面に落としながらイーブイは呟く。

すると、

『♪』

そのイーブイの言葉を聞いてナミは、

ウエストポーチの中から木箱をくわえて出し、

イーブイの目の前で木箱をあけると、

キラッ

そこには赤く光る”炎の石”が入っていた。

『うそっ!!

 ほっ本当に、

 あったのか、
 
 本当に炎の石を持っていたのか』
 
声を震わせながらイーブイは木箱に近づき、

そして、その前でワナワナと全身を震え上がらせていた。

『つっ使ってもいいのか

 おっ俺が使っても良いのか?』

目が輝かせながらイーブイが聞くと、

『もちろんよ。

 そのために取り寄せたんだから、

 あ、いらないのなら返して』

意地悪そうにナミが手を出すと、

ブンブン!

イーブイはちぎれてしまう位に首を大きく横に振った。

『じゃぁ、どうぞ』

そう言いながらナミが少し離れると、

コトッ

イーブイは恐る恐る木箱に口を入れると、

”炎の石”をくわえて出した。

カッ!

その瞬間、

炎の石が輝きだし、

パァァァ!!!!

石から真っ赤な光の帯が吹き出すと、

瞬く間にイーブイの身体を包んでしまい

彼の体も赤く輝き始める。

カァァァァァ!!!

さらにその光が強くなったとき、

ズンッ!!!

イーブイの体が大きくなりはじめた。


ナミはイーブイが進化するのを見ていて、

自分がシャワーズになった時のことを

思い出さずにはいられなかった。

あの時は本当にショックだった。

自分が人間からポケモンになってしまい、

これからどうやって暮らしていけばいいのか本当に分からなかった。

完全に自分の未来をあきらめてしまっていた。

そんな自分を救ってくれたのがエナナだったし、

このイーブイだった。

エナナが居なかったら自分は生きてはいられなかったし、

イーブイが居なかったら自分で強くなろうとはしなかった。

そう思う彼女の目の前でイーブイが進化を終えた。

そこにはナミと同じくらいの大きさで、

赤い毛皮に首としっぽに白い毛をもっさりと蓄えた、

ほのおポケモン・ブースターがいた。

ブースターのその姿にナミは胸に今までに感じたことの無い

感情が芽生えたのを感じた。

『本当に、

 オレ、
 
 ブースターになれたのか?』

そのポケモンは聞いてきた。

まだ心の整理がついていないのか

進化した状態から微動だにできずにいる。

ナミは急いでポーチの中から手鏡を見つけると、

口にくわえて持っていった。

そしてそのままブースターの前に立って、

手鏡を彼に向けて見せた。

『ほんとだ、

 オレ、
 
 ブースターだ。
 
 ホントに、
 
 ブースターになれた』

そう言うブースターの目からは大粒の涙があふれていた。

ブースターのその喜びに満ちた涙に、

ナミも思わずもらい泣きしていた。


薄暗い森の中、

黒い毛並みのポケモンが歩いていた。

約束した場所までもう少しである。

彼のにおいがするのでよく分かる。

そこには森の中でもひときわ大きな、

1本の木があった。

『やぁ、

見張りご苦労だったねぇ』

その木の後ろで、

腕を組んで待っていた赤いポケモンに

彼女は声をかけた。

『もういいのか』

そのポケモンがその太い声で尋ねた。

『あぁ、

 もう彼女は立派な野生のポケモンだよ』

黒いポケモンが答えた。

『でも、

 本当に大丈夫か?
 
 まだ1週間だぞ。
 
 まだ教えてないことも
 
 あったんだろう?』

赤いポケモンがまた尋ねる。

よほど彼女のことが心配とみえる。

『あぁ、

 けどこれからあの子は自分で学んでいくよ。

 バトルなんてすごいんだから。

 自分で全部できたんだよ、
 
 あの子は。

 それに何せ、

 このあたしにも勝ったんだからね』

『それはウソだろ、

 エナナ。
 
 ぜったい手加減しただろ』

『手加減なんかしてないよ。

 本当にあの子は強くなったんだ。
 
 何なら一度闘ってみたらどうだい?』

赤いポケモンに言われ、

グラエナはそう言った。

『いやいや、

 おれ炎タイプだから水タイプにはかなわないさ。
 
 それに自分のトレーナーに負けたらみっともないだろ』

『あんた、

 闘ってもないのに
 
 もう負けると思ってるのかい。
 
 ご主人様に似て甘ったれだねぇ』

エナナは笑った。

『それにしてもチャモ、

 あれは名演技だったな。
 
 あの冷たい言い方。
 
 すごく良かったよ』

『いや、

 ナミさんがシャワーズになった時は
 
 みんなびっくりしていて、
 
 おれもどうしたらいいか分からなかった。
 
 きっと、
 
 あのままボールから出されていたら、
 
 自分も何とかしなければいけないって
 
 慌ててるだけだっただろうな。
 
 けど、
 
 ボールの中からエナナが声をかけてくれて、
 
 皆で話し合ったからやれたんだ。
 
 これから自分の力で生きていくようになる為に、
 
 今は冷たくされた方がいい。
 
 それがナミさんを本当に助ける事だって。
 
 そのために最初に出されたヤツが
 
 ナミさんの助けを断って、
 
 エナナだけ残して行ってしまうように。
 
 後は自分に任せておけって
 
 エナナがそう言ってくれたからこそ、
 
 おれはああすることが出来たんだ』

1週間前のことを思い出しながらバシャーモは言う。

『あぁ、あの場で優しくされたらあの子、
 
 絶対あたし達に頼っちまって、
 
 自分の力で生きてけるようにならなかっただろうからな。
 
 一度全部に見放されて、
 
 それからあたしが教えるからこそ

 あの子は1人前に成長できたんだよ。
 
 それにしても、
 
 あんたがナミさんを食べようとしたあの脅し方、
 
 あれだけはいただけないよ。
 
 あの子、
 
 絶対あたしにも食べられると思ったろうからね』

グラエナに言われてバシャーモは苦笑した。

『いや、あれは、
 
 野生の厳しさを教えるためであって……』

『いいや、

 あれは絶対楽しんでやってただろ』

『そういうエナナだって、

 ナミさんを川に投げ込んだんだろ。
 
 いくら水ポケモンでも、
 
 もし泳げなかったらどうするつもりだったんだ?』

『あたしを甘く見ないでほしいね。

 朝のうちにちゃんと
 
 ハスブレロに頼んでおいたのさ。
 
 もし泳げなかったら助けてあげてくれってね。
 
 まぁ、実際はその必要もなかったがね』

『さすがエナナだね。

 ナミさんのこと、

 エナナに任せておいて本当に良かったよ』

『当然だ』

2匹のポケモンは楽しそうに話していた。

自分達がやり遂げたことに大きな喜びを感じていた。

『しかし、

 すまなかったなチャモ。
 
 さみしがりやのあんたに、
 
 あんな憎まれ役をやってもらって。
 
 あんたあの後、
 
 一人で泣いてないかどうか
 
 あたしゃ心配だったよ』

とエナナが心配げに言うと、

『え?、いや、
 
 おれが泣いたりなんか

するわけないだろ…』

チャモが慌てて否定した。

エナナがその様子を見逃すはずはなく、

『ふぅん…』

鼻で笑うように言った。

『何だよ、

 そんな目で見るなよ』

バシャーモの赤い顔がますます赤くなった。

『でもバトルはともかく、

 ナミさんのこと、

 やっぱりおれは心配だな。
 
 人間とポケモンとでは全然違うし。
 
 これからもちゃんとがんばれるだろうか』

チャモは半分話題を変えようとして言うと、

『大丈夫。

 強くなったのはバトルだけじゃない。
 
 ちゃんとあの子はあの子の生き方を見つけられるさ。
 
 それにちゃんといい相手も残しておいたことだし、
 
 今ならあたしより対等に付き合えるあいつの方が
 
 よっぽどいいだろう
 
 それにあたしにはあの子の為にまだやることが…』

そこまで言ったエナナは急に思い出したように

『それより

 あんたの方はどうなんだい。
 
 あんたも野生は初めてなんだろ?』

と尋ねた。

初心者用ポケモンであったチャモは、

タマゴの時から専用の飼育施設で育てられたからだった。

『実はそれなんだが、

 ちょっと、
 
 な…』
 
赤いポケモンが急に口ごもった。
 
『あれ?

 あんたのことは
 
 ヤルキモノに頼んでおいたはずだが…』
 
『いや、
 
 確かにヤルキモノは
 
 とても熱心に教えてくれるから
 
 助かっているんだが、
 
 そうじゃなくて
 
 これからは、
 
 えっと…』

チャモは言葉を濁している。

何か言いたそうだが、

なかなか言い出せないように見える。

そんな彼に

『なんだい、

 ナミみたいだぞ。

 はっきり言いな』

とエナナが一喝した。

チャモはゆっくりとそのくちばしを開くと

『これからは、

 あんたに教えてもらいたいんだ』

と言った。

『はぁ?

 何言ってるんだ。
 
 グラエナとバシャーモ。
 
 あたしとあんたとでは
 
 体型からして全然違うだろう』

呆れたようにエナナは言うと、

『それでもおれは、

 あなたに色々教えてもらいたいんだ。
 
 その…、
 
 これからもずっと…』

チャモが言葉を搾り出すように言う。

『ふぅん……』

エナナはじっと横向き加減のチャモの顔を見た。

やっぱりまた赤くなっている。

エナナはフフフッと笑うと言った。

『そうだねぇ。

 岩にあいた居心地のいい穴と、
 
 うまいチーゴの実がなる場所を教えてくれるのなら
 
 考えてやってもいいぞ』

エナナそう言うと、

『!!っ』

チャモの顔が輝いた。

『それなら大丈夫だ。

 この先にちょうどいい所がある。
 
 近くにチーゴもなってる』

嬉しそうにチャモは言う。

『なら、

 早速そこに案内してもらおうじゃないか。
 
 言っとくがあたしの指導は厳しいよ。
 
 泣くんじゃないよ』

『だから泣いてないって。

 はい、
 
 いくらでもしごいてください』

赤と黒の2匹のポケモンは

並んで森の奥へと消えていった。


道の脇を、

頭にみどりのバンダナを巻いて

ウエストポーチを背負った

水色のポケモンが歩いていた。

人間の気配を感じると茂みに入った。

前から若い2人のトレーナーが歩いてきた。

「とにかくおめでとう、

 ヒトシ。
 
 あなたのポケモン
 
 すっごく強かったわよ」

女のトレーナーが褒め称えると、

「あぁ。

 ラグラージたちが頑張ってくれたおかげさ。
 
 そしてなんといってもこのキノガッサだな。
 
 決勝戦はコイツのマッハパンチ無しでは
 
 勝てなかったからな」

男のトレーナーが言う。

「そのポケモン、

 他のトレーナーのだったんでしょ。
 
 交換して正解だったわね」

「あぁ、

 ちょうど次の町で交換したんだ。
 
 正にキミと同じで、
 
 運命の出会いってやつかな」

男のトレーナーがキザに言うと、

「その人、

 こんなイイポケモンを交換したりして、
 
 今ごろくやしがってるかもね」

女のトレーナーが尋ねた。

「ソイツの親によれば、

 何かまた旅をしているらしい。
 
 まぁ、
 
 根はしっかりしているヤツだし、
 
 ちゃんとメールも送ってきているらしいから、
 
 そんなに心配もしていないみたいだ。」

男のトレーナーが言う。

「ねぇ、

 あなたの故郷ってもうすぐでしょ。」

「あぁ、

 あと2つ町を越えればミシロタウンさ。」

「早くあなたの故郷を見てみたいわ。」
 
そんな話をしながら2人は去っていく、

そして、2人が見えなくなった頃、

水色のポケモンは道を歩き、

いつもの場所から森に入った。

獣道をとおり原っぱに出ると、

ブースターが迎えてくれた。

『今日もちゃんと

 売れたのか?』

『えぇ。

 もうあのフレンドリィショップでは顔なじみだから。
 
 毎日トレーナーが作った木の実を持ってくる、
 
 おつかいポケモンってね』
 
『ホントよくやるよ。

 で、
 
 また何か買うのか』

ほら穴の中でポーチを外しているポケモンにブースターが聞いた。

『もちろんよ。

 何かあったら大変じゃない。
 
 ねぇ、
 
 あなた炎ポケモンなんだから
 
 いいかげん炎タイプの技を覚えたら?
 
 ほら、この“だいもんじ”って技なんてどうよ』

水色のポケモンはほら穴の奥にある

パソコンの画面を見ながら言った。

『いらないって

 言ってるだろ。
 
 オレは自分で技を覚えるんだ』

『もう、

 あいかわらずいじっぱりやさんね』

そう優しく笑って言うと、

そのポケモンは原っぱの片隅に立っている実のなる木に、

“みずでっぽう”で水をやった。

今朝植えた木の実がもう芽をだしている。

明日もまたいくつか木の実ができそうであった。

水やりをしているとブースターが話し掛けてきた。

『なぁ、

 おまえがシャワーズになって
 
 もうずいぶん経つな』
 
『そうね、

 もう半年ってとこかしらね』
 
『今だから聞くけど、

 まだ怒ってるのか?
 
 その、
 
 自分がポケモンになる原因のオレのことを』

ブースターは珍しく真剣に聞いてきた。

シャワーズは笑った。

『いいえ。

 怒ってなんかいないわよ。
 
 そりゃ、
 
 最初は大変だったし、
 
 私の生活や人生どうしてくれるのよ!
 
 …なんて思ったけど、
 
 今は違うわ。
 
 今はこの生活が好き。
 
 自由だし、
 
 毎日自分の力で生きてるって感じがするから。
 
 ステキなパートナーもいることだしね』

ブースターの顔を見ながらシャワーズがそう言うと

彼が照れて横を向いた。

『だから、

 今では感謝もしてるのよ。

 こんなステキな生活をくれた、
 
 あの事にもね。
 
 ありがとう、
 
 イーブイちゃん』
 
『よせよ。

 それにオレはもう
 
 ブースターだって。
 
 でも、
 
 こっちこそありがとな。
 
 おまえがいたからブースターになれたし、
 
 こんな暮らしができる。
 
 ホントありがとな』

2匹はお互いの体を寄せ合いながら、

ほら穴の方に歩いていった。

もう夕方である。

西の空が少しずつ赤く染まっていく。

2匹はそれぞれ採っておいたラブタとロメの実を食べた。

『おまえ、

 それ好きだな』

『だって

 私がポケモンになって
 
 初めて食べた木の実なんだもの。
 
 あなたこそ、
 
 最近ロメばっかりじゃない。
 
 からい実が好きなんじゃなかったの?』

『いや、

 採ってから少し置いといたロメを食べると、
 
 何だか力がつきやすくなるような気がするんだ』

そんな会話をしながら、

彼女はほら穴の前で真っ赤に燃える

夕焼けを見ながら木の実を食べた。


シャワーズになり彼女の生活は一変した。

人間としての生活は失ったが、

ポケモンとしての新しい生活が始まっていた。

美しい夕日、

青々と茂る木々、

そして頼れる仲間。

人間の時は気づかなかった宝物がそこにはあった。

想像も出来なかったすばらしい毎日、

それがあった。

隣でロメの実を食べるブースターの顔を見ながら

彼女は心の中でそっとその全てに感謝した。


2匹はほら穴に入った。

ブースターに先に寝てるように言うと、

彼女はパソコンでメールを打った。

そしてそれが終わると

体を丸めているブースターの側で横になり、

寄り添うようにして眠りについた。


“お父さん、お母さんへ
 
 私は今、少し遠い所にいます。
 
 ここで毎日元気に木の実を作っています。
 
 ステキなパ−トナーに恵まれて、
 
 毎日がとても楽しくてなりません。
 
 当分は帰れそうにありませんが、
 
 こんな感じなので心配いりません。
 
 2人とも体には十分気をつけて下さい。
  
 
 2人の自慢の娘

       ナミ。”


おわり


  [No.1665] 第2章 第1話・娘の涙 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:33:13   16clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

『それは本当なのかい?』

枝の上に居るオオスバメに、

黒い毛並みのポケモンが尋ねた。

『えぇ、本当よ。

 ウチらだって毎年必ず寄って、

 旅についての情報を教えてもらうんだから。

 あの方は何でもご存知よ』

旅の途中のオオスバメはそのツヤのある翼を、

くちばしで丁寧に手入れしながら言った。

『世界の全ての出来事を記憶している…か』

そのポケモンはしばらく考えた後、オオスバメにあることを頼んだ。


あれから何度もの夏と冬が過ぎていった。

ナミはすっかり野生のシャワーズの風格を漂わせていた。

ただその生活は野生ポケモンとはちょっと違っている。

毎日住処である森の原っぱで木の実を育て、

それを売りに行き、必要なものは通信販売で買う。

ブースターや他のポケモン達とバトルをして体を鍛え、

彼らといっしょに自分が作った木の実を食べる。

そんな人間の頭とポケモンの能力を使って、

充実した日々を送っていた。


ブースターとの間には子供もできた。

1匹目は行動派でせっかちな長男。

本人の希望でサンダースに進化し、

その後彼女らの元を離れていった。

2匹目は対照的にのんきでちょっぴり甘えん坊の次男だったが、

ブラッキーに進化するとこちらも先日巣立っていった。

人間とは違い、

生まれてからたった1年で自ら親元を離れていくポケモンの子供たちを、

ナミはいつも寂しい気持ちで見送ったのであった。


今彼女の元にいるのは数ヶ月前にタマゴから孵った、

おくびょうで弱気な娘であった。

その日もナミが町から帰ってくると、

娘はまだ木のほら穴の中で丸くなっていた。

『こら、いつまでそこにいるの。

 なっちゃん、もうお昼よ』

“なっちゃん”とは、ナミが昔母親に呼ばれていた名前である。

弱気なこの娘イーブイをナミは自然とこう呼ぶようになっていた。

ブースターもこの娘を“ナツ”と呼んでいる。

『だってママ、

 今日もまたバトルの練習するんでしょ。

 わたし、やりたくない』

『そんなこと言ってたら、

 1人前のポケモンになれないわよ。

 さぁ、ついていらっしゃい』

そう言うナミは身に付けていた

ウエストポーチとバンダナをほら穴の奥に置くと、

原っぱに出た。

その後ろを娘は、

ぴったりとくっ付くようにして着いてくる。

高く上がった太陽の光が、

原っぱの草に降り注いでいる。

『いつまでそうやって、

 くっついていちゃダメでしょ。

 さぁ始めるわよ』

ナミは大きなヒレのあるしっぽで娘を

そっと押して草の上に座らせると、

少し離れた所で娘と向かい合うようにして立った。

『さぁ、なっちゃん。

 まずはたいあたり!』

ナミはトレーナーのようにイーブイの娘に指示をだした。

娘はゆっくりと立ち上がると、

目をつむったままで勢いよく走りだした。

ナミはそれを軽く避けると、

『ダメ!

 ちゃんと相手を見てないとダメでしょ。

 さぁもう1回!』

今度はナミに向かってまっすぐに走ってきた。

ナミはそれを真正面から受け止めた。

しかしナミが微動だにせずに受け止められたので、

攻撃をした娘の方がしりもちを着いてしまった。

『よし、いいわ。

 だいぶ強くなったじゃない』

 ナミの前で草の上にぺったりと座っている娘に、

彼女は言った。

『だめ…

 ママには全然かなわない』

娘は下を向いたまま言う。

『そんなことはないわ。

 ママだっていっぱいトレーニングしたから

 強くなったのよ』

ナミはこの数年のことを思い出しながら言った。

人間からポケモンになってから長い時がたつ。

本当に色んなことがあった。

いろんなポケモン達が助けてくれた。

このイーブイの父だってそうである。

彼らが居たから今の自分がある。

この娘も今は弱気な子だけど、

いつか自分みたいに強くなるとナミは思っていた。

『大丈夫よ、なっちゃん。

 それにお兄ちゃんみたいに進化したら、

 びっくりするくらい強くなるのよ。

 なっちゃんは、何になりたいのかな?』

ナミは聞いてみた。

イーブイとして、

娘ももう進化については分かっているはずであった。

『わたし…、

 このままがいい。

 ずっとママといっしょにいたいから』

『もぅまたそんなこと言って…』

そう言う娘をナミは困った顔で言ったが、

もう少し大きくなったらまた考えるようになるだろうと思った。

『じゃぁ次は、そうね…

 “あなをほる”。

 やってみなさい』

ナミは次の指示を出した。

“あなをほる”は元来イーブイは自然には覚えない技だが、

父親が使える技なので、

娘にも受け継がれているはずであった。

『えっ、でもあれはまだ…』

娘がまた渋る。

『この前パパに教えてもらったでしょ』

そう言う母親に対し、イーブイは

『だってまだやった事ないんだもん。

 出来ないかもしれないじゃない』

と言う。

その姿にナミはシャワーズになった時の自分を重ねあわせた。

『そんなこと言ってたら、

 いつまでも出来ないわよ。
 
 なっちゃん、失敗を怖がっちゃだめ。

 何でもまずやってみなくちゃ。

 元々なっちゃんはできるんだから。

 さぁ、やってみなさい』

母親に言われて娘はしぶしぶ穴を掘って地面にもぐった。

ナミは娘が地面から出てくるのを待っていたが、

一向に出てくる様子が無い。

ナミは慌ててダイビングで

娘が掘った穴から地面に潜った。

娘はすぐに見つかった。

そこには硬い岩が埋まっていて、

それにぶつかって前に進めなくなっていたのだ。

ナミは岩の横から水と共に、

娘を地上へと押し上げた。

『なっちゃん、大丈夫?』

ナミが慌てて聞いた。

返事はない…

が、ちゃんと息はしている。

ただ気絶しているだけのようだ。

『ふぅ…』

ナミは安堵と困惑の気持ちが混じったため息をついた。

どうもこの子は野生ポケモンとしての強さが足りないのかもしれない。

この先どうやっていけばいいのだろうか。

そう感じながらナミは娘の首根っこをくわえると、

ほら穴の中まで運んでいった。


穴の中に娘を寝かせた時、

ブースターが帰って着た。

全身傷だらけである。

『痛ッタ〜。ナミ〜、

 きずぐすりくれ〜』

『どうしたの?いったい何してきたの?』

ナミは驚いて、ほら穴の中のウエストポーチから

“いいきずぐすり”を出しながら尋ねた。

『ヤルキモノの奴とバトルしたんだけど、

 あいつやりすぎだぜ。

 “元トレーナーの奥さんがいるから

 ちょっとぐらいムリしてもだいじょうぶだろ”

 ってこれはやりすぎだろ。

 イテ〜』

ナミに“いいきずぐすり”をかけられながら、

ブースターがぼやいている。

『まったく、

 ナミがいなかったらホントヤバかったよ。

 ありがとな』

そう薬の礼を言うブースターに、

『ねぇ…、そんな事ってよくあるの?

 その、私が人間だったからって…』

ナミはひかえめにと尋ねた。

『あ?あぁ、たまにな。

 ま〜、こんなにやられるのは初めてだけどな』

ブースターは笑って言った。だがナミの心には少し何かモヤモヤしたものが残った。


夕方になり、

親子3匹で木の実を食べた後ほら穴に戻ると、

ナミはパソコンをつけた。

見るとメールが届いていた。

ナミの人間の母親からのものだった。

“ナミ大変なの。

 お父さんが病気なの。

 とても深刻な状態で、

 すぐに戻ってきてほしいの。

 遠い所にいるって聞いてるけど、

 できるだけ早く戻ってきて。

 母より。”

メールの内容にナミは困惑した。

父が病気と聞いて、

すぐにでも駆けつけたかった。

だが行ったところで、

シャワーズの姿では父にはとうてい

会えないことも分かっていた。

両親はシャワーズが自分の娘だと気づくわけはないし、

たとえ色々とやって気づかせたとしても、

それは両親を悲しませるだけの事である。

『どうかしたのか?』

ナミの様子に気づいたブースターが聞いてきた。

ナミはメールの内容を話した。

『それなら、

 そっと様子だけ見に行ってきたらどうだ。

 心配なんだろう』

話を聞いたブースターはナミに言ったが、

『でも…』

とナミは言って木の洞穴の中で寝ているイーブイに目をやった。

『大丈夫。

 ナツの面倒ならオレがちゃんと見るからさ』

とブースターは言ってくれた。

『ありがとう。

 数日で帰ってくるから、

 それまでよろしくお願い』

そう言ってナミはみどりのバンダナをかぶり、

そこに木の実の中で一番小さなクラボの実を何個か入れて

原っぱを後にした。

森に入っていくシャワーズの後ろ姿を見送ったブースターは

明日からの子守の為に早く寝ようとした時である。

『ねぇ、パパ。

 ママどうしたの?

 どこ行ったの?』

とブースターに聞く小さな声がした。


ナミは真っ暗な森を抜け道路にでた。

道ももう暗かったが、

一刻も早く病気の親の元に行きたかった。

ココから故郷のミシロタウンまでは

町を2つ越えないといけない。

今の自分の足なら途中で休んで、

明日中にはつけるだろうとナミは考えて歩き出した。

久々に来た一つ目の街は、夜でも賑やかだった。

日が暮れても町の中には多くの人々が行き交い、

建物のほとんどの窓には明かりが灯っている。

ポケモンになって以来、

朝日と共に起きて夕日と共に寝る生活をしていたナミにとっては、

その眩さに驚くと共に懐かしくもあった。

町を抜けたところで、

ナミは茂みを見つけ、そこで休むことにした。

久しぶりに遅くまで起きていて、

もう眠くて仕方なかったのだった。


翌朝、辺りが明るくなるとナミは目を覚ました。

幸い今日は日の光を分厚い雲が遮ってくれている。

ナミはバンダナに入れておいたクラボの実を1つ食べると、

また道の脇を歩き出した。

昼前には次の町には着いた。

この町はさほど大きくないのですぐに抜けることができた。

ここまで来ると故郷はもうすぐそこである。

段差をいくつか飛び降りて狭い道を通ると、

ついにミシロタウンに到着した。

ミシロタウンはポケモンの研究所がある以外は

小さな町で人通りも少ない。

ナミは久々に道の真中を堂々と歩き、

そして自分が生まれ育った家の前にたどり着いた。

やはりこの家も今のナミから見れば

巨大な建物であった。

しかし、そこは自分が子供のころから住んでいた家、

思い出は随所にみることができた。

ナミは気づかれないように家に入ろうとしたが、

古風な家のドアの取っ手は丸く

前足では開けることが出来ない。

仕方なくナミは家の横を通り、

裏の庭に回った。

庭も全く変わっておらず、

洗濯物のシーツが風に揺れていた。

それはシャワーズの目には白い大きな旗がはためく、

巨大な庭園のようであった。

ナミは父の部屋の窓の下まで行くと、

近くにあった木箱を窓の下まで押した。

そしてその上に乗り前足を窓枠にかけ中を覗いたが、

そこに父の姿は無かった。

『もしかして、病院に行ってるのかしら。

 まさか入院しているとか…』

そうナミが思った時、

隣の居間の方から話し声が聞こえた。

その声は間違いなく

ナミの父と母の声であった。

ナミはそっと居間の出窓に近づくと、

端からそっと中を見た。

テーブルの周りのイスに父と母が座って、

テレビを見ていた。

程なくして父は自分の部屋に歩いていった。

ここから見る限り、

父は元気そうであった。

『どういう事?

 病気じゃなかったの?』

そうナミが困惑していると、

「ナミから返事は?」

部屋にいる父に母が呼びかけた。

「いや、着てないな。

 もしかしたら今ごろ急いで向かっているのかもしれんな」

父の答える声が聞こえた。

「あの子はメールばっかりで

電話もよこさんからなぁ」

「あなたが病気と聞いたらすぐに飛んでくるわよ。

 あれでもあの子、あなた想いだから。
 
 それにもしかしたら前にメールにあった、

 いいパートナーってのも連れてくるかもよ」

母親が笑って言う母に戻ってきた父が苦笑いしている。

両親の会話に、ナミはやっと状況が理解できた。

あのメールはウソだったのだ。

何年も帰ってこない娘を呼ぶために、

あんなメールを送ってきたのだ。

ナミは父が病気ではないので安心が、

次第に悲しい気持ちになってきた。

そうだ両親は自分に会いたがっているのだ。

遠い所に勤めていると思っている自分に。

何年もメールだけで声も聞いてないので、

病気だとウソまでついて呼ぼうとしたのだ。

ナミも今すぐに会って、

両親を安心させたかった。

だがこのシャワーズの姿では、

今家の前に居るのに合うことが出来ない。

行ったところで娘が帰ってきたことに、両

親は気づかないだろう。

そんな状況にナミは出窓の横で一人、

声を押し殺しながら涙を流していた。


ひとしきり泣いたところで、

ナミは原っぱに帰ろうと思った。

帰って早く家には帰れないとのメールを打とうと思った。

言い訳の文章を考えながら歩き出そうとした時、

彼女の前に1匹のポケモンが現れた。

見ると原っぱにいるはずのブースターがそこにいた。

腰にはナミのウエストポーチが

赤い毛皮にきつく食い込んでいる。

『よぉ。どうだった?』

ブースターがそっと聞いてきた。

『えぇ、なんだか大丈夫だったみたい』

涙を隠すようにそう言ったナミだったが、

その時ブースターの後ろに、

もう1匹のポケモンがいることに気がついた。

『なっちゃん!』

娘のイーブイがそこにいた。

『なっちゃん、どうしてここに?』

ナミが驚いて娘に聞いた。

潤んだその茶色い大きな瞳が、

娘の心が今どれだけ揺れているのかを表していた。

『パパが、つれてきてくれたの。

 “ママはママのパパとママに会い行ったんだって”って。

 …ねぇ、何でママのパパとママは人間なの?

 何でママはポケモンなの?』

娘が泣きながら聞いてくる。

『いや、おまえを追いかけてくる途中に

 一通り説明はしたんだが、

 どうしてもおまえの口からも聞きたいって

 言ってきかなくて…』

ブースターが気まずそうに横から言う。

ナミはそんな娘に対し、全てを話した。

元は人間でポケモントレーナーだったこと。

パパを別のポケモンと交換してシャワーズにしようとした事。

それがひょんな弾みから自分がポケモンになった事。

動けない所を自分のポケモンに助けてもらった事。

そのまま森のポケモンになった事。

『そしてシャワーズとして

 パパと暮らすようになったのよ』

ナミは全部話して聞かせた。

『じゃぁ、パパがママをポケモンにしたって事?』

娘が尋ねた。

『そうじゃないわよ。

 あれはママがむりやり嫌がるパパを…』

ナミが答えようとすると、

『じゃぁ、パパがシャワーズになっていたら、

 ママは人間だったの?』

さらに娘が尋ねてきた。

『そうじゃないわ。

 あの時ママはこうなることになってたのよ』

ナミも必死に娘を落ち着かせようとした。

『わからないよ。

 なんでママが人間だったの?

 なんでわたしがうまれたの?

 人間だったらわたしどうなってたの?』

とイーブイはとうとう泣き崩れてしまった。

その時、ポケモンの鳴き声を聞いたナミの両親が、

出窓をあけて顔を出した。

「おい、見てみなさい。

 庭に珍しいポケモンがいるぞ」

「あらほんと。見たことないポケモンね。

 3匹だからご家族かしらね」

人間の姿を見たブースターは泣きじゃくる娘をくわえると、

一目散に垣根の中に駆け込んだ。

だがナミは両親に自分の姿を見られ、

その場に立ち竦んでしまった。

四つの足がまるで石にでもなってしまったかのように動けない。

しかしそのすぐ後、娘の泣く声にハッとわれにかえると、

急いでブースターのあとを追った。

「行ってしまったか。

 それにしてもあの子はいつ帰ってくるのかな」

背後でナミの親がそう言っているのが聞こえた。


夕暮れ時の人通りのない道を

シャワーズとブースターがゆっくりと並んで歩いていた。

娘は泣きつかれてブースターの背中の上で眠っている。

『ホントにごめんな。

 勝手に連れてきたりして…』

しばらく黙って歩いていたブースターが、

申し訳なさそうに言った。

『いえ、いいのよ。

 この子にはいつかは話さないと

 いけないって思ってたし…』

ナミも静かな口調で答える。

それっきりまた2匹はまた黙ってしまい、

ミシロタウンの外まで歩いていった。

隣の町近くまで来た時、

辺りはだいぶ暗くなってきていた。

今日は道の脇の低木の下に泊まることにした。

ナミがバンダナから小さなクラボの実を取り出すと、

娘を木の下におろしたブースターが

『ちょっとまて、

 おまえの好きなラブタの実を持ってきたんだ』

といって腰のウエストポーチを指した。

『いいの。今日は食欲ないから…』

ナミがそう言って断ろうとすると

『こういうときは、

 しっかり食べて元気つけなくちゃ』

とブースターが励ましてくれた。

ナミは小さくうなずくとポーチを開け、

中からラブタの実をだすと食べ始めた。

それでも半分も喉を通らず、

黙ったまま実を見つめる。

『大丈夫か?』

隣に座ったブースターは心配して聞いてきた。

『大丈夫よ。

 ただちょっと…ね…』

ナミは気丈に答えようとした。

だが、顔をそむけてしまう。ぼんやりとした目で、

体の前に回した自分のしっぽを眺めた。

『おまえ…、

 …戻りたいのか?』

ブースターは思い切って尋ねた。

それはブースター自身とっても非常に辛い問いであった。

『分からない…』

ナミはひたひたと地面をたたく、

しっぽに目を向けたまま静かに答えた。

『今の生活はとても好きだし、

 シャワーズのこの姿も今じゃすごく気に入ってる。

 あなたに会えたことは本当に良かったと思うし、

 この子にも感謝している。

 あの時ポケモンになれなければ、

 こんなにいい生活は絶対できなかったと思うの』

ナミは自分の本心を探るように話していった。

『でも、親にも会えないのはやっぱり悲しい。

 いいえ、会う事はできても

 顔を見せることができないのが悔しい。

 自分は本当に元気なのに、

 それを伝えることができないのが……』

ナミの目からまた涙が溢れ出した。

ブースターはどうしていいか分からず、

ただ見ている事しかできなかった。

そんな時、

『ママ、泣いちゃだめ』

イーブイが声をかけてきた。

『あ、なっちゃん。

 起きてたの』

ナミは涙を前足でぬぐって娘を見た。

『ママごめん。

 わたしワルイ子だった。

 もうあんなこと言わない。

 だからもう泣いちゃだめ』

イーブイがナミの前足あたりに擦り寄ってきた。

ナミは娘の体に首をまわして乗せた。

それはまるで我が子を両手でぎゅっと抱くように…

『ごめんね。

 ママもう泣かないから。

 今日は来てくれてありがとう』

イーブイの背中でナミは語りかけた。

『ママ、わたしお腹すいた。

 あのラブタの実、食べていいよね』

そう言うとイーブイは、

ナミが食べ残したラブタの実を元気に食べだした。

ブースターが体を寄せてきた。

ナミはその暖かい体に、

自分の体を預けるようにしてもたれかかり、

木の実を食べる我が子の姿を見守った。


つづく…


  [No.1666] 第2章 第2話・夜の光 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:34:17   16clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

次の日の昼を過ぎた頃、3匹はようやく原っぱに着いた。

ナミは急いで実のなる木に水をやると、

出来ていた木の実を収穫した。

3日も放置していたので、いくつかは地面に落ちたり

他のポケモンに食べられたりしていたが、

それでもたくさん取れた。

翌朝、その日また出来た木の実も含めて、

町のフレンドリィショップに売りに出かけた。

今日は初めてブースターが手伝ってくれた。

ナミは娘に木の中でおとなしく待てるように言うと、

木の実が入ったウエストポーチをつけ、

首から手さげ袋を下げたブースターと一緒に原っぱを出発した。

2匹は森の獣道から道路に出た。

さっき初めて家族3匹で歩いた道である。

2匹は道の脇を話しながら歩いた。

『今日もいい天気ね』

『あぁ、雲がきれいだな』

いつものように話そうとするが、

まだどうもぎこちない。


町に着くといつものように町の裏へと足を向ける。

家やポケモンジムの後ろを通り、

時々泳いでいく池を回りこむと、

フレンドリィショップの裏手に出る。

ナミはブースターから手さげ袋をもらうと、

店の中に入った。

「お、やっと来たか。

 3日も来なかったから心配してたんだぞ。

 おぉ今日は大漁だな、

 ご苦労さん」

そう言って頭を撫でてくれたいつもの店員に、

木の実とポケモン図鑑を渡し代金を振込んでもらった。

図鑑をポーチに入れてもらうと、

ナミは店を出た。

『身軽になったわね。

 帰ろっか』

とブースターに言い、

一緒に町を後にした。


森の獣道を歩き、原っぱの近くまで来たとき、

娘の叫ぶような声が聞こえた。

ナミたちは慌てて原っぱに走っていったが、

どうやら娘は遊んでいるようであり、

声はとても楽しげであった。

原っぱに入ると、

娘はほら穴の近くで見知らぬポケモンと遊んでいた。

灰色の毛皮に覆われた子犬のようなポケモン、

顔は黒く小さなキバをもっている。

かみつきポケモンのポチエナであった。

娘よりは大きいが、

見たところまだ子供であった。

『あ、パパ!ママ!

 お帰りなさい!』

娘が駆け寄ってきた。

『ただいま、なっちゃん。

 何してるの?

 あの子どこから来たの?』

ナミが尋ねると

『ママ、すごいのよ。

 レナ君逃げるの、すごく上手なんだから!』

と娘は言う。

彼女がレナ君と呼んだポケモンは、

ナミたちに気づくと原っぱの真中に走っていく。

『これは…。

 ナミ、珍しい客だぞ』

それを見ていたブースターが鼻を動かしながら、

ニヤリとして言った。

原っぱの真中で、

ポチエナの子が草の中に向かって何か言っている。

ナミはその方向から懐かしいに匂いがするのが分かった。

ポチエナの子が少しそこから下がったかと思うと、

草の中から匂いの主がのっそりと起き上がった。

『やぁ、ナミさん。

 久しぶりだね』

真っ黒な毛並みのポケモンが、

きれいな女の声で挨拶した。

『エナナ!エナナじゃない!

 久しぶり!』

ナミはエナナに向かって走っていった。

そしてたいあたりをするように飛びつくと、

2匹は草の上に転がった。

『オイオイ、子供じゃないんだから。

 ハハハ、元気そうで何よりだね。

 そっちのあんたも、すっかり大きくなって。

 立派なイイ男になったじゃないか』

草の上に寝そべったまま、

エナナはブースターにも声をかけた。

ナミは草の上に倒れているエナナに、

しっかりと抱きついている。エナナのにおいが、

ナミには本当に懐かしかった。

自分がポケモンになってしまった時、

助けてくれたのがエナナだった。

『エナナ、来てくれたんだ。

 また会えて嬉しいよ』

エナナの黒い毛皮の上で、

ナミがつぶやいた。

ナミはポケモンになってから

エナナといた数日間を思い出していた。

エナナはナミを厳しく、

時に優しく1人前に育ててくれた。

自分のポケモンの母親と言えるエナナにまた会えて、

ナミは本当に嬉しかった。

『あぁ、あたしも会えて嬉しいよ。

 でも、そろそろどいてくれないか。

 あんたのそのしっぽが重たいんだよ』

エナナが笑って言った。

『もうちょっとだけ…』

ナミはもう少しの間、

エナナに甘えていたかった。


『ごめんねエナナ。

 あの時は、こんなことも出来なかったから』

ナミはエナナから謝りながら離れた。

『あぁ、あの時は大変だったからね』

エナナも立ち上がりながら懐かしそうに言った。

そしてナミの体をじっくりと見た。

『立派になったねぇナミ。

 それにあいつとも、

 仲良くやってるみたいじゃないか』

近くに寄ってきていたナミの娘のイーブイを見て、

エナナは言った。

『えぇ、おかげで今は全然平気。

 エナナには本当に感謝してるんだから』

ナミが話していると、

エナナにポチエナの子が寄ってきた。

『おかあさん、

 これがナミって人?』

ポチエナの子がエナナに尋ねた。

『あぁそうだよ。

 今はシャワーズっていうポケモンだけどね』

エナナが優しそうに言う。

『この子って、エナナの子なの?

 レナ君っていうそうだけど』

ナミが尋ねた。

『あぁそうさ。

 あたしの息子のレナだ。

 ほらレナ、挨拶しなさい』

エナナは自分の子をナミの前に押し出した。

『ナミさん、イーブイさん。

 こんにちは。

 レナです』

ポチエナの子は可愛く挨拶した。

よほどエナナは厳しくしつけているようだ。

『いい子ね。

 私はナミ。
 
 こっちはイーブイじゃなくて、

 夫のブースターよ』

ポチエナの子にイーブイと言われて、

少しむくれているブースターの分まで、

ナミは自己紹介した。

しかし、ポチエナの子はあんまり聞いていた様子もなく、

『なっちゃん、また遊ぼう』

と言うと草の上を走り出した。

娘のイーブイも、

それを追いかけるように走り出した。

『フフフ、元気な男の子ね』

ナミはその様子を見ながら言った。

『本当にどうしようもないわんぱく坊主でね…。

 まったく本物の子供は

 あんたの時みたいにはいかないよ』

エナナも一緒にいた頃を思い出しながら、

笑って言った。


2匹のポケモンの子供が、

日の差す原っぱで戯れているのを、

ナミたちはほら穴の前で見守りながら、

あの時の事を3匹は懐かしそうに話した。

『ところでエナナ、

 急にどうしたの?

 あれ以来、全然姿を見せなかったのに。』

話がひとしきり終わったところでナミが尋ねた。

『あぁ、ちょっと気になる話を聞いたんでね…。

 まずあの後の、

 あんたのことについて聞かせてもらえないか』

ナミはまた一昨日の時のように話し始めた。

あの後すぐに彼をブースターに進化させたことから、

今の生活、

子供たちの事までをエナナに話して聞かせた。

ナミが話し終えるとエナナは笑って、

『なんだ安心したよ。

 さすがだよナミさん。

 ちゃんと自分の生き方を見つけたんだね。

 今の自分に問題ないのだったらいい。

 あたしの話も必要なかったみたいだ。』

と言った。

しかしそれを聞いたナミは

『それが、ちょっと…、ね…』

と急に口ごもった。

『ん?どうした、何かあるのか?』

ナミの様子が急に変わったので、エナナが聞いてきた。

ナミはなかなか言い出せずにいたが、

『昨日までちょっとあってな。実は……』

隣にいたブースターが、

そんなナミの代わりに話してくれた。

エナナはそれを黙って聞いていた。


『なるほど。そうか…』

ブースターの話を聞いたエナナが低くうなった。

『人間の親子ってのは、

 いつまでも繋がっているものなんだな』

ポケモンであるのエナナは、

ナミの両親のことを聞いてそう言った。

『で、ナミさん。

 あんたはいったいどうしたいんだい?』

エナナがナミに尋ねた。

『どうしたいもないわ。

 そりゃ、できれば会いたいけど、

 シャワーズの姿では気づいてももらえなかったわ』

ナミは言った。

『なら人間の姿なら、

 気づいてもらえるわけだな』

エナナが確認するように聞いた。

そんなエナナをナミは妙なことを聞くなと思った。

『もちろんよ。

 でも、こうなってしまったから、

 もうムリな話だけれどね』

『いや、戻れる』

エナナは突然言った。

『何?…戻れるってどういう事?』

ナミは驚いて聞いた。

『いや悪い、

 正確には戻れるかもしれない…という程度だがね。

 もちろんナミさん、

 あんたが人間だった時の姿にだよ』

エナナは真剣な目つきでそう言った。

エナナは続けた。

この森近くの海の向こう側、

鳥ポケモンの速さで数時間の所に人も住んでいる大きな島がある。

その島には大きな洞窟があり、

その奥に1匹のエスパーポケモンが住んでいる。

そのポケモンは人間の何倍もの知能を持ち、

世界の出来事を全て記憶しているのだというのである。

その話を半年前に旅の鳥ポケモンから聞いたという。

『それで、あたしはその鳥ポケモンに
 
 聞いてきてもらうように頼んだんだ。

 “ポケモンになった人間がいる。戻れる方法はないのか”って。

 その鳥ポケモンが昨日戻ってきたんだ。

 彼女はちゃんと覚えていてくれて、

 そのポケモンにあんたのことを聞いてきてくれた。

 そのポケモンはこう言ったそうだ。
 
 “もしかしたら戻れるかもしれないが、

 しかしそれは本人に会ってみないと分からない”

 …とかなり曖昧な答えだったが、ナミさん、

 あんたは元に戻る事ができるかもしれないんだよ。』

エナナは柄にもなく熱っぽく話した。

しかし、当のナミは当惑していた。

もう何年もポケモンとして過ごしてきた。

正直なところそれはシャワーズになってしまって、

元に戻れないと思っていたからであった。

ある意味、自分で諦めていたからだった。

もちろん自分でも一生懸命調べてはみた。

しかしいくらパソコンで調べても出てくるのは

子供の頃に聞いたおとぎ話ぐらい。

ポケモンになった人間が元に戻る方法なんか

あるはずも無かった。

そして必死に頑張った。

エナナたちのおかげもあり、

すぐにシャワーズの体には慣れることができた。

そして今の生活が始まった。

ブースターと一緒に暮らし、子供も出来た。

人間のままでは出来なかった、

すばらしい暮らしがそこにはあった。

これが自分の生き方なんだと思って、

今日まで生きてきた。

そしていつの間にか戻る方法を探すことはなくなっていた。

それが今、

その自分が人間に戻れる可能性が出てきたという。

シャワーズになってすぐにその事を聞けば、

ナミは迷わず人間に戻ると言っただろう。

一昨日のこともあって、

自分は人間に戻りたいという気持ちがあることも分かった。

しかし今の彼女には、

ポケモンとしての生活があり家族がある。

人間に戻れると聞いて、

簡単に返事ができるわけがなかった。

『…まぁ、そんな話があるという事だけ、

 伝えておきたかっただけだ』

そんなナミの様子を感じ取ったエナナはそう言った。

『エナナ、ありがとう。

 でも私、どうしたらいいのか…』

ナミはまだ決められない様子で言った。

『別にすぐに返事をしてくれってわけじゃない。

 それに必ず戻れるというわけでもないからね。

 ただ、もしやってみたいと思うのなら、

 いつでもあたしに相談しにきなさい。

 詳しいことを教えるから』

エナナはそう言ってくれた。


話をしているうちに夕方になったので、

ナミは木の実を取りに行った。

遅くなったのでナミはエナナたちには

今日はココに泊まるように言い、

夕食にその木の実を彼女らに振舞った。

『あんたが作った木の実、懐かしいね。

 それに前より美味くなったんじゃないか?』

ラブタの実を食べながらエナナが言う。

『えぇ、みずでっぽうで毎日水をあげてるから』

ナミも嬉しそうに言った。

2匹の間では1つの大きなカイスの実、

両側から子供たちが夢中で食べている。

『へぇ。

 それは水ポケモンだからこその役得ってやつだね』

エナナも笑って言う。

さっき話したことは、

もうどうでもいいという感じだった。

『えぇ、シャワーズになって、

 本当によかったわ』

ナミも言う。

そんな彼女たちを、

ブースターはとったばかりのマトマの実を食べながら、

黙って見ていた。


日はすぐに暮れた。

子供たちはお腹がいっぱいになると、

ほら穴の中ですぐに眠ってしまった。

エナナとブースターはほら穴の前で丸くなり、

目をつむって寝ているようであった。

ナミもその隣で横になって寝ようとしていたが、

なかなか眠れない。

やはり、昼間エナナから聞いた話が気になっていた。

人間にもどれるのか、

今の生活をどうするか、

家族はどうなるのか。

そんな事が頭の中を駆け巡っていた。

どうしても眠ることができないので、

ナミは原っぱの真中に歩いていった。

原っぱの上は、満点の星空であった。

ナミは草の上に座って、

夜空に輝く星々を眺めていた。

この星空もポケモンになったから、

見る事ができたものの1つである。

人間の時には見過ごしてしまっていた、自然の美しさ。

それをナミはかみ締めた。

ナミは思い切って、大きく4つの足を伸ばし、

大の字に寝転んでみた。

仰向けになると夜空だけが見えた。

広い宇宙の中に、

自分も星となって浮いているように思えた。

こうしている間は、

全ての事を忘れることができた。

自分もこの世界の中で、

確かに生きているということを感じていた。

しばらく星を眺めていると、

急に誰かの気配を感じたので、

ナミは起き上がった。

ブースターがナミの側まで歩いてきていた。

『眠れないのか?』

ブースターが聞いてきた。

『え、えぇ…、なんだか…ね』

自分のあられもない姿を見られたかと思い、

ナミは恥ずかしげに答えた。

『そうか。今日も星が見えるな』

ブースターはそんなことは気にせず、

ナミの隣に座った。

『そうね。

 こんな夜空が綺麗なんて、

 昔は気づかなかったわ。

 あなたたちは昔から見てきたのでしょうけど…』

ナミはブースターに語りかけるように言った。

『さぁ…

 オレは星の美しさは、

 あんたが教えてくれたものだと思ってるんだけどな』

ブースターは夜空を見上げながら言った。

ナミは初めて彼と一緒に星を眺めた事を思い出した。

あれは彼をブースターに進化させた日の夜、

原っぱのほら穴で一緒に暮らそうと決めて、

木の実を食べた後だった。

夕日が沈み、

空には今日の様にいっぱいに星が広がっていた。

その美しさに感動するナミだったが、

彼には何がそんなにいいのか分からなかった。

そんなブースターにナミは星の事や

星座の言われについて色々と話したのだ。

『夜は寝るものとしか思ってなかったオレに、

 あんたは気づかせてくれたんだ。

 この夜空の事を、星の美しさをな…』

ブースターは空を眺めながら言った。

ナミはブースターにそっと寄りかかった。

彼の柔らかな毛皮が自分を包んでくれるようであった。

『なぁ、さっきの話、

 いったいどうするんだ?』

ブースターは聞いてきた。

『それは…、断る事にするわ。

 今の生活は悪くはないし、

 なっちゃんの事もあるから』

ナミはブースターのあたたかい体温を感じながら言った。

『オレは…、

 あんたは人間に戻った方がいいと思う』

突然のブースターの言葉に、

ナミはハッとして彼の顔を見た。

『何言っているの?

 私はこのままでいいのよ』

ブースターの横顔を見上げてナミは言った。

『オレはこの前のおまえを見て思ったんだ。
 
 人間の親に会えない事を悲しむおまえを見て、

 このままではおまえが壊れてしまうって。

 あの時から思っていたんだ。

 おまえが人間に戻れる方法は無いものかって。

 いやそのずっと前、
  
 おまえがシャワーズになった時からそう思ってはいたんだ。

 ただ、一緒に暮らすようになってからは、

 あまり考えなくなっていたんだと思う。

 おまえとの生活がとても楽しかったから…』

ブースターは先日のナミのように、

自分の本音を探しながら話していた。

『でも、このままではいつまでたっても

 おまえは人間の親に会う事は出来ない。

 それがこれからもずっと、

 おまえを苦しめてしまうんだと思う。

 だから、オレは可能性があるのなら

 おまえに元に戻って欲しい』

ブースターの優しい言葉を聞いていて、

ナミの目からはまた涙が出てきた。

『ありがとう、あなた。

 そう言ってもらえて、とても嬉しい。

 でも私、あなたを残して元に戻るなんて考えられない。

 ずっと一緒に暮らしていきたいの』

ナミはブースターに体にすがりつくようにして言った。

『何を言っているのさ、ナミ。

 あんたはポケモントレーナーなんだろ?

 だったら昔の関係に戻るだけじゃないか。

 トレーナーとポケモンの関係に。

 ずっと一緒じゃないか』

そう言うとブースターはナミの顔を舐め、

彼女の涙を拭ったが、

『それでも私、

 あなたを置いて人間になるなんて言えない。

 私は今のままで十分なの』

そういってナミはブースターにすがり付いてくる。

『どうして分かってくれないんだよ…』

そんなナミの姿にブースターはそう小さく漏らしたが、

その時ある考えが浮かんだ。

『それならナミ、こういう事にしよう。

 とりあえずはエナナの言う、
 
 島のポケモンに会いに行ってみよう。

 聞いてくるだけでもいいじゃないか。

 そこで戻れないって言われたら、

 それはもうどうしようもない。

 おまえはずっとシャワーズのまま、
 
 これからも一緒にこの生活を続けよう。

 でももし、

 もし人間に戻れるというだったらそのときは…

 …これでどうだ?』

ブースターはナミを真っ直ぐ見つめてそう提案した。

ナミはしばらく考えていたが、

『そうね…

 それならいいわ。
 
 絶対に戻れるっていうわけでもないしね。

 それにそのポケモンに戻れないって言われたら、

 私も完全に諦めがつくしね』

と言った。

そうだ悩んでいても、仕方なかった。

今できる事をやってみる。

ポケモンになって以来、

そうやって生きてきたんだとナミは思いかえした。

『よし、決まった。

 今日はもう遅いから明日になったら、

 エナナに詳しい行き方を聞こうじゃないか』

『えぇ、島っていうからきっと遠いわね。

 しばらく留守にするけど、

 その間なっちゃんのこと頼むわね』

『…分かった。

 俺はナツと待っている。

 ただ、どんな事になってもちゃんと帰ってきてくれよ。

 あんたを待ってる夫と娘が、

 ここにいるんだからな』

少し言葉に詰まったブースターが確認するように言ってくる。

ナミは優しい笑みで答えた。

『よし、じゃぁ戻って寝ようか』

2匹は寄り添いながらほら穴の前にもどった。

木の横で体を丸めたブースターの隣で、

ナミは地面の上に横になった。

程なくして迷いの無くなったナミの心は、

彼女を心地よい眠りへと導いていった。


つづく…


  [No.1667] 第2章 第3話・縁と絆 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:35:27   23clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

顔に当たった朝日の光で、

ナミはいつものように目が覚めた。

いつもと違うのはすぐ横の木に開いたほら穴の中から

2つの小さな寝息が聞こえること。

イーブイとポチエナの子が同じように丸くなって眠っている。

我が子たちの愛らしい姿を見て微笑んだナミは

前足をついて起き上がってみると、

木の反対側では少し大きな寝息をたてる赤い毛の塊。

朝が弱いブースターもフサフサのシッポに包まったまま、

まだ目覚めていないようである。

彼の背中を見て昨晩のことを思い出したナミは、

振り向いて自分の体を見てみた。

水色の肌で大きなしっぽを持つシャワーズの体は、

朝日を浴びてきらきらと光っている。

これが今の自分の姿、

ちょっと前までとは全く違う自分の姿。

それまではこんな姿になるだなんて夢にも思わなかったが、

今ではこれが自分なんだと思えるようになっている。

ただ、人間としての自分も忘れたわけではない。

人間としての自分とポケモンとしての自分。

その岐路に今立とうとしている…

それがひしひしと感じられた。

正直まだ不安の方が大きい。

しかし前に進まないといけない。

昨日ブースターが言ったとおり、

戻れるか戻れないかまずは聞いてみよう。

どうするかはそれから考えればいいのである。

そう改めて心に誓ったナミは意を決したように頷いて立ちあがると、

朝の水やりも兼ねて朝食の木の実を取りにその4つの足で歩いていった。


木の下には先に起きていたエナナの姿があった。

『おはよう、エナナ』

ナミは木の中に頭を突っ込んでいるエナナに声をかけた。

『やぁ、おはようさん』

エナナが咥えていたラムの実を置いて言った。

『早いのね。どうしたの?』

『昨日はすっかりご馳走になったから、

 ちょいとお手伝いしようかと思ってね』

そう言うとエナナは実を傷つけないように

その付け根の枝を噛んで、

器用にオレンの実を木からとった。

『ありがとう。

 あ、それならそっちのウブの実もお願い。

 私じゃちょっと遠いから…』

『あいよ』

ナミは木に水をやるとエナナがとってくれた木の実を種類別に分け、

売り物用は持ってきたウエストポーチに詰め、

形の悪いものは朝食用にした。

それが一通り終わったところで

『エナナ、それで昨日の話なんだけど…』

とナミは早速言い出そうとすると、

『まぁ待ちなさい、

 その話は後でゆっくり聞くよ。

 まずは子供たちとあんたの寝ぼすけの旦那を起こして、

 朝ご飯にしようじゃないか』

エナナはそう言って、

朝食用の実を3つ口にくわえた。

『そうね。

 朝早くからも何だしね。

 エナナは朝ご飯、どれがいいかしら』

ナミもウエストポーチを背負うと

残った2つの実の枝をくわえて持ち上げた。

『何でもいいよ。

 そうだねぇ、

 ウチの子はしぶいのはダメだから、

 このヒメリの実を貰おうかね』

『えぇ、いいわよ。

 ブースターにはいつもこのラムの実。

 これでないと彼、

 いつまでたっても眠たそうなんだから』

『ほぉ、

 いいもの食べさせてもらってるじゃないか。

 あいつも幸せ者だねぇ』

2匹は木の洞穴に歩いていった。


『さて、あんたの答えが出たようだね。

聞かせてもらおうか』

朝食が終わると早速エナナが聞いてきた。

娘のイーブイとポチエナの子は木の実を食べ終わると、

もう原っぱの上を駆け回っている。

『私、そのポケモンに会ってみます。

 そして戻れるかどうか聞こうと思います』

ナミはエナナの目を強く見つめながら言った。

『いい答えだよ、ナミさん』

エナナは満足そうに微笑むと

『よし、それじゃぁ早速支度しなさい』

と言って立ち上がった。

『え?支度って今から行くの?

 ちょっと待ってよ、エナナ。

 ちゃんと詳しい行き方聞いてから行きたいし…』

ナミは思わず腰を浮かせて言うと

『その必要ない。
 
 あたしも一緒に行くからね』

エナナはその赤い目でナミを見て言った。

『え、エナナ、

 一緒に来てくれるの?』

ナミはてっきり1人で聞きに行くものと思っていただけに、

エナナが来てくれるのはとても心強かった。

『あぁ、もとよりそのつもりだよ。

 しっかり道案内するからね』

とエナナも頼もしくも言う。

『ありがとう、エナナ。

 また一緒に旅ができるわね』

ナミはエナナとホウエン地方を旅した時のことを

思い出しながら言った。

無論その時はトレーナーとそのポケモンとしてだったが。

『あぁそうだね。

 本当に久しぶりだね』

それを聞いてエナナも懐かしそうに言う。

しかしその時ナミの目に、

エナナの顔の向こうに広がる原っぱで、

娘イーブイを追いかけているポチエナの子の姿が写った。

『え、でもエナナがいなくなっちゃったら

 レナ君はどうするの?

 まだ一人にするのは早すぎるでしょ?』

そう尋ねるとエナナはそれを待っていたように

『それならウチの旦那に任せておけばいい』

と言う。

『旦那…?』

そういえば、ポチエナの子の父親については

まだ聞いていなかった。

キョトンとしているナミに

『ナミさんもよく知っているヤツだよ。

 実はさっきからもう来てはいるんだが…』

とエナナは言うと森の方を向くと

『お〜い、

 風下だからってあたしの耳まではごまかせんよ。

 いつまで隠れてるつもりだい。

 早くこっちへ来ないか』

と呼びかけた。

確かにそこには何いる気配がするが、

しかし返事が無い。

『大丈夫だって。

 別にナミさんはあんたのことを

 嫌いになったりしてないよ。

 早くお顔をみせてあげなさい』

エナナがまた呼ぶと、その気配が動いた。

そして一呼吸おいて

森から赤い影が飛んできたと思うと、

ナミの前に長身のポケモンが姿を表した。

『もしかして、

 …チャモちゃん?』

ナミの目の前にいるのはトレーナー時だった時に連れていたポケモン、

バシャーモのチャモだった。

なんだか気まずそうな顔をしている。

『え?どういう事?』

『どういう事って、こういう事さ』

混乱しているナミの前で、

グラエナがバシャーモに寄り添う。

『コイツがレナの父親。

 で、あたしの旦那だよ』

エナナが笑って言う。

『ウソ…、すごい。

 二人ってそんな関係だったの…。

 全然知らなかった…』

自分のポケモン達の意外な関係にナミは驚きを隠せなかった。

『まぁ、実際にこうなったのは

 あんたとバトルして別れた後なんだけどね。

 ほら、あんたも黙ってないで何か言ったらどうだい』

エナナがチャモの足を突付きながら言う。

『お、お久しぶりです、ナミさん』

チャモが言った。

その太い声はナミも覚えていた。

『ひさしぶりね、チャモちゃん。

 元気だった?』

ナミは明るく答えると、

『あ、チャモちゃん何も食べてないんじゃないの?

 えっと、このマトマはもう危ないから…

 オボンでいい?』

と言ってウエストポーチの中から

黄色いオボンの実を咥えて出すと

チャモに近づいて差し出した。

『あ…あぁ、

 ナミさんどうも…』

とチャモは木の実を受け取ると、

自分の足元で首を高くあげているナミの顔が見えた。

そのシャワーズの微笑を見て、

チャモはずっとあった胸のつかえがとれるのを感じた。

ナミがシャワーズになった時、

助けを求める彼女を冷たく突き放したのだった。

全ては突然ポケモンにになった彼女を、

この野生の中で生きていけるようにするためにと

他のポケモン達と相談して事だったのだが、

彼女にとってそれはとても辛い事だったに違いない。

その事が今までずっと気になっていたのだった。

『ほらな、言ったとおりだろ。

 ナミさんは別にあんたを嫌いになったりはしてないよ』

『エナナ、

 ちゃんと説明しておいてくれたのか?』

所々斑点のある黄色い実を手にしたチャモが

ヒソヒソ声でエナナに尋ねた。

『いや、もうナミさんだって分かってるさ。

 トレーナーとポケモンの関係もあんなものじゃないって事もね』

『えぇ、私の事を思ってあんな事言ったのでしょ。

 ありがとうチャモちゃん』

ナミにそう言われて、

チャモは照れくさそうに横を向いた。

『そういういうことで、

 ウチの子については大丈夫だ。

 いつもは頼りないコイツだが、

 子供の面倒みるのだけはすごく上手いんだから』

エナナが言った。

『そうね、それなら大丈夫ね。

 チャモちゃんが一緒なら心配ないわね』

そう言ってナミが草むらの中で

じゃれ合っているイーブイとポチエナの子を見た時である。

その視線の前に赤い毛並みポケモンが割り込むように入ってくると

『な、なぁ、

 まさか2匹だけで行くつもりか?』

と少し言葉に詰まりながら聞いてきた。

『えぇそうだけど、

 …どうしたの?』

ナミはブースターの課を見て尋ねた。

何だかとても嫌な予感がする。

ナミの言葉にブースターは何かを考えるように少し間をおくと

『…女2匹だけの旅だなんて、

 そんな危なっかしいことさせるわけにはいかないな。

 仕方が無い、

 オレもいっしょに行ってやるよ』

と少し胸をはるような感じで言ってきた。

『ちょ、ちょっと待ってよ。

 昨日は留守番してくれるって言ったじゃない』

ブースターの突然のナミが慌てて言うと

『何だよ、オレが行ったらダメなのかよ』

とブースターが怪訝そうな顔をして聞いてきた。

『そうじゃなくて、

 なっちゃんはどうするのよ。

 2人とも居なくなってどうするのよ』

とナミはブースターの向こうにいる娘を見て言った。

今度は娘がポチエナの子を追っかけている。

『それならいっしょに連れて行けばいいじゃないか』

ブースターはまるで他人事のように軽く言う。

『そんなの出来るわけ無いでしょ。

 行くのは海の向こうなのよ。

 連れて行けるわけないじゃない』

『おまえ、昔この地方ぜんぶ旅したんだろ、

 それも一人でポケモン何匹も連れて。

 …1匹くらい増えたって平気だろ』

『無茶言わないで。

 その時とは違うのよ、

 ポケモンだけで行くのよ。

 途中で買い物もできないし、

 何か困っても人に助けてって言うことも出来ないのよ。

 何かあったらどうするのよ』

とナミは必死で説得しようとする。

シャワーズの自分に野生ポケモンである娘を

安全に連れて行けるわけがない。

自分が行くには娘をここに残すしかないが、

それにはどうしてもブースターも残って

娘のことを見てもらうしかなかった。

しかし当のブースターは全く聞く耳を持たない感じで

『そんなのナミだったらきっと大丈夫だって。

 それじゃぁオレも行くことで決まりでいいな』

と強引に言って来る。

『そんなぁ…』

困り果てたナミはため息をついた。

もうこうなったらテコでも動かない。

無理やり置いてきても、

先日みたいに娘を連れてまた勝手に付いてきてしまう。

ナミが思い悩んでいると、

それを黒い色の耳でずっと聞いていたポケモンが

『連れて行ってやりなよ』

と同じく真っ黒な唇を開いて言った。

『そんな!エナナまで…』

エナナの予期せぬの言葉に

ナミは飛び上がるようにして振り向くと、

『お、良い事言うじゃんか!』

さっきからの不満そうな表情から一変、

ブースターの顔は割れんばかりの笑顔になった。

これでブースターが一緒に行くことは完全に決まってしまった。

『ちょっとエナナ…』

『大丈夫さナミさん。

 あんたの子もウチのに見てもらえばいいさ。

 なぁあんた』

とエナナが隣のポケモンを見上げて言うと、

『はい、ナミさんの子も自分がお預かります。』

とオボンの実を大方食べ終わったチャモが

ナミの目を真っ直ぐ見て言った。

『…本当に大丈夫なの?』

ナミは不安そうに聞いた。

何といっても自分の子を他人に預けるのである。

自分のポケモンであったチャモの事を信用していない訳ではないが、

娘の事を考えるとどうしても心配になってくる。

まだサンダースやブラッキーになった

あの兄達だったら問題は無いが、

臆病はこの子は母親の自分が居なくなったら…

できることなら自分がいない間は父親であるブースターに

見て欲しいと思ってしまう。

『あぁ、前に他のヤツの子をしばらく預かったこともあるし…、

 ほれ、見てみなさい、

 あんなに仲のいい友達がいるんだ。

 何日かなら問題無いだろう』

とエナナは、

原っぱの上にいる2匹のポケモンの子を見て言った。

イーブイの娘がポチエナの子に後ろから飛び掛っている。

友達を捕まえた娘は2匹一緒に草の上を転がると、

そのままじゃれ合っている。

2匹の楽しそうな様子を見たナミも

『そうね、なっちゃんも友達がいたら…』

大丈夫かなと言おうとしたがその時、

『ちょっと待てよ。

 勝手に決めんなよ。

 だれがお前に預けると言ったんだよ』

とブースターが今度は突っかかるように入ってきた。

『ええっ!?

 ちょっと、何言ってるのよブースター。

 あなたのこと思って言ってくれてるんじゃない。

 あなたも行けるように、

 なっちゃんのこと預かってくれるって言ってくれてるのよ』

とナミはまた驚いて言った。

今日のブースターは何か様子がおかしい。

『信用ならないね。

 どんなヤツかも分からないのに大事なナツを預けるだなんて、

 そんなことオレが許さないね』

と2メートル近くある長身のバシャーモの目を

きっとにらみ付けて言う。

そんなブースターに

『それだったら、いったいどうするのよ』

いったい娘はどうするか…と思ってナミは言うと、

『だったら?

 やい、そこのチャモってやつ!

 こっちに来い!

 オレと勝負だ!』

その言葉を見事に勘違いしたブースターは、

バシャーモに吠えるように言うと原っぱに駆け出していった。

もう言うことすること滅茶苦茶である。

『ちょ、ちょっとブースター。

 そうじゃなくて…』

とナミは止めようとしたが、

『いいよ。

 ナミさんに鍛えてもらったオレの力、

 見せてやるよ』

とチャモもオボンの実のヘタを捨てると、

原っぱ向かって飛び上がっていった。

子供たちはものすごい勢いで

原っぱに飛び込んできた父親たちを、

興味津々で見ている。

『もぅ、チャモちゃんまで…』

ナミも呆れ顔で追いかけようとしたが

『ほっとけばいいさ。

 まったくどいつもコイツも、

 男ってヤツはドツキ合わんと分からないんだから。

 …それよりいつまでも

 あんなの相手にしていたら日がくれちまうよ。

 いろいろやる事があるだろ、

 早くやってしまおうじゃないか』

フッと短くため息をついたエナナが、

木のほら穴の横に置いてあるウエストポーチを鼻で指して言った。

『…そうね、

 旅をするのだったら持って行きたいものもあるし。

 じゃぁちょっと行ってくるね』

そう言ってナミは木の側に座り、

ペンを咥えてメモに買うものを書き込んだ。

そして馴れた手つきで木の実の詰まったウエストポーチを巻きつけると、

『町に行くのなら、

あたしもご一緒してもいいかね?』

とエナナが寄ってくると聞いてきた。

『えぇ、もちろんいいよ。

 一緒に行こうエナナ』

とナミは快く返事をすると、

緑色のバンダナを頭につけて立ち上がった。

そして入ってきた父親に

自然と追い出される形で原っぱの脇にいる子供たちに

『なっちゃん、レナ君。

 ママたちちょっと出かけてくるから大人しく…』

と呼びかけようとした。

しかし2匹のポケモンの子供は

『パパ〜、がんばって〜』

『父さん、負けんなよ〜』

と緑の草の上で始まった父親同士のバトルを

応援するのに夢中になっている。

ナミはエナナと顔を見合わせてふぅっと小さく笑うと、

『じゃぁ、行ってくるわね』

と言って、並んで森の道へと入っていった。


『彼の事、悪く思いなさんなよナミさん。

 アイツも一緒に行きたいのだよ』

薄暗い獣道をしばらく歩いていると、

ちらっと後ろを振り返ったエナナが話しかけてきた。

『分かってるわよ。ただ…』

ナミはそこで言葉を切った。

ブースターの本当に言いたい事はナミも分かっている。

彼が自分の事を心配してくれている事も、

一緒に行ってナミの力になりたいと思ってくれているという事も。

そして何よりこれは自分が

ポケモンから人間に戻れるかどうか知る旅だから。

ナミをシャワーズにしてしまったのが

当時イーブイであったブースターであるから。

だからこそ人間に戻るのならそれをちゃんと見届けたい、

ナミがポケモンであるその最後の最後まで

一緒に居たいという彼の想いも知っている。

だからブースターが行きたがっているのは良く分かるし、

ブースターを連れて行くこと自体については

ナミは反対したりはしない。

ブースターとグラエナ2匹を

自分の“なみのり”でその島まで連れて行くことくらいなら

今のナミなら問題なく出来るだろう。

ただ1つだけそれにはどうしても心配なことがある。

娘のためにブースターにはどうしても残っていて欲しかった。

獣道を歩きながらナミがそう考えていると

『…なっちゃんといったかね、

 ナミさんの子。

 心配になるのは分かるが、

 大丈夫だよあの子は。

 確かにちょっと気弱なところはあるが、

 芯はしっかりしてるよ』

エナナが前を見ながら言ってきた。

『ナミさんことだ。

 ずっとあの子にべったりだったんだろう?

 でもたまには親が離れて他のポケモンと

 過ごした方がいいことだってある。

 ほら可愛い子には旅をさせろというんだろ。

 人間の子だってだからトレーナーという旅をすんじゃないか。

 あの子はちょうどその年頃だと思うけどね』

『そうかもしれないけど…』

それでもナミが黙って考えこんでいるとエナナはさらに

『それにチャモがずっとついているんだ。
 
 どうかな、預けてはくれないかな』

とややナミの顔を覗きこむようにして聞いた。

『…そうね。私もチャモちゃんの事を信用しないとね。

 うん。

 でもエナナとチャモちゃんがそんな仲だっただなんて、
 
 知らなかったからびっくりしたわ』

ナミはやっと顔を上げて言うと

『あたしがナミさんと一緒に居る間、

 変なヤツとかが来ないか、

 チャモ達に見張っててもらっていたんだよ。

 それでナミさんと別れた後、

 もうその必要がなくなったと皆に伝えに行ったんだが、

 そしたらいきなり告ってきてねぇ。

 まだ若いのにこんなオバさん捕まえて、

 ホント物好きなヤツだよ』

と言うとエナナは口を大きく笑う。

『そうだったの。

 ずっとチャモちゃんと一緒だったけど、

 全然気づかなかったわ。

 子供の面倒を見るのが上手だなんてのも知らなかったし…』

『というよりヤツもまだ子供なんだね。

 父親というよりは大きなお兄ちゃんだね。

 おかげでこっちは子供2匹も抱えて大変だよ』

とエナナは苦笑いすると、

『あ〜、それ何となく分かる』

ナミも笑って言った。

その時森の獣道の先に明かりが見え、

ほどなくして2匹は道路に出た。


しばらく道路わきを歩くと町の入り口が見えた。

『エナナ、こっち』

ナミはエナナを呼ぶと町の裏に入っていった。

昨日のブースターの時と同じように

今日も民家の生垣やジムの壁を伝うように進み、

池を周ったところでナミは

『じゃぁ、ここで待ってて』

とエナナに言うとメモを咥えて

フレンドリィショップに入った。

「いらっしゃいポケモンちゃん。

 お、今日はご注文か?」

レジにいた店員はそう言って

シャワーズの口の見ると手を伸ばしメモを受け取ると、

そこに書かれたものを用意する。

そしてシャワーズの付けているウエストポーチから木の実を取り出し、

代わりに持ってきた傷薬などをを入れ、

ナミのポケモン図鑑で代金を清算して返すと、

「それじゃ、今日はご主人さまの所までもよろしくな」

と言ってみどりのバンダナをかぶったシャワーズの頭を撫でた。

店員が手をどけるとナミは一言

『ありがとう』

と言ってみた。

シャワーズの愛らしい鳴き声に、

店員はにっこりと笑顔になった。


店から出たナミはすぐに池の畔に行くと

『お待たせ。

 じゃぁエナナ帰ろう』

と伏せるようにして待っていたエナナに言った。

するとエナナは

『ちょっと待った。

 その前に寄りたい所があるんだが、

 これからいいかな?』

と立ち上がりながら行ってきた。

『一緒に?

 もちろんいいけど、どこ行くの?』

とナミは聞くと、

『行けば分かるよ。

 すぐ近くだよ』

とだけエナナは言うと池に背を向け、

森とは逆の方向に歩き出した。

ナミはその後をついて行くと、

フレンドリィショップの横をすり抜け町の反対側へと出ると、

道路へとエナナは歩みを進める。

するとその先に道の両側に立ち並んでいた木が

一部途切れている場所が見え、

黒いグラエナの姿がその中へと消えていった。

すぐにナミが追って入ると、エナナはすぐ向こうで、

その先を見据えた状態で立ち止まって待っていた。

その彼女の足元にはちょっとした段差、

その下には草むらが見えた。

『ナミさん、ここを覚えているかい?』

『もちろんよ。

 私たちが始めて会った場所だもの…』

眼下で朝の日差しが燦々と降り注ぐ草むらの、

一点を見つめながら尋ねたエナナに、

ナミも同じ場所を見ながら答えた。

この道路は、

昨日は親子3匹で通って帰り、

その前の日はこのすぐ近くで目を覚ましたこの道。

しかしそのずっと前、

ナミがまだポケモントレーナーになったがばかりのころ、

2匹のポケモンと出合った場所でもあった。

1匹目はこの道路をずっと次の町の近くまで

行った所で捕まえたキノココ。

今はキノガッサになり、

知り合いのトレーナーの所で

チャンピオンポケモンになったそうである。

そして2匹目はそれからしばらく経った後、

この草むらで出会った。

『あたしもはっきりと覚えているよ』

と言ったエナナが段差を飛び降りると

『ちょうどここだ。

 あたしはまだポチエナだった』

とポチエナの視点に合わせて、

頭を低く伏せた。

『そう。

 ポチエナのエナナがそこにいて、

 私がその前に飛び降りたの』

と言うとナミもその時の事を思い出しながら段差から飛ぶと、

エナナのすぐ前に後ろ足から着地した。

『そうだ。

 あたしは驚いて、

 思いっきり吠えた』

エナナは伏せたまま1歩退くと

「プシャー!」と威嚇した。

『そうそう。

 私もびっくりして、

 慌ててチャモちゃんを出したっけ。

 まだアチャモの』

そう言ってナミは人間だった時のように、

立ち上がってボールを投げる仕草をしようとした。

しかし2本足で立ち上がった途端フラフラと視界が揺れると、

ナミは地面に手を…前足をついてしまった。

『無理しなさんな。

 ちゃんと分かってるから』

座り込んだナミを見て、

エナナが起き上がって言う。

『うん、大丈夫。

 それでエナナとチャモちゃんのバトルになって…』

ナミはその黒い頭を見上げると

バトルの様子を頭に浮かべながら言った。

“ひっかく”や“なきごえ”で、いくらアチャモに攻撃させても

猛然と“とおぼえ”と“たいあたり”を仕掛けてくるポチエナ。

『…エナナすっごく強かった』

『そんなことないさ、
  
 あれはチャモがまだヒヨっ子だったからだよ。

 今のチャモたちや…

 いや、別れる前のナミさんにだって

 あん時のアタシじゃ全く敵わないよ』

とナミの言葉にエナナは苦笑いをした。

ナミは大きなヒレのついた首を振った。

『そんな、本当に強かったのよ。

 いくら攻撃しても向かってきて、

 全然追い払えなくて…』

そうやって闘ってるうちに、

だんだんとチャモに疲れが見えてきてナミは焦ってくると…

『それで思わず買ったばかりのモンスターボールを投げたら…』

『ほほぅ…』

ナミがそう言ったとき、

エナナが小さく声を上げた。

『あっ…』

苦笑から少し驚きに変わったエナナの顔を見て、

ナミは言葉が詰った。

そう、それが2人の出会い、

そして始まりだった。

ナミがボールを投げ、

エナナはその中に入り、

そしてエナナはナミのポケモンになった。

ポケモントレーナーが野生のポケモンを捕まえるという、

人間から見たらごく普通の行為。

しかしそれはポケモンから見たらどうか。

実際ナミも1度トレーナーに

捕獲されそうになったことがある。

あの時の恐怖は今でも忘れることができない。

しかしそれはナミ自身もやっていたこと。

自分はここでエナナを捕まえて自分のモノにした。

それはエナナから野生を、

それまでの生活や日常を奪ってしまったのではないか。

そう思うとナミは居たたまれなくなってくる。

そんなナミの様子にエナナは

『うぅむ…』

と小さく唸ると少し間をおいて、

『…遅くなったね。

 それじゃぁ帰ろうか』

と言って、

段差の上の道路に向かって歩き出す。

その声はとても穏やかでそして優しい。

それがナミにとってはとてもありがたかった。

少なくとも今エナナは自分を恨んだりはしていない。

それどころか自分のために情報を持ってきて、

一緒に旅までしようと言ってくれている。

その事をエナナにどう言えばいいかと思っていたが、

『ほら、ぼーっとしてないで。

 早く帰ってやらないと、

 ウチらの旦那さんの手当てはダレがしてあげるんだい』

少し先で振り向いたエナナのその言葉で、

ナミの頭に浮かんできたのは激しく闘う2匹の赤いポケモンの姿。

『あ、そうだった大変!

 ブースターって“ひんし”になっても闘おうとするから、

 早く行かないと』

はっとその事を思い出すと、

ナミは慌ててエナナに駆け寄った。

『いやいや、チャモのヤツ、
 
 熱くなってきっと炎ばっかり使ってるだろうから、

 今ごろ旦那さんの返り討ちにあってるさ』

『そんな、チャモちゃん格闘も持ってるから、

 ブースターもう今頃やられちゃってるわよ』

『何にしろ帰ったら分かるさ、

早く行こうじゃないか』

と喋りながらシャワーズとグラエナ、

2匹のポケモンは小走りで来た道を戻っていった。


つづく…


  [No.1668] 第2章 第4話・友の子 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:36:24   18clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

町を抜け、道の脇を通り、獣道を進み、

ナミとエナナは森の原っぱに帰ってきた。

そこに見えたのは

『パパぁ、パパぁ、大丈夫?』

『父さん、しっかりしろよぉ』

緑の草の上に重なって倒れている2匹のポケモンと、

そんな父親にすがりつく子供達の姿。

『引き分けね…』

『相打ちか…』

それを見た母親らはそうつぶやくと、

すぐに彼らに駆け寄った。

そしてナミはウエストポーチから買ったばかりの

“いいきずぐすり”を取り出すと、

2匹の傷ついた体にかけてあげた。

『サンキュー、ナミ』

『すみませんナミさん』

少し元気になったブースターとバシャーモはナミに礼を言うと、

『おまえのあの蹴り、利いたぜ。

 さすが格闘タイプだよな』

『そっちこそ、いろんな技を覚えてるじゃないか。

 おまけに炎は全然利かないし…』

と草の上に座ったまま互いの強さを認め合っている

…かと思いきや、

『でも、あそこでおれが当てていたら勝てたよな』

『何だと!それならオレこそ…』

とすぐにまたやり合いそうな雰囲気になっている。

しかしそんな2匹の前に黒い毛皮が近づくと

『止めんか!旅の前からナミさんに苦労かけてどうすんだい!』

とエナナは一喝。

そのグラエナの気迫に傷のまだ癒えない2匹は、

『はい…』
『はい…』

と小さく言ったきり一瞬で大人しくなった。

一仕事終えたエナナは『ふぅ』っと息をつくと

『どうだいナミさん。

 アイツを置いていったら毎日こんな感じだよ。

 どうするね?』

と後ろのシャワーズに困った顔を作って聞いた。

つられてナミも苦笑いすると

『そうね、連れて行くしかないみたいね』

と半ば諦めた感じで言い、一匹のポケモンに歩み寄った。

彼を連れて行くためには彼女にその事を言って、

納得してもらわなければいけない。

元気になったブースターの背中に嬉しそうにべったりとくっついている

茶色いそのポケモンにナミは近づくと、

『なっちゃん、あのね…』

とイーブイの目の高さにしゃがむと声をかけた。

いつもと違う母親の雰囲気に

『何なの?』という顔をしている娘にナミは

『ママとパパね、

 これからしばらく出かけなくちゃいけないの』

とゆっくりと話しかける。

『出かけるって、また町まで?』

『ううん、もうちょっと遠い所なんだけど…』

娘の問いかけにナミは曖昧な答えると、

イーブイの顔に息に不安が広がった。

『晩ごはんまでには戻ってくるんだよね』

『いいえ、もうちょっとかかるんだけど点』

『じゃぁ夜、寝るまでには帰ってくるよね』

『それは…』

歯切れの悪い母親の答えにイーブイは

『ねぇパパそうなんでしょ?』

今度は父親の顔を見上げて聞いた。

『う〜んと、行くのは海の向こうだからそうだな、

 行くだけで数日。

 それにもしかしたらママはもう…』

『ブースター!』

ナミの叫ぶような呼びかけにブースターがはっと娘を見ると、

イーブイのその茶色い目が潤んでいる。

『なっちゃん聞いて。

 ママたちちょっと遠いところにいるポケモンさんに

 会いに行かなくちゃいけないの。

 会って少しお話して、

 そしたらすぐに帰ってくるから、

 それまでここで待っていてほしいの』

ナミはすぐブースターの言葉を取り消すように言うと

『それならわたしも行く!

 だってこの前もわたし、

 ママのパパとママの所までいけたんだもん』

心配したとおりイーブイは一緒に行きたいと言い出した。

『それはダメ。

 もっと遠いところなのよ』

『もっと遠くたってわたし平気だよ!』

『行くのは海の向こうなのよ。

 そんな危ないところ連れて行けるわけないじゃない』

『大丈夫だって。

 お願い、置いてかないで!』

『でもなっちゃん、あのね…』

どうも今朝のブースターとの会話を

繰り返している感じになってしまった。

違うのは今度こそ本当に連れてはいけないこと。

やっぱりムリヤリ置いていくしかないのか。

そうナミが思った時、

『レナ、ちょっと来なさい』

と後ろで声がすると、

エナナがポチエナの子を連れて来た。

『なっちゃん。

 ほら、レナ君だよ』

グラエナは自分の子供をイーブイに見せると

『レナ君はね、

 ママたちが会いに行っている間ココに居るんだけどね、

 あたしが居ないと寂しいって言うんだよ』

と言う。

『え、そんなこと…』と言おうとしたポチエナの口を、

エナナは塞ぐように体を寄せると、

『だからね、

 代わりにだれかレナ君と一緒に居てほしいんだけどね。

 そうだねぇ、

 できれば同じくらいの年で、

 大きさも同じくらいの友達がいいんだけどねぇ…』

と言ってイーブイのことを見ながら言う。

そしてイーブイがグラエナの言っていることが分かったという顔をした瞬間、

『なっちゃん、やってもらえないかな』

エナナはすかさずそうお願いをする。

『え、でも…』

返事に困っているイーブイに

『どうしてもレナ君を一人にしておくのは、

 おばちゃんも心配なんだよ。

 仲のいいお友達が一緒なら嬉しいんだけどね』

と言ったエナナはさらにヒソヒソ声で

『それにだよ、

 パパもママが居ないってことは、

 1日中ずっとレナ君と一緒に

 遊んでいられるってことだよ』

と、ニッと笑みを見せて言った。

それでもイーブイがどう答えていいのか迷っていると

『あれ、それとももしかしてレナ君は嫌いかい?』

エナナが逆に聞いた。

『ううん、大好き!』

イーブイがしっぽを振って答えたのを見るとグラエナは

『レナもなっちゃんと遊びたいよね』

今度は自分の子に聞いた。

『うん!もちろん!』

ポチエナも元気に答える。

『よし、決まった。すぐに遊んであげなさい』

エナナは2匹の子供に言うと

『行こう、なっちゃん』

『うん!』

2匹のポケモンは原っぱに駆け出していった。


『ありがとうエナナ。

 本当に何から何まで…』

暖かい母親の目で見送るグラエナに、

ナミは申し訳ない気持ちでいっぱいで言った。

『いいんだよナミさん。

 私もあんな可愛い子達に

 寂しい思いなんかさせたくないんだよ』

そうエナナは原っぱを駆け回る

ポチエナとイーブイを見つめながら言うと、

『ほら、いまのうちだよ。

 早く帰ってあの子を安心させるためにも、

 すぐ出発しようじゃないか』

と促した。

『ええ、すぐに準備するから待ってて』

そういうとナミは早速旅支度を始めた。

傷薬やポケモン図鑑、

そしてビニールに入れたラムや食料用の木の実をポーチに入れ、

念のためにわざマシンも左端に入れてしっかりファスナーを閉めた。

そして帰ってきてから植える木の実を

袋に入れて洞穴の横に隠していると、

エナナがポケモンの食べる木の実の中でも

特に大きい実であるカイスを2つ採ってきた。

これは自分らが持っていくのだという。

いきなり指名されたブースターは初め渋っていたが、

『ブースターには大きすぎるのかもね』

とナミが言うと一変、

『な、平気に決まってるだろ!』

と言ってカイスを咥えて、

さっさと獣道の方に行ってしまった。

『ははは、やるねぇ。

 …おっと、大切なものを忘れてたよ』

一言でブースターを見事に操ったナミに

エナナは関心して笑ったエナナは、

洞穴から何かを咥えてきてナミが背負ったポーチの中に入れ

『よし、これで大丈夫だね。

 じゃぁ後は頼んだよ。

 目を離すんじゃないよ』

と子供たちを見守っているチャモに念を押すように言った。

『木の実は採ってすぐのを食べさせてね。

 よろしくお願いね』

頷いて答えるバシャーモにナミも言うと、

最後にポケモンの走り回る音のする原っぱの方に向かって

『じゃぁ、レナ君のことお願いね』

と呼びかけた。

『分かってる!

 いってらっしゃい!』

草の中から返ってきた元気な娘の声にナミはほっと胸を撫で下ろすと、

先に行ったブースターを追って獣道へとその一歩を踏み出した。


『…なぁ、別に重いから言うんじゃないけど、

 島までずっと咥えていくのかコレ』

『なに、海までだからもう少し辛抱しな。

 …こっちだよ』

文句を言うブースターをなだめながら

エナナの案内で暗い森から道路に出ると、

いつも行く町とは反対の方へ足を向けた。

しばらくして道路から下へと降りる大きな階段を1段1段下っていくと、

そこには大きな砂浜が、

その先にはもっと大きな青い海が広がっていた。

遠くで走り回って砂浜に足跡を付けている子供や

静かに糸を垂らしている釣り人も姿が見える。

ナミたちは彼らに気づかれないようにそっと波打ち際まで来ると、

カイスの実を砂の上に下ろしたエナナが海を指した。

『見えるかい。

 あそこに茶色い岩があって、
 
 その先には灰色の岩が並んでいて

 また茶色の岩がある。

 オオスバメの話だと、

 それが例のポケモンのいる島まで

 一直線に続いているそうだ』

『じゃぁ、その岩伝いにいけば、

 その島まで行けるのね』

ナミも海から突き出す岩を見て言った。

大きく上下する波の間から見え隠れする岩の列の先、

目をじっとこらしても見えるのは遠くの岩の頭だけ。

しかしこれから島は到底見えそうにない。

これはかなりの長旅になりそうであった。

やはり2匹も背負って海を渡るのはとても危険である。

行き方も分かったし、

エナナ達には戻ってもらおうとナミが思った時であった。

『ちょっと、エナナさんよぉ』

自分ではなく、

後ろにいるブースターがエナナに声をかけた。

『とりあえずコレはどうするんだよ。

 ここまで持って来たけど、

 まさかもう食べるつもりなのか?』

とカイスを突付きながら言った。

『もちろん持っていくさ。

 大事な食料なんだから』

さらっと言うエナナに

『え、でもそんな大きなの咥えたままじゃ危ないわよ』

ナミも慌てて指摘した。

『…オイオイ、

 ナミさんまですっかり野生のポケモンだねぇ。

 忘れちゃ困るよ。

 あたしたちはナミさんのポケモンだということを』

そう言うとエナナはナミのポーチに口を突っ込むと、

出発するときに入れたものを1個ずつ出した。

『あ、それって…』

目の前に置かれた赤と白の2色のボールに

ナミははっとして言った。

『そうだよ。

 あたしたちがこれに入れば、

 ナミさんだって重くなくていいだろ』

とエナナは自分のボールに前足を置いて言った。

トレーナーが自分のポケモンを入れておくためのボール、

それがモンスターボールである。

『しっかりしておくれよ。

 2匹重ねて背負ってくつもりだったのかい。

 せっかくこういう便利なものがあるんだから使わないとだね』

確かにエナナの言うとおり、

これは使わないという手はなかった。

しかし、

『ちょっと、

 ポケモンになってからは何だか使いづらくてね…』

とナミは苦笑いしながら言った。

シャワーズになって以来、

どうもこのポケモンを中に入れるボールは苦手であった。

それ以来使う必要もなくなったので、

ずっと木の洞穴の奥に隠すようにしまってあったのだ。

しかし今日はそんなことよりも、

できるだけ安全に島へ渡るのが何よりも重要である。

『それじゃぁ、久しぶりにお願いするよ』

エナナはそう言ってカイスの実を咥える。

ポケモンが何か持っていれば、

1つだけなら一緒に入れることができる。

ナミは2つのボールのボタンを押して一回り大きくすると、

『じゃぁ、いくわよ』

というナミの言葉に頷いて答えるエナナにボールを向けた。

その瞬間、ボールから赤い光線が飛び出しエナナへと伸びると、

黒いグラエナの体を咥えている実もろとも真っ赤に染めた。

グラエナの輪郭がゆらゆらと揺れたかと思うと次の瞬間、

赤い光の塊となって大きな音とともに

ボールの中に吸い込まれていく。

そして全ての光が入ると蓋が閉まり、

元の静寂の戻った砂浜には小さなボールだけが残った。

『エナナ、聞こえる?』

とナミはボールに心配そうに呼びかけてみると

『(ああ、聞こえるよナミさん。

 懐かしいねこの感覚。

 久しぶりにゆっくりさせてもらうよ)』

中からエナナの声が聞こえた。

普段と変わりないエナナの声にナミはほっとすると、

『じゃぁ、次はあなた。

 準備して』

と、もう一つのボールを用意した。

『よっと、早くしてくれよ』

カイスの実を持ち上げてそう急かすブースターに

ナミはボールを向けると、

ボールから出た赤い光がブースターをより赤く染め上げる。

そして赤一色の光となったブースターは勢いよくボールの中に飛び込み、

ボールを何度か横に揺らした後やっと静かになった。

『(やっと入ったようだね。

 それじゃぁナミさん、

 よろしくお願いするよ)』

『(た、頼むから途中で置いていったりしないでくれよ)』

2つのモンスターボールからの声に、

『ええ、任せて。

 じゃぁ行くわよ』

ナミは気合を入れて答えると、

ウエストポーチの止め具にしっかりとボールを取り付け、

寄せては引く波へと向かっていった。


つづく…


  [No.1669] 第2章 第5話・朝の風 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:37:47   23clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

波打ち際に入るとナミはすぐ

“なみのり”を使った。

バトルでは波を起こして闘う技だが、

水の上で使うとは波の力を利用して、

人を乗せてでも楽々進むことが出来るようになる。

上下にうねる海の上に浮かんだまま、

ナミは水の中のしっぽを小刻みに動かして泳ぎ始めた。

陸を離れると今度は“とける”を使い、

水に姿を溶けこませた。

これも普段はバトルで攻撃を和らげる為に使う技だが、

この姿だと空の上からも水の中からも

そこにポケモンがいるとは分かりにくい。

これでトレーナーに見つかったり、

野生ポケモン達にバトルを挑まれたりせずに済む。

ただ波間に漂うくらげポケモンの目には、

海面にウエストポーチが

シャワーズの形に盛り上がった波の上に浮かんでいる

…そんな奇妙な形に映ったのだろう。

たまに興味ありげに近づいて来てしまうのがいた。

しかしその時はボールの中からエナナの威嚇が。

突然響くその声に彼らは皆飛び上がり、

一目散に逃げていくのであった。


青い空の下、

島へと続く岩伝いに海の上を泳ぎ続けた。

潜ればもっと速く泳げるのだろうが、

背中には道具の入ったポーチが、

そしてベルトには2個のモンスターボールがついている。

大事な食糧である木の実、

ましてや炎タイプのブースターを

ずっと水の中にというのは気が引ける。

それに海の水は、湖とは違いとても荒々しい。

海の上では波が上下するだけでも、

その下では川よりも激しい海流が渦巻いているはず。

それに流されてしまったら…

それこそ一巻の終わりである。

降り注ぐ熱い日の光も、

“とける”で透き通らせた体で何とか和らげながら、

ナミはひたすら島を目指して泳ぎ続けた。


船や鳥ポケモンだとそれほど掛らない距離でも、

シャワーズが浮かびながら進む速度ではやはり遠い。

初めは高かった日も、

どんどん西の空に傾いていき、

ついに水平線を真っ赤に染め始めた。

ナミは連なる小さな島のどこかで、

今日は休むことにした。

人が居ない砂浜に囲まれた島を選んであがってみると、

その中央には木が生えている。

これは潮が満ちても島が沈んでしまわないということ。

ここならブースターでも安心して寝ることができる、

そう思ってナミが海の方を振り返ると、

夕焼けを受け真っ赤に染まった大きな島が見えた。

海上に並んでいる岩の先、

大きな山にいくつか見える人家の光。

それこそがナミの目指している島に間違いなかった。

距離にしてあと少し、

しかし今日はもう太陽が半分沈んでしまっている。

それに昼間からずっと泳いでいて体はもうヘトヘト、

おまけに背中は日差しで焼かれて“やけど”状態である。

『今日はここでまでね。

 ゆっくり休んで、

 明日の朝また出発しよう』

ナミはそう決めると木の下でウエストポーチを下ろし、

モンスターボールからブースターとエナナを出してあげた。

『1日ご苦労さん。

 くたびれただろう、

 これを食べなさい』

エナナは出てくるなり、

持っていたカイスの実を置くとナミに差し出した。

『ええ、ありがとうエナナ』

ナミは苦笑して言うと、

目の前の実を早速かじってみた。

カイスの甘さが疲れた体にはちょうど良かった。

ナミは大きなカイスを食べていると

『ええ!?オレたちは2匹で1つかよ』

『そうだよ。

 ずっとボールの中にいたんだからこれで十分だろ』

隣では1つの実を挟んで

ブースターがエナナに文句を言っていた。

『あ、良かったらこっちのも分けてあげる』

ナミはそう言って、

幾分食べた実を差し出そうとしたが

『いいよ、

 ナミさんは1日中泳いでいたんだから。

 それに明日もあるんだ、

 それぐらい食べておかないと。

 ずっと寝ていた誰かさんとは違うんだからね』

エナナはそう言って隣で、

カイスの実に噛り付いているポケモンを見て言った。

『だ、だれが寝てたっていうんだよ!』

エナナの言葉にブースターは

カイスの中から顔を出して反論すると、

『じゃぁ、

 あたしが威嚇している間、

 やけに静かだったけど、

 何してたんだい?』

エナナの言葉にブースターは一瞬言葉に詰った後、

『…いつでも闘えるように、

 待ってたんだよ。

 …心配だったし』

と小さく絞り出すように言った。

『炎タイプで何ができるってんだい。

 水が怖くて尻込みしてた

 …そんな所だろうに』

というエナナにむくれるブースターに

『ふふふ、ありがとう』

ナミは笑って言った。

おおよそはエナナの言う通りだろうが、

それでもナミはブースターの言葉がとても嬉しかった。

見ると彼の口元にカイスの実のカケラが付いている。

お礼にそばに行って舐め取ってあげようか、

そう思って腰をあげようとしたが、

『う!痛ぁ〜い…』

背中に走った激痛に、

声を上げてしまった。

『あぁ、こりゃいかん。

 ナミさん、チーゴの実は持ってきたかい?』

その様子にエナナは急いで

ウエストポーチを咥えてナミの前に置くと、

『ラ、ラムの実があるわ。

 眠って治そうと思ったんだけど、

 今すぐ治した方が良さそうね』

ナミはその中からラムの実を1つ取り出した。

ラムの実はポケモンの体のどんな異常でも治す事ができる。

ナミが食べ終わると

背中のやけどもあっという間に治っていった。

『ふぅ、これでもう大丈夫』

ナミは立ち上がって言うと、

『あ、そうだ、

 ブースター。

 これ食べていいわよ。

 ラムでお腹いっぱいになったし』

と半分残ったカイスを差し出した。

それを聞いたブースターはぱっと笑顔になると

『おお、いいのか。

 サンキュー、ナミ』

と飛びつくように食べ始めた。

『どうやら、

 彼にとってはこっちの方が嬉しいみたいだね』

エナナの言葉に、

ナミはまた苦笑いするしかなかった。


その晩、ナミはエナナの

『ブースターと交代で見張りをするから、

 ゆっくり寝ていてくれ』

という言葉に甘えて休ませてもらった。

そしてぐっすり眠った翌朝早く、

ヒュッと吹いた潮風に目が覚めた。

起き上がってみると白々と明けつつある空の下、

エナナが砂浜に座り文字通り目を光らせて

辺りを見張っていた。

『エナナ、おはよう』

ナミも浜辺に出て声をかけると

『ああ、おはようさん。

 もういいのかい?

 体の具合は大丈夫かい?』

エナナは心配そうに聞いてきた。

『ええ、大丈夫。

 ブースターは?』

『アイツならねぇ。

 …ほら、見張りの時に掘り当てたのを飲んで眠っちまったよ』

見るとドリンク剤のビンを抱えて

気持ち良さそうに寝ているブースターがいた。

『ゴメンねエナナ、

 ずっと起きていたんでしょ?』

ナミは自分の夫の事を謝ると、

エナナ隣に座った。

2匹の目の前、

海の向こうに広がる東の空は、

白々と明けつつあった。

『大丈夫さナミさん。

 昼間はボールの中でゆっくりさせてもらったんだ。

 これくらい平気だよ』

エナナはその空の方から吹いてくる潮風に、

黒い毛並みを気持ち良さそうになびかせながら笑った。

ナミは一瞬間をおくと、

『ねぇ、エナナ。

 そのボールなんだけど、

 本当に居心地いいの?』

思い切って聞いてみた。

『ボール?

 ああ、あの中かね。

 ナミさんは入ったことないのかい?』

ナミの問いのエナナは逆に聞くと

『ええ、ちょっと怖くてね…』

ナミは少し声を落として答えた。

『怖いか…

 まぁ、ナミさんは実際に

 怖い思いもしているからねぇ』

エナナも思い出して言う。

エナナと分かれる前、

ナミはトレーナーに捕まりかけたのであった。

実際は最初から捕まる心配もなかったのであったが、

自分を捕獲する為に投げられたボールが近づいてくる、

その光景は今思い出してもやっぱり怖い。

『それで、どんな感じなの?』

ナミは改めて、

自分の知らない世界のことを聞いてみた

『ああ、とても居心地はいいよ。

 体が無いからとっても楽だし』

『ええっ!体が無いの!?』

トレーナーが当たり前のように使っているモンスターボール。

その予期せぬ事実にナミは度肝を抜かれた。

『そうだよ。

 体があったら、

 あんなちっこい玉の中に

 入れるわけがないだろう。

 あんた達トレーナーだって、

 どんなにでかくて重いヤツだろうと

 軽々と運んでいるじゃないか』

とエナナは何というわけでもなくさらっと言うが、

『で、でも、

 体が無いって…

 どういうことなの?
 
 まさかその、

 魂だけにしちゃうとか?』

ナミにとっては信じられない話である。

『そうじゃないよ。

 この中でもちゃんと足は4つあるし。

 そうだねぇ、

 感じとしてはタマゴの中にいた時が一番近いかな。

 難しいことを言う人間は電気のシンゴウがどうとか…

 あぁ、寝ている時に自分の体から

 抜けちまう事がたまにあっるってヤツは、

 その時にそっくりだとかとかも…』

とエナナは色々と考えながら説明している。

やはりポケモン自身にとっても、

よくは分からないようだ。

『とにかく、

 体が無いからケガしていても痛くない、

 腹も減らないし歳も取らない。

 ただ、ずっと同じだから体力が回復しないのが欠点かねぇ』

『年もって、じゃぁずっと入っていても平気なの?』

『何にしろ限度ってもんはあるがね。

 何十年もずっと忘れられていて、

 意識の方が先にぽっくり逝っちまったヤツがいるって噂は聞くし、

 逆に昔の勇者とやらが入れたポケモンが

 何百年もして出てきたって話も聞くし…

 普通ならを燃えるように一夏を生きる虫ポケモンが

 何年もずっと一緒に居られるのもコレのお陰だね』

『それじゃぁ、

 ボールに入ることって、

 ポケモンにとって悪い事って訳じゃないのね』

『そうだねぇ。

 まぁソイツ次第ってことはあるけどね。

 トレーナーのになってもずっと外に居たいってヤツも中にはいるし、

 一生野生で居たいってヤツも、

 もちろんいるからね』

というエナナの言葉に、

『それでその、

 エナナは…、エナナは…』

ナミは昨日思ったことを聞こうとした。

この機会を逃したらもう二度と聞くことは出来ないだろう。

だけど、どんな答えが返ってくるか、

正直とても怖い。

ナミが言葉に詰まっているとしていると、

『何だよナミさん怖い顔で。

 言ってみなさい』

グラエナの笑った目が後押ししてくれた。

『私、エナナをこのボールで捕まえて…』

とナミが言うと、

それで察したエナナは

『何だいそのことか。

 ナミさんのポケモンになれて、

 良かったと思う。

 …いや、良かったんだよ、あたしは』

今度は顔全体で笑ってそう言った。

『本当?

 本当にそう思うの?』

ナミの顔も明るくなった。

『ああ、そうだよ。

 あたしはナミさんのポケモンでよかったと思うよ。

 もちろん、

 人間だったときのナミさんのポケモンとしてもね。

 だってずっと一緒にいたじゃないか』

『でも、それはご飯をもらうためとか、

 もう逃げられないからとかかもしれないし』

ナミがそう言うとエナナは苦笑して

『ああ、チャモに言わせたあのセリフかい。

 まぁ、そう言うヤツも確かにいるけどね。

 あたしは良かったと思うよ。

 ナミさんで間違いなかったってね』

とナミを見て言う。

『間違いなかったって?』

ナミは聞くと、

『人間はこれも知らなかったんだね。

 トレーナーがポケモンを捕まえようとしているとき、

 ポケモンもそのトレーナーのポケモンと闘って、

 トレーナーのことを品定めしているんだよ』

エナナの口からまた新しいことを聞くことが出来た。

『へえ、

 ポケモンがトレーナーのことを』

『ああそうだよ。

 そしてこのトレーナーなら…

 となればボールの中に入るんだよ』

『もし違う時は?』

『そのときは、

 やられた“フリ”をして逃げればいいだけだよ。

 だから網とか罠とかで無理矢理捕まえる人間は、

 あたしは許せないね』

エナナはそういう。

確かにポケモンの方でも選んでいるとしたら、

トレーナーとはある意味対等な関係かもしれない

『でも、でも、

 それまでは野生で生活してたんでしょ?

 それまで一緒にいた家族とか仲間とかとは

 別れることになったんでしょ?

 それでも良かったの?』

『うーん、そうだねぇ、

 それは難しい話だねぇ』

ナミの質問にエナナは少し考える。

『あたしの場合について話そうか。

 あの時、私は数あるポチエナの群れの1つにいた。

 まぁ、群れと言っても数匹の気の合うヤツらが

 集まっただけのモンだがね。

 その中の1匹と好き同士になり、

 息子をもうけた』

『え、じゃぁ、チャモちゃんとは再婚?』

『私だって、

 この年まで何もしてない訳じゃないさ。

 チャモが何匹目の相手かすらも忘れちまったよ』

『え、はぁ、そうなんだ…』

爆弾発言をさらっと言うエナナ。

こういう時は改めて生きる尺度の違いという物を感じざるをえない。

『それで、

 私はその子に早く一人前のポチエナになってほしかった。

 将来なるだけ苦労はして欲しくは無いからね。

 出来る限り多くの事を教えようと必死だった。

 だがその子無事に大きくなってきた頃、

 群れでケンカがあった。

 原因は本当につまらないものだよ。

 でもそれで群れは解散。

 その時私はあの子を連れて行こうとしたが、

 だがあの子は父親の方について行ったのさ』

『でも、それって親離れってことじゃ…』

エナナの言葉に、

ナミはそう指摘した。

ポケモンの子供が自ら母親から離れていくのも自然の摂理、

それはナミも身をもって体験していた。

『分かってるよ。

 大きくなるまでが母親の役目だってことは分かっている。

 ヤイヤイ言うアタシなんかより、

 自由にさせてくれる父親の方がいいっていうのも分かる。

 …でも頭ではそうだと分かってはいても、

 気持ちはどうにもならなくてねぇ。

 悔しくてもう何もかもどうでも良くなって、

 意味も無く暴れて走って…

 気がついたら一人っきりになっていた。

 …あの草むらでね』

『じゃあその時私が?』

ナミが聞くと、

『そうだよナミさん』

グラエナはゆっくり頷く。

『あの時のあたしにとっては、

 初めて間近に見る人間だった』

『私が初めてだったの?』

『そうさ。

 何であの時あそこに居たか、

 全く不思議なもんだよ』

そうエナナは笑いながら首をかしげる。

ナミがそのエナナの様子に

『それは夢中で走って、

 たまたま出ちゃったんじゃ…』

と言うと、

エナナは前足を振りながら

『いや、そうじゃない。

 そもそもあんな人間が来るような所に

 出てきていたこと自体おかしいんだ。

 野生でいたいと思っているポケモンは、

 絶対にトレーナーと出会ってしまう場所には行かないものさ。

 あたしもそうだったはずなんだが…、

 ホント、

 何でそこに行ったかは今でも分からないんだよね』

そう言って苦笑した。

『でも、エナナがそうしたからこそ、

 私たちは出会えたのよね。

 不思議な縁ね』

ナミは何だかボーっとした気持ちでグラエナの苦笑いを見つめた。

あの時、

成り行きで捕まえたポチエナがグラエナとなり、

シャワーズとなった自分と旅をしている。

そんな不思議なこの時に、

ナミは夢うつつのような気持ちでエナナの話を聞いていたが、

『全くその通りだね。

 あたしがそこに居て、

 ナミさんがその上から飛び降りた。

 本当に、
 
 それが自然な流れだったとしか言いようが無いことだね』

『…自然な流れ?』

突然の理解できない言葉に、

ナミは気持ちを持ち直して聞き返した。

シャワーズになって以来、

他のポケモンの鳴き声が言葉として理解できる。

今もグラエナのエナナと話が出来るのもそのおかげである。

そしてその言葉は大体理解できるが、

たまにそうでない言葉が出てくるのである。

『自然な流れさ。

 そうだねぇ、

 水が低いところに流れることとか、

 毎日、日が昇って沈むこととか、

 一番簡単な事だとそういう感じだね』

エナナは海の向こう、

すっかり明るくなっている空を眺めながら言う。

『病気になって死んでしまう事がある、

 それも自然な流れ。

 悪いヤツに捕まってヒドイ目に会ってしまう、
 
 それも自然な流れ。

 いいヤツと会ったけど何かの理由で

 別れなければならないのも自然な流れ。

 ちょっとした気まぐれだって、

 何となく選んだ事だって全部が自然な流れ。

 …そしてあの日あの時あたしがナミさんと出会えた、

 それも自然な流れだったってことだよ』

グラエナが今はシャワーズである自分のトレーナーに言う。

『じゃぁ、私がシャワーズになったってのも、

 自然な流れってこと?』

『そうかもしれない。

 そして今、

 戻れるかもとこうして一緒に旅をしている。

 これも自然な流れだよ』

エナナがそう言った時、

海の向こうから眩い光が射し込んできた。

見ると水平線の向こうから真っ赤な太陽が

頭を覗かせえていた。

日の出である。

『…眩しい

 …きれい』

ずっと森で暮らしていたナミが、

初めて見る水平線からの太陽の輝きに目を細めていると、

『そうだね、ナミさん』

エナナも朝日を見つめながら

『…確かにトレーナーのポケモンになって

 失うものが無いわけでは無い。

 だがそうなる事でアタシ達ポケモンは、

 それに比べて有り余ほどの物を

 手に入れることができるんだよ。

 こうやって心静かに

 朝日を眺められるのもそのひとつさ。

 そしてあんた達トレーナーが

 ポケモンを必要にしているように、

 ポケモン達もトレーナーを必要としている。

 人間に戻ってもこれだけは覚えておいておくれ

 ナミさん』

そう言いい、

また黒い毛並みを潮風に気持ち良さそうになびかせていた。


 つづく…


  [No.1670] 第2章 第6話・己の役 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:38:49   20clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

顔を出した朝日のもと、

木のみを分け合って食べたエナナと

眠ったままのブースターをボールに入れると、

ナミはまた荷物を背負って海へ入った。

今日も海の水は荒々しかったが目指す島はもう目の前、

日が昇りきる前にナミは島の浜辺にたどり着くことが出来た。

『お疲れさん、

 体の方は大丈夫か?』

浜の上でボールから出るなりエナナはナミに聞いたが

『ええ、平気。

 早速行きましょう』

このぐらいの距離なら

シャワーズにとっては海の散歩に近い。

休む必要もなかった。

『なら、ここからはアタシの出番だ』

そう言うと渡りの鳥ポケモンから聞いたという

洞窟のある山に向かってエナナを先頭に歩き出した。

『といっても、

 鳥ポケモンは空に向かって開いた穴から入るらしい。

 アタシらじゃそこまでは登れないというから、

 別の入り口からだね』

そう言い一度町のある側に回ると、

そこには人間の作ったトンネルが。

『アタシ達は、

 ここから入るのが一番いいだろうとのことだ』

そう言うエナナを先頭に、

3匹は洞窟の中へと入って行った。


『来たようだな…』

ちょうどその時、

洞窟の奥で1匹のポケモンがつぶやいた。

そのポケモンが瞑想すると、

3匹の陸上ポケモンが洞窟の中を歩いているのが見えた。

今、洞窟の住人であるズバットに木の実を渡し、

道案内を頼んでいるようだ。

『来たって、

 例の鳥ポケモンが言ってたヤツですかい?

 エラー様』

その様子に、

すぐ近くに居た同族進化前のポケモンが訊ねた。

『そのようだ。

 人間の道具を身に着けている者がおる。

 彼女がそうなのであろう』

頭の中に浮かぶ映像を見ながら、

エラー様と呼ばれたそのポケモンは座ったまま言う。

『へぇ、本当に居たのかよ。

 で、どうします?

 俺がひっ捕まえてきましょうか?』

進化前のポケモンがそう聞くと、

『いや、まずは彼女らの事をもっと知りたい。

 ちょっと彼らに手伝ってもらおう』

進化後の方はそう言うと

『“君達、すぐにワタシの所へ来てくれ”』

とテレパシーを使い、

洞窟に住むポケモンを呼ぶと、

すぐに3匹のポケモンが彼の前に集まってきた。

『ご苦労。

 君達に今洞窟に入ったポケモンとバトルして欲しいのだ』

座ったままのポケモンはそう言うと

『まず君。

 君は赤く炎を蓄えるポケモンと闘ってほしい』

1匹目のポケモンに呼び出したポケモンは言うと、

『了解ー』

そのポケモンはずっとある方向を見たまま片手を上げて返事した。

『そして君には、

 真っ黒な毛皮を羽織ったポケモンの相手だ』

2匹目のポケモンはそう指示されると

『ウイイイーーーーーー!

 了解しやした!』

そのポケモンは目をキラッと光らせて答えた。

『そして最後は君。

 君には水色の大きなしっぽを持つポケモンの相手をしてほしい』

3匹目のポケモンはそう言われると

『はぁい、分かりましたぁ。

 クスクスクス…』

両手を口に当てて笑った。

『んじゃぁ、コイツらを送ってくぜ』

そういうとそのポケモンは3匹の方に近づくと、

シュンッ!!

一瞬にしてその姿を消したのであった。


『随分深いのね』

もう何度目か分からないハシゴを、

ゆっくり後ろ足から降りながらナミはつぶやいた。

何層にもなっている洞窟は人の手が入っており、

はしごがあるなどある程度進みやすいが

やはり奥へ行くと真っ暗である。

『ブースター、ひのこ』

ナミは地面に下りると、

ボールに入れていた2匹をまた外に出した。

フラッシュの代わりにブースターのひのこで

辺りを照らしながらまた歩き出す。

そうこうしながらも

洞窟を奥へと進んでいる時であった。

『キーッ!

 ココは床がヒビ割れてるから気を付けな』

ナミからもらった木の実を持ちながら

飛んでいるズバットが言った瞬間、

フワッ…

突然体が浮かび上がったのをナミは感じた。

『え、何これ!?』

そう思い周りを見ると、

『うわぁぁぁ!』

ブースターも同じようで宙で足をジタバタさせている。

『これは、ねんりきか?』

地面の上で見上げたエナナがそう言って駆け寄って来た。

その直後、

『きゃっ!』

急に体を持ち上げていた力が無くなると

ドスンッ!!

ナミとブースターはエナナの足元に落ちた。

そして

ドゴッ、ガラガラガラ…

元々もろかった床が崩れ、

『何、どうなって…』
『わっ、誰かがねんりきで…』
『うわぁぁぁぁぁ!』

驚くズバットの前で3匹は、

さらに暗い地下へと吸い込まれていった。


パラパラ…

いったいどのくらい転がり落ちたのだろうか

『ううっ、みんな大丈夫?』

ナミは辺りの様子が落ち着いたところで声をかけた。

『なんなんだよ、今のは!』

まずいつも通りのブースターの声が聞こえた。

『エナナは?』

その様子に、

エナナも大丈夫だろうとナミは思い聞いてみたが

『いったい…、ここはどこなんだい?』

『え?』

予想とは違った答えに、

ナミは起き上がって周りを見渡した。

確かにそこは洞窟の中、

さっきまで居た層よりさらに深い場所なのだろう。

しかし、さっきまで真っ暗だったのとは違い、

そこはうっすらと灯りがあった。

目が慣れてくると、

次第に洞窟全体が見えてきた。

落ちる前の進んでいた道のような洞窟と違い、

大きな広場のような空間。

床は平らなのは歩きやすいが、

いったいどちらに進めばいいのか。

『どうしよう…

 誰かー!居ませんかー?』

ナミは叫ぶように呼びかけてみたが、

シャワーズの鳴き声が反響するだけで、

返事が返ってくる様子はない。

あのズバットも来られなかったようである。

『うーん、どうしよう。

 私たちで探すしかないのかも』

そう言って振り向いた時だった。

『あんたら、どこから来たんだ』

一瞬、洞窟のポケモンが言ったのかと思ったが、

その声はエナナのものであった。

警戒しているエナナの視線の先を見ると、

数匹のポケモンの姿が。

『え、いつの間に…』

間違いなくほんの数秒前、

ナミが辺りを見渡した時には居なかったはずであった。

ナミがそれを聞こうとしたが、

『出て行け。すぐに帰れ』

その間もなくその中の1匹、

岩の塊のようなポケモンが言った。

『あんたは確かノズパスっていう…

 勝手にここに入ったのは謝ります!

 私たちこの洞窟に居る、

 何でも知っているっていうポケモンに会いたいんです!』

ナミはそのポケモンに頼んだが

『ウィィ!

 いやダメだ、俺たちが会わせなイ!』

隣に居た黒くて目が宝石のようなポケモン、

ヤミラミがすかさず言ってきた。

『…てぇことは、

 オマエらを倒せば会せてもらえるってことか?』

その言葉にケンカっ早いブースターが食って掛かった。

『ちょっと、ブースター』

ナミは訳を聞こうとしたが、

『まぁ、そういう事だ。君の相手はワタシだ』

『おうよ!硬そうだからって舐めてんじゃねぇぞ!』

相性の悪いはずのノズパスの誘いに

ブースターは見事に勇んで行ってしまう。

もう止めるどころか口を挟むヒマすら無かった。

『ちょっと、

 色々と聞こうと思ってたのに…』

それでもナミは何とかして止めようとしたが

『まぁ、いいんでないかい?

 勝てば会わせて貰えるようだし』

エナナがナミの前に身を乗り出すようにして言う。

『ウィッ!そういう事ダ。

 物分かりがいいな、おばちゃン!』

その後ろからヤミラミが言う。

最後の一言は明らかな挑発であったが

『…なるほど、あたしの相手はあんたか』

普段は大人しいエナナが

いとも簡単にその挑発に乗ってしまう。

これも好戦的なポケモンの本能なのだろうか。

あっけに取られているナミの前で、

2匹もあっという間にバトルを始めてしまった。

『ウイィィ!
 
 まぁ“あくタイプ”同士、

 よろしく頼むゾ』

『なるほどそうか…

 ならば小細工は無用だな』

戸惑うナミの前でエナナはそう言うとヤミラミに突進し、

ドカッ!!

『ウヒィィィッ!』

宝石の光るその体を、

いとも簡単に吹っ飛ばした。

少なくともこちらは大丈夫そうである。

『…だったら、

 やっぱり不利な岩タイプと闘ってるブースターを

 水タイプの私が…』

そう思ったナミが動こうとした瞬間であった。

『お姉ちゃん!!』

突然幼い男の子のような声に呼び止められた。

振り向くと、

ヤミラミよりさらに小さいポケモンがそこに居た。

大きなポニーテイルのような頭をしている。

『あなた…、はがねタイプね…』

そのポケモンの、

冷たく鼻を突く匂いにナミはピンときて言った。

確かに何か見覚えがある姿をしているが、

こんな小さなはがねタイプのポケモンなんていただろうか。

『えええっ!

 分かっちゃうの?

 ボクお姉ちゃんと闘えって命令されたんだけど…』

そう言うそのポケモンの声には元気がない。

どうもバトルをしたいという感じではなさそうである。

『でもお姉ちゃん水タイプでしょ?

 ボク泳げないし、

 錆びちゃうから水はキライなのに…

 ううっ、闘いたくないよ

 …うえぇぇぇぇん!!』

と、そのポケモンは突然泣き出してしまった。

『ちょ、ちょっと大丈夫?

 いいのよ、別に私も闘う為に来たわけじゃないし。

 だから泣かないで…』

そう言って、

ナミが戸惑いながらそのポケモンに近づいた時だった。

ガバッ!!

そのポケモンの後ろから真っ黒な影が飛び出すと、

『えっ、きゃぁ!!』

それはナミの体を挟み込みこんだ。

『クスクス…

 ごめんねお姉ちゃん。

 ボクは闘いたくなくても、

 ボクのアゴはバトルしたいみたいなの』

そのキバの根本でさっきまで大泣きしていたポケモンが

口を押えて笑っている。

『このキバは…クチート!』

自分を押さえ込んでいる口を見て、

ナミは思い出した。

あざむきポケモン、クチート。

愛嬌たっぷりの仕草で相手を油断させ、

そこを大アゴでかみつくというポケモン。

ただ仕草だけではなく、

“言葉”でも騙しているのは、

どんなポケモン学者も知らない新事実だろう。

『痛い!放して!!』

ブシュッ!!

そのクチートのキバの中に“みずでっぽう”を吹き付け、

ナミはそこから何とか逃れた。

しかし、小さいクチートにしては思った以上にダメージが大きい。

『うわぁ!

 ごほごほっ、

 お姉ちゃんヒドイ…』

ナミを吐き出したクチートはそう言ってまた涙を浮かべる。

それはもうクチートの騙しのテクニックだと分かっているのに

『うっ!何で可哀想だって』

なぜかナミの心にまだ響いてくる。

これは相手の容姿のせいだけではない。

『これは“わざ”?』

確かポケモンのわざの中に“うそなき”というもの、

相手の特殊攻撃への耐性を大きく下げる技があったはずである。

それを相手が使っているとなると、

今の自分の反応や体へのダメージも納得がいく。

しかもそれをまた受けてしまった。

『どうしよう。

 早くブースターの手助けに行きたいのに』

そう思った時だった。

ズサァ!!

ナミの横でポケモンの倒れる大きな音がした。

ブースターがもう負けてしまったのかと思ったが、

振り向くと毛皮が黒い。

『え、エナナ?』

完全にバトルのペースを握っていたはずのエナナであった。

ブースターはその奥で、

中々ダメージを与えられない相手にムキになって暴れている。

『はぁ、はぁ、

 まだ大丈夫だ。

 まったく何てしぶといヤツだ』

思わず駆け寄ったナミに、

エナナは肩で息をしながらそう言って立ち上がる。

『ウィィ!

 もう終わりカ?

 やっぱ年カ?』

息絶え絶えなエナナに対し、

その視線の先に要るヤミラミは余裕の笑みを浮かべる。

『そんな、最初にあんなに簡単に飛ばせてたのに…』

どう見てもおかしい、

こっちは何発も技が決まっているはずなのに、

なぜエナナが疲れ、ヤミラミが涼しい顔なのか。

『舐めんじゃないよ!

 まだこれからだ!』

エナナはそう言うと、

またヤミラミに“たいあたり”する。

『ヒィィィッ!』

そしてヤミラミが飛ばされる。

さっきから何度か見た光景であったが、

『えっ、今ヤミラミの体が…』

ナミはその時ヤミラミの黒い体が一瞬透け、

エナナの体と重なるのが見えた。

もしかして、これは…

『エナナ、とっしん!』

その瞬間、

ナミはとっさにエナナに向かって言った。

『ナミさん?

 それはさっきからやってるんだが…』

『いいから、とっしん!』

突然の指示にエナナは戸惑って聞いたが、

ナミは同じ言葉を繰り返した。

『ナミさんがそう言うのなら

 …せいやぁ!』

エナナはすぐに“とっしん”攻撃を繰り出し、

そしてまたヤミラミが軽々と飛んでいく。

『こうやってヤツは簡単に吹っ飛ぶんだが、

 何事もなかったように立って…』

エナナは宙を舞った後、

何事も無かったように着地した相手を見て言おうとしたが、

『そうじゃなくてエナナ、

 技の反動は?』

『…そういや、全然無いねぇ』

ナミの指摘を聞いて、

エナナもハッと気づいたようだった。

“とっしん”という技は、

強力な代わりに相手のダメージに応じた反動が必ず付いてくる。

しかし、その反動が全くないということは…

『エナナその人!ゴーストタイプ!』

“とっしん”や“たいあたり”といった

ノーマルタイプの技が全く効果のない相手、

それが“ゴーストタイプ”である。

それならあれだけの攻撃を受けて平気なのも納得できる。

『なるほど、

 最初に“あくタイプ”だと

 自己紹介してくれたのもその為か』

『ウィッ…』

エナナのその言葉にヤミラミが動揺している。

『エナナ、かみつく!

 とにかく、かみつく!』

それを見たナミがすかさず指示をする。

『あいさ!』

ガブッ!

『ウヒィィィ!』

エナナの攻撃に対する、

相手の叫び声がさっきとは違う。

これでもうこっちは本当に大丈夫だろう。

大丈夫じゃないのは…

『だぁ、コイツ!

 このっ!このっ!』

声がした先では、

ブースターがノズパスに飛びついていた。

自分の技がほとんど利かない相手に苛立っているのだろうが、

これではとてもバトルと言える状態ではない。

このままだと相手の攻撃を受け続けるだけだ。

同じ消耗戦をするのだったら…

『ブースター!

 そこでスモッグ!』

ナミはブースターに大声で

どくタイプの技“スモッグ”を指示した。

『“スモッグ”だぁ!?

 あんな弱えぇ技利くわけが…』

『いいから!顔に向かってスモッグ!』

予想通りの反論を、

ナミはさらに声を大きくして打ち消す。

『わ、分かったよ』

ボォォ、

モクモクモク…

ナミの気迫に圧されて、

ブースターは口の中で炎を不完全燃焼させると

スモッグを吐いた。

『うぐっ』

その煙にノズパスは顔をしかめる…が、ダメージはほとんど無く、

すかさず周りに岩を浮かべ始めた。

『“いわおとし”が来る!

 ブースター、かげぶんしん!』

“かげぶんしん”は素早い動きで相手を惑わせ回避率を上げる技。

常にイノムーの如く相手に突っ込んでいくブースターに

半ば無理やり覚えさせた技だ。

『しかたねぇなぁ!』

シュシュシュシュシュ…

ブースターは悪態付きながらも素早い動きでいわなだれを避けていく。

『よし!

 もう一度スモッグ!』

相手の攻撃をかわしたブースターにナミは再び指示を出す。

『無駄だって言ってんのに…』

ボォォ、モクモクモク…

やはり文句を言いながらも

ブースターはその通りスモッグを出す。

そのやり取りに、

ナミは何年も忘れていた感覚が蘇ってくるのを感じた。

『うぐっ!ごほっごほっ…』

するとスモッグを受けたノズパスが突然咳き込み、

膝をつくようにうずくまった。

『やった!

 “どく状態”になった!』

これなら有効な攻撃を与えられなくても、

時間と共に相手の体力は減っていく。

『よし!

 だったらもう好きに攻撃してもいいよな?』

初めて効果のあった攻撃に

ブースターはまた暴れたそうに言ってきたが、

『ダメ!

 あとは“ほのおのうず”で時間をかせぎながら、

“かげぶんしん”で回避を積んでおいて!』

ナミは最後まで戦うために、

バトルに勝つためにブースターに釘をさす。

『ちぇっ、分かったよ』

そう言って後ろを向いたブースター、

そしてその先に見える相手のポケモン。

今見えているその景色、

それこそがポケモントレーナーとしての

有るべき風景。

今この瞬間、

自分がやらなければいけない事を思い出していた。

エナナにもブースターにも指示は出した。

そして今度は…自分への指示!

『お姉ちゃん、

 もういいの?
 
 ボク泣き疲れちゃったんだけど?』

そう言って涙目の、

しかし口元が笑っているクチートが言う。

どうやらエナナ達に指示している間にも、

“うそなき”を続けていたらしい。

だがもう“彼”への対策も考え付いていた。

『ええ、待たせえてごめんね。

 お姉ちゃんポケモンだけど、

 トレーナーでもあるから』

そう言ってナミはクチートに微笑みかけた。

『…え??』

あざむきポケモンクチート、

自分の可愛い顔でポケモンを騙すのはお手の物でも、

バトル相手の笑顔には慣れてないらしい。

『そんな顔で油断させるなんて悪いコね。

 でもその可愛い顔はお姉ちゃんも好きよ?』

そう言った瞬間、

ナミの背後から無数のハートマークが飛び出すと、

クチートに向かって飛んで行った。

『え??

 あっ!

 お姉ちゃん…??』

それを受けたクチートの目も同じ形へと変化した。

これは異性のポケモンの動きを封じる技“メロメロ”。

自分の匂いで相手を誘惑するみたいだし、

使った後のブースターの嫉妬も鬱陶しいので

普段は使わないようにしているが、

今はそう言っていられない状況である。

『あぁ、シャワーズのおねえちゃん…』

フラフラとした足取り、

クネクネした動きでクチートが近づいてくる。

『う〜ん、

 自分のせいでそうなっちゃったところ悪いけど、

 私もポケモンでこれはバトルだからゴメンね』

プシャァ!!

そんな様子のクチートにナミは容赦なく

“みずでっぽう”をおみまいした。

『わぁぁ、おねーちゃーん』

クチートはその水溜りの中で猫撫で声を上げていた。

しかし続いて

ナミの“なみのり”の波がクチートを襲う。

ザバーン!!

それでもクチートはまだ好色な目をして攻撃してこない…

メロメロが利き過ぎてしまったのだろうか。

『ギョエエェェェェェェェェェェッ!』

その時、後ろからものすごい叫び声が聞こえた。

見るとエナナがヤミラミを口に咥えて立っている。

よほど強く噛んだのだろうか

ヤミラミの背中の青い石は割れてしまっている。

ギロッ!

ヤミラミを咥えたまま、

エナナの眼がこっちを向いた。

バトルで気が立っているのかグラエナの赤い目が

より一層見開いている。

『うっ…

 エナナったらもう…』

ポケモンバトルでは相手の命までとってしまう事は無いと分かっていても、

…その姿はやっぱり怖い。

『はぁ…はぁ…』

『ふぅ…ふぅ…』

その向こう側では息絶え絶えなブースターとノズパスの姿。

始めはブースターの方ばかりダメージを受けていたのが、

ノズパスにもどくの効果がじわじわと溜まって来たようだ。

2匹とも体力をほとんど消耗し立っているのがやっとの状態だが、

ブースターの回避を上げた今、

ノズパスの方が先に倒れるのも、

もう時間の問題だろう。

『そして私の相手は…』

クチートはメロメロ状態。

相変わらず目の前のシャワーズに心奪われているようだ。

これ以上焦らすのも可哀想である。

『じゃぁトドメのなみのり!』

そう言って、

ナミが自分の周りの水で波を作ろうとしたときであった。


『全員そこまで!』


突然その声が洞窟に響き渡ると。

フワッ…

『ええっ!』

ナミの体が浮き上がり、

ザバーー!

波となっていた水は一気に地面に崩れ落ちた。

『これは、さっきのねんりき?』

そう思ってナミが周りを見渡すと、

クチートやノズパスにブースター、

そしてねんりきが利かないエナナは

ヤミラミを咥えたまま平たい岩に乗せられて、

全員宙に浮かんでいた。

そして他にもう1匹。顔から長いヒゲを生やし、

手には銀色に輝くスプーンを持ったポケモン。

『全員よくやった。

 今からエラー様の所に案内してやろう』

ユンゲラーが6匹の真ん中で“ねんりき”を操っていた。

『エラー様って、

 もしかしてこの洞窟の…』

『そうだ。

 “この洞窟に居る何でも知っているっていうポケモン”

 …の事だ、トレーナーさんよ』

ナミの言葉にそう答えたユンゲラーは念を強め、


『テレポート!』

シュンッ…


その一言でその場に居たポケモン達は一瞬にして

全員姿を消したのであった。


 つづく…


  [No.1671] 第2章 第7話・窟の主 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:40:05   32clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

シュンッ!…

一瞬目の前の景色が歪んだと思うと、突然景色が変わった。

フワッ

その景色の中でゆっくりと地面に降ろされると、

ナミは天井を見上げた。

日の光がまぶしい。

同じ洞窟の中

…といってもここはむしろ高い場所。

天井には大きな穴が開き、

そこから青い空が見える。

ナミ達とは入れ違いに飛び立ったのだろう、

鳥ポケモンの群れが

そこから羽ばたいて行くのが見えた。

『どこ見てんだい。

 オメエらが用があるのはこっちだろ』

そうしていると後ろからユンゲラーが呼んできた。

振り向くとそこにはユンゲラー、

さっきまで闘っていた3匹のポケモン。

そして

『大きい…』

ねんりきポケモン・フーディンの姿が。

胡坐をかいて座っているように見えるが、

よく見るとわずかに浮いている。

そしてそのフーディンの姿が大きく見えるのは

自分がポケモンの目で見ているからだけではない。

明らかに普通のフーディンより頭が一回り以上大きく、

周りには何本ものスプーンが浮かんでいる。

それはエナナらも感じたようで、

あのケンカっ早いブースターでさえ小さく座ったまま、

浮かんでいるフーディンを黙って見上げている。

『よく来たな。ナミよ』

そのフーディンが目の前のシャワーズに話しかけた。

『え?私の名前をご存じなので?』

その喋り方、風格にナミは思わず敬語になる。

『そこの仲間達がずっと呼んでいたからな。

 洞窟の中での会話は全て分かっておる』

これが人間の何倍もの知能を持ち、

世界の出来事を全て記憶しているポケモン。

『ええっと、その…』

そんなポケモンにどう話かければいいかナミは迷っていると

『そう改まることはない。

 “おだかや”な性格同士、

 気楽に話そうではないか』

フーディンはそう言ってほほ笑みかけてきた。

本当にこのポケモンには全ての事が分かるようだ。

本当に自分は人間に戻れるのかもしれない、

この時初めてナミはそうと実感した。


『まずは自己紹介といこう。

 ワシはフーディン。

 “ホウエンのエラー”を名乗っている。

 何代目とかはいいだろう』

エラーという名前は、

何かを襲名しているのかなと思いながら

『私はナミといいます。

 数年前までは普通の人間のトレーナーで、

 ここに居るエナナとブースターは私のポケモンでした』

恐らくもうフーディンには分かっている事だろうが、

ナミも自分達をそう紹介した。

『よろしくナミよ。

 そしてブースター、グラエナのエナナ。

 遠いところから大変だったであろう。

 そしてワシに会いに来た理由は分かっておる。

 シャワーズから人間に戻る方法を知りたいのであろう』

自己紹介は黙って聞いてくれていたが、

さすがはフーディン以上のフーディン。

やはりこちらの事は全て分かっているようだ。

『はい。

 あの、本当に出来るのでしょうか?

 私が人間に戻るのなんて…』

『もちろんだ…

 …と、いいたい所だが、

 調べてみないと何とも言えんな。

 何せポケモンになった人間を

 自分の目で見るのは初めてだからな』

『自分の目では?』

自分の問いに対するフーディンの答えに、

ナミは思わず問い返し、

『…もしかして、

 私以外にも居るのですか?

 ポケモンになった人って』

と聞いてみた。

『うむ、居るには居る。

 最近聞いたものでは

 夢と空間を操るポケモン同士の争いの中で悪夢が実体化し、

 夢が現実に現れたせいでベロベルトの姿になった者がおるらしい。

 ジョウトという地方には人間を

 でんきポケモンの姿に変える術があるというし、

 さらに東の地ではポケモンの転送実験で

 人間と融合してしまったという話も聞く。

 またこことは少し次元の違う世界では、

 人間がポケモンの姿で召喚されその世界を救ったという話も…』

『そんなに…』

フーディンの口から出る数々のエピソードに、

ナミは面食らってしまう。

『防衛本能として、

 敵の精神を一時的に別のポケモンと入れ替えてしまう種族も

 おるくらいだからな。

 …大丈夫だ。

 今言った者のほとんどはちゃんと人間に戻れておる』

そんなナミにエラーと名乗ったフーディンはそう言うが、

『でも、ほとんどって事は、

 戻れなかった人も居るっていう事ですよね?』

自分を安心させてくれるはずの言葉に、

戻れなかった事の方をナミは聞いてしまった。

『まぁ、自らポケモンで居続ける事を望んだ者もおるし、

 そもそもお主の目の前に要るポケモンが

 そうやって産まれたのだからな』

フーディンはナミに問いの答えと共に、

その中の最たる例と自分を指した。

『えっ、エラーさんも人間なので!?』

『ワシ自身ではない。

 ワシらの先祖、

 最初のユンゲラーがそうやって産まれたのだ』

驚いて聞いたナミに、

フーディンはそう訂正する。

『そういえば確か昔話でそんな話があったような…』

ナミはそれを思い出そうとしたが、

『まぁ、それよりお前の事だ。

 なぜポケモンになったのか、

 それを調べないとな。

 まずはその時の事を聞かせてくれないか』

フーディンはそう話を戻した。

ナミは説明した。

今はブースターの彼をシャワーズに変えようとして、

そのイーブイが飛びかってきて

自分がシャワーズになってしまった。

大体は一昨日娘に話したのと同じだが、

それよりも出来るだけ詳しく、

当時の事を思い出しながら説明した。

『なるほど。

 イーブイの進化に巻き込まれた形か』

正直、色々な事を言いすぎて、

上手く纏められなかった感じだったが、

フーディンはきちんと理解してくれた。

『オマエさんにも聞かないといけないな。

 シャワーズに進化させられそうになった時、

 どういった感じだったのだ?』

フーディンは、

今度はブースターに質問している。

『オレか?

 どうったって…

 オレはシャワーズには成りたくなかったから、

 絶対に進化しないように我慢してたんだ。

 んで、気づいたらコイツがシャワーズになってた』

『…って、それだけなの?

 もうちょっとあるでしょ』

ある意味ブースターらしい単純で短い答えに、

ナミは思わず口を挟んでしまった。

『その通りなのだからそれでいいだろう。

 次に、体の方も調べないとな。

 ちょっと失礼するよ』

それを聞ければ十分とばかりにフーディンはそう言うと、

銀色のスプーンを持った手をナミに向けた。

するとねんりきにより、

ナミの体がまた宙に浮いた。

『えっと、体ってどういう風にで…』

しっぽを下にして、

大の字ならぬ木の字のように吊り上げられたナミは

不安になってフーディンに聞いた。

『案ずることはない。

 ただ、すこし痛むぞ』

フーディンはナミの様子に好々爺のように笑うと

『ゲラー、サイケこうせん』

元に目にすぐに戻ってナミを見つめたままそう発した。

すると、

さっきナミ達を連れてきたユンゲラーがナミの背後に回ると、

ビビビビビビ…

エスパータイプの技、サイケ光線を出してきた。

『うっ…』

それはナミの体を背中から貫く形で通って行くが、

『ふんっ』

そのまま目の前のフーディンにもダメージを与えている。

『はぁ、はぁ。

 フーディンさん、

 これって一体…』

再び地面に降ろされたナミは、

顔をしかめていたフーディンに尋ねると

『エスパー技で体の中を調べたのだ。

 人間の世界で言う透過型X線…レントゲンのようなものだ』

フーディンはそう答え、

『K値は0,0,0,0,31,0…

 なるほど人間らしい。

 そしてD値は100,1,100,104,100,105か…』

結果を整理しているのだろうか、

目をつむって何やら考えている。


『あの、それで、

 どうなのでしょうか?

 私は人間に戻れるのでしょうか?』

しばらくして目を開いたフーディンに、

しびれを切らしたようにナミは尋ねた。

『まだ確かな事は言えぬが、

 戻れる可能性は十分にある』

『本当に?

 本当に戻れるのですか?

 本当に人間の私に…』

ナミはフーディンの答えに、

言葉を震わせながら聞いた。

何年もシャワーズというポケモンとして生きてきて、

ずっと諦めていた人間の自分。

それに戻れるとなって言葉だけでなく、

体も震えてしまっている。

ただ、それに不相応なほど

心の中は意外と冷静であった。

『条件次第ではあるがな。
 
 まずはなぜ人間のお主が
 
 シャワーズになったか説明しよう』

フーディンはそんなナミの目の前で指を宙に出し、

空中に光りの線で絵を描きだした。

『ポケモンが石で進化する時、

 何が起こっているのかは知っているかな?』

フーディンはそう言いながら、

絵を描き終えた。

イーブイの顔と、

そして多分進化の石であろう。

『確か石から出る何かと

 ポケモンの細胞とが反応してエネルギーが生まれて、

 そのエネルギーでポケモンが進化する

 …だったと思います』

ナミは進化の石に付いてきた説明書を

思い出しながら言った。

『そうだ。

 イーブイをシャワーズに進化させる水の石。

 石とイーブイの体による反応で、

 まずはシャワーズへの進化というエネルギーが産まれるのだ』

そう言うとフーディンは、

石の絵の上シャワーズの襟巻の形を描いた。

『ただこれはまだエネルギーだ。

 普通はすぐにイーブイ自身の進化に使われるが…

 この時オマエは進化させられないように耐えていた。

 そうだろう、ブースターよ』

フーディンはブースターに、

さっき言っていたことを確認した。

『まぁ、そういう事だ。
 
 絶対にシャワーズにはなりたくなかったからな』

ブースターもその通りだという顔で言った。

『ただ本来なら耐えていたところで、

 エネルギーが大きくなると体の方が耐え切れなくなり、

 最終的にはシャワーズにはなってしまうのだが、

 …しかし今回は違っていた』

そこまで言うとフーディンは絵の横にさらに顔のマークを描く。

『そこにはナミという人間が居た。

 そして限界まで耐えていたイーブイがそれに衝突した。

 するとどうなるのか』

そう言うと、

フーディンは絵の向こう側でフワッと手を振った。

するとイーブイと石の絵が横に動き、

人間の顔とぶつかった。

ぶつかった瞬間、

石の襟巻が人間の顔へと移動し、

人間の顔がシャワーズの顔へと変化

…進化していった。

『これが人間のお主がシャワーズになったからくりだ。

 イーブイと水の石が作り出した

 進化のエネルギーが移った事によって、

 お主はシャワーズの姿になっておるのだ』

フーディンは、

エスパーの力で作りだした絵を見せながらナミ達に説明した。

『そうだったんですか。

 そういえばあの時、

 イーブイとぶつかった時に、

 思った以上のショックがあって…』

ナミも思い出しながら言った。

確かあの時、

飛び付いてきたイーブイは簡単に受け止められると思ったのに、

胸にドスンとものすごい衝撃を感じて草の上に倒れたのだった。

『それが進化のエネルギーが移った瞬間だな。

 そしてそのエネルギーは今もお主の体の中に存在している』

そう言ってフーディンは、

目の前に座っているシャワーズの前足の間を指差して言った。

『私の中にまだ…』

ナミも今はただの水色の胴体になっている胸の部分を見て呟くと

『そうだ。

 そのエネルギーによって、

 お主は今もシャワーズの姿を保っているのだ』

フーディンは腕を戻してそう言った。

『シャワーズの姿を…

 …って言う事は、

 そのエネルギーが無くなれば私は人間に?』

フーディンの巧みな言い回しは、

その言葉以上にナミに彼女の体の事を伝えてくる。

『そう簡単には行けばいいのだが、

 問題はその人間がお主の体に残っているかどうかだ。

 シャワーズになってからの願い年月で、

 それが失われているかもしれぬのだ』

『私から人間の…』

フーディンの言葉に、

人間の感覚が遠い記憶になりつつあるナミは

自分の体の事を思い出そうとした。

『ポケモンになってすぐになら、

 …例えば“かわらずの石”で

 進化のエネルギーを抑えればそれで元に戻れたであろう。

 だがお主は何年もその姿である上、

 ポケモンの技も使いこなし、

 そしてポケモンの子供まで成しておる。

 そしてそれは先ほど言った人間に戻れた者達との

 決定的違いでもある』

とフーディンは難しい顔をして言う。

『もし、

 私に人間が残って無いとなると?』

ナミは急に不安になって聞いた。

『それこそ何が起こるかは分からん。

 シャワーズの進化前、

 イーブイの姿になるのならまだ運がいい。

 何の遺伝子的特徴を持たないヒトの姿になってしまう可能性も…

 最悪なのは体が崩壊・消滅という結果だ』

『そんな…』

あまりにもショックな内容に、

ナミは絶句してしまうが

『まぁ、案ずるな。

 これは無理やり戻ろうとした場合だ。

ちゃんとお主の中に人間があれば大丈夫だ』

フーディンはすぐにそう言ってくれた。


『そして、ここからが本題だ。

 お主の中に人間が残っておるか否か。

 もし前者なら戻る方法を教えよう。

 後者であれば先ほども言ったように、

 人間に戻る事は諦めた方がいいだろう』

『残ってる場合は、戻れる方法を…』

という事は、もう戻れる方法自体はすでに思いついているという事だ。

『そうだ。

 だから色々とお主の事を聞かせてくれ。

 どこかに人間である証拠が隠れているかもしれん』

『人間で有る事って…

 例えば、毎日木の実を作ってそれを売りに行ったり、

買い物したりしている事とかですか?』

フーディンの言葉に、

ナミは必死になって自分の人間っぽい所を考えて言った。

『なるほど、

 そういう感じの事だ。

 ただしかし、それは違うな。

 ワシもその気になればそれぐらいは出来るし、

 普通のポケモンでも

 人間の文字さえ理解できれば可能な事だ』

フーディンはナミの考えを褒めたが、

これは違ったようだ。

『じゃぁ、その人間の言葉で私は、

 ポケモンの言葉を理解している事とかは?』

ナミは次にそう聞いてみた。

『確かにそうなのであろうな。

 人間だったお主にとっては、

 ポケモンの言葉は人間の言語に置き換わって

 聞こえているのであろうが、
 
 …鳴き声が自分の理解できる形で伝わる…

 これも個々のポケモンに言える事なのだ』

とフーディンは言う。

そう言えば一度ブースター達に

文字を教えようと思った時があった。

だがダメだった。

ナミにはポケモンの鳴き声が人間の言葉として、

文字列として聞こえてくるのだが、

ポケモン自身には別の形、

全く異なった形で理解しているようなのだった。

つまり自分の『あいうえお』は

ポケモンの“あいうえお”ではない。

事実、今ナミの口から出ているのも、

言葉ではなくシャワーズの鳴き声。

それが自分の耳には人間の言葉として、

ポケモンにはそのポケモンの言葉として届いているのだ。

『そうなると、あとはえっと…』

そこまで言われてしまうと、

他に自分で人間らしいと思える部分はあるのだろうか。

ナミはそう思って考えてると

『なぁ、コイツ、

 寝るときに体を伸ばして寝ているんだが、

 これも関係ないのか?』

とブースターが言った。

『えっ、それってどういう事?』

『いや、寝るときって、

 普通こう丸くなるよな?

 おまえっていつも、

 バトルで負けてぶっ倒れた感じで寝てるから…

 何か、ちょっと、

 気になっちゃうんだよな、色々と…』

ナミの質問にブースターは丸く寝るポーズを取りながら、

ばつの悪そうに視線を外して言う。

『ちょっブースター、

 それってどういう…』

その様子にナミは慌てて聞こうとするが

『まぁまぁ、

 人間にとってはそれが普通の寝かただからな。

 姿が変わったとて、習慣までは抜けないものだ』

フーディンもよく分からないフォローをしている。

『いやただ、

 それが娘にまで移ったら困るだろ…、

 2番目のチビなんてマネして腹下してたし…』

そのフォローなのが本人には通じてはないのか、

ブースターがなおもそうつぶやくと、

『そういえば、

 お主らの子供についてはまだ聞いていなかったな』

フーディンはそこを聞いてきた。

『そういえばなっちゃん、

 娘の事なんですけど…

 どうも野生のポケモンとしては気が弱いというか、

 生きていく力が弱いような気がするんですけど…

 もしかしたら私が人間だったからとかでしょうか?』

それを聞いてナミは娘の事を思い出した。

思えばあの気弱さは、

ポケモンというより人間の子に近いかもしれない。

『可能性はあるな。

 もしかしたら、精神面で人間が色濃く出ているのかもしれん。

 ただ、体や技とかはどうだ?』

フーディンはナミの意見を受けつつ、

そう聞いてきた。

『それは大丈夫です。

 まだ下手ですけど、

 遺伝技もちゃんと使えましたし』

確かにブースターからの遺伝技である“あなをほる”も

失敗したとはいえ普通に使えていた。

『なら大丈夫だ。

 それに母親がお主なら、

 親子以上の関係になれるかもしれんしな』

フーディンは頷きながらそう言う。

『親子以上の関係?』

『それはお主もこの旅が終わった時にきっと分かるであろう』

ナミが聞き返すと、

フーディンは予言めいた事を言った。

『でも本当に気弱で…

 兄達はもうポケモンの子って感じで、

 自分から巣立っていったくらいで』

それでもナミは心配でそう娘の兄の事と口にすると

『2番目、兄達、ということは3匹もか。

本当に仲の良い野生ポケモンのカップルだな』

フーディンもその難しい顔を綻ばせて言った。

その言葉にさっきまでトンチンカンな顔で話を聞いてたブースターも

『ヘヘヘ』と笑っている。

『まぁ、確かに野生のポケモンですね。

 1番目の子は何でもやりたがって、

 サンダースになってからは

 巣立ちまであっという間でしたし。

 2番目の子も、

 小さい時は私にべったりだったのに、

 ある日の夜にブラッキーに進化してからは…』

ナミはその空気をごまかすために、

子供たちの事をしゃべっていたが

『それだ』

それを言った瞬間フーディンが静かな、

それでいて鋭い声でそう言った。

『え?それだって…

 ブラッキーに進化したって事がですか?』

突然のフーディンの指摘に、

ナミはそう聞くと

『うむ、野生のイーブイでもブラッキーに進化することはある。

 ただそれは何年もの間、

 月日の光を浴び続けた場合だ。

 産まれて何年も経っていないイーブイが進化できるのは、

 そこにトレーナーという人間が居た時のみだ』

真剣な顔に戻ったフーディンの言葉に

『でもそれは、

 私がトレーナーみたいに

 あの子と接してたからとかじゃ…』

ナミは自分の子にバトルを教えていた事を言ったが、

『いや、それだけでは進化はしない。

 信頼もそうではあるが、

 物理的な要因もまた必要。

 そこに人間と言う生物が居てこそ、

 イーブイはエーフィやブラッキーへの

 進化のエネルギーが初めて産まれる。

 つまりそれはお主がまだ人間だという、

 明確な証拠であるのだ』

フーディンはそう断言した。

『そうなの…

 あの子が進化したのは私が人間だから』

ナミは自分の子が進化した時を思いだしながらつぶやいた。

あれは満月の夜、

いつもはナミに引っ付くように寝るイーブイの子が、

珍しく落ち着きなく、

しかし淡々と夜の原っぱを歩きまわっていたと思うと、

ナミの目の前で眩く光り、

ブラッキーに進化したのだった。

『これではっきりとしたな。

 お主は人間であり、

 体内の進化のエネルギーでシャワーズの姿になっておる。

 ゆえにそのエネルギーを体から出せれば

 自ずと人間に戻るであろう』

フーディンはまた頷きながらそう言った。

『自ずと人間に、

 私が人間に…』

フーディンの言葉に、

ナミはオウム返しにつぶやいた。

『そうだ。

 その方法としてだが、

 まず同じシャワーズへの…

 それによりエネルギーが外へ…

 それを受け止めるために…

 まぁ、実験振り子の様な…

 ふぅ…』

ナミが人間に戻れると分かったフーディンは、

今度はその方法を喋り始めた。

ナミはその話を聞いていたが…

しかし全く頭に入って来い。

『それは俺が…』

『あぁ、それならツテが…』

そしてそれに対してブースターとエナナも何か言っている。

だがその言葉ですら、

まるでエコーがかかったかのように頭の中に響いて薄れ、

何を言っているのかさっぱり分からない。

自分が人間に戻れる。

戻れるかもしれないとかではなく、

確実に戻れる。

それが分かってから、

ナミの頭は何も理解できなくなってしまっていた。

『ナミさん、ナミさん?』

その声にハッと気が付くと、

エナナが目の前まで来て自分を呼んでいる。

そしてフーディンとブースター、

さらに遠くに居るクチートやヤミラミ達、

全員がじっとこっちを見てきている。

『ナミさん、大丈夫か?』

エナナがそう聞くので

『ええ、大丈夫』

とナミは言ったが、

正直、何が大丈夫なのか自分でも全然分からない。

『なるほど。

 とにかくもう日暮れも近い。

 今日はここに泊まっていきなさい』

フーディンはそう言った。

ナミはやっとその言葉だけ理解することが出来た。


『明日の食糧に関しては心配いらない』

というフーディンと言うので、

ナミは持ってきた木の実を彼らに全て振る舞う事にした。

『お姉ちゃん、

 このラムの実すっごく美味しい!

 こんなの食べた事無いよ!』

クチートが木の実を食べながら来ると、

ナミにべったり引っ付くようにして言ってきた。

メロメロの効果はとっくに切れているはずだが、

さっきのバトルのせいですっかり懐かれてしまったようだ。

『おい、コラ!

 なに慣れ慣れしくしてんだよ!

 ナミから離れろ!』

案の定、

ブースターがすかさず文句を言ってきた。

『なんだよ、

 このくらい別にいいじゃねぇか。

 噛むよ?』

それに対してクチートがさっきまでの猫撫で声とは真逆の、

男らしい声でブースターに言う。

『まぁまぁ、

 彼って機嫌悪くなっちゃったら大変だから、

 ほどほどにね』

そう言ってナミはしっぽでクチートの頭を

撫でるようにそばに座らせた。

『背中の石の事は悪かったね。

 痛むのかい?』

『ウィッ、大丈夫だ。

 こんなの石食ってたらすぐ治ル』

そばでは、

さっきまで闘っていたエナナとヤミラミらが話している。

『ねぇお姉ちゃん、

 色々と知ってるんでしょ?いろんな話聞かせてよ』

木の実を食べ終えたクチートがまた可愛い声で話しかけてきた。

『いいわよ。どういう話がいいかしら?』

それに対してナミも自然と笑顔になって言った。

おそらくこっちの方が作った声なのだろうが、

あえて騙された感じの方がナミは話しやすく、

むしろ今のナミにとっては有りがたかった。

ナミはこの瞬間がとても楽しかった。

いつもの森でも湖でも、

出会ったポケモンと本気でバトルして、

そしてその後傷だらけの体で仲良く木の実を食べる。

その一連の流れがとても好きであった。

そして今日もはるばるやってきた島の洞窟で、

こうやってポケモン達と一緒に木の実を食べている。

『それじゃぁボクは…』

クチートもそれにポケモンの言葉で答え、喋っている。

ポケモン達と話しているこの瞬間、

さっきまでのモヤモヤを全て忘れられ、

純粋に楽しい。

…そんな気分にナミをさせてくれていた。


『はぁ…』

しかし、そんな時間もあっという間に過ぎてしまい、

ナミは真っ暗になった洞窟の中で一人溜息をついた。

クチート達が自分の寝床に帰ってしまい、

ブースターとエナナが寝てしまって一人になると、

自然とまた心のモヤモヤが出てきてしまった。

どうしても眠れない。

“ねむる”を使って寝ようとも思えない。

『これから私、どうしたらいいんだろ』

ナミはそんなポケモンになった時に言った言葉を口にしてみた。

とにかく落ち着かない。

ナミはゆっくりと起き上がると、

フーディンの広間の方へ歩いて行った。

『眠れないのか?』

そう声をかけたフーディンは、

相変わらず座って浮いたまま月の光を浴びていた。

『はい』

ナミはそう答えると、

穴の開いた天井を見上げた。

真上には明るく光る大きな月。

そう言えば今日は満月であった。

『やはり、悩んでいるようだな』

そんなナミにフーディンが優しく語りかけてきた。

『それも分かるんですか。

 世の中の出来事を全て記憶してるって、

 すごいですね』

フーディンの言葉に、

ナミは少し笑うようにして言った。

『それは少し違うな。

 私は先代からの経験や記憶を引き継いでいるのだ。

 先代はその先代のを、

 さらにその先代は…と。

 私はそれに今という情報を加える役目なのだ』

ナミの言葉をフーディンはそう訂正した。

『あぁ、だから頭がそんなに大きく…』

ナミはそう言って、

普通のフーディンよりもずっと大きい頭を見上げた。

『そうだ。

 歴代のエラーの経験を元に

 私は全ての事柄を導き出しているのだよ』

『今の私の心も、

 その経験で分かっちゃっているのですね?』

ナミは首をカクっと折るようにしてフーディンの言葉に答えた。

『まぁ、お主の気持ちは経験がなくとも分かる。

 戻る為の方法をお主は真剣に聞いていた。

 だが、戻れないかもしれない可能性というのも

 同じくらい懸命に探していた。

 どちらも本気で望んでおるし、

 同時にその逆の事を必死に否定しようとしていた。

 本当は一途にその道を進みたいのだが、

 どちらの道も大きすぎて決められないのであろう』

『はい、その通りです』

ナミは乾いた笑顔を作って答えた。

本当は人間に戻る為に旅をしてきたのだが、

いざ戻れると分かると、

その方法を必死に聞くまいとしてしまった。

思えば、最初にエナナに戻れると聞いた時からその気配はあった。

でもフーディンの言う通り、

人間に戻りたいと思っている事も確かなのだ。

だからこそここまで来て、

そしてフーディンと話をしている。

『お主がそこまで悩み考え選んだ選択なら、

 どんな道でもお主の仲間も必ず理解してくれるだろう。

 戻らないという選択も別に悪いわけではない。

 そのことはユンゲラーという種族が一番よく知っておる』

『あっ』

フーディンのその言葉に今日、

最初に会った時に彼が言っていた事を思い出した。

『そういえば、

 ユンゲラーって人間が変身して

 産まれたとか言ってましたよね』

ナミが思い返しながら言うと、

『そうだ。

 この話は人間の間でもよく知られている話のはずなのでは?』

とフーディンが訊ねてきた事に、

『まさか、あの童話って本当にあった話なのですか?』

ナミは驚いて聞いた。

――昔々、ある村にエスパー少年が住んでいました。

――その少年は超能力を使って、村の子供達をいじめたり、

――悪い人達と悪魔の研究をいたりして、人々を困らせていました。

――そんな少年に神様は天罰で、ある朝少年をポケモンに変えてしまいました。

――怒り狂った彼は教会に火をつけると、どこかに行ってしまい二度と現れませんでした。

ナミも幼いころに読み聞かされ、

馴染みのある御伽噺であった。

最近はそれを基にした小説が

“第2回ポケモン文学賞”を取り話題にもなっていた。

『でも最近はユンゲラーを差別する事になるからって、

 あまり読まれなくなってるらしいです』

ナミがそう言うと、

フーディンはしばらく目をつむって、

『それは少し残念だな。

 いや、確かに事実とは違って伝わっているし、

 子孫たちに迷惑をかけたかもしれない、

 でも忘れられるのもさびしい

 …私の記憶はそう言っておるな』

目を開けるとそう言った。

『えっ、それは誰の記憶ですか?』

ナミはそう聞き返すと、

『無論、最も昔のエラー、

 我ら種族の最初の1匹の記憶だ』

『えっ、最初の1匹って、

 ユンゲラーになった人の記憶まであるのですか?

 じゃぁ、私みたいに自分が人間からユンゲラーになった経験も知っていて…

 …ど、どんな感じだったのですか?』

その答えにナミは食いつくように聞いた。

ポケモンになった人間の話を知っているのと、

実際になった人間の記憶まであるのとは全く違う。

ナミはその気持ちを是非にでも聞きたいと思った。

そのナミの様子に、

フーディンはまたしばらく考えると

『これはワシにもどういう作用があるのかは分からん。

 これによってお主の決断にどのような効果、

 良いも悪いも、

 何の意味になるのかも分からないが…』

そう前置きをすると

『見てみるか?

 昔のエラーの記憶を』

とナミに向かって言った。

『えっ、見てみるって?』

フーディンの言葉にナミは戸惑って聞き返すと

フーディンは手を伸ばし、

ナミの頭の上に置いた。

するとナミの頭の中に、

シャワーズの顔が浮かびあがった。

頭にスプーンを持った手を乗せられ

キョトンとした顔をしている。

『これってもしかして…』

『ワシの一番新しい記憶…

 つまり今見ているものだ』

ナミの問いに

フーディンは一度手を引っ込め、

『次のエラーとなる者へ

 記憶を渡すの時と同じだ。

 もし見るのなら、

 その時の記憶だけ今のようにお主に見せようと思う』

と目を閉じて言った。

ナミはその言葉にしばらく時間を置いた後、

『分かりました。

 お願いします』

と言ってうつむくようにして頭を差し出した。

正直言って少し怖いが、

ポケモンになった他の人の記憶が見られる…

こんな機会は絶対に二度とない。

今の自分の気持ちを整理する為にも

絶対に見ておかないといけないとナミは思った。

『よかろう。

 では行ってきなさい』

そう言いながらフーディンは

再びナミの頭の上に手を乗せると、

彼女の意識は遠い過去の世界へと

旅出っていった。


 つづく…


  [No.1672] 第2章 第8話・昔の話 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:42:14   20clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ナミの頭に再びフーディンの手が乗せられた瞬間、

その手からものすごい勢いで記憶、

…いや映像が彼女の頭の中に流れ込んできた。

『ここどこ?』

と思った瞬間、

見えていた映像がものすごい勢いで動き始めた。

部屋を出て建物の中を移動するのは分かるが、

あまりにも早過ぎて何も分からない。

すると目の前にパンが現れた。

皿の上にチーズの乗った黒いパンだ。

そう思う間もなくまた映像が動き始める。

景色が外に出ると少年が3人居る。

それと足元にポケモンも…

…と思った瞬間少年の1人が空へと飛び上がった。

何が起こったか確認する間もなく、

また高速移動する映像。

今度は薄暗い部屋の中、

部屋という背景だけは変わらずその前で

何人もの人たちが目にも留まらぬ速さで動いている。

しばらくすると廊下に出た。

2人の男が立っている。

外に出るとすでに夕方、

小さな家の前のドア口で女の人が話をしている。

そして最初に見えた部屋へと戻った。

まるでビデオを早送りで見せられているようで

ほとんど分からない。

『ちょっと、

 これじゃ何も分からないわよ!』

ナミがそう思った時、

目の前が真っ暗になった。

そして瞑っていた目を開けるように風景が見えた。

それはさっき出てきた部屋の風景。

小さくて古そうで、

見えるのは壁と穴だけの窓という殺風景な部屋。

ただ、今度は早送りにはならない。

まるでナミ自身がその部屋の中に居るようであった。

『ここはどこなんだろ?』

ナミがそう思うと、

‘ここは僕の部屋だよ’

と、どこからか声が聞こえた。

男の子の声だ。

『え、あなただれなの?』

そうナミが思うとまた声が聞こえた。

‘僕はエラー。

この部屋で寝てるんだよ’

よく見るとナミが居るのはベッドの上、

体は毛布に包まっている。

『エラーってことは、

 あなたがフーディンの先祖なの?』

ナミはそう聞いてみた。

しかし今度は返事が無い。

『あなたエラーって名前でしょう?

 これを見せてくれてるフーディンの話だと、

 あなたが最初のエラーっていうってことになるけど?』

そう聞くと、

‘エラーは僕の名前だよ。

 お父さんが付けた。

 僕が生まれたのはエラー、

 “間違い”なんだって’

とまた声答えた。

『えっ、それってどういう…』

エラーと名乗る少年に、

ナミが聞き返そうと思った時、

“コンコン…”

誰かが部屋の扉をノックした。

『誰?』

ナミが思わずそう疑問に思うと

‘僕の母さん。
 
 朝ごはんができたんだ’

そういうと、体が勝手に動き出した。

毛布から抜け出すと、

古くて汚れているガウンが出てきた。

そして同じくボロボロの靴に足を通す。

『ちょっと、どういうこと?』

何で体が勝手に…

と思い声が出そうになったが口が思うように動かない。

その代わりに

‘だって、朝ごはん食べて、

 そして行かなくちゃ…’

と少年の声が答えた。

そうしている間に体はドアを開けると、

そこには穴がありハシゴの頭が覗いている。

体は慣れたようにスルスルとハシゴを降りると

そこには木でできたテーブルと粗末な椅子。

その上に置いてあるパンにナミは見覚えがあった。

『これってさっき見たのと同じ物…』

パンの色形、チーズのかかり具合まで

さっき見たのと全く同じ物である。

‘そうだよさっき見た夢と同じ。
 
 僕、エスパー少年だから、

 次の日の事が夢で見えるんだ’

そう少年は言いながら、

いや実際に喋っているのではなく、

口は白くて細い手で千切ったパンを食べる。

硬いパンの食感とクセのあるチーズの風味が

口の中に広がった。

それを見てナミは分かった。

今自分はエラーという人間の少年の記憶を見ている。

見るだけでなく彼が感じる事まで、

彼自身になって体験しているのだと。

『そういえば、お母さんは?

 一緒に食べないの?』

食事をしながらでも会話できるようなのでナミは彼に聞いた。

‘あっちで仕事の用意してる。

僕とは食べないんだ’

『え、どうして?

 お母さんなのに?』

普通じゃない答えにナミは聞いた。

‘僕が生まれてから、

 母さん大変だったから。

 大好きな父さんとも会えないし’

『お父さんとも会えない?

 そういえばお父さんは?』

‘父さん僕が生まれてから遠い町に行っちゃった。

 僕と会いたくないから…’

『そんな、エスパーだから出て行ったり、

 エラーなんて名前つけるなんて、

 酷い父親よね』

ナミが怒ってそういうが、

‘酷く無いよ、綴りも違うし。

 それにそれが普通だから。

 それより行かなくちゃ’

少年の声はそう言うと、

殆ど手を付けてないパンを残して、

体の中にナミを入れたまま支度する為に部屋へと戻っていった。


少年が支度を終え外に出ると本当に小さな村だった。

家の周りには畑が広がり、

隣の家までとても遠い。

すると、家の脇から1匹のポケモンが出てきた。

「おはよう、キュウコン」

頭の中と同じ声で、

少年がキュウコンに挨拶すると

「コンッ!」

そのポケモンも鳴き声で返した。

『…そのキュウコンはあなたのポケモン?』

ずっと黙っていたナミが聞いた。

さっきの支度で着替えている時から、

下手に質問すると変な事を聞いてしまいそうで、

ずっと黙っていたのである。

‘一応僕のだよ。

 前はおじいちゃんのだったけど’

家から出た今でも少年の声が返ってきた。

ナミは安心して

『でもそれだったら、

 モンスターボールに入れないの?』

と聞いたが、

しかし今度は返事が無い。

『モンスターボールよ。

 自分のポケモンを入れる…』

‘それって、クリスタルの事?

 あれはお金持ちか貴族、

 勇者って言われる人しか持てないよ’

少年がそう言ってきた。

『クリスタル?…そういえば』

改めてナミは周りの風景を見た。

まるでおとぎ話や大昔を題材にした映画、

歴史の番組に出てきそうな風景。

正にそれが広がっていた。

どうやら思ったよりも

ずっと昔の世界に来ていることに気がついた。

そしてその大昔の風景の中にある細いあぜ道を、

少年はキュウコンに何か話かけながら歩き出した。

『ねぇ、それでさっきの話なんだけど…』

気持ちが動揺してしまい、

さっきは出来なかった事を少女は聞いた。

『父親が酷くない、

 それが普通だってどういうことなの?』

‘もうすぐ分かるよ、

さっきも夢でも出てきたから’

『さっきの夢?

 そんな事いわれても…』

あまりにも早過ぎて分からない。

そう言おうと思ったとき、

道の前に3人の男の子たちが現れた。

『あ、この子達』

夢に出てきた子供達だと思った瞬間、

子供たちが騒ぎ出した。

「や〜い、や〜い、悪魔の子!」

「こっち来るな〜、出てけ〜、出てけ〜」

「魔法使いめ、お前なんか死んでしまえ〜!」

『ちょっとヒドイ、

何て事言うのよ!』

子供達の心無い言葉にナミは腹を立てたが

「いいよ、気にしないで行こう」

少年は間に入って睨み付けているキュウコンを促して

子供達の横を通り過ぎた。

…その時だった。

ゴチンッ!!

突然頭に硬い物がぶつかった。

すると目の先に石が落ちてきた。

後ろから誰かが石を投げたのだ。

『痛〜い、何するのよ!』

ナミがそう思うと少年も振り返り、

石を投げた1人をキッと睨みつけた。

すると

「うわぁぁ!」

少年の体が浮かび上がり、

投げ出されるように道の脇、

畑の中に落ちてしまった。

他の2人は唖然とそれを見ていたが

「うわ〜!魔法だ!悪魔だ〜!」

「逃げろ〜、またやったぞ〜!」

「助けて〜、助けて〜!」

そう言ってまた騒ぎ出すと、

3人の子供達は村のほうへ走って行った。

『ふん、何よ。そっちが悪いんじゃない』

少年が念力で飛ばされた姿に、

ナミは清々した気分だったが

‘やっちゃった…。

 やっぱり変えられないんだ…’

少年は酷く落ち込んだ様子で、

また道を歩き出した。

道を歩きながらナミは少年から話を聞いた。

夢で時々ゆっくりになる所は、

自分にとってとても大事な場面。

そして夢で見たものは変えられない、

いくら頑張ってもどんなに嫌な事でもその通りになってしまう、

という事だった。

『でもさっきのは、

 いい気味だったじゃない』

ポケモンバトルで勝った時のような

爽快な気分でナミは言ったが、

‘でもあれでまた母さんが…’

声がそう答えようとした時、

『あ、行くところって、あの教会?』

ナミは目の前に現れた建物の事を聞いてしまった。

‘そうだよ’

少年がそう言ってその建物の前まで行くと、

横に引っ付くように建っている小屋の扉が開いた。

「エラー、入りなさい」

中には黒いローブを羽織った男が辺りを伺いながら呼び入れた。

中に入ると、その先に真っ暗な階段が見えた。

『ここって?』

‘おじいちゃんの研究室。

教会の地下にある。

毎日ここに来てるんだ’

そう言ってキュウコンと一緒に中に入り、

階段を降りるとそこにはあの夢で出てきた真っ暗な廊下。

そして中から光の射す扉が見えた。

中に入ると部屋の奥の木の椅子に招かれ、

そしてそこに座ると目に飛び込んできたのは、

『大きい絵。

 誰なのこの人?』

扉の上、部屋の壁いっぱいに描かれた一人の肖像画。

尖ったほほ骨、

そして口元から長いヒゲを生やした老人である。

‘彼はヤン様。

 僕のおじいちゃん。

 すごいエスパーだったんだ’

肖答える声が少し誇らしげに言う。

『おじいさんもエスパーだったの。

 他の人達もそうなの?』

ナミは周りにいる人達を見て言った。

水晶玉や…他はよく分からない物を準備している

‘この人達は普通の人だよ。

 僕の力を何か良い事に使えないか調べてる’

しばらくすると皆でヤンという老人の肖像画に向かってお祈りした後、

椅子に座っているエラーに向かって、

水晶玉を掲げたり、

ブツブツと呪文を唱えたりし始めた。

『これって、何してるの?』

ナミは聞いてみると

‘僕の力を引き出す為のおまじないなんだって’

椅子に座ってじっとしたまま、

エラーの声が答えた。

『おまじないだなんて、

 何か効果はあるの?』

‘無いと思う。

 でも彼らはそう信じているんだ’

どうやらエラー自身もこのやり方には懐疑的なようだ。

『私も意味ないと思う。

 こんな事毎日されて、

 エラー君って大変ね』

‘そうだね。ちょっと大変…’

ナミは自分の言葉に答えた少年の声が、

少し笑ったような気がした。

そうしている間にも、

彼らの研究は続いていた。

別の人が近づいてきては十字架を掲げたり、

何かの毛皮をかぶせたり、

スプーンで変な液体を口に入れられたりと、

思いつきとも思えるような事が繰り返されるが、

エラー自身は別に何をするわけでもなく、

静かに座っていた。


ナミも退屈なので、

エラーという少年にいろいろ尋ねてみた。

両親の事。

元々彼の両親は村で一番といえる位仲が良かった。

しかし、彼の母親は代々、

エスパーの血が入っておりそれが子供に出てしまった。

彼がエスパーだと分かると

信仰深い彼の父親は彼を毛嫌うようになり、

町へと出て行ってしまった。

母親は夫に会いたいと思っているが、

エラーの為に2人で細々と暮らしているという事。

キュウコンの事。

元々祖父であるヤンと一緒に居たが、

現在は自分の家の近くに住み、

昼間は自分と一緒に居てくれているという事。

もちろんモンスターボールは無い時代、

今も彼が座っている椅子の横で、

周りの人の事はお構いなしにぐっすり眠っている。

そして肖像画の老人、

エラーの祖父ヤンの事。

彼は偉大なエスパーであった。

これから起こる事を予知し、

村の人に教えていたという。

当時は村人たちには慕われていたらしい。

ヤンも自分の力をもっと活用してほしいと、

この研究室を作ったそうである。

だが、

『え、今何て?』

突然少年が言った言葉にナミは耳を疑った。

『自分からお城に捕まりに行って、そのまま?

 …どういうこと??』

ナミが聞き返すと

‘エスパーはそれだけで悪なんだ。

 だからお城の人は捕まえたがってる。

 何でおじいちゃんが行ったかは分からない’

少年はそう言う。

ナミは目の前の肖像画のヤンという人の最期にショックだった。

確かに昔の映画か何かでそういう事が描かれていた気がする。

しかし、本当にそれが現実にあったという事を聞いて、

胸が詰まる思いだった。

その時、少年が立ち上がった。

彼の体の中に居るナミも、

何かはすぐに分かったので、

黙って付いて行く。

暗い廊下に出て、

その隅の囲いの中で用を済まし出ようとすると、

「なんだと!」

という声が聞こえた。

見ると、2人の男が部屋のドアの前に立っている。

どちらも部屋の中に居た人であった。

「城に気づかれたって、何故だ…」

さっきとは変わり、

ヒソヒソと彼が言った。

「分からない…

 だが、この教会を調べてるヤツがいるらしい」

もう一人の男が答える。

「どうする?

 もし見つかったら私たちまで…」

青ざめた顔で聞く男に対し、

「ヤン様は大丈夫だと言っていた。

 それを信じるしかない」

もう一人の男が静かに言う。

ナミはそこで気が付いた。

これは朝、夢の中で見たあの光景であった。

あの時夢はゆっくり流れていた。

つまりこれは1日の中で特に重要な事なのである。

『もし、見つかったら…どうなっちゃうんだろ』

ナミが思わずそう考えてしまうと

‘たぶん、僕たちもおじいちゃんみたいに…’

『やめて、答えないで!』

意図せず聞いた事に答えようとした少年の声を

ナミはそう遮った。

その時、男たちが少年に気づいたのだろう、

そそくさと部屋の中に入っていった。

少年はしばらく囲いの中でじっとしてから部屋の中に入り、

静かに椅子に座った。

中の人達は変わった様子も無く、

あの2人も何事も無かったかのように研究の続きに入っている。

しかし、ナミだけは彼の心を感じていた。

言い知れぬ不安、

そして動揺。

まるでさっき聞いた話でそれまで静かだった彼の心の中に、

大きく荒れ狂う波が襲ってきたようであった。

そんな少年の様子に気づいたのだろうか

「今日はここまでにしよう」

一人が言うと彼にかけていた毛皮や色んな装飾品が外された。

先ほどの男に階段を上がり外に出ると、

すでに外は夕暮れ時であった。

硬い表情のまま気を付けて帰るように言うと男は扉を閉め、

中から固く閉ざしたようであった。

夕焼けに染まる小麦畑の中の道を通り、

少年は教会を後にした。

誰にも会いたくないという少年の心が通じたのだろうか、

赤い日差しに照らされる道には誰も居ない。

しかし家に付くと、

入り口の前には一人の女の人が居た。

「またいじめられたって言ってるのよ!

 あんな子、外に出さないでちょうだい!!」

などと、ヒステリックにまくし立てている。

『あの人は?』

ナミが聞くと

‘朝会った子の母親’

とだけ少年は言う。

『そんな…

 ひどい事言ったり、

 石を投げてきたのはあっちなのに…』

ナミはすぐにでも走って行って本当の事を伝えたかったが、

少年は飛び出そうとするキュウコンを抑えたまま動かない。

しばらくして女の人が帰って行った後

少年は家の中に入ると、

そこには母親が立っていた。

『違うのお母さん。

 エラー君は悪くなくって…』

ナミはそう言おうとしたが、

少年は母親の方を見ようとしない。

すると、母親は彼の頭を撫で、

そして彼の肩をしばらく抱いていた。

『お母さん…

 分かってるんだ…』

顔を見なくても分かる母親の想い。

それを感じるとナミは泣きそうな思いであった。

‘うん、お母さん、大変なんだよ。

だから僕も夢の事は変えたかったのに、

でもやっぱり変えられなかった’

しかし彼の声がそう言うと、

彼女が手を離すと同時に少年は朝に残したパンをポケットに突っ込み、

ハシゴを上って行った。

感謝、謝罪、後悔、怒り、悲しみ…

様々な感情の入り混じった複雑な彼の気持ちは、

中にいるナミにダイレクトに伝わってくる。

しかし、そんな事に構う事無く、

彼はベッドに座りゆっくりパンを食べきると

ボロボロのガウンに袖を通し毛布をかぶった。

ナミがどう声をかけても、

もう声は返って来ない。

少年がそのまま眠りにつくとナミもつられるように眠くなり、

簡素なベッドの中で眠りに落ちて行った。


突然風景が飛び込んできた。

壁と穴だけの窓の部屋。

あの部屋である。

起きたのかと思うと、

風景が高速で流れ出した。

『あぁ、また明日の夢を見てるのね』

そう思いながら、

ナミは流れる光景を見ていた。

確かに早いが、

昨日よりは分かるようにはなっていた。

昨日と同じ様にパンを食べ、

支度をしてから家を出る。

小麦畑の中を歩くと、

すぐに教会に着いた。

『良かった、あの子たち明日は何もしてこないのね』

そう思うとすでに教会の中だった。

肖像画の前で人々がものすごい速さで動いている。

『ここも昨日と変わらないわね』

ナミが思ったその時、

早回しの映像が突然止まった。

いや、止まったのではなく、

現実と同じ早さで流れている。

周りの音や動き、

薄暗い部屋を照らすたいまつの熱さや

イスの横に居るキュウコンの気配までも感じる。

『これってもしかして…』

ナミは思った。

昨日起こったことで重要だったものは、

全て映像が遅くなっていた。

しかもそれは大切なことであるほど現実の流れに近かった。

今、見えているものは近いどころか

完全に現実の時間と同じである。

何かとても大切なことが起こるんだ。

そうナミが感じていると。

ドタドタドタ…

突然、大勢の足音が聞こえた。

周りの人が驚いて一斉にドアの方を見る。

ドガッ!

ものすごい勢いで部屋の扉が開いた。

そしてその向こうには、

銀色に光る甲冑を来た兵士。

彼が扉を蹴破ったのだった。

「ここか、悪魔の儀式をしているとことは」

部屋に入るなり甲冑の中の男が言と、

「そして貴様が悪魔の化身か!」

椅子に座った少年に対して剣を向けた。

「違います、兵士様。

 我々はそのような…」

昨日信じるしか無いと言っていた男がそう歩み出たが

「うるさいわ、悪魔の手下め!

ひっ捕らえよ!」

兵士がそういうと、

同じような鎧に身を包んだ男たちが部屋になだれ込んだ。

その後は地獄絵図だった。

傷つけられ連れていかれる人々、

たいまつで燃やされていく書物、

鎧の足で砕かれる装飾品。

『そんな、こんなひどい事…』

ナミが思うと、少年の心が伝わっていた

‘怖い、怖い、怖い、怖い…’

底知れぬ恐怖、

それのみが強く伝わってくる。

‘変えたい、変えたい、変えたい、変えたい…’

そしてこの未来を変えたいという願いに変わっていく。

『そうよ、これは明日起こる事。

 まだ変えられるはず』

ナミもそう思うが、

‘変えられない、変えられない、

どうしても変えられない…’

少年の声がそう変わる。

‘昨日も変えられなかった、

一度も変えられなかった…’

少年はそう言う。

昨日も少年はそう言っていた。

夢で見た事は変えられない。

少年が出来るのはこの未来を受け入れることだけだった。

『そんな、こんな酷い未来、

 何とかして変えないと』

ナミがそう思った時、

カツン、カツン…

すぐ前で堅い足音が聞こえた。

そして

ドスン、ドスン…

今度は重い足音。

少年が顔を上げると目の前にはあの兵士と、

そしてその隣にはしっぽの先に

オレンジ色に燃える炎を灯すポケモン、

リザードンが立って居た。

「悪魔よ、地獄に帰れ。

 リザードン、正面にかえんほうしゃ!」

兵士がリザードンに指示した。

目隠しをされているリザードンは首を大きく振ると、

エラーに向かって炎を吐いた。

『イヤ!やめて!!』

ナミがエラーの中で叫んだ。

すると目の前に白い毛皮が表れ炎を受けた。

キュウコンが立ちふさがり、

“もらいび”で炎を吸収している。

「悪魔の使いか、

 先に地獄へ送ってくれるわ!」

そう言った兵士が剣を振り上げて、

前へ出る。

キュウコンの尻尾、

甲冑を着た兵士の胸から上、

そしてその後ろには肖像の顔が一直線に見えた。

‘ヤン様、エラー達を守って…、

 ヤン様、エラー達をを守って…’

その肖像画に向かって、

いつからか少年は祈っていた。

まるで最後の望みを託すように尻尾と甲冑の先に見える老人に向かって。

だがしかし、

ヒュンッ・・・ザシュッ!

一筋の光の線を残して剣が振り下ろされると、

少年の顔に生暖かい物が降り注いだ。

兵士との間で揺れていた尻尾8本が崩れ落ち、

最後の力を振り絞るように残った1本も、

ゆっくりと揺れ落ちていく。

『いやぁぁぁぁ!』

それはナミが悲鳴を上げるのと同時であった。

‘ヤン様、エラー達を…、

 ヤン、エラーを…、

 YUNG…ERER…、

 ・・・Yungerer!!’

その瞬間、彼の気持ちが爆発した。

キュウコン、甲冑、肖像画、

それらが彼の持つエスパーの力と共に集まり、

一つの強大なエネルギーとなりそれは彼の中で動き始めた。

恐怖が爆発と共に弾け、

体のエネルギーを感じた彼は困惑していた。

それは夢の中の話ではなく確かに体の中にあり、

彼の体に不思議な感覚を与えていた。

ただ、彼の中に居るナミだけは理解していた。

この体が浮き上がり、

細胞が動いていく感じ…

それはあの時、彼女が感じたのと同じ感覚。

“進化”の力である。

変化は頭から起きた。

エネルギーの大きさに呼応するかのように、

頭が大きくなっていく。

大きさだけでは無い。

耳と鼻は獣のように尖ってき、

頬は角張り口元からは長いヒゲが生えてくる。

体は胸回りが膨らみ、

肉体としての質感を保ったままがっしりとした体格となる。

さらに体の後ろにはフサフサとした物ができているなど、

何かが体から飛び出したり引っ込んだり一つにくっついたり、

体の至る所が変わっていく。


『はっ!!』

その時、少年が目を覚ました。

そこはいつも見る、彼の部屋。

窓の穴から光が差し込んでいるということは、

もう朝なのだろう。

ただし、何かがおかしい。

『目が覚めたか?』

その時、急に誰かに声をかけられた。

見るとベッドの横にあのキュウコンが座っている。

『やはり今日か…

 ヤン様が言っていた通りになったな』

そういうとキュウコンはベッドの周りをぐるりと回り、

彼の体を眺めながらそう言った。

『なったって、

 …あれ?』

毛布を持った手を見ると、

指が3本しかない。

そして鋭い爪が古い毛布を破ってしまっている。

指は太いが、その下の腕はやたらと細い。

まるでさわがにポケモン、

クラブの足のようである。

『これってもしかして?』

少年がキュウコンに聞くと。

『あぁ、オマエはポケモンになっている。

 見た事のないポケモンだ』

キュウコンがゆっくり答える。

『そうか、ポケモンになったのか…』

そう言って、ほっと溜息をついたエラーを見て、

『…たいして驚いてないみたいだな』

キュウコンが不思議そうに聞いてくる。

『驚いてるけど…

 僕が人間じゃないのなら、

 アレはもう起きないんだ。

 良かった…」 

新しいポケモンは一人ベッドの上でつぶやいた。

やっと未来を変えられた。

それも一番酷い未来を。

それが何より嬉しかった。

『まぁ、それならいいが…』

とキュウコンが言った時である。

“コンコン…”

と、部屋のドアがノックされた。

『あ、お母さんだ』

『どうする?その姿を見せられるか?』

キュウコンがたずねてきた

『ここで暮らしたいのなら姿を見せて息子だと分からせるか、

 見せないのなら何も言わずにその穴から逃げるか、

 …どうする?』

キュウコンの問いにエラーは少し考えたが、

『せっかく変えられたんだ。

 お母さんの未来も変えてあげないと』

と言うと手をドアに向け、念を込めると、

バタン!

思った通り、一気に開けられた。

向こう側でびっくりしていた母親の顔が、

自分を見てますます驚いた表情になっている。

エラーはそんな母親に向かって、

『お母さん、僕はもう行くよ。

 お母さんはお父さんの所に行ってあげて。

 今までありがとう、

 さようならお母さん』

そう言うと、窓の穴から外へと飛び出した。


『体が軽い…』

生まれて初めて走りながら思った。

頭は大きくなり手足は細いのに、何て軽いんだ。

まるで背中に翼が生えたようだった。

体からにじみ出る超能力の力、

ほとんど足を地面につける事無く走った。

夢中で走っていると溜め池が見えた。

淵に立つと朝日に照らされた自分の姿が見えた。

『これが僕…

 なるほど、そういう事…』

今の自分の姿を見て、苦笑した。

肖像画のヒゲのある顔に、

キュウコンの耳と鼻を足したような頭。

甲冑のような体に、

1本だけあるフサフサの尻尾。

まさに、夢であの時見た物を

全て混ぜたような姿になっていた。

ただ大きな胸元に対して、

その時キュウコンの陰で見えてなかったお腹や手足なんかは

かなり簡単な造りになっていた。

『なんだか、

 変な姿になっちゃったな。

 …ぷふっ、

 ゲラゲラゲラ…』

言葉とは裏腹に、

声を出して笑ってると

『なんだか、思いのほか楽しそうだな』

後ろから声をかけられたので、

振り向くとそのキュウコンであった。

『あ、キュウコン。

 君と話ができるなんて』

『そりゃそうさ、

 オマエがポケモンになったんだからな』

『そっか。

 ねぇ見てこの耳と鼻、

 あとしっぽも君のイメージで出来たんだよ』

嬉しそうに自分の顔と尻尾を見せた。

『そりゃ光栄だが、

 顔はオマエのおじいさんにそっくりだぞ』

『あ、分かる?

 この顔とヒゲはおじいちゃんからもらったから』

そう言いながら少年とキュウコンは、

彼の新しい体をじっくり見ていく。

『足腰はそれほど変わらないが、

 その体の上の方はどうした?』

キュウコンに聞かれて

『これは、お城の兵隊さんのイメージで…』

と、言いかけた時である。

『あ、ここままだとあの人達…』

夢での事を思いだして、少し考えると、

『キュウコン、やってほしい事があるんだけど…』

『何だね、言ってみなさい』

『うん、あのね…』

少年はキュウコンによく似た形の口で、

自分のと同じ形をした耳に囁いた。


『本当に良いのか?』

『うん、どうせ全部燃やされちゃうから』

教会の地下の研究室でキュウコンが少年に聞いていた。

幸い朝早くだったので、

まだ誰も来ていなかった。

『おまえのおじいさんの絵も燃えてしまうが

 それでもいいのか?』

キュウコンが指摘するが

『大丈夫。

 おじいちゃんの顔なら、ここにあるから』

自分の顔を触って言った。

自分の顔が目の前の肖像画と同じになったと分かった時は

複雑な気持ちだったが、

今ではなって良かったと思えた。

『ならいい。

 では始めるぞ。

 ヤン様、お別れだ』

キュウコンはそういうと、

肖像画に向けて火の粉を吐いた。

炎は肖像画を瞬く間の内に黒く焼いていく。

すると、炎の光を受けて輝く物が見えた。

それは液体を飲ませるためのスプーンであった。

少年は手に取ると、

そこから大きな力を感じ取れた。

炎に向かって高く掲げると、

スプーンがぐにゃりと曲がった。

すると、サイコキネシスが働き、

真っ赤に燃えていた炎がヘビのように部屋の壁を這い巡り

書物や毛皮、部屋中の物に燃え移って行った。

『これでいいんだ。

 もうこれでだれも傷つけられない、

 連れて行かれない』

彼は満足すると形の戻ったスプーンを持ち、

キュウコンと地上に出た。

後ろを見ると、

パチパチと教会自体も燃え始めていた。

『これは大変だ。

 人間達がすぐにきてしまうぞ』

黒煙を上げる教会を見て、

キュウコンが興奮して言っている。

『そうだね、もう行かなくちゃ。

 キュウコンとはここでお別れかな?』

少年がそう言うと、

キュウコンはとんでもないという顔をして

『何を言っているのだ。

 一人では行かせるわけ無いだろ。

 何と言っても恩を受けたヤン様の孫だし、

 それにヤン様に命をかけて

 守れとも言われているからな』

と言う。

『命をかけても…か…』

キュウコンの言葉に夢の事を思いだした。

あの時キュウコンは実際に命を投げうって守ろうとしてくれた。

『普段は大らかなヤン様だけど、

 これを言った時の顔は本当に厳しかったからね、

 よっぽどオマエの事が心配だったんだろ』

自分の祖父は偉大な預言者だった。

もしかしたら、夢の中の出来事も、

それを見た後の事も分かっていたのではないか。

『そうだね、じゃぁ一緒に行こうか。

 これからもよろしくねキュウコン』

そう言うとポケモンになった少年は、

キュウコンと共に、村の外へと駆け出した。

『さて、ポケモンにも様々な者は居るが、

 オマエはどういうポケモンになりたいのだ?』

真っ黒な森の前まで来た時、

キュウコンが聞いてきた。

『そうだね…おじいちゃんが村の人達にしたように、

 予言で色んなポケモンを幸せにできるポケモン

 …そうなれたらいいな』

人間には「ユンゲラー」と聞こえる鳴き声で少年は答えた



……

『お帰り。気分はどうだ?』

フーディンに聞かれて、

ナミはハッと気が付いた。

周りを見渡すとあの洞窟の中、

ブースターとエナナも眠ったまま。

そして自分の体を見ると、

水の色をしたシャワーズの姿。

現代に戻ってきたのである。

『今見せたのが、我々の祖先、

 最初のエラーの記憶だ』

フーディンが体半分に月の光を受けてそう言った。

空を見ると、

月は僅かに傾いている。

丸1日以上、

エラーという少年の中に居たはずなのだが、

現実には殆ど時間は経ってないのだった。

『はい、あれが最初のエラー君の記憶。

 あの話は本当にあったんですね』

『あぁ、人間の方から見たら、

 正にオマエの言った物語となるのであろう』

フーディンの見せてくれたエラーという少年の話。

フーディンの言った通り、

この話を見て自分はどうするか確かに分からない。

彼と自分の状況は全く違う。

ただ、とても貴重な体験をさせてもらった。

それだけは確かだった。

最後に一つ、ナミは聞いておきたい事があった。

『あの、エラー君はポケモンになって、

 幸せだったのでしょうか?』

その問いにフーディンは直接答えずに、

『ユンゲラーというポケモンは、

 最初はエラー一人だった。

 だが今この世界には何百のフーディン、

 何千ものケーシィ、

 そして何万匹ものユンゲラーが暮らしている。

 そういう事だ』

と説いた。

それはどんな答えよりも、

ナミが聞きたい答えだった。

『わかりました。

ありがとうございます』

ナミは穏やかな気持ちで礼を言った。


 つづく…


  [No.1673] 第2章 第9話・真の願 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:43:32   30clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

『う〜ん…』

自分の周りでガサゴソといっている気配でナミは目が覚めた。

目を開けると、

そこはあの屋根裏部屋でも見慣れた原っぱでもなく、

日の光で明るくなった洞窟の中。

その硬い岩の床の上でナミは4つの足で立ち上がり、

しっぽを大きく振るようにして身震いすると、

シャワーズの潤ったボディがプルッと震えた。

『やぁ、おはようさん』

声がする方を見るとエナナの姿、

そしてその向こうの広間の方では

『うめぇ!うめぇ!』

平らな岩のテーブルの上に置いてある

フィラの実にがっついているブースターの姿。

ブースターが起きているという事は、

もう相当朝遅いのだろう。

『う〜ん、寝坊しちゃったみたい。

 あの木の実どうしたの?』

ナミは前足で頭をかきながら、

寝ていた壁の窪みから出て聞くと、

『あぁ、洞窟のポケモン達が朝食にどうぞとな。

 昨日の木の実のお礼だそうだ』

とエナナは笑って答えた。

『あぁ、良かった。

 てっきり大事な食糧を勝手に食べてるのかと思って』

ナミもつられてそう言うと

『んなわけないだろ!

 それよりもナミこれ、メチャクチャ旨ぇぞ!』

ナミの冗談が分かってか分からずか、

ブースターは怒ったように初めは言ったが、

木の実の味がそれをすぐにかき消してくれたようだ。

『う〜ん、

 私もいつもちゃんと最高に美味しく作ったのを

 食べさせてるはずなんだけど』

ブースターの様子にナミは苦笑して言うと、

『まぁ、ナミさんが作ってない木の実だから、

 初めての味は特別だろうからね』

エナナがすぐにそうフォロー…

…何だか一昨日からこんなのばかりだ。

『お姉ちゃん、はいコレ!』

昨日のクチートがバンジの実を持ってきた。

フィラがバンジはバトル中にポケモンの体力を回復する為の木の実だが、

苦手な味だと“こんらん”してしまうという副作用がある。

トレーナーの間でもあまり人気も無いのでナミも育てていない。

『大丈夫だよ。

 エラー様がお姉ちゃんにはこの実がいいって言ってたから』

というクチートが言うので

『それなら安心ね、ありがとう』

ナミはしっぽで頭を撫でながら木の実を受け取ると一口齧ってみた。

思った通りナミの好きな“にがい”味であった。


『今から出たら、夕方にはあの木の生えてる島には着けるから…』

と、貰った朝食を食べ終わったナミが、

帰り荷物をまとめながら考えていると、

『シャワーズの姉ちゃんら、

 エラー様が呼んでるゾ』

昨日エナナと闘っていたヤミラミが呼びに来た。

ちょうどウエストポーチを背負ったナミが広間に行くと、

エナナとブースターがすでにフーディンの前に座っていた。

『大変お世話になりました。

 あの、娘も待ってる事ですし、

 これから帰ろうと思うのですが…』

ナミがそう尋ねると

『まぁ慌てるな。もう来る頃だ』

フーディンが言って天井に開いた穴から空を見上げた。

『もう来るって、何が?』

と、ナミもつられて見上げると、

バサァ、フワァ・・・

羽ばたき音がしたと思うと、

大きな綿毛の塊がゆっくりと下りてくる。

『エラーさまぁ、お久しぶりぃ。

 旅の情報を聞きにきましたぁ』

綿毛の中から透き通るような声がすると、

水色の長い首が出てきた。

歌うような鳴き声で知られる、

ハミングポケモンのチルタリスである。

『おぉチルタリス、待っておったぞ』

その首にフーディンはそう言葉をかけた。

『えっ、待っていたって?』

チルタリスがそう言うと、

フーディンはそれに答える前に、

『旅についてだが、

 今後お前達の群れの旅は全て順風満帆、

 心配は一切無用。

 しかもこれから先の旅、

 群れの未来永劫、末代までだ』

と、まるでテレビの販売員の謳い文句のように、

チルタリスが洞窟に入ってきた時に聞いていた方の答えを出した。

『え、これからずっとって、

 そんなに先まで分かるのですかぁ?』

その言葉に、

チルタリスもさすがに疑問に思って長い首をかしげている。

そんなハミングポケモンにフーディンは

『あぁ、当然だ。

 この者達を住んでる森まで運んでくれるのならな』

と言ってナミ達を指さした。

『え、あなたたちを?』

ナミ達を見てそう言ったチルタリスは、

大きな綿毛の翼を左右に揺らしながら歩いて近づいてくると、

『4本足のポケモンをかぁ…

 それに森って、どこの?』

と難しい顔をして聞いてきた。

『えっと、

 ここからまっすぐ北の海を渡った先、

 トウカシティの近くの…』

とナミはポケモンにも分かりやすく説明すると

『ええっ!

 それってほとんど逆方向じゃない!』

と、チルタリスの声がまるで悲鳴のように洞窟に響いた。

『すごく遠回りになっちゃうじゃない…

 旅が長くなるとそれだけ危ない目に合いやすくなるのよ?

 分かってるのぉ?』

とチルタリスが渋っているが、

その向こうでフーディンが何やら目配せをしているのにナミは気づいた。

『ウエストポーチの…左側?

 あ!そこに入ってるのって!』

そう思い出すとナミは

『じゃぁもし、

 “そらをとぶ”を覚えられるとしたら?』

とチルタリスに聞いてみた。

『え、それ本当ぉ!?』

それを聞いたとチルタリスはさらに甲高い声でそう言った。

ウエストポーチに入っているのは

ポケモンに技を教える“わざマシン”“ひでんマシン”という物。

その中に“そらをとぶ”と言う物がある。

鳥ポケモンは自分の力で飛ぶことが出来るが、

それは翼の力だけでなく技のような力も使って飛んでいるらしい。

炎ポケモンが火を吐く、

電気ポケモンが電気を作る、

ナミも技を使って体から水を出したりしている。

その技の力で、

翼を持たないドラゴンポケモンも空を飛んでいたりしている。

ただ、その力はあくまで自分自身が飛ぶためだけであって、

小さな物は運べたりするが大きな物、

例えば人を乗せて飛ぶ事は難しいらしい。

“そらをとぶ”は攻撃技であると共に、

それが出来るだけの力が出せるようになる技である。

『それなら、もちろんやるわよ!

 これでずっと安心して旅ができるようになるわぁ!』

ナミの言葉を聞いたチルタリスがすでに大喜びしている。

人を乗せても飛べるという事は、

普段の飛行もずっと楽になるので当然だろう。

しかも“なみのり”と同じくトレーナーが旅で使う物なので、

何度でも教える事が出来る“ひでんマシン”である。

『できれば私以外の仲間にも教えて欲しいんだけど?』

というチルタリスにナミは快くOKすると、

『みんなぁー!すぐに来てぇー!』

チルタリスがそう呼んだ途端、

バサバサバサ…

『えっ?えっ?えっ?』

チルタリスの仲間が次々と空の穴から洞窟へ飛び込んで来て、

広間はあっという間の綿毛だらけになってしまった。

その綿毛の山をかき分けるようにして、

ナミは1匹1匹の頭を探しては“そらをとぶ”を覚えさせていった。

するといつの間にか噂を聞きつけたキャモメ等もその頭の中に混ざってきてしまい、

結局、辺りに住むほとんどの鳥ポケモンに覚えさせる事になってしまった。


『お世話になりました。最後にご迷惑かけてしまったようで…』

ようやく静かになった昼下がりの洞窟で、

数匹だけ残ったチルタリスの前でナミはフーディンに挨拶した。

『かまわぬ。

 これで彼らの生活も楽になるだろう。

 それに元々こうなる事を予想してやった事だ。

 むしろ手間をかけさせてすまないな』

フーディンはねんりきで広場中に散らばっている羽を

片付けながら笑って言った。

『それと手間ついでと言っては悪いが、

 彼も一緒に連れて行ってもらえぬか?』

そうフーディンが言うと、

隣から昨日ナミ達を広間まで連れてきたユンゲラーが出てきた。

『彼をですか?

 構いませんが何か?』

ナミが頭からハテナマークを飛ばしながら聞くと

『あー、やっぱ昨日の話聞いてなかったんだな。

 自分が人間になる為の事なのに、

 どうなのよ姉ちゃん』

とユンゲラーがやれやれと言う感じで行った。

昨日から思っていたが、

このユンゲラーちょっと口が悪い。

『そう言うでない。

 彼女の心情を察してあげなさい。

その代りそちらの事は頼んだぞ』
 
その言葉にフーディンが咎めているたが、

『へいへい。

 そこら辺の事も、

 戻った時に全部教えてもらいますからね』

ユンゲラーはそう言ってさっさとチルタリスに乗ってしまっていた。

『すまないな、

 なまいきな性格なのは勘弁してやってくれ。

 だが、能力は保障しよう。

 あれでもワシの後を継ぐ者なのでな。

 そろそろ進化してもらおうかと思っていたのだ』

フーディンはそれを見て笑ってそう言っていた。

聞くと、

彼を跡継ぎとしてフーディンに進化させる時なのだという。

一般的にユンゲラーからフーディンの進化は

トレーナー同士がポケモンを交換した時に起こるとされている。

しかし目の前のフーディンがそうであるように

自然界でもユンゲラーが進化することがある。

ナミと知らない場所へ同行し、

その後でテレポートでこの洞窟に戻る事で進化できるのだという。

『その後彼に、

 ワシの中にある記憶を全て見せるのだ。

 そうして我らは代々エラーの役目を受け継いでいるのだ』

エラーはそう言って、いつもの瞑想のポーズをとった。

『見せるというと、どうやって?』

恐らく今までに溜まった何十年何百年の記憶をどうやって…

映像にしても膨大な時間がかかってしまうのではと思ってナミは聞いたのだが、

『それは昨日お主にも見せただろう。エラーの最初の1日分を』

『あぁ…』

そのフーディンの答えを聞いてナミは昨夜の事を思い出した。

確かにあの時自分はエラーという少年になり、

彼に起こった事全てを体験していた。

自分はまる1日分だけだったが、

フーディンはあの時代から現在まで全てを見るのだ。

それを想像したナミは

『う〜ん、人間の自分には途方もない話ですね』

思わずそう言うと、

『なるほど、人間とな。

 昔の感覚が戻ってきたのかな』

とフーディンが返した言葉に、

彼女はハッとした。

確かに自分は人間、

数年前までは普通にそうだったし、

今も人間に戻る為にこうして旅をしている。

しかし体はシャワーズ、

水色の体に大きなヒレが有り、

4本の足で歩き技も使える水ポケモン。

それはこの姿になってから体の感覚が嫌というほど伝えてくるし、

普段からそれを完全に使いこなして生きてきた。

この島まで来られたのもこの自分のポケモンの力でである。

普段ならさっきの言葉には

“普通のポケモンの自分には”とか

“フーディンじゃない自分には”とか言っていただろう。

戻れるかもしれないと聞いたからか、

それとも昨晩エラーという少年になったからだろうか。

自然に“人間の”と言った自分自身に、ナミは驚いていた。

『あの、実は私…』

ナミはその言葉に、

自分の今の気持ちを伝えなければと思ったが、

その途中でフーディンはシャワーズの肩に右手を置くと、

『大丈夫。

 どんな結果になろうとも、

 それはお主が考え抜いて出した答え。

 それが最も自然な流れなのだ。

 何を選んでも後悔しない事だけはワシが保証しよう』

そう頷いて言った。

ナミが振り返ると、

後ろでユンゲラーやチルタリス達、

そしてグラエナとブースターがそれを見ていた。

それでフーディンの気遣い、

そして全てが見通されていることに気付いた。

IQが何千もあるというフーディンだからこそ、

そして何代ものエラーとしての記憶と経験を受け継いでいるからこそだろうか。

そして以前にエナナも言っていた自然な流れという言葉。

その言葉には重みがあるし、

何より安心できる言葉であった。

『…分りました。

 本当に、何から何までありがとうございます』

ナミはそう言ってフーディンに一礼すると、

『じゃぁ、帰りましょうか。

 チルタリスさん達、よろしくお願いね。

 ブースターはどの子にお願いしようかしら』

ナミはそう言ってチルタリスに目をやると、

ブースターはぎょっとした顔で

『いや、待てって。

 俺高いところは…

 …いや、あんなでかいの掴めないからもし落ちたら…

 …じゃなくて、なにかあって熱くなったら振り落とされるんじゃないかとか…』

慌ててそんな事を口走っている。

『じゃぁ、ボールに入るのが安全ね』

ナミがそう言って、

ブースターに向けてボールを向けると、

ブースターはホッとした顔で赤い光となってボールに吸い込まれていった。

『あははっ、

 調子が戻ってきたじゃないかナミさん。

 アタシもボールでゆっくりさせてもらおうかね』

それを見ていたエナナがそう言って笑うと、

すでにボールの中にいるような感じで地面の上に腹ばいとなった。

前足で抱くようにボールのスイッチを押して

グラエナもモンスターボールの中に入れると、

2つのボールをウエストポーチの留め具にしっかりと取り付けた。

そしてチルタリスのリーダーの背中に上り、

『それでは色々とありがとうございました。

 お邪魔しました!』

そう言うと、

『達者でな』

フーディン、

『ウィッ!がんばれよ!』

ヤミラミ、

『森はあっちだぞ!』

ノズパス、

『お姉ちゃんバイバイ!

 また遊びに来てね!』

そしてクチート。

手を振るポケモン達にナミも大きく前足を振り、

たくさんのチルタリスと共に洞窟の上の空へと飛び立って行った。


大空を浮雲のようにゆっくり飛んでいるようなチルタリスだが、

そこはさすがはひこうタイプ。

上昇して気流に乗るとぐんぐん海の上を超えていき、

ナミが2日もかけて必死に泳いだあの海を、

あっという間に対岸へ、

そして森の上へとたどり着いた。

『あそこ!森の中の木の無い場所!』

チルタリスの首の青い鱗に

まるで水色の体を溶け込ませているかのようにしがみ付いていたナミが

そう言って森の原っぱを指すと、

チルタリスはゆっくりとその中へ下がっていく。

だんだんと大きくなっていく原っぱ

…と、その中に2つの影が見えた。

空の上の大きなポケモンに気付いたのか、

茶色と黒の影は一瞬ピタッと止まった後、

すばしっこく草をかき分けて森の入口へと走っていく。

そしての先では赤い影がこちらを見上げているのが見える。

そしてその赤い影の足元に2つの小さい影が隠れるように回り込むと同時に、

1匹のチルタリスが原っぱの真ん中に降り立つと、

『ただいま!なっちゃん!』

その上からウエストポーチを巻いたシャワーズが飛び降りて言った。

『ママーッ!!』

その姿を見るなり、

赤いバシャーモの陰のから茶色いポケモンが叫ぶと、

ナミに向かって勢いよく飛びかかってきた。

『ただいま…って、わぁっ!』

ナミはイーブイを受け止めようとしたが、

娘から技の気配を感じたかと思うと、

イーブイを受けた胸から後ろに宙返りして、

背中から倒れてしまった。

『…もしかして、今の“たいあたり”?

 すごく良かったわよ』

ナミは仰向けのまま、

自分の上に抱き着いているイーブイに言った。

『え?あ、あれ?

 ゴメンねママ、

 いつもこうやって練習してたからつい…』

イーブイも自分でした事を不思議がるように

シャワーズに乗っかっている茶色い体を見回している。

『ナミさん。よくご無事で!』

そこに大きな影が近づくと、

バシャーモが膝をついて起こしてくれた。

『ありがとうチャモちゃん』

ナミがそういうと、

バシャーモの足元に隠れている黒いポケモンに気が付いた。

『あ、そうね。二人とも着いたわよ』

そう言ってウエストポーチに付いているモンスターボールを

はたくように地面に落とすと

『…おぉ、よかった。

ちゃんとあの原っぱだ』

辺りを見回すようにブースターが、

『ご苦労様、チャモ。

 レナもいい子にしてたかい?』

2匹すぐに自分の家族2匹にそう言いながらグラエナが出てきた。

『パパぁ!』

『お帰りなさい、母さん!』

2匹の子供たちもすぐに駆け寄って、

首筋をこすり合わせたり、

顔の下で尻尾を激しく振ったりしている。

『本当にチャモちゃん、ありがとうね。

 大丈夫だった?

 この子、私が居なくて泣いたりしなかった?』

そんな母子達をほっとした様子で見ていたバシャーモに、

ナミは聞いた。

『そんな事は無いですよ。

 それどころかナツちゃんは…』

チャモがそう答えかけた時、

『へぇ、コレがあんたの子かぁ。

 ちゃんとイーブイじゃんかよ』

エスパーのオーラを身にまといながら、

ユンゲラーがゆっくり空から降りて言った。

『きゃぁっ!

 なにこのポケモン!?』

いきなり自分のすぐ横に現れたポケモンに、

イーブイは飛び上がって驚くと母親のシャワーズに駆け寄ってきた。

『大丈夫よ、なっちゃん。

 彼はユンゲラーさん。

 ママのお手伝いをしにきてくれたの』

ナミは自分の大きな尻尾の裏に隠れた娘にそう言った後、

『ちょっとユンゲラーさん。

 おくびょうな子だって言ったじゃないですか!』

海の向こうの島から来たポケモンにそう咎めたが

『だーってあんたの子だろ?

 毛並はイーブイ、

 体は人間の生き物かとかと思ってたし』

エスパーポケモンはそう茶化してゲラゲラ笑っている。

『ユンゲラーさん?

 初めまして、私はナツです』

そんなユンゲラーにイーブイは近づいて自己紹介し、

『君がなっちゃんだね。

 話は聞いてるよ、可愛いね』

ユンゲラーがそういって首筋を撫でると嬉しそうに笑った。

『えっ』

娘のその行動に見てナミは驚いた。

あの怖がりな娘が初めて会ったポケモンに自分から挨拶して、

そして触れ合っている。

『なっちゃん、大丈夫?

 平気なの?』

ナミが思わず娘に聞くと

『だってママのお友達でしょ?

 優しいおじさんだよ』

フサフサの襟巻の下を撫でられて、

気持ち良さそうにしながらイーブイが答えた。

ちょっと前までは母親のバトル仲間と会っても

遠くから見てるだけだった娘のその笑顔に、

ナミは驚きを隠せなかった。

『ほらね、

 あの子はしっかりしてるって言ったろ。

 本当に楽しそうだね』

エナナも横に寄ってきて、

今度は息子のポチエナも加わって遊んでいる

イーブイとユンゲラーを見て言った。


その日はもうすぐ夕暮れ時。

夜も近いという事で、

本題は明日にという事になった。

『こうやって、ここで木の実を食べるのもこれで最後かぁ』

大好きなノワキの実を食べながら

ブースターが感慨深そうに言った。

他のポケモン達も、

ナミ達が居ない間にバシャーモが収穫してくれていた木の実を食べている。

だが、ナミは目の前のラブタの実に、

なかなか手を付けられないでいた。

『ほら、オマエの好きな実だろ?

 人間にとっては苦すぎるらしいから、

 今食わないと食べれなくなるぞ?』

何から浮かない顔で木の実を見つめているナミに、

ブースターがそう言った。

『…大丈夫よ。

 これからも食べるかもしれないから』

その言葉に、ナミはぽつりと呟くように言った。

『いや、無理だろ。

 人間じゃ苦くて絶対に食べられないって

 オマエも言ってたじゃないか』

ブースターは笑って言うが、

『…私、人間に戻るなんて言ってないし』

ナミが今度ははっきりそう言うと、

ブースターだけでなく周りのポケモンも一斉にナミの方向いた。

『何言ってんだ?

 明日オマエは人間に戻る。

 俺らは手持ちポケモン。

 これで元通りだろ?』

ブースターがそう言ってくる。

体から発する熱で、彼の今の感情がよく分かる。

『…私、最初から戻るなんて言ってないもん。

 別にずっとこのままでもいいでしょ?』

それでもナミは自分の意見を曲げずに言い放つ。

『いやいやいや、

 だったら何であんな大変な旅したんだ!?

 戻る気が無いのなら何でわざわざ島まで行って、

 洞窟のポケモンと本気でバトルして、

 爺さんポケモンには色々言われて、

 最後は鳥ポケモンで高い所を飛んで…』

『それは悪かったわね。

 要らない苦労をさせちゃって。

 でも私は相談しに行くって言っただけで、

 絶対に戻るとは言ってないんだから!』

段々と言い合う声も激しくなり、

他のポケモン達も食事を止めて言い争う2匹を見ていた。

『ナミさん、それは…』

バシャーモはそんな2匹に声を掛けようとしたが、

エナナがその前を塞ぐようにして止め、

子供達をその後ろに来させた。

『人間じゃないから親に会えないとかあんな姿を見せつけておいて、

 別に要らない事ないだろ!

 今更止めるって言った方が迷惑だよ!』

『悪かったわね迷惑な女で!

 そういえば前にヤルキモノにバトルで

 “嫁が元人間だから”ってやられたって言ってたわよね。

 それも迷惑だったわね!』

『この!いい加減にしろよ!』

そこまで言い合うと、

ブースターがナミに飛びかかってきた。

4つの足で抑えつけようとしている。

『なにすんのよ!』

体温の上がった熱い体で地面に押し付けられたまま、

ナミも抵抗する。

これはポケモンバトルではない。

お互い荒いうなり声を上げたまま、

ただお互いの体で相手を制そうとしている。

『ほら、元人間のシャワーズなんてこの程度の物さ。

 どうだ、手足が欲しいんじゃないか?』

ブースターが口から小さな炎を吐きながら言った。

見上げたその目は勝ち誇った感じではなく、

今にも泣きそうな感じに思えた。

『ううう、もうイヤ!!』

ナミはブースターから目を逸らすと、

彼の体を下から後ろ足で思いっきり蹴り飛ばし、

“ザザザッ…”

彼女は原っぱから森の中へと、全力で走って行った。


『はぁ、はぁ、はぁ…』

一心不乱にナミはしばらく走ると、

足を止めて土の上に寝転がった。

『ふぅ…

 あぁもう私、何やってるんだろ…』

そう言って、夜の森を見上げた。

高い木に茂る葉によって真っ暗に閉ざされた森の空。

時々吹く風で気が揺れて、

その先の星空が一瞬見えている。

『私、これからどうしたらいいんだろ…』

右腕を目の上に置いてその景色を消すとナミは、

また自分がシャワーズになってしまった時と同じ言葉をつぶやいた。

ずっと迷っていた。

エナナから戻れるかもという話を聞いた時も、

海の上をひたすら泳いでいる時も、

フーディンと自分の中の人間を必死に探していた時も、

そして今日森に戻った時も。

自分が人間に戻るか、

ポケモンのままで居るかを。

行く時はもう戻るのは無理だと言って欲しいと

心のどこかで思っていたし、

チルタリスに乗っている時は

森に着かなければいいのにと思っている自分が居た。

自分はこんなに迷っているのに、

そこにあのブースターが戻れ戻れと言ってきて、

だからあんなに彼に反発してしまって…

完全なやつあたりである。

『やっぱり、選ばないとダメかぁ。

 親には会いたいけど、

 でもポケモンとしてシャワーズとしての暮らしも嫌いじゃない。

 シャワーズだったらずっとこうやって暮らせばいいけど、

 人間に戻っても…その後どうしたらいいのよ…』

思えば、シャワーズになる前の自分がこんな状況だった。

故郷から旅立ったのはいいが、

旅もせずに道端でトレーナーとバトルするだけの日々。

将来にどうなるのかが不安で

何となくずっとポケモントレーナーを続けてしまった。

一方、同郷の幼馴染は旅を続け、

ついにリーグチャンピオンになったりもしている。

そんな人達に比べて自分は、

人間としてやっていけるのだろうか。

やっぱりポケモンの方が良いんじゃないか。

でも…


“ガサガサガサ…”

ナミがずっと想いを巡らせていると、

原っぱの方から誰か近づいてくるのが分かった。

ブースターが追いかけてきたのか、

それとも心配したエナナが来てくれたのだろうか。

そう思ってナミが起き上がると。

『ママ、大丈夫?』

茶色い毛並みの小さなポケモン。

そこに居たのは娘のイーブイだった。

『なっちゃん!

 どうして、こんな所に!?』

ナミはびっくりして飛び起きると娘に聞いた。

自分は原っぱからかなり走ってきたハズである、

しかも夜の真っ暗な森の中を。

それを娘が追ってきたのである。

『ママの匂いを追いかけてきたから。

 チャモのおじちゃんに教えてもらったの』

イーブイはちょっと自慢気に言った。

『そうなの?

 そんな事なっちゃん出来たの?

 こんなに暗いのに怖くなかった?』

ナミも心配そうにそう聞くと

『ううん、ずっとママの匂いがしてたから。

 それがだんだん強くなってきたと思ったら、

 本当にママが居たんだから!』

イーブイは嬉しそうにそう言う。

そういえば帰ってきてから娘の行動には驚かされてばかりだ。

『そうなの。

 チャモちゃんから聞いたの。

 それで出来るようになるなんて、

 なっちゃんすごいわね』

バシャーモ自身は匂いに敏感ではない。

その彼から教えてもらっただけで

出来るようになった娘にナミは目を見張った。

『チャモのおじちゃんからは色んな話聞いたんだよ。

 人間だったママに最初のポケモンとして選んでもらった事とか、

 色んな所へ行って色んなポケモンと会った事とか。

 強くなって進化した事とか』

そうイーブイは、

この数日にバシャーモから聞いた話を楽しそうに喋り始めた。

それはナミ自身の旅の話。

それは懐かしくあり、

忘れていた事もあり、

またそれをポケモンの視点から聞くとまた新鮮でもあった。

『…それでね、ママ?』

『なぁに、なっちゃん??』

一通り喋った後、

少し俯き加減に言うイーブイにナミが聞くと

『私も旅に出てみたいの!』

意を決するようにイーブイは言った。

『トレーナーとの旅にね。

 そうねぇ、

 それならもうちょっと大きくなったら

 道に出て良さそうなトレーナーさんを…』

ナミはいよいよこの子も巣立ちの時かと思って言うが、

ブンブン!

イーブイはちぎれてしまいそうな位に首を横に振ると

『そうじゃなくて私、

 ママと旅がしたい!

 トレーナーのママと一緒に旅がしたいの!』

そう強く訴えるように言ってきた。

『私ね、分かってるの。

 パパやママやお兄ちゃん達みたいに

 バトルも得意じゃないから野生じゃ多分…、

 だからトレーナーのポケモンでだったら…』

そう言ってくる娘に対し

『でもそれだったらなっちゃんのトレーナーを探しなさい。

 ママは多分このままシャワーズで…』

ナミはそう、

優しい笑顔を作りながら娘に言い聞かせようとした。

しかし、娘はそんなナミの前足の間に潜り込むと

『ママも怖いんだね。

 本当は人間に戻りたいんだけど怖くて出来ない。

 分かるよ、私も正直ちょっと怖い。

 でもママ言ってたよね?

 怖がってるだけじゃダメ、

 まずはやってみないとって!』

前足の間から顔を出したイーブイが、

シャワーズの顔を見上げながら言ってきた。

『ママは人間になるのが怖いんだよね?

 でもママなら大丈夫だよ!

 元々人間だったんだから大丈夫!

 それにパパも居るんだし、

 チャモのおじちゃんもグラエナさんも、

 みんなみんな一緒なんだから!』

『なっちゃん!』

娘がそう言った所で、

ナミは崩れるように足の間のイーブイを抱きしめた。

娘の体をぎゅっと抱きしめると、

目から大粒の涙が溢れてきた。

娘の言う通りだった。

本当はずっと人間に戻りたかったのだった。

でも森のシャワーズという決まった明日のある今と違って、

いくつもの道がある人間というものが怖かった。

先が見えるポケモンと違って、

無限の可能性によって先の見えない未来が怖かったのだった。

でも、本当はそうじゃない。

自分は人間に戻りたいし、

元々あった人としての未来を取り戻すだけだ。

怖さを恐れて安易な道を選ぶのではなく、

本当に行きたい方向を目指す時なのだと。

それを娘に教わったのだった。

『ありがとうなっちゃん。

 ママ、もう大丈夫』

しばらくの後ナミがそう言って立ち上がると、

『ふふっ、

 何だかママ、最近泣き虫さんだね』

前足の間から出てきたイーブイが笑いながら言った。

思えば泣くなんて事、

何年も無かったのにこの数日は泣いてばかりである。

『大丈夫、ママが人間に戻ったら、

 シャワーズに進化した私が守ってあげるから!』

イーブイはそんな母親に対して元気な声を出して言った。

『あ、なっちゃんはシャワーズになりたかったんだ』

娘が数あるイーブイの進化先の中から

シャワーズという名前を出して、

ナミはそう思って言ったが

『違うよ、

 私がシャワーズになるのはもう決まってるんだよ!』

『え?』

娘が笑ってそう言うので、ナミは首を傾げると

『ねぇ、早く戻ろう!

 みんな待ってるよ?

 ちゃんとパパとも仲直りしないと!』

ナミが疑問に思うよりも前にそう言って

イーブイがそう言って原っぱの方に歩きだしたので、

『そうね、パパにもちゃんと謝って、

 これからの事を言わないとね』

暗い森の中の先を行く娘の小さな背中を追って、

シャワーズはいつもの住み家の原っぱへと歩きだした。


つづく…


  [No.1674] 第2章 最終話・光の中 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:44:33   26clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

『ごめんねブースター。

 私、戻ることにしたから』

原っぱに戻ると、

ナミはまずブースターにそう謝った。

『どうとでも…、勝手にしろよ』

ナミの言葉に関わらずブースターはそう言うと、

寝床の木のほら穴に入ってふて寝し始めた。

『ちょっとパパも!

 ママにごめんなさいは?』

イーブイがそう言って、

そんな父親の背中を前足で揺さぶっているが

『ふふっ、もういいのよ』

母親はそれを笑って止めさせた。

『よく決断したねぇ、ナミさん。

 うん、いい顔してるよ』

娘を連れて皆の所に戻ったナミにエナナが声をかけに来ると、

『さて、人間に戻るって事に決まったわけだがナミさん、

 シャワーズとして何かやり残した事とかないかね?』

と、グラエナはそう聞いてきた。

『やり残した事って言っても、もう…』

エナナの言葉にナミはそう言ったが、

“『私がシャワーズになるのはもう決まってるんだよ』”

足元でぴったり寄り添っているポケモンの言葉を思い出すと、

一つだけやっておきたい事が浮かんだ。

ナミは顔を上げると、

『ユンゲラーさん、あの、

 申し訳ないですけどあと2日、

 いえ明日まで待ってもらえませんか?』

遠い島から来たポケモンにそう尋ねた。

するとそのユンゲラーは、

ヤレヤレと大げさに顔を横に振ると

『やっぱ分かってなかったのかよ。

 まぁいい、あんたを戻すのは明後日の朝だ。

 それまで好きにしてな』

そう言ってサイコパワーを使って浮かび上がると、

ポカンとしているナミを置いて暗い木々の間へと消えていった。


翌朝、

ナミはいつも通り木の洞穴の中で目覚めた。

そしていつもの通りに木の実を集めると、

いつもの通り家族らに食べさせた後、

取れた木の実をいつものショップへと売りに行った。

いつもの道を戻って帰ってくると、

そこにはブースターとイーブイという、

いつもの2匹。

エナナ達はやる事があると言うので、

今日は別行動である。

『さぁなっちゃん、

 ブースターも、行きましょう』

ナミは支度を済ますとそう言って、

2匹を連れて森へと入っていった。

暗い森の中、

ナミは2匹の先を歩く。

自分はよく知っている道だが、

娘イーブイには初めての道。

ずっと連れてこられないと思っていたが、

その後ろではブースターが軽く炎を焚いて照らしてくれている為か、

全く怖がるどころか楽しそうに辺りをキョロキョロ見ながら付いてきている。

しばらくして先に明るくなり、

木々が開けた場所に出ると

『わぁ!すごい!

 大っきな水たまり!!』

イーブイはそう叫ぶと、

日の光が降り注ぐ湖畔へと走って行った。

『ここは湖って言うのよ。

 ここでママは初めて泳いだのよ』

ナミはすぐに追いかけると、

『きゃぁ、冷たい!!』

いきなり水に飛び込んでしまった娘をすぐに咥えて持ち上げた。

『あ〜びっくりした。

 本当に足が付かないんだね』

ビショビショになりながらも

なお笑って言うイーブイに

『そう、だから入るのはシャワーズに進化してからね』

ナミも笑って娘を草の上に乗せた。

そして体を震わせるイーブイをブースターに預けた後、

『じゃぁ、最後のひと泳ぎ。

 行ってきます!』

そう言ってナミは、

勢いよく水の中に飛び込んだ。

シャワーズになってから熱い夏には毎日のように泳いでに来たこの湖。

それも今日が最後だと思うと、

ナミは1日中力いっぱい泳ぎたくなったのだ。

水の中をしっぽの力でぐんぐん加速すると、

バシャーン!!

水面を何度も飛び上がって見せた。

湖畔ではブースターに体を乾かしてもらっていた娘が、

その姿を見て何度も歓声を上げている。

これからシャワーズを受け継ぐ娘に対して、

自分の泳ぐ姿を見せる事。

それがナミのやり残していた事であった。

ナミ自身にしても水ポケモンとして泳ぐ最後の機会。

何度も跳ねたり、

端から端へと、

水面から水底へ、

岩に上がっては飛び込んだりと、

日が暮れるまで存分に森の湖を泳いだのであった。


そして翌日…

目覚めたナミは住み家の洞穴を出ると、

『どうだ姉ちゃん、

 ポケモン最後の1日は堪能したか?』

島から来たユンゲラーが原っぱに立っていた。

『はい。スミマセン、

 無理言ってしまって…』

ナミは待たせた事を目の前のポケモンに詫びたが

『こっちだって準備ってもんがあるんだよ。
 
 ホラこれだ』

そう言ってユンゲラーが

スプーンを持ってない方の手を差し出すと、

『これは、“みずのいし”!』

そこに光る青い石に思わずナミは声を上げた。

それは懐かしい進化アイテム。

イーブイをシャワーズに進化させる、

そしてナミをポケモンに変えてしまったあの“みずのいし”であった。

ただ、それで娘をシャワーズにするのかと思ったが、

『それじゃ、あんたの娘が進化しちまうだけじゃねぇか』

ユンゲラーによるとどうやらそうじゃないらしい。

『おはようさん。

 準備はできてるようだね』

そうしている間に、

グラエナが石に青い目をやりながら森から出てきた。

『なっちゃんおはよう!』

その後ろからは息子のポチエナ

…だけではなく

『やっとかよ。ずっとずっとでもう待てなくてよ!』

『やっと戻れるのね。この森はジメジメしすぎててもう嫌っ!』

『そんな、いつもスパークで乾かしてやってただろうに…』

と、あの時連れていたポケモン達が森の中から次々と出てきた。

『ケロちゃん!サンちゃん!ライボちゃん!』

ナミは目を潤ませながら、

一匹一匹彼らの名前を呼んで出迎えた。

全てエナナが昨日の内に呼び集めていてくれたのだった。

『じゃぁ、全員一緒に来てくれるのね』

それが分かってナミが堪えきれない様子でそうエナナに言ったが、

『いや、あたしだけは行けないね』

『え?』

突然のグラエナの言葉に顔が固まったナミだったが

『だってウチの子を一人前のポチエナにしないとね』

『あ、確かにその通りね』

エナナが自分の息子に寄り添って言うとホッとした。

『それと娘さんを入れると、もう手持ちがいっぱいだろ?』

と、エナナは周りのポケモン達を見渡して言った。

トレーナーが持てるポケモンは6匹までである。

このままでは、娘を連れて行けなくなってしまう。

『なぁに、行きたいのはあたしも同じだ。

 だから熱くなる前に迎えに来ておくれよ』

グラエナは息子のポチエナと一緒にナミが住んでいた洞穴の前に座った。

『分かったわ。絶対に迎えに来るから!』

ナミは自分のエナナとそう約束をしていると

今度は両手いっぱいの袋を抱えたバシャーモが。

ナミ何を持っているのか不思議そうに聞くと

『ナミさんもすっかりポケモンですね』

ドサドサドサ…

とバシャーモが袋をひっくり返すと、

中からは見覚えのある服などが。

どうやら自分の家に行って、

部屋から持ってきたんようだ。

が、どうやって家の二階の部屋に入ったのだろうか。

靴を忘れた所を見るとやはり玄関から入ったようでは無さそうだ。

幸い、シャワーズになった時に

無事だったスニーカーが洞穴の中にあった。

シャワーズとしては必要のない靴を、

今日の為に残しておいたのか、

それとも服が破れた中で唯一無事に残ったから置いていたのか…

とりあえず今靴があったのは助かった。

『よし、準備は整ったようだな。

 じゃぁ早速始めるとするか』

全てのポケモンが集まった所で、

ブースターと何やら話していたユンゲラーが立ち上がって言うと

『あの、どうやって私を人間に戻すんですか?』

ナミは改めてそのポケモンに尋ねた。

『メチャクチャ簡単に説明するぞ。

 体の中のシャワーズへの進化のエネルギーで

 あんたはシャワーズになってる所までは聞いてたな』

というユンゲラーの問いにナミはコクっと頷いた。

確かにそこまでは覚えているが、

そのあとは頭の中がごちゃごちゃになっていたのだった。

『要はそれを体から綺麗に出しちまえばいい。

 それには全く同じエネルギーをぶつけてしまえばいい。

 人間の世界にもそんな装置があるんだろ?』

ユンゲラーが言っているのは

多分振り子の実験装置の事だろう。

金属の玉に同じ大きさの玉をぶつけると、

それと同じ数だけ弾き出されるというアレだ。

『ただ綺麗にってのが問題でな。

 強くても弱くても

 体の中に進化エネルギーが残っちまう。

 それが危ない事なのは何となく分かるな?』

と笑いながら怖い事を言うユンゲラーに、

ナミは固い表情で頷いた。

『脅してんじゃないよ!

 ソレを調整するのがあんたの役目だろ?

 大丈夫だよナミさん、

 そのエネルギーとやらはコヤツがぴったり合わせてくれる。

 後は…、おい!入ってきな!』

それに対してエナナが突然割り込んでくると、

森の中の誰かに吠えるように呼び掛けた。

『おー、やっぱあんたかぁ。

 進化させてくれるってのは本当なんだな?』

そう言うの声と共にベチャベチャという足音が聞こえると、

暗闇の中から頭に葉っぱのお皿が乗ったポケモンが現れた。

『コイツは旧知のハスブレロだ。

 ナミさんにしたら初めましてだろうね』

エナナはそう紹介した。

向こうが知っているのは、

初めて湖で泳いだ時に万が一溺れた時に助けてくれるように

このハスブレロに頼んでいたからだそうだ。

『そういう事で、

 あんたから出したエネルギーはコイツが譲り受ける。

 同じ“みずのいし”で進化するポケモンだ。

 問題なく自分が進化するエネルギーに変換されるはずだ』

ユンゲラーの説明に、

『わかりました。

 なっちゃんに進化してもらって、

 その時のエネルギーで私の中のをハスブレロさんに…』

ナミも何となくではあるがようやく理解できた。

『そういう事で、早速始めるぞ。

 一発勝負だからな、

 みんなちゃんと教えた通りにやれよ』

ユンゲラーが号令をかけると、

ハスブレロがその長い手でナミを抱えた。

『ひゃっ!』

丸いヌルヌルのお腹にベチャっと背中が引っ付くと、

思わずナミは声を出してしまった。

『いいかナツ、

 絶対に進化したくないって思うんだ。

 後でちゃんと進化するけど今はそう思うんだぞ』

『うんパパ、

 難しそうけどやってみる。

 私はシャワーズになりたくないなりたくない…』

その目の先ではブースターが娘に技術指導を、

イーブイも必死で自分に思い聞かせている。

そして

『いつでも準備はオーケーだな。

 じゃぁ、始めるぞ』

ユンゲラーがそう言うと、

持っていた水色の石をイーブイに近づけた。

その瞬間、

手の中の石と、

イーブイの体が青く光り出した。

あの時と同じ青色の光、

そして

『ううっ、なりたくない、なりたくない…』

その光の中で目を閉じて進化の力に耐えるイーブイ。

自分がシャワーズになった時とまったく同じ光景が

目の前に広がっていた。

『いいぞ、がんばれがんばれ…』

違うのはイーブイの横には

娘を励ます父親のブースターが

『よし、そのままそのまま…』

向こう側に目を閉じて

何かを感じ取っているユンゲラー。

そしてその周りには固唾を呑んで

見守っているポケモン達の姿が。

皆自分の為に、

自分を戻す為に、

そして戻ると信じて集まって来てくれたんだ。

ナミがそう思った時。

『今だ!サイコキネシス!』

ユンゲラーが目を開けると、

青い光の中のイーブイに技をくり出した。

『うっ!』

ユンゲラーの技でイーブイが矢のように飛んできた、

そして

ドンッ!!

ナミの胸に飛び込んだと思った瞬間、

とてつもない衝撃を感じた。

その力でイーブイはブースターの方に、

後ろのハスブレロは反対側に、

そしてナミは両側から挟まれたようにその場に崩れ落ちた。

体が重い。

さっきまでとは違う。

体の中にあった何かが抜けて、

今まで周りで動いていたものが

自分の中に集まって固まっていく。

ナミはそう感じた。

体から出ていた細かい物が、

融けるように無くなっていく。

お尻から出ていた力強い尻尾が、

体の中に染み込んでくる。

体が、

足が、

手の先が、

どんどん大きく、

長く伸びていく…

『はぁ…、はぁ…』

口を大きく広げて息をする。

ただその口がいつもより小さい。

いつもみたいに縦に大きく広がらない。

暫くして唇が横に広がる事に気づいて、

思わず手で触ってみた。

するとそこには細い指が、

肌色の指が。

5本の指が、

手が、腕が、肩が胸が足が…

人間の体がそこにはあった。

「ルンパルンパ!ルンパッパ〜!!」

何かを思う前に背後からの大きな声にハッと起き上がった。

後ろでハスブレロから進化したばかりの

ルンパッパが手を叩きながら踊っている。

そして前を向くと、

「ウ〜、ガウガウガウ!!」

すぐ近くに寄っていたグラエナが。

「バシャー!シャーモッ!!」

両手と口から炎を出しているバシャーモが。

「う〜、わうわうわう!」

興奮して走り回っているポチエナ、

それをなだめている他のポケモン達。

そして

「ブー、ブース!」

目の前に寄ってきた、赤いポケモン。

そのポケモンをぎゅっと抱きしめると。

「ブースター!

私、戻れたんだね」

暖かく柔らかい襟巻の中で、

少女がそう呟いた。

「ブースタッ!」

周りのポケモン達が色んな声で鳴いている。

さっきまで普通に喋っていたのに、

もう鳴き声でしか聞こえないポケモンの声。

音として鳴き声だけの、

言葉としてはもう伝わって来ない声。

それには自分が人間に戻れた証明であると共に、

もうポケモンではないという寂しさが。

そう思いながら目を上げると、

すこし離れた所に居る青いポケモンが。

一瞬大きな鏡でも置いたように思えた、

水色のポケモンがそこに居る風景。

そのシャワーズが一声鳴いた。

『ママなの?』

今度は確実に分かった、いや聞こえた。

「そうよ、なっちゃん!」

目の前で臆病そうにおどおどしているシャワーズに、

ナミは笑顔で両手を大きく広げると。

『ママ!ママなんだね!』

シャワーズの顔が輝いたと思うと、

その腕の中に飛び込んできた。

『んっ!なっちゃん!

 こんなに大きくなって!!』

たいあたりでも何でも無い、

ただ大きくなった娘の体を受け止めた。

『あ〜、ママだ!

 人間になってもママはママだ!』

さっきまで自分がそうだった、

スベスベの肌を持つ娘がそうすり付いてきている。

「そうよ、これが本当のママ。

 人間になってもなっちゃんのママよ」

ナミも腕の中でシャワーズにそう語り掛けると、

周りにポケモン達が集まってきた。

彼らの声はやっぱり鳴き声にしか聞こえないが、

それでも何を言っているかは分かる気がしてきた。

『本当に人間に戻っちまったな。

 まぁなんだ、これからもよろしくだな』

そういうブースターの首をナミは微笑みながら撫でてあげる。

『うん、ちゃんと戻ってるよ。

 だから早く服着ないと、風邪ひくよ?』

と言っているグラエナ。

そう言えばポケモンの時はずっと着てなかった。

人間でそれはまずいだろう。

『それよりもナミさん。

 頭の方は大丈夫なので?』

バシャーモが自分のトサカを触りながら聞いてきたので、

つられてナミも自分の頭を触ると

「え、ウソ…」

あれだけ長かった髪の毛が

ザラザラと感じるまでに短くなっている。

そういえばシャワーズになった時に

全て抜け落ちていたのだった

「やだ、髪型はシャワーズのまま?

 う〜ん、どこかのお寺で修業してたって事にしようかな」

ナミがそうやって笑うと周りのポケモン達も笑って、

また代わる代わる自分のトレーナーにすり寄ってくるのであった。

「じゃぁ、みんな、そろそろ行こうかしら」

周りを囲むように居るそんなポケモン達に声をかけると、

皆そわそわしながらも大人しくその場に座った。

「このボールは、チャモちゃん!」

ウエストポーチの端のボールを手に取ると、

ナミはそのポケモンの名前を呼ぶびスイッチを押すと、

ボシュッ

バシャーモが赤い光となってその中へと吸い込まれた。

「次はあなた!」

島への旅でも付けていたボールを差し出すと、

今度はブースターがその中へ。

「ケロちゃん!サンちゃん!ライちゃん!」

集まって来てくれたポケモン達の名前を呼びながら、

5つ目のボールをウエストポーチのベルトに付けると、

中から新しいモンスターボールを取り出した。

「さぁ、なっちゃんもこの中に…」

そう言って、ナミは6つ目のボールをシャワーズに向けた。

そのボールに向かってシャワーズは一瞬近づこうとしたが、

ハッと何かに気づいた顔をしたと思うと、

ダッっとナミから距離を取り、

構えるような低い姿勢でこちらに向き直った。

「えっ、なっちゃん?」

娘の突然の行動にナミは一瞬戸惑ったが、

手に持ったボールを見ると、

「あ、分かったわなっちゃん。

 ちょっと待っててね」

すぐに立ち上がり、

バシャーモが持ってきた衣服を手に取った。

服に袖を通し、

ウエストポーチを腰につけ、

汚れた靴を素足で履き、

ポケモンの時も使い続けていたバンダナを頭に巻くと

「さぁ、なっちゃん!勝負よ!!」

ポケモントレーナーとしてナミは手をいっぱいに伸ばして、

シャワーズに向かってボールを突き出した。




盛り上がる歓声に、

こだまする拍手

前の試合で勝利を収めた選手が意気揚々と、

シャワーズを連れたトレーナーの横を通り過ぎて行った。

長い通路の奥から吹き込む風に長い髪をなびかせながら、

彼女は手に持っていたラブタの実を齧ると

「うっ、苦い…、

 さぁ、なっちゃん、

 次はいよいよ私達の番よ」

と、足元のポケモンに話しかけた。

「大丈夫、パパも居るし、

 エナナのおばちゃんもチャモちゃんも。

 エナ君だってママのパパとママと一緒に

 スタンドで応援してくれてるんだから」

轟くような声援に戸惑っているシャワーズに、

若干緊張の面持ちのトレーナーがそう声をかけた。

『本当にありがとうママ。

 エナ君もエナナおばちゃんも連れてきてくれて。

 一緒に頑張るから』

シャワーズからの答えにトレーナーの顔が緩んだ。

「“次の試合!ナミ選手はミシロタウン出身。

 そう!あの元チャンピオン、

 ヒトシ選手の出身地!

 幼馴染に遅れる事幾星霜、

 今回がポケモンリーグ初出場ですが、

 何とわずか数週間で出場資格のバッジ8つを

 集めきったという超実力者!

 正に大器晩成!初志貫徹!”」

スタジアムの方から自分を紹介する声が聞こえてきた。

長い通路の先に、スタジアムの光が見える。

「“予選トーナメントのダブルバトルでも

 シャワーズとブースターの2匹だけで3戦完封!

 今大会のベストカップル賞と言えるでしょう!”」

と言う声に対し

「カップルじゃなくて本当は親子なんだけどね」

と笑うトレーナーに

『パパの本当のカップル、ママの分までがんばるから!』

と笑い返すポケモン。

少女とシャワーズの2つの影は、

眩い光の中へと歩み出して行った。


おわり