彼女には人とは違うところがありました。
しかしそれは、決してとっても美人だとか、勉強ができるとか、ポケモンバトルがうまいとか、そういう類の違いではありません。それどころか、そういう物差しで計るなら、彼女はとてもとても、平凡な人間でした。
彼女の『違い』とは、最初に捕まえたポケモンのことです。
彼女は幼い頃、カントーに住んでいました。
そしてそこの草むらで、一匹のポケモンと知り合ったのでした。――決して捕まえたのではありません、お知り合いになったのです。彼女がお留守番でつまらなそうにしていたときに、ふと草むらから飛び出してきたポケモン。
むにょーんとした紫色のそいつは、メタモンでした。
彼女がつまらなそうに縁側で足をぶらぶらさせているとき、メタモンはいつも彼女のそばまでやってきました。彼女は自然、メタモンと仲良くなりました。そのうち、メタモンは彼女がつまらなそうにしていなくてもそこにいるようになり、気がついたら彼女の家に住み着いていました。
そして、そのまま引っ越し先までついてきてしまったのです。
彼女はトレーナースクールで授業を受けて、ポケモンを仲間にするためにはモンスターボールが必要だということを学びました。
だからその日、彼女はお父さんにねだって、ボールを買ってもらいました。それで、家の庭でむにょーんとしていたメタモンを初めて、捕まえたのです。
彼女の初めてのポケモンは、メタモンでした。
彼女は毎日を平凡に過ごしていました。
トレーナースクールに通っていたにも関わらず、彼女にポケモンの才能は芽生えませんでした。ポケモンは一匹も捕まらない。メタモンはバトルに強くありません。彼女は悔しくて、何度も何度も泣きました。
そして彼女は、道をなくしてしまいました。トレーナーになんてなれない。でも、怖いポケモンは怖いから、ブリーダーもきっとなれない。あれも無理、これも無理――将来の夢については、考えることさえ少なくなっていきました。
ある日のことです。
彼女のクラスに、森でピカチュウを捕まえた、という男子が現れました。
彼はクラス中、学校中に言いふらして回って、一躍大スターになり、学校にはにわかにピカチュウブームが巻き起こりました。
ピカチュウのストラップ、ピカチュウの缶ペンケース、美術の授業でも粘土でピカチュウを作る人は多く、森まで捕まえにいく人も沢山いました。
もちろん彼女もピカチュウが大好きでした。
「ピカチュウ、可愛いなあ。あたしも欲しいなあ」
彼女は思いました。
しかし、彼女にはとうてい、ピカチュウを捕まえにいくことなんてできません。
ため息をついたそのとき、彼女はひらめきました。
「そうだわ、メタモンに”へんしん”してもらえばいいじゃない」
さっそく彼女は、メタモンに雑誌をみせて、ピカチュウになってもらいました。
メタモンはピカチュウになりました。……ただし、それはうすっぺらいピカチュウでした。立体感のない写真では、メタモンもうまくへんしんすることができないようです。
彼女は落胆しました。せっかくピカチュウが手に入ると思ったのに。
実物を見せてしまえば話は早いのですが、それではまるで自分が人気をパクったように思われてしまう、と彼女は考えていました。そうなれば、彼女は白い目で見られてしまうこと間違いなしです。
考えて考えて、そしてふと思いつきました。
「粘土がある。粘土でピカチュウをつくって、メタモンに”へんしん”してもらえばいいんだ」
しかし、口で言うほど上手くはいかないものです。
彼女が粘土で作ったピカチュウは、既になんだかよくわからないものになっていて、メタモンはなんだかよくわからないものに”へんしん”していまいました。
それが悔しくって、彼女は頑張って何度も、何度もピカチュウをつくりました。そして彼女はだんだん粘土を捏ね上げるのも上手になり、だんだん粘土はピカチュウに見え始めましたが、そのころにはピカチュウブームはとっくに過ぎ去っていたのでした。
ある日、彼女のクラスに転校生がやってきました。かっこいい男の子です。
転校生は、ジグザグマというとても可愛いポケモンを連れていました。
だから、転校生の話題と合わさって、この辺りには住んでいないジグザグマは、一躍人気者になり、学校にはにわかにジグザグマブームが巻き起こりました。
しましまのえんぴつ、しましまのペンケース、手作りのジグザグマキーホルダー、転校生の席はジグザグマを抱かせて欲しい人達の列でいっぱいになりました。
もちろん彼女もジグザグマが大好きでした。
「ジグザグマ、可愛いなあ。あたしも欲しいなあ」
そして今度はすぐに、粘土細工に取り掛かりました。
けれど指で細工をするには限界があります。時にはリアリティを求めて、つまようじやボールペンに出動してもらうこともありました。彼女はだんだん粘土を捏ね上げるのも上手くなり、ジグザグマもより本物らしくなりました。
けれど、ひとつ忘れていたことが。
油粘土には色がありません。メタモンはより本物らしいジグザグマに”へんしん”しましたが、ひどくモノクロでした。
しかし、いいことがありました。
うなだれる彼女に、お父さんが、『紙粘土』と『細工用ペーパーナイフ』を買ってきてくれたのです。
「いっつもメタモンと遊んだり、ぼうっとしているだけだったお前が、こんなに真剣に粘土をやっているんだから、お父さんにも応援させてほしいな」
彼女の目は、とたんに輝きを取り戻しました。
それから彼女は、粘土を捏ね上げて、色を塗って、メタモンに”へんしん”してもらって、いろんなポケモンを手に入れました。
簡単な装飾のポケモンから、高等学校に上がるころにはより複雑な細工の必要な伝説のポケモンまで、様々なポケモンをつくりあげ、メタモンはそのたびそれに”へんしん”し、嬉しそうな彼女の周りでむにょーんと踊りました。
彼女は、美術系の専門学校へ進学しました。
今や、彼女は有名なポケモンアーティストです。
さまざまなポケモンのポーズサンプルやフィギュアのデザインを行い、その精密さとリアリティは評判でした。
それもそのはずです。ポーズなら、”へんしん”したメタモンがばっちりきめてくれるのですから。
ある日、彼女はアトリエで、今はめっきり使わなくなった油粘土を取り出して、何かを捏ね上げていました。
それはとっても単純な形をしているのですが、彼女はそれをひどく大事そうに、ていねいに、ていねいに仕上げます。
それは、粘土のメタモンでした。
「あのね、メタモン」
彼女が言うと、窓際でちいさなトドグラーの姿になっていたメタモンが振り向きました。
「あたし、あなたの力でいろんなポケモンを手に入れてきたけど、それでもね」
彼女は完成した粘土のメタモンを、トドグラーのメタモンの前にとん、と置いて、言います。
「ほんとはね、メタモンがいちばん、いちばんだいすきよ」
メタモンはメタモンの姿に”へんしん”すると、むにょーんと笑いました。
おわり
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【書いてもいいのよ】
【描いてもいいのよ】
【批評していいのよ】
ポケモン短編初作品。しんどい時に書いたんですがこいつがつけてきた感想が支えになりました
今でも大好きな子で、拙いところも多いですが、あえて初書きから手を加えていません。むにょーん