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  [No.392] 【作品集】よせあつめ再投稿。 投稿者:リナ   投稿日:2011/05/05(Thu) 02:28:53   57clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 ……復興しましょう。皆さんの作品を、渇望。

 幸いにも自作品はデータ保存していましたので、ここに再投稿いたします。
 あ、せっかくなので何箇所かいじくりましたw

 ※森ガールシリーズは、長編扱いにして別に立てます。もう少し待って下さい(>_<)


  [No.393] 1.セラピスト 投稿者:リナ   投稿日:2011/05/05(Thu) 02:30:23   74clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



 当り前のように、今日もこの病院にやってきた。
 当り前のように、今日もエレベーターで三階に上がった。
 当り前のように、今日も一番手前の部屋から順に回っていく――そのはずだった。

 でも僕を連れたポケモンセラピー協会の人は一つ目の部屋を素通りした。


 『セラピスト』


 僕とあいちゃんが初めて出会ったのは五年前。あいちゃんがまだ九歳の頃だった。
 あの時もあいちゃんはこの病院のこの病室のこのベッドで本を読んでいた。
 ポケモンセラピー協会の人に連れられて初めてこの病室に入った時、僕は思った。

 あいちゃんは多分、ここ何年も笑い方を忘れている。

 当然のように僕は無視された。

「アイ。ほら、そんなに本ばっかり読んでないで。調子のいい日はお散歩した方が身体に良いってお医者さんも言ってたでしょう?」

 あいちゃんのお母さんがそう言っても、あいちゃんはただ黙々と本を読み続けるだけ。

「今日はね、一緒に散歩してくれるお友達を連れてきたのよ。ほら、アイもご挨拶して」

 あいちゃんはほんの一瞬だけ僕を見た。そしてすぐに本に視線を戻した。

 ポケモンセラピー協会の人は僕を抱きかかえてあいちゃんの寝ているベッドの足元の方に乗せると、僕の両前足を持ってド下手な演技をした。

「こんにちは! あいちゃん。僕はポチエナのペロだよ。いっつも舌を出してるからペロって言うんだ。これからよろしくね!」

「出てって」

 あいちゃんは一蹴した。

 スベってるじゃんか、僕。しかもこんな恥ずかしい格好でさ。

「こらアイ! せっかくペロが散歩しに来てくれたのにどうしてそんなこと言うの?」

「そんなこと頼んでない」

 なるほど、それはもっともだ。

 結局、僕らの初めての出会いはそんな感じで終わった。
 病室を出た後、あいちゃんのお母さんは協会の人に何度も頭を下げて謝っていた。

「ほんと無愛想な子でして――」

 お母さん、それは違うでしょうに。

 僕は施設で殺処分寸前のところをこの「ポケモンセラピー協会」に助けられ、今はこうして難病と闘っている子供たちや、ケアホームで暮らしている御老人を訪問し、人間の言うところの「心のケア」を行っている。
 人ってのは不思議なもので、普段気持ちの沈んでる人もポケモン相手になら心を開き、びっくりするほど元気になるのだそうだ。

 この病院にも、月に一度の僕の訪問を心待ちにしてくれている子供たちがいる。

 僕はちゃんと訓練を受けた「プロ」だから、子供たちにもみくちゃにされたり、散歩中に手加減なく紐を引っ張られたりしても決して怒ったりしない。もちろん噛みついたり、技を出したりするなんて言語道断だ。

 「プロ意識」ってやつを僕はちゃんと持ってこの仕事をしているのさ。

 だからあいちゃんのあの態度には僕のプロとしてのプライドが反応してしまう。
 僕が人間なら言ってやりたい。「とっても綺麗な顔をしてるね。でもあいちゃん、そんな暗い顔してちゃ全然可愛くないよ」と。

 あいちゃんの笑顔を取り戻せなければ、「セラピスト」として失格というものだ。

 この日から僕はなんとかあいちゃんを笑わせることができないか、必死に頭をひねった。
 と言っても、月に一回しか会うことができないからなかなか思うように打ち解けることができないし、人間のように面白い話をしたりすることも不可能だ。
 ポチエナの僕にはせいぜい、しっぽを振って「ペロ」の名のごとく舌を出してあいちゃんを見つめることしかできなかった。

 半年ほどたったある日のこと。たまたま僕とあいちゃんは二人きりになった。
 そこで初めてあいちゃんの方から話しかけてくれたんだ。

「あなた、ポチエナでしょ?」

 人間の問いには、僕はただ見つめ返せばよい。まあ、それしかできないのだが。

「噛みつきポケモン、悪タイプ。進化系はグラエナ――」

 あいちゃんは手に持った本を閉じて、相変わらずの暗い目で外の景色を見ながら、淡々と僕の基本情報を述べた。

「せいかくはしつこくて、獲物が疲れ果てるまで追いかけ回す――正解?」

 概ね正解。人間と生活を共にしている僕は「エモノ」なんて追いかけ回すような日々を送っているわけではないが、君の笑顔を見るためにしつこく毎月お邪魔している所存である。

「噛みつきポケモンなのに、あなたはあたしに噛みつかないの?」

 噛みついたらまた殺処分になるからね――僕は「ウォン!」とひと吠えした。

「そうなんだ――悪タイプなのに優しいんだね」

 僕はあいちゃんの口元が少し緩んだのを見逃さなかった。
 これはチャンスだと思い、僕はドアの方へ駆けていき、いかにも外に出たそうな仕草をした。

「――散歩、行きたいの?」

 僕はあえてけたたましく、何度も吠えた。

「ちょ、ちょっと! 静かにして! ここは病院なんだから――もう、分かった! 連れてってあげるったら!」

 この日は僕、ホントに生きてて良かったと思った。
 外に出て、僕の手綱を引くあいちゃんはウソみたいに笑顔を取り戻した。

 なんだ、結構可愛いじゃん。

 ちなみに、僕がなにかすごいことしたから彼女が笑顔を取り戻すことができたというわけではない。
 誰だって思いっきり笑って人生を過ごしたい――けど時々、何か特別理由があるわけでもなく、「笑うのが怖い」という子がいるのは事実だ。

 彼女もそうだった。

 僕はただきっかけを与える。彼女はほんのちょっとの勇気を出して、ほんのちょっとでも笑えたら、あとはドミノ倒しのように次々笑えてくる。「笑いの波」に乗ってしまえばいい。別に怖くない。

 その日から僕たちは「親友」になった。

 さっきまで「仕事」だとか「プロ意識」だとか散々ぬかしたあとであっさりと「親友」と言ってしまうのはなんだか弱っちい感じもするが、でもやっぱり僕たちの関係は「親友」以外の何物でもなかった。

 あいちゃんとの散歩は本当に楽しかった。なにか理由があって楽しいわけではない。多分、彼女が楽しんでくれているから僕も楽しい。

 なんでも彼女の将来の夢は「ポケモントレーナー」になることなんだって。
 あいちゃんが読んでいる本はポケモンの生態学の本やポケモンバトルの戦術本がほとんど。どおりでポチエナのことも詳しいはずだよ。
 
 昔僕のことを捨てたポケモントレーナーは、クソみたいなやつだった。
 最初は意気揚々とショップで僕を購入し、いろんな大会に出てそこそこ勝ち抜いて、それなりに実力があった。しかし、いつからか僕に飽きはじめ、飼うこと自体を面倒くさがり、最後には施設の入口の前に僕を捨てた。
 以来、「ポケモントレーナー」というものにはあまり良いイメージがないから、あいちゃんには是非僕の中のトレーナー像を塗り替えてほしい。

 協会の人の話だと、あいちゃんの健康状態はかなり良くなってるらしい。これは僕にとって嬉しいニュースだ。もうすぐあいちゃんも中学校に進学する歳だから、早く元気になって他の子供たちのように学校に通えるようになってほしい。

 そうそう、あいちゃんが一度僕に言ったことがある。

「ねぇペロ。あたしが退院して自由になったら、あたしのパートナーにならない?」

 昔のあいちゃんからは想像もつかないほど、明るい笑顔で彼女は僕に言った。

「あーでもダメだよね。ペロは協会さんのポケモンで、他の患者さんを元気にする使命があるんだもんね……」

 彼女がトレーナーなら、もう一度、パートナーとしてポケモンバトルに出てみるのも悪くはないかもな。彼女が後ろで見守ってくれるなら、根拠はないけどどんなやつが相手でも勝てそうな気がしてくる。
 でも僕の一存で「セラピスト」を辞めることはできない。
 嬉しいことに、僕が来ないとがっかりする子供たちやおじいちゃん、おばあちゃんが大勢いるのだ。

 あいちゃんはいつか、そう遠くない未来、元気になってきっと良いパートナーを見つけるだろう。
 僕はそう思っていた。
 そう思って、疑わなかった。

 協会の人が通り過ぎたドアの前で、僕は立ち止まった。
 部屋の中は真っ暗で、ネームプレートも取り去られていた。

「ああ、ペロ」協会の人は僕を抱きかかえ、言った。「あいちゃんはね、その――先週退院したんだよ。今はお友達と一緒に元気に中学校に通っているよ」

 長い付き合いだから知っている。
 この人は、ポケモンにさえ優しい嘘をつく、根っからの良いやつなんだ。
 
 ――あいちゃんが「親友」の僕に一言もなしに退院するはずがないじゃないか。

 他の「セラピスト」のポケモンたちからは嫌というほど聞かされていた。

(あんまり患者さんに入れ込むと、後々のショックが大きいから)

 なんだよ。ポケモントレーナーになるって言ってたじゃないか。

 あいちゃんのパートナーになるポケモンはきっと幸せだろうなと思っていたのに。
 あいちゃんにはきっと人やポケモンを笑顔にする力があると思っていたのに。

 なんで「親友」を泣かせるんだよ。 

「――さあ、ショウヘイくんのところへ行こう」

 ここで僕が取り乱して闇雲に走り出したとしても、あまり叱責をくらうことはないと思う。
 でもそんなガキみたいなこと、僕はしたくない。

 僕は「セラピスト」として、今、目の前の人の笑顔を考えなければならないんだから。

 ――こんな大粒の涙を流したところで、誰も笑顔にすることはできないのだ。

 僕は自慢の舌で目の周りの水滴を舐め取ってから、ショウヘイくんのいる病室へ入った。


  [No.394] 2.イソップ寓話(大嘘) 投稿者:リナ   投稿日:2011/05/05(Thu) 02:34:36   92clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 ある日、ソルロックは友人のルナトーンに言いました。

「我が友ルナトーンよ。この荒野を一人孤独に歩くあの青年のマントをどちらが脱がせることができるか、ひとつお手合わせ願いたい」

 ルナトーンはとても不思議に思いました。

「――あのさ、ツッコミどころ多すぎてどこから指摘すればいいんだか分かんねぇんだけどもね、お前イソップ物語の『北風と太陽』的なことしたいわけ?」

「いかにも。さすが我が友ルナトーン、聡明かつ博識である」

「お前は愚鈍かつ凡庸だけどね。とにかく『北風と太陽』を再現するにはオレじゃだめなわけさ。オレは『月』なの。『MOON』。わかる? それとここは国道沿いの一般歩道で荒野じゃねぇし、あいつ青年じゃなくておっさんだろ?! 着てるのは背広! しかも勝手に孤独にすんじゃねえよ、多分妻子持ちだよ」

 そうだったのです。ルナトーンの言う通り、そこはたくさんの自動車の行き交う国道。歩いているのは入社十八年目のベテラン商社マンでした。
 しかし、次のソルロックの言葉はルナトーンの想像を遥かに超えていました。

「なるほど。我が友ルナトーンは非力なゆえ恐れをなし――」

「なしてねぇよ! どこをどう解釈してそうなんだよ! てかおっさんの背広脱がして何が楽しいんだよ?!」

「不満かね? ならば彼女たちではどうだろう?」

 おっさんの後方を、スカートの短い女子高生が三人、笑いながら歩いていました。

「彼女らのスカートをめくることが――」

「受けましょう。我が友ソルロック」

 ルナトーンはとても単純な性格でした。

 こうしてルナトーンはソルロックと「女子高生のスカートめくり対決」という公序良俗に正面から反発するような勝負を買ってしまったのです。

「まずは私からいこう」

 ソルロックは得意の日本晴れであっという間に辺りをカンカン照りにしてしまいました。
 しかし女子高生たちはカバンからうちわを出してあおいだり、「マジあちぃんだけど!」というだけで、当たり前すぎることですがスカートはめくれません。

 ちなみにさっきのおっさんは背広を脱ぎました。

「甘い! 甘すぎるんだよソルロック君! キミは砂糖か? 佐藤君か? こうするんだよ!」

 ソルロックは突然キャラが変貌したルナトーンを黙殺しました。

 ルナトーンは得意のサイコキネシスでスカートをフワリと浮かせます。

「きゃっ! ちょっと、なに!」

 女子高生たちは必死に手でスカートを押さえます。

「もうちょっと――このっ――よっ――」

 こうなってしまったらもうただの変態です。

「――失望だよ、我が友ルナトーン」

 ソルロックはため息をついてそう言いました。
 我に返ったルナトーンは、そこはかとなくおぞましい気分に駆られました。

「――なぁ、我が友ソルロック」

「なんだクソ野郎」

 今ちょっと私自身も驚きました。

「(えー?! こいつ何様だよ……)いや、なんでもない。ただ、ポケモンは誰しも一度は過ちを犯すものだと思うのだ――」

「で? 自らの愚行を大目に見てほしい、そういうことかね? 愚鈍かつ凡庸なルナトーンよ」

「(――イライラやべぇ。大体こいつが先に提案したんだろうが。でも言い返すのもめんどくせぇ。金輪際、こいつの暇つぶしには付き合わん。てかこいつの目キモ)はは、そういうことでは――もう調子に乗りません。見逃して下さい」

「いいだろう。ただ今日から貴様のことを『スケベクチバシ』と呼ぶが構わんか?」

「いや、構う。それは認めない。認めるわけにはいかない」

 ソルロックはルナトーンを無視し、「思い付きだったが、結構ゴロが良いなぁ。ツイッターで呟こ」とかなんとか言っています。

「マジ勘弁――てかお前、ツイッターいつ始めたの?」

「スケベクチバシ! 貴様口がきけたのか?!」

「黙れよ羅針盤」

 その日のソルロックの呟きには、コメントが殺到しました。




 ―― この物語から得られる教訓 ――

「スケベクチバシに今度飲もうってw」――ガバイト
「親近感沸くな、悪い意味で」――オニドリル
「るなとーんさんは、すけべだったんですか? しょっくです」――ミミロル
「wwwww」――ゲンガー

「情報化社会だいきらい……」――ルナトーン改め、スケベクチバシ


  [No.398] 加筆されてるwwww 投稿者:No.017   投稿日:2011/05/05(Thu) 10:39:53   45clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ツイッターやってたんだ。

オ ニ ド リ ルwwww


  [No.409] クチバシなかま 投稿者:リナ   投稿日:2011/05/06(Fri) 00:29:46   44clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 ポケモンたちの間でも情報化社会ですからねw
 私はツイッてないんでフォローとかなんとかとかしくみも良く分かってないんですが(>_<)


  [No.395] 3.しんゆう 投稿者:リナ   投稿日:2011/05/05(Thu) 02:37:03   72clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



 ポケモンと にんげんの あいだに ゆうじょうが うまれるって いったら

 サーナイトの なかまたちは しんじて くれるかな?

 でも ジーンと レイチェルを みれば すぐに わかるよ

 だって…… レイチェルたち しんゆう だもんね!



「ぷっ! あっはははは! ちょっとレイ、あんたこれ本物の『ツンデレ』じゃない!」

<――笑いすぎ>

 携帯電話の無料ゲームサイトで「足跡博士の足跡占い」という、なんとも胡散臭い占いがあった。なんでもポケモンの足跡の画像を選択肢から選び、種族や性別を入力すると自動的にそのポケモンの考えていることが分かってしまうというもの……まあ、明らかなお遊び占いだ。

 仕事を終えて帰宅し、シャワーも浴びて、あとは寝るだけとなったところで、ジーンは面白がってレイチェルを占ってみた。サーナイト、メス、足跡は――うーん、これかな?

 そうして表示された文章が冒頭の四行。
 
「だって普段あんた『ゆうじょう』とか『しんゆう』なんて言葉絶対使わないじゃない! ギャップやば! これくっだらないけどおもしろー!」

<ジーンで占ってみてよ>

 ジーンはにんまり笑って携帯を片手でブラブラさせた。

「残念でした。この占い、人間の足跡には対応しておりませんの」

<――そう。もう寝る>

 ふてくされた様子のレイチェルは自らモンスターボールの開閉スイッチを押し、わずかな残像だけ残して中へと吸い込まれてしまった。相変わらずそっけない態度なんだから。今に始まったことでもないけど。

 ジーンはもう一回携帯の画面を見つめた。
 親友、か。レイはそう考えてくれてるのかな。友情――私は生まれるって思ってる。人間とポケモンの関係だとしても。少なくとも、人間の私はそう思ってる。だけど――

 ジーンは携帯を充電器に差し込み、部屋の電気を消してベッドに潜り込んだ。

「おやすみ、レイ」






 ――しんゆう――






 ジーンがレイチェルと二人で暮らしているこの街は、クラムフーシュと言う。北緯五十五度以北では有数の産業都市だ。林業を中心とした第一次産業に加え、近年では流行ファッションの発信地としてもその名前が知れ渡っている。
 一方で、冬は毎年湖が凍りつき、漁港には流氷が訪れ、時々ダイヤモンドダストにもお目にかかることができるという、「極寒の街」である。昔ながらのレンガで組まれた雪国使用の家屋は今では郊外にしか残っていないが、中心街の一部には世界遺産にも登録されている古の美しい街並みが広がっている。

 ジーンは中心街から電車で十分ほどのところにある賃貸マンションに住んでいた。つい先日まで一階の窓が隠れてしまうくらいの雪が降り積もっていたが、この極寒の街にもやっと春が訪れる気になったようで、ポカポカとした陽気が日ごとに雪の背丈を縮めていた。


 サーナイトのような知能指数の高いエスパータイプがパートナーである、ジーンのようなトレーナーの特権――いわゆる「テレパシー」を用いることで会話をすることができる。ジーンの小さい時からずっと一緒だったレイチェルはほとんど人間の言葉を正確に理解できるし、テレパシーに乗せて彼女が話す言葉も、二十代前半の人間の女の子そのものだ。だから二人は普段から全く不自由なく意思疎通ができるし、お互いの気持ちだって他の普通のトレーナーよりも数倍理解している――少なくともジーンはそう思っていた。ただ逆にそこまで深く繋がっているからゆえの悩みも、ないことはない。



「あー疲れた! もう無理!」

 ある金曜日。その日もジーンは仕事を終え、レイチェルと二人で帰路についていた。春がこの街を暖め始めてから一週間以上になるが、まだ夜は肌寒い。

「今日の撮影はきつかったなぁ。初めて怒鳴られちゃった」

 ジーンはこのクラムフーシュで雑誌モデルの仕事をしている。まだまだこの業界に足を踏み入れたばかりだが、ジーン自身少しずつ軌道に乗り始めたと感じている。特に一度念願の表紙を飾ることができてからそれなりに話題になり、ブログの書き込みもどんどん増えるようになった。

「――ねえ、私そんなにダメだった? 表情固いって言われてもあれが限界なんだけど」

<うーん、私には自然な笑顔に見えたけど>

「だよねぇ? ――はあ、でもヘコむな。やっぱりプロには違和感があるように見えたってことだよね……」

<まあ、そういうことだけど――大丈夫だよ。次は多分一回でオーケーでるよ>

 ジーンは一呼吸おいてレイチェルの首元に抱きついた。

<――くるしい>

「レイ……! なんて優しい子――あ、てかお腹空いたよね? なんか食べに行こ! 何食べたい?」

 レイチェルは少し下を向いて考える仕草をしたあと<ジーンが食べたいもので良いよ>と言った。

「あんたいっつもそれじゃない。たまには『絶対オスシ!』とか言えばいいのに」

<――オスシは苦手。それに高いじゃない>

「ちょっと、お金のことは気しなくていいのよ?」

<でも――やっぱり節約はしなきゃいけないと思うし>

 遠慮する時、決まってそのライトグリーンの髪を触りながら視線を泳がす。最近、たまにレイチェルの言葉の歯切れが悪くなる時があることにジーンは気付いていた。なんだかんだでトレーナー思いな子なんだよな。でもちょっと気を使いすぎるところがある。

「今日は贅沢したい気分。うん、やっぱ飲みに行こ! 金曜日だしね!」

 そういってジーンはレイチェルの背中を押した。

<――私、オサケは無理……>



 お酒を出すお店は、金曜日ということもあってどこも混み合っていた。結局ジーンは時々顔を出す近所の小さなバーに電話をし、席を取ってもらった。二人は話し声の飛び交う店内のカウンター席の隅に腰を下ろした。

「ビール二つ」

<いえ、一つでいいです。トニックウォーター下さい>

 カウンターの店員さんは少し笑って「かしこまりました」と言った。ここの店員さんとはジーンもレイチェルも顔見知り。最初はものすごく驚かれたが、今では当たり前のようにテレパシーを使って注文する。

「――ビールは飲めるようになった方が良いよ? この先飲まなきゃならない機会もあるし」

<人間ならそうかもしれないけど、私はそんなことないと思うから>

「もう、つれないんだから。はいメニュー、好きなの頼んで」

 レイチェルはメニューを受け取るも、ページの最初を見ただけでジーンの方へそれを戻した。

<あんまりお腹空いてないから、私はシーザーサラダだけでいいよ>

「それサイドメニューなんだけど……」

<――うん、でもすごくおいしそうだから>

 確かにレイチェルは普段からお肉や魚よりも野菜や果物を好んで食べる。確かにこのシーザーサラダは値段のわりにボリューミーでとっても新鮮そうだ。でもなあ――ジーンは頭をかしげる。レイ、あんたそれ以上痩せるつもり?

「そう、ね。まあいいけど。店員さーん!」

 ジーンはシーザーサラダと、メインのメニューからロコモコを注文した。

「あ、あと食後に白玉抹茶パフェ二つ」

 レイチェルは少し驚いた様子でジーンを見た。

「この前ファミレスで食べた時、おいしいって言ってたよね? てかあんた普段からもうちょっと食べなきゃだめだよ?」

<――うん、ごめん>

「別に謝ることじゃないって。痩せすぎで突然倒れられちゃっても困るしね」

 そう言ってジーンはライトグリーンのショートカットを撫でた。



 料理が運ばれてきて、ジーンのビールが三杯目に突入しようという時、店員の一人が声をかけてきた。

「おっ、ジーン! 来てたのか! 久しぶりじゃん!」

「あーディーン! 来てたよー久しぶり! 元気してた?」

 ディーンはジーンがこの店に始めてきた頃ちょうど働き始めたアルバイトの大学生。かなりの頻度でお店にいるので顔を合わせるうちに仲良くなった。

「もち! あ―でも最近バイト入りすぎて単位やべえ」

「ちゃんと勉強しなさいよー。てかあんたよりうちの子の方がよっぽど頭良いんじゃない?」

 ジーンは「うちの子」の肩をかついで言った。

「あ、多分負けるわあ――レイチェルちゃんも久しぶり! 元気してたかい?」

<お久しぶりです>

 レイチェルはちょこんと頭を下げた。「元気してたかい?」の問いには答えなかった。

「あーそうそう、レイチェルちゃんに頼みがあるんだよね。聞いてくれない?」

 レイチェルは首をかしげる。

「なに、頼みって?」問いかけたのはジーンだ。

「いや、実はね――」

 なんでも、彼の大学の文化人類学の教授が、ぜひレイチェルと会話したいと言っているのだそうだ。

「俺のゼミの教授がさ、ポケモンと人で形成されるコミュニティーの研究してて、それでレイチェルちゃんのこと話したらすごい興味持っちゃってさ。面倒だとは思うけど協力してくんないかなー?」

「へぇー、そんな研究分野あるんだね」

 その手の研究者なら、テレパシーで人と会話することのできるレイチェルのようなポケモンに興味を持つことは納得できる。一応、研究費からお礼もするつもりであるらしい。

「どーする、レイ?」

 レイチェルは少し不安そうな顔をした。

<ぶんかじんるいがくって、よく分からないけど――色々聞かれるの?>

「そーだね、良い先生だし、そんな失礼なことグサグサ訊くようなことはしないと思うけど。でもまあ色々訊きたがるとは思う」

 ディーンが店長の視線を気にしながら早口で言った。

「わりい、仕事戻るわ――もし協力してくれるならメールしてくれると助かる。じゃあ、ごゆっくり」

 店長さんに細かく頭を下げながら彼は他のお客さんのところへ注文を取りに行った。

<――ジーンは、どうしてほしい?>

「レイが嫌だったら別に無理しなくていいんだよ。興味あるんだったら会ってみてもいいし」

 レイチェルは残り少なくなったサラダをフォークで器用に集めながら、しばらく考えていた。

 きっと知らない人と会う不安と、お礼がもらえることを頭の中でてんびんにかけているんだろう――私のために。ジーンはそう思った。

「食後のパフェ、お持ちいたしますか?」カウンターの店員さんが尋ねた。

「はい、お願いします」



 ◇ ◇ ◇



 あたまの ツノで ひとの きもちを かんじとる。

 ひとまえには めったに すがたを あらわさないが

 まえむきな きもちを キャッチすると ちかよる。



 ――ポケモン図鑑「きもちポケモンのラルトス」より。



 前向きな気持ちなんて、とんでもない。 

 幼い私がセント・ヴィズという街に住んでいた頃。お父さんに手を引かれ、病院を後にした私のココロは真っ暗な洞窟みたいだった。ズバットもイシツブテも住み着かないような、本物の暗闇だ。生き物の住めるような環境ではないのだ。

 夜がふけ、真っ暗な駐車場。お父さんとは一言もかわさないまま、私は車の後部座席に寝っ転がった。シートの変な臭いが嫌いだからいつもはちゃんと座るけれど、今は外の景色さえ見たくなかった。目を開けていても、閉じていても、同じ真っ暗闇の方が良い。その方がココロがチクチクしない。

 お母さんが病気になった。それも、そう簡単には治らない病気になった。大人たちは隠しているけれども、お母さんは病室のベッドで笑顔を絶やさないけれども、私にだって分かってる。もしかしたら、お母さんは――

「死んじゃうかもしれないの?」

 私は一人、電気もつけず真っ暗なままの自分の部屋で呟いた。ベッドで仰向けになって天井を見つめていた。涙がこめかみをつたい、髪を濡らした。

 その時、窓の外でか細い鳴き声がした。

 最初はねずみポケモンが餌を探しているだけだと思って無視していた。
 しかしその鳴き声はいつまでたってもやまない。

 そしてそれは起こった。

「わっ!」

 突然、頭の中がじんじんして、私は飛び起きた。痛くはない。けど、すごく熱い。
 やがてその熱が少しずつ、少しずつ音になっていった。上手く表現できないけど、そんな感じだった。

 そしてそれが、言葉になっていったのだ。

<いたい>

 確かにそう言った。どうしよう。頭が痛いって言ってる。痛くないのに、痛いって。なにこれ。

<あう、あいたい>

 会いたい? 私に? この頭は私のものなのに――おかしくなっちゃった。
 
 その間にも外から鳴き声がどんどん大きくなっていく。

 ついに耐えかねて、私は窓を開けた――

 緑色の髪に赤い角をつけた、小さなポケモンがそこで震えていた。



 それが私、ジーンと、その時はまだラルトスだった、レイチェルとの出会い。

 前向きとは正反対の、どん底の私に、彼女は会いに来てくれた。



 ◇ ◇ ◇



「お忙しいところわざわざありがとうございます!」

 眼鏡をかけた、まだ三十代後半くらいの若い男が言った。

 レイチェルとジーンは、例の文化人類学の教授の協力に応じることにした。彼がその教授――正確には准教授らしいが――マイルズ先生だ。三人は駅前で待ち合わせた後、近くの喫茶店に入った。

「いいえ、とんでもないです。よろしくお願いします」

<お願いします>

 早速、マイルズ氏はテレパシーにギクリとした。

「い、いやーなるほど。こんな感覚なんだね、テレパシーというのは。やや、失礼。こちらこそよろしくお願いします」

 マイルズ氏はコホンと咳をひとつして、調子を整えた。

「今日はそんなおかしな質問はしないつもりだけど――なんていうかな、やっぱり人間の常識で話してしまうと思うんだ。聞く話の中でなにか違和感があったり、失礼と感じる質問があったら、指摘して下さい」

<――はい、多分大丈夫だと思います>

「ああ、良かった。それじゃあまず、サーナイトという種族について聞かせてください」

 マイルズ氏は図鑑を開けば載っていそうな、基本情報の確認から始めた。分布や主食、仲間とのコミュニケーションの取り方など。ジーンは傍らで、少しドキドキしながら聞いていた。レイチェルは、時々下を向いて考えながらも、端的に答えていった。

「えーっと、君たちの種族は野生で一生を過ごす例の方が多いのかな? それとも、レイチェルさんのようにトレーナーと出会って、人間と生活する方が多い?」

<多分、野生で一生を終える例が多いと思います。やっぱり、人間を怖がっている仲間も多いですし――もちろん、それぞれですけど>

「なるほど、そうか。やっぱりみんなが人間に持っているイメージって、かなり悪いのかな? あ、遠慮しなくていいから」

 マイルズ氏は重くならないように配慮してか、笑顔を作った。

<そう、ですね――私たちのことを捕まえようとしたり、闘わせようとする人が多いから。そういうところに反感を持っている仲間は大勢います>

「うんうん――その、人間がやっている『ポケモンバトル』って、どう思われてるのかな?」

<――闘いが好きな種族もいるとは思いますけど、私たちはほとんどみんな嫌いです。どうしても闘いたくなくて、トレーナーから逃げてきた仲間もいました>

「そうか――ありがとう」

 ジーンは口が渇いて、コーヒーを一口飲んだ。
 生まれてこのかた、ポケモンバトルはしたことがないし、もちろんレイチェルを闘わせるなんてこと考えたこともない。
 でも現実にポケモンバトルでサーナイトが使用されているのは見るし、レイチェルとバトルの中継をテレビで見ていたこともある。
 あの時、レイはどう思ってたんだろう? ジーンはそれを想像すると、あまり言い気分ではいられなかった。

「最後の質問なんだけど、いいかな?」

<はい>

「ありがとう。ちょっと難しいかもしれないんだけど――君にとっての『幸せ』って、どんなものを思い浮かべるかな? これは人間でもその価値観なんかで変わってくるものだから、サーナイトの種族の中でも色々あると思うんだ。どうだろう?」

<幸せ――ですか>

 レイチェルは目を伏せて考えた。
 その手が、緑色の髪の毛に伸びた。

 しばらく黙りこんだ後、彼女はそっと、テレパシーを送信した。

<――すみません、ちょっと難しくて>

「ああ、いやいや、いいんだ。こっちこそごめんね、抽象的な質問をしてしまって。お尋ねしたかったことは以上です。どうもありがとう」

 幸せ――ポケモンにとっての幸せ、サーナイトにとっての幸せ、レイチェルにとっての幸せ。
 ジーンは思った。レイは――



 ◇ ◇ ◇



<ごめんなさい>

 病院の待合室、キルリアになったレイチェルはそう言葉にした。
 私は嗚咽を漏らしながら、傍らのパートナーを見つめた。視界は涙のせいで霞んでしまっている。

「どうして、レイが謝るの?」

<――ジーンのことしあわせにできないから。すくえないから>

 この子はずっとそうだった。出会ったときからずっと。私のことばかり考えてくれる。まるでそのために生まれてきたと言わんばかりに。
 私はレイを抱きしめた。暖かい体温が伝わってきて、さらに涙が溢れた。

<なかないで>



 ◇ ◇ ◇



 夕暮れのクラムフーシュの街は雨の匂いがした。

 家路を急ぐ人々で駅はごった返している。赤茶けたレンガで建てられた駅前の時計台は午後五時半は指そうとしていた。
 マイルズ氏に別れをつげた後、ジーンとレイチェルは駅のホームへ向かった。

「親切な人で良かったね」

<――うん>

 二人はそれだけ言葉を交わし、人ごみにまぎれて電車に乗った。



 最寄駅で降りた時には本格的に雨が降ってしまっていた。

 ホームを出ると、街を覆う分厚い雨雲が出迎えてくれた。屋根を打つ、耳障りな雨音と一緒に。

「あっちゃー、どしゃぶりじゃない」

 天気予報では曇り空としか言っていなかったのにな――あいにく傘は持ってきていなかった。
 仕方なく、駅の前にある雨避け付きのベンチで二人雨宿りすることにした。

「寒くない?」

 つい最近まで雪だった雨粒たちはとても冷たく、気温もかなり下がっている。

<うん、大丈夫。ジーンこそ、今日ちょっと薄着>

「あー、平気だよ私なら」

 ジーンは着ていた薄手のカーディガンを少し引っ張って、笑顔を返した――多分この顔では、撮影でまた怒鳴られる。ぎこちなさがにじみ出たわざとらしい作り笑顔だった。

「――ねえ、レイ?」

<なに?>

 ジーンは自分の足元を見る。落ちていたたばこの吸い殻をハイヒールのかかとで除けた。
 少し間を開けてから、ジーンは静かに訊いた。

「――今、幸せ?」

 降車した人々は傘を開き、急ぎ足で、雨の中。

<――どうして?>

 レイチェルが訊き返す。ジーンがゆっくりと話し始めた。

「あなたが私に会いにきてくれてから、もう十何年にもなる。最初は戸惑ったけど、レイと一緒にいるのはすごく楽しいし、私は最高のパートナーだと、そう思ってる――でも、レイはいっつも私のことを一番に考えてくれて、自分のことは後回しで、いつも我慢してるっていうか、遠慮がちで――だから」ジーンは真っ直ぐレイチェルの方を見た。「あなたの幸せって、どこか別のところにあるんじゃないかって思っちゃう時があるの」

 私たちは、ずっと一緒だった。

 でもそこには、人間とポケモンである以上嫌でも主従関係っていうものが存在してしまう。私は意識していなくても、知らず知らずにレイを縛り付けているかもしれない。

 そう思い始めると、止まらなくなってしまうのだった。

「レイ、人間と暮らすのって、辛くない? 私に付き合って、調子合わせて、疲れない?」

 レイチェルはかぶりを振った。

<そんなわけ――どうしてそんなこと言うの?>

「ごめん、責めるつもりとかはないんだよ。ただ、レイが私のせいで幸せになれてないんじゃないかって――思って」

 ジーンの声は不規則に震えていた。その瞳からは雨。

「ホントにごめん、こんなのトレーナー失格だよね。パートナーのこと、私なんにも分かってない」

<違うよ、そんなことない。ジーンは――私にとって絶対必要だから>

 レイチェルは足元を見つめて少し決まりが悪そうにした。ジーンは霞んだ視界の中でじっと自分のパートナーをとらえ続けた。

<私、伝えるのが下手だから、うまく言えないけど……私の幸せはジーンなの>

 レイチェルは自分のトレーナーの眼差しを見つめ返した。

<ジーンを幸せにしたくて――初めて会った時から、救いたくて――でもその方法が見つからなくて。その、ジーンのお母さんも救えなくて……。私、人間の幸せって、全然分からなくて。ジーンは私のこと今まで育ててくれたのに、ジーンはお仕事毎日頑張ってるのに、私にはなんにも――なんにも出来ないの>

 テレパシーでジーンに伝わってくる声は、ところどころ回線不良が起きたみたいにかすれて聴きとりづらかった。

<『最高のパートナー』って言ってくれて、すごく嬉しい。でも、大人になったジーンに、私みたいな役立たず必要――>

「必要ないなんて言ったらぶつよ!」

 ジーンが大声で言葉を遮った。レイチェルはただ茫然とジーンの顔を見つめた。

 雨は依然降り続き、街を濡らす。次の電車が来て、乗客がぞろぞろとホームから出てくる。

「レイ」ジーンはすっと立ち上がった。「帰ろっか」

 レイチェルはちょっと戸惑った様子で、ジーンを見上げた。

<でも、濡れちゃうよ? 風邪、ひいちゃう>

「――嫌だったら、ボールに入る?」

<私は濡れなくても、ジーンが――>

「じゃあダッシュ!」

 ジーンはレイチェルの手を引っ掴み、雨に向かって走りだした。

<わっ>

 こうなってしまえば、もう涙なんて雨にまぎれてわかんない。ジーンは右手に体温を感じて、冷たい雨の中を笑顔で疾走した。



 ジーンの幸せは、この透き通るような白い左手だった。
 レイチェルの幸せは、このかじかんだ肌色の右手だった。

 その光景は、道行く人からすればとても滑稽に映っただろう。

 いい大人が、まるで「しんゆう」みたいに手を繋いで。



「レイ?」

<――なに?>

「ありがとう。大好き」



 ◇ ◇ ◇



 ポケモンと にんげんの あいだに ゆうじょうが うまれるって いったら

 サーナイトの なかまたちは しんじて くれるかな?

 でも ジーンと レイチェルを みれば すぐに わかるよ

 だって…… レイチェルたち しんゆう だもんね!



<ジーン、何見てるの?>

 ベッドに寝そべって携帯をいじっているジーンに、レイチェルは尋ねた。

「足跡占い――やっぱり何回やっても同じ文が出る」

<それ、恥ずかしいからやめて>

「はいはーい」

 ジーンは携帯を閉じ、身体を起こした。

「そうそう。今年連休取れたらさ、セント・ヴィズに帰ろうと思うんだ」

 ジーンは夏の長期休みを利用して、生まれ故郷「セント・ヴィズ」に帰省する計画を立てていた。

<久しぶりだね>

「みんな、元気にしてるかな? お父さんと、おばあちゃんと、アルと――あ、あとそうルイスさんと、ロコンの――」

<フレイア?>

「そうフレイアちゃん! 元気してるかなあ?」

<うん、きっと元気だよ>

 もうすぐこのクラムフーシュにも夏がやってくる。この街の人々はその短いバカンスを心待ちにしている。


  [No.396] 4.レモンの輪切りとガーゼが一枚。 投稿者:リナ   投稿日:2011/05/05(Thu) 02:39:09   151clap [■この記事に拍手する] [Tweet]





 レモンの輪切りとガーゼが一枚




 1

 相性など、いくらでも覆せる。
 演習場に立つ孝治のニドキングは目の前に曇りガラスのような四角いプレートを出現させ、相手のユンゲラーの放つサイケ光線を持ちこたえた。そしてその巨体からは想像もできない早さで間合いを詰める。その凄まじい勢いに、ユンゲラーは持っていたスプーンを取り落とした――
 ニドキングは遠心力を利用し、大きな腕をハンマーのように振り下ろす。ギャラリーからは歓声が上がる。
 ――物理攻撃に耐性がないユンゲラーはその場でノックアウトとなった。演習場に集まった生徒たちは興奮した面持ちで拍手を送った。

「ありがとう二匹とも、ゆっくり休んでいてくれ」孝治はニドキングとユンゲラーをそれぞれモンスターボールに戻す。「このように、『光の壁』は相手の特殊攻撃の威力を半減させる。私のニドキングにとってひとたまりもないエスパータイプの技でも、一撃で戦闘不能になることはない。そこに反撃のチャンスが生まれる。それを生かすかどうかはそのトレーナー次第だがな」

 生徒たちはいっせいにメモを取り始める――勉強熱心な子たちが、この金住市には多いと孝治は感じていた。
 金住市は孝治が生まれ育ち、幼少時代を過ごした思い入れの強い街だ。孝治はトレーナーとしてこの豊縁地方を旅した後、講師としてこの街のトレ―ナーズスクールに勤めている。豊縁地方の都市をそれぞれ比べて、トレーナーの育成に対する注力の度合いというか、温度差のようなものが実際には存在する。孝治は他の街で講師として働いた経験があるわけではないが、トレーナーとして旅をしていた頃にそれを感じ取っていた。スクールに通う子供が多い街はやはりそれだけレベルも高いし、ジムリーダーも多く輩出している。
 この仕事を初めてもう十六年になるが、孝治はこのスクールで講師として働くことにはとてもやりがいを感じていた。いつかこの子たちの中から全国に名を馳せるトレーナーを輩出することが、現在の孝治の目標であったりする。
 終業のチャイムが演習場に響いた。

「宿題。自分のポケモンが『光の壁』を使えたとしたら自分ならどんな戦法を用いるかを、ノートに自分なりでいいからまとめてきなさい。質問は受け付けよう。じゃあ今日はここまで」

 そう切り上げると同時に、生徒のうち半数以上が孝治に群がりあれやこれやと質問攻めにする。トレーナーズスクール金住校、中学二年のクラス。授業の終わりはいつもこうで、孝治自身まんざらでもなかった。
 教育者として、努力はしてきた。生徒たちの目の輝きはそのままその努力の成果だと信じている。答えてやる時も、決して間違いのないように、子供たちを混乱させないように、注意を払う。調べれば分かる質問、過去に授業で取り扱った内容は自分たちで情報収集させる――それは本人のためだ。
 トレーナーを目指す子供たちを導く者として誠実に職務を全うしていることは、胸を張って言える。



「大人気ですわね、高宮先生。ワタクシ嫉妬してしまいますわ」

 職員室に戻ると、この金住トレーナーズスクールの育成学専任講師であるつつじが声をかけてきた。余談だが、彼女がこの金住市のジムリーダーである。

「見ていたんですか?」

 孝治はモンスターボールを職員室の入口に設置してある回復機に設置した。つつじとは年齢が二十も離れているが、仕事上、敬語で会話している。

「さっき演習場の横を通りかかりましたから。それにしても、みんなワタクシの授業もあれくらい熱中して聴いてくれるといいんですけど。拓真くんなんて昨日三十分も睡眠学習でしたのよ? 信じられますか?」

 つつじは腕を組んで口を尖らせた。孝治は自分の机に腰掛け、同情が伝わるように苦笑いを浮かべた。

「拓真くん、中学校でテニスもやってますからね。疲れてたんでしょう」

 そう言ってフォローしても、つつじはまだ納得していない様子でなにやらぶつくさと呟いていた。最終的に「今度授業中寝たら、承知しませんわ」と言い、長い文句は終了した。

「そう言えば、高宮先生の娘さん、今年中学を卒業するのでしたわね?」

 唐突につつじは話を切り替える。彼女は個人的な話が長く、お酒の席ではかなり面倒な人種であるが、反面、年長者にしっかり話させる気配りができる女性でもあった。

「はい。覚えててくれたんですね」

「もちろんですわ。もう進路はお決まりになったの?」

「ええ。まあ、普通に進学ですよ。高校に」

 一人娘の春奈は今年の三月で中学を卒業する。年が明けて早一ヶ月のこの時期だ。きっと今も自分の部屋で受験勉強にいそしんでいるだろう。去年の十一月の段階では市内でもトップの金住北高校を目指していると、妻の紗奈恵が話してくれた。

「えっ? あら、そうでしたの。ワタクシは勝手に、高宮先生の娘さんですから『旅』に出るものとばかり思っておりましたわ」

「はは、そうでしたか。でも、今の時代女の子で『旅』に出る子はほとんどいませんから」

「――まあ、確かにそうですわね……」

 ちょうど今朝の新聞だった。今年の中学三年生の進路希望アンケートを新聞社で独自に実施したらしいのだが、女子で「トレーナーとして旅に出る」という子は全体の一パーセントにも満たなかった。男子でも四パーセントだった。
 孝治が学生の頃は、クラスの三人に一人は、ポケモンを連れて、親元を離れ、各地を「旅」するのが当たり前だった。男の子も女の子も関係なく、モンスターボールを腰に付ける覚悟を決めた者は、生まれ育った街を旅立っていった。
 過去を懐かしみ、「あの頃は良かった」などと一口で言ってしまえるほど「旅」というのは薄っぺらなものではない。特に、家があまり裕福でないがゆえにトレーナーという道を選んだ孝治にとっては(トレーナーとして旅をする青年を支援する制度は、当時から整っていた)、決して楽しいことばかりの旅ではなかった。
 いわゆる「ロールプレイング・ゲーム」のようには行かないのだ。ゲームの中のキャラクターは道中文句の一つも言わず、宿屋では低価格で体力を全回復できてしまうが、現実そう簡単にはいくはずもない。街から街へ移動するには通常より時間もかかり、体力も著しく消耗した。場所によっては寝る場所さえ確保できない。実際のところ、宿をとれる日より野宿の日の方が多かった。制度の援助もあり、訪れた街の先々で仕事にありつくことはできるが、アルバイトに毛の生えたようなものだ。中には体力的に相当な負担になるものもあった。
 バトルに負ける時はこれでもかというくらい繰り返し負けた。その負け癖をいつまでたっても克服できず、傷ついたパートナーを見るたびに、この旅を継続する価値を見失いそうになった。そして、手にすることができた勝利にその足を支えられながら、次の街へと歩き続けた。
 一度もジムリーダーに勝てないまま旅を諦める者も、山ほどいた。そして旅を切り上げた後、まともに職にありつけるかどうかもシビアな世界――それが当時の現実だった。そして新聞によると、昔より今の方が"旅人"の就職率は散々な有様らしい。
 孝治が加稲市で今の妻、紗奈恵と出会った時、旅を開始して早八年が過ぎていた。幸運にもバトルの才に人より長けており、相応の実力を付けていた孝治は、その時四つのジムバッジを取得していた。
 ただ、認めたくない限界も感じ始めていた。
 紗奈恵は加稲市の民宿の一人娘で、孝治がその宿に滞在していた時、ちょうど仕事先から実家に帰省していた。彼女がいたせいで加稲での滞在時間が予定より長くなった。「この辺りは野生のポケモンのレベルも高くて、いい特訓になるんですよ」と、口から出まかせに嘘をつき、民宿の共有スペースで毎晩のように紗奈恵と話をした。つまらない孝治の話を、紗奈恵は丁寧な相槌で聴き、節々で大らかに笑ってくれた。そうして、二人の時間は熟していった。
 紗奈恵と付き合い始めてからも孝治は旅を続けていたが、感じていたトレーナーとしての限界はどうやら本物のようだった。いつしか弱い相手ばかり選んで、贋作の白星をもって自分を慰めた。加稲からは、あまり離れなくなっていった。
 弱くなった、と孝治はその当時思った。当然、旅を始めた当初よりも実力は培われている。ただ、心が弱くなった。
 この旅で手に入れたものはたくさんある。それは四つのジムバッジや、力を付けたパートナーたちだけではない。ただ、途中で気付かぬうちに折り返してしまってからは、それは旅と呼べるものではなかった。
 孝治は九年と四カ月で、旅を終えた。紗奈恵にプロポーズし、故郷の金住に家庭を持った。今の仕事にあり付けたのと、春奈が生まれたのは同じ年だった。病室のベッドで赤ん坊の春奈を抱く紗奈恵を見た時、孝治は「俺の人生、悪くない」と心から思った。それは、挫折で終えた旅も含めて。もちろん今も、その選択に後悔はない。もし旅を続けていたらどうなっていたか――時々考えることもないわけではないが、孝治は仕事に打ち込むことでそこには折り合いをつけていた。このスクールは、自分がいなきゃ困るだろう。



「おかえり、あともう少しだけ早かったら一緒に食べれたのに。今日シチューだったのよ?」

 いつもより早い九時過ぎに帰宅すると、紗奈恵が残念そうに言った。孝治から少しだけ雪のついた上着を受け取る。
 孝治だって同じことが言えるのだが、紗奈恵は出会った頃に比べるとかなり老けこんだ。あの頃魅了されていた艶のある髪や肌の色は今やくすんでしまった。仕方のないことだと分かっていながらも、時々胸がキリキリするような懐かしさに駆られる。昔のように、疲れた孝治をキスで迎えてくれたり、夢中で身体を重ね合わせた時代は、記憶の中でだけ、静かに眠っている。起きだすことはない。

「あー悪かった。まだ残ってるか?」

 久しく一家団欒は実現していない。明日に回せる仕事を授業の後手を付けたことを、孝治は少し後悔した。

「ええ、今温めるから」

 居間では春奈がソファーに座り、テレビを見ていたが、孝治がネクタイをゆるめながら居間に入ると「おかえり」と早口で言い、二階の自分の部屋に上がってしまった。
 春奈は中学二年に上がる頃から――いや、もうちょっと前から既にその雰囲気はあったかもしれないが――家の中で孝治を避けることが多くなった。このリビングに春奈と孝治が三十分以上同時にいたことはこの一年間で数えるほどしかないだろう。たった今そうだったように、大抵は春奈が自分の部屋に逃げていってしまう。
 孝治も中学生の娘とべたべたする気などは持ち合わせていない。娘の全てを知っているなどとは思わないし、年ごろには隠しごとの一つや二つ、あって然るべきものだと割り切っていた。もちろんこの時期の娘を心配する気持ちもあるが、少なくとも春奈は同学年の活発な女の子のように無茶をしでかしたり、中学から彼氏をつくるようなタイプではない。そのことが孝治を安心させる要素でもあったし、娘のことに関して一番複雑に思うところでもあった。

「春奈、勉強頑張ってるか?」

 孝治は食卓に腰掛けながら、春奈ではなく、紗奈恵に訪ねた。

「え? ああ、そうね――」

 紗奈恵はシチューの鍋を火にかけながら、春奈が消えた階段の方をちらっと見やる。

「なんだ、うまくいってないのか?」

 春奈は中学校でも塾でも常に成績は上位にいる。通信簿に書かれた先生のコメントも「勉強熱心」や「真面目で意思が強い」という言葉が躍っていた。それは孝治にとっても気分の悪い話ではない。自分の娘が学校で「優等生」なのは、事実、鼻が高かった。

「そうじゃないのよ。ただ――迷ってるみたい」

「――もうこの時期だろ? 今さら志望校変えたりなんてできるのか?」

 紗奈恵は温めたシチューを孝治の前に置き、自分も食卓に座ると、頬杖をついた。

「あなたはあまり賛成しないと思うけど」紗奈恵はダイニングの電灯をぼんやりと見つめた。「あの子ね――『旅』に出たいと思ってるらしいの」

 孝治は口元までもってきたスプーンを皿に戻した。



 2

 仕事場までは電車を一度だけ乗り継ぎ、三十分ほどで辿り着く。中心部の金住駅を降りてからは歩いていける距離に「トレーナーズスクール金住校」はある。
 通い慣れたその通勤途中、地元の高校生が目に着く。自転車を立ちこぎしながらおしゃべりしているものや、部活帰りなのか、疲れきった顔で大きなエナメルのカバンを肩にかけているもの。少人数のグループで他愛無い話に大笑いしているもの、電車の中、ヘッドホンで音楽を聴きながら寝入っているもの。
 もう少し若い頃は一部の世間知らずな振る舞いをする若者に苛立ちを覚えたものだが、今は比較的穏やかに彼らを見ることができる。遅かれ早かれ、彼らもじきに社会になじむことができる。いや、なじまざるを得ないのだ。幼かった過去の自分を恥ずかしく思い、そして「若かった」と認めるステップを、誰もが踏む。いや、踏まされる。そう思うと、幾分同情的な眼差しで彼らを見てしまう。
 しかしその「同情」は、否定的な側面だけではない。人生は線路の上だ。それは諦めの言葉ではない。そうと認めてこそ人生をおいしく味わえるものではないのか。脱線したまま料理にありつくことはできない。
 孝治は漠然と――そしてほぼ確信的に――春奈も線路上を、脱線せずに歩いていくと、そう思っていた。高校に進学し、大学に通い、友人に囲まれた毎日を過ごす。恋人だってできるだろう。大学を卒業したら、就職。自分のしたかったことでも、仮にそうでなかったとしても、その仕事にやりがいを見つけ、彼女なりに進んでいくだろう。そのうち男を連れてくるのだろうな。そして子供を作り、自分は「おじいちゃん」としてその赤ん坊を抱く――そこまで考えて、孝治は妄想をストップさせた。
 たとえ月並みでも、それが幸せだろう。間違っているはずがない。自分に対し、誰も反論なんてしないはずだ。
 自分は家庭の経済的事情があれど、「旅」という道を選択した。トレーナーとして旅をしたときに手にした資産は、確かに今の仕事を支えていた。しかし、もし旅に出なくてもよかったなら? 高校に進学し、別の人生がそこにあったとしたら? 今さらそんなことを考えるだけバカらしいのかもしれない。ただ、旅を諦めた時のあのみじめな思いをしなくてもよかった。
 春奈にはそんな思いをさせたくない。もちろん、旅に出たってどうせ挫折するのだろうという前提はよくないが。それでも、昔より状況が悪い"旅人事情"は頭の中をめぐる。中学生――子供だ。まだ何にも知らない子供。可能性を断つのではない。自ら崖に向かっている我が子を止めようとしない親がいるはずがない。



「ねえ、あなた――」

 ある夜、夕食を済ませ、風呂に入り、ビール片手にリビングでくつろいでいた時だ。紗奈恵がL字型のソファの開いている場所に腰掛け、孝治を見た。時々見せる、相談事がある時の顔だ。今の牛丼屋のパートを始める時も、春奈の苦手だった国語の成績が五段階評価の二だった時も、同じ顔をしていた。

「あの子ね、最近ちょっと帰ってくるのが遅いのよ」

 ドラマや小説では、「娘の帰りが遅い」のは非行に走る前の予兆だ。そんなことくだらないことを思い出し、孝治はすぐに振り払った。

「――塾の時間が押したりしてるんじゃないのか?」

「私もそう思ったんだけど、この前塾の先生と進路相談で会った時にはそんなこと言ってなかったし。あの子は『その日の宿題塾で済ませちゃってたの』って言うんだけど、この頃塾のない日でも八時とかに帰ってくるの」

 どちらかというと、孝治より春奈の些細な異変によく気付いてくれる紗奈恵は、一方で思いこみすぎる嫌いがあった。神妙な面持ちでもちかけてきた相談も、結局勘違いで済んでしまうことの方が多かったような気がする。

「春奈は嘘つくような子じゃないだろ。塾のない日も学校とか図書館で勉強してるんじゃないのか?」

 言ってから、何も知らない父親を演じているようで少し自分が浅はかに感じた。しかし、春奈のことを疑うようなことをしたくないのも事実だ。

「そうだといいんだけど――でも心配じゃない。『旅』のことを言いだしてからのことだし、なんとなく勉強に身が入ってないっていうか」 

 高宮家にこの手の問題が舞い込んでくるとは想定外であった。具体的な誰かではない、茶髪の男と、けばけばしい化粧をした女という安易なイメージが孝治の頭に浮かびあがった。うちの子に限ってそんな――と、どこの家庭も思うのだろうが、どうやら我が家もその例外となることはできないようだ。春奈に限って有り得ない。

「――その、『旅』のことでなにか聞いてないのか?」

 紗奈恵はかぶりを振る。「私だって『旅』はそんな甘いものじゃないわよって言ったんだけど、『そんなの分かってる』って突っぱねられちゃって、ちゃんとした理由とか、そんなことは一度も――」

 多分、小恥ずかしいところもあるのだろう。みんな自分の夢を親に語るなんてこと、子供の頃はしたくはない。小学生なら無邪気に「サッカー選手」だとか「ポケモンマスター」なんて、笑顔で言える。だが中途半端に大人な部分が芽生え始める中学生は、語らないで済むならそうするだろう。そういう面は確かにある。

「ねぇ、あなたからも言ってあげてよ――」

「――ああ、そうだな」

 孝治はそう言ってからビールを啜った。正直、春奈の前で「立派な父親」の面で、道を諭すようなことができるかどうか不安だった。「反抗期」という、割り切るための便利な言葉が用意されていると言っても、事実、孝治は春奈から目を逸らされている。信用を勝ち得ていない。二階の春奈の部屋は、この家の中で一番怖い。
 それに我が娘は、父の説教に耳を傾ける余裕はあるのだろうか。



 3

「マグマラシ――ですか」

 先週生徒たちに課した宿題を添削していた時だ。孝治は職員室のつつじの机に置かれている図鑑のコピーを見た。マグマラシの挿絵と、右側に基本データが載っており、いくつか書き込みがしてある。つつじが驚いた様子で顔を上げた。

「た、高宮先生――え、ええそうです。次の授業で例題として取り上げようと思いまして」

 つつじはそのコピーを授業用のファイルに挟め込んだ。孝治はふと思い出した。

「そうそう、うちの娘のポケモン、ヒノアラシなんですよ。あの子が十歳になる時に、一緒に捕りに行きましてね」

 孝治の頭は古い記憶を再生していた。そう言えば、そんな時もあった。まだ、春奈の未来について楽観的過ぎた、あの頃。春奈の手を引き、草むらを歩き回った。あれでもない、これでもないと言いながら、春奈が最後、「絶対この子!」と言ったのがヒノアラシだった。炎属性の中でも育てやすい上に、種族値が高い。我が娘ながら見る目があると、感心した覚えがある。

「あ――そうでしたの? えーと、お名前は何と言いますの?」

「ああ、笑わないで下さいね」孝治はそう断ってからヒノアラシの名前を告げた。「バクバクです」

 捕獲に成功した後、家に帰って図鑑を見ながら、ヒノアラシはマグマラシになって、最後バクフーンってのに進化するんだと、春奈に教えた。すると春奈は「じゃあ将来進化するから、バクバクにする!」とあっさり名前を決めてしまったのだ。闘わせなければ進化しないんだよと言うと、「はるなとバクバクはいーっぱいくんれんするもん!」と、唇を尖らせた。
 孝治はつつじが反応する前に、その由来を伝えた。

「あはは、進化させる気マンマンでしたのね――やっぱり、高宮先生のトレーナーとしての血を引いてるんじゃありません?」

 冗談なのか、本気なのか、どっちともつかない表情でつつじは言った。孝治は娘が旅に出たいと言っていることは、外には出さないと決めていた。

「そんなことありませんよ。バクバクだって未だにヒノアラシですし、今は勉強で大忙しですよ」

「――そうですの、大変ですのね」

 大変――そう、大変だ。大変な時期なのだ。将来を左右しかねない時期なのだ。
 バクバクは、残念ながら、道を示してはくれない。

 授業開始のチャイムが鳴った。



 このクラスの先週の宿題は、皆思い思いの回答を書いてきて、中には「ん?」と目を細めてしまうものもあったが、大方、良くできていた。

「今週は『光の壁』とは似て非なる『リフレクター』を扱おう。さて、『光の壁』と何が違うか、答えられる者」

 いっせいに手が上がる。孝治は一番前で体育座りをしていた幹也くんに当てた。

「えっと、『光の壁』は特殊――エスパーとか、ゴーストとかを防いで、『リフレクター』はそうじゃない、岩とか――あ、物理攻撃を防ぐ!」

 孝治は頷く。「まあ、おおよそ正解だ。よくできたな。ちなみにエスパータイプみたいに全部特殊技のように見える攻撃でも物理技の場合があるから、そこだけ注意しろよ。逆に物理技のようにみえて特殊技の時もある。じゃあまず『リフレクター』という技の効果と実際にこの技が使われるケースから、確認しよう」

 授業はいつも通り滞りなく進んだ。生徒たちは熱心に、孝治の言ったことやホワイトボードに記入したことをノートに取り、実戦見学でも皆ひとつひとつの技を追いかけるようにして見つめていた。
 最後に宿題を発表し、授業を終えた時、生徒の一人が質問してきた。

「ねえ先生? お母さんが言ってたんだけどさ、昔はトレーナーになるにはみんな旅に出てたの?」

 他の生徒が「旅ってドラクエじゃん!」とか「でもうちのお父さんも言ってた!」と、口々に言った。今の子にとって「旅」という行為そのものが古臭くなってしまっている。

「そうだな、先生がみんなくらいの時は、トレーナーになりたい子供はみんな旅に出たんだぞ。お母さんやお父さんとは離れてな」

「マジで?!」生徒たちは興奮した面持ちで互いに顔を見合わせた。「じゃあさ、先生も旅したの?!」

「ああ、もちろん。これでもジムリーダーと戦って勝ったこともあるんだぞ」

 子供相手に自慢を吐く。

「すっげえ!」
「ジムリーダーだって! つつじちゃんより強いんだ!」
「オレは先生はそのくらいのジツリョクだと思ってたけどね」

 もはや演習場は大盛り上がりだった。つつじとはまともに手を合わせたことがないので分からないし、ジムリーダーと言っても、今はもうすでに引退した「昔の」ジムリーダーだ。
 一通り盛り上がりが治まったところで、「居眠り少年」の拓真くんが真剣な目つきで質問を投げた。

「先生、俺さ、テニスもあるんだけど、それでも『旅』に出れる? 『旅』って出た方が良いの? その方が強くなれる?」

 孝治にとって、答えたくない――答えられない質問だった。かぶせるようにして、生徒たちは孝治に質問を浴びせる。

「わたし、ピアノのレッスンもあるの! 辞めなきゃ『旅』に出れない?」
「僕も弟がまだちっちゃくて、お父さんもお母さんも働きに行ってる時は僕が面倒見なきゃならないんだ」
「うち、お母さんが家で一人ぼっちになっちゃう――」

 トレーナーズスクールには、先週の朝刊のアンケートでいう「四パーセント」と「一パーセント」が、凝縮されているのだ。旅に出ることを夢に見る子供たちが、今はまだ目を輝かせて、必死に知識を吸収している場所。そして、脱線を承認している場所。
 目がくらみそうになるのを、孝治は必死でこらえた。この子たちの親の気持ちが、子供たちを通じて、痛いほど感じ取れた。
 トレーナーになりたい――そこまで具体的でなくても、ポケモンに携わる仕事がしたいという、子供たちの願いを叶えたい。本気でそう思うから、このスクールにも通わせているのだろう。家計が苦しくても、何か事情を抱えていても、それだけは譲れないのだ。絶対に。
 孝治には、この質問に答える義務があった。

「出ればいい。『旅』に」孝治は先生の顔を崩さないように――父親の顔が現れないように――続けた。「『旅』は楽しいことばかりじゃない。むしろ苦しいことの方が多い。でもそれは絶対にみんなを立派な大人にしてくれる苦しみだし、苦しみを超えたらホントの楽しさがある。みんなそれぞれ事情があると思う。でも『旅に出たい』って気持ちがみんなにあれば、きっとお母さんやお父さんも分かってくれる」

 嘘をついた。
 いや、生徒たちにとっては本当だ。ただ、高宮家の場合は――まだ答えられない。孝治の頭は春奈のことでいっぱいだった。先生としては立派でも、父親としては情けない。
 歯痒かった。



 その夜、春奈は十時に帰ってきた。
 塾のない日だ。紗奈恵は「何かあったんじゃないかしら」とか「学校に連絡した方がいいわよね――」とか、始終落ち着かない様子を見せていた。それを孝治はイライラしながらなだめた。実際には、自分自身を落ち着かせるために、紗奈恵に八つ当たりした。
 恐る恐る居間のドアを開け、小さな声で「ただいま」と言う。外はかなり冷え込んでいる。春奈の頬が赤く染まっていた。それだけで問いただす気がどこかへ逃げ込もうとする。

「ちょっとこんな遅くまで何してたのよ?!」紗奈恵が駆け寄る。

「――ごめんなさい。勉強、してた。図書館で」

 春奈は身体こそ紗奈恵の方に向きながらも、チラチラと孝治の方に目を泳がせていた。

「お母さんもお父さんも心配したんだから。連絡くらいよこしなさい。携帯持たせてるでしょ?」

「うん――ごめん」

 低い声で、春奈は淡々と謝る。若々しさの感じられない声だ。学校で友達とおしゃべりする時は、そんな声じゃないはずだろう。

「春奈」孝治は食卓に座り直し、出来るだけ「先生」の時の声で言った。成功したかどうかは分からないが。「お父さんと、少し話さないか? 春奈のこと――大事な話だ」

 戸惑う春奈に対し孝治は「遅れたことは、怒ってないよ」と付け加えた。それが意味のある付加なのかは別として、とにかく部屋に戻ってほしくなかった。紗奈恵も「ご飯も、食べるでしょ?」と、助け船を出してくれた。

「うん」と春奈は短く答え、「カバン、置いてくる」と言い、部屋へと上がっていった。相変わらずの低い声で。

 紗奈恵は無言で夕飯の味噌汁を温める。
 いつものダイニングに流れる空気の流れとはかけ離れていた。時計のコチコチという音が、耳障りなほど大きく聞こえる。テレビはとてもつける気になれない。ビールは既に空。
 春奈がブレザー姿のまま、再び居間に現れた。無言で自分の席に歩いていき、顔を上げずにそのまま座った。孝治とは目を合わせず、食卓の木目ばかり、見つめている。
 夕飯が食卓に並ぶまで、孝治も沈黙を守った。缶ビールは空になったと知っているのに、三回も手に取ってしまった。

「いただきます」

 春奈は静かに運ばれた夕食に、手を付ける。白いご飯、ジャガイモの味噌汁、生姜焼きとパプリカのサラダ。紗奈恵は台所で黙々と洗い物をしていた。
 言葉を口にするきっかけが掴めない。息が詰まりそうだ。こういう時、喫煙者ならうまく間を持たせることができるんだろうなと思った。あいにく、煙草は吸わない。結局春奈がほとんど食べ終わろうとしている時に、やっと「勉強はどうだ?」と、回りくどい質問を吐きだした。

「――どうって?」口の中のものを飲みこんでから、春奈は短く返す。

「学校の授業とか、塾とか――ついていけてるか?」

 出来るだけ、肯定的なニュアンスで問いかけた。大丈夫だろ? 春奈なら。

「まあ、それなりだよ」

「――そうか」

 春奈の前では、父親でしかなかった。また空になった缶ビールを持ち上げてしまった。気付いた紗奈恵が「ビール出す?」と言ったが、孝治は「いや、いい」と答えた。そして無理矢理リズムを掴み取るようにして、言葉を引き上げる。

「お母さんから聞いたよ――おまえが『旅』に出たいって、思ってること」

 春奈は無言だった。

「お父さんも、昔は旅に出たけどな。生半可な覚悟じゃあ旅なんて出来ないんだぞ? しかも今は昔より状況は厳しい。旅の後、ちゃんと仕事に就けない人も山ほど――」

「だから、『旅』に出ちゃいけないの?」春奈は孝治の言葉を遮り、箸を置いた。「高校なら楽だし、仕事にもちゃんと就けるから?」

 孝治は目をつむった。つむってしまった後で、春奈には苛立って見えただろうと思い、見え透いた作り笑いを浮かべた。

「それだけじゃない。お父さんもお母さんも、春奈を心配して言ってるんだ。今まで塾にまで行って勉強してきたのにもったいないだろ? 春奈は成績も良いし、良い高校も目指せるんだから」

「――私、旅に出たいの。バクバクと。覚悟なら、あるつもり。良い成績とか高校とか、興味ない」

「いいや、お父さんは賛成できないね」孝治はため息とともに言った。「本当に覚悟がある子はトレーナーズスクールに通って全然別の勉強をするんだよ。おまえとは全く――」

「勝手に決めないで! 私の人生なんだから!」

 春奈は声を裏返して叫んだ。同時に音を立てて席を立ち、孝治とは目を合わさず、部屋を出ていく。

「春奈!」と、紗奈恵が呼びとめたが、春奈は無視し、自分の部屋のある二階へと上がっていってしまった。

 孝治は茫然と、食卓の春奈が座っていた席を見つめていた。



 4

 他人の子供には、大志を抱き、旅に出ろと言う。自分の娘には現実を伝え、踏み外すなと言う。
 結局は、臆病なだけかもしれない。スクールに通う子供たちの親の気持ちも、孝治や紗奈恵の気持ちも根底にあるものは同じだ。子供に幸せになってほしいという、当り前の欲望。そして願わくば、高次の幸福を手にしてほしいという、当り前の期待。
 ただ、孝治の春奈への期待は、いつしか弱いものになってしまった。いつしか、妥協してしまった。
 旅の途中、限界を感じ、挫折したのと同じように。
 孝治は無邪気に笑う幼い春奈を思い起こしていた。自分は娘の前方に「道」を作り、その両側をコンクリートの壁で舗装してしまっていた。いや、むしろ春奈の後ろで腕を組み、何も言わないまま笑っていることで、春奈自身に壁を作らせたのかもしれない。
 春奈も小さい頃は、それに疑問を持たずに、父の笑顔が見たい一心でそれをしてきたのだろう。バクバクと出会った時も、バクバクと歩く道は壁の内側にあると思い込んでいたに違いない。本人が意識しなくとも、きっと、そうだった。でも歩めども歩めども、その道は見つからない。おかしいな――
 大きくなって、疑問が浮かんだ。

 ――壁の向こうには、一生行くことができないの?

 孝治は春奈の声を聴いた気がした。幼い春奈が無邪気に尋ねてきたような気もしたし、現在の春奈に睨まれたような気もした。



 二月も下旬だが、まだ息も白く、夜は凍える。
 仕事が終わり、終電のひとつ前の電車に乗った、ある日のことだった。月曜日だったので車内は人影も少ない。孝治は角の席でただぼんやりと中刷り広告を見ていた。電車が駅で止まり、一人の青年が乗ってきた。
 彼は茶色の髪にゆるいパーマをかけ、地面を引きずりそうなジーンズを穿いていた。携帯をいじりながら、ふらふらと空いている席に座る。
 深夜の中心街で一番よく見かけるタイプの若者だった。特別な感情など、抱かない。あるとしたら、同情くらい。しかし、腰にモンスターボールがぶら下がっているのを見た時、孝治の興味は彼に向いた。
 彼は携帯を閉じると、カバンから一冊の本を取り出し、黙々と読み始める。背表紙には太めの明朝体で「ジムリーダーに挑む人のための育成論」と書かれていた。
 人を見た目で判断してはいけない。孝治は思った。アルバイトをしながらポケモントレーナーを夢見る「目的あるフリーター」と言ったところだろうか。こんなに遅くまでアルバイトだったのか、はたまたバトルトレーニングをしていたのか。いずれにしても、曇りのない目つきで本に没頭している彼は「一生懸命」に見えた。
 孝治は感心する一方で、やはり同情していた。その夢を手にできるのは、ほんの一握り。最初から席数が決まっているイス取りゲームを制するのは、努力した者とは限らない。時代、運、才能――様々な要素が絡み合う中に自らを放り投げ、そこからまた這い上がらなければならない。そうして初めて、光が差し込み、腕を振り上げることができる。
 ――君は自分のその姿を、鮮明にイメージできるのか?



「一体どこをほっつき歩いてるんだ!」

 春奈の帰宅時間は、塾のある日も、学校の授業だけの日も、ほとんど必ず夜の九時を超えるようになっていた。ソファーに腰掛ける時の紗奈恵の顔も日に日に深刻さを増していく。そしてある日、ついに孝治は食卓で怒鳴り声を上げてしまった。

「――ごめん、図書館で……」春奈は脅えた声で、声を絞り出す。

「図書館はこんな時間までやってないだろう! それに勉強なら家でも出来る!」

「あなた――」紗奈恵が声を荒げる孝治をなだめようと、肩に手を置いた。娘に対し、こんなにも沸々と怒りがわき上がるのは初めてかもしれない。

「――ちゃんと、本当の理由を言いなさい。お父さんはおまえを心配してるから怒ってるんだぞ」

 また「心配」だ。便利な言葉であり、浅はかな言葉だと、孝治は思った。だが入念に言葉選びをする余裕などない。

「――友達と遊んでた。ゲーセンで」春奈は孝治を見ずに、床に視線を落として言った。

 孝治は怒りを通り越して、あきれてしまった。感情の糸が絡まったまま、結ばさることなく頭の中に居残った。

「……春奈、今は受験にだけ集中しなさい。今頑張れば後で必ずやっておいてよかったと思う日が来る――分かったか?」

 春奈は無言で頷き、自分の部屋へ逃げるように上がっていった。
 ――間違っていない。自分がしたことは父親として正しい。模範解答とまでは言わないが、確実に加算対象に入る。自信を持て。発言が揺らぐような父の背中は小さい。

「春奈――納得してないわね……」紗奈恵が独り言のように、沈んだ声で言った。



 5

 中学二年のクラスでは、先週の『リフレクター』についての宿題も、みんな良くできていた。孝治は解説をした後、簡単な小テストを行い、五分ほど早く授業を切り上げた。
 職員室の自分の机に座り、生徒たちの申し送りを記入しようとしたが、どうも集中できずに書類を脇へ押しやった。気付けば春奈のことを考えているような、上の空の毎日が続いてる。
 中学生。やはり自分の将来を判断するのは、子供すぎる。子供だから、遅くまでゲームセンターなんて現実逃避をしてしまう。受験日は刻々と迫っている。父親として断固とした態度を貫かなければならない。
 ぼんやりと時計を見つめていると、チャイムが鳴り、ほどなくして他の先生方が職員室へ戻ってきた。

「高宮先生、お疲れのようですわね――」レポート用紙の束を抱えたつつじが心配そうに声をかけた。

「いえ、大丈夫です」孝治はそう言って、イスに座り直す。「そう言えば、睡眠学習の拓真くん、ちゃんと授業聴いてますか?」

「ええ、最近は眠気と必死に闘ってくれてるようですわ――そうそう、『旅』に出るんだって、勇樹くんと話していました」

 出ればいい――そう言ったのは他でもない孝治だ。

「そうですか」

 孝治は首を鳴らして、申し送りに手を付けた。拓真くんの「意欲」の欄は、ひとまず褒め言葉で埋める。
 つつじもしばらく自身の仕事をしていたが、次のコマの開始のチャイムが鳴り、生態学の西村先生があくびをしながら職員室を出ていったのをしおに、孝治に切り出した。

「――そうそう、高宮先生にぜひ見てもらいたい子がいますの」

「見てもらいたい子――ですか」

「ええ。知り合いの娘さんなんですけど、すごく筋が良くて――ワタクシの知る限りでは、この金住で一番才能がありますわ」

 つつじは笑顔で――しかし真剣に――そう言った。
 金住で一番の才能――仮にもジムリーダーがそう言うのだから、相当な実力の持ち主なのだろう。単純にどんな子なのか、孝治は興味があった。

「なるほど、いいですよ。いつでしょうか?」

 つつじは時計をちらりと見てから言った。

「実は今日これからスクールに来て、ワタクシと模擬試合をする予定ですのよ。八時ごろには来ると思うのですけど、高宮先生お時間ございます?」

 思わず孝治は笑みをこぼした。

「それはまた急な――まあ、時間なら大丈夫です。お会いしましょう」

 紗奈恵に心の中で謝りながら、孝治はつつじと一緒に演習場へ向かった。



 生徒たちも帰宅し、がらんとした演習場の灯りをつけた。見なれた景色、慣れ親しんだ空間。そして孝治が一番「孝治」としていられる場所でもあった。父親ではなく、だ。
 しばらくの間、無言で「金住一の才能」を待った。一度孝治が「先生は、ノズパスですか?」と尋ね、つつじが「ええ、ワタクシはこの子一体で」と、不敵な笑みで答えたが、それだけだった。
 午後八時、二分前。演習場の扉が開かれた。
 孝治は目を疑った。

「――は、春奈?!」

 そこに立っていたのは、まぎれもなく孝治の娘だった。ブレザーの上からダッフルコートを着込んだ、いつものままの娘だった。
 春奈は父親のことをチラリと見ただけで、演習場の中央へ歩いていった。

「――これはどういうことですか?」孝治は戸惑いながら、つつじを半ば睨むようにして振り返った。

「高宮先生は、静かに試合をご覧になっていて下さい」

 つつじのその言葉に、孝治は何も言い返せなかった。

「――よろしくお願いします」

「ええ。一対一。正々堂々と」

 春奈とつつじの会話に大きな違和感を抱きながらも、孝治は仕方なく演習場の端に移動した。対戦者の二人は一定の距離をとって向き合う。
 自分の娘とジムリーダーが模擬試合? 何のつもりだ? そんな結果の分かりきった試合を父親に見せつけて、何になる? 春奈が傷つくだけだ――
 そう思っていても、口に出せなかった。二人の目は、真剣そのもの。勝負を目の前にした「トレーナー」の顔だった。春奈は、一体いつからあんな顔つきになったのだ?
 両者、ボールを手に取る。この勝負、単に実力差がありすぎるだけではない。相性も最悪だ。春奈はヒノアラシ、つつじはノズパス。力で押そうにも、ヒノアラシでは火力が足りないのは目に見えている。二つのモンスターボールが空中に放たれた――

「手加減は、逆に失礼ですわね――本気でいきますわよ? ジル!」

「私だって、そう簡単に負けません! バクバク! 絶対勝つよ!」

 つつじは試合前に行っていた通り、ノズパス。そして、春奈のバクバクは、マグマラシだった。

(はるなとバクバクはいーっぱいくんれんするもん!)

 進化――してたのか。
 先手を取ったのはマグマラシ。身軽な身のこなしでノズパスとの距離を一気に縮め、そのまま体当たりした。しかし、やはり相性が悪すぎる。ノズパスはほとんどひるむ様子もなく、岩のようにごつごつした手でマグマラシを振り払う。マグマラシはすぐにまた距離をとった。

「ジル!」

「バクバク! もっと距離とって!」

 ノズパスが出現させた大小様々、無数の岩が雪崩のようにマグマラシを襲う。砂埃が舞い上がり、孝治は目を腕でかばった。春奈の小さな悲鳴。
 ――距離を十分に取っていたおかげでヒットは免れたが、演習場に散らばった岩々は明らかにマグマラシにとって不利になる障害物として残った。ノズパスへの直線距離は、意味のないものになった。
 マグマラシは岩の隙間を抜けながら、ノズパスの背後を取ろうとしていた。それ自体は得策だろう。野生のノズパスは常に北を向くという変わった習性がある。トレーナーに訓練されていると言っても、他の方角を向いた状態で闘い続けるのは集中力に欠くはずだ。そこにチャンスは必ず生まれる。しかし当然ながらつつじはノズパスの背後を取らせない。序盤に岩雪崩で障害物を散乱させたのも、相手の動きを制限し、スピードに欠けるノズパスに有利に働くからだ。事実マグマラシは点在する岩のせいで、思うようにフィールドを移動できない。

「バクバク! 炎の渦!」

 マグマラシは体勢を低くとり、まき散らすようにその口から炎を吐いた。燃え盛る赤い炎は周りの岩もろともノズパスを包み込む。天井に届きそうなほどの火柱が鈍い鳴き声を上げる。

「効きませんわ!」

 ノズパスは土砂を出現させ、自らを包んでいた炎を全てかき消してしまった。ノズパスの身体には、熱を帯びて赤くなっているところがあるものの、やはり決定打になるようなダメージは受けていない。

「あっ――」春奈に焦りの色が見えた。

 もともと効き目がないことは分かっていただろう。無理矢理放った炎の渦だったが、やはり跳ね返されてしまった。マグマラシは舌を出し、身体全体で息をしていた。容赦なく、ノズパスの放つ岩が次々とマグマラシを襲う。身体をしならせ、ギリギリのところでかわしていくが、体力も限界に近付いている。ヒットするのも時間の問題だ。

「バク――きゃっ!」

 春奈のそばに岩の塊が音を立てて落ちた。その表情は血の気が失せ、蒼白になっていた。こんな状況では、普通冷静でいられない。何年も旅を続けているトレーナーでも頭が真っ白になる時はある。まして――

「春奈! 棄権しろ! もうこれ以上、お父さん――」

「お父さんは黙ってて!」春奈が砂埃の舞う中、声を裏返して絶叫した。

「安心なさって。トレーナーに危害を及ぼすようなことには致しません」

 つつじが春奈とは対照的な、穏やかな口調で言った。そんなことは分かっている。しかし、見ていられないのだ。
 ほどなくして、砂埃がほとんど視界を遮ってしまった。ノズパスが猛攻を一度止め、演習場は静かになった。

「はぁ、はぁ……」

 春奈の息が上がっている。砂埃が晴れ、もはや岩山のようになり、床もところどころ抜けてしまっている演習場が再び姿を現した。
 しかし、マグマラシの姿はどこにもない。

「――死角を作りすぎたようですわね。反省点ですわ――さあ、早く出ていらっしゃい」

 つつじはフィールド全体に神経を尖らせる。春奈の目線は、真っ直ぐノズパス。その目は、まだ勝負を諦めていなかった。
 最後の一撃。それは、一瞬だった。
 ノズパスが再び炎に包まれたのだ。炎の渦とは違い、炎はノズパスの直下の地面から噴出している。

「ま、まさか?!」つつじが後ずさりした。

「バクバク――最大火力! いけえええっ!」

 赤色から青白い色に変化し、炎はさらに大きく燃え上がった。
 真下からまるでガスコンロの上の鍋のように炙られてしまったノズパスは、風が洞窟を抜けるような音の鳴き声を上げ、その場でのたうちまわった。

「ジル! 落ち着いて! 対処できましてよ?!」

 つつじがそう叫ぶも、ノズパスは予想だにしない「直下型」の火炎放射に惑い、ただただ暴れ回るばかりだった。
 しばらくして青い炎が治まり、黒く変色したノズパスはその場にドサリと倒れてしまった。ノズパスの立っていた地面には穴が開いており、そこから頭に土を被ったマグマラシが、巣を守る野生のオタチよろしく顔をのぞかせていた。
 孝治も、春奈も、状況を飲み込むのに少し時間を要した。
 静寂が演習場を包み込んだ。聴こえるのは遠くの自動車のエンジン音と、春奈の息。
 つつじが脱力し、諦めの微笑みを浮かべながらノズパスをボールに戻した。

「ワタクシは、最後の最後まで手加減など致しませんでしたわ」

 そのままつつじは春奈の方へ、ゆっくりと歩いていく。

「見事な攻撃でした。春奈さん、あなたの勝利です」

 マグマラシが穴から這い出し、春奈に寄りそった。春奈は乱れた息を落ち着かせながらその頭を撫で、つつじの言葉の意味を噛み砕くように何度も何度も細かく頷いた。
 大粒の涙が次々に溢れて、頬に流れていた。

「あ、あっ――ありがとうございましたあっ!」

 ぐしょぐしょになった顔を乱暴に手で拭う。その頭をつつじは優しく撫で、孝治へ向き直った。少し恐縮した顔だった。

「申し訳ありません、高宮先生――全部、お話しますわ」



 春奈がつつじに個人的に指導を受けていたのは、去年の秋頃からだった。

「高宮先生には絶対内緒にしていてほしいと、春奈さんは当初から言っていました」

 春奈は「ごめんなさい」と短く言った。赤く腫れた目を、しっかり孝治に向けて言った。
 春奈と、春奈のヒノアラシ――バクバクは孝治には内緒でつつじに会いに行き、「トレーナーになりたい」と言うことを相談した。最初、簡単な練習試合をしたのだという。結果はつつじの圧勝だったものの、春奈とバクバクの潜在的な力を、つつじは確信した。

「初めてのバトルとは――思えませんでしたわ」

 つつじはその日から、春奈に欠けていた基礎知識やバトルの規定などを叩きこんでいった。開講時間が過ぎたトレーナーズスクールでマンツーマンで教え、模擬試合も繰り返し行った。バトルの中でバクバクはマグマラシに進化。春奈自身も確実に成長していった。今年に入ってからは炎属性のポケモンに特化した戦術なども教え始めていたという。春奈の帰りが遅かったことや、つつじの机に置かれていたマグマラシの挿絵も、それですべて繋がった。友達とゲームセンターなど、真っ赤な嘘だった。

「確実に、実力のあるトレーナーになれる、そう思いましたわ。春奈さん自身も『旅』に出て、もっと経験を積みたいと言っていました。でも、高宮先生が『旅』に出ることについて反対されていることを知り、ワタクシ自身も悩んでましたの」

「――お父さんは絶対『高校に行け』って言うの、分かってたから。だからつつじ先生に、『お父さんには内緒にして』ってお願いしてたの」

 孝治は小さく頷く。無理もない。父親として自分は、春奈に「光の壁」や「リフレクター」しか教えてやれないのだから。道を切り開く術を指南してくれるつつじに相談を持ちかけるのは当然だ。

「そしてこの試合、春奈さんにとって大事な一戦でしたの」つつじは続ける。「悩んだ末にワタクシは春奈さんに提案しました。『お父さんの前でワタクシと試合をし、負ければお父さんの言う通り高校を受験、勝てばワタクシも一緒にお父さんを説得する』と。春奈さんは受けて立った。そして見事勝利しましたわ。ワタクシとて本気だったことは高宮先生もその目で確認したはず」

 演習場がこんなになるほどの猛攻を目の当たりにし、「手抜きだ」と言うつもりは孝治にはなかった。
 むしろ、圧倒されてしまったくらいだ。本気のトレーナー同士の、本気のポケモン同士の、本気の勝負。
 久しぶりに見た。まだなおこの胸がドキドキと内側から身体をバスドラムのように叩いている。
 いつ以来だったろう、この感じ。今気付いた。
 どうして俺は就職してからもポケモンに携わる? 子供たちにバトルを教える? 旅に出た時とは違う。選択肢ならあった。それでもこの仕事を選んだ。 
 ああ、そうなんだよ。俺は渇望していたんだ。
 それを気付かせたのが、我が娘だなんて。
 手が震えた。

「――お父さん、私、本気だよ? 『旅』に出て、いろんな人と出会って、ジムリーダーと戦って、勝って、それで――」娘は息を吸い込んだ。「ポケモンリーグに出場するの!」

 ああ、これだ。これだった。春奈の瞳を見れば一発で分かるじゃないか。
 怖がっていたのは俺だ。春奈はこんなに勇敢で、前を向いているのに、必死にその先を見せまいと両手を広げていたのは、俺だ。
 我が娘は壁を壊して、崖から落ちて、そしてまた這い上がり、光を浴びる自分を何度でも頭で再生できるのだ。
 情けない。俺はなんて――春奈は大丈夫だったじゃないか。

「春奈――」孝治は演習場の壁に寄りかかり、ぼんやりと電灯を見上げた。「答えなんだな、それが、お前の――」

「うん!」春奈の目は、もう次の街を見ているのかもしれない。

 こんなヘボな男から、どうしてこんな立派な女の子ができたんだろうなぁ? ――孝治はぼんやりとそんなことを考えていた。

「そうか――分かった、応援しよう。春奈の夢」

 娘が飛び跳ねたのが、滲んだ視界に映った。



「いつまでそうしていらっしゃるおつもりですの?」

 つつじが春奈を見送った後、孝治を見て言った。
 孝治は演習場の壁に寄りかかったまま座り込み、ずっと電灯や荒れ果てたフィールドを見つめていた。春奈には「もう遅いから、タクシーを拾いなさい」と千円札を三枚渡し、先に帰らせた。親子で一緒に帰宅できるような気分では、なかった。

「――嬉しいと言いますか、やはりショックだと言いますか」孝治はつつじに情けなく微笑んだ。「春奈は、私が考えていたよりずっと大人でした。きっともう随分前から『父親』としての私は不用だったのでしょうね。むしろ、邪魔をしていた」

「――どうしてそんな風に思いますの?」

「そうじゃないですか? 望んでもいない高校に無理に進学させようとしたり、口を開けば勉強の話ばかりの私です。私でなくつつじ先生に相談したのも、私なんかに話しても無駄だと思ったからでしょう」

 つつじは呆れたようにため息をついた。放心状態の父親の相手など、面倒なことこの上ないのだ。こんな自分放っておいてくれて構わないと、孝治は言ったが、つつじは取り合わなかった。

「失礼を承知で申し上げますわ。馬鹿じゃありませんこと?」つつじは腕を組んで、孝治を見下ろした。「春奈さんがトレーナーを目指そうと思ったのは、他でもない、高宮先生の影響ですのよ? あなたがこの仕事をしていなかったら、あなたがバクバクを春奈さんに与えていなかったら――あなたのお望みだった通り、文句ひとつ言わず高校に進学していたことでしょう」

 成程。そうだとしたら、皮肉なものだ。ずっと春奈を見守りながら育てていたつもりが、「教育方針」がブレブレだったことで起きた軋轢。

「――結局私は『旅』を放棄した人間なんです。その夢の欠片を、春奈に拾ってほしいと、無意識に思っていたのかもしれません。バクバクも、この仕事も、確固とした何かがあって起こした行動ではない」

「そうそう、春奈さんはいつもこう言ってましたわ――」

 つつじは孝治の話を完全に無視し、真顔のまま、抜け殻のように座り込む男に向かって言った。

「『お父さんみたいな立派なポケモントレーナーになりたい』って」

 孝治は両手で顔を覆った。



 6

 桜も既に散り始め、新たにスクールに入る生徒もほぼ確定し、孝治は目が回るほど忙しい日々を送っていた。今日もまた、終電のひとつ前にギリギリで飛び乗った。疲れきって、ガラガラの車内の角の席に、どかりと腰をかける。



 娘との別れは、寂しかったけれども悲しくはなかった。紗奈恵は真っ赤な顔で電車に乗り込む春奈に手を振っていたが、孝治はいつも通りの表情で片手を上げ、「辛くなったら帰ってきていいんだぞ」と言った。それに対し春奈は「その時はシュザイジンと一緒だけどね」と返すのだった。電車が我が娘を乗せゆっくりと動き出す。
 始まったのだ。春奈の物語が。俺の物語は九年と四カ月だったが、春奈はさて、どうだろう?
 心配はしていなかった。そう、むしろ――

「楽しみだな、次に会う時、どんなポケモンを連れて、どんな顔してるのか」
 
 紗奈恵はハンカチで目頭を押さえながら、何度も頷いた。



 家に帰ると、孝治は思うところがあり、自分の部屋の押入れをひっくり返していた。衣装ケースを二個引っ張り出し、春奈が赤ちゃんの時に買った積み木やらぬいぐるみの入った段ボールを避け、目的の物は姿を現した。その段ボールには油性マジックで乱暴に「孝治、旅時代」と書かれている。

「あなた、何探してるの?」紗奈恵が不思議がって、部屋に入ってきた。

「ああ、ちょっとな」

 ガムテープを剥がし、段ボール箱を開けると、それはすぐに見つかった。旅をしていた時代、一番大切にしていた物だったから、すぐ出せるようにしておいた記憶がうっすらよみがえる。
 それは文庫本ほどの大きさの、小さな銀のケースだった。そっと開けると、黒いスポンジにくぼみが八つ。そのうち四つに、それぞれ色も形も違うバッジがはめ込まれていた。

「あら、懐かしいわね――でもちょっと汚れちゃってる」

 紗奈恵が覗き込む。あの頃はまだ四つとも輝きを放っていたが、今は縁がくすみ、ところどころ錆ついている。

「仕方ないさ、ずっと手入れもしてなかったから」

「あ、そうだ! ちょっと待ってて!」

 そう言って紗奈恵は台所に走っていった。そしてすぐに戻ってきた紗奈恵の手には、なんとレモンの輪切りとガーゼが一枚。

「ん? 何するつもりだ?」

「前にテレビでやってたのよ。こうすると、錆なんかも――」

 紗奈恵はバッジを一つ取り出し、レモンの果汁を染み込ませたガーゼで擦り始めた。そう言えば聞いたことがあるかも知れない。柑橘類の果汁は、金属に付着した錆を分解してくれるのだとかなんとか――

「ほらっ!」

 紗奈恵が自慢げにバッジを孝治の目の前にかざした。ガーゼで擦った部分――そのバッジの角が、そこだけキラキラと光を反射していた。
 案外、簡単に輝きを取り戻せるものだ。磨くだけで良いのだ。



 電車に乗り込んできたのは、いつか見た、あの青年だった。
 あの時の茶髪が、黒に戻っている。地面に引きずりそうなジーンズは、あの時と同じだった。腰にはもちろん、モンスターボール。そしてまた、座るや否や、本を取り出し、読みはじめる。背表紙には太めのゴシック体で「ジムリーダーに挑む人のための戦術」と書かれていた。
 ここにも、自分の物語を紡ぎ続ける者が一人。

「君――」孝治はためらいなく声をかけた。

「え? は、はい」

 突然声をかけられて、青年は驚いた様子で顔を上げた。孝治はカバンがら、ニドキングのボールを取り出した。

「君、トレーナーだね?」

「――そうですけど、何か?」

「私も、トレーナーだ。腕には自信はある」

 何も言わずとも分かる、トレーナー同士の暗黙の了解。孝治たちは目で会話した後、互いに笑みをこぼした。

「受けて立ちますよ」

 ピリオドを、まだ打つ気にはなれない。俺の物語は、まだ終わらない。

「次の駅を降りて少し歩くと公園がある。そこで――」

 孝治は立ち上がり、時計を見た。終電に間に合うように、けりをつけてやる。

「バトル開始だ」