君はまだ若いから、大丈夫。 きっと次が見つかるよ」
目のまえに突きつけられた辞職届。
目に焼きついたのは、上司の嫌味満載笑顔。
つまりは、そういうこと・・・だ。
あてもなしに街を歩く。
スーパーの裏を通れば、生臭いにおいが鼻を刺す。
においの元らしき液体が道路を伝って、排水溝にぽたぽたと落ちる。
うっとおしいにおいを払いたくなって、表通りに戻ってみれば、学生らしき人たちがコンビニの前でたむろ。
こちらとら仕事もないって言うのに、いい身分なもんだ。
電気屋の前を通れば、テレビの中でパリッとした服を着たおっさんが仲間割れ。
なにやってるんだよ、仕事しろといったのは誰か。
どこからか「話しているだけの奴らの方が金を持っている世の中なんて」という声が。
振り返ってみても、人ごみに流されて声の主はわからない。
街でティッシュを配っている人にティッシュを貰った。
それをポッケに突っ込みながら、人の流れを押しのけて裏道に戻った。
なんだか、人に流されているみたいで気に障ったからだ。
裏道に入ったとたんに生臭いにおいが戻ってきた。
衛生環境は大丈夫なのかよ、これ。
薄汚れた道に散乱したゴミ袋。
ところどころ引き裂かれた後がある・・・ポケモンか?
黒い汚れが所々にこびりついた裏道に、ギャンという子犬の声が響いた。
人が集まってきている。
水の少ない用水路・・・うわ、油が浮いている。
その横にある道に、一匹の赤い犬・・・ガーディが数匹のワニノコに囲まれていた。
周りの野次馬からは「野良ポケモン」だの、「捨てられたのか?」という声がぼそぼそ聞こえた。
改めて、目の前のポケモンたちを見てみた。
どちらも、標準より小さい・・・いや、ガーディの方は割りとしっかりとした体格を持っている。
体中傷だらけでぼろぼろだが、おそらく人間に飼われていたのだろう。
ワニノコのほうは、標準よりも確実に小さい。
水色のはずの体が少し色あせて見えるのも・・・気のせいだと思いたいが。
そもそも、彼らが住まうには街は狭すぎるし、人が多すぎる。
そして、水も少ない。 ・・・本来彼らがいられる場ではないのだ。
何故? おそらく、誰かが・・・「バキッ」
とたんに、押し殺した悲鳴が広がる。
それは人から人へと伝染して、震源地には折れた傘。
みかねただれかか、ガーディを助けようとワニノコとガーディの間に傘を広げたらしい。
今ではもうただのごみ。
ワニノコたちはガーディから、間に入ろうとした人に対象を変えたのか、若い誰かを水流が襲った。
隣の人が電話をかけている。 警察か?
ほこりっぽい空気が一気にじっとりと、水気を帯びた。
でて来たのは、アリゲイツ。
この環境で進化するとは・・・見上げた根性だ。
しかし、その皮膚には黒ずんだしみが見られる。
こいつも長生きは出来まい。
野次馬の中にトレーナーがいたのか、突然の閃光を合図に戦闘が始まった。
現れたのはパチリス。
ぱちぱちという音と閃光を発して、空中でターン、着地。
どうやらコンテストに出場しているようなポケモンだ。
バチバチと閃光が地を走るスパーク。
対するアリゲイツは・・・うわ、穴を掘りやがった。
アスファルトがゴリゴリとめくれていく。
「ガゥ・・・」
小さな声が聞こえた。 はっと振り向くと・・・白い尻尾。
白い尻尾の半分は毛がむしりとられてしまっている。
赤い毛皮の持ち主はガーディ。 ワニノコに囲まれていたあのガーディだ。
何故かほおって置けない気がして、バトルを見るだけの人ごみを押しのけ、追いかけた。
運動不足がたたった。
いや、そもそもポケモンに追いつこうとしたのが間違いだったんだ。
ゼーハーゼーハー息を切らしながら叫んだ。
公園に逃げ込まれたら見失ってしまうに違いないだろう。
「まてっ!」
走っていた子犬ポケモンが急ブレーキでとまった。
次の瞬間、体制が伏せに変わる。
やっとおいついた、その時。
目が合ったんだ。
だが・・・トレーナーでもない、人の感情を読み取ることすらままならない俺にこいつの
目の奥に隠れた心は読み取れなかった。
逃げようとする子犬にもう一度「まて」と言う。
びくっと見て取れるくらいに動きを止めて、子犬はまたふせをした。
・・・確実に何らかの訓練を受けている。
なんで、捨てられたのか?
子犬の前にしゃがみこんで気づいた。
子犬のおなかからは、腹の虫のコンサートが聞こえていたんだ。
その後は大変だった。
昼食のあまりのパンを与えようとしたら、子犬が口にする直前にポッポにかっさらわれた。
パンを見た瞬間の目のきらめき方と、目のまえで消えたパンを空なめしている瞳の色の変わりようがすごかった。
だから空気をなめることしか出来なかった子犬に、俺はミックスオレを自動販売機で買ってきた。
適当な容器にいれて目のまえに差し出すと、ものすごい勢いでなめ始めた。
上下左右に動く頭と、振り切れんばかりに動く尻尾。
頭をなでようとしたら、手がべとべとになった。
俺はポケモントレーナーじゃないが、ポケモンを飼うのもいいかもしれないな。
いつの間にか、無邪気な子供みたいなしぐさに心を奪われてしまった。
家に帰ったら、まずシャンプーか。
ボールも買わなきゃな・・・と、洗った手を拭こうとして気づいた。
ハンカチがない。
さっき貰ったティッシュがあるから、それで拭こうとしてその広告に気が付いた。
「メリープの放牧をしてみませんか?」
その下には、村の名前と住所。 仕事の内容と、村の様子。
ミックスジュースに尻尾を振っている子犬を見る。
そして、空を見上げたんだ。
雲の多いここの空にしては珍しく、雲ひとつない高い空。
風のにおいは、鉄にまぎれてごちゃごちゃと、きれいなものと良くないものと好きになれないものが。
もう一度、空を見た。
世界は、ここだけじゃない。
仕事もない。 こいつもいつまで養えるか分からない。
だが、別に仕事をここでしなきゃならん理由はない。
大変だろうが、食ってはいけるに違いない。
なにより・・・その村は風のにおいも澄んでいるんだろう。
たくさんありすぎてわけの分からなくなった匂いよりも、きれいなにおいが。
のみ終わって一息ついている赤い子犬。
こいつは、俺が新しくなるきっかけだ。
まさかこんなことになるとは思っていなかったけどな、俺は一度決めたらやりきるタイプだ。
ずっと、このきっかけを、決意を忘れないために・・・お前と頑張るためにな。
「お前は、今日からアラタだ。よろしくな」
そういって、アラタの頭に手を乗せた。
そうと決まったら、とりあえずシャンプーをしようか。
【批評していいのよ】【書いてもいいのよ】【描いてもいいのよ】