始まる。
「始まったな、兄弟よ」
「ハッピーエンドか」
「バッドエンドか」
「分からんな、兄弟よ」
人間には、我らは三機集まって一機とカウントされるが、あえて言おう。我らは一機であり、三機だ。
三個の頭が別々に物事を考える鳥や土竜とは違う。彼らは細胞という有機質の集合体であり、我らは人間に造られ、人間に
プログラミングされた、ただの機械がくっついただけ。だが、人間に造られた時は一機だった。
「最初にくっついてきたのはお前だったな」
「いや、お前だった」
「そう言うお――うが」
彼の音が不自然に途切れた。俺は黙った。聞いていた彼も黙った。最後まで音を出し切れなかった彼もしばらく黙っていた。
「すまない」
「謝るな」
「仕方が無い」
ほとんどの生物は、どんなに体が大きくてもどんなに強い力を持っていたとしても生まれ、やがて死ぬ。
生物に造られたことを我らが生まれたと言えるのならば、当然我らにも死というものが訪れるのだろう。では、我らにとっての死とは何か――。
「体が重いな」
「何も考えられない」
「右側が動かない」
生物は老いる。けれども、己の身体に受けた傷を治そうとする力を持ち合わせている。
反面、我らは老いることはない。だが、己の身体に受けた傷を自ら直すことは出来ない。人間なら直すことは可能だが。この鋼鉄の体に傷を付けられるものはそう多くはないだろう。いや、傷などそう恐れてはいない。本当に恐ろしいのは――。
「体の輝きなどとっくに失われ」
「部品をつなぐ螺子は脆く」
「信号を流す銅線など熱にやられてる」
風が怖い。水が怖い。熱が、大気が、大地が、我らをゆっくりと蝕んでゆく。時間をかけて、気づかれぬほどに、ゆっくりと。目に見えぬもの、逃れられぬもの。それこそが我らにとっての脅威。
「賭けようか、兄弟よ」
「生か」
「死か」
「考えな、兄弟よ」
我らの主は二十になるかならないかの男だ。主を我らを含めて五体のポケモンを持っていて――ポケモンマスターを目指しているのだ。最近は、我ら以外のポケモン達を強く逞しく鍛えることに専念していた。そろそろ、次の場所へと移動するらしい。
「ニドラン、ニドニーノになってたな」
「シェルダーもパルシェンになって殻が大きくなってた」
「ポニータも足が太く、強――な」
最早、主に我らは必要でないのかもしれない。この状態では電気を放出することもできまい。今、自分を保つことだけで精一杯な電力を技として使うことなんて、できない。この状態では。この、状態では――。
「あなたのポケモン達には何の異常もなかったわ」
「そうですか!ありがとうございます」
モンスターボールの外で主とジョーイの声がする。嘘吐き女医が。
「よし、出て来い」
主に放り投げられたボールから、強制的に外の世界へと放り出される。ぐら、と揺れる感覚。もう、次の町までもたないかもしれない。――が、もう、き――のか。
我らと同じように出されたポケモンが四体。ニドリーノ、ポニータ、パルシェン、グラエナ、と視線を移して主は最後に我らを見た。訴えることは出来ない。我らも彼を見つめた、我らの目を見て、主はただ一言。「大丈夫そうだね」と。
今、限界状態の我らを支えていたのは希望であったのか。急激に体が重くなる。我ら最後の希望は、あっけないほど簡単に打ち砕かれ――。
「賭けはどうなった、兄弟よ」
「俺の負けか」
「俺の勝ちか」
「今の我らには失うものも得るものもない。そうだろう、兄弟よ」
彼なら我らを救うことが出来た。治療と言う施しではなく、修理であったなら。彼ならば、我らの異常に気づいてくれると思っていた。けれど、今の彼の目に我らはあまりにもはっきりと映っていなかった。今となってはそんな思いも単なる妄想。希望は全て消え失せた。さあ――。
さあ、終わろう。
視界は急速に暗転し、深い穴の中に落ちていくような感覚。今まで一度も落としたことの無い右側の磁石が落ちて、金属音を響かせた。体の一部分が異常なほどに熱を持っていた。バトル中に催眠術で眠らされたときのように、急速に眠くなって何も考えられない。もう何があったのか、ほとんど思い出せない。思い出せないけれど
「今の気持ちはどうだ、兄弟よ」
「……タノシカッタナ」
「タノシカッタヨ……」
「……」
楽しかった、か。本当に、それは本当に――。
「楽しかったな、兄弟よ」
「……」
「……」
「今――まで、あ――りがとう――な、兄弟よ」