日曜日の午前中は、起きないことにしている。
でも敢えて目覚まし時計は八時にセットして、一度起きる。「やば! 寝坊!」と思った瞬間、日曜日ということに気が付き、至福の時間「二度寝タイム」に興じる。私が思い付いた手軽に幸せを手にする方法の一つだ。
そして私はさらに素晴らしいことに気が付いた。何度も起きて寝るのを繰り返せば一日に何度も至福の時間を得ることができるじゃないか。え、私バカ? 天才だよねむしろ?
実践。朝の八時に起床。二度寝する時、目覚まし時計を九時にセット。九時に再び起床し、三度寝に突入。その後一時間おきに目覚ましをセットしていく――
最高記録は六度寝。いやーあの時は逆に疲れて午後も何もしなったよね。そしてすごく虚しかった。自分クソだと思った。正直、四度寝以上はお勧めしない。
こんな私でも平日はハクタイシティのジムリーダーを立派に、それはもう立派に務めている。
――何その目? ホントだってば!
『ポップアウト☆森ガール page1』
ある日曜日の朝、私はいつものように八時に起きて、もう一度睡魔様に自主的に襲われた。
最近ちょっと気になっている行きつけの美容室のスタイリストさんと有り得ないほど上手く事が運ぶラブストーリーを妄想しながら夢の中に吸い込まれる途中、けたたましく携帯の着うたが鳴り響いた。まじかい。カエラちゃん――今は、今だけは歌わないで。
渋々ベッドから這い出し、携帯を開いた。何処の誰やねん? 私の遊園地デートの邪魔をする不届きなピエロは。
<ナッちゃん寝てたぁ? ごめんね! ねぇ聞いて彼氏できたぁ! ごめんね! むかついたぁ? ごめんね! 合コンにはもう誘わないでね。スズナ幸せ(*^_^*)>
落ち着こう。心情描写は後に回してまずは説明だ。
メールにはプリ画が添付されていた。キラキラと目障りなほどデコレーションされた枠内に記念日が記載されている。カワイコぶったクセの強い文字で「よろしくね❤」と書かれている。えー彼氏さん結構カッコいいんですけどー。
私は携帯を放り投げ、心も放り投げた。カーテンの隙間から差し込む朝の日ざしを受けながらしばし放心。
「はは、おめでとさん」
それだけ呟いて、私はベッドに潜り込んだ。
キッサキシティの田舎娘が彼氏の一人や二人できたくらいで浮かれメール垂れ流しやがって。結構なことですよ、謹んでお祝い申し上げますとも。てか何? 何に対して謝ってんですか彼女? 「お先に失礼」ってこと? 順番じゃねえし。そんでもってむかついたかどうか聞くかね普通。「親しき仲には礼儀なし」だと思っておりましたが今回の件については考え直す余地がありますな。大体合コンとか一回しか誘ってないし! しかもあんときはシロナさんに幹事押し付けられて仕方なくだし! どうやら相性が合わないのはポケモンバトルだけじゃないみたいっすね。シカトだあんなメール。気にしない。動じない。アタシはアタシ――
「うらやましい――」
決めた。今日は街に繰り出そう。コトブキシティで新しいトレッキングブーツとマウンテンパーカを買おう。良い感じのシャンブレーシャツがあったらそれも買おう。可愛いリュックがあったらそれも買おう。昼下がりはカフェでカプチーノを飲みながら小説を読もう。その後余力があったら昔の友達呼び出してカラオケ行こう。ノリ次第では食べ飲み放題に突入しよう。
充実の休日にしよう。
その前にもうひと眠り――
コトブキ行きの電車から眺めたハクタイの森は紅葉がきれいだった。と言っても大部分が針葉樹なので、赤やオレンジに葉を染めた広葉樹がところどころで必死に個性を主張している。少し風景が開けたところでは水玉模様のようにも見えた。あ、そうだドット柄のシャツも買おう。
<ふざけろ! クリスマスまでには絶対アタシもイイ男見つけてやる!>
シカトするつもりだったスズナからのメールには、そう返信した。意外とあの子は調子に乗ったあとで冷静になり落ち込んだりするタイプなので、シカトしたままだと私のことを怒らせちゃったと本気で焦るだろう。それも何だかかわいそうだ。優しいなー私。
送信完了を確認し、携帯をリュックにしまう。私は膝に乗せたナエトルを撫でた。名前はタネキチ――今「ダサっ!」っと思ったよね? 正直に! 分かってる分かってる。でもこの子元々私が養子に入った家のおばあちゃんのポケモンだからさ、時代の差異を感じると思うけど、まあそのうち慣れるから。
コトブキ駅を降り、真っ先に向かったのは私の御用達、レディースファッションのセレクトショップ「ワンダー・シード」。わたし好みのアウトドア志向だ。ノースフェイスのリュックとかマナスタのマウパの新作は大抵ここで済むし、オリジナルブランドもなかなか可愛い! 一度店内に入ると手ぶらで出てくることはまずない。
「あ、ナタネさん! お久しぶりですね!」
ここの店員さんはもうみんな友達。何人かとは時々ご飯も食べに行く仲だ。迎えてくれたのはこのお店では一番若いショップ店員のナオさん。長い黒髪のせいで元々色白の肌が余計明るく見える。背も高めな彼女の今日のファッションは、白シャツに薄手の紺色カーディガンでシンプルにまとめていた。タイトめのデニムもそのスタイルの良さを引き立てている。
「ナオちゃん久しぶり! ねぇちょっと聞いてよー」
私は朝のメールの件をナオちゃんに思う存分ぶちまけた。相当迷惑な客だよなあと思いながらも、ぶちまけた。実際、知り合いに愚痴りに来たというのが、街に繰り出した裏目的とも言っていい。聞き上手なナオちゃんは嫌な顔一つせず、最後まで相槌を打ってくれた。
「へぇーうらやましいですね。これからの寒い時期に相手がいるっていうのは」
「あれ? ナオちゃん彼氏は?」
「あたし全然できないんですよー。ここ一年くらい独り身なんです」
友よ。
「ねえねえ今度アパレル系のオシャレ男子と合コンしようよ? いっぱいいるでしょそんな感じの友達。セッティング、お願いっ」
ナオちゃんはさすがに困った顔をした。
「えー私がですか? そういうのは店長に頼んだ方が多分話が早いですよ」
明るい茶髪にニュアンスパーマが目立つ、眼鏡をかけた女性が奥でお客さんの相手をしている。彼女がここの店長のショウコさんだ。快活な話し方をするとても親しみやすい人で、振り返ってみると私はいつも彼女の巧みな話術で値段の張る洋服も買う決心がつき、帰りには大きな紙袋を持たされていることが多い気がする。
「顔広いし、後輩指導も多く受け持ってるんで、あの人が一声かければかなりの人数集まります」
なるほど、これは良いことを聞いた。上司の誘いを断ることはできないもんね。
こんな話ばっかりするのはなんとなく悲しくなるので、ナオちゃんについて来てもらいながら店内を見て回った。私が今日身に付けてきたベージュのキュロットと焦げ茶のショートブーツ、敢えてオーバーサイズをチョイスしたスクールカーディガンにキャップ、そしてお気に入りのカラフルリュックを、ナオちゃんはくまなく褒めてくれた。社交辞令的な部分があると分かっていながらにわかに上機嫌な私。さて何買おうかなー。
今日はちょっと雰囲気変えて来たけど、普段はポンチョとか柄物のロングスカートだって身に付けるし、もちろんナタネらしく「コテコテの森ガール」ファッションに身を包むことが多い。やっぱ今時は豊かな緑と草ポケモンに想いを馳せる森ガールでしょ。でも最近山ガールも可愛いと思ってきたんだよね。登山とかしてみたいし。
最終的に私はグリーンのチェックシャツを一枚、ものすごく目立つショッキングピンクのマウンテンパーカを一枚購入した。もう最高の気分だ。手持ちの服とどう合わせよう? ワクワク。
店長のショウコさんに「今度別件で連絡します」と告げてから、私は店を後にした。その後もいろんなショップを見て回り、店員さんに愚痴り、笑い飛ばし、買うつもりもなかったTシャツとか買っちゃったりして午後のひとときを満喫した。
あっという間に午後の三時。天気は秋晴れ、広々とした青空。かなり朝の衝撃の傷跡も癒されてきた気分。
計画通りだとそろそろ喫茶店でコーヒーブレイクだ。どこか良い感じのお店はないかなと駅前の通りをタネキチと一緒に歩いていると、突然声を掛けられた。
「ナタネちゃんだ!」
「うん、ナタネちゃんだ! ナエトルもいる!」
「ナタネちゃんだよね?」
「だよね?」
とても幼い声。振り返ると男の子と女の子が一人ずつ、こちらを見上げていた。知っている子ではない。
「――そう、だけど」
私がそういうと二人は顔を見合わせて、にっこりした。
「すごいや! ジムリーダーに出会っちゃった!」と、男の子。
「うん、すごい! あたしたち運が良いね!」と、女の子。
二人は道の真ん中で大はしゃぎ。思いっきり通行人の邪魔をしていたので私はひとまず歩道の端っこに寄ってもらった。
うーん、二人ともどう見ても十歳前後の小学生だ。男の子の方がちょっとだけ背が高くて、年上と言う感じがする。女の子は二重のぱっちりした瞳とふっくらしたほっぺが印象的でとっても可愛かった。そして二人の鼻と耳の形が瓜二つだった。
「えーと、二人ともお母さんとお父さんは?」
まあ、普通は誰でもこの質問から入ると思う。
「僕たちナタネちゃんの大ファンなんだ!」
「あたしたちもハクタイシティに住んでるの」
おー、見事なシカト。
保護者の方ー?
「そ、そうなんだ。ありがとう。それでお母さんと――」
「僕今色紙とマジック買ってくるから、待ってて!」
おい。
「あたし見張ってる! お兄ちゃん急いでね!」
そして兄らしい男の子の方は駆け足でドンキホーテに向かって行った。
ちょっとこれは面倒な感じだ。私のコーヒーブレイクが大爆笑しながら去っていくのが見える。
「二人でハクタイから来たんだ、えらいね。でもサインならジムに来てくれればいつでも書いてあげるし、そんなに焦らなくても大丈夫だよ」
私は笑顔をとりつくろって見張りの女の子に優しく言った。
「大丈夫。お兄ちゃんリレーの選手だから」
どうやらこの子らと言葉のキャッチボールを通常通り行おうとしている私がバカだったみたいだ。タネキチが何とも言えない表情で私を見上げて来た。
この先、この兄弟が持ち込んでくるトラブルのおかげで、スズナのリア充話に取り合っている暇なんてなくなる。それはそれでありがたいことだ。でも私は大好きだった日曜日の午前中を手放さざるを得なくなる。
続きます。あんまり気乗りしないけど。