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  [No.458] 森ガールはご機嫌斜め↓ 投稿者:リナ   投稿日:2011/05/22(Sun) 00:17:14   53clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 全く手直ししていません。結局。
 やっぱり見切り発射はいけなかった。続かない――
 ごめんなさい、ナタネちゃん↓

 森ガ「萎えるわー」


  [No.459] ポップアウト☆森ガール 投稿者:リナ   投稿日:2011/05/22(Sun) 00:18:03   102clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 日曜日の午前中は、起きないことにしている。
 でも敢えて目覚まし時計は八時にセットして、一度起きる。「やば! 寝坊!」と思った瞬間、日曜日ということに気が付き、至福の時間「二度寝タイム」に興じる。私が思い付いた手軽に幸せを手にする方法の一つだ。
 そして私はさらに素晴らしいことに気が付いた。何度も起きて寝るのを繰り返せば一日に何度も至福の時間を得ることができるじゃないか。え、私バカ? 天才だよねむしろ?

 実践。朝の八時に起床。二度寝する時、目覚まし時計を九時にセット。九時に再び起床し、三度寝に突入。その後一時間おきに目覚ましをセットしていく――
 最高記録は六度寝。いやーあの時は逆に疲れて午後も何もしなったよね。そしてすごく虚しかった。自分クソだと思った。正直、四度寝以上はお勧めしない。

 こんな私でも平日はハクタイシティのジムリーダーを立派に、それはもう立派に務めている。
 ――何その目? ホントだってば!




『ポップアウト☆森ガール page1』




 ある日曜日の朝、私はいつものように八時に起きて、もう一度睡魔様に自主的に襲われた。
 最近ちょっと気になっている行きつけの美容室のスタイリストさんと有り得ないほど上手く事が運ぶラブストーリーを妄想しながら夢の中に吸い込まれる途中、けたたましく携帯の着うたが鳴り響いた。まじかい。カエラちゃん――今は、今だけは歌わないで。
 渋々ベッドから這い出し、携帯を開いた。何処の誰やねん? 私の遊園地デートの邪魔をする不届きなピエロは。

<ナッちゃん寝てたぁ? ごめんね! ねぇ聞いて彼氏できたぁ! ごめんね! むかついたぁ? ごめんね! 合コンにはもう誘わないでね。スズナ幸せ(*^_^*)>

 落ち着こう。心情描写は後に回してまずは説明だ。
 メールにはプリ画が添付されていた。キラキラと目障りなほどデコレーションされた枠内に記念日が記載されている。カワイコぶったクセの強い文字で「よろしくね❤」と書かれている。えー彼氏さん結構カッコいいんですけどー。

 私は携帯を放り投げ、心も放り投げた。カーテンの隙間から差し込む朝の日ざしを受けながらしばし放心。

「はは、おめでとさん」

 それだけ呟いて、私はベッドに潜り込んだ。

 キッサキシティの田舎娘が彼氏の一人や二人できたくらいで浮かれメール垂れ流しやがって。結構なことですよ、謹んでお祝い申し上げますとも。てか何? 何に対して謝ってんですか彼女? 「お先に失礼」ってこと? 順番じゃねえし。そんでもってむかついたかどうか聞くかね普通。「親しき仲には礼儀なし」だと思っておりましたが今回の件については考え直す余地がありますな。大体合コンとか一回しか誘ってないし! しかもあんときはシロナさんに幹事押し付けられて仕方なくだし! どうやら相性が合わないのはポケモンバトルだけじゃないみたいっすね。シカトだあんなメール。気にしない。動じない。アタシはアタシ――

「うらやましい――」

 決めた。今日は街に繰り出そう。コトブキシティで新しいトレッキングブーツとマウンテンパーカを買おう。良い感じのシャンブレーシャツがあったらそれも買おう。可愛いリュックがあったらそれも買おう。昼下がりはカフェでカプチーノを飲みながら小説を読もう。その後余力があったら昔の友達呼び出してカラオケ行こう。ノリ次第では食べ飲み放題に突入しよう。
 充実の休日にしよう。

 その前にもうひと眠り――




 コトブキ行きの電車から眺めたハクタイの森は紅葉がきれいだった。と言っても大部分が針葉樹なので、赤やオレンジに葉を染めた広葉樹がところどころで必死に個性を主張している。少し風景が開けたところでは水玉模様のようにも見えた。あ、そうだドット柄のシャツも買おう。

<ふざけろ! クリスマスまでには絶対アタシもイイ男見つけてやる!>

 シカトするつもりだったスズナからのメールには、そう返信した。意外とあの子は調子に乗ったあとで冷静になり落ち込んだりするタイプなので、シカトしたままだと私のことを怒らせちゃったと本気で焦るだろう。それも何だかかわいそうだ。優しいなー私。

 送信完了を確認し、携帯をリュックにしまう。私は膝に乗せたナエトルを撫でた。名前はタネキチ――今「ダサっ!」っと思ったよね? 正直に! 分かってる分かってる。でもこの子元々私が養子に入った家のおばあちゃんのポケモンだからさ、時代の差異を感じると思うけど、まあそのうち慣れるから。

 コトブキ駅を降り、真っ先に向かったのは私の御用達、レディースファッションのセレクトショップ「ワンダー・シード」。わたし好みのアウトドア志向だ。ノースフェイスのリュックとかマナスタのマウパの新作は大抵ここで済むし、オリジナルブランドもなかなか可愛い! 一度店内に入ると手ぶらで出てくることはまずない。

「あ、ナタネさん! お久しぶりですね!」

 ここの店員さんはもうみんな友達。何人かとは時々ご飯も食べに行く仲だ。迎えてくれたのはこのお店では一番若いショップ店員のナオさん。長い黒髪のせいで元々色白の肌が余計明るく見える。背も高めな彼女の今日のファッションは、白シャツに薄手の紺色カーディガンでシンプルにまとめていた。タイトめのデニムもそのスタイルの良さを引き立てている。

「ナオちゃん久しぶり! ねぇちょっと聞いてよー」

 私は朝のメールの件をナオちゃんに思う存分ぶちまけた。相当迷惑な客だよなあと思いながらも、ぶちまけた。実際、知り合いに愚痴りに来たというのが、街に繰り出した裏目的とも言っていい。聞き上手なナオちゃんは嫌な顔一つせず、最後まで相槌を打ってくれた。

「へぇーうらやましいですね。これからの寒い時期に相手がいるっていうのは」

「あれ? ナオちゃん彼氏は?」

「あたし全然できないんですよー。ここ一年くらい独り身なんです」

 友よ。

「ねえねえ今度アパレル系のオシャレ男子と合コンしようよ? いっぱいいるでしょそんな感じの友達。セッティング、お願いっ」

 ナオちゃんはさすがに困った顔をした。

「えー私がですか? そういうのは店長に頼んだ方が多分話が早いですよ」

 明るい茶髪にニュアンスパーマが目立つ、眼鏡をかけた女性が奥でお客さんの相手をしている。彼女がここの店長のショウコさんだ。快活な話し方をするとても親しみやすい人で、振り返ってみると私はいつも彼女の巧みな話術で値段の張る洋服も買う決心がつき、帰りには大きな紙袋を持たされていることが多い気がする。

「顔広いし、後輩指導も多く受け持ってるんで、あの人が一声かければかなりの人数集まります」

 なるほど、これは良いことを聞いた。上司の誘いを断ることはできないもんね。

 こんな話ばっかりするのはなんとなく悲しくなるので、ナオちゃんについて来てもらいながら店内を見て回った。私が今日身に付けてきたベージュのキュロットと焦げ茶のショートブーツ、敢えてオーバーサイズをチョイスしたスクールカーディガンにキャップ、そしてお気に入りのカラフルリュックを、ナオちゃんはくまなく褒めてくれた。社交辞令的な部分があると分かっていながらにわかに上機嫌な私。さて何買おうかなー。

 今日はちょっと雰囲気変えて来たけど、普段はポンチョとか柄物のロングスカートだって身に付けるし、もちろんナタネらしく「コテコテの森ガール」ファッションに身を包むことが多い。やっぱ今時は豊かな緑と草ポケモンに想いを馳せる森ガールでしょ。でも最近山ガールも可愛いと思ってきたんだよね。登山とかしてみたいし。

 最終的に私はグリーンのチェックシャツを一枚、ものすごく目立つショッキングピンクのマウンテンパーカを一枚購入した。もう最高の気分だ。手持ちの服とどう合わせよう? ワクワク。

 店長のショウコさんに「今度別件で連絡します」と告げてから、私は店を後にした。その後もいろんなショップを見て回り、店員さんに愚痴り、笑い飛ばし、買うつもりもなかったTシャツとか買っちゃったりして午後のひとときを満喫した。

 あっという間に午後の三時。天気は秋晴れ、広々とした青空。かなり朝の衝撃の傷跡も癒されてきた気分。
 計画通りだとそろそろ喫茶店でコーヒーブレイクだ。どこか良い感じのお店はないかなと駅前の通りをタネキチと一緒に歩いていると、突然声を掛けられた。

「ナタネちゃんだ!」
「うん、ナタネちゃんだ! ナエトルもいる!」
「ナタネちゃんだよね?」
「だよね?」

 とても幼い声。振り返ると男の子と女の子が一人ずつ、こちらを見上げていた。知っている子ではない。

「――そう、だけど」

 私がそういうと二人は顔を見合わせて、にっこりした。

「すごいや! ジムリーダーに出会っちゃった!」と、男の子。
「うん、すごい! あたしたち運が良いね!」と、女の子。

 二人は道の真ん中で大はしゃぎ。思いっきり通行人の邪魔をしていたので私はひとまず歩道の端っこに寄ってもらった。

 うーん、二人ともどう見ても十歳前後の小学生だ。男の子の方がちょっとだけ背が高くて、年上と言う感じがする。女の子は二重のぱっちりした瞳とふっくらしたほっぺが印象的でとっても可愛かった。そして二人の鼻と耳の形が瓜二つだった。

「えーと、二人ともお母さんとお父さんは?」

 まあ、普通は誰でもこの質問から入ると思う。

「僕たちナタネちゃんの大ファンなんだ!」
「あたしたちもハクタイシティに住んでるの」

 おー、見事なシカト。
 保護者の方ー?

「そ、そうなんだ。ありがとう。それでお母さんと――」

「僕今色紙とマジック買ってくるから、待ってて!」

 おい。

「あたし見張ってる! お兄ちゃん急いでね!」

 そして兄らしい男の子の方は駆け足でドンキホーテに向かって行った。
 ちょっとこれは面倒な感じだ。私のコーヒーブレイクが大爆笑しながら去っていくのが見える。

「二人でハクタイから来たんだ、えらいね。でもサインならジムに来てくれればいつでも書いてあげるし、そんなに焦らなくても大丈夫だよ」

 私は笑顔をとりつくろって見張りの女の子に優しく言った。

「大丈夫。お兄ちゃんリレーの選手だから」

 どうやらこの子らと言葉のキャッチボールを通常通り行おうとしている私がバカだったみたいだ。タネキチが何とも言えない表情で私を見上げて来た。

 この先、この兄弟が持ち込んでくるトラブルのおかげで、スズナのリア充話に取り合っている暇なんてなくなる。それはそれでありがたいことだ。でも私は大好きだった日曜日の午前中を手放さざるを得なくなる。




 続きます。あんまり気乗りしないけど。


  [No.460] サンセット☆森ガール 投稿者:リナ   投稿日:2011/05/22(Sun) 00:18:46   97clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「ジムリーダーとは、単にジムの長としてバッジを管理し、挑み来る者を見極める役割を言うのか? 否。ジムリーダーとは、ポケモンバトルを通じ、その街を興す者なり。地域に住む人々のことを誰よりも考え、将来を担う子供たちと触れ合い、その街を内側から盛り上げていく者なり」

 おじいちゃんが私に残してくれた言葉だ。

 私を養子として迎えてくれたその家のおじいちゃんは、昔ハクタイシティのジムリーダーだった。幼い私にポケモンを教えてくれたのはおじいちゃん。一緒に森に散歩に出かけてはそこに住むポケモンの名前や特徴、主な技など、そんなにたくさん言われても小さい私には分かるわけないのに、教えてくれた。それはもう熱心に。

 ――もうちょっと簡単に言ってよ。専門用語使われても分かんないよ。

 私はそう思っていても口に出さず、うんうん頷いて分かったふりをした。おじいちゃんが機嫌を損ねるといけないから。物分かりの良い子供でいなきゃいけないから。

 大人になって思う。ちゃんと分かんないことは聞き返すんだった。おじいちゃんはあんなに本気だったのに。

 アタシ、ウソツイテタンダ。

 今更悔やんでも、そのこと、伝えようがない。




 ――てか冒頭こんなシリアスなのはちょっとマズいんでないかい?

 テンションを戻そう。テンポ大事だよテンポ。




『サンセット☆森ガール page2』




 二つ並んだオムライス。二つ並んだ、満面の笑顔。

「いただきます!」
「いただきます!」

 同時にスプーンを手に取り、卵を崩す。ほおばる。そしてまた満面の笑顔。

「おいしい! 絶品! オムライスにはうるさい僕もこれにはうならざるを得ない!」
「ホント! 星三つです! シェフをこちらへ!」

 男の子はハルキ、女の子はアキナという名前らしい。十ニ歳のハルキが兄で、三つ下のアキナが妹。本当に彼らは今日二人だけで電車に乗り、このコトブキの街へやってきたのだという。
 なんと映画を見に来たらしい。「『ディープフォレスト』っていうホラー映画なんだけど、かなりマイナーな映画でさ、シンオウだとコトブキのシネフロでしか上映してないんだ。でもアキナがどうしても見たいっていうから」とハルキは流暢に言った。どうもこの子たちは不必要に大人びている。普通小学生だけで街に行かせる親なんていないよね? 他の追随を許さないレベルの放任主義だ。そしてホラー映画が好きな小学生の女の子もあまりお目にかかれない。

「予告は結構良かったんだけど、期待外れ。あんまり怖くなかったよね? お兄ちゃん」
「うん。始まって十分で展開が読めちゃった。死体がゾンビになって土から出てくるところもあんまり迫力なかったし。カメラワークが悪かったのかな」

 ホラーなんてわざわざ見に行く人々の思考回路は私には到底理解できたものではないが、この子たちの映画に対する評論家視点はもっと理解できない。カメラワーク? そんなもの気にしながら映画をご覧になるのですか?

「ナタネちゃんは食べないの?」と、アキナが口をもぐもぐさせながら聞いてきた。

「あー、うん。あたし今ダイエット中だから」アメリカンコーヒーを一杯だけ注文しただけの私はそう答えた。別にダイエットなんてしていない。

「オトナのジョセイはやっぱりタイヘンなんだ」そう言ってからまたオムライスを一口。ホントに幸せそうだ。

 学校ではリレーの選手らしいハルキがドンキホーテから走って戻ってきてからは彼らのペースに飲まれっぱなしだった。いや、思えば最初から二人のペースだったけど。仕方なく路上でサインを書き、握手をした後「これから僕たちご飯食べに行く予定なんだけど」となり、気付けば三人でファミレスで「三名様ですね、禁煙席でよろしかったですか?」だ。

 おかしなことになってしまった。ぱっと見この三人組はありえない光景だよな明らかに。私、お母さんにはさすがに見えないだろうし年の離れた姉とするにもちょっと難がある。隣りのボックス席のカップルがチラチラこっちを見てるのは、悪いけどとっくに気が付いている。

「二人とも、食べたらあんまり寄り道しないで帰るんだよ? 遅くなったらお父さんとお母さん、心配するから」

 私がそういうと、二人は顔を見合わせた。同時にこちらに向き直り、兄のハルキがにっこりして言う。

「今、お父さんもお母さんも家にいないんだ」
「そうなの」妹がそれに続く。
「僕らのお父さんは仕事でずっと海外だし」
「お母さんは『ポケモンマスターになりたい』って言って一カ月くらい前に旅立っちゃった」
「だから僕ら、今は二人で生活してるんだ」
「というわけで、あたしたちの帰りが遅くなっても心配する人は誰もいないの」

 そうなんだ。ふーん。

「……まじで?!」私はコーヒーを吹き出しそうになった。

 こんな小さい兄妹が二人だけで生活していることがまず驚愕だったが、一番おかしいのはお母さん、あなただ。ポケモンマスターを目指すには少々遅すぎはしないか? いや、夢を追いかけるのに遅いも早いもないとか美しいことを言われたら何も言い返せないが、少なくとも二人産んだ後の発想ではないでしょうよ?

「でもうちは元々放任主義な家庭だから、お母さんが旅立つ前から僕らこんな感じだったよ?」
「あたしたち別にサビシイとか思ってないし、自分たちで色んなことできるからすごく良いと思ってる」

 たくましいなあ、たくましいよあなたたち。このゆとり社会にこんな生き方できるなんて。
 ため息。

 お会計の時、ハルキが律儀に財布を出した。「いいよ、お姉ちゃんが出すから」と言うと、「ホントですか?! ありがとうございます! あ、僕ら出口で待ってます!」と急に敬語でハキハキとそう告げ、妹を連れて先に外に出た。どこで覚えてくるんだろ、そんなサラリーマンみたいな行動。

 私は二人を駅まで送ろうととりあえず改札まで行くことにした。兄妹は私の買った服の紙袋を持ってくれようと何度も願い出た。出来た子たちだよホントに。
 時刻はもう五時。二人を見送ってから、誰か呼び出して飲みに行こう。話のネタなら山ほどできた。

 ところが改札口まで行くと、何やら人だかりができていた。嫌な予感。

<ただいま、ハクタイ方面の列車、原因不明の故障のため、全線運転を見合わせております――お急ぎのところ、大変申し訳ございませんが、現在原因を調査中でございます――繰り返し、列車を御利用の皆様に――>

 いやいや、ご冗談を。

「原因不明だって! 何が起こったんだろう?」
「気になるー!」

 ちょっとお二人さん、なんでそんなに興奮した面持ちなのかな?

「――どうしよっか、これじゃあ帰るにも帰れ――」
「そうだ! ナタネちゃん! 僕らで原因を突き止めようよ?」
「賛成! あたしたちで復旧させよっ!」

 なるほどその手があったか――え?
 空っぽの笑顔を浮かべる私の両手を二人は素早く掴むと、人混みの中をぐんぐん突っ切っていった。

「あ、ちょっと! そんなことできるわけ――」

 意気揚々と手を引く二人を見てなんとなく本気で抵抗するのも気が引け、結局私は駅員さんの前に躍り出ることになった。駅員さんは私たちに気が付くと、クレーマーかと思ったのかすぐに申し訳なさそうな顔になり、ペコペコし始めた。

「大変申し訳ございません。現在全力で原因を調査中でして――」
「いやーそのー」

 乗りかかった船というやつか。私はぎこちなく笑いながら、切り出した。「何か協力できることがあればと、思いまして」

 本音はこんな面倒なこと関わりたくもないよ。でも復旧しないとハクタイへ帰れないし。

「え?」駅員さんの反応は、最もなものである。「えーと、はい――お気持ちは嬉しいのですが、職員でないとちょっと――」

 渋る駅員さん。めちゃくちゃ決まりの悪い私。
 そこへ兄妹が真面目腐った顔で現れた。

「大丈夫です! ナタネちゃんはハクタイシティのジムリーダーなんです!」
「シンオウ一の草ポケモンの使い手です! 絶対役に立ちます!」

 二人は両手をグーにして駅員さんを見上げた。役に立つ……ね。

「ジムリーダー……あーナタネさんで! ――すみません、気付きませんでした」
「いや、とんでも――原因は全然分からないんですか?」

 私は駅員さんから事情を聞かせてもらった。
 一応ジムリーダーというのは事件とか災害とか今回みたいなトラブルに任意で協力する――義務だか権利だか忘れたが(大事だろそこ?!)、とりあえずこういうことに首を突っ込めることにはなっている。購入した服をひとまずロッカーに預け、駅員さんにホームまで入れてもらう。兄妹は勝手についてきた。
 聞くと列車は回送状態でホームに到着しているのだが、突然すごい電流が車体に走り、乗務員は慌てて飛び出したという。

「どうやらどこからか漏電しているらしく――乗務員も一時ショック状態になりまして、非常に危険なんです」
「いままでこういうことって起きたことあるんですか?」
「いえ、私自身が勤め始めてからは初めてのことですし――似た話も聴いたことはありません」

 するとホントに突然の出来事ということか。そうするとそれはかなり見逃せない話だ。漏電なんてことが何かの拍子に簡単に起きたら、安心して電車なんて乗ってられない。
 何かありそうだと私は思った。勘だけども。

 ホームは駅員や作業員が慌しく行き来していた。私たちを見た途端、作業員のなかで一番年配らしい男性が怖い顔をしてこちらへ駆けて来た。

「おいおいなんで一般人連れて来た?! 危ねぇって言ってるだろ!」
  駅員さんは怯みながらも事情を説明してくれた。「す、すみません――でも彼女ジムリーダーで、原因解明に協力してくれると――」
「じゃあそっちのガキは何だ?」作業員のおじさんは兄妹を睨みつけた。なんだこの人、無愛想すぎる。
「あ、えっとこの子たちは……」駅員さんは私の顔をちらりと見て助けを求める。

 私だってこの子たちがこの状況でどういう位置づけなのか分かりかねる。しかし二人はハッキリと、声を揃えて「ナタネちゃんのジョシュです!」と言うのだった。

 駅員さんと作業員のおじさんはしばらく問答していたが、どうやら折り合いがついたらしく「車体にさわんなよ? 黒焦げになっちまうぞ」と脅しを入れて、おじさんは他の作業員の方へ行ってしまった。さて、とりあえず調査開始。

 車体は一見すると普通どおりに見えるが、実際にはかなり高圧の電流が流れているという。私は兄妹に「絶対に触っちゃ駄目だからね」と念を押し、一通り車体を見まわした。後ろの車両からずーっと前の方まで歩いてみたけど、やっぱりどこも変なところはない。電気の専門はデンジだし、ためしに連絡して訊いてみようかな。
 そんなことを思っていると、背後から興奮したような声が聴こえた。

「ナタネちゃん! ここに何かいる!」と、兄のハルキ。
「何か動いてる!」と妹のアキナ。

 振り返ると自称「助手」の二人は電車とホームの足場のわずかな隙間を覗いていた。ハルキなんか車体に身体が触れるギリギリのところに立っている。

「ちょっとあんたたち! 危ないでしょっ!」

 私は急いで駆けつける。全くこの子らときたら怖いもの知らずもいいとこにしてほしいものだ。さっきあの怖いおじさんに黒焦げになるって言われたばかりでしょうに。

 それはそうと、一体何を見つけたのだろうか?

「――どの辺?」
「ほら、もうちょっと右」
「ちょうど乗車口のあたり」

 目を凝らすと、確かに何かが暗がりでうごめいている。それも影は一つではなく、三つ四つ――結構な数。

「二人とも離れて」

 恐らくは、ポケモンだ。こいつらが原因なのかは分からないが、ちゃっちゃと片付けてしまおうじゃないか。本来ならカフェで優雅に読書のところを、公共交通機関の復興作業をしているなんて思うとなんだかなーという気分になる。このやろうめ。

「ブーケ!」私はモンスターボールを傍らに放った。

 両手のバラの花束を優雅に振り、甘い香りを漂わせながらブーケは現れた。

「ロズレイドだ!」
「きれーい――」

 ブーケの甘い匂いに誘われておびき出されないポケモンなんているもんですか。ブルガリもいいけど、私は断然ロズレイド。さあ、出てこいや。

 電車とホームの隙間から一瞬電撃が走り、目が眩んだ。バチバチと音を立てて、二本の黄色いアンテナのようなものが隙間からのぞく。作業員たちが異変に気付き、こちらに走ってくる。

「近づかないで! 野生のエレキッドです!」私は手を上げて作業員を止めた。

 数は多いが、問題にはならない。ブーケで押せる。相手は所詮は子供だ。
 エレキッドの群れがぞろぞろとホームに上がり込んできた。車体に電流を垂れ流していた張本人たち。コンセントみたいな頭して生意気にも列車ジャックかしらこの子たちは。エレブーやエレキブルは近くにいないみたい。全く今日は親元離れて自由気ままなお子さんたちによく出会う――最もこの黄色い不良たちはしつけが行き届いていないようだ。
 誘われて出てきた彼らは香りの源を目がけ、両手から電撃を走らせながら襲いかかってきた!

「ブーケ、マジカルリーフ!」

 一発で終わらせる――終わらせると言っても相手を戦闘不能にするつもりはない。
 ブーケはバレリーナのようにその場でくるくると回転し、色とりどりの葉をあたりに振りまいた。ベイビーポケモンは早い話「ビックリ」させれば勝ちだ。野生の彼らが向こうから襲ってくるのは自分たちが傷付けられるのを恐れているからで、一発怖気づかせれば逃げ出す。ブーケの攻撃も、実際には加減されダメージを与えるようなものではない。
 マジカルリーフがエレキッドたちにヒットすると、たちまちひるんで襲いかかるのを止めた。

「あら、どうしたの? 怖いのかしら?」

 トレーナー自身の威厳も大事。完全に見下すことで、畏怖させるのが効果的だ。ほら、後ずさり。
 それでも彼ら、まだ骨がある方みたい。ビビりながらもしぶとくもう一度飛びかかってくるエレキッドをブーケはマジカルリーフでけん制する。

「ナタネちゃん!」

 突然、背後からアキナのひきつったような声がした。

 しまった――私は振り返ってそう思った。

 エレキッドのうち一匹がいつの間にか背後に回り込み、ハルキとアキナに襲いかかろうとしていた。頭のコンセントをバチバチと光らせじりじりと間を詰める。

「早く逃げて!」

 ハルキがアキナの前で手を広げ、必死に庇おうとしている。アキナが後ろで尻もちをついてしまった。
 まずい。ブーケは他のコンセントの相手をしている。私は他のボールを投げた――エレキッドが飛びかかる――追いつかない!

「むおっ!」

 エレキッドの電撃をもろに受け、膝をつく――
 ――二人を庇ったのはさっきの無愛想な作業員のおじさんだった。

「はっ、この程度の電気――うちのかみさんの平手打ちの方がよっぽど強力だ」

 おじさんの後ろで兄妹は茫然としていた。
 少し遅れて私の投げたボールからタネキチが飛び出す。

「ブーケ、手加減なしでいい! タネキチ、葉っぱカッター!」

 猶予はない。とにかくこの危険なコンセントどもを止めなくては。
 より強力になったマジカルリーフはうず高く舞い上がり、エレキッドたちを巻き込んだ。タネキチの葉っぱカッターもあの一匹にクリーンヒット。

 猛攻をくらった黄色の集団は慌てまろびつつ散り散りになっていく。やがて一匹、また一匹と姿をくらましていった。

 私は軽く息を切らしていた。
 全くもって迂闊。ベイビーポケモンだからと思い、脅かして逃がしてやろうということに思考を縛られた。即座にダメージを与えるべきだった。

「大丈夫ですか?!」私は電撃をくらったおじさんに駆け寄った。
「ああ、たいしたこたぁない。それより坊主たちは平気か?」

 ハルキが妹の手を取り、身体を起こした。二人ともまだ顔がこわばっているが、無事みたいだ。
 よかった。

「――おじさん、ありがとう」
「ごめんなさい、あたしが転んじゃったから」

 しょんぼりした声だったが、二人とも泣いてはいなかった。それなりに怖かっただろうに。

「――怪我がねぇならいいんだ。さて、早いとこ復旧させんと」

 そう言うとおじさんは作業着を手で払い、何事もなかったみたいに作業に戻ってしまった。




 お勤めを終え、沈みはじめた太陽。オレンジ色の夕日が差し込む。

 通常通りの運行が再開したハクタイ行きの電車。
 結局飲みに行くのはやめて、私は兄妹と三人で帰路についていた。

 向かいの席ではハルキとアキナがお互いの頭にもたれてぐっすり眠っている。そりゃあ疲れたよね、今日は。
 こっちまで微笑んでしまうほど無邪気な寝顔は夕日に照らされてキラキラしてる。憎たらしいコンビだけど、なんか憎めないなこの子たち。今日はホント振り回されっぱなしだった。でも賑やかで楽しかったかも。

 ハクタイまではあと二時間もある。私も到着まで眠ろう。明日は月曜、週頭はダッシュで飛び込まないとね。
 ブラインドを下ろして眩しい夕日を遮り、私は目を閉じた。




 「――ジムリーダーとは、ポケモンバトルを通じ、その街を興す者なり。地域に住む人々のことを誰よりも考え、将来を担う子供たちと触れ合い、その街を内側から盛り上げていく者なり」

 おじいちゃん、見てくれてる? 今日ほどおじいちゃんの言葉を体現した日はないんじゃない?
 面倒くさがりな私だけど、真面目なところもあるんだからね。

 これはウソじゃない。


  [No.461] クリーンアップ☆森ガール 投稿者:リナ   投稿日:2011/05/22(Sun) 00:19:51   88clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 もうすぐハクタイの森に雪が降る季節がやってくる。
 そのまえに、私にはやらなければいけないことがある。

 ジムリーダーとしての意地とプライドを賭した、壮大なプロジェクト。
 絶対に妥協を許すことはできない。中途半端は許さない。

 何故に、挑み続けるのか。

 いや、もはや私は悟ったのだ。答えなど必要ない。
 そこに森がある限り、私は歩みを止めることはないだろう。

 軍手、火バサミ、ゴミ袋――人は私をこう呼ぶ、「森林清掃ボランティア実行委員長」と。




『クリーンアップ☆森ガール page3』




「それじゃあ始めましょう! 分別だけしっかりお願いしますね!」

 私はハクタイの森の入口に集まった人たちに明るい声で開始を告げた。
 朝露で湿った土の匂いに木漏れ日。かなり肌寒い季節になってきたが、今日は絶好の「ゴミ拾い日和」だ。
 総勢約五十人は集まったかな――うん、上々。去年はジムのメンバー含めても三十人行ってなかったし。だんだんと街のみんなにも森をきれいにする気持ちが芽生え始めたのだろう。

 この「ハクタイの森クリーンアップキャンペーン」は春、夏、秋の年に三回、我がハクタイジムが主催して行っている。開催日時が決まるとその一か月前くらいから、広告を郵便受けに直接ポスティングしたり小学校に案内をだしたりしてボランティアを募る。特に「秋の部」は、夏場に心ないキャンパーが残していった大量のゴミが待ち受けているので、より一層気合いを入れて火バサミを握る。

 え? なんかすごい善人面してて私っぽくない? 何言うてはりますのん! これがワタクシの本来の姿でしてよ?
 こうやって人の手でゴミを拾うことによって得られるものは計り知れないもので実際に拾うのは汚い空き缶やビニール袋であるとしてもその手やその火バサミが本当の意味で掴んだものは二十カラットのダイヤモンドよりも光り輝きその人の心を浄化し美意識や道徳や善に対する関心を高めなおかつ形而上の議論においては――

「ナタネちゃん見て! こんなところに寝袋捨ててあるよ!」
「あたしのゴミ袋、もうこんなにいっぱいになっちゃった!」

 ――先陣を切って森を進んでいるのは例の兄妹、ハルキとアキナ――加えてクラスの友達が五人ほど。

「あんまり二人だけで奥行っちゃだめだよー」

 あの日曜日にこの兄妹と知り合ってからというもの、彼らは放課後、毎日のようにハクタイジムを訪れていた。今ではすっかりうちのメンバーのスーパーアイドルに昇格し、黒と赤のランドセルがジムの入口に現れるたびに後輩たちは職務放棄。中でも一番熱を上げて可愛がっているジムトレーナーのチサトなどは最近柿ピーとかブラックサンダーを常時備蓄し、兄妹に餌付けしている。あの、止めてください。
 そんなこんなで今では完全に「たまり場」にされてしまっている。まあ賑やかで良いんだけどさ。

「あんな可愛い子たちを家に置いて行っちゃう親は一体どんな神経してんでしょうね? もう親権取り上げていいんじゃないですか?」

 うちのジムで一番年下のサキがビールの空き缶をゴミ袋に突っ込みながら言った。モカブラウンの長い髪をお団子にしている可愛い子だけど、本日ほとんどノーメイクなので眉毛が見当たらない。あー、毒舌はいつものこと。

「じゃあサキ、あんたあの二人引き取って責任もって育てなさいね」
「それは無理です。うち部屋狭いですし、彼氏と同棲中なんで」
「あっそ」

 どいつもこいつも。まあいい、この前行った「ワンダー・シード」の店長、ショウコさんにコンタクトをとったところ、ノリノリでセッティングを引き受けてくれた。ジムリーダー枠でオシャレ男子をゲットする、してみせる。

 タネキチが汚れた発泡スチロールのトレイを咥えて戻ってきた。

「ありがと」私はゴミ袋を広げてトレイを中に入れてもらう。

 森の中には和気あいあいと世間話が響く。五十人の参加者とそのポケモンたちが思い思いに交流しながらゴミ袋を膨らませていく。本当なら若い人たちとお年寄りが半々くらい参加してもらってコミュニケーションの場にしてもらいたかったけど、集まってくれた人の大半がお年寄りで、ハルキやアキナが誘ってくれたらしいクラスメイトの小学生が五、六人。若者っていうと私たちジムの関係者だけだった。
 しょうがないと言ってしまえばそれまでだ。若い人はゴミ拾いなんてしてる暇あったらアルバイトしたり、友達と遊びに行ったりする――それか家でテレビやパソコンかな。こんなボランティア活動、面倒くさいし煩わしいしで魅力のかけらもないのだろう。
 ボランティアといえども、この活動に人を集めるのはある意味でマーケティングである。毎年あの手この手で魅力を伝えようとしているつもりだが、成果はイマイチ。一度交流会としてバーベキューを企画したけど、やっぱりその時もお年寄りと子供たちだけだった――

「今年も一年、お疲れさん!」

 色々考えを巡らせていると、すぐ隣りにいたヨシコおばあちゃんに声を掛けられた。

 ヨシコおばあちゃんは私が子供の時からの知り合いで、毎年かかさずにこのボランティアに参加してくれている常連さんだ。その火バサミさばきは熟達したもので、器用に枯れ葉の隙間からビニールの切れ端を抜き出して手際よくゴミ袋に放っていく。たしか今年で七十五だったはずだけど、そんな実年齢など忘れてしまうほどパワフルな人だ。

「はい、お疲れ様です。今年も本当にありがとうございました」

 私はそう言うと、ヨシコおばあちゃんはガハハと笑った。どんな話をしてもまずは大笑いするのがヨシコおばあちゃんなのだ。

「お礼を言いたいのはね、あたしの方さ。新しい友達もたっくさんできたしねぇ。お譲ちゃんとも普段はあんまりお話できないから、結構楽しみにしてるんだよ」

 私は少し照れた笑顔を返した。お譲ちゃんとは私のこと。おばあちゃんはいつもそう呼ぶ。そんな年じゃないんだけど、おばあちゃんからしたらまだまだ「お譲ちゃん」なのだそうだ。

「ジムリーダーってのは他の街じゃポケモンを戦わせるだけなんだってねぇ。それが普通なんだろうけど、ハクタイに住んでるとそんなんじゃないから不思議な感じだよ。シゲさんと言い、お譲ちゃんと言い、街のことを一番に考えてくれてるもんねぇ」

 ヨシコおばあちゃんは顔をしわくちゃにして笑う。そして「あら、口じゃあなくて手を動かさないとねぇ!」と言いながら、ほとんど満杯のゴミ袋を引っ張っていった。
 シゲさん――私のおじいちゃんのことだ。おじいちゃんはみんなから「シゲさん」って呼ばれちゃうほど、街の人たちから慕われていた。

「おばあちゃん、袋持つよ!」

 その「シゲさん」と私を並べて褒めてもらえたことに本気で涙が出そうになったのは、秘密。


 開始一時間でゴミ袋が十八個とその他粗大ゴミが森の入口に山積みになった。それでも森からは際限なしにゴミが掘り出されてくる。休憩をはさみつつ私たちはだんだんと森の奥へ入っていった。と言ってもお年寄りが多いからあまり無理はしない。舗装された道からはあまりはみ出さないようにスローテンポで進んでいく。

「知ってる? ここ、ユーレイ出るんだよ!」
「うそだ、ユーレイなんていないもん」
「――ユカちゃんは見たって言ってたよ」
「マサルくんも言ってた!」
「やばいって! 早く行こうぜ――」

 ハルキやアキナを含めた子供たちが大きな門の前でなにやらそわそわしていた。あーなるほど、無理もない。右手に見えますのは、ハクタイの森が誇る心霊スポット、「森の洋館」でございます。数年前からこの森を訪れたトレーナーやキャンパーが「不気味な人影を見た」とか何とかで、またたく間に噂がシンオウ中に広まった。

「子供たちの間でもやっぱり心霊スポットとして知れ渡ってるんですねー」

 サキがまるで興味なさそうに呟いた。

「そーねー。しっかし、しばらく見ないうちに汚くなったなー。まるでボロ雑巾のよう」

 長い間雨風に吹かれ、しみだらけになった壁や屋根。そのみずほらしい姿は当時の面影のかけらもなかった。今やこんな洋館買い手もつかないのだろう。

「ナタネちゃん、ユーレイの噂ホントなの?」

 アキナがそう尋ねた。他の子供たちも「ジムリーダーなら絶対知ってるはず」という眼差しでこちらを見上げている。

「ウソだよ」そうキッパリと言ったのは私でなくサキ。

「ちょっとおー」

 ホントって言って脅かそうと思ったのにさあ――
 でも、サキの答えが正解。目撃されたという人影は勝手に住み着いたゴースやゲンガーに決まっている。この洋館には幽霊など出やしない。だって――

「この洋館はナタネ先輩のおうちだったんだよ」

 子供たちの眼差しの種類が一瞬で変わった。アゼンボウゼン、という感じ。

「えっ! えええええーっ?!」

 気持ちの良いほどのリアクションだ。ハルキが洋館を三度見した。

「昔ね、私が子どもだった頃に。両親が売っぱらっちゃってからはこんな有様だけど、なかなか素敵なおうちでしょ?」

「――ナタネちゃんはお金持ちだったの?」
「オジョウサマ?」
「すげー! ジムリーダーってやっぱ普通じゃねえ!」
「ねえ、入っちゃだめ?」

 まるで授業中にガーディが教室に迷い込んだみたいに子供たちは大騒ぎ。ゴミ袋を放り投げ、柵の隙間から敷地内を覗き込む。幽霊を怖がっていた子も、足を掛けて登れるところはないかと探している。

「だーめ! ガラスとか割れっぱなしで危ないんだから。ほら、みんなゴミ拾い中でしょ!」

「えー、ちょっとくらい良いじゃん!」と、ハルキ。

 私とサキでみんなを柵から引き剥がす。子供たちは渋々ゴミ袋と火バサミを拾い、ゴミを探すふりをし始めたが、目線は五秒に一回洋館に注がれていた。そこまで魅力的でもないと思うんだけどなー。

「あ、やっと追い付いた! せんぱーい!」

 振り向くとジムのメンバーのチサトがこちらに向かって手を振っていた。遅れて歩いていたボランティアメンバーがぞろぞろと洋館の前まで辿り着く。

「ありゃ! 懐かしいわねこの洋館! 前はここまで来なかったものね」ヨシコおばあちゃんが言った。「昔はよくお茶しに来たわね、シゲさんやジムのトレーナーさんとさ」

「へぇ、そうなんですかー」チサトが洋館を見上げた。「前はもっと立派なお屋敷だったんでしょうねえ――」

 おじいちゃんは友達やジムの仲間をよく家に招待していた。天気のいい日なんかは庭にイスとテーブルを出して、メイドさんにハーブティーを出させて、遠くからヤミカラスの鳴き声が響く時間まで語り合っていたのをよく覚えている。おじいちゃんが大きな声で笑うのは、この時くらいだった。その光景を遠くからぼんやり見ていると「ナタネ、こっちにきなさい」と、決まって声をかけられる。学校の話や、おばあちゃんのナエトルと遊びに行く時の話、おじいちゃんから教えてもらった森のポケモンの話をすると、いつもみんなに感心された。おじいちゃんは満足げにそれを見ているから、私はその時が一番安心していられた。

 だから絶対に、お兄ちゃんの話はしなかった。
 
 ――ズルイ私。

 毎日庭師のおじさんが丹念に整えていたきれいな庭は、目の前の景色とはかけ離れている。伸び放題の雑草やカラサリスがぶら下がっている桜の木を見ると、少し寂しさを覚えた。あの時間は、遠い過去の記憶の中だけのもの。




「皆さん、どうもお疲れさまでした! おかげさまで、こんなにたくさんゴミが集まりました!」
 
 拍手喝采。傍らには、私の二倍くらいの高さのゴミ袋の山。やや、これはかなりの量だ。

「後はこちらで責任もって業者さんに引き取ってもらうので、ひとまずこちらで解散となります。親睦会は三時からジムで行うのでお暇がある方はぜひ――では、本日はどうもありがとうござい――」

「ナタネちゃん」

 締めようとした私に待ったをかけたのは、アキナ。あれ、なんだろ、嫌な予感。

「――ナツコちゃんとミフユちゃんがいません」

 いち、に、さん、よん、ご――子供が二人減っている。

 あー。


  [No.485] バーストゴースト☆森ガール 投稿者:リナ   投稿日:2011/06/01(Wed) 23:37:29   107clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「ねぇ、やっぱり戻ろうよ? ナッちゃんってば」

「相変わらず臆病なんだからミフユは。怖いなら一人で帰れば?」

 森林清掃のボランティアからこっそりと抜け出し、小さな子供ならばかろうじて通り抜けられる柵の隙間を見つけ、ナツコとミフユは「森の洋館」の敷地内へ足を踏み込んだ。伸び放題の雑草を踏み踏み、二人はきょろきょろしながら広い庭を進んでいった。

「別に怖いわけじゃ――ここはナタネちゃんの家だったんだし……。でも、みんな心配してると思うし――」

 冷たい空気が森を漂い、さっきまでは気にもならなかった僅かな霧が、今は気味悪く二人を包み込んでいた。ミフユはケムッソやナゾノクサが物音を立てるのにいちいち「ヒャッ」っと身体をこわばらせた。でもナッちゃんが行くって言うのなら後には引けないし、臆病だなんて思われたまんまでいるのも嫌――彼女はそう思っていた。

「ねえミフユ。なんかすごいもの見つけてさ、みんなをびっくりさせようよ? そしたら私たちヒーローだよ?」

 どんどん奥へと進んでいくナツコと、不安げな表情を浮かべながら遅れないようについていくミフユ。彼女たちは洋館の正門の前までたどり着いた。細やかな模様が全体に彫られたマホガニーに剥がれかけた塗料がみずほらしいその扉は、無表情で二人を見下ろしている。
 ナツコがひんやりとした取っ手に手をかける――

「――あれ? 開かないや」

「鍵かかってるんだよ。ねぇ帰ろ?」

「こんなおっきい洋館なんだから他に入口あると思わない?」

「思わない」

「思うよね? 探すよ!」

「ナッちゃん……」

 ナツコがミフユの手を引っ張り、洋館の裏へ回ろうとしたその時――

「――お客様かな?」

 不意に男の声で問いかけられた。二人は飛び上がって、声のした方を振り向いた。




『バーストゴースト☆森ガール page4』




 まず間違いなく、あの洋館だ。
 ゴミ拾いの途中でナツコちゃんとミフユちゃんが単独行動に出たことは、他の子供たちも全員知っていたようだった。ただ、リーダー格のナツコちゃんが「オトナにはチクらないでよ」と言うものだから、誰も言いださなかった。てか何で気付かなかった私!

「厄介な勢力図ですね、ガキのくせに。ミフユちゃんは腰巾着ってところですか」

 洋館まで引き返す道を走りながら、サキは無表情で言った。ゴミの処理やボランティアメンバーの取りまとめは他の後輩に任せ、私とサキはハクタイの森を駆け抜けていた。

「館内に入ってないといいんだけど――ゴーストやゲンガーに遭遇したらアウトじゃない。あいつら何するか分かんないし」

「そうですね。二人の手足がちゃんとついてることを祈ります」

「ちょっと止めてよ」

 さっきまで和気藹々とゴミ拾いをしていたこの森は、今はなんだか不気味に見えた。この感じ、記憶にある。森の木々一本たりとも私に味方してくれないような不安。あの時は立場が逆だったけど――


 もういーかい? まーだだよ。
 もういーかい? まーだだよ。
 もういーかい? 

 そのうち声は聴こえなくなり、私は森の奥で一人佇んだ。
 当時小学生の私にとって、あの恐怖は言葉にできたものではない。


 ようやく私とサキは、先程の柵のところまでたどり着いた。てっぺんの尖った鉄の柵は、無機質な檻のようにも見えた。

「はぁ――壊すしかないか。タネキチ」

 ボールから飛び出したタネキチは、葉っぱカッターで柵を切り落とした。がしゃんと音を立てて、切り出された鉄の棒が地面に落ちる。

「先輩のお屋敷――鍵はかかってるんですよね?」

「もちろん。お父さんとお母さんがこの屋敷を売りに出して最後に出た時私もいたし、それから手は着いてないはずだから」

 柵の隙間を潜りながら、私は答えた。私がまだ中学生の頃、父の仕事の関係で移り住むことになった私たち一家はこの屋敷を売却し、ヨスガの郊外へと移り住んだ。強がって泣きはしなかったけど、幼い頃の思い出が詰まったこの屋敷を手放す寂しさに、胸が熱くなった記憶がある。
 それは、おじいちゃんにポケモンを教わった思い出。おばあちゃんにタネキチをもらった思い出。そして、まだお兄ちゃんと仲良く遊んでいた思い出。
 その思い出が、今は埃を被り、悲しげな表情で目の前に突っ立っている。

 鳥ポケモンのさえずりと葉のすれる音の中を、私とサキは早歩きで進んだ。伸び放題の雑草についた露でブーツのつま先が濡れる。タネキチは背の高い芝生をかき分けるようにして付いてきた。厚手のマウンテンパーカがシャカシャカと音を立てる。そして、冷たい扉の取っ手に手をかけた。

「――開いてるし」正面玄関の扉はいとも簡単に開いた。

「あの子たちが開けたんですかね」

「嫌な予感」

 エントランスは薄暗く、埃っぽかった。中に入り扉を閉めると、まるで外界と遮断されたみたいに空気が一変した。さっきまでの鳥ポケモンの鳴き声や葉のすれる音は、全く聞こえなくなった。
 天井につるされたシャンデリアや階段、銅像、手すりや絨毯――その配置は当り前だが当時と全く変わらず、時々頭の中で再生するだけだった懐かしい記憶が一気に鮮明になった。両側にカーブを描いている階段はよく友達と追いかけっこして遊んだ時転んだし、引っ越した時に片方だけになった銅像は何度もよじ登っては飛び降りた。
 ただその全てが今や埃だらけで、エントランス全体に漂っている空気はどんよりと重たく、雰囲気は当時と似ても似つかない。

「長時間いると病気になりそうですね、この空気」

「ゴースの纏ってるガスのせいね。結構な数、住み着いてる――マリー出しといた方がいい」

 サキがボールを軽く放ると、マリーが身のこなし鮮やかに絨毯に降りた。クリーム色の身体に、その尻尾や耳の先端が葉のように変化しているイーブイの進化系の一つ、リーフィアだ。
 マリーはこの洋館の雰囲気を感じ取ったのか、一度ブルブルと身体を震わせた。となりにいたタネキチはというと、相変わらずのんびりとしたもので、絨毯に着いた埃を前足でいじっている。

「帰ったらシャンプーだね、マリー」サキが渋い顔で言った。

 私たちはとりあえず階段を上り、二階の廊下を洗った。人影どころか「幽霊影」も見当たらない。薄暗くてどんよりした細長い廊下は、無機質に続いているだけだった。
 部屋も調べた。おじいちゃんの書斎も、お兄ちゃんの部屋も、私の部屋も。エントランスと打って変わって、こちらは懐かしさのかけらも感じなかった。家具が取り払われているだけでなく、時々感じるゴーストポケモンの視線で、当時の空気とまるで違うからだろう。廊下に入ってからずっと、壁や天井に見られているような感覚があった。正体が分かっているだけ、恐怖もないが、気色悪い。

「出て来さえすれば二人の居場所吐かせてやるのに」私は頭を掻いた。

「こいつら多分見てるだけで出てきませんよ? 所詮野生の群れで、私らに敵わないことくらい分かってます。ただずる賢いんで、勝てない相手には手出しません」

「分かってる。でもあの子たち二人相手ならこいつら喜んで手出すじゃない」

「そうですね、手遅れの可能性もあります」

「だからさらっと最悪の状況に言及するの止めてよ――」

 その時だ。女の子の悲鳴が館内に響いたのは。私たちは顔を見合わせた。壁や天井の気配がぞろぞろと移動するのを感じた。

「一階です」

「位置的に、多分会食場! 走るよ!」

 私たちは廊下を引き返し、階段のあるエントランスの二階へと駆けた。
 移動する気配は私たちよりも素早く一階の会食場へ向かって行く。その無数の気配は狂喜していた。
 マズい。一気に背筋が凍る。霊が大喜びするなんて、不吉も良いところだ。



 ◇ ◇ ◇



「誰か、来たみたいだ」

 男は、独り言のようにそう呟いた。
「分かるの?」玄関の方へ視線を向けた男に、ミフユは訊いた。男はにっこりと笑い、頷いた。




 ナツコとミフユの二人に声をかけたのは、二十代半ばくらいの男だった。動きやすそうなジーンズに、紺のジャケットを羽織っている。少しいたずらっぽい雰囲気が残る目をしていたが、その背丈とファッションのせいでとても大人っぽく見えた。
 突然背後に現れたその男性は、昔この洋館に住んでいたという。ナツコが震える声で「嘘! この家はナタネちゃんのうちだったんだから! あんた泥棒でしょ?!」と言うと、彼はちょっと驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になり「お譲ちゃん、ナタネと友達かい? それは偶然だ。僕もナタネとは長い付き合いなんだ」と言った。
 彼はフーディンという、まるで腰の曲がったおじいちゃんみたいなポケモンを連れていた。突然この場所に現れたのも、そのポケモンの「テレポート」という技を使ったかららしい。
 彼は警戒する二人に「中に入りたいなら、鍵を開けてあげるよ。僕もちょっと用事があるからね。ただゴーストポケモンが多いから、僕の近くから絶対に離れないことが条件だ」と提案した。ミフユは「ゴースト」と聞いて今すぐにでも引き返したい気分になったが、ナツコは「ゴースト」という言葉に息を吹き返したかのように「言いつけは守ります! 中に入れてください!」と答えた。ミフユはうなだれた。

 洋館の中はまるで違う世界みたいな雰囲気だった。あの厳めしい扉が「ゲート」になっていて、くぐり抜けたその場所から現実とは違う平行世界。ミフユはそんな世界設定の映画があったことを思い出した。
 二階の廊下まで歩いてくると、じろじろと何かに見られているような居心地の悪い気分になった。それはナツコも同じようで、「なんかそわそわする」と言うと、男の人が、ゴーストポケモンがこっちの様子をうかがっているんだと教えてくれた。「襲いかかって来ないの?」と訊くと、フーディンがいるからね、と答えてくれた。
 その言葉通り、ゴーストポケモンは襲いかかってきたりしなかった。そのうち壁や天井の視線に慣れてくると、もともとなんにもいないんじゃないかと思うほど、館内は静寂を保った。
 一階に下りて、小さな書斎を調べている時に、彼は誰かの気配を感じたようだった。




「フーディンの力のおかげだよ――うん、人間が二人。多分、お譲ちゃんたちを探しに来たんじゃないかな」

「ナタネちゃんかな? どうしよう、怒られちゃうよ? ナツコちゃん」

「もう、ミフユはホントにビビリ。怒られずにこんなことできると思ってんの?」

 ナツコのその言葉を聞いて、男は笑った。

「大丈夫だよ、僕が何か理由を付けて、二人が怒られないようにしてあげよう」

 一階の大きなテーブルがある部屋に来た時には、最初の平行世界に入り込んだような感覚はほとんどなくなっていた。ナツコも「なーんだ、なんにもないじゃん」と、退屈そうにテーブルに寄りかかった。でも、本当に違う世界に来たと思ってしまったのは、その時だった。

<油断大敵ですぞ、お譲ちゃん。親玉のお出ましです>

 おかしな抑揚をつけた、しわがれた声がミフユの頭に響いたのだ。ナツコもその声を聴いたようで、テーブルから飛び降りて辺りを見回した。

「フーディンのテレパシーだよ。それにしてもどうしてずっと黙ってたんだ? ルーカス」

 彼はそう言いながら、視線はその会食場の天井に取り付けられた大きなシャンデリアに向けられていた。

<いやいや、たいみんぐというものはなかなか掴めないものでしてな>

 唖然とするミフユとナツコをよそに、フーディンのルーカスもシャンデリアを見上げ、両手に握られたスプーンを構えた。

「二人とも、離れちゃだめだよ」

 黒い塊が、シャンデリアをすり抜けて姿を現した。

 二人は絶叫した。



 ◇ ◇ ◇



 私とサキは会食場の扉の前までたどり着いた。扉越しでも、この洋館中の気配がこの部屋に集まっていることが分かる。
 私はその重い扉を開け放った。

「なにやら――凄まじいことになってますね」サキが苦笑いした。

 部屋中ゴースとゴースト。どいつもこいつもケラケラ笑って、その声が反響し、気が狂いそう。ゴースの纏っているガスが天井付近にたまっていて、紫のもやがかかっていた。シャンデリアを中心に、幽霊たちは旋回し、まるで宴でも開かんかとしているように歓喜している。

 そのシャンデリアの直下に、いなくなっていた二人がいた。一緒にフーディンを従えた男がいるのが目に入った――私は目を疑った。

「おうナタネ、久しぶり」彼は振り返り、気さくに声をかけてきた。

「ちょ、久しぶりって……なんで? なんでいるの?」

「ちょっと仕事でな。それより、今取り込んでるんだ――ルーカス!」

 彼のフーディン、ルーカスは右手を突然突き出し、サイケ光線を放った。そこへ狙いすましたかのように大きな黒い塊が現れ、光線が直撃する。砂埃が爆音とともに舞った。ナツコちゃんたちが悲鳴を上げる。

「こいつらにとってはまるでプロレスでも楽しんでる気分なんだ。こっちは真面目に調査に来てるってのに、呑気なもんだ、オバケの皆さんは」

 ルーカスが相手にしているのは、まぎれもなくこのゴーストの群れの親玉、ゲンガーだ。サイケ光線をくらってもほとんどひるみもせず、少し距離をとってその真っ赤な目をこちらに向けている。この会食場をリングに見立て、遊んでいるのだ。

「サキ! 二人連れてこの洋館を出て!」

「――了解」

 私はタネキチを戻し、ロズレイドのブーケを出した。かん高い笑い声と紫のもやの中、サキが二人を連れて部屋を出ていくのを確認し、私はその男の下へ駆け寄った。

「どういうつもりなの? 子供連れてこんなところまで」

 私はできるだけイライラを声に乗せて、彼に言い放った。

「だから仕事だって。あの子たちは、玄関で入りたそうにしてたからさ」

「正気なの?! こんな危ないところに――」

<お二人さん、今はそんな口喧嘩に時間を浪費している場合ではありませんぞ?>

 ルーカスのテレパシーが頭に響いてきた。昔は無口なケーシィで、テレパシーもほとんど使おうとしなかったルーカスは、彼の一番のパートナーだ。今もそうなのかは、私に知る余地はないが。

「随分達者に話すようになったじゃない? ルー、久しぶりね」

<ナタネ殿こそ、立派になられましたな――おっと>

 ルーカス目がけてシャドーボールがいくつか降り注いだ。ルーカスは瞬時に壁を作り、その攻撃をけん制した。

「よーし、この試合、勝たなきゃな。可愛い妹が見てる」

 その言い草、変わらない。

「ふん。どっちにしろ、負ければお陀仏でしょ。まあ、兄貴が死ぬところも見たくないわけじゃないけどねー」

「冗談キツイな……ゲンガーは俺がやる。周りのザコ頼む」

「ジムリーダーに掃除役頼むなんて、偉くなったもんね! あとで泣きついても助けないから!」

 古い記憶の中にあった会食場とは変わり果てたこの空間に、ゴングが鳴り響いた。

 ―――――――――――――



 ゴーストバスターズの曲が好きです。その曲を頭の中でかけながら書いた今回のバーストゴースト。
 とりあえずここを乗り切ったあとの展開は、未定。ナタネちゃんに彼氏でもできれば話も膨らむけど。

 彼氏作る役目、自分だったw


 森ガ「イケメンよろしく。てか物語の中でくらいリア充でいいじゃん」


  [No.550] ギルティ☆森ガール 投稿者:リナ   投稿日:2011/06/27(Mon) 00:25:57   83clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



 私を迎えてくれた家族には、一人の男の子がいた。二つ年上の彼は有り余る元気をいつもイタズラによって放出し、学校では手に負えないガキ大将だった。先生の間では小学校低学年の頃から「問題児」のレッテルを貼られ、随時マークされていたほどだ。
 仲の良い友達と一緒に壁や窓ガラスに油性ペンで落書きするのはもはや日常的。黒板消しで罠をはって先生を粉まみれにしたり、女子の机に成年誌を入れたり。ある日目撃されたのは、彼らに標的にされていた男の子の上履きが牛乳で満たされているさまだった。
 両親はたいそう頭を悩ませた。どうしてこんなにも人に迷惑をかける子供になってしまったんだろう? 父はことあるたびに怒鳴り声を上げるし、母は自分の育て方が至らなかったせいだと泣き崩れる。そんな日々が続いていた。
 父親と母親がどんなにしつけても態度を全く変えようとしない彼だったが、ジムリーダーのおじいちゃんの言葉だけは彼に影響力を持っていた。大きな声でしかりつけるわけではないのに、おじいちゃんの重々しい声は彼にちゃんと響いていた。
 彼のイタズラ病はおじいちゃんが少しずつ治療していった。彼はおじいちゃんを尊敬していたし、また畏怖していた。この家でおじいちゃんに逆らうことだけは、絶対にできない。逆らえば、僕の居場所がなくなってしまう。そう思っていた。
 彼は小学校の高学年になって、あまりやんちゃをしなくなった。クラスの中では相変わらず目立つグループを率いていたが、職員室では「あの子は随分と丸くなった」とささやかれていた。

 一方、もともと女の子が欲しかった両親は、一人目以降子宝には恵まれず、児童養護施設にいた一人の女の子を、里親として養子に迎えることを決めた。小学四年生の一人息子は妹ができるということを両親に聞いてもまるで興味を示さなかった。
 しかし、その子の登場で、彼の人生はゆっくりとねじれ始める。

 そう、私はシュン兄――シュンヤの人生を変えてしまったと言っても過言ではない。




『ギルティ☆森ガール page5』




 会食場の長テーブルとイスがいくつかふわふわと宙に浮いて、静止したかと思うと、凄まじい勢いで回転しながらこちらへ飛んできた。

<むおっ――>

 ルーカスが両手のスプーンを突き出し、渾身の念力を込めてくい止める。家具たちは私とシュン兄にぶつかる直前で急ブレーキをかけたみたいに勢いを失い、その場に音を立てて崩れ落ちた。

 部屋中異様な熱気に包まれていた。まるでサッカーチームの過激なサポーターたちが相手のチームにやじを飛ばしているみたいだ。このスタジアムのあるゴースト街では、私たちは完全にアウェーだった。下手に動けば、銃殺されてしまうかもしれない。
 高い天井はゴースを取り巻いている紫色のガスが不気味に充満していた。中央のシャンデリアは常にガシャガシャと耳障りな音を立て、試合をさらに逆撫でする。巨大な黒い塊に血のような赤い眼のゲンガーは、私たちを嘲笑しながらゆっくりと部屋の壁際で浮遊していた。

「こりゃヤバいな。奴さん相当強い」シュン兄が平べったい声で言った。

「もうちょっと緊張感持ったら?! 私たち生きて戻れるかどうかさえ微妙なラインなんだよ!」

 こんな感じのやり取りは、過去に何度もあったような気がする。昔のシュン兄はもうちょっと余裕ぶるのが下手だったはずだけど。

「今ならまだ出口辺りのゴースたちをぶっ飛ばして外に出られる。あいつのお遊びに付き合ってる暇なんてないでしょ?!」

 ブーケにマジカルリーフで近くのゴースをけん制してもらいながら、私は荒々しく言った。

「まだ逃げるには早い。言ったろ、仕事だって。どうしてこんなにゴース系の奴らが集まってドンチャンしてるのか、手掛かりの一つでも見つけて帰らないと上司に殴られちまう」

「――シュン兄、一体なんちゅう仕事してんの?」

「うーん、全国転勤ありの総合職ってとこかな――あのゲンガー、捕獲できればいいんだが」

 彼の言葉は全く答えになっていなかった。彼の意識は私の言葉でも職務内容でもなく、目の前の黒い塊のみに向けられているらしい。

「――ボールは?」後ろ向きに歩いて彼の背後まで近付き、耳の近くで私は訊いた。

「スーパーが六個と、ハイパーが二個」

「なんとかいけるか――周りは刺激しない方が良い。正々堂々とリングに上がったと思わせれば手出ししないと思う。その替わり、私も手出しできなくなるけど」

「ルーカスとあいつの一対一で勝つしかないってことか。うーし、仕事すっかー」

「――不安」

 私とブーケは彼から離れ、入口の扉の辺りまで慎重にたどり着いた。ゴースたちはギロギロとこちらに注意を向けているが、襲って来はしなかった。シュン兄はジャケットを脱いで、そばに転がっていたイスに引っ掛けた。

「ルーカス、五分であの悪霊、成仏させるぞ」ポケットに手を入れ、気障なポーズをとるワイシャツ姿の男。

<『えくそしすと』としての仕事を期待されても困りますな。最も、ぷろが相手を選ぶなど嘲笑の的でございましょうが>

 スプーンを構え直すフーディンからはここにいても分かるほどの念力が発せられていた。ゴースたちの醸す空気とは違う、ビリビリと肌を弾くような波長。そばを旋回していたゴーストが焦りをまとったようにひらひらと天井へ舞い戻った。

 どうやら観客が乱入するほどの秩序の崩壊はないようだ。周りの霊たちがケラケラと笑いながら部屋の上部を旋回する中、親玉ゲンガーはシャンデリアの直下に躍り出た。
 そして床に吸い込まれるようにして消えた。

「慎重に追えよ」

<言われなくとも>

 ルーカスは目を閉じ意識を集中してゲンガーの垂れ流している念波を追いかけた。相手のポケモンの発するエネルギーを感じ取ることで居場所を特定する、エスパータイプだからこそできる芸当である。

<ナタネ殿! 右へ!>

「えっ?!」

 不意に名を呼ばれ、右へ転がるようにして跳んだその瞬間、背後から不快な気配がぬらりと出現した。振り向くと、ゲンガーがニヤニヤと笑みを浮かべながら回転し、また壁へと消えていくのが見えた。

「最初からルールなんてないとでも言いたげだな。油断禁物だよーナタネちゃん」

「――分かってる」

 もちろんこの部屋の中で安全なところなど存在しない。今は天井で大人しくしているゴースたちも、気が変わる可能性なんていくらでもある。
 ゲンガーは現れては消え、また現れては消えを何度も繰り返した。そのたびにルーカスはサイケ光線で応じるが、その光の束はほんの少しのタイミングのずれでなかなか相手にヒットさせることができない。ルーカスが攻撃を外すたびに、周りの霊たちはうねるように歓喜の声を上げ、会食場を異様な熱気に包んだ。

「パターンは大体読めた。けどこのままじゃ埒が明かないな。次、いくか」

 シュン兄は無表情でそう言った。

<承知致した>

 ルーカスはそう答えると、スプーンを一振りし、フッっと姿を消してしまった。
 
「テレポート?」

 戦闘から離脱する時などに使う移動系の技だ。もちろん彼を残してフーディンだけが逃げてしまうことなどあり得ない。何か意図があってのことだろうが、私にはまるで見当が付かなかった。シュン兄はポケットに手を突っ込んで、相変わらずの無表情だった。
 不思議に思ったのか、ゲンガーが奥の壁からゆらりとその姿を現した。ゴーストポケモンたちは皆きょろきょろと辺りを見回し、姿を眩ました対戦相手を探そうと躍起になっている。

「――うん、出来は上々だ。さて、どこからでもかかって来たまえ」シュン兄は朗々と台詞を読み上げるようにして相手を挑発した。

 俄かにゲンガーの赤い瞳がぎらついたように感じた。そしてその黒い塊はゴールに蹴り込まれたサッカーボールのようにシュン兄に向って突進した。突進しながら、その短い腕が振り上げられる。

「ちょっと!」思わず声をもらす私。ヤバいじゃん――

 しかし、ゲンガーの右腕が彼に一撃を加えようとしたその瞬間、奇妙なことが起こった。
 勢いよく突進したはずのゲンガーの動きが突然鈍くなり、まるでその場所だけスローモーションで再生しているかのように動きが鈍くなったのだ。ゲンガーは目をパチクリさせ、何が起こったのか分からず、身動きもとれず、唖然としていた。

<物理攻撃の方が応えましょう?>

 間抜けに右腕を振り上げた格好のままふわふわと浮遊しているゲンガーの真下に、姿を消していたルーカスが現れた。右のスプーンを逆手に持ちかえ、大きく振りかぶっている――

「完璧だ」シュン兄はニヤリとゲンガーに向かっていたずらっぽい笑みを浮かべた。

 バチン! というもの凄い音がして、スプーンがゲンガーを真上に向かって弾き飛ばした。黒い身体は勢いよく回転し、そのまま天井にぶつかった。周りのゴースたちは慌てふためいて同心円状にスペースを空けた。

「霊体というのは、どうやら意識しないと物体をすり抜けることはできないらしい」

 彼は天井でのびているシャドーポケモンを仰ぎ見ながら冷静に分析した。ポケットからハイパーボールを取り出し、狙いを付けて投げ上げる。ゴースたちは脅えるようにしてボールを避け、同心円がさらに大きくなった。

<渾身の一撃ですぞ。まかり間違っても抵抗されることはないでしょう>

 彼の隣りに戻ってきたルーカスがスプーンの柄を摘まんで持ち上げながら言った。その宣言通り、ゲンガーはボールの中で暴れることもなく、あっさりとスイッチのライトは消えた。
 コツリと音を立ててボールが会食場の床に落ち、しばらく異様な沈黙が流れた。まるで三対〇で圧勝していたホームの試合、後半の残り五分で逆転されたチームのサポーターのようだった。
 一匹のゴースが猫を踏んだようなかん高い声を上げて部屋の壁をすり抜けていったのをきっかけに、彼らは一目散に逃げ出した。主を失ったこの「お化け屋敷」のどこに逃げ込もうとしているのかは知らないが、とにかくこのとんでもない人間とポケモンから離れたいらしい。無数の気配はみるみるうちに消えていき、会食場には嘘みたいに静寂が訪れた。

「――シュン兄、一体どんな手使ったの?」

 私はブーケをモンスターボールに戻してから、彼に尋ねた。ジムリーダーとしては情けないかもしれないが、彼の仕掛けた技が何だったのか全く分からなかった。

「最初の攻防で、相手のスピードがルーカスより上回ってることを確信した。サイケ光線も一番最初に当てたけどほとんど効き目がなかったから、最終的に接近して物理攻撃をかますことに決めた。様子見だって悟られないように、カモフラージュでサイケ光線は打ち続けていたけどね」

 彼は椅子にかけていたジャケットを羽織り、扉のそばにいる私の方へ歩いてきた。

「テレポートもカムフラージュ。ホントはスプーンなんて振らなくても、モーション無しでテレポートできる。実際に発動したのはトリックルームだ」

 彼は会食場を見まわした。「と言っても、全く見た目は変化ないけどね」

 霊たちが立ち去ったこの部屋ではシャンデリアがガシャガシャと揺れているだけだった。

「だからあいつの動きが遅くなったんだ。素早さが早いほど攻撃の発動タイミングが遅れるから」

 そこへルーカスがサイコカッターでフェニッシュ――完璧なシナリオだった。

「まあ運よく相手が挑発に乗ってくれたから成功したんだけどね――さて、上に連絡入れないと」

「――ねえシュン兄、ずっとどこで何やってたわけ? 全然連絡もなしにさ!」

 思い出したように、私は彼に詰め寄った。

「何って、働いてたさ。当たり前だろ?」

「そういうこと訊いてるんじゃない!」

 シュン兄は高校二年の夏休みに、忽然とこの家から姿を消した。それはこの家庭にとって重大な出来事であったし、当時まだ中学生だった私にとっても大きな衝撃だった。
 シュン兄は、「義務教育も終わったことだし、やっぱ働くわ。ルーカスもいるから、移動にも困らない。気が向いたらこの家にも顔出すから」という短い書き置きを残していた。父と母はすぐに警察に連絡しようと言ったが、それを止めたのはおじいちゃんだった。
 おじいちゃんは「バカ孫の家出」を、「一人前になるための旅」だと言った。当時の私はおじいちゃんの言った意味が分からないし、理解もできなかった。居場所も伝えないで突然家を飛び出すことを「旅」とするなら、彼のしでかしたほとんどの悪事が正当化されてしまうような気がした。
 今では、おじいちゃんがどんな気持ちだったか想像できる気がする。でも、確かめようはない。

「――ナタネ、もう子供じゃないんだ。それぞれ事情があるし、それなりの立場ってもんがあるだろ? いちいち詮索するなよ」

 もう子供じゃない――そう言ったシュン兄の表情がすごく子供じみて見えた。一番最近シュン兄と話したのは、おじいちゃんが死んで、そのことをシュン兄に伝えるために必死で居場所を探して、やっと繋げることができたごく短い電話だった。あの時も彼は詰め寄る私に同じような言葉を浴びせ、その後ろくに会話もできないまま私ばかりがシュン兄を罵り、ガシャリと電話を切った。思い返せば、彼が葬儀に出れないと言ったのが発火原因だった。

「――シュン兄の事情って? 立場って? そんなに大事なの?」

「ああ、大事だね」平べったい声。私の内側がくすぶる。半分は怒りで、もう半分は――罪の意識で。

「――私のせい?」

「違う。それは前も言ったろ。ナタネは関係ない」

 前の電話では、私のせいでないなんて絶対嘘だと思った。今は、それすら分かんなくなってる。この人がどんなことを考えているのか、全然分からない。昔からそうだったけど、今はこの症状がますます酷くなっている。

「――もう戻らなきゃ。お前もだろ? あの子たち心配するんじゃないのか?」

「うん――ねえせめて居場所くらい教えてよ」

 シュン兄はルーカスのそばへ行き、こちらを振り返った。少し迷っている風だったが、やがて口を開いてくれた。

「今は、ナギサにいる。でもしょっちゅう出回ってるからな、あんまり当てにならん――じゃあ、また」

<ご達者で>

 そして、彼と彼のパートナーは、僅かな残像だけその場に映して消えてしまった。



 ナツコとミフユの二人にはみっちりお説教するつもりでいたが、とてもそんな気になれず、サキにその役目を押し付けた。ぎこちなくサキが「だからーやっぱり面倒くさいし」とか「とにかく迷惑なの」とか全く威厳の感じられない声で彼女たちに言うのをぼんやり聞きながら、森の中を引き返した。



 私はこの家に引き取られて、シュン兄の居場所を奪った。
 お父さんとお母さん、そしておじいちゃんに可愛がられて、先生にも褒められて、誇らしげにシュン兄の居場所を享受した。
 私はシュン兄にねたまれて、恨まれて、いじめられた。部屋に閉じ込められたり、教科書に落書きされたり、嘘のかくれんぼに誘われて、森に一人ぼっちにさせられた。
 お母さんが心配して抱いてくれるのは泣きじゃくる私だった。お父さんが怒鳴り声を上げる対象はシュン兄だった。おじいちゃんがひいきするのは、私だった。
 私は、シュン兄の居場所を奪ったに違いない。もともとイタズラっ子で、家の中でもいざこざがあったにしても、私がいなかったら彼には絶対に違う日常が待っていたに違いない。
 彼にとって、私は現れるべきではなかったのだ。

 ただ、そのことが家出とどのくらい関係しているのかが、今の私には分からなくなっていた。彼に絡みついているものは、もっともっと厄介で、ちょっとやそっとじゃ引き剥がせないものな気がしたのだ。

 ナギサシティ――シュン兄は今そこにいる。
 もう大人なんだ。忘れたふりして、逃げてばかりいられない。



 ――――――――


 森ガールシリーズらしからぬ、シリアスのな雰囲気になってきてしまいましたw
 言うてもガンガン脱線しますよーこれからも。それはもう見るに堪えないほどに。
 続けば――ですが。

 森ガ「主人公には、暗い過去が付きものなのよ……」


  [No.785] ダブルスプーン☆森ガール 投稿者:リナ   投稿日:2011/10/20(Thu) 22:27:22   81clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 いやはや、まさか某(それがし)に執筆を振られるとは思いもよりませんでしたな。
 お初にお目にかかる方もいらっしゃいましょう。改めて某、シュンヤ殿のパートナーを、僭越ながら務めさせてもらっております、フーディンのルーカスと申します。以後、お見知りおきを。

 さて、今回はいつものスプーンを万年筆に持ち替えて、ナタネ殿が養子として迎えられた頃の話を、つらつら綴っていきたいと考えております。なにせ某、知能が高い部類に分類されているとはいえ所詮ポケモン、お見苦しい文章かと思いますが、読んでいただければと思います。





『ダブルスプーン☆森ガール page6』





 時は某がまだケーシィの頃に遡ります。シュンヤ殿はまだ小学校四年生。彼は相当なやんちゃ者で、しょっちゅう職員室に呼びだされておりましたな。やれ窓ガラスに油性ペンでいたずら描きをするわ、女子生徒の悪口を言って泣かすわ――時には先生方にもちょっかいを出して、学校中を困らせておりました。かく言う某も、あの頃はその悪行に加担し、彼のいたずらをえすかれーとさせていたうちの一人――もとい、一匹でございました。うとうとと舟を漕ぎながらでも可能であった某の「テレポート」は、いたずら少年にとって夢のような術でございましたから。
 もちろん、父上殿と母上殿はたいそう頭を悩ませました。母上殿は責任を感じ、毎晩のように泣いていた時期もございましたし、父上殿はあまり怒鳴り声を上げてお叱りになる方ではございませんでしたので、一体どうしたらよいか分からない。そんな日々が続いておりました。そんな様でしたので、シュンヤ殿のいたずらはとどまるところを知らず、ついには小学校のぴーてーえー――保護者の皆さまの会合のことですな――がお怒りになり、学校全体の問題へと発展するほどでした。
 そんなシュンヤ殿でも、一人だけ逆らうことのできない人物がおりましてな。それが当時のハクタイシティジムリーダーを務めておりました、祖父のシゲクニ殿でございます。
 寡黙で頭の切れる方でした。それでいて家族や友人を大切にしておりまして、ハクタイシティの人々からは絶対の信頼を置かれていました。彼は他のジムリーダーとは違い、ただポケモンバトルを極めるだけでなく、街の振興にも尽力しておりました。今現在、ハクタイシティで毎年開かれるお祭りのいくつかは彼が主催したのが事の始まりでしたし、ハクタイの森で当時から問題になっていた不法投棄の改善にも、彼は手を尽くしました。
 思うに、彼ほどこの街を愛し、街のために生きた人物は他にいないでしょう。
 ところで、ナタネ殿のお書きになった文章を拝見するに、シュンヤ殿の悪行はシゲクニ殿が一喝したことによって無くなっていったとされているようですな。確かにシゲクニ殿によってシュンヤ殿が行いを改めた部分はございます。シュンヤ殿はシゲクニ殿にポケモントレーナーとしての才能を認められて、こっそりバトルの稽古をつけてもらっておりました。そのこともあり、シュンヤ殿はシゲクニ殿を尊敬しておりましたから。
 ですが、シュンヤ殿がいたずらを控えるようになった本当の理由は、他にございました。

 父上殿と母上殿は、以前からずっと女の子を授かりたいと考えておりましたが、シュンヤ殿以降子宝には恵まれず、悩んでおりました。そしてついにお二人は、ある児童養護施設から女の子を一人、養子に迎えることを決めたのです。

 当時小学二年生の彼女の名は、ナタネと言いました。

「聞いてよルーカス! 僕に妹ができるんだ!」

 部屋のソファでうとうとしていた私を揺さぶり、シュンヤ殿は目を輝かせて歓喜しておりました。

「血の繋がった子じゃないけど、でも僕の妹だ。僕、お兄ちゃんになるんだ!」

 某は当時、そのシュンヤ殿を見て驚いたものです。なにせ彼は普段、ほとんどのことに無関心で、何をやっていても楽しくない――そんな顔をしておりましたからな。悪友といたずらを決行する時も、本気で笑ったシュンヤ殿を見ることはできませんでした。口元だけで冷たく笑った後、すぐに表情を閉ざす。そんな男の子だったのです。
 妹ができることが嬉しくてたまらなかったのでしょう。仕事で忙しい両親と、なかなかジムを空けることができない祖父。彼はこの広い森の洋館でいつも独りぼっちでした。
 しかし彼はその喜びを両親や祖父の前で現すことはありませんでした。ナタネ殿と始めて顔を合わせた時も、挨拶一つしないで部屋に走って戻ってしまいました。本当は一緒に遊びたいと思っているのに、自分の中の嬉しい気持ちに正直になることができなかったのでしょうな。
 その頃からシュンヤ殿は悪事を働かなくなりました。悪友たちはポカンとした顔であきれていましたし、職員室は驚きと安堵で包まれました。手を焼いていた学校一の問題児が突然大人しくなったのですから。

「お兄ちゃんなんだからさ、ちゃんとしないといけないだろ?」

 シュンヤ殿は、自分の部屋で某の前でだけ、そう言っていましたな。ナタネ殿本人の前では、依然としてつっけんどんな態度をとっておりました。

 ここまでで済んでいたら、大人になるにつれてシュンヤ殿も心を開き、仲の良い兄妹になっていたと、某は思うております。しかし、彼は両親や祖父の笑顔や優しい言葉がナタネ殿へと傾いていくのに気付き始めてしまいます。

 ナタネ殿は――今でさえあのような性格でたくましく生きておられますが――当時はおしとやかで女の子らしく、勉強もでき、そして魅力的な笑顔を持った子でございました。両親にとってナタネ殿は、たとえ養子で迎えた子だとしても、自慢の「我が子」でございました。当然ながらご近所様の評判もすこぶる良く、小学校のクラスでは入学してすぐに注目の的となりました。
 極め付けが、ナタネ殿にポケモントレーナーとしての才能があったことでした。しかもそれを認めたのは他でもない、祖父のシゲクニ殿だった。嗚呼、今思い出してもシュンヤ殿には辛いことです。ナタネ殿が来る前はむしろシュンヤ殿がシゲクニ殿に才能を認められていたのですから。

 ある朝のこと、家族で朝食を取っている時でした。ナタネ殿がうっかり牛乳をテーブルにこぼしてしまったのです。母上殿は「しょうがない子ねえ」と優しくナプキンでテーブルを拭き始めました。シュンヤ殿は恐らく思ってしまったのでしょう。こぼしたのがもし自分だったら、お母さんは僕を激しく怒鳴りつけるのだろう、と。

「何やってんだよ! ノロマ!」

 気付いた時には、既に口にしてしまった後でございました。シュンヤ殿にそう言われたナタネ殿はみるみるうちに顔を真っ赤にし、ボロボロと涙をこぼして泣き始めてしまいました。

「シュンヤ! いい加減にしろ!」

 怒鳴り声を上げたのは、普段めったに大声を出さない父上殿でございました。「いい加減に」とは、シュンヤ殿がナタネ殿に対して取ってきたこれまでの態度のことを指しておりました。

 思い起こせば、シュンヤ殿のいたずらの標的がクラスの女の子や学校の窓ガラスからナタネ殿に変わったのはこの些細な事件からでございました。
 シュンヤ殿はナタネ殿を部屋へ閉じ込めたり、嘘のかくれんぼに誘って森に置き去りにしたりと、たちの悪いいたずらを繰り返しました。このことはナタネ殿も書いておりますな。そのたびにお叱りを受けるのは当然シュンヤ殿で、慰められるのは泣きやまぬナタネ殿の方でございました。
 当時既に亡くなられていたおばあ様のナエトル――タネキチは、ナタネ殿の十歳の誕生日にプレゼントされました。これもまた、シュンヤ殿の嫉妬心に火を付けてしまいました。
 一度は改めた悪行も、妬みと恨みによってぶり返してしまったのです。これはとても悲しいことです。彼は部屋ではいつも「ナタネは僕の妹だからさ――」と、口癖のように言っておりました。私がユンゲラーに進化した頃も、彼が高校生になった頃も、ずっと言っておられました。
 しかしながら、その言葉は一度もナタネ殿に届けられることなく、シュンヤ殿は高校二年生の時にこの家を出ました。さすがにいたずらは無くなっていたものの、二人の間にできた分厚い壁は、結局取り除かれることのないまま。シュンヤ殿は軽口を叩くことによってナタネ殿との間に気まずい雰囲気が流れるのを防ぐ術を身に付けておりましたが、それは最後まで、その場しのぎの言葉でしかありませんでした。
 ナタネ殿は酷く責任を感じていることでしょう。自分がシュンヤ殿の居場所を奪ってしまったと。ですが、そう落ち込むことはございません。確かにシュンヤ殿はナタネ殿とのことで傷つきましたし、大変辛い時期を過ごしました。
 ですが、既に申し上げました通り、シュンヤ殿は家を出る最後の最後までナタネ殿を妹だと言っていたのです。某は、そのことだけで、いずれ二人の仲は修復されると考えております。
 それに、シュンヤ殿が家を出た理由は、また別のところにあります。シゲクニ殿は、ちゃんとシュンヤ殿の才能を見抜いておられました。
 さて、某の話は一端この辺りで止めにしておきましょう。あまり多くをいっぺんに語るのはいけません。
 それに、そろそろ次の仕事の時間です。それではまた、お会いできることを。



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 ルー「最低限の文章作法はわきまえたつもりですが、どうですかな?」

 森ガ「――ポケモンでこれ書けたら十分w」