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  [No.463] 流星を追い掛けて 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/05/22(Sun) 15:22:13   66clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

マルチポストしていいのよ・・・

発端はこの発言。
本当はエメラルドの話をポストしようかと思ったら、友達より「読んでないと解らない」の指摘があったため、その前にルビーサファイアを元にした話を投稿します。
一度完結しましたが、そのメモが全て消えたために、脳内バックアップを吐き出すため、完結まで長い時間がかかると思いますが、そこはご容赦ください。

なお、この作品全てには
【書いていいのよ】【描いていいのよ】【批評していいのよ】

が付きます。
9/15サッドエンディングにて完結。
9/21エンディング詐欺開始。
え?何?きこえなーい


(7/24追加)
主要キャラたち一覧

ガーネット 14才
特性が力持ち。その日の調子によっては鎖も千切れる。
いじっぱりな部分が多数あり。木登りが得意で、木の実栽培が趣味。ポロックはその延長。
トウカジムリーダーセンリの長女で、ジョウト地方出身。
少し人間関係が依存関係を作りやすい。
むじゃきな妹に振り回される場面もあるけれど、基本的に妹に甘い。

ザフィール 14才
特性が逃げ足。逃げられないものはない。
過去に色々悲惨な目にあったりするけれど、本人の性格が陽気な為にそこまで悲壮感を感じない。
オダマキ博士の長男で、ホウエン地方出身。
アニメオタクで理想の彼女は「素直で従順で、いつも心配してくれて、こちらの望みを察知してくれて、放っておいて欲しい時は放置で、かまってくれる時はかまってくれる人」である。

ミツル 13才
喘息持ちであり、療養のためにシダケタウンに引っ越した。
慎重な部分もあるが、うっかりやな部分もあったりする。
実はラルトスに振り回されているが、ポケモンとはこうなのかと納得していたりする。
最近は、肺を鍛えるために軽い運動を始めてるのだとか。
毒を吐くようになったと言われたのは、実はザフィールのせい。

ミズキ 16才
見た目が青いサーナイト。青い服に白い上着。もちろん、サーナイト本人ではない。
まじめな性格なので、少し融通が利かないかもしれない。
実家はイーブイのブリーダー業を行なっていて、ブラッキーはそのイーブイの分け前。
初恋が中学生の時の先生。大柄の人物なのだが、持っているキルリアがかわいい。小さい頃は病弱だったと言うが今は健康そのもの師匠。
ジョウト地方ワカバタウン出身。ある人を探してホウエンに。

ハウト 18才
言葉を趣味で研究している人。ポケモントレーナーではないらしいけれど、ポケモンのことには詳しい。
丁寧で冷静な人。緋色の瞳を持っている。
うまれは違う島だというけれど、今はヒワマキシティにいる。

フォール 18才
ハウトの双子の妹。トレーナーではないけど、ポケモンには詳しい。
少しせっかちなところがあり。金色の瞳をしている。
もちろん、ハウトと同じ島で生まれ、今現在はヒワマキシティ。

ダイゴ 24才
冷たい印象のトレーナー。
穏やかな人なのだけど、そうは感じさせない視線。
ザフィールに対して強さを見せつけるなど、おとなげない行為もあり。
ラティオスとラティアスとつながりがある節(27、ヒワマキシティの住人参照)もあり。


ハルカ 15才
ザフィールの幼なじみ。ちょっとどころかかなり思い込みの激しい子。
昔、彼が被害にあった事件の時に一緒にいたりして、オダマキ博士も心配しているため、親のいない彼女を養子に迎える。
晴れて二人は姉と弟になったわけでした。めでたしめでたし。
な、訳ではない。むしろ義弟は毎日びびっている。
イントネーションが強いので、人によっては怒ってると誤解されることもあるけれど、基本はあまり怒ってない。
鳥ポケモンを主に使い、空中戦ではほとんど勝てる人がいない。
ただいま、タツベイの雌を育成中。

ユウキ 13才(29、ヒトガタの意味初登場)
ザフィールそっくりの男の子。ちなみに彼の事は超以上に嫌い。
まじめな性格で、マツブサに忠誠を誓う一人。けれどマツブサを他のマグマ団以上に恐れている。
手持ちはロコン一匹のみだが、うまれた時からの付き合いのため、とても懐いているし、よく言うことを聞く。
30、マグマ団のアジトでもあったとおり、彼は右利きで、完全に登場する前からもちょくちょく出てはいる。その時はザフィールになりきってる。
体術(リアルファイト時の動き)に優れている。そのため、人を殺すくらいなら簡単。


  [No.464] プロローグ 投稿者:キトラ   投稿日:2011/05/22(Sun) 17:09:29   110clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 黒い煙が空へと昇る。雲一つない、きれいに晴れた青い空。春に差し掛かろうとする季節には似合わないほど晴れていた。

 親友が死んだ。遺書一つ残さずに。赤い血に染まって、手には銀色の刃を握って。自殺だろうと誰もが言った。
 けれども信じられない。自殺するような原因なんてあるわけがない。小さい頃からずっと一緒に過ごしてきたというのに、解らないわけがない。気付かないわけがない。親友への怒りと、自分への怒り、そして起きてる現実を上手く飲み込めず、茫然としていた。
「ガーネットちゃん」
火葬場の外は霊柩車が入れ代わり立ち代わり走っていた。花壇の柵からゆっくりと立ち上がる。親友の母が沈痛な面持ちで立っていた。
「もうそろそろ焼き上がるよ。キヌコの骨、拾って欲しいの」
二つ返事で引き受けた。ついていった先には、釡から出され、棺も燃えて残った骨だけとなった親友。こげた匂いの中、骨壺に収められていく彼女を見て、今まで押さえていた感情が一気に溢れ出した。


 初七日が過ぎ、少しずつ彼女のいない世界に慣れて来た。学校に行ってもすでにいつもの雰囲気を取り戻している。けれどそれがガーネットにとって不自然極まりない日常だった。元気づけようといろんな友達が話しかけて来てくれる。気を遣ってもらっているのも心苦しかった。表面だけでも通常に戻ったように振る舞う。
 授業が終わると誰よりも早く帰る。勉強しないといけないという理由をつけて、得体の知れない何かから逃げたかった。帰り道、川沿いの土手を歩くと、春を告げる青い花が咲いていた。
「ガーネットちゃん」
正面から歩いてくるのは、キヌコの母親だった。思わず足を止める。
「あのね、ちょっとお願いがあるんだけど、家に来てもらえない?」
どうせ暇だ。ガーネットはそのままついて行く。大したことは出来ないけれど、力になりたかった。

 線香の匂いがする。最後に来た時とは随分違う印象だった。親友の最期の姿を思い出し、少し目眩を感じる。玄関に座り、こみ上げる吐き気をこらえる。気付かれないようにしないと、また人に迷惑をかける。キヌコの母親は奥に行くと、丸いものを抱えてやってきた。
「これね、キヌコが生まれたらこの子を連れて歩くっていってたんだけど・・・」
「これ・・・ポケモンのタマゴ?」
前に一度、見せてもらったことがある。キヌコの母親はディザイエというギャロップを飼っていたのだけど、かなり前にタマゴを持ってきた。入れ替わるようにディザイエはその日に死んでしまった。弔いながらキヌコは孵化したら旅に出ると言っていた。けど、中々タマゴは孵らず、ついに生まれてくる子供を見ることなくキヌコはいなくなってしまった。
「私じゃ面倒見切れないの。お父さんがポケモントレーナーのガーネットちゃんしか頼れなくて」
タマゴを受け取る。親友の忘れ形見だ、父親に話しても怒られるとは思うが、捨ててこいとまでは言われまい。お礼を言うと、タマゴを抱えて家に帰る。まだ冷たい春の風。気分はだいぶ楽になった。日差しは暖かく、心地よかった。タマゴも嬉しいようで、中から音が聞こえてくるし、頻繁に動いている。

「ただいま!」
玄関を開けると同時に仁王立ちしていた父親。誇らしげなその顔は、きっと良いことあったんだろう。
「ガーネット!喜べ!お父さんはジムリーダーに就任することに決まったんだ!!」
今までフリーのポケモントレーナーで、各地の大会に出ては成績をあげてきた。その為に家にいない日のが多かった。そして今日は三日ぶりに会ったのである。
 これからは、ジムリーダーとして活躍するから、そういうことはなくなると言った。。
「どこのジム?」
「それが聞いて驚け!ホウエン地方、トウカシティだ!だから引っ越すぞー!」
随分遠くだ。ガーネットのイメージでは、ホウエン地方というのは南の暖かいところ。そして自然が豊かなところであると。行ったことはないけれど、話を聞いてそんなことを想像していた。
「それと、その際に・・・ってそれどうしたんだ?」
「これ?キヌのお母さんにもらった。育てられないからーって、お父さんに」
タマゴを床に置く。平な床では、タマゴは転がり、壁に軽く当たって止まる。
「もらったのなら、ガーネットが育てればいい。なあに、ポケモンは・・・」
ぶつかったところからヒビが入る。慌ててガーネットはタマゴを転がし、ヒビを上に向ける。
「ど、どうしよう・・・」
突然のことにガーネットは何も考えられない。それとは反対に、父親はタマゴを見て冷静に言った。
「心配ない、子供が壊してるからだよ」
ヒビが増える。中から殻を突き破り、蹄が飛び出た。それを合図に、タマゴの殻を吹き飛ばす勢いで生まれてくる。
「おお、ポニータだ」
炎に見えるたてがみが特徴の子馬。といっても抱えられるくらいに小さく、子馬というより子鹿のようだ。
 生まれたばかりのポニータは炎の調整も出来ず、上手く立つこともできず、よろよろと壁や靴箱にぶつけていた。けれどまっすぐガーネットを見て、こちらに寄ってこようとしている。手を差し伸べると喜んで噛み付こうとした。
「はは、ガーネットを本当の親だと思い込んでるみたいだな。どれ、生まれたポケモン用のご飯があるから、あげてみなさい」
受け取ったのはポケモン用のミルク。また噛み付かれるのではないかと怖々差し伸べると、ポニータはゆっくりと飲み始める。
「すっかりガーネットのポケモンだな。ちゃんと育てろよ」
ガーネットの頭をなでる。そんなことかまいもせず、生まれたばかりのポニータに夢中だった。自分を頼ってくる小さな存在を、これから育てて行く。きっと立派なポケモンになるだろう。
「そうだな、お前の名前は、シルクだ」
シルクと名付けられたポニータは、夢中でミルクを飲んでいた。


 ホウエン地方への引っ越しが次の日に迫った。シルクは元気に成長し、抱えられるほどの大きさだったのが、今では子牛ほどの大きさに育って来ている。荷物を持ってくれることもあり、その日も買い物を一緒に行っていた。夕方の帰り道、少し街を外れたところにある家まで帰る。暗く、人通りも少ないために、ポケモンを連れていても迷惑がかからない。
「なあ、ホウエンに帰る前に教えてくれよ」
ひそひそと低い声。道の端に見える二つの影。なぜかそれがガーネットの耳に止まる。シルクを止めた。
「なにをだよ」
「お前、人殺したんだろ、その感想だよ」
息を殺す。気付かれないように、物陰に隠れた。
「ああ、自殺に見せかけて殺すくらいなんともねえよ。特に女はな、力も弱いし斬りつけて終わり。特に何も思わない」
誰のことだろう。けれどもガーネットの中には、思い当たる節があって、それではないことを祈り続ける。
「へえ、お前はやっぱり冷静なんだな。俺だったらそんな子供殺したら怖くて」
「命令は必ずだ。マグマ団のボスに誓った身。目標の名前も覚えてるぜ、確かキヌコっていう、普通の子供だ」
飛び出していた。こいつらが殺したと言った。なによりの証拠だ。捕まえてやる、絶対に・・・
「うわっ!」
ガーネットの声に男たちが気付いた。けれど彼女を捕まえることが出来なかった。シルクが思い切り服を引っ張り、そのまま駆け出したのだ。
 その時、シルクの炎に照らされた男の顔。もう一人はフードをかぶって見えなかったが、もう一人ははっきりと見えた。白い髪に緑色のリストバンド。年齢は同じくらいなのに、鋭い目つき。

 家に着く。シルクの足では早かった。家族にもあったことは言えず、平気なフリをしていた。頭では男たちの会話と、ホウエンに行くということ、マグマ団という単語がまわっていた。もしかしたらホウエンで会うかもしれない。捕まえても、証拠が自白だけ。そして捕まえて一体何をしたいのか。
「もう、なんか無理だ」
いつもより寝るには早い。けれども今日は疲れてしまった。早めに眠りへとついた。


  [No.465] 1、エンカウント! 投稿者:キトラ   投稿日:2011/05/24(Tue) 00:45:37   90clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 夜遅くなってしまった。家が遠いというのに、先輩の話が長かったせいだ。おかげで夕食には間に合わず、街灯少ない野道を急いで帰る。田舎のミシロタウンへと続く道は草むらが生え放題。野生のポケモンに出会っても厄介だ。草むらを避けて帰る。
「ただいま!」
「ザフィールお帰り」
白い髪の少年は、何事もなかったかのように二言めにご飯ちょうだいと母親に甘えた。今日のご飯は鶏肉。取るものとりあえず、食卓につく。
「そういえば、明日、お隣にお父さんのお友達が引っ越してくるのよ」
醤油を取りながら、そういえばそんなことを言ってた記憶を引き出す。
「へえ、どんな人?」
「ほら、ポケモントレーナーの渋い人よ。テレビにもたまに出てるわよ」
テレビに出るポケモントレーナーがどれだけいるのか知ってるのか。そう思いながらとりあえず頷く。
「そうそう、ザフィールと同じくらいの子がいてね。小さい頃会ったことあるじゃない、4才くらいに」
「そんな昔のこと覚えてるわけないよ」
「あらそう?あの時、その子と喧嘩になって泣かしちゃってたじゃない。本当恥ずかしかったわあ」
もう時効だ。母親の話を流しながら、白飯を口に運ぶ。無言で食べ終わると、2階の部屋へと上がっていく。パソコンをつければメールが来ているかチェックしなければならない。
「うは、明日もかよぉ、なんてついてない。鬼畜だなマツブサさん」
画面の前で独り言を言いつつ、返信を打つ。行くと。すぐに電源を消す。本当だったら招集に応じることなく過ごしたいところであるけれど、マツブサに対してそんなことはよほどの理由がないかぎりできるわけがない。
 それでも明日会える人がどんな人なのか、とても興味があった。もしかしたら仲良くなれるかもしれないし、何より田舎のミシロタウンに友達ができることが嬉しくて仕方ない。


 真っ暗な荷台で、ガーネットは段ボールに埋もれるかのように寝ていた。トラックの床にはシルクが寝ている。
 引っ越しの車にはシルクを入れることが出来ない。荷台なら乗せることが出来たので、一緒にいることにしたのだ。それに、一人になりたかった。誰とも話したくなかった。狭くて暗いところにいれば落ち着くような気がしていた。
 大きな怪獣が苦しんでいた。ガーネットは思わず手を差し伸べる。すると怪獣はとても喜んで抱きしめた。「憎しみの心は捨てなさい、全ては心が決めるのだから」怪獣はそういった。
「おねえちゃん!!!!」
妹の声がする。思わずガーネットは起きた。夢だったようだ。うなされていたのか、心配そうに顔を覗き込んで来る。
「だいじょうぶ?あたらしいおうちついたよ」
「くれない、大丈夫。ありがとう」
彼女のポケモン、エネコがポニータのゆれるしっぽとじゃれていた。
 すでに積み荷を下ろし始めている。引っ越し屋のゴーリキーたちが家の中を指差している。中を片付けろという意味なのだろうか。ガーネットは荷台から飛び降りると、家の中に入って行く。くれないも後ろにくっついて中に入っていった。
 家の中では母親が忙しく働いていた。段ボールに囲まれてゴーリキーたちに指示を出して。父親は一緒に荷物を運んでいる。ジャマにならないように、2階の部屋に上がる。二つの部屋に段ボールが山積みになっていた。片付ける気にもならない。くれないは楽しそうに段ボールを開けて何がどこかと整理している。
「ガーネット、ちょっとシルク貸してくれる?荷物多くて運んでもらいたいの。それとくれない連れてちょっと散歩してきて!」
外から母親が叫んでいる。窓から顔を出すと、シルクのボールを投げる。
「いいよ!くれない、行くよ!」
彼女は楽しそうにエネコとじゃれながら段ボールで遊んでいる。整理しているように見えたのは気のせいだったようだ。時々来るゴーリキーがとてもジャマそうな顔をしていた。声をかけるとすぐに段ボールを放り出す。
「お、ガーネットどこか行くのか?」
手ぬぐいを巻いた父親が段ボールを運びながら声をかけてくる。中にいた母親に手渡され、積み上げられて行く。
「散歩に行こうと思って」
「それなら、この町にオダマキ博士っていうお父さんの友達がいるんだ。手があいたら行くから、ちょっと先に挨拶してきてくれないか?」
先に行けばいいのに、と心の中では思ったけれど口には出さずに行くとだけ答えた。どうせ暇だ、散歩がてらに行ってみるのも悪くない。それにくれないは行く気満々のようだった。

 ミシロタウン。ホウエン地方の田舎町だ。前に住んでいたところは人がたくさんいて、毎日人ごみの中を歩いていた。ここは人通りもまばらで、静かなところだった。看板を頼りにオダマキ博士を訪ねる。歩いていくと大きな建物が見えてくる。あそこだなと道沿いをまっすぐ歩いた。
 研究所の入り口は普通の建物のようだった。ドアノブに手をかけると、勢い良く扉が開く。そして中から人影が飛び出していく。その勢いに避けれず、肩がぶつかった。
「あ、わりぃ!」
それだけ言うと少年は後ろを振り返らず走って行ってしまった。見たことのある顔。昨日、夕方に見た妖しい男そのものだった。ホウエンに帰ると言っていたし、矛盾は無い。気付いたところで追い掛けようにも、すでに影はない。
「逃げられた・・・けど今度は一人か」
もしかしたら一人ならば押さえられるかもしれない。
「くれない、お姉ちゃんはちょっと用事あるから待ってるんだよ」
「うん、わかった!」
追い掛けていけば目撃した人間がたくさんいるかもしれない。そう思うとガーネットは走り出した。その後ろ姿を疑うこともなくくれないは見送る。

 走っていった影の方向にひたすら走る。小さい町だし、途中で別れる道もない。まっすぐとミシロタウンと101番道路を結ぶ入り口へと向かっていた。町の外に勝手に出ると、ポケモンが襲ってくると言われていた。けれど今はそんなことに構っている暇ではない。思い切って101番道路へと駆け出した。
「たすけてくれー!!!」
あたりに響き渡る男の声。思わずそちらの方へと走っていく。
 ガーネットの目に飛び込んで来たのは、黒い犬が白衣の男を追い掛けてる姿。吠えて威嚇している。あの力とスピードはポケモンだ。
 男が小さな石に躓いて転んだ。鞄の中身が盛大にぶちまけられ、そのうち赤と白のモンスターボールが一つ、ガーネットの足元に転がって来た。
「黒い犬を追い払って!」
思わずモンスターボールを拾って投げつけていた。現れたのは見たこともない、青いポケモン。魚のようなヒレがあった。一度ガーネットを振り返ると、すぐに黒い犬に体当たりをした。横から来た小さな乱入者に、黒い犬もうろたえる。怯んでいるところにもう一度、体を使った攻撃。鼻にあたり、おびえるように黒い犬は逃げていった。
「大丈夫ですか?」
倒れてる男に駆け寄る。膝を擦りむいた程度。他はけがもなかった。
「大丈夫・・・おや、センリのとこの・・・確かガーネットちゃん?」
「はい、私はそうですが」
「そうかそうか、今日だったんだっけ。すっかり忘れてたよ。私はオダマキ。ポケモンを研究しているんだ」
これが父親の言っていた博士のようだった。何事もなかったかのようにこぼれた鞄の中身を拾う。残りの一つのモンスターボールはガーネットの手の中。
「そうだな、助けてくれたお礼にそのポケモン、ミズゴロウをあげよう。中々丈夫なポケモンだぞ」
「え、あ、ありがとうございます。私いそがないと・・・」
「忙しいのかい?」
「はい、白髪で私と同じくらいの男の子がこっちに来たかと思って、それで・・・」
「あーなるほど」
オダマキ博士は鞄を背負う。そして笑顔で言った。
「その子なら、夜にはここに来るよ。待ってた方がいいんじゃないかな?」
ガーネットにはその意味も解らなかったが、勝手が解らない場所のこと、下手に動くより待った方がいい。そう判断した。


「うひょー、今日グラタンだぜー!」
とろけるホワイトソース、焦げたチーズの匂い。想像しただけでよだれが出てくる。ザフィールはミシロタウンにある自宅へといそぐ。今日の集まりはただの指令伝達だけだった。「アクア団との戦いに備えてミナモシティのアジトまでいつでもかけつけられる距離に来い」というだけの。ここからだと最も速く空を飛ぶポケモンでも3時間はかかる。しばらく家を空けなければいけない。
 どうしたら家族に怪しまれずに何日も外に行けるか。一瞬だけ考えた。答えがすぐに見つかったから。
 父親の手伝いをするふりをしながらここから行けばいい。そうすれば誰も怪しまない。誰もが本当の目的なんて解るわけがない。
 ミシロタウンの入り口で足が止まる。ものすごい視線。誰かが殺気を隠すこともなく見て来ている。アクア団の襲来にも思えた。しかし敵はどこにいるのか検討もつかない。注意深く見回してもそれらしい姿は無い。
「見つけた、人殺し!」
目の前を炎が走る。この地方ではあまり見かけないポニータが突進してきた。避けきれず、体が宙を舞う。背中から着地し、思わず咳き込んだ。
「覚悟しな人殺し、大人しくしてろ」
足音が自分の前に来る。アクア団かと思って見上げると、自分と同じくらいの女の子。
「ま、まて、何のこと・・・」
「とぼけるんじゃないわよ!あんたは人を殺し、挙げ句しらを切るって言うわけ?それとも、相方がいなければ何もできないのかなぁ?」
一歩詰め寄られる。思わずそのまま後退する。次の瞬間、胸ぐらを掴まれ、持ち上げられる。信じられない光景に、ザフィールは何も言えない。
「な、なんて力・・・」
「そんなのどうでもいいわ。で、どうなの?素直に白状する気になったの?」
「だから何のこと・・・」
地面に落とされる。突然で着地も上手く出来ない。走って逃げることも出来ずにいると、しゃがんで顔を覗き込まれる。
 目が合った。息が止まりそうだ。うっすらとザフィールの目に涙があった。
「まだしらを切るつもり?」
「お、俺は何も知らない!だいたい人なんて殺してない!」
「あら、そう。残念ね、素直に白状するならばここで帰してあげようと思ったけど、認めないならいいわ」
首に手が回る。地面に押し付けられ、ゆっくりと気道がしまっていく。このままじゃ死ぬ。よくわからない女に殺される。ザフィールが恐怖を感じた時に、女は手を離す。
「苦しい?私の友達もそうとう苦しかったと思うの。それくらい味わってもいいと思うのよね」
「だから、俺は・・・」
ゆっくりと起き上がる。女の目は自分を犯人と決めつけていた。何を言っても聞いてもらえる様子は無い。隙を見て逃げ出すしかない。ザフィールは相手を見据えて隙を探した。一瞬で立ち上がり、そして駆け抜ける隙を。足にいつでも動けるよう力を入れて。
「そう、本当にやってないって言うのね」
「俺はやってない!」
「よくわかった。じゃああんたが真犯人をあげて自分じゃないって証明するならば、犯人じゃないって認めてあげる。それともここで死んでいきたい?」
「はぁ!?何で俺が・・・」
ザフィールは黙る。もしここで断れば永久に押し問答か、そのまま死ぬ。だったら、ここはひとつ。
「わ、わかった。言う通りにする」
「随分と物わかりいいのね、お名前は?」
「な、名前!?俺は・・・」
ふと女が自分のポケットを触っているのに気付いた。そこにはポケモントレーナーとしての身分証明書、トレーナーカードが入っているのだ。もちろん、本名もばっちり。
「ザフィールっていうんだ。よろしくね、ザフィール君」
にっこり笑って左手を差し出されては、その手を握るしかない。ただその手はおそろしく汗をかいていたに違いない。
「じゃあ明日から、貴方の行動を見張らせてもらうから」
「え!?それは困る!」
マツブサに言われた、ミナモシティに来いという命令。誰かに見られていたら、遂行するのも出来ない。それにこの活動は家族も知らない秘密事項なのに。
「なんで?潔白なら構わないでしょ?それとも知られたくない秘密でもあるわけ?」
「い、いやありません。でも、俺は、その、ポケモンの調査しなきゃいけなくて、だからついて来られるとポケモン逃げたりしちゃってちょっと無理かなーって思うんですよはい」
にらまれる。蛇ににらまれたカエルのごとく動けなかった。
「いや、その・・・」
「わかった、その調査手伝ってあげるわよ。これでいいわよね?」
「い、いえ、文句ありません・・・」
「そう、よろしくね。それと私はガーネット。少しでも不穏な動きをみせたら始末するから」
男以上の力を持っていて、なおかつにっこりと笑顔を向けられたら、誰でもイエスとしか言えない。ザフィールも例外なく解りましたと答えていた。

 もう走る元気もなかった。連絡先もあれこれ聞かれ、オダマキ博士の息子なんだというところまで握られ、やっと帰宅したのは、昨日と同じくらい遅い時間。空腹は限界を訴え、喉もカラカラ。締め付けられた首はまだ違和感が残ってる。
「ただいま」
元気なく家に入ると、珍しく父親のオダマキ博士がいた。いつもなら寝てるかパソコンで論文を作ってるのに。
「おかえりザフィール、どうしたんだ?」
「いや、その・・・・」
「そういえば、今日引っ越してきたガーネットちゃんがお前のこと探してたぞ、会ったのか?」
もう一度、とザフィールは言った。
 今日は引っ越して来るといってた。そして自分と同じくらいの女の子ともいってた。そして名前はガーネット。
 信じられない。小さな頃とはいえ、泣かしてしまったのだから、もっとか弱い女の子だとばかり思っていた。目の前に焼きたてのグラタンが出て来ても、ザフィールはしばらく動けない。
「会った、すごい力もってて・・・」
「ああ、確か特性だな、たまにいるんだよ、人間でもポケモンの特性持っちゃうのが。お前だってその逃げ足、尋常じゃないと思ってたら特性だっただろ」
誰かの論文の中にそんな実験結果があったような気がした。早起きが得意な人、晴れると生き生きする人、反対に雨だと生き生きする人。そのような特性を持った人間がいるという。その中でもあの力は「ちからもち」だろう。並の人間では勝てる代物ではない。
「そうなんだ・・・あ、それとさ、俺ポケモンの調査手伝うよ!」
「いきなりどうした?嫌がってたのに」
「いや、なんか俺も少し手伝わないとなーって思って」
「そうか、それならば」
モンスターボールが机の上に置かれる。机の下に出してみれば、緑色のトカゲ、キモリがいた。
「お前の逃げ足についてこれるのはこいつくらいなものだ。大切にしろよ」
「わかった。立派に育てるよ」
キモリをボールに収める。焦げたチーズの匂いにつられ、ようやく左手にフォークを持った。
「いただきます!」
期待していた通りの味に、ザフィールは嬉しくて食べる速度が上がる。この時だけは、今日の出来事を全て忘れ去ることができる時間。おいしい料理は癒しだ、とつぶやいた。


「いいのかなあ」
段ボールだらけの部屋で、窓から星空を見ていた。あちこちに雲が出ている。前に住んでいたところよりも星の数が多い。膝に抱かれているミズゴロウは喉を鳴らしてガーネットに甘えていた。
「ねえどう思う?私はザフィールが犯人だと思うけど」
ミズゴロウは首を傾げる。言葉が解るとは思わないが、ガーネットは聞いて欲しくて続けた。
「でもね、何か違う気がするんだよ。違和感というか。でも世の中、あそこまで似てる人っていないから、やっぱりザフィールなのかなあ」
時計をみればもう寝る時間だ。明日から追跡しなければならない。ガーネットは電気を消して眠りについた。


  [No.479] 2、ファーストアタック 投稿者:キトラ   投稿日:2011/05/29(Sun) 02:20:13   82clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 寝坊した。そう気付いたのは時計の針が9時をまわっていたから。飛び起きると自分の服を探す。けれど引っ越したばかりでろくに荷物も開けられない中、そうそう見つかるわけもなく、2個目の段ボールを開けた時に目に入った服を引っぱりだす。昔に来ていた赤い襟のついたサイクリング用のシャツに、下は白いスカート。その丈も短いというので、下にスパッツはいてた気がする。そして靴下を履くと、急いで玄関まで走っていった。
「お姉ちゃん!」
ドタバタに目を覚ましたのか、妹のくれないが赤い布を手に走ってくる。急いで自分の靴を下駄箱から探す。忙しくているため、背中を向けたまま生返事。適当にされてるのが解るのか、後ろから近づいてガーネットの頭に布をかける。
「ぼうしがわり!おそといくならしていかなきゃ!」
よく近所の森を探索するときにしていた赤いバンダナ。慣れた手つきでしばる。そしてその手に渡すようにして外用の手袋を一組。
「だんボールあけたらでてきたよ、おねえちゃんのぶん」
「ありがとう。準備がいいのねくれない」
頭をなでる。嬉しそうに笑顔で。
「あら、ガーネットでかけるの?」
すでに飛び出る用意をした後で、母親が布に包まれた箱を持っていた。
「お父さんお弁当忘れちゃったみたいなのよ。ちょっと出かけるならついでに届けてくれる?」
「うわ・・・うん、仕方ない行く」
お弁当を受け取る。いつもなら忘れることがあまりないけど、昨日の引っ越しが疲れていたのか。とりあえずすでに日は高く、追い掛けるには遅すぎる。玄関のドアが壊れる勢いで飛び出した。

 
 そのままザフィールを訪ねるも、予想通りだった。出かけた後だという。しかも長いこと帰らないで、遠くまで行くと言っていたと。適当な返事をして、いてもたってもられず、勘の働くまま走り出す。ミシロタウンを出て道路の先の先の。今から全力で走れば間に合うはず。持ってきたモンスターボール、そのうちの一個、シルクを呼び出す。本気で走れば勝てるものはそうそうない。
「ずっと走って!」
素直に従う。ポニータの足は加速していく。初めて見る木や草が、炎の風の通過により騒がしくなる。

 101番道路をずっと走る。やがて小さな町が見えた。ミシロと同じような田舎町、コトキタウン。疲れたと言うようにシルクの足が止まる。ここまで全力で走ったことをほめ、モンスターボールに戻す。まだ子供だ、少し走らせすぎたかもしれない。少し休ませてやろう。小さくても力があるミズゴロウもいる。
 コトキタウンに住む人たちにそれとなく行方を聞くと、ポケモンセンターに寄って、それからフレンドリィショップで物を買っていたところまでは判明した。ポニータの足でも追いつかないほど距離があるのか。コトキタウンの先には二つ道があり、どちらも野生のポケモンの宝庫だというから、どちらに行ったか皆目検討もつかない。
「どっちだと思う?」
ミズゴロウは地面の匂いを嗅いだと思うと、そこらの壁に前足をこすりつける。気ままに振る舞うミズゴロウ。言葉が通じないし、相談するのも違うけれど聞かずにはいられない。
「犯人は北に逃げるっていうから、北かなあ?」
それはカントーでの犯罪者の心理であるが、この時のガーネットには真偽はどうでもよかった。ただ何となくの手がかりが欲しい。それに、お昼までには父親のいるトウカシティまで行かなければならない。ポケモンセンターでもらった地図を見つめて、いつまでにコトキタウンを出ればいいのか考える。
「まずは行動!行くか!」
いつの間にか歩き出した主人を追うようにミズゴロウが歩く。103番道路への道を行く。


 ポケモントレーナーの姿すら見えない。そういうところにはポケモンたちが多く生息するようで、ミズゴロウは野生のポケモンと出会う度に体ごとぶつかっていく。反撃も食らうことだってある。
 特に黒い犬、ポチエナは噛み付いてきた。ポチエナの牙で、ミズゴロウの青い体がところどころ赤い筋が増えていく。追い払った後に傷薬を塗ってやると、喜んで飛びついた。
 するとミズゴロウめがけて一羽の鳥、キャモメが飛び出す。木の枝の間から飛んで来た。かまえるより早く、その後に続く木が折れる音、そしてさらに何かが落ちてくる音がした。それから逃げていたのか、キャモメはそのまま大空へ消えていく。地面には葉っぱが舞い、それにまぎれるようにして着地に失敗したらしい人間。思わず近寄る。
「なんで落ちてんの?」
ガーネットが思わず口走った言葉。白い髪の男の子、そしてその顔。探していたザフィールがなぜか木から落ちてきた。外の活動がしやすそうな首まである赤と黒の上着と、黒いズボン。とても動きやすそうだけど、腰から落ちたようで、とても痛そうにしている。
「いや、その・・・あのキャモメが木の上に止まっててさ、取ろうって思ったら逃げられただけなんだけど、なんでお前いるんだよ!」
見上げてきたザフィールの表情は、とてつもなく驚いていた。そして逃げられないと思ったのかため息をつく。そして立ち上がった。
「ってかお前がそこにきたからキャモメがいきなり逃げたんだ。まじで調査ジャマするつもり?」
「はぁ?誰もジャマしてないし、大体からあのキャモメはうちのミズゴロウ狙ってきたし。言いがかりも大概にしなさいよ」
にらみ合い。どうみてもザフィールはガーネットを引きはがしたいとしか思えないし、ガーネットもそれに対抗するかのごとく反論する。そのうち、ザフィールの方からモンスターボールを突き出す。
「もう我慢ならん、勝負して勝ったらついてくんなよ!」
「わかった、じゃあ負けるわけにはいかないのよ」
ザフィールが投げたボールから出てくるのは小さな緑色のトカゲ、キモリ。主人と同じようにすばしっこそうな動きをしている。それを受け止めるのはミズゴロウ。
「いけ!にらみつけろ」
「ミズゴロウ攻撃!」
キモリの方が速い。鋭い眼光がミズゴロウを捕らえ、一瞬体が震える。ひるむことなくミズゴロウはキモリにぶつかっていく。細い体にはミズゴロウの重い体当たりは堪えた様子。攻撃をくらい、一歩後ろに下がる。
「大丈夫か?でもお前のが速い、いけキーチ、はたけ!」
速かった。キモリが跳んだと思えばミズゴロウの頬を思いっきりひっぱたく。低い声でミズゴロウがうなった。
「どろかけ!」
ガーネットの声に反応し、前足を強く地面に押し付けた。泥というより土がキモリの顔めがけて飛ぶ。ダメージはそんなに無いようだが、何より目に入った土を出そうとして、攻撃どころではなさそう。
「ミズゴロウ体当たり!」
「させるか、もう一度はたけ!」
もう一度。キモリがミズゴロウの頭のヒレを叩く。気にもとめない勢いで、ミズゴロウの体がキモリの下あごに突っ込んだ。キモリの目から星がでた。そのまま仰向けに倒れて起き上がる気配がない。
「よし、約束よ、あんたに・・・」
ミズゴロウはガーネットの元に喜んでやってくる。ほめてと言いたげに。
「誰も俺が勝ったら、なんて言ってないだろ」
「は?」
「だから、俺が勝ったら、なんて言ってないだろ。どちらにしろ、この勝負関係なくついてくるんじゃねえ!」
あまりのトンチに開いた口が塞がらない。見ている間に、じゃ、とだけ言うとザフィールはものすごい勢いで逃げ出した。追わなければと気がついた時にはすでに彼の姿はない。
「やられた!あの男、ゆるすまじ!」
時計を見ればもう出発しなければお昼にトウカシティにつくことができない。ミズゴロウをボールにしまうと、ミシロからコトキよりも距離がある道路、102番道路へと走り出す。そのためには一度コトキタウンに帰らなければならない。


 102番道路のトレーナーたちと戦ううちに、慣れたのかミズゴロウは楽しそう。シルクはまだ炎の扱いが上手くないために、ほとんど肉弾戦が多かった。それでもやっと火の粉程度なら扱えるようになってきた。堅い蹄の攻撃の方が効率は良さそうだが、炎が扱えることが嬉しいようで、目の前にポケモンがいなくても火の粉を飛ばしている。たまに草に燃え移ってしまうが、素早くミズゴロウが泥をかけて消火している。体はミズゴロウの方が小さいけれど、お兄さんのように見張ってる。
「そこのトレーナー!勝負しようぜ!」
遠くから声がする。受けて立つとミズゴロウが前に出たら、シルクがさらに前に出る。思わずガーネットはミズゴロウをボールに戻した。

 正午5分前。トウカシティの端に到着する。人通りが多く、野生化した元手持ちポケモンだったようなものが道路にウロウロしている。野生のエネコが目の前を通り過ぎ、その先にはエネコロロがいる。ジグザグマの親子が群れているし、タネボーが街路樹にぶら下がっている。
 看板を見て、ジムへ向かう。大きな通りの真ん中に、大きく構えた建物。トウカジムの看板に引かれて中に入っていく。初めて入るポケモンジム。そして父親の職場。どういう雰囲気なのかも解らずとりあえず入っていく。
 ジムの受付にはおじさんがいて、挑戦するのかと聞かれた。今はそこではない。名前とお弁当を届けに来たと伝えると、父親が数分後に出てきた。汗かいてるところを見ると、またポケモン相手に格闘していたと思われる。
「おお、ガーネットお弁当とどけてくれたんだな、ありがとう。一人で来たのか?」
「うん、シルクもいるし、昨日オダマキ博士からミズゴロウもらったし」
包みを届ける。また当初の目的である、ザフィールを追い掛けなければならない。
「それとさあ、オダマキ博士の子供のザフィールっていう男の子来なかった?」
「ああ、ザフィール君かい?来てないなあ。そういえばあの子は」
話が長くなりそうだった。これからしばらく家を開けることを父親にも伝えると、すぐにジムから出て行く。入れ違いになるように人影にぶつかる。軽く肩がぶつかり、大して力を入れていないのにその影は後ろによろけた。
「すみません」
ガーネットより少し小さい男の子。緑色の髪が揺れる。あまり体調が良くないのか、肌が白い。ガーネットの横を通り、センリにまっすぐ向かっていく。
「あの、センリさん、ですか?」
「そうだが、君は?」
「僕はミツルといいます。明日、引っ越すことになって、それでポケモンと一緒にいきたいんだけど、僕は捕まえたこともなくて、どうしたらいいか・・・」
病弱そうな少年。ポケモンなんて連れて大丈夫なのだろうか。他人事ながら心配そうに見ていると、センリと目があった。思わず避けるが、後の祭り。
「ガーネット、ちょうどいい、この子のポケモンを捕獲するのを手伝ってあげて」
ほら昼休みだし、と笑顔で言っている。これから休憩時間だからと二人を追い出すように手を振っている。忙しいとかそういう文句を受け付けないのだ、父親は。昔から全部自分の都合で動いているようなもの。
「わかった、行くよ」
強い言い方に圧されたのか、ミツルは黙って歩く。その一歩がとてもゆっくりで、さらに強く言ってしまいそうだ。


 外に出ると、その辺に持ち主不明のポケモンはいるけれど、みんな姿を見せただけで逃げてしまう。草むらにいるポケモンを探した方が飛び出してくれるかもと提案する。移動するにもゆっくりと歩くので、なんだか見ていて苛ついてくるのが解る。一度深呼吸し、後ろを歩くミツルを振り返った。
「大丈夫?」
「はい、すみません、僕に付き合ってもらって・・・」
細い腕、そして足。押せば簡単に折れてしまいそう。あいつとは随分違う。そう思うと、そればかりに気がいって、早く終わらないかと自然に態度にでてしまう。
「あの、ガーネットさんは、センリさんの娘さんなんですよね?」
「え、そうだけど?」
「だから、ポケモントレーナーになろうって思ったんですか?」
「お父さんは関係ないよ、親友の代わりに」
「そうなんですか、強いですねガーネットさん」
何が言いたいのか解らない。先ほどの苛つきもあって、それ以上返事はしなかった。黙って102番道路にある草むらに入った。
「ここにいるんですね!」
「いるよ」
「あの、ちょっと捕まえ方見せてもらってもいいですか?」
ここでガーネットは気付く。空のモンスターボールも持っている。野生のポケモンも戦った。トレーナーとも戦った。けれども、ポケモンを捕獲したことは一度もない。というよりミズゴロウやシルクを育てることに気が行ってて気にしたことがなかった。つまり、見せるもなにも、やったことがないのである。
 ミツルを見れば、期待をこめた目で見ている。ここはやるしかない。成功するかどうかも解らないけれど、ガーネットは草むらに一歩踏み出した。かき分けていくと、その音に興味を持ったジグザグマがジグザグ走りながらやってくる。同じような体格のミズゴロウを呼び出す。
「どろかけ!」
顔に泥をかけられて一瞬ジグザグマはひるんだ。そしてミズゴロウに向かってぶつかってくる。ジグザグの動きがミズゴロウには読めない。直線的な動き以外が予想できないのだ。
「よし、もう1回どろかけ!」
ジグザグマはのんきにしっぽなんか振っている。それが攻撃技だと知るのは、ミズゴロウのやる気が少し抜けたように感じた後。
 向こうも焦ってるような気がする。左手に空のモンスターボールを持った。それをミズゴロウとの距離を計ってるジグザグマに投げつける。体が吸い込まれ、抵抗するようにボールが動き回る。やがてその振れは小さくなり、完全に止まる。かちりというロックした音が聞こえた。
「すごい!ジグザグマだ!」
草むらの外からミツルが嬉しそうに見ている。頬が紅潮して、少しは健康に見えた。
「いや、そうでもないけど・・・」
ボールを拾い上げ、ミズゴロウを戻す。ジグザグマのボールを見て、ミツルは珍しそうに覗き込んだ。
「そういえば、この子に名前つけないんですか?ミズゴロウもそのままなんですか?」
「特に考えてないな」
「じゃあ僕が考えていいですか?」
ジグザグマのボールを見てミツルは目を輝かせた。それをみてダメとは言えない。
「この子はしょうきちがいいです!」
「しょうきち?」
「だいきちだと、あたりよすぎてもう上はないけれど、しょうきちなら上も下もあるから」
嬉しいのかしょうきちはボールから出てミツルにじゃれていた。そしてガーネットの足元によってきて体をこすりつける。
「ミズゴロウはどうするんですか?」
「え?」
「この子、結構強いですよね。それに進化するととても大きくなる種族じゃなかったでしたっけ?」
「さあ?進化後を知らないから解らないけれど、強いなら」
ミズゴロウを持ち上げる。こののほほんとした顔が後に強くなるなんて想像がつかない。ときたま犬のように吠えたりするし、青い色をしていることから、ガーネットにある名前が浮かぶ。
「シリウス。青い色の一番明るい星だよ」
シルクみたいに名前をもらったのが嬉しいのか、シリウスも一緒になってミツルと遊んでる。
「さて、次はミツルの番だけど」
「はい、僕も・・・」
何かを念じるようにして草むらに入る。一歩踏み入れた。その足音を聞き分け、草が動く。そう見えた。違う、緑色のポケモン。コケシのような、見たこともないポケモンだった。
「これは?」
「ラルトスです、僕も実物は初めて・・・」
ふわっとミツルの体が浮き上がる。ねんりきだった。地面に叩き付けられる寸前、ガーネットが彼の体を受け止めた。
「大丈夫?なんかすごい凶暴・・・」
「大丈夫です、あのラルトスもしかして・・・」
ふと野生のラルトスを見ると、肩で息をしているように見える。何かから逃げてきたのか。傷を負っているようにも見える。
「保護しないと!」
ミツルがモンスターボールを投げる。ラルトスが吸い込まれ、ボールに収まる。地面に落ちて激しく抵抗していた。その抵抗もやがておさまり、ボールは停止した。
「やった、ポケモン・・・」
ミツルは身をかがめる。顔が青白い。呼吸をするたびに笛を吹くようなぴゅーという音が出る。とても苦しそうな顔をしていた。
「え?どうしたの?」
「喘息、です、早く家に帰らないと・・・」
シルクのボールを出す。ポニータの足ならば素早くトウカシティまで帰ることができるはず。乗せようとミツルの体に触れた。
「大丈夫ですか?」
通りがかった女の人が声をかけてくれた。トレーナーらしいのだが、ミツルを見て少し驚いたような顔をしていた。そしてミツルの手を握る。
「大丈夫ですよ、もう治ります、苦しいのは取れてすっきりしますよ」
背中をさする。その動きに合わせるかのようにミツルの呼吸が少しずつ少しずつ元に戻ってきたのだ。
「もう元通りです、ラルトスのシンクロには気をつけてくださいね。傷をおって、それをシンクロにして飛ばしてる。頭のいいラルトスです」
では、と女の人は立ち上がると去っていった。鞄につけた小さなスズが美しい音色を奏でていた。


  [No.483] 3、マグマ団の仕事 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/01(Wed) 01:22:50   78clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「間に合った!」
トウカの森の集合場所に、ギリギリで滑り込む。そもそもマグマ団の制服を仕事時は着用、他は私服でなければならないというルールのせいで遅れかけた。人目をしのんで着替えるのも一苦労。ザフィールは白い髪を全て覆い隠すようにフードをかぶる。顔を影にし、皆同じに見える服装。冬はいいのだけど、夏は結構きつい。
「珍しいな、お前が一番最後だ」
「いやちょっと変な女にからまれてて」
名前までは出さないけど、ガーネットのことをマグマ団のメンバーに話す。人のことを犯罪者呼ばわり、そして犯人をあげろと迫ってくる怪力女。マグマ団たちに哀れみの表情が浮かぶ。
「お前、マグマ団ってバレてるわけじゃないよな?」
「いやそりゃないと思う。まずバレてたらその場で死んでた気がするし。本当、エントリーコールまで探られなくて良かった」
「そうか、それならいい。さて今日の仕事だが、デボンの社員がここを通る。それをアクア団が狙っている。それを守るんだ」
マグマ団ともう一つ。目的を違え、何度も対立してきたアクア団。それこそ水と油のごとく。陸上に生きる生き物たちへ、大地を広げようとしているマグマ団と、全ての生命の源の大海を広げようとしているアクア団。対立はいつからか過激なものとなり、地域住民からは煙たがられ、犯罪者として名前が通ってしまうほど。それでもザフィールはマグマ団に好んでそこにいる。リーダーのマツブサの思想に共感し、全面的に服従している。そのためには何だってやってきた。それこそ犯罪すれすれどころか、警察の御用になってもおかしくないことも。それでも役に立てることが嬉しくて、マツブサに従っている。それに、年齢が年齢なだけに、息子のようにかわいがってくれる。ザフィールにとって第二の父だ。
 森の木の影に隠れ、アクア団が現れるのを待つ。息を殺し、森と同化する。目の前をジグザグマが不審な目をして去って行く。落としたオレンの実をスバメがつついている。そしてこちらを見て、取るなとでも言うように威嚇している。
「あっちいけ、何もしないから」
ザフィールが体を動かして追い払うけど、スバメは彼のまわりを飛び回る。鳴きながら。まわりのマグマ団が何とかしろという合図を送っている。ザフィールはポケットに入れた空のモンスターボールを投げた。あんなにやかましかったスバメはボールに吸い込まれ、大人しくなっていった。そのボールを拾い上げ、ベルトのボールホルダーにかける。
「ねえねえ、君、キノココって知ってる?おじさん大好きなんだよね」
あれがデボンの社員。ものすごい運動不足の弱そうなおじさんだ、とザフィールは心の中だけで言った。しかも誰に話しかけてると思えば。ザフィールは再び木の影に隠れた。なぜあいつがいる。なぜ追いついた。心拍数が上がる。力じゃ絶対敵わない、ガーネットだ。


 お昼ご飯は父親におごってもらった。ジムのトレーナーも一緒にラーメン屋。父親と昼食となるとラーメンか牛丼の二択。ホウエンの出身だという父親は、トウカのラーメン事情に詳しい詳しい。どこがまずいだのどこが上手いだの。さらに店主がかわった、チェーン店になった、弟子が誰やめた、と情報の種類は多岐に渡る。仕事を求めてジョウトに行っても、そこのラーメン事情だけは詳しかった。そしてそれにくわえてお弁当も食べていたのだから、どれだけ食べるんだとトレーナーが口々にいっていた。
 すでに14時。お昼前に別れたミツルも家に帰っていったし、最初に会った時より健康そうに見えた。ラルトスと出会えたのが良かったのか、それとも違う何かか。最後に名前をつけて欲しいと言われ、ジグザグマのしょうきちと並んでいる姿が、麦の穂を持った人に見えた。それでスピカとつけて別れたのである。
 そのしょうきちは地面の匂いを嗅いで何かを探しているようだった。たまに姿が見えないな、と思ったら良い傷薬を拾ってきたりしている。誰かが落としたものだろう。ありがたくいただいておこう。そうやってトウカより西に歩いて行く。白い髪の男の子の目撃情報を辿り、こちらに慌てて走っていったとの情報があった。
「そろそろおやつにしようか」
ポケモンたちは賛成とでも言うようにボールから出て鳴いた。そしてガーネットはそのまま目の前の大きな森に入って行く。
「こういう森には、天然のおやつがいっぱいあるんだよ」
お菓子のようなものを期待していた面々は、ガーネットの行動には恐れ入る。実をつけた木に登る。その慣れた登り方は、毎日遊んでいたとしか思えないほど。唯一木に登れるしょうきちが、ジグザグと歩きながら登ってくる。シルクは木を見上げ、シリウスはそこに座っているだけ。
「ほらあった、これがチーゴの実・・・」
たわわに実ったチーゴの実をちぎっては下にいるシルクに投げる。下に落ちたチーゴの実を2匹は拾って食べ、しょうきちは直接チーゴの実を食べている。そしてガーネットも苦みのあるチーゴの実をもいだ。そして口をつける瞬間、何者かがすごい勢いで奪っていったのである。その方向を見ると、木の枝に器用にぶら下がっているキノコのポケモン。見せつけるようにチーゴの実を食べている。
「あのポケモン・・・ただじゃおかない」
食い物の恨みは恐ろしい。誰であろうと例外は無い。ガーネットはしょうきちに命ずる。体当たり。命令通り、しょうきちは枝と枝の間を跳んだ。そしてキノコにかぶりついたのである。思わず身をよじって暴れるキノコ。頭から粉のようなものを振りまく。特性の胞子。触れた相手を状態異常にするものだ。しょうきちも胞子を吸い込み、体がしびれた様子。力なくキノココから外れ、落ちて行く。その下は堅い岩。しびれているから、着地も出来ない。
 かつん、と堅いものが当たる音がする。シルクの蹄が岩の上に乗り、しょうきちを体で受け止める。落ちたしょうきちはしびれているだけで、怪我はない。
「ナイス、シルク!」
木の上から声をかける。しかしシルクばかり見てるわけにはいかない。ガーネットは枝の上に立つと、空のモンスターボールを手に取った。
「後で見てらっしゃい、食いしん坊め!」
力強く投げられたボール。キノコが吸い込まれ、ボールごと落下する。揺れてるか揺れてないかも解らない。ガーネットは幹を伝って降りた。その頃にはすでに動かないボールがそこにある。中身もしっかり入っているボール。
「そうだな、お前には巨人っぽくリゲルにしよう」
よく食べるし。自分のポケモンに食い物の恨みをしつこくぶつけているガーネットは結構食べることが好き。今回はチーゴの実だったからまだ良かったのかもしれない。これがヒメリの実かロメの実だったらどうなっていたか解らない。
 森はまだまだ続く。微動だにしないナマケロを踏んでしまったが、悲鳴ひとつあげず、そこにいた。死んでるのかとおもったが、瞬きをしていたから生きてると思っておく。そういえば父親の使ってるポケモンもこんなんだった。ご飯のときすら動かない。どうやって餌をあげてるのか解らないけど、父親はかわいがっていた。
「ねえねえ!」
突然目の前に現れる人。しかも中年のおじさん。思わずガーネットは構える。知らない人には関わっていけないと教えられてきたし。
「君、キノココって知ってる?おじさん大好きなのよね」
「え、ちょっと、あの!」
「わぁ、かわいい、キノココ!」
腰につけていたキノコのボールに手を伸ばされ、一瞬手をはたき落としてやろうかと構える。他のところも触ってきたら迷わず吹っ飛ばす。というより離れてくれないかな。キノココがかわいいかわいいしたいのか、触りたくて近づいてきた変態なのか解りゃしない。
「そこの色ぼけじじい!いい加減にしやがれ!」
静寂な森を吹き飛ばす大声。スバメと呼ばれる青い鳥ポケモンが何匹も飛び去って行った。青いバンダナを巻いた、海賊のような風貌の男。
「わわっ!」
おじさんがガーネットの後ろに隠れる。思わずおじさんを目で追うけれど、ガーネットの後ろで海賊を見ている。
「ちょっとおじさん、いくらなんでもそりゃないでしょ!」
「おいねえちゃん、大人しくそのじいさん差し出しなよ」
その通りだ。こんな怖いやつに関わったらろくなことがない。その通りだ。こんなやつに関わったらろくなことがない。けれどガーネットは従わなかった。シリウス、と名前を呼ぶとミズゴロウのボールを出す。
「渡さないわ。それよりあんたを・・・」
「その書類は渡さないぜ!」
マグマ団を囲うよう青いバンダナを巻いた海賊が現れる。それを合図に一斉に増えるマグマ団。一体何がどうなっているのか。ガーネットはいまいち状況を読み込むことができない。一斉にトウカの森は赤と青の2色で染められる。
「来たなアクア団!我々マグマ団のジャマをするとは!」
二つの集団はにらみ合う。エロいおっさんであるが、一応安全そうな所へと誘導する。森の中であんなポケモン同士のドンパチが始まってしまえば、巻き込まれるのは必然。シルクに乗って、一気に森を駆け抜けた。


 今、どうなっているんだろう。ここから抜けてカナズミシティの伝令に行けと言われ、ザフィールは一人104番道路を走っていた。この足ならきっとあと数十分。デボン社の高いビルが見えている。大きく広がる池からハスボーが顔を出す。ものすごいスピードで疾走している人間を面白そうに見ていた。
「ってか、この服目立つんだよな、人通りいないと」
保護色のようなもので、数人でいるから解らないようなものなのに。赤いフードは前からの風で脱げ、白い髪が揺れる。デボン社に張っている仲間に知らせるために走る。トウカの森にアクア団がいたと。


 森を抜ける。誰も追ってきていない。大きな池が広がり、渡る風が心地よい。ただ後ろにいるエロおやじがいなければ。キノココのボールを触ってると見せかけて、体触ってるようにしか思えない。シルクの足が止まる。ここまでしか無理だ、と。
「ありがと、戻れ」
ボールに戻っていくシルク。一日でこんなに走ったのは始めてだ。今日はゆっくり休養させてやらないと。
「ありがと、親切なお嬢さん!君のおかげで大切な書類を奪われずに済んだよ」
後ろを向いてるガーネットの肩に手を置く。彼女の動きがいったんとまった。
「この先のカナズミシティにあるデボンっていう会社で働いてるんだ。ポケモンのこと研究したりグッズを販売してるから暇だったら来てみてよ!」
不用心なのか能天気なのか、おじさんはそのまま大きな池にかかる橋を歩いていった。鼻歌なんて歌いながら。
「はぁ……とりあえずこっちなのかな、カナズミシティ」
まだトウカの森でポケモン調査しているのか。それとももう先に行ってしまったのか。道ばたのトレーナーに聞くが、ザフィールの姿は見ていないという。けれどあの戦争の中に再び潜り込むわけにはいかない。日はすでに赤い。夕暮れの104番道路をカナズミシティに向けて歩いて行った。


  [No.486] 4、わたしのなまえ 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/02(Thu) 01:35:03   73clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 街に火が灯る。カナズミシティの街はネオンが明るく、夜でも不自由がない。結局、ザフィールは見つからない。夜のトウカの森にいるとは考えづらいし、戻ってなければここに来ているはずなのに。
 街灯に照らされたベンチに座り、一人ため息をついた。このまま知らないところに一人でいるのも心細いような気がする。けれど、今から自宅に戻ることなんて不可能。勢いで出てきてしまったことを少し後悔した。けれどもあいつを野に放っておくわけにはいかない。
 ふとガーネットは立ち上がる。目の前の人ごみの中に見たことある姿を見つけた。見失わないうちに後をつける。気付いてないようで、後ろを振り返ることもない。だんだんと人ごみから外れ、静かな通りのポケモンセンターに入って行く。チャンスだ。走り込み、ザフィールの肩に手をかけた。
「ザフィール君、さっきのトンチはどういうことかな?うん?」
しっかりと力を込めて。ザフィールは微動だにしなかった。


「おなかすいたんだよー!」
ポケモンセンターの食堂で、チーズハンバーグを前にザフィールは突っ伏した。目の前のガーネットから恐ろしいオーラが出ている。
 トンチでまいたと思ったのに追いつかれたし、なんでいるところがバレてしまうのか。それとトウカの森で、マグマ団の連中がガーネットのことを見たといっていたのにここにいるということは逃げたのか。
 けれど、そこまで思い出すと、マグマ団の言っていた「デボンの社員といちゃいちゃしてた」というのがすごい気になる。なぜ気になるのかも解らないけど、あんなおっさんと笑顔でいちゃいちゃしてるガーネットが想像できない。
「あの、ですね」
むっくり起き上がると、ガーネットを見た。
「何?」
冷たい。言い方にやわらかさなど全くない。怖いけど逃げたら蛇みたいに追ってくるし、がまんして続ける。
「104番道路におじさんといたじゃん?あれだれ?」
「ああ、なんかキノココ好きなセクハラじじい。トウカの森でさ、海賊風のおっさんと、あと・・・」
黙った。まっすぐこちらを見つめてくる。その怖いオーラそのままで。
「ザフィールはマグマ団なの?」
「えっ!?なにいきなり!?」
体の中を冷たい汗が流れる。バレたのか。確かについてきていたのに気付かなかったし、気配を消すことが出来るのかもしれない。そこを見られていたのかもしれない。血の気が引いたのが解ったのか、ガーネットは少しだけ話し方を柔らかくする。
「そんなに怖い存在なの?冷や汗かいてるよ」
ポケットからハンカチを差し出される。大丈夫、といって断る。
「そ、そう、ホウエンですごい有名で、トレーナー集団なんだけど怖いやつが多いんだ、俺も何度か・・・」
「そう、しらを切るわけ?ジョウトであんたはそのマグマ団だといって、その隣にいたでしょ?」
誘導尋問だったのか。ザフィールは胸が凍る思いしかない。
「だ、だから俺じゃ・・・」
「さて、本当にザフィール君じゃないのなら犯人探してくれるんだよね?探さないとどうなるか解ってるんだよね?」
いただきます、と食事に手をつける。ザフィールもいいのかな、と少し冷めたチーズハンバーグに手を付けた。

 なぜなんだ。なぜこうなるんだ。
 ザフィールは嘆いた。ポケモンセンターに泊まると話したら、都会であるために一部屋しか空いてないと。知り合いの人だったらまとめられてしまう。食堂で一緒にご飯を食べている姿を見られている。言い訳をしようにも出来なかった。別にしろなんていうわがままが通るくらいなら最初からそうしている。
 そして今にいたる。
 彼女が先にシャワーを使っているため、今なら逃げられるはず。しかし出来ない。なぜなら鞄を人質に取られているのだ。
「のぞいたら殺す」
と宣言までされて。けれどそこまで言われると、少し見てみたい気もしてくる。冷静に見れば良い体つきをしている方だ。しかしバレたらどうなる。殺されるでは済まないのではないか。
 4畳半より狭く、だいたい2〜3畳の畳に転がりながら考える。そして、落ち着いてくると、なぜそんなことをしてまで見なければいけないのかという結論にたどり着く。畳の上に仰向けになった。時計が目に入る。いつも見てるアニメが始まる時間だ。テレビをつけた。
 ガーネットが上がってくる頃、オープニングが始まっていた。寝間着姿の彼女が何見ているのかと寄ってくる。画面にうつった小さい女の子向けのアニメに、二の句がつなげてない。まさに大きなお友達が出来た。
「マジカル☆レボリューションっていうアニメ。この主役の珠里たんをやってるプリカちゃんっていう声優がオープニング歌ってんの。でね、人間じゃねえんだぜ。プリンだぜプリン!ポケモンがあんな流暢に声優できるんだぜ!?」
「はぁ・・・そう」
「めっちゃ声かわいいんだ。このスタールビーファイアなんて、もうアニメのオープニングなのにCD売り上げ初登場1位のまま3週間維持してたんだから!」
そこでザフィールは気付いた。自分を刺す冷たい視線に。今までとは違う、哀れむ冷たさ。ちょうどオープニングが終わり、コマーシャルに入っていた。
「ルビーかぁ」
「ま、ガーネットみたいにそんな振り回すような女じゃなくて、プリンのぽふぽふって感じの、もっとこう癒し系でぇ・・・」
「ねえしめられたい?骨を砕かれたい?お望みの死はどっち?」
言い過ぎた。だらけた姿勢から一変、平謝り。その笑顔が恐ろしいと何度思ったか。誠意が通じたのか拳は下ろしてくれたのだが、大きなお友達を哀れむような目は変わらない。
「確かに、声きれいだね」
テレビから流れるアニメを見てガーネットがぽつりと言った。
「だろ!?これでプリンとかって凄いよな。まじプリカちゃんかわいい」
「この歌いいよね。私と同じ名前なのに」
「え?どういうこと?」
特に好きでもないキャラがうつっているらしく、ザフィールはテレビから目を離してガーネットを見た。
「違うよ、私は最初、ルビーっていう名前になる予定だったらしくて。それが直前、お父さんがルビーなんか絶対だめ、宝石の名前つけるなら他の赤いやつにしろっていうからこの名前になったんだ」
「へー、今の名前で良かったんじゃないの?清楚でかわいいプリカちゃんの声で歌うタイトルと違って、お前の性格じゃぁねえ」
一言多いのだ。ガーネットの手が、軽くザフィールの首を絞めていた。

 風呂場の鏡で見れば、首がうっすらと赤い。青くないだけマシか。暴れるザフィールを押さえつける腕力。力には自信があったのに、あっさりと覆されては良い気もしない。特性だから仕方ないけれど、ああも完封されてしまっている。絶対に直接対決だけは避けなくては。そして絶対にマグマ団とバレないようにしなければ。
「でもマグマ団と疑ってる節もあるよな」
しばらくはマグマ団の仕事が出来そうにもない。幸い、明日以降はまだ招集がかかっていない。
「ああ、本当早く諦めないかな」
いつまでついてくるつもりなのか。今日の疲れを取るように体を洗い、寝間着に着替える。
 そして部屋に戻れば、二人分の布団がすでに敷いてあった。狭い部屋だから布団が二つくっつくように。誰がやってもそれしか出来ないだろう。
 ガーネットがそのうちの一つに入って、うつぶせに寝ながらタウンマップを見ていた。
「布団ありがとう」
「ああ良いよ別に。それと無断で布団入ってきたら覚悟しな」
「誰もお前みたいな魅力ない女はおそわねえよ怪力」
小さく言った。それなのにガーネットはそのタウンマップを投げつけてくる。紙切れだからダメージらしきダメージは無いが、その目は怖かった。

 彼が次の朝日を拝めたのは慈悲によるものだったのか。あの後、散々固め技でやられ、体中が痛い。カイリキーに掴まれたのかと思ったくらい身動きが取れず、やられる一方だった。目が覚めるとすでにガーネットは行く支度まで整えている。何分前に起きたのか予想もつかない。起きたことに気付いたのか、ガーネットがこちらを向いた。
「おはよう、今日はどこ行くのかな?」
「へ?」
寝起きで声も上手くでないところに、いきなりガーネットの尋問。
「今日はどこも・・・」
「へえ、104番道路も116番道路も行かないわけ?おかしいなあ、そうやっていつまで出し抜こうとしてるのかなザフィール君」
どこへ行くか言わないと明日がなさそう。ザフィールは思いつきで、104番道路に行くと言った。


  [No.490] 5、カナシダトンネル 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/04(Sat) 01:28:03   70clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 意外な趣味なんだとザフィールは思っていた。カナズミシティ郊外のふかふかの土で、木の実栽培に励んでいるガーネットを見て。
 畑の前には土掘り係のジグザグマとポニータ、水やり係のミズゴロウ、種を植えるキノココ。さらにキモリまで加わって、楽しそうに園芸しているのを見ると、普通にトレーナーとしてやっていった方がいいんじゃないかとさえ思えてくる。
 昨日植えたクラボの芽が顔を出しているし、それを食べかけるスバメと、横やりを入れるミズゴロウ。そしてそれをたしなめるガーネットはとても楽しそう。こんなに優しいなんて思いもよらず。いつも向ける表情は怒ってるか真顔かキレてる顔。その半分でもこちらに向けてくれるなら、すこしは協力してやろうってもんなのに。
 その思念の電波を受信したのか、ガーネットが振り向いた。ポケモンたちに向けてた顔とは大違い。手に持ったシャベルを投げてくるんじゃないかというくらいに。思わずザフィールは身を硬直させた。
「なにつったってんの?」
「え?俺いなくていいわけ?」
「はぁ?そんなこといってんじゃないんだけど」
手伝わせようとしているのか、いなくなれと言われてるのか。ザフィールにはそれが解りかねる。ガーネットの性格からして前者だとは思うが、トンチの達人にそんな言葉を向けるなんて。少し痛い目を見てもらってもいいだろう。
「え、そうでしょ?俺ジャマなわけじゃん?俺もう行くわ!キーチ、スバッチ行くぞ!」
背中を向けて走り出す。が、大きなものに引っかかったみたいに体が動かない。振り向けばガーネットが鞄をがっしり掴んでる。しかも片手。逃げられない。そしてその顔は般若のようだった。


 ここのところ、ずっとそんな感じだった。監視したいのか、ただの付き人なのかよくわからない。何がしたいかよくわからないガーネットにザフィールはいらだちがたまっていた。何日もずっと一緒にいたら我慢できない。
 夜にポケモンセンターに泊まりながらも、明日こそ出し抜く決意を固めていた。そのためには早寝早起き。ポケナビを充電しようとして手に取ると、着信があったことを知らせていた。マグマ団からだ。布団の中で連絡を聞く。明日の午前にカナシダトンネルに行かなければならないと。ちょうどいい。これを機に置いていこう。
「どうしたの?」
風呂から上がったガーネットが覗き込んできた。あまりに突然で思わずポケナビの画面を伏せた。ところがポケナビそのものは見られていたのである。もちろん、それを逃すはずがない。
「ねえ、それなに?」
意外な答えに驚いた。ポケモントレーナーなのに知らない、持ってないとは。
「え?ポケナビだけど、持ってないの?」
「うん。みたことない」
仕方ないから説明してやった。デボン社というホウエンに本社がある大きな会社の製品であること、ポケモンのコンディションを見たりできて、もっとすごいのは番号を教え合うと連絡が取れるということ。そこまで説明して最後のはやってしまったとしか思えなかった。そんなことを教えて、ポケナビを持って来られて、無理矢理番号を聞かれたりしたらそれこそ!墓穴を掘るということはこういうことなのかと、布団の上にうつぶせになって顔を隠す。
「すごいんだ、ねえこれ私も持ったら番号教えてくれる?」
「・・・買ったらね」
顔をあげる。なぜかすごいガーネットは嬉しそう。今日中は無いだろう。明日、会社が始まってからだろうから、その間に逃げればいい。ザフィールの頭の中に妙案が浮かぶ。
「明日買ってくればいいんじゃない?俺その間、ちょっとキーチとスバッチ鍛える為にどっかいくから」
「え?ついて来てくれないの?」
「子供じゃないんだからさあ、一人で買い物くらい行ってくれよ」
もう一言を発しようものなら、今度こそ息の根が止められていたかもしれない。その怖いオーラに気付いたからこそ、そこで言葉を切ることが出来たようなものだ。
「・・・解った、でも俺だってポケモン育てたいから、昼頃にまた待ち合わせしよう。それでいいだろ?」
「その間に何か悪いことでもしてこない保証は無いけどね」
推理小説の主人公並みのツッコミは何とかならないものだろうか。冷静を装う。怒ってるオーラに圧倒されないように。
「いやだから俺じゃないって。だいたいお前は俺を犯人犯人言うだけで、何もしてないじゃないか!」
「そんなことないよ、ちゃんとザフィールの行動、言動、動きとか観察してまとめてあるから、そこから何か少しでも不自然な行動があればすぐにメモするようにしてるし」
「お前は警察か。もうやだこんな人を疑うだけの女なんて!」
そっぽを向いていじけてみる。こんなのが通じるような相手ではないけれど、緩和くらいできるはず。けれどガーネットにはますます妖しいという印象しか与えなかったようだった。
「で、待ち合わせはどこで?」
「それでも待ち合わせるのかよ・・・まあいいや、そうだな、お昼にサン・トウカの前で待ち合わせるんだったらいいだろ?」
「解った。そのかわり逃げたら承知しないからね」
地獄の果てまでついて来そうな勢いだ。そのまま布団にもぐってくれたのが何より幸いだろうか。明日は早い。ガーネットに気付かれないうちに起きて出て行かないと、マグマ団の制服に着替えることも出来ない。


 もちろん、起きたらすでにガーネットが起きていた。というより起こされた。時計は5時半を差している。いつも7時に起きているからと思ってこの時間なのに。空は白いけど朝日はまだ山の向こうだというのに。しかも支度はばっちり。服に着替えて、いつでも出かけられるように。
「はやくね?」
寝起きで思うように言葉が出ない。布団から起きたら、とりあえずいつもの服に着替えて、それからタイミングをみて制服を着ればいい。そう思っていた。


 異変を感じた。耳を立てて辺りを警戒する。
 朝起きて水を飲もうと起きた。不穏な足音が響く。人間の足音。思わず草むらに隠れた。後ろから他のポケモンが近づいてくる音がする。
「エネコの姉貴、人間たちのようですぜ」
蝉の幼虫のようなツチニンが耳打ちした。ここらの草むらを仕切るリーダー格のエネコ。他のポケモンたちより少し体が大きく、エネコの中でも強さは群を抜いていた。直接の部下であるツチニンは情報収集に長ける素早い虫。エネコの右腕といってもいい。
「どうやら、エネコたちを売り飛ばして金をもうけようとしてるみたいです、危ない姉貴!」
後ろから現れた大男。その男はエネコに向かってモンスターボールを投げて来た。ツチニンがかばい、丸い監獄に捕らえられる。
「ちっ、ツチニンなんかいらねえんだよ!」
何を話しているか解らないけど、大雑把な感情は解る。役に立たないと吠えている。エネコは男の足に噛み付いた。振り払おうとしてもう一つの足でエネコを蹴る。引きはがされ、エネコは草むらに転がった。
 耳にはあちこちから仲間のエネコの悲鳴が聞こえる。捕まりたくない、怖い、怖い、助けて。目の前の男も捕まえようとしている。動きを読んで、ボールを避ける。これしかない。エネコは起き上がり、身構えた。大男はボールを投げる。
「エネコで金儲けなんて、えげつないよな!」
白い髪のこれまた人間の男。子供と大人の間くらいで、赤と黒の服を来ている。大男の仲間ではないようだ。空のモンスターボールをはじき飛ばし、キモリを従えている。
「お前は、マグマ団!」
「お前らの悪事を止める時だ!」
キモリが大男に飛び掛かる。その素早さで男のポケモンも男も翻弄されている。思わぬ助っ人に、エネコは草むらの影から興味深く見ていた。


「おーい、ザフィール、なんで今日は私服なんだ?」
その数分前の話。カナズミシティ郊外の道路についた。ガーネットをデボン社に送った後で。遅刻はしないけれど、着替える暇などなく、結局時間になってしまってそのまま来たのだ。もちろん、マグマ団の中にいてとても浮いてることは自覚できる。みんなが奇妙な目で見てくる。
「まあ仕方ねえ、アクア団にデボン社から大切なものを盗んだらしい。しかもカナシダトンネル方面に逃げたという証言もある。気を抜くな、アクア団から取り返せ!」
完全に一人浮いてるなあと思った。けれど上着は赤と黒だし、色合いは似てるからいいか、と気にしないことにした。
 そしてエネコを捕獲しているアクア団を見つけた。レベルの上がったキモリのスピードには並のポケモンでは追いつけない。ポチエナをあっという間に瀕死に追い込み、アクア団は逃げていく。マグマ団の仲間に連絡し、追跡を開始する。逃がすものか。誰一人逃がしてはいけないと言われている。
 この足ならすぐに追いつける。青いバンダナをめがけ、ザフィールは走る。草むらを走ってるせいか、なんか違う音もするが、そこは気にしてなかった。後ろを振り返っても誰もいない。
 アクア団を追うと、工事現場が見えて来た。未開通のカナシダトンネル。何年も前から工事していて、未だ完成しない。理由としては、トンネル付近に生息するゴニョニョというポケモンが工事の騒音に耐えられず、大きな音を出してしまう。その音で苦情がきて、重機を使った作業が出来なくなったため、人力で掘っているためだ。
 中は工事用の明かりが灯っていて、見えないわけではない。下手に音を出すとゴニョニョが騒ぎだす。その音は近くで聞いたらしばらくは他の音が聞こえないくらいに大きい。
 ザフィールは足音を立てないように歩く。死角が多い洞窟は奇襲されてしまうこともある。壊滅的な被害を出してもおかしくない。だからこそ慎重に進めていった。
「わっ!」
ザフィールの顔にぺったりと張り付くそれ。思わず左手で振り払う。するとすぐにそれは離れ、飛んで行く。目の前を見れば、自分から去って行くキャモメと、老人の姿。
「大丈夫かい?ピーコちゃんが迷惑かけたね」
はっきりと見えないけれど、老人特有の肌、ピーコちゃんというキャモメ、そしてその身なり。ザフィールは会ったことがある。
「貴方はハギさん?」
「おや、誰かと思えばオダマキ博士の息子さんじゃないか?」
「はい、そうです。なぜここに?」
「それがアクア団のやつらに船を出せと脅されて、逃げて来たんだよ」
「解りました。カナシダトンネル前のアクア団は多分もういません。大丈夫だと思います、背後のやつ除いて」
ハギの背後にいるアクア団。追い掛けていたやつだ。ザフィールはスバメをボールから出すと、アクア団の顔面を狙わせる。さっきのキャモメが張り付いたように。
「ここから逃げてください。このアクア団は俺がなんとかしますから」
「すまんな、頼りにしすぎて」
「いえ、助け合いですよ」
足音が去って行く。アクア団は何か叫んでいたが、ザフィールがそれを阻害する。
「お前の相手は俺だよ、一般人に何してんだ」
「お前のようなガキが相手とはね、なめられたもんだ」
アクア団がボールを投げた。中からゴツゴツとしたポケモン、サイホーンが現れる。気性が荒そうだ。スバメをにらみつけている。
「つつけ!」
スバメがサイホーンめがけて飛ぶ。こつんと軽い音がした。サイホーンの角に当たるが、全くダメージは無さそう。タイプの相性が全く持って悪い。しかも体格もサイホーンのが上。踏みつけられたらひとたまりもない。アクア団が命令した。角で突けと。スバメの体より大きい角は、突くというより、鋭い角を押し付けたような攻撃だった。力なくスバメが落ちる。ザフィールはスバメを戻した。


 デボン社に行くことはためらいがあった。あのセクハラじじいの件もあったけれど、昔の知り合いがデボンで働いてるといっていたから。もしかしたら会うかもしれない。けれど連絡すると約束して別れたあの人に今更会ってどうしようというのだろう。会ったところで連絡がなかったことを責めるのか。いやその前にキヌコのことも、シルクのことも。話したいことはたくさんあるのに、何から言っていいか解らない。
 もやもやとした気分の中、デボン社に行けばあのセクハラじじいと出会ってしまったわけである。今日はリゲルを抱いて持っていたら、やっぱりキノココかわいいかわいいとなでていたので、被害はなかったけれど。
「ところで、今日はどうしたの?」
「知り合いがポケナビならここっていうから・・・」
キノココを愛でる時以上に目を輝かせたセクハラじじい。思わずガーネットは一歩退く。
「キノココ愛好家仲間として、サービスだ!助けてもらったし!」
おじさんの仕事鞄から真新しい機械が出てくる。あのポケナビの最新型。まだ発売されていないのだという。良いのかと問う前に、おじさんんはキノココをなで回している。もらっておけるものはもらっておこう。ガーネットはおじさんにそれだけ言うと、デボン社を後にする。
「ま、そんな都合良く会えるわけはないと思うけどさ」
時間は約束の30分前。そろそろ花屋のサン・トウカに行かなければならない。そこで少しまた種を買って、そしたらまた植えて収穫して。そんなことくらいしか思い浮かばない。それにそこでポケナビをいじればいい。使い方は聞けばいいのだから。
 デボン社を出てからカナズミシティを歩いていると、何かくっついてきてるような感じがするのだ。振り返っても人ごみばかりだし、何も解らないけれど。もう一度歩き出そうとすると、その正体が判明する。足元にロコンがじゃれついてきているのだ。
「わー、珍しい!エンジュシティまで行かないといなかったんだよね!」
野生かな、と期待するがそうでもないみたいだ。とするとトレーナーが近くにいるはずなのだが、見当たらない。ロコンを抱き上げる背中に何かをくっつけているのに気付く。手紙のようだが、見てもいいのかと迷う。また戻せばいいかと考え、ロコンにつけられた手紙を見た。
「誰のロコンなんだろう、とりあえずありがとう」
街中であるにも関わらず、ボールからポニータを呼び出す。このところ走るトレーニングを続けているから、少しずつ体力がついてきている。体つきも少し大きくなった。
「走れシルク!」
命令するとポニータが走り出す。そのスピードは風よりも速く。石畳に蹄の音を響かせて。


  [No.507] 6、激流 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/07(Tue) 02:40:40   64clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 キモリの攻撃がはじかれる。弱点のはずの草が全く効かない。レベル差がありすぎる。まだ間に合ってなかった。
 サイホーンの攻撃がキモリの腹に当たる。突進だった。柔らかい急所を突かれ、体ごと飛ばされた。ザフィールが上手くキャッチする。キモリはほとんど体力が残ってなさそうな顔をしている。すでにスバメは瀕死の重症だった。これ以上ポケモンがいない。キモリをボールにしまうのと同時に後ろを向いて走り出す。
 事前に確認しなかったのが不幸か。後ろには、別のアクア団がいたのである。2対1、勝ち目は無い。なるべく二人が視界に入るよう、ザフィールは立ち位置を取る。後ろは壁だ。狭いトンネルの中、二人の男に囲まれる。
「こいつがマグマ団の裏のエースとか言われてるやつか」
「間違いない、俺は一度こいつを見たことがある。こいつをやっちまえば、マグマ団の戦力は大幅に削げる」
一人の男が指の関節を鳴らした。ザフィールはため息をついた。避けるだけなら、きっとキモリ以上に動けるとは思う。
「そんな風に評判になってくれて嬉しいけどな、俺はそんなに簡単にやられねえよ」
自分に言い聞かせるようにザフィールは言った。アクア団達は少しずつ距離を縮めてくる。後ろは壁だ、逃げ場は無い。けれど攻撃の瞬間、隙が生じる。そこから逃げればいける。せめてマグマ団の応援が来るまで無事でいればいい。
 突如、ザフィールの体は右に跳ぶ。そこにいたら顔が持ってかれたのではないか。耳に残る、拳が風を切る音が物語る。そうと思えばもう一方が押さえつけようとザフィールの腕を掴もうとする。寸でのところで逃れた。アクア団たちの包囲網から外れる。
 今しか走るチャンスがない。道さえあれば勝ったも同然。地面を蹴りだし、走る。
 いきなり揺れた。地震があったかのように。立っていられずに、前に転んだ。そして目の前に見たものは、道を分けるように深く割れた地面。後ろにいるのはサイホーン。そのまま走っていたらこの地割れに飲み込まれていた。そして、完全に退路を経たれていた。
 跳ぶのも考えたが、それより先に首根っこをアクア団につかまれる。
「さてと、簡単にやられないか試してみようか」
トンネルに響く音は、年齢にふさわしいものではなかった。壁に押し付けられ、腹部に重い一撃が来る。声も出ず、息苦しい。首をじわじわと締められ、抵抗しようにも子供の力では大人に敵わない。
 そしてもう一発、今度は顔に。後ろの壁にもぶつけ、視界がぼやける。口の中を切ったようで、血の味がした。アクア団が楽しそうに笑う。反論したくても、息がまともにできない。そして反対の顔にも拳が入る。二人のアクア団が獲物をいたぶる捕食者に見えた。

 その様子をエネコは物陰から見ていた。あの時、助けてくれた人間に興味を持ち、ずっとついてきていた。大きな人間二人は、今まさにその人をいたぶって楽しんでいる。動くべきか動かないべきか。動こうとしても、足が震えて動けない。敵うわけがない、人間とあのサイホーンには。けれど、ここで出て行かなければあの人は死んでしまうかもしれない。

 大きな人間はさらに思いっきり腹部を殴りつけた。指先はほとんど動かない。助けてくれた恩があるのに、なぜそれを返せない。恩を返すのは群れのルール、それをリーダーが守らなくてどうする。
 エネコは決意したように跳ぶ。そして男の後ろ足に噛み付いた。手加減なしで。けれど男はエネコに反撃することもできずに倒れる。パンチを出したら右に出るものはいないエビワラーのような素早いパンチが男二人の頬を捕らえていた。
 男たちは殴られた方向に飛んでいった。エネコが見上げると、赤い服を着た人間が大切なものを壊されたような目で男たちを見下ろしていた。


「遅いっすねえ」
一通りのアクア団は排除した。けれどさっきからザフィールが見当たらない。カナシダトンネルにアクア団が逃げたから追うと報告を受けてからだいぶ経つ。さすがのマグマ団もざわつき始めた。
「まさかやられたとか・・・」
「いやそれはないだろ、ザフィールだぞ、簡単に捕まるわけもない」
逃げ足には定評があり、誰にも出来ないことをやってきた。それに器用なやつであるから、捕まっても逃げられるだろう。そういう評価があるからマグマ団たちも一人で追わせたのである。
「そうですね。そういえば、この前のトウカの森で、アクア団に食って掛かってた女いたじゃないっすか。あいつが入って行くのを見たんですよ」
「なぜそれを言わない!ザフィールが危ない!」
間違って一緒にボコされたらどうするんだ、とマグマ団たちはカナシダトンネルへと入って行く。


「歩ける?」
簡単な質問にも答えられないようだった。目だけで訴えてくる。息をするのも苦しそうだった。開いた口から、血が滴り落ちる。
 その赤が目の奥に染み渡るようだった。頭がふらつく。頭痛もしてくる。体が受け付けてくれない。全てを吐きそうだった。けれどここで何とかしなければ、また目の前で死んでしまう。奥歯を噛み締め、じっとザフィールを見た。
「ガーネット、なんで、来たんだ」
「なんでって、教えてくれたでしょ!ほら喋らないで」
頭のバンダナをほどくと足の傷口を押さえるようにバンダナを巻いた。口から出る血は、少し小さいハンカチを当てる。青いハンカチがすぐに赤く染まっていった。
 そしてそのままザフィールの体を支えて立ち上がる。彼の足には力が入っていなかったが、重いとも思わなかった。待機していたポニータに乗せる。落ちないように支えながら。そして地割れの前で止まる。
 この地割れくらいなら、ポニータがジャンプすれば届いてしまう。けれど、今のザフィールにシルクから落ちないようにしているのは難しいし、二人乗ってしまえばジャンプ力がなくなる。
 考えたところで、ザフィールの容態が悪くなるのは解っている。すでに口元のハンカチは色がかわってしまっていた。顔色も悪い。ポニータの足並みにそろえるように、エネコがくっついてくる。ザフィールのものなのか、ずっと心配そうに見上げている。
「大丈夫、お前の主人は助けるよ」
とは言うものの、妙案は浮かばない。ここは一か八かに賭け、跳んでもらうか。縄みたいので体を固定できればいいが、そうしたら次は自分が出られない。壁を伝うことも思いつくが、キモリでは人の体重を支えることはできないだろうし、そもそも瀕死に近い。どうしたものかと自分のボールを見る。ジグザグマとミズゴロウのボール。
「しょうきち、シリウス。壁に穴をほって通り道つくって」
2匹はすぐさま作業に取りかかる。どんどん穴が出来ていき、人が通れるくらいの大きさにしていく。任せておいて大丈夫だろう。むしろこのけが人の方が心配だ。
 流れる血から目をそらすように様子を見る。血はさっきより勢いは止まっているけれど、力が入らないのは変わらない。一応、呼吸はしているので今の所は大丈夫であるのだろうけど。
 後ろからいきなり押さえつけられる。足が宙に浮いた。太い腕、そしてその高さ。片頬が腫れているアクア団だった。目を覚まし、ガーネットを捕らえている。
「こいつにガールフレンドがいたとはな」
「残念だけど、私とザフィールはそんな関係じゃないわ」
「そうかい、じゃあこいつがいま死んでもいいんだな?」
もう一人がザフィールの体をかかえていた。そして地割れの前に持って行く。
 ガーネットはミズゴロウの名前を呼んだ。その合図にあわせ、水鉄砲がアクア団に飛び出す。突然のことでザフィールを手放した。崖から落ちないよう、ポニータとエネコがザフィールの服を噛んで引っ張っている。
 二匹の後ろからアクア団が近づくが、ポニータの後ろを取るということがどういうことかわかってなかった。反射的にポニータの後ろ足でダイヤモンドなみに堅い蹄の強烈な一撃を与えたのである。それを見てガーネットもアクア団を力任せに振り払う。痛がっているアクア団を持ち上げた。
「ちょっとジャマしないでね、だからあっちいっててほしいんだ」
ほうり投げる。アクア団はトンネルの奥へと再び姿を消した。往生際が悪いのか、もう一人のアクア団は足元にいたミズゴロウを地面に押さえつける。
「動くなよ、動いたらこのミズゴロウを」
ミズゴロウが暴れるが全く効いてない。前足で地面を掻くが、ただへこむだけ。
「よし、そのまま動くんじゃねえぞ。お前みたいなやつは持ち帰ればボスにほめられるんでね、なるべく傷つけず持って帰りたいんだ」
「私は物じゃないし、あんたたちの仲間になる気もない」
ガーネットの右足が揺れる。そこから何かが飛んで、アクア団の顔にめり込む。靴だった。走るのに最適なランニングシューズだからそんなに堅くもない。シルクの蹄より痛くないでしょ、と声をかけると、気絶しているアクア団を放って穴掘りを再開させる。ガーネットは再びザフィールの体をシルクに乗せた。


 運が悪いとはこのことで、そのすぐ後、地割れの向こうに赤いフード、黒い服の集団が見える。マグマ団だ。地割れがあるから助かったようなものの、もしなかったら今の状態では守りきれない。
「いたぞ、あの女!」
「やっぱりあの女にやられてたのか!くそっ!」
マグマ団が空を飛べるポケモンを繰り出した。ズバットだ。他にもズバットゴルバットキャモメペリッパー。あまりの数の多さに対応しきれない。
 けれどやらなければ。キノココのボールを開き、全員総出の戦い。1匹が何匹も相手しなければならない。それでも負けられない。ザフィールを下ろし、ポニータは炎のたてがみを揺らした。
 しばらくは持った。けれど体力のないものから次々に倒れて行く。キノココ、ジグザグマ、ポニータそして最後までねばったミズゴロウも今や押し負けそうだった。力のないものからボールにいれてやると、何かが飛びついてきた。戦いに気を取られ、全く気付いてなかったが、地割れに梯子をかけてマグマ団たちが渡ってきている。そして人海戦術とばかりに、ガーネットを次々に押さえつけたのである。


「みんなで乗ったら気絶するだろーが!!!」
さすがのガーネットも何人もいたらはねとばすことができずにこの有様。マグマ団たちは会議を始める。まずザフィールは病院へ連れて行くのは当たり前として、ガーネットをどうするか、である。
 マグマ団たちの足元をぬって、残った体力でガーネットに近づく。ミズゴロウが心配そうに顔を近づけた。何の反応もないガーネットを見て、悲しくなったのか大声で泣き出す。最初はうるさいな、とマグマ団も言っていたが余裕がなくなった。死んだと勘違いしたミズゴロウがさらに大きな水の固まりをマグマ団に当てる。その威力は強いもので、吹き飛ばされている。そして残ったマグマ団にも同じく水の固まりを当てた。体力がなくなると水技が強くなる特性、激流。その名前のごとく、水鉄砲が激流となり、ミズゴロウから乱射されている。そしてその水は低いところにたまり、地割れを満たすまでになる。
「やばい、あのミズゴロウやばいぞ!」
歩ける団員は逃げ出した。ミズゴロウはガーネットとザフィールの服の端をくわえると、今までよりも大きな技を呼び起こす。津波にも似た大量の水が山奥のカナシダトンネルを襲う。壁からも水が漏れだし、全ての空間が水で埋まる。その勢いで、カナシダトンネルが崩れていくニュースが、その日の一面トップに躍り出た。


  [No.509] 7、開催!ポケモンコンテスト! 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/08(Wed) 01:09:53   67clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 目を開けて入って来た光景は、白い天井と手足に巻かれているガーゼだった。少しの間ながめていると、桃色のラッキーが顔を覗き込んできた。
 ここは病院なのか。ザフィールが体を起こすと、ラッキーに止められた。まだ安静にしてろということか。どうやってここに来たのか聞きたかったが、ラッキーは赤いバンダナをきれいに折り畳んでベッドの側に置いていっただけだった。
 それを見て思い出す。ガーネットはどこにいったのかと。マグマ団の連中に手荒なことされてなければいいが。それで反撃してマグマ団を壊滅させてなければいいが。それよりも無事でトンネルを抜けたのか。そもそもここはどこなのだ。たくさんの疑問が浮かんでは消え、一つとして解決しない。
 横を向けば窓が開いてる。そこから見えるのは、新緑の美しい光景だった。ここはカナズミシティではない、きっとカナシダトンネルの向こう側。シダケタウンだろう。穏やかな風が入ってきて、ザフィールの髪をなでる。もうお昼頃だと思うのだが、あれから何日経ったのだろう。きっと何日も食べてない。だからか意識がはっきりとするにつれて空腹を感じた。

 カナシダトンネルは大騒ぎになっている。完成が長引いていた上に崩落と来た。責任者はマスコミに囲まれ、ずっと記者会見をしている。
 その原因たちはかなり離れた公園で座っていた。隣でミズゴロウのシリウスが日差しが気持ちいいのか昼寝している。ガーネットは持っていたミックスオレの缶を開ける。冷やされたそれは喉のかわきを潤した。そしてため息をつくと、横のミズゴロウを見る。
 マグマ団に突き飛ばされたところまでは覚えている。そして気付いたら全身びしょぬれ、そしてミズゴロウが服をくわえていた。隣にはザフィールがいて返事がなかった。
 なんで濡れてるのかもわからなかったが、とりあえず彼を病院につれていった。そしてそのままでは熱が出てしまいそうだったから、濡れた服を乾かした。ポケモンたちを休めたかったし、乾燥機もあるポケモンセンターに行った。
 じっとしていると、揺さぶっても返事一つしなかったザフィールを思い出しそうで、ずっとポケモンセンターをうろうろしていたのである。このままだったらどうしよう。そうはっきり思った瞬間、それを否定した。
 考えても仕方ないと、今日は外に出て来たのである。
 シダケタウン。カナズミシティとトンネルを通していた小さな町。穏やかな風と、恵まれた緑で作られている町だった。
 話す相手がいないと思考がどうも負の方向に向かってしまう。けれどミズゴロウ相手にしたってあまり変わらない。誰でもいいから話したい。来たばかりの地方で、知り合いなんていないけれど。トレーナーなら少しくらい話せるに違いない。次にポケモンセンターから出てくる人に話しかけよう。軽く考えてポケモンセンターに足を運ぶ。
「あれ、こんにちは」
話しかけてきた人物。緑色の短い髪と、足元のラルトス。トウカシティで会ったミツルだ。引っ越すと言ってたけど、シダケタウンだったとは。しかもこのタイミングで。良く聞けばポケモンコンテスト会場に行くというので、ついていくことに。
「今日はどうしたんですか?何か変ですよ」
「うん、まぁ、その、知り合いがね、ちょっと今は治療中で」
「行ってあげなくていいんですか?」
「まあ面会は午後からだし、それからでも大丈夫だから、うん」
暗い表情を読み取ったのか、ラルトスも下を向いている。ミツルはそれ以上詮索しようとはしなかった。ただ一言「回復したら僕もお見舞い行きますね」とだけ言って打ち切る。無言で歩いた。その間の話が見つからない。コンテスト会場までずっと黙りっぱなしだった。

 ポケモンコンテストは、ポケモンの魅力を最大限に引き出すものが勝つというもの。その種類は5種類に分けられ、かっこよさ、たくましさ、うつくしさ、かしこさ、かわいさとなっている。ミツルが見たいといったのはかっこよさ。ラルトスがお気に入りのようで、何度もかっこよさコンテストを見に来ているのだとか。
 チケットを手に会場に入る。多くの人が始まるのを今か今かと待っているようだった。舞台の幕はまだ上がっていない。まっすぐ見ることのできる席を取った。座ったのと同時に会場がどよめく。開演アナウンスが入り、幕が上がった。
「さぁ始まりましたポケモンコンテストノーマルランク!今回はかっこよさを競うコンテストとなります!出場されるトレーナーとポケモンの皆さんはこちら!」
会場がさらにざわめく。司会と審査員の後ろに4人のトレーナーが後ろに構えている。
「エントリーナンバー1番、ゲンキさんのぽちです!かっこよさは吠える!」
拍手がかかる。ボールからポチエナが出てきて、さらにボリュームは上がる。かっこよさをアピールするかのように立つ。
「エントリーナンバー2番、ノブヒロさんのライガンです!えーと、かっこよさはばちばち、だそうです」
ラクライだ。ボールから出た瞬間、静電気をまとってアピールしている。会場のあちこちから感嘆が聞こえる。
「エントリーナンバー3番、アキヒロさんのプンプンです!かっこよさは空手チョップ!」
少しもり下がったようだが、そんなことは気にしていないようだ。マクノシタが出て来て腕を振り回す。
「エントリーナンバー4番、ミズキさんのアーチェです!かっこよさは竜巻!」
あれ、とガーネットは思った。同じくミツルも。ラルトスを捕獲した時、ミツルが起こした喘息を沈めたあの女の人だ。
 ポケモントレーナーで、しかもカイリューを持っているとは。他のポケモンが小さいため、カイリューの大きさが目立つ。会場は盛り上がり、嬉しいのかカイリューは小さく羽ばたく。
「さあポケモンの紹介が終わりました!1次審査に入りましょう!会場のお客様によるポケモンの人気投票です!お手元の投票用紙のエントリーナンバーに丸をつけるだけ!終わったら係員が順次まわりますので入れてくださいね!では、早速始めましょう!」
会場は一瞬静かになる。どれにいれるか真剣に悩んでいるようなのだ。どれもかっこよく見える。悩みに悩み、ガーネットは一つのポケモンに入れる。ミツルは何かとても心に残ったように記入している。
「さあ!今、投票が終わりました!集計をしている間に2次審査に移りましょう!2次審査はいよいよお待ちかねのアピールタイム!ポケモンたちの技によるアピールです。では張り切ってどうぞ!レッツ!アピール!!」
司会と審査員が舞台の横に移動する。出場者たちがよく見えるようになった。そしてスタートの合図と共に、アピールが始まる。最初は緑のライオン、ラクライのライガン。思いっきり吠えた。審査員は次の順番をどうするか迷っているようだ。会場はそのかっこよさに盛り上がる。
「次の順番が解りません!これはコンテストにどうつながるのか楽しみです!」
次はコロコロとした体格のマクノシタ、プンプン。気合いパンチだった。その気合いパンチは次のアピールのための準備。一番最後に持って行くようにアピールする。
「おっとここで次のアピールはプンプンが一番最後というのは確定しました!」
黒い犬のようなポチエナのぽちは前に出ると上を向き遠吠えを始めた。その調子はばっちりで、次からのアピールが上手く行きそうだった。かっこいい遠吠えに会場は再び盛り上がる。
「あの人、何で来るのかな」
ミツルはつぶやく。すぐに会場のざわめきに消されてしまった。アーチェは大きな体で巨大な炎を作り上げる。竜の怒りだった。最後にアピールすればするほど目立つというもの。その通り、ほとんど注目もされてなかったアーチェが一気に脚光を浴びる。
「おおっと!さすがドラゴン、威力も派手さも違います!」
審査員が一度止めた。次のアピールの準備だ。次はアーチェから。竜の舞で会場を盛り上げる。かっこよさに会場は味方し、最高のアピールポイントをもらえたのである。ところが、次のライガン。スパークを放ち、驚かそうとしたのである。アピールに成功していたアーチェは思わず飛び上がってしまった。次のぽちは何事もなく体当たりでアピール。そしてプンプンもアピールして2つ目のアピールは終了する。
「ねえミツル、これって何回アピールできるの?」
「えっと、確か通算で5回できます。その間に技の組み合わせとか技の持ってるアピールポイントを稼いで、最後に1次審査と2次審査が勝っていた人が勝ちです」
3回目のアピールに移る。会場はそこそこ盛り上がっていた。プンプンは体当たりをはじめる。アーチェが竜巻を起こした。審査員は再び次の順番が狂う。ぽちはおかまい無しに遠吠えをした。会場がもりあがってきた。テンションがマックスに近い。そんなとき、ライガンはかみなりでアピール。
「おおっと、コンボを決めてきたライガン!かっこよさが引き立ちます」
2回目のアピールとコンボになっていた。そのかっこよさ、アピールのコンボ。会場のテンションは一気に突き抜ける。一瞬にして最も注目されているポケモンに変化した。
 4回目、アーチェが先頭。激しい竜の舞を踊る。調子をあげたのだ。プンプンは地球投げで驚かそうとした。アーチェは驚いて声をあげる。いい気味だ、とプンプンは思っていたようだが、次のライガンが見事に電磁波を行なったためにプンプンのアピールはマイナスに。しかもライガンのアピールがかっこよく、会場は盛り上がる。ぽちといえば、体当たりでアピールし、3回目とコンボとなり、大量の得点を稼いでいる。
「ねえ、もう最後?」
「そうですね、次で勝負が決まります。」
ぽちが吠える。会場がもりあがった。調子がよかったのでかなりの得点に。そして次のライガンは雷でアピール。その為にぽちは驚いてポイントが減ってしまった。ライガンはしてやったりという顔をしている。しかしここでアーチェが予想外の行動に出た。
「逆鱗だぁ!」
みんなのアピールをジャマしまくる技、げきりん。そのかっこよさは他と比較するまでもなかった。審査員も会場も逆鱗にテンションが上がる。上がるだけではなかった。会場が全てアーチェの味方をしたのである。一気に会場の目を引きつけたアーチェ。その後のプンプンの起死回生はがんばったのだがほぼ盛り上がらず。
「はぁい、そこまでぇ!アピールタイム終了です!みなさん素晴らしいアピールでした。おつかれさまでした!」
惜しみない拍手が送られる。その拍手に囲まれ、ポケモンたちはみな満足したような顔をしていた。ガーネットもミツルもそのかっこよさに気分はとても盛り上がっている。できれば自分の応援していたトレーナーとポケモンが優勝して欲しいが、それよりもとてもかっこいいポケモンたちを見ることが幸せだったのだ。
「さて、残るはドキドキの結果発表ですね。発表は審査員の方から行なわれます」
審査員がマイクを通し、結果を読み上げる。マイクを持った手がそのままであれば。審査員がその方向を見上げる。黒いローブを来た何かが宙に浮いてる。一斉に会場はパニックになり、非常口の方向へ押し寄せる。黒いローブのそれはポケモンたちを狙っていた。特に大きなカイリューのアーチェに。
「アーチェ、翼でうつ!」
近寄ってきたそいつを翼で叩く。思わぬ反撃に一旦身を引く。そして構えるとアーチェに向かって最大限の力を放出する。その力は圧倒的。それらの強さに怖いのかガーネットもミツルも動けない。
「やっと姿を現しましたね!」
黒いローブの放出した力を簡単に受け止め、消失させる。ステージの上に、一人の男性が乗って黒いローブの人に食ってかかろうとしている。勝機がないと解ったのか、黒いローブは帰ろうと向きを変える。そして会場にとけ込むようにして消えた。


  [No.518] 8、かっこよさとは 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/08(Wed) 22:30:59   74clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 コンテスト会場は、マスコミに囲まれていた。カナシダトンネル崩壊にくわえ、コンテスト会場に現れた謎の黒いローブ。放っておくわけがなく、入り口はあっという間に塞がれる。観客の一部はインタビューに答えていたが、ガーネットとミツルはそれに興味がなかった。むしろ目の前で全ての力をかき消した男の人。そこらのポケモンには出せないような強い力を一瞬で無にした。そのことが引っかかる。
 無言で歩いて行く。コンテスト会場から遠くなるように。ふと思い出したようにお互いの顔を見合わせた。意思疎通ができるわけでもなく、どちらかともなく口を開いた。最初は無難な会話だったが、だんだんミツルの話題が傾いてくる。
「あの人は、無事ですかね」
あの人とはコンテストに出ていた人。カイリューがとても目立っていたし、何より青と白の統一された服装は目立っていた。ミツルが気になるのも無理はない。ガーネットも妙に気になる。どうみてもコンテスト用に調整されたカイリューという感じはしないし、戦場をくぐってきたような強さが溢れていた。
 しばらく行くとミツルが駆け足で去って行く影にぶつかった。ラルトスがかばうように前に出る。その影は振り返ると、小さく謝る。さらに行ってしまいそうだったのをミツルが引き止める。コンテストに出ていた人だ。
「あっ、トウカシティの!」
驚いたようにミツルを見ていた。青いブラウスに濃い青のスカート。紺の靴は履き慣れている。白い上着は走った後でとても暑そうだった。誰かを探しているようだった。けれど走ることなくミツルに近づく。
「初めまして。私はミズキ。一応ポケモントレーナーよ」
「あ、ミツルです、よろしくおねがいします」
「ガーネットです、どうも」
ミズキの足元には炎の鼠、ヒノアラシ。早く行こうと誘うように飛び跳ねる。足にすり寄り、あまえてるようにも見える。けれどぴたりと動きをとめ、背後から来る人間に威嚇の構えを見せた。ミズキが唖然とした表情を見せる。ガーネットとミツルも驚いた。あのステージに上がってきた男、その人だ。
「ご無事でしたか、ミズキさん」
ヒノアラシは今にも噛み付きそう。コンテストの様子から知り合いだと思っていた。けれどヒノアラシを見れば一目瞭然。ヒノアラシだけじゃない。その場の人間は密かにボールを構えていた。
「妖しいものではありませんから、そうポケモンを構えなくてもよろしいでしょう」
「妖しくないのであれば、まず名を名乗りなさい」
男はミズキの命令に導かれるように話しだした。
「私はハウト。ただの興味であの黒いローブを追い掛けてます」
落ち着いた様子。悪い人には見えないけれど、信じるには材料が足りなすぎる。警戒したようなミズキの目がそういっていた。
「まあ初めましてがあんな場所では信じてもらえないのも納得です。けれど私は貴方の敵ではないと断言しておきます。私はホウエンに住んで長いですので、貴方が探している人のことも教えられると思うのですが」
「なぜそれを知ってるの!?」
「私はホウエンにかなり長いこと住んでいますから、たいていの事は解りますよ。それとガーネットさん、貴方の片割れは無事ですし」
見透かすような紅色の目。じっと見続けると意識を持って行かれそうだ。思っていることが全て筒抜けになるような感覚がする。ミツルに肩を叩かれ、ようやくガーネットは目をそらした。
「またあの黒いローブのやつは来ます。ただ本当に予想がつかないので、危なくなったら私に連絡ください。出来る限り飛んで来ますよ」
自分から連絡先を明かす。ハウトのメモを受け取るミズキの顔は困惑していた。それだけ言うと去っていくハウトを見送る。不思議さが残る出来事だった。


 ハウトが言っていた、片割れが無事ということ。もしかしたらの期待を胸に走りに走って、彼のところへと急ぐ。エレベーターも待ってられず、階段を駆け上がって。廊下を走るなというポスターに目もくれず。目当ての病室へ走り込み、閉まっているカーテン越しに声をかけてみる。息が上がって上手く声をかけられない。
 返って来たのは、間の抜けたような声。起きたのか、とカーテンを開けたら、エネコと共においしそうにプリンを食べてたザフィール。最後に見た姿とうってかわって元気そうな彼に、多少の力が抜ける。
「お、ガーネット無事だったんだ!」
「無事も何も・・・全くもう」
しかし一体いくつ食べたんだ。空が積み上がっている。訳を聞けば、空腹が耐えられないと訴えたところ、口を切ったこともあって柔らかいものなら許可が出たそうだ。それでその有様。また歩けるなら歩いて良いと言われてしまったがためにこんな大量のプリンが。ゴミ箱を覗いたらアイスの袋もある。あきれてガーネットは二の句がつなげない。
「ご飯食べれば良かったじゃない!」
「いや気付いたらさあ、お昼ご飯過ぎててさあ。夕方からならいいよっていわれたんだけど待てなくて」
今度は食べ過ぎで入院してしまえ。軽く頭を小突く。一つ食べるかと誘われ、ありがたくもらった。プリンのふたをはがした時に、思い出したようにザフィールが側の棚に手をかける。その時、袖からのぞいた手はかなり先まで包帯が巻かれている。
「これ、ありがとう。血で汚したみたいで、ラッキーが洗ってくれたらしいんだけど」
「あ、忘れてた。大丈夫、怪我した時のために赤いもんだから」
ラッキーの洗濯技術はすごい。汚れたらしいが、全く跡がない。元々、目立たないように赤い色をしているのだ。外で何かあったとき、応急処置ができるように。帽子兼救急のバンダナ。再びガーネットが頭に慣れた手つきで結ぶ。
「ワイルドだなお前・・・」
「そう?外に行くんだから当たり前じゃない?」
「そんな用意のいい人間なんていないよ」
笑ってる。一応、褒め言葉として受け取る。話してるうちに、ザフィールが10個目のプリンを完食していた。次に手をかけた時、さすがにもうやめなよ、と言葉が出た。
「プリンばっかりじゃ飽きるでしょ。明日やわらかいもの買ってきてあげるから」
「いいの?」
「仕方ないじゃない、けが人なんだし」
まだプリンが5個も見える。明日食べろと、全部冷蔵庫にしまわせる。


「はー、やっぱり足りねえよ」
その日の夕食も完食。けれど成長期の彼には足りないらしく、9時の消灯後に空腹で目が覚めた。廊下しか電気がついてない。他には誰も起きてない。トイレに行こうかと起き上がる。夜の病院は昼に聞こえない機械音が目立つ。少し長い廊下を行くと、一人の男とすれ違う。自分のことは棚にあげて随分若いなと思った。
「みつけた、負の感情・・・」
大きくなった。真っ黒な人形がザフィールに覆いかぶさる。思わず叫んだ。足は痛むが、逃げなければ殺される。そんな予感がした。人間は明るい方へと行く習性があるのだという。夜中も明るい詰め所へと駆け込んだ。
「ゆ、ゆうれい、幽霊がでたんです!!!」
それを聞いたスタッフはあきれたように言った。
「そんなものいるわけありません。ゴーストタイプのポケモンはもういませんから、安心して寝てください」
「いやちがうそういうのじゃなくて、真っ黒な人形みたいのが!!!」
「だから・・・」
ラッキーが肩を叩いた。スタッフたちにここは任せろと言ったようだった。怖がるザフィールの手をひいて、幽霊を見たという現場に行く。そこにはすでにいつもの夜の廊下だった。
「いやだからここにいたんだよ、幽霊が!」
ラッキーは歌いだす。わけのわからなくなって暴れる人を眠らせる為の技、歌う。例外なくザフィールもその音色に眠ってしまった。


 元気なのだから、怪我が治り切る前に退院できそうだった。ということはその日まではそこにいるということ。それに午前はどうしても会えないのだから、その間はシダケタウンの散歩となる。疲れて公園に座った。そういえばどうして助けてしまったのだろう。あのまま見ていれば、直接手を下さなくても死んだはず。いや目の前で人が死ぬのを見ていられなかった。それが誰であっても。
「ガーネット!」
手を振っている人。確かあれはミズキ。青と白の服装は相変わらず。
「まだいたんだ!てっきりもう違う街に行っちゃったのかとばっかり!」
「知り合いがちょっと入院しててね、それまではここにいようかと思う」
相変わらずヒノアラシがくっついて来ている。隣に座ると、ヒノアラシもミズキの膝の上に乗ってきた。
「そうなの?大変だら」
「怪我したのは私じゃないからね」
ヒノアラシがガーネットの膝の上にも乗ってくる。随分と人懐っこいポケモンだ。先日のハウトを警戒していた時とは大違い。
「そういえばミズキはコンテストたくさんやってるの?」
「あんまりやってないんだら、久しぶりにやってみようかとおもって。かっこよさコンテストって迫力あって一番好き」
「ミズキの思うかっこよさって、迫力なの?」
「そこまで言うとちょっと違うかな。かっこよさってね、普段どれくらいだるくてなまけててもね、決めるところ決める。それがかっこよさだと思うんだよ」
「どういうこと?」
「そうだねえ、私は音楽を習った時に先生に言われたのが、決めるところ決めることが出来るなら、後はみんなバラバラでもいいって言われた。確かにその通り。人間の記憶なんてね、全部残らないんだから。しかもコンテストみたいな時間の流れる舞台では、ここだというところで技を出せれば全て決まるもの」
ミズキが立ち上がる。もうそろそろ昼食の時間。一緒にどうかと誘われる。不思議な人だけど、どうも知らない人という感じがしない。言葉のイントネーションが地元に似ているからだろうか。もっとカントー寄りの音に似ている気がした。


「どうしたのそんな顔して」
甘いのが好きならモモンの実。やわらかくて評判だった。時期は多少はずしているけれど。喜ぶと思って持って行ったら、ザフィールはものすごい真剣な顔つきをしていた。真剣というよりもおびえたような顔だった。エネコが慰めるように彼の上に乗っている。
「ガーネット、俺の話信じてくれる?」
「ザフィールが犯人って白状する話なら信じてあげる」
数秒の沈黙。ザフィールが顔をそむけた。誰も信じてくれない落胆の顔で。
「・・・で?」
「信じてくれる!?」
食いつきの良さから、誰にも相手にされなかったのだろう。話してみ、とガーネットが言うと、小声で話し始める。
「実は、幽霊を見たんだ」
「病院に幽霊がいるって有名じゃん、見たことないけど」
「それが、昨日会ったんだ。大きな黒い人形で、わーっと大きくなったと思ったら、『みつけた』とかいっちゃって、俺にかぶさってくるの。怖くてスタッフさんにも言ったんだけど誰も信じてくれなくて」
「にわかに信じられないけど、どこで見たの?」
「部屋でて廊下を右にまがってしばらくいったところ」
行ってみようと誘い出す。ガーネットを前にして、おそるおそる歩いているのを見ると、やはり本当に見たのだろう。昼間は明るく、外の光が入ってくる廊下は、見舞い客や他の入院している人が行き交う。ガラガラと点滴棒を引きずった人が、若いねーとはやし立ててくる。
「ここか、夜になると出るのかもしれないね」
「しれないじゃなくて・・・」
昨日見た男。青い死んだような目でこちらを見た。そしてザフィールと目が合うと、にやりと赤い口角をあげる。
「今日は2ひき・・・負の感情・・・」
大きくなる。そして黒い幕が広がり、飲み込まれそうになる。逃げたいが、手を引いて逃げ足を出せるほど今は状態が良くない。
「行け、シルク!」
ポニータのたてがみの炎が揺れる。その熱さに一旦影は引いた。そして火の粉を命じる。室内にも関わらず、ゆらゆらと揺れる火の粉は影の本体を捉えた。熱さに身もだえる黒い影。その正体は随分と小さいもので、ザフィールはポケモンの名前をつぶやいた。
「カゲボウズ・・・」
「え?なにそれ?」
「人の恨みとか妬みとか、そういったマイナスの感情を吸い取って生きてるって言われてるポケモンだ。もしかして!」
カゲボウズは恨むようにシルクを睨みつける。頭の上に小さな黒い玉を作り出す。それはどんどん大きくなりトレーナーに向けて発射される。それはザフィールの方へ飛んで行き、彼の胸を直撃した。あまりの痛みに座り込む。全ての傷が再び主張を始めるように痛みだす。廊下に倒れそうになった時、ガーネットが体を支えた。
「火の粉で燃やせ!」
火の粉がカゲボウズの作る影に舞う。影が風で火の粉を本体に飛ばさないようにしていた。シルクは届くまでずっと火の粉を飛ばし続ける。やがて焦げ臭い匂いが廊下一帯に充満する。何が焦げているのか解った時にはカゲボウズは悲鳴をあげていた。恨みを込めて生まれた人形の体に、火がついたのだ。そして火災報知器や煙探知機が警報を鳴らす中、熱さにたまらず空いていた窓から外へ出て行く。

「シャドーボール食らったねこりゃ」
そう診察され、痛み止めを処方されただけだった。これくらいなら何も治療しなくて大丈夫と。後でもらえるとのことで、ベッドで待つ。
「さすがの病院ね、あんなゴーストポケモンがいるなんて」
「それは、病院だけのせいじゃないよ」
ザフィールは覚えてる。カゲボウズは負の感情が2匹といっていた。夜中にカゲボウズに会ってしまったのも、自分の中にある負の感情が餌だったのかもしれない。これじゃガーネットのことを言えた義理じゃない。
「ザフィール?」
「いや、なんかそう思ったんだよ」
心配そうに見てくるガーネット。大丈夫、と笑って和まそうとした。なんだかんだでいつも助けてくれる不思議な彼女を。


  [No.532] 9、海の博物館 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/14(Tue) 20:42:50   73clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 その日の午前、やっとコンテスト会場は再開した。待ちわびたトレーナーたちが今か今かと並んでいる。
 そして今日は退院する日。昼ご飯を食べた後に出ると言っていたから、それまでコンテストの観戦と、木の実をまぜて作るポロックというお菓子を作るため。コンテストに出る人は必ず作る、コンディションの調整などを行なうものだ。人が食べてもそこそこ行けるし、何より持ち運びが便利ということで、それを作りに来た。それに、作ってる時にいろんな人から情報をもらったり出来る。
 特に好きなのは空色ポロック。渋くて甘くて、柿を食べてるような感じがする。入れる木の実によっては渋い方が強かったり、甘い方が強かったり。木の実がなくなったから違うのを入れていたら酸っぱくて渋い紺色のポロックも出来た。味見をすると、あんまり食べたくない味がする。その反応を見てまわりのトレーナーが笑ったりして。そんなやりとりをしていて、すっかりトレーナーとして定着していた。


「じゃ、ありがとうございまーす」
ザフィールが荷物をまとめてスタッフに挨拶をする。後から話を聞いたら恐ろしい状態だったことを話されて驚いた。そんな状態だったのをがんばって看病してくれたスタッフに感謝の気持ちを込めて。若いスタッフが口々にポケモントレーナーらしい格好だねとほめていた。そして最後に主治医に頭を下げる。
「あれ、今日は彼女一緒じゃなくていいの?」
「へ?あいつですか?あれは彼女じゃなくて、友達です」
「へー、君が意識なかった3日間、毎日来ていて、それでいて身の回りの片付けとか全部やっていって、友達ねえ・・・」
驚いた。ものが整理されていたのもそのせいだったのか。
 それにしても話してくれればいいのに、なぜガーネットは黙っていたのだろう。あまりの恥ずかしさに語尾がぼやけながらそこを去る。
 建物を出るまでガーネットのことが頭に巡っていたが、今日は久しぶりのマグマ団の仕事がある。おそらくもう会うことはないはずだ。時間もずらして伝えてある。もし会ってしまったら、その時は突き放してでもおいていこう。



 予定より少し早めに迎えに行くと、荷物もすっかり整理されて出てきていたザフィールがいた。今にも去るところだったようで、駆け寄るとあからさまに不機嫌な顔をしていた。昨日までは確かに嫌そうな顔はしていたけれど、ここまで顔に出ていなかった。
「なんで来るんだよ」
彼の言葉の端も刺々しい。まだ何も言ってないのに姿を見かけた時からその言葉。思わずおめでとうと言いそびれる。解りやすく大げさにザフィールがため息をついた。
「だってこの前みたいに・・・」
とても冷たいザフィールの視線がガーネットを見る。それによって言葉が遮られてしまった。
「まとわりついてくるのがうぜーしジャマだっていってんだよ。んなこともわかんねえのかよ。どけ」
右手だけで乱暴に突き飛ばす。その反動で後ろに倒れた。まさかザフィールがそんなことしてくるとは思わず、避けきれなかった。すぐに起き上がればよかったけれど、何が起きたかもいまいち理解しきれずにいた。
 起き上がった時にはすでに遠くの彼方。暴言はかれた怒りと突き飛ばされた怒りと、少しだけの悲しさを爆発させ、その後を追った。


 そして今にいたり、ガーネットが怒りのオーラを振りまいて111番道路を歩いている。それは野生のポケモンはもちろん、トレーナーすら避けて通るくらいの。
 シダケタウンからどこか行くには111番道路を通らなければならない。出ていった時間からいって、すでにどこか遠くへと紛れ込んでいるかもしれない。全く宛もないが、まっすぐな111番道路をひたすら歩いていた。
 もうすぐ大きな街、キンセツシティが見えるというところまで来て、思わず足を止める。知ってる人がいる。それもかなり昔の。他人のそら似か、本人か。おそるおそるガーネットは声をかける。
「あ、あの!!」
声をかける。その人物は振り向いた。その目、その顔。知っている。ジョウトにいた時、旅をしていると出会ったその人。忘れていた感情が、今までの辛いことなんてなかったかのようにこみ上げる。
 こんなところで会えるとは思っておらず、懐かしさと連絡をくれないもどかしさ、最近のこと、どれから話していいのか。だから次の言葉が出てこなかった。次に口を開いたのはその人だった。
「ああ、久しぶりガーネットちゃん」
自分の表情が凍り付いたように感じた。前に会った時はこんなつっけんどんな言い方をする人じゃなかった。そして何より見る目が冷たい。久しぶりに会ったというのに。その笑顔が作ったような、感情のこもっていないもの。
「ダイゴさん・・・」
「覚えててくれたんだ、ありがとうね」
灰色の髪をした身長の高い男。スーツを来て、あの時より堅い印象がある。それは服装だけの問題ではない。話していても自然な表情がないのだ。彼には。
 それでも良かった。もう会えないと覚悟していたのだから。あの時から今までのことを懐かしむように話しかける。
「あの、あれからいろいろあって、話したいことが」
近寄って来た。そしてダイゴは両手を伸ばしてくる。それはガーネットに触れる手前で止まった。
「なんで君の話を聞かなければいけないんだい?」
言葉も冷たく、心を凍り付かせるには十分だった。次の言葉をつまらせ、ガーネットは口を閉じる。その笑みも言葉も、全く変わってしまったように思えた。
「僕は忙しいんだ。もうカイナシティに行かなければならない。君の相手をしてる時間はないんだよ」
足早に去る。暖かみに溢れ、優しくしてくれたダイゴとは全く違う。別人にも思えた。数少ないホウエンの知り合いだったのに、なんだか縁を根底から切断されたような、そもそもなかったことにされたような。悲しいと一言で片付けられるほど単純な気持ちではない。何が起きたのかどうしてしまったのか、ガーネットの心は混乱していた。


「よかったな、退院できて」
カイナシティの海の博物館前。現地集合、現地解散のマグマ団の集合がかかる。アクア団より早くここにあるパーツを交渉、あるいは奪うというもの。リーダーのマツブサが来るというから、ここで集合している。ところが忙しいのか集合の時間になってもまだ来ない。
 カイナシティは海が近い。嫌でも潮の香りが鼻につく。前はあんなに好きだった海。今は嫌いだ。昔を思い出すから。なるべく思い出さないように別のことを思い浮かべる。
 そうすると自然と今日のことを考えてしまう。マグマ団の集合がかかったとはいえ、逃げるように来てしまったこと。次に会うのが怖いからもう二度と会いたくない。それにシダケタウンからカイナシティまでは距離がある。それが解るはずもない。それに返すものも返した。もうないはず。
「あっ、ハンカチ……」
血に染めてしまったハンカチをすっかり忘れてた。ラッキーに聞いてもスタッフに聞いてもなかったと言っていたからすっかり忘れていた。
 なかったんじゃない、汚した上になくしてしまったのである。しかしこれに関しては諦めていただく方向にしたい。二度と会いたくないのだから。
「中々元気そうじゃないか」
頭をつかまれる。ふりむけばマグマ団のリーダー、マツブサが立っていた。その貫禄は変わらず。思わずザフィールはマツブサに飛びついた。飼い主に会えた犬のよう。しっぽこそないけれど、見えないそれが大きく振れている。
「あんまりじゃれつくな、それ着てる時は全力で目の前のことに集中するんだ。それと、退院祝いと、最近がんばってることを兼ねて、このポケモンを育ててくれ」
ポケモンを育てることを任命されること。それはものすごくマグマ団の中では重要な地位にいるということを示していた。モンスターボールを握りつぶす勢いで受け取る。普通の人間に変形させるような力は無いけれど。そして目の前でそのスイッチを開けて中身を見た。
「どうだ?かわいがってやれよ」
「これって、なに、ホエルコ・・・?」
近くの海の波間から顔を出し、ザフィールのことを見つめてる。丸い形のクジラ。水タイプのポケモンはアクア団が使ってくるイメージも相まってあまりいい気はしない。けれどあのマツブサ直々の命令だ。期待に応える以外の選択肢はない。戻れと命じる。
「そいつは、イト川というところに迷い込んだのを保護したんだ。迷うことないようちゃんと育ててやれよ」
「はーい。イトカワよろしくな」
イトカワとつけられたホエルコはボールの中で主人には聞こえない返事をした。


 マツブサの合図により、海の博物館へと入る。中は広く、海の不思議な現象を展示していた。全体的に青い光に包まれた空間は、不思議な感覚を呼んだ。心の中が穏やかになるような、懐かしいような。
 昔は窓から見えるきれいな海が大好きで、静かに待っていろといわれた時もそこで見ていた。白い波、潮風、透き通る青、時々通りかかるホエルコ、キャモメたち。
 昔を思い出しながら展示をなんとなく見ている。ふと強く引きつけるものがある。それは青い宝石だった。名前はサファイア。英名:Sapphire、独名:Saphir。その昔、カイオーガというポケモンが海の底に消える際、自分の力を封じ込めた石だと言われていると。その色は様々で、特に青くて中から光を放っているようなものはカイオーガの化身とも考えられ、高価な取引がされているという。おくりび山にある藍色の珠は特にその力が強いとされていて、ここにあるのはそのレプリカだという。
「変な模様」
レプリカにも模様が浮かぶようになっているが、その模様が見たこともないもの。いいデザインとは思えず、こんなものが神聖だとか全く思えなかった。ザフィールが率直な感想を口にして、バカにしたように笑う。
「早く来い!」
突然手を引っ張られ、2階へと連れて行かれる。随分とそれに見とれていたようだった。
 無理矢理引きずられて連れてこられたところは、マグマ団がずらっとある人物を取り囲んでいるところ。ジャンプして誰をどうしてるのか見ようとした。すると遠く見える、メガネの人物。
「クスノキ教授!?」
ザフィールは知ってる。小さい頃、一人で海を見ていたときに、寂しいだろうと構ってくれた人。父親はかまわないでいいと言っていたけど、クスノキ教授と、もうひとりササガヤ教授は暇を見つけては相手をしてくれた。どちらも父親とは全く違う分野の研究員だったのに、実の子供みたいにかわいがってくれた。特にササガヤ教授の方は同じくらいの女の子がいて、よく遊んでいたし、仲良くて。あの事件から会う回数は減ったし最近は会ってないけど、顔は忘れない。
「君は!?大きくなったな」
目が合う。クスノキはマグマ団に囲まれながらも知ってる顔をみつけて安心したのだろう。ザフィールに近寄る。そしてその服装を見て、ひどく落ち込む。仲間だとやっと解ったのだろう。諭すようにザフィールに話しかけた。
「もう、あのことは忘れなさい・・・オダマキも忘れさせようと必死だったじゃないか」
「俺は忘れない。あいつらが今でも憎い。これが一番ベストだって、マツブサさんは教えてくれた。だから俺はこうしているんだ。ジャマしないでください」
クスノキは何も言わなかった。ザフィールの真剣な目つきに、友人の子を止めることは出来ないと感じていたようだ。
 二人の間にマツブサが割って入る。威嚇するように、そしてザフィールを守るように。最初の目的のものを果たすよう、再度クスノキを問いつめる。静かに、そして厳しく言った。明け渡せ、と。しかしクスノキもそこで頷くわけがない。
 しびれを切らした団員から、早くしろという声が上がり始める。それでもクスノキは言わない。マツブサも穏便に済ませたかったようだが、ついにクスノキの胸ぐらを掴む。それでも一向に従おうとはしなかった。
 ふとクスノキの横を緑色の何かが通る。キモリの姿だった。白衣のポケットから何かをかすめていった。そんな気がした。そしてキモリは持ち主の元へと、奪ったものと共に帰って行く。銀色に輝くカギと共に。クスノキは顔色を変えた。団員たちからは良くやったとほめられる。それこそ、マグマ団の目的、潜水艇のカギだった。
「何の為に!?非合法な手段も使うと聞いたが」
「アクア団の野望を阻止するため。それだけだ。そのためには全てがマグマ団のためにある」
マツブサは解散の命令を出す。一瞬にして姿を消す術。それと共にマグマ団員たちはいなくなった。ただそこに残されたクスノキは茫然となる。
 今しがた起きたことが信じられない。そしてあの事件のことを引きずっているということも。クスノキも思い出さないわけではない。けれど太刀打ちできるものではない。武装集団になど。それに刃を向ける、あのときの子供。マツブサの甘言に乗り、マグマ団などに所属しているとは、信じられなかった。
 静かになった博物館の2階で、クスノキは2度目の来客を迎えた。肩を叩かれるまで気付かなかった。デボン社に頼んでいたものだった。何度か部品を届けてくれたダイゴという男。最近は来ていないと思っていたが、マツブサよりも冷たいオーラを漂わせていた。
 ダイゴからパーツを受け取る。潜水艇に乗せようと思っていた水圧に耐えるもの。それもなくなってしまった。落ち込み、ため息をつくクスノキに、ダイゴは冷たく言い放つ。「もう一つ作ればいいのでしょう?」と。反論しようとすれば、ダイゴはすでに背を向けていた。そして何もなかったかのように遠ざかる。


  [No.536] 10、カイナの海岸線 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/16(Thu) 18:23:32   62clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 追い掛けなければいけないのに、歩みは遅い。足が止めているかのように、動いてくれない。
 それでも行く人行く人にたずね、キンセツシティを南へと抜ける。目の前に広がるのは海沿いの道と、サイクリングロード。自転車で風を切る人たちを立ち止まり見つめて、それから再び前に歩き出す。道に生えるのはポケモンが生息していそうな草むら。海風になびき、心地よさそうに踊っている。
 その道をさらに南へ。その先にカイナシティという大きな港町があるという。そこは人の集まる大きなところだ。ならば彼もいるかもしれない。
 カイナシティへの道を歩く。時々、野生のポケモンが飛び出してきたりしていた。それをミズゴロウのシリウスが追い払う。ここに来てやけに電気タイプのポケモンが多く見られるようになってきた。水タイプのミズゴロウは苦手なはず。けれど力強く水を放したり、塩水と土が混じった泥を投げつけて攻撃する。そのおかげでだいぶミズゴロウの体力も上がってきたようだった。
 次に出て来たのは緑色の四肢動物、ラクライだった。同じようにミズゴロウが泥を投げつけた。それにひるみ、ラクライは体の電気を溜め込む。今までの電気タイプの戦い方からして、きっと次はそれを放出して攻撃してくるはず。先手必勝、ガーネットがミズゴロウの名前を呼んだのと同時に水をおもいっきりラクライに飛ばす。後方の草むらに吹き飛び、そのまま戻って来ない。
「やったね、シリウス!」
頭のヒレをなでる。こうしてもらうことが一番喜ぶ。ミズゴロウが嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らした。そして全身を水を切るように震わせると、その体を光らせる。思わず飛び退いた。何がこうなってどうなった。ポケモンって光るのか。初めて見る光景に、ガーネットは混乱状態である。光は大きくなり、その姿を変えて再びガーネットの前に姿を現す。
「え、なに、これが進化?」
幼いミズゴロウの影は無い。進化したヌマクローがそこにさらに嬉しそうに立っていた。進化すると聞いたことはあるけれど、その瞬間を見たことがなかった。驚いて声も出ない状態から、その喜びのあまりヌマクローに抱きつく。少し湿っている皮膚は変わらない。ご褒美と称して作ってきたポロックを一つ。空色ポロック、苦くて甘い味。期待する目でそれを受け取り、口にもって行く。ぐっぐっと喉の奥から声を出しながらそれを食べる。食べ終わり、とても満足そうな声で鳴いた。
「じゃあ次に行こう。あ、そうだ、そろそろ新しいポケモン捕獲してみようか?」
ヌマクローとなったシリウスは素直に頷く。次に出て来たポケモンを捕獲する。そのことに期待し、草むらをかき分ける。飛び出してくる、2匹のポケモン。赤と青のウサギ。色でしか判別がつかないほど2匹は酷似していた。ガーネットの姿を見かけると、赤い方はとっさに逃げ出す。青い方はヌマクローを見てものすごい電気をためて威嚇している。
「いけ、みずてっぽう!」
空のモンスターボールを用意して。ヌマクローの攻撃のタイミングと共にそれを投げる。


 動かなくなったモンスターボールを拾い上げる。新たな仲間。おそらく電気タイプのポケモンだ。様々な期待に満ちた目でそれを見た。名前や育て方、どう仲良くなったらいいのかなど、考えることはキリがない。
 まわりを見回し、先ほど逃げてしまった赤い方を探す。けれど既に遠くへと行ってしまったようで、目立つ黄色と赤をみつけることは出来なかった。ため息をつくと、本来の目的、カイナシティへと足を運ぶ。
 草むらが途切れたところで、古い建物が目に入る。入り口には「近日新装開店!」としか書いてない。不思議に思いつつも、そこから離れていく。幽霊が出そうなほど古いから、あまりいい印象は持たない。お化け屋敷か何かなのだろう、縁は無いようだ。
 さらにそこから南へ行くと、潮騒の賑わいが強くなる。高い波が近いのだ。行き交う人々の声も聞こえてくる。道案内など見なくても、カイナシティに着いたことを実感する。初めて見る港町。思わずガーネットは走る。山育ちの為に海がとても珍しい。潮風が強くガーネットを迎えた。人が多く、ごちゃごちゃしている感じは都会なのだということを思わせる。同時に本当にみつかるのか不安が襲う。
「考えててもしゃーない」
体を伸ばす。そして潮風をおもいっきり吸い込んだ。地道に聞いていけばすぐにみつかるはず。新雪のような髪をした男の子など世に二人といないはずだ。


「なんだ、まだやってないじゃないっすか」
任務後、マグマ団の制服から着替えたザフィールは、カイナシティでゆったりとしている先輩に出会った。そこで話をしていたらカイナシティの少し外れたところにあるカラクリ屋敷に誘われる。興味津々でついてきたのはいいけれど、近日新装開店!という張り紙があるだけ。カギもかかっているし、そもそも屋根が茅葺きで今にも崩れそう。入るには勇気がいる。
「あれ、少し情報が違ったか。まあいいか」
「いいじゃないっすよもう・・・俺はポケモンの調査するんで、じゃ」
「おう、気をつけろよ」
カラクリ屋敷前で別れる。野生のポケモンを調査するために110番道路の草むらへ。この辺りはキンセツシティに近いし、何よりもホウエン全土の電気を賄っている発電所、ニューキンセツがあるために電気タイプのポケモンが多い。どんな電気タイプがいるのかと心ときめかせながら草むらに入る。
 その瞬間、視界が黄色に染まった。思わず後ろに手をついて倒れる。そして冷静になって顔に張り付いたものに手をかけた。ズームアウトしていくにつれ、はっきりしてくるそれ。
「なんだ、プラスル?」
仲のいいコンビにの例えにプラスルとマイナンという言葉がある。それくらい、プラスルとマイナンはいつも2匹で一緒にいる。別の種族なのに、いつも仲がよい。それは野生でも変わらず。相方のマイナンがどこかにいるのかと思い、見渡すもそれらしき影は見当たらない。ザフィールの手に掴まれたプラスルは電気で攻撃することもせず、ただ高い声で鳴く。
「っても俺はお前の言葉を理解は出来ないんだがなあ」
空のモンスターボールをみせる。逃げるのかと思いきや、それを見るとさらに激しく鳴く。ポケモンにも色々変わったのもいる。そのままプラスルの入ったボールを持ち上げた。
「よーし、じゃあ110番道路の調査も始めるか」
研究所を構えてから中々遠くに出かけることが出来なくなった父親のため、ザフィールは草むらに飛び込んだ。後ろをついていくのはキモリ。キーチと呼ばれる度に野生のポケモンをなぎ倒していった。


 夕方になり、疲れた足でカイナシティへと帰る。空腹もあって、暖かい食べ物を想像しながら。まだ夕日は出ているとはいえ、薄暗くなる今の時間に草むらに入るのは危険だ。
 ザフィールは達成感に溢れた顔で、カイナシティを横切る。まずは夕飯を食べてからにしようか、それとも母親に頼まれていたカイナの近海産の煮干しを見に行くか。ポケモンセンターでポケモンの回復をさせながら何にしようか考える。
 回復から戻ってきたポケモンたちを確認する。ジュプトルに進化できたキーチ。元気が有り余ってるスバッチ。やたらと攻撃力が強いエーちゃん、海の戦闘は右に出るものがいないイトカワ、そしてどんなに調査しても相方のマイナンがみつからないプラスル。きっと違うトレーナーに捕獲されたか、補食されたかどちらかだろう。野生のポケモンなんてそんなもの。手持ちのボールを全て用意すると、ポケモンセンターを飛び出した。
「お、灯台がもう光ってる」
カイナシティの岬にある灯台が発光を始めていた。海に向けて、遠くを行く船の為に。まだ日があるというのに、早いものだ。これがカイナシティの名物の一つ。観光気分で灯台へと近づく。
 慣れたとはいえ、潮風はやはり嫌い。近くまで行こうとして、ザフィールは足を止めた。
「あの、すいません。僕をこうやって掴むのは」
海が嫌いだから止まったわけじゃない。足が動かないのだ。手を掴まれて。どんなに力を入れても動けない。もうそれはあの人しかいない。
「ガーネットちゃんしかいないと思うんですが、ご本人でしょうか」
ザフィールがその名前を呼んだ人以外、存在すると想像するのは頭が痛い。後ろも振り向かず、ザフィールは高なる心臓を感じた。後ろにあるのは殺意と面倒をかけさせたための殺意と苦労をかけさせた殺意のオーラが混じっている。
「どこいってたのかなあ、ザフィール君」
ザフィールの体が宙に舞った。


 堅いコンクリートの地面に叩き付ける。受け身をとった割にはザフィールは痛そうで、声が出ていない。そしてガーネットは彼が立てないように、体の上に乗る。今日の恨みを晴らそうと左腕を振り上げる。その瞬間、カナシダトンネルでの出来事が頭をよぎる。血だらけだったこと、本当に死ぬんじゃないかと思ったこと。
 そう思ってしまったら拳の勢いはつかず、頬にふれただけだった。やわらかい頬をその手でつねる。
「人のことをうざいだのジャマだの良くも言ってくれたわね」
「いたたたたたたいたいですいたい!」
手を離す。頬が赤くはれている。そして反対の頬もつねる。
「やっぱりあんたなんでしょ。白状しなさいよ」
「いたたたたたたったいってば!」
必死に懇願する。ガーネットの目は簡単なことでは許してくれそうにない。今度こそ鎖でつながれてしまいそうだ。
「だってだってアクア団みたいな連中がいて、何してくるか解らないのに、これ以上一緒にいられるか!」
「私より弱いくせに何いってんのよ」
「じゃあ、試すか?俺は2回も負けるほど弱くねえよ。俺に負けたらもう追い掛けてくるんじゃねえぞ」
ザフィールを解放する。今度はトンチで逃げようともしていない。真剣勝負を挑んで来ている。ガーネットはモンスターボールを構える。
「行け、シリウス」
「イトカワ、得意の海だ!」
ボールから出たヌマクローは、敵の姿を探す。いないのだ、イトカワと呼ばれたポケモンが。
「体当たり!」
海の波間から飛び出した丸い生物。一瞬にしてシリウスが引き込まれるように海へと消えて行く。夕闇の暗い海は、2匹の姿など見えない。何が起きたか解らず、ガーネットが叫んだ。思わず海に飛び込もうと波の荒いヘリに立つ。
「やめろ、夜の海は!」
後ろからザフィールが押さえつける。がっしりとつかまれた。振り払おうとしても、しっかりとつかんで離さない。
「だって、シリウスが」
「夜の海は誰も見えない、水ポケモンくらいしか動けないんだ、それなのにお前が行ったところで」
ホエルコが海中から飛び出す。技の為に飛び出たのかと思われた。そのまま陸に飛び上がる。固いコンクリートに叩き付けられたホエルコは完全に伸びていた。その後に波の間からシリウスが顔を出す。人間たちは何が起きたか解らない。
 ガーネットをおいて、ザフィールがイトカワに近寄ると、たくさんの泥や砂でキズついたと思われる跡を見た。最後は水流で吹き上げられたようだった。重たいホエルコの体を持ち上げることが出来るのは、激流という特性のおかげのようだ。傍目で喜んでいるガーネットを見た。知ってか知らずか、いずれにしても彼女も彼女のポケモンも油断ならないやつに見える。
「マッドショットか、指示なくてもここまでやるとは、あなどれないなヌマクロー」
イトカワ、とホエルコの名前を呼んで戻す。ガーネットもほめてからヌマクローを戻した。
 ザフィールは本気で取りかかる。海中がダメなら陸上のポケモン。そしてボールを投げる。ピンク色の猫、エネコのエーちゃん。普通のエネコより少し大きく、戦闘向きではないといわれた種族だけど、このエーちゃんは違った。
「しょうきち!」
ガーネットの呼び出したのはジグザグマのしょうきち。今まで素早い動きで敵を倒して来た。今度も出ると同時に頭突きを指示する。まっすぐではなくじぐざぐと曲がりながら大きなエネコに突進する。
「猫の手!」
ザフィールの命令した技は仲間の覚えている技を呼び出すもの。エネコの体から不快なものが発される。それを正面から受けたしょうきちの動きが鈍くなる。電磁波だった。ポケモンを麻痺させてしまうもの。それでもしょうきちは耐え、エネコに頭からぶつかる。その攻撃力にエネコは後ろにのけぞる。攻撃してきたジグザグマはエネコをじっと見て動かない。
「よし、エーちゃんのメロメロボディ発動だ!」
「メロメロボディ!?」
「攻撃してきた異性のポケモンをメロメロ状態にしちまうエネコの特性だ!お前のジグザグマは麻痺にメロメロ、もう動けないぜ!」
エネコはしっぽをムチのようにして何度もジグザグマの顔をはたく。
「しょうきち!」
ガーネットの呼びかけにも反応しない。エネコに何度もはたかれ、痛い思いをしてもメロメロ状態は続く。動かないしょうきちを倒すのはエネコでなくても簡単だった。エーちゃんはいとも簡単にしょうきちを瀕死に追い込む。
「それなら・・・戻ってしょうきち」
ジグザグマをボールに戻す。まだ甘い夢を見てるのか、ボールに戻る直前まで足がばたばたと最後まで動いていた。
「いけ、リゲル!」
ボールから出たのはキノココ。エネコは見た瞬間に楽勝とばかりにしっぽではたく。
「あ、エーちゃんだめだって!」
気づいた時には遅い。攻撃を受けて発動する特性をキノココも持っていた。キノココであるリゲルは、胞子という特性がある。触れた相手を状態異常にしてしまう技。触れたしっぽについた胞子が、エーちゃんの体を蝕む。毒がまわり、具合悪そうに体を丸める。さらに宿り木のタネを絡ませ、体力を吸い取っていく。
「やばい、戻れエーちゃん。頼むぞスバッチ」
ボールに戻ったエネコの代わりに、出てくるのは小さな鳥スバメ。
 もう暗いというのに、くちばしを開けて高い声でさえずる。エネコの代わりにキノココのメガドレインを食らうと、ザフィールの指示に合わせて嘴でつついた。苦手な攻撃に思わずキノココがしびれごなをまき散らす。それを吸い込み、スバメが麻痺したというのに、ザフィールが戻す気配がない。
「これを待ってた、つばさでうつ!」
小さな鳥の翼が、キノココに当たる。それなりに体重があるはずなのに、一撃で吹き飛ばされる。キノココをキャッチすると、目をまわしているのでボールに戻した。思わぬ攻撃に、何があったのか飲み込めてなかった。
「根性あるんだよなあ、スバッチは!」
「こん、じょう?」
「状態異常になると強くなるんだよ!いろんな知識がないとやっていけないぜ!」
挑発するような言い方に、ガーネットのボールを掴む力が強くなる。
「ならばもっと根性みせてみなさい!行け、シルク!」
暗い闇を照らす炎。コンクリートに堅い蹄の音が響く。進化していない状態では強い方に入るポニータ。麻痺しているスバッチを焦がすなど余裕のことだった。火の粉が舞い、スバッチの羽を燃やす。
「スバッチ!やばいから戻れ」
 完全に燃え尽きる前に、ボールに戻した。ザフィールは少し考えているようだった。毒状態のエーちゃん、相性が悪すぎるキーチ、そして新米のプラスル。せめて、とエネコを最初に出す。
「エーちゃん頼む!」
「エネコに炎の渦!」
炎がエネコを囲む。ザフィールが戻そうとするも、炎に阻まれて届かない。毒と炎、両方に体力を奪われながらもエネコは歌って眠らそうとした。けれど完全な調子が出ないエネコの歌声が届くはずもなく、炎の渦が消えるころにはエネコはコンクリートに伏せていた。
「相性完全に悪いが、キーチ頼む!リーフブレード」
「押し切るのよシルク!」
素早いキーチを炎の渦が捕らえた。苦手な炎に囲まれ、キーチがそれでも渦を突破し、シルクを斬りつける。炎のたてがみが草の剣を焦がした。体へのダメージはほとんどない。
「くそ、居合い切り!」
シルクは再び火の粉を巻こうとしている。再び巻き込まれたら次はない。キーチは上に跳んだ。前ばかり見ていたシルクは見失う。
「シルク上!」
ガーネットの声も遅かった。キーチは腕の刃をつかい、上から攻撃を行なう。居合い切り。葉の刃を剣に見立て、細い木ならば切ってしまえるもの。体を切られ、ポニータが悲鳴をあげる。ダメージはそれほどないものの、冷静に炎の渦を命中させることが出来ない。ジュプトルは森の中では無敵を誇るポケモンだ。キーチは陸でもそうだった。素早さでポニータの動きを封じる。火の粉も当たらず、キーチは斬りつけてくる。
「いまだ、リーフブレード!」
ポニータの後ろを取る。そのまま近づいたら危ないが、キーチは上からの攻撃が出来る。跳んだ。炎のたてがみを避け、確実にダメージが入る場所に葉の剣が食い込んだ。
「シルク、今だ!」
その瞬間、炎のたてがみが燃え盛る。ジュプトルにその炎は燃え移り、悲鳴をあげた。そしてそのまま暴れ馬のようにジュプトルを振り落とす。ザフィールの足元に倒れたジュプトルは、ところどころ焦げていた。もう戦えない。新緑の力をもってしても炎タイプには相性が悪すぎる。ボールに戻した。
「これが最後だ、プラスル!」
「シルクももう戦えない。こちらも最後よ、マイナン!」
その場に出た2匹は固まった。敵だと言われて出た相手。それは野生の時にみつけた相方。どうしたらいいか解らず、プラスルもマイナンもにらみ合うだけ。
「あ、そのポケモン!」
「もしかして、相方のマイナン!?」
お互いに頷いたようだった。人間の言葉を理解したわけではない。覚悟を決めたような頷き。プラスルにもマイナンにもその目に闘志が灯っている。そして次の瞬間、主人の指示により戦いが再開される。
「プラスル電磁波!」
「マイナン、鳴き声!」
プラスルの方が速い。ザフィールの指示で特殊な電波を飛ばし、マイナンを捕らえる。麻痺したマイナンは、動きの鈍った体を引きずるように動かした。ガーネットの命令を遂行するために。
 喉の奥から鳴き声を振り絞る。プラスルの攻撃力が少し弱まったように感じた。
「プラスルスパーク・・・」
「マイナン電光石火!!」
プラスルに突っ込んだ。必ず先に攻撃できる技、電光石火だ。不意をつかれたプラスルはマイナンに向き直ると電気をためて、勢いをつけて突進する。プラスルの体から青白い火花が散っていた。
「よし、スパーク決まったな!相手は麻痺してる、そのまま決めろ!」
しびれて動けないマイナンに、容赦なく降り注ぐ攻撃。電気タイプは、電気技をあまり受けないけれど、何度も受けては体力が減って行く。
「マイナン、電光石火!」
「させるか、プラスル、こちらも電光石火だ!」
麻痺していない分、プラスルの方が速い。マイナンのやわらかい腹部に向かっておもいっきり攻撃する。麻痺したマイナンではそれを避けきれない。マイナンは倒れ、痛がって起き上がろうとしない。ガーネットはボールに戻した。
「勝った、勝ったぞプラスル!よくやった!」
ザフィールと共に嬉しそうにしている。すでに夕日は沈み、夜の闇が広がっていた。ところどころの街灯が灯り始める。昼のようにはっきりとは見えない。白い光が、等間隔で灯る。街灯が背にあるガーネットは特に見えづらい。
「わかったな、これでついてくるんじゃねえぞ」
勝ち誇ったように言う。そして彼女の横を通り過ぎてカイナシティの中心部へと帰る。これでもう何もかも解放される。自由に見つかることにおびえず、堂々と歩けるし、マグマ団のことだってバレずに済む。足取りは軽い。
「なん、で?そんなに、ジャマなの?」
「なにいってんだよ、あたりまえ」
振り向いたザフィールは言葉が出て来ない。体も声もそのまま固まったように動かない。
 泣かした。泣かしてしまったのだ。気の強いガーネットのこと、こんなことくらいで泣くとは到底思えなかったのに。調子に乗りすぎたのか、ジャマだと主張しすぎたのか。いずれにしても、ザフィールが混乱しているのは目に見える。このまま去ろうとするけれど、足がどうしてもその方向に向かない。
「い、いや、その・・・泣くことないじゃねえか」
「ザフィールに、うざいって言われて、私は悲しいんだよ?」
ガーネットの言葉は彼をさらに混乱させるには充分だった。人通りがないのが救い。知り合いとはいえ、大泣きしている相手を放置して去れるほど冷酷になりきれない。
「うーん、だから・・・ごめん、俺が悪かった。ついてきていいからもう泣きやんでくれよ」
肩をそっと叩く。自分でも驚くほどの言葉を発していた。自然に出てきたのだ。泣かれてしまうとものすごい罪悪感が出てくる。ガーネットが心の中で勝ち誇ったように笑ったのにも気づかずに。
「言ったわね」
途端に低くなる声。何が起きたのか解らず、ザフィールは固まる。
「ついてきていいって言ったわね。ザフィール君」
「な、まさか嘘泣き!?ありえねえだろおい、待て、今のは・・・」
「言ったからには守ってもらうわよ!」
がっしりと腕を掴まれた。抜こうとしようものなら肩の関節の方が抜けそうだ。逃げるにも逃げれず、ザフィールは海に向かって叫んだ。その叫びは、荒波にかき消され、他の人に届くことはなかった。


  [No.540] 11、しょうきちのボランティア 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/19(Sun) 21:52:33   77clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 本日は晴天なり。マイクテストにも出そうなほど晴れた。
 昨日の夜から鬱々とした気分のザフィールをよそに、ガーネットはとても楽しそうに海へ誘う。何しろ腕を掴む力は尋常ではなく、肩の関節が外れそうだと悲鳴をあげたこともあった。
 そういう関係だというのに、カイナシティの市場へ行けば彼氏彼女と呼ばれ、ポケモンセンターではお二人様と呼ばれ。その度にガーネットは作った笑顔で、ザフィールは気力のない表情で否定する。
 そんな嫌なら離れればいいのに、太陽が輝くカイナの砂浜を嬉しそうに歩く。あまり乗り気ではないザフィールを開いたパラソルの下においていき、ガーネットは波打ち際へ。そして振り返ると「逃げるなよ」と低い声で言う。声にならない声でザフィールは叫ぶ。強い風に流されて消えていったけれど。

 靴下を脱ぎ、素足で波へと入る。外に出たヌマクローのシリウスがとてもうれしそうに波間を泳ぐ。その隣には、ジグザグマのしょうきちがついていくかのように。シルクはポニータらしく砂浜を走り回って訓練中。キノココであるリゲルは海水が苦手なのか、ザフィールの元でじっとしている。しかも不穏な動きをしたらすぐしびれ粉と伝言を預かっていた。そして、水が苦手なのか、ガーネットの頭の上に乗っているマイナン。そのはしゃいでいる姿は、普通のポケモントレーナーにしか見えなかった。
「あんまり遠くに行くなよー!」
ヌマクローに声をかける。聞こえてるのかガーネットの方を振り返り、その後すぐにジグザグマとじゃれている。ポケモンたちに向けるのはとても嬉しそうで信頼しきった顔。ザフィールはそれをみて、ため息をついてから砂浜に横になる。パラソルが日差しを遮って、しかも風は暖かい。昼寝するにはちょうどいい気温だった。
「暑いね、サイコソーダ飲もうか?」
ガーネットが頭の上にずっと乗っているマイナンに声をかける。遠浅の海だからか、ヌマクローとジグザグマはかなり遠くまで行ってしまっていた。怒ったように2匹を呼び戻し、灼けた砂へ足を入れる。そして眠りかけているキノココを迎えにパラソルの下まで行く。完全に寝ているザフィールを無視し、サイコソーダを求めて近くの海の家へ。
「すいませーん!サイコソーダ6個ください」
「あいよ、お嬢ちゃんポケモントレーナーだね!いっちょここで熱いバトルでもやってみないか?全員に勝ったら代金はタダでいいぜ」
「いいですよ、シルク!」
熱いバトルの解釈がどうやら違ったようだった。室内でポケモンたちを蹴散らし、炎で焦がす。海の家の気温がぐんぐん上がっていた。確かに熱いバトルではあった。

 3人のトレーナーたちを見事に熱く完封した後、さらにサイコソーダを6本もらってしまった。こんなにあっても、と思いつく。まだのんきに寝ているザフィールの頬に当てる。氷で冷やされたものがいきなり頬にあたり、情けない声をだして起き上がる。
「ハルちゃんまだアイス食べてないよ」
「何寝ぼけてんのよ」
揺さぶられようやく目も覚めたようだった。サイコソーダを差し出すと、軽く礼をいって受け取る。栓をあける前、手が止まる。
「なあ、お前あけてよ」
「なんでよ、それくらいできるでしょ」
「お前のことだから、思いっきり振った後とか、思いっきり転がした後とか・・・すいません、そんな殺気たてないでくださいすいません」
力を込めてビンを押す。中のビー玉が下に落ちて、弾ける泡がたくさん見えた。透明な容器から見るそれは涼しげで、夏に似合う。
「これさあ、昔はお祭りの時しか買ってもらえなくてさあ」
口の中であまくて弾けるサイコソーダ。懐かしい味に、ザフィールはゆったりと味わうように飲んでいる。
「え、買ってもらえるもんなの?お祭りは見てるだけだと思ってた」
「買ってもらえたよ、少なくともうちではだけど」
「ふーん、ザフィールんところって、お金持ち?」
「いや普通だろう、それくらい。ってかどんだけそっちが厳しいというかお嬢様っていうか・・・」
「私はお嬢様みたいな上品な家庭に育ったわけじゃないよ。一日3食おやつ付きなんてこともなかった。近くに、ウバメの森っていう大きな森があって、そこの森ってすごい木の実がたくさんあってね、結構お腹いっぱいになるからねえ。でも木の実取るのも一筋縄じゃなくて、それこそ虫ポケモンとか草ポケモンに追い掛けられて逃げたりもしたし」
「随分また山育ちなことで・・・」
空になったビン。器用にふたをあけ、中のビー玉を取り出した。蒼く輝くビー玉がザフィールの手に落ちる。
「そうでもないよ、ウバメの森って初めて入る人は怖いっていうけど、中には神様がいて、助けてくれるんだから」
「はあ、神様ですか。そんなの信じてなさそうな顔・・・いやすいません言いすぎました」
「神様、いるんだよ。緑色の蜂みたいな妖精みたいな。困ってたみたいだから助けたら、いつかちゃんとこのお礼はするっていって消えたし」
ザフィールの顔には、ウソ臭いと書いてあった。それを消すかのようにガーネットが食って掛かる。
「聞いたこともないな、森の神様なんて」
ビンを自分の後ろにおいた。すでに空になったビンが砂に転がった。それと同時にザフィールの背中に何かもぞもぞしたものが当たる。何かと思って振り向けば、自分に背を向けているジグザグマ。くわえているのはさっきおいたビン。思わず目で追いかける。じぐざぐ走行をしていたジグザグマが止まる。
「よしよし、いい子だなジグザグマ」
ビニール袋を手にした老人。ジグザグマはその袋の中へビンを入れる。そして再びじぐざぐ走行で砂浜を走り出した。


 聞けばその老人はカイナシティの住民で、この遠浅の海で育ったという。近頃はゴミが砂浜に流れ着き、海が汚れるのを憂いていた。それを汲んだのか、ジグザグマがゴミをひろって来るようになったことをきっかけに、こうして散歩がてらにゴミを集めているそうだ。
「ゴミはポイ捨てしたらいけないよ。砂浜が汚れたら海が汚れ、結局困るのは自分たちだからね」
穏やかな口調でザフィールの目を見ていた。捨てたと思われたのだろう。目をさっとそらした。そこでは、ジグザグマが2匹になってゴミを拾っていた。しょうきちがジグザグマを真似して拾っているのだ。それをガーネットの元へとせっせと運んでいる。彼女はゴミをまとめて老人に渡す。何を勘違いしたのか、シルクまで砂浜を走りながらゴミをひろって戻ってくる。
「あのポニータは君のかい?」
「いえ、知り合いのです。やたらと主人に忠実で」
「それはタマゴから一緒だったのかな?いずれにせよ、人なつっこいポニータだ」
目の前に水色のものが現れる。ガーネットのシリウスだった。ゴミ拾って来たのかと思えば、手には立派な魚が握られていた。まだ生きてる。自慢しているのか、ザフィールの目の前に魚を突き出す。
「それはお前の主人に持っていけ!」
しぶしぶガーネットのところに持って行く。暴れるそれを見て、彼女も扱いに困っているようだ。さきほど拾ったふちがかけたプラスチックのバケツに海水をいれて、そこに魚をいれると、ほっとしたように泳いでいる。
「まったく、遊んでるのか」
「ポケモンたちにとって、主人と遊べることが楽しいこと。それにこれが仕事だったら誰もやらんよ」
シリウスが再び海へと入る。遊びながらなのか、再び魚を持って上がってくる。そしてバケツに入れた。
「ねーザフィールー!」
珍しくザフィールにも笑顔で手を振っている。思わず振り返した。バケツを持ってやってくる。
「これさあ、サイコソーダのお礼に海の家に届けようって思うんだけど、どう思う?」
「お前のポケモンが持ってきたんだから、好きにすれば?俺は別に・・・って高級魚じゃん、これ!」
刺身の値段は少し違う魚たち。その価値もガーネットは解らなかったようで、驚いていた。しかもまだバケツの中をゆったりと泳いでいる。二人が話している間にも、シリウスはバケツに魚をそっと入れた。
「これおいしいんだぜ、刺身、蒲焼き、ああ、あと肝吸いとかでもいけるんだ」
「へえ、じゃあやっぱり届けよう」
バケツを持って、海の家へ走る。力持ちとは便利で、重いものを持ってもまるで持ってないかのように軽やかに走れる。そして海の家に入っていった。波音にまぎれて不機嫌な足音が聞こえる。遠くに見えるその姿は、幻なのか見なれた姿だった。そう、マグマ団の。呼ばれてないから今回はスルーでいいと、ポケモンたちを見ていた。けれど、こちらに気づいたのか、老人とジグザグマに因縁をつけてくる。
「海をきれいにするなんて」
「われわれマグマ団の敵!」
最悪だ。ザフィールの知らない顔。きっと新顔だ。それに向こうもこちらのことが解っていない。どう対応していいか解らず、助けをもとめる老人をただ眺めているだけ。予想通り、こちらにも絡んで来た。後で絶対こいつらしめてやる。一般人と見分けもつかない新人が、調子乗っているなんて許せない。


「さっきのトレーナーさん!」
海の家の女の子が迎えてくれる。サイコソーダのお礼と、バケツに入った魚を渡す。
「私のポケモンが取ったんです。さっきのお礼です、どうぞ」
差し出されたバケツを受け取る。その中ですでに4匹となっていた魚。やはり反応はザフィールと同じで、高級魚だと言っていた。食べた事もないので味の程度は解らない。
「ありがとうね、こんな優しい・・・」
「おらああ、さっさと明け渡せじじい!」
轟音。入り口からだった。振り向けば、マグマ団の特徴である赤いフードと黒い服を来た集団が、いかついオーラを出していた。飛び掛かろうと腰を落とした時に気づく。今はポケモンを持っておらず、しかも一人で4人も相手は出来ない。固まるガーネットを突き飛ばし、マグマ団たちは海の家の主人に詰め寄る。
「いつまでもこんなチンケな海の家やってんだよ!」
「海に行くものを応援するのもマグマ団の敵」
「さっさとせよ、後何ヶ月すれば気がすむわけ?」
「我々の手でつぶしてしまってもいいんだぞ」
女の子が泣いている。ガーネットはその子を抱き寄せ、慰めるのが精一杯。外のザフィールが気を利かせて来てくれれば、なんとかなるのに。そんなのは突然の英雄を期待するよりも確率が低い。そもそも相手が自分の都合通りに行くことなんて、逃げないだけでも御の字だっていうのに。それらの考えを自嘲する。まだマグマ団じゃないという疑いも晴れて無いのに、何を期待しているのだろうと。
「大丈夫だからね」
そう言いつつも、プロレスラーのような男4人を相手に出来ない。解決の方法は一人ずつ引きはがし、なおかつ建物の外に出すこと。せめてさっきバトルしたトレーナーたちが戻って来てくれたら。いざというときに何もできず、ガーネットは奥歯をかみしめる。



「いけ、キーチ」
ジュプトルがパラソルの上から飛び掛かる。顔も知らないマグマ団たちが驚いて暴れた。しかしすでに姿はなく、マグマ団のポケモンもリーフブレードで切り裂いた。
「さてと、一人でいいとかナメたこと抜かしてくれんじゃん、チンピラ」
ボールに戻す。いつもアクア団の下っ端を追い詰める時のように。というより下っ端ほど追い詰められると何でも吐き出すからたちが悪い。
「ひいいい、た、助けてくれー!!お、俺たち正式なマグマ団じゃないんだ!」
「正式でもなんでも、マグマ団なんだろ、かわりはない」
「ち、違うんだ、功績をあげないと俺たち、ボスに・・・」
「じゃあ、お前クビだな。大体から、マグマ団はこんなチンピラ行為しねえと思ったら案の定かよ、かっこわりい」
後で長文の報告書を作成して、それからマツブサに訴えて。そのためにも警察に突き出してやる。プラスルを呼び出すと、電磁波を命じた。人ですら麻痺させることが出来る。
「つ、強いな君」
「それほどでも。こういうチンピラは社会悪の中でも一番階級が低いから楽なんですよ、威勢だけだし」
「それはそうと、仲間を追わないと・・・あいつら海の家に入っていったみたいだし」
それは必要ないのかな、とザフィールは思った。なぜなら、海の家に入っていったと同時にシルクが猛ダッシュをかけたから。そこまで忠実なポケモンならば、威勢だけのエセマグマ団など相手にもならないはずだ。


 男の背中に張り付いた。驚いてへんな悲鳴を上げて男が振り落とそうと暴れた。あまりに振り回されすぎて、5週まわった時に、それは落ちた。茶色の毛並み、ギザギザの耳。しょうきちが飛び掛かっていたのだ。今は目をまわして畳に倒れている。
「しょうきち!?」
「なんだお前のポケモンかぁ!?なめたまねすんじゃねえぞおら!」
蹴り飛ばす。しょうきちの体がガーネットに向かってきた。なんとか受け止める。まだ目がまわっていて戦える状態じゃない。体が浮いた。特に歴戦の強者のような体格の男が、ガーネットの体を押さえつける。その拍子にしょうきちの体が落ちた。
「離しなさいよ!」
「てめえみたいなトレーナーが一番ケガするってのを教えてやるよ!」
焦げ臭い。白い煙が立ち上る。何事かと男が振り返ると、ポニータが後ろで火の粉を自分に向かって吹いていた。そして焦げ臭いのは、服に炎が燃え移ったため。慌てる男から解放され、ガーネットはひざをつく。しょうきちが大丈夫かというように寄ってきた。
「シルク、さんきゅー。さて、しょうきち、あいつらにミサイル針だ」
しょうきちが全身を震わせる。堅い毛をかまえ、そして発射させる。それは針となって男たちの足にうたれる。痛みにのたうちまわり、吠えまくる。じゅわっという音が聞こえた。何かと思えば、服についた火が水鉄砲によって消される音。シリウスが手にためた水をかけたようだ。
「このヌマクローはお前のでも、敵もわかってないみた・・・」
ただ消しただけではなかった。シリウスだって解っている。水鉄砲で服を濡らしたのは、傷を見えやすくするためだった。そこに口の中に含んだ泥を思いっきり吹き付ける。マッドショットを見事命中させ、火傷の上に攻撃をくらい、男はさらにのたうち回る。
「よし、シリウス、そのまま放り出して!しょうきち、ずつき!」
痛くてバラバラになってしまった男たちと距離ができた。じぐざぐな動きでは間に合わない。しょうきちは跳んだ。白い流線型の体、縦の模様。マッスグマとなって直線を跳ぶ。鋭くなった爪が男の足に食い込み、ズボンを切り裂く。そして膝にずつき。バランスを崩して男は転ぶ。それにそれに連携を入れるようにシルクが炎の渦で閉じ込める。
 残った二人がしょうきちを止めようとポチエナを呼び出すが、それすらも突き飛ばし、頭からぶつかる。胸の中央に弾丸のように入り、そのまま男は倒れる。押さえつけようとする男の手を、マイナンの電光石火がはたいた。そしてリゲルは倒れた男たちに念入りなしびれ粉をかけ、完全に動けなくしていた。
「いけ、しょうきち、そのままずつき!」
アッパーのように男の顎にしょうきちの頭が入る。目から星が飛び出し、最後の男も倒れる。起き上がるものはなく、完全勝利をおさめた。内装がド派手に荒れた海の家と引き換えに。


「ご協力ありがとうございます」
その後すぐに通報し、警察がやってくる。海の家にいるやつと、外にいるやつ、合計5人を連れて行く。連行されるそいつらを見送って、ガーネットはため息をつく。嫌なヤツをぶち倒した爽快感と、警察が来る直前、少し目を離した瞬間に煙のように消えたザフィールと。一緒にいたジグザグマの主人ですら気づかなかったようだ。
 海の家で、女の子とじゃれあっているしょうきちを呼んだ。もう探しに出かけなければならない。陽も落ちかけ、金色の光が砂浜を照らしている。暗くなってしまえばみつけにくくなり、二度と会うこともなくなるかもしれない。
「お姉さん」
しょうきちの後に、何かを言いたそうにやってくる女の子。しゃがみこみ、目線をあわせた。
「どうしたの?」
「しょうきち、私にちょうだい!」
動揺して声も出ない。しょうきちは何を言われてるか解らないようで、ガーネットの足元をうろうろしている。そして女の子を見送っているように、喉をならした。
「突然でごめんなさい。悪いやつを倒したしょうきちと一緒にいたいの!私、何も出来なくて、お父さんを助けることもできなかったのに。しょうきちは怖がらなくて立ち向かっていったから」
「ごめんね、ポケモンはあげられないの。ポケモントレーナーにとって、ポケモンは大切な協力者だから」
しょうきちが突然雄叫びをあげる。驚いてそちらを見ると、ガーネットの体に登る。そして首のまわりをマフラーのように包み込むと、するっと抜けて砂浜へ着地する。そして女の子のまわりをぐるぐるまわっている。といってもマッスグマである身だから、かくかくと直角に曲がっているだけ。
「しょうきち、そうか。そうなんだ」
ガーネットはベルトからしょうきちの住処のモンスターボールを取る。そして女の子にそれを渡した。
「しょうきちって、私の友達がつけてくれた名前。大切にしてね。ちょっとやんちゃで、目を離すと穴ほってたりするけど」
「いいの?」
「しょうきちが心配してる。ポケモンがいないなら、用心棒をかってでるって」
もちろんそれはガーネットの解釈ではある。けれど、女の子のまわりをじゃれていたり、ガーネットを時折みつめて頷いているような動作を取る。そして砂の上をうろうろと。
「ありがとう!大切にするから!」
海の家へと引き取られていく。しょうきちもついていった。そして一度、ガーネットを振り返ると、力強く頷く。ふたたび名前を呼ばれ、しょうきちは夕方の砂浜を新しい主人と歩いていく。夕日に照らされて、その毛並みが金色に輝いていた。
 家に入るのを確認して、ガーネットも反対の方向へと歩いて行く。でも一歩、二歩、歩いていくごとに涙があふれていく。それは砂浜に落ちて、そこだけ濡らす。
「ポケモンにまで、嫌われたのかな・・・?」
親しい人はいない。ホウエンに来て、誰も。昔の知り合いで、唯一頼りになるはずのダイゴは冷たく変わってしまった。ミツルは頼ってしまったら負担をかける。ミズキはたしかに同郷かもしれないけれど、信頼するには資料が足りない。そして当たり前だけど常に逃げようとするザフィール。しょうきちまで去った。
「みんないなくなるんだ」
どんなに優しい一面があっても。それは一時的なものでしかなかった。誰もがいなくなる。その場にしゃがみ込み、誰もいないけれど声を殺して泣いた。夕方の遠浅の海で、穏やかな波だけがその場に響く。だんだんと冷えてくる風にも構わず、ただ泣いていた。

「潮風にいつまでも当たってると風邪ひくぞ」
自分の肩にかかる暖かいもの。いつも見ていたそれ。赤と黒の上着。声の方を見上げた。ザフィールがTシャツ姿でそこにいる。手にはビニール袋と、うっすら見える「天日煮干し」の文字。そしてそのままザフィールが横に座る。
「俺がいなくて寂しくて泣いてるの?」
「泣いてるわけないでしょ!潮風が目にあたって痛いだけよ」
「・・・はいはい」
もう夕日も消えかけている。明かりのない砂浜はほとんど薄暗く、遠くにカイナシティの明かりが目立つ。灯台に光が灯り始めた。目の前は遠くの船の明かりしか見えない、暗い海。
「前から聞きたかったんだけど、お前、犯人探し当てて、それでどうするの?」
「え?」
「だから犯人あてたところでさ、どうしようっていうの?一度は自殺って言われたんだろ、そしたら公的機関が動くことは相当な証拠がないと動かない。それに、もし俺が犯人だとして、俺まだ未成年だしそんなに重い罪にはならないし。ああ、それと自白だけだったら推定無罪で終わりだろ」
「・・・解らない。けれどそいつにはたくさん聞きたいことがある。なんでそんなことしたのか、どうしてあの子じゃなきゃいけなかったのか。罪にならなくても、私は本当のことが知りたい」
「それだけだったらなおさら止めておけよ。お前が見たっていうマグマ団は悪いけど勝てる相手じゃないし、そこまで顔を見てるお前を放っておくわけないと思わない?それに、俺だったらなんとしてもお前を始末するけどね、先に」
「始末?」
「消すってこと。こんなに近いんだから、飲み物なり食べ物なりに一服、それで広いホウエンの海にばっしゃーんで永遠のさよなら。証拠なんて残らないし。それだけ危ないことをしようとしていること、本当に解ってる?」
黙った。正直言うとそこまでは考えていなかった。何も言わなくなった彼女を見て、少し気味の悪い話をしすぎたかなとザフィールは次の話題を探す。
「すごいな、お前」
つぶやくように話しかけた。まだ春先の海。夜の気温まで高くない。
「何が?」
「今日来たやつらがさ、海の家に入った瞬間、砂浜で遊んでたシルクが吹き飛ばす勢いでかけていったんだぜ。涼んでたキノココだって飛んでいったし。好かれてんだな、お前」
「そんなことないよ。しょうきちは、私のことを置いていった」
一部始終を話した。最後まで言おうとするけれど、そこから言葉が出て来ない。けれどそこから汲み取ったようにザフィールは頷いた。
「そうか。お前の足にしょうきちは体すりつけてこなかったか?」
「それはジグザグマの時からだけど?」
「はは、やっぱり。ジグザグマの習性でさ、好きな人間には体こすりつけてくるんだぜ。ジグザグマ同士とかだと良く見られるよ。嫌いで離れたわけじゃないだろ、どっちかっていうと、しょうきちがロリコンってことだ」
「はあ?」
「小さい子のがかわいくて心配ってことだろ。進化までするくらい育ててくれた恩を忘れることは、ほとんどのポケモンで無かったっていう実験データもあるって父さんが言ってたし、気にすることじゃねえよ。それより、ほら」
ザフィールは鞄から少しぬるくなったサイコソーダを取り出す。ガーネットはそれを受け取った。
「辛い時はサイダーでも飲んでリフレッシュ」
「誰が辛いなんて言ったよ」
「辛くなくても飲んでりゃいいんだよ。ほら、昼間のお礼なんだからつべこべ言うなよ」
ガーネットは栓を開けようとした。しかし何か嫌な予感と変な感じがする。その手を止めて、ザフィールにそれを返す。
「ザフィール開けてくれない?」
「なんでだよ、自分で・・・」
「ふーん、じゃあ取り替えてくれない?」
「・・・お前どうしてそんなに勘がいいの?少し脅かしてやろうと思ったのに」
「甘いのよ、そういう小細工するところとか!」
少し元気づけようとして、振ったのに。そういいながらザフィールは振った後の炭酸のビンを開ける。ビー玉が下に落ちると共に、豪快な泡が、ビンから溢れてきていた。


  [No.543] 12、シダケの風 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/23(Thu) 17:22:05   68clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 美しい笛の音が聞こえる。清らかな風に乗り。

 気づいたらスピカがいなかった。あわててミツルは家の外まで探しに行く。どうして出ていったのか検討もつかなかった。
 従姉妹のミチルが自分を呼ぶ声がする。けれどそれを振り切ってシダケタウンの中心部へと向かう。ここなら目立つ赤い角、それが解るはずだ。
 そんなに大きいところではないけれど、コンテストがあるために多くのトレーナーが行き交う。彼らにまじってしまえば、見つからないのは必須だった。
 ミツルは振り向く。歌っているような響きに誘われて。その音色は穏やかで、鳥の歌声のようだった。足が向くままに進むと公園に入っていった。そして見えてくる特徴のある姿。ベンチに座り、ゆったりとした顔で。思わずミツルは駆け寄る。音色が止まった。
「こんにちは」
スピカの横には、久しぶりに会う人がいた。今日は白い上着を脱いでいて、いっそう青い服装が目立つ。
「お久しぶりですミズキさん」
この前と違うのは、彼女が銀色に輝く横笛を持っていたこと。それが奏でる音が風に乗って聞こえてきたのだろう。スピカはそれにつられて来たようだった。
「どうしたんですか?コンテストの優勝絵画を総嘗めにしていたのに」
「あら、まだいたらいけないって顔してるけど?」
「いえ、そういうことでもないんですけどね」
ミツルは彼女の隣に座る。短く切られた髪は風にあわせて揺れていた。年上の女の人はミチル以外にあまり会わないからか、ミツルは少し緊張していた。
「これ、吹いてたのはミズキさんですか?」
握られた横笛を見てミツルは訪ねる。太陽に反射して、とても眩しい。
「そうよ、私。こっちに来ても練習だけはしておけって先生から言われてるの」
厳しい師匠なんだけどね。そう言うミズキはとても嬉しそうだった。
「とてもきれいですね。相当練習したんでしょう」
「ありがとう。練習した甲斐がある」
「もしかしてポケモンもそれで指示したりとか?」
「いやいや、そんなに上手くないから無理。そもそも、これは遠くまで音を飛ばすよりも、まわりとの調和で響かせるから、騒音だらけのバトル中じゃあそうそう的確に指示だせないし。例えばさー」
ミズキは目の前のガラスケースを指す。中にはたくさんのエネコ。まわりにはたくさんの人だかりが出来始める。
「エネコみたいに、耳がいいポケモンばかりだったらそれもありだし、技が読まれないと思うんだけど。私の友達はクラシック式で指示だすから読めなくて」
「クラシック式?」
「技の番号を覚えさせて、実戦中は番号で指示するやつ。あれ本当に解らないよね」
ミズキは立ち上がり、エネコのケースを見に行く。どうやらここにいるものは売り物であって、おまけのモンスターボールもついてくるという。滅多に見つからないポケモンで、ボールつき。捕獲にかかった人件費も込みで1000円となると、だれもが頭を悩ませる。
「かわいいらー、エネコ本当にかわいい」
そう言いながらも、ミズキの目は笑ってない。じっとエネコを見て、何か話しかけるようにして動かない。何人かの人がエネコを買おうと決断したとき。へばりつくように見ていたミズキがジャマだったのか、店主が追い払うように言う。買う気はあるのか、と。
「飼う予定は無いですけどね」
「ジャマなんだ、そこどいてくれよ。こっちだって商売なんだから」
「この子たち、野生ですよね?それなのにこんな・・・」
その言葉に集まっていた人たちがミズキを見る。暴発しそうな店主、動揺する集団。それに気づいてミツルはミズキの服を引っ張るが、彼女は動こうとしない。むしろじっと店主を見て、構えた姿勢でいる。おびえた様子はまったくない。
「だからなんだよ、売っちゃいけねえっていう法律があんのか!?」
「野生のエネコは数が少ない希少種。だからこそブリーダーもエネコの繁殖に関して最大の注意を払っているというのに、こんな狭いガラスケースに入れられて、ストレスがたまるわよ」
限界を迎えたようだ。店主はミズキの胸ぐらを掴む。商売をジャマする生意気なガキ、と。
「危ないわよ」
ミズキが一言だけ発した。同時に光の束が電撃となって周囲へ発散される。その雷エネルギーに店主は吹っ飛んだ。だからいったのに、と冷たい言葉を投げつける。周囲は騒然となり、公園からは人がいなくなった。
「はぁ、まったくホウエン地方は怖いわあ」
「・・・今、最も怖いのはミズキさんだと思うんですよ、みんな」
見たこともないポケモンだった。光は大きな虎のような形だったが、一瞬のことで細かい形は覚えていない。けれども並の電気タイプでは一瞬であそこまで放電することが出来ないはず。けれど何事もなかったかのようにミズキは振る舞う。
「そう?さて、お店の人もどっかいっちゃったし、このエネコを元の生息地に戻さないとね。アーチェ」
加速の名を持つカイリューがあらわれる。小さく羽ばたくと、ガラスケースごと抱えた。そして落とさないよう、揺らさないよう、宙に舞い上がる。その姿を見送った。そしてミツルのスピカも小さい体で一生懸命エネコを抱えてテレポートをして。


 その作業が終わったのは、夕方になってから。いくつ捕獲したのか解らないほど。おそらく、生態系を根こそぎ変えてしまいそうなくらいに捕まえたのだろう。中には子供も多数いた。元の公園に戻ったアーチェが一仕事を終えたようにボールの中に戻る。
「ありがとうね、ミツル君」
「いえ、そこはいいのですけどね・・・ミズキさん、貴方が持っていたポケモンって何ですか?あの雷のエネルギーを一瞬にして放出する速さ、どんな強いエレブーでも出来ないと言われてます。なのに・・・」
ミズキは微笑む。そしてそっとミツルに語りかける。
「そういうことは、お口にチャック。今は解らなくても、いつか解る時が来るかもしれないんだから」
後ろにのけぞる。ミツルの服を誰かが後ろから引っ張ったのだ。スピカをしかろうとしたら、目の前にいるし。緑色の地面に目立つようなピンク色。
「あれ、まだエネコが一匹・・・」
「ミツル君に懐いてるみたいだら、飼ってあげたら?」
スピカと一緒に遊んでるエネコ。少し小さいピンク色のしっぽを振って。
「そうか、じゃあお前も来るかい?」
エネコはミツルを見て、一声鳴いた。


  [No.544] 13、カラクリ屋敷の怪 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/24(Fri) 01:52:18   68clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 もう何時間も同じところをぐるぐるまわってる気がする。景色がまったくかわらない。室内なのにどこにいっても木、木、木、木、木ばかり。細い木をジュプトルのいあいぎりで叩ききっているが、気のせいかすぐに生えてきているような感覚がある。なぜなら背後に道がない。まさか遭難してしまったとは認めたくない。広いジャングルならともかく、限界があるはずのカラクリ屋敷だからだ。


 前日、ザフィールのお気に入りの「マジカル☆レボリューション」というアニメの間に珍しいコマーシャルが流れていた。販促物のものが主流なのに、これだけ異質でよく目に入る。しかも放送側のボリュームが一段大きいようだった。

 カラクリカラクリカラクリカラクリカラクリカラクリカラクリカラクリみ・に・き・て・ね!わーお!
 カラクリカラクリカラクリカラクリカラクリカラクリカラクリカラクリた・の・し・い・な!
 カラクリカラクリカラクリカラクリカラクリカラクリカラクリカラクリあ・そ・び・た・い!わーお!
 カラクリカラクリカラクリカラクリカラクリカラクリカラクリカラクリみ・ん・な・で
 ああー 遊ぶのならばー カイナの 北にある ステキな時間の カラクリ
 とっけないー カラクリがー たくさんの カラクリ屋敷 本日開店!

 やけに耳に残るBGM。二人ともあまりの異質さに思わずその変な歌を口ずさんでいた。映っているのは変なおっさんとボロボロの廃墟。ザフィールはこの前の建物を思い出した。まだ休業中と書いてあったそこがカラクリ屋敷。あんな古びた廃墟か。ため息をつく。コマーシャルも物凄いうさんくさく、行く人いるのか疑問ではあるが、隣のガーネットがすでに洗脳されてしまったらしく、ずーっとカラクリ屋敷の歌を「カラクリカラクリ」と繰り返している。
 それにまで洗脳されそうだし、自分の身も危ない。なんとか黙らせる方法はないかと、隔離してみたが、どうも上手くいかないみたいだった。家庭環境的に、あまりメディアも目に触れることがなかったらしいし、意外に洗脳されやすいんだなとザフィールは心の中だけで言った。本当に口に出してしまえば、カラクリパンチが飛んできそう。
 だけど行く予定はなかった。なかったのである、本当に。ザフィールが113番道路のカイナシティ側を調べるというから、それにガーネットはついていった。そして、人気のあまりない廃墟の前を通り過ぎた時、それは起きた。二人の頭上にいきなり網がかかったのだ。何が起きたか判明する前にさらに黒い布がかぶさる。思わずザフィールはガーネットの手をつかんだ。どんなに引きずられてもそれだけは放さないように力をこめて。
 ふと視界がひらける。体に絡んだ網は変わらず。そして目の前には「我が輩に挑戦するがいい!カラクリ大王」と書かれたメッセージ。そして室内と思われる天井と照明と、見渡す限りの木の中。とりあえず室内なら限界があるからと、適当に歩き始めた。それにしても他の人の気配がない。
「ありえん。まじ犯人倒す」
隣には捕獲されたことで物凄い激怒しているガーネット。こういうときに関わるなら原因に当たり散らしてくれとザフィールは思った。



 そして今にいたる。妙な建物に閉じ込められてから5時間。ひたすら歩き続けた。昼食も取らず、歩くだけ。気温は調整されておらず、とても蒸し暑い。この植物たちの生育環境がそうなのだろうけど、真夏のように汗がどくどく出ていた。
 さすがにきつく、ザフィールは太い木の幹に腰掛けた。そして鞄からぬるい「カイナの海洋深層水」とパッケージに書かれたボトルを取り出すと、口に含む。少し水分が補給されて体が楽になる。
「しかし今どこにいるのか、室内なのに解らない」
ガーネットが物凄いまじめな顔で言う。怒っているというよりも、考え込んでいるような感じで。こちらは甘いミックスオレを飲んでいた。ぬるいのに甘かったら飲みにくいだろうな、と他人事ながら思う。
 半分ほど口をつけた後、足を見た。ズボンで隠れているけれど、足が疲労しているのが解る。やはり気温と湿度が関係しているようだ。
「それにしてもキーチは元気だな」
熱帯の気候にあっているのか、今もザフィールの側を離れて木に登っている。その動きは速くて目視できない。移動したところの枝が揺れるのを見て、大体の位置をつかむ。そういうところはジュプトルの性質なのだと感心していた。
「少し休憩する?」
ガーネットの問いに、ザフィールは二つ返事で答えた。

 その間にもガーネットは喋る。疲れないのかと聞けば、歩いても仕方ないから喋ると言う。
 けれど内容が支離滅裂だったりして、きっと疲れてるのだとは思う。シルクで焼き払いたいとか、リゲルを埋めてみようかとか、そういえばホエルコって植物食べないのとか。いつもならまず言わない。もしかしたら混乱もしているかもしれない。
「俺まだ死にたくないから火だけは勘弁」
野生のポケモンはいないみたいだ。鳴き声もなにも聞こえない。草むらをかき分ける音も。しばらくするとまた汗が出る。喉の乾きを訴える。半分のこった水を一気に飲み干した。少しだけ体温が下がったように思える。
「生き物はみんな水が必要だからね・・・本当、夏の川とか天国に思えるよ」
「お前アクア団みたいなこと言うんだな。水がありすぎて洪水になったり高波になったりするんじゃん。活動できる陸が多い方がいいよ」
いきなり噛み付かれてガーネットはびっくりしたようだった。早口でまくしたてるザフィールに。疲れて反論も出ず、黙り込む。しばらく沈黙が続いた。お互いに黙り込み、もくもくとこの室内のジャングルを見ている。
 その沈黙を破るかのように、ザフィールの腹が盛大に鳴る。昼食もなしに歩いてきたのだ、もう我慢の限界というところ。隣でガーネットが笑いをこらえきれなかったようで、見ないようにそっぽを向いていた。でも体が震えているから、きっと笑っている。
「よかったら食べる?ザフィールが入院中に育てた木の実とかもたくさんつかって作ったんだよ」
ガーネットが差し出したのはポロックケース。貰えるのかとジュプトルが期待して寄ってくる。
「ほら、ザフィール、ポロックだよー!」
「俺はポケモンか!」
そう反抗したのもつかの間。ポロックケースから曲線を描いて投げられる空色ポロックを逃さないと、ザフィールは跳んだ。そしてちょうどフリスビーをくわえる犬のごとく、口で見事にキャッチ。苦くて甘い味が広がる。ザフィールは少しガーネットに懐いた。ザフィールの毛づやが心なしか上がった。
「かしこさとかわいさが上がったかな」
「だから俺はポケモンじゃねー!」
隣のキーチにはポロックケースから手のひらに乗せてやり、丁寧に渡していた。ポケモン以下の扱い。しかもキーチにはワンランク上の灰色ポロック。辛くて酸っぱくて苦い味らしい。キーチは特に好き嫌いがないので、おいしそうに食べていた。
「そうだ、明日あたり収穫の日だ。そういえばこの前、モコシの実をもらったんだ。また取りに行かないとな」
「その前にここから出ようぜ。ポロックありがとう」
「どういたしまして。さて、歩こうか」
再び歩き出す。疲れた足で歩き回るのは危険だ。このまま室内で遭難、閉じ込められて死亡なんていうエンドになりかねない。
 いあいぎりで切れない木を除き、全ての木を切るようジュプトルに指示する。プラスルとマイナンがいつの間にかボールから出て、キーチを応援していた。白い火花のボンボンが散る。それが余計暑苦しいのだが、二人はしかることはしなかった。
 枝葉が落ち、いくらか視界がひらける。そして見えるのは壁に区切られたドア。出口だ。思わず二人は駆け出す。それを追うようにプラスルとマイナンも続く。これで出られる。そして捕獲までしてよくもこんなところに閉じ込めたと文句を言ってやろう。実力的なことはガーネットに任すとして。ザフィールはドアに手をかける。
「なんで、開かない?」
「ザフィール、何か書いてる・・・合い言葉だって」
「そんなもん・・・からくり だいおう しね、からくり だいおう ころす、からくり だいおう はげ、からくり だいおう 」
全て表してしまうと、彼の人間性を疑われるので途中で省略。隣にいたガーネットは罵詈雑言に驚いたようで、現代的にいえば完全にひいてる。当然のごとく、ドアはなにも反応しない。我慢の限界か、ザフィールが左手でドアを殴りつける。
「ごるああ!!わいばくらすっぞーー!!」
ついにザフィールがキレた。普段は見ることのできない、彼の本気モードで殴り付ける。親の仇かとでもいうように。それに何を話しているか解らない。それもそのはず、地元民同士でしか使わない言葉。ガーネットにはまったく伝わらないが、なにやら凄んでることは解る。しばらくして反応が一切ないことに諦めたのか、急に大人しくなった。
「はあ、開かねえなあ。これちょっと蹴破ってよ」
「無理ねえ、これカギもそうだけど、この扉、壊されないように二重になってるし。カイリキーよりもすごいポケモンがいたとしても壊されないようになってるわ」
ガーネットが冷静にドアを見る。マイクに合い言葉を吹き込めばいいのだ。そしてこの室内にあることは間違いない。
「ねえザフィール、ここにいてくれない?」
「え?なんで?」
「合い言葉を探しに行く。あんたのその白い髪、遠くからでも目立つからすぐに帰ってこれる。それに、もう限界なんでしょ、その足。さっき走った時、いつもより少しだけ遅かったからね」
逃げるわけじゃないから、と言おうとしたが、すでにガーネットは背を向けて歩きだしている。
「待って!」
駆け寄る。確かにどちらの足も踏み出すととても痛い。今、襲われたらおそらく逃げれない。
「あの、こんなときに、死亡フラグっぽいんだけど・・・」
「マンガじゃあるまいし。何よ?」
「この前の、お礼。ずっと忘れてたんだ」
彼の左手から、きれいな包みを渡す。ガーネットが丁寧にラッピングをはがしていった。そこにあったのは、パステルピンク色のハンドタオル。そこにプリントされているのはポケモン界のアイドルとして名高いピッピ。といってもこの地方ではまず見ることがなく、たまに違う地方から来る人が連れてくるのを見るくらい。
「カナシダトンネルで、なくしちゃったし」
「別によかったのに。でもありがとう」
ポケモンたちに向ける笑顔より嬉しそうだった。鞄に大切そうにしまう。かわいいところあるんだなと感心し、入院していた時のことを口にした。
「そういえば、先生から聞いたんだけど、俺が3日寝てた時に、荷物整理したり、エーちゃんの世話してくれたんだってな、なんで言わないんだ?」
「私はザフィールの荷物を妖しいものがないかどうか確かめただけだし」
聞き間違いか。ザフィールの表情が凍りつく。汗だけが熱さを伝えていた。
「は?荷物を、見た?」
「そうよ、荷物みて証拠でもあったらいいかなと思って、鞄の中身全部見たわよ」
「おい、なんだそれ。人のもの勝手に見ていいと思ってんのかよ」
見られたくないものなんてたくさんある。ポケナビのマグマ団関連のものは見たら消去してるからいいとして、制服とか制服とか制服とか。
「助けてあげたんだからそれくらいいいでしょ」
「よくねえよ、いい加減にしろよお前」
気づけばプラスルがザフィールのズボンの裾を、マイナンがガーネットの足を引っ張っている。今は喧嘩している場合じゃないと伝えるかのように。二人はなにも言わず、お互いに背を向ける。


 こんな熱いところで暴れた上に大声を出した。余計に熱い。ドアを背に座り込む。もう一つのカイナの深層水を取り出すと、一口含んだ。もう夕方近い。今日は一日こんなところにいた。しかも最後に嫌なことを聞く。人のプライバシーにまでずかずかと入り込む、無神経さ。それがザフィールには信じられなかった。そしてそのことを悪びれるでもなく平然としていることが許せない。熱さも手伝って、イライラは増すばかり。
「あの女、いつか見てろよ・・・」
諦めて一緒にいるフリをして、いつか痛い目にあわせてやる。そのための計画を、熱さでまともに動かない頭でひねり出す。アイディアがまともに浮かばず、遺恨だけがそこに残る。


 合い言葉を探しに来たガーネットは道を適当に行く。ジュプトルのような木を切れるポケモンがいないから、それらを避けて。そしてどうしても行かなければいけないときは、その力で引っこ抜く。室内に植えられた木なので、根を張り巡らせた天然の木より軽い。そうして木の残骸を増やしながら、ガーネットは進む。
「でも大したもの入ってなかったのよね、きずぐすりとモンスターボールくらいで」
濡れたものを洗って乾かしてくれたのはラッキーたちだし、2日目にはすでにたたまれて鞄にしまわれていた。服を調べて妖しかったらラッキーが教えてくれるだろうし、他にこれといったものはない。その辺にいるポケモントレーナーと装備は変わらなかった。それよりも主人を心配するエネコの方が気になってしまい、世話をしていただけである。
「あんなに怒らなくてもいいじゃない」
いまにも殴りつけそうな勢いで食いついてきたのには、後から思い出しても嫌な気分になる。熱さにもイライラ、そのことでもイライラ。そして足元に気づかず、おもいっきり踏んだ。足裏に伝わる木の枝とは違う感覚。よく見れば何か書かれた巻物だった。地面に固定されていて、動かすものではなさそうだ。ガーネットはそこに書かれている合い言葉を覚えた。
「・・・しかしこんな目に合わされて言う言葉じゃないな・・・」
帰り道、引っこ抜いた木を目印に通っていく。そうすればやがて見えてくる白い髪。ポロックのおかげで少しかわいく賢そうに見える。少し機嫌が直ったのか、姿を見せた時、左手を振っていた。
「はやかったな」
完全に、とは行かない。声がそういっていた。黙ってガーネットはマイクの前に立つ。そして、少し黙った。今はとても言いたくない。けれどそれが合い言葉。言わなければならない。そうしないとこの地獄のジャングルから出られない。意を決してガーネットは息を吸い込んだ。
「からくり だいおう さま ステキ!」
重々しい扉が軽く開く。外から流れ込んでくる空気は今と比べたらさわやかそのもの。ガーネットは黙ってその先に進んだ。続いてザフィールも。長い畳の廊下を歩く。外がこんなに涼しいなんて思いもしなかった。けれど二人は無言のまま。

 一際明るい茶室に出る。そこには茶をすすっているのんきなおじさん。全身に汗をかいてる二人に気づくと、のんきに手を振っている。二人は今まで押し殺していた感情を一気に放出した。それはバクオングよりすごく、プリンよりよく通る声で。
「てめーか!!網かけてきたやつは!!」
「よくも熱帯気候に閉じ込めやがったな!」
二人は一斉に飛び掛かる。けれどおじさんは一瞬にして姿を消す。どこへ消えたのか解らず、あたりをみる。しかしいない。
「我が輩はからくり大王!しかしあのジャングルを抜けてくるとはなあ。徹夜で木を植えたのに!!」
ちゃぶ台の下だ。ガーネットがちゃぶ台を蹴り上げる。ザフィールが確保しようとしたとき、再び姿を消す。
「最近の若いものは血の気が多くてなあ。宣伝しても誰も来てくれなくて寂しかっただけなのに」
「寂しかっただけじゃねー!どう考えたっておっさんのやってることは犯罪だろがー!」
「縄で捕まえといて、何が寂しかったで済まされるかー!」
捕まえようとしても捕まえようとしてもおじさんはするりと抜けていく。10分もどたばたしていたら、部屋の中は荒れ放題。畳はささくれ、壁はガーネットの拳を受けて崩れている。
「我が輩は捕まらん!ではまた次回をお楽しみに!」
消えた。煙のごとく消えた。二度と来るか。そして二度と目の前を通るか。そう誓った二人だった。


  [No.548] 14、アクア団の遭遇 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/24(Fri) 19:22:16   69clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「くそ、あいつまたしくじったのか」
強く拳を握る。目の前にはホウエン地方についての論文が積み上がっている。いくつもある論文の中で、全て同じページが開いている。そこには、大地の化身の紅色の珠、海の化身の藍色の珠のことが書かれている。そしてどの論文にも珠の意思に比例して力が蘇ると論じていた。
「取られる前に、紅色の珠を捕らえておかなければ」
名前だけが頼り。歴史上、何度か現れたそれは紅色の珠と同じ名前をしているという。藍色の珠はそれと解るまでに少し時間を要したけれど、すでに手中にある。受話器を取ると、指示を飛ばした。


 ポケナビが着信音を盛大に鳴らす。ザフィールが設定しているのは普通の音ではない。あのアニメ、マジカル☆レボリューションの主題歌だと解るのは、先週も今週も散々見せられたせいか。何が彼の心を捕らえたか全く解らず、何が面白いのか理解できない。子供の頃はアニメも見ていたけれど、あんな「アイドルを夢見る少女が、魔法のエネコとがんばるの☆恋も仕事も負けられない☆」という女児向けアニメを、中学生にもなった男子が見ているのは理解ができない。確かに主題歌はポケモンと思えないほど声量があって、それと言われなければ気にならないけれど。
「はいはい、なになに?」
着信に出たザフィールは、大きなお友達を刺す視線に気づかない。普通に喋ってるところを見ると、家族からなのか。電話が終わるまで待つ。
「え、そうなの?そうか、わかった。うーん、でも今キンセツシティなんだわ、すぐに帰れそうにないんだけど。わかった、じゃあ帰るわ」
ポケナビを切って、いつものところにセットする。そして、次に出たザフィールの言葉。
「父さんとこのポケモンが病気らしくて、そういうわけでついてくるなよ。今からミシロ帰るから」
「えっ!?どうやって?」
「うーん、スバッチが進化次第空を飛べるけど、今は自転車かなあ。まあまだホウエンで行ってないところとかもあるから、何日か後に戻ってくるから」
「逃げる気?」
「疑うなあ・・・どうしたら信じてくれる?」
「全部信じられないけどね、オダマキ博士に直接電話してもいい?」
「いいよ、どうせ同じこと言うだけだし」
そこまで言ってガーネットは黙る。それを見てザフィールは折りたたみ自転車を組み立て始める。
「まあ、お前もポケモントレーナーなら一人でいいだろ。ああ、じゃあエントリーコールの番号教えておくから。俺は別に逃げも隠れもしねーし」
「まあそうだけど」
「んじゃ、またミシロ出るころには連絡するから」
根拠もなければ、信用に値するものもないけれど。反論しようとしても、自転車に乗ってしまえばすでにキンセツシティから遠ざかっていた。また逃げられた。小さくなる背中を見つめてため息をつく。
 ポケモンと出会った時のために強くするため、野生のポケモンが多く生息する111番道路へと歩き出した。それにしても、あのダサい自転車、もらったのはいいけれどよく乗る気になったな、と感心する。
 キンセツシティを行き交う自転車たちを見ていた時に、声をかけてきた人物。ミスターカゼノと名乗ったそのおじさんは、ミシロから来たと告げると、帰るのも大変だろうと自転車をくれたのである。なぜそんな太っ腹だったのか、二人は自転車を受け取った時に解った。
「カゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノ・・・・」
自転車のいたるところに書いてあるのである。つまり、二人に自転車を乗るかわりに宣伝してくれということだった。あざといおじさんに、二人は何も言えず。結局受け取ってしまい、二人の手元にはカゼノ自転車。
「まあ、信じてやろう」
マッスグマのしょうきちが抜けた後、素早さ担当がいない。マイナンも充分速いのだけど、パワーが足りない。鍛えておかなければ。もしザフィールがまた勝負ふっかけてきた時のためにも。街の端に行くため、カゼノ自転車を取り出す。ペダルを踏み込み、マッハタイプの自転車は一気に加速した。


 それから何時間後、歩くより遥かに速い自転車のおかげで、予定より速くミシロタウンに着く。
 研究所の前で自転車をとめ、久しぶりにドアを開ける。懐かしい匂い。何も変わってないことに浮かれながら、父親を訪ねる。訪ねたそこにはいなかった。呼んでおいてまた外へ行ってしまったのか。確かに本より外の調査、フィールドワークを重視するタイプだったが、そこまでひどいとは思わなかった。
 机の上に何やら書き置きを発見する。家に帰っていると。落ち着きのない父親だ。助手たちに挨拶をしながら、家に帰る。ドアをあけた先には、ソファーでくつろいでる父親。緊急でポケモンが病気だから来たというのに、ザフィールはしょうしょう力が抜けた。用事は何だと聞くと、オダマキ博士は思い出したように庭を指す。
「出てみれば解るよ」
「なんだよ、全く」
外に出る。そこには、元気なく端に座り込んでいるオレンジ色のひよこ、アチャモ。ザフィールの方をちらっと見ると、すぐにまた視線を戻してぼーっとしている。触ろうが抱こうがおかまいなし。ザフィールの腕の中で鳴き声ひとつあげず。
「病気というより、無害な感染症かな」
「なにそれ?」
「ポケルスの論文みせてやったじゃないか。ポケモンにくっつく、謎のウイルスだよ。何をすればそうなるのか全く解らないけど、これに感染したポケモンは強くなるらしいって」
思い出す。全て英語だったため、読み取るのはとても苦労したが、ザフィールは辞書片手に読んだことがある。不思議なウイルスの話、実験、そしてワクチンは出来るかどうか、ワクチンを取らせた方がいいのかどうか。それにとても興味を惹かれ、夢中になって何度も読んだ。正しい訳かどうか調べてもらったりしながら。
 そのことを思い出すと、ザフィールの目は輝く。滅多にないことだとも記述があったので、目の前にその事実がいることがとても興味があった。ふわふわの羽、高い体温。これがまさにそれかと思うと、鼓動が早まる。
「あー!見た見た。すげえおもしろかったやつ。じゃあこのアチャモも?」
「そう。ポケルスらしい。元気がないのは、いつも一緒だったミズゴロウとキモリがいなくて寂しいらしいんだ。それで、言いたいことは解るな?」
「俺に連れていけと?アチャモを?」
「うむ、勘がするどいな。さすが我が子だ」
気づけばオダマキ博士はアチャモの入っていたモンスターボールを持っている。それをザフィールが受け取ると、手を振っていた。
「これさ、父さんの大事なボディーガード兼パートナーじゃないの?」
「そうなのだ。なので、元気が出たらまた帰ってくること!それとポケモンとは仲良くやってるか?ちゃんと調査もやってるんだろう?」
「や、やってるよ!キモリだって進化したんだ。調査だってまとめていつも夜には送ってるじゃんか」
「昔から育てるのは下手だったからなあ、これでも心配なんだ。また入院してもあれだし、なにより・・・」
「もうならない。俺だって強くなったんだ」
アチャモをモンスターボールにしまう。そして庭から外に出ると、自転車を取りに行く。オダマキ博士はそれを見て、あのことを引きずり出したのはよくなかったと後悔した。何年待てば元に戻るのだろう。過去のことにとらわれすぎているのか、ザフィールがそのことについて少しでも触れようものなら異常な反応を示すこと。


 意外なほど早くエントリーコールが鳴る。今からキンセツシティに行くと。ただ、もう夕方なので、明日には着くという伝言。コトキタウンのポケモンセンターにいるらしく、電話の向こうからコトキタウンの宣伝が聞こえる。
「じゃあ、明日は111番道路で待ち合わせしようか?どうせ調査まだだったし」
「ああ、それがいいや。じゃあ、お昼頃に着くから、その時に待ち合わせで。ああ、もしよかったら空のスーパーボール買っといてくれない?」
珍しくザフィールが反抗しない。そういえばカナシダトンネルのあたりから何か変だ。ただ、頻繁に目をそらしてくるのと、いつの間にか消えるのは変わらないけれど。
「なんで?」
「ここら辺売ってなくてさ、捕まえやすい方がいいから」
「まあ、捕獲が上手いあんたのことだから、別にいいけど」
「さすが俺を付け回すだけあるな、よく観察してらっしゃるこって」
ポケナビが切れた。電波が切れたのだけど、いいタイミングで切れたものだ。かけ直そうかと思ったけれど、また明日言えばいい。テレビレポーターに取材されたことを自慢しようかと思ったのに。しかも生放送だったらしく、全国にマイナンとシリウスのコンビが映った。嬉しくて仕方ない。キンセツシティのポケモンセンターに行き、明日に備えて回復させる。


「あーあ、電池ないや」
もう電池も切れかけているポケナビ。充電式だったが、いつもはあまり使わないために2日に1回していた。けれど昨日はあんなに話していたため、充電しなかったために残りわずかな電力。それに気づいた時には、約束の時間に差し掛かっていた。急いで111番道路へ向かう。
「まあいいか、あの自転車とあの白髪は見逃すわけないし」
「あー昨日のガーネットさん!」
振り向けば昨日のレポーターがカメラと一緒に立っている。またポケモンを映したい。そう言われ、コイルとゴニョニョを目の前に出される。そうしたら出さないわけにはいかない。昨日と違うポケモン、シルクとリゲルを繰り出した。
「ダブルバトルは苦手だけどね、挑まれたら行くよシルク!リゲル!」
ポニータに火の粉、キノココにずつきを命じる。カメラの前だからか、キノココは多少緊張していたようで、ゴニョニョの前で転ぶ。それはそれは派手に。ずつきではなく、体当たりでゴニョニョにぶつかった。
 ポニータの火の粉に巻かれ、コイルは逃げていた。けれどカメラがズームしているのはゴニョニョとキノココの戦い。確かにそちらの方が笑いも取れるだろうけれど。
「リゲル・・・しびれごな!」
頭から黄色い粉が漂う。ゴニョニョにまとわりつき、体を麻痺させる。最後のあがきとばかりにゴニョニョは騒ぎだす。その大きさは後ろにいるガーネットまで耳を塞ぐほど。前回はそんな騒ぐこともさせずに倒してしまったから、全く対策してなかった。シルクもうるさそうにしている。
「リゲルー!やどりぎー!」
聞こえていない。リゲルは何をしていいか解らず、音量に目眩を起こしている。あれじゃあ戦えない。
「シルク、炎の渦!」
炎の渦がゴニョニョを閉じ込める。そして次の指示、体当たり。力と体格の差で、ゴニョニョは飛ばされ、戦闘不能に。
「すごい、すごいわ!やっぱり私たちが目をつけたことだけあるわね」
「い、いえそこまででは・・・友達と待ち合わせしてるのでもう行きますね」
一礼し、ポニータとキノココをボールに戻す。レポーターたちが見えなくなるくらい遠くに行く。人気がなく、静かなところ。遠くには大きな山も見えるし、ロープウェイが通っているのも見える。火山のようで、頂上からは煙が出ていた。見上げてため息をつく。
「いたぞ」
「いた、ボスの言ってた女」
「捕らえる」
ガーネットが視線を戻した時、見たことのある青いバンダナを巻いた海賊風の人間が3人いた。トウカの森で会い、カナシダトンネルではザフィールを一方的に痛めつけていたやつらだ。ここまで接近を許してしまったのは、ゴニョニョとの戦いのせいか。ガーネットは身構える。
「トレーナーか」
「トレーナーのようだ」
「どうする、正攻法は通用しないな」
一斉にボールから出されるラフレシア、グラエナ、カイリキー。3匹から漏れだすオーラから、いくつもの戦いを勝ち抜いてきたような強さを感じる。ガーネットはだまってポケモンを出した。シルク、リゲル、マイナン。敵わないかもしれない。けれども逃げられもしない。
「行け!」
3匹は同時に襲いかかる。それに対応するように、こちらも動いた。ラフレシアが不穏な動きを見せたことに気づかず。


 息を切らせてやっと111番道路に着く。段差があったりして往復同じ道というわけにはいかず、少し時間がかかってしまった。昼は軽いものを食べたし、すぐに調査にかかれるはずだ。それに早くしないとまたうるさいだろう。
「なんで俺、こんなに必死なんだよ」
ザフィールも良く解らなかった。カナシダトンネルで、はっきりと感じたことが忘れられない。逃げられなくなった時に、無理矢理道を開いてくれたこと。そのことがどうしても引っかかり、こんなに必死なのだとザフィールは自分に言い聞かせる。それに、こちらから近づいておけば拳が飛んでくることはないし。
 自転車を折りたたみながら、ザフィールはあたりを探す。あんなに自分からついてくると言っておきながら、本人がいない。ガーネットの性格からして遅刻するということはまずないだろうし、途中で出会ったトレーナーたちもあの赤いバンダナとポニータは印象的だったと言っていた。いるはずなのに、何に夢中になってどこへ行ってしまったのだろう。エントリーコールを鳴らしても電波が届かないところか電源が切れているアナウンスが入るのみ。
「全く、言い出したくせに途中放棄か」
だいたいから何を必死になってんだ。彼女からいなくなった、これが答えではないか。今まで感じてた恩や様々なものをバカにしたように笑う。あと少ししてもいないならば、もう一人で行こう。そう決めた。ふとジュプトルがボールの外に出る。草むらに引っかかる、見た事のある赤い布を持って。


 熱い。洞窟の中は地面からかなりの熱を放っていた。ここはエントツ山の真下、ほのおの抜け道。ラフレシアのしびれ粉をたっぷり吸わされ、逃げられないように手足を縛られたガーネットがアクア団たちにより運ばれている。今は何か連絡を取っているようで、ここから支部に向かうと言っている。地面に座らされ、熱から逃げようとするが、上手く力が入らない。手足を縛る縄も、こんな状態ではちぎることも出来ない。
「大丈夫だそうだ。ハジツゲ支部に連れて行くぞ」
持ち上げられる。抵抗したって無駄だった。体が言うことを聞かない。アクア団に囲まれ、逃げ出そうにも逃げ出せない。ポケモンたちはボールごと奪われ、声も届かなかった。
「ああ、そうだここからは目隠ししとけ」
さらに目に布がかかる。真っ暗な中、ただ体をどこかに連れて行かれる感覚。どうなるのか、先日のザフィールの言葉が頭をよぎる。こんなときなのに、頭はやけに冷静で、心は何も感じなかった。もっと大きなものを感じていたからかもしれない。死ぬかもしれないという恐怖。


  [No.549] 15、海からの誘惑 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/26(Sun) 18:09:32   56clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 聞こえるか、私の化身。自由に動く体を持つ私。その意思、行動力、邪悪なものが狙っている。邪悪なものより先に私を手に力を調整しなければならない。私にはそれができる。私にしかそれはできない。
 私と対をなすものは邪気に染まっている。今なら間に合う。邪気を払い、協力し、そして守るのだ。それができないのであれば滅ぶ身であることを知れ



 眠り粉も吸わされたようで、堅い床に寝かせられていた。目をあけても暗いまま。先ほどより体に自由がきく。けれど手を縛る縄はびくともしなかった。そこまで力が回復していない様子。まわりに気配はなく、冷たい床が頬に当たる。水音が聞こえた。耳をつけていると他にも機械の音や、どこかで怒鳴りつける声がする。
 まだ生きている。何が目的かガーネットには解らなかった。大声を出そうと思えば出来た。けれど思うように息が吸えない。声が出せない。震えて震えて、思うように出来ない。何をどうしたらいいか解らない。誰もいない、けれどその静寂がガーネットには監獄に思えた。
「まったく、うちの連中ったら手荒すぎて呆れるよ。確かに連れてこいとは言ったけど、それじゃあ意味がないだろう!?ボスの目的知ってるのよね!?」
甲高い女の人の声がする。そして高いヒールが不機嫌に近づいてくる。その後を何人かの足音が、必死に謝りながらヒールを追う。そしてカギをまわす音がして、空気が開かれる。風が頬に当たった。
「でもイズミさん、そいつ力自慢のうちの団員を二人いっぺんにやった特性ありの人間ですよ!?」
「だからなんだって言うんだ、計画ぶちこわしてボスの怒りを買うのと、私の命令を聞くのどちらがいいの!?」
場の空気が凍り付いたようだった。小さく悲鳴をあげると、下っ端みたいな人たちは一斉に動く。ガーネットの体に何人か触れた。ムリヤリ手足を動かされるような乱暴なものに、うめき声が漏れる。「少しくらい我慢しろ」と声がかかった。次第に手が暖かくなる感じがした。拘束が解かれ、手足が自由になる。けれど目隠しはそのまま取る気配はない。
「立てよ」
後ろから強制的に体幹を掴まれ、立たされる。足はふらつくが、立つことはなんとかできた。すると早く歩けと背中を乱暴に押される。しびれになれない足は簡単にバランスを崩し、前にのめりこむ。手をつく前、何者かがガーネットの体を受け止めた。
「だから言ってるんだけどね、この子は客人だって。ボスにこのことは黙っててやるから、ウシオが来る前に準備しときな!」
ガーネットの体が浮いた。持ち上げられている。声の近さから、命令していた人物だった。しかも軽々と。がっしりとつかんでしまえばどんな人間もねじ伏せるガーネットのように、この人物も同じものを持っているようだった。



 マツブサの声が出る。エントリーコール越しの声は、とても不機嫌だった。いつもなら誰が失敗しようが、次にがんばれと声をかけるだけで、不機嫌なことはなかったのに。いつにない態度に、思わずザフィールが声を小さくする。
「あ、あの、マツブサさん?」
「ああ、ザフィールか、どうした、プライベートのエントリーコールはあんまりしないと言ってあるが」
電話口がこちらだと解ると、とたんにいつもの落ち着いたマツブサの声に戻る。怒らせた原因が自分でないことに安心し、ザフィールは用件を伝える。急いでいるけれど、落ち着いて。マツブサが理解できるように。
「お願いがあるんです!アクア団のアジト候補を教えて欲しいんだ」
「どうしたいきなり?準備なく突っ込めばお前が死ぬぞ」
理由を大雑把に話す。マツブサはしばらく黙った後、現在位置を聞いて来た。パソコンの画面を見ているようで、マツブサから口での交通案内が始まる。ザフィールは一字一句逃さないよう、注意深く聞く。一番近い、アジト候補である場所。ザフィールの中に緊張が走る。エントリーコールを切り、乱れる息を整え、大きく息を吸い込んだ。



 柔らかいソファーに座らされた。そして目隠しを解かれる。ガーネットの目に見えたのは、豊かな髪を誇る若い女と、ガタイのいい男。どちらもアクア団と解る格好をしていた。
「そう怖がらなくてもいいだろ」
男の方が言った。ガーネットは自然と遠くへ行こうとしていたようだ。男を隣の華美な女がたしなめる。当たり前の反応でしょうと。
「まあ、前にうちの若いもんが世話になったらしいな」
体をびくっと震わす。きっとカナシダトンネルのことを言っている。同じ格好をしているし、その報復だって考えられないものではない。しかもここにいるのはアクア団。まわりに味方といっていいものはない。
「んな関係ないこと言いだすんじゃないよ。あんたが言うから怖がっちゃって話もできないじゃないの、まったく」
女がため息をつく。そして目の前にあるカップに一口つける。そしてソーサーに奥とガーネットに微笑みながら語りかけた。
「まずは私たちの部下が手荒なことをしてごめんなさいね。私たちは敵じゃないし。ああ、私はイズミ。このデカ物はウシオ。アクア団の幹部をやってんの。アクア団ってのは、全ての生き物の源である海を広げて、住み良いところにしようっていう団体なんだけどね、詳しいことはボスに聞くといいわ」
「おいおいイズミ、それじゃあ説明になってねえよ。まあ、そんなところでお嬢ちゃんに協力してもらいたいんだ。ただとは言わせない。お嬢ちゃんの友達は、マグマ団に殺されたんだろう?」
「なんで知ってるっていう顔をしているわね。マグマ団は私たちの敵だもの、やつらの行動は見張らせてもらってるわ。その中の報告の一つよ。悪い話じゃないでしょ?うちの連中を2人も相手して無傷な貴方なら、きっとマグマ団の中にいる犯人をつぶすことだって出来るんじゃないかしら。その中の誰かを探しあてるのに、アクア団も協力するわ。もちろん、全員つぶす選択肢もあるけれど」
イズミ、ウシオは本気のようだった。ガーネットには願ってもないこと。けれど得体の知れない組織と、このように仲間内で囲ってくるようなやつらの手のうちに素直に入れるものではない。少し振り向けば監視しているアクア団が、ガーネットの動きを一つ一つ逃さないかのような鋭い眼光を放っている。
「突然のことですぐに答えが出ないのも無理はないわね、最初が最初だもの。でもね、申し訳ないけど貴方が断った場合、私たちは何日かけても貴方を説得するように言われているのよ。いい返事を期待しているのよ、これでも」
「ま、マグマ団に対抗できるのはうちくらいってなもんだ。アクア団になっても損することはねえよ。それに、お嬢ちゃんのポケモンもかなり育っているみたいだしな、マグマ団に目をつけられたら危ないし、その時はこちらが守ってやることもできる。一人で立ち向かうより、遥かに安全だということは覚えておいてくれ」
アクア団に協力すると言わないと外に出してくれなそうだった。それにウシオの言う通り、一人でマグマ団に立ち向かうよりも、アクア団を味方につけた方が安全だし、何よりも効率的だ。今は見張るべき人間がなにもしっぽを出しそうにないため、行き詰まっているのは事実。それに前に座っているのは、この前相手をしたアクア団よりも遥かにオーラが違う。
「すでにどうすればベストか解っている顔をしているわね。良い返事をもらえそうで何よりよ。私たちと共に来るならば、貴方の荷物とポケモンを返さないとね。ああ大丈夫よ心配しないで。貴方のポケモンはみんな私たちが回復させてあげたから」
イズミが袋にいれたボールと荷物を目の前におく。手を伸ばせば届くところだ。けれど受け取って協力しないといった時、自分に降り掛かることが頭をよぎる。勝てるわけがない。そう思うと左手も動きを止めた。
「怖がることはないわ。貴方のものだもの。仲間に罠を張るようなことはしないわよ」
「ま、ポケモンで暴れたって、この数相手は無理だろうし、それに案内なしで帰れる建物じゃないからな。そこは理解しててくれ」
答えは一つしかない。最初から。ガーネットは大きく息を吸った。
「私は・・・」
やっと出せた小さな声は、緑の風にかき消される。机においた荷物が消えていた。それにはそこにいた全員が何が起きたか解らず固まる。
「上だ」
ドア付近に立っていたやつが言った。ガーネットも上をみる。けれどすでにそこに姿はなく、見張り達はしびれてその場に倒れる。
「あそこか」
ウシオの動作は機敏。ボールからゴルバットが現われ、天井を空気の刃で斬りつける。そこからはぱらぱらと欠けた壁紙やコンクリートが落ちてくるのみ。
「大丈夫か?変なこと吹き込まれてないか?こいつらアクア団だぜ」
幹部二人とガーネットの間に割り込むように、ザフィールが立っていた。傍らにはガーネットの荷物を持ったジュプトル。主人の命令で、いつでも飛び掛かれる姿勢で、幹部たちをにらみつける。
「ザフィール?本当にザフィールなの?」
信じられなかった。確認するように何度もみるけれど、新雪のような髪、赤と黒の上着。見慣れた後ろ姿のはずなのに、全てを預けられるように見えた。彼はこの状況でも物怖じすることはなかった。
「俺は一人だよ」
振り向いたその顔は、とてもやわらかい表情だった。まだアジトの中だというのに、絶対的な安心感が駆け抜ける。緊張感が抜け、体が楽になる。自分でも気づかないうちに、恐怖で震えていたようだった。
「あら、あちらから来てくれたようね」
イズミはとても落ち着いていた。侵入者を目の前にして、ウシオもゴルバットをボールに戻す。
「何の真似だ?」
「二人ともそろったようなのでね、ちょうどよかったよ」
「探していたのよ、坊や」
さえずりと共にイズミの顔に黒い影が張り付く。空中でとんぼ返りすると、スバッチはウシオの腹に突っ込んだ。当然、イズミは突然のことに悲鳴をあげ、手で振り払おうとするし、何が起きたか理解の遅れたウシオはさすがに腹に衝撃がきてはうめいた。幹部二人の隙を見逃すわけがない。ザフィールがガーネットの手を強く引いた。
「走れ」
妨害するもの全てを追い払い、蹴散らして二人は走る。先行するようにキーチが走っていた。

 残されたウシオ、イズミは開いたままのドアを見てため息をつく。マグマ団にここがバレたこと、獲物2匹に撹乱させられてしまったこと。イズミは腹をさすってるウシオを起こすように手を差し伸べる。
「どうするんだ、あいつら」
「大丈夫よ。あの女の子には本当に注意しないと見えない発信器をつけさせてもらったから。それにこの迷路のようなここから逃げれると思ってるのかしらね」
「おいおい、あいつはマグマ団のエースだぞ。普通じゃないことをやり遂げることで有名じゃねえか」
「そういえばそうねえ。あの子には何度もうちの団員もやられてることだし。そういえばお友達かしら。マグマ団って知ってて付き合ってるのかね、教えてあげた方が親切かしら」
「そうだな、友情壊して心を砕くのも速いかもしれないが、それはあれがこちらの手に入ってからでも遅くはない。それにしても、あの時のガキがそうだとは、運が悪すぎるとしか言いようがないよな」
ボスに一報しないと後でまたどやされる。マグマ団に侵入されたこと、そして最大の努力で侵入者を追っていると。


 廊下は果てなく続くように思えた。後ろからはアクア団たちが追ってきている。ザフィールは廊下を左に曲がり、すぐまた左に曲がる。どちらも十字路で、追ってきたアクア団は見失ったと声をかけあっている。けれど二人とも体力も限界に近い。特にガーネットは、たまに力が入らないみたいで足が崩れる。ザフィールは彼女を自分の方に引き寄せた。
「通り過ぎるまで・・・」
二手に別れて何人かがこちらに来るだろう。そしてその数が少ないことを祈りプラスルのボールを握る。こちらに来たのは数人。ザフィールは息をのんだ。そして、通り過ぎる直前。
 しびれ粉が風に乗って追跡者に降り掛かる。目には見えない粉末が追跡者の鼻に入り、しびれを引き起こす。ガーネットのリゲルが頭から粉を振りまいていた。
「よくやった、けれどね」
倒れた音に気づかれる。ザフィールは走り出した。しびれごなが乗ったという事は、風がある。その方向に走れば、出口は近いはず。ただひたすらまっすぐに、廊下を走った。そのうちに見えてくる、少し明るい日差しが差し込む階段。ためらうこともない。かけあがる。
 そして階段が終わったところに見える扉を押した。同時に入り込む風と弱い日差し、それと灰色の空。地面に降り積もったそれが、一面灰色に染めている。走ってきた汗を、少し涼しい外気が冷やす。
「な、なにここ・・・色がない?」
地獄でも見てるかのようなガーネット。それを動かすかのようにザフィールが手をひっぱる。
「エントツ山の火山灰が降り積もってんだ、場所的には113番道路。111番道路の北ってところかな。さて、まだ諦めてないみたいだし、早く」
背後には大勢の足音。アクア団たちも焦っている。後一息。灰がつもる草むらを踏み出した。そのたびに舞い上がる灰が入ってくる。それでもなるべく遠くに。降り続く火山灰が、他のところよりも姿を隠してくれるから。



 勢いよく扉をしめ、カギとチェーンをがっつりかける。ポケモンセンターの仮眠室、6畳くらいの広さのそこは、土地の安いハジツゲタウンだからこそ。おそらく、今までのどのポケモンセンターよりも広い。
 扉の前で、外の様子を伺い、追ってきているものがいないことを確認すると、ザフィールは部屋の中に歩き出す。そしてふすまの奥、窓の外、全ての壁を調べ、異常がないことを確かめた。
「ふぁー、なんとか巻けたかな。今日つかれたなあ・・・」
走っているときとは別の、気の抜けた声でザフィールは体を伸ばした。午前は自転車のペダルを踏み、午後は通気口を伝って侵入、そして全力で1時間以上は走った気がする。長かった。この前のカラクリ屋敷よりも疲労はたまる。
「そうだ、お前の荷物返さないとな。確認はしてないから・・・」
ジュプトルから荷物の入った袋を受け取る。中身を取り出すと、確かに全部そろっているように見える。それを目の前にしても、ガーネットは隅で膝をついたまま。
「死ぬかと、思った」
小さな声だった。聞き返すこともしなかった。ガーネットは手を伸ばす。道具より、ボールより、ザフィールの手を掴んだ。
「もう、ダメかと思った。だれもいなくて、動けなくて」
張りつめていたのは彼女も同じだった。みつけた時に掴んでくる力よりも強くザフィールの腕を掴んでいる。
「ありがとう、ザフィール。本当に、本当に・・・」
下を向く。思わずザフィールはさらにガーネットを引き寄せる。こんな時にうそなきするようなふざけたヤツではないことは解っている。肩を抱きしめると、震えているのがはっきりと伝わる。
「うん、本当無事でよかった。もう大丈夫だから。他になにも怖いことされたのか?」
首を横に振る。今はまだあまり聞かない方がいいかもしれない。ザフィールは黙ってガーネットの背中を軽くたたく。
「ごめん、俺のせいで。こんな怖い思いさせて」
懐のガーネットを見て、ザフィールはため息をつく。どんなに殺人犯扱いされても、マグマ団のことは言うべきだったのかどうか、迷っていた。そのせいで巻き込んだことも否めない。カナシダトンネルの一件だって、元はといえばマグマ団である身が引き起こしたこと。
 強気な彼女が、こんなにも自分の弱いところをさらけ出すのには、ザフィールもただ黙っている。それしかなかった。一度に説明したって余計に混乱させるだけだし、耳に入るかどうかも解らない。今は一通りの感情が全て出るまで待つ。それが出来ること。


 時計がないので、どれくらい時間が経ったか解らない。けれどかなり長い時間、そうしていた。おそらくエンカウントとしか呼べない出会い方をしてから初めてのこと。お互いを拒否しないことが、まずなかったものだから。
「落ち着いた?」
心なしかさっきよりも距離が近づいているように思えた。ガーネットのふわふわの髪がザフィールの首筋に当たってくすぐったい。
「・・・うん」
顔をあげず、ザフィールの胸にうずめたまま答える。再び沈黙するけれど、その距離を楽しんでいるような、かみしめているような。しばらくしてからガーネットが顔をあげる。
「ねえ、ザフィール?」
「どうした?」
「付き合ってる子とかいるの?」
「はあ?どうしたいきなり?いるわけねーよ、二次元とポケモンに勝てるやつ」
「いたら、申し訳ないなと思って」
「お前なあ」
ため息をつく。ガーネットを抱く手にさらに力をこめて。
「こんな時くらい他人のことはおいといて、自分のこと心配しろよ」
「ありがとう。そうさせてもらう」
ザフィールの背中にまわしている腕に力が入る。本人は手加減しているつもりだろうけれど、肋骨をしめられてとても痛い。彼の奇声に意味が解ったようで、力を緩めた。
「おーまーえーはー!大体が嫁入り前の娘がこんなことして先がどうかとか悪い噂たったりしたらどうするの!」
「ごめん。離れるのが怖い・・・」
今日は仕方ないかとザフィールも力を入れる。それに不思議と嫌ではなかった。責任が自分にあるということだけではない。よくわからないけれど、一つだけはっきりしていた。守らなければ、と。


  [No.551] 16、期待と裏切り 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/27(Mon) 11:08:16   61clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 眠れてないのに、頭はすっきりとしていた。隣には、まだ夢の中にいるザフィールがいる。昨日はわがままいって、こんなに近くにいてもらったけれど。どう思っているか解らない寝顔を起こさないように布団から出る。灰で少し汚れた服も体も洗いたい。けどなんとなくすぐに行動したいと思わず、少しの間、座って離れないようにしていた。小さな声で、行ってくるねとつぶやく。聞こえてるはずもないけれど、無言で行くのも忍びない。
 暖かい湯が体を伝う。汚れも灰も全て落ちていくようだった。シャンプーの香りが広がる。火山灰を再利用した商品らしく、色が黒い。流した後、なんともいえないさっぱり感がある。
 
 湯を使っている音に目が覚めた。いつものくせでポケナビで時間を確認する。まだ朝早い。そして少し昨日のことを思い出し、隣にいるべき人がいないことに気づく。それは彼の目を完全に覚ませるのに充分だった。布団をはね除け、飛び起きる。
「ガーネット?」
それしか頭になかったのと、カギがかかってなかったのと。両方あって、思わず風呂場のドアを勢いよく開ける。
「ちょ、ちょっと!?」
「大丈夫なのか?昨日といい、そんなに・・・」
ここで気づくザフィールも相当視界が狭い。自分がどういう状況のときにどうしていたか、自覚すると何も言わず回れ右で一目散に出て行く。逃げ足の速さは、ガーネットに反論、反撃の隙間を与えない。台風が去っていったような騒がしさに、彼女も唖然と見送る。
「完全に、見られたよね」
まだ濡れている体は、何もまとっていない。

 布団の中でじたばたしていた。何をしてしまったのか、何をどうしてしまったのか。その後に来るであろう制裁の恐怖もそうだが、過去は変えられないことをひたすら頭の中をまわる。掛け布団を頭からすっぽりかぶり、暗闇の中であーでもないこーでもないとうなっている。
 どう謝ったらいいのか、どういったら制裁を受けなくて済むのか巡っていると、布団の上から何かが押してくる。頭だけ出して上を見ると、部屋着姿のガーネットがいる。ヤドカリのごとく素早く布団の中に潜る。
「ねえ、ザフィール?どうしたの?」
「いや、その、怒ってるんじゃないかと・・・いや本当ごめん、見るつもりはまじで無かった!」
布団の中でもごもご動いている。あまりにぐだぐだしているためか、ガーネットは立ち上がると、その掛け布団をいとも簡単に引きはがす。
「わあーー!まじでごめん!」
何をそんなにじたばたしているのか、ガーネットには理解不能。とりあえず黙ってみていたが、それはもう、ピンチの時にポケモンが放つじたばたよりも見ていて動きが面白い。体力があると威力が低い意味がよくわかる。無駄な動きが多くて、ダメージにつながらないのだろうな。そこまで考察して、かわいそうだし止めてやることにした。
「ねえ」
背中をおさえつけられ、彼の動きが止まる。
「落ち着いてよ。ザフィールも入る?昨日はいってないでしょ?」
見上げる。彼が見たガーネットは、怒っているというよりも不思議な生き物に遭遇したような顔だった。それに安心し、軟体動物のように起き上がる。
「本当、すいませんでした!」
「・・・変態」
暴力的な制裁こそなかったものの、その一言がザフィールの心に刺さる。それだけ言うと後は何もなかったかのように、ガーネットは支度を始める。その様子を見ていて、ザフィールは昨日に言おうとしていた事を思い出す。
「なあ、ガーネット、昨日着てた服は洗濯?」
「え?そうだけど?」
「それ終わったらでいいから、全部出して。下に着てたのも全部・・・にらまないでください。まじめな話、アクア団が何かの追跡してないとも限らないし、思い違いであればいいから、見せて」
不審者を見るような目をしていたけれど、全部洗い終わった後に黙って衣類を渡す。ザフィールはそれを受け取ると、表から見た後、裏に返す。別段不振な点は無さそうだけど、もし自分だったら一番気づかれないところに隠すはず。GPS機能だけのやつなら本当に小さいものだってある。襟の裏、縫い目のところ、裾のところ。そして一度も脱がさないで簡単に付けられるところ。
「本当にあるの?」
「思い違いならいいんだけどね」
そして特に上着とか鞄とか、常に身につけるもの。洗濯の回数が少なそうなもの。その方が、自然に落ちてしまう可能性が低い。機械だけじゃない。モンスターボールにだって取り付けられる。一つ一つ調べていったらキリがなさそうに思えた。
 ザフィールがガーネットの上着に何か違和感を感じた。畳に押しつけ、アイロンのように手でなぞる。そこにある少し膨らんだもの。微細すぎて、砂利かと思うくらいだった。けれどよく見てみれば、小さな発信器であるようだった。
「みつけた」
無効化するため、プラスルを呼び出す。朝だったため、とても眠そうだった。スパークを命じた。電気を全身に回し、小さな機械に集中する。それは何も音はしないが、よく電気が通ったようだった。そしてその小さな粒を窓から外に投げ捨てる。
「さて、紳士的に夜は来なかったが今から来ないとも限らないし、早めに出よう」
まだ朝は動き始めたばかり。疲れが完全に取れない足で、支度を始める。少しこの灰かぶった体を洗いたい。


 連絡が途絶えた。きっと見つかったかなにか事故でもあったか。これではGPSが使えない。ウシオはどうするとイズミに聞いた。それにしてもマグマ団が側にいるのは厄介だと笑う。
「それだけじゃないわ。トレーナーカードのIDを読み込んだからね、ポケモンセンターの利用歴なら追えるから安心して。それと今回のことで自宅に帰るかもしれないから、ミシロタウン周辺と、後はトウカシティジムを1週間見張るのね」
「あのマグマ団はどうする?」
「確かにそうなのよねえ、あの子一人ならいいんだけど、ジャマよねえ。なんとかこちらにできないものかしら。あーもー、全てがうちはなんで後手にまわってんのよ」
「もうあれは仕方ない。まさかかつての教え子をササガヤ先生が訴えるとは思ってなかったし、そうでもしなきゃ今は無い」
「卒業して何年も経つってのに、そんなにボスがかわいかったのかしら、まったく」
この状況をひっくり返せる何か奇策は無いのか。イズミは黙った。幹部をやっている以上、下のものに指令をしなければならない。気配を消すのが得意なものは見張りへ、実力があるものはマグマ団を見張らせる。


 朝食の席で、ポケナビが鳴る。こんな時に何かとザフィールが出ると、思ってもない人からの着信だった。思わず席を外す。マツブサからだ。きっと何かある。
「電話に出れるってことは、上手くいったのか?」
「はい、おかげで俺の友達も無事で」
「それは良かった。それでアクア団なのだが、どうやら流星の滝に何やら行くらしい。目的は一切不明だが、今日の10時、必ず来い」
「あ、その、ちょっと、昨日のこともあって、友達を送っていかないと・・・」
「何を言ってるんだ?そういう時、マグマ団ならどうするか考えての発言か?」
「あっ・・・そうだ、しばらくは関係のありそうな場所は見張ってる。ダメか、うーん」
「なんでもいいから来い。だいたいそんな遠いところにいるわけじゃないだろう?」
「まあ、はい。行きます」
切る。戻ってくると、座ってるガーネットが、何時間も待たされたような顔でそこにいる。会話の内容も疑わしいようだった。
「ごめん、待たせて」
「はあ?誰が待ってるなんていうわけ?」
電話の前と全く態度が違う。言い方も、さっきはこんな刺を含んだものじゃなかった。いくら待ってたとしても、そんなに怒らなくてもいいのに。
「え、なんか待ってたっぽいし・・・」
「だからさあ、待ってるわけないでしょ!」
怒りながら席を立つ。そして食器を下げにいってしまった。何がなんだか解らず、残りの朝食をかたづける。


 何を怒らせてしまったのか、原因は掴めぬまま。それでもついてくるのだから、もうザフィールには理解不能。どこへ行くのと聞き込みから始まり、ハジツゲタウンに出てアクア団がいないかどうか確認してくるにもついてくるし、集合のために薬を買おうと店に寄るときもついてくるし。その間、声をかけようものなら距離を取られ、かといってそのままにしておけば近づいてくる。
「意味が、解らない」
レジで会計する時に目に入るアンケートに、思わずその言葉を書いてしまった。その事しか考えられてないのに答えてしまったのもおかしいけれど。
「はあ、昨日ので俺から離れてくれないかなあ」
無理だろうなあとため息混じりの独り言を、店の外でつく。集合時間まで後少し。いっそこのまま置いていこうかと考える。怒ってるのを無理に一緒にいることもないだろうし。マグマ団であることを言うのにちょうどいいと思ったけれど。しかしその時はどう説明したらいいだろうか。言葉を考えていると、腕を引っ張られる。
「行こう」
今は怒ってないみたいだった。機嫌が直ったのかと思い、流星の滝に行こうと誘おうとした。けれど流星の滝に行くことを口走る前に、それは止められる。二人の前に男の人があらわれる。普通のスーツを着た男。
「あ、ダイゴさん」
ガーネットの知り合いのようだった。それにしても身長が高いせいか、見下されているような感じがして、ザフィールには好印象を与えなかった。それどころか、無機質なその目はアクア団より人間味のないもの。
「やあ、ガーネットちゃんと・・・」
「ザフィールです」
「ザフィール君か。そうか、そうなんだね。君がそうなんだ」
口角が上がる。気味の悪い男だ。しかもこちらのことは知っていたようで、余計に感じは悪い。非常に悪い。
「あの、ダイゴさん?」
「ああ、そうだね、楽しみだね」
知り合いにしては、会話もかみ合ってない。背中を向けると、何も言わず流星の滝の方向へと歩き出す。姿が見えなくなってから、ザフィールは自分がまっすぐ立ってることを確認する。アクア団にさえひるんだこともないのに、あんなに怖い人物がいるなんて、思いもしない。
「知り合い?」
「昔、ジョウトにいたときに世話になった人なんだけど、前はあんなに冷たい人じゃなかった。優しい人だったのに」
「へー。優しさとか全くの無縁な感じしかしないけどな」
魂の抜けた人形のような。視線はあっているのかあってないのか解らず。それに優しさを感じることは出来なかった。けれどガーネットはそれにかみつくように反論する。
「なんでそんな酷い事言うの?ザフィールはダイゴさんの何を知ってるの?」
「俺は正直な感想言っただけだよ。さっきだってあいつは俺のことを完全に下に見てたのに、いい気なんてするわけない」
「バカ!」
顔面が殴打された。右の頬が打たれて痛い。勢いに押され、数メートル吹き飛ぶ。その防御力も大したものだ。
「何も知らないからそんなこと言えるんだ!」
滝とは反対の方向へと走っていってしまう。呼びかけても聞こえるだろうけど届いていない。それに殴打されて地面に打った頭が痛い。触ると少しふくれていた。流血していないだけマシか。
「なんだよ、あいつ・・・」
起き上がる。そしてなぜか抱いた感情を飲み込んだ。こんなにも心が曇ってすっきりしないのは初めてだ。朝はなぜ怒ったのか、そして今の怒りも理解ができない。思い出せば思い出すほど、感情がさらにわき上がってくる。
「そんなにあいつが良くて俺が嫌いかよ」
最初に会った時からそうかもしれないけど、ここまで嫌われていたとは思えなかったのに。離れたのに中々晴れてくれない心。それを消すかのように、流星の滝へと走り出す。走っていれば、いくらか落ち着くと思った。


  [No.552] 17、流星の滝 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/27(Mon) 14:16:42   62clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 黒いズボンにロゴの入った赤い服、そして赤いフード。これを着ればマグマ団と主張しているようなもの。というか主張している。同時に気が引き締まる。白い髪を隠すようにしてフードを深くかぶる。
「よぉ、聞いたぜ」
後ろから頭を乱暴になでてくる。幹部のホムラだった。年齢が離れてるけれど、ザフィールの感覚的にはお兄さんのようだった。見た目も実年齢の割にはそんなにいってないこともあり、学生に見られることもしばしば。
「お前、アクア団の支部だけどアジト一人で乗り込んで友達助けたんだろ?よくやるなー!!」
ザフィールの気分などおかまい無しに頭を何度も叩いてくる。ほめてるつもりなんだろうけど、今の彼には全く素直に喜べない。
「なんだよー、ノリが悪いなあ」
「いや、そうじゃなくてですね、なんていうか、努力を無にされたというか・・・はぁ、ホムラさんに言っても仕方ないんですけど、嫌われたのか好かれてんのか、そもそもなんで怒るのか解らないし、なんで俺こんなにへこむのかも解らないし、まじ女って意味解らない」
「なに、友達って女の子なわけか?うひょひょ、これはまた面白い!」
「おもしろがらないでください!これでも置いてくるの毎回苦労してるんですよ!」
「なんだ、ずっと張り付いてんのか、好きなんじゃねえの?お前のこと」
それだけはあるわけがない。そう否定するけれど、ホムラはそれが面白いのかずっと笑ってる。いい時はいい人なんだけど、どうしてツボに入ってしまうと中々放してくれないかな。
「じょーだんじょーだん。それは置いといて、マグマ団って知ってるのか向こうは?」
「まだ言ってないです。指摘されましたが、否定したら素直に納得したようで。気づいてないみたいですし」
「その子とどうなろうと、それだけは隠し通すか早めに言った方がいいぜ。何せ俺たち、世間じゃ悪役だしな。ほらほら、もう一つの悪役が見えてきましたよーっと」
「本当だ。行きますかホムラさん」
「おうよ。ガキには負けねー」
目の前に見えるのは青いバンダナ、アクア団。昨日でくわしたばかりだ。ザフィールはキーチのボールを構える。隣のホムラはグラエナのボールを構える。向こうもこちらをみつけたようだった。二つの勢力がぶつかり合う。


 下っ端など結構あっさりと倒せてしまう。アクア団を伸した後、二人はさらに流星の滝へと近づく。何を目的としているのか知らないが、よからぬことを企んでいるのは事実。倒れてる下っ端をおいて、走り出そうとした。目の前を何かが塞ぐ。白いからだに赤い模様、ザングースだった。傷だらけになりながらも、必死で二人の侵入を拒む。
「どうします?」
「うーん、傷ついてる野生のポケモンをわざわざ倒す程、いい趣味してないけどなあ」
ボールから出たグラエナが一瞬にしてザングースに噛み付く。それが致命傷となったのか、ザングースはその場に倒れる。背後には、ザングースの巣らしきものがあり、そこにはタマゴが2個置かれていた。
「親か・・・ここら辺はザングースの巣なんだ」
「ほら行くぞ、先にいったやつらの援護しなければな」
ホムラに急かされてザフィールはその場を後にする。見えてくるのは青いバンダナばかり。他の人たちはどうしたのか解らないくらいに。もしかしたら来てないのか。そう疑問を持ち始めたがそれは違う。マグマ団と衝突を始めたという連絡を受けたアクア団の援護に来たやつらなのだ。それが解るのは、流星の滝がある洞窟に入った時。
「ええええ!?」
ザフィールは思わず言ってしまった。もう乱戦なのである。着ているものでどうにか味方と敵が解るくらいの。ホムラに背中を押され、その中に入る。
「ゆけ、スバッチ!」
ボールが開く。紺色の翼がその中へ突っ込んで行く。すごいスピードで突っ込んでは避ける間もない攻撃を繰り出す。つばめがえし。剣技の一つに例えた攻撃は、誰も避けることが出来ない。
「ホムラ?ザフィールも来たか、下っ端はいい、そいつを止めろ!」
マツブサの声がはっきり届く。そいつと言われたのは、アクア団のボスであるアオギリだった。その体格はプロの格闘家を思わせる。実力行使ならば間違いなく負ける。
「マツブサも耄碌したのか、こんなガキに俺が止められるかよ」
その通りだった。向かい合っただけでわき上がる恐怖。足が動けないのだ。ボールを選択する手も震える。そんな彼に気づいたか、ホムラが前に立つ。
「おっさん、こっちは俺もいるんだぜ」
「・・・マツブサの片腕か。お前とやり合うのは得策じゃなさそうだな」
アオギリはモンスターボールを投げる。そこから出たのはモンスターボール。に見えた。それはビリリダマというポケモン。見た目がそっくりでよく間違えた事故が起きることで有名だ。そのビリリダマは電気をためたかと思うと、その電気を光に変えてその場に放った。光に目がくらんでいる隙に、アクア団は全員消えていたのである。
「ヤバい、逃がしたな」
ホムラも目の前が蒼く光ってるらしく、何度もまばたきをする。ザフィールも同じでまともに見えてない。
「お前ら、大丈夫か!?」
残ったマグマ団に声をかけているマツブサ。負傷したのもいれば、まだ元気なものもいる。
「動けるものは今すぐエントツ山へ向かえ。アクア団は、ここにあった隕石で火山を噴火させる装置を作ったらしい。それが発動したら大変だ、さすがにそれはバランスが崩れる」
洞窟にマツブサの声が響く。ザフィールは周辺の地理を思い浮かべ、嫌な予感しかしなかった。そう、来たばかりなのだから強制的にエントツ山へ行くことになる。
「ほら行くぞ」
ホムラに言われ、エントツ山へと向かう。この長い距離は、走ってもおいつくものではない。かなり恥ずかしいが、カゼノ自転車を使うとしよう。鞄から出すと組み立てを始める。
 そうして思い出すのは、何も言わずおいてきてしまったガーネットのこと。何か言わないとまた後でどやされる。スバッチに手紙を持たせ、届けるように指示した。青空へと向かってスバッチは飛び立つ。
「よし、行くかエントツ山。アクア団を止めに!」
ペダルを踏む。加速をはじめ、すぐに最大速度に乗った。


  [No.555] 18、エントツ山 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/29(Wed) 02:43:57   73clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 思わず手が出てしまった。いくら彼でも、ダイゴのことを悪く言うことが許せない。けれど冷静になってみれば、力の加減もせずに吹き飛ばしたのはやりすぎたと反省の色が見える。過去は変えられない。完全に怒っていても仕方ないこと。自分が悪いとはいえ、怒らせたくは無い。ガーネットはあることを思いつく。謝ろう。受け入れてくれないかもしれないけれど。
 確か反対の方向に行ったはず。ガーネットが走り出す。彼は足が速いから、どこまで遠くに行ってしまったのか不明だった。けれどこの方向に行けば会えるはず。彼は目立つ。
 ハジツゲタウンを抜けて、続いている114番道路に出る。山道が多く、緩い下り坂。遠くに山も見えるし、キャンプをしている人もちらほら見られる。のどかな風景が広がっている。人の声に敏感になってるから、少しの話し声でも振り向いてしまう。けれど、大半はそんな人たち。仲のいい鳥のつがいが頭の上を飛んで行く。
「つかれたあ」
長い下り坂の次は、岩山登り。階段になっているけれど、上下の移動が激しくて、岩陰に座る。どこを探してもいない。あんなに目立つのに。ため息をつく。なぜこんなに必死なのか、認めたくない事象が起きてる。
「だって、あいつまだシロって決まったわけじゃないし!」
この間だって何かしていないとは限らない。けれども、何も喋らないでいると、自然と浮かぶのはザフィールのこと。一度思い出すと、止まることを知らない。遠くを見ながらずっと考えていた。
 ふと頭の上に何かが乗っていることに気づく。それなりの重量が、体にのしかかる。人影ではない。おそるおそる左手を頭に持っていった。なんだかふんわりしたものがそこにある。とても気持ちいい感触。甲高いさえずりが聞こえる。鳥?にしては羽がもふもふすぎる。
「な、なにこれ!」
ガーネットが頭から下ろし、見たものは青い体に翼が雲のようにふんわりとした鳥。しばらく見合うと、鳥はさえずり、歌い始める。その歌は、ガーネットの心の中にあるなんだか解らないもやもやを吹き飛ばしてくれるようだった。
「かわいいっ!うちの子になるかい?」
ふんわりとした翼を羽ばたかせる。そして、再びガーネットの頭の上に乗る。相当気に入った様子。バンダナの感触が心地よいらしい。このまま巣作りしてしまうんではないかと思うほど。青い鳥はご機嫌に、透き通った声で歌い続ける。幸せの比喩として青い鳥がある。まさにそうだった。その歌は感じている不安を全部ぬぐってくれるようで。


 歌声に混じって足音がする。ガーネットがそちらを見る。近くは無い。遠くに見える集団。昨日の今日だ、忘れるはずがない。アクア団たちだ。思わず岩陰に隠れる。見つからないよう、息を潜めて。あまりの数に、勝てるわけもない。見つかってしまったら、その時は最後だ。昨日のような奇跡が起きることはもう無いはず。
 足音は急いで通り過ぎて行く。まるで何か急いでいたように。もう大丈夫かと様子を伺うも、すぐに新しい足音がする。見つからないよう、再び隠れる。その中に一点、やけに速い足音が。それは軽快で、すぐに去って行く。その後を、集団の足音が追う。全てが聞こえなくなった後、しばらくしてからガーネットは顔を出す。
「もう大丈夫みたいだね」
どこにも妖しい影は見えない。乱れる脈を押さえるように深呼吸をする。ザフィールのことだから、アクア団なんかにやられるとは思えない。きっと岩山でポケモンの調査をしているはず。ガーネットは山道を行く。ハイキングコースと書かれた立て札の通りに。
 中腹まで登った辺りで、変な鳴き声を耳にする。道を外れたところから。人間の声では無さそうだった。なんだろうとそこへと足を踏み入れる。そして見たのは、大きな蛇が、タマゴを飲み込み、ふくれた腹でそこにいる姿。そしてもう一つタマゴを食べようとしていた。その親なのか、傷ついた白いイタチが蛇に食らいつこうとしている。
 ガーネットが助けようとボールを構えるが、父親の言葉を思い出す。ウバメの森で見かけたこと。野生のアーボが、傷ついたポッポを食べようとしていた。急いで帰り、父親に助けを求めると、それは出来ないといった。

「人間が助けるのは傲慢っていうんだ。ポケモンの命も、人間の命もみな平等。ならば、助けるなんてしてはいけない。」
「どうして?」
「もしポッポを助けて、アーボが死んじゃったら、ガーネットはポッポはいいけどアーボはダメだということだよね。そういう選別はいけない。自然は自然に任せるんだ。守ったり助けたりするのは、自分のポケモンだけ。ポケモンはトレーナーの都合にあわせてくれてるんだから」

 そうしてポッポはアーボの腹に収まっていたのか、戻ったら羽が散らばっていた。野生の厳しさを知った時のこと。目の前の蛇は巣にあったタマゴをもう一つ飲み込むと、満足したのか帰って行く。草むらの奥へと姿を消した。残されたイタチは自分が傷ついているにも関わらず、大声を出して蛇が消えた方向をにらんでいた。
「・・・自然、か。じゃあここで捕獲されるのも自然の成り行きなのかな」
ガーネットが空のボールを投げる。それは白いイタチを飲み込む。抵抗もなく、ボールにすんなりと収まった。地面に落ちたボールを拾い上げると、さっそく傷の手当を始める。その時、ガーネットのまわりをなにやら甲高いさえずりが回ってる。スバメが手紙を持っているのだ。
「まさか、ザフィールの?」
手紙を読む。そこには、良く解らない絵と、そこに行ってるというメッセージ。地元の人でない限り、この地図では理解が出来なそうだった。大きく煙りを吐いてる山、そして点線と矢印で作られた絵。
「火山の中腹なのかなあ?」
そういえば火山灰がどうの、彼が言ってたのを思い出す。そしてタウンマップと見比べ、意味が解らない地図を解読しようとする。おそらくエントツ山。そしてその中腹にあるフエンタウンだろうと思われる。確証ないが、手紙を書きなぐり、スバッチに渡す。その書いている時のオーラが恐ろしかったようで、スバッチは一目散に飛んで行く。
「・・・仕方ない」
シルクを呼び出す。堅い蹄が岩肌にかちんと当たった。走れるところまで走れと命じた。砂浜訓練のおかげか、走る距離はどんどん長くなっていく。ポニータという種族の特徴なのか、人間よりも走行距離はよく伸びる。


 エントツ山の頂上へ、ロープウェイが伸びている。観光スポットなのだ。そこに大勢でアクア団が押し掛け、次に来たマグマ団を見て、受付の人は顔を引きつらせていた。それでも事情を話すと乗せてくれるとのこと。
 そもそも、マグマ団としてはアクア団が行動してるからそれを阻止するためにやっているだけなのに、同列に見られては納得がいかない。不満そうな顔をしていると、再びホムラに頭を乱暴になでられる。
「しっかたねーだろ、俺たちはそういうもんだって教えてやったじゃないか」
「そうですけどー!」
「これだけ頂上に連れてって貰えるんだから、文句は言わないの。解った!?」
あまりに不満そうだったようで、マツブサの片腕のもう一つ、幹部のカガリにまで怒られてしまった。こちらは女の人で、黒い髪が特徴的な人。ホムラとはかなり昔からの知り合いらしく、二人でマツブサの仕事を増やさないよう、まとめている。
「まあまあ、まだザフィールはガキんちょなんだからさ」
「子供も大人も、マグマ団ってことは一緒でしょ。そうやってホムラが甘やかすから!解ってるんでしょ、ホムラだってどうなるか」
「そりゃ解ってるけどさ、しかたねーじゃん。あ、そうそう、カガリ知ってるか?こいつ好きな子いるんだぜー」
話題を変えるのはいいが、どうしてそこに持って行くんだ。ホムラに抗議するも、それを聞いたカガリは面白いことを聞いたとでも言うような顔をしている。
「違います!俺はあんなの好きじゃありませんってば!」
「カガリも知ってんだろ、アクア団に一人乗り込んで助けたのがその子だっていうんだぜー」
ザフィールはとても後悔した。なぜホムラになど話してしまったのだろう。もうマグマ団に広がってるのは確実。カガリもホムラにしか相づちを打ってない。こうして間違った情報は伝わって行くんだな、と大人たちを見て思った。
「だから、俺は好きじゃないですから!なんであんな怪力女を好きにならなきゃいけないんですか」
「へー、力強いの。イズミみたいな子ね。名前は?」
「へ?名前?ガーネットですよ、宝石みたいな名前ですけど、あいつ自身はそんな綺麗とはかけ離れた存在で・・・」
「赤い、宝石なのね」
カガリがつぶやく。ホムラと視線を合わせ、なにやら確信したようだった。どうしたのか聞こうとすると、ロープウェイが来たようで、行くぞと声をかけられただけだった。


 エントツ山は、青いバンダナで埋め尽くされていた。なんか増えてると心の中で感想を言った直後、小さく見えるアオギリに向かって走る。アオギリの目の前には、見た事もない機械が作動している。あれか。アクア団が言ってるには、火山活動を活発にし、火山灰を降らせ、空気を冷やして雨を増やすもの。そんなことしたらきっと海面が上がって、陸地が減ってしまう。災害も増える。なんとしても止めなければ。
 ザフィールの隣には、プラスルがいた。人数が多い。まともに相手をしている場合ではない。そんな時、電磁波で動きを止めてしまえばいい。プラスルはザフィールの声にあわせて技を放つ。青白い火花がぱちぱちと音を立てていた。スパークする電気が止まらない。
「ザフィール、そのまま道をあけろ!」
ホムラの指示が飛ぶ。幹部だというのに、下っ端を5人も相手にしていたら中々抜けることができない。カガリも苦戦しているようだった。
「昨日は良くもやってくれたわね」
目の前にあらわれるのは、アクア団の幹部、イズミ。その冷たい目は、敵を見る目。それが好かなかった。
「やってくれた?そっちが先に手を出したんだろ。俺だってあんなことにならなきゃ手も出さない」
「・・・まあいいわ。それにしても、あの発信器に気づくとは中々の腕ね、本当、アクア団でなくて残念だわ」
イズミはボールを投げる。出てくるのはプクリン。ピンク色のかわいらしいポケモンだ。
「さて、プクリン、あれは獲物。無傷で連れていかないとね」
イズミの指差す方には、ザフィールがいた。何かとジャマだと思われている様子。
「俺かよ。二度も遅れをとるようなヘマはしねー」
プクリンは歌いだす。プラスルを眠らそうとしているのだ。けれどプラスルはそれを止めさせるように電磁波を打つ。プクリンを麻痺させた。動きが鈍くなるプクリンにスパークを打ち込む。その直後、プラスルがふらふらし始める。特性が発動したようだった。プクリンのメロメロボディ。プラスルをボールに戻す。
「そう、中々考えているのね」
「年上の人に言うのは失礼かもしれないが、俺は非常に急いでるんだ。ボスの命令は絶対。それを守れないのは存在する意味もない」
プクリンも通り越し、イズミの側を走る。その素早さ、尋常ではない。最も素早いと言われているテッカニンのように姿が見えなかった。そのため、後ろへ通してしまったのである。その背後には、アクア団のリーダー、アオギリ。
「しまっ・・・」
「あら、イズミ。貴方の相手はこっち」
カガリがボールを持って目の前に立つ。黙ってグラエナを繰り出した。逃げ足に賭ける。例え子供であっても大人であっても、マツブサに忠誠を誓った身。全力でサポートするのが、マグマ団だ。

 
 その道は狭い。少し足を踏み外したらマグマが煮えたぎる火口に落ちてしまいそうだった。崩れていく石が、マグマに落ちていく姿は、自分の未来を示しているかのよう。慎重に進めながら、アオギリのいるところへと近づく。機械をいじり、今にも発動してしまいそうだ。
「来たな、マグマ団の小僧。それにしてもマツブサにはがっかりだ。こんなガキしかよこせないんだからな」
「黙れじじい。そっちこそ、こんなガキに負けないよう、覚悟しとけよ」
「勝てると思ってる?お前が?俺に?笑わせんな」
まっすぐ立っているつもりだ。足に力を入れる。そのくらいアオギリの持つプレッシャーは凄まじい。もしかしたらそれだけでザフィールなんか吹き飛ばしてしまいそうだった。
「さて、先日のアジトをダメにした件も含めて、たっぷりと礼がしたいんでね、本部まで来てもらおうか!」
ボールが投げられた。それはクロバットとなり、アオギリの前に立つ。
「お前のポケモンを一つ残らず火口に落としたいなら、かかってくるがいい。負けを認めた時点で、お前の運命も決まるがな」
飛べるポケモンは一匹もいない。スバッチはまだ帰って来ない。素早いキーチなら、なんとか避けれるとは思うが、相性が悪すぎる。ボールを選んでいる時、思わずそれを投げた。
「おいおい、アチャモなんかで間に合うと思ってんのか?」
「アチャモ、跳べ!」
号令にあわせてアチャモは地面を大きく蹴る。そしてクロバットに近づき、炎を大きく吐き出した。その熱さに驚いたか、クロバットは空中で少しバランスを崩す。翼で打とうとしても、アチャモの姿はそこになく、地面についていた。
「アチャモは足の力が強いから、飛んでる方が狙い定めにくいんじゃないか?」
地面にいるアチャモに向かってクロバットは翼で風を切る。エアカッターがアチャモに向かうが、すでに跳んだ後。クロバットの翼の一つをこんがりと焼き上げる。
「・・・どうやら本気でアクア団に刃向かうようだな」
まだ飛べるクロバット。アチャモに向かって鋭い牙を向ける。アチャモは跳んだ。けれどそれを追跡するようにクロバットの牙が追う。跳ぶことは、空中では全くコントロールができないということ。そして飛ぶものは、空中でも自在であること。毒の牙がアチャモを飲み込む。
「アチャモ!!」
レベル差がありすぎる。そしてクロバットは口にくわえたアチャモを火口中心まで持って行くとそこでふっと離す。重力に引かれ、アチャモはマグマの中へと吸い込まれて行く。助けを求めるように鳴いているが、ここからではどうやっても助けることが出来ない。必ず返せといっていた父親の言葉が巡る。
 アチャモの声を裂くように、さえずりが聞こえた。紺色の翼がアチャモの体を掴んで飛び上がる。小さなスバメだった。それが自分のスバッチであることに気づく。アチャモを主人に渡し、クロバットを睨みつけている。
「スバッチ、さすが!ツバメ返し」
小さな体。クロバットは牙を向く。どくどくの牙。猛毒をしのばせた牙がスバッチの体に食い込んだ。鳥らしい悲鳴をあげると、柔らかい口の中につばめがえしを放つ。避けられない技であるし、柔らかい口を攻撃され、クロバットはひっくり返ったように空中をふらふらしていた。
「戻れ」
低い声で静かに言う。スバッチは空中で構えるが、次のポケモンを出す気配がない。
「スバメか、相手が悪い。ここは一旦出直すとしよう。だがお前をアクア団に引き込むまでは諦めない」
アオギリが何やら低い音を発した。それはアクア団へ撤収を伝える信号だった様子。いつの間にやら、アクア団は目の前から消えて、エントツ山に残るのはマグマ団だけとなっていた。
「ふわー、生きてた、俺生きてたよスバッチぃ!」
ふわふわの羽に抱きつく。スバッチはクロバットの毒がまわっていたようで、とても苦しそうだった。そしてスバッチは光り始める。その姿を一回りも大きいオオスバメへと変えた。甲高い声が、落ち着いた声になるが、さえずりは変わらない。
「ああ、よかったスバッチ、進化できたんだ・・・メール?」
なぜスバッチがメールを持っているのだろう。読んでないのかな。そう思いつつ渡された手紙を読んだ。そこに書いてある内容をみて、ザフィールは心臓が凍り付くかと思った。
「まだ怒ってる・・・ああもう俺ダメだよスバッチ・・・」
喜んだり悲しんだり、忙しい人だな、とスバッチは思っていた。


  [No.557] 19、仲直り 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/30(Thu) 18:13:26   58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「どうしたの?」
シルクは走ることは好きだが、飛び跳ねることは苦手な様子。ジャンプ力がポニータにしてはあまりない。ガーネットが乗っているとはいえ、いくらなんでも跳ばなすぎる。けれど、フエンタウンに行く坂を登りきることなんて朝飯前だったようだ。
 そうしてやってきたフエンタウン。シルクから降りると珍しい人に会う。シダケタウンで会ったミズキ。今日はヒノアラシではなく、青く光る輪っかが特徴のブラッキーを連れている。元気がなさそうに見えたのか、そう聞かれた。
「いや、その、友達を理不尽に殴っちゃって、謝ろうと思うんだけど、どうしたらいいか解らなくて」
指定の場所に来てみたけれども。何をどうしていいか、ガーネットには一向に思いつかなかった。もう一度会う前に、なんとかしたいとは思っている。
「そうなんだ。友達の好きなものとかプレゼントしてみたら?それを渡すついでに謝ってみればいいと思うよ」
「プレゼント?何が好きなんだろう、思えば何も知らないや」
「ちょっとお土産屋さん見て行く?何かいいものあるかもよ」
観光の町だ。それも悪くない。ミズキに誘われて、ガーネットは暖簾をくぐる。

「あっ、これ・・・」
白いエネコのぬいぐるみ。ガーネットは知っていた。マジカル☆レボリューションに出てくる魔法のエネコ、ミルクだ。温泉地のコラボ商品らしく、フエンタウン限定と書いてある。そういえばエネコは好きみたいだ。けれどぬいぐるみなんてプレゼントして、男子が喜ぶものなのか。手にとってじっとぬいぐるみとにらめっこ。
「あっ、なつかしー!アニメの!」
目を細めてミズキは眺める。エネコの愛らしさがデフォルメされて、さらにかわいさが増してる。本物のエネコだってかわいいのに、これがかわいくないわけがない。
「え、懐かしい?」
ザフィールによれば、そんなに前からやっていたアニメではないらしい。ガーネットの言葉に、ミズキは少し表情を変えた。
「えっ、あっ・・・いやほら、昔やってたなーって」
「見てたの?」
「最終回をちょこっと知ってるくらいかなー。ガーネットも?」
あのアニメに最終回なんてあるんだ。ガーネットは不思議に思った。
「うん、友達が好きで見てた。男子なのにアニメみてて、声優オタクで、毎週見るものだから覚えて来たし」
「友達って男の子なんだ」
むしろ女の子だったらどれだけ楽だろう。なんであいつは男なんだろう。そうでなければ、こんなにガーネットは悩んでない。
「そう。だからこんなの貰っても喜ばないかなあって」
何をすれば喜んでくれるのか、そんなことも解らなかった。ずっと側にいたと思うのに、何一つ。
「喜ぶのってさ、貰うものよりも、誰から貰うかっていうことじゃない?」
「・・・そんなんだったら、私から何をもらっても喜ばないかな」
手の中のエネコは、何もいわずに微笑んでいた。ふかふかの感触が残る。
「それだったら、何をあげてもいいんじゃない?当たってくだけるのもよし、散るのもよし!」
他人事だからか、ミズキはとても楽しんでいるように思える。足元のブラッキーはあきれたように主人を見上げていた。
「それってさ、告白する時に使うよね、普通・・・」
「細かいことは気にしない!」
「そういうものかなあ。すいません、プレゼント用にお願いします」
かわいい紙袋にリボンをつけて。きっとお店の人も小さな女の子にあげるのだと思ったようだった。


 その紙袋を大切に抱えてフエンタウンのポケモンセンターにいた。ここで待っていれば来るような気がしたのである。そしてなぜかヒノアラシのお守りをお願いされてしまい、ミズキのヒノアラシと一緒に座っていた。
 ポケナビが鳴る。ザフィールからだ。取ろうとする手が震える。何度も何度も鳴るコール。ガーネットはついにポケナビを取った。待っていた人の声がする。
「大丈夫!?今どこ?」
「フエンタウンのポケモンセンター・・・」
「えっ!?」
いきなりポケナビが切れた。なにかと思えば、目の前を見てガーネットは言葉を失う。ずっと会おうと思っていた人がいる。物凄い堅い表情で。思わず立ち上がる。そして、言えなかった言葉を出す。
「ごめん!」「なぐって!」「一人にして!」
お互いに頭を下げて。しかも同時に。その事に気づいた二人は顔を上げた。そしてどちらからともなく吹き出す。
「・・・怒ってなくてよかった」
安心したようなザフィール。いつものふざけたような顔に戻っていた。
「あの、それとお詫びなんだけど・・・」
ガーネットが綺麗なラッピングの包みを差し出す。ザフィールが受け取るとふわふわとした感触がした。ピンク色の紙袋に、赤と金の派手なリボン。ザフィールが持っているのは似合わないけれど。
「わあ、なんだろう?あけていい?」
「いいよ、大した物じゃないし」
ザフィールがとても嬉しそうに包みをあけていく。がさがさと開けられていって、中身を見た時の彼の顔は、欲しかったおもちゃをもらえた子供のよう。その笑顔はとてもきらきらしていて、思わずガーネットは釘付けになる。
「わあ、ミルク!しかもフエンタウン限定の!すっごく嬉しい、ありがとう!」
ザフィールがガーネットを見る。そして、彼女は彼をじっと見続けていたことに気づく。
「べつに・・・そこに売ってただけだし」
そっぽを向く。何となくみつめていたことはバレたらいけないような気がした。けれどもっと見ていたかった。
「どうしたの?ガーネット?」
心配そうに覗き込んでくる。それを払うように、手を振った。
「なんでもない!」
「そう?これどこに飾ろうかな。自宅でもいいし、あーずっと前につくった秘密基地に飾ろうかなー」
ミルクをなで回して、ザフィールは楽しそうにつぶやく。宝物の隠し場所を探しているようだった。その度に秘密基地という言葉が出てくる。
「秘密基地?」
「最近流行ってんだよ、秘密基地作るの。空洞がありそうなところとか、木の上とか。ミルクって解るやつが来ないかな」
「あ、そう」
「いっとくけど教えねーぞ!なんたって秘密基地だからな!」
子供っぽいな。ガーネットはそう思った。けれどそんなところも不快には思わなかった。ミルクを抱きしめたり、なでているのをみて、少し複雑に思う。
「俺のは結構高いところにあってな、そこから見える景色がまた綺麗なんだわ。近くに滝があったりして、秋とか紅葉の季節は綺麗なんだぜ」
「そ、そうなんだ」
「今の時期だと、コイキングとかヒンバスが川で孵化してさあ、海に行く季節なんだよ。それがまた豪快な勢いで見えるんだ。知ってる?ヒンバスって野生じゃあほとんどが進化できなくて・・・ごめん、俺ばっかり喋ってんな」
「いいんだよ、ザフィールらしくて。ポケモンのこと詳しい上にアニメオタクっていう、変なやつ」
ガーネットが笑う。ザフィールはそれが嬉しかったようだ。
「なんだよそれ」
否定しきれない事実に、ザフィールも笑うしかない。
「事実じゃん。ねえ、お腹すいたなあ、ザフィールごはん食べたの?」
「まだ。どこか行こうか。あ、そういえばさ、俺の先輩が、お前に会ってみたいっていうんだけど、どう?ってか俺の先輩こわくて断れなくて、解ったって返事しちゃったんだけど」
「なにそれ」
文句いいつつもガーネットは楽しそうだった。次には、何を食べようか楽しそうに話している。


「上手くいってよかったね!」
ちょうど席を離れようとした時、ミズキが帰ってくる。そして二人をみて、すぐにガーネットに言った。友達の成功を祝うように。連れているアッシュも一緒に。
「うん、ありがとう」
「え、ガーネット誰?」
一人のけ者にされて、ザフィールはガーネットの肩を叩く。それに気づいたようで、ミズキはにっこりと笑う。
「あ、私はミズキです。ポケモントレーナーなんだけどね。この子はアッシュ。タマゴの時から一緒なの」
「俺はザフィールです。父親の手伝いでトレーナーやってるようなもので。ところで、知り合い?」
「うん、シダケタウンで会ったの」
そういえば、コンテストのこととか、その時にあったことを話していたような気がする。それがこの人なのか。それにしても、青い服と白い上着は、ザフィールのとある記憶を思い出す。
「さっきもうちのカペラに笛で歌を覚えさせようってしてて。それで覚えたんだけどね」
笛のメロディの通りにカペラは歌うようになる。技としての歌というより、芸としての歌。ガーネットがカペラと呼んだチルットを出してそれを披露する。山うずらの歌だと教えてくれた。珍しいメロディに、ポケモンセンターにいる人たちはカペラに注目している様子。
「へえ、笛吹くんだ。ところで、なんかガーネットと同じようななまりっぽいけど、ジョウト出身?」
「うん、そう。ジョウトのワカバタウンから来たの。シロガネ山の麓で、水がおいしいよ」
「ワカバタウン?もしかしてウツギ博士がいるところじゃない?」
とたんにザフィールは元気になる。知ってる人が出て来たので、彼も話しやすいのだろう。ミズキの方は変わらず、落ち着いて話している。
「いるよ、ウツギ博士。隣に住んでる」
「やっぱり。ウツギ博士ってタマゴ学の人で、すごい研究家でさ、論文は微妙に飽きてくるんだけど、それなりに良い事書いてるよな」
「飽きるねえ・・・確かにウツギ博士って何度も同じような物を繰り返し書くからそうかも。でもちゃんと解りやすくなってるんだけどね」
苦笑いしている。ミズキは下書きを読んだことがあるようで、何度か直してみたことがあると言っていた。それをうらやましそうにザフィールは聞いている。
 そうして3人で盛り上がっていると、声をかけてくる人物が。振り向くと、ラルトスを連れた人物がいる。ガーネットもミズキも知っていた。そのテンションの勢いで話しかけるものだから、その人物は少しひるんだ。
「ミツル君だぁっ!久しぶり!!」
「あれ、ガーネットさんにミズキさん?それに?」
ザフィールの方を見ている。軽く自己紹介をすると、「ああ、あの入院してた方ですね!」と言われる。一体、どこまで話が広がっているのかザフィールには予想不可能。
「ここの漢方は良く効くんです。それを買いに来たんですが、皆さんは?」
「温泉かなあ」ミズキは言う。特にアッシュがそのようで、じっと待っている。
「ここに来いって言われて」事実そのままをガーネットは言う。
「ここの辺りのポケモン調査したくて」まあ、それはマグマ団のついでなのだけど。
ポケモンセンターに来たのも、スピカを回復させるついでだといった。急いでいるからこの辺で、とミツルはスピカと共に行ってしまう。それと同じように、ミズキも行くからと去っていった。
「不思議な人だなあ・・・」
ザフィールはミズキの後ろ姿を見送って言った。どうも引っかかると思い、ずっと考えていたのだが、スピカを見て彼は思い出した。
「どうして?」
「なんか、青いサーナイトみたいな人だよな。髪が短かったり、色の比率が似てるだけかなあ・・・」
「サーナイト?」
「ほら、スピカだっけ。あれが進化するとサーナイトっていうのになるんだけど、ミズキみたいな感じのポケモンなの」
あのがっしりとした足は人間だろうしなあ、とザフィールは言う。



 昼食後、ザフィールが言っていた先輩というのと待ち合わせしているところへと行く。時間の少し前にやってきた、大人の女の人と、不良っぽい金髪の男の人。とても人が良さそうだった。そして座るなり、女の人が口を開く。
「あら、貴方がそうなの」
ガーネットを見てそう言った。正面から見ると本当に綺麗な人だ。見ているとこちらがドキドキしてしまいそう。
「はい、ザフィールの友達です」
「そう。私はカガリ。ザフィールにポケモン教えてあげたり、いろいろ面倒みてきたりしたの。ザフィールがアクア団のアジトに行ったっていうから、どんな子かと思って来たけど、なかなかかわいい顔してんのね」
「ほうほう、なるほど、これが噂のねえ・・・」
いきなり話にぬって入ってくる金髪の不良のような男。カガリと同い年くらいの人だ。見た目は派手なのだけど、とても優しそうな人。
「ホムラ邪魔」
カガリが邪見に手の甲で叩くがおかまいなし。カガリの前に身を乗り出して、ガーネットに話しかける。
「そういうなよ。俺はホムラ。弟分が活躍したっていうから、来てみたんだ」
「全く、甘やかしすぎなのよ」
ホムラを押しのけ、カガリの目の前をすっきりさせる。かたづけられたホムラはわざとすねた感じでカガリを見ている。さすがザフィールの先輩なんだなと納得してしまった。
「それはそうと、ザフィールを最初は付け回してたんだって?それまたどうして?」
「私の親友はこいつに殺されました。そしてこの2ヶ月半一緒にいても」
「証拠が上がらないんだね」
ガーネットが頷く。ザフィールは俺やってないと口の動きとジェスチャーでカガリに伝える。
「ん?なんでお嬢ちゃんはそう思うんだ?」
今までぼーっと頬づいていたホムラいきなり入る。
「あいつが、仲間のマグマ団に殺したと言っているのを見たんです。けれど、本人はそんなこといってないの一点張り、マグマ団は怖いやつらだしか言わなくて」
「なるほど、自白だけじゃなあ、俺もザフィールを犯人じゃないと言いきれないし。何か物的証拠が見つかればいいな」
「ありがとうございます」
ザフィールが酷い酷い言っているが、ホムラは軽く頭を叩いただけ。じゃれあっている男二人を見て、似た者同士とカガリはため息をつく。
「この前、その事でアクア団に言われました」
カガリもホムラも、その言葉に反応するかのようにガーネットを向く。それに気づかず、ガーネットはカガリを見て話す。
「マグマ団の中にいる犯人をみつけるのを協力してくれるって。そうなれば・・・」
「ダメよ、アクア団なんて。あいつら目的のためには手段を問わないし、何より古代のやたら強いポケモンを研究しているっていうし。危ない噂しか聞かないわ、やめときなさい」
今までの口調と違うカガリに、一瞬ガーネットはひるんだ。ホムラはさっきと変わらず、まあそんなやつらの言うことなんて止めておけと言っていた。その後も、カガリはアクア団を親の仇かのように罵る。
「はあ、そうですよね」
「解ってもらえて光栄。こんなかわいい子を悪の道に染めたらもったいないわ。ね、ザフィール」
時計を見て、カガリは席を立つ。ホムラがそろそろ帰ると言っていた。最後の言葉の意味を聞こうにも、カガリはすでにホムラとの軽い打ち合わせに入ってるようで、全く聞いてもらえない。店の外に行くと、二人はポケモンを出して飛んでいってしまった。
「ねえ、ザフィールの先輩、優しそうな人だね」
「そうだろ?俺がドンメルの育て方解らない時にいつも教えてもらっててさあ」
「ドンメル?持ってるの?」
見た事がなかった。あのラクダのような亀のようなポケモンである。主にキーチが出てくるせいか。
「ちょっとケガしちゃってな、足が動かなくて引退したんだ。進化もしたし、中々強いんだぜ」
相づちを打つ。やはりポケモンのことを話す時のザフィールは本当に子供っぽい。それを聞いているだけでも、心はとても楽しいと感じていた。


 夜になり、名物の温泉に入ろうとガーネットは一人でいた。外の空気は少し冷たい。体を洗っている間、昼間のカガリの言葉と、アクア団のイズミの言葉が巡る。ホウエンでは良く無い連中だと思われているアクア団ではあるが、マグマ団に対抗する手段はそれしかないように思えた。カガリでなくても止めるだろう。けれども、イズミの誘いはガーネットの心に確実に残っていた。
 そもそもなぜこんないきなり結論を急ぐようになったのか。そこから辿る。考えても考えても行き着く理由は同じだった。ザフィールを犯人じゃないという証拠が欲しい。もし本当に犯人でも今の宙ぶらりんな状態からは抜け出せる。
「ガーネット!」
呼ぶ声に思考は遮断される。ミズキがアッシュと共に入って来たのだ。先にアッシュを石けんまみれにして、洗い流してポケモン用の温泉に入れる。そしてその後に体を石けんに包んで湯船に入ってくる。
「あ、ミズキ!今から入るんだ」
「うん。ちょっと買い物してたら遅くなっちゃったからね。ガーネットは温泉好き?タンバの温泉いったことある?あそこの露天風呂から見える朝日がすごい綺麗なの」
「えー、いったことない。私さ、あんまり旅行とかいったことなくて」
「今度いってみなよ!すっごくいいからさ。今も覗きがいなければもっといいんだけどね!」
ミズキは近くにあった桶を取ると、フリスビーのようにそれを投げた。その行き先は満天の空に隠れていた。黒いフードをかぶって宙に浮いている。そして桶はそのフードをかすめ、顔をあらわにする。確かに疑っていたが、本当に人間の顔ではなかった。見た事もない顔と色。
「北風の娘か・・・ヒトガタもいるのは分が悪い」
「アッシュ!黒いまなざし!」
言われなくともアッシュはその目を開き、宙を見る。けれど眼差しを受ける前に、それは姿を消していた。どうするのかと聞くように、アッシュはじっとこちらを見ている。
「ちっ、また逃げられたか」
立ち上がるとミズキは足早に出ていってしまった。あんなのが出てはゆっくりもしてられず、ガーネットも続く。


 先に出ていたザフィールは、部屋でミルクをなで回していた。これをくれた時のガーネットはとてもかわいかった。それを思い出し、頬につけたり、匂いをかいだり、あんまり人に見せられるようなものではないけれど。
「はあ、ガーネットかわいいところあるんだけどなあ・・・何かいる」
飛び出す。そして建物の外に出た時、星空にとけ込むようなものをみつける。それは人間などではなく、見た事もない生き物だった。
「うわああああ!!!」
「ヒトガタか・・・あいつらめ」
手が手じゃない。左右違う形をしている。思わずザフィールは腰を抜かす。そして見ている目の前で体の形を変え、夜空へと消えて行く。その様子が信じられず、しばらくザフィールはその場で空を見つめていた。


  [No.558] 20、鳥使いハルカ 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/06/30(Thu) 22:49:06   62clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 アチャモにつつかれ、我に返る。信じられないものを見た。すでにそれの気配はないけれど、目があってしまった上に喋った。確実にザフィールの方を見て「ヒトガタ」と。人の形してて何が悪いんだ。アチャモをなでると、ひよこらしい鳴き声をあげる。随分と元気になったものだ。最初は全く鳴かなかったのに。
「ザフィール!?どこっ!?」
急いでる足音が後ろからやってくる。声からしてガーネットか。濡れた髪のまま、何かを話したそうに走って来た。
「あ、あのね!・・・人じゃないもの見たの」
「なんと奇遇な!俺も人じゃないもの見た!」
二人の話を合わせると、同じもののようだった。宙に浮いた妖しい生き物。そして喋ること。さらに気になるのは、同じこといっていたという。
「ヒトガタは確かに言ってた。けれどこちらは、北風の娘とも言ってた」
どこかで聞いたことがある。北風のポケモンがいると。けれどそれは関係ないかもしれないし、あるかもしれないし。ガーネットのシダケタウンのコンテスト会場でもいたということも引っかかる。
「そういえば、あれが現れたら連絡欲しいって言う人がいてね」
「え、どんな人?」
「えー?どんな人って、喋り方が丁寧で、赤い目が特徴的だったなあ」
それ以上思い出そうとしても、中々思い出す事が出来ない。何もかも知っているような、けれど厳しいような。何かを決意していたような感じでもあった。それを聞いて、よくわからないとため息をついた。
「ごめん、役に立たなくて」
悲しそうな顔をザフィールは笑い飛ばす。
「いや、そういうつもりじゃないんだ。世の中って広いなあって」
「それなら、いいんだけど」
「それに走って来てくれたんだしさ。乾かさないと風邪ひくぞ」
まさか腰を抜かしていたとは言いづらい。なんとかごまかして室内に帰る。その間、ザフィールは無言で行くのもまずいと思い、ずっと引っかかっていたことを聞いた。もちろん、あのダイゴのことである。
「なあ、ダイゴってやつが優しいとかいってたよな?」
「あ、まあ、うん。ダイゴさんは恩人だよ。だから、今のダイゴさんが・・・」
「そうか。人は変わるから、またいつか戻るよ」
「それより、思うんだけど、ザフィールって自分のことあんまり話さないよね。ポケモンのことは良く話すけど」
そんなことは無いと反論するが、ガーネットは譲らない。あんまり話すとマグマ団だとぼろが出そうだから最低限のことしか話していないかもしれない。何が知りたいと聞いても特にないと言う。
「あ、そうだ。明日あたり、またミシロ帰るから」
「え、どうして?」
「アチャモ返しに行かなきゃいけなくてさ」
「・・・私も行く!」
「ダメ」
即答する。マツブサに聞いたあの話。おそらく付近にはまだアクア団がいるはずだった。
「いいか、アクア団だってバカじゃないんだから、また狙ってくる可能性だってある。そうしたら家族にも迷惑になるし」
「・・・私そこまで弱くない!だから」
食い下がってくるガーネットにザフィールも悩む。人の目があるから、ド派手に狙ってくるとは考えにくい。夜など、見えにくいものを避ければいいだろうか。30秒ほど黙った後、了解したことを伝える。


 自転車よりも速い。シルクの足だったら、ほとんど時間かからずに家につく。そうしても全く息が上がっていない。久しぶりの家の玄関を開けると、ただいまよりも先に父親の所在を訪ねる。
「あらおかえり。お父さんだったらトウカジムでしょ」
「わかった。行ってくる」
ほとんど家に滞在する時間もなく、ガーネットは出て行く。それと入れ替わるように、くれないが下に降りてくる。
「今、お姉ちゃんいたよね?」
「いたけどすぐ出て行っちゃったよ」
「そうかあ、残念だなあ。エネコ行こう」
ピンク色の猫がくれないの後を追う。再び2階に上がって、部屋の中でエネコと遊び始めた。


「お父さん!」
前にも来たことがある、トウカシティのジム。そこのジムリーダーを務める父親をたずね、ジムの扉を開ける。ちょうど講習会が終わったようで、父親が入り口付近にいた。
「お、ガーネット帰って来たのか。しばらくはゆっくりするのか?」
トウカシティ所属のトレーナーに囲まれ、とても忙しそう。いつもは寝ているケッキングも働いているのだから、きっとかなり忙しい。
「そうじゃないんだ。私を鍛えて!強くして!」
「別に構わないが、私は手加減はしない。それにうちにいるトレーナーたちにも勝てるようじゃないと鍛えるどころか負けるだけだからな」
ガーネットは頷く。所属トレーナーたちがいいのかと聞いていたが、それは決めたことだと伝える。
「じゃあ、まずはうちのニューフェイスを倒せるくらいになってからかな。倒せたら次の人にいけるよう伝えておくから。ああ、ケッキングそっちじゃなーい!」
本当にあれでジムリーダーが務まっているのだろうか。ケッキングは自分のペースで手伝っている。
「うーん、センリさんの娘さんかあ・・・緊張するなあ」
目の前のトレーナーは最近ここに所属になったというトレーナー。ガーネットはシルクのボールを投げる。
「うわあ、ポニータ!僕のポケモンはこれです!」
鈴がついたような大きな猫。エネコロロという、エネコが進化したものだ。ガーネットは息を吸い込むと、シルクに指示を出す。



 空から庭に戻った。きっと自宅のソファーで寝ながらせんべいでも食べてるはず。そう思って庭から帰ったことを伝えた。すると母親がどうしたのかと聞くかのように、やってきた。
「あら、お父さんなら研究所よ。それと貴方にお客さんが来てるわよ」
「へ?誰?」
「それは会ってのお楽しみ。お客さんも研究所にいるわよ」
検討もつかない。とりあえず家から走ってすぐの研究所に向かう。本当に、父親の所在を掴むのは難しい。もう夏に差し掛かろうとしているのだから、少しは落ち着いて欲しいものだ。

 研究所の扉を開く。研究員がそれを見ると、フィールドワークに出かけたと伝えてくれた。神出鬼没。一体どこで待ってればいいんだ。狼狽しかけた時、さらにザフィールに声をかけるものがある。
「あ!やっぱりさー君だ!久しぶり!」
「え、もしかしてお客さんってハルちゃん!?」
最近会ってなかった幼なじみのハルカ。昔はよく遊んだものだけど、あの事件からほとんど遊ばなくなった。もうあれから約10年。大きくなったハルカは全く変わらない。黒い髪も、目は小さいのに長いまつげも。けれども少し大人になったようで、かわいらしくなっていた。思わずアチャモのことも忘れ、ハルカを外へ誘う。机にメッセージとアチャモのボールを置いて。
「さー君はやっぱりオダマキ博士のお手伝いしてるの?」
「してるよ。今はいろんな町に行きながら調べてるんだ」
「えー、すごい!昔からポケモン詳しかったもんね!」
少しイントネーションが強めの言葉は、聞く人からしたら怒っているように聞こえる。けれども、昔からハルカを知ってるザフィールは、そうではないことを知ってる。それに表情が明るくて。
 日が暮れるまで二人は懐かしさもあって遊んでいた。田舎のミシロタウンだから、遊ぶというよりはだだっ広い空き地で話している。今、置かれてる状況も忘れて話し続けた。ザフィールの頭の中には、まだ帰って来てないガーネットのことなど入ってなかった。それよりもこの幼なじみと話すことが楽しくて。
「ねえ、さー君あのね・・・」
「うん、どうしたの?」
「お父さんが死んじゃって・・・その時は本当に・・・」
ハルカがうつむく。慰めるようにザフィールがそっと肩に手をまわす。
「あの時のことは、ハルちゃんのせいじゃないんだ。気にすることないんだよ」
「ありがとう。お母さん一人で私のことを育ててくれて、それなのに、去年死んじゃったの・・・」
「えっ!?あのお母さんが!?それは知らなかった」
「そうでしょ。そうだよね。さー君には関係ないからさ・・・今、私一人になって、もうダメなんだ」
声が震えてる。ハルカが言いたいことを言えるように、ザフィールは黙る。
「もう生きていけないの・・・でも一人で死ぬのは怖い」
「そんな、ハルちゃんはまだこれから生きていけるよ!大丈夫だよ、俺だって・・・」
「さー君、ありがとう。じゃあ、一緒に死んでくれる?」
ザフィールは座った姿勢から一気に立ち上がる。そして数歩前に避けた。そうでもしなければ、地面に突き刺さる嘴と一緒に貫かれていた。オニドリルが刺さった嘴を地面から抜き、ハルカの元へと戻って行く。
「なんで避けちゃうの?さー君は私のこと嫌いなの?」
「いやいやいや、ハルちゃん落ち着いて!俺はハルちゃんのこと好きだよ?でもさ、一緒に死ぬことは出来な・・・」
「好きなら死んでよ・・・私、一人で寂しかったの。さー君が好きなのに」
ザフィールの言葉を待たずしてオニドリルが鋭い嘴を再びザフィールめがけて突き刺してくる。頭をねらってきている。思わずザフィールはしゃがんだ。頭の上を、大きな風が通り過ぎる。
「プラスル助けて!」
およそトレーナーと思えない指示が出る。プラスルもオニドリルをじっと見つめ、電気をため始めた。
「ねえオニドリル、私がさー君が好きだって伝えてよ。そのドリルくちばしで」
「こ、怖い・・・電磁波!」
プラスルの電磁波は範囲が広い。けれどオニドリルは大きな翼で届かない空へと逃げる。ザフィールは本当に命の危機を感じる。そして数秒後に急降下する。狙われてる。ザフィールは思わず手で顔を覆う。させるかとプラスルがオニドリルのくちばしを電気の鎧で受ける。まとっていなかったらプラスルがいなかったことだろう。スパークがオニドリルに辺り、しびれているのか、翼をか弱く動かすのみ。
「オニドリル・・・」
ハルカがボールに戻した。解ってくれたのかな、とザフィールは安心する。けれどそれは一瞬のことでしかなかった。
「食べちゃって、ペリッパー」
呼び出されたペリッパーは、大きなくちばしで物を運ぶポケモンだ。そしてそのくちばしは人間の子供なら丸呑みできるという。もちろん、ペリッパーが狙うのはザフィールの命。
「く、くわれたくない!!」
情けない声をあげるトレーナーの代わりに、プラスルが大きなくちばしへ電気をまとって突進する。弱いはずだった。けれどもペリッパーはそのまま口をあけると、大きな水の輪をプラスルに当てる。水の波動が、プラスルを混乱させる。元々、トレーナーの指示がなかったから、次に何をしていいか解らないのは当然。
「さあ、今よペリッパー。さー君みたいに幸せなのが許せないでしょ?」
「待って、ハルちゃんまじで待って!」
プラスルは動けない。戻す暇もなくキーチがペリッパーの前に立つ。そして鋭い葉の刃でペリッパーの翼を切り裂く。痛みにペリッパーはうなるけれども、キーチにそのまま翼で攻撃をする。その大きさから、キーチはだいぶ辛いようだった。けれども、キーチは踏ん張る。
「大丈夫だよ、さー君・・・私もすぐに逝くから。離れたりなんかしないから」
ハルカが近寄る。キーチはペリッパーのくちばしに挟まれ、振り回されている。逃げようにもポケモンを置いていくわけにもいかないけれど、手が言うことを聞かない。一歩一歩近寄ってくるハルカにあわせて、少しずつ後ずさり。
「ねえ、さー君、大好きよ。だから、死んで!」
ペリッパーを戻す。そしておそらくハルカの手持ちの中で一番の大物。最も美しいポケモンの地位を争ったことのある鳥、ピジョットの登場だ。その大きさは普通のものと代わりはないのに、ザフィールへのプレッシャーは桁違いだった。そしてハルカの命令にあわせてザフィールへと飛んで行く。その鋭い爪を向けて。
「レグルス、行け」
小さな命令。ザフィールの耳にはっきりと残る。そして堅いものが当たった音が目の前でした。白い体に赤い模様のザングースが、ピジョットの爪を受け止めている。
「良くやったレグルス。そいつは私の大切な証人、死なせるわけにはいかないの」
ポニータの隣にいるその人。思わずザフィールは目を疑う。いくら田舎町でも、こんな場所が分かるなんて思いもしなかった。そしてレグルスと呼ばれたザングースはそのままピジョットの爪を押し返す。
「だれよあんた!ジャマする気なの!?」
「私はガーネット。トウカジムリーダーの長女。それとザフィール、あんた彼女いるじゃないの」
これは彼女ではない。ザフィールはやっとのことで動く手でプラスルとキーチを戻す。そして否定された瞬間、ハルカは物凄いまくしたてた。
「嘘!私とさー君は愛し合ってる!だから死ぬ時も一緒なのよ!何も知らない人は黙ってて!」
「・・・うーん、泥沼の恋愛劇には付き合ってられないんだけど、とにかくザフィールは私にとってある事件の生き証人なわけ。勝手に持って行かれても困るのよ!」
「なによ、出ていって!」
ピジョットに命じる。吹き飛ばせと。それを阻止するかのように、レグルスが鋭い爪でピジョットを切り裂いた。数枚の羽が地面に散り、その上に赤い血が落ちる。
「出ていけるか!私の自宅はこっちだ!」
「知らないわよそんなの!」
再び空へと飛び上がるピジョット。レグルスを狙って。その前に攻撃しようと電光石火の速さで攻撃するが、すでにピジョットは空の上。
「あんたも一緒に死んじゃえばいい!何もかも消えてなくなればいいのよ!」
ザフィールは足に力をいれた。ガーネットを直接狙ってる。被害を出すわけにはいかない。なんとしても止めなければ。今ならまだ間に合う。ピジョットの爪を代わりに食らうくらいなら。
 突然、ピジョットは炎に包まれる。同時にレグルスも。何が起きたか解らず、3人はその場で固まる。そして次に来たのは、雷と間違うほどの怒声だった。
「おまえたち!何をやってるんだ!!」
足元にアチャモを連れた、オダマキ博士だった。


  [No.560] 21、登場!緑猫 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/07/03(Sun) 00:34:56   73clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 あの後は散々だった。ハルカは泣いてるし、ガーネットは帰されるし、オダマキ博士の怒りは全てザフィールへ。家に行ってもずっと怒ってるし、何より喧嘩の道具にポケモンを渡したのではないという内容で話がループしていた。母親が止めてくれなかったら深夜まで続いたに違いない。部屋に帰ると、プラスルが電気のボンボンで励ましてくれた。スバッチがもふもふの羽でなでてくれた。エーちゃんは顔をなめてくれた。キーチは肩をそっと叩いた。
「ありがとうな・・・」
にこやかなポケモン博士と世間では評判になっているが、子供となれば話は別。厳しい父親に、ザフィールもため息しか出ない。しかも話を聞いてくれない。明らかに今回の騒ぎはハルカの行動だったのに。けれど本人はずっと泣いてて、話になるわけがない。

 元気がないもう一つの原因。ハルカの投げつけた言葉。ザフィールはベッドに寝転がると、自分の髪を触った。白い髪が指の間から見える。子供の頃からずっと、からかいの対象だった。時には集団で白い髪のことをからかって、泣いて逃げてきたこともある。そんな思い出のあるこの髪だって、ハルカだけがほめてくれた。それを糧にして、堂々と生きてこれたのに、彼女は言ったのだ。
「その白い髪だけは好きになれない」
後は全て愛してると。けれどその言葉はザフィールの心を砕くには充分破壊力があった。ずっとハルカだけが支えてくれていたのに。いきなり杖を奪われたような気持ちだった。それを感じると同時に、思い出は全て嘘だったのかと、ため息をつく。


 一晩の間を置いて、ザフィールはガーネットを訪ねる。助けてくれたことの感謝や、ハルカに対する誤解を解くなどのことを話したい。そう思って、オダマキ博士に家を聞いて、やってきたのである。いささか緊張する気持ちを抑え、ベルを押した。
「はーい!」
家にいることに少し安心し、さらにプレッシャーを感じる。どのような顔をして会えば解ってくれるのか、近づく足音を聞きながら考える。自身の心臓なのか、足音なのか区別がつかない。
「どちらさま!?」
玄関が開いた。目線の先に顔がない。疑問に思い、少し下にずらす。ガーネットが見上げているのだ。
「だれー?だれー!?おにいちゃんだれ!?」
「え?え?だれって、俺だけど、え?ガーネット?え?っていうかお前が誰だよ!」
「にゃっ!」
目を輝かせる。子供の声にテンションがかかり、少し早口気味なのが、さらに早口になる。
「わかった!おにいちゃんは、おねえちゃんのかれしでしょ!」
「はぁ!?」
まだ早いよ、と言いそうになる自分の口を押さえる。そこではない、そこを否定したいんじゃないぞ。そんなザフィールのことなどおかまいなしに、子供の声でまくしたてる。
「だってきのうおねえちゃんがいってたもんおにいちゃんといっしょにたくさんいろんなところいってたんだよねおねえちゃんはおとこのひとあんまりすきじゃないからずっといっしょにいれるなんてかれしができたとしかおもえないからおにいちゃんはかれしでしょじゃないとたぶんおにいちゃんいきてないよだっておねえちゃんすきじゃないひととはいっしょにあそばないからおにいちゃんはかれしだとおもう!」
だってまで聞こえた。後は物凄いスピードにザフィールはリスニングしそこねる。外国語なんていうものではないのに。固まっている彼を放置して、スピードは早くなるばかり。しかも声は大きく、この小さなミシロタウンに響き渡っている。
「ね、ねえ、解ったから君は誰?」
「くれない、どうしたんだ?」
玄関の奥から顔を出す男の人。見たことがある。テレビで何度も新しいトウカのジムリーダーだと映っていたセンリ。そういえばガーネットは自分のことをトウカジムリーダーの長女だと言ってた。ここに来るまで知らなかったのも、彼女は全く話さなかったからだ。
「あ、おとうさん!おねえちゃんの・・・」
「こんにちは。父がお世話になってます」
さすがに話が早かった。何かを言いかけたところを割り込み、会話をやっとこちらのペースで進める。
「おや、オダマキんところの、確かザフィール君だね。ガーネットが君のこと話してたよ」
「え!?なんて!?」
「逃げ足の早いアニメ好きだって言ってたっけな。ガーネットなら今はポケモン鍛えにいないんだけど、なんだったら上がっていきなよ」
センリに言われるまま、家に上がらせてもらう。くれないと呼ばれた小さな子は、エネコと共にザフィールについてくる。そして2階へ上がったかと思うと、おかしの袋を持って来た。彼女なりのもてなしらしい。リビングのソファにすすめられ、くれないがキッチンで何やらお茶を入れてくれているようだ。センリといえば、ザフィールの対面に座り、難しそうな顔をして話を切り出した。
「そういえば、ザフィール君はガーネットと一緒にいたんだって?」
「え、あ、そうです・・・」
「何かされなかった?吹き飛ばされたり、投げられたりとか」
3ヶ月近い付き合いを全て思い出し、確かに最初の方はあったなと思ったが、ザフィールは否定した。相手の親に告げるのは、少し卑怯な気がしたのだ。
「そう、よかった。あの子ね、ちょっと学校で色々あってね。それから男の子は敵だと思ってるんだよ」
「えー!?」
くれないが湯のみにお茶を入れて来た。口をつけると香ばしい玄米の味がした。飲み物は気持ちを落ち着けるというが、全く落ち着かない。センリの話とガーネットの態度が矛盾も等しいくらいにつり合わない。
「こちらに来たばかりのときね、男の子にポケモンの取り方を教えてあげてと言ったけど、とても嫌そうな顔だったしね。だから君の話が出て来た時は驚いてね。もし何かあったらオダマキに顔が立たないじゃない?」
「あの、何があったんですか?」
「学校の同級生を・・・って言っても、不良グループにからまれて、反撃で骨折させちゃったの」
ガーネットの本気を知った気がした。まだ骨折していない分、マシな扱いなのかもしれない。けれど、いつ骨折させるような攻撃をされるか解ったものじゃない。センリはずっと同じように難しそうな顔のままだった。
「それって・・・」
「私もずっと人には叩いたらいけないって教えてたから、加減も解らなかったみたいで。学校もケガした方ばかり擁護してね、それからガーネットは男の子避けるようになっちゃって。関わりたくもないって言ってたからねえ」
ため息をついた。そしてザフィールの目をまっすぐ見た。
「だから、もし大人になっても彼氏いなかったら、ザフィール君がもらってあげてよ」
センリの後ろから、嬉しそうな目でくれないが見ている。そしてその横にはエネコが。
「いやいや、ザフィール君の都合だってあるよね。ごめん、忘れて」
難しい顔から一転し、明るい顔でセンリは尋ねる。お昼は何が食べたいのか、と。そこまでお邪魔する気はないと答えても、いいからとしか言わない。くれないはずっとザフィールを嬉しそうに見ている。一応、喜ばれているのかとセンリの厚意に甘える。

 
「よし、スカイアッパーが随分命中するようになってきた」
ジムトレーナーのレベルは予想より高かった。エネコロロに3匹も倒されてしまうとは本当に思ってもなかった。なんとかとどめをさしたリゲルが、エネコロロの経験を得てキノガッサへと進化する。格闘技が得意なキノガッサと、野生のポケモン相手に練習していたのだ。ボールに戻した時、ガーネットは空腹を思い出す。
「帰ろうか、今日はお父さんいるからきっとラーメンだな」
こちらに来てすぐに出ていってしまっため、我が家というには何となく違和感がある。けれど、今の住居はここなのだ。玄関を開けると、何か違うような気がした。いつも出ている靴より多い。しかも見た事あるような。誰か来ているのかと、リビングへ行く。
「あ、おかえり」
「おねーちゃんおかえり」
「おじゃましてます・・・」
なぜこの3人が一緒にいるのか理解できず、ガーネットは一瞬かたまった。しかも仲良く昼間からお好み焼きと来た。リビングの隅では、センリのヤルキモノがウインナーを貰って食べていた。
「食べるか?」
「食べる・・・」
この異様な空気は何だろう。そしてなんで3人はこんなに楽しそうなのか全く理解が出来ない。焼けたお好み焼きを見て、キャベツと桜えびと紅ショウガしか入っていないことに気づく。作ったのはセンリと理解するのに1秒ともかからない。けれど一口たべると、珍しい味がすることに気づく。チーズが入っていた。
「ザフィール君がね、チーズ入れるとおいしいっていうからさ、やってみたら中々いけるんだよねこれ!」
「へー。ところでご飯は?」
「おねえちゃん私もー!」
「炊飯器の中にあるよ」
「くれないは自分でやりなさい」
「お好み焼きと、ご飯・・・?」
いつの間にかガーネットもその中に入っていることにも気づかず。昼間から騒がしいパーティは、しばらく収まりそうにもない。そしてそんな時、くれないは大きな声でまた聞いていた。おにいちゃんはかれしなの?と。その時のガーネットは、にっこりと笑ってそして言った。
「いい加減な嘘をつくのはやめなさい」
ザフィールは凍り付く。顔は笑ってるのに声が笑ってない。けれどくれないは何ともないように返事をして、昼食を続行している。そして姉妹をみていたら、なぜかザフィールに飛び火する。
「ザフィール君はご飯大盛りだよねえ!?中学生だもんねえ!?」
どんぶりなみの大きい茶碗に、マンガに出て来そうな山盛り。通称「昔話盛り」と言っていた。そもそも、お好み焼きとご飯を一緒に食べる習慣がない。けれどガーネットの手を断ったら後々に響きそう。扱いに困る茶碗を左手で受け取った。


 騒がしいパーティは、夕方まで続いた。母親も仕事から帰ってくる。ザフィールはそろそろ帰ると言った。家まで送るとガーネットが立ち上がる。二人はまだ明るいミシロタウンへと出て行く。ちなみに彼らは知る由もないが、くれないが「つきあってるよね」と両親に笑顔で言っていた。
「なあ」
「なに?」
立ち止まり、振り返った彼女の手を引いて、家の方向と違ったところへ行く。そこはミシロタウンの唯一の公園。子供がたまに遊んでいるけれど、主にいるのは野生のスバメやジグザグマ。たまにキャモメが迷い込んでくる。
「昨日はありがとう。ハルちゃんって凄く優しくかったから、俺もどうしていいか解らなくて」
人影はない。気配もない。ミシロタウンが眠る準備をしている時間。二人きりで話せるには、これしかない。公園のベンチに座った。
「でも、誤解しないで欲しいんだけど、まじでハルちゃんは彼女ではない。付き合ってない」
信じてないかのような目でザフィールを見つめる。慌てているのが解った。
「まじだってば!」
「そんな焦んなくとも解ってるよ」
ため息まじりで、良かったと言った。その事が心に引っかかっていたようで、その後の顔はとても晴れ晴れしている。
「ハルちゃんって、俺のことかばってくれた人だと思ってた。でも違ったんだ」
「どういう風に?」
「髪のこととかさ、事件のこととか。俺のこと一生懸命・・・他人と自分でこんなにも思ってることがずれてたなんて、想像もしなかった」
気遣うようにガーネットが肩を叩く。それはとても優しいように思えた。うつむいていた顔を上げた。
「つまり君は初恋の子にこっぴどくふられた挙げ句に殺されかけてたというわけか」
ストレートな言葉が、ザフィールの心を刺したようだった。泣きそうな顔でガーネットを見ている。
「そんなさ、他人と自分が同じ思いなんてしてるわけないじゃん。そんなの当たり前で」
「でもさ、軽く言うけど、俺の髪のこと、ほめてくれたのハルちゃんだけだと思ってたんだぜ。それなのにそれまで否定されて・・・違うわけないんだ、あんなこといってくれるのはハルちゃんしかいないはずなのに」

「『ゆきみたいできれいだね』」

ザフィールはさらにガーネットを見る。彼に少しひるんだのか、ガーネットは距離を取ろうと体を避けた。
「なによ?どうせそんなこと言われて、舞い上がってたんでしょ。ザフィールは本当、単純なんだから」
夏らしい風が吹く。ザフィールの白い髪が揺れた。さらさらしていて、ガーネットからしたら男の子なのにうらやましいくらいに。本人の性格から、色を気にしてるような素振りは無かった。けれど、話を聞いたら結構悩んでいたこと。そして本人も気づいてないことがあること。それを伝えようかと思ったけれど、あえてガーネットは言わなかった。これが自分の思い違いだったら。今のザフィール以上に沈むのは間違いない。だったら言わない方が良い事だってあるのだから。
「そ、それよりもさ、センリさんに言ったの?アクア団のこととか・・・」
「言うわけなし。心配させるだけだし、何より外に出してくれないからね!お父さんより強くなって、アクア団なぞ恐るに足らん相手にしてやるから、そこはいいのいいの。そのために明日も練習だから、早く帰るね!」
明るく振る舞う。本当は名前を聞くだけでも思い出してしまう。けれど彼の手前、そんな態度を出すわけにもいかない。そして、アクア団と手を結ぶべきかどうかも。



(読み方講座)
緑猫=みどりねこ

(漢字翻訳版)
「だって昨日お姉ちゃんが言ってたもん。お兄ちゃんと一緒たくさんいろんなところ行ってたんだよね。お姉ちゃんは男の人あんまり好きじゃないからずっと一緒いれるなんて彼氏が出来たとしか思えないからお兄ちゃんは彼氏でしょ。じゃないと多分お兄ちゃん生きてないよ。だってお姉ちゃん好きじゃない人とは一緒に遊ばないからお兄ちゃんは彼氏だと思う!」


  [No.562] 22、トウカジムリーダー戦 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/07/03(Sun) 17:44:14   60clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 目の前の扉を開ける。どんなポケモンの攻撃も受け付けないような造りになっている。そしてその向こうには、父親でありトウカジムリーダーのセンリが待っている。ガーネットが入ると、静かに言った。
「思ったより時間かかったんじゃないか?」
最初に強くしてくれと言ってきてから一週間。初めは最初のトレーナーにも苦戦していた。まさかの強さに持っているポケモンたちを皆きたえた。どれくらいとは解らない。けれどこれをしなければ、やたらと感じる視線を撥ね付けることができない。そう思っていた。
「思ったよりかかった。そこらのとはレベルがとんで違う」
「それは光栄。それがポケモントレーナー、そしてジムトレーナーだ。さて、ここに来たということは、私も手加減はしない。ガーネットも本気でかかってくるんだ」
「わかった」
ガーネットは深呼吸をする。緊張しないわけじゃない。そしてボールを握り、宣言する。
「ジムリーダーセンリ、勝負!」
現れたシリウス。頭のヒレが二つに分かれ、ラグラージへと進化したばかり。トレーナーたちと何度も戦う上で進化したもの。対するセンリは、ケッキングを繰り出す。
「ケッキングはなまけっていう特性がある。最初の1回の攻撃を避ければ・・・」
体に溜め込んでいる泥をなげつける。顔にかかるが、ケッキングは別にそれがどうしたと言わんばかりに動かない。そういえば家にいた時もこうだった。そしてやたらとけだるい声をあげる。それを見ていたシリウスにもそれは伝播する。眠気を誘う、ケッキングの常套手段だった。
「戻れ、そして行け」
レグルスと呼ばれたザングースが場に出る。ジムのトレーナーたちが言っていた、攻撃力を上げる技があると。ガーネットはレグルスに命じる。激しい動きで動き、攻撃力を上げる、剣の舞。爪が長い剣のように見える。ケッキングはそれをぼーっとみていた。なまけているのだ。
「きりさけ!」
走った。宿敵を倒すかのようにレグルスはケッキングに鋭い爪で切り裂く。これでたいていのポケモンは倒して来た。けれど相手はジムリーダーのポケモン。予想以上に耐える。そもそも、ケッキングは何が起きても表情も動きも変わらないから、端からでは本当に解りにくい。
「進化すると、それだけ耐久が増えるんだ。それくらいではやられることはない」
ケッキングは起き上がる。ガーネットは久しぶりにケッキングが起き上がる瞬間を見た。その太い腕、大きな拳から放たれる技がレグルスの体を捕らえる。そのまま体が浮き上がると、何の抵抗もなしに床へと落ちた。今の攻撃でだいぶ体力が持って行かれてしまった。戻すか戻さないか。しばらくケッキングは動かないはずだ。けれど考える暇はない。正直、ここまで強いとは思わなかった。
「ブレイククロー!」
次のポケモンに賭ける。そのためにもレグルスで出来ることを。あまりの鋭い攻撃に、受けたポケモンの防御力が下がるこの技。1度、切り裂く攻撃を受けていたのもあり、ケッキングはさらにだらけた姿勢を取る。それがノックダウンの印だと解るのは、センリがケッキングを戻したため。攻撃力が上がっている今ならば、倒れることなく次もいけるかもしれない。
「弱ってるところを狙え」
センリが出したのはヤルキモノという白い猿。ケッキングと違って、素早く、そして怠けない。レグルスが指示を受けて攻撃を体勢に入る直前、ヤルキモノのきりさく攻撃を受けた。2、3回後ろにまわりながら床に伏せる。確かにヤルキモノは素早い。けれども、ケッキングほどの攻撃力は無いはずだ。再びシリウスのボールを出す。
「マッドショット!」
素早さを下げれば良い。体に溜め込んだ泥を飛ばす。その角度を見切ったのか、ヤルキモノが横に避けた。
「きりさけ!」
詰め寄る速度も普通のポケモンとは違った。シリウスの死角から近づき、気づいた時には避けられない距離まで。爪跡がシリウスの体にくっきりと残る。いくらラグラージは体格が良くて体力があっても、何度もこうされては倒れるのも時間の問題。
「どうした?耐えるだけか?」
シリウスはじっと顔を手で覆う。その間にもヤルキモノはシリウスに傷を付けて行く。そして再度、ヤルキモノが空中に跳んだ。
「いまだ、我慢を解き放て!」
今まで受けた傷を全て相手に返す技。ガーネットの指示にあわせてヤルキモノに拳を向ける。空中にいるヤルキモノは避けることが出来ず、シリウスの反撃を全てくらった。
「なるほど、ね」
それでもヤルキモノはまだ起き上がる。1秒足りともじっとしていられない。センリのかけ声に再びシリウスに爪で切り裂く。
「戻れ。行け、リゲル」
2本の足でリゲルが立つ。進化してから一番鍛えたポケモンだ。速さはヤルキモノより遅い。けれど絶対に最初に出る技がある。
「マッハパンチ!」
目にも止まらない拳がヤルキモノをとらえた。これにはヤルキモノでも耐えきれない。センリはボールに戻した。これがガーネットの知る限りの、センリのポケモンだった。
「よし、倒した!」
「ガーネット、相手の事を知ったつもりになるのが一番の命取りとなる」
こちらに来てからその力をつけなかったわけではないだろう。センリとしても、常に強くなる努力を怠るわけがない。ガーネットがそのことに気づく前に、センリの3体目、再びのケッキングが現れた。
「対策もできる、まずはしびれごな!」
同じポケモンならば戦い方は一緒だ。リゲルが頭の笠からしびれごなを振りまいた。ケッキングの体が麻痺しているのかしていないのかも妖しいけれど。安心した時、リゲルを打つ大きな音がする。扉まで吹き飛ばされ、目をまわして倒れているのだ。
「攻撃技でなくて良かったよ。相手がどういう状態にあるかを見てから指示を出す臨機応変さも必要なんだ」
そういえば、このケッキングは大人しかった。ずっとなまけているのだとばかり思っていた。気合いを入れていたのだ。このケッキングの切り札、気合いパンチ。攻撃されると出せない技ではあるが。
「・・・マイナン、いけ」
大きなケッキングを見て、マイナンは少しひるんだ。けれど動かないと見ると、ケッキングに甘える。攻撃力をがっくり下げ、相手の弱体化を図る。ケッキングはしびれているのかなまけているのか区別がつかない。しかし、そろそろ動くはずだ。センリが指示している。
「からげんき」
ケッキングは立ち上がった。大きな体は、誰が見ても怖い。マイナンも驚いて逃げようとするが、ケッキングの足の攻撃にガーネットの腕の中に戻る。麻痺させたことが仇となったようだ。状態異常の時に攻撃力が上がる技。攻撃力を下げようとも元のケッキングの力は高い。焼け石に水状態のケッキングに、ガーネットは頭を悩ませた。残るボールは2つ。どんなに鍛えても未だ進化できないシルク、そして戦いを好まないカペラ。少しでも、とカペラのボールを選択する。
 わたくものような翼を持つカペラ。大人しくて戦いを好まないのは知っている。だからこそ、一番育てにくかったし、進化もとても遅かった。青い体は大きくなり、翼もひろがったチルタリスは、ケッキングを見ると高い声でさえずる。
「ケッキング、眠れ」
センリが指示をすると、少し遅れてケッキングが目を閉じる。その間にも、カペラはケッキングにも体ごとぶつかっていたのに。眠って体力を回復する技だと解る。麻痺させたのも全て無効。攻撃力が低いカペラの突進も全て無かったことにされてしまった。
「竜の舞」
翼を広げ、円を描くように飛ぶ。攻撃力と素早さが上がる技。攻撃も低いカペラにとって、必要不可欠な技だった。その間、ケッキングが攻撃されないのを良い事に、気合いパンチを放ってきた。痛そうにしているが、チルタリスとなったカペラにとって、格闘技はそんなに痛いものではない。
「カペラ歌って眠らせて!」
美しい声が広がる。ケッキングは多少ふらつくが、眠ったばかりなので、眠気を引き起こすことは出来なかったようだ。けれど、ケッキングは今、だらーっとなまけている。
「竜の息吹」
歌う時と同じく、息を吸い込むと目に見える気流がケッキングに襲いかかる。全体に行き渡り、末梢の神経をぴりぴりとさせる。
「からげんき」
麻痺しているケッキングの攻撃は凄まじい。わたくもの翼をこれでもかというほど拳を入れる。
「戻れカペラ」
戦えない程ではないけれど、ほとんど体力はない。元気なのはシルクだけ。どんなに育てても進化しなかった。けれど、今ここで出さなければ負けを認めることになる。ガーネットはシルクのボールを投げた。
「炎の渦!」
ケッキングはだらけている。シルクはケッキングのまわりを走り、風を作る。その気流に炎が乗り、ケッキングを囲い込む。次に来るはずの攻撃はきっとからげんき。その攻撃を食らったらおしまいである。
「シルク、とびはねろ!」
他のポニータよりジャンプが下手。着地も下手。もちろん、とびはねたのだけど、あまり高度は高くない。ケッキングが攻撃を空振りする。その直後、シルクのダイヤモンドより堅い蹄がケッキングの顔に命中する。痛いはずなのだが、ケッキングは表情一つかえずになまけている。
「もう一度!」
とびはねた。2ターンかかる技というのは、他のポケモントレーナーに避けられている。次の行動が読めるから、と。けれどケッキングの攻撃を避けるにはこれしか無い。
「シルクはジャンプ苦手なんだよな。もう限界なんじゃないか?」
3回目に飛び上がった時、1回目より確かに飛び上がった高度が低い。堅い蹄でケッキングに攻撃するけれど、次はもう出来ないかもしれない。それにこの技は命中に不安がある。飛び上がるので、正確な狙いが定められないのだ。もし、外した時に気合いパンチなどされてしまえばそれこそ終わり。特に足を狙われてはシルクは戦えない。
「次は外す。ケッキング、ポニータが飛び上がったら気合いパンチだ」
「させるか。命中させてやる。かえんぐるま!」
炎のたてがみが燃える。そして頭からしっぽの先まで炎で身を包む。そのままケッキングに向かって手加減なしに突進する。ケッキングは言われた通りに集中する。これが外れたらシルクは倒れる。これが当たったらケッキングが倒れる。どちらかの賭けだ。炎技も苦手で、走ることが大好きなシルク。本当は戦いに向いていないのかもしれない。
 ケッキングが聞いた事もないような悲鳴をあげる。炎がケッキングにうつっていた。火球となったシルクがケッキングの腹に思いっきりぶつかっていた。まとっていた炎は全てケッキングにうつる。慌てるようにセンリがケッキングを戻した。そしてシルクは次の準備に入る。姿勢を低くして、足に力を入れて。鋭い角を振りかざし、相手を威嚇するように。
「ギャロップ・・・」
他のギャロップよりは小さい。けれども、シルクは確実にポニータからギャロップへと進化していた。
「はは、さすがじゃないか。上級者向けと言われてるポニータを進化させるなんて」
センリは懐から何かを取り出す。そしてガーネットへと差し出した。それを受け取る。ジムリーダーに勝った証のバランスバッジ。それはシルクの炎に照らされて光っていた。
「ジムリーダーとして受けた勝負に負けたのだから、渡すのが筋だろう。おめでとう、ガーネット」
この時やっとガーネットは、終わったことを確信した。永遠に終わらないかと思われたものが、勝利の証となっている。
「ありがとうお父さん!じゃ、私帰るから!」
「夕方は雨降るから気をつけてなー。ポケモンは回復させてから帰るんだぞー」
すでに親子の会話となっていた。受け取ったバッジを大切に鞄にしまうと、ポケモンセンターに入っていく。進化もできた。強くもできた。これならばいける。ポケモンセンターを出た後、ガーネットはカゼノ自転車を組み立てると、トウカシティの外れへと向かう。

 時々、ポケモントレーナーが近くを通るけれど、軽い挨拶を交わすだけにした。急いでることを伝えると、たいていは身を引いてくれるものだ。そしてガーネットは進みに進んで、ほとんど人が通らないトウカの森へと進む。
「待っていたのよ」
ブレーキを握り、自転車から降りる。倒れないようにそれをたたむ。そして目の前の相手と向かい合った。
「ええ、私も待っていました。私の前に現れてくれるの」
青いバンダナ、そして海賊のような風貌。豊かな髪が特徴のイズミだった。本当は会いたくもない。けれど決着をつけなければいつまでもつけられてしまう。そしてセンリにも迷惑をかけることになる。
「そう?その割にはおびえてるように見えるけど」
「そう見えるなら話は早い。私はアクア団に協力しない。事件のことは解決していないけど、アクア団のような集団に属してまで解決することじゃないし」
イズミはため息をつく。残念ね、と。
「ならば貴方をもう一度捕獲するまでよ」
「何がそう私に執着するのか解らないけど」
マイナンのボールを開く。出た瞬間から電気をため始め、辺り一面へ電気を飛ばす。電撃波だった。隠れていたアクア団たちは出ばなをくじかれた。次にシリウスがボールから出される。後ろから近づこうとしたアクア団には、リゲルがマッハパンチで吹き飛ばす。
「これ以上、ケガしたくなかったら」
シルクが鋭い角を振り回す。危なくて誰も近づけない。
「二度と私に近づかないで!」
カペラが歌い、眠らなかったものをレグルスがきりさく。指示をしなくても攻撃するよう訓練もしてきた。それならば追いつかない場合にポケモンたちの判断で攻撃が出来る。アクア団を意識しての練習を重ねた結果。
 自分たちより強いポケモンに、イズミは不利と判断する。戦力を削ぐのはよろしくない。イズミは撤退の命令を出すと、煙のように消えていた。


  [No.564] 23、決意 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/07/03(Sun) 20:29:50   57clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 ポケナビに連絡が入る。ホムラからだった。呼び出しかなと思って出た。寝起きだったために、声に張りがない。軽い挨拶から入る会話は、いつものようなのんびりとしたもの。
「そうそう、この前いってたあの子いるじゃん?」
「はいはい、ガーネットですね」
「マグマ団に来ねえか?って伝えて」
「待ってください。そのためには俺が死ぬじゃないですか、やめてくださいっていうかそんなんだったらホムラさんが直接いってください」
きっとマグマ団なんて口にしたらそれこそハルカ以上の殺意で来るのは間違いない。もうそれだけはこりごりだ。
「なんだ、隠し通してんのか。これはお前にも伝えておくが、アクア団のさあ、アオギリの片腕のイズミっていうやついるじゃん。ちょー色っぽい姉ちゃん」
「ホムラさん・・・そんな事思いながら戦ってたんですか」
色っぽいかどうか、ザフィールには理解できそうにない。常に戦ってきたし、強さは他の団員と全然違うし。
「当たり前だろ。カガリの足も中々いいが、俺はイズミのが色っぽくていいなあと思ってんぞ。お前、カガリを口説こうと思うか?」
「あのですね、話が脱線してますよ。それで、イズミがどうしたっていうんですか」
「ああ、あの子をアクア団に頻繁に誘ってきてるらしいし、カナズミにいる仲間からの連絡で、イズミとあの子が会ってるところを見たらしい。アクア団に誘われる前に、こっちに誘えば良し。これに関して、ボスの許可は降りてるからがんばれ」
ポケナビが切れる。全くいつも言いたいことだけいって切るのだから、解らない。質問は受け付けてくれないのがホムラの欠点だと思う。幹部なら少し下のものの気持ちを考えてくれてもいいのに。
 ザフィールは布団の中でそう思っていたが、ホムラの言葉をもう一度思い出して気づく。イズミがガーネットと会ってるということ。何をのんきに自分の先輩の考察をしているんだ。すぐに着替えると、ポケモンと共に家を飛び出した。

 受話器を置く。マグマ団のアジトにある会議室にホムラはいた。といっても、そんな人数が入れるものではなく、主にマツブサと今後の方針を決める時に使う部屋なのだが。ホワイトボードに書かれた内容を読み直しながら、イズミとカガリだったらやっぱりイズミのが色っぽくて口説きたいと思う。
「へえ、色っぽい姉ちゃん、ねえ」
「そうそう、まじ色っぽいんだよー。ああいうボンキュッボンな女が・・・ってカガリ!?」
後ろを振り向けば、ジュペッタのような怨念付きのカガリ。
「口説こうと思わないとか、余計なお世話なのよあんたは!!」
「い、いや、それとこれは・・・ああおやめになって・・・うひょひょひょ・・・・!!」
カガリのエネコロロのくすぐる攻撃がホムラにヒットしている。その後もずっとホムラの特徴的な笑い声が聞こえてきていた。


 アクア団は去っていった。しばらくはミシロタウンで自由に行動できそうだ。ただ、アクア団の反撃で、カゼノ自転車のギアが外れてしまった。これはどう力を入れても直せそうにないし、下手にいじって壊れてしまったらもったいない。
「仕方ない、シルク乗せて!」
少し大きくなってしまったから、1回じゃ届かない。少ししゃがんでもらい、ようやく背中に乗る。そしてガーネットの指示の通りにシルクは走り出した。ポニータの時より早く、そして長い距離を走る。トウカの森からミシロタウンなど、下手な鳥ポケモンよりも早かった。
 ミシロタウンの特徴、大きな建物であるオダマキ博士の研究所が見えて来た。もうそろそろ減速しないと家を通り過ぎて知らないところにいってしまいそう。ミシロタウンの入り口でシルクをボールにしまった。そこからゆっくりと歩く。そろそろテッカニンの声が聞こえて来てもおかしくない季節。少し探検しながら帰ろうか。
 ミシロタウンの公園には、小さな子が遊んでいた。野生のジグザグマがちょろちょろ走っている。特に一緒に遊ぶわけでもなく、かといって逃げるわけでもなく。ほどよい距離で、二つのグループが存在していた。
「今日は疲れたなー。緊張したし」
ジムリーダーの実力というのはやはり凄かった。そこらのトレーナーに勝てるからといって、ジムリーダーに勝てるわけがない。木々の下にあるベンチに座ると、一息ついた。隣にはシルクが座っている。
 シルクがふとそちらを見た。そして頭を低くし、角を相手に突き出す。
「なによ、別に危害くわえようっていうんじゃないわよ」
ガーネットも気づいた。その独特のイントネーションに。もう帰ったと思っていたが、まだいたのか。先日のハルカだった。足元にはアチャモがいる。心配するオダマキ博士にもらったのだとか。ガーネットには信じられなかったが。
「いちゃ悪いわけ!?」
機嫌が悪いのか悪くないのか、ガーネットには解りかねる。ザフィールはいい子だといっていたが、それが信じられない。特に話していると信じられなくなってくる。
「事情も知らないで、私たちの事に口出さないで!」
「いやそれはこっちの言葉だけど。あんたはどう思ってるか知らないけど、ザフィールは事件の証拠なんだから勝手に持って行かれても困る」
「な、なによそんな破廉恥な!」
ハルカが顔を赤らめて言う。何を変なこといったかガーネットには解らない。
「あ、あんたさーくんのこと好きなのね!だからそうやって・・・」
「好きなのはそっちでしょ、人のことをぐだぐだ言ってんじゃ・・・」
「ガーネット!?」
大慌てでザフィールが走ってくる。髪も乱れ、服も乱れて。きっとこんな時間まで寝てたんだろう。ハルカの姿を見て一瞬驚く。
「だ、大丈夫か!?あの、その、アクア団のイズミと接触したって・・・」
「ああ、大丈夫。ポケモンも強くなったから、追い払ってみた」
軽く言われて、ザフィールはため息なのか息を切らせてるのか解らないような呼気を吐く。そして、そんな彼にハルカはべったりとくっついていた。ガーネットとしてはとても面白くない光景。昨日、助けてやってラブラブ解決ですかそうですかと言葉が出そうになった。必死に引きはがそうとしているザフィールを見ると、この後に及んで男だったら覚悟決めたらいいと思う。ため息をつき、彼に投げかける。
「だから大丈夫、もうザフィールに迷惑かけたりしないよ」
「迷惑って思ったことはないけどさ、お前がアクア団の口車に乗せられてたらどうしようって・・・」
「うん、本当は途中まで迷ってたんだけどね」
「なんだって?じゃあ、フエンで言ってたのは本当なの?」
フエンで何したのよ、とハルカが叫んだ。私を差し置いて浮気したのね、とザフィールは散々せめられている。やはり付き合ってるのかと再度聞いたが、ザフィールは否定し、ハルカは肯定する。
「・・・とりあえず、それは本当。解決したとしても、私がアクア団にいたってことが事実として残ったら、それは・・・」
目が合った。今はその先を言葉に出来ない。ハルカがいるからではなく、ザフィールに言ってはいけないこと、いいことが混ざった言葉だから。結局、ハルカと付き合っていないと否定しても、それは心からではないのだろう。その証拠に、二人はぴったりと寄り添っていた。
「ごめん、今日は疲れたんだ。色々合って。だからもう帰る。じゃあね」
二人に背を向けて歩く。シルクがいいのかと言うように横を歩いていた。頬のあたりをなでると、喜ぶように鳴く。
「いい、シルク。私はザフィールのことなんて好きじゃないからね。くれないも勘違い甚だしい」
家の前に着く。玄関を開ければ、そのくれないがおかえりと迎えてくれた。


  [No.565] 24、ニューキンセツ 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/07/04(Mon) 21:39:39   69clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 アクア団の誘いを蹴った。その事だけでもう充分だ。ホムラにその事を伝えると、じゃあ俺とカガリが行くと言ってくれた。もう心配なことは何も無い。それに充分強い。進化しないと悩んでいたポニータだって、すでにギャロップ。ジムリーダーの子って、才能まで受け継ぐのか、育て方がいいように思えた。
「はい、もしもし」
カガリからだった。ホムラは別の用事でいないらしく、代わりに連絡をしたと前置きする。
「それでね、今は自宅?」
「はい。ちょっと父親に怒られて、しばらく出て行くのはダメだって言われて」
「ふっ、未成年だもんね、仕方ない。みんなが揃ったら行きたいところあるんだけど」
「遊びじゃないですよね」
「遊びみたいなもんよ。あるところに天気を自由に変えられるポケモンがいるって知ってる?また連絡するから、謹慎してなさい」
受話器の向こうにいるカガリは少し笑っていた。そんなポケモンは聞いたことがない。一時的に天気を変える技ならあるが、あれは本当に一時的。恒久的に変えることが出来るのは、マグマ団が探しているグラードンくらいなもの。もう一対、天気どころか天候まで変えてしまうカイオーガというのもいるらしい。もしかしたらその2匹のどちらかが見つかったとでもいうのだろうか。
「あー、だるい」
落ち着く事ができないヤルキモノのように、ザフィールがうろうろしている。完全なとばっちりもいいところなのに。ミシロから外出禁止がこんなに辛いとは思わなかった。さらに辛いのは隣の部屋に厄介になってる人のこと。入り口にタンスを置いて、完全封鎖しているからいいものの、勝手に入って来られるのである。
「さーくん!さーくんあけてよ!」
オダマキ博士によれば、両親がいないハルカがかわいそうではないのかという訳の分からない理論によるのだ。じゃあ、何も部屋を隣にしなくてもいいものなのに。全く話を聞いてもらえず、家なのにリラックスすることもできず。ベッドの上でキーチに対して延々と愚痴を述べるのみ。
「ハルちゃんどうした?」
「さーくんが開けてくれないんですー!」
部屋の入り口でオダマキ博士とハルカの声がする。ああもうやめて。二人が合わさるとこちらが不利になるばかりなのに。オダマキ博士まで開けろコールをしてくるのはもう地獄だとしか思えない。仕方なくタンスを移動し、入り口を開ける。
「さーくん!」
開けた瞬間に抱きつかれ、不意打ちをくらったかのごとく後ろへ転ぶ。しかも移動したばかりのタンスの角に頭をぶつけて。左手で押さえると、少しふくれていた。こぶが出来たようだ。
「よし、姉弟仲良くしろよ」
それを見たオダマキ博士が言った言葉。最初は聞き流したが、後から意味を理解して起き上がる。
「待って、どういう意味!?」
「そういう意味だ。お姉ちゃんが出来るんだ、よかったなザフィール」
どうしてそういう展開なのだ。確かにオダマキ博士は両親がいないハルカに対してとても情をかけている。だからって、なんで、しかも義理の姉になるのか理解できない。すでに母親は了承済みであるとか、知らないのはザフィールばかり。それにしても、こんな抱きついてくるのが姉だなんておかしいと思わないのか。いろいろ言いたいことがあるのに、オダマキ博士は素知らぬ顔。
「それより、お前そろそろ外に行きたいんじゃないか?」
見透かしたような言葉に、ザフィールの目は輝く。その後のオダマキ博士の言葉に、二つ返事で了承した。


 というのもハルカから逃げたかったため。ついでにガーネットから距離を置くため。最近は町中で買い物ついでに会っても笑ってもくれない。少し前まではあんなに笑ってくれていたりしたのに。理解不能の女が身近に2人。ああ、さらに緑猫をくわえて1匹。カガリだけだ、この難解な人間関係の文句を不満な顔一つせず聞いてくれるのは。
 スバッチの翼で空を行く。そして見えて来たのはホウエン最大の電気街。そこのジムリーダーに会うのだと言われた。キンセツシティジムへ、地図を頼りに歩き出す。

「いやだ!」
ジムの前まで来ると、入り口でもめている人影があった。見た事ある、フエンタウンで会ったラルトスを連れていて、名前は確かミツル。彼の横にいるラルトスがどうしていいか解らず、きょろきょろとしていた。
「僕だって強くなった、それを証明したいんだ!」
「そんなこといったって無理だよ。まだ治りきってないんだから」
「あれから発作も起きてない、引き起こすようなこともなにひとつ!だから伯父さんお願いします」
近づくとミツルがこちらに気づいたようだった。何をしているのかと聞けば、ジムに挑戦したいとのことだった。
「ザフィールさんからも言ってください!」
「えっ!?いや、いいんじゃないの?やってみなけりゃ解らないし」
うかつに言ったことが間違いだった。ミツルの叔父はなぜそんな無責任なことを言うんだと怒る。こちらに矛先を向けられても、とザフィールは小さくなった。
「なにをやっとるかね!」
豪快な声が聞こえる。ジムの中からほがらかなおじさんが出て来たのだ。確かこの人がジムリーダーのテッセン。何でもないと言うようなミツルの叔父をよそに、ミツルはテッセンにそのことを訴える。
「ほっほっほ、オダマキ博士の息子に頼もうかと思ったんじゃが、お前さんにも出来そうじゃのう。やってみるか?わしに挑戦する以上のことじゃから、出来たらバッジを渡してやろう」
「そのオダマキ博士の息子って俺なんですけど・・・」
テッセンはザフィールの方を見る。そうじゃったそうじゃったと豪快に笑いながらザフィールの肩を叩く。
「じゃあお前さんがた、ちょっと頼まれてくれ。ニューキンセツっていうな、発電所が最近なにかと暴走してのう。爆発したら大惨事じゃ。その前に止めてくれないか?」
まだ大爆発するような大惨事にならんから大丈夫じゃーと笑っている。父親を経由したとはいえ頼まれたことなのだからザフィールは行くと答えた。ミツルは決めかねているようだったが、ザフィールと一緒なら、と答える。


 無人とはいえ発電所である。セキュリティのため、道路と面していない。淡水と海水が混じる付近の海に面していて、船で渡る他はない。けれどザフィールは曲がりなりにもポケモントレーナー。久しぶりに海に出れたことが嬉しそうなホエルコのイトカワに乗って渡る。大きなポケモンだから、ミツルも一緒に。
 大きな建物めざしてイトカワは進む。ザフィールは預かったニューキンセツのカギを握りしめた。入り口近くで降りると、イトカワをボールに戻す。ボールに戻るのが嫌そう。いつか海水浴行くからなーと声をかける。
「さて、ここか」
見てばかりの建物だったニューキンセツ。入れば地下へと続く階段がある。薄暗く、切れかけの蛍光灯がちかちか点灯している。
「怖くないんですか?」
ミツルが聞く。ザフィールの影に隠れるようにして歩いていた。
「んー、そりゃ何か出そうな気がするけど、大丈夫だろ」
「すごいですね」
ミツルがため息をついた。慰めるかのようにスピカがズボンの裾を引っ張った。
「危ない!」
ビリリダマが後ろからやってくる。キーチの素早いリーフブレードで斬る。うなるようにビリリダマは転がっていく。そして前に進もうと振り向けば、コイルがいる。
「電気に引きつけられてやってきたのか。面倒なことになってるな」
気づけばもっとたくさんの野生のコイルやビリリダマがいる。キーチが全てを斬りつけられるわけもなく、スピカがねんりきで攻撃している。念力を出す瞬間、赤い角が光り、それにつられてさらにポケモンたちが集まって来た。面倒なことになってきている。ザフィールは思った。
「逃げる!走るから」
といっても、マグマ団の時みたいに相方が健康で走れるわけでもなく、ガーネットの時みたいに蹴散らしてくれるわけでもない。かといって走ればミツルを引き離してしまうのは解ってる。スピカの体力もそろそろ限界を迎えるようだった。
「イトカワ!のしかかれ」
ボールから出た大きなイトカワ。そのまま下にいるビリリダマやコイルを下敷きに。少しは数が減った。それに、この攻撃で少しひるんだ様子。逃げ出すポケモンもいる。するととたんに動きが止まった。
「な、なんだ!?」
ザフィールが思うのも無理はないこと。いつの間にか現れたのか、にこにこしているポケモンがビリリダマやコイルの背後に立っている。
「ソーナノ・・・しかもたくさん」
影踏みで動けない野生のポケモンをソーナノたちが囲っている。一体なぜこんなことになっているのか、人間たちには理解できない。キーチもザフィールの傍らに立ち、ソーナノたちを見守っている。
「いまのうちに!機械を止めたら大人しくなるかもしれない」
ザフィールは走り出す。こんなに自分が足が速かったかと思わずにはいられない。少し走っては止まり、ミツルを待つ。彼もザフィールについていくのが精一杯だ。視界も、ちらつく蛍光灯のせいで見えにくい。しかも建物のセキュリティのために扉が開いたり閉まったりするものだから、余計に難しい。こんなにも一緒にいて気を遣わなければいけないのも初めてだった。
「ここ、です、ね」
ミツルの息が上がってる。対してザフィールはいつもと変わらず。その二人は、建物の一番奥へとたどり着く。セキュリティも万全すぎて、中々着くことができなかったけれど。
「そうだな、これを止めればいい。しかし凄い熱」
近づくだけで暴走していることが解るくらいの熱気が伝わる。なるほど、大爆発間近というわけだ。機械のまわりに、電源の切り替えボタンを発見し、おそるおそる手を伸ばす。熱くて火傷しそうだ。パチっという音とともに、機械の作動音が低くなり、停止する。
「よし、これで大人しくなるはずだ。あれ?」
「どうしました?」
「スピカどうした?」
いつも子供のようにミツルの後を引っ付いていたのに、全く姿が見えない。ミツルの慌てっぷりを見ると、ボールにしまったわけではなさそう。ということは・・・
 二人は顔を見合わし、元来た道を戻る。どこにおいてきた。その検討もさっぱりつかない。暴走した野生のポケモンに食われていなければいいが。セキュリティをくぐり抜け、時には挟まれかけたりしてニューキンセツの地下を走る。探してもスピカの特徴をみつけることが出来ず、二人は言葉に出さないまでも、内心は焦っていた。
 楽しそうな声がする。セキュリティの扉を1枚隔てたところで。それを開けると、たくさんのソーナノの中に、赤い花のようなスピカ。二人をみつけると、ソーナノがにこにこの顔で迎えた。まわりには動かないビリリダマとコイル。事態が良く飲み込めてない二人をよそに、ソーナノたちはとても楽しそう。


「いやー、助かったよ!」
キンセツシティに戻ればテッセンが大きな口をあけて笑っている。ジムリーダーがジムを空けるわけにもいかないし、かといって暴走した電気タイプのポケモンを押さえられるトレーナーは限られてる、と悩みのタネだったようだ。
「やっぱり、何かあったらオダマキ博士を頼るのは正解!あの人は詳しいし親切だ。坊やもそうなるんじゃよ!」
ザフィールの肩をばしばし叩く。お礼として電気タイプの技を教えてやると言うのだ。
「あー、俺はいいや、プラスル結構強いし」
ミツルを向く。足元にはスピカに懐いてしまったソーナノも一緒に。
「え、いいんですか?」
「いいよ。ほら、ジムリーダー直伝の技だから覚えて損はないぜ」
「わっはっは!疑うようなら、そのラルトスに覚えさせてやろう!これが、10万ボルトじゃ!」
スピカの角が光る。テッセンの直伝の技が記憶に吸収されていく。それを見て、良かったなと声をかけた。そしてザフィールはテッセンに軽い挨拶をした。
「それじゃ、オダマキ博士によろしく伝えておくれ」
「はい。解りました。ミツルも元気でな。無理すんなよ」
スバッチのボールを掴んだ。それと同時にポケナビが鳴る。集合は急いでるのだろうか。電話に出ると、ホムラの声が聞こえる。
「よぉ、お楽しみでしたか?謹慎中のザフィール君」
もう伝わってる。しかもさりげなくネタを混ぜて。ザフィールは本当にホムラに話してしまったことを悔やむ。
「もうとけました。今はキンセツシティです」
「なんだ、やっぱり電話してよかったわ。さっきカガリから聞いたと思うんだけど、天気研究所に行かなきゃなんねーのに、人数がいねえんだわ。どうよ?」
「聞くまでもなく行きます。何時までに?」
「ん、明日でいいよ。ほら、明日だと凄い低気圧が来るらしいから、雨だと外にトレーナーもいないしな」
時間を覚えると、ポケナビを元に戻す。家に戻らず、このまま行こう。そのために全て持って来たのだから。手持ちに後一匹余裕がある。ならば、それでも探してようとした。キンセツシティを抜け、大きな川で遮られているところへと出る。
「やあ」
その声に立ち止まる。優しさとは無縁の、人を見下した目。身長もあるのだけど、それだけではない。ザフィールが好かない人間だと思っているダイゴ。身なりはフォーマルなのに、どこか変な感じがするのは気のせいだろうか。
「ザフィール君、会えて嬉しいよ」
言葉だけ。ダイゴの目は相変わらず見下している。負けじとザフィールもダイゴをにらんだ。
「君は自分の住んでいるホウエン地方が好きかい?」
「は?好きとかそういう問題なんですか?」
「僕はホウエン地方が好きだよ。それにポケモンたちもね。僕はみんな大好きだ。それを乱そうとするのが、僕の一番大嫌いなことなんだよ」
「え、だからなんの・・・」
「だから、君に生きて・・・」
いきなりダイゴににらまれる。視線が少し変わった。何が起きたのかよくわからず、ザフィールは1歩後ろへと下がる。ダイゴはしばらく黙り、そして元の見下すような目で見てきた。
「君のポケモンはまだ弱い。育て方が足りない」
ダイゴがポケットからボールを出す。そこから出たエアームドは大きく翼を広げた。勝負を挑まれているのか、ダイゴはそのまま立っている。海が近い。イトカワのボールを出す。
「ホエルコ、か。進化すればホエルオー」
「そうだよ、ホエルコでわるか・・・」
イトカワが得意の海に潜ろうとした時だった。エアームドが大きく翼を動かす。エアカッターがイトカワを切り裂いたのだ。ザフィールが指示するより早く。そしてその威力は普通のエアームドではない。
「解っただろう、君は弱い」
エアームドがボールに戻って行く。瀕死のイトカワをボールに戻すということもせず、ただ見つめている。強さも半端ではない。余裕の表情で、何が起きたか解らないザフィールを見ている。
「君ごときに負けるわけがない。天と地の差だ」
茫然と水面のイトカワを見つめていたが、その言葉にザフィールはダイゴをにらみ返し、ダイゴの腕を掴む。
「覚えてろ・・・俺はお前を超える。その時に同じことを言ってやる。覚悟して待ってろ!」
イトカワをボールにしまった。そしてダイゴの前から逃げるように去って行く。その後ろ姿を見送ることもせず、ダイゴは立っていた。
「僕はもうダメだ、代わりに・・・」
手がボールを選んだ。エアームドのボールを。移動しろという命令。
「ラティオスとラティアスがヒワマキシティで待っている。行け」
エアームドが舞い上がる。ダイゴを乗せて。鋼の翼が風を切った。


  [No.567] 25、雷雨の道 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/07/05(Tue) 19:36:59   73clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 近所というのはとても不便なもので、田舎町ならなおさら話が広まるのは早い。センリからオダマキ博士のことを聞いた。それはさらに感情が迷宮入りするのに充分なことだった。どうしてそんなことになってるのか、ガーネットには到底理解できない。一つ屋根の下で二人がいることを想像するだけで耐えられない重圧が心にかかる。
 そして、気分転換に外に出ようとすれば、タイミング悪くハルカに出くわしてしまう。軽く挨拶して通り過ぎようとしても、向こうがそれを逃さない。ガーネットの手を掴むと、きついイントネーションで一方的に話しだす。その表情は、私の勝ちだと言わんばかり。そもそも最初から勝負しているつもりがないので、ガーネットとしては勝ちも負けもないのだけれど。
「・・・これからギャロップの散歩だから」
手を振り払い、ガーネットはシルクのボールを出す。未だに届かず、少ししゃがんでもらってから乗るのは変わらない。そして、何やら叫んでいるハルカを置いて、シルクに行けと命令する。
 
 どこへ行く宛もなく、コトキタウンを通り越して103番道路まで走り抜く。そういえば、ここで初めて勝負した。その前は木から枝と一緒に落ちて来て、何がなんだか解らなかった。それから、まだミズゴロウだったシリウスがどろかけで押し進めて。
「ガーネットちゃん!」
オダマキ博士が手を振っている。会釈をすると、彼は近寄って来た。傍らにはキャモメがついている。
「オダマキ博士、こんな遠くまで来るんですか?」
「本当はもっと遠くに行きたいんだけどね。ザフィールに頼ってばかりってわけにもいかないし」
体格のいいヒゲのおじさん。それがオダマキ博士の見た目だった。キャモメがオダマキ博士のまわりをくるくる回っている。
「そういえば、ザフィールはどうしてますか?」
「キンセツシティのテッセンさんに用事を頼まれたから、それに行ったよ。それからヒワマキシティの方面に行くって言ってた」
「えっ!?ありがとうございます!」
外出禁止令が出たと言ってたから油断していた。彼に対する疑惑が全て晴れたわけではない。すぐさま家に帰ると、ポケモンを全て用意し、動きやすい服に着替える。そして早口で行ってくることを伝えると、シルクに乗って出かけて行く。
「あっ」
見送ったくれないが部屋に帰ると、テーブルの上に姉が使っていた万能粉が残っているのをみつけた。忘れていったのだろうけど、くれないには今から追いかけることができない。父親のセンリはジムのイベントとかで忙しくて今日は相手にしてくれない。
「まあいいのかな、おねえちゃんあれなくても、よくなったのかもね」
後ろでエネコが鳴く。今日の午後は雨だったな。降ってきたら洗濯物を取り込まなければ。それまでくれないは気にせず机に向かう。学校の課題がまだ残ってる。それを片付けられなければ、エネコと遊ぶ事も出来ない。


 シルクに乗りながら地図を確認する。ヒワマキシティはミシロタウンからかなり離れたところにある。シルクの足でも時間がかかりそうだった。かなり走り、110番道路まで到着する。海風が追い風のようにシルクに吹き付ける。少し風が湿っぽい。
「雨か、なんとか抜けられるかな・・・」
炎タイプのシルクは雨が苦手だ。カイナシティで小雨にあった時も、外に出るのを嫌がった。ザフィールが毎回ポケナビの呼び出しに応じるわけでもない。追いかけられなければ、きっとそのまま逃がしてしまうような気がする。
 ようやくキンセツシティの建物が見えてくる。街中ではなく、少し外れた道を行く。遠回りになってしまうが、市街地をギャロップで走り回るわけにもいかない。大きな街だから、ここを抜けるのにも時間がかかる。それにしても、随分長く走れるようになって来た。キンセツシティ上空は重い灰色に塗りつぶされている。雨が近い。
 
 キンセツシティの東から、ヒワマキシティへと向かうルートがある。119番道路を北にまっすぐ行けばヒワマキシティはもうすぐ。けれども、シルクはそこで立ち止まる。目の前には大きな川。飛び越えられるような幅ではない。休憩がてらシルクをボールに戻し、水を渡るシリウスを呼び出した。すると外に出てすぐ、シリウスはあたりを見回す。
「どうしたん?」
ガーネットの質問に短く鳴いた。河原に広がる大きな石を選んでいるようだった。ラグラージの習性、嵐を予知して岩を積み上げて巣を守る。巣がここにあるわけではないのに。前線通過だけなのに大げさだな、と思ってしまう。
「行くよー!」
ガーネットの声にシリウスは振り向いた。体より大きな岩をもの惜しげに見つめて、川へと身を沈める。そしてガーネットを乗せると、一気に川を泳いだ。遠くの空は黒く、雨を予感させる。風も冷たい。雨をしのぐ道具を何一つ持って来なかったことを悔いた。
 向こう岸へと着く。まだ雨は降ってない。ここからは自分の足で走るしか無さそうだ。ザフィールのことだから、あの素早い足で今頃はヒワマキシティにいるのだろう。早く追いつきたいけれど、こうも天気に邪魔されては中々進めそうになかった。
 北へ走る。豊かな雨を象徴するように、伸びに伸びている草むら。かき分けて進む中、一際眩しい光が一面に降り注ぐ。その直後の轟音。雷まで鳴っていた。大粒の雨が、ガーネットの体に降り掛かる。辺りは自分の足音も聞こえない程の土砂降りが続く。視界は白く、土はぬかるんでいた。余計に急がないとならない。
「なんでこんなときに・・・」
119番道路を流れる滝は、大雨で勢いを増していた。続く川も濁った水が激流となっている。すでに全身はびしょぬれ。その間にも体は冷えていく。追跡はとりあえず中断し、どこか休める建物で乾かさないとならない。今にも滝に飲み込まれそうな橋を渡り、急な坂道を登る。何度も何度も雷鳴が響いていた。雷光と雷鳴の時間はとても短い。紫色の稲妻が遠くにくっきりと見えた。
 その坂を登りきったところで、土砂降りの中に白い建物が見えた。何やら文字は見えないけれど、看板も立っている。事情を話せば雨宿りくらいさせてもらえそうだ。力が入らなくなってきた足を踏ん張り、荒い息を鎮めるように建物へ向かう。手の感覚がじんわりとしていた。
「すいませ・・・」
入り口の自動ドアのようなものを開ける。物凄く静かだった。電気がついているのだから、人がいるのかと思ったが、気配すらしない。ふらつく頭を押さえて、濡れた体で奥へと入っていく。誰かいたら怒られやしないかドキドキしていた。
「だめだよ!」
いきなり後ろから引っ張られた。振り返ればかなり小さな子供。そのままガーネットを引っぱり、カギのついた扉がある部屋までつれていく。
「あいつら、僕が寝てる間に・・・」
「あいつ、ら?」
「あの赤いフード、マグマ団だ。ここにいるポケモンを奪おうとしてる。危ないから外に出ちゃダメ!」
部屋の外を、足音が通り過ぎた。警備しているようだった。間一髪で助かったことを少年に礼をすると、ガーネットはドアの扉に手をかける。
「大丈夫、追い払ってあげるよ」
「そんな!やつら危ないよ、危険だよ!それに、お姉ちゃん・・・熱がある」
「そう、かもね。でも、いつまでも占拠させておくわけには行かないの。マグマ団みたいなやつらには。しっかりカギかけておくんだよ」
外に出た。どこから来るのかも解らない。慎重に慎重を重ねて、建物の中を行く。やはり走れない。走ろうとすると頭が重くのしかかる。痛みは無いが、一歩出るだけでふんわりと視界が揺れた。無茶は出来ない。マイナンのボールを握りしめる。かつかつと廊下に響く足音が遠くからした。
「いけ・・・」
マイナンがボールから飛び出す。そして足音に向かって電気をためると、そのまま突進する。その人物が麻痺して倒れたと同時に、駆け足が複数聞こえる。残っていたマイナンを見ると、大騒ぎになってしまった。素早く戻し、シリウスのボールを手に取る。
「侵入者発見!」
「どっちがよ!」
一瞬だけボールを投げる手が遅れた。そのため、シリウスが一発目を食らってしまった。グラエナがシリウスの腕に噛み付いている。そのまま振り回し、グラエナを引きはがすと、泥を追い打ちのようにかける。
「やばい、つよいぞこの女!・・・っていうかどこかで・・・」
「おい、そいつカナシダトンネルにいた女じゃないか!?」
どんどんマグマ団たちが集まってくる。こんな万全ではない時にこうもされては指示が追いつかない。カペラのボールを開ける。ふわふわとした翼がガーネットの体をなでた。
「ボスがいってたな」
「連れてかえればご褒美くれるって!」
今マグマ団に捕まるわけにはいかない。カペラは歌い、シリウスは近づくポケモンを泥を水圧で吹き飛ばす。ポケモンの悲鳴、マグマ団の怒声、足音、そして雷鳴。そんなドタバタしていたものだから、マグマ団は増える一方。
「つーか静かにしてください!一体なにごとなんですか!!静かにことを済ませるって言われましたよね!トレーナーに気づかれたらどうするんですか!」
2階から一人のマグマ団が降りてくる。この大騒ぎの中、一際通る声で。カペラがそれに気付き、ふんわりと羽ばたいた後、その人物に寄っていく。そして嬉しそうに周りを飛ぶと、足元に座る。
「なん、で・・・いるの?」
「お前こそなんでいるんだ!?」
マグマ団たちがざわめく。知り合いなのかと。人間たちが混乱してる中、カペラはのんきに歌いだす。カペラにとって側にいるのは敵ではなく、主人といつも一緒にいた人間にしか見えないからだ。
「なんで?なんでいるの?なんで2階から来たの?なんでマグマ団なんかと一緒になってんの?・・・ねえ、ザフィール答えなさいよ!」
ただ事ではない主人の様子に、カペラは驚いて歌うのをやめる。そしてガーネットのところに戻ると、慰めるようにふわふわの翼で触って来た。
「ザフィール、どうするんだ?」
「いい、俺がやる。特性持ちだから、うかつに近づくとケガするぞ」
一歩一歩、ザフィールが近づいてくる。違う人物に見えるのはマグマ団の服装のせいか。他の団員たちが見てる中、ただならぬ彼の様子に、ガーネットは後ろを向いて走り出す。アクア団のような冷たさ。それが今のザフィールだった。それがとても怖くて怖くて、あっけにとられている団員を押しのけて建物から出ていく。

 まだ降り続く土砂降り。雷鳴も近く、空は真っ黒だ。あれは何かの見間違い。そう、その見間違いだ。こんなに熱があって、ちゃんと人物が見分けられるわけがない。何かの・・・
「危ない!」
腕を掴まれる。いつもならそんなもの振り払えるのに、力が入らない。それに掴む力が普段とは違う。青あざになりそうなくらい強くつかまれる。
「大雨で増水してる、鉄砲水に流されるぞ」
「うるさい!離してよ!」
振り返ってみる彼は、間違いなくマグマ団。その事実を突き飛ばし、にらみつけた。
「私はお前なんか知らない!」
雨音に負けない大声で叫んだ。ずぶぬれの体は、さらに体温を上げていた。視界が揺れる。立っていられない。ぐるぐるとした景色が暗く途切れる。雷鳴が近くに聞こえていた。


  [No.571] 26、ふたりだけのひみつきち 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/07/06(Wed) 22:40:14   55clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 ガーネットは目を覚ます。見た事もない場所。手触りのいいふわふわマットに、頭の下には柔らかいぬいぐるみ。体を起こす。雨で体が冷えて、体温がどんどん上がっているのが解る。とても寒い。震えているのはそれだけじゃない。
「起きた?大丈夫か?」
まだマグマ団の格好のまま。いつもより冷たく見えたのはそのせいかもしれない。ガーネットは手元にあった白いエネコのぬいぐるみを投げつける。
「消えろ!お前なんか知らない!」
熱のせいで力が入らない。エネコのほほえんだ顔のまま、ザフィールの腕に収まる。何を言っていいか解らないような顔で、彼はそこに立っている。知る限りの罵りの言葉を伝えたいのに、上手く出て来ない。感情が溢れ、涙が頬を濡らす。
「ごめん、黙ってて」
「近寄るな!全部お前だったんだろ!」
差し出された左手を払いのける。びくっと体を動かしたのが解った。けれどガーネットは変わらずザフィールをにらみつけている。呼吸も乱れて声も涙掛かっていた。
 ザフィールが身をかがめる。そしてそのままガーネットを抱きしめた。離せと抵抗するけれど、今の彼女では払いのけることは不可能で。マグマ団の服越しに感じる彼の匂いは変わらない。
「何するんだよ!離せ」
「嫌だ、離さない」
それでもこんなに心臓が乱れるくらいに、後に引けなくなっていた。だからこそ、現実を認めたくなかった。けれども優しく抱きしめてくれるザフィールは反社会的なマグマ団で、そして一番思いたくなかったことだった。
「確かに俺はマグマ団だよ。アクア団に復讐したくて、ボスに拾ってもらった」
聞きたくなかった。本人の口からそんな言葉。耳を塞ぎたくても、ザフィールの言葉が次々に入ってくる。
「ずっと言おうと思ってた。けれど俺にそんな勇気がなくて、こんな時になって、本当にごめん」
耳元に残る彼の声は震えていた。
「ふざけんな」
この胸に抱かれてる時に出てくる感情。ずっと否定していた心。もう否定することは出来ない。自分に嘘を突き通すことは出来なかった。
「私の心を返してよ。味方だって思わせておいて、そうやって」
涙が止まらない。入るだけの力で、ザフィールを抱きしめた。本当はこうしていたかった。アクア団の誘いに迷ったのも、ザフィールの潔白を証明したかったから。そして断ったのも彼が悲しむと思ったから。それなのに、マグマ団だったなど、受け止めるには重すぎる。
 大きな声で泣いた。ザフィールは黙って抱きしめてくれていた。言葉にならない声。たくさんのことを伝えたかった。それなのに何一つ意味のある言葉にならず、声となって出ていってしまう。


「落ち着いた?」
ガーネットは黙って頷く。大声を出して気持ちがすっきりしたのか、今はだいぶ現状を受け止められるようになってきた。一度腕から離れてみる彼は、まぎれもなく市井で見るマグマ団そのもの。フードの隅から見える白い髪が、本人だと証明している。
 聞きたいことはたくさんある。どうしてマグマ団にいるのか、ジョウトで見たのは本人なのか。何も言わず、ザフィールはこちらを見ている。そんな彼を見ていたら、今は全てどうでもよくなった。濡れているザフィールの体を引き寄せて、そしてフードを取らせる。つららのようになってしまった白い髪。
「本当に、ごめん。今まで黙ってて。バレたくなくて、ずっと嘘ついてた。疑われるのが嫌で、ずっと言えなくて」
今のザフィールから出る言葉は、嘘ではないようだった。まっすぐと見て、今の素直な気持ちを言葉にして。
「それでも、カナシダトンネルとか、ハルちゃんのこととか、助けてくれたことはすっごい嬉しくて、余計に言えなくて。いつ言おうかって迷ってた」
悪いことをしたときの子供のようだった。ガーネットは全てを聞き逃さないように頷く。
「だから、許してくれなんて思ってない。俺が隠してたのが悪いんだから。それに、マグマ団の活動だからって、人にほめられないようなことも、違法行為だってしてきた。だけど、一つだけ、本当に信じて欲しい。俺は人を殺してない」
真剣な顔つき。けれどガーネットはそれを突き放す。
「信じられるか。なんで、そんなこと、信じるなんて」
心に引っかかるその事実。マグマ団にいるという時点で、一つまた黒へと近づいたというのに。けれど、事実は事実、ガーネットの心はそれと反していた。
「信じたいよ、ザフィール。でもどうしてマグマ団にいるの、どうして」
私に優しくしたんだ。その言葉を言えず、ザフィールの体を抱きしめた。力を入れても、熱のために上手く入らない。どうして目の前の人はこんなに優しくしたのだろう。そうでなければ、こんな気持ちにはならずに済んだのに。

 それからしばらく二人で黙っていた。外は夜だというのに全く変わらず雷雨が続いている。雷光が中まで通る。どれくらいまで熱が上がったのか解らないほど体は熱かった。それなのに寒気を感じている。手は冷たい。
「ザフィール、バッグとって」
外されていたポーチの中身を見た。何度みてもそれは無い。
「何使うの?」
「寝れる薬」
「どうして?いつも早く寝てるのに」
「私の友達がね、死んだ時、真っ赤な血が溢れてた。浴室を赤くしてさ。それを見てから、目を閉じるとそれが見えてきて」
被害者ではないのにね、と笑った。
「でも大丈夫、きっと熱があるから寝れる、多分ね」
ふかふかマットの上に横になる。自分の荷物を枕にして。そしてそのままザフィールの方を見ていった。
「近寄ると、うつるよ。おやすみ」
おやすみ、と軽く返し、ザフィールもなれない床についた。


 もう一人の私。もう時間がない。早く、早くそこにいるならば私を迎えに来て欲しい。邪悪な気に取られる前に。


 何やら眩しい。朝日が顔を照らしていた。ザフィールは体を伸ばすと、外の様子を見た。昨日と打って変わって快晴。雲一つない綺麗な空だった。近くの川はまだ増水した時のままだが、他はすっかりいつもの通り。
 空腹だというように腹が鳴る。そういえば夜はあんなことがあったために何も食べずに寝てしまった。何かあったかと鞄を探すと、チョコレートとおいしい水が出て来た。空腹を満たすように、まずおいしい水を一つ開ける。喉が潤い、少し空腹も満たされる。
「ガーネット何か食べる?」
声をかけても反応はない。いつもなら自分より早く起きるはずなのに、今日はまだ眠っていた。調子が悪いんだな、と側による。
「・・・かわいいよな」
最初は凄い怖いと思っていたけれども。カナシダトンネルでは本当に救いの天使に見えたし、フエンタウンの時はこちらの好みを把握してプレゼントくれるし、ミシロタウンに帰ったらハルカからかばってくれて。それに髪のことだって、気にしてるなんて一言も言ってないのにからかうこともなく、聞いてくることもなく、雪みたいだと言った。
 まだ眠ってる。そのガーネットを独り占めしたい。けれどそんなこと受け入れてもらえるわけがない、今となっては。だから、この瞬間だけでも。気づいたらザフィールはガーネットの唇に触れていた。やわらかく、そして熱い。唇を味わう。ガーネットから離れ、その顔を見つめる。冷静になったのか、何をしてしまったのか考え、誰もみていないよな、とまわりを確認する。
「本当、なんでこうなっちゃったんだろ」
だったらなぜその行為に及んだのか疑問は残る。それでも、後悔は無かった。少しでも自分のものに出来た。今の状態では、到底受け入れてもらえそうにない。それだけで、ザフィールは良かった。
「・・・ヒワマキ行くなら着替えないと」
入り口付近に鞄を置きっぱなし。昨日はここに運んだ直後に天気研究所に戻り、そうしたらもう終わったと言われ、途中で抜け出すなとマツブサに一言怒られる。そしてそのまま帰って話して。着替える暇もなかった。外を見ながら、服を脱いだ。


 何度も見た、血が飛び散る様子。夢は白黒ではなかったのか。思わず目を開ける。けれども今日は何か違った。もう大丈夫だよ、と暖かい声をかけられた瞬間に目を覚ましたようだった。目覚めの不快感が無かった。もう朝日がのぼってきていたようで、日差しが見える。
「ザフィール?」
だるさの残る体を起こし、離れている彼を見た。服を脱いで、背中が見える。そしてその背中には、見た事もないような大きな切り傷が何カ所もついていた。すでにどれも傷跡。
「どうしたの!?その傷」
慌てて振り返る。見られたくないものを見られた顔をして。悪いことやいたずらしたのではなく、他人には気軽に話せないような。
「なんでもない!なんでもないから!」
隠すように服を着た。見慣れた姿に戻る。そして足元の鞄を取ろうとして、ザフィールは止まった。どうしたのと近寄ると、ザフィールの足元に何かいる。背びれは穿孔していて、他のヒレもみすぼらしい。
「なにこれ、魚?」
ピチピチとザフィールの足元で跳ねている。その力は全く無さそう。
「ヒンバスだよ。きっと昨日の大雨で流されて来たんだな。こいつさ、野生だと綺麗なミロカロスの鱗が手に入らないと進化できないんだぜ。最初のヒンバスはどうやって進化したか知ってるか?」
「知らない」
「渋い味の木の実が災害で台風で流れ込んでさ、それを食べたヒンバスから進化できたっていう説があるんだ。今はトレーナーのヒンバスはポロックだね・・・って!?そんな大量に食べるわけないよ!?」
ザフィールが話している側でガーネットはポロックケースの渋い味がするポロックを全部ヒンバスの前に出した。非常食としてたくさん作ってあったもの。持ち運びしやすいからと作りすぎたと思っていたのでちょうどいい。それにガーネットは渋い味が苦手だった。
「ほら、食べてるじゃん」
目の前のポロックの山をヒンバスは一つずつ片付ける。水もないのに、よく動くヒンバスだ。ガーネットは自分が正しいと言わんばかりにザフィールを向く。
「いやいや、量がね・・・まあいいのかな」
進化できる条件だと本能が知ってるのか、ヒンバスはポロックを食べ続ける。
「ガーネット、支度できたら早く行こう。昨日より熱あるし、夏だからって濡れたままじゃ悪化するし」
「昨日、より?」
「そう。熱で涙目になってるし。早く行こう。ここからならヒワマキシティは近いから」
荷物を持って立ち上がる。ザフィールが左手を差し出した。それをガーネットはつかむと立ち上がった。再び足元でピチピチ音がする。両腕で抱えられるほどあったポロックの山をヒンバスがたいらげたのだ。
「まじかよ、すげえなコイツ。もう川に帰れ。干涸びるぞ」
ザフィールが左手で掴むと、川へ向かって投げる。ぱちゃんという着水音がして、ヒンバスの姿が見えなくなった。
「ちゃんと生き残ればいいな」
「ねえザフィール」
左手を掴む。そして何かを言おうとしてやめた。ヒワマキシティに行こうとだけ言うと、ふらつく頭と足を踏み出して歩く。
「無理すんなって」
ザフィールがかがむ。その距離くらい行けるから、と。ガーネットは何も言わず、彼の背中にぴったりと近づいた。離れないように、しっかりと手をまわして。
「んじゃ、まずはヒワマキのポケモンセンターだな」
「そしたら、ザフィールを警察につきだして・・・」
「ええっ!?そこ!?」
「そんでマグマ団を壊滅させて・・・」
「いやいや、それは困る!」
そんな話をずっとしていたけれど、二人ともとても楽しそうだった。半分冗談、半分本気で。一番言いたい、マグマ団をやめるように諭す言葉は中々出そうにない。もし、可能ならもう関わらないで欲しいのに。
 そして、長い丈の草むらから、二つの目がのぞいていた。いつ飛び出そうか、いつ現れようか。あの二人の前に現れていいものなのか。けれど予知した二人はあれに違いない。


  [No.577] 27、ツリーハウスの住人 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/07/09(Sat) 22:04:53   57clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 ヒワマキシティにあるポケモンセンターも例外ではなかった。木の上に家を造り、生活するヒワマキシティを象徴するように、ポケモンセンターも高いところにあった。といっても、一階部分は他と変わらず、2階から上が木と合体しているのである。きっと、前は2階にあったのに、旅のトレーナーからいろいろ言われて下ろしたような、とってつけた内装だった。
 正午を少し過ぎた頃。仮眠室にガーネットを置いて、ザフィールは外に出た。寝ているのを起こすのもしのびないし、また過ちがないとは限らない。気づいた時にはすでに時が遅かった。最初から言っていれば、どうだったのだろう。後悔は止まることを知らない。
「あーあ・・・」
ため息をついたところで時間が戻るわけでもなく。ザフィールはヒワマキシティを観光しようとツリーハウスを登る。昔は木登りしていたようだが、今は木で編んだスロープがついている。重たいものも楽に運べるというわけだ。ツリーハウスをつなぐ橋は、手すりがないところもあり、落ちたら痛そうな木の上。
「ザフィール!」
振り向き様に、黄色いものが目の前に張り付いた。バランスを崩し、橋の上から重心が出た。ヤバいと思ったら、その黄色いものは顔面から離れ、橋の上に着地している。
「あっ!橋の上に戻れ!」
落下を始めていた体が何かに押し戻されるように、橋の上へと上がった。何が起きたか解らず、ザフィールはただ張り付いて来たものを見る。
「ごめんごめん」
青いサーナイトのような格好。フエンで会ったミズキだ。マグマラシを連れていた。嬉しそうにザフィールのまわりを跳ねている。こいつが張り付いて来たのか。マグマラシに張り付くなと一発叩いた後、ボールに戻した。
「今日は一人?暇?」
「今は一人で一応暇」
「ちょっと付き合ってくれない?」
時間をつぶすにはちょうど良いと、ミズキに頼まれるままついていく。ツリーハウス同士を結ぶ橋が、足並みにあわせて揺れた。急いでいるわけでもなさそうだけれど、楽しそうでもないミズキ。鞄についている鈴の音色が動きにあわせて揺れていた。


 まだ寝ているのかな。薬は要らないと言っていたけれど、あんなに熱が高いのに要らないわけがないだろうし。何を買っていけばいいのか検討もつかない。起きた時にいなかったらまた怒るのか。けれど昼からずっと側にいて騒がしくしても休まるはずもないし。
「どうしたの?ぼーっとしてるけど」
ミズキに声をかけられて、現実に戻る。頭の中が占められていたことに気づく。こんなに苦しいならば、もっと早く言えば良かった。この思いを伝える時、どんな言葉にしたら一番いい結果になれるのか。そして何より、今のガーネットに聞いてもらえるのか。
「悩んでるなら聞こうか?」
「いや・・・あのさ、ミズキって彼氏いる?」
失礼なことを聞いたかと思った。ガーネットなら確実に怒ってもいいところ。けれどミズキは平然と答えた。
「えー?いないなあ、好きな人はいるけど」
彼女も同じ境遇なのか。そういうミズキから全く悲壮感が出ていない。むしろその状態で安定していると言うように。
「どんな人?」
「うーん、どんな・・・身長も体重も大きくて、病弱だったって言う割にはタバコも酒も節制しないし仕事で・・・」
「えっ!?年上!?」
「そうだよ。かなり年上。こんな子供なんて興味ないからね、向こうは。だからさ、このまま秘密でもいいかなって最近になってやっと落ち着いたんだよ」
ミズキの落ち着きはそこから来ていたのか。通じなくてもいいなんて、そんな仏のような心なんてザフィールには持てそうになかった。
 しばらく行くと、ツリーハウスの前で止まる。新しい感じの家で、ミズキは何やら難しそうな顔をしている。戸惑っているような、勇気が出るのを待っているような。そして深呼吸を一つ。
「こんにちは!」
ノックをする。親しい友達を訪ねる様子ではない。ザフィールは少し後ろで待っていた。家の中は静かであったが、いきなりドアが開く。準備もなく開くドアに、ザフィールは頭を思いっきりぶつけた。
「あっ、ごめんね!どちらさま?」
金色の目をした女の子が、ミズキを見ている。
「私はミズキ。ハウトがここだっていうから寄ってみたんだけどいるかしら?」
「あ、なるほど。私はフォール。よろしくね。ちょっと待ってて、呼んでくるから」
フォールは足音一つ立てず家の奥に引っ込む。玄関には靴が並んでいるが、一つだけサイズの違うものがある。誰か来客中なのか、それだけやけに整っている。
 ハウトとは誰なのか、ミズキに聞く。ホウエンに来てからの知り合いだと言っていた。そして、謎の黒いものを追いかけてる人だと。赤い瞳孔が特徴だとも。そういえばフエンでガーネットも同じようなことを言っていた。ここで話が全てつながる。ザフィールもどんな人なのか見たくなってきた。
 しばらくすると、やはり静かに目的の人が出てくる。確かに深紅のルビーのような瞳孔が特徴的だ。見た目で言えば、とても優しそうで、そして世間一般ではイケメンと言われてもおかしくなさそう。けれど、どこか引っかかる。
「ああ、こんにちは。お久しぶりですね」
「そうね。ちょっと近くを通ったから来てみたの」
ミズキの顔は笑ってない。何かを探るような言葉。ハウトと名乗る人物は、二人に寄っていかないかと誘う。
「誰か来てるんじゃないの?」
ザフィールが言うと、ハウトはそれを否定した。一足だけある雰囲気の違う靴。それを指摘してもハウトは違うと言い張る。
「せっかくですし、少しくらいどうぞ」
「そうだよ、せっかくだし!」
いつの間にか現れたフォールに手を引っ張られるようにしてミズキが入っていく。続いてザフィールも。

 ツリーハウスの中は、普通の家とあまり変わりなかった。あるとしたら、ポケモンが自由に出入りできそうな入り口があるくらい。そこから今もトロピウスが顔を出す。手慣れたようにフォールはトロピウスに木の実を渡した。するとトロピウスは去っていく。
「そういえばザフィールさんに会うのは初めてですね」
「あ、そうか、はじめまして」
ソファに座ったまま頭を下げて気づく。いつ名前を教えたっけ。ミズキと話しているのを聞いてたのか。疑問を浮かべてハウトを見ると、どうしたのかとでも言うように見ていた。
「それにしても、一時はどうなることかと思いましたが、なんとかなりそうですね」
「へ?ああ、ハウトまで知ってるのか」
どこまでガーネットは広めたのか検討もつかない。ハウトはにっこりと微笑む。
「ええ、知ってますよ。悪い人というのは何処にでもいますが」
「まあ、いるよなあ」
「でも、私は言葉というもので解決できないかと思ってます。難しいことですけどね」
ハウトの話は小難しい。そして深紅の視線が刺さるようだった。ザフィールの隣に、だまったままハウトを見ているミズキ。何か、何かこの感じは前もあったような気がする。けれど思い出せない。
 

 夕方にハウトの家を出た後、ミズキはにっこり笑って手を振る。けれど心からではない、警戒を解いてないような顔だった。そして陽が沈んでいるというのに、今からミナモシティへ行くという。ヒワマキシティの端までミズキを送る。
「気をつけてね」
別れる瞬間、ミズキはそういった。お前こそな、と言うとそういう意味ではないという。
「ハウトは何か隠してる。でもそれが何かまではちょっと解らないんだけど」
「うーん、そうかなあ?すごくいい人っぽいけど」
「まあ、確かにね。んじゃね、お・・・いやいや、ザフィール」
「じゃあな!」
夕闇に青いサーナイトのようなミズキが消えていく。足元にいるのは青い光を放つブラッキー。確かアッシュだといった。イーブイの時は灰色の毛並みだったからだとか。記憶が確かなら、イーブイの希少種はそんな色だった。イーブイ自体が希少種といっても過言ではない。そういえば実家がイーブイのブリーダーだとか言ってたな。
「え?待って、そんなブリーダーいるはずないんだが」
ポケモンの繁殖を行なってる者は、規模に関わらず研究機関が全て把握している。そして、イーブイは何度も試してだめだったポケモンで、やろうという人間もほとんどいない。
「俺の勘違いかな、現にそうだっていってるんだし」
帰りにスポーツドリンクを買って行く。もうさすがに起きて待ってるのかな。それともまだ寝ているのか。様々なことを考えながら、ツリーハウスの橋を走る。


 暑い。手はじんわりと暖かい。きっとピークは超えた。後は数日すれば自然に下がるはずである。ガーネットはぼんやりする頭を起こして、聞こえる声の主を見た。とても冷たいスポーツドリンクを頬に当ててくる。
「はい、これ」
ザフィールが袋を手にしている。中にはまだ3本。
「ご飯食べる?」
「いらない」
「そう」
貰ったスポーツドリンクを一口。体の中が冷えていくような感じがした。食欲は湧かないけれど、これならば飲めた。ザフィールが何か言いたそうな顔をしている。
「どうしたの?」
彼は視線をそらす。下を向いてばかりで、顔を見ようとしない。
「あのさ、明日、俺ちょっと呼ばれてるんだわ」
「誰に?」
「・・・マグマ団に」
目をそらした意味が解った。両肩を掴んだ。びっくりしてこちらを見たようだ。
「行かないで」
「いや、そういうわけにはいかなくて」
「ダメ。そんな犯罪者集団にいく必要なんてない!」
優しくガーネットの手に触れる。そして諭すように穏やかな口調でザフィールは言った。
「そう言うと思った。だけどさ、俺が行かなきゃアクア団と戦うのに不利になる。どうしても行かなきゃならないんだよ」
止められない。ザフィールを止めることが出来ない。一度走ってしまえば普通の足では追いつけない。突風のように去ってしまって行く。
「あとさ、お前のこと俺の先輩たちが来てくれって言ってた」
「なんで!?行けるわけない」
「そういうと思ったんだけど、ここ数日アクア団の監視も厳しいし、マグマ団にいた方が安全かと思って」
「やだ。誰がなんと言おうとやだ。ザフィールも行かないで。行っちゃやだ!」
だだっ子みたいだ。騒ぎながら冷静に思った。ザフィールは困ったような顔で見ている。どうしたら引き止められるのか。全く解らなかった。それに、今の状態ではまともに走れるわけがない。せっかく治ってきたのに、また戻ってしまいそうだ。


  [No.585] 28、災害の予言者 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/07/15(Fri) 14:31:13   63clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「似合わない」
もう何処から見てもマグマ団にしか見えない格好を、ガーネットはそう言った。フードをかぶってしまえば、冷たい別人のように見える。服装を変えただけなのに、こうも印象が違う。気づかなくてすれ違ったこともないとは言えない。
 それにまだザフィールがマグマ団だったということは受け入れがたい事実。目の前の人物がそうであっても、心の中ではどこか否定している。マグマ団であること、それと疑惑の人物であること。
「そういうなよ」
何も言わずにザフィールを見る。笑ったような、困ったような顔をしていた。
「数日後に戻ってくるよ」
そういって窓から身を乗り出す。そしてオオスバメの翼に乗って行ってしまった。小さくなっていく後ろ姿を見送って、窓を閉めた。ポケモンセンター内なら安全だから、と彼が言っていた。そしてふらつく頭でそのまま寝床につく。
 ミナモシティは遠い。地図をぼんやり見つめて、側にあるスポーツドリンクに口をつける。ここ最近、食べていないから元気が出ない。朝にたくさんかいた汗を湯で流したが、高い体温は変わらない。けれど少し気分が晴れたような気はしていた。
 突然、部屋の入り口のドアが大きな音を立てる。飛び起きた。そのままドアはノブを強制的にまわされてるような、カギを壊しそうな音がする。ポケモンセンターの中にだって来るようだった。金属のドア一枚が安否を分ける。まとめておいた荷物を取ると、窓を開けた。そして下を見ると意外な高さ。すぐに出ていこうとしたが、手が止まる。その間にも入り口のドアは蹴破られそうな音を立てていた。
「飛び降りろ!」
誰に言われたのか解らないが、ガーネットは窓のサンを乗り越えて飛び込んだ。もちろん、その瞬間から重力に引かれて下に落ちる。たくさんの枝が網のようなクッションの役割をしていた。そして最後は、やわらかいものに受け止められる。
「大丈夫みたいだね、ガーネットちゃん」
なぜいるのか。ダイゴがそこに。地面に下ろされてもまだ実感が湧かない。今までの冷たい感じではなく、前のような優しいダイゴだった。
「ダイゴさん!」
「気をつけて。悪い人はどこにでもいるからね」
「ありがとうございました。けど、私追いかけなきゃ行けない人がいるんです」
気のせいだったか、ダイゴが何かを言おうとして、途中から声がなくなったような。そんな腹話術のようなことをする必要がないと、ガーネットはダイゴから離れ、シルクのボールを出す。そしてシルクによじ上ると、行けと命令する。木々の間を抜うようにシルクは走る。
「真実も言わせてくれないのかい?随分と僕を利用しといて?君なら解ると思っていたのに」
ダイゴは自分の後ろにいるものに話しかける。迷いかけている心を指摘しながら。
「お分かりになりましたか。けれど、私もあの方々から言われてる身。その目的を果たすまではそうするしかないのです。特にヒトガタを敵にまわすと厄介だと」
「こうしてたまに自我を解放させて、君たちは僕をどうしたいんだい?あの子たちに何かあったら、僕はその場で君たちと共に」
ダイゴの持つボールの中身を感知し、本気を受け取る。
「私は貴方と話したいのです。貴方なら解ってくれるかもしれないと期待してるのですが」
「買いかぶりというものだよラティオス。僕は誰かを犠牲にしてまで平和を導こうなんて思ってない。それが知らない子でもね。それに解ってくれると思っているなら僕を解放してくれないかな。僕には待ってる人がいるんだ」
「それは出来ません。私自身の意思ではないのです。私としては・・・」
「本当、君とはいい友達になれそうだよ」
ダイゴはボールを変え、エアームドを出す。そして鋼の翼を広げて鳴くエアームドに乗る前、振り向いた。
「これが全て終わったら、また色々話したいものだ。君のお気に入りの話もね」
「ええ、私もそう思ってます。貴方は人間なのに中々面白い考え方をする」
エアームドは飛ぶ。そしてラティオスはそれを見送った。傍らにラティアスが寄ってきて、こんなことをしているのがバレたらどうすると聞いてくる。
「その時はその時でしょう。ラティアスも思ってますよね、レジ様に全面的に同意できないことくらい」
「う、うん。でも私たちには勝てないんだよね、どうしてもレジ様を頼るしかない」
「仕方ありません」
ラティオスとラティアスは光の弾丸となり、ヒワマキシティから飛び立つ。


 ゆったりとした風が流れる。雲が上空の風にゆられて時々日差しを隠す。この道はいつ来ても自然の変化に富んだ道だ。ザフィールはゆったりとした歩みで進む。少しスピードを出しすぎたスバッチがへばってしまって、今は休憩中。そして、時間には余裕がある。
「しかし置いてきて大丈夫かなあ」
いつも自分たちを見張るような視線はあった。しかもこちらが一人になるのを待っていたような感じであった。ヒワマキシティの真ん中にいれば、早まった行動をするような連中だとは思えないけれど。
 草むらに入った瞬間、ザフィールは盛大に転ぶ。何かが足を引っ張っている。起き上がり、足元を見た。白くて頭に死神の鎌を思わせる鋭い刃を持つアブソル。思わずザフィールは逃げ出す。情けないことに悲鳴をあげて。
 アブソルというのはその白い毛皮を現した時に災いを予知するポケモンと言われている。姿を見せる人間にそれは降り掛かると。そのことを知っていたから、ザフィールはサメハダーに襲われた時のように逃げた。草むらから野生のポケモンが飛び出してくるが、それらからも逃げるようにザフィールは走る。
 草むらが途切れている。これで追いかけてきてもすぐに解るだろう。後ろを振り返り、ついてきていないことを確認する。一息ついた。もしあのまま攻撃されていたらたまったものではない。
 ミナモシティへの道を歩み始める。一歩踏み出して止まった。いつの間に目の前にいる。頭の鎌を振りかざし、威嚇しているアブソルが。鎌が光る。空気を切り裂いて、黒い風が草むらを凪ぎ払った。辺りは元草むらと、風に傷ついた木の幹。
「うわあっ!!たすけてカストル!」
前もこんなことあったような。カストルと呼ばれたプラスルがボールから飛び出すと、火花を散らしてアブソルを威嚇する。アブソルは再び鎌を振った。それより早くカストルが電気をまとって突進し、鎌の攻撃は宙を切った。アブソルがひるんでいる。
「逃げるぞ!」
カストルは素早い主人に必死で追いつく。自慢の逃げ足で追いつけるポケモンなんていないはずだ。走ればきっと振り切れる。災害なんて逃げてやる。巻き込まれてたまるか。怖がるのは迷信だと笑えばいい。本当に災いを呼ぶポケモンなのだから。
 正確には災いを予知してその人物の前に現れるという。10年前も同じだった。目の前に現れ、じっと見てくるアブソルを迷信だと笑っていた。そして起きたあの事件。もう絶対同じことは繰り返さない。アブソルなんかいなくなってしまえばいいのに。

 
 こんなに息が切れるほど走ったのも久しぶりだ。大きな木の幹に手をつき、肩でしている息を落ち着かせる。気温が上がって来ているし、日差しもあるから汗が出てきていた。あまりに日差しに当たりすぎると昔からビリビリと足から痛くなってくる。日焼けなんてしようものなら歩けない時もある。
「もう、大丈夫だよな。はやく、いかない、と」
カゼノ自転車を取り出す。随分この自転車も汚れてしまった。泥はねが凄い。落ち着いたら張り切って整備しないといけない。ギアを変え、雨上がりの水たまりを走り出す。
 そして120番道路をさらに南下し、背の高い草むらも終わりに差し掛かる。自転車に草が絡まることもなく、なんとか通り抜けた。途中の段差も自転車ごと乗り越える。
 ミナモシティの方角を見ると、青い空が広がっていた。もうすぐ夏本番になる。入道雲はまだ出ていないようだが、海から吹く風は夏を知らせていた。
「おせーよ」
自転車を降りた。そしてその言葉と共にホムラの拳が頭に一発。完全に遅刻だと怒っていた。頭を下げるしかない。ここでただ一人、遅刻者を待っていたようだった。
「遅刻厳禁、現地集合現地解散!忘れたのかマグマ団規則第14条と25条!」
「忘れたわけでは・・・ないんですけど」
「それになんだ。仕事の迷惑だ。ポケモンはしまえ」
ホムラが指差した方向には、ザフィールの後ろにぴったりと寄り添うアブソル。いつの間にか追いついていたようで、ザフィールをじっとみて動かない。思わずホムラの後ろに隠れる。
「追い払ってください!あいつ、10年前も俺の不幸を予言しやがった。関わるとろくでもないポケモンなんですよ!」
「はぁ?そーとー懐いてんぞ、お前に」
のどを猫のように鳴らし、ザフィールの足元にすり寄る。匂いをつけるかのように足のまわりをぐるぐると。
「お前がうまそうにみえたんじゃないか?放置するとまた食われるぞ」
「うう・・・ホムラさんがこんなに酷い人とは」
ホムラの言う通り。このまま野生のアブソルにしておけばここを通った時に毎回襲われてしまう。災害の使者と言われるアブソルを持つこと自体が苦痛で仕方ないが、襲われるのはもっと苦痛だ。空のモンスターボールを投げると、アブソルはそこに収まっていく。
「もういい。行くぞ、ここから泳いでいったおくりび山だ」
今日のホムラはなぜか機嫌が悪そう。普段なら遅刻くらいでこんなに不機嫌になることなどない。ホムラが投げたボールからギャラドスが現われ、乗れと言われる。
 ホムラがギャラドスの上に乗り、行けと命令する。ゆったりとギャラドスは海面を泳ぎだす。
「お前、俺に言われたこと覚えてるよな」
「え?えーっと・・・?」
「お前の友達のことだよ」
「それは、ホムラさんとカガリさんが行くって・・・」
「バカか。お前がダラダラ遅い上に連れて来ないもんだから、ボスは連れてきたやつに多額の報酬かけてんぞ。本気で身を案じてるなら早く連れてくることだな」
「なんで!?どうしてそんなあいつを連れてくる必要が」
「あるからいってんだよ。俺にグダグダ聞くんなら、ボスに直接聞け」
会話は途切れる。終止ホムラはイラついた言葉を投げつけていた。マツブサと激しい意見のぶつかり合いがあったようだった。ギャラドスに指示するときも、いつものように声をかけるのではなく、大雑把に言うだけ。
 マグマ団はその性質から目的のための手段は気にしない。アクア団にかどわされた時のようなことを再び起こすのか。それだけは避けなければ。前を向いているホムラに気づかれないように、スバッチのボールを開けた。そして海風に乗り、大空へと舞い上がる。


 おくりび山は全ての命が終わる場所だと言われている。役目を終えた命がここから天へ旅立つと。そのような言われがあるため、いつの間にかポケモンたちの墓が並ぶようになった。
 海に囲まれた島なのだが、昔は陸続きだったようで、山だと呼ばれている。ザフィールがギャラドスから降りると、墓参りに来たトレーナーとすれ違った。そして吐き捨てるように「マグマ団風情が」と呟いたのである。
「ああ、中じゃなくて外のコースな。登山コースの案内通りに頂上まで」
「はーい」
登山コースも墓参りルートも幽霊ポケモンが出ることで有名だった。できればあまり見たくないポケモンだが、世間ではこれをかわいがる人たちがいるのだから、よく解らない。
 野生のロコンがこちらを見ている。中には生まれたてなのか白くてしっぽが1本のロコンもいた。春にタマゴがよく見つかるというが、少し遅くうまれたのだろう。ザフィールたちを警戒して、毛を逆立てて威嚇している。関わらないように注意を払っておくりび山を登る。
「ザフィール、やけに騒がしいと思うよな」
登るにつれて騒がしくなる頂上。ホムラの言う通りに嫌な予感しかしない。なぜバレたのか。そして目的のものは無事なのか。
「用意はいいか?アクア団なんかに遅れをとるなよ」
「もちろん」
二人は走る。上り坂を一気に駆け上がった。もちろん、二人の目の前に入るものは予想とそう違わない。持っていたボールを投げた。


 地面が揺れて盛り上がる。ところどころマグマが流れて。荒れた風に大波が巻き起こり、海岸へと押し寄せる。どちらも優勢のようで劣勢のようだった。高い山の頂上で吠えている怪獣はその体に青い模様を光らせ、深い海のそこで吠えてるシャチはその体に赤い模様を光らせる。
 やがてその2匹から美しい光がうまれる。炎のような赤い色と、南国の海のような青い色。どちらも不思議な模様をたたえて。そして丸い宝珠となり、怪獣は赤い宝珠、シャチは青い宝珠をお互いの境界線に収めると、静かに眠りについていった。


 さえずりに目を覚ました。ガーネットの目の前に紺色の翼がある。こんなに懐いているオオスバメは、ザフィールの手持ちしか知らない。足にくっついている手紙を見る。
 ヒワマキシティを飛び出したのはいいけれど、まだ万全ではない体調。木の上で少し眠ってしまったようだった。時計を見ると、かなりの時間眠っていたようだった。手がじんわりとしている。スバッチに主人の元に行くように言うと、木から降りる。そしてポルクスと名付けられたマイナンのボールを見る。ヒワマキシティから出る時、ザフィールは絶対に戻ると約束し、その証拠に名前をつけたプラスルとマイナン。うまれる前から一緒である双子座の名前。
 その約束が果たせなくなるならば、こちらから行くしかない。シルクのボールを開く。
「空は快晴。雨はない。行くよシルク」
炎のたてがみが水たまりに映える。シルクが走り出した。やわらかい土が蹄につく。そして一斉に刈り取られたような草むらを過ぎて、スバッチが教えてくれた場所へと向かった。


  [No.588] 29、ヒトガタの意味 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/07/19(Tue) 21:39:08   65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 予想以上だった。見えないところにもいたアクア団にあっという間に追い込まれる。残りのポケモンはアブソルただ一匹。だがボールから出すのすらザフィールは嫌だった。むしろ触りたくないのである。けれどホムラだって結構ギリギリで、追い込まれた時の表情を見せている。笑ってるけど焦ってる。どうしようもならない時にしか見せない顔だ。
 全てマグマ団の行動が筒抜け。マツブサも苦い顔をしてアクア団のリーダーのアオギリとにらみ合っている。全体を見回しても、アクア団の方が数が多く、直接手を出して来ない。アオギリはマグマ団を捕らえろと言っていた。特に幹部のホムラとその部下の白い髪、と。
「ザフィールどうすっよ。俺たちアクア団に招待されてるみたいだけどな」
背中合わせにホムラは言う。グラエナの体力が尽きそうだった。荒い息をしながら、グラエナが次の指示を待っている。
「行きたくないですってか絶対行きません」
「だよなあ。俺はイズミを口説くまでは死にたくない」
「・・・行きたいのか行きたくないのかその辺はっきりしませんか」
ホムラが気に入ってるアクア団の幹部のイズミ。長身と無駄のないスタイルは、マグマ団へ立ちはだかる壁として存在していた。けれどここにいないような感じがある。男たちにまぎれてしまえば長身も目立たない。そしてさらに、幹部のウシオも見えないのだ。いるのはアオギリのみ。
「ホムラさん、まじ嫌な予感するんですが聞いてもらえます?」
「10秒以内」
「さらに後ろから、ウシオとイズミが来る予感がします」
「同じことを言おうと思ってた。噛み砕け」
グラエナが、近寄るクロバットの翼を強靭な顎で噛む。二人の予感は当たり、前は大量のアクア団、後ろからは幹部二人の挟み撃ち。さすがのホムラも笑みを浮かべる余裕がなくなってきている。
「ああカガリ様、こういう時に俺のピンチを救ってくれてこそフィアンセというもの」
「どうしてそういう冗談を口に出来るのか、そこが未だに理解できません」
「うひょひょ、人生笑ってねえとつまんねえだろ」
大人しく投降すれば危害は加えないとアオギリは言う。けれど大人しくなんて出来るものか。ホムラが最後のポケモンを繰り出した。ザフィールは覚悟を決めて、アブソルのボールを開く。


 写真を見る。間違いない。過去に現れたというヒトガタにそっくりだった。これこそがグラードンへのカギとなり、陸地を広げるカギとなる。カガリはパソコンの前で確信した。後はどん欲なマグマ団の下っ端たちが動くのを待つだけ。
 後ろで部屋のドアを開ける音がする。こんな時間にここにいるなんて珍しい人が来たものだ。マツブサの不在を知っての来訪のようだった。その人物に続いてロコンが入ってくる。
「カガリさん、本当にそうするのか?」
「そうよ。これで貴方が偽物だと言われなくて済むわ。むしろ本物に成り済まして生きていける。ようやく終わるのよ。貴方の存在は元からマグマ団しか知らない存在。世間では誰が消えたかなんて解るわけがない」
緊急の呼び出しが鳴る。幹部のみに渡されたコール。今の時間に呼び出すとしたら、おくりび山で何かがあったのだ。急いで立ち上がると、カガリはフードをかぶる。
「貴方も行く?」
「俺は、いい。あんなやつ助けたくもない」
「顔みられなきゃいいでしょ。それに緊急事態なんだからボスも命令違反だとは怒らないわ。怒ったら私が代わりになってあげる。はい」
カガリは強引にマグマ団のフードをかぶせる。着せたことがなかったけれど、そこそこ似合っているな、と思った。
「深めにかぶってれば顔見えないわ。さて、行くわよ」
「・・・わかった。出動だロコン」
ロコンがモンスターボールに戻っていく。カガリは手慣れた様子で自分のポケモンを準備する。そしてそれと同時に二人は走り出した。


 ウシオの拳が、ホムラの頬をとらえる。大人の男の殴り合いだ。まわりのアクア団はやっちまえと囃し立て、イズミは仕方ないという目で見ていた。一対一の殴り合いに勝てたら行ってやるとホムラがウシオに交渉したのだ。それにアオギリの許可が降りて、現在に至る。ザフィールもホムラが勝つことを願うしかない。
「だいたい災害は水害が多いだろうが!」
「海がなくなったら生物は生きていけねえだろうが!」
信念をかけた戦い、にしては少々熱が入ってない。ホムラだからなのだろうか、ふざけてるようにしか見えないのだ。けれどウシオには確実にダメージを与えている。
「お前らしくない、真剣勝負だな」
「あったりめえよ、そう簡単にかわいい弟分もってかれたかねーよ」
「だがよお、喧嘩売る相手をお前は間違えてんだぜ。ずっとトレーナーだったお前みたいなのと違ってよぉ」
ウシオの拳がホムラの腹部に入る。重たい衝撃が来た。なれない出来事に、さすがのホムラも足元がよろめいた。そして追撃の蹴りがホムラの頭をかすめる。
「格闘技やってたんだからな」
「知ってらあ、ただ、俺だってトレーナーだからマグマ団の幹部に就いたわけじゃねえんだよ!」
命令に忠実に、そして部下を守ること。それが幹部に指名された時に言われた言葉。もう何年もやってきて、何人もの部下がいる。それをアクア団ごときから守れなくて何が幹部だ。
 ウシオの足が上がる。その瞬間だ。ホムラはその体ごとウシオにぶつかる。蹴りの衝撃もあったが、ウシオのバランスを崩すことに成功した。そのまま一緒に後ろへ転ぶ。
「ウシオ、何やってるの」
罵声のようなイズミの声。むしろこちらに喧嘩売らないことが正解だった。特性持ちの人間はまともに相手をしたら危ないどころではない。
「そんな軟弱男に負けるようなアンタじゃないでしょ」
「筋肉バカよりは頼りになるけどね」
アクア団の人だかりに、炎の渦が巻き起こる。その炎から見える光は乱反射してアクア団たちを混乱させる。何をすべきか、どう行動すればいいのか。元々何をしていたのかも忘れているものだっている。そして炎の渦が消えると、もう一人の幹部のカガリが立っていた。
「ああ、心のフィアンセ。きっと愛の力で来てくれると思ってた」
「こりゃあ緊急事態な訳も解るわ。特にホムラ、最近さぼりすぎなんじゃないの?」
厳しい指摘を受け、倒れながらもホムラは笑った。カガリのボールからクロバットが飛び出す。そして影からロコンが乗り出し、正気に戻ったアクア団たちを再びちらつく炎で妖しい光を見せて混乱させる。
「2匹ごときに!?」
「1匹は私のじゃないけどね。どうする?結構不利よこの状況。あんたが決められないならアオギリさんにも聞いてよ」
そのアオギリも、マツブサとおくりび山の頂上でずっと話し合っている。遠くて何を話しているか聞き取れないが、両者ともその前にあるものを巡っての争いのようだ。
「そっちこそ、撤退するならマツブサさんに聞くことね!」
女の戦いは恐ろしい。イズミとカガリがにらみ合ってる中に入っていけない。カガリの隣にいるクロバットと、イズミの隣にいるプクリンがにらみ合う。
 それはともかくとして、大半のアクア団が消えていき、残るのは戦闘不能となったマグマ団たちだけ。ザフィールは一番にホムラに駆け寄った。こんな状況でもカガリに軽口叩けるのだから、その心の余裕は尊敬に値する。
「じゃあ私たちも男どもみたいにタイマンで勝負する?」
「ヨガパワー備えてるアンタと殴り合うほど、私はバカじゃないわ」
カガリの後ろを地面に伏しながらもホムラは安心したような顔で見ていた。あいつが来たならもう安心だ、と。
「ザフィール」
小声で呼びつける。何か作戦を立てるのかと、ザフィールはホムラに顔を近づけた。
「なんですか?」
「ここからだとカガリのスカートの中が」
「俺、帰っていいですか」
せっかくウシオと殴り合ってまで部下を守るかっこいいホムラだったのに。たった一言が人格まで台無しになる典型例。こんな気の抜けたことを平気で言うのは、この世界で一人でいい。
「冗談だよ。何でお前はそういうこと理解できないんだ。いいか、今のボスは非常に機嫌が悪い。その上こんな状態と来た。きっと怒るに違いない。まあそれは仕方ない。今、この中で一番の俊足はお前。ボスに加勢してこい」
「解りました」
ザフィールは走る。奥にいるマツブサめがけて。その後ろ姿を見て、ホムラは再び地面に伏せる。ふと濡れたものが頬にあたる。ロコンがホムラの顔をなめていた。大丈夫かというように。
「はは、あいつも来てんのかよ。俺はそこまで落ちぶれちゃいねえよ」
とは言うものの、ウシオから受けたダメージは、体を動かすごとに増すようだった。カガリがイズミに勝てるように祈る。そしたらカガリに連れて帰ってもらわないと。ロコンの頭をなでると、主人のもとに帰れと言った。

 マツブサとアオギリに近づくにつれ、さらに二つの影があることが解る。年を取った夫婦が、美しい赤と青をした珠の前にいるのだ。侵入者ごときに渡さないというように。
「マツブサさん!」
手を振ってザフィールが近づく。アオギリをにらんだ顔のまま、こちらを振り向いた。その凄みに一瞬だけ怯む。マツブサがザフィールの手を強引に引っ張った。
「こいつが欲しいんだろ、アオギリ」
「えっ!?どういう、マツブサさん!?」
「マツブサ、何も教えてねえのか」
「どういうこと、マツブサさん!」
何がなんだか解らないけれど、何かの交渉に自分が使われていることは解る。むやみにマツブサを振り払いたくないけれど、アオギリに渡されるのも嫌だ。そもそも、アクア団が憎くてマツブサに拾ってもらったのに、そのマツブサに見捨てられてしまいそうな雰囲気。
「ヒトガタ・・・本当に蘇ったのか」
珠の前にいる老人が言う。ザフィールをまっすぐ見て。前にも謎の飛行物体に言われたが、いまいちピンと来ない。けれど老人は懐かしむようにザフィールに触れる。マツブサとアオギリの作る空気など無かったかのように。
「じいさん俺なんのことだかわかんねえよ」
「なんと、親から聞かなかったのか。ラティオスとラティアスからの啓示を伝えないとは・・・」
「いやだからなんの・・・」
「こういうことだろ」
マツブサはザフィールを突き飛ばす。突然のことで、避けるとか踏ん張るとかいうことができず、前につんのめる。そしてそこにあったのは、深海のような深い青をした珠だった。


「やっときた、もう一人の私」
目の前は真っ青。さっきまでおくりび山の頂上にいたはずなのに。どこを向いても青ばかり。そして正面には、不思議な模様が浮かんでいる。見た事がある。海の博物館で見た藍色の珠のレプリカに掘られていた模様と同じだ。
「もう一人?ってかここどこだよ!」
その模様が喋っているような、そんな感覚。人ではないものが話しかけてくるのは違和感がありすぎる。
「忘れたか私のこと。そうでなければあんな悪意のあるものたちと一緒になってるわけがないか」
「悪意?」
「全て話してやる。どうせ信じないだろうから、一回しか言わん」

模様が語りだすのはホウエンの昔話。大地のグラードンと海のカイオーガがそれぞれの領地を争った。どちらかにしか住めない他の生き物たちは大層困った。それで2匹に戦いをやめてくれと頼むと、他の生き物に迷惑をかけた事を詫び、二度と自分たちの意思で戦わないことを誓った。
 そして自分たちの力が必要な時に呼び出せるよう、紅色の珠と藍色の珠を創った。あちこち呼ばれるとまた争いの元になるから、珠を使える生き物を一つに決めようと言われた。なるべく考えられる生き物、なるべく解り合える生き物。そこで人間を指定し、使える人間を人の形をした紅色の珠、藍色の珠ということから、ヒトガタというようになった。

「以上。質問は受け付けない」
「いやいやいや、なんでそれが俺なんだよ。話の通りなら、俺の他にもう一人いるのかよ!」
「お前の親ならお前を保護して育ててくれそうだったから。それとお前の他にもちろんいる。協力せい。お前の場合は海のカイオーガを再びこの世に復活させかねない存在。悪い者の中に居続ければ悪いことにカイオーガを呼び出し、事態は最悪だ」
「悪いもの?なんだそりゃ」
「お前のいる今の場所だよ。それと、何があっても恨みとか憎いとかむかつくとかもいかん。そういう感情が私と通してカイオーガに伝わってしまうからな。暴れまくるカイオーガを押さえつけるのはさすがにお前でも無理」
「押さえつけられるものなのか?」
「もちろん。今のモンスターボールみたいな感じで戻せるぞ。一苦労だがな」
「どうやって?」
「いつもお前やってるだろ、捕獲みたいに弱らせてから私を投げつけろ。少々重いが、それでカイオーガの力を私の中に入れることが出来る。それが出来るのはお前たちだけ。がんばれ」
青い光がやたらと点滅する。目がちかちかして来た。頭にくらりと違和感を感じた時、目の前の景色はおくりび山に戻って来た。しかし青い光に包まれる前と状況が変わってる。混乱していたアクア団たちが正気を取り戻していて、その数が戻って来ている。そして自分はマツブサに抱えられている。
「ちょ、なんすかこれ!」
「起きたか。それしっかり握ってろ」
自分の手元を見ると、しっかりと二つの珠が握られている。紅色の珠と藍色の珠。アオギリがその二つを渡さないと叫んでいる。何がなんだか解らないザフィールはマツブサに地面に下ろされる。
「アクア団をすり抜けてアジトに向かえ。お前しかここを抜けられない」
「いや、マツブサさん。この状況ってどうしても無理じゃないですかね。俺の前にいるのって、アクア団のボスと大量の下っ端と・・・」
「お前もそう思うか。俺もそう思う」
なぜマグマ団の上層部はこう呑気なのか。どう逃げてもルートがない。空を飛んで逃げるにも、スバッチはまだ戻らない。遠くでカガリがイズミとほぼ互角の勝負をしているのが解る。マツブサは押し寄せる下っ端集団の相手で忙しそうだ。
「ちっ、あいつはどこほっつき歩いてるんだ」
アクア団の群れがいきなり崩れる。火柱が見えて、後ろに見えるのはフードを深くかぶった仲間。そしてその火柱を操るロコンが見える。そこを突破すれば。ザフィールが構えた瞬間、アオギリから受ける衝撃。強烈な蹴りがザフィールの腹部に入る。
「まさかお前とは思わなかったよ、ヒトガタがマグマ団なんてな」
その痛みに目から星が飛び出ると思ったくらいだ。うずくまっていると、乱暴に腕を掴まれる。このままだとヤバい。近くにいるマツブサが気づいてくれたが、アクア団の下っ端はそれを許さない。
「来い」
何かが跳んだ音がする。アクア団たちがさらに混乱し、あちらこちらに動く。この蹄の音。聞いた事がある。いななきと共に向かってくる足音に服の端を引っ張られ、ザフィールの体が宙に浮く。まさかの逃げ道。アオギリも掴んでいられず、手を離してしまった。
「イズミ!」
アオギリが怒鳴る。イズミの最後のプクリンが倒れたところだった。アクア団に撤退の命令が下る。素早くアクア団たちは姿を消した。あんなにたくさんいたアクア団は、誰一人残さず消えていた。
 マツブサは残された団員たちに声をかける。歩けそうなものは歩いて、無理そうならば抱えて。そして一人と目が合う。その瞬間、体をこわばらせたようだった。マツブサは何も言わず、その人の頭に手を乗せる。
「まだ最後の仕事が残っている」
アジトへ引き上げるよう伝える。もうほとんど立てないホムラを肩に支え、マツブサはおくりび山を後にした。
「すいませんボス」
「気にするな。まさかお前があんなに必死とは私も本気で見ていなかったようだな」
「考え直してもらえました?」
「いや、そのまま続行する。逃げられたら厄介だからな」
「そう、ですか……目的のためとはいえ、人が死ぬのは見てて辛いです」
マツブサの確固たる意思は変わらない。そうでなければ組織のトップなどいない。解っているけれど、ホムラはこれからの作戦を考えるだけで笑う気にはなれない。せめてそれまでは明るく笑っていたかったけれど、こうも傷がダメージが深ければ弱気になる。
「お前はアジトに残ってろ。カガリと出発するから」
「すいません」
ということは、一番の外れクジだ。ホムラはため息をつく。

 引き上げて行くマグマ団を見て、老夫婦は止めようか止めないか迷った。ヒトガタを上手く取り込んだ悪意のある組織。二つの宝珠は離れることを望まず、藍色の珠と共に紅色の珠までヒトガタの手に。それならばまだ安心か。けれどヒトガタは一人ではない。もう一人がどこかにいる。あのマグマ団のことだから、もう一人も取り込んでいるかもしれない。そうして二匹を復活させてしまえば、ホウエンは終わりだ。


  [No.596] 30、マグマ団アジトにて 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/07/24(Sun) 15:36:46   66clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 シルクに乗ったままミナモシティにつく。ガーネットの手に抱えられていたザフィールは、そこで下ろされる。マグマ団の姿に街行く人々は驚きと軽蔑の視線を送る。一緒にいるガーネットまで。ミナモデパート前で残っていたマグマ団に声をかけられた。アジトでの留守番組だ。そしてガーネットを見ると、その腕をつかんだのだ。
「何するんですか!」
そう叫んだのはザフィールの方。手を振り払い、ガーネットを自分の方に引き寄せる。そしてかばうようにマグマ団との間に入る。
「何って、知らねえのか?ボスがそいつが欲しいってよ」
「ガーネットは物じゃない!」
いきなり噛み付かれてマグマ団たちは驚いたのような顔をする。ここで反抗するのは得策じゃないと冷静になる。そして大人しい口調で、俺が一緒に行くからいいんだと言った。ガーネットの了解も得ていないけれど、彼女の手を引っ張って歩く。
「ザフィール、待って!」
「待てるか。ここでお前が拒否するなら、どんなことしても連れて行く。もう時間がない」
どうしてマグマ団は皆冷たく見えるのだろう。ガーネットは不思議で仕方なかった。小さく行くと言い、ザフィールについていく。



「ここなら誰も来ないから」
ホコリっぽく段ボールが積み上がっている狭い部屋。整理されてない物置のよう。背負っているガーネットを要らない本がつまった段ボールの上に乗せる。そして隣に座った。
「倉庫?」
「要らないもの置き場かな。俺が勝手に私物化してるだけなんだけど」
ミナモシティにあるマグマ団のアジト。そこの一角。掃除すらされていないような、まさに掃除が苦手な人の部屋。
「マツブサさんが帰ってきたら、俺行くからその時は待っててよ」
「行っちゃうの?」
「行かなきゃさ、まだ他にも追いかけてると思うし」
何も言わずにザフィールのかぶってるフードを取る。影になっていた顔が薄暗い明かりに照らされる。
「マツブサさんってどんな人?」
「顔は怖いんだけど優しくて。これは誰かが言ってたんだけど、理想の上司らしいよ」
ザフィールは左手でガーネットの額に触る。かなりの熱感が左手に伝わってくる。頬も赤い。
「まだ帰って来ないだろうから寝てなよ」
「ザフィールは?」
「着替えてくる。これ洗濯しなきゃならないし」
立ち上がる。自分の着ているマグマ団の服を指して。
「さっきもいったけど、ここ本当誰も来ないから。失敗してここで一人で泣いてたりしたんだぜ。んじゃ、着替えてくる」
そういって左手でドアノブをまわす。カギがないし、倉庫なんだけれど誰も来ない。ここにおそらく大事なものは無いのだ。だから段ボールの中身がザフィールが家から持ち込んだ雑誌だったりする。何年も前に刊行された物で、すでに本人も読む気がないもの。
「待ってるから!」
「解ってるよ」
一回だけ振り向いて、ザフィールはドアを開ける。消えて行く後ろ姿をガーネットは見ていた。さらさらしていて雪のような白い髪。ドアの向こうに隠れるまでずっと。


 マグマ団の服を脱ぎ、元の上着に着替える。タイミングを見計らったかのようにポケナビに連絡が入る。マツブサからで、アジトについたという連絡。紅色の珠と藍色の珠は無事かと聞かれた。ガーネットにさえ見られないようにこっそりしまったのだ。鞄の中を確認し、二つの珠が光るのを見る。
 そのままマツブサの部屋に来るように言われる。制服汚して洗濯中なんてまた小言を言われるに決まってる。けれど仕方ない。二つの珠を持ち帰るのが受けた命令だ。誰かが間違って入ってきても解らないような、海岸の洞窟を利用したアジト内。小さい頃からずっといたのだ、そんなの迷うわけがない。
「マツブサさん!」
専用のデスクに座ったマツブサは疲れた顔をしている。おくりび山の一件は、忘れられないくらいに圧されてしまった。その反省と成果を考えているような顔。
「ザフィール、良くやったな」
「はい。これがそれです。あと、お願いがあるんです」
「なんだ?」
目の前に出された二つの宝珠。それを見ることなく、マツブサはザフィールを見た。
「あの、ガーネットなんですが・・・あいつは連れて来なくてもちゃんと来ますから。俺が連れてきますから。だからムリヤリなんてやめてください。アクア団の時だって怖がってたのに」
「来ているのか?」
「はい。それと友達がマグマ団に殺されたっていって、マグマ団のことだって怖がっているのに、あんなことしたら」
「解った。伝えておこう。それとここに連れて来い」
「ありがとうございます!」
とびっきりの笑顔で外に出て行く。子供だなという感想を口には出さず、近くの受話器を取る。
「お前のここ一番の仕事だ」
それだけ言うと電話を切った。失敗は許さない。ただ一回の切り札。一回だけでいいのだ。後はどう切り離そうがこちらの自由なのだから。


 体が熱くて少しじっとしていたらすぐに眠くなる。横になり、少し目を閉じる。それと同時にドアノブが回る音が聞こえた。体を起こす。見れば着替えたザフィールが見える。いつも見慣れたものでなく、半袖を着ていた。何か不思議な服装だなと思ったが、マグマ団の服よりマシだ。
「おかえり、早かったね」
何も言わず、彼は近づいた。そして右手でガーネットの体を引き寄せる。突然のことでどうしていいか解らず、されるがまま壁に押し付けられる。そして右手で頬に触れて来て、唇が近づく。その手前、ガーネットは今の出せる全ての力で突き飛ばす。
「あなた誰!?ザフィールじゃないわ!」
驚いたような顔をして立っている。顔立ちも体格も全て同じだ。雪のような白い髪も。けれど違う。
「何を言ってるんだよ。俺なんだけど・・・」
「ザフィールは左利きよ!あなたは右手で私に触れた」
この3ヶ月。ずっと一緒にいた。モンスターボールを投げるのも、ポケモンをなでるのも、ずっと左手だった。直接左利きなのかと聞いたことはないけれど、ずっと見ていれば解る。それにいつだって左手で触れて来た。
「・・・ふうん、解るんだ。そんなことで」
見覚えのある手首のリストバンド。同じ声なのに他人を徹底的に排除するような冷たい言い方。知っている。会った事がある、この男に。ホウエンに来る前にマグマ団と一緒にいたあの男。親友を殺して笑っていたその男。
「思い出してくれた?あの時は逃げられたが、今度は逃がさねえ。まどろっこしいことさせやがって」
腹部に強い衝撃が来る。声も出せないほどの痛み。持ち上げられることに抵抗も出来ず、そのまま持ち去られる。こいつに反撃したいのに、体が言うことを聞かない。


 誰も来ないけれど、早く行って安心させたい。ザフィールがアジト内を急いで走っていた。強そうに見えて、意外なところで心配性だし、よく泣くし。どちらが本当なのか解らない。けれど、どちらも本当なのだろう。だからこそ自分のせいで泣かせるようなことはしたくない。
 もう少しで倉庫だ。自然と足が早まる。曲がり角を曲がって、少し走ればすぐだ。息が切れることもない。心が軽いような、緊張するような解らない感じ。ザフィールは足を止める。目の前にいる、奇妙な人間。
「よぉ、本物さん」
バカにしたような言い方。目の前にいるのは、自分そっくりの人間。身長から肩幅、そして声まで同じ。こんなことがあるのか。ドッペルゲンガーを見ているようだった。けれどそんな優しい現象ではなさそうだ。そいつは確実にガーネットをどこかへ連れていこうとしているから。
「邪魔なんでね、通してもらいたい」
「いいぜ。ただしその子を下ろせよ」
ザフィールは一歩前に出る。臆することなく、そいつはモンスターボールを投げる。中からロコンが現れた。
「それは出来ないね。ボスの命令は絶対だ」
ロコンはしっぽから妖しくうねる炎を燃やす。そこから放たれる光は相手を混乱させるもの。それに気付き、一瞬目を覆った。それだけではない。さらに光は閃光弾のように激しくなる。ふとそれがなくなり、ザフィールが前を見ると、忽然と消えている。男もロコンも。
「しまっ・・・」
人を連れて、そう遠くへはいけないはず。追跡できるよう、キーチのボールを探る。いつものホルダーにあるはずのモンスターボールは全て空気を触っていた。
「あれ?あれぇ?」
ボールが見当たらない。一つたりとも。
「まさか、取られた!?」
胸の辺りから広がる感覚。虫が這うように不安を伝える。焦る心に落ち着けと呼びかけた。一人でも追いかけなければ。そして取り戻す。ガーネットもポケモンたちも。


 
 ボスの命令は絶対だとそいつは言っていた。ならば行く先はおそらくマツブサのところ。アクア団とも考えられたけれど、ここをすいすい通行できるのはマグマ団しかいない。多少は寄り道したが、全力で走れば追いつくはず。
「おい、待て!」
読みは当たる。マツブサの部屋に続く廊下で、ザフィールは追いついた。足元にはバクーダが主人と似た男を睨みつけている。
「ザフィール・・・」
絞り出すような声でガーネットが呼んでる。大型の技が得意なバクーダで攻撃するのは得策ではない。
「しつこいな。そんなにこの女が心配なのかよ」
「それはお前の知る事じゃねえだろ。もう一度言う。放せ。それで俺のポケモンも返せ」
にらむ。似た男は表情一つ変えない。いくら熱があるとはいえ、あのガーネットを完全に抑えこんだやつだ。ザフィールは冷静を装いながらも、飛び掛かるタイミングを見計らっていた。
「従わなかったらそのバクーダでこの女ごとぶち抜くか?後ろも解らないやつが、ねえ」
「どういうことだ?」
「こういうことだよザフィール」
乾いた音。同時に右の太腿に灼熱の激痛が走る。振り向く間もない。支えきれない体が倒れる。堅い靴音が冷たく側を通り過ぎる。その声、足元は見慣れたもの。最も信頼し、最も尊敬していたマツブサの。
「遅かったなユウキ」
何も言わずにユウキは連れてきたガーネットをマツブサに引き渡す。まだ言葉を発する余裕がないのか、ユウキを噛み付きそうな勢いでにらんでいる。
「それで、あいつはどうする」
ユウキが見ている。完全に勝利したような目で。なぜマツブサがこんなのと話しているのか、そしてマツブサが自分に何をしたのか理解できない。そうすることなんてあり得ない。
「鍵のかかるところにでも閉じ込めておく。朝には出血多量で死ぬだろう」
「マツブサ・・・さん?」
「明日の朝早く出発する。お前はそのままこいつらを見張れ」
バクーダが主人を守るように立つ。後ろ足がまともに動かないけれど、背中の火山から吹き出す炎は歴戦の強者を思わせる。
「・・・邪魔だ」
銃口を向ける。トリガーがかかっている。本気で引く気だ。
「戻れボル」
手元にあったボールのスイッチにようやく触れた。こんなところで昔からの戦友を失うわけにはいかない。マツブサに手を踏まれ、そのボールが転がったとしても。
「もうお前の役割は終わったんだザフィール。だからそのまま消えろ。アクア団の手に渡らないうちに」
踏まれた手に液体が触れる。自分の流れた血が、床に広がっていた。今も激痛は変わらない。マツブサの言う通り、このままでは朝を待たずに死ぬ。こんなところで、しかも裏切られたまま死ぬ。そんなことがあってもいいのか。体が引きずられる。投げ捨てられるようにして狭い部屋に入れられる。
「朝までは一緒にしてやるよ」
ユウキは笑ってガーネットを突き飛ばす。そしてすぐさま扉をしめて鍵をかけていた。
 電気の切れかかった照明。ザフィールは自分の手についた血を見た。激痛、そして止まることを知らない血。床にもどんどん広がっていく。
「ザフィール・・・」
心配そうにガーネットが見てくる。血のついていない左で彼女に手を伸ばす。その手をつかむ力はいつもより弱い。けれども堅く、離さないように。
「ガーネット、本当、ごめん。俺が、マグマ団なんかに、いなかったら、こんなことに・・・」
「バカ、そんなことじゃないよ・・・ザフィール」
血がつくことも恐れずに、ガーネットは自分の巻いていたバンダナをほどき、傷口を押さえ込むように巻く。触れただけなのに、ザフィールの中にさらなる激痛が走る。ただの傷ではない。そして血はこんなことで止まることはない。元々赤いけれど、さらに深い赤で布を染めていく。
「ザフィールじゃ、なかった。私の方こそ、ずっと言いがかりつけてごめん」
「そうか、わかってくれて、うれしい。これで、遠慮なく、言えるんだ」
「なんでもいい。だからザフィール、死なないで。お願いだから!」
出来るならばそうしたい。けれど意思とは関係なく自分の生命が弱っていくのが解る。アクア団に復讐するなんて子供のような考えを利用されて、このまま裏切られて。マツブサに撃たれたこと、そして不要なものとして扱っていることは事実だ。あの時に優しく迎えてくれたマツブサはもういないのに、どこかで否定していた。


  [No.597] 31、空の青、海の蒼 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/07/24(Sun) 17:11:30   68clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 あれはまだ父さんがオダマキ博士ではなく、オダマキ教授と呼ばれる方が多かった時か。
 ミナモシティにある大学で、父さんは海のポケモンについて研究していたし、講義もしていた。本当はいけなかったのだけど、母さんが仕事で遅くなるような時は学校の方に連れてきてくれた。小さな子供は嫌がられたけれど、家庭の事情なら仕方ないと、大目に見てくれた。
 そこで会ったのが、海洋研究のクスノキ教授、そして同じく海洋研究していたササガヤ教授。特にササガヤ教授の方は父さんと同じような家庭環境で、よく子供を連れてきていた。それがハルカ、そうハルちゃん。大人しくしていろと言われてたから、走り回るなんてことはしなかったけれど、邪魔にならないところで、よく二人で遊んでいた。
 その大学の建物からは、よく海が見えた。綺麗な透き通るような蒼の海。夏は窓を開けて潮風を研究室に入れたり、危ないと言われていたけれど身を乗り出したり。それで一度落ちかけて大人全員に怒られたのも思い出だ。
 俺はそこから見える景色が好きだった。野生のポケモンが飛んでいったり、運のいいときはホエルオーが遠くに見えたり。特に大学の夏休みを利用した研究日は絶好のチャンスだった。朝から夜まで光がうつっていく海が見られる。東の空と海の間から見えてくる明るい光、そしてオレンジ色の夕日に染まった金色の海。その不思議をしきりにクスノキ教授とササガヤ教授に聞いても、二人はうんざりともせず答えてくれた。その後、いつも父さんは邪魔するなとしか言わなかったけれど。
 
 いつものようにハルちゃんと遊ぼうとしてササガヤ教授のところに行くと、見た事もないような真剣な顔をしてクスノキ教授と話していた。子供心ながら聞いてはいけないんだと思った。けれどこちらに気づいたササガヤ教授は、いつものように笑ってハルちゃんを呼んだ。別の部屋で、アイスを食べてたハルちゃん。さーくんの分だと一個くれた。お父さんが買ってくれたのだと。この時は何とも思わなかった。ハルちゃんはいつもお気に入りの本を読んでいるか、絵を描いてたりするかのどちらかだったのだ。
 そこで二人で遊んでいた。そして、そこにクスノキ教授が来たのだ。
「さーくん、ハルちゃん。いい子だね。大きくなっても、正しいことは忘れちゃいけないよ」
そういって俺とハルちゃんに言う。何を言われてるのか解らないけど、とりあえず返事をする。今思えば、クスノキ教授にしても頭を悩ませていたに違いない。
「私は授業だから、お父さんたちによろしくね」
授業を終えたら帰る。クスノキ教授のいつもの予定だ。そしてササガヤ教授が研究室の戸締まりをして、夜の9時に帰る。ごく普通の、いつものこと。何の疑問も持たずに俺は食べ終わったゴミを捨てた。

 夏の潮風は気持ちいい。冷房がいらないくらい。いつものように開いてる窓から、波の音、ポケモンの鳴き声が聞こえる。何のポケモンなのかクイズをハルちゃんとやっていると、ササガヤ教授が来て答えを言ってしまったのだ。
「あれは、アブソルだね」
「あぶそる?」
「そうだよ。さーくんのお父さんのが詳しいけれど、災いポケモンって言われてるんだ。何か大きな災害があると姿を見せるっていうんだよ。それで昔は不幸の使者って言われてるけれどね。ほら、あれあれ」
ササガヤ教授が窓の下を指す。見えたのは器用に木に登り、こちらを見て鳴いている白い毛並みを持った黒い鎌。
「かわいい!」
「かっこいい!」
ハルちゃんと俺がほとんど同じタイミングで叫ぶ。プラス方面に思われたのが通じたのか、野生のアブソルはこちらを見て鳴く。
「かわいいね。けれどまたハルカもさーくんもポケモン持つには早すぎるなあ」
「ササガヤ教授!」
部屋の入り口で誰かが訪ねて来ている。いつも学生が出入りしているような所だし、授業以外でも活躍しているササガヤ教授のこと。ノックをして出て行く。誰が来てくれたのか少し興味があって、俺とハルちゃんはそのままササガヤ教授についていく。
「何度言ったら解るんだ。そちらの考えが変わるまでこちらも考えを変えない」
体格のいい大人の男。良い色に日焼けしている肌からは、スポーツに優れたような体。それも数人。いずれも青いバンダナを巻いた、海賊のような格好だった。全員が入ったと思うと、ドアに鍵をかけて。
「そうですか。では、これではどうでしょう?」
俺の体が浮き上がる。後ろから男たちに押さえつけられて。ハルちゃんも一緒に押さえつけられる。暴れたって子供の力で大人に叶うわけがない。
「子供を人質になんて卑怯だぞ!」
「そうでしょうか?いくら昔の教え子だからといって、貴方が訴えるようなものではありません」
「研究をそんなことに使うアオギリの考えは間違ってる」
「ササガヤ教授のお子さんたち、恨むならお父さんを恨みなさいな」
俺の背中に熱が伝わった。びりっとした痛みが伴う。その痛みは酷くて、体を引き裂かれるようだった。
「おまえたち!?」
「ああ、一匹ぐらい死んでも構いませんよ。親子心中だと思われて終わりでしょうから」
「違う、その子は私の子では・・・」
その間も俺の背中を斬りつけられる。何度も何度も。泣いても泣いても容赦はなかった。頭を押さえつけられ、うつぶせの状態で。ハルちゃんは大泣きしていた。その中で、ササガヤ教授の絶叫を聞いたような聞かなかったような、ぼんやりとした音。けれど痛みだけははっきりと意識に語りかけてきた。


「ザフィール!」
うつぶせで寝かせられていた。真っ白な布団とベッド。母さんが心配そうに俺を見ていた。たくさんのチューブにつながれた俺。最初は、いつ眠ってしまったのか解らなかった。けれど記憶をたぐり寄せ、背中の痛みが襲うようになった。全ての記憶が蘇る。それが怖くて、母さんに伝えようとしても全く出て来ない。声が出ないのだ。
「お父さんが気づかなかったら・・・ハルちゃんだけでも無事で良かった」
ハルちゃんだけは無事。その時は何を意味していたか解らなかったけれど。とにかく起き上がろうとしても、痛くて動けない。
「何か食べたいものある?辛くない?どうしたのザフィール?」
言いたくても言えない。声が出ない。母さんはさらに驚いた顔で俺を見ていた。そして泣いてた。何も言いたくない。言えない。声を出したらまたあの恐怖が襲ってくるような、理解のできない怖さがそこにあったから。
 ふと母さんの鞄が見えた。棚にある鞄から、鏡が見える。なぜ見えたのか解らなかったけれど、少し視線を動かして自分の姿を見る。そこにいるのは、まぎれも無く俺だったんだけど、全く違うものが映っていた。俺の髪が、全ての色が抜けてしまったように真っ白に。その姿を見ていることに気づいたのか、母さんは取り上げた。けれど、一瞬でも映ったものは忘れる事が出来ない。

 怖い、痛い。大人が怖い。回診に来る医師すら怖かった。いつも泣いてた。その度に母さんは困った顔をしていたけれど。ストレスで髪の色が白くなってしまったこと、そして喋れないのは一時的でしょうと言っていた。「あ」すら発声できないのに、喋るようになるなんてあり得ないように思えた。
「そうそう、ザフィールくん。今日はきみの新しい先生を連れて来たよ」
そういって入って来たのが、マツブサだった。名刺を母さんに渡した。そこにあったのは、「児童心理カウンセラー」というもの。
「私は事件にあった子供の心理学を勉強し、そしてカウンセラーをしています。事件に遭遇してしまったお子さんというのは、大人よりも傷つきやすく、カウンセリングを必要としています。どうでしょうか?ザフィールくんを私に診せてもらえないでしょうか?」
そう、最初はそうだった。母さんも疑うことがなかった。話を聞いた父さんも何も言わずに。どんどん接近してくるマツブサに、俺だって何も疑わなかった。ただ、優しいおじさんが助けてくれると思い込んでいた。

 背中の傷も治ってきて、歩けるようになったころ。いつものように来てくれたマツブサから言われたマグマ団への誘い。あの事件の犯人はアクア団だと教えてくれた。マツブサの言うアクア団の特徴と、実際にみた男たちの格好が一致する。
「私たちは、そういったアクア団を止めるために活動しているんだ。実際にアクア団の被害にあった君みたいな子を増やさないためにも、協力してくれないか?」
この言葉はとても甘く響いた。アクア団にやられたこと、そして助けてくれるマツブサの言葉に乗らないわけがなかった。

 退院と同時にマツブサのところにいって、そしてマグマ団に正式に入ったことを感じた。同時にモンスターボールを渡される。中には自分の肩までありそうなドンメルが入っている。
「アクア団はポケモンを使う。お前も負けないよう、育てろ」
「解った!」
そいつにボルとつけて、俺はアクア団への復讐だけを考えて育てて来た。進化して、バクーダとなって。その時はマツブサも祝福してくれた。それがどんなに嬉しかったことか。ますます頑張ろうと思って、一層マグマ団として活動していた。
 その辺りで、今のホムラとカガリが幹部として活躍するようになる。やけに明るいホムラと、なんだかんだいって世話をやいてるカガリ。ボルの育て方も教えてくれた二人だし、俺はさらに嬉しかった。けれど、最初、二人は俺を見て一瞬目をそらす。何でそんなことするのか解らなかった。けれど今なら解る。こんな作戦が最初から既に始まっていたのだ。最後には俺を始末するという計画が。
「生きろよ」
常にホムラがそういってたのはそういう意味なんだ。カガリも会議のたびに苦しそうな表情をしていたのも。全て計画の上で、俺はその通りにされていた。思うがままにマグマ団にいて、不要になったら捨てられて。そんなことあるものか。まだ、死ぬわけにはいかないんだよ!


  [No.621] 32、七匹目のポケモン 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/08/01(Mon) 22:15:44   59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 もう日が沈みそうだというのに、落ち着かない様子で家の中をウロウロしている。白い体に茶色の縦縞。流線型の体で、もぞもぞと動く。
「どうしたのしょうきち?お散歩いきたいの?」
マッスグマの体で見上げる。少し入り口のドアを開けてやる。そうすれば少し大人しくなるかもしれない。その少しの隙間を見つけた瞬間、流星のごとく走り出す。扉を壊す勢いで。
「しょうきち!しょうきちー!!」
名前を呼んでも振り向く気配はない。すでにしょうきちの姿はなく、砂煙をあげて走って行く。あんなに急いでいるしょうきちの姿は初めて見る。


「アクア団が侵入!」
アジト内の警報が鳴る。同時に全員にその内容が行き渡る。おくりび山の一件からつけられていたようだった。だるそうにマグマ団の下っ端が言う。
「めんどくせえなあ。ちゃんと見張っておけよ」
そういう彼の言われた仕事は、ポケモンたちを見張ること。モンスターボールに入ったポケモンたち。それは仲間だったザフィールと、ボスの目的の女のだといっていた。
「あーあ、めんどくせ。こいつらやっちまおうか」
めんどくさがりの彼に任せたのが悪かった。全てのボールが開放され、ポケモンたちが出て行く。その勢いはすさまじく、下っ端は何をしたのか自分でも後悔する。まさかあんなに勢いがあったとは思わなくて。


 思わず飛び出してしまったけれど、道は複雑だ。どこからともなく漂う血の匂いもする。エーちゃんことエネコは慎重に歩いている。今まではボールに揺られていたけれど、ここにきたのは初めてである。
 曲がり角を曲がった先。青いバンダナをつけた人間に出会ってしまった。うなり声をあげて、体毛を逆立てて威嚇するけれどそんなもんがなんだと言うように人間はボールを投げる。そこから素早いテッカニンが出て来ていた。
「エネコの姉貴!」
そう呼ばれたのは久しい。その呼び方をするのは故郷の草むらにいたポケモンだけだ。
「ツチニン!?無事だったの?」
「もうダメです、姉貴。人間に使われて・・・」
テッカニンとなって羽は生えている。透き通る羽には、ところどころ焦げ跡が。治癒しているようだが、普通のテッカニンにはない模様。
「姉貴しかいない。俺を殺してください!」
人間は命令する。テッカニンにきりさけと。その動きはゆっくりとして、エーちゃんでも避けられる。
「もう従うのか死ぬのかどちらかしか・・・お願いします!」
飛び掛かる。一番強い技、捨て身タックル。覚えたてで上手く行かないときもあるけれど、テッカニンの頭に当てることが出来た。ふらふらと左右にふらつき、テッカニンは上手く飛べてない。
「ぐっ」
「甘いよ!」
戦いに向いているエネコ。それがエーちゃんの個性。普通のエネコよりも高い威力の捨て身タックルでテッカニンをどんどん攻める。素早さでは敵わないけれども、こうも連続して攻撃を出せればさすがのテッカニンだってひるむはず。
 頭にぶつかられてふらふらのテッカニン。腹部にも攻撃が入り、とても苦しそう。人間は怒鳴ったような声を出す。そしてふらついているテッカニンを蹴り飛ばした。前も見た。なぜこの人間たちは平気で蹴り飛ばして怒鳴っているのか。エーちゃんには理解のできないこと。
 そしてそれでも言うことを聞かなければならない彼。それがトレーナーとポケモンなのか。エーちゃんはザフィールとの出会いに感謝する。目の前で多重に分裂するテッカニンを目で追う。影分身という技だ。このままでは技が当たらなくなる。
「姉貴、よけて!」
「させないから!」
さらに素早い動きで、テッカニンの後ろを取る。流れるような動きに、テッカニンも避けることが出来ない。鋭い牙と、エネコにしては強靭な顎でテッカニンを攻撃する。今までのスピードとは違った動きを見せて相手をだまして攻撃するだましうち。
「あねき・・・ありがとうござい、まし」
テッカニンの羽は動かない。エーちゃんがかけよって顔をなめてもぴくりとも。人間は罵声や怒声に近い声をあげた。心配したり、いたわるような声ではない。かつての部下を自分勝手に使い、あげく使い物にならないとあれば罵倒する。その態度が気に入らない。うなり声をあげて、人間に飛び掛かる。
「エーコ!」
「エネコのお姉さん!」
人間が倒れる。その背後には二つのそっくりな影。プラスルとマイナン。その名前で呼ぶのはカストルとポルクスのコンビだ。二匹とも体に電気をまとっている。人間を攻撃したのもおそらく二匹。なぜならまだ人間の体にはわずかに電気が残っている。
「血の匂いがする。心配だから早く!」
カストルに言われるままエーちゃんはついていく。他のポケモンたちは無事かわからない。

 アクア団たちはマグマ団のアジトを片っ端からつぶしていく。おくりび山でかなりのダメージを与えたのが良かったのか、まともな抵抗が出来るマグマ団はいなかった。
 幹部のイズミはゆっくりと中を歩いている。探しているのは奪われた藍色の珠とそのヒトガタ。おもりのホムラもいない今、絶好のチャンス。ようやくアクア団にも運が向いて来た。下っ端たちがこの場所を撹乱している。誰もイズミに注意が向くことがなかった。
「待ちなさいよ」
目の前に現れる赤いフード。いつだってこいつだけはどんなに撹乱しても狙ってたかのように立ちふさがって来た。
「あらカガリ。彼氏の状態はもういいのかしら?」
「不法侵入の上に器物損壊していくあんたたちに答える義理はないわ」
「否定も肯定もしないのね」
「人の家に上がり込んどいてよくもそこまで言えるわね。トラップ一つ警戒しないなんて、アクア団らしくないんじゃない?」
イズミの後ろからぱちぱちと弾ける音がする。マルマインたちがイズミを取り囲むようにして。いつの間に現れたのか、カガリを守るようにマルマインたちは迫ってくる。
「死ぬ気!?」
「死ななくて結構。足止めさえ出来ればいいんだから」
カガリは消える。残ったマルマインたちは、指示してくれる人間がいないために、どうしていいかわからないようだ。とりあえずイズミを囲んでただじっとしている。少しの刺激で爆発するマルマインに囲まれるのはどうもいい気持ちはしない。


 カリカリとドアをひっかく音がする。何かが来る。思わずガーネットはザフィールを強く抱きこむ。手が彼の顔に触れて、冷や汗が伝わってくる。誰が入って来ても絶対に離したくない。
 ついに隙間が開く。ふわりと外の風が入って来た。内開きのドアが開く。視線を上げた。けれどそこに顔はない。下の方に見える白いもの。そちらを見ると、マッスグマが息を切らせて入って来た。そしてガーネットと目があうと、嬉しそうに寄ってくる。
「え、まさか、しょうきち?なんでここに?あの子は?・・・無事で良かった」
ガーネットの顔をなめる。そして彼女から離れると、血の匂いを嗅いだのかザフィールの足に鼻を近づける。少し勢いの止まった血が、しょうきちの前足を染めた。
 ぺたぺたと足音が響く。人のものではないそれ。開いたドアから次々にポケモンが入ってくる。血の匂いと、主人のいるところを勘で探り当てて。
 みんな痛めつけられたような跡もなく、元気で入ってくる。みんな心配そうにザフィールを見ている。それに対して、大丈夫だよと、か弱い声で彼は答えた。そしてボールに戻るように指示する。見つかったら危ない。
「シルクがいない?」
その事に気づいても、迎えに行くことは出来そうになかった。開きっぱなしの扉の前に、仁王立ちしていたカガリ。そしてその隣にいるユウキ。
「そんなにくっつかなくてもいいでしょ。本当、仲がいいのね」
フードの下から見えるカガリの顔は、以前見た時とは違っていた。冷静に任務をこなすマグマ団の幹部。それが今のカガリの顔だった。
 ガーネットからザフィールを引きはがすようにカガリは引っ張る。ガーネットの腕から力なくザフィールが離れて行く。二人ともカガリのことなんて見ていない。離れては生きていけないように、お互いを見ていた。カガリは捕まえるようにガーネットをつかむ。
「予定が変わったわ。今すぐ出るのよ。ユウキ、この子と先に行ってて」
ユウキにガーネットを押しつけ、残るザフィールを見下ろす。血だらけの手で、カガリの足を掴んでいた。
「何かまだ用があるわけ?」
その力は強い。決してカガリを行かせないかのよう。
「ありますよ。あいつ、アクア団でも、なんでもない。だから、そんな、手荒なこと、しないでください」
カガリはその手を振り払う。思いっきり足に力を入れて。
「まだそんなこと言うつもり?相当死にたいようね。楽にしてあげるわよ!」
ザフィールの口を押さえる。その手の平から落とされるもの。あまりの苦さに彼は暴れるが、カガリは簡単に放すわけがない。息を塞がれ、数秒後に喉が動く。
「良薬は口に苦がしね。すぐに楽になるわよ」
苦みにもがくザフィールを振り返ることなくカガリは出て行く。舌に残る苦みを吹き飛ばそうと、何度も何度もザフィールは咳き込んだ。けれどしびれるような苦みは口の中から出て行く気配がない。そして胃の中から焼けるような熱さを放つ。わき上がる熱さに、思わず手をあてる。

 奥に連れて行かれる。聞こえてくる波の音。ひろい空間に出たと思えば、そこには潜水艦が浮かんでいた。そして入り口付近でマツブサが待っている。ユウキはガーネットを引きずるように歩く。自分本位の移動に、抵抗も諦めた。ポケモンたちがボールに収まっていることがバレてないのが幸いかもしれない。
 そして近づくとマツブサの他にホムラがグラエナにつかまりながら立っているのが解る。
「ユウキ、そいつを中に入れろ」
その言葉には、いたわるとかほめるとかいう感情が含まれてない。ただの命令。ザフィールから聞いていた人物と随分違いすぎる。じっとマツブサを見ていると、ユウキに突き飛ばされるようにして潜水艦に押し込められる。
「一応丁寧に扱っておけ。カガリ、準備はいいか?」
「いつでも」
「ホムラ、完璧にとは言わない。被害を最小に。そんで生きてる間のあいつをアクア団に取られるな。必要とあれば息の根を止めても構わない」
「・・・解ってますよ。留守番組は大人しく待ってます」
最後に乗ったカガリがドアを閉める。閉め切られた中は息がつまりそうなほどの閉塞感。そして全体に響くエンジン音。ゆっくりと動き出すのが解る。どこか遠くへ、知らないところに。


  [No.643] 33、紅色の珠 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/08/16(Tue) 01:42:55   68clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 楽になってきた。まだ舌に残る苦みは取れない。勢いが弱まった血が、靴の中にも入ってきてなんとも気持ち悪い。もしかしたら今なら立てるだろうか。ザフィールは物につかまり、左足に体重をかける。
「ぐっ」
動くと同時に走る激痛。思わず手を放す。再び床に伏せた。派手に転び、手が壁にぶつかる。そちらも痛いが、右の太腿はもっと痛い。しばらく仰向けでうずくまると、上半身を起こす。
「動け、動けよ……」
思いっきり叩く。血の出ている部分を。思ったよりも激しい痛みに、目の前が揺れた。呼吸が止まるかと思ったくらいだ。しばらく仰向けのまま痛みが治まるのを待つ。少しくらいなら動かしても激痛は無い。ものにつかまり、立ち上がる。
 歯をかみしめる。まだ忘れるなというように苦みが上がって来た。こんなものを続けて飲まされるポケモンが懐かなくなっていくのが理解できる。漢方薬の力の粉をムリヤリ飲まされて苦みは後を引き、胃の中までじわりと暖かい。けれどそのおかげで、少し歩けそうなくらいに体力が戻った。
 壁に手をつき、ゆっくりと歩く。一歩足を出す度に、目の前が揺れるような感覚。それでも前に進む。聞き出さなければならない。今、何が起きているのか。そしてユウキとは誰なのか。まだマツブサの行動が信じられない。どこかで彼への信頼が崩れてないと感じていた。
 いつもなら走ってすぐのマグマ団アジトでも、距離がとてつもないものに思えた。歩いても歩いても全く進まない。振り返れば、歩いて来たところに血で引きずった跡が残っている。まだ目的の場所は遠い。


 潜水艦の操縦をオートに切り替えて、カガリは立ち上がる。目的の場所までの時間が表示されている。夜明けと共に到着といったところ。そしてひさしぶりに立ち上がると、後ろでずっと静かなガーネットに声をかける。
「随分と大人しいのね」
黙って見上げた。そしてすぐに視線を外す。
「ザフィールは、仲間じゃないの?」
「そうよ。大事な大事な、リーダーに忠誠を誓った仲間。それがどうしたの?」
「リーダーは、マツブサって人って聞いた。それなのにどうしてその人はあんなことしたの?」
「最初からそういう計画だった。あの子がいるとね、アクア団の目的へと近づくのよ。そして私たちの目的を果たすための餌。紅色の珠のヒトガタをおびき寄せるための。もうそれは手に入った。そうしたら、アクア団の妨害をするのが筋だと、リーダーが決めたのよ」
「それだけ?それだけのために、あんなこと……」
「それが何?あの子が貴方の何だって言うの?家からずっと後を追ってくるしつこいやつがいて困ってるって、いつも言ってたけれどもね。それでも大切だっていうわけ?」
「それは……」
こちらを向いてないから解らないけれど、顔色が変わったのが何となくカガリにも解った。離す時だって二人とも離れたくないという表情をしていた。そこに最初から二人しか存在していないかのように。
 カガリには、はっきりと二人の関係が解る。だからこそザフィールを取り込んでいたのだ。ヒトガタにしか解らない、ヒトガタを引きつける感覚。本能とでも言うべき能力が、言葉にしなくても溢れ出ている。それはフエンタウンで会った時から思っていた。
 そして宝石の名前。ユウキがジョウトで逃がさなければこんなに探しまわることもなかった。まさかこんな近いところにいたなんて。幸運としか思えない。
「とにかく、その体では体力が持たない。寝なさい、貴方に危害を加えるわけではないのだから」
マツブサが預けてきた紅色の珠をガーネットに近づける。待っていたかのように、紅色の珠の中に青い模様が浮かぶ。本物なのだな、とカガリはさらに確信を強めた。そして模様がガーネットに話しかけるように点滅する。


「だから忠告したというのに」
ガーネットが目を開ける。そこはなんだか不思議な空間で、立っているのか寝ているのかも解らない。ただ目の前に光るのは青い模様。
「何を?」
「争うな、誰も恨むなと。それなのに藍色の珠のヒトガタと争い、その心が完全に消えたわけではない。正直に言うと、今の状況は最悪一歩手前だ」
「その前に、偉そうに何よ」
「偉そうにって、お前を作った……正確には」
「やっぱり、そうなんだ。謎のやつも私をはっきりみてヒトガタって言った。その意味」
「私が作っただけのある。藍色の珠のヒトガタより頭が回りそうだな。全てを言わなくても理解できる、賢そうなヒトガタになってもらえてよかった」
「……一つだけ解らない。なぜ私たちを選んだの?」
「選んだのではない。お前の両親はちゃんと育ててくれそうだったから私は預けた。一応、予備も用意したが、それは必要なさそうだがな。まあお前の両親がホウエンを離れることだけは想定外だったけれど。
 しかし戻って来てしまったが為に、邪悪なものたちにも悟られた。もうこうなったら最悪の状況になり、それを押さえるのも役目。ただし」
「え?何?なんで黙るの?」
「いつもポケモンを捕まえるようにして私を投げればいい。けれど、解るな?」
「体力が多いと捕まらないんでしょ?」
「そうではない。私をなげれば必ずグラードンは抑えられる。しかし、その分お前の体力を使わせてもらう。グラードンの力を引き出すのも、グラードンの力を押さえるのも自由に出来るのが、人の形をした紅色の珠だ。それゆえ、押さえるのに弱っていなければ、お前の体力が全て使われて死んでしまう」
「えっ!?」
「驚くな。大丈夫だ、いつものように体力を減らし、弱ったところで私を投げてくれれば。自身を持て。グラードンの特徴が体に現れてるのが、ヒトガタであることの何よりの証拠だ」
「解った。本当に自分でもいまいち信じられないけど」
「そして絶対、恨みの感情を忘れるな。それが負の感情で最も強いもの。それに触れて、グラードンは強さが変わる。だから今、考えてることはやめろ」
「それはできない。それだけは!」
青い光は消える。そして不思議な感覚もなくなっていた。

 肩を叩かれる。振り返る暇もなく、体は固定されていた。後ろからがっちりと押さえられ、身動きが取れない。今の状態で、派手な動きが出来ない。暴れるたび、右足が激痛を訴えた。
「こんなところに一人とは、随分用心じゃないなマグマ団も」
この声はアクア団のリーダーのアオギリだ。今、一番ザフィールが会いたくない相手。なぜここにいるのかという疑問よりも、どうにかして拘束を解く方法が頭の中に巡る。
「何するんだよ!離せ!」
「重傷の割には随分と元気だ。これならカイオーガを呼び出すだけの体力はあるだろ」
「やめろ、さわんな!」
「……俺はマツブサみたいに甘くないんでな」
アオギリは容赦なく右の太腿を叩き付ける。声にならない短い声がザフィールの口から漏れた。全身に力が入らない。
「無駄なんだよ。しかしマツブサに先を越されたとはな」
藍色の珠のヒトガタの特徴を忘れたわけではない。けれど重要なところを部下任せにしてしまったところがアオギリの一番の失敗だった。そこに上手く取り込み、アクア団の手に渡らないよう妨害し続けていたマツブサが恨めしい。けれど目的のものは目の前だ。
「ウシオ、こいつを連れていく。マツブサを追うぞ」
「解りました。水中部隊が追ってるのをついていけばよろしいですね。手配します」
「ぬかるなよ。俺は少しここを調べて行く。マグマ団の残党に気をつけろ」
「了解。イズミと合流して、港の方で待ってます」
ウシオに乱暴に掴まれ、体が持ち上げられる。アクア団なんかの言うことなど聞きたくもなければ、従いたくも無い。けれど抵抗するだけの力が今のザフィールには無い。ボールを出したくてもウシオが見ている。その間に傷をえぐられてはまた同じ事。


  [No.669] 34、ホムラの本気 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/08/29(Mon) 01:12:50   73clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「こうして見ると、マグマ団も大したことないのね」
机に頭と体を押しつけられ、身動きが取れない。圧倒的な力でイズミに押さえつけられては、微動だにすることも許されない。呼吸するたびに息苦しさを感じる。
「あんまり力いれんなよ。イズミだったら握りつぶしかねない」
入り口でウシオはそう言った。ミナモシティの港の倉庫にアクア団がいること。もうすでに日付が変わった。人通りも少なく、気付いたものは無い。
「大丈夫よ。そんなヘマはしないわ。それに子供の力だもの、あんたを押さえるよりかなり楽よ」
イズミに対し、ため息で答える。そしてアオギリが来るであろう方向をじっと見ていた。まだマグマ団のアジトを探しているのだろうか。街灯に人影はなく、今か今かと待っている。すでに出発の準備は整っていて、他のアクア団たちも仮眠を取ったり、休憩したりして待機中だ。

 どのくらい時間が経ったか解らない。高い外洋の波音に消されて足音は全く聞こえないが、街灯に照らされるアクア団の目印が見える。ウシオが体を動かし、その人物を迎えた。長身、そして体格の良い体はアオギリの特徴だ。
 辺りは暗い。アオギリの顔の詳細までは見えないけれど、マグマ団のアジトで何も収穫が無かったのは解った。そして休むこともなく、ウシオとイズミに声をかける。
「よし、マグマ団を追いかけるぞ。水中戦となればこちらの有利だ。先を越されるな」
号令と共に二人は動きだす。イズミはザフィールを完全に動けないように持ち上げ、ウシオはアオギリを導くように先頭を歩く。
 それから数歩。全く進んでいないところで、ウシオは止まる。夜の海風は一層強く、波も岸壁に打ち付けられ、大きな音を立てていた。だからこそ気付かなかったのか。
「うひょひょ、リーダーの命令は絶対なんでね。そいつを置いてもらおうか。そうじゃなきゃ、もったいないけどそいつごと食いつくぜ」
グラエナの隣に立っているマグマ団。それを確認すると、ウシオは一歩前に出た。
「あれだけ食らって、よく立てるもんだ。その根性だけは認めてやるよホムラ」
「ありがとよウシオ。だが今はそんな長話してる暇もねえ。そいつを返せ。じゃなけりゃまとめて噛み砕く。俺としちゃあ、イズミみたいなナイスバディをわざわざ傷付けたりしたくないわけだ。でも、リーダーの命令となりゃ別。もう一度言う。そいつを返せ。そうじゃなきゃ噛み砕く」
聞いたことのある声に、ザフィールは動けない体をやっとのことで動かし、そちらを見た。この状況で嘘のような人物の登場だ。すがるような思いで、ホムラを見つめる。
 助けてくれると期待して。マツブサに見捨てられた分、ホムラに期待をかけて。ウシオとにらみ合い、グラエナが今にも飛び掛かりそうにうなっている。そしてホムラの手が動いた。
 そのグラエナは真っ黒な毛皮を暗闇に溶かし、風のごとく走る。そしてイズミに突進し、その手からザフィールが開放された。転がりながらも助かったことを覚え、立ち上がろうとすると、背中を踏まれる。グラエナに。
「ザフィール、お前も動くんじゃねえよ。おっと、アクア団のお三方も同じだ。下手に動けばグラエナがそいつの頭を噛み砕く。必要なんだろ?ずっと探してたヒトガタなんだからなあ!」
いつもの、優しいホムラではなかった。ガーネットが言っていた、みんな冷たい人に見えるとはこういうことだった。もうマグマ団の幹部としてのホムラでしかない。マツブサの命令を忠実にこなす、冷徹なマグマ団。あの特徴的な笑い声さえも、氷柱のように耳に突き刺さる。
 目標を殺されてはたまらない。アオギリはイズミとウシオに動くなと伝える。ホムラの隙をうかがっている。グラエナはいつでも大丈夫だと言うようにホムラを見ていた。
 この状況、前もあった。その時は本当に子供で何もできなくて、ただ怖かった。泣き叫び、背中に感じる灼熱の痛みから逃げようとしていた。その時と全く同じではないか。強くなるとマグマ団でマツブサの言う通りに鍛えて強くなったと信じていたのに、何もできないことは変わってない。
 辺りは暗く、誰も気付かなかった。強い波と風で、声はかき消されていた。コンクリートを濡らす涙も見えなかった。唯一、背中に乗っているグラエナだけが異変に気付く。主人の命令でこうしているけれど、グラエナには今までホムラがかわいがっていた人間にいきなり敵意をむき出しにすることは難しい。グラエナの顔が、ザフィールの顔に近づく。どうしたんだと尋ねるように、頬をなめた。
「グラエナ!」
ホムラの声にグラエナは体をびくつかせた。まっすぐ主人の方を向き、ちゃんとやっているとでも言うようにしっぽを軽く振る。
「あとな、おくりび山ではよくもやってくれた。悪いが、単なる恨みじゃすまねえぜウシオ。それにアクア団のリーダーさんよ」
「ふっ、自分自身も守れない小僧の生き残りが何を言う。単なる逆恨みでよくも幹部にまでなれたものだ」
アオギリがホムラの神経を逆撫でするかのように喋りだした。
「誰が勝手に喋っていいっつったよオッサン。、あんたたちみたいのを助けるために、俺の弟は死んだんだぜ?復讐できるなら、マグマ団に利用されようが知ったこっちゃない。ようやく、リーダーの願望が実現されて、俺たちはあんたたちに復讐できる。カガリの分も一緒にな!」
激しい怒りを見せるホムラ。こんなホムラは見た事がなかった。いつも笑ってるかぼーっとしてるか、グラエナと戯れているかのどれかだった。そもそも昔のこととかマグマ団に入る前の話は一切しなかった。きっかけなどみなバラバラだが、最も深い怒りを潜めている。
「あの日、天気予報は台風そのもの。なのにあんたらは危険だという沿岸のおっさんのまで振り切って海にもぐったよな!特にアオギリのオッサン。結局帰れなくなって、レンジャーだけでなく、トレーナーまでかり出して、捜索させた挙げ句に助けに来たやつらを見殺しにして助かりやがった。あんたらだけ生きてるのはおかしい。おかしいだろうよ!」
煮えたぎるマグマのごとく、ホムラの怒りが弾ける。肩で息をしていたホムラが、大きく息を吸い込んだ。そしてうってかわって大人しい口調へと戻る。やるべきことが目の前で待っている。
「人んち荒らしといて、よくもまあ、そんなこと言えたもんだな。それに壊滅させてもらったようだが、俺たちの底力なめてもらっちゃ困る」
生き残りの意地か、赤いフードたちがアクア団の下っ端たちを囲んでいる。立場が逆転しているようにも思えた。アクア団の方も全ての人員を連れて来ているわけでもない。追跡のために少数で組んでいた。おくりび山の光景とは逆のことがいま起きている。
「さて、と。夜明けまで付き合ってもらおうか。足止めできればそれでいい。アジトにつれていけ」
ホムラが命令すれば、マグマ団の下っ端たちが動き出す。ここから離れてしまったが、岬にあるアジトへは人目を気にせず運べる。夜の闇にまぎれて。
 そして残るは幹部とアオギリ。それを見計らったかのように、最後のマグマ団が十分離れた時、アオギリは手を動かした。暗闇でも縦横無尽に空を飛ぶクロバットが現われ、ホムラのグラエナを翼でたたく。驚いたグラエナは、思わずザフィールから離れた。
 その隙をウシオが逃がさないわけがない。グラエナがかみつこうとしても、クロバットがそれを邪魔する。
「下っ端などいくらいなくなろうが、関係ないんでね。じゃ、マツブサによろしく頼むよホムラ」
アオギリがクロバットにそのままを命じる。飛び出そうとするが、ダメージが回復しきってないホムラが素早く動くことなんて不可能。ホムラは叫んだが、待つわけがない。
 ホムラのすぐ側を大きな風が通った。街灯の影にうつるのはオオスバメ。こんな夜中に飛べるのか。そのオオスバメはそのままウシオにぶつかる。何が起きたか解らず、ホムラはその光景を見つめた。そしてグラエナがクロバットを振り切ってザフィールを救出する。
 オオスバメはザフィールの側によると、心配そうに翼のもふもふした羽毛でなでる。そして近寄るグラエナを警戒し、翼を大きく広げて威嚇する。グラエナは近寄るに近寄れない。
「スバッチ……行け」
涙がかかった声で短く命令する。その言葉通りにスバッチは翼で風を起こす。グラエナは強い風に耐えられず目を閉じ、クロバットは吹き飛ばされて飛ぶことが出来ない。
 ボールをあらたに出す力もないけれど、スバッチに命令することくらいなら出来る。合流するのが遅いようにも思ったが、この状況ではありがたいことだと修正する。
「ちっ、隠し玉か。時間がないというのに」
ウシオは部下に命ずる。作戦変更だと。イズミが素早く船に乗り込む。その姿を確認すると声を張り上げて宣言する。
「思ったより藍色のヒトガタは元気が有り余ってるようだな。こうなればマツブサを何がなんでも止めて、それからアクア団の目的を遂げる。そうマツブサに伝えておいてくれ」
ホムラの方を向いてはっきりと言った。もう立つ元気もないホムラは、膝をつきアオギリをにらむ。
「させる、かよ……」
グラエナに命令するより早く、羽ばたく音がする。波の音よりも大きく。
「お前らの思い通りにさせるかよ。せめて、相打ちにしてやる」
地に這いながらも、ヘビのような執念でアオギリに全ての恨みの感情をぶつける。煩わしそうにアオギリはクロバットを出そうとするが、海からの風も強まっている。そして得意の毒攻撃をオオスバメは攻撃力として返してくる。相性が悪い。
 それに、うっかり近づこうものなら、オオスバメが鬼のようなツバメ返しを放ってくる。アオギリには時間がないのだ。マツブサはすでにグラードンを呼び出す準備を整えて目的地に向かっている。ならばそれを先に止めなければ。見張りとしてウシオを残す。
「ではウシオ、後を頼む。帰ってくるまで逃がすなよ」
その動きは素早く、ザフィールの命令も届かなかった。アオギリは船の中へと消え、もやいが解かれて岸から離れて行く。それと同時に、ホムラの体はさらに強い衝撃を受けて倒れ込んだ。


  [No.673] 35、疾走 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/08/30(Tue) 22:17:54   77clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 ホムラは倉庫の壁に背中を預けて腹をさする。さすがに短時間の間に同じところへ二発もくらっては動くことが難しい。心の中でマツブサへ詫びる。カガリを上手く使ってくれと。
「そう睨むなよ」
自分を見る視線に気付く。それはこの状況においてもなお負けないというオーラに溢れていた。マツブサの言っていたことを思い出し、やっとのことでそいつに近寄る。そしてそっと手をかけた。
 アクア団の手に渡らないようにしろ。そうホムラに命令した。この状況で動けなくなるのは時間の問題。やりたくはなかったがこうするしかなかった。ホムラがゆっくりとザフィールの気道を閉める。アジトに残れと言われた時に外れクジだと覚悟した。マツブサのために何でもやると誓った。ずっとそうしてきた。それなのに、
 初めてのポケモンのドンメルが言うことを聞かなくて困ってるところをそうじゃないと言ったこと
 やっとのことで初めて野生のポケモンを倒せた時の報告
 負け続けだったトレーナー戦で、アドバイスを受けながらも勝てたとき
 信頼関係が築けたのか、ようやく背中の傷のこと、昔のことを話してくれたり
 それでもマグマ団のみんなが優しくていい人たちだから、いつまでも悩まないしこれからがんばると前向きだったこと
 バクーダになったとき、はしゃぎすぎて堤防のりこえて海に落ちたこと
 その後、なぜかカガリに二人とも怒られた
 遠くの任務で帰れなくなり、せっかくだからと星空を見上げて星座や流れ星を数えた
 本当の弟のように思っていたのに、マツブサからくだった残酷な命令
「できる、かよ!」
みっともなかった。マツブサの命令は絶対に従うと約束した。けれど、ホムラの中の感情がそれはダメだと抑制する。アクア団の手に渡って利用されたとしても、生き残って欲しかった。その後、マグマ団を恨もうが何しようがどうでもいい。手をかけることだけは、どうしても出来なかった。
 力が緩んだところを狙ったのか、ザフィールがホムラの手を払いのける。その力加減は、すでにマグマ団としてではなく、敵として認識した力だった。その目も、すでに今までと違っていた。憎むような目だった。子供だと思っていたザフィールがそんな酷い負の表情をするなんて、ホムラにはにわかに信じがたい。けれどそんな顔をされても仕方ないくらいに、マグマ団として彼に残酷な仕打ちをしている。
「何も、もう信じない」
ザフィールがモンスターボールに手をかけた。そこから出てくるのはジュカイン。体の葉は刃のように鋭く、強いものでは岩をも叩き切る。その刃を街灯に光らせた。ホムラは目を閉じた。
 倉庫の入り口で、物凄い地響きが起きた。何かを思いっきり叩き付ける音。ジュカインがその音の方向を見る。ウシオが何かに怒鳴りつけてる声、そしてもう一つは高さからいって女。それも子供。そしてうっすら漏れる眩しい光。赤い炎が見えた。
「私は眠いの。だから、早くしてくれないかしら。そこを退きなさい」
狼狽がきこえる。体格のいいウシオが何をうろたえたのだろうか。ホムラには想像もつかない。地面に重いものがのしかかる音がした。甲高い馬のいななき。
 そして倉庫の重い扉が開く。そこに立っているのは、何とも不機嫌そうな顔をした女の子。とても眠そうだった。すでに時計は午前3時をまわろうとしている。
 少女の後ろから現れたのは一層燃え盛るたてがみのギャロップ。真夜中だからか、炎が目に焼き付いて離れない。そして誰よりも速くザフィールのところにかけより、血の匂いを嗅いだ。そしてザフィールの顔に鼻を近づける。何かを訴えるように、頬にふれた。
「大丈夫!?」
「ミズキ?なんでここが?」
「シルクが教えてくれた。ここに誘導されて来たの。それより、ちょっと見せて」
たてがみの炎に照らされた傷口。そこに巻いてある元が何色か解らなくなってる布。それが少しは止血の役割をして、ここまで持たせていたようだ。それでもまだ血は止まり切ってない。この量からして、すでに意識が飛んでいてもおかしくないはずなのに。
「痛くない。痛みは止まれ。血も止まれ」
力強い言い方。今までにないほどのミズキの言葉。なぜかそれと共に今までに感じていた右足の重さがなくなっていく。試しに動かしても違和感はなかった。あらたな出血も感じない。
「もう痛くないから!あとこれ飲んで!」
ザフィールに拒否権は無かった。先ほども同じようなことがあった。ただ、今回は得体の知れない漢方薬ではなく、ちゃんとした痛み止めというところ。しかしその量が半端ない。加減を知らない人間だったことに気付いたがもう遅い。10錠も口の中に入れられた後、おいしい水を差し出された。吐き出したら眠気で不機嫌なミズキに何されるか解らない。
「もう痛くないから!」
「本当、だ。全く痛くねえ」
立ち上がっても足が悲鳴を上げることがない。喜んだのもつかの間、いきなり襟首を掴まれる。そして振り回されて空中を飛ぶ。何が起きたか一瞬わからなかった。数秒そこにいてようやく理解する。シルクがくわえて自分の背中に乗せたのだと。ミズキに礼を言う間もなく、シルクは走り出した。風が強く、大きく荒れているミナモシティの港に。
「はは、お前何者だよ」
そこにいたホムラがミズキに話しかける。
「何者って、おじちゃんたちに世話になった者。というかホムラおじちゃんも大丈夫?」
「・・・俺、おじちゃんって年じゃねえんだが、ガキからみたらおじちゃんか」
見た目は不思議だった。中に着ている青い服と上に羽織っている白い上着のせいで、サーナイトのように思えた。超能力で主人を全力で守るポケモンだ。人を超えた不思議な力は、まさにサーナイトの生まれ変わりのようだった。
「それより、まじで眠い。でもやらないと私が来た意味がない。海の神様、力をかして」
ホムラにも不思議な言葉をつぶやく。本当に一瞬にして体が軽くなっていた。ホムラが再び何者だと聞こうとした時には、すでに倉庫からいなくなっていた。

 夜中のミナモシティを照らしながらシルクは走る。ザフィールはその背中につかまっているだけで精一杯だ。速さも高さも、落ちたらただでは済まない。それにずっと乗っていたガーネットはどう思っていたのだろう。
 突然、いななきを上げてシルクの足が止まる。下が砂浜だ。そして打ち寄せる波の音。シルクの炎で見た夜の海は、かなり波が高い。シルクの出番はここまでだ。ザフィールは降りる準備を始めた。
 しかし、シルクは背中の客を無視して歩みを進める。波の中に足を入れたのだ。当然のごとく、小さな悲鳴が上がった。
「無理するな。大丈夫、大丈夫だから。お前の主人は絶対に取り返してやる。今、信じられるのはガーネットしかいない。だから全力で取り戻す。お前はここで待ってろ」
降ろしはしない。そういうようにシルクが何度も波打ち際へと寄っては水に悲鳴を上げる。その間、ザフィールは怖くて降りることが出来ない。イトカワのボールを出したくても、暴れ馬のように揺れる背中では出すことも容易ではない。
「解ってる。お前の気持ちは良く解る。だからこそ待っててくれ!頼むから!」
大きな波が来る。それに向かうようにシルクは走る。このままでは助けるどころか、ギャロップまで無くすことになってしまう。ザフィールは目を閉じる。
 海が静寂だった。さっきまで沖の方まで轟いていた波の音が聞こえない。ザフィールが目を開けると、見事なまでに凍り付いた波。そして流氷の到着を思わせる真っ白な世界。夜のため遠くまで見えないが、見える範囲では海が全て凍っている。
「なんだ?何が……」
近くの氷が割れる。そして首を出したのはミロカロスだった。野生のミロカロスのようだったが、ザフィールをじっと見つめて動かない。
「まさか、お前あのときのヒンバス?」
行け、とでも言うように首を横に振る。氷の上にはミロカロスが連れて来たらしいタマザラシやトドグラーがたくさんいた。まさか野生のポケモンが、こんなことをするなんて聞いたことがない。ザフィールは信じられないものを見ていたような、幻を見たような。
 シルクがおそるおそる氷に乗った。下が海なので少し揺れるが、氷はヒビ一つ入らない。
「ありがとう。シルク、おそらくマツブサとガーネットは一緒にいる。マツブサがいるのはおそらく」
ザフィールは空を見上げた。すでに蠍座が西の空に消えそうな時刻。そしてさらに探す。ホムラに教えてもらった道に迷った時の星のレールのこと。
「北極星があの位置。ならば行くぞシルク。あの見える流星を追いかけて走れ」
シルクはいななく。そして凍った海へと走り出した。シルクのたてがみが道を照らし、行くべき方向を導く。ただ一人だけ信じられる人間、ガーネットを取り戻すために走り出す。
 潮風が強く叩き付ける。その度にシルクは何度も足をとられそうになる。それでも負けないと鼻から息を吹き出した。たてがみがあかるくなる。炎のようなたてがみは、星明かりの海の上を走る。その姿は、燃える弾丸だった。


  [No.690] 36、大地グラードンと深海カイオーガ 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/09/03(Sat) 02:13:39   63clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 乱暴に体を揺すられる。目を覚ますより先に姿勢が崩れた。床に頬をぶつけた痛みで目を開ける。まだ頭が重い。それなのに乱暴に頭が持ち上がる。そして腕をいたわりもなく引っ張られた。
「ぼさっとするんじゃねえよ」
目が合う。ガーネットは思いっきりユウキを睨んだ。それがどうしたと言わんばかりに、ユウキはさらに掴む力を強める。
「ユウキ、少しは手加減しておいた方がいいわよ。目標達成寸前に死なれても困るから」
潜水艦の出口から静かにカガリが言う。仕方なさそうにユウキは力を緩める。
「貴方も、こんなところにおいてかれたくないなら素直に言うこと聞いた方がいいわよ」
カガリが先に外へと出る。続いて外に出た。そこに広がるのはランタンに照らされた岩肌。さざ波が洞窟に反響していた。突然の侵入者に騒ぎだすズバットたち。
「…リーダー、ホムラより連絡です。アクア団のアオギリとイズミがこちらに向かってると」
「そうか」
「そしてそれを追いかけてザフィールがこちらに向かってるとのこと」
「……つかまりに戻るか。あいつは」
マツブサはそれ以上何も言わなかった。ただひたすらランタンの灯りを頼りに前を行く。心なしか、ガーネットを掴むユウキの手が再び強くなる。
「ユウキ」
「はい」
「あいつが来たとき。お前に全て任せる。どうなろうとも、お前の好きにするがいい」
「リーダー、それは!」
ユウキの返事よりも、カガリの方が早く口を開く。マツブサが振り向いた。
「どうしたカガリ?全てこの前伝えた通りだ」
「いえ、なんでもありません」
カガリは顔を伏せる。ランタンの灯りが彼女の顔を暗く映した。
 マグマ団たちのやりとりを後ろから見ていた。そしてガーネットは思う。カガリなら話を聞いてくれるのではないかと。ユウキも一言で従えることの出来る人ならば希望はある。それに、初めて会った時に知らないとはいえ、悪い人には全く見えなかった。
「勝手なことするなよ」
ユウキに押さえつけられる。隙を見逃すわけなかった。そして手を逆の方向にひねり上げる。苦痛の声がガーネットから漏れた。
「さすがねユウキ。でも、もう少し優しく扱ってあげて。ザフィールが来てるならなおさらね」
「……解ってます。だけどあいつには負けない。それにあいつが来るならこいつだって……」
「私情を入れるのはこの後。やる事やったら、ユウキの思う通りなんだから」
ガーネットが見上げたカガリの顔。何も変わらない。何も変わらないのだ、他のマグマ団と。冷たく、利己的な表情は、ランタンの光が作り出すだけのものではない。優しく思えたのも何かの間違いに思えた。
 マツブサはそれに構わずひたすら歩く。何も言わないで。それがかえって不気味だった。そしてこの洞窟の微妙な空気。それがガーネットにまとわりつく。奥に進むにつれて、言い様のないプレッシャーに胸の中心が助けを求める。一人だったら、立ち止まってしまいそうだ。
「流れが急だな」
洞窟の外とつながっているような水たまり。泳いで渡れるような速度ではない。マツブサは静かにモンスターボールを投げる。そこから出たギャラドスが静かにマツブサを見つめる。
「渡るぞ」
ギャラドスの背に乗せられる。どんどん近づいている。マツブサの持っている紅色の珠がそれを示している。誰もが確信していた。けれどガーネットはもう一つ気になることがある。もう一つ、持っている藍色の珠。その気配も強くなっていること。
 ザフィールが近づいてるのはまだ無さそうだ。彼は気配の届かない遠くを物凄い速さで移動している。藍色の珠がそう言ってる。そしてガーネットにしか解らない声で藍色の珠はさらに言う。ユウキから離れろと。できるならそうしたいのだが、ユウキは監視するように腕をつかんでいる。無言で、そして冷たく。

 狭い通路を通り、とても大きな空間に出たようだ。マツブサが歩みを止める。そして確認するように紅色の珠を見た。中の模様が浮き上がっている。そのことに満足した表情を浮かべ、後ろを振り返った。ガーネットの腕を掴むと、その手に紅色の珠を持たせる。
「お前たちはここで待て。何かあったらその時は頼む」
「解りました。何もないことを祈ります」
階段を下る。人が造ったと思うほど、一段一段の高さが同じだった。そして最後にたどり着く、一際しずかな泉。
 マツブサがランタンで照らすよりも早く、ガーネットはそのものを見上げる。こちらに来る日、トラックの中で見た夢に出て来た怪獣。今なら名前も解る。これがグラードンだ。
 反応するように紅色の珠が光る。中の青い模様も、まわりの美しい透けた紅も。そしてグラードンの血が巡るかのように、青い光が頭からしっぽの先まで駆け巡る。
 ガーネットが立っていられたのはここまでだった。紅色の珠を通じてグラードンへと力が吸い取られてるかのよう。地面に手をつき、なんとか倒れるのを防ごうとしても震えている。
「グラードン、さあ、目覚めるのだ。ヒトガタの力を奪って、無敵のポケモンへと……」
咆哮。静かな空間が一瞬にしてグラードンの天下へと変わる。マツブサの言葉など耳に入らず、その鋭い爪に巨大な炎を浮かべる。そしてそれを人間たちに投げつけ、太いしっぽで岩壁を凪ぎ払う。
「グラードン……?」
唖然と見つめるマツブサのことなど目に入らない。入るのは、落ち着けと言わんばかりの紅色の珠とそのヒトガタ。グラードンは解っていた。ヒトガタの持つ生命力が自分に変換されていること。ガーネットをその手に持ち、力を入れる。その生命力を全てよこせ、と。じわじわと削がれて行く生命力が、紅色の珠を通じてグラードンへと吸い込まれて行く。
「今だ、グラードンを……」
助けようなどとは思ってない。もとより使い捨ての駒に過ぎない。グラードンを捕獲するためにマツブサがポケモンをボールから出す。その持ち物から、少しだけ青い光が漏れる。
 それがグラードンの目に入る。そしてヒトガタはその手から放さず、マツブサを見る。その目は憎むべき目。心から憎悪し、叩きのめしつぶす意志が宿っている。
 空いている方の手でマツブサを切り裂く。そのほんの一瞬前、ユウキがマツブサに体当たりし、二人とも転がる。グラードンが二人に増えた人間を見る。その顔、その声。それだけでもグラードンの怒りに火をつけるのは十分だった。
 マツブサの持つ藍色の珠もさらに光を増す。美しい深海を思わせる光が溢れた。そして咆哮。グラードンのうなり声。大きく波うち、溢れる波がユウキを濡らした。
 その赤い血脈のような模様。そして鋭い牙。海を思わせる青い体。深い海のそこから飛び出すかのように、水面へと大きくジャンプする。人間たちには何が起きたか理解できなかった。なぜここにいる。グラードンと共に眠っていた。深海のカイオーガが。そしてなぜヒトガタもいないのに目覚めたのだ。
 何もかも解らないうちに、グラードンはユウキへとその手を伸ばした。逃げようとするも、次に来るのはカイオーガのハイドロポンプ。それをかわした直後、カイオーガの鋭い牙が、ユウキの足を捕らえたのだ。カイオーガに抵抗するが、全く効かない。そして泉へと引きずり込み、それを追ってグラードンも姿を消す。

 残された人間は何が起きたか解らず、2匹の消えた方向を見ていた。どれくらい経ったか解らない。紅色の珠も藍色の珠もグラードンとカイオーガが持ち去っていった。ランタンの灯りには、来た時と同じように静かな泉が照らされている。
「ユウキが……」
マツブサはようやく口を開く。真っ先にその名前が出るとはカガリは思っていなかった。
「リーダー、追いましょう。2匹はおそらく」
「マツブサ!」
足音が聞こえる。耳慣れた声で呼ぶのはアオギリだ。
「お前、まさかもう……」
「ああ、そのまさかだ。しかしグラードンだけでなくて、カイオーガまで」
「なんだと!?2匹を同時になんて、あり得ない!」
「そのあり得ないことがあったんだ。これは現実だ」
「マツブサ……ここに来る前、異常な低気圧と風向を観測した。そして日の出の光から物凄い強いものになっている」
「なに?そんなことあるはずない」
「とにかく、ここから出てあの2匹の行方を追うんだ。もうこんな争ってる場合じゃない。異常気象なんだよ!」
ようやくマツブサが何をすべきかを思い出す。そして連絡の取れるマグマ団全てに命令した。グラードンとカイオーガを探せと。


  [No.694] 37、炎の天馬 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/09/04(Sun) 00:17:45   72clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 明けの明星が目に入る。東の海から、夜の終わりをつげる金色の光が広がった。遠くの黄金の海が、この季節の日差し以上に強い。そして足元の氷も心なしか薄くなる。気温が上がり、限界は近い。後ろを振り向けば、シルクが蹴りだした氷が、力に耐えきれず割れていく。そして目の前の氷もいつまで持つか解らない。
 それに目もくれず、シルクは走る。こんな長い距離をこんな長い時間に走ったことはない。体を冷やす汗がシルクの毛並みを濡らした。息もかつてにないほど苦しそうに吐く。それでもスピードは落とさない。背中にいる人間が、自分の主人を救ってくれると信じて。
 追い打ちをかけるように、シルクの体に冷たいものが当たる。雨は嫌いだ。雨の日はボールから出て来ようともしなかったシルク。けれど立ち止まらない。雨粒の冷たさがなんだと言うように、走り抜ける。
「違う!」
突然ザフィールが叫ぶ。足元を通過する巨大な何かが、ザフィールにそう言ったのだ。その方向ではないと。そしてその後から全身の骨に響くような痛みが走る。その痛みはシルクから落ちてもおかしくなかった。左手に力を入れる。落ちるわけにはいかない。
「シルク、違う。そっちじゃない。もっと南の、目覚めのほこら!」
自分で口に出して驚く。全く知らない名前が自然と出てきた。それがどこだか解らない。けれど、何かが教えてくれた方向に行けばそこにたどり着けると信じて。
 この時にはすでに雨は酷いものになっていた。風は強く吹き荒れ、凍っている海がどこまで続いているか見えない。ザフィールの右足から、水分を含んでとけだした血が流れ出していた。シルクの体から流れ出たような赤が、海に落ちる。
 激しい風に一瞬だけシルクがひるむ。勢いのついた大量の雨がシルクの顔面に降り掛かる。風が来るなと拒否しているかのよう。ザフィールも腕で顔を覆いながらシルクの耳に届くよう、大きな声で言う。
「シルク、止まれ、止まるんだ!」
シルクの向かうところがやっと解った。巨大な火山の後のような島、ルネ島だ。その中には、何かを閉じ込めるかのようにして発展したルネシティがある。今は定期的にルネシティ行きの潜水艦が出ている。そうでもしなければ、小回りの効くポケモンで空を飛ぶか。何にしても特殊な街なのである。そして、このまま走ったら間違いなく激突である。
「もうお前はがんばった。がんばったよ!だからもう止まれ!後は俺がなんとかするから!」
背中に乗る人間の言葉など耳に入らない。シルクの感が、そこへ向いていた。主人の居場所を感知する鋭い感覚。人間などには解らない。それを信じてシルクは走る。
「シルク、止まれ!ぶつかる!シルク!」

「シルクっ!!!!」


 その瞬間、翼が生えたようだった。


 氷の海を踏み切って、ルネ島の高さを超えた。ポケモンで空を飛ぶのとは違う。
 ジェットコースターに乗ってるように視界が狭い。そのスピードに恐怖しか出て来ない。ザフィールはシルクにしがみつこうとする。けれどシルクは吹き付ける大量の風でバランスが取れない。それでも背中の人間だけは無事に送り届けなければならない。そういうかのように、シルクは目を開け、降りるべき地点を見定める。
「うあああああ!!!!」
ザフィールの絶叫がルネシティの空に吹き荒れる豪雨と共に響く。そして炎の翼は風にあおられ、姿勢を崩した。着地と同時に倒れ、乗客と共に転げる。勢いのまま、数メートル引きずる。吹き荒れた風と雨が叩き付けてくる。
 全身の神経が痛む体を押さえて、ザフィールは起き上がった。服が少し破けただけで、ケガは全くないのが奇跡のようだ。
「シルク、大丈夫か?お前、本当よくがんばったよ。後は任せろ、絶対にお前の主人は取り戻す」
まだ立ち上がろうとシルクが体を起こす。それをなだめるように、頬をなでた。
「お前はここで休んでてくれ。必ず、約束する」
「炎タイプには、この雨はきついんじゃないかな」
ザフィールの後ろで声がする。敵意が無い声。振り向くと、レインコートを来た男が二人。一人は知っている。あの冷徹なダイゴだ。無機質な冷たさは忘れることが出来ない。けれどもう一人は知らない男。敵ではなさそうである。
「君は……このギャロップは君のポケモンかい?」
「いえ、違うんです。友達のギャロップなんです」
「そうか。いずれにせよ、炎タイプにこの雨は厳しい。私でよければ見よう。私はルネシティのジムリーダー、ミクリ。こちらの男はダイゴだ」
「ミクリ、彼とは知り合いだよ。そうだよね、ザフィール君」
やはり冷たい視線。一瞬だけダイゴの方を見たが、すぐにミクリへと視線を戻す。
「ギャロップお願いします。すいません、急いでるので」
「どこへ行くんだい!?この雨の中」
「目覚めのほこらに行かないと。そこで……」
ミクリがザフィールの手を掴む。何かを思い出したかのように。
「君はやはり……いや、なんでもない。ただ、君には後でゆっくりと聞きたいことがたくさんあるみたいだ」
そしてミクリは指をさす。目覚めのほこらの方向を。
「何度も夢に出て来たヒトガタ……本来ならばルネシティの人間以外入れることはないのだけどね」
「ありがとう!」
礼を言うと一目散に走り出す。ダイゴの側を通る時、ふと聞こえた言葉。今までの彼と違って、生きている人間が喋っているような声で。
「雨も太陽も、僕らには必要なものだ。なのになぜこんなに、不安にさせるのだろう」
本心からの言葉に聞こえた。鋼鉄のような仮面を取った、ダイゴの心からの言葉。思わず立ち止まってしまった。
「どうしたんだい?」
「いえ、なんでも、ないです」
再び走り出す。ミクリに場所を教えられなくても解っていた。そこからはっきりと自分を呼ぶ声がする。飛ぶように豪雨のルネシティを走る。


  [No.707] 38、お前を殺す 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/09/10(Sat) 01:23:56   55clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「突然の大雨と強い日差しにより、気圧が乱れています!」
テレビの前でレポーターが叫ぶ。レインコートを着て、必死でカメラをみて。カメラが映しているのはずぶぬれのレポーターと何かにつかまっていないと飛ばされそうなほどの強風。すでに何匹かのポケモンが飛ばされているところを映している。
「なお、この大雨で現在の行方不明者は500人以上にのぼり、死者も50人を越えています。明け方にミナモシティ沖の海が凍り付いたという現象も報告されていますが、今の所関係性は不明です。大雨による今後の警戒は必要です!」
テレビの中継が終わる。それと同時に本部から連絡が入った。退避しろと。海岸沿いのミナモシティ、カイナシティ、離島のトクサネシティ、サイユウシティ全てに、退避命令がたった今、発令した。



 突然グラードンに投げ出された。蒸気で不快な暑さがへばりついてくる。体を起こす気力もなく、地面にうつぶせのまま目を開けた。グラードンがカイオーガを叩きのめし、カイオーガは勢いのある水圧でグラードンの腹を遠慮なく攻撃する。トレーナー同士の戦いや、野生のポケモンが攻撃するのとはまるで違う。殺意がそこに立ちこめる殺し合いだ。だからこそ相手より有利に立つためにグラードンはヒトガタの命を欲しがる。カイオーガも同じこと。
 止めなければ。近くにある紅色の珠が言っている。ガーネットはそれに手を伸ばした。少しでも声を聞き取るために。
「残念だったな」
左手に重圧がのしかかる。思わぬ痛みにうめき声をあげた。そこに見えたのはユウキの靴。見上げれば勝ち誇った顔で、藍色の珠を持っていた。異常なほど光り輝いて。カイオーガの強さを物語っているように。
「こいつらを復活させたら後はお前らに用はない。後は捕まえるだけなんだからな」
さらに体重がかかる。手がつぶれそうだと悲鳴を上げた。苦しんでいるガーネットを嘲り笑うかのようにユウキは紅色の珠を遠くへと蹴飛ばした。手の届かない場所に。
「お前がヒトガタかなんだか知らねえが、余計な真似するなよ」
グラードンの咆哮が聞こえた。カイオーガが放った大砲のようなハイドロポンプの轟音と共に。カイオーガは動きの鈍くなったグラードンにさらなる追い打ちをかける。蒸し暑さが嘘のような冷えきったエネルギーがカイオーガから生み出され、グラードンへ襲いかかる。触れたところは霜がついたように白く見えた。
「そのままだ、カイオーガ。そのままこいつも消せよ。俺を偽物扱いしたやつらを!」
ユウキの言葉に導かれるかのようにカイオーガがさらに力を込める。グラードンから受けた傷からたくさんの血を流しながら。体に赤い模様を浮き上がらせ、目標をグラードンに定める。
 直後、グラードンが最後の抵抗とばかりに雄叫びを上げる。洞窟全体が揺れて、冷たい水がしぶきを上げてあたりを濡らす。それを押さえようとカイオーガがグラードンにハイドロポンプを放つが、揺れる中で狙いを定めることができずに外れた。洞窟の壁が派手に崩れ、上からも小さな岩が降ってくる。
 その破壊力に、人間たちは言葉が出ない。それぞれの目で、ただじっと2匹を見ていた。ユウキの持つ藍色の珠はさらに青い光を増している。
「それだけはやめろ。これ以上グラードンに恨みの心を渡すな!」
紅色の珠からそう言われた気がした。頭を持ち上げるだけで精一杯の体力では負けるかもしれない。けれどガーネットは解っていた。。2匹に気を取られてこちらの動きを察知していない今だけがチャンス。逃したらもう後はない。
 立ち上がる。息を止めて力を入れて。そしてユウキの背後から飛び掛かり、腕を首にまわした。突然のことにユウキも離そうとするが、ガーネットの力にはかなわない。彼の手から離れた藍色の珠は遠くへと転がった。
 先ほどまでの弱い力がどこにいっていたのか不思議なほど、今のガーネットは力が強かった。まるでグラードンのように。そのまま体重を利用し、後ろへ引く。気道が締まり、ユウキの苦しそうな息が聞こえる。けれどもガーネットは容赦しない。
「人殺しが!」
ユウキが腕を振りほどこうと力を入れる。
「てめえが何をしたのかわかってんのかよ!てめえみたいなクズ、死んでも誰もこまらねえよ!てめえが奪ったもんはてめえの命で償え!」
心の奥底から湧いてくる罵る言葉。そしてそれを実行するための力。グラードンの声もカイオーガの声も聞こえない。目の前には苦しみから逃げようとするユウキしか見えない。
 ずっとこの時を待っていた。犯人に復讐する時を。親友の命を奪い、自分の心を傷付けたことへの怒りをユウキにぶつける。そして望みは、彼の死をもって償わせること。
「死ね!てめえは死んで当たり前なんだよ!」
さらに締め付けた。ユウキの抵抗が少し弱くなった。もう少しで彼の命も消える。それこそが一番の手向け。
「やめろガーネット!」
彼女の背後から、二人を引き離す力が加わる。あのびくともしなかった力が嘘のように離れ、ユウキは地面に手をつき、酸素をたくさん求めるように呼吸をする。
「何するのよ!離して!あんたなんかに解るわけない!」
しめつけていた手を、たった今に来たザフィールにしっかりと握られていた。ガーネットが何度も振り払おうとしても、彼は離さなかった。地面にすわり、彼に優しく抱き込まれて。
「俺には解らないかもしれない。けど、ガーネットの手を汚す必要なんてない」
大きくユウキがむせ込んだ。ザフィールは黙って立ち上がると、彼の前に行く。ユウキが見上げると尋常ではないほどの威圧感で、見下ろされていた。
「マツブサとどういう関係かは知らねえ。だがお前もマグマ団なら俺の敵だ。容赦はしない。死にたくなきゃ失せろ」
ユウキは息を飲み込む。この状況では明らかに不利だ。ザフィールが一歩前に出る。思わずユウキは後に下がる。
「ガーネットと違って、俺はすでに色々やってる身だ。今さら殺人が加わろうが大したダメージじゃねえよ。それに今だったら事故に見せかけることだって簡単だからな」
「お前……」
何かを言おうとしていた。けれどもザフィールの冷たい視線がユウキの言葉をつぶす。最後までザフィールの目を見ていた。そして数秒後、うしろも振り返らずに走って行く。その速さはザフィールと並びそうだった。

 黙ってザフィールは転がった藍色の珠を拾う。水に濡れてすこし冷たい。そして離れたところにある紅色の珠も。 二つは一層光を強め、中に浮かぶ模様をくっきりとさせている。それはおくりび山においてあった時は無かったもの。グラードン、そしてカイオーガが暴れていることの印。
「立てるか?」
紅色の珠を差し出す。視線を合わせるようにしゃがんで。少しの間じっと見つめ合い、やがて差し出された手を掴む。
「終わらせよう。あんなもの、現代にいていいポケモンじゃない」
ガーネットを支えるようにザフィールは手をそえる。彼女も離れないよう、彼をしっかりとつかんで。そして二人は何も言わずに、モンスターボールに手をかけた。
「戦えシリウス」
「終わらせろスバッチ」
2匹のポケモンが、巨大なグラードンとカイオーガへと向かう。シリウスはその力でグラードンを、スバッチは素早さでカイオーガの狙いを狂わせて。トレーナーの声が咆哮の合間に聞こえる。
「濁流で押し流せ!」
「影分身でカイオーガを惑わせろ」
傷つけ合い、それも癒えてないうちに他のポケモンからの攻撃。グラードンも傷口にえぐられるような濁流には悲鳴に近い鳴き声をあげる。そのままさらに攻撃しようとした時に、グラードンが振り払うかのように、シリウスをきりさく。体重もあり、がっしりとしたラグラージの体が吹き飛ばされる。
「ありがとうシリウス」
代わりのポケモンを。一度くらったらもう二度目はない。それだけ巨大な力だ。それにまだグラードンを封じ込めるには体力がありすぎている。素早くて力もあるポケモン、キノガッサがガーネットの隣に現れた。
 ザフィールもスバッチの動きをずっと追っている。撃ち落とそうと何度もカイオーガはハイドロポンプを撃つ。実体が見えず、当たらないことにイライラしているのかカイオーガはシャチのような大きなヒレを動かした。水しぶきが何度も跳ねる。
「つばめ返し!」
カイオーガの傷を狙え。そう指示した。素早い動きで敵との距離を確実に詰める。右のヒレの大きく裂けた傷口。まだ血が流れているところへとオオスバメの紺色が風となって斬りつける。その痛みに暴れ、翼にカイオーガの体が当たった。
「戻れ!」
鳥は飛びやすくするために骨が軽い。オオスバメは戦う鳥ポケモンであるから、普通の鳥よりは丈夫だが、あのカイオーガのヒレを何度も受けられるほど強くはない。その直後、カイオーガのハイドロポンプがザフィールへと向かう。それを受け止めたのは、カイオーガより大きなホエルオー。
「転がれイトカワ!」
体を横にして、カイオーガへと転がる。転がっているのか、のしかかりなのかもう区別などつかない。そんなのどうでもいい。カイオーガを確実に弱らせることができるなら。
 マッハパンチがグラードンの顔をとらえる。一見して強くなさそうであるのに、キノガッサはとても力が強い。油断していたのか、グラードンがうなる。けれども腹の底から響かせるような声ではない。ガーネットは違う指示を出す。
「リゲル、キノコの胞子!」
しっぽのような部分から、大量の粉が飛び散る。この湿気が無かったら、自分の方にも飛んで来そうなほどの。
 ホエルオーの下敷きになりながらも、なお攻撃しようと狙ってくる。けれどホエルオーの体にはカイオーガの攻撃がほとんど効かない。ザフィールのあらたな指示で、カイオーガの正面に来る。
「捨て身タックル!」
咆哮ではなかった。うめき声のような声、しかも先ほどより小さい。確実に弱ってきている。このままならいける。ザフィールもガーネットも、相手の体を強く握りしめた。もう離れないように。
「消えろ2匹とも!」
紅色の珠をグラードンに、藍色の珠をカイオーガに投げつける。ヒトガタだと言われた時に意味が解らないと戸惑ったことが嘘のように。腹をくくり、覚悟を決めて二つの宝珠に願いを託す。
 紅色の珠の光がグラードンをとらえ、藍色の珠の光がカイオーガをとらえる。その瞬間、ガーネットの体から残りわずかな体力を奪い尽くし、ザフィールの体には全身が焼けるような痛みが走る。それでも二人は無理だとは言わなかった。二つの宝珠と、相手を信じて。
 やがて光が治まる。そこにはもう2匹の姿は無かった。あるのは模様の浮かばない紅色の珠と藍色の珠。かなり痛みは残り、体も動かしにくいが、全てが終わったという安堵感が残る。
「終わったな、終わったんだよ」
ザフィールが思わず言葉に出したのと同時に、倒れる音が聞こえた。


  [No.719] 39、終幕 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/09/14(Wed) 20:46:54   79clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「大丈夫か?」
倒れたガーネットを抱き起こそうとザフィールがしゃがむ。その瞬間にぎりぎりと締め付けるような灼熱感が全身に走った。思わず地面に膝をつく。同時に轟音へ気を取られた。先ほどまでグラードンとカイオーガが争っていたところの壁が崩れたのだ。そういえば地面にはところどころ亀裂が走っているところ、裂け目から水が吹き出していたりしている。
「崩れる……やばい」
痛む肘、悲鳴をあげる太腿。それでも体を起こす。そしてガーネットの体を起こす。視線をあわせてもどこか遠くを見ていて、はっきりとザフィールの方を見ていない。そして感じるのは体温の異常な上がり方。それなのに手は冷たく、体は震えている。
「ガーネット、帰るぞ」
小さくうなずく。本人は答えるけれど、体には全く力が入ってない。手を握られても返す力は本人の元と思えないほど弱い。
「もう終わったんだ。あいつらの思い通りになんてさせない」
ザフィールも万全ではない。一人の体重を全部支えられるほど力が出ない。けれどもここにいたら危険だ。それに何より自分を消そうとしたマツブサの思い通りになりたくない。まだ一つも課題を片付けていないのに、閉じ込められてはたまらない。
「ザフィール……」
つぶやくような声にザフィールは手を止める。
「大丈夫だよ……もう」
「大丈夫なわけないだろ。こんなところで倒れてさ」
「もう……私は無理だから、ね?」
何も言わずガーネットを抱きしめる。頬は熱を帯びて、耳元で聞こえる呼吸は弱々しい。
「そんなこと言うな。絶対に帰る」
岩が落ちる。もうすでに安全な場所ではない。ザフィールは顔をあげた。
「ザフィール……ありがとう。でも、二人で死ぬことなんてないよ」
「ふざけんな。冗談だって言っていい時と悪い時があるだろ!帰るんだよ。それであいつらに」
黙ってザフィールの手に握られるもの。ポケモンが入ったモンスターボール。
「道連れにするわけにはいかないから、連れて行って」
「バカ、お前だって一緒に帰るんだ。まだたくさん……」
次の言葉は遮られた。突然のことでザフィールも状況が解らない。ゆっくりと体を起こしたガーネットが、そっとザフィールの唇を塞ぐ。全く思いもしないこと。時間が止まったかのように、まわりの音が聞こえなかった。ただ目の前の事柄が全てのように体が動かない。
「な、おまえ……」
一度離れてみたガーネットは少し笑ってる気がした。その後に続く言葉が出て来ない。
 崩れ行く壁や天井の音にまぎれ、力強い蹄の音。立派な角を振りかざし、二人の手前で前足を折ってしゃがむ。乗れと言うように。立ち上がろうとした時、強い揺れにザフィールの体がよろける。もうすぐ近くまで岩が落ちていた。
「シルク?大丈夫なのか?」
じっとギャロップの目がこちらを向いている。長いまつげ、強い意志。でも見ているとなんだか力が抜けるような。糸が切れたかのようにザフィールが倒れる。
「ああ……ギャロップ……ザフィールをお願いね」
解ったとでも言うようにギャロップの角が揺れた。背中にザフィールを乗せると走り出す。
「シルク……ふざけんな、ガーネット!」
振り向いて叫んだ方向。すでに遠くにいる彼女。催眠術により動かない体で叫ぶ。まだ見える範囲だから降りてしまっても間に合う。彼女を迎えにいかなければならないのに。
 耳を裂くような轟音。すぐ目の前が岩で塞がり、ギャロップの足は逃げるように飛び跳ねてかわす。
「え、な、なんで」
何も見えない。後ろには次々に岩が落ちてくる。必ず生きて送り届ける意志が、ギャロップの目に宿る。それが亡き主人の意志。
「とまれ、とまれよ!俺は戻らなきゃいけないだ!戻らなきゃいけないんだよ!」
炎の風は止まらない。とても強い催眠術をかけたのに、背中の人間はもう起きた上に暴れだす。強く脇腹を蹴られたけれど、足を止めることなど絶対にない。


 大きな岩が視界を遮る。最後まで無事を見届けられなかったのは残念だが、絶対に大丈夫だと確信していた。きっと願いをかなえてくれる。光の届かない真っ暗な空間にただ一人仰向けになる。
「ガーネット」
頭の方にぼやっとした人影が見える。辛いけれど少し体を起こした。
「キヌ……さっきはありがとう、ギャロップかしてくれて。おかげで私の大切なものを守ることができた」
「いいんだよ。私の為に真実を求めてくれて。それだけでいいんだよ。生きてるガーネットが幸せにならなきゃいけない」
「幸せか……」
頭の中に巡るのは今までの事。ホウエンに来てザフィールに出会って、あれからもう三ヶ月も経って。まさかマグマ団だとは思わなかったけれど、今回のことでちゃんと決別できたのだろうか。それともまだいるとしたら。
 ガーネットはそこで考えを止める。なぜこんな時だというのに家族よりも誰よりも先に彼の顔が出て来たのか。そんなこと疑問に思うこと自体が間違っている。もう答えはそこにあった。
「ザフィール、ありがとう。誰よりも好きだった」
今度会えたら、この言葉を何よりも真っ先に言いたい。また会えたら……。


 いきなり明るい場所に投げ出される。まともに受け身が取れない状態だったザフィールは背中から地面に落ちた。呼吸が一瞬つまった。
「いてえ……シルク?」
今まで自分を乗せて思うままに走っていたギャロップはそこにいない。最初からいなかったかのように跡形もなかった。残された蹄の足跡以外は。
「行かなきゃ」
ザフィールが立ち上がる。そしてそれ以上の言葉が出せなかった。めざめのほこらの入り口は落ちてきた土砂により埋まっていた。もう誰も立ち入れず、そして何者もここから出さない。
「うそだろ」
大雨が嘘のように晴れている。穏やかな初夏の風が吹き抜ける。それなのにザフィールの頬には冷たい涙が流れる。
「俺、なんてバカなんだろう、こんなことになるまで気付かなくて」
親のように慕っていたマツブサ、兄のようだったホムラ、姉のように優しくしてくれたカガリ。そして一緒に行動した仲間たち。それらが全て偽りで、その反動が全て自分ではなく最も関係のないガーネットに。
「ガーネット、嘘だって言ってくれ!」
人目をはばからず叫んだ。そうしていなければ立っていられなかった。


 何も変わってなかった。景色も風も。ミシロタウンから見える海、そして大きな雲。この季節にちょうどいい空模様。全てが終わらせる為に戻って来た。
「どうしたの?」
家の玄関を開けたセンリが、暗い顔をしたザフィールに問いかける。何も言わず、センリにモンスターボールを突き出した。
「あいつのポケモンです。すみません!俺は何も守れなかった。何一つ!」
「え、どういう?ザフィール君?」
センリが呼び止めるのも聞かず、ザフィールは走る。まともに顔なんて見れるわけがない。まともに伝えられるはずがない。そもそもザフィールがその事実を認めてない。
 走って走って、走り抜いた。どこへ行く宛などない。どこへだって良かった。まともに寝ていない体ではそう遠くに行けるはずもない。気付けばコトキタウンを抜け、103番道路にいた。
「おにいちゃん!」
呼び止める声がする。ザフィールが振り向けばガーネットの妹、くれないがエネコと一緒に立っている。
「おかえり!おにいちゃんどこいってたの?すごかったね!おにいちゃんはみた?あらしのなか、とんでくおっきなとりポケモン!」
むじゃきな笑顔にザフィールは答えられない。ただ事ではないことを察知したのか、くれないの口調が強まる。
「おねえちゃんは?いっしょじゃなかったの?」
「ごめん、ごめん!おねえちゃんは……」
くれないを抱きしめ、涙が流れるままにザフィールは泣いた。何がどうなったのか解らず、くれないはただザフィールの言葉を待った。そしてはっきりと告げる彼を突き飛ばす。
「そんなことあるわけない!おにいちゃんのうそつき!」
強くにらまれた。嘘だと思う気持ちと、なぜ何もしなかったという軽蔑の眼差しが混じっていた。
「おにいちゃんのバカ!」
背を向けて走り出すくれないを、エネコが必死に追いかける。ザフィールのことなどおかまいなしに。
 彼もちょうど良かった。もう一人になりたい。背負うものが大きすぎる。大きな木の根元に腰を下ろした。そこから見えるのは、のどかな103番道路。そこに生息する野生のポケモンたち。
「そういえば、ここで勝負したときは、ふっかけた上に負けたっけか」
出会いの印象は最悪の一言。それしかなかったのに、いつの間にか心に入り込んできた彼女。木の実栽培が趣味で、ポロックをたくさん作ってて。うそなきも使えば爆裂パンチも使う、絶対に勝てそうになかった相手。どうやって知ったのかカナシダトンネルでは助けてくれたし、カイナシティでは……。
 次々に浮かぶガーネットのこと。こんなことならなぜもっと早く優しくしなかったのだろう。あんなことならもっと早く伝えればよかった。
「ガーネット、ごめん。誰よりも好きなんだ」
あんな形で告白されても先がないなら意味がない。答えられないなら意味がない。もう会えないのに、伝えたい言葉はたくさん出てくる。受け取る人はもういないのに。

「……もう行かなきゃ。まだやることはある」
ザフィールは立ち上がる。まだ心は落ち着かないけれど、いつまでもここにいるわけにはいかない。後押しするかのように初夏の風が吹き抜けた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後書き
ルビーサファイアが発表されたころ、行きつけのサイトの絵が主人公二人だったのですが、その絵がどうみてもマグマ団の二人にしか見えなかった。
なので彼にはマグマ団になってもらいました。
ルビーサファイアは他の人は比較的温厚な感じで書かれてるのに対し、ロケット団なみに冷酷な話になってしまった。
この話で一番かっこいいのは実はギャロップ(シルク)であると信じている。
凍った海を渡るシーンが一番書きたかったので、そのためにホウエンにいないポニータを使って使って使って、ようやく書いたあのシーン。
本当はガーネットが乗って行くはずだったのだが、ザフィールになったためなんか王子様っぽくなったが結果オーライ。
元々の名前のルビーとサファイアでいいじゃないかと思ったよ。次書く時はそうするよ。
ガーネットはルビーと同じく赤い宝石、ザフィールはサファイアのドイツ語です。耳慣れない響きだし、なんか悪役っぽさが増したのは、マグマ団なんかやってるし、いいかと思って。
この話のテーマは解る通り復讐。小さい頃の仇を討つと誓ったザフィールも、親友の仇を討とうとしたガーネットも、どこかで気付けば迎える終幕は違ったものかもしれない。ホムラだって命令と自分の心情を秤にかけて迷うことだってなかったはず。無意味ということに。
けれど結果はこのようなエンディング。
それでも一時的には幸せだったのが救い。


この話を読んだ方の最も多い疑問。
ユウキって誰?→敵。
ハルカって誰?→小さい時のザフィールをまあ精神的に助けてくれた子。

え?あらしの中の大きな鳥ですか?
やだなあ
ジョウトの子が海の神様って言ってるんだからもちろん(当局にスナイプされました)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
【何をしてもいいのよ】


  [No.721] お疲れさまでした 投稿者:あつあつおでん   投稿日:2011/09/15(Thu) 21:37:57   46clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

GJです。

長編を書くのは大変だったと思います。特に1話1話がこの長さで40話は凄いです。ペースの速さもこちらの励みになってました。

次も期待してますよ。


  [No.722] ありがとうございます 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/09/15(Thu) 22:03:14   59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

確かに長いのは大変っす。けどゲームの通りに進行していくので迷うことなく進んだ感じはありました。
ひそかに、おでんさんのペースに負けないと張り合っていたのは秘密です。

次回……というかエンディングさg(

最後までおつきあいありがとうございました。


  [No.732] 40、夢幻のチケット 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/09/21(Wed) 23:36:34   64clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 ヒトガタを失ったのは大きな痛手でした。一対で形となるヒトガタ、もう一つは始末するしかありませんね
 でも今だけが限られたもの。流星の封印を解く言霊の子孫をホウエンに留めておくのは難しいわ。
 

「リーダー!見てください!」
トウカシティのジムトレーナーが、保険の更新ハガキやら宣伝やらを抱えながらも、一つの封筒を取り上げて走って来た。その慌てっぷりにも関わらず、センリは落ち着いて答えた。
「借金の督促状は受け取らない」
「違いますって!」
誰がツッコミをして欲しいと頼んだと言わんばかりの勢いで、持っていた封筒をセンリに渡す。
「これ!上のお嬢さんのお名前ですよね?」
言われるまでもなくそうだった。センリは思わずその名前に言葉が出ない。差出人の名前はなく、消印も見当たらない。けれど名前だけはしっかりと書かれていたのである。センリは少しだけためらうと、封を切った。
「なんだろう、これ」
不思議な色の紙と美しい字で書かれたメモのようなもの。出て来たのはそれだけだった。何も書いてない。メモには「明日の朝、ミナモシティでお待ちしております」とだけ。
「綺麗だな。何かのチケットかもしれないが」
センリは少しジムを空けると言い残して出て行った。


 寄せては返すさざ波。あの時とは打って変わって穏やかなミナモシティの海。砂浜には白い貝殻が打ち上げられ、太陽に反射するハートのウロコがザフィールの目に留まる。持ち主はいまどこの海を泳いでいて、隣には心置けないパートナーがいるのだろうか。
 しゃがみ込み、波に触れる。海水は予想以上に冷たい。ため息をつくと立ち上がった。遠くの海を見つめて。
「おぬしがそこで死んでも何の解決にもならんと思うがのう」
誰もいない季節外れの砂浜。だからこそ、ここを選んだのに。振り返るとそこに人はいなかった。いや、いることはいる。一体の美しいキュウコンが。ミナモシティはコンテストが有名なところだから、おそらくそのトレーナーの誰かのポケモンかと思った。
「しかし厄介な運命を背負ってしまったのう。よりによってこんな事態が重なった時代に生まれるヒトガタとは」
何かがおかしいことに気付く。そう、まわりに人間はいない。だとしたら喋っているのは目の前のキュウコンということになる。しかしそれは現実か。いや違うに決まってる。おそらくキュウコンの作り出す幻影だ。
「しかもわしがみたところ、おぬしにとってはあんまりよくない結果かもしれんのじゃが……これ以上友を失うことになりたくなければ、決して沈んでいてはいかん」
「解ったような口をきくな。お前ごときに何が解る。ポケモンなんかに解るものか」
反抗的な若者をあしらうようにキュウコンはしっぽを揺らす。九つのしっぽはどれもみな同じようだ。
「ほっほっほ、わしは何でも知っておるぞ。恋人、いや自分の半身といってもいいほどの存在を失って、ほとんど世界がないように見えてるのじゃろ。大丈夫じゃ、歴史が変わってもほんの些細なこと」
キュウコンは立ち上がると、ザフィールを取り囲むように座る。もふもふのしっぽがザフィールの頬に触れた。その触り心地は、高級な毛皮よりも格段に上だ。
「傷ついた心のままでは帰りにくいじゃろうて。けれどおぬしの帰りを待ってる家族がおるのじゃ。あの日から帰ってないんじゃろう?」
気付けばザフィールの全身がキュウコンのしっぽで撫でられていた。モンスターボールを掴みやすいグローブと袖の間に触れるしっぽ、頬に触れるしっぽ。全てが服の上からだったのに、なぜか直接肌に触れているようだった。それは高級な毛皮に飛び込んだような心地よさ。
「もふもふは世界を救うのじゃ。もちろん、おぬしもじゃ」
あまりのもふもふに目を閉じる。こんなに触り心地の良いキュウコンは初めてだ。幻でもなんでもいい。ずっと触れていたい。
「家族に今までの事も話すとよいぞ。きっと味方になってくれる。それにあの事で誰もおぬしをせめとらん」
キュウコンの言葉に誘導されるように、ザフィールは今までの感情を表に吐き出した。慰めるかのように金色の毛皮は寄り添った。

 オオスバメの翼に乗ってミシロタウンへと飛ぶ。ミナモシティの砂浜で出会ったキュウコンに礼を言い、空へと舞い上がった。そしてもう一度礼をしようと下を見た瞬間、そこには何もなかった。嘘のように何もいなかったのである。
 キツネに化かされるとはこのことか。今でもしっとりとした艶のある毛皮の感触が忘れられないというのに。オオスバメの羽の感触とはまた違うふんわり感は、まず他では味わえない。
 見覚えのある建物が近づく。今頃はどこにいるのか解らない。そして今さら帰ったところでどんな顔をしていいか解らない。それでも帰らなければ、問題を先延ばしにしているだけだ。
「ただいま!」
自宅の扉を開ける。やたらと玄関に出ている靴が多い。不思議に思ってリビングに行けば、一番会いたくない人に出会ってしまう。トウカシティジムリーダーのセンリだ。最後にガーネットのポケモンを預けた時だってまともに顔が見れなかったのに。
「おお、ザフィールやっと帰ってきたか」
「お、ザフィール君ちょうどいい」
父親のオダマキ博士に呼ばれ、一通の開けた封筒を渡される。
「そこの宛名みてよ」
センリに言われてみれば、ザフィールも目を疑う。なぜ今さらガーネットの名前で、しかもトウカジムに送る必要があるのだろうか。中身も見せてもらえば、見た事が無い不思議な色がマーブル模様を描いているチケット。出航の時間、場所まで明確に書いてある。
「けどなんで船なんか……」
「船?何か書いてあるの?」
「はい、時間と場所と……」
センリに見せるが、どこを見てもないと言う。オダマキ博士も同じだ。何も書いてないと。
「いや、ここに書いて……これ誰から届いたんですか?」
「ジムに届く手紙の中にまぎれてたんだよ。誰からもらったのかも解らなくてね。ザフィール君が見えるというなら、それはあげるよ」
2枚のチケットを封筒に入れる。それに書かれていた日付は明日。ミナモシティから出航する船に間に合うように出発しないと。センリと目を合わせないようにザフィールがその場を去る。
「ザフィール君!」
足を止め、センリの方を向く。
「ありがとう。知らせてくれて」
にっこりと笑うセンリに、ザフィールは黙って頭を下げた。


  [No.761] 41、南の孤島 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/10/02(Sun) 18:45:22   64clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 最近会ってないし、全く手がかりもつかめてない。ホウエン地方って広すぎる。

 ぼーっと海を眺めながら吹いていたせいだ。いつの間にか音は外れ、それに気付いて息を入れるのをやめる。師匠より習ったこの楽譜のない曲は、耳の良さと集中力がものを言う。どこかの民族の舞曲で、神様が降りる曲だと言われているが、未だに見た事がない。カイナシティの港に腰掛けて、銀色の笛をケースにしまう。
 本来ならばこんな潮風の強いところで出すと塩気に当てられてすぐに痛んでしまう。けれど手がかりもなく、何をしていいかも解らない状態で、やることがなかった。
「もうここに来て何ヶ月も経つのに、手がかり一つないなんて」
海に向かって歌う。先ほどの曲を口ずさんで。美しく、どこか引きつけられる旋律は、現代の楽譜に表すことなど出来ないのだろう。もし出来たとしても、記号が多そうな曲だ。
「竜の舞、ですか?」
後ろから話しかけられて、何のためらいもなく振り向いた。
「竜の舞を知ってる人がこの現代にもいるとは思いもしませんでした」
「よく知ってるのね」
不思議な雰囲気は変わらず。その深紅の目は宝石のように見入られる。ハウトという名前も本名かどうかも妖しいのに、本人の前では自然と警戒を解いてしまう。
「私はその舞が出来た当時の完全な踊りを現代に伝えています」
「結構激しい踊りなような気がするけど、ダンスも出来たのね」
「ええ、結構踊っていませんが、その曲を聞くと体が動き出すようです。ところでミズキさん」
「なに?」
「もしよろしければ明日、ミナモシティから出る船に乗りませんか?」
ハウトが差し出したのは、一枚の紙切れ。不思議な模様が描いてあり、見ているとその世界に吸い込まれそうだ。
「貴方の探しているもの、見つからないのでしょう?」
ミズキは黙ってハウトを見る。誰にも探しに来たことを教えていないはず。なのに心の中を見透かすようなハウトの言葉は、ミズキに不信感しか与えない。
「たまには気分転換も良いと思いますよ」
何者なのか喋らせようとしたが、遅かった。ハウトは早足で街の方に歩いて行き、倉庫の影に一瞬だけ隠れたと思えば、すでに姿はなかった。


 朝は早い。久しぶりに自宅へ戻ったせいか、今までより深く寝ていたようだ。体を起こすと、身の回りの支度を始める。鏡を覗き込み、あの頃から全く変わってくれない白い髪を見る。誰もがいつかは戻るって言ったけれど、何も戻る気配もなかった。
 鞄に必要な道具、そしてモンスターボールを確認する。まだキーチが眠そうだ。他は皆起きていた。そして一つのボールに目を向ける。
 アブソルだ。災害を予知して人の前に現れるというアブソル。触りたくも無かったが、道行くトレーナーに白い毛並みがお揃いだと言われたり、かっこいいと言われたりして、そうそう悪いものではないと思い返す。アブソル自身が災害を起こしているわけではない。特にアブソルは天災を予知はできるが人災など予知できない。
「お前にずっと濡れ衣着せてたな。ごめんな」
人の言葉など理解できるわけがない。モンスターボールを準備して、ザフィールは外に出る。直後、オオスバメの元気な鳴き声が朝のミシロタウンに響き渡った。

 
 ミナモシティはすでに活気づいていた。漁港ではすでに競りが始まっているし、客船では準備に大忙しだ。それらに合わせて店の開店時間はどこよりも早い。その中を時間になるまでザフィールは色々見回っていた。何度か来たことはあるけれど、やはりその日によって出ているものが違う。
「もうそんな季節か」
季節の魚と銘打って安くなっているのを見て、時間の流れを感じる。毎年のことだが、今年だけは物凄く早いように感じた。頭を振り、過去は変えられないとわき上がる気持ちを押さえる。
 ため息まじりに息を吐く。そして遠くを見た。その景色の中に、知ってる人間が混じっている。人ごみをかき分けてザフィールは走る。
「ミツル!」
その人物も振り向いた。サーナイトを連れたのは、間違いなく彼だった。この三ヶ月、幾度となく会っていたし、頼りにしていた。その彼にこんなところで会うなんて思いもしない。
「あれ、ザフィールさん!どうしたんですか?」
「俺も聞きたいよ。何してんだこんなところで」
「いや、その……」
ミツルが一瞬だけ目をそらす。けど後ろのサーナイトが手を肩に手を置いた。本当のことを言えと言うように。
「僕、家出してきたんです」
「なんだって!?なんでそんなさらっと言えるんだよ」
「これはスピカのために出ることにしました。確かにシダケタウンはいいところです。だけどスピカはそんなところに収まるポケモンじゃないって思いました」
「どうして?」
「他のポケモンを育ててきて思ったんです。成長の度合いが他と違います。戦う為に生まれたような、そんな気がします」
「ミツル……サーナイトとかって、人間の気持ちに応えて成長するんだ。だから……」
これ以上は言っても仕方ない。サーナイトがそれだけミツルの強い気持ちに応えようとしたこと、他人に言われるまでもないだろう。言葉で言わなくても、何となく理解できていれば、言うことなんてない。
「まあ、そう言いますよね。だからこそ、スピカにはたくさん強くなってもらいたいんです」
「無茶だけはするなよ。おじさんだってすっごい心配してるんだから」
ふとニューキンセツに行ったときのことを思い出す。あの時はまだ何も方向性がなかったミツルだったのに、なんだか立場が逆になっているような気がした。同じ時間しか経ってないのに、この違いはなんだろう。おそらくこれが、過去にとらわれて進まなかった自分とミツルの違い。ザフィールはふとため息をついた。
「そういうザフィールさんこそ、まだ家に帰ってないんですか?」
「いや、昨日帰ったよ。そんでこんなものもらったんだ。あ、そうだ、今日は予定ない?ないなら2枚もらったからどうよ?」
チケットらしきものを見せる。ミツルも同じことをいった。何にも書いてないと。
「……大丈夫です。けど、行き先も何もないのは怖いですね」
「俺もそう思うんだけど、ちょっとこのチケットは色々あって」
ザフィールが届いた経緯を話す。それにはミツルも不思議そうな顔をしていた。
「俺はそんなイタズラみたいなことをするやつを突き止めようと思う。そういう冗談でもやっていい事と悪い事ってあるだろ」
「僕も行きますよ。ガーネットさんに続いてザフィールさんもいなくなったら僕も嫌です」
サーナイトも頷いた。ミツルに不思議な色のチケットを渡す。自分だけが読めることに、疑問どころか答えしか出て来ない。藍色の珠に関係あることなのだ。まだ終わっていない。ザフィールは気取られないように、明るく振る舞っていた。

 
 そこそこ大きな船だった。客船にしては、乗客がいない。自分たち以外に乗ってないのではないか。船の中を一周しかけた時、懐かしい姿を見つける。ザフィールは声をかける。
「ミズキ!」
船の手すりからずっと外を眺めている彼女は、一瞬みただけではサーナイトのようだった。
「あ!しばらくぶり!元気だった!?」
ミナモシティで会った時から変わってない、ように思える。眠そうな顔でそれでもサーナイトのように言葉で包容してくれたのを今でも忘れない。
「あの時は本当、死んじゃうかと思った!でも元気そうでなにより。あれ?今日は一人?ガーネットは一緒じゃないんだね」
「ああ、ミズキにはまだ言ってなかったか。あいつは……もういないんだ」
言葉に出すたび、息がつまりそうになる。まだ認めたくない。認められない。
「へ?どういう意味?なんで?意味わからないんだけど!」
おとなしめな彼女が、いきなり早口になる。それほど彼女にとっても衝撃的な事実だった。
「だから、そのままの意味だよ」
「なんで?なんでよ?だったら……いやなんでもない」
ミズキは黙る。そして海の方をみた。誰かに詫びるような目をして。
「誰のせいでもないんだ」
ザフィールは言う。それでもミズキは納得いかないようで、ずっと海を見ていた。


 かなりの時間、船に揺られていただろうか。正午近い時間になって、ようやく着くというアナウンスが入る。外に出てみれば、遠くにかすむ島が見えた。人が住んでいなそうな島で、木々に覆われている。こんなところに何の用があるというのだろう。
 船を降りる。ミツルのサーナイトが彼の腕を掴む。行くな、と。なだめるようにミツルが撫でるが、サーナイトの態度は変わらない。
「スピカ。サーナイトなら、僕の気持ち解るよね?」
頷く。けれどかたくなに行かせようとしない。どうしてかミツルの言うことを聞こうとしなかった。仕方なくミツルはボールに戻す。そして3人は何もない森のような島を歩き出した。
 歩けど歩けど何にもない。熱帯に生息しているような植物があるばかりで、何も見えて来ない。しかも山のように坂になっているから、足もだるい。それでもこの先に何かあると感じて、3人は歩き続ける。
「あれ、何もない?」
道は終わり。山頂には、逆に木が少なく、原っぱのようになっていた。その真ん中に神秘的な色をした石が一つ。
「イタズラにしては程が過ぎる」
ザフィールがついに怒ったようす。人影などなく、気配もない。そんなところにこんなことをされて平気でいられるほど寛容ではない。
「イタズラではありませんよ」
落ち着いた声。その声の主を見ようと顔を上げた。
「ハウト?それにフォールも?」
ミズキが驚いたようにその名前を呼ぶ。先ほどまでいなかった石の向こうに、いきなり現れた二人。
「私たちは貴方たちを呼びました。全てを終わらせるために」
ハウトが一歩踏み出す。思わずザフィールは息を飲んだ。その神秘的な目が3人に予想以上のプレッシャーを与える。
「終わらせる……?」
「お分かりになりませんか、ミズキさん。せっかくだから教えてあげてはいかがでしょう。貴方は本来ここにいるべき人間ではない。貴方は……」
動揺するザフィールとミツルをよそにミズキはハウトの声を遮るように、そして挑発するように話しだす。
「そうよ。ごめんね、二人とも。私は本来、貴方たちより物凄い年下。むしろ子世代」
「へ?なんで?俺より年上じゃないの?」
「私は変わってしまった歴史を取り返すために来た。私の存在を守るために過去に来た。誰にも邪魔はさせない」
その場の空気が変わった。ザフィールとミツルは驚きのあまり声が出ない。そもそも状況が理解できない。過去に来た、そして年下ということから未来から来た人間?そもそも時間を越えてどうやって。中々正解を出せない二人をおいて、ミズキはさらに続ける。
「でもハウト、それはフェアじゃないわ。私が嘘をついていたように、貴方たちも嘘をついている。何度も見破ろうしてもダメだった。今こそ正体を全て見せなさい!」
「もうとっくにお分かりでしたよね」
ハウトとフォールの口角が少し上がったような気がした。そして二人の空間がねじ曲がる。そう見えた。そのねじ曲がった空間の向こう、そこにいたのは青い鳥のような竜と赤い鳥のような竜だった。
「私はラティオス」
「私はラティアス」
「私たちは、レジ様たちに従い、ホウエンを汚すものを排除します」
そのイリュージョンには誰もが二の句をつなげない。何を言ったらいいのか、何を言ってはいけないのか。目の前で起きたことなのに、全く信じられなかった。


  [No.809] 42、絶望の流れ星 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/11/11(Fri) 23:27:54   50clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 私たちはずっと前……もう数えきれないほど前に生まれました。
 この島から、ホウエン地方を守ることを言いつけられました。誰からにでもありません。それが自分たちの使命だと知っていたのです。
 そこで私たちは役割を決めました。ラティアスが島に残るときは私が外へ。私が島に残る時はラティアスが外を見回っていました。この島には私たちの命の源とも呼べる宝石がありましたから、離れるわけにはいかなかったのです。
 当時のホウエン地方はグラードンとカイオーガが争った傷跡も深く、ところどころ住めそうにもないところがありましたが、ほとんどが青い海と深い緑の森に覆われていました。
 紅色の珠と藍色の珠が作ったヒトガタを中心に、人々は復興への道を歩み始めた頃です。一番最初であるヒトガタは本当によく人々を導き、私たちポケモンと協力して文明をさらに発展させていきました。
 人々は私たちを珍しいポケモンだと言い、二つで一つの守り神と崇めていました。そんな人間たちに興味を持ち、私とラティアスは人間の言葉を学びました。私たちからしたら不思議な生き物だったのです、人間というのは。言葉一つで相手との意思疎通を図り、縄張りに入っても激しく威嚇するでもなく諭して帰す。こんなことが出来る生き物は、人間以外にいませんでした。
 ですから私たちはどんどん人間の社会に入り、様々なものを学んでいきました。

 その日も私は人間たちと共にいました。そこでは人間が祭りの日でしてね、全体的に浮かれていたのです。明るい提灯に祭り囃子。夜が暗いなど忘れるかのように。特別だからとその時は私たちは2匹ともここを離れていました。本当はいけないことだと知っていました。
 気付いた時は遅かったと思います。突然の光の滝といった方がいいでしょうか。夜空の星が全て落ちたような眩しさでした。そんなものが降り注いだのです。とっさに守れる範囲のものは守りました。が、その外にいる人間やポケモンたちはみな死んでいました。
 生き残ったヒトガタたちと空を見上げました。直後、何が起きたかすぐに解りました。そこにいたのは美しく輝く星とそれを守護する人の形をしたものでした。人間は醜いので全て殺すと。
 ヒトガタを中心に人間たちは結束し、私たちはそれらと戦うべく空へと舞い上がりました。
 しかし、大規模な攻撃をできる2匹に対し、私たちがなす術もありませんでした。どんなに押し返しても向こうが優勢です。
 そんなとき、ヒトガタはある提案をしました。再びグラードンとカイオーガを起こすかどうか。二匹の力を借りれば追い返すことが出来そうだと。
 先ほども言った通り、まだ二匹の戦いの爪痕が残っていたばかりでしたので、誰もが反対をしました。またあんな恐ろしいものを繰り返すのかと。けれど呼ばなければこのまま全滅するのは目に見えてます。その時でした。
 ヒトガタに仕える三人が私たちが囮になると言い出したのです。けれど人間がそんなことをしたって無駄だと私は止めました。誰もが止めました。けれど三人の覚悟は強かったのです。
 もちろん、三人が勝算なしに言ったわけではありません。私たちが持つ宝石には他の生き物に力を与えることが出来ましたので、それを欲しいといったのです。一度使えば元に戻れないと忠告し、納得した上で私たちは三人に力を与えました。
 何の攻撃も受け付けない鋼、大地を切り取った岩、海を凍らせ戦う氷。そして私たちは戦いました。すでに人ではなくなってしまった三人と共に。
 倒せると思ったのです。それでも、攻撃は止まりませんでした。未知の生物は私たちの予想の遥か上を行く猛攻で襲いかかっていました。

 正直、死ぬことも覚悟しました。それは怖くなかったのですが、人間を守ることができないままというのは少し残念だなと思っていました。
 諦めかけた時に人は笑うといいますが、そんな感じでした。もう滅びるしかないと諦め、皆笑っていました。
 嵐の海を思わせる暗い雲海の中を、光が差しました。一匹のドラゴンが降りてきたのです。レックウザと名乗るそれは、人の形をした方に食らいつきました。
 レックウザの力は、グラードンやカイオーガに似ていました。本気を出せばホウエンを壊しかねない存在です。レックウザと共に戦いながら私たちは思っていました。この戦いが終わったらこれも封じなければならないと。
 話はそれましたが、思わぬ助っ人に私たちは勝つことが出来たのです。2匹を遠くの彼方へと追いやり、ホウエンは再び平和を取り戻しました。
 
 そして、私たちはレックウザの力を恐れて彼を天空の石に封じました。

「これが、過去のホウエンで起きたことです」
 ずっとラティオスの声が響いていた。頭の中に流れ込むような映像と共に。一気に現実に引き戻されたようだった。3人は茫然と目の前のラティオスとラティアスを見つめる。
「封じたのは人間の言葉の力。初代のヒトガタたちだけでは出来なかったこと。言葉の魔力を常に引き出す人間、言霊が裏切ればすぐにまたあの惨事が起きる。ホウエンの地に再び入ることのないよう、見張っていたのに貴方は入って来た。空間どころか時間すら越えて。私たちにはホウエンを守る義務がある。私たちは最強の人間も手に入れた。片割れとなってしまったヒトガタも含め、私たちが今、終わらせてあげましょう」
 ラティオスとラティアスの手に握られた石が光る。それは眩しくてみていられず、手で顔を覆う。
 遠くで地響きのような轟音が聞こえ、それが何か確認する間もなく3人の体は強い衝撃に叩き付けられた。そして上も下もない水流に飲み込まれた。

 流されまいと必死で掴んだのは大きな石だった。腕力で体を寄せ付け、大きな水流が去るのを待つ。目を閉じて、あとどれくらい息をとめていいかも解らずに。
 体を押し流す水流が弱くなる。そして水がひいて頭が出た。次第に見えてくる景色。先ほどと全く変わらないが、ラティオスとラティアス、そしてミツルとミズキがいない。
「何が……」
 ふとザフィールが掴んでいた石を見る。遠くからは見えなかったが、近くにいると石に刻まれている言葉が見えた。
「記憶霞みしものは心に刻み付けることを望む……全ての夢はもう一つの現実。これを忘れるべからず、か。何かの詩?」
 ラティオスが言っていた言葉の魔力とはこれなのだろうか。ザフィールが考えるまでもなく、足音に振り向く。こんなところにくる人間なんていないはずだ。しかしその音はまぎれも無く人間だった。
 世界で一番嫌な人をあげるとしたら、ザフィールは真っ先にその人をあげた。出会ってからというもの、全くいい印象なんてない。なぜこんなところにいるのかという疑問より、なぜ会ってしまったのかという疑問が上がる。
「ダイゴさん、でしたっけ。なんでこんなところにいるんです?今は……」
「ラティオスとラティアスの言う通りにしただけさ。僕は……平和を乱す君たちを殺すために来たんだ」
 言葉数は少ないが、ザフィールは今のでラティオスの言った最強の人間の意味を理解した。最強なんて意外に身近にいたものだ。そうなればあのエアームドが一撃でホエルコを瀕死に追いやったのも納得がいく。その映像は同時にザフィールに恐怖と戦慄を与えた。
「もう片方だけのヒトガタなんて用はない。死んでくれるね」
 ダイゴの傍らにいるのはあのエアームドだった。震えて上手く握れないボールをなるべく遠くに投げる。何も言わず、ただ黙って。いつもの主人とは違う雰囲気を察したのか、出て来たプラスルはじっとエアームドを睨みつけた。
「戦おうっていうの?君は飲み込みが悪いんだね。結局僕が一番強くて凄いんだよね。そのことを教えてあげる。君と、君のポケモンたちにもね!」
 プラスルの赤い耳が揺れた。エアームドが翼を動かした風圧で。もうすでに戦いは始まっていたことをザフィールはようやく自覚した。
 殺される。この戦いに負けたら確実に殺される。ダイゴの目がそういっていた。人を殺すことを何とも思わない目。アクア団とは違う。ただひたすら、意志よりも義務を背負ったような目だった。


  [No.840] 43、封印待機 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2012/01/05(Thu) 23:30:13   48clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 うっすらと目をあける。それと同時に刺すような寒気に体が震える。手も冷えて思い通りに動かない。顔にかかる邪魔な前髪をかきわける。髪は濡れていて、全て思い出す。
 大波に飲み込まれ、訳も解らず流されて、いまいるここ。ここはどこだ。全く見覚えがない風景。大きな空洞、そして冬よりも酷い冷気。このままいたら凍死しそうなほど。
 痛む体を起こす。小さな傷があちこち出来ていた。右手を見れば、手の平に細かい赤い線が入っている。モンスターボールが握れなくなるほど酷くはないらしい。けれどここの冷気が手の動きを邪魔する。
 鞄についていた透明な鈴がちりんと鳴った。その高い音が洞窟に反響して幾度も重なって聞こえる。
 ここはどこだ。こんなに寒いところ、ミズキは聞いたことがない。吐く息が白く曇る。自分の呼吸音の他に、もう一つ聞こえる。敵であったら困る。ブラッキーのボールを握りしめ、ゆっくりと近づく。
 この岩の影から聞こえる。そして強くなる冷気。ミズキは意を決して飛び出す。人影を見つけるも声をかけられない。その人は目の前の大きなものに釘付けになっていた。そしてミズキも。人影が振り向き、小さく名前を呼んだことも気付かない。
 巨大な氷。透明な固まりの中にあるのは人間。そしてそれを守るかのように凍り付いている青い彪。ミズキの息が止まりそうになった。その人間と青い彪こそ、時間を越えても探していた人だったから。
「言霊の娘」
 その空間に響く声。いくつもの声に聞こえ、ミズキは耳を塞ぐ。
「なぜそこにいる。なぜホウエンに戻ってきた。お前の役目は彗星の封印」
「二度とこの地を踏まないことで完成する」
「ならばお前を消し去るまで」
 岩壁が形を作る。固い地面が形を作る。そして目の前の氷から物体が形を作る。未完成の人形のような岩、鋼、氷の体。その見た目に、ミズキはボールを持っていることを忘れていた。言葉を失うには十分すぎる奇異な見た目だった。
「レジアイスの中に封じる。そこを動くなよ!」
 冷気が強くなる。冷気なんてものではない。全てを凍り付かせるような風が、レジアイスから放たれる。手の動きがにぶく、握りしめたボールが落ちる。
「刃向かうのか」
 冷気が止まった。ミズキの前にはサーナイトが立っている。右腕を前に突き出し、胸の赤い突起を光らせている。
「僕には意味が解りませんが、人を殺してまで守るものなんですか。さっきから聞いてれば、自分たちのことばかりで、平和的に話し合うこともしない。そんな人たちの言うことなど、僕は信じません」
 ミツルが命じる。サーナイトの手から青白い火花が散る。ぱちぱちと電気のような音を激しくさせ、レジアイスにぶつける。普通のポケモンならばそれで良かった。おびえるか麻痺してしまうから。レジアイスの体は何ともなく、冷気は弱くならない。
「それだけか。刃向かうには覚悟が必要というのに。巻き込まれたのは申し訳ないと思っていたが、お前も同じく消し去る」
 ミツルに刃が向く。レジスチルと名乗った鋼の人形が彼へと向く。サーナイトは目を閉じ、冷静にエネルギーを集中させた。
「ミツル君!」
 落としたボールを拾う。そしてサーナイトの隣に投げた。
「アッシュ、ミツル君を守って!」
 青い輪模様が特徴のブラッキーがサーナイトの隣に現れる。
「私は負けない。大切な人たちの時間をこれ以上かえてたまるか」
 ミズキはブラッキーに命令する。ブラッキーの青い輪が幾重にも光り、レジスチルにぶつける。レジスチルの体に反射し、洞窟全体に妖しい青い光が溢れる。妖しい光を拒否しようと岩の人形であるレジロックが洞窟全体を揺らす。
「消えよ言霊」
 揺れにミズキがよろける。ミツルがその体を受け止める。ミズキの鞄についていた小さな鈴が鳴る。ちりんという本当に些細な音だったが、それに反応したのはレジたちだ。
「まさか」
「言霊が、二人に増える……」
 

 聞こえたぞ。
 お前も聞こえただろ。
 あいつらが来た。来たんだ。
 今しかない。今しかないんだ。行くぞ!


 レジアイスの背後にある氷にヒビが入る。洞窟が揺れに揺れる。レジたちが焦っているのが解る。特にレジアイスは、ひび割れを直そうと、ミズキたちを見ていない。
「お母さん!」
 ミズキが叫んだ。
「スイクン! 起きろ!」
 ミツルの聞き慣れない名前を呼んだ。氷のヒビはさらに大きくなる。ミズキの声を合図に、氷の中の彪が吠えた。本当に吠えたのだ。氷は全て吹き飛び、レジたちに突き刺さる。
「氷の封印が……」
「二つの言霊を会わせたからか」
「ちょうどいい、二人を一緒に」
 その言葉は冷静さを失っていた。青い彪は目をあけ、しっかりとした足取りで立つ。そしてレジたちをにらみつける。
「お前ら、ただじゃおかねえぞ」
 その彪は喋った。後ろにいる少女を守るように立つ。まだ起きない彼女をかばいながらも、レジたちにはこれでもかという殺気を見せる。
「スイクン!」
 ミズキが叫ぶ。聞き慣れない声に一瞬だけスイクンが殺気をこちらに向ける。
「……誰だか知らんが、クリスの血縁者か」
「……その通り。これでやっと、そろったわね」
 ブラッキーをボールに戻す。そして手に持ったのは二つのモンスターボール。ミズキはためらいなくその二つを開く。凍える洞窟に現れるのは、その場の空気を一瞬にして暖めるほどの熱を持つ獅子。そして雷エネルギーを蓄えた虎。
「遅かったなスイクン」
「まあ、タフなだけある」
「うるせえよエンテイ、ライコウ。俺だってあそこまで凍ってたらさむいわ!」
 スイクン本人が言うほど寒そうではない。レジロックの岩攻撃をサイドステップでかわすと、大きく息を吸い込んだ。
「いくぜ、これで3対3だ。今度こそ負けねえ」
 再び氷でスイクンをとらえようとするレジアイス。その前にエンテイの炎が立ちはだかる。エンテイをどかそうとレジスチルが鋼の攻撃をする。しかし弾ける電気と共に現れたライコウに邪魔されて届かない。援護しようとしたレジロックの岩を、スイクンのハイドロポンプが撃ち落とす。
「お前、ミズキだろ。この隙にクリスとそっちの子を連れて逃げろ」
 スイクンは小声でミズキに耳打ちする。彼女はうなずいた。


 
 地面に降り立つ。もう雰囲気はがらりと変わってしまっていた。夏の匂いがする。今年はすでに終わりそうだと告げられた。もうそんなに時間が経ってしまったのかとため息をつく。
「やはり来たか、歴史の番人よ」
 流暢な言葉で話しかけられる。美しいビロードのような毛並みのキュウコンがいた。
「長老!? なんでいるの?」
 驚いたような顔で、ふわふわとした妖精はキュウコンを見る。
「ふむ、なぜとは歴史の番人としては愚問であろう。夢幻の予言者が本来することであるからのう」
「それは知ってる。だからなんで長老が代わりを……」
「わしとて変な歴史にされたくないからのう、お主の仕事を少し手伝ってやっただけじゃ。少し前にお主の片割れに会ってきたぞ」
 キュウコンは話しかける。少し顔色が変わったのが解った。
「やはりか。お主も片割れも、本当にお互いのことしか考えとらんのう。まあ仕方ないといってしまえば仕方ないことじゃ。これが青春というやつかのう」
「……どこまで知ってるか知らないけど、もう時間が経ち過ぎた。あの時にみたいに思ってるわけない」
「ほっほっほ、全部知っておる。お主たちがホウエンの崩壊を止めたことも、歴史が変わってしまったことも。本来ならば手を出さないべきこと。じゃがお主がそこで消えたことで、歴史に大きなダメージを受けてしまうようじゃからのう」
 何を言ってるんだろう。そんな顔でキュウコンを見る。
「今に解るじゃろう。大事なのは今、どうするかじゃ。お主の行動によって救われるのはお主の片割れだけではない。歴史など変わっても些細なこと。きっと正しい選択が出来るじゃろうて。それにわしの背中にいる人間はお主を待っていたようじゃ」
 キュウコンの背中にいつからだろうか小さな人間が乗っている。その後ろにはエネコがいた。ふわふわとした毛皮をつかまれて、少しぼろぼろになってしまっていた。
「おかえり!」
 そういって小さな人間は飛びつく。手に見覚えのあるモンスターボールを持って。
「はい、これキュウコンさんのでしっていうあおとくろのきつねさんからもってこいって!」
 ボールを受け取ると、それぞれの体調をチェックする。あの時より少しみんなたくましくなっていたように見えた。
「シルク、シリウス、リゲル、ポルクス、レグルス、カペラ。久しぶり、元気そうね」
 主人から名前を呼ばれ、嬉しそうに反応する。特にギャロップは角を振って前足を動かして。
「時間がない。行こう」
 声をかけられ、黙ってうなずく。チルタリスの翼が夏の空に舞った。キュウコンはそれを見送ると、九つのしっぽにからみついている人間に声をかける。
「これ。しっぽで遊んではいかんぞ」
「えー!? だってキュウコンさん、あのもふパラのモデルのキュウコンさんなんでしょ? あおくろきつねさんがいってたよ! ねえ、うちのポケモンになってよ!」
「ほう、もふパラを知っておるか、その年で。その気持ちは嬉しいが、わしはまだ行かなければならん場所が多くてのう。また遊びにきてやるぞい、予備のヒトガタよ」
「わーい! んじゃ、エリスちゃんのサインもらってきて!」
「ぬう、エリスか。聞いておいてやろう」
 やっとしっぽから出て行く。約束だよ、と手を振る人間にしっぽを揺らした。そして一気に風のようにかけていく。


  [No.887] 44、その名前を教えて 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2012/03/04(Sun) 00:41:59   64clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 プラスルが弾き跳ばされる。エアームドのとても固い鋼の翼に。タイプ相性上は有利なはずなのに、体格と強さが桁違いだ。
 これが最強のトレーナー。ザフィールは唾を飲み込む。対面すれば相手に与えるプレッシャーは他のトレーナーの比ではない。
「さっきまでの勢いはどうしたんだい? 終わらせてもらいたいんだね」
「なにを!」
 エアームドの鋭い嘴がザフィールの心臓に狙いをつけていた。そしてその重量のある体ごと突っ込んできたのだ。ザフィールが新しいボールを投げる前に、黄色いプラスルが青白い電気をまとってエアームドを弾くように突進した。空中で電気を逃がすものもなく、エアームドは動きが止まったおもちゃのように地面へと落ちる。
 プラスルも無傷とはいかず、右の耳元に嘴を受けて血を流していた。エアームドと二度もぶつかり、そのダメージは決して小さくない。けれど、プラスルは起き上がって一度だけザフィールを振り向いた。そしてダイゴの方を向く。再び電気を身にまとい、威嚇する。手出しはさせないと。
 電気のダメージが予想以上に酷かったようで、エアームドはダイゴの命令に従えるようにも思えない。それなのに労る素振りも見せず、労る言葉もかけず、無表情でダイゴはエアームドをボールに戻す。思わずザフィールがアンドロイドか、と小声で口走った。聞こえたのか聞こえてないのか、次のボールを投げる。
 現れたのはプラスルの体長よりも遥かに高いボスゴドラ。見た瞬間に、ザフィールはプラスルに戻るよう命じた。その瞬間、ダイゴと目が合う。殺気立つアクア団を相手しているようだった。
「ダイゴさん」
「なんだい? 降参ならいつでも認めてあげるよ」
「貴方、本当にダイゴという人物なんですか? ヒトガタの話、とても普通の人が知ってるとは」
「何を言ってるんだい、僕は人間だよ。正真正銘のね。君みたいな人の形をした藍色の珠じゃないんだよ」
 ダイゴは嘲笑う。
「だからなんですか」
 ザフィールは静かに言った。
「俺はそう言われた。カイオーガともつながってた。けれど俺とダイゴさんの違いはなんですか。勝手にそう生まれて裏切られて死にかけて、俺には自分の意見を言う権利もないんですか!?」
 ボスゴドラが静かに動いた。ザフィールの目の前に何もポケモンがいないのだから、その太いしっぽの一撃は致命傷になる。ダイゴはそれを容赦なく命じた。片方だけのヒトガタなど必要ない。言った通りに、ザフィールにはもうヒトガタとしての役割すら期待していない。
 大きな音がした。波を蹴る大きな音。同時にボスゴドラは横切る青に飲み込まれ、そこから姿を消す。大きな巨体がダイゴとザフィールを分けるように鎮座していた。
「あの時のホエルコか。全く知恵ばかり回る」
 ホエルオーの大きな口の中からボスゴドラのしっぽが見える。どんなに力があっても、体格差では勝てないようだ。ただダイゴの他のポケモンがそうであったように、桁違いの強さを持っていてもおかしくない。今もホエルオーのしっぽが苦しそうに上下に暴れている。
「進化すれば強くなる。本気でそう思ってるの?」
 ホエルオーが飛び跳ねる。大きな体だから地震のように揺れた。口の中の異物を吐き出した。ボスゴドラの体がずっしりと地面に落ちる。
「さあボスゴドラ、暴れておいで。突進!」
「今だイトカワ」
 ザフィールの合図と共に、大量の海水が辺りを濡らす。ボスゴドラはそれを嫌がり、地面にうずくまる。鋼の鎧が海水に濡れた姿は、海底に沈んだ鉱物を連想させた。固唾をのんでボスゴドラの動きを見つめる。それ以上は動かないようだった。
 ダイゴはその冷たい表情のまま、やはりいたわりの声すらかけずにボールに戻した。機械的な動作で新たなボールを投げる。そこにポケモンと共に生きて来たトレーナーの雰囲気は全くない。ザフィールはヒトガタと言われた自分よりも人間ではないように感じていた。
「こんな子供に手こずるなんて正直思ってなかったよ。片方だけのヒトガタなんて恐れるものでもない」
 ダイゴの手から投げられたボールが、無機質な4本足の鋼鉄を吐き出した。
「もう終わりにしよう」
 ダイゴはそれをメタグロス、と呼んでいた。容赦のない言葉をダイゴはメタグロスに伝える。目の前の人間を全力でつぶせ。ザフィールの耳にもはっきりと聞こえるように。
「誰が終わりなんかに、させるか!」
 ホエルオーがその巨体でメタグロスを押しつぶすように転がる。地面が揺れる。重心を低くし、まっすぐホエルオーを見た。完全にホエルオーの下に入っているメタグロス。身動きを封じた。ホエルオーの向こうに見えるダイゴの表情は動揺もなにもなく、ただ無表情。生気のない人形。
「じしん」
 もっと大きく揺れた。ザフィールは思わずよろけ、ダイゴから視線を外す。ホエルオーの体が転がってくる。ボールをかざし、戻すと、目の前にメタグロスの巨体が目の前に迫っていた。
 その素早い足をもってしても、追跡するメタグロスの攻撃からは逃げられない。腹に重たい一撃が入り、体は吹き飛ばされる。勢いは止まることを知らないようだった。痛みに呼吸すら満足にできない。足音に目を開ける。
「君が死ねば予備のヒトガタが使える。僕たち人間が生きるためにヒトガタは必要だ」
「ふざ・・・けんな」
 マツブサもダイゴもなぜこんなわがままがまかり通る。人のことを道具としか見ず、一方的に必要だとか必要ないとか、なぜそんなことが許される。人の形をしたものは、なぜこんなに憎まれて排除されなければならない。
 生まれたのも一緒だ。子供だったのも、ポケモンと出会ったのも。何が違う。何がヒトガタだ。そんなもの、必要なポケモンなど生かしておくことが間違いではないのか。
「協力もできないヒトガタなんて要らない。ラティオスとラティアスもそう言っている。僕は人を殺すんじゃない。出来損ないのヒトガタを始末するだけだ」
「……ガーネットも、俺も、出来損ないなんかじゃない」
「よくそんな事が言えるね。口だけは達者だ。片方だけを残して死ぬ紅色の珠も、それを助けられない藍色の珠も出来損ないにしかならない」
「……あいつが、帰ってくるなら、なんだって、してやる。それで、お前の、言ってること、全部嘘だと、証明してやるよ!」
 メタグロスがその4つ足で近づいてくる。その足で頭を踏みつぶされれば耐えられるはずもない。
「さようなら。次はまともなヒトガタに生まれてくるといいね」
 無表情でダイゴはメタグロスに命ずる。メタグロスの足の一つが眩しい銀色の光を発した。そしてそれはポケモントレーナーにあるまじき行為。
「コメットパンチだ」
「いくらダイゴさんでもザフィールに手を出すなら覚悟してくださいね」
 メタグロスの重量が吹き飛ばされた。地面に少しめり込み、メタグロスがダイゴを見る。しかし彼は一人の少女に取り押さえられていた。その存在はそこにいる人間たちを驚かせる。
「ガーネット……? ガーネット? 本当に、ガーネット?」
 ザフィールに名前を呼ばれ、ガーネットは振り向く。
「私は一人しかいないわ」
 視線をダイゴに戻す。そしてダイゴの片腕を持ち上げた。
「私ならダイゴさんの腕くらい、簡単に折れます。これは脅しじゃありませんから」
 下に伏せたダイゴの腕をねじりあげる。人間の関節ならどんな大男も悲鳴を上げるはずだった。それなのにダイゴの顔は表情一つ変わらない。
「なぜ、君がここにいる? まさか、君がなぜ、ラティオスとラティアスの言葉は絶対で嘘など、嘘などない!」
「いるからいるんです。これ以上、私だってダイゴさんを傷付けたくありませんので」
 黄緑色の妖精が彼女のまわりを飛ぶ。その軌跡がきらきらと輝いていた。そしてダイゴの目の前に来ると流暢な言葉で話し始めた。
「哀れな人間。心を閉ざしてひたすら言うことを聞くだけの道具にされて。もう大丈夫。僕が思い出させてあげるよ。君の楽しい思い出を」
 聞いたことのない美しい音色の風が響く。冷たく閉ざした心に響く風。春風のようにとかして行く。
 その瞬間。ダイゴのまわりからドス黒いオーラがあらわれる。そしてそのオーラは風にとけ込み、消えていった。その方向をしばらくみつめ、気絶したダイゴを優しく地面に寝かせると、まっすぐにザフィールを見る。
「どうして、どうしてここに」
 少しずつ近づいてくる。ザフィールは痛む体を押さえて起き上がる。夢なのか幻なのか。そこに存在し、手を差し伸べている。すがるようにザフィールはその手を掴む。
「どこいってたんだよ。ずっと会いたかっ」
「この犯罪者がああ!!」
 痛いところをさらに掴まれてザフィールはぐふっとしか言えなかった。
「マグマ団なんかにいて、あんなことになって! 心配したんだから! ザフィールのバカ! バカぁ!」
 強い力で体を揺すられて、ザフィールの世界はシェイクされている。こんなことできるのは一人しかいないし夢でも幻でも絶対にない。
「……ごめんなさい」
「バカ」
 信じられなかった。こうしてまた話していること、ガーネットが抱きついて来たこと。彼女の体はマグマに焦がされた匂いと、硫黄の匂いが少し混じっていた。めざめの洞窟と同じ匂いだ。
「お前こそ、最後の最後であんな告白されて俺がどんな気持ちになったか考えたことあるのかよ……」
 次に言いたい言葉なんて出て来なかった。ずっと会ったらまずなんて言うべきか考えていたのに。
「ザフィールこそ、私が寝てる間にしてたの気付かれてないとでも思ってるの?」
「えっ、もしかして三回も気付かなかったフリしてたのかよ!」
「え、三回もしてたわけ!?」
 ザフィールは突き放された。ガーネットは怒ったような表情で彼を見ている。うっかり言ってしまい、ザフィールは必死で視線をそらそうとする。
「信じられない。三回も一方的にキスされて、今さら断れるわけないでしょ」
 けれどその言い方は柔らかかった。再び目が会った時、ガーネットは微笑んだ。
「だから最後は返事のつもりだった。けどザフィールが解ってないようなら言ってあげる。私はザフィールが好き」
 改めて言葉に出して言われると、ザフィールもどう反応していいか戸惑う。
「ザフィールが昔にどんなことやってようと、私は貴方が好き」
「……予想外すぎる」
 たくさんの嬉しいことが一度に起こり過ぎた。ガーネットに再び会えて、そしてさらに一番欲しい言葉をもらって。
「男の子がそんなメソメソ泣かないの」
「解ってるよ。解ってるけど」
 嬉しい感情が溢れていた。ザフィールの白い髪をガーネットが撫でる。
「嘘じゃないよな。全部夢じゃないよな」
 3ヶ月越しの言葉を言うため、ザフィールは深く息を吸う。
「俺はガーネットが好きです」
 絶対に受け入れてくれないと思っていた。初めてマグマ団とバレた時に好きだと自覚するのと同時にそれを覚悟していた。だからこそこっそりと伝えることしかできなかった。それなのにはっきりと口に出して自分の感情を伝えることができる。堂々と唇を重ねることができる。初めてでないようで初めてのキスは少し潮風が混じっていた。


  [No.982] 45、逃げろ 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2012/05/23(Wed) 23:51:01   50clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 その日はとても静かだった。カイナの海はとても穏やかな凪。遠浅の海は絶好の観光スポットだった。
 羽を伸ばしにきていたクリスは自分のポケモンたちと遊ぶ。スイクンの体は目立っていたが、シーズン前の海では騒ぎになることもなかった。
 そしてもう一人の同行者。静かな男の子であるが、クリスは彼が好きだった。ジョウトを旅して深めた仲。近所に住むシルバーという男の子だったけど、旅に出てさらに仲を深める。
 ホウエンへ二人だけの旅行。それは二人にとって楽しみで仕方なかった。
「クリスぅ、からあげ食べたい」
 と、二人の間を邪魔するようにスイクンが言う。主人であるクリスの恋人と邪魔するようなやつではないが、空腹とからあげになると話は別。
「何いってんの。この前だって唐揚げ一人で食べて、オーダイルに噛み付かれかけたでしょ」
 唐揚げの匂いを全身でただよわせていたからだ。シルバーのオーダイルが唐揚げの匂いと勘違いしてスイクンに頭から噛み付いた。それとこれとは、とスイクンが語尾を濁らせる。
「シルバーも寝ちゃったし、私も海はいろーっと」
 とはいってもまだ気温は高くない。波打ち際まで歩く。その時だった。
「逃げろクリス!」
 スイクンは吠える。いきなり目の前の海が波を高くした。突然のことに声も出ない。スイクンがクリスに駆け寄る。大きな波が頭から襲う。そしてクリスとスイクンが波に飲まれた時、二つの影は消えていた。
 オーダイルがシルバーに異変を知らせる。カイナの海は穏やかで、何があったのか理解できなかった。

 水流で上下も左右も解らなくなっていた。ただ光は消えていき、暗い闇へと引きずり込まれていくのだけは解る。息ができない。もう限界だ。
 いきなり息が楽になる。クリスは目をあけた。
「なぜホウエンにきた。言霊」
「またあの悲劇を繰り返すつもりか言霊」
「そうはさせない、言霊」
 3体の大きな鉱物はそういった。なぜ知っているのだ言霊のことを。
 言葉には力が宿る。特に名前というのは一番力が宿っている。言葉ができた当時は、名前を操って思いのままにしていた人がいた。それを言霊と呼んだ。むしろものの名前をつけたのは言霊たちだと言っていい。
 その声、言葉で他者を操る。昔のポケモントレーナーとしての第一条件だった。現代ではモンスターボールというものができて、誰でもなることは可能だ。しかし、本当の意味でトレーナーとしていくには、その言葉の意味、名前を理解していることが条件だ。
「言の葉封印を解かれても困る。ここで眠れ、言霊」
 氷の鉱物は冷気を放つ。それを遮るようにスイクンが立つ。
「何を勝手なこと言ってやがる。させるか」
「北風か、ならば一緒に葬るまで」
 氷は一瞬にして温度を下げる。
「クリス!」
 スイクンは叫んだ。守るように間に入るが、3対1では勝ち目がない。足元から凍り付き、あっという間に氷像ができていた。
「言霊と北風は私の中に封印する。二度と流星の言の葉封印を解いてはいけない」
 氷は二つの氷像を自分の中に取り込む。これで永遠に出ることはない。こうしてホウエンは平和になるはずだ。


 スイクンは全身の体毛を震わせ、勢いのある水流を作り出した。レジアイスの冷気はそれを全て凍らせ、巨大な氷柱を作る。固い地面に落ちてそれは粉々に割れる。瞬時にエンテイの高熱が全て水蒸気に変えた。真っ赤な炎がレジスチルを包み込む。消火するようにレジロックが壁を崩し、雪崩を起こした。砂埃が舞い、視界が悪くなる。その中からぱりぱりと乾いた音がする。何の音が気付いた時には、ライコウの雷のような電気が大量に流れていた。
 レジアイスは立ちふさがる3匹を見る。特にスイクンからはトレーナーと自分を傷付けた怒りか、余計にプレッシャーを感じる。閉じられた口からは今にも全てを凍らせそうな冷気が漏れている。白い息がスイクンの口元を飾る。
 レベルは同じくらいのはずだ。同じくらいの力を蓄え、同じくらいの力を持っている。それなのに、特にスイクンから放たれるプレッシャーのせいか、レジアイスたちを焦らせる。
「レジアイス」
 レジロックがふと切り出した。
「言霊の娘が見当たらない」
 狼狽した。レジアイスの視界からミズキの姿が見えない。
「お前らなんかにクリスを渡すか。ここは通しはしない」
 スイクンは冷気の鋭い口で静かに言った。それをきっかけに、ライコウ、エンテイが飛び掛かる。

 岩陰に隠れ、自分のバクフーンにクリスを抱かせる。スイクンたちに任せてしまった戦いの様子を伺っていた。
「あ、あのミズキさん?」
 ミツルがおそるおそる聞く。
「お母さん、って……」
「そう。私のお母さん」
 クリスの体は冷たいままだった。このまま助からなかったら、ミズキは今ここに存在できない。自分の命がかかっているからこそ、ミズキはこの戦いに負けられない。
「それにしても、出口が見当たらない。遺跡のようだけど……」
 光を探す。天井を見ても、何やら模様のかいてある壁ばかりだ。今、目を覚まさないクリスを抱えて自由には動けない。ならばせめてミツルだけでも。
「私たちは後からいく。ミツル君はこの先に行って、もし出口があったらそこから出て助けを求めて。ザフィールも探さないと……」
「いえ、僕もいます。戦力は多い方が」
「私はもう歴史を変えてしまったのだから、死んで欲しくないよ」
 ミツルを抱きしめる。親しい仲ではあったけど、こんなことをされたのは初めてだった。
 それよりも驚いたのはその力だった。友人に向けるには強すぎる。もしそんな感情を自分に対して持っていたのなら、なぜ解らなかったんだろうか。
「大丈夫。スイクンはちょっとやそっとじゃやられない。また、あとで」
 ミズキがミツルを軽く突く。何がなんだか解らず、ミツルは走り出す。ミズキの顔をまともにみれず。けどやる事はわかっていた。ここから出るための出口を探して、そして誘導して。
 冷たい空気が肺に突き刺さるようだ。このまま気管が閉まってしまうのではないかと思う。最近は全くなかったのに、発作に似た苦しさがあった。
 水の音がする。静かな水の音。わずかな希望を抱いてミツルは走る。サーナイトが胸の赤い角から光を発した。
「出口だ!」
 砂浜、そして返す波。波があるなんて外につながっているとしか思えない。ここからなら出れる。ミツルは確信した。
「じゃあ、ミズキさん呼んで来ないと。一緒に行こうって……」
 サーナイトがミツルの体を抱えて伏せる。天井から岩が何個も降って来た。大きな音を立てて海に落ちる。ミツル自身にも降り掛かるが、サーナイトは岩を避けて主人を守る。ミツルのまわりには岩だらけになっていた。
「な、にが……」
 ミツルの目の前にいたのは、緑色をした大きな竜だった。それが何も言わず見つめている。しかしその目は全てを語っていた。ホウエンの平和を乱すものの命をもらう、と。
 竜は吠え、宙に舞い上がる。風をまとい、踊っているかのようなそれ。
「逃げるぞスピカ!」
 岩の間を走り、ミツルは元来た道を戻る。何がどうなっているのかなど解らない。あれはなんだ。とてつもなく強そうな竜。見た事もない。何もかも考えられない。
「いのちを……よこせ……」
 低い声でうなっていたかのように感じた。追いかけて来る。風を切る音が耳のすぐ側でしている。
「ホウエンを守る。おまえの命をよこせ!」
 よく見ればその竜は半分透けている。幻にしては強すぎるし、風を切っている。ミツルはひらめいた。ラティオスの言っていたレックウザとはこいつのことではないかと。そしてレックウザは実体に戻る道を探している。方法として人の命を食らうのではないか。そう考えれば納得ができる。
「それはできない。僕も負けられない」
 ミツルがボールを投げた。現れたエネコロロが半透明のレックウザに威嚇する。
「勝負だ。お前を倒して、僕はここから出て行く」
「小賢しい。身の程を思い知れ」
 その力は元の力ではないかもしれない。だとしたらこちらにも勝機はある。負けられないのだ。これ以上戻ればミズキにも影響が及ぶ。そしてさらに進めば戦場へとご案内であろう。だからこそミツルはここで立ち止まる。


  [No.992] 46、双子の翼 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2012/05/27(Sun) 23:02:34   48clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 何も見えなかった。何も聞こえなかった。
 もう私は死ぬんだ。死んでいく。苦しい。後少しで楽になるはず。そうしたら親友に会える。
「いやいやまだでしょ」
 頭の中を否定するように声がする。
「君がそこで死んだら、2人の存在がなくなってしまうよ」
「ふたり?」
「君がここで死ぬのは歴史が狂う。僕はそれを修正しに来たんだ。さあ、元気出して」
 だんだんと目の前が色を帯びていく。そして見える緑色の妖精と、隣で笑ってる親友。駆け寄ろうとして、体の不快やふらつきが一切なくなってることに気付く。
 親友にがっしりと抱きつかれた。本当に生きてるかのようだ。違う、死んではいない。目の前の人間は確実に生きている。再会を喜んだ。また会えたことに感謝して。
「どうして……会いたかった、生きてたならなんで……」
「違うよ。私はあのときの私じゃない。殺される前の私が時間を越えてるだけなの」
 緑色の妖精を指す。
「……貴方はまさか……」
 実は見覚えがあった。かなり昔に。小さい時の記憶はしっかりと残っている。
「君には命を助けてもらった。まだ君は子供だったから忘れてるかもしれないけどね。早く君たちを元の時間の流れに戻さないといけない」
「なんで?」
「ここは時間の流れが速いんだ。こうしているうちに何年も経ってしまう。早く出ればそれだけ早く帰れる。いるのだろう、君には大切な人が」
「それまで……」
「会った時に知ってたよ、君がヒトガタだってことくらいは。そしてもう一つのヒトガタはずっと……いや、これは二人の問題だね。さあ行こう!」
 景色が変わる。光の洪水に、思わず目を閉じた。



「あの〜」
 申し訳無さそうな声がする。その声に気付いたのか、ガーネットはぱっとザフィールを放した。さっきの緑の妖精みたいのがじっと見ている。目の錯覚なのか、妖精のまわりはキラキラと光っているように見えた。
「ポケモンなの?見た事無い」
 ザフィールの前にやってくると、手を差し伸ばした。取ろうと彼が伸ばす。その瞬間、メタグロスから受けた痛みがすっと和らいでいくのを感じる。
「君とは初対面だもの。初めまして、僕はセレビィ。ジョウトにあるウバメの森に住んでる歴史の管理人」
「は、初めまして……?その歴史の管理人が何の?」
「本来なら辿るはずのない道だったからさ、軌道修正しに来たの。この人もそう」
 セレビィは倒れてるダイゴを指す。
「心を封じて言いなりにするなんて。本当はもっと早く修正したかったのだけどね。もしかしたら君たちがこの人の心を取り戻してくれるんじゃないかと思ってたけど、あんな事件まで。もうすこしグラードン君とカイオーガ君も冷静になって欲しいものだよね」
 知り合いなのかよ。二人の口から思わず出そうになった。
「でもこれで歴史は元の流れに戻るはず。なんやかんやあったけど、大きな流れが戻ってくれば、小さな出来事なんて取るにたらないさ!これで僕は他にも修正しなきゃいけないところに、行きたいんだけれどね」
 セレビィのまわりがキンと高い音を発した。光の壁が物凄い勢いの風を跳ね返す。
「どうやら僕はもう一仕事あるみたい」
 ラティオスとラティアスがいる。しかしその色は先ほどみた色と違う。緑色のラティオスと、オレンジ色のラティアスがこちらをじっと睨んでいる。
「ショセン、サイキョウ、ニンゲン、フヨウ」
 目の色もおかしい。焦点があってないような目で睨んでいる。話し方も知的なラティオスと穏やかなラティアスだったはずだ。
「あの2匹の心を取り戻さないと、ホウエンって危ないままだね。ちょっと協力してくれる? ヒトガタだから大丈夫だよね」
 言われなくても解っている。何も言わずモンスターボールを投げた。ラグラージとジュカインが現れる。
「2匹を弱らせてくれたら、後は僕がなんとかしよう。それまで頼むよ。ちなみにグラードン君とカイオーガ君よりかは弱いけど、よりか、なだけだからね。そこらのポケモンと全く違うから!」
 キラキラと光る軌跡でセレビィは飛ぶ。2匹のまわりを伺うように。
 ガーネットはラグラージに命令する。同時にザフィールもジュカインに指示を伝えた。