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  [No.492] 短編集 投稿者:スウ   投稿日:2011/06/04(Sat) 19:34:23   33clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

以前ポケストの方に掲載したものを、ロングの方に再投稿です。
どれも短いお話なので、すぐに読むことができると思います。
面白そうなものからお取りください。
ただ、最弱説と最強説は二つで一つのセットになっております(最強説の方は大したものではありませんが)。


  [No.493] ヌケニンのお話 投稿者:スウ   投稿日:2011/06/04(Sat) 19:35:32   44clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 215番道路を行きつ戻りつする時、誰の瞼の上にも雨の滴がつきささる。
 雨音が耳を打ち、全ての生き物はその冷たさを肌で感じ取る。
 ところがヌケニンには視覚も聴覚も感覚もなかったので、それらの感触を、生の実感として身に受けることが出来なかった。
 しかし、魂の波長は感じ取ることが出来たので、雨の恵みを受ける者達が、どのような幸せを享受しているのか、ということはよく知っていた。
 雨乞いをするポケモン達が、どれだけ素敵な音楽を生み出せるのかを、ヌケニンは誰よりもよく知り抜いているのだ。


  [No.494] スバメ 投稿者:スウ   投稿日:2011/06/04(Sat) 19:36:12   43clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 空からスバメが落ちてくる。あのスバメは一体どこからやって来たのだろう。
 船の甲板から海を眺めていた旅人は驚いた。
 頭上には夏の雲が広がり、その雲が柱のようにどこまでも天の上方へと伸びている。
 そういえばこの海の付近には『空の柱』という場所があると聞いたことがある。
 それは、まさに空想上のお話の中にある場所で、確かその神話によると、海と大地が激しい戦いを繰り広げた時、雲の中から竜が飛び出してきたというのだ。
 落ちてきたスバメを受け止めた時、そのスバメがとても傷付いていたので旅人はまた驚いた。
 スバメの胸にはお守りがかかっていた。このお守りを、どこかで見たことがある。
 ……ああ、確かこのお守りは、今年のポケモンリーグチャンピオンが、自分のポケモン達に持たせていたものとよく似ている。
 テレビで見た光景を今でもかすかに覚えている。本当に、瓜二つと言ってもいいくらい、そっくりである。
 旅人はもう一度、雲の方を仰ぎ見た。
 一瞬、あの雲の中で、稲妻が走ったような光景が目に浮かんだ。
 あの雲の中で、砂嵐や吹雪が轟音をたてているような、そんな錯覚が、ふと脳裏をよぎった。
 遙かな天上から落ちてきたこのスバメが、神話の時代からの唯一の生還者のように旅人には思えた。
 早くちゃんと、元の持ち主のところに返してあげないとな。
 腕の中のスバメを見やりながら旅人は考える。
 それから彼は、赤ん坊にミルクを飲ませるように、傷付いたスバメにミックスオレを与えてやるのだった。


  [No.495] 一番険しい山 投稿者:スウ   投稿日:2011/06/04(Sat) 19:37:08   41clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 ある時、国立ポケモン大学ワンダーフォーゲル部の間で、「我々の国の中で一番険しい山はどれだろう?」という話が持ち上がった。
 ある者はこう言った。
「そりゃあ、もちろんジョウトのシロガネ山だろうね。何せ、あの標高を見てみろ。てっぺんに辿り着くまでに、息が切れて、体力がばてちまわあ」
「いいや、違うね。ホウエンのエントツ山だね」
 シロガネ山の意見に対して、ある者がこうやり返した。
「いつ噴火してもおかしくない、エントツ山の恐ろしい火口を見てみな。頂上へはロープウェイを使わないと行けないほど道が入り組んでるんだぜ」
 エントツ山の意見に対して、ある者がこう返す。
「いやいや違うだろ。シンオウにあるテンガン山だろう。吹雪の吹き荒れる、あのテンガン山の厳しい自然環境はどうだ。雪崩だって少なくないし、遭難者だって続出するんだぞ」
 その意見が出たところで、国立ポケモン大学ワンダーフォーゲル部の皆は、一番険しい山はテンガン山なのではないか、という気がしてきた。しかしシロガネ山派、エントツ山派の主張も決して負けてはおらず、皆が納得するような意見はなかなか出てこなかった。
 そんな時、ある一人の者がふと気付いた。この話題の中で、まだ自分の意見を一度も発言していない男が一人だけいたのだ。その男に、彼は尋ねてみた。
「なあ、あんたはどう思う? 俺達の国の中で、どの山が一番険しいと思う?」
 尋ねられたその男は、ワンダーフォーゲル部の中でも、とても物静かな男だった。彼はもう六年もの間ポケモントレーナーをやっており、今年になってようやくジムバッジを八つ集めることが出来たという。
「……そうだな。私はこう思う」
 皆が、その物静かな男の言葉に耳を傾けた。
「私はカントーのセキエイ高原が一番険しいと思う。標高はシロガネ山ほど高くないし、エントツ山みたいな火口もないし、テンガン山ほど厳しい自然環境もないが……チャンピオンロードを通り抜け、ワタルまで打ち破るのは、人によっては一生かかっても登りきることのできない大きな山だろう」
 その意見に、ワンダーフォーゲル部の皆が諸手を上げて賛同した。
 というわけで、一番険しい山はカントーのセキエイ高原ということになった。


  [No.496] 最弱説 投稿者:スウ   投稿日:2011/06/04(Sat) 19:38:18   47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 コイキング愛好協会の会員の一人であり、ミツハニー♂復興委員会の委員の一人でもある、ポケモン博物学者のムテヒヌー・オスカー氏は、過去に二つの論文を発表している。
 その論文の一つ目が『コイキング最弱説』であり、これは一時期、ポケモントレーナー達の間で一大センセーショナルを巻き起こしたことがある。今でこそ、この学説は時代遅れのものとなってしまっているが、その当時はとても新鋭的な学説だったのだ。それに、彼の『コイキング最弱説』には、今でも頷けるところが多くある。
 当時のムテヒヌー氏はこう語っている。
「……つまり、私が調査した結果、同レベルでのコイキングのバトルにおける勝率は一%にも満たないのです。敗北率は九九・九五%。これは異例の数字と言えます。ではこの敗北率を裏付けるため、まずはコイキングの身体能力から見てみましょう。すばやさに関しては一応目立って良好だと言えますが、それ以外の数値は恐ろしく低いですね。特に、こうげき能力の面が低すぎるので、相手にあまりダメージを与えることが出来ないのです。相手にダメージを与える前に、ころっとやられてしまうというわけです(ここでムテヒヌー氏は黒板に書かれたコイキングの種族値のグラフをバンバンと叩く。このポケモンがいかに弱いかを強調したいのだろうか?)。
 しかし身体能力のみに関して言うならば、他にも弱いポケモンは沢山います。キャタピーやビードルを見てみましょう。彼ら虫ポケモンも確かに弱い。しかしやはりコイキングは、この虫ポケモン達にさえよくやられてしまうのです。その理由はコイキングの覚える技にあります。では次にコイキングが覚える技を見てみましょう(と、ここでムテヒヌー氏は、黒板に『たいあたり』、そして『はねる』と順番に書く。特に『はねる』は赤のチョークまで使って、濃い字体で書く。『はねる』の弱さを強調したいのだろうか?)。
 まず、コイキングというポケモンは、技マシンで技を覚えさせることが出来ないという点に注意してください。レベルアップでの成長でしか技を覚えてくれないポケモンなのです。それも『たいあたり』だけ。で、コイキングの技の中には、もう一つ、この種族が最初から所有している技があります。これがちまたで『トレーナー泣かせ』とまで言われている『はねる』の技なのです(ムテヒヌー氏は黒板の『はねる』の文字をバンバンと執拗に叩く)」
 ここで少し補足の説明を入れる。ムテヒヌー氏がこの事を発表したのは、ポケモンという種が調査され始めた『初代学会』での頃だった。だからこの時はまだ、コイキングが『じたばた』の技を覚える事までは調べられていなかったのだ。この事は後に、コイキング最弱説の反論の一つとして、ジョウト地方のポケモン研究学会から『じたばたが語る・コイキング最弱説への疑問』という論文が提出されている。
 では、話をムテヒヌー氏の最弱説の方に戻そう。
「……この『はねる』という技に、どういった機能的な意味があるのかと、私はその研究に、三年の歳月を費やしました。そしてわかった結論なのですが、この『はねる』という技は、ポケモンが扱う技の中でも『ただ無力である』というだけのことだったのです。コイキングのバトルでの敗北率の異常な高さは、この『はねる』の無力さにあったというわけです。キャタピーなど虫ポケモンが使う『いとをはく』は、まだ相手のすばやさを下げるという意味で、戦闘では十分に機能すると言えます。しかしこの『はねる』にはそれさえも一切ない!(バンッと、黒板の『はねる』の文字をムテヒヌー氏が乱暴に叩く。聴衆の一部が驚いて席から飛び上がる)
 とにかく無力! 無力なのです!(黒板の『はねる』の文字を、これでもかと叩きながら、ムテヒヌー氏は狂人のように目をぎょろつかせる。聴衆は互いに顔を見合わせ、騒然となる。この衝撃の事実は、すぐに次の日の新聞のトップを飾ることとなった)」
 ……と、このように展開されたムテヒヌー・オスカー氏のコイキング最弱説だが、時代が進むとともに、この説はだんだん廃れていくことになる。先に述べた『じたばた』の技を覚える件や、コイキング最弱説の反論派としては、他にもこんな見解が出てきたからである。
「コイキングは進化してギャラドスになれるという道がある。そうなれば、一気に強さを増すではないか。ポケモンを語る上で進化は無視できない重要な要素だと思われるが、どうか?」
 このポケモンの進化云々の見解に関しては、さすがのムテヒヌー氏も「そうである」と認めざるを得なかった。彼は、彼の自説である『コイキング最弱説』を「うむ、時代は変わったな。私の説はもはや過去の産物である」と自らの手で破り捨てたのであった。そして反論した側の陣営の研究成果を、彼は微笑しながら素直に褒め称えたのだった。ムテヒヌー氏の学説はもはや覆されたも同然だったが、それでも『コイキング最弱説』を生み出した彼の功績は、今でもまだ多くの者達に支持され、称賛されている。

 ところが十数年後、ムテヒヌー・オスカー氏がまたもや驚くべき学説を発表した。その学説こそ、彼の発表した二つ目の論文、今なお賛成派と反対派とに別れて、多くの議論が続けられている『ミツハニー♂最弱説』であった。この学説はムテヒヌー・オスカー氏の最大のポケモン研究だ、とまで言われている。シンオウ地方の長期滞在旅行から帰ってきた彼は、それから、三日も経たないうちに、この挑戦的で奇抜な論文を世に公表したのだった。
 彼はミツハニー♂がどうして最弱なのかという理由について、まずはコイキングの時と同じように身体能力の低さをあげてから、最後の結論としてこう結んだ。
「ミツハニー♂は進化しないのだっ!(バンッと、彼はこの時もまた黒板を乱暴に叩いた)」
 この衝撃の事実は、またもや次の日の新聞のトップを飾ることとなった。

 ところが後日、真意のほどはともかく、こんな話があったという。どこかの名も知らぬ子供が、ムテヒヌー氏の自宅をわざわざ訪ねてきて、彼にこのような事を言ったそうだ。
「おじいちゃん、ミツハニー♂は一番弱くなんかないよ」
 ムテヒヌー氏は非常な興味を示して、この子供に聞き返した。
「ふむ、どうしてかな? その理由をおじいちゃんに教えてくれるかい?」
「うん。えっとね、カイオーガっているでしょう? すごく強くて最強って言われてるけど、そのポケモンでもヌケニンには負けちゃうことがあるんだよ。でもミツハニー♂はそのヌケニンに勝てるもん。ヌケニンよりも速いし、『かぜおこし』の技だって使えるもん」(補足説明:『かぜおこし』はヌケニンには効果抜群な飛行タイプの技である。したがって、ヌケニンの特性である『ふしぎなまもり』のバリアを貫いてしまえるのだ)
 名も知らぬ子供がこのように述べた時、ムテヒヌー氏は明らかに衝撃を受けたような表情を浮かべたそうだ。彼はなぜか突然、涙を流し始めたという。そして目の前の子供にこう言ったとか。
「うんうん、そうだね。確かにヌケニンに勝てるね! ありがとう、ありがとう坊や……!」
 ムテヒヌー氏はひどく感動し始めて、その子供に何度も何度も感謝の言葉を述べたという。
「うむ、そうだ! ミツハニー♂は決して最弱のポケモンなどではないのだ! ミツハニーの名はちゃんと上のところに上げてやるべきなのだ! ああ、そうだ! 確かにそうだとも!」
 彼は新しい喜びに満ちた顔で、声高くそう言った。しかし、それ以後も、彼が『ミツハニー♂最弱説』を取り下げることはなかった。あの時、ムテヒヌー氏が、どうしてあのように感極まったのかは、今でも謎、彼にまつわる最大の謎とされている。
 伝えるところによると、ムテヒヌー・オスカー氏に会いに行ったあの賢い子供は「あのおじいちゃん、甘い蜜と同じ匂いがしたよ」と、ある時母親に言ったそうだ。子供の母は「まあ、それじゃあ蜂蜜がとても好きな方なのね」と、笑ったとか。
 それからこの親子はその日の午後、蜂蜜を塗ったパンをおやつに食べて、その夜、一匹のミツハニー♂の夢を見たとのことだ。


  [No.497] 最強説 投稿者:スウ   投稿日:2011/06/04(Sat) 19:38:58   36clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 最強のポケモンはいないだろう、というのが、今のポケモン研究学会での総意である。
 しかしムテヒヌー氏だけは「え? 最強はカイオーガなんじゃないの?」と語る。
 最弱説ではあれほど豊かな理論展開を見せた彼だというのに、最強説の方ではなぜだか全く説得力がない。


  [No.498] またヌケニンのお話 投稿者:スウ   投稿日:2011/06/04(Sat) 19:39:46   40clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 部屋の窓から、少女は世界の広がりを眺めていた。そこは標高の高い山の上にあり、ものが皆、静かだった。少女は静かなものは嫌いではなかった。逆に騒がしいものを理解することが出来なかった。そういわけだったのでその少女は、テッカニンよりもヌケニンといることの方が好きだった。

 ヌケニンは静かだ。ヌケニンに恋をしていた。今日も彼と一緒に遠くの地平を眺める。
 彼はどこを見ているのだろう。何を見ているのだろう。
 いつもそうするように、ヌケニンの顔を少しだけ覗き込んでから、彼女はその視線をまた窓の外へと戻す。彼の見ている世界が、どんな世界なのか知る事ができたらな――これまで幾度、そう思ったかしれない。朝も、昼も、夕も、夜も。寝ても覚めても、喉が苦しい時も。

 すると彼女の周りで、物体がくにゃりと歪んだのだ。
 あれ、周囲の速度がとても遅く感じられる。
 太陽がいつもより明るくて、窓の外に見える花々が光に変わっていく。少女の体が少し軽くなった。
 あれ、何だかいつもより軽いよ。
 全ての現象が光り輝いて見える。珍しいことに、ヌケニンが少女の名前を呼んでいた。彼女はにこりと頷いて、ベッドから下りた。

 それから窓を開けて、少女は外の世界へ飛び出した。
 今は初夏の頃だったろうか。向こうに咲いているのは、クローバーだろうか。
 自然の色彩が真っ白な炎みたいになって、静かに囁くように揺れている。その一つ一つに目を丸くしながら、少女は野原を踏みしめる。
 きっとこれが彼の見ている世界なんだ、と少女は思う。
 ヌケニンと二人で歩いてゆく。もう重力には縛られていない。
 ららら、ららら、歌いながら、少女は谷を下っていく。
 これからは、どこへだって行ける。
 ららら、プリンみたいに喉が弾んでる。ららら、ららら……。

 ――その日の午後、病室の窓辺で息を引き取っている少女に気付いて、母親はひどく驚いた。深く眠る彼女の手には四つ葉のクローバーが握りしめられていた。娘が一番苦しい時に、なぜ側にいてやれなかったのだろう。母は声を押し殺して、泣くことしかできなかった。
 けれども少女の寝顔はどことなく安らかだった。その寝顔を見ながら、母は娘の頭を優しく撫でる。娘がいつも大切にしていた、モンスターボールの中身がどこにもなかった。
 まったく、どこへ旅立ったのやら。
 母は少しだけ心配になる。
 あの子は昔っから、綺麗なものを見つけると、先々行っちゃうんだから。