暑い。テッカニンがぶんぶんいってる。隣んちのガーディも鳴いてる。ポッポなんてもう鳴いてすらねえよ。
縁側に寝そべって涼しいかって、いやまあ、もちろんそんなことはない。
庭には池がある。アメタマが沈んでる。
木もある。ミノムッチが暑さで地面まで垂れてる。
ポケモンが暑がってるんだから人間のおれなんか溶けちまう。人間のおれが溶けるんだから、氷タイプのポケモンは間違いなく溶ける。
そこで俺はがばっと起き上がった。汗が飛んだ。
「……溶ける」
思わず口から漏れた呟きは溶けかけていた。
暑さにもかかわらず、俺は縁側から庭に飛び出した。つっかけなんて履かないで、身体が覚えていた走り幅跳びを自然とやってしまう。池の横に着地。飛び込みたい衝動を抑えて蔵まで走る。
つっかけがなきゃ涼しいかって、いやまあ、そんなことないんだってば。
地面は熱い。この辺は昔、海だったから砂が海のものだ。柔らかいし細かいし、でもすぐに熱くなっちまう。俺はこの炎天下で足を思いっきり上下させて走る。
蔵の裏まで来ると、マメパトが倒れていた。きっと屋根裏に巣くっていたやつが暑さで落ちたのだろう。そいつをまたいで扉の前にまわってみると、今度はスピアーがいっぱい落ちている。よっぽど熱いらしい。軒下に見える巣にしがみついているスピアーまでいる。あ、落ちた。
重い扉を押して、蔵の中に入る。
さすがにちょっとは涼しかった。今日一日ここで過ごしたいくらいだ。でも俺にはやることがある。
トラクターが並ぶのを避けて、精米器の横を通って、野菜が入ったダンボールの林を抜ける。そこには冷凍庫があった。
業務用の大きな冷凍庫だ。蓋を持ち上げて開けるタイプの。さあ、開けよう。夏はこれで攻略できる!
俺は両手を使って冷凍庫を思いっきり開け放った。
「ばにりっちいいいいいいい!!」
中にいたバニリッチに汗が垂れた。びっくりしている。汗がついてちょっと嫌な顔もした。
「さあ来い!」
意外とでかいこいつを両手で抱え込んで蔵を飛び出す。
少しだけ周囲が涼しくなった。地面に倒れていたスピアーがむくりと起き上がる。前方でも後方でもスピアーが復活し、なんと俺は囲まれた。
やつらはバニリッチを見て目を輝かせている。
「こ、こいつは渡さねぇぞ……!」
スピアーが一斉に飛んだ。
「バニリッチ、こごえるかぜ!」
俺は走りながら指示を出して、前方にいるスピアーたちを一掃する。ついでにすずしいいいいい!
蔵の裏側に回ると倒れているマメパトはいつの間にか増えていた。バニリッチを見たマメパトが次々と起き始めて、たった今横を通った俺を追いかけてくる。バニリッチは渡さない!
池だ。池からはアメタマが恐ろしい形相で浮かび上がってこようとするのを、れいとうビームでなんとか阻止した。これでやつも夏を乗り切れるだろう。
さあ縁側に突入、しかし、そう簡単にはいかないようだ。
隣の家のガーディが塀を跳び越えて、俺の前に立ちはだかった。舌をべろんと出して、目をどろんとさせて、ほとんど地面を抱くような形で、俺が腕に抱えたものを凝視している。こいつ、らりってやがる。
作戦変更。裏口から台所に入ってやる。
後ろからはマメパトとガーディが追いかけてきている。いつの間にか横にはテッカニンが併走していた。いきなり高速移動を開始するし、今度こそ俺はだめかもしれないと思ったが、バニリッチを手にした俺には死角なんてものが存在しない。
「ふぶきだ!」
テッカニンアイスが庭に転がった。
家の角を曲がってもうすぐ裏口だ。暑さのせいで追いかけてくるポケモンたちはそんなに速くない。これならいける!
そう思って振り返ってみると遙か後方からもの凄い勢いで走ってくるやつがいる。
砂埃を上げて異常な速さで足を動かしている。
やつはミスターちどりあし! あまりの暑さに朝七時の鳴き声をサボったやつだ! よだれを垂らしたポッポ! やつは速い!
俺は口を開けたままほんの一秒ほど固まった。
やつは白目を剥いているんだ。よだれをだらだら垂らして、あほみたいに羽をばたつかせて、それなのにめっちゃちょこちょこ足が動いているんだ。その姿を見たら誰だって一秒は止まる。
「バニリッチ、れいとうビーム!」
……。
バニリッチがポッポを見て怯んでいる!
「おいばか、吐け!」
思いっきり頭を叩いた。手がぶにゅっとめりこんだ。ひんやり気持ちいい。
仕方なく走り出す。大丈夫だ、裏口まではもう少し。既に開いていた戸口にダイブ。そして閉める。
「ふー、巻いたか……」
床に腰を下ろして、靴を思いっきり脱ぎ捨てる。
台所を這って進み、居間に出た。
なんか、みんないた。
追っかけてたポケモンたちがみんな居間で待っていやがった。さすがにテッカニンとアメタマはいない。スピアーも代表が一匹いるだけだ。こいつらそんなにバニリッチをごにょごにょごにょたいのか。仕方のないやつらだ。
「んじゃあ、まずは何味にするか決めようぜ」
俺は台所から三色のシロップを取り出した。バニリッチが哀しそうに首を横に振っている。周りのポケモンたちは目を輝かせていた。
「はい、じゃあ、多数決を取る。イチゴがいいやつ」
ガーディが跳ね回った。バニリッチの首の動きが早まった。
「一票ね。じゃあ次、レモン」
これには俺も手を上げて、スピアーとマメパトが続いた。バニリッチは目を思いっきり見開いて、抗議をするばかりだ。
「じゃ、最後。ブルーハワイ」
ミノムッチが畳を転がり、ちどりあしのぽっぽが忙しなく畳をむしる。
これなら三票入ったレモンに決定――そう思ってバニリッチの方を見ると、やつはとろけるような笑顔で頷いていた。
「てめっ、ミーハーか!」
その意味の分からないネーミングと、化学が生み出した不思議な味に惚れ込む者は少なくない。そんなブルーハワイを頼むのは小学生か中学生と相場は決まっているのだ。高校生以上は黙ってレモン。イチゴなんてもってのほかであるはずだった。イチゴは論外としてもバニリッチがブルーハワイ!
バニラにブルーハワイをかけるなんて、ヒトカゲをサーフィンに連れて行くようなものだ。
あ、俺は呟く。
「三色全部かければいいんじゃね?」
これは妙案だった。バニリッチの首の動きが止まって、それなら悪くないかな、というまなざしを向けている。
シロップの瓶を三つ持って、バニリッチと向かい合う。
いただきます。俺が頭を下げると、周りのポケモンたちも頭を下げた。バニリッチがにこにこと、ここにきていやらしい笑みを浮かべている。
「バニリッチ、俺はお前のことが好きだった」
イチゴシロップをかける。
「そのソフトクリームなフォルム。夏に喧嘩を売る体温」
レモンシロップをかける。
「んで、美味しそうな見た目」
ブルーハワイをかけた。
青い液体が頭から垂れて、目のあたりを通り過ぎる。水色になって残った線が、涙の跡に見えた。
「あぁ、バニリッチ!」
ガーディがバニリッチの顔に食らいつく。
「俺はお前をわすれな――って、ガーディてめえ先に食うなばかやろう!」
堰を切ったようにポケモンたちがバニリッチに群がる。バニリッチが飛び散って、俺の顔にかけらがついた。手で取ってなめてみるとブルーハワイの味がした。
舌打ちをする。ポケモンたちに埋もれて見えなくなったバニリッチを眺めて、ため息をつく。
はぁ。
俺の好きなソフトクリームは、レモンバニリッチなんだよ。
○ ○ ○
こんな感じで一話完結っぽくだらだらいきますばにら