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  [No.63] [連載]  狐日和 投稿者:巳佑   投稿日:2010/10/15(Fri) 13:22:25   58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


ある日のことだった。
何処かは分からないけど、俺は昼寝をしていた。
散々、遊び回った後かもしれない。
そして、燃料が尽きて倒れてしまっていたのかもしれない。
うつらうつらになっている俺の頭の下に何か温かいモノが置かれたような気がした。
はっきりとは分からなかった。
だけど、懐かしい温もりだったことだけは覚えている。

「おーい。ニイチャン、到着したぞー」
トラックに揺られながら眠りこけていた青年が目を覚ました。辺りを見てみると、そこには一人のおじさんが立っていた。白い鉢巻きを頭に巻いている。
「えっ!? もう到着したの、おっちゃん」
「おうよ、もうタマムシシティに到着してるぞ、早くニイチャンも降りな」
威勢のいいおじさんに言われるがままに青年がトラックから降りると、そこにはこれから自分が住むアパートと荷物を運んでくれている一匹のゴーリキーが青年の目に入った。
これから新しい生活が始まることに期待を膨らましていくと、青年の目はカンペキに覚めた。
青年の名は日暮山治斗(ひぐれやま なおと)
今年からタマムシ高校に通う新一年生だった。

一方、その頃、とある稲荷神社の門。
誰もいないその場所に一匹のロコンが現れた。赤茶色の毛並みが綺麗に映える。六本の尻尾も綺麗に毛づくろいされている模様でしっかりと整えられていた。
「ウチ、しっかり、やってくるで! ……だから心配せんへんでも大丈夫やから、な?」
空を見上げながら一匹のロコンは呟いた。
頭の巻き毛に挿してある白銀色のかんざしがその想いに応えるかのように静かに揺れた。
ロコンの名は灯夢(ひむ)
今年から三年間、ワケありの試練を受けるポケモンだった。


これから始まるのは世にも不思議な? 三年間の物語。


  [No.64] 0巡目―1:邂逅は突然に。  投稿者:巳佑   投稿日:2010/10/15(Fri) 14:38:23   59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


「じゃあ、後のことはニイチャンに任していいかな?」
「はい! 大丈夫っす。お世話になりました!」
「いいってことよ!」
日暮山治斗に最高の笑顔を向けるおじさんの歯は真っ白に燃えていた。ゴーリキーも白い歯を見せていた。その後、おじさんはゴーリキーをモンスターボールに戻すと再びトラックに乗った。
「少年よ! 大志を抱けよぉぉぉぉ!!」
トラックを発進させながらのおじさんの叫び声を受け止めた治斗はガッツポーズで気合いを一発、自分に注入すると、今日から自分が借りるアパートの一室へと向かって行った。
恐らく築数十年であろう屋根が朱色の二階建て木造アパート。
一階に大家さんのを含んで二室、二階も同じく二室あった。
治斗が住むのは二階の一室、南寄りの部屋である。
日当たり良好、タマムシシティの街外れの為か緑が多くて落ち着く。少々、すきま風が悩みの種だが、悪くない部屋であった。おまけに家賃も安めで言うことなしだ。
生まれて初めての一人暮らしにテンションを上げながら、今日から住む部屋に入って行った。
「キッチンに、トイレに、小さいけどお風呂に……と。これで家賃があの値段は安いよな!」
意気揚々と部屋の中を探索しながら治斗はダンボールの中から色々引っ張り出す。勉強机などの重たいものはゴーリキーが運んでくれたので、後は小物系と――。
「ふわぁ……。誰や? ウチの住みかに手ェ出しとる奴は?」
不意に声が部屋の中に響いた。
可愛げのある声音が関西弁と共に。
押し入れから出て来たのは一匹の赤茶色のポケモン、ロコンだった。その頭の巻き毛には白銀色のかんざしが刺さってある。
「誰かは知らんけど……ウチが怒る前にさっさと出て行かんと罰当たるで?」
「え〜と……」
ロコンは更に睨みをきかせる。
「小皿系は一応、あっちに置いとくか……。それとラジカセはここに……と」
治斗は片づけに夢中だった。
そしてロコンがこけたのは言うまでもなかった。
しかも、そのこけた間抜けた音で標的の人間がやっと自分の存在に気がついたものだから余計にタチが悪い。
「えっ、ポケモン?」
ロコンの中にある何かが切れた音がした。
「いまさら、気付くんかいな! おんどれは!! ウチがどれだけスベッタか、分からんかったやろ!? 罰としてみたらし団子を食わせろやぁぁ!!」
思わず、逆上したロコンから矢継ぎ早に放たれていく人間の言葉に治斗はすかさず息を飲んだ。
「ぽ、ポケモンがしゃべってるっ!?」
「なんや、ポケモンが人間の言葉話せて悪いんかぁぁぁ!?」
一方は口から比喩ではない本当の火炎放射が出かねないポケモン。
かたや、もう一方は瞳孔を丸くさせている人間。
このように物語は騒々しく始まったのであった。 


  [No.65] 0巡目―2:物事は突然に。  投稿者:巳佑   投稿日:2010/10/19(Tue) 03:31:40   71clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「ええか? 今までのことを整理すると……こうや」
「お、おう」
「ウチは確かにここのアパート『楓荘(かえでそう)』のこの一室に契約したはずなんや。さっき契約書をお互い見せたから、実証済みや。……ということはコレは二重契約してもうていたことになるで?」
一人の人間が正座で説教を受けているかのように。
かたや一匹のポケモンは先生のように。
この情景が滑稽かどうかは想像にお任せすることにする。
「ちなみに、俺はココから出ていく気はないからな」
「んなこと。お互い様やろ」
「……ポケモンなんだから、外でも大丈夫なハズじゃ」
「ウ・チ・は、これから三年間、野良生活は禁止されとるんや!!」
治斗は今、ポケモンと会話をしている。
ポケモンのロコンと会話をしている。
別に治斗に特別な能力があるというわけではない。
ロコンが人間の言葉を操れるから会話が成り立っていた。
ただ、それだけのことである。
ロコンの『ボケモンが人間の言葉を話せて、悪いか!?』という怒りの一言のおかげだろうか、
治斗はこの状況に見事に順応していた。
しかし、一難去ってまた一難。問題はそれだけでは済まなかった。
ロコンは治斗がお菓子用に買っていたみたらし団子をもらっていた。最後の一本を食べ終わってから口を開いた。
「アンタ、なんでココに住もうと思った?」
「いきなりだな……」 
「悪いんか? まず、お互い理由を言おうや、り・ゆ・うを!」
本物の火炎放射が飛んで来ても嫌だったので、治斗は正直に答えることにした。

「俺は今年からタマムシ高校に入ることになったんだ。それで一人暮らしを始めたというわけだ」
「両親は?」
「絶賛海外旅行中。それも、理由の一つかな」
治斗が次はお前の番だと言うようにロコンを見やる。
「ウチは、まぁ見ての通りロコンなんやけど……。キュウコンになる為に上からの試練が来てな、それに合格する為にココに来たんや」
「キュウコンって、炎の石で進化できるんじゃなかったけ?」
「……人間はウチらのことをあんまりよく知らんみたいやな。確かにウチらロコンは炎の石で進化できるで? だけど、それはあくまで一つの方法に過ぎんのやよ」
「じゃあ、もう一つの方法があるってこと?」
「そうや。まぁ、方法というより、一つの道なんやけど。炎の石で進化するロコンの他に歳を重ねることで進化するロコンもおるんや」
「歳を重ねるってどれくらい?」
「ざっと千年やな」
「!!??」
「千年経ってようやくキュウコンになれる、それがウチなんや。ちなみに歳は997歳やで、どうや? すごいやろ?」
「………………」
妙な治斗の沈黙がロコンの神経を逆なでした

「なんや!? まさか、ウチが可愛いからそんな威厳がないとか! そんなこと思ってるんやろ!?」
ポケモンはソレを『じばく』と読む。

「いや、その銀色のかんざしだけ年代物って感じはしたが」
人間はソレを『墓穴を掘る』と読む。

「おんどれはウチのことを馬鹿にしてるんかぁ!?」
ほぼ防衛反応的に今後のお菓子用に買い溜めしておいた茶菓子を治斗はロコンに出した。
それを条件反応の如く受け取ったロコンは雑に包紙を破ると一個のまんじゅうを口に入れた。
みたらし団子ではなくフエン産の温泉まんじゅうだったが、なんとかソレで火炎放射を止めることができた治斗だった。
「……ったく、ええか? もう単刀直入に言うで?」
緑茶を一口加えてからロコンは続けた。
「これから三年間、ウチは人間としてタマムシ高校に入って無事に卒業しなきゃあかんねん」
「えっ人間って、おま、ポケモンだろ?」
言葉の意味が理解できず治斗は訝しげ満点にロコンを見つめる。
ロコンはそんな治斗を鼻で笑いながら自慢げに語るふりをしながら、いきなり一回転した。
煙が上がったと思うと、もう消えていて。
そこに立っていたのは一人の少女だった。
背は150後半で、赤茶の髪の毛を腰まで垂らしていた。
そして三本のクセッ毛が先端を丸めながら頭から立っていて、その近くには例の白銀色のかんざしがあった。
そして服はしっかりとタマムシ高校の制服(紺色のセーラー服)であった。
「どうや? なかなか可愛ええやろ?」
驚いた治斗の顔はまさしく狐につつまれた顔であった。


  [No.67] 0巡目―3:結局は突然に。  投稿者:巳佑   投稿日:2010/10/21(Thu) 19:45:26   59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「あらまぁ、それはそれは大家さんが失礼しちゃいましたねぇ。
 えっ? あ、私は大家さんの代理をしている者ですぅ。 
 改めて、楓里幸(かえでさとさち)と申しますぅ。
 大家さんですかぁ? すいません、あのお方は少しばかり放浪癖がありますからぁ。
 いつ帰って来るか分かりませんのぉ。
 まぁ、でも、少々狭い場所かもしれませんが二人で住んでもよろしいのではぁ?
 折角の高校生活ですものぉ。こういうのもなかなか体験できるものではありませんよぉ?」
身長は170前半だった。
髪は茶髪で太ももまでウェーブをかけながら垂れていた。 
そして昔懐かしい、かっぽう着を羽織っていた。
『楓荘』の大家代理、楓里幸は終始、和やかな微笑みを見せていた。

「……だ、駄目や。なんかあのホワンホワンに力を奪われた感覚や」
「あの人を責めることはできないよな……」
楓山幸の独特なペースに見事にはまった治斗とロコンは
苦情の『く』の字も漢字の『苦』に変換するどころか出すことも叶わず、元の部屋に戻っていた。
気がつけば空はいつの間にか夕日が沈みそうになっており、
まだいささか冷たいが、それでも春の香りが伝わってくる風が部屋の中に入り込んで来る。
それが合図かのようにロコンは元の姿に戻っていった。
「……しゃあないな、ウチも野良生活はできへんし。おんどれを外にほっぽっておくのも嫌やしな」 
「俺も……それと多分お前も今から新しい部屋を探すのは無理だろ?」
「当たり前やろ。おんどれを外に出して何かあって、
 それでいきなり試練を不合格にされられたらウチ、絶対におんどれに呪いをかけたるからな」
齢997歳のロコンもとい狐の呪いなんかマトモじゃない。
まだ、治斗にとってロコンの言ったことは正直に判断するとなれば半信半疑だ。
しかし、迷信を馬鹿にしたヤツが怖い目に会うというのもある……とこれは治斗の母からの受け入りなのだが。
思わず息を飲み込んだ音が鳴ってしまう。
「そないに怖がらんといてもええやないか。……それとも怖がり屋だったかいな?」

馬鹿にされて頭に血が上ってしまうのに年の差なんか関係なかった。
「俺はそこまで怖がりじゃねぇ! というかその姿でそんなことを言っているヤツに説得力なんかないと思うぞ!」
「なっ! お、おんどれ……今、ウチ以外のロコンにもケンカを売ったやな!?」
「997歳かなんだかよく分からないけど、ぶっちゃけ子供にしか見えねぇよ!」
「た、たわけたことをぬかす口はコイツかーー!!??」
一触即発の空気が――。

「ごめんなさいねぇ、失礼しますよぉ」

『しめりけ』という特性を持った天然で不発に終わった。

「先程のこちらの不手際の償いになるかどうかは分かりませんがぁ、
美味しいラッキーのタマゴ産クッキーを持って参りましたのぉ。
ぜひぃ…………あらぁ? 可愛らしいロコンですわねぇ。治斗さんのポケモンですかぁ?
毛並みもいいしぃ、よく育てられている感じがしますよぉ。
触ってもよろしいでしょうかぁ? 
……もふもふ……もふもふ……。
…………暖かくて気持ちいいですねぇ。
あらぁ? もうこんな時間でしたのぉ? 
それでは私、『ミミロップの休日』を見に行きますのでぇ、
あっ、ちなみにコレぇ、私の今一番おススメのドラマですぅ。それではぁ、失礼しましたぁ」

楓山幸が帰った後、
天然水が打ったかのように場の空気が静かになった。
そしてソレは見事に治斗とロコンの間のピリピリ感をも
綺麗さっぱりに洗い流していた。

「……まぁ、ともかくや。ここはいっちょ共同生活する他ないやろ」
「そうだな。それしかないってことだよな」
「言うとくけど、ウチの住処の押し入れに入ったらしょうちせんへんで?」
「分かった分かった」
とりあえず落ち着いた治斗とロコンのお腹から気の抜いた音が鳴り響いた。
同時にお互いの顔を見た二人は思わず笑ってしまっていた。
「んあっ一番大事なこと訊いとくのを忘れておったわ」
「何?」
「おんどれ、名前、何て言うんや」
そういえば物事が唐突すぎてお互い、基本中の基本のことを訊きそびれていたのであった。

「治斗、日暮山治斗だ」
「ウチは灯夢(ひむ)っちゅうんや。よろしゅうな」
「……名前あったんだ」
「当たり前やろ! 皆が皆ロコンやと混乱するやろ?」
「確かにそうだな」

日は沈み、空は漆黒の服に衣替えをした。
街外れの為か星と月が綺麗に浮かばれているように映った。
明後日からいよいよ高校生活が始まる。

「そういえば、お前って人間のメシ食えるのか?」
「全然平気やで。なんや作ってくれるんか?」
「……というよりお前は作れるのか?」
「ウチは食べるのが専門やからな!」
「要するに作れないってことか。こりゃあ料理担当は俺になりそうだな」
「なんや!? 食べることっちゅうのは偉大なんやで!? 大事なんやで!?」
「ともかく、そこに茶菓子を置いといたから、ソレをつまんで待ってろっ」
「……もう食ってしもうたけど?」
「早っ!」

明後日からいよいよ高校生活が始まる。
ただでは終わらない不思議な高校生活が――。

「食後のデザートっちゅうもんにみたらし団子はあらへんか?」
「ねぇよ」
「なんやと!?」


始まる。


  [No.68] 0巡目の足跡。  投稿者:巳佑   投稿日:2010/10/21(Thu) 20:26:24   55clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ようやく高校生活スタートのところまで書き終えました。
これから治斗が灯夢がどんな学校生活を送っていくのか、自分自身も予測不可能です。(笑)

さて『足跡』の説明を少しばかり……。
ここでは区切りのいいところで、そこまでで新しく登場したキャラクターの簡単な紹介をさせてもらいます。
『しおり』みたいなものだと考えてもらえればいいと思います。
このような形で少し整理みたいなことをした方がいいかなと思いまして、このページを作ってみました。

・日暮山治斗(ひぐれやま なおと)
とりあえず『狐日和』の主人公である少年。
作中に書くのを忘れていましたが、髪は黒色でショートヘア、眼の色も黒です。
ちなみに細かいところを言うと身長は174センチメートル、体重は55キロです。
性格の方は割としっかりとしている方で、後、巡応力が人並み以上に高いです。

・灯夢(ひむ)
『狐日和』のヒロインである関西弁のロコン。
頭の巻き毛には白銀色のかんざしが飾られています。
性格は作中でもご存じの通り、怒りっぽいところが多々ありますが、
茶菓子を出されると落ち着くという可愛らしい一面も持っています。
好物は『みたらし団子』だそうです。

・楓里幸(かえでさと さち)
『楓壮』の大家代理を務めている女性。
ホワンホワンとした独特な口調と和やかになれる独特な雰囲気の持ち主。
性格の方は物腰がとても柔らかく(……逆に柔らかすぎでしょうか……?)
そして天然なところがあるといった感じです。

こんな感じで軽く触れる感じですが『足跡』のページは展開していきますので
よろしくお願いします。
それでは、まだまだ微力な者ですがこれからもここで書かせてもらいます。
よろしくお願いします!


  [No.72] 1巡目―春の陣1:それは春一番の如く  投稿者:巳佑   投稿日:2010/10/22(Fri) 19:14:43   52clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

[私立タマムシ高校]
タマムシシティにある当学校は
一学年六クラス、一クラス二十人の少人数形式を取らせてもらっています。
授業は一年生、二年生では共通の科目を取り扱い、
三年生では通常授業に加えて理系クラスと文系クラスに分かれて授業を行うカリキュラムとなっております。
なお、このタマムシシティにはタマムシ大学がありますが、
本学は付属校ではありませんので、
エスカレーター式で自動的に上がることはないということを承知して下されば助かります。
また、本学は体育祭や文化祭などの行事もありまして
生徒の自主性を尊重して――。

誰もいない、とある部屋の一室の机に無造作に置かれてある一冊の本。
どこからか春一番からのすきま風が部屋の中に入って来て、
本のページを勝手にめくっていた。
静かな音と共にどうやら校長先生のインタビューらしきページが顔をだした。
そのページの顔写真に映っていたのは灰色の長い髪を綺麗に垂直に垂らした女性だった。


春風は背中を押すかのように吹いていて走ると心地がよくなる。
しかし、今はその春風にもっと手を貸してもらいたいというのが二人の心情であろう。
いや……厳密に言うと一人と一匹なのだが。
「やっべー! 早くしないと遅刻するって!!」
「んなこと言われなくても、分ってるわ!」
「ったく! お前が三度寝なんかするからっ!」
「おんどれこそ! 二度寝なんかしよるのがいけないやろ!!」
全力疾走しながら口で火花を飛ばし合うという器用なことをしていた二人は
ともかく我先と徒競争でもしあうかのように先へと急ぐ。
この桜並木の道を通り抜ければタマムシ高校はもうすぐであった。
今日はタマムシ高校の入学式。
一人の少年、日暮山治斗と
一人の少女、しかし正体はロコンの灯夢の全力疾走の姿に、
見たところ散歩中の一人のおばさんとポチエナは思わず振り向いて口を開けていた。

「……まさか、ここまで疲れるもんやとは思わなかったで」
「俺も中学の頃に受けたことはあったけど、あれほどじゃなかったな」
上履きに履き替えた治斗と灯夢は指定された自分たちのクラスに向かって歩き始めていた。
二人とも、その両手に大量の部活勧誘の紙を抱えながら。
なんとか時間ギリギリに正門に入った二人を待っていたのは部活勧誘の波で、
それを泳ぎ切るにも体力を使った二人であった。
疲労に疲労を重ねながら灯夢は呟く。
「これが俗に言うVIP待遇っちゅうもんなんかな」
「……そんな言葉、知ってたんだ」
「あんなぁ……おんどれ。ウチが何歳かって知っとるはずやろ! 経験が違うんや! け・い・け・ん・が!!」
肩で息をしているときのその行動はポケモンの技で言うと『じばく』と読む。
「そんなにせき込んで大丈夫か?」
「くっそう……。今度からは元の姿で登校してやろか。『でんこうせっか』で学校まで一発やで」
「『でんこうせっか』って、あれは相手にぶつかる技だろ?」
「おんどれは頭が固いんや! ええか? ポケモンの技はバトルだけやないということ、知っとき!」
確かに考えてみれば、例えばヒトカゲなどの『ひのこ』もたいまつをつけたりするのに役立ちそうだし、
『アロマセラピー』という技でリラックス出来たり……とポケモンの技は人間の生活にとても役立ちそうである。
「昔、二ドラン♀とデートでもしようとしたんかいな。
 二ドラン♂が待ち合わせに遅刻しそうになっとるところを見かけたことがあるんよ。
 そのときのアイツもバリバリ『でんこうせっか』を使ってたで」
そしてソレはポケモン自身の生活にも役立てていたようである。
ダラダラと話をしている内に治斗と灯夢は自分たちのクラスへと到着した。
流石にもうすぐ時間ということもあって殆どの人がクラスの中にいた。
「……まさか、お前と一緒のクラスとはな」
「おんどれ……。まぁ、ウチも同じこと考えてたから怒らんけど、いい加減にその呆れ顔を止めんと殴るで?」
「結局は怒るじゃねぇか」
「一言多いんや! おんどれは!!」
怒りの形相の灯夢が持っていたクラス発表と題された紙にはしっかりと。
2番  天姫(あまひめ)灯夢
15番 日暮山治斗
二人の名が1−Fの枠の中に刻まれていた。
ちなみにクラスの人たちが一斉に灯夢のことを見たのは言うまでもない。

ご近所の間の付き合いがあるように、
学校では隣席付き合いというものが存在するとかしないとか。
「よ! ギリギリだったなオマエ。
 ああ、オレ、日生川健太(ひなせがわ けんた)って言うんだ、ヨロシクな!
 ん? あぁ、これ? 可愛いイラストだろ? オレが描いたんだよ。すげぇだろ?
 ところでさぁ、オマエってアニメとか漫画好きか?」
「まぁ、どちらかと言えば好きってほうかな……」
くりくり頭に赤色のふちをした眼鏡。
背は治斗よりもいささか小さいといったところ。
治斗の隣に座っていたのはどうやらオタク系の少年だった。
可愛い女の子を描いていた手を止め治斗の方に顔を向けた。
ちなみにイラストはデッサンとかもしっかりとしているようでうまかった。
治斗に興味があるというのを体現するかのように興奮した顔を浮かべていた。
「なぁなぁ! さっきの女の子ってさぁ」
健太の声音が嬉々とした色を帯びている。
初対面の相手にここまで積極的というのも珍しいが何故だか悪くはない気がすると治斗は思った。
少なくとも初対面の相手に対して怒声を浴びせてくる奴に比べれば。

どこからか可愛い音色を奏でたクシャミが聴こえた。

「大丈夫? 風邪でも引いた?」
「あの……良かったら……こ、これを使って……ください」
「すまへんな。おおきに。…………ふぅ、誰かがウチの噂でもしよったか?」
「そりゃあ、クラスの入り口であんな声を上げたら誰だってウワサするでしょうよ」
「しゃあないやろ! 全部アイツが悪いんやからな!」
「お……落ち着いて……ください」
「…………」
「あ、あの……わ、わたしの顔に何か付いてますか?」
「んや。なんでもあらへんよ……」 
ここで灯夢の言葉が一旦途切れてしまう。
そういえばこの二人とは初対面だったということに気がついて名前を知らないことにも気がついた。
その様子を察したのか一人の少女が名乗り出た。
肩までかかった黒い髪でおでこは見事にオープンされている。
眼の色は若干、茶色に染まっていて。
身長は160センチ後半だった。
「アタシの名前は朝嶋鈴子(あさじま すずこ)ヨロシクね」
そして、もう一人の子も誘われるように挨拶をする。
朱色の髪でツインテールになっている。
黄色のまなざしが恥ずかしそうに揺れていた。
背は160センチ前半ぐらいだった。
「わ、わたしは……光沢しずく(みつざわ しずく)……と言います。よ、よろしくお願いします」
「ウチは天姫灯夢っちゅうんや。よろしゅう頼むわ」
とりあえず自己紹介も終わったようなので、話の続きでもすることにした。
まだお互い会ったばかりで何を話せばいいか分からないというものもあるのだが、
鈴子はネタが思いついたかのように口元をニヤニヤとあげながら灯夢のことを覗いた。
「な、なんや?」
「ねぇ、さっきの男の子って――」

この後、鈴子がどんな質問をしたのかはご想像にお任せする。
ただその後
「んなワケあるかぁー!! このたわけぇー!!」
灯夢の全否定の怒声が教室中にこだました。

その言葉が合図になったかのように
窓の外の木に止まっていたポッポ達が一斉に空へと飛び出していく。
その慌ただしい羽音は、まるでこれからの治斗たちの高校生活を表しているかのようであった。


  [No.75] かなしきかな狐の習性【読了0巡目まで】 投稿者:No.017   投稿日:2010/10/23(Sat) 13:38:56   57clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

お し い れw
化けてても、齢997歳でも所詮は狐か(笑)

読んでますよ、ということで書き込んでみました。



このサイトの人の狐好きの確率は非常に高いと思うw

※レス位置がよくなかったと思うので、場所変更しました。
ツリーーの使い方として、

親記事にレス→真下に伸びる
それぞれの記事にレス→横に伸びる

という機能がありますので、
本編は真下に伸ばす、感想は横に伸ばすって形式だとわかりやすいかもしれませんね。


わかりやすいスレッド

・【親記事】
・第1話(親記事に返信)
 ・第1話感想その1(第1話にレス その1)
 ・第1話感想その2(第1話にレス その2)
・第2話(親記事に返信)
・第3話(親記事に返信)
・第4話(親記事に返信)
  ・第4話感想(第4話にレス その1)
・第5話(親記事に返信)



今あるスレッドの状態

・【親記事】
・第1話(親記事に返信)
 ・第2話(第1話に返信)
  ・第3話(第2話に返信)
   ・第4話(第3話に返信)
    ・第5話(第4話に返信 その1)
    ・第4話の感想(第4話に返信 その2)


  [No.71] Re: [連載]  狐日和 投稿者:ジャクソン   投稿日:2010/10/22(Fri) 13:54:52   52clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

映画見てから狐好きになりましたジャクソンです。(とは言ってもロコンは出せんでしたが…)

ロコンのやけどしそうな関西弁が大好きです。

なんでやねん!
I LOVE NANDEYANEN!


  [No.77] 祝い酒とお知らせ的なモノ 投稿者:巳佑   投稿日:2010/10/23(Sat) 14:27:31   65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

感想ありがとうございます!

[No.17さん]
「No.017さんのおかげで狐好きになりました!」
というお方が少なからずいらっしゃるような気がする
今日この頃です。
そして、アドバイスありがとうございます! 
皆様の投稿を見て、
なんで真下に伸びないんだろうかと疑問に思っていたので
とても助かりました。
ありがとうございます!

[ジャクソンさん]
私は『ポケモン不思議なダンジョン』のキュウコン伝説で
狐好きの熱が更に上がったと思われます。
ゾロア、可愛いですよね。
暴走しがちな灯夢ですが
これからも可愛がってくれると嬉しいです。


*今回はココで感想のお礼をさせてもらいましたが、
これ以降の感想へのお礼は『足跡』のページ(次は春の陣が終わる辺り)でまとめてさせてもらいます。
これからも微力な私ですがよろしくお願いします!


  [No.88] 1巡目―春の陣2:それは春一番の如く。 その2 投稿者:巳佑   投稿日:2010/10/23(Sat) 21:07:21   71clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「……というワケで以上がですね、基本的なことですね。
 まぁですね、皆さん。これからの高校生活をですね、謳歌して下さいね。
 人生はですね、勉強だけではありませんからね。
 あっそうそう。天姫さん。いきなり怒るのは体に悪いですからね。
 以後、気を付けるようにして下さいね」
丸底型の眼鏡を掛けた男がそう言うとクラスの皆が笑い出す。
灯夢はバツが悪そうな顔を男に向けていた。
いい加減にしないと自分の中の何かを切らすといったような眼光に
男は背中に冷や汗をかきながら、
しかし顔には出さずにソレを微笑みの中に隠しながら続けた。
「それではですね。皆さん、今日はお疲れ様でしたね。
 また明日、お会いしましょうね」
古さを感じさせる丸底型の眼鏡。
背は160センチぐらいで小柄。
少々メタボ気味の体型。
そして苦労を感じさせるちょっとしたハゲ頭。
1−Fの担任と同時に国語教師である長束吉男(ながたば よしお)の一声で
入学式の日の終わりが告げられた。

「……はぁ、今日はなんかとても疲れたで」
「そりゃあ、あんだけ怒ったら疲れるだろ」
「おんどれらがウチに余計な一言ばかり言い寄ってくるからやろ!」
「まだまだ元気じゃねぇか……」
『楓荘』の二階の自室に戻って来た治斗と灯夢は荷物を下ろすなり力なくその場に座り込んだ。
夕暮れが綺麗に映える帰り道では疲れとともに
新しい教科書という大荷物も手伝って、二人の口を閉じらせていたのであった。
ヤミカラスの鳴き声が遠くから聞こえてくる中、このまま眠ってしまいそうになるが
後片付けをしなければいけないという使命感にも似たソレが治斗と灯夢のまぶたに落ちることを禁じていた。
「あかん……。ともかく片付けせえへんと、このままやと力がカンペキに抜けて元の姿になってまう」
「…………」
「なんや? おんどれもさっさと手ぇ動かんさんか」
「いや、分かっているけど、お前ってやっぱり押し入れに住む気なんだな」
治斗が教科書などを机の上などに整理している一方、
灯夢が教科書などを押し入れの中に入れて整理している姿は誰が見ても新鮮だった。
大人一人程度だったらちょうど収まるぐらいの押し入れは二段式で、灯夢は上の段の方を使っていた。
中を覗いてみると本棚がちゃっかりと置いてあり、その中には教科書などが並べられている。
そして茶色のスタンド型の蛍光灯が枕元の方に鎮座(ちんざ)しており、夜中でも勉学などができるようになっていた。
「当たり前やろ? というより、おんどれ……分かっとると思うけど、ウチにことわりにもなく勝手に入ったりとかしたら
 特大の『だいもんじ』でヤキ入れてやるからな?」
片付けをする手を動かしながら治斗をにらみつける灯夢の瞳の中には
『本気』という二文字が浮かび上がっているように見えた。
おまけに疲れによるイライラの相乗効果で余計に恐ろしく見えるから手に負えない。
治斗は黙ってうなずくだけにしといて、後片付けの続きに手を動かした。

「……ふぅ、なんかようやく落ち着いた気分やで」
「明日の持ち物はこれでよし……。後は寝るだけか」
今日やるべきことを全てやり終え、後は就寝だけとなった夜中。
ちゃぶ台に置かれた黒いラジカセからラジオが流れてくる中、
治斗は教科書を入れたリュックサックの口を閉めていて
一方、灯夢の方は押し入れの中でゴロゴロしていた。
ロコンの姿に戻っていたので中は比較的広く感じられ、快適そうなエビス顔を浮かべている。
「明日は遅刻しないようにしないとな……」
そう呟いた治斗に灯夢が自慢げな顔を浮かべた。
「ウチはいざっちゅうときは元の姿で『でんこうせっか』するから心配あらへんな」
「……じゃあ、起こさなくても大丈夫ってことだよな?」
「そしたら呪うで?」
「……思ったんだけどさ、こういうときだけソレってズルくねぇか?」
「いいやん別に……ウチは本当のことを言うとるだけやで?」
このときの灯夢の笑顔の意味をどう取るかはご想像にお任せすることにする。
治斗はため息だけ一回つくとラジカセの電源を落とし部屋の電気を消した。
それと同時に灯夢も押し入れの扉を閉めた。
どこからかヨルノズクの鳴き声がお疲れ様というように鳴り響いていた。



[宿泊会のお知らせ]
皆様ご入学おめでとうございます。
入学してまだ慣れないこともたくさんあるでしょう。
そこで毎年の新一年生には親睦を深める為に宿泊会というものを実施しています。
タマムシの森でのウォークラリー大会や協力して料理を作ったりなどして、
最終的にはこの一泊二日の宿泊会を通じて、
皆様の親睦が深められるように祈っております。



月光に触れられた、
治斗の机の上に置かれてある一枚の手紙が
ぼんやりと目を開けていた。


  [No.104] 1巡目―春の陣3:春風は距離を縮めさせる。 その1  投稿者:巳佑   投稿日:2010/10/30(Sat) 17:43:54   59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

学校生活はまだ先があるからとかなんとか思っている内に足早に過ぎ去ってしまう。
入学式翌日から新入生オリエーテーションやら身体測定やら、そしてもちろん授業も進んでいく。
入学したてのクラスの子たちはまだ若干ぎこちない様子を見せているのが大半だった。
恐らくは彼らの背中を押す意味でこのような催し物があるのだろう。
タマムシ高校恒例の新一年生宿泊会が。

朝日が上ってまだ一、二時間経過するかしないかという頃。
タマムシ高校の正門にはどうやら一年生たちが集まっていて、
皆、ワイワイがやがやと井戸端会議のように隣と話していた。
よく見ると、五人で一つに集まっているようである。
ちなみに一人一人、学校指定の紺色のジャージを着用していて、
ちなみに胸元には『T』と『M』が格好良く組み合されているロゴがあった。
そして、その五人組の中には――。
「今日は皆ヨロシクな!」
アニメ・ゲーム大好き、特技兼趣味はイラスト。赤い色のふちを持つ眼鏡が眩しい日生川健太。
「ふわぁぁ……朝から元気ね。」
朝日を浴びて強くきらめくおでこをかきながら少し眠たげな朝嶋鈴子。
「え、え……と。よ、よろしくおねがいします……」
恥ずかしそうに朱色のツインテールを揺らしている光沢しずく。
そして――。
「……なんで、こないなところまで、おんどれと一緒やねん」
「しょうがないだろ。くじ引きが悪かったんだからな」
赤茶色の髪に白銀色のかんざしを挿していて、そして若干ご機嫌ナナメの天姫灯夢。
寝ぐせの髪を手でいじっている日暮山治斗。
以上の五人が一つに集まっていた。
「ウチを貧乏くじ野郎って言いたいんか、おんどれは!?」
そして、灯夢の怒声がこの場に集まった者たちにとって目覚まし時計となっていた。

[宿泊会一日目:朝]
「というわけですからね、皆さんね。
 このタマムシの森を回って行きますとね、
 チェックポイントがいくつかありますからね。
 そこでハンコを押してもらってですね、またこの場所まで戻って来てくださいね」
バスに揺られながら約一時間半。
タマムシの森にたどり着いた新一年生たちは
いくつかのヴァンガローが立っている広場に集まって、
1−Fの担当で国語教師の長束吉男からウォークラリー大会の説明を受けていた。
ルールはいたって簡単。
タマムシの森にいくつか散らばったチェックポイントにハンコがあるので
それを全部押してきて再びこの広場に戻ってくるというものであった。
各班(一班五名)にはそれぞれ地図が渡され、
その地図の示す場所に向かうだけでよいというシンプルなものである。
タマムシの森は散歩コースと銘打って歩道用の道がちゃんとなされており、
若干、正規の道から外れたところにチェックポイントがあるのだが、
深入りしなければ心配ないぐらいであった。
「いいですかね、皆さんね。
 チャックポイントの順番はですね、自由ですからね。
 あっそうそう。成績上位者にはですね、
 お楽しみがですね、 ありますからね。
 それではですね、準備ができた班からですね、スタートしてくださいね」
長束の声で新一年生たちは皆立ち上がり、スタートしていった。
ごほうび効果かどうかは分からないが、
瞳の中に炎を立てている新一年生が多かった。
無論、この班も例外ではなかった。
「成績上位者には何がもらえるんだろうな!? オレ、フィギュアとかがいいんだけど」
「お菓子とか、そういうのじゃないの?」
目を光らせながら何やら期待している健太をやや呆れ顔で見る鈴子。
「ウチ、みたらし団子がええ!!」
「おまっ、バスの中でも食ってたじゃねぇか!?」
「これだからみたらし団子は罪やで。
 何本何本食うてもウチを完ぺきに満足させることができへん」 
「……そこまでみたらし団子が好きだったのか」
「いいか!? おんどれ! みたらし団子を馬鹿にすることがあったら許さへんからな!! 覚えとき!」
 若干、暴走しがちな灯夢に相変わらず手を焼いている感じの治斗。
「……あ、あの、がんばりましょうね……?」
どうしたらよいのか分からない困り顔のしずくの言葉を先頭に治斗たちは森の奥へと入って行った。

カントー地方の有名な森といえばトキワの森である。
そしてタマムシシティでキャンプ地として利用されているのがこのタマムシの森である。
面積はトキワの森に比べればさほど広大というわけでもなく、
また人の手が入っていたりしているためか、
少なくともトキワの森よりも複雑ではないはずであった。
「……で、どうしてアタシたち迷っちゃったわけかしら?」
「なんでだろうなぁ?」
「……」
「……」
「……」
「ん? なんだよ、みんなしてオレのこと見つめちゃって」
「おんどれが勝手に動きよるからやろ!!」
灯夢の怒声が森の中に響き渡った。
チェックポイントを二つほど経過した、そこまでは順風満帆だった。
しかしここで事件が発生した。
目ざといのかどうかは分からないが、
健太が急にポケモンを見つけたと追いかけ始めてしまったのである。
治斗たちの方は健太を追いかけて、
ようやく健太が逃げられたと言いながら止まったところで無事に合流……した地点で、
一行は正規の道から大きく外れてしまっていた。
元来た道をたどって行けばいいという考えは
右に左に疾走していく健太を追いかけているときに捨てて来た。
「しょうがないじゃん。ポケモンがオレのことを誘惑するから」
あくまでも前向きな態度に笑顔を乗せた健太に
怒る気力をなくしたかのように鈴子が苦笑いしながらため息をついた。
「……でも……ここはどこ、なんでしょうか……?」
あちらこちらに顔を向かせながら、しずくが不安の色に上塗りされた声を出す。
朱色のツインテールも行き場がないと示すかのような揺れを見せていた。
トキワの森のように深くて複雑ではないとはいえ、森は森。
一瞬の迷いが不安の元になる。
そよ風が立てる葉っぱの小さくささやくような音に不安感をより一層あおられてしまう。
鈴子はこのままではラチが明かないと思ったかのように手をたたいた。
「ともかく、ここはなんとかして、
 とりあえずバンガローの広場に戻って来ることだけを考えましょ」
弾けるような乾いた音とともに治斗、灯夢、健太、しずくは鈴子を見やる。
「考えるって方法は?」
治斗の素朴な疑問に鈴子はポケットから何やら取り出す。
赤と白に塗られたボール――モンスターボールだった。
「一応、野生のポケモンに襲われても対処できるように
 班の中に必ず一人はポケモンを持っている人を入れるってルールがあったでしょう?」
人の手が通っているとはいえ、元々はポケモンの住みかであるタマムシの森だ。
野生のポケモンが出てきてもおかしくはない。
しかし、人間に警戒してるのか森の奥の方を住みかにしているポケモンが殆どを占めているかもしれないから、
遭遇率は比較的に低いほうである。
まぁ、たまに正規のルートの近くに顔を出す野生のポケモンもいるようだが。
野生のポケモンはおとなしいのもいるが、気性が激しく襲いかかってくるのもいたりする。
「アタシが一匹、ポケモンを持っていることは班を構成するときに教えたわよね?
 あのとき、うっかりみんなに聞くのを忘れてたんだけど、他にポケモンを持っている子っている?」
それを聞いた灯夢は当たり前のように手を挙げながら。
「そないなことやったら、ウチはポケ――」
しかし、それは鈍い殴打音に間を入れられて阻止された。
治斗の『からてチョップ』によって。
綺麗に垂直にそして少し力を込められたソレによって。
ちなみに灯夢の自信満々な顔から何を言おうとしたかは……ご想像にお任せする。
「な・に・すんやねん!! おんどれは!!」
もちろん灯夢の中の何かが切れたのは言うまでもない。
いきなりの出来事に鈴子も健太もしずくも目を丸くさせていた。
「頭に虫が止まってたから仕留めてやろうかと思って」
「な!? おんどれはたわけモンかぁ!? そないな方法でやったら、どうなることぐらい分かるやろ!?」
嘘は人の口を饒舌(じょうぜつ)にさせる。
「分かっててやってみた」
「この、どアホがぁぁぁ!!!」
灯夢の怒りが爆発した、という言葉を見事に表現した音が森の中に鳴り響いた。
みぞ打ち一発。
だけど、これで面倒なことから回避することができたと
大きな任務達成を果たした気分になりながら――。
声にならない悲鳴とともに
治斗はその場にうずくまってしまった。

「……ともかく、話を戻して」
「……え、でも、朝嶋さん。……日暮山さんと天姫さんが……」
「あの二人はポケモンを持っていないってことで話を続けましょ!」
後味がかなり残る、みぞの痛みに悶絶(もんぜつ)している治斗を
見下すように顔を向けながら灯夢が何やら呟いていたが…………気にしない方向で。
「それで! 後の二人はポケモンを持っているかしら!?」
自分の方に注目させるように鈴子はハキハキとした声で健太としずくに訊いた。
「あ……わ、わたしは……持っていなくて……その、ごめんなさい……」
一方は申し訳なさそうに。
「オレはもちろん持ってるぜ!」
かたや一方は『どわすれ』を使ったかのように。
自分が今の状況を作り出した張本人であることを忘れているように。
笑顔で応えていた。
「ドーブル! 出て来い!」
健太がまっ白な球体に赤い線が入ったプレミアボールから出したのはドーブルだった。
ベレー帽のような頭に尻尾の先端で絵を描くことができるポケモンだ。
「へぇー。ドーブルだったのね、アンタの手持ちって」
「おうよ! こいつとは最高のイラスト仲間さ! なぁ? ドーブル!?」
「ブルッ!」
お互いの片腕を組ませてポーズを決める健太とドーブルの
熱い友情の熱に押されそうになりながらも
鈴子は先を続けた。
「それで……そのドーブルでこの状況をなんとかできそう?」
鈴子から健太に。
「なぁ、ドーブル。オレ達さ、道に迷っちまったみたいなんだけど。
 なんとかできねぇか?」
健太からドーブルに。
「ブルッブルッ」
ドーブルが首を横に振って。
「無理だってさ」
「……言われなくても、ドーブルを見れば分かるわよ」
鈴子という『ふりだし』に戻った。
しょうがないという意味がこもった、ため息を止めることはできなかった。
ドーブルに非があるわけではない。
全ての元凶はどこからどう見ても健太なのだから。
しかし、ドーブルとしずくが触れあっている様子を笑顔で盛り上げている姿を見ると
あったはずの怒りも消えていってしまった鈴子であった。
「……とりあえず、アタシのポケモンを出すしかないわね。
 出ておいで、ピジョン!!」
上に投げ出されたモンスターボールからピジョンが出てくるのを確認した鈴子は
すぐさま空で待機しているピジョンに指令を与える。
「ごめん、ピジョン。ここから近くに川があるところを探して来てくれる?」
「ぴじょ!!」
主である鈴子の頼みを聞いたのと同時にピジョンが飛び去っていく。
「……朝嶋さんのポケモンは……ピジョンだったのですね……」
「そういえば。なんのポケモンを持っているかまでも教えてなかったわね」
「なぁ? 川を探してどうすんだ? 水遊びでもするのか? オレ、コイキングすくいとかやりたいな!」
「この……時期での……水遊びはまだ、さ、寒いと……思いますよ……」
「わかったわかった! これから説明するから!」
収拾がつかなくなる前に鈴子は急いでリュックサックから一枚の紙を取り出した。
タマムシの森の地図である。
「いい? タマムシの森には一本の川が流れているでしょ?
 それを沿って下って行けば、下流に着いて、近くの入り口付近に出るはずっていうコト」
「……なるほどです……これなら、その、か、帰れるのですよね?」
「多分、大丈夫だと思うわ。後は野生のポケモンに気をつけることね」
「なぁ、ウォークラリーの方はどうすんだ?」
「ブルッ」
「あのねぇ……今は戻るのが先でしょう? 
 このまま遭難なんてことになったらシャレにならないし……」
呆れ顔の鈴子はそこで一旦、言葉を切った。
「…………若干一名、重症かもしれないしね」
鈴子の瞳に映っていたのは
依然と見下すかのように治斗をにらみ続けている灯夢と
予想以上のダメージに両腕がみぞ辺りを離さないまま倒れている治斗であった。


  [No.114] 1巡目―春の陣4:春風は距離を縮めさせる その2。 投稿者:巳佑   投稿日:2010/11/18(Thu) 19:34:45   56clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

白いご飯が炊かれている香り。
色々な香辛料が奏でる香ばしい香り。
真白なお皿に料理が描かれて。
銀色スプーンが踊り始める。
「うん、よく出来てるじゃない!」
「とても……おいしい……です……」
「ねぇ……しずくちゃん。そんなにタバスコかけて大丈夫なの?」
「か、辛いモノ……大好きなんです」
「しずくちゃんは辛党だったのね……」
「あ、甘いのも好き……ですよ」
「う〜ん! にゃかにゃかぐまいぜぇい!」
「こらっ 健太! 行儀悪いで!」
「……せめて、手で口に隠してとかしなさいよ」
「おかわりっ!」
「あら、早いわね日暮山君?」
「おんどれはカレーが好きやったんかんか?」
「……だれかさんのせいで、昼飯を食いそびれたからなっ」
「なっ!? ウチのせいかいな!? おんどれがあないなことするからやろ!!」
「なぁ、治斗! このまま大食い勝負とかやろうぜい!!」
バンガロー広場の近くにあり、カマドなどが設置されてある調理広場。
夕日も間もなく沈みそうになる時間帯。
オレンジ色の光を浴びながら、
各班、カレーのひと時を過ごしていた。


[宿泊会一日目:夜]
タマムシの森には宿泊客の為の広場がいくつか存在する。
少人数で泊まる用のキャンプ場と
そして大人数で泊まる用のバンガロー広場。
タマムシ高校の皆は後者の方を利用していた。
一クラス一バンガロー。
バンガロー内は一階に居間や風呂場、洗面所、
そして寝室が二部屋あり、
二階に寝室が二部屋ある構造であった。
ちなみに一部屋五人でもさほど狭くないほどの部屋で、
二段ベッドが二つと普通のベッドが一つ設置されている。

ホーホーの鳴き声がタマムシの森の中に響き渡る夜中八時。
とあるバンガローでビンゴ大会のレクリエーションが終わった後のこと。
「そういえばさぁ、治斗。オマエってどこの部活に入るのかって決めてる?」
「いや、まだ決めてねぇというか。とりあえずは入らない予定かな」
二階の寝室で治斗と健太が並んで座りながら会話をしていた。
ただ健太はイラストを描きながらで、隣にはドーブルもイラストを描いている。
「オレはもちろんイラスト部!! 仮入部の時から恋に落ちた! って感じ?」
「ブルッ!!」
熱い声を器用に手に乗せながら健太と健太は筆を進めている。
「…………いや、お前の場合は最初っからだろ。どう考えてみても」
治斗はぼんやりと空を仰ぐかのように顔を上に向けていた。
疲れが溜まったせいかもしれない。
9割方、灯夢の本気のみぞ打ちのせいに違いなかった。
ロコンの本気のみぞ打ちを受けた人間なんて恐らく治斗だけかもしれない。
「よし、治斗! オレとドーブルと一緒にイラストで青春しないか!?」
「ブルブルッ」
「だが断っとく」
楽しそうなのは楽しそうなのだが、
トラブル満載に疲労感のオマケが付いてきそうな気がした治斗であった。
「んだよっ。つれねなぁっていうか治斗は帰宅部に決定?」
「まぁ、そうなるかな。それに学生の本分は勉強ってな」
「ぬぬぬ。治斗がそこまで真面目だとは思わなかったぜ」
本気の驚きの横顔を治斗に見せながら健太の筆は止まらなかった。
どうやら下書きが終わったようでカラーペンを取り出し、彩色作業に手をつけるようだった。
「まぁ、でもこれでテストのときは安心だよな! よろしくな治斗!!」
「……勝手に人を頼りにするなよっ」
「リクエストイラストに応えてやっからさ!!」
「ブルブルッ!!」
健太とドーブルが声で治斗に迫りゆくのと
何かが開いた音が鳴ったのはほぼ一緒だった。
「先生が次、男子も入っていいって」
「……お風呂……気持ちよかった……ですよ……」
「なんや、健太。おんどれココでも絵を描いてたんか?」
それぞれのパジャマに身を通した、鈴子、しずく、灯夢が順に部屋に入って来た。
暖かい湯を浴びてきたのであろう、女子三人の顔が少々赤く火照って(ほてって)いた。
その熱も手伝って少し色気が出てきているような雰囲気があったのだが……。
健太とドーブルは視線がイラストの方向に、
治斗は想像以上の疲れで
気がつかなかったのであった。

ここで、とある疑問に思う人がいるかもしれないから答えておくと。
「ええか? 体を癒してくれるお風呂や温泉とかだったらな
 炎タイプのポケモンも喜んで入るもんやで?
 まぁ、ウチみたいに、け・い・け・ん・があれば水タイプなんて楽勝や!!」
以上、治斗と灯夢の共同生活一日目にて、
ロコンである灯夢の一主張である。
ロコンの姿で後ろ足で立って、
前足を組んで胸を反らせて、
高笑いしながら。

「よっしゃあー!! やっとできたぜ!」
「ブルッ!」
健太とドーブルが白い紙を掲げながら歓喜をあげた。
クリエーターにとって作品を完成させるというのは何物にも変えられない喜びなのかもしれない。
その声につられて他の四人が一人と一匹のイラストを覗き込んだ。
ドーブルが描いたのは
セクシーなポーズと書いて『メロメロ』と読むような、可愛らしいミミロップ。
健太が描いたのは
雪のような白い肌に水色の髪の毛、
それと獣耳と比較的に太くて先端がくるっと丸まっている尻尾を持った、
可愛い小さな女の子。
イラストを覗いていた四人が疑問符を打ったのは後者の方であった。
「この……可愛らしい女の子は一体ダレ?」
鈴子の素の疑問に健太が驚きの声を上げた。
「えっ!? 分かんないのか!?」
その視線を受けた鈴子は押されるようにしずくに。
しずくが灯夢に。
灯夢が治斗に。
視線がバトンのように回ったが誰一人、分かる者はいなかった。
「こ・れ・は! パチリスを擬人化してみたイラストだぜ!」
右指でブイサインを決めながら健太は種明かしをした。
何故だろうか。
健太の後ろから、めでたいようなBGMが流れてきたような気がした。
「擬人化って……動物とかを人に例えてみるヤツのこと?」
「そういうこと!!」
言われてみれば、元がパチリスな感じがしてもおかしくなくなってきた。
パチリスの背中にあるトゲトゲを表すかのように、
紙の中で笑っている女の子の髪はところどころはねていた。
「う〜ん、やっぱり擬人化って面白いよな。
 その人に『コレ何の擬人化でしょうか?』的に問題を出している気分でさ!」
「ブルッブルッ!」
健太とドーブルがお互いを見合って、
何かを発見したかのような顔を見せ合っていた。
この一人と一匹は根っからのイラストっ子であった。
そして
その絆の疾走に置いてけぼりにされた雰囲気を見せる治斗たちであった。

クラス全員、
お風呂を浴びて
歯磨きもしっかりして
それぞれの寝室に戻っていた。
就寝時間もとっくのとうに過ぎ……。
「なぁ、オレ思ったんだけどさ。人からポケモンを想像してみるのって面白くねぇ?」
「……それって『お前はポケモンに例えたらコレだ』ってこと?」
「そうそう! それそれ!」
部屋の中が真っ暗に上塗りされた空間の中で声だけが通っていた。
一つの二段ベッドでは上が健太、下が治斗。
もう一つの二段ベッドでは上が灯夢、下がしずく。
そして一人用のベッドに鈴子が布団を体にかぶせていた。
しずくの方はもう寝付いているようだが、
他の四人は宿泊会の独特な雰囲気に目が冴えてしまったのか、
まだ起きていた。
「このオレから見て……そうだなぁ……」
「おんどれが決めるんかい!」
「もうちょっと声のトーンを落とせって、ばれるだろ?」
「……まぁ、日生川君のセンスに任せてみましょ」
闇夜の中を行き交う言葉が止まって十数秒後……。
健太の頭の上から光った電球が飛び出て来た。

「まず、鈴子はチャ−レムかな。
 格闘タイプが似合うと思って想像してみたら、チャ−レムになった。」
「……結構、フィーリングなのね」 

「しずくは……ラティアスかなぁ。
 あの赤色のツインテールでピンッと来た」
「……ラティアスって、絵本とかに出て来る、あのポケモンの事か?」
「おっ、治斗も持ってるのか。『こころのしずくの手紙』」
「……懐かしいな、ソレ」
「あっ アタシも持っているかも」
「まぁ、ともかく。アレに出てくるポケモンってことだ」


「治斗はコクーンな。
 なんていうか、あの時、こくんとしかうなずけなかったからかな」
「お前にもみぞ打ちを食らわしてやろうか……?」


「そんで、灯夢は…………」


ちょっとした間の後。


「……なぜかロコンが一番しっくり来たんだよな、これが」


どこからか可愛いくしゃみが聞こえて来た。


人のセンスを馬鹿にすることはできない。 
そう治斗は冷や汗を垂らしながら思わず生つばを飲み込んだのであった。


[宿泊会二日目:朝]
朝日が昇り始めた頃と同時に
タマムシの森にポッポやスバメのさえずり声が聞こえ始めてきた。
そして、その朝日の木漏れ日を受けながら一匹のポケモンが歩いていた。
赤茶色の頭に三つの巻き毛。
赤茶色の六つの尻尾。
そして、頭の巻き毛のところに刺さってある白銀色のかんざし。
狐ポケモン――ロコンこと灯夢は川辺に着くなり、
水浴びを始めていた。
「ぷっはぁ! くぅ〜! やっぱ朝の冷たい水は体に染みるやな」
ひとしきり浴び終えると灯夢は川から上がって体中を震わせた。
六本の尻尾が、水しぶきが、無差別に飛び跳ねを描いていく。
「……ふぅ〜。気持ち良かったで、ほんまに」
とりあえず適当に座り心地がよさそうなところに腰を下ろした。
暖かい日差しを受けながら、灯夢は大きなあくびを一つ。
間の抜けた音が空へと――。

「……誰かそこにおるんか?」

灯夢が振り向いて草の茂みのほうへと目をやった。
やがて観念したかのように茂みが揺れて出てきたのは一人の少年。
「……なんで、分かったんだよっ」
「ふんっ。ポケモンの察知能力をなめてもらうと困るで」
「なぁ……とりあえずさ、隣、座っていいか?」
「好きにしろや」
一応、灯夢からの許しを得た一人の少年――治斗はゆっくりと……。
「ウチの尻尾踏んだら、承知せぇへんで」
これではおちおち、
ゆっくりと座れない感じを受けながらも治斗は灯夢の隣に座った。
朝日に川岸に、少年にロコン。
一見すると一緒に散歩していて、ちょっと休憩を取っている、
ポケモンとそのトレーナーに見えなくもなかった。
ほのぼのとした雰囲気が漂っているのも気のせいではないと思われる。
「それよりもお前、こんなところにいたんだな。 なにしてたんだ?」
「見てたんやろ? ウチは目を覚ましに水浴びしに来たんや。
 それよりも…………覗き見(のぞきみ)なんかしよって、このエッチ!」
「…………色気なんか、あったけ?」
「おんどれはウチにケンカを売りに来たんかいな!?」
前言撤回。
どこからどう見ても平和には見えない情景であった。
「まったく! おんどれはウチを馬鹿にばかりしよって!
 昨日なんかは空手チョップなんか、かましてくるしな!?」
昨日のみぞの痛みを思い出した治斗も思わず口が飛んだ。
「あのなぁ、自分はポケモンです! って、そんなこと、あの場で言ってたら、
 混乱以外、何も考えられないだろ!!」
「誰にモノ言ってんや、おんどれは!? ウチはロコンやで!?」
「俺以外に正体をばらしたら、面倒なことになるって思ったことはないのかよっ!?」
治斗の声が森の中にこだまして消えていった後、
ポッポたちが羽ばたいた音が空に消えていった。

そして空から降ってきたのは――。

「……………………」 
「……………………」

沈黙だった。

しかし、言葉が出なくとも灯夢の顔が何かを無意識に書き始めた。
よく見てみると頬(ほお)が少しばかり赤くなってきており、
額(ひたい)から汗が数粒、流れて来ているようであった。
「う、ウチは間違ったことなんか……な〜んにも言ってないで?」
明らかに灯夢の視線は治斗ではない方向に泳いでいた。
「……お前って、分かりやすいヤツだよな」
人間はソレを『火に油を注ぐ』と読む。
「おんどれは、少し、だまれぇぇぇ!!!」
ポケモンはソレを『だいばくはつ』と読む。


とあるバンガローにある一つの部屋。
「あっ、帰ってきたきたっ。もう、起きたら二人ともいなくなってるし、心配……」
「なんや、健太としずくっちはまだ起きてなかったんかいな」
「…………若干、もう一名、眠っているようだけど?」
「コイツは適当に放って置いてや。……ったく、ここまで運ぶのに苦労したで」
「……灯夢ちゃんって力持ちだったのね……」
「ウチは……ロコンやからな……」

ちょっとした間。

「あははは!! 灯夢ちゃん、ロコンでもちょっと無理があるんじゃない?」

昨夜の健太の言葉を思い出して、笑い始める鈴子。

「あっ、ごめん。アタシ、ちょっとトイレに行ってくるわ」
鈴子が部屋から出るのを見送った灯夢はとりあえず、

治斗をぶん投げた。

そして重く響く音が
健太としずくの目覚まし時計代わりとなったのは言うまでもない。


学校としては無事に宿泊会は終わりを迎え、
帰りのバスの中では行きのときの凝り(こり)固まったような空気は
見事に溶けていて、お互いの距離が縮んだようであった。

ちなみに、治斗はその日の晩ご飯まで食事が通らなかったという。

そして、灯夢の方は晩ご飯まで治斗には口を開かなかったという。
ほっぺたを膨らませながら。


  [No.126] 1巡目―春の陣5:皐月(さつき)の体育祭はあっという間に。 投稿者:巳佑   投稿日:2010/12/18(Sat) 20:06:21   70clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


学校といえば授業、部活、友人などなど楽しみにしていることは色々あると思う。
そして、その中に例外なく入っている、一年生の宿泊会といったような学校行事という名のイベント。
タマムシ高校の五月にはこんな学校行事があった。
グラウンドで色々な競技を展開させる体育祭。


[体育祭:開会式前]

五月の下旬も過ぎていき、少しずつ夏の雰囲気が伝わって来る中、
タマムシ高校の体育祭は雲一つない快晴に恵まれた。
グラウンドには学校指定である白いハーフシャツに紺色のハーフパンツの体操着に身を包んだ生徒たちが少しずつ集まっていた。
ちなみに白いハーフシャツの胸辺りにはタマムシ高校の校章模様があしらわれていて、
その近くにはそれぞれの名前が刺繍(ししゅう)されている。


1年F組の黒板に
天侯を操るとされているポケモン――ハクリューが描かれたイラストが貼ってあった。
背景には太陽をモチーフとしたかのような模様が描かれてある。
「やっぱ、オレとドーブルのおかげ?」
「ブルッブル!」
赤色のふちメガネが太陽の光を反射させながら日生川健太と
彼のパートナーであるドーブルは胸を反らしてポーズを決めていた。
「……私は……ポワルンのお守りに……お願いをしました……」
おそるおそる、
握ってあった,『ポワルンの晴れのときのフォルムのキーホルダー』を示しながら、
朱色のツインテールを持つ光沢しずくは恥ずかしそうに言った。
「……まぁ、どっかの馬鹿がポケモンにあまごいをさせなかっただけでも奇跡と言うべきかしらね?」
頭をかきながら開いたおでこに当たった太陽の光が熱そうである朝嶋鈴子。
「……まさか、お前……」
三人からちょっと離れたところから日暮山治斗が一人の少女に懐疑的な目を向けた。
「ウチが、念を込めて『にほんばれ』をしといたからな!」
その正体はロコン――けれど今は10代後半の人間の女子になっている天姫灯夢は
にかっと健康な白い歯を見せながら得意げに笑っていた。



[体育祭:開会式]

「宣誓! 私たちはスポーツマン・シップに乗っ取り、
 正々堂々と戦うことを誓います!!」
グラウンドでマイクに乗せて響いているのは一人の代表者の熱い言葉。
鉄製の台に乗っていた代表者は背筋が一直線に綺麗に伸びていた女子で、
頭に巻いてある赤いハチマキが黒髪にその者の意思が強く映っているかのように風になびいていた。
そして空に上げられた右腕はヤル気に満ちているかのように太陽の光を受けていた。


タマムシ高校の体育祭は
各組、一年生二クラス、二年生二クラス、三年生二クラス編成の
フャイアー組、フリーザー組、サンダー組の三組(要するに赤組、青組、黄組)に分かれて様々な競技に挑み、
更に二年生による看板の絵の評価と
そして三年生による応援団をプラスして、
その合計点で雌雄を決するというシンプルなルールで展開されていく。
まぁ、個々の競技に関してはシンプルではないところもあるのだが……それは後に。

一応、補足する形で説明しておくと、グラウンドに設けられたコースは一周200メートルで、
それを取り囲むようにそれぞれの組の席、そして来賓席などがある。
そして、それぞれの組の席――選手席の後ろに例の二年生達が絵を描いた大きい看板があった。
フャイアー組はバシャーモが激しく溶岩を飛び散りさせながら飛翔している絵。
フリーザー組は吹雪を華麗にその身にまとったユキメノコが踊っている姿と、傍らにラプラスが歌っている絵。
サンダー組は何匹のピカチュウが電光石火をかましていて
「おれたちは止まらないぜ!!」というメッセージが込められている絵。
無論、その看板の絵達に健太とドーブルの目から、らんらんとしたものが放たれていたのは言うまでもない。

ちなみにこんな愚痴を残した者がいた。
「……なんで、ロコンが描かれてないやねんっ」
その張本人の手から赤いハチマキの悲鳴が聞こえた。




[体育祭:二人三脚 〜ポケモンの愛を受け止めて〜]

50メートル走や100メートル走をサンダー組が制した後に行われる二人三脚。
「…………改めて、思うんだけどさぁ、このサブタイトルはなに?」
鈴子の呟きは恐らくタマムシ高校の全一年生の心情を示していた。
しかし、二年生や三年生の先輩たちはそろいもそろって必ず言う言葉。
「やれば分かる」
……先輩たちから向けられた微笑みが何を意味指すのかを一年生たちはすぐに知ることになる。

この競技はどうやら一年生限定の競技らしく、
二、三年生の先輩達は懐かしむように、けれど遠い目で見守っている感じだった。
ルールとしてはスタートしたら近くにある用意された二人三脚用の帯を取り、
コースを一周してゴールインするというシンプルなものである……はずだった。
「……なんで、毎回、毎回、おんどれとペアを組まなきゃいかんのや!?」
「……俺に文句を言うな! くじ引きの確率に文句を言え!」
まず、ルールとしてペアは必ず男女で組むこと。
これは気になるあの子と一緒に……という夢がありそうなルールだが……。
「おんどれ……ウチの足を引っ張ったら、しょうちせえへんからな!!」
「お前こそ、リズムをちゃんと合わせろよなっ」
「……ウチのリズム感を甘く見とるやろ、おんどれ」
「正直に言わせてもらうと、心配としか言えないんだが」
「おんどれはどこまでウチのことを馬鹿にすれば気が済むんや!?」
「いつも言いたかったけど、お前も同じことをしてるんだからな!?」
…………このように、組んだ相手によっては残念な結果が待っていたりすることもある。
まぁ、ケンカをすればするほど仲が良い……と言い換えることができる…………かどうかは不明だが。

「それでは、位置に着いて……よーい、スタート!!」
ピストル音が空に向かって放たれ、最初の組がスタートした。
スタートから10メートル進んだところにテーブルがあり、
そこに待っているかのように鎮座している各組の帯を手に取る。
治斗と灯夢はファイアー組なので赤色の帯を手に取る。
「おんどれは変なとこ触るかもしれへんから、ウチが巻くわ!」
「ひどい言いようだな! それっ!」
先程の口ゲンカで上昇した熱をそのままに、灯夢が二人の足を巻き始める。
灯夢の左足と治斗の右足が手早く結ばれて、走りだそうと――。
「な、なんかこれ、すごく走りにくくないか?」
「何やってるんや、おんどれ! やる気あんのか!?」
「そんなこと言われたって……!?」
「あっ! どあほ!!」
盛大に転ぶ音がグラウンドに響き渡る。
前のめりに綺麗に倒れていった。
しかし、それは治斗と灯夢だけではなかった。
他の組の方も見てみると短い悲鳴を上げながら転んでいた。

『こちら、今回の競技に使われている帯は
 なんと、キャタピーやビードルたちといった
 虫ポケモンたちの協力のもと作られていまーす!!』
 
拡声器から響いてくる電子音に乗ったカミングアウト。 

そう、この競技に使われている帯は
ポケモンの『いとをはく』という技が100パーセント織りこまれている特別製の帯だった。
ポケモンの『いとをはく』という技とは相手の素早さを下げる有効な技――。

「……やっぱり、人間にも効くんだな……」
治斗がおでこをさすりながら呟いた。痛みの衝撃からか、うっすら涙を浮かべている。
足首をひねったわけではないが、
少しばかり重く締め付けられているような違和感が体の中では広がっていた。
「……おんどれ! なに弱気なこと言うとるんや!? 『いとをはく』ごときなんやねん!?」
片手で顔に着いた砂を払いながら灯夢は喝を飛ばした。
…………虫ポケモンが聞いていたら憤慨しそうな言葉だったが。
とりあえず、灯夢とゆっくり立ち上がりながら治斗は答えた。
「そんなことを言われても、困るんだが」
「『いとをはく』を受けた感覚なんて、その内に慣れるもんやで?」
「お前と一緒にするなよっ!」
慣れるなんて……それは灯夢がロコンというポケモンで、
きっとまた昔という名の経験で克服しているかもしれないから、そんなこと言えるかもしれない。
どうすればいいか分からないといった治斗の顔を見て
灯夢はやれやれといった顔で溜め息を吐いてから真剣な顔つきになる。
「ったく、しゃあないな! ええか? おんどれは左足だけを動かせばええ。
 おんどれの右足の分をウチの左足で動かす。おんどれはそのとき、右足を踏ん張っておけばええから、な!?」
灯夢の案が不意打ち気味だった為、驚いた治斗だったが
その案からポケモンである灯夢が今の状況を打開することができる唯一の存在だと分かったからである。
「ちょい、おんどれ! ウチの話、ちゃんと聞いとるんか!?」
「あぁ、ワリィ。それで……掛け声とか決めとこうか?」
「ん? あぁ、確かにそうやな。
 オー、でおんどれは右足を踏ん張れや。エス、でお互いのもう片方の足を動かしていくで」
「なぁ……それって綱引きじゃあ……」
「細かいことを気にする時間はないやろ! 行くで!!」
灯夢の空手チョップが治斗の胸に入った。


スタートして殆どの組が何度も転んでいる。
「あいつら、また転んでるよ。これで何回目やら」
「おれたちも、あんなときがあったなぁ………………」
「そうそう、転びまくってマジ泣きしたやつもいたよねー」
特別製の帯に踊らされている一年生たちを見守りながら先輩たちが呟いていた。

「この競技ってある意味、一年生に対するタマムシ高校式の愛の洗礼だと俺は思うんだけど」

この一言にその場にいた先輩たちが真顔で頷いたのは言うまでもない。

「それにしても……あのファイアー組の二人、中々いい感じじゃない?」
とある女子の先輩は指を指しながら関心そうに呟いていた。


オー、エス。
オー、エス。
治斗と灯夢の『オー、エス』デュエットは最初はテンポが悪かったのだが、
徐々に治斗も完全とは言えないものの違和感に慣れてきたようであった。
決して速いというわけではないが、遅いというわけでもなく、
第一グループのトップを駆けていたのは治斗と灯夢で、
そして、そのまま一位のままゴールインを果たしたのであった。
他の組もちょっとずつだが慣れてきたようでコースの半分を超えていた。
一位のスラッグが立てられているところに治斗と灯夢は並んで座った。

「……なぁ、お前って『いとをはく』を受けても本当に大丈夫なのか?」
次のグループの雄姿を眺めながら治斗は呟いた。
灯夢は顔の向きは競技をやっている者たちの方に向けたまま、
だが言葉はしっかりと治斗へと向けられていた。
「んまぁ、動きにくくなるちゅうのは本当やけど、あれに比べればな、まだマシなほうやで」
「……あれって?」
「昔な、とある森の中を通り抜けようとして入ったときのことや。
 いきなり、ウチの前にキャタピーやらビードルやらケムッソやらがな、
 ウチに大量に『いとをはく』を浴びせてきたんや」
思いだすだけでも忌々しいといったように灯夢の顔が苦虫をかんだような顔になる。
「……なんか恨みとか売ったとか……?」
「あんなぁ……なんで、なんでもかんでもウチが何かしでかした風にゆうんや? おんどれは。
 ちゃうで? 向こうが勝手にウチに因縁をつけてきたんやで?」
治斗を一回にらみつけてから灯夢が続ける。
「炎ポケモンが森の中に入ってきたら火事になるやろ! って勝手に言われたんや!
 ……ったく、迷惑な話やでほんまに」
炎ポケモンが間違えて火の粉などでちょっとしたボヤ騒ぎを起こしてしまうことは、そんなに珍しいことではなかった。
一見、偏見のようなキャタピーたちの主張だが、
炎が苦手な虫ポケモンや草ポケモンにとっては死活問題であるから、
一概(いちがい)に彼らを責めることは流石の灯夢にもできなかったのであった。
まぁ……だからといって、こちらから言い分を出す前に
いきなり『いとをはく』の洗礼を受けたというのは灯夢にとって、本当に迷惑な話だったと思うが。
「それで、『いとをはく』をやられて、その後はどうしたんだよ」
このときの治斗の頭の中では毛玉に包まれて顔だけ出しているロコンの姿を思い浮かんでいた。
……なんか可愛いのやら、滑稽(こっけい)やら分からなくなって思わず顔がにやけている。
「痛っ!」
しかし、灯夢の空手チョップが見事に頭にヒットし、治斗の想像が電波の如く途切れた。
「おんどれ……絶対、今、ウチのこと馬鹿にしたやろ……!?」
にらみを更に強く治斗にぶつけて、とりあえず黙らすと灯夢は口をとがらしながらも話を続けた。
「あれから大変だったんやで? あやつらはウチのことを糸まみれにさせた後、人気のいないところに置き去りにしてっ
 ……口も『ひのこ』が出んように糸を巻かれてしもうたからな、思いっきり、もがくしかなかったんや」
「出られたのか?」
「なんとかやな。のたうち回っている内に糸が少しずつほぐれてきたみたいでな。そいで助かったんや。
 …………ただ、脱出するまで二日はかかったから、ほんまに死ぬかと思ったで」
いつの間にか灯夢の視線は競技の方に向けられていた。
そして、その茶色の瞳は遠く昔を見つめているような印象であった。
いつもは経験、経験と自慢話のように語る灯夢を見て、
傲慢(ごうまん)なロコンだという感じは治斗の中にあった。
まぁ……その印象が覆ることはこれから先もずっと叶わそうだが、
それでも灯夢がその経験に裏付けされた、『頼りになるところもある』ということを治斗は思った。
この二人三脚で灯夢が成してくれた結果がなによりの証拠である。

「後は……謙虚、さえあればなぁ…………」

隣から可愛いくしゃみが聞こえてきた。




[体育祭:大玉転がし 〜マルマインの機嫌を損ねるな!〜]

グラウンドに120人が一列に並んでいる。
「なぁ、これって本物のマルマインを使ったりするのかな?」
健太が面白そうなものを見つけたような眼差しをしているが、
本物のマルマインは約66キロあり、人の手の上に転がっていくには難があると思われる。
しかし、スタート時点に置かれている大きなボールは
半分下が赤色、半分上が白色のまさにマルマインの姿であった。
…………ただし、本物のマルマインではない。

この競技は一番前の選手が10メートル先にある大きなカゴの上にある
マルマイン色に染まった大玉を……そっと……下ろし、転がして、
列の一番前に戻ってきたら、大玉を……そっと上げて、
手の上で前から後ろへと転がしていき、
一番後ろに到達したら大玉を……そっと……下ろし、転がして、
20メートル先の赤いコーンをぐるりと一周回り、
再び上げた大玉を後ろから前へと手の上で転がしていき、
最後に一番前に大玉が来たら……そっと……下ろし、転がして、
10メートル先の大きなカゴの上に大玉を……そっと……乗せればゴール。

二回トライし、
最終的に各組の良いタイムを競いあうという競技である。

「……なんか『そっと』っちゅう言葉が強調されてるような気がするやけど」

灯夢のさりげない言葉は、すぐに恐怖という言葉に変換される。

最初にくじ引きで一番を引き当てたサンダー組が競技を開始して
大玉が列からこぼれ落ちた、

刹那(せつな)――。

爆発音がグラウンド、いや、タマムシ高校じゅうに響き渡った。

『そのマルマインさんは繊細な心を持っていますからね〜、
 下手に荒い扱いをすると……どーーん!!! ……ですからね〜!!
 あっ、ちなみに爆発するとそのチャレンジは失敗ですから気をつけて下さいね!』

拡声器からはまるで他人事のように響き渡るカミングアウト。

グラウンドのサンダー組から当然のようにブーイングが入ってくる。
二、三年生も知らなかったということは、どうやら今年初めての競技らしい。

『ちゃんとパンフレットのルールにも書いてありますよね?
 そっと……って。ちゃんとルールは確認しないとダメですよ〜!?』

確かに何かをにおわせていると考えてもおかしくないほどに『そっと』という言葉が強調されていたのは確かである。
言い返す骨を見事に砕かれたサンダー組は仕方なく二回目のチャレンジに移った。
無論、全員に緊張感が疾走したのは言うまでもない。
そして、一回目よりも少しばかり遅くなったというのも言うまでない。


「とりあえず、あの玉を落とさないようにすればいいのよね?」
「……な、なんか……怖い……ですね」
サンダー組の二回目のチャレンジも終わって続いてはファイアー組の番。
ちなみに配列としては三年生を前にして二年生を後ろ、そしてその真ん中に一年生という形になっている。
鈴子としずくが緊張しながら息を飲んでいる傍ら、灯夢は高笑いをしていた。
「だ〜いじょうぶやって! 爆発しても死ぬんわけやないんやからな!」
……灯夢は経験豊かな、齢(よわい)900を超えているロコンだ。
もしかしたら、マルマインの『じばく』や『だいばくはつ』を経験しているかもしれない。
そう治斗が思ったのとスタートの合図であるピストル音が響いたのは同時であった。

「……なぁ、治斗」
「なんだよ?」
隣の健太からの呼びかけだが、治斗の視線は間もなくやってくる恐怖の大玉に向かれている。
だから、治斗の目には映らなかった。
健太が何やらうずうずしているかのように体をちょっと震わしているのを。
「なんか、両手を挙げているところにボールがやって来たらアレをやりたくなるよな?」
「アレって?」
大玉の方に集中している治斗の頭に思考という時間は与えられるわけなく、
そのまま大玉が治斗たちのところに到着した――。
「トス!!」
アレとは恐らくバレーボール。
そして空中で綺麗に弧を描いた大玉は、
列の一番後ろをギリギリオーバーして、そのまま地面に――。

爆発音と数名の悲鳴が空に羽ばたいていった。

「うん、我ながら、いいトスだったんじゃねぇ?」
自分の役割をしっかりと果たしたかのような顔を見せている健太に
すぐさま牙を向けた者が一人いた。
「おんどれは、アホかぁぁぁあ!!??」
ファイアー組全員のツッコミという気持ちが灯夢の拳に乗り、
「ごふぅ!?」
深い殴打音が鳴り響いた。

「……とりあえず、邪魔者は消えたといったところかしら?」
「え……そ、そんな、朝嶋さん……そ、その、言葉は…………」
冷たいものを見るかのような鈴子の視線と
心配そうにオロオロしている、しずくの視線が交わる先には
地面に倒れて、けいれんしているかのいように体を震わせている健太の姿があった。





[昼休み]

引き続き快晴模様が広がる青空の下での食事は心地良いものである。
「うめぇ! うめぇうめぇ!!」
…………先程、灯夢の拳によって負傷を負ったはずの健太が箸を動かす速度を上げていた。
「……なんで、お前は……」
「それにしても宿泊会のときに治斗はすごいパンチを灯夢からもらってたよな? 本当に平気だったのか? あのとき」
「それはこっちのセリフだっつうの!」
例の恐怖の大玉転がしから一時間後、健太は戻ってきたのだが……
灯夢のパンチで受けたダメージもどこ吹く風といった感じに、けろっとしていた。
おまけに食欲も衰えていないのだから驚きである。
……健太は馬鹿なのか? それとも、なんかすごいヤツなのか?
治斗の悩みが一つ増えたかもしれない今日この頃である。

「それにしても……これ、本当にいただいちゃっていいの? 日暮山君?」
鈴子も箸を動かす速度を上げながら尋ねていた。

今、この状況を説明すると、
青空の下、中庭にて、広げたブルーシートの上に
治斗、灯夢、鈴子、しずく、健太の五人が座り、
漆黒に漆塗り(うるしぬり)された五重箱を囲む形になっている。

「いいよ、いいよ。楓山さんも皆で食べて下さいって言ってたし」
灯夢が気にしないでいいといった感じに手を振り、笑いながら答えていた。
実は大家代理――治斗と灯夢が一室借りているアパート『楓荘』の楓山幸が体育祭のことを聞き、
なんと応援する形で立派な五重箱の弁当をこしらえてくれたのだ。
きんぴらの煮付けや、
ほうれん草のソテー、
唐揚げや、
デザートには角切りされたモモンの実や
その他諸々、
なにせ五重箱であるから種類が豊富にありすぎて、
それぞれの品目を語っている内に料理が冷め過ぎてしまう。
「いいよな〜、こんなにウマい料理を作れる女の人がいてさ……その内、その楓山さんと治斗が恋に落ちてからの……」
「んなわけ、あるか!!」
健太の勝手な妄想を止める為に治斗はわざと声を荒げた
「……なんか、どこかで聞いたことのあるような……ないような……」
健太の勝手な妄想に何か引っかかるらしい鈴子であるが、
……何に引っかかったのは、ご想像にお任せする。

「なぁ、治斗。今度お前の部屋に行ってもいいよな?」
健太の不意打ちにも似た訪問希望に治斗は思わず口の中に入っているお茶を吹き出しそうになり、
慌てて飲み込んだ後は、むせて、ゴホゴホとせき込んでしまう。
灯夢のほうも若干、目を強張らせた。
……実は治斗と灯夢が同じ屋根の下の同じ部屋で生活していることは二人だけの内緒にしていた。
「う〜ん、確かに気になるわよね」
「……わたしも……ぜひ……行ってみたい……です」
興味深そうに治斗を眺める鈴子と珍しく積極的なしずく……はさておき。
内緒の理由はただ一つ。

「なぁなぁ! いいだろ!? いいだろ!?」
コイツ――健太みたいなヤツにばれたら、なにかと面倒なことがあるかもしれないからである。

……まぁ、一緒に住んでいることになにかと言われても恥ずかしいし、
なにより、灯夢の正体がばれてしまう可能性が比較的に高そうであった……というのもあったりなかったり。
ちなみに、登下校も最初だけはなんとなく一緒にしていた治斗と灯夢だったが、
疑惑をかけられるかもしれないと思いついた、それ以降からは別々に登下校をしている二人である。

「俺の部屋は散らかっているからダメだって!!」
恐らく部屋に来ないで欲しいときによく使われていそうな言葉から始まり、
延々と昼休みが終わるまで、言い訳を語り続ける羽目になった治斗であった。
一方、灯夢はというと、あとはコイツに任せておけば大丈夫かと開き直り、
のんびりとデザートのみたらし団子を食べ始めるのであった。
そして治斗のほうは今日一番に、どの競技よりも体力を使う時間帯となったのであった。




[体育祭:借り物競走 〜おたくのポケモンちゃん、いらっしゃい♪〜]

……今度こそは裏も何もない(ハズ)の競技、その競技名、そのままである。
ざっとしたルールはスタートした選手がグラウンドの真ん中に放置されているいくつかの封筒を
一つだけ取り、封筒の中にある手紙に書かれている『お題』に沿って誰かからソレを借り、
その『お題』の理にかなっているかどうか審査してもらう場所へと向かう。
OKが下れば、後はゴールインするだけである。

「サブタイトルからして…………どなたかのポケモンを……借りてくるという……ことですよね……?」
しずくの呟きに反応した一人の先輩が――。

「…………今年はケガ人が出なきゃいいけどな…………」

警戒するかのように独り言をこぼしていた。

「位置について……よーいドンッ!!」
ピストル音が昼下がりの空に放たれたと同時に第一グループの六人が走り出した。
ファイアー組では、しずくが封筒を拾い、中の手紙を読んでみる。
そして、すぐに来賓席のほうに走って行った。
「……あ、あの……強いポケモンを……持っている方っていっらしゃいますか…………?」
しずくの声の音量は比較的に小さいのだが、『お題』が書かれた紙を前に出しながらだったので、
どうやら伝わったらしい。
「じゃあ、おれの自慢のマタドガスを連れていきなよ!」
一人の30代と思われし男性が率先してしずくに近寄ろうとする。
しずくの視線はその男性のほうに向かれていて分かってなかったが、他の五人もまだ何も借りていないところから、
このまま行けば、しずくが一位を取れるかもしれない――。

「いやいや! オレのペルシアンのほうが強いって!!」
別の男が手を突然挙げながら。

「ちょっと!! わたしのカゲボウズちゃんのほうが強いに決まっているでしょ!?」
今度は大人のおねえさんが立候補。

「僕のニドクインが――」
「あたしのアーボックだって――」
「自分のスピアーの針には誰にも――」

次々と自分のポケモンを推してくる状況にしずくは戸惑ってしまう。
一体、誰のポケモンを借りていけばいいのかという問題もそうなのだが、
それ以上に異様な雰囲気が辺りを包みこんでいっているような気がしてならなかった。

残念ながら、「どうぞどうぞ」というオチにはなりそうになかった。

「てめぇ、そこまで言うならポケモンバトルで決めようじゃないか!!」
「言ったわね? 痛い目にさせてあげるんだから!!」
「なに話を勝手に進めているんだよ、おまえら! 上等じゃねぇか!!」

……絶対にならない。

皆、自分のポケモンが大好きなのである。

そして自分のポケモンが一番! なのである。

…………だからこその本気がここで生まれて、
それで去年はヒートアップしすぎてケガ人が出たというわけである。

「あ……あの……う……」
一人、置いてかれている感が漂っている、今にも泣きそうなしずくであった。



…………結局しずくはあの状況をどうにかすることはできずに、そのまま最下位に。
そして続く第二グループでは治斗が走ることになっていた。
「……大丈夫かな、あそこ、まだバトルしているんだけど」
依然とポケモンバトルを繰り広げている人たちを眺めながら、
そして、どうしようもない不安を胸に抱えながらもピストル音を捕えたその体は走り出した。
封筒を拾い、『お題』を確認してみる。
「……………………絶対、これ、意図的に、ああいう状況を作ろうとしてるだろ……!?」
思わず疑いを込めた溜め息をつく治斗だったが、このまま立ち止まっていても仕方がないので、
諦めて、
でも意を決するかのように、
来賓席へと走って行った。
「すいませーん! どなたか、すごく可愛いポケモンをお持ちでしょうかー!?」
治斗の声が人々の中へと消えていった後――。

「なら、わたくしのプリンちゃんを……」
快く立候補してくれたのはいかにもセレブそうな高価な服を着ている女性が――。

「ちょっと待ってよう! アタシのカゲボウズちゃんのほうがかわいいよう!!」
横槍のごとく一人目。

「あら、わたしのエネコのほうが毛並みも美しくて可愛いですわ」
納得がいかないような感じで二人目。

「な〜に言ってんのよ! 私のオタマロちゃんをよく見てってば! ちょーう渋かわいいべっ!?」
我慢ならないといった感じで三人目。

「フン! しぶ可愛いなら、アタイのイシツブテのほうが100倍いいね!!」
対抗心を『だいもんじ』のごとく燃やして四人目。

他にも次から次へと、自分も負けじと立候補してくる人たちに治斗もたじろぎそうになる。
置いてかれる感覚……光沢さんの気持ちが分かるなぁ……といった感じで半ば諦めを込めた溜め息をもらした――。

「えっ?」

刹那(せつな)――。

治斗は自分の太もも辺りから何かぶつかった感覚を受けた後、
思いっきり転んでいた……いや、正確には6〜7メートルぐらい吹っ飛ばされていた。
はたから見ればド派手に転ばされたはずなのだが……
先程の自分のポケモンを立候補してくれた人たちは熱い口論を交わしているようで、
治斗のことなんか忘れてしまっているようだった。
それはなんだか治斗にとっては残念なお知らせであったが、

治斗の上に乗っているもの――ロコンにとっては都合が良かったかもしれない。

「!! おまっ、まさか……灯夢、なのか……?」
赤茶色の頭の巻き毛から踊っている白銀色のかんざしがまさしく証拠だった。
ロコン――灯夢は肯定を示すかのように笑顔で一言鳴くと、
治斗を押し倒したまま、その可愛らしい顔を治斗の耳元に寄せた。

「……おんどれ、ウチを連れていくんや……ええな?」

流し目で治斗を覗く(のぞく)その瞳は鋭利な刃物のように光っていた。
逆らえば、この場でゼロ距離『かえんほうしゃ』か、首元に『かみつく』だろう。
背中に冷や汗を若干、流しながら、とりあえず、治斗は黙ってうなずくと灯夢はすぐに治斗の体の上から下りた。
それに続くように治斗も立ち上がり、辺りを確認してみると……。
先程の自分のポケモンを立候補してくれた人たちは依然と熱い『うちの子はねぇ……』を繰り広げていた。
そして、他の選手がまだ何も借りられていないところから、このまま行けば自分が一位になると判断し、
すぐさま、灯夢と走り出した。

……もしかして、灯夢はこの時を待っていた、かも……?

そんな疑問を胸に抱きながら。




[体育祭終了後……楓荘の一室にて]

なんとか無事に……かどうかが分からないところが所々にあったのだが、
とりあえず体育祭は熱気に包まれている中、閉幕した。
優勝組はサンダー組で、徒競争系の競技で大勝したことや看板の絵で高得点を取ったことが大きかった。
二位はフリーザー組で、応援団では一番の高得点だったが、いま一歩届かず。

「あん! もう、悔しいったらありゃしないで!!」
「……だからって、そんなにみたらし団子をヤケ食いするなよ」

そして治斗と灯夢の所属していたファイアー組は残念ながら最下位であった。
看板の絵の得点がイマイチ伸び悩んだのと、全学年でやる競技に負けてしまったのが主な敗因である。

とにかく勝負に負けて悔しい灯夢は帰り道で購入した大量のみたらし団子を
皿の上にこれでもかというぐらいに山積みした。
……仮にみたらし山と呼ばれる、その山は五合近くまで削り取られていた。

「これから一応打ち上げもあるんだからさ、あんまり食いすぎんなよ?」
「おんどれはちょい黙っとれや! ウチは、モグ。 みたらし団子をなぁ、モグ……んっ!?」
灯夢(元のロコンの姿)の手が突然止まったと思いきや、徐々に灯夢の顔が青ざめているような……。
治斗は慌てて灯夢に緑茶を差し出した。
乱暴に治斗の手から緑茶を奪った灯夢は急いで大きな音を立てながら流し込んで、大きく一息つく。
「……し、死ぬかと思ったで……」
「だから言わんこっちゃない」
とりあえず、危機的状況がくれた効果だからか
頭が冷えて落ち着きを取り戻した様子の灯夢を見ながら治斗は思いついたかのような顔になった。

「なぁ……借り物競走のときのことを覚えているか?」
先程の嵐のように俊敏にみたらし団子を取る小さな手はそこにはなく、
ゆっくりとみたらし団子を再び食べ始める灯夢は当然と言いたげに首を縦に振った。
「可愛いポケモンを探していたときさぁ…………」
助けてくれたんだろ? という治斗の言葉の前に灯夢が割って入ってきた。

「ウチが一番、可愛いに決まっとるやろ?」

……改めてお礼を言おうとした治斗の顔が若干ながらも曇り始めた。
そんな治斗の様子も知らずに灯夢が続けた。

「というより、ポケモンの中ではロコンが一番可愛いに決まってるんやん!
 まぁ、ウチはそのロコンの中でも一番可愛いっていう自信があるんやけどな!」

後ろ足で立ち上がり、
一つの片手に串に刺さっているみたらし団子。
もう一つの片手を腰に当てて、
当然だと語った、
ロコンが治斗の目の前にいる。

治斗は思う。

……謙虚、さえあればなぁ……

向かい側から可愛いくしゃみが鳴った。


  [No.510] Re: 1巡目―春の陣5:皐月(さつき)の体育祭はあっという間に。 投稿者:伊毛   投稿日:2011/06/08(Wed) 13:49:00   46clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

素晴らしい!また書いてくださいね!できれば最後は、ハッピーエンドか、バッドタイミングで


  [No.511] Re: 1巡目―春の陣5:皐月(さつき)の体育祭はあっという間に。 投稿者:ブランド品   投稿日:2011/06/08(Wed) 13:52:33   40clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

みすけさん、今日は狐日和ですね!ところで、好きな食べ物は何ですか?私は鍋です!


  [No.512] Re: 1巡目―春の陣5:皐月(さつき)の体育祭はあっという間に。 投稿者:中村房枝   投稿日:2011/06/08(Wed) 13:55:30   50clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

はじめまして、中村房枝、58才主婦でございます。はじめましてこのサイトを訪れ、少々戸惑いを覚えながらも、はまってしまいそうです。老後の楽しみが一つ増えました。


  [No.513] Re: 1巡目―春の陣5:皐月(さつき)の体育祭はあっという間に。 投稿者:ハエ男   投稿日:2011/06/08(Wed) 13:59:25   46clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

はじめまして、ハエ男です。趣味は占いです。今日のあなたの運勢を占ってみました。
あなたの今日のラッキーカラーは若草色です。そうすれば色っぽい人生があなたを待ち受けています。


  [No.514] Re: 1巡目―春の陣5:皐月(さつき)の体育祭はあっという間に。 投稿者:ティン   投稿日:2011/06/08(Wed) 14:04:21   41clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

巳佑さん、よ!マレシアにすんでいるティンです。はじめまして、私はあなたの話し読んだ。あなたはすごい。あなたはきっと有名なサッカになる。
私はあなたを尊敬する。私は日本の文化が好きです。アニメ、マンガは私の国でも有名だ。
私は大学で日本語をべんきょうし、いつか日本に行って、コミックマーケットに行きたい。だからいま私は貯金している。
そこで会おう!


  [No.515] Re: 1巡目―春の陣5:皐月(さつき)の体育祭はあっという間に。 投稿者:ハエ男   投稿日:2011/06/08(Wed) 14:11:19   44clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

いい忘れました。落とし物にTake care of yourself.


  [No.541] Re: 1巡目―春の陣5:皐月(さつき)の体育祭はあっという間に。 投稿者:お茶づけ   投稿日:2011/06/22(Wed) 13:29:27   42clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

いい作品でした。今度うちの大学でも披露してください。
58才主婦


  [No.516] Re: 1巡目―春の陣5:皐月(さつき)の体育祭はあっという間に。 投稿者:伊藤   投稿日:2011/06/08(Wed) 14:14:34   41clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

こんにちは、いつもトイレでよんでます。なぜなら、これを読むとよく出るからです。
やっぱ出る杭は打たれますね、それが日本の文化ってもんです


  [No.517] Re: 1巡目―春の陣5:皐月(さつき)の体育祭はあっという間に。 投稿者:フジョシ   投稿日:2011/06/08(Wed) 14:19:15   44clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

こんにちは、私はフジョシです。
BL系です。何か?
少しそんな要素を入れてくれたらこんな私でも楽しめちゃうかも知れません。
例えば、体育祭のあとのシャワールームでとか…
あ、すみません。もし無理だったら勝手に想像します。
でももし興味があれば私が書いて見ようかな


  [No.155] 1巡目―春の陣6:梅雨に入りて。 投稿者:巳佑   投稿日:2011/01/01(Sat) 05:17:30   52clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


体育祭や文化祭などが学校行事にあるように、
これだって立派な学校行事であろう。

「え……と、この式がここに代入して、と……」

「この漢字は覚えにくいから赤ペンでチェックしましょ……と」

「この例文の……関係代名詞を……しっかり……」

期末テストという名の学校行事。


ところどころ雲が散らばっている空の下にある、とある一つのアパート。
楓荘の一室にて俺は勉強していた。
……まぁ、俺一人だけじゃないけど。
「……むぅ、いつになっても数式には慣れへんわ」
「なんだよ、てっきり数学は得意なものだと思ってたけど」
「あんなぁ、ウチは別になんでも得意っちゅうもんやないんやから。
 まったく……こんなにぎょうさん数式なんか作りよって」
「……教科書をにらみつけても仕方ないだろ」
俺が自前の勉強机で勉強している傍らで、
開いている押入れからはブツブツと文句を言っているモノが、
一人…………いや、一匹いた。
「う〜ん、アカン……みたらし成分がなくなってきたやな」
「なんだよ、みたらし成分って」
ソイツは近くに置いておいたらしいみたらし団子を一つ口に入れた。
するとソイツは急に何かをひらめいたかのような顔つきになった。
「せや! ここはこの数式を代入するんやな!!」
「単純だな! オイッ!」
……押入れの中で勉強しているのは人ではなくポケモンであった。
赤茶色の体に六本の尻尾。
頭の巻き毛には白い光を帯びた銀色のかんざしが一本。
「ふふん、ウチにかかれば、楽勝やで!」
さっきまでの不安な言葉はどこへやら……。
得意げな顔でロコン――灯夢は満足そうな顔をしながら、
ノートの上で走らしている鉛筆の速度を上げていったのであった。


俺の名前は日暮山治斗。
タマムシ高校に通っている一年生だ。
両親が職業柄、よく海外へと出かけてしまうので、
タマムシ高校に入学という機会に一人暮らしを始めることにした。
……さて、初めての一人暮らしで緊張していた俺だったのだが、
それは記念すべき一人暮らし初日、
一匹のロコンに出会ったことで見事にその緊張はどこかに消え去ってしまった。
なんでも、そのロコンはキュウコンになる為の試練として、
三年間、タマムシ高校に通い、無事に卒業しなければいけないらしい。
…………事情はさておき、
そのロコンとなぜか同室になってしまって、
今、こうして一緒に一つ屋根の下、住んでいるということだった。
……俺から見たらロコンが勝手に住みついたとしか考えられないんだが。
「おんどれは余裕なんか? 数学は」
「余裕というわけじゃないが、どっちかというと得意科目だな」
俺とロコンの灯夢はただ今、勉強中である。
二日後に来るべき期末テストに向けて。
「……それ、ウチに対する嫌味か?」
「なんで、そうなるんだよ!?」
いきなり灯夢から投げつけられた理不尽に面をくらった。
なんで灯夢はいつも俺の言葉を
ケンカ腰のような受け取り方をしてるのかが全く不明だ。
「おんどれのノートに、ほとんど丸しかついてないやんか」
灯夢が俺のノートをのぞいたようだった。
……押入れから勉強机の俺のノートの中身を見るなんて、器用なヤツだな。
俺もただいま数学の勉強をしていて、
確かに、俺が解いた練習問題には赤い丸がついていた。
……まぁ、もう三回も同じ問題を解いているんだから、
ほとんど赤い丸があってもおかしくないだろう。
俺の場合の数学の勉強の仕方としては基本、
練習問題を繰り返して、その公式の使い方とかを理解していくというやり方だ。
後は、期末テストとかで応用していけばいい、といった感じかな。
いつも百点を取っているわけではないから、
それがベストな勉強方法というわけではないのだが。
「……これはウチに対する当てつけとしか考えられへん」
「あのなぁ、お前だって本当は数学なんて楽勝だろ?」
俺はいったん勉強机から離れて押入れの灯夢のノートをのぞいて――。
「!! このエッチ野郎っ!」
おもいっきり灯夢からパンチをもらった。
右のいいストレート一発。
人にも化けることができる灯夢だが、今は元のロコンの姿なのだが、
その小さな手から放たれたパンチは冗談抜きでメガトン級だった。
……けど、攻撃をくらう前にちらっと見えてしまった。
若干だが、赤いバツ印が多かったような気が……。
「もうええわ! おんどれと一緒に勉強なんて、もう集中できへんわ!」
そう吐き捨てるように言うと灯夢は
さっさと自前のショルダーバックに色々と入れ込み……終えると。
「図書館で勉強して来るわ!!」
その言葉とともに扉がおもいっきり音をたてながら閉められた。
俺は漫画の描写かと疑われるぐらい赤く膨らんだ、ほっぺたをさすりながら、
灯夢の怒りを抱きながらの行動を見ることしかできなかった。



「イテテ……灯夢のやろう、思いっきりなぐりやがって……」
依然と痛みを訴えてくる、ほっぺたに、
ユキメノコ印のロックアイスを入れた袋を当てながら、俺は勉強を続けていた。
左手に例の袋、右手にシャープペンシルを持ち、
数式というモンスターに再び挑んでいった。
近くのちゃぶ台に置いてあるラジオから音楽が流れてくる。

灯夢って、どうしていつも怒り気味な感じなんだろうな。
それにいつも何かと自分の鼻を高くしているところもあるし。
……本当に謙虚っていう言葉を知らないんじゃないだろうか?
…………まぁ、頼りになる、っていうところはあるが。

怒りやすい。
自惚れ。
みたらし団子に関しては我がままなところがある。

……なんだろう、他人ならぬ他ポケの短所なんだけど、
短所しか浮かばないあたり、悲しくなってくるのは気のせいだろうか?
そういえば、もうアイツとも早三ヶ月といったところかぁ……。

尻尾を間違えて踏んで、みぞ打ち一発。
あまりにも腹が減りすぎて、アイツのみたらし団子を間違えて食べて、頭突き一発。
掃除中に誤って、ほうきでアイツを力強く掃いて、アッパー一発。

……なんだろう、宿泊会のこともあるけど、
俺ってばロコンに、なぐられっぱなしじゃねぇか?
ついさっきのほっぺたに一撃もあったしな…………。
まぁ、至近距離の『かえんほうしゃ』や『だいもんじ』に比べたら、
まだこのパンチは序の口なのかもしれない……と考えていたら、
なんか鳥肌が立ってきたぞ。

外からヤミカラスが「アホ〜、アホ〜」と鳴いているのが聞こえてくる。
……タイミングがタイミングだけに
俺のことをバカにしたかのような感じを受けた。
確かに、灯夢のことを考えていて、
右手のシャープペンシルの動きが止まっていたことはバカかもしれない。

でも……なんか、アイツのことが気になって仕方ないんだよな。
灯夢ってさ、ときどき暴走気味なところがあるからさ、
灯夢にとっては余計なお世話かもしれないけど、
ちょっと不安に思ってしまうこともある。
俺以外のヤツに正体がばれるんじゃないだろうか……とか。
っていうか、俺にはもうばれているというわけだけど大丈夫なのか?
………………。
万が一にも口を滑らせた次の日は朝日を拝めないかもしれないな……。
色々な人に、ばれすぎて試練に失格……なんてこと……。
呪われたくないから、それだけはカンベンしたい。マジで。

まぁ、なんだ。
要は、アイツのことが、
なんか……ほっとけなくなったというか、なんというか。
初日にはそんなこと思わなかったのにな…………なんか変だな。
今では、そうだな……うん、無事に三年間アイツと暮らしていければいいか。

そう、灯夢の一撃で俺が死なないように……な。
冗談抜きで。


「ちょっと、お茶でも飲もうかな」
数学ではなく、プライベートな考え事で疲れてしまった俺がいた。
俺はいったんシャープペンシルを置いて、
カーテンが開かれた窓から空を見上げた。
六月下旬の梅雨時期まっただ中である空は見事に重い雲によって、
灰色の世界に上書きされていた。


「…………アイツ、カサ、持っていったかな」


  [No.157] 1巡目―春の陣7:梅雨が明ければ。 投稿者:巳佑   投稿日:2011/01/01(Sat) 18:42:46   54clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ロコンから見える世界と
人に化けてから見える世界は
同じ世界という言葉なのに違って見えるもんやってことは、
そやな……ウチが生まれて、
変化の術を覚えたのは小さな頃やったから……
まぁ、つまり、もう随分と昔に知った感覚なんやな。
でも……ウチ的には飽きるという感覚がソレにはないんやな。
いつも、この世はいつだって変化を築いとっていたから…………。


ウチは人の足でブーツ音を立てながら歩いておった。
その音には怒りも込められてるっちゅうことは言わずもがなや。
……ったく、あやつが変なことをしよるからや。
ウチのことを馬鹿にするから、いけないんや!

ウチの名前は天姫灯夢っちゅうや。
年は997歳のロコンやで。
……ババァなんて言うたら、即刻『にほんばれ』プラス『だいもんじ』な。
ウチは普通のロコンとは違って、
1000という年を重ねて初めてキュウコンになれるんや。
……ウチはな、命令されたんや。
キュウコンになる為の残りの三年間、
タマムシ高校に通い、無事に卒業すること。
……なんで、そないなけったいな試練を受けられてしまったのが分からん。
けどな……あの方の命令は絶対やしな……。
まぁ、とりあえず、試練は楽勝かなって思うておったで。
要は三年間、女子高生の一人暮らし生活を楽しめばええっちゅうことやろ?
だけど、あの日、
あの男と住むことにならざるをえないようになるまでの思いやったけどな。

あの治斗っちゅう男と部屋がダブルブッキング(やったけ?)に
なってしもうてな……ウチは教えてもらった、その部屋しか住めへんというルールがあるし。
ま、まぁ追い出すんのも悪かったしな、結局は一緒に住むことになってしまったってことや。
あやつと一緒に住み始めて早三ヶ月。
……もう、と言いたくなるぐらい、この男はタチが悪いで。

いつもウチにケンカを売るようなことは言うてくるし。
ウチの水浴びを覗き見したときもあったし。
みたらし団子を勝手に食べてたときもあったやな。

……思い出すだけでも、ウチの怒りのボルテージが上昇していくでっ。
なんで、あないな男と住まなきゃいかんねんっ。
ウチは歯をキリキリ鳴らしながら図書館に入っていった。


図書館内の独特な静けさが辺りを包んでいる中、
ウチはとりあえず空いている机付きの席に腰を下ろして、一息ついた。
なんとなく落ち着ける雰囲気を持つ、この場所は本当に不思議やな。
ここなら誰にも邪魔されずに勉強できるで。
ウチは肩掛けカバンから数学の教科書とノートを取り出すと、
早速、テスト勉強を始めた。
……………………。
むむぅ、人間ってどうしてこんなに難しいもんばっかり創るんや?
この問題は……この式を代入して……と。
そこから計算してからの……こう、展開してやな……。
む、間違えたやな。
もう一回、やってみなあかんな。
……………………。
………………。
…………。
……。
書いては消し、書いては消しの繰り返し。
なんやノートが数式やなくて、消しクズで埋まってきたような気ぃするけど。
もう! こんなん、適当にやったればええんやぁ!!
頭をクシャクシャかきながら…………。
…………。
……。
なんや、簡単に解けたやんか。
ウチはほぼ殴り書きのような数式に赤い丸をつけた。
……なんか眠ぅたくなったやな。
ウチは大きなあくびを一つした。


それは昔々、暖かくて、ウチはあのヒザの上で昼寝を興じるのが大好きやった。
それは昔々、温かくて、ウチはあのもふもふな尻尾にくるまれるのが大好きやった。
も、もう、ウチは大人やからな。
そんな甘えはお願いしないけどな……多分や、けど。
それに…………。
あっ! それはウチの(みたらし団子と同じくらい)一番大好きな、
なめこ入りのきつねうどんやん!!
う〜ん! 母さんの手作りがやっぱり最高やな!!
ん? なんやて!? おかわりあるんかいな!
あっ! 大盛りで頼むで!!
モグモグ……モグモグ……。


「お客様……お客様……」
「んはあぁ!?」
「あ、あの、もう閉館時間ですので」
…………最初は寝ぼけておったけど、徐々にウチは状況を理解した。
ウチとしたことが居眠りしすぎてもうたみたいやな。
……あ、よだれがちょっとばかし垂れてるやないか。
とりあえずウチは背伸びをしようと立ち上がった。
……『フラフラダンス』をしているような感覚やで。
気分はパッチール、なんて思いながらウチは帰り支度をすますと
図書館を後にした。
……むぅ、今、気がついたんやけど結局問題一問しか解けへんかったな。
そうや! だいたいあの男がウチを怒らすから、
余計な体力を使ってしもうたやないか!!

……おなかから音が鳴ったで。

ま、まぁ、あいつは顔に似合わず料理は作れるしな。
この前は大根の煮込み料理なんか、いっちょまえに作りよるし……。
箸が大根を綺麗に通るぐらいの絶妙な感じやったなぁ。
…………。
なんや悔しゅう気持ちになるんのは気のせいやろうか。
と、ともかく、なんかうまいもんでも作ってくれたら許してやってもええかな。
ウチは優しいからな! 
……あかん、腹が減って力が若干抜けているで……。

はよう帰るかと図書館の入り口のところまで出たところで、
ウチの目と鼻が何かを捕らえた。

「……しもうた、雨が降ってきよったか」

参ったで……カサを持ってきよるのを忘れてもうた。
まぁ、雨に濡れるなんて今まで何回もあったから、いまさらやけど。
近くの水たまりで二匹のニョロモと
ピカチュウ色のレインコートを着よった一人の小さな女の子が
きゃっきゃっと遊んでおった。
ロコン色のレインコートは売ってへんのか?


……それにしても、雨かぁ、ちょうどこの時季やったっけな。
ウチが大たわけな事をしよったのは。
あれを思い出すたびに、ウチは本当に馬鹿なことをしよったと思っとる。
………………。
いかんな。
どうやら腹が減りすぎてネガティブになりすぎてしもうてたようや。
多少、ぬれてもしゃあないから、さっさと帰ったほうがええな、これは。


「やっぱり、カサを忘れてたか」

いきなりウチの耳になじみのある声が聞こえたのと同時に、
目の前に現れたんのは同居人のやつやった。
そいつは右手に開いた黒色のカサを、左手には――。
「ほら、お前のカサ、持って来たぞ」
ウチの赤いカサを手渡してきた。
「なんや、ストーカーでもしよったんやないやろうな?」
「図書館に行くって言ったのはどこの誰だよ」
む? そないなことも……まぁ、言ったことにしといてやるで。
ウチはそいつからカサを受け取ると勢いよくソレを開いた。

ん、まぁ、この男は最悪とまではいかないだけ、まだマシやってことやな。
ほんまにときどきやけど心遣いも、まぁできるみたいしな。
…………三年間ぐらい、我慢できへんことには
立派なキュウコンにはなれへんっちゅうことにしといてやるわ。

うん、幸い、この男は料理が人並みできるから我慢できそうや。
うん、うん、うん、そういうことにしといてやるわ!
強引なんて言わせへんで!!

「ほな! ウチは腹減ったで! はよう帰って飯や! 飯!」
「お前なぁ! カサに対するお礼はどこに行ったんだよ!?」




通り雨だったのか、数十分後には見事に空は晴れ渡った。
灯夢の鼻には雨上がりの匂いとともに、
ちょっとばかし、夏を予感させるものが届いていた。
期末テストが終わった後に彼女らのドアをノックしてくるのは

           
            
                夏休み。


1巡目―春の陣【完】


  [No.163] 1巡目―春の陣の足跡。 投稿者:巳佑   投稿日:2011/01/07(Fri) 15:40:50   60clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

毎度、ありがとうございます。巳佑です。

ドタバタな感じで1巡目の春の陣が終わりました。(汗)
おそらく、このドタバタ感は最後まで続くと思うので、
0巡目からの繰り返しですが、私自身もこの後の展開がどうなっていくことやら見当がつきません。(汗)
現実の季節は冬に入っていますが、物語のほうはこれから夏に突入していきます。(汗)

ちなみに春の陣6では治斗の視点、春の陣7では灯夢の視点で書いてみました。
お互いの今までの心情をストレートに書いてみたかったので。
今後も、一人称で、あるキャラクターを更にピックアップしていく……話を時々、入れていこうかなぁ……と思っています。

それでは、0巡目の足跡でもやったように、
1巡目の春の陣に登場した新しいキャラクターを簡単に紹介しておきますね。


★日生川健太(ひなせがわ けんた)

……ふちが赤色のメガネがトレードマークの青年。
いつでも明るく、なんでも前向きな、
その性格は、時にはトラブルメーカーに、時にはムードメーカー(になったことってあったけ?)になります。
イラストが趣味兼特技。
相棒のドーブルとともに、毎日、何かを描いています。


★朝嶋鈴子(あさじま すずこ)

開いたおでこがチャームポイントの女子。
治斗よりもしっかり者の性格で……要は貴重なツッコミ要員であったりもします。(汗)
チームとかの団体行動で引っ張ってくれるタイプの子です。
運動部に所属している為、運動神経がよい。
パートナーのピジョンと一緒にジョギングをするのが大好きだそうです。


★光沢しずく(みつざわ しずく)

可愛らしい朱色のツインテールが特徴の女子。
優しい性格でありますが、少々、自分に自信が持てないようで、
それ故に、声の音量は比較的に小さめです。
ちなみに激辛料理が大好きのようで、余裕でおいしそうに食べている姿にビックリです。


★長束吉男(ながたば よしお)

治斗たちのクラス(1−F)の担任教師で、担当は国語。
古さを感じさせる丸底型の眼鏡と
少々、メタボ気味の体質と
そして苦労を感じさせるちょっとしたハゲ頭が特徴的な男。
少々、ビビりな性格で背中に現れる冷や汗は絶えず流れているとか、いないとか。(汗)
ちなみに48歳、独身です。




さぁ、これから夏の陣、治斗と灯夢たちのドタバタな夏休みが始まります!
…………熱い、暑い夏休みになりそうです。(汗)

これからもよろしくお願いします!



それでは、失礼しました。


  [No.169] 1巡目―夏の陣1:炎天下を超える温泉旅行記  第一巻 投稿者:巳佑   投稿日:2011/01/12(Wed) 20:22:00   60clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

さて、タマムシシティの街外れのほうにある楓荘には、
一室に大家代理の楓山幸。
一室にタマムシ高校に通っていて、偶然にも同居中の日暮山治斗と天姫灯夢。
以上の二室以外にも楓荘にはまだ二室、
一室に一人ずつ住んでいた。

「……あ、どうも。確か……新しく入った、日暮山さんと天姫さんですよね?
 自分は暗下(くらした)と言います……。
 これ、ありがたく、もらいますね。
 あっうん、今行くから……すいませんポリゴンが呼んでいるので、では……」 
楓荘の二階、治斗と灯夢の部屋の隣にある一室。
身の丈は175センチほど。
両目を隠すほど、黒い前髪がかかっていて、
どうやら大きい丸底の眼鏡をかけている。
職業不明の男――暗下は
明かりも付いていない、だけど機械音やら電子音が鳴り響いている空間に戻って行った。


「ああん、ウワサに聞いてたわよう。
 ええっと、ヒムヒムちゃんとヒグヒグくんだったわよねぇん?
 あらためて〜、アタシは水美(みずみ)よぉ〜、よろしくねぇ〜ん。
 ああん、アタシもまだ現役だ・け・ど、アンタたちの肌もプルンゲル、ねぇ〜!」
楓荘の一階、楓山幸の部屋の隣にある一室。
身の丈は164センチほど。
小豆色のジャージを着用していて、
ポニーテールに縛られた金色の髪は腰まで垂らしていた。
夜のお仕事をしていると言われている女――水美は
……若干、酒臭い匂いを漂わせながら、へらへらと口元を緩めていた。



無事に期末テストも終え、返ってきたテストは赤点一つもなく、
一学期終業式での通知表による喧騒(けんそう)に巻き込まれながらも、
治斗と灯夢は夏休みの門をくぐって行ったのであった。
「ん? なんや、おんどれ、もう宿題やっとるのか?」
「なにごとも早めのスタートが肝心ってな」
その両手に大量の夏休みの宿題を抱えながら。


虫ポケモンたちの鳴き声が夏の夜空に消えていく中、
楓荘の一室では自前の勉強机で治斗は宿題を、灯夢(今はロコン姿)は自分で勝手に居住区にした押入れで何やら本を読んでいた。
近くのちゃぶ台からはラジオの楽しそうな生番組が流れていた。
今、ちょうど、その番組ではリアルタイムで『夏休みの宿題エピソード』をリスナーから募集しているようで、
さまざまな夏の宿題談が飛び交っていた。
図工の宿題でコイキングの魚拓(ぎょたく)を取った者がいれば、
自由研究で、一定期間の間にどれだけ模様違いのパッチールに出会えるか? とか、
数学の難問でフーディンに計算を手伝ってもらったという暴露話まで、
話が尽きることはなかった。
本を読みながら、その会話を聞いていた灯夢がその流れに乗じるかのように治斗に尋ねた。
「おんどれもなんか夏休みの宿題であらへんのか?」
「……夏休みの宿題か。そういえば」
右手にシャープペンシル、左手にはダーテング印のうちわを装備しながら、
数学の宿題を進めていた治斗が何かを思い出したかのような顔になる。
ちなみに、この部屋にはエアコンという文明利器はなく、古びた扇風機が一台だけしかなかったのだが、
ほぼ一方的に灯夢に略奪されてしまった。
『このまま夏の暑さでウチの熱が上がったらオーバーヒートでまる焦げになっても知らへんで?』
炎ポケモンは自らの体温を調整する為に炎を吐きだすときもあるという。
そんな冗談の雰囲気を微塵(みじん)も出さない言葉を突き出されたら、答えは自ずと悔しいほどに決まってしまった。


問題を解きながらも治斗は口を開いた。
「昔、親がさ、自分たちも『子供の夏休みの宿題のお手伝いで思い出を残したい』なんて、変なこと言ってきて。
 あんまりにも聞かないもんだから、しょうがなく、漢字ドリルとかをやらしたんだよ」
この時点で灯夢から笑い声がもれ始めている。
数式を映している治斗の目もなんだか遠いものを見ているかのような感じであった。
「夏休みが終わってそのドリルを提出したら、先生に呼び出されちゃってな…………」
当時のことを思うとため息を出さずにはいられない治斗だった。
「あまりにも間違いだらけだから再提出をするハメになった」
灯夢が腹を抱えて大きく笑った。
まぁ、治斗にとっても、それから数年後の今となれば酒の肴(さけのさかな)的な話のだが、
当時は職員室で顔が火あぶりされたかのように恥ずかしい思いをしたらしい。
けれど、その体験は治斗に、しっかりとした教訓を授けたようで――。
「まぁ、それからはなるべく早めに宿題をするクセがついたかな……軽はずみに他人に頼んだら、ろくなことがないからな」
「なんや、おんどれも学習してるやないか」
「……なぁ、今のってホメ言葉なのか? けなしているのか?」
依然と笑いが止まらないらしい灯夢の言葉は、治斗にとって説得力の有無に疑問符を打つものだった。
しょうがないな……と半ば諦め(あきらめ)感を漂わせながら、数式を解いて――。


丁寧なノック音が玄関から聞こえた。


灯夢は慌てて例の十代半ばの少女に化けて、急いで押入れから飛び出て戸を閉めた。
灯夢自身、正体がばれたら試練に失格というわけではないことは分かっているのだが、
穏便に試練に合格して、無事にキュウコンに進化できるようになるには、なるべく正体を明かさない方がいいと思っていた。
灯夢の一連の動作の間に治斗は玄関に向かい、扉越しに、どなたかと尋ねる。


「夜分遅くにぃ、すいません。楓山幸ですぅ」


独特の柔らかい声に治斗は応えるように扉を開けた。
目の前にはいつもの昔懐かしいかっぽう着を身に包んでいる大家代理――楓山幸が微笑み顔で立っていた。
「こんばんは、えっと、どうしたんですか?」
「ちょっとしたぁ、お話がありますのぉ。よろしければぁ、家にあがってもいいですかぁ?」
灯夢のほうは大丈夫だろうと思った治斗は幸を迎えいれた。
けれど、話とは何なのだろうか? 家賃は払っているはずだし……とちょっとばかしの不安を抱きながら
幸とともに居間のほうに行くと、人間の姿の灯夢が何事もなかったかのように本を読んでいた。
「なんや、さちっちやないか。どないしたんや?」
どうやら灯夢は『〜っち』と名前を呼ぶクセがあるらしい。
例えば、しずくなら『しずくっち』、鈴子なら『鈴っち』といった感じに……女性限定のようだが。
「すいません、いきなりで申し訳ないのですがぁ、お二人はぁ、明後日から四日間ほどぉ、予定ってなんかありますかぁ?」
「とりあえずはないで?」
「俺もないですね」
冷たい麦茶を幸に出しながら、治斗も近くに座った。
実はですねぇ……と幸が何やら胸ポケットから取り出して、じゃーん! といった感じにソレを上げた。
幸の手に握られていたのは何やら、チケットみたいなもの――


「抽選で当てたんですよぉ、ハナダシティの温泉旅館『ひまわり』三泊四日のぉ、無料宿泊券〜」


どうぞぉ、と言われて治斗と灯夢が改めて見せてもらったのは、
確かに無料宿泊券と書かれている紙で、
夏の雰囲気に合わせてかトロピカルで色彩の強い色が描かれていた。
そして、なにより看板娘よろしく一匹のヒマナッツの顔がど真ん中に映っていた。
誘っているかのような笑顔がチャームポイントであるようだった。
「そいで、話っちゅうのは、結局、なんや?」
「あ、はい。この一枚の券でぇ、最大五人までオッケーなのだそうですぅ。
 よろしければぁ、せっかくですしぃ、楓荘のみなさんで行きませんかぁ、ということなのですぅ」
………………。
思いがけない幸からの誘いに治斗と灯夢は思わずお互いの顔を見やった。
あ互いの目が丸くなっているのが分かる。
正直旅行のことを考えていなかった一人と一匹にとってはまさに朗報であった。
長い夏休み、
かたや両親が年がら年中海外へ行っている為、帰省の機会なんてなかった治斗。
かたや試練の三年間は帰省を許されていない灯夢。
出掛けるとしても街中をブラブラしているだけ――という寂しい夏休みにならなそうであった。
答えはもちろん。


「行きます!」
「もっちろん、行かしてもらうで!」


珍しく一人と一匹の声がハモッたような響きが広がった。
幸は両手を合わせながら首をかしげ、「はい〜、それではぁ……」と
旅行の準備や、今回の旅行についてなどをゆっくりと、かみ砕いた説明したのであった。



ヨルノズクが夏の大三角形に向かって声を上げている頃、
出発は明後日だが、部屋の真ん中におなかを少し膨らませた治斗と灯夢の旅行用のバックが置かれてあった。
「とりあえず、準備は大方オッケーやな」
「早いな」
「おんどれこそ」
(今はロコン姿の)灯夢はとりあえず満足顔で押し入れのほうに戻ると、うつぶせに寝ころんでパンフレットを読み始める。
幸からもらったハナダシティでの観光パンフレットであった。
例の温泉旅館の『ひまわり』はもちろんのこと、
ポケモントレーナーが挑むとされるハナダジムで開催される水中ショーや、
夏にはピッタリの冷たい川が流れている場所や、
ハナダシティから少し離れるが『おつきみやま』のことなど、
簡潔に書かれていた為、細かいことは行ってからのお楽しみというやつだったが、
灯夢は無意識に『しっぽをふる』をしていた。
心底、楽しみにしている灯夢の姿を見て治斗はふと何かを思いついたかのような顔になった。
「おまえって、ハナダシティに行ったことがあるんじゃないのか?」
997歳も生きているというならば、どこかの町にぶらり旅なんて、ないこともないのではないか。
灯夢は依然と『しっぽをふる』をしながら答えた。
「まぁな。数十年前やったけなぁ……最後に来たのは。
 あんときは旅館で泊まる金は持ってなかったんやけどなぁ……旅館かぁ……
 うまそうなもんがいっぱいなんやろうなぁ………………」
灯夢のよだれをすする音が聞こえた時点で治斗は一種の諦めを覚えた。
もう、これは聞く耳持たずと。
だが、なんだかんだと言って、自分も楽しみであった。
日頃、留守が多い治斗にとって旅行なんて滅多にお見えにかからなかったイベントでもあったからだ。
それに宿泊費はタダ、おまけに移動費もタダらしく、
必要なお金はお土産を買うだけで十分。
これで心が踊らないワケがない。

「続きましては、忙しくて海に行けない今年の夏のうっぷんをこの曲で晴らしてます!
 お前らぁ! 特に学生!! 夏休みだからって、浮かれんなよぉ!!(泣) 
 というヤマブキシティ、ラジオネーム……『私はシェルダーになりたい』さんからのリクエストで!」
 
明るい女性Djがテンションを更に上げながら――

「ペラップマンの『夏の落とし穴』です、どうぞぉおお!!」

ラジオから流れてくるアゲアゲソングに波乗り気分で、治斗も観光パンフレットを開けたのであった。


  [No.533] Re: 1巡目―夏の陣1:炎天下を超える温泉旅行記  第一巻 投稿者:ヌードル   投稿日:2011/06/15(Wed) 13:41:51   46clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

学園ストーリー好きなの?


  [No.534] Re: 1巡目―夏の陣1:炎天下を超える温泉旅行記  第一巻 投稿者:お茶づけ   投稿日:2011/06/15(Wed) 13:44:22   44clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

緑茶レモンをご飯につけてみれば?


  [No.901] 1巡目―夏の陣2:炎天下を超える温泉旅行記  第二巻 投稿者:巳佑   投稿日:2012/03/15(Thu) 17:26:33   50clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 夏の特徴といえば、早朝の風が少しばかり涼しさをもたらしてくれているといったところも一つに入るだろうか。
 南寄りの風だが、日差しの力が臨界点を突破する昼下がりのときに比べれば、まだマシな方な気がする。
 ……ちょっとした慰め(なぐさめ)程度かもしれないが。
 少なくともこの楓荘は若干街外れにあるためか、夏の早朝の風は比較的、涼しげな雰囲気を身にまとっていた。
 熱帯夜との戦いに終止符を打つかのように、その心は少年を更なる深い安眠へと――。

「はよ! 起きんか!! おんどれぇ!!」

 可愛く言えば狐パンチ。
 ごつい感じで言えば鉄拳。
 忠実に言えば『メガトンパンチ』かもしれない。
「いってぇえ!?」
 ロコンである灯夢のパンチが治斗の右の頬(ほお)に見事、入った。
 炎タイプの狐ポケモンが格闘タイプの技を発揮している姿なんて、そうそうない。
 肉がへこむような、いい音が部屋を覆った後、治斗は寝ぼけながらも起きた。
「ちゃんと起きんかぁ!!」
 その重そうなまぶたを再び閉じようとして――それが致命的となった。
 今度は左の頬に灯夢のいいパンチをもらった治斗は………………。

「あぁ!? おんどれ!? こんぐらいやっても、まだ起きんのか!?」

 気絶した。
 白目をむいているならまだしも、治斗は目を閉じてしまっていた。
 それが、どういう意味をさすのかは想像にお任せすることにする。
 ただ、一言だけ言えば…………。
 本末転倒がイタチごっこをしていた、であった。


 朝日が徐々に昇り始めている中、楓荘の前にいる三人の大人に加わる二人の子供。
 大きめの黒いリュックサックや、滑らかな光沢を持った赤い革のトートバック、頑丈そうな青いスーツケースに、
 可愛い桃色が施されたショルダーバックと、灰色のショルダーバックがそろった。
「あらぁ、どうしたの? 顔がやけに真っ赤だけど?」
 金色のポニーテールが朝日を受けて眩しい刺激を受けた治斗は思わず目をつむった。
「……だれかさんのせいで、こうなりました」
「なんべんもいわせんなや! おんどれがはよう起きんのがいけないやろ!?」
「だからって、あんなに、なぐることはねぇだろう!!」
「旅館の食べモンがなくなったら、どないしてくれるんや!」
「んなこと、知るか! っていうか食い地ばかり張ってるな、お前!」
 一人の少年と一人の少女の激化した口は止まりそうにない。
「うふふぅ、これがぁ、青春ってやつですよねぇ」
「若さっていいわよね〜、ま、アタシも現役だ・け・ど」
「……止めなくても、大丈夫なんですかね? ……まぁ、元気があることはいいことですけど」
 治斗と灯夢の口ゲンカ劇を大人三人――楓山幸、水美、暗下はとりあえず、様子を見ていることにした。
 騒がしい朝だと言わんばかりに空ではポッポたちが羽ばたいていた。


 ビルなどが林立しているタマムシシティの都市部にあるバスターミナル。そこから貸し切りの大型バスに乗り込んだ楓荘一行は、目的地であるハナダシティに向かうことになった。いかにも三十人乗りのバスなのに、乗っているのはたったの五人。ぜいたくなバスの使い方である。
 全員が乗り込んだことを確認した運転手が出発の合図をすると、灯夢と幸と水美のガールズは拳を天井に向けながらかけ声をあげていた。どうやらテンションは順調よく上がっているようだ。一方のダメージが残っている治斗と顔に陰(かげ)を落としている暗下はその彼女達の様子を見やるだけである。このように男と女でこんな差がある中で、バスは重い腰をあげるようにゆっくりと出発していった。
 バスの窓から飛び込んでくる風景に灯夢と幸は眺めており、仕事から直に来たという水美はこれからの行動の為に仮眠を取り始め、暗下は本を読み始めた。それぞれの様子を見ながら、治斗はハナダシティに着くまで何をしてようかと思った。このまま眠るのもいいし、隣に座っている暗下と話をしてもいい。ちなみに、バスの座席は通路を挟んで左右二つずつで、灯夢と幸、治斗と暗下が隣同士で、水美が一人でといった感じである。 
 やはり、ここはこれからの付き合いとかもきっとあるかもしれないからと、治斗は暗下に話しかけた。
「あの、何を読んでるんです?」
 しかし、暗下からの返事はなかった。
 それなら、自分から覗き込もうと治斗が顔をくいっと動かすと、そこには変な数列や数式が目に入ってきた。
「なんか、難しそうな本を読んでいるんですね」
 また、暗下からの返事はなかった。
 本を読んでいるのに夢中になっているのかなと、頭をかいた治斗は仕方なく、水美と同じく仮眠を取ることにした。
「やっほい! なんかいい風が吹いているで」
「もうすぐぅ、タマムシシティを出ると思いますよぉ」
 いかにも席を立っているらしい灯夢に、楽しそうな幸の後ろ姿を眺めながら、治斗はポケットからウォークマンラジオを取り出し、黒いイヤホンを耳にはめた。スイッチをつけて、好みのラジオ番組にチューニングしてから目を閉じる。

『はぁーい! カルチャー放送から素敵な音楽と共にお届けしております、オタマロジュークボックス! 皆さん、おはようございます、パーソナリティの珠塚(たまづか)です☆ 昨日も熱帯夜でしたよねー。いやぁ暑い暑い。あまりの暑さに氷枕とか使ってみたんですけど、朝になる前に溶けきちゃって。この溶けきる前に夢の中に落ちることができるかどうか! と、私のように暑さと戦っている人も少なくないんじゃないでしょうか? ちなみに昨日はギリギリ勝てました☆ まぁ、朝起きたら汗でパジャマがぐっしょぐっしょになっていて困るときもあるのですが。この時期、パジャマが足りなくなりそうでやだですよねー。というわけで、今回のメールテーマは私の熱帯夜で募集したいと思いまーす☆ じゃんじゃんばりばり送ってくださいね。リクエスト曲も待っていますよー。さて、本日の一曲目はオーガストさんからのリクエストで、SEIKOの”青いサニーゴ”です、どうぞ☆』
 
 爽やかな雰囲気が漂う曲に身をゆだねがら、治斗はうつらうつらとなっていった。

 
 一方、前の席にいる灯夢と幸は相変わらず風景を眺めていた。
 都会のタマムシティを抜けると、そこから風景は林や草原へと変わり、時間が経つとそこからまた都会へと変わっていく。
「どうやら、そろそろぉ、ヤマブキシティに着くみたいですねぇ。ここを通って、北上していけばぁ、ハナダシティに着きますよぉ」
「早いんやな。もう少しで着くんかい」
「ん〜。まぁ、まだ一時間以上はかかると思いますけどぉ。遅くとも午前中には到着すると思いますよぉ」
 早く着かないだろうかと灯夢の顔は期待でいっぱいだった。
 今、ロコンの姿に戻っているとしたなら、その尻尾はさぞかし左右に踊りまくっていたことだろう。
 九百九十七年生きてきた中で、行ったことのある街はあれど、それはもう数十年も前のこと。街の様相が変わっていてもおかしくなかったし、その変わり映えが当時の旅を重ねてみる灯夢にとっては新鮮であった。それに産まれてこのかた、バスといったような乗り物もあまり経験がなかったことも灯夢の興奮へと繋がっていた。治斗よりも数十倍も長生きしているのだが、その辺りではまだまだ子供っぽい一面を見せるロコンである。
「灯夢さんはぁ、乗り物酔いとか大丈夫ですかぁ?」
「ん? 乗り物酔い?」
「えぇっと。揺られてぇ、気分が悪くなったりしてませんかぁ?」
「あぁ、もしかして二日酔いみたいなもんかいな?」
「ちょっと違うような気がしますけどぉ」
 あまり乗り物に経験がない灯夢だからこそ、乗り物に酔うという感覚を知らないかもしれない。
 とりあえず平気な灯夢に対し、後ろからうめき声のようなものと同時に顔色を青くさせている暗下の顔が現れた。
「……あの、すいません。自分、ちょっと酔ってしまったみたいなんですが……幸さんか灯夢さんで、酔い止め薬持っていませんか?」
「あらまぁ、ちょっと待っててくださいねぇ。確かバックの中にぃ」
 ガサゴソと手持ちの黒いトートバックを漁り始める幸の隣で、灯夢が大丈夫かと暗下に声をかけると、ちょっと駄目かもしれないという返事が返ってきた。
「どんな感じなん? こうどこが悪いっちゅうか」
「……そうですね……おなかとかが特に気持ち悪い感じですかね……さいわい頭は痛くないのですが……」
「そうか、おなかが調子わるいんか。そんならウチに任し」
「え」
 妙案を思いついたらしい灯夢に、暗下が首をかしげる。
「えぇか。ちょいとイスの上に立ってこっち向いてくれへん?」
「こう……ですか?」
 今はあまり動きたくなかった暗下だったが、もしかしたらいい方法かもしれないと灯夢の言うこ通りに動いてみた。バスは相変わらず揺れるので、暗下はイスの上に立つと、荷物を入れる場所に片手をかけた。
 準備ができた暗下に灯夢がうんうんと頷くと、動かないようにという一言をつけて――。
「そいや!」
 
 鉄拳一つ、暗下の下腹あたりに直撃した。

 無論、ノーガードの暗下は後ろに吹っ飛び、灯夢はなんだかやり切ったような顔を浮べていた。
「あらまぁ、すごいですねぇ」
「悪いところは殴ればええんや、殴れば」
「すごい効きそうな治療法ですねぇ」
「吐くもん吐いたらスッキリするやろ?」 
 テレビを直すときのやつと一緒にしてはいけないし、ショック療法だとしても刺激が強すぎる。
 
 無論、暗下がその後、リバースしたのは言うまでもないし、ハナダシティに到着したときには治斗と水美の寝ぼけ眼(まなこ)を覚まさせることとなったのであった。