ヤマブキシティ中心部。真夏の短い夜が明け、空が白み始めていた。林立する摩天楼の一角、あるビルの会議室では出席者が次々と到着していた。時計は午前四時半をまわる。
「皆さま、お集まりになられたようですね。では、今より緊急会議を行います。今回早急に話し合わなければならない非常に重大な事件が発生したことにつきまして、その事件の特殊性から各方面の専門家の皆様、また一部の『協会』関係者の方にもお集まりいただきました。早朝からお越し下さいましたことにまず感謝いたします」
カタカナのロの字型に組まれた即席の机の一番奥にいた男は言い終えると席に着いた。また隣りの男が立ち上がり、話し始めた。
「昨夜未明、ハナダシティ上空で不思議な物体を見たという報告が十数件よせられました。『彗星のように尾を引き南へ消えた』『ミサイルじゃないのか』など表現は様々ですが、おおよそ似通ったもので目撃証言はすべて同じ物体についてのものだと思われます。そしてほぼ同時刻、ハナダトンネル付近の住民が『大きな爆発音を聴いた』と証言。さらに、ハナダ洞窟へ派遣した調査隊の報告では……」男は少し息を吐いた。「もぬけのからだったと……」
会議室がざわめき始めた。男は続ける。
「我々ハナダ警察署の見解は皆さまに事前にファックスした通りです。みなさんにはこのことについて意見を出していただきたいのです。何か起こってからでは遅い……」
ひげを生やした大柄な男が真っ先に声を上げた。
「だから奴はすぐに殺すべきだと言ったんだ! 協会なんぞに引き渡さずな! ロケット団から"奴"を押収した時も言っただろう!」
机をバンバン叩きながら苛立ちをあらわにする。それに対し、向かいに座っていた眼鏡をかけた女性がピシャリと言い放った。
「そんなことを言ってもなにも始まりません! 今話し合わなければならないのは対策でしょう! まだ情報が足りない。目撃証言をもっと集めるべきだと思いますが」
ひげの男が言い返す。
「どうやって集めるつもりだ? 『世界最悪にして最強の人口生命体が脱走しました』とでも言うつもりかね? 世間は大混乱だ」
「確かに。マスコミには絶対に伏せておくべきでしょう」若い男が顔を上げ、出席者を見回しながらが言った。「奴の捜索については私も協力します」
「ははは、さすが『超能力者』で名高いマツバ殿。ガセかどうかも分からない目撃証言よりよっぽど頼りになる」
「ナツメにも協力を仰いだ方がよいでしょう。今日は出席してないようですが」マツバは会議室を見回した。
「緊急会議の通知はしたんですが……今一度、連絡してみます。失礼」
出席者の一人が立ち上がり会議室を出た。マツバがそのまま話し始めた。
「私が一番気になるのは、いままで四年間、洞窟の中でおとなしくしていた奴がどうして昨夜になって突然トンネルから抜け出したのかです」
「それは私も気になっていましたわ」
黒髪の女性が言った。マツバに目配せをする。
「どうぞ続けてください、エリカさん」
エリカが立ち上がった。「今回のこの事件、人口生命体の脱走に助力した個人、あるいは団体が裏に存在していると私は考えております」
会議室がまたざわめき始めた。
「しかし、いったい誰が……」
「まさかロケット団? もしくはその残党か?」
「いや、ロケット団はいまや組織として成り立っていない、虫の息だろう」
「それに残党ごときがハナダ洞窟の奥へ入るようなリスクを冒してまで奴を脱走させるメリットもない」
「連中の思考回路など理解出来てたまるか。ヤケでも起こしたんだろう」
エリカがまた話し始める。
「ロケット弾はおっしゃる通り、五年前指導者の逮捕によって壊滅状態とみられていますが、そのロケット団が今回関係している可能性はゼロではありません。もし、『人口生命体』の存在を知ってしまった人間が外部にいるとすれば、それは相当な不安要素になり得ます」
「その場合、機密事項を漏らした人間がいるということになるな。『サイコ・ラボ』の連中は洗うべきだ」ひげの男の言葉で会議室の気温が下がる。彼はエリカを鋭い目つきで睨んだ。「協会側は情報提供すらしないつもりかね?」
「……情報提供を要求することは可能ですし、協会側にも提供する義務があると私自身思っています。サイコ・ラボに関しても捜査が必要でしょう。『人口生命体』に取り付けられていた拘束具の破損状況はどうなっているのですか?」
エリカが話題を戻したことで、ひげの男は鼻をフンと鳴らした。ハナダ署から来た男が立ち上がって報告する。
「はい、拘束具はその場に残されており、破損状況を調査隊が確認したところ、そのままただ引きちぎったような壊され方だったようです。ただ、何者かが"人口生命体"が自力で抜け出したように見せようとあえてそのように破壊することは不可能ではなく……自力なのか、手引きがあったのかの決め手になるとはいえないとのことです」
「そうですか……ありがとう」
マツバが口を開いた。「とにかく奴の居場所を確認でき次第、捕獲には警察に加えてジムリーダーを可能な限り……」
<それはやめた方がいい>
女性の声が会議室に鋭く響いた。ナツメに連絡を取るため会議室を出ていた男が戻ってきた。
「ナツメさんに連絡がつきました。音声だけですが参加していただけるようです」
「そうか。ナツメ、やめた方がいい、そういったのか?」
<ああそうだ>
マツバは椅子にもたれ、腕を組んだ。「確かに、ジムリーダーが一度に何人も招集されると混乱を招かざるを得ない。マスコミも嗅ぎつけやすくなる。だがそうも言ってられないだろう」
<そういう意味ではない。ジムリーダーの招集で世間が混乱しようと知ったことではない>
「……ならどういう意味だ?」
エリカが口を開いた。「ジムリーダー程度でかなう相手ではない……そうおっしゃりたいのですね、ナツメ」
<……その通りだ。場所までは特定できないが、奴の体から垂れ流されている念力はここにいてもはっきり感じ取れるほどだ。私のフーディンの通常時の念力を一とすると……そうだな、二十と言ったところか>
途端に部屋中で会話が飛び交い始めた。
「バカな! 超属性でも高い能力を持つフーディンの二十倍にもなるのか?」
「ロケット団から押収した時点で当時確認されているほぼすべての種族の能力値を上回っていることが確認されています。ですがこれ程とは……」
「洞窟内で自らの能力を増長させる何らかの手段が有ったのか。それとも本当に脱走を手引きした組織がいるとしたらその仕業か」
「後者だとしたらかなり科学的な知識と技術を持った組織ということになりますね」
<とにかく……>ナツメが声量を上げ、ざわめきを断ち切った。<奴の捕獲は四天王、もしくはチャンピオンレベルの人間に依頼することを推薦する。以上だ>
唐突に通信が途切れた。
「全く、変わらないな」とマツバ。
「……ハナダ署としましては、本件の危険度から捜査本部をここヤマブキに、ということでしたわね」エリカが話を戻す。
「さすがに今回のヤマはハナダだけじゃ抱えきれんでしょうな。で、指揮は誰が執る?」と、ひげの男が言う。
少しの沈黙のあと、マツバが口を開いた。
「ここはナツメの助言通り、四天王、チャンピオンから選考するのがよいのでは?」
眼鏡の女性がかみつく。「私は反対です。警察関係者でない人間が捜査の指揮を? 聞いたことがありません」
「しかし今回の事件、相手は『人間』ではなく『ポケモン』です。その線のプロを選ぶのがよいかと」
「ですか……」
「では、警察で四天王ならよいのですね」エリカが遮った。会議の出席者が全員エリカを注視した。
「そんな人間いたかね?」髭の男が腕を組み、イスの背にもたれる。
すこし間をおいて、エリカが静かに言った。
「シンオウ警察刑事総務課長にして、シンオウ地方四天王、ゴヨウ氏に至急連絡を」
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こんな始まり方をしておいて、主人公はシロナちゃんです☆
【何しても良いのよ】