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  [No.724] [連載]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2011/09/17(Sat) 15:24:27   61clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


はじめに


こっから先は、あなたの知らないポケットモンスターの世界。
でも、やっぱり、もしかしたら見覚えのある世界かもしれん。


金のかからん安いオハナシです。
しかし、楽しいひとときを奪われるかもしれません。
気分を害されるかもしれません。
あなたが絶対にしてはならないと思ってることを
平気で行うバカが現れるかもしれない。
その愚かなバカは私なのかもしれません。


何が正しくて何が悪いことなのか、
その答えは恐らく存在してないと思うのですよ。
なので決して深く考えないで貰いたいです。
こんな所で無駄に苦悩してはなりません。


どうか気を楽にして鑑賞していただけたらと思っております。







それから、この[連載]には返信しないように


  [No.725] [序章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2011/09/17(Sat) 15:37:11   55clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

POCKET
MONSTER
PARENT


『大欲情』


 ギャロップの電光石火よりも早く走れる人間などいない。
 世界陸上の金メダリストであろうとも決して追いつくことのできない圧倒的なスピードでギャロップは突っ走る。

 陸上選手に憧れるぐらいなら、最速のギャロップを手に入れる方が楽そうだ。



 フーディンの知能指数は五〇〇〇を超えると言われる。
 タマムシ大学の教授でさえもフーディンの前では馬鹿同然。

 無理に勉強して天才を目指すよりも、フーディンが手にする方が容易い。



 エビワラーはボクシングのチャンピオンより強い。
 人間では最強の拳を極められない。
 ボクサーになるぐらいならエビワラーを味方につけたい。



 飛行機を使わずとも、ピジョットは翼をはばたかせて、天空を自由に飛び回る。
 その間に人類は、翼が欲しいだの空を自由に飛びたいだの、空に憧れる歌が山ほど生み出していった。
 背中に翼など生えてはこない。
 それならピジョットを飼いならしたい。



 超能力者になれる術を知らない。
 ならば念力の使えるヤドランを仲間にしたい。



 マジシャンには憧れない。
 魔法使いには憧れた。
 不可能は可能にはならない。

 吹雪を巻き起こすジュゴンに憧れた。

 火炎を生み出すブースターが羨ましくなった。

 電撃を操る能力を持ったピカチュウが欲しくてたまらない。





 将来の夢がまた一つ消え失せた。










つづく?


  [No.734] [一章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2011/09/23(Fri) 01:25:30   68clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

pocket
monster
parent



        『夢食』                                                




        「頼むよ父さん! このとおりだ! 俺にポケモンを譲ってくれ!」


         少年が叫んだ。正座の状態で、両手と頭を畳になすりつけた。
         ヤマブキ=シオンの土下座。


        「断る。誰が渡すかボケ」


         無慈悲な罵倒をシオンの後頭部が浴びる。
         気に食わない返答だった。
         シオンは顔を上げて男の表情を伺う。

         窓から射す朝焼けの光が男の容姿を照らし出していた。
         その顔は、白髪で老け顔で「爺さん」と呼ぶのが相応しい。
         ヤマブキ=カントはシオンの父親である。

         陽光の満たす和室の真ん中に黒い三人掛けソファが設けられている。
         その真ん中でカントはあぐらをかかき、シオンを見下していた。
         肌蹴た浴衣の妙なエロスに気味が悪いのをこらえ、シオンは要求した。


        「そこをなんとか頼む! 俺にポケモンをくれ!」

        「頼めば何でも貰えるとでも思ったか? 
         そんな都合のいいことが起きると本気で思ってんのか?」

        「思ってるよ」

        「馬鹿だなお前、誰がお前にポケモン渡すか阿呆」

        「そんなの駄目だよ! 俺にポケモンくれなきゃ駄目なんだよ! 
         だから今すぐ俺にポケモンを渡すんだ!」

        「ポケモンは渡さんと言っとるだろ!
         なんでも欲しいと言えば手に入ると思うなよ、バカタレ!」


         吐き捨てられた乱暴な言葉も、シオンの精神力でひるまない。
         下から目線での懇願を続けた。


        「ポケモン持ってないの俺ぐらいなんだぞ!」

        「だからどうした? 俺にゃ関係ねぇ」

        「俺ポケモンがいないと困るんだよ!」

        「死ぬのか? ポケモンがいないと死ぬのか?
         生きていけないのか? だから困るのか?」

        「いや死ぬわけじゃないけど……」

        「なら別にいいじゃねぇか。ポケモンなんてあきらめろよ」

        「嫌だ! いなくちゃ死ぬなんてことはないけど、でも俺はポケモンが欲しいんだ! 
         ポケモンってスッゲーしヤッベーしカッケーんだよ。強いんだぞ。
         あんな素晴らしい生き物のいない人生なんて死んだも同然だ!」

        「じゃ死ねよ」


         シオンの必死に訴えもカントに効果は無いみたいだ。
         正座のせいで膝から下が痺れて動かない。
         なんとかあぐらに変え、父の顔を見つめた。
         何がなんでもポケモンを渡す気にさせなければならない。


        「俺はさ、ポケモンマスターになりたいんだ。世界最強のポケモン使いになりたいんだよ」

        「あ? ……お前、ポケモンマスターの意味知ってんのか?
         ポケモントレーナーって言葉があるのを知らないのか?」

        「ポケモンマスターは、ポケモンの扱いが究極レベルで上手な人。
         ポケモントレーナーは、ポケモン飼ってる人。常識だよ」

        「解ってて寝言ほざいてんのか? どうしようもねぇ奴だな。
         夢ばっか見てねぇで現実見ろタコ」

        「寝言じゃない。俺は本気だ。一回きりの人生だし、やりたいことをやるんだ。
         欲しいものは手に入れるし、夢だって叶えるんだ」

        「お前の希望なんか聞かされたところで無理なもんは無理だ。
         一体お前ごときが何をどうしたら、ポケモンマスターになれる道理があるってんだよ」

        「そんなの簡単だよ。すごい頑張る。そしたら俺もポケモンマスター」

        「まるで他のポケモントレーナーが努力しねぇ生き物だとでも言いてぇみてぇだな?」

        「ついでに七十億人に一人の凄い才能に目覚めて、奇跡を起こす!」

        「んなうめぇ話あるか! 都合のいい絵空事言ってねぇで、学校行けや。
         ポケモンマスター目指して遊んでる暇なんかあるか。学校行け、勉強しろ」


         カントは微かに怒っているようだ。
         ポケモントレーナーから遠ざけようとしているように感じる。
         シオンは変なことを言われているような気がした。
         さっさとポケモンくれればいいのに、と思った。


        「学校なんかどうでもいいじゃないか。それに俺、中学なら卒業したよ」

        「あ? そうなのか? いつの間に?」

        「昨日。だからこうして今日お願いに来たんじゃないか」


         カントは窓に顔を向けた。
         つられてシオンも窓の外を見た。
         スタートをきったばかりの太陽が煌々と輝いている。
         庭に並んだクラボの樹から、無数の花が咲き乱れていた。


        「もう春だったのか! そうか、もうそんな時期か」


         カントは冬眠し過ごした素振りで言った。
         そしてクラボの花は夏でも冬でも咲く。


        「そうかそうか。じゃお前もう十五歳か?」

        「あと一週間で十五歳だ」

        「ほほぅ、そうかそうか」


         カントは余韻に浸るようにボーっと天井を眺め出した。
         唐突に手を叩きパンッと鳴らした。何か思いついたように。


        「そうだ! 進学はどうするんだ? ポケモンポケモン言ってる暇などなかろう!
         お前は進学して、高校生になるんだからな」

        「いや。俺、受験してないから進学は出来ないよ。
         それに今年はもう入れる高校なんてないから」

        「んだと? つまり就職したのか?」

        「してないよ。面接の練習すらしてない」

        「なんだと! 無職なのか! ニートなのか!」


         カントは隠すそぶりもせず驚愕の表情を浮かべる。
         半ば呆れつつもシオンは言った。


        「父さん。俺は本気でポケモンマスターを目指そうと思ってる。
         だから高校には行く意味がないし、他の仕事なんてするつもりはない」

        「本気なのか?」

        「うん」

        「馬鹿なのか?」

        「違うよ」

        「な……なんということだ」


         あえての選択だった。
         無職になることでポケモントレーナーにならざるを得ない状況を作り出したのだ。
         ポケモンマスターにしかなりたくないシオンは逃げ道を潰した。
         そして父親がポケモンを渡すべき状況を作り上げたのだった。


        「どうしてそんな馬鹿なことを! 自分がおかしいと思わなかったか?」

        「思わないよ。ポケモンマスターは将来の夢ランキングで毎年一位になってるから、
         結構普通のことなんだよ。
         それよりも、なりたくもない大人になって、楽しくもない仕事をやって、
         そっちの方が馬鹿げてるよ。
         俺はポケモンマスターになって、毎日ポケモンと戯れる至福の時間を過ごして、
         高い給料を手に入れる。
         そして誰からも愛されるような人生をゲットしてやるんだ」


         嬉々としてシオンは語った。
         カントの顔が強張り、より一層しわくちゃになった。
         苦虫を噛み潰したような、深刻な表情であった。


        「まさかそこまで世の中を甘く見ていたなんて」

        「俺が馬鹿な奴だって言いたいんだろ。それはもう解ったよ。
         解ったからポケモンを譲っておくれ。でないと俺、無職になっちまう」

        「確かに無職は困るな。全く本当に困った。だがな、それでもやはり駄目だ。
         駄目なものは駄目だ。ポケモンは渡さん」


         シオンの予想していた返事と違っていた。
         思わず「ハァ?」と罵倒したくなった。
         自分の父親が狂ったのかと思った。


        「駄目? 駄目だって? 俺がポケモンを必要な理由は言ったよね。
         困るんだって言ってる。なのにどうして?
         父さんは俺のことが嫌いになったのか?
         だから譲ってくれないのか?
         どうして俺をポケモンマスターから遠ざけようとするんだよ!」


         シオンは激しく声を出していた。


        「なぁシオン。お前の欲しがる理由ってのはな、
         俺の渡せない理由と比べたらちっぽけなもんなんだよ」

        「だから理由を教えてくれよ。さっきからどうしてずっと渡さないの一点張りなんだ?
         納得させてくれよ」

        「さっきも言ったような気もするが、
         手に入らなければ死ぬワケでもないのにポケモンを寄こせなんて言うもんじゃねぇ」


         カントは懐から鉄球を取り出して見せた。
         赤い半球、白い半球、境界線に丸いボタン。
         シオンの胸が高鳴る。


        「おお、モンスターボール」


         カントの掌から鉄球は離れ、畳の上に落ちた。
         音をたて、跳ね返ったボールがカプセルのように割れた。
         光が吐き出された。
         液体のような光がドバドバと溢れ出た。
         光はしだいに固まり形を作った。
         光が消えて生き物に変わった。


        「これが俺のポケモンだ」


         ウサギのような耳をした犬だった。
         ベージュ色の体毛、漆黒の瞳、小柄な体格と同等のサイズをした筆のような尻尾。


        「こいつって、イーブイじゃないか」


         少し信じられない光景だった。
         しんかポケモンのイーブイはとにかく珍しく手に入りにくいことで有名だ。
         そのうえ人気があり若い女子高生達にチヤホヤされるのだと、
         シオンはよく知っていた。


        「父さんがポケモン持ってるのは知ってたけれど、まさかイーブイだったなんて。
         超レアなポケモンじゃないか」

        「お前が欲しがらないように隠しておいたんだが……まぁいい。
         それよりどうだ? こいつ超プリティーだろう?」

        「微妙。ミーハーのオカマ野郎が持ってそう」


         シオンは寝転がり、イーブイと同じ目線になって、見つめあった。
         その愛らしい顔つきは女子中学生に集られそうではあったが、シオンの好みではない。
         しかしポケモンである以上シオンは欲しがった。


        「なぁイーブイ。こんな怪しいおっさんなんかとじゃなくって俺の所にこないか?」


         黒い瞳を見つめて誘った。
         イーブイはあどけない表情で耳をピンと立てて座り込んでいる。
         人語を理解しているのか、シオンには謎である。


        「んで、俺と一緒にポケモンマスター目指さないか?
         絶対に今の生活よりも楽しくなるぞ」

        「人のポケモンを誘惑するんじゃない! 勝手にたぶらかしおって!」

        「そこのおっさんより絶対お前のこと大切にするからさ!
         だから俺と来いよイーブイ」


         カントの声をそっちのけに、シオンは手を伸ばしてイーブイを捕まえようとした。
         途端に大きな尻尾が視界を覆った。逃げられてしまった。
         イーブイはぴょんとソファに飛び跳ねると男の隣で横になり、眠り始めた。


        「ちぇっ、しくじったか」

        「イヌは身体を触られるのが嫌いなんだよ」

        「イヌ?」

        「ニックネームだ。名前が解らねぇから、犬って読んでたんだが、
         それが名前として覚えちまった」

        「ふぅん。で、解ったからそのイヌをこっちに寄こすんだ」


         再び正座に戻してシオンはお願いした。
         カントに両手を伸ばして見せた。
         渡せというボディランゲージだ。


        「本当にお前って奴は……」


         カントはイヌをなだめるようになでた。
         イヌは逃げる気配も見せない。
         心を開いている証に見えた。
         自分の時とはイヌの態度が違うことに、シオンは腹が立つのであった。


        「よく聞けよシオン。
         イヌと俺はな、お前が生まれる前に出会ったんだ。
         嫁と別れた時もイヌは俺に付いてきてくれた。
         お前が知らない所でイヌと思い出を沢山作ってきた。
         俺みてぇな輩と一緒に生きてくれた。
         それからずーっと俺の傍にいてくれた。
         気障ったらしい言い方すると、俺の相棒なんだよコイツは」


         カントは照れくさそうに語った。


        「ああ、そうか。うん」

        「だから息子のお前にでも相棒を託すなんて真似は出来ねぇよ」


         シオンは何故だか奇妙なことを言われているような気がした。
         カントは一人のポケモントレーナーである。
         自分のポケモンが大切なのである。
         そう理解しつつ、シオンは納得してしまいそうになる自分の心に抗った。


        「相棒だか何だか知らないけど、そんなの俺には関係ないよ。
         父さん、イヌを譲ってくれ。必要なんだ」


         真剣な表情を作り、真面目な声で言った。


        「シオン。それなら俺にも聞かせてくれ。
         お前がポケモントレーナーになったら誰かにポケモンを渡せすことが出来るのか?」

        「出来ない!」

        「自分に無理なことを他人にやれと言うもんじゃない」

        「やっぱり出来る!」

        「ならイヌをお前が俺にくれたってことにしようじゃないか」

        「それってつまり……くそ! それじゃ俺は何て言ったらいいんだ!
         俺は一体どうしたらいいんだ?」


         悲鳴にも似たシオンの儚い声は和室内に響いて消えた。


        「俺を信頼しているかもしれんコイツを誰かに差し出すつもりはない。
         何があっても手放すつもりはない。それだけだ」


         無闇に譲ってほしいと言える雰囲気ではなくなった。
         ねだっても無駄だと思い知った。
         しかしポケモンが欲しい。
         しかしポケモンマスターになりたい。
         どうするべきなのか解らない。


        「だったら俺は一体どうしたらいいんだよ。どうしたらいいんだ」

        「ポケモン使いになんてなるな。なるもんじゃない。あきらめろ」


         一体どうしたらいいのか。
         短時間で凄く頭を使い、悩んだ。
         混乱しながら困惑し、頭痛の幻覚を感じた。
         二度三度溜息を吐く。
         恐怖した時のような悪寒が体中を走った。
         そしてシオンは言った。


        「ちょっとふざけんなよ、待ってくれよ。なんなんだこれは?」

        「あ? 何の話だ?」

        「俺はポケモンマスターになるために、明日から修行の旅に出かける予定だったんだぞ。
         最強のポケモン軍団を作り上げねばならないんだぞ。
         そんでもって、八人のジムリーダーと呼ばれる猛者どもを打倒し、
         四天王と呼ばれる化け物どもに連勝して、
         最終的にはセキエイスタジアムの覇者となってポケモンマスターと呼ばれるようになる、
         ってサクセスストーリーのシナリオが待ってるんだ!
         どうしてくれる!」

        「だから無理だっつってるだろうに」

        「そうだよ! 普通は無理だよ!
         頑張ったところでポケモンマスターにもなれるかなんて解らないんだ。
         それなのに、ポケモントレーナーにすらなれないってどういうことだよ!
         大体さぁ、ポケモンマスターになるには百の試練があると言われているんだぞ!
         それなら最初の関門ぐらい楽々クリアさせてくれよ!
         ポケモン手に入れるイベントなんかさっさと終わらせてくれ!
         早く冒険の旅に出かけさせてくれよ、頼むからさぁ!」


         シオンは熱弁していた。必死の訴えだった。
         血の滾った拳を握りしめ、強く熱く語っていた。
         カントはポカンと口を開けていた。


        「……何を言ってんのか解らねぇが、とにかく俺はイヌを手放したりはしないからな」

        「嫌だ! トレーナーになれないなんて嫌だ!
         目指すことも許されないのか! 何で俺だけ!」

        「おちつけ!」


         胸の動機が強く激しく聞こえた。
         漏れそうになる涙をこらえた。
         身体が暖かいことに気がつく。
         冷静になろうとした。
         暴れても仕方がないことを、シオンはもう解っていた。

         あきらめきれてはいない。
         ねだりたりない。
         しかしカントもまたポケモンが大切で好きなのだった。
         もうこの大人に頼んでも絶対に手に入らない、そう思った

         落ち着かない気持ちでいながらも、冷静になって思考した。
         しばらく無言で、次の手の思案に暮れる。
         そして答えを出す。


        「それなら他の人に頼むよ。誰かがポケモンを譲ってくれるかもしれないし」

        「他だって? 誰にだよ、無理に決まってんだろ」

        「他を当たる!」


         勢いよく立ちあがった。
         シオンの目にはもう父の姿は映ってはいない。


        「当てがあんのか?」

        「ない! けど探す!」

        「やめとけよ。普通に考えてみろ。
         誰かに渡してもいいと思うポケモンを飼ってるってのは
         矛盾してると思わないか?」

        「そのとおりかもしれない。だけど、譲ってくれる人がいるかもしれない!
         探してみなきゃ解らない!」

        「いねぇよ。いるわけねぇだろ」

        「少なくとも父さんに頼むよりは可能性があるさ!」


         シオンはカントに背を向けた。後ろから「本気かよ」とため息混じりの声が聞こえた。

         部屋を出てふすまを閉じた。靴を履いて、家からも去って行った。

         ポケモンが手に入らない結果に、未だ納得出来ないでいた。

         何がなんでもポケモントレーナーになってやる、という強い意思があった。

         一体どこの誰がポケモンを譲ってくれるというのだろうか。

         不安が胸の内側で渦巻いていた。

         果たして自分に「ポケモンを渡せ」と馬鹿げたことを頼む勇気が残っているのか。

         シオンは、望みを切り捨てる恐怖の方が遥かに強く、
         可能性を追い求める方が容易だと考えていた。















つづく?


  [No.778] [二章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2011/10/17(Mon) 08:31:30   61clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

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             『バリアー・前編』





              早朝に外出するのはシオンにとって久方ぶりのことだった。
             傾いた朝日、色の薄い青空、ポッポのさえずり、
             少し肌寒い春風、新鮮に感じられた。
             人の見当たらないトキワシティは、ゴーストタウンのように思えた。
             相変わらず、全ての家が緑色の屋根をしていた。
             太陽を背にすると、石畳の上に自分の影が濃く映っていた。
             早足でスニーカーを鳴らし、歩き出した。


              住宅街を抜けた先に、広葉樹が防壁のようにどこまでも並んでいた。
             水平に伸びる樹の壁に一か所だけ穴があった。
             トキワシティの出入り口だと解るなり、シオンは駆け寄った。

              真っ二つに割れた森の間が一本道となって伸びている。
             その道を妨げるように突っ立つ人影があった。
             可愛らしいミニスカート、サラサラの長い金髪、醜く歪んだ顔面、
             それはベトベトンのような容姿の女性だった。


             「そこの男子!」


              シオンは目の前で叫ばれた。不愉快だった。


             「誰?」

             「私はヨシノ・ワカバ。ポケモントレーナーよ」

             「何か用ですか?」

             「あなたがポケモントレーナーだと証明出来るものを見せなさい。
             今すぐ!」


              横柄な態度の女だった。不愉快だった。


             「どうして俺がそんなことしなくちゃいけないんですか?」

             「私の仕事だからよ、アルバイト様よ。それに国で決められた規則だし。
             不審者なら町の外に出すわけにもいかないでしょ? 
             それとも見せられない理由でもあんの?」


              上から目線のワカバはシオンを見上げて言った。不愉快だった。


             「そうじゃないけど……それで、俺は何を見せたらいい?」

             「例えばポケモントレーナーの証明書」

             「トレーナーカードは家に置いてきてあるんです」

             「じゃ、あなたのポケットモンスターを見せて」

             「俺のポケモンは人見知りなんだよ」

             「じゃモンスターボール出しなさい」

             「はい」


              シオンは金の玉を見せびらかした。愉快だった。


             「あなた名前は?」

             「ヤマブキ・シオン」

             「へぇ……酷い名前」

             「よく言われます」

             「今時アンタみたいの珍しいから覚えておくわ。でも、他の街の
             名前してたってトキワシティから出してあげないから」


              カッとなって尋ねる。


             「どうして!」

             「だって、あなたポケモントレーナーじゃないんでしょ?」

             「そんなことはない!」

             「ならそんなだらしない金の玉じゃなくって、トレーナーカード
             を見せなさい。あなたがトレーナーだって証明できるものを見せなさい」


              シオンはポケモントレーナーではない。
             トレーナーだと証明できるものなど持ち合わせてはいない。
             困ったシオンは、女性を避けて通ろうとした。
             しかし、右へ行っても左へ行っても、
             ベトベトンの容貌がシオンの前に立ち塞がった。


             「お願いです。どいてください」

             「駄目。もし、それなりに強いポケモン持ってるなら通してあげる」

             「何で? どうしてトレーナーじゃないってだけで
             通してくれないんだ? 納得のいく説明をしてくださいよ」


              ワカバは呆れたと言わんばかりのため息をついた。
             毒ガス攻撃と思い、シオンは一瞬だけ呼吸を止めた。


             「いい? よく聞きなさい ここから先には野生のポケモンがいるの。
             人が襲われんのよ。危険なの。
             しかもアンタはポケモン扱えない弱者だから超危険なわけ。
             だから野生のポケモンがいない安全な町の中に戻ってて」

             「嫌だ、戻らない。
             俺はこの先にいる野生のポケモンを捕まえに行きたいんだ。
             町の中じゃ捕まえても許されるポケモンなんて入ってこないから、
             俺はいつまでたってもトレーナーになれないんだよ」


              シオンは細い目をじっと睨んだ。
             何か違和感があった。
             ふと意見が一致してないと気付いた。
             シオン自身は事実を述べていたが、
             ワカバも嘘を吐いているように思えない。
             おかしな点といえば、目の前にいる女の顔しか見当たらない。


             「あの、何か矛盾してません?」

             「何もしてない」

             「でもポケモン持ってない人は、街の外に出られないんですよね?」

             「そうよ」

             「じゃあ、あなたは最初のポケモンをどうやって手に入れたんですか?」

             「え? 何言っちゃってるの?」


              ワカバは鼻で笑った。思わず噴き出したようだった。
             馬鹿にされていた。シオンはムカついていた。


             「だっておかしいじゃないですか。
             町に野生のポケモンは来ないんですよ、
             捕まえていいポケモンがいないんですよ、一体どうやって?」

             「私は父から貰った」

             「ああ……なるほど、まぁそうなりますよね」

             「ええ」

             「じゃ、あなたの父親はどうやってポケモンを?」

             「父も親から譲り受けたのよ。
             でも、私の祖父は野生のポケモンを捕まえてたみたい。
             昔は法律ってのも厳しくなかったみたいだし、
             私みたいな仕事する人も少なかったっぽい」

             「なら今の時代はどうやったら手に入る?」

             「だからアンタも親に頼みなさいよ」

             「もしも親がいなかったら?」

             「しつこい! でも、まぁ、普通は貰うもんでしょ。
             最初のポケモンは、ナントカ博士から貰ったって話も多いし」

             「うん、そうだよな。それが普通だ。貰えるもんなんだ」

             「ええ」

             「じゃあくれ! 俺の最初のポケモンくれ!」


              シオンは嬉々として両手を伸ばして見せた。
             ワカバは眉間にしわを寄せ、汚物を見ているような表情をしていた。


             「訴えられたいの? 警察に捕まりたいの? それとも死にたい?」

             「なんだよそれ? 犯罪なのか?」

             「そうよ死刑よ!」

             「普通は貰える、って自分で言ったくせに!」

             「でも普通は赤の他人にあげない。
             大切な仲間をあげたりなんてしない」


              ワカバの意見に納得は出来た。
             そういう反応をすることも予測出来ていた。
             それなのに怒りがこみ上げる。


             「自分で言ったくせに。それなら、せめてこの道を通してくれよ」

             「だから出来ないの。そういう仕事。解ったら帰りなさい」

             「俺が可哀想だろ!」

             「別に。全然」


              シオンの胸の奥で憤怒と興奮が爆発しそうなくらいパンパンに溜まった。
             ヒステリーを起こして喚き散らしたい衝動に駆られた。
             こらえる。


             「なぁ」

             「しつこい。ストーカー?」

             「それじゃあさ、他の道教えてくれよ。
             街の外に出られる道って他にもあるんだろ?」

             「出入り口なら三つあるわ。でもアンタは街から出られない」

             「何で」

             「解らないの? 馬鹿ね。さっきも言ったけど、
             トレーナーじゃない人間を街の外に出すわけにはいかないの。
             つまり他の出入り口にも私と同じ仕事の人が見張ってるってワケ。解った?」

             「いちいち腹の立つ言い方をするよな。
             それじゃ、その出入り口で俺の邪魔するなら、
             俺はどこから外へ出ていけばいい?」

             「そことか、そことか」


             ワカバは右と左を指して言った。
             彼女の左右から樹木がどこまでも並んでいる。
             こんもり茂る常緑広葉樹は、人の入る隙間もない程、
             ぎゅうぎゅうに敷き詰められて並んでいた。
             トキワシティを守る樹の城壁のようだった。


             「通れるワケないだろ!」

             「そんなこと言ったって私は道を退かないから」


              渋々シオンは、樹の壁に向かって前進してみた。
             シオンが樹の壁にぶつかると、
             ブミュブミュと奇妙な音を鳴らして足踏みをしていた。


             「やっぱり通れないじゃないか!」

             「当たり前でしょ? 樹にぶつかってるんだもん。馬鹿じゃないの?」


              ワカバに頼った自分を反省し、シオンは自力ですべきことを考えてみた。
             トキワシティの出入り口は、フリーターの妨害によって
             トレーナーではないシオンは通して貰えない。
             それ以外の場所は自然の壁によって通り抜けられない。
             シオンはハッとして言った。


             「あれ? そういえば俺ってこの町から外に出たことないぞ。一度もだ!」

             「うーん……まぁ、そうなるわね。ポケモン持ってないワケだし」

             「何だよそれ! そんな。俺、トレーナーになれないだけじゃなくて、
             トキワからも出られないのか! 一度だって許されてないぞ!」

             「だから? それで? 何興奮してんの?」

             「なんでそこまで露骨にそっけない態度が出来るんだよ!
              俺、何にも悪いことしてないのに、
             こんなド田舎の牢獄に閉じ込められて生きてきたんだぞ!」


              シオンはヒステリーを起こしたように喚き散らした。


             「自分だけ辛い思いしてるって言いたいんだ?」

             「そうだ! そのとおりだ!」

             「……レッド知ってるよね? 伝説のトレーナーのレッド」

             「うん」

             「彼ね、マサラタウンに十年間も幽閉されてたそうよ」

             「……俺は十四年間もだ」

             「でもマサラっていえば建物が三軒しかないじゃない。
             図書館の一つだってありゃしないのに」

             「でもレッドは十年我慢して、
             その後で色んなところを見て回れたんだろうに。
             俺は未だにこの街を出ることが出来ない!」

             「ふぅん。そ、可哀想にね」


              常に侮辱されている気がして、シオンは常に不愉快だった。
             顔が熱い。しかし怒鳴る気力も尽きていた。

              怒りの反面怯えていた。これから永遠にトキワシティという名
             の牢獄から出られないと思うと末恐ろしくなる。


             「解ってるだろうけどさ、アンタが何言ったって無駄だからね。
             どんな目にあってるのかなんて知ったこっちゃないの。
             私はただ仕事をやってるだけだから。
             通行したいならトレーナーカード持って出直しなさい」


              どうしたらポケモントレーナーになれるのか。
             これからどうしたらいいのか。
             するべきことが解らず、シオンは困り果てていた。
             その場に立ち尽くし、ただ途方に暮れるのだった。


  [No.779] [三章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2011/10/18(Tue) 22:48:07   62clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

pocket
monster
parent




             『バリアー・後編』





             シオンは女や子供を殴った覚えなど一度もなかった。
             それでも殴る覚悟をした。
             目の前を立ち塞がるワカバをグッとにらみつけた。


             「どうしても退いてくれないのか?」

             「何度言えば分かるの? 仕事だから、ここは通せないって」


             ワカバの顔面はすでに殴られた後のように不細工だった。
             流れるような金髪、色白の肌、細長い手足、小柄な体系、
             そしてベトベトンのような醜い容貌、顔を隠せば美少女であろう。


             「じろじろ見ないで。気持ち悪い」

             「自意識過剰だな。どうしても退かないなら、
             俺は力ずくで通り抜けてやるぞ?」

             「力ずく? 笑わせないでよ。
             アンタみたいなもやしっ子が、無理に決まってんじゃん」


             ワカバは鼻で笑った。
             やせ我慢や見栄を張った様子はなく、
             異様な自信があるようだった。
             シオンは運動が得意なワケではないが、
             細身のワカバよりも一回り体が大きい。
             実はナントカ拳法の免許皆伝取得者、
             なんてことはありえない。
             この世がフィクションでもない限りシオンは、
             ワカバの妨害を切り抜けられると信じていた。

             そうこう思案している内に、
             ワカバはおもむろに鉄球を取って見せた。
             赤と白の鉄球だった。


             「ああモンスターボール」


             紅白の鉄球がワカバの手の平から離れた。
             モンスターボールは大地で真っ二つに割れ、
             白い光が宙に漂う。
             みなぎる光が、ポケモンへと変形していく。
             ベトベトンが現れる予感がした。


             鉄球の内部から青き竜が姿を披露した。
             大きな蛇のような小さな龍がいた。
             その太く、長く、しなやかな体躯が、
             なめらかな曲線を描いている。
             尾と首元に瑠璃の玉が飾られ、
             真珠色をした円錐の頭角をはやし、
             天使の翼を形作る純白の耳に、
             黒い光沢のある瞳がキラキラしている。
             ドラゴンポケモンのハクリューだった。
             初見だったシオンは、思わず声を漏らした。


             「びゅっ……ビューティフォー……」


             目の前で、美術品が鼓動しているかのようだった。
             宝石が生を受けたかのようだった。
             瑠璃の化身だった。
             隣のベトベトン女と見比べるとより輝いて見えた。


             「彼女が私のポケモンよ、名前はハクリーヌ。
             これでも力ずくで通るって言える?」


             青き竜の体長はワカバのおよそ三倍近くあった。
             良く育てられてるのだと思った。
             人がポケモンに勝利するケースは少ない。
             シオンは勝てると思っていない。
             勝敗よりもハクリーヌを、
             このまま奪い去ってしまいたかった。


             「人間が、それもアンタみたいなのが
             ポケモンに勝てるわけないでしょ。
             分かったら帰りな」

             「嫌だ! 俺はこの先へ行く」 

             「ハクリーヌと闘うつもり? 殺されたいの?」

             「ああ、相手をしてもらいたいくらいだよ」

             「そ。じゃあハクリーヌ、そこらへんの地面にたたきつける」


             青き竜は、尻尾を天にかざすと、ムチのようにしならせた。
             ビュンと風を切る強い音が、パン!と足元から鈍く轟く。
             一瞬だけ空間がねじれて見えた。
             ハクリーヌの尻尾から胴体まで地面に減り込んでいた。
             一瞬で大地が凹んだ。


             「次は当てるわ」


             ワカバはいやらしい笑みを浮かべる。勝ち誇った表情に見えた。
             シオンは大地を思いっきり踏みつけたが、
             分厚い鉄のように固く微動だにしない。
             それをハクリーヌは粘土ようにひしゃげる。

             もしハクリーヌの一撃を生身の人間が受けたならば、
             無事では済まないだろう。
             衝撃を受けた骨格は粉々に砕け、体内の臓器が全て破裂し、
             肉片と血をまき散らして、原型のない遺体へと成り果てる。
             途端、死の恐怖に足がすくんだ。


             「お前は、そんな簡単に人殺しになるつもりか?」

             「死なないわよ。知らないの『エッチピー』って」


             いやらしい何かの単語かと勘繰ったが、
             シオンはすぐに理解した。


             「『ヒットポイント』だろ? 
             ポケモンの持ってる体力みたいなもんだよな。それが何だって?」

             「ポケモンの『技』って『HP』を削るためのもの。
             でも人間には『HP』がない。よって死なない」


             シオンは大地に空いた穴をもう一度見つめた。


             「死ぬって!」

             「そんなことない、理屈が通ってる」

             「屁理屈だ! 
             人間にポケモンの技を試してみたい愚か者の言う屁理屈だ!」

             「でも、私やるから。仕事だし。アンタが通るって言うのならね」


             さらりと言ってのけるワカバの言葉が冗談に聞こえなかった。

             ワカバはトキワシティの門番でもあった。
             不審者を捕まえ、悪人を街から逃走させない使命を受けていた。
             強い力を持つ証だった。
             か弱いから勝てる、女だから、
             などと浅い読みをし、今になって後悔した。

             命を賭けてまで突撃したくはない。
             その一方で、ここを乗り越えねばトレーナーになる時が
             永久に訪れそうにない。
             ポケモントレーナーになれないのなら、
             死んだ方が良いと本気で思っていた。

             自己暗示をした。
             目の前の困難を乗り越えたらポケモントレーナーになれる。
             今、頑張ったなら夕方頃にはポケモントレーナーになっている。
             黄色い電気ネズミが相棒として、自分の隣にくる。
             この場を切り抜けて帰ってくるだけで、念願が成就する。
             苦しみの後に必ず幸せはやってくる。

             女と竜が視線を投げ、待ち伏せていた。
             勇気を携え、シオンは腹をくくる。
             大地を蹴って、走り出した。


             「はかいこうせん!」


             ハッキリした声だった。
             目の前が真っ白になった。
             張り裂けるような爆音と雷鳴が轟いた、かのようだった。
             灼熱の炎が体を押し潰す勢いで迫っている、ように感じた。
             背中から猛スピードで疾走している、ように感じた。
             燃え上がる烈火の中を延々と落下しているような、
             そんなイメージがシオンの頭で展開された。
             熱い炎と凍える風に圧迫されて、見動きは取れず息が苦しい。
             何処も白しか見当たらない。
             何が起きているのか分からず、不安と恐怖でいっぱいだった。


             視界からうっすらと白色が引いていった。
             青空と大地がかき混ぜられる景色を眺めていた。
             シオンはごろごろ転がっていた。
             思い切り力んで、起立すると、その場で崩れるように倒れた。


             体中を鈍痛が何度も突き刺した。
             頭から足までズキズキと鮮明に感じとれる。
             めまいがする。吐き気がする。脳みそが震えているようだ。
             シオンは深呼吸すると、石のように固まり、眠るように休んだ 。


             痛みが薄まる。シオンは踏ん張って立ち直る。
             周囲にワカバとハクリーヌの姿はない。
             至る所で緑色の屋根の住宅が見つかった。
             推理する。ハクリーヌの攻撃を受け、
             シオンはトキワシティまで吹っ飛ばされてしまった。

             人の限界を余裕で超える圧倒的な威力だった。
             腹の底にのめり込んだ灼熱が、今更じわじわと伝わってきた。
             あらがえず無力を感じた凄まじい圧力。
             軽々と人体を猛スピードで飛来させる大力。
             簡単に恐怖や不安を覚えさせる能力。
             心を揺さぶる一撃だった。シオンは感動した。


             「ふははははは」


             弱弱しく笑ってしまった。変態になったのかもしれない 。
             シオンは、強い力に憧れていた。
             ポケモンは凄くて強くてカッコイイのだと再認識した。
             それが嬉しかった。
             たまらなくワカバが羨ましくなった。


             「ああ、俺も力欲しいなぁ。ポケモン欲しいなぁ。ちくしょう!」


             もし自分が破壊光線をぶっ放していたら、
             そんな力があったらと考えただけで気持ちが高ぶった。
             ちょっとしたヒーローになれそうだった。
             たまらなくハクリーヌが欲しくなった。


             「さて。どうしようかな」


             自分のポケモンが欲しくてたまらない。
             今すぐにでも手に入れたい。
             ワカバとハクリーヌに無謀な再挑戦を挑んだ所で、
             半殺しに遭うのは目に見えている。無策での挑戦を中止した。


             果たして何をどうすればポケモントレーナーとなれるのか。
             頭をひねって悩み続けてもさっぱり分からない。
             奇跡でも起きてくれない限り、
             ポケモンを手にする自分が想像できない。
             未だに起きてくれる気配のない奇跡にシオンは失望していた。


             「普通のポケモントレーナーになるぐらいなのに。
             ただそれだけのことだってのに。
             ああ! ちくしょう!」











つづく?


  [No.798] [四章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2011/10/30(Sun) 00:11:36   58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]








[四章]


『俺の願いを叶えた知らない誰かがいっぱい』





「今月の儲けはほとんどポケモンに持ってかれちまったけどな」
「俺達エスエフ的召喚術師グループも解散だな」
「色違い見つけた時は感動したな。
 あと御月見山でピッピの変なダンス」
「私バッジ四つ」
「ポケモンバトルなんてもんがあるこの時代に
 スポーツ番組見る奴があるか!」
「分かる! 大文字に吹雪、たまらんよなぁ、あの迫力は」
「ドラゴンとか、女かよ!
 男なら黙ってサイドンだろうに! あとカメックス」
「ポケモンの性格って大事。バトル嫌いとかだったらどうすんの?」
「レアコイル様は! 華麗なる放電で! 私を苦しめるの!」



ポケモントレーナーの言葉が飛び交う。
羨ましすぎて嫉妬するような会話が飛び交う。
シオンは彼らをねたんでいた。
ポケモンセンターはポケモンの病院である。
この白い空間の中で、ポケモントレーナーでないのは
シオンただ一人であった。
彼らの会話に未だ入っていけず、仲間外れにされた気分だった。
皆と同じことが出来ない。
トレーナーの経験値のない自分が情けない惨めな男に思えた。
それでもシオンはビニール椅子に深く腰かけ、
トレーナー達の会話に耳を傾き続けた。



シオンは釣りをするように、じっと待っている。
「俺のポケモンいらないから、誰か貰ってくれないかな!」
シオンにとって都合のよい言葉を無言で探し求める。


「俺の相棒が最高でさ」
「私のポケモンは命より大切」
「こいつがいてくれたから今の俺があるんだ」
「ポケモンを交換する馬鹿の神経を疑う」
「ありえないよな、逃がすとか」


一時間が経過した。
病院限定のBGMにもウンザリしていた。
とても目当ての言葉が現れる雰囲気ではない。
誰もが確かめ合うようにポケモンの重要性を語っているのだ。


「俺だってお前のポケモンが欲しいのに」


誰にも聞こえないようにぼやく。
時間を無駄にしてしまった。
しかし他にポケモンを入手する手段も分からず、
シオンは行動出来ない。



シオンの背後から声がした。意識せずとも耳に入ってくる。
近いところで、二人の男女がなにやら話していた。


「ねぇ、今月どれだけ儲かった?」
「今月? 僕は五十万ほど」
「え! 嘘! 凄いなぁ。私なんて十万も貯めたってのに、
 短パン小僧に負けちゃって半分持ってかれちゃったよ。
 おかげで今日で断食二日目」
「ポケモンバトルなんてギャンブルみたいなもんだからね
 それよりゴローニャのご飯代は足りてる?」
「岩食べるのにお金取るの?」
「あー、そっか。僕のポケモン達って山ほど食べるんだ。
 それで、ちょっとした勘違い」
「ふぅん。そっか……」


シオンの憧れの世界で、彼女は厳しい現実を体験している。
しかしシオンは、自分がトレーナーなら沢山稼げるに
違いないと妄信していた。


「ねぇ、私ってなれるのかな?」
「ポケモンマスターに?」
「うん」
「無理。宝くじで三億ゲット出来ないかな、
 って言ってる方がまともなくらいムカつくこと言ってるよ」
「そっか。そうだよね。あのね、私、
 そろそろポケモンマスター目指すの止めようかと思ってるんだ」
「今になって? 何かあったの?」


聞いていて腹が煮えくりかえった。
甘ったれるな、と活を入れてやりたくなった。
シオンはポケモントレーナーになりたくてもなれない。


「この前ね、トキワの森で野宿することになったの」
「うん」
「それでね、真夜中にさ、野生のポケモン警戒しながら、
 野糞して思ったの。お風呂入りたいなぁ、って」
「なるほどね。気持ちは分かるよ。
 でも、未成年の乙女が野糞とか言わない。はしたない」
「ごめん、でも私、恥ずかしい子だから」
「きわどい台詞ホイホイはいちゃうから場がしらけんの」
「そういうあなたは?」
「ポケマスは無理だね、年収1000万のトレーナーでも
 無理なんだって。でも最低ジムリーダーぐらいにはなってみせる」
「うへぇ。私より凄いのに、私より目標小さいとか、
 なんだか私って馬鹿みたいだ」
「トレーナー以外の人が見たら馬鹿なんだろうね。
 そんな僕らが社会問題になるくらい増えてるから、
 馬鹿であることに危機感も罪悪感も覚えず、
 どんどん戻れなくなってしまうのかもしれないね。
 君は賢いよ。引き際を心得てる」
「えへへ。それでさ、就職とかすぐに無理かもだから、
 フレンドリィショップあたりでバイトしよっかなぁ、とか思ってるの」
「フレショかぁ。受かるかなぁ。最近ポケモンフリーターって
 増えてるからね。ポケモン関連は難しいだろうねぇ」


全力で好きなことが出来る立場なのに、
彼らは夢をあきらめようとしていた。
夢の世界の住民が現実の会話をしている。
それが気に入らなくて、シオンは耳をふさいだ。

シオンは、自分がトレーナーなら、何があっても必ず立ち直り、
最後にはポケモンマスターになれると信じていた。
しかし、シオンの胸の内で確かに焦りを感じていた。
自分より知識も経験もあるであろう彼らが
ポケモンマスターをあきらめている。
認めたくない現実が目の前にあった。


「バカバカしい」


 悪態をついても、心は不安の中にあった。




「あなたポケモンは?」
「……えっ?」


自分が声をかけられたと、少し遅れて気がついた。
ポケモンセンターの看護婦だった。
女医の獣医だからジョーイと呼ばれている。


「えっと、なんですか?」
「病院に来てるってのに、
 いつまでもポケモンを回復させようとしないじゃない。
 ポケモン診せてみなさいよ」
「いや、あの俺ポケモン持ってないんです」
「はい? あなたトレーナー?」
「いえ、まだ、です」
「冷やかしに来たってワケ? 忙しいんだけど?
 邪魔しないでもらえるかな?」


 急に態度が悪くなった。ムッとして言い返す。


「あなたこそ仕事さぼってる暇があるんじゃないですか? 
 忙しい人のする行為じゃない」
「用もないのに居座ることないでしょ」
「ポケモンの診断が終わった人も、
 ダラダラ過ごしてる人がいるんじゃないですか?」
「ちっ! ああもう! これだからポケモンも使えない人間は!
 何様のつもり? ポケモンも扱えない愚図が、
 私達と同じ空気吸ってイイと思ってんの?」
「なっ、酷い言いようだな! 
 俺だって好きでトレーナーじゃないワケじゃない!」
「関係ない! ポケモン育ててない人間はどんな理由があっても屑なのよ!
 自分を過大評価してんじゃないわよ! 凡人の分際で!」


ジョーイは床を叩きつけるように歩き去っていった。
酷い差別だった。あまりに凄い気迫だったため、
怒るのを忘れていた。

注目を浴びてしまった。無数の視線を感じる。
今すぐにでもポケモンバトルを仕掛けられそうなほどに。
そろそろ帰りたかったが、なんだか敗北感が付きまとうので、
もう少し居座ることにした。



椅子に長く座っていると、尻が痛くなってくる。
かかとにコツンと弱い衝撃が入った。
何かと思い、腰を曲げて手さぐりで拾う。
ビー玉程の大きさをしている球体、モンスターボールだった。
モンスターボールは中にポケモンが入っている場合、
真ん中のボタンを押すと小さくなる。

後ろには誰もいない。周囲を見渡す。
何かを探す素振りをする誰かがいない。
どこもかしこも知らん顔。
大切な仲間の消失に気付かず呑気にしている愚か者がいる。

ふと千載一遇のチャンスに気がついた。
もう一度周囲を見渡す。シオンに注目する人間はもういない。
動機が激しくなった。少し息苦しくなった。
他に可能な方法が分からないから、
罪を犯すぐらいしなければ駄目だと思った。
このチャンス逃したら、
一生トレーナーになれないような気がした。
自分がどれだけポケモンが欲しいのか、シオンは知っている。
ためらいながらも心は決まっていた。
今一度周囲を見渡した。異常なし。


「すこし借りるだけさ」


ボールを手の平に隠す。
しかし何も起こらない。
頭がぼーっとしてきた。
感覚が自分のモノじゃなくなったみたいだった。
呼吸を忘れそうになった。

立ち上がってみる。
しかし何も起こらない。
ポケモンセンターの雰囲気に変化は無い。
怖い。恐ろしい。
取り返しがつかなくなりそうだ。
大きな罰をあたえられそうだ。
それでも罪悪感に逆らって、足を動かす。
不審に思われぬよう平常心で急がず歩く。
意識しながら呼吸する。
勢いに任せて歩いていた。
自動ドアと向き合った。


「あああああああああああ!」


絶叫が走る。身体がビクンと跳ね、シオンは立ち止まる。
シンとした空間の中でおなじみのBGMが鮮明に響く。


「あいつ俺のポケモン盗みやがった!


恐る恐る後ろを振り向いた。見知らぬ男がシオンを指していた。
バレてしまった。しかし、手の平に隠れ、ボールは見えていない。
周囲のトレーナー達から無数の視線が氷柱のように突き刺さる。
怖い。
逃げたくなって、そっと背を向ける。


「待て!」


手首を掴まれた。自動ドアを越えられない。
誰かと思えば、先ほどの見下し根性丸出し女。
サボり魔のジョーイさん。


「どこに隠した」
「おい、勝手に触るな!」


体中べたべたと触られる。
ポケットを確認される。
強く握っていた手の平を無理矢理こじ開けられる。
モンスターボールが公の場に現れた。
周囲がざわめく。
ひそひそと陰口が飛ぶ。


「うわぁ」
「最低」
「マジかよ」
「屑だな」


罪悪感でいたたまれない。ジョーイが強く睨む。
パァンッ!といい音が響いた。
頬がヒリヒリと痛んだ。


「仕事の邪魔するだけじゃなく、客にまで迷惑かけるとか、
 本当にあきれる。これだからポケモンも扱えないゴミは!
 ……で、警察行く?」
「い、いや、俺は……」
「嫌よね。じゃあ、もう二度とここに近寄らないで。
 アンタみたいなのが来て許される場所じゃないの。
 分かったら出てって」


自分は責められなければならない。
罪悪感が怖くて、シオンはたまらず逃げるように背を向けた。
この場から早く去ってしまいたかった。


「やっぱり拾いやがったな」


薄いぼやき声がした、自動ドアが閉まった



走った。悪魔の群れから逃げるように。
離れたい。近づきたくない。もっと遠くへ。
たまらないくらい不愉快でいた。


「ちくしょう! 何であんな連中がトレーナーで! 
 しかも何で俺が悪者なんだよ!
 好きでやってるわけじゃない! 何なんだよ! こなくそ!  ああ!」


叫んでから恥ずかしくなって、周囲を見渡し、
誰もいないことに、ホッと安堵した。
それから悔しい思いのたけをこめて、
何度も何度も地面を踏んだ。
疲れて、汗をかいて、シオンの怒りは治まってきた。


「くそう。俺がどんな思いで盗んだと思ってるんだ。
 誰だか知らないけど、ハメやがって。
 やっぱ止めとけばよかったかな」


もしも盗まなかったら、罪を犯さなければ、
トレーナーになれる可能性を自ら潰してしまうことになってしまう。
やってはならないと誰が言おうとも、
シオンにはやらねばならない時であった。
悪びれるのを止め、後悔することも止めた。
ポケモンを手に入れるということが難しいと、
今になって理解した。
シオンは犯罪もまともに出来ない。
果たして何をすればポケモンを手に出来るのか。
答えが分からず、また途方に暮れた。


  [No.799] [内霧]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2011/10/30(Sun) 00:16:04   56clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

書いていても、
楽しくなくなってきたので、
苦痛になってきたので、
連載やめます。
ポモペ打ち切りです。

もうしわけありませんでした

舞台や設定を変えられないのとか、
書きたい話と書きたい話の間の話を作るのとか、
色々不満があったからです。
長編というのは辛いものでした。

書けなかったネタは結構ありますので、
短編に仕立て上げてから、
見せびらかす予定です。

色々ともうしわけありませんでした。


  [No.827] [五章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2011/12/24(Sat) 22:21:28   59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

前書?
うちきりとか言っておきながらやっぱり続けます。
なんだか矛盾っぽい部分が見つかりましたが、
面倒くさいので放っておきます。
完結を最大の目標として書かせてもらいます。







pocket
monster
parent





『いいから黙ってそいつをこっちに寄こせ!』





 金の少年は博士からポケモンを貰った。
 銀の少年は博士からポケモンを盗んだ。
 二人とも結果は同じポケモントレーナー。
 しかし片方は悪人と呼ばれる。
 シオンはどちらだろうか、悩んだ。
 少なくとも貰える側の人間ではない。




 日が沈むより先に、シオンは帰宅した。
 扉を超えて、ふすまを開けて、隣の部屋をそっと覗く。
 窓の外が夜の色に変わり、天井の灯りは部屋を照らす。
 そこには、絶対にポケモンを譲ってくれない父親がいた。


 酒瓶を片手に、ちゃぶ台にあぐらをかくカントは、
 炎タイプかと錯覚するほどに赤い顔をしていた。
 酔いつぶれたカントのふところに肌色の毛玉が、
 イーブイが丸まって眠っている。
 シオンの口元がにやりと浮ついた。
 千載一遇のチャンスが目の前で転がっていた。


「父さん?」


 シオンが呼んでも返事が返ってこない。
 半分眠ったような状態で座っているようだ。
 覚悟を決するのに時間はかからなかった。

 うつらうつらとしている様子のカントに、
 シオンは全速力で駆け寄った。
 勢いのつけて、
 ためらうことなく、
 赤い顔面に飛び膝蹴りをぶちかました。
 初めて親を蹴り飛ばした。
 カントが思いっきり転倒する。

 シオンが罪悪感に浸る暇などなかった。
 ぶっ倒れたカントから、
 イヌをひったくり、
 そのまま逃走をはかる。
 イヌを右手で掴み、脇にかかえて、急いで部屋の外へと、
 家の外へと突っ走る。
 廊下にさしかかり、玄関を見据えた。
 振り向くことなく、いつもより長い廊下を駆ける。


「シャドーボール!」


 背後から低い声が走った。
 シオンに寒気が走る。
 脇に抱えた肌色の毛玉から、漆黒の球体が生まれるのを目視する。
 慌ててシオンは振り向き、後ろにいた男へ向けイヌをかざした。
 かざした腕の先から漆黒の渦巻きが放たれた。
 小さなブラックホールが真っすぐ吹っ飛び、
 棒立ちしていたカントに直撃した。
 鼓膜を突き抜けるような轟音が鳴り、
 深い漆黒色の煙が部屋にあふれ返った。
 爆発した。
 突風が風向きを変えながらシオンを襲い、
 メキメキと家のどこかの木が壊れる音がした。


「逝ったか」


 シオンは縁起でもない冗談をつぶやいた。
 しかし、本気で死んだとは思っていない。
 黒い靄が空気に溶けるように薄まっていくと、
 シオンは安心して玄関へと足を動かす。


「電光石火!」


 逝ったハズの男の声だった。
 シオンのあごから衝撃が走り、脳天を突き抜ける。
 思考を忘れて、シオンは背中から倒れた。
 ふと、右腕が軽くなった。
 横に目をやると、イヌが体を揺らして遠く離れていくのが見えた。
 壁を駆けているように見えた。

 意識が濃くなり、力を振り絞り、シオンが立ち上がると、
 そこにヤツはいた。
 晴れた黒い煙の中から、
 半壊したふすまを背景に、
 顔を真っ赤にする鬼がいた。

 シオンは今になって昼間のワカバの言葉を思い出した。
 人間にポケモンの技はあんまり通用しないことを。
 完全に油断していた。


「愚息がぁ!」


 震える雄たけびだった。
 顔の赤色は、酔いではなく怒りによるものだ。
 カントは両腕でイヌを大事そうにかかえながら、近づいてきた。


「人のポケモンを盗ったら泥棒! 知ってるだろ!」


 強くギラついた眼光がシオンを見下していた。
 イヌもカントの両腕から顔を出し黒い眼でじっと見つめている。
 シオンは責められている気分でいいわけした。


「赤の他人のポケモンを盗めば警察沙汰になるのは間違いない。
 けど父さんのポケモンを盗むのだったら、
 ただの親子喧嘩で済むと思ったんだ」

「許されると思ったら盗むのか!」

「俺はポケモンが欲しい。だから盗もうとした。それだけ」

「この腐れ外道が! じゃあ、ロケット団と同じだな!」

「なんだよ悪人扱いして! 誰が好き好んで泥棒なんてするか!
 ポケモン盗む人間の気持ちにもなってみろよ!」

「ロケット団の気持ちになんかなれるか!」

「相手の気持ちになろうとしない父さんが
 ポケモンの気持ちなんて理解できるハズないだろ!」

「イヌが悲しんでるのが分からないのか!
 お前、まさかポケモンの気持ちを考えたことがないのか?」

「ポケモンが悲しんでる? 違うだろう?
 父さんが怒っているのは、イヌが可哀想だからじゃないだろう?
 自分が可哀想だから怒っているんだろう?」

「……どういう意味だ」

「父さんはイヌを俺に持ってかれるのか嫌なだけだ。
 今まで大切にしてきたポケモンが他人の所に行ってしまうのが 嫌なだけなんだ。
 ポケモンのためとか言っておきながら、
 結局は自分のためなんだろう? そうなんだろ!」

「……俺は自分のためにポケモントレーナーになったワケじゃねぇ」

「嘘をつくな! そんなこと信じられるワケがないだろ!
 イイ人ぶるんじゃない!」


 カントが鉄球を取り出し、イヌに触れる。光となったイヌを、
 鉄球に収めるとカントは少し息を吸う。


「あの屑どもと俺を同じにするな!」


 カントの怒声で、シオンの顔に唾が飛んできた。


「俺は自分のためにポケモントレーナーになる下種どもとは断じて違う!」

「嘘だ! 俺だって、他の皆だって、誰もがポケモン好きだから、
 ポケモンが欲しいから、だからポケモントレーナーになりたいんだ!」

「私利私欲のためにポケモンを捕まえているようでは、
 ロケット団と五十歩百歩の違いではないか!」


 シオンはひるんで言い返せなかった。
 「ロケット団と同じだ!」、ではなく
 「五十歩百歩の違い」という曖昧な表現をされてしまったが故に、
 「そんなことない!」と断言できなかったのだ。
 困ったシオンは、関係のない話題で誤魔化した。


「俺とポケモン、どっちが大切なんだよ!」

「お前に決まっているだろう!」


 もっと困ってしまった。


「そっ……それじゃ、俺にイヌを譲ってくれてもいいじゃないか」

「だからこそやらんのだ!
 俺はな、お前にポケモンに迷惑かけるような
 人間になって欲しくないんだ。
 ポケモン達の苦労で築き上げた成功を、
 自分がやって見せたみたいに披露するポケモンマスター
 とかいう阿呆にも、本当は憧れて欲しくはないんだ!」


 和室内に静けさが蘇る。
 一つだけシオンは理解できた。
 カントはシオンにポケモンを譲ってはくれない。


「シオン。お前の都合で、人間の都合で関係のないポケモンを
 巻き込んだりして欲しくないんだ。それだけなんだ」

「うおおおおおお!」


 シオンは唐突に叫び、カントに向かって走り出した。
 カントはボールからイーブイを再び召喚し、盾のように構えた。
 シオンの繰り出した拳は、イヌに触れる寸前で静止した。


「お前なら、ポケモンの気持ちを考えてやれる。
 俺はそれを信じてる」

「とっ……言ってることとやってることが滅茶苦茶じゃないか!」

「ポケモンを殴ることよりも、
 ポケモンを支配することの方がよっぽどたちがわるいぞ。
 ポケモンを殴る程度のことをためらっているようなら、
 ポケモンをゲットするなんて馬鹿な真似は止めろ」


 シオンは拳を構えた。カントはイヌを盾のように構えた。
 シオンはいつまでたってもパンチを決められなかった。
 そしてシオンは、仕方なくカントに背を向けた。


「今日のところは見逃してやる」

「何様のつもりだ?」

「でもね、明日も明後日も父さんが眠っている隙にでも
 俺はイヌを奪いに行くからな!
 俺は絶対ポケモントレーナーになりたいんだからな!
 覚悟しておけよ!」


 シオンは馬鹿正直に脅した。
 それから力なくヨタヨタと部屋を去っていった。
 廊下を歩いていると、体中の熱が冷めていくのが分かった。
 暗い玄関で泣きながらスニーカーのひもを結んだ。


 冷えた風に吹かれながら、暗い夜道を歩いた。
 どこの家も電気が灯り、時折にぎやかな声が届いてくる。
 楽しそうな声は今のシオンにとって耳触りだった。


「くそ! どうして俺がトレーナーになることを許してくれない?
 そのくせ自分はポケモントレーナーなのに!
 差別だ! えいこひいきだ! 異常なまでの自己愛だ!」


 大きな独り言だった。


「父さんが認めてくれればそれでおしまいなのに……」


 小さな独り言になった。
 冷たい夜の道をシオンは無言で歩いた。
 光を失った希望を胸に秘めて。




 ゴールドはウツギからポケモンを貰った。
 シルバーはウツギからポケモンを盗んだ。
 二人の道は違えども、たどり着いたのは同じポケモントレーナー。
 シオンは自分がどちらだろうか試してみた。
 しかし前者にも後者にもなれなかった。








つづく?


  [No.895] [六章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2012/03/12(Mon) 13:34:55   64clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

POCKET
MONSTER
PARENT
6




『欲望は違法で満たされる』





ほんのわずかな星屑と、丸みを帯びた半月が、夜空に浮かんで光を放つ。


実家から逃げ出したものの、泊まるあてはない。
シオンは仕方なく今日の宿をあきらめ、ただひたすらに歩いていた。
せっかくなので、宿よりも欲しかったポケモンの在り処を目指して歩いた。
ほおを伝っていたはずの涙は、夜風に吹かれて乾いて消えた。


トキワシティの果てをシオンは見つめた。
人を通さぬ森の壁が連なっている。
街と外の世界を繋ぐ二番道路を視認する。
道は、シオンの知らない誰かによって立ち塞がれていた。
昼間の少女とは別の人物であるようだったが、
シオンが乗り越えなければならない存在に違いはなかった。




シオンは握りしめた拳を、名前も知らない青年を狙って、勢いよく突きつけた。

パァン!

不意打ちのパンチは、青年の手の平に収まってしまった。
分厚い手の平はシオンの拳を握りしめ、
百円玉をセットしたガチャガチャのようにひねりあげる。


「うぎゃぁあああああ!」


たまらず絶叫をあげた。
腕がねじ切れんばかりの激痛に襲われ、シオンは宙を一回転し、しりもちをついた。
尻にしびれるような痛みがヒリヒリと響いた。


「なんて酷い奴だ! 俺の腕がちぎれるところだったぞ!」

「いやいや、僕だって君ほど酷い男じゃないよ。いきなり殴ってくるなんて危ないじゃないか」


青年は野太い声で言った。
シオンが顔を上げると、青年の丸い瞳と目が合った。
狙われている。
シオンは思い出したように恐怖し、
慌てて拳を引っこ抜いて、急いでその場から離れた。


「くっそぉ、なんて力だ。一体何者なんだ?」

「何者って……ただのポケモントレーナーだよ。バイト中のね」


真っ赤な学ラン姿の青年が、西洋風の街路灯に照らされていた。
青年は背が高く、体格も大きく、シオンにはただのポケモントレーナーには見えなかった。
服を着た喋るゴーリキーのように思えた。


「それより、僕に喧嘩の用があるっていうんなら、帰ってもらうけど?」


青年はおどすように、指の関節をポキポキ鳴らした。
棒立ちしていたシオンは、一瞬で正座の態勢に移った。
そして、ためらいなく、前髪と両手を地面にたたきつけた。
そのまま彫刻のように固まる。

今日一日でシオンの土下座は、
なめらかでキレのある素早い動きで完璧なフォームを叩きだせるほどの進化を遂げていた。


「……そこまで真剣に謝るくらいなら、最初から殴ってこなけりゃいいのに」

「たのみがあります」

「えっ? 謝ってるんじゃないんの? 土下座でお願いしてたの?」

「はい。あなたしか頼れる相手がいません。一生のお願いです!」


暗い土の上を見つめながらシオンは祈る。
自分にとって都合のよい答えが返ってくると全力で信じて言った。


「お願いします! あなたの後に続く二番道路を通りたい! そこを退いてもらえませんでしょうか?」

「ええっと、それじゃあ……トレーナーカードは?」

「持っておりません!」

「それならポケモンは?」

「持っておりません!」

「じゃあ無理だね。悪いけど。トレーナーだと証明できないと、ここから先には行けない決まりなんだ」

「知ってます! でも、俺には土下座しか出来ないんだ。そこをなんとかお願いします!」

「……ごめんよ。そういう仕事なんだ」


土下座が通じないと理解するなり、シオンはスッと起立した。
懇願をキッパリとあきらめ、ファイティングポーズを構えた。


「やはりあなたを倒すしかないようだな! 力づくで通らせてもらうぞ!」





シオンは返り討ちに合っていた。
青年にボコボコにやられてしまっていた。
疲れ果てて混乱した後、立っていられなくなり、地べたで大の字になって倒れた。
頭のてっぺんから足のつま先まで、体中がズキズキと痛みが響く。
血が一滴も流れていないのが不思議でならなかった。


「まだだ、まだ終わっちゃいない!」

「口だけはまだ動かせるのか。
 でも僕はさぁ、君を叩いてると、一方的過ぎてなんだか悲しくなるんだよ。
 それに君のパンチ弱いし、あきらめておくれよ」

「俺のパンチが弱いだって? ……まてよ。
 そういえば、あなたはどうして俺の拳をよけない? どうして俺のパンチを受け止め続けるんだ?」

「ちょっとくらい考えてみなよ。例えば君が僕に突っ走って来たとする。それを僕がよけたとする。すると?」

「……そのまま俺が二番道路に走って行ってしまう」

「そういうこと」

「なるほど。つまり、あなたと喧嘩しなくても街の外に出られるワケだ。上手くいけばいいんだけどな……」


シオンは体中に力を込め再び立ち上がる。
そして、再び名も知らぬ青年に立ち向かった。





シオンの速度と体積に問題があった。
サッカーゴールを守るゴールキーパーは、ボールを取り損なう事があるかもしれない。
しかし、走って来た人間をとらえ損ねる事は絶対にない。
汗を流し、肩で息をするようになってシオンは初めて気がついた。
この努力では二番道路を通過できない。


「くそぅ。こんなところで俺の野望を終わってしまうのか」

「僕はね、たとえ相手が大人だろうと、ポケモントレーナーだろうと、認められない人間を街の外へは行かせない。
 断言するよ。君みたいな普通の若者が相手じゃあ、僕を押しのけるなんて出来やしない」

「なら俺は一体どうしたらいい?」

「帰ればいいと思うよ」

「何だと! お前が帰ればいいんだ!
 お前みたいなのがいるから、俺は十四年もトキワシティに閉じ込めらているんだ!」

「もう五、六時間したら帰るよ」

「え? 本当に? 帰っちゃってくれるのか?」

「そりゃそうだよ。僕だって普通の人間なんだし、毎日二十四時間も働いて生きていられるワケないでしょうに。
 ヨシノ・ワカバさんが来たら、交替して僕は帰るよ」

「ワカバだって! あの鬼ババァが来るのか? それじゃ帰ってもらったって、全く意味がないじゃないか!」

「ひょっとして、ヨシノさんの知り合い? どうして? 何で意味ないの? 考えてみれば、女性が相手だよ?
 君でも暴力振るえば勝てるんじゃない? 力づくで押しのけられない? 何か会いたくないワケでもあるの?」

「ある! あの馬鹿女、俺にポケモンで攻撃してきやがったんだ。それも破壊光線で。死ぬかと思ったよ」


青年の顔からニタリと笑みがこぼれた。シオンは、なんとなく嫌な予感がした。


「へえ。なるほど、つまり、ポケモンを呼ばれちゃったら、さすがの君もあきらめてくれるってことかな?」

「……たのむ。あなたはあの馬鹿女とは違う。話の分かる人だ。
 ポケモンで人を襲わせるなんて馬鹿な真似はよしてくれ」


いつの間にか、青年は紅白の鉄球を握っていた。
閃光が瞬き、白の世界にシオンの目がくらんだ。
次の瞬間、ドラゴンが街路灯のスポットライトを浴びていた。

首の長い朱色の恐竜が、
青い悪魔の翼を広げ、
燃え盛る尻尾の先を揺らしている。
リザードンだった。カッコいいリザードンだった。


「ずるいぞ!」

「だって君、このまま帰ってくれないじゃないか」

「アンタみたいなのがリザードン持ってるなんてずるいぞ!」

「……君にとってはずるいのかもしれないね」


シオンは絶望的な状況に頭をかかえていた。
今から、自分より強い青年と、青年よりも強いドラゴンを乗り越えて行かねばならない。
真剣に悩んでみても、一人と一匹の化け物を相手に勝ち目はないと分かりきっていた。


「君はさ、ポケモンを相手にするぐらいならあきらめてくれるんだろう? 帰りなよ」

「卑怯者め! ポケモンに頼らず正々堂々と戦え!」

「たった今、正々堂々と戦ったじゃないか。君がしつこいからだよ、んもぅ」

「んなこと言われたって……じゃあ俺はどうやって街の外に出ていけばいい? ヒントぐらい教えてくれよ!」

「だから家に帰れって」


不意に、青年は手に持っていた鉄球を、真っ赤なジャケットのポケットに収めた。
シオンは自分から見て左のポケットにボールが隠れたのを見逃さなかった。
頭の中でモンスターボールを思い浮かべている内に、シオンは冷静さを取り戻していった。
今はピンチの時ではなく、千載一遇のチャンスであると理解した。


「やっぱり簡単には帰ってはくれないのか」

「俺は今日、家に帰らない」

「ま、いきなり人を殴るつけるような相手だし、嫌な覚悟を決めてきたんだろうけど」

「それより、俺さっき破壊光線に撃たれたって言ったよな? でも生きてる。何でだと思う?」

「あ、撃たれたんだ。そりゃあ、撃ったポケモンのレベルが低かったからじゃないかな」

「そう! それなんだよ。さすが、話が早い! で、だ。
 そこにいるリザードンってポケモンはさ、レベルが三十六でもレベル九十八でも姿形は全然変わらないもんだろう?
 ってことは強そうに見えるだけの雑魚ポケモンなんじゃないの?
 俺みたいなのも殺せないじゃないの? 弱っちい雑魚モンスターが相手じゃ俺にも可能性もあるワケだ!」


シオンはリザードンの攻撃を誘っていた。
リザードンはあくびをしていた。


「何が言いたい? 一体何が目的?」

「だぁ、かぁ、らぁ、お前のか弱いポケモンじゃ大した技なんか使えやしねぇだろ、っつってんの!」

「……見え透いた挑発か。でも、まぁいいよ。うん。そこまで言うんならば、お見せしようじゃないか」


ポケモンを侮辱されカッとなったのか、
少しおどかしてやろうと思ったのか、
真相は分からなかったが、
青年はあえてシオンの思惑どおりの働きをする。
青年はシオンの隣にある空間に指を突き付け、言う。


「彼に当てないように……火炎放射!」


リザードンは鋭い牙の並んだ大あごを開き、
喉の奥底から炎の息吹を吐き出した。

光と熱と轟音が列となって、シオンの隣を走り続け始めた。

燃え盛る業火の風は、赤と青の熱い光を点滅させながら、
どこまでもどこまでも長く伸び、龍の如く揺らめいていた。

生きながらにしてシオンは、地獄の光景を目に焼き付けた。


闇を払い除けるような灼熱は、間違いなく人を焼死させる力を持っていた。

エリートトレーナーでなくとも、普通の人間ならばポケモンを人殺しの道具にはしない。

リザードンの攻撃が外れると、シオンは承知していた。

そしてシオンはポケモンバトルがターン制であると知っている。

火炎放射という技は連続で使用することは出来ない。

炎が幻のように跡形もなく消え去り、再び世界に闇が訪れ、リザードンのターンが終わった。


シオンに青年とまともに戦える最後の瞬間がやってきた。
思いっ切り大地を蹴って、熱い空間を駆け抜ける。
熱風に肌を焦がしながら、拳を構え、呆れかえったような青年の顔面を睨みつけ、シオンは踏み込んだ。



シオンの左ストレート。青年の右手で受け止められる。

シオンの右ハイキック。青年の左腕で防御される。

シオンは青年の両腕をふさいだ。

シオンの右突っ張り。青年の赤い上着の右ポケットに入る。

右手を握る。球体を掴んだ。

シオンの腹部に衝撃が走る。

青年の飛びひざ蹴り。シオンの下腹に直撃した。


シオンは後方に吹っ飛び、大地に転がり込んだ。
腹痛と息苦しさに耐え、もだえる間もなくシオンは立った。


「戻れ!」


シオンが手をかざすと、掴んでいた鉄球が口を開いたように真っ二つに割れる。
リザードンの肉体は赤い光へと変身すると、
凝縮されるように小さくなりつつ、
シオンの手の平へと吸い込まれていった。
魂の入ったモンスターボールを掴んだ時、シオンは勝利を確信した。


「よしっ!」

「やられた……まったく見事な手際のよさ。泥棒のセンスあるんじゃない?」


悔しそうな青年に対し、シオンは嬉々と盗んだボールを見せつける。
腹部の痛みに堪えながら青年を皮肉った。


「人質ゲットだぜ! ……いや、この場合はポケじちか?」


シオンの胸の中では、安堵の念と達成感で溢れていた。
争いが終わったと思っていた。
しかし、未だ目的は達成されていない。






つづく?








後書

文章の『読むのが苦痛』を脱出するべく、
『面白くない部分』や『日本語がおかしい部分』などを
全て消してしまおうと意気込んだものの、
そんなことをすれば白紙になってしまうと知ってしまったが故に、
今回もダラダラグダグダな文章を見せびらかすのであった。
小説は難しい……。


  [No.914] [七章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2012/03/19(Mon) 17:41:35   70clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

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MONSTER
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7





『駆け引き』





浅い傷にまみれた紅白の鉄球が、淡い月光にぼんやりと浮かぶ。
モンスターボールを握りしめたシオンは、勝利を過信していた。
敵である青年の大切な仲間を手中に収めていたからだ。


「ねえ……僕のリザードンを返してよ」

「返してやってもいいけど、タダってワケにはいかないなあ」

「……何をすればいい?」

「退け。そこから離れろ」


薄暗い中、シオンはモンスターボールを突き出して言った。
街灯の光の中で深紅の学生服の青年は、悠然と立ち尽くす。
青年は、まるで他人事のように茫然とシオンの持つ紅白の鉄球を眺めていた。
二番道路の障害は微動だにしない。


「聞こえなかったか? 俺はそこを退けって言ったんだ」

「聞こえてるよ。でも、そんなことをすれば、君が二番道路に行ってしまうじゃないか」

「……自分のポケモンより、仕事を選ぶっていうのか?
 エリートトレーナーのくせに自分の相棒の面倒も見れないのか!」

「仕事もポケモンも両方守る。リザードンは返してもらうさ。
 例えば僕が……そのモンスターボールを力尽くで取り戻すとかしてね」


慌ててシオンは、その場から六歩下がる。
いつでも逃げられるように足を曲げながら、青年の動きを観察する。
しかし、真っ赤な学生服が風に揺れることはない。


「どうした? 喧嘩ならあなたの方が強いだろうに。追って来いよ」

「知ってると思うけど、今の僕の仕事は君をこの先に通さないこと。
 もし僕が君を追いかけて、万が一君を捕まえそこなったら……ここから離れるのはちょっとまずいよね」

「そうかよ。自分が手塩にかけたポケモンが誘拐されるってのに。俺このまま逃げるけど文句言うなよ」

「構わないよ。だって、なんの問題もないから」


青年は服の袖をあげ、左腕を見せる。
黒い腕時計がはめられていた。
シオンはすぐに、旧式のポケギアだと分かった。
ラジオが聴け、地図も見れて、さらに電話も出来る腕時計だ。


「君がリザードンを返さず逃げるつもりなら、僕は警察に電話するよ。ポケモンが盗まれた、ってね」

「警察! 待て! 早まるな! 落ち着け!」


シオンは焦燥感を隠しもせず、必死で青年をなだめようとした。
背筋が寒くなる。体中の毛穴から冷や汗が溢れ出す。
シオンは警察という言葉に怖気づいてしまった。


「警察には捕まりたくないよね?
 百億円ぐらいの罰金になるか、懲役百万年か、運が悪けりゃ死刑になるかもしれないよ。知らんけど」


シオンはよりいっそう警察に怯えた。
それでも盗んだポケモンを手放そうとは思えなかった。
握りしめたモンスターボールは、シオンが一生懸命に努力して、青年から盗み出すことに成功した汗と涙と血の結晶である。


「俺は警察に捕まらない!
 たとえ相手がポリスメンだろうとジュンサーさんだろうと、俺は必ず逃げ切ってみせる!」

「無駄だよ。いいかい? そもそも君はトキワシティから出られないんだよ。僕達が通さないからね。
 この狭い街の何処かに君がいるってことがバレてるんだ。
 仮に出られたとしても、ガーディの嗅覚をもってすれば、君を見つけるのに一日とかからない……と思う」

「なるほど、つまり捕まるしかないのか……って、そんな簡単にポケモンを取り戻せるワケないだろうに」

「ふむ。つまりそれは、どういうことだい?」

「それはですね……」


シオンは一度冷静になって考える。
ただの誘拐では無意味に等しい。
青年が更に困るような脅迫をしなければならない。


「そっちが警察を呼ぶって言うなら、こいつの命は保障できないぜ!」

「それは殺すってこと?」

「そうだぜ! 殺害だぜ!」


シオンは盗んだモンスターボールを見せつけながら叫んだ。
古い刑事ドラマの悪役の台詞だった。
しかし、シオンにポケモンを殺す勇気はない。
青年にも表情の変化が見られない。
それでもシオンは必死になって演技を始めた。


「一応言っとくが、俺は本気だぜ! 人間追い詰められたら何でもするぜ!」

「君が思ってるより、殺しは覚悟がいるよ。出来るの?」

「出来る! 怒りに身を任せれてトチ狂っちまえば、間違えてぶっ殺すなんてことはよくある話!
 実家の包丁で料理してくれるわ!」

「なるほど、本気なのか。そうか。警察が君の家に行ったところで、殺人の後じゃ遅いよね」

「そうだろうよ! どうしても大事な大事なお友達の命が惜しけりゃ、そこを退きやがれ!」

「うーん。あって間もないけど、面白い奴だし、まぁまぁ大事な友達なんだよなぁ」

「そうであろう。命が惜しかろう。それが俺の過ちで二度と帰らぬポケモンになっちまうかもしれないぞ」

「困ったなぁ。僕のリザードンなら、ナイフを装備した君が相手じゃ、三秒以内に殺してしまうよ」

「……えっ?」


シオンは氷漬けになってしまった、かのように固まった。
そして己の浅はかさを恥じた。
灼熱の炎をまき散らす強靭なドラゴンの雄姿をシオンは覚えている。
青年が嘘をついていないことは明白だった。


「まぁ、いくら君でもリザードンと殺し合うなんて馬鹿なことはしないよね。それじゃ、警察に連絡……」

「待て! 待つんだ! 落ち着け! 冷静になれ! 一旦深呼吸!」

「君に落ち着けとか言われたくないんだけど」

「俺も鬼じゃない。ポケモン殺しなんて馬鹿な真似はしないさ」

「しないじゃなくって出来ないでしょうに」

「そんなことはどうでもいい。それより……それより……」


シオンは必死で頭を動かし、名案を探った。
閃きが訪れるまで、シオンをじっと青年をにらみつけていた。


「それより、の次は何?」

「それよりだなぁ……そうだ! えっと、あれだよ、あれ。ジーティーエスって知ってるか?」

「グローバル・トレード・ステーションのことかな?」

「そう、たぶんそれ。詳しいことは知らないが、世界中のトレーナーとポケモンの交換が出来るそうじゃないか」

「知ってる。それで?」

「もし、警察呼んだり、道を通してくれないっていうのなら、ジーティーエスを使うぞ。
 それで、戦争中の国のトレーナーのポケモンと、あなたの大事なお友達を交換するぜ」

「……そう来たか。戦争中の国との交換は、まぁ無理だろうけど。
 でも、交換の相手が悪ければ、僕のポケモンは戻ってこないかもしれないね」

「脅しじゃないぞ。俺は本気だ。どんなことだってやってみせる」

「へえ。じゃあ、どうやってここからコガネシティまで向かうつもりだい?」

「え? ……ジーティーエスってポケモンセンターにあるんじゃないのか?」

「コガネシティにあるんだよ」

「……待て、早まるな! 警察に電話するんじゃない! 落ち着け! 冷静になれ! 深呼吸!」


シオンは再び慌てふためく。
青年は聞く耳を持たない。
青年はおもむろにポケギアをいじり始めた。
反射的にシオンが叫ぶ。


「自分のポケモンを見捨てるってのか! エリートトレーナーのくせに!」


シオンの脅迫にも応じず、青年は平然としたまま、ポケギアを口の前に持っていく。


「もしもし、警察ですか?」

「やめろぉおおお!」


シオンは居ても立っても居られず、走り出していた。
自分のことを言われるより先に電話を阻止しようと飛び出した。
青年はまるで何事もないかのように、口を動かしている。



シオンの突進。
効果は今一つのようだ。
青年のカウンター。
急所に当たった。
効果は抜群だ。
シオンはひるんで動けない。
青年のどろぼう。
シオンはモンスターボールを奪われた。
シオンのどろぼう。
攻撃が外れた。
勢い余って地面にぶつかった。
シオンは倒れた。



「計算通り、力尽くで返してもらったよ。警察には電話してないから、安心して家に帰るんだ」


青年の声にも無反応で、シオンは地表でうずくまる。
モンスターボールを置いて走ればよかった、と反省した。


「なぁ、俺があなたに勝つ方法って何かある?」

「それ僕に聞くの? ……今は無理だと思うよ」

「だよな」


青年の言葉にシオンはきっぱりとあきらめがついた。
負けることに慣れてしまったせいなのか、シオンは悔しいとは思わなかった。
失敗して当然のように感じられた。


「あーあ。しっかし、また駄目だった」


独り言のようにシオンはぼやく。


「何でうまくいかない? 何がいけない? 何度も失敗するなんて俺は無能なのか?
 くそ。ちくしょう。今日はかなり頑張った方なのに。何で何だ? 
 ひょっとして、ポケモンを手に入れようって考えが駄目だったのか?」

「えっと、ちょっと待って……君はポケモンが欲しかったの?」

「それしかないだろう」

「野生のポケモンをゲットするために、街の外へ出かけようと?」

「そう」

「どうしてそれを言ってくれなかったんだい?」

「言ったらそこを退いてくれるのかよ!」

「いや、それはちょっと無理なんだけど、でも……」

「だろうな! どいつもこいつも嫌な奴だ。俺がポケモン手に入れようとすると、皆そろって邪魔ばかりしてくる」

「そんな馬鹿な! ありえないよ!」

「お前が言うな」

「だって、それじゃ、一体どうやってポケモントレーナーになれるって言うんだ!」


シオンは呆れてため息を吐いた。


「それが分かれば俺も苦労しないよ」


そう言うとシオンは力なく立ち上がり、服にへばり付いた土を払い除け、口を開けてあくびをした。
睡魔に襲われると同時に、父親が眠っていることを祈った。


「やっぱり今日は家に帰る。じゃ」

「ちょっと待ってよ!」

「む、さっきは帰れって言ったくせに。しつこいぞ」


シオンはそっぽを向いたまま歩きだす。


「……そうだ名前! 名前だけでいいから教えてよ!」

「聞く前に名乗れよ」

「ホッタ・シュウイチ!」

「変な名前してるな。あっ、イッシュ地方のアナグラム?」

「イッシュ地方タのアナグラム。それより君の名前」

「……ヤマブキ・シオン!」


シオンは振り向かずに大声をあげると、そそくさと早足でその場を去った。
自分の名前の感想を聞きたくなかったからだ。

しばらくして一人になる。
冷えた夜風がゆっくりと流れていく。
眠気と疲れに逆らわず、ただ無心で帰路についた。

明日からどうするのか。
本当にトレーナーになれるのか。
そんな不安を抱くことすらシオンは飽き飽きしていた。





つづく?





後書
似たようなことを繰り返してる気がしておりますが、それも今回で最後の予定です。


  [No.940] [外伝]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2012/04/01(Sun) 15:23:07   70clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

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MONSTER
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番外編




『玉』




半分だけ眠っているような感覚で、私は気持ちよくまどろんでいた。
うとうとしていると、ドッドッドッ、とテンポのよい音がかすかに聞こえてきた。
鈍い音に合わせて大地が震えているのが分かる。

―――足音だ!

眠っていた私の肉体に、冷や水を浴びたかのような衝撃が走った。
全ての余裕を失い、替わりに身の毛もよだつ恐怖の念が心を満たしていく。
私は目を覚ました。
緊急事態を告げるように心臓の音がバクバクと鳴り響いている。
それから、ふと思い出して、慌てて、隣で眠る私の娘を叩き起こした。


「起きなさい! チカ! 起きろ!」


赤い頬をペチペチ叩き、わめくように大声で呼びかけた。
娘の黒く丸い瞳がゆっくりと開いた。


「んもぅ、何なの? パパなの?」


弱弱しい声が返ってくる。
私の娘のチカはうっとおしそうに寝ぼけている様子だ。
対して、私は真剣なまなざしを送り、言った。


「魔王が来る!」


チカはポカンとした表情を見せてから、取り乱したように跳ね起きた。
スムーズに立ち上がれないほど、チカはびくびくうろたえていた。



朝日が見えるよりも早い時刻であった。
見える全てが薄暗く、世界が青い影に覆われているかのようだ。


「急げチカ! もっと速く!」


私とチカは背の高い草原の中を疾走していた。
草の中に身を隠すよう、四つん這いとなって駆け抜ける。


「足を止めるな! 走れ! 全力で逃げるんだ!」


私はチカを先に走らせ、草の中に消えていくのを確認した。
そして、ふと、立ち止まる。
私の背中の向こうから、息が詰まるほどの重苦しい空気が流れ込んできた。
そこに何がいるのかを確認しなければならない。
恐る恐る振り返った。

雲一つない、夜の色を残した空を背景にして、巨大な影が揺れ動いていた。
高く太い柱のような影が徐々に近付いて来る。
足音が大きくなるにつれて、次第にその姿がハッキリと映った。
それは巨大な、二足歩行の、のっぺりとした、異形の化け物であった。
間違いなく、私達が魔王と呼ぶ生き物であった。

魔王とは、凄まじく強大な力を持っていながら、残虐性の高い、全く言葉の通じない生き物だ。
手のほどこしようがない最低で最悪のモンスターである。
無力で弱小な私達には、逃げる以外に選択肢はなかった。

身を堅くして眺めている今も、魔王はじわじわと迫りくる。
真っ直ぐこちらに迫りくる。

―――狙われている!

私は、死に怖気づいた。
全身から冷や汗がドバドバと流れた。
今になって、チカの無事を思い煩う。
胸騒ぎがする。
気が気でなくなった私は、全速力でチカを追いかけた。
落ち着きを忘れて、魔王の傍から全力で逃げ出した。
本気で足を動かしてるのに、体が重さがもどかしくってたまらない。



さえぎる草の行列を、頭で突っ切って走る。
走り続ける。
しばらくして顔を上げると、ようやくチカの姿が見えた。
ずいぶんと移動速度が落ちている。
息を切らしているらしい。
そして、ようやく私はチカの隣にたどり着く。
その時だった。
いきなり前方から突風が吹きすさぶ。
何の前触れもなく、嵐が襲ってきた。
私は力んで地面を踏み付けた。
冷たく激しい風に飛ばされないよう、チカを支えて踏ん張った。


「こんな時にっ! 一体何なんだ!」


風が止むまで耐え凌ぐと、私の目の前には足があった。
太くたくましく鋭い爪の伸びた脚だ。
そこにいたのは、尻尾の長い、翼を広げた、首の伸びた、怪獣だった。
ドラゴンだった。
私は顔を上げて、魔王よりも大きなドラゴンと視線を交わす。
その脅威に気圧されそうになったが、逃げるわけにはいかない。
私の腰からびくびくと震えるチカの感触が伝わっていたからだ。
無い勇気を無理矢理しぼりだし、私は勇んで申し出た。


「急いでるんだ! そこを退いてくれ!」

「断る」


ドラゴンが言った。
地の奥底から響いてきたようなしゃがれ声だった。


「何の用だ! 後にしてくれ!」

「我が主がお前達の命を強く渇望しておる。大人しくその身を捧げるのだ」

「お前……魔王の下僕か!」

「魔王? 下僕? ……クックックッ、なるほど。上手く言い当てておるなぁ」


ドラゴンはのん気に感心している様子だった。

にわかに、空から声が降って来た。
咄嗟に私は身構える。
呪文のような荒唐無稽な言語が頭の上から流れていた。
私は周囲をキョロキョロと警戒していたが、娘もドラゴンも口を開けてはいなかった。
ハッと思い立って、後ろを見た。
巨大な悪の姿がそこにはあった。
魔王がいた。
全身を視界に収まりきれないほど近い所にいた。
背筋が凍りついた。
一瞬、体が硬直して息が抜けなくなった。
魔王は呪文を言い終える。
そして、ドラゴンは口走る。


「アンタが邪魔だとよ」


ゾッとするほど冷たい一言だった。
ドラゴンはツバを吐き捨てるように、口から真っ赤な閃光を放った。
閃光はビュンと飛来し、私の胸に触れ、爆発した。
立ちくらみがするほどの、強い光が視界を奪った。
鼓膜の奥にまで轟音の濁流が押し寄せてきた。

私の全身は、真っ赤な炎に覆われていた。
私の肉体は、真っ赤な炎に蝕まれていた。
激痛と間違うほどの灼熱が体中を襲った。
思わず悲鳴を上げようとした。
しかし、その途端に、炎も感覚も消え失せてしまう。
温度も、痛みも、恐怖も、何も感じなくなった。
世界がフラッと傾いて、私は倒れた。

力を入れているのに体が動かない。
どうやら私はドラゴンにやられてしまったようだ。
自分の弱さに情けなくなった。

私を燃やした炎は、周囲もろとも焼き尽くしてしまった。
辺り一面に黒く焦げた草が、全部しおれて煙を上げていた。


「パパァ!」


助けを求める声がした。
さえぎる草は影も無く、チカの姿がハッキリと見えた。
そのすぐ隣に、ドラゴンと魔王の下半身があった。
絶望した。
チカは血の気を失った顔色で、表情をひきつらせている。
このままだと、今まで大事にしてきた私の宝物が無くなってしまう。
居ても立っても居られない。
それなのに、体が動かない。
もどかしくて、あせって、いらだって私は怒鳴った。


「チカっ! 逃げろっ!」


しかし、チカは動かなかった。
びくびく小刻みに震えるだけだった。
腰が抜けてしまったのだろうか。
チカが恐怖で動けないのだと思うと、私は胸が張り裂けそうになった。
もうほとんどあきらめていた。

魔王の下半身がわずかに動いた。
すると、空から何かの塊が降ってきた。
スッと弧を描いて墜落する。
私の娘の頭の上に。


「チカッ!」


ギョッとした。
叫んでいた。
音が聞こえなくなって、頭の中が真っ白になった。
この体が自分の物じゃないような感覚になって、
心臓の鼓動が遠くなって、
まるで生きた心地がしないでいた。

チカが死んだ。
私はそう思い込んでいた。
しかし、目の前の現実は違っていた。
チカは閉じ込められていた。
魔王が落としたオリの中に閉じ込められていた。
赤と白の丸い玉のようなオリに。


「何これ! 何なの! 出してよ! ここから出してっ!」


オリの中の絶叫は、小声となって私に聴こえた。
紅白の玉のオリは、チカの声を発しながら、右往左往に激しく揺れ始める。


「待ってろ! 今、助けてやるからな!」


私は手足がバタバタと動かしていた。
まるで陸地で跳ねるコイキングのように、横たわって震えていた。
娘がピンチなのに、助けてあげたいのに、私の体が立ち上がることはなかった。


「助けて! 怖いよ! パパ、助けて! お願い、出してよぉ!」

「もうちょっとだ! あと少し頑張ってくれ! チカ! ……チカ?」


ついさっきまで玉のオリはゴロンゴロンと転がり回っていた。
今は凍りついたかのように静止している。
静寂が流れた。
チカが言葉を返してくれなくなった。
時が止まったのかと勘違いをした。
いつまでたっても玉のオリはピクリとも動かない。
まるで死んでしまったかのように動かない。


「チカ! チカ! おい! 返事をしろ! してくれっ!」

「もう遅い」


ドラゴンがやけに沈んだ声で言った。


「うるさいっ! 何が遅いもんか! チカ! パパはここにいるぞ! チカ!」


私は娘の名前を叫んだ。
馬鹿みたいに何度も呼んだ。
怒り狂ったかのように、チカの言葉を求め続けた。
しかし、何も起こらない。
チカの気配は全く感じられなかった。
目の前にある玉のオリは微動だにしない。

チカの入った玉のオリを、魔王は軽々しく拾い上げた。
まるで重さなんてないかのように。
魔王は私の娘を閉じ込めたあげく、無慈悲にも連れ去ろうとしている。
許せなかった。
あまりの傍若無人さに腹が立った。


「おい、まて! ふざけるな! チカをどこに連れて行こうっていうんだ! 身勝手すぎるぞ!」

「案ずるな」

「黙れドラゴン! 悪魔の手先め!」

「昔、まったく同じ目にあったことがある。嫌な思い出ではあるが、今はけっこう満足しておるぞ」

「ワケの分からないことを! 待て魔王! どこへ行く気だ! 答えろ! 答えろよぉ!」


横たわったままの私に、ドラゴンが哀れむような眼差しを向ける。
同情してくれているかのように見えた。
協力してくれるかもしれない。
馬鹿げた発想をした私は、淡い期待を胸に、尋ねた。


「待てドラゴン! 娘を返してくれ! その替わりに私が!」

「無理だ。ひんし状態じゃ、捕まえられない。あきらめろ」


ワケの分からないことを言って、ドラゴンは私に背を向けた。
何度も止まるよう叫んでみたが、ドラゴンが歩みを止める気配はなかった。

二つの背中は、ゆっくりと私から遠ざかって行く。
私は、ただひたすら憎しみの念を投げ続けた。
声がかれても叫んでいた。

あっという間に、二体の悪魔の姿が見えなくなってしまった。
チカが私の隣からいなくなってしまった。
急に悲しくなって、目頭が熱くなった。


「うおぉおおおおお!」


私は大声で叫んだ。
現実を声で振り払うようにわめき散らした。
まるで赤子のように声を上げて涙を流した。
誰もが眠る静かな朝に、醜い声が嫌にハッキりと聴こえた。
生きる望みを失くした今も、私の命は続いている。


  [No.981] [八章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2012/05/21(Mon) 13:26:04   80clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ぽcket
もnster
ぺarent
8章

『シオンのピチカ』




丸まった包装紙に、黒いマジックで『ヤマブキ・シオン様へ』とだけ書かれてある。
ヤマブキ家に届いた、ふしぎなおくりものであった。
差出人の名前は見つけられず、一体誰が何のために送り出したのか。シオンには見当もつかない。
今日は決してシオンの誕生日でもなければ、クリスマスというワケでもない。
どこにも特別の見当たらない、少々肌寒い春の頭の平日であった。

幾つか疑問は残ったが、微塵も気にかけることなく、シオンは期待しながら贈り物を開封した。
半分は紅く、半分は白い、ツヤツヤの光沢を放つ鉄球が封入されていた。モンスターボールである。
ボールと一緒に名刺ほどのカードが出てきた。何か書かれてある。

『メスのピカチュウが入ってます。かわいがってあげてね』

得体の知れない胡散臭さにシオンの心は震えた。
罪を犯してまでも手に入れたかった代物が目にあるというのだ。
にわかには信じられず、謎の送り主に不審を抱いた。

何故シオンがポケモンを欲していると知っているのか。
一体誰が何のメリットがあってこんなことをするのか。
未だにポケモンを捕まえられないシオンを侮辱し嘲笑っているのか。

不気味な疑問が浮かび上がってきた。
しかし、考えても真実は分からないので、とにかく喜んでおくことにした。
シオンは興奮気味に笑った。嬉しくて楽しくてたまらなくなった。
想像とは随分と違った形ではあったが、ついに、とうとう、ようやく、望みが叶えられたのだった。

「うおおおっ! やったぁ!」

願望の達成という最高に気持ちの良い瞬間を全身で味わった。
そして喜びを表現するかのように、シオンの身体は勝手に動き出す。
薄気味悪い笑みを浮かべ、「うひひ、うひひ」と不気味な声をもらしながら、
小刻みに震えて、不思議な踊りをしながら家の中をうろつきまわった。
十分後、たまたま洗面台を通りかかった時、
鏡に映る自分の姿を見て、シオンは急に落ち着きを取り戻した。



シオンは再び家の中を巡って、父親がいないと確認してから、人気のない部屋へと向かった。
朝の日差しがガラス戸を通り抜け、居間の全体を明るく照らしている。
シオンはしきつめられた畳の上を裸足で渡り、部屋の中央で止まった。
そして、貰ったばかりのモンスターボールを、
目の前に置かれた小さなちゃぶ台の上にたたきつける。
閃光がほとばしる。

光と共にポケモンが姿を現した。
小柄で、ふくよかで、幼児を連想させる体つきのポケモンであった。
映えるレモン色の電気ネズミが、ちゃぶ台の上にちょこんと座りこんでいる。
ピカチュウだった。
あの国民的アイドルポケモンのピカチュウだった。
シオンの胸が高鳴る。目の前のポケモンから目が離せなくなった。

黒曜石のような、大きくて丸い瞳。
わずかに膨らむ真っ赤なほっぺた。
口元のωから覗く幼い牙。
ホクロのような鼻。
赤子のようにふくよかで小柄な体躯。
鮮やかなレモン色の肌。
ギザギザに伸びた尻尾。
切先の黒い、ピンと長く伸びた耳。
指先の尖った短い手足。
体中のどこもかしこも真新しく美しく、それはまぎれもなく本物のピカチュウであった。

シオンは興奮せずにはいられなくなった。
鼻息は荒れ、目から感涙を垂れ流す。
自然と口元が緩み、ニヤニヤと薄気味悪い微笑を浮かべ、シオンは喜びを小声で表現する。

「やった! マジで! すげぇ! うひょー! ファファファ! 」

笑みを浮かべるシオンを、ほとんど無表情のピカチュウが見つめていた。
円錐型の耳をピンと立てて、大きな瞳を開け、人形のようにシオンを観察しているようだった。
じろじろ見られている内に、シオンはピカチュウに悪く思われているような気がしてきた。

――うわあ……。何なの、この人。これが私のトレーナーなの? 顔が気持ち悪い!――

つい目をそらし、真面目な顔を作ってから、シオンは再びピカチュウと向き合った。

「はじめましてだな。今日から俺が君のトレーナーになるシオンだ。
 ええっと……色々あるだろうけど、まあ、これからよろしくな、ピカチュウ」

シオンはドキドキしながら自己紹介をし、握手を求めて手を伸ばした。
ピカチュウはプイとそっぽを向いた。
ギザギザな尻尾が部屋の隅まで離れていく。
逃げられてしまった。

「いきなり逃げることはないだろ、ピカチュウ」

シオンはムッとして言った。
ピカチュウの行動が気に食わなくて、少しだけ苛立つ。
ポケモンに好かれたいと思っているのに、ポケモンの方から逃げ出してしまった。
まるで理想が遠ざかって行くのを見たような気がして、
シオンはもどかしさを抱えずにはいられなかった。


「なぁ、ピカチュウ……。おい、ピカチュウ……。返事くらいしろよな」

ピカチュウはそっぽを向いた。
シオンの呼び声にも反応せず、背中を向けて佇んでいる。

シオンはふと、未だピカチュウに名前を付けていないことを思い出した。
ピカチュウにピカチュウと呼ぶのは、シオンにニンゲンと呼ぶようなものだ。
返事をしないのも分かる気がした。
シオンはちゃぶ台の上に腰かけ、しばらく頭をひねる。

まず最初にシオンは個人的にカッコイイと思うニックネームを授けようと考えた。
恐らくカッコイイかと思われる名前でピカチュウを呼ぶ自分を連想する。

大人や子供の集うポケモンバトルでにぎわう公園の真っ只中で、
ピカチュウに対し「こいつは俺のバハムートだぜ!」、と言い張る男。
幼女めいているピカチュウを相手に「デストロイは今日も可愛いなあ!」、と言い切る男。
少し考えてからぼやいた。

「……無しだな」

次に平凡そうな名前として『ピカじろう』というのを思いつく。
ふと目の前のピカチュウのギザギザの尻尾を見ると、
先端がハートマークの上半身のようにまあるく二つに分かれていた。
このピカチュウがメスである。

「……じろうも無し」

最後にメスだと分かるように女性の名前を考える。
『ナナコ』『シゲミ』『サトコ』『ナナカマコ』……ピカチュウをニンゲンとして扱うのは、
なんだか紛らわしいので却下する。
故に、女性だと分かりなおかつピカチュウだとも分かる人前で言っても恥ずかしくない名前に決定した。
その結果、シオンは言った。

「よぉし! それじゃあ、お前の名前は今日からピカコだ!」

ピカチュウは微塵も反応を示さなかった。
自分の名前が呼ばれたとは思ってもいない様子だった。
哀愁の漂う小さな背中を見せつけたまま微動だにしない。

「そうか。この名前は嫌か? そんなに俺のセンス悪いか? ……無視か。まあいい。
 とにかくピカコは無しだな。後、一応言っておくけど、俺はお前が反応する名前にしかしてやらないからな」

親から貰った自分の名前が気に食わないシオンは、ピカチュウにも納得のいく名前を与えるつもりだった。
ピカチュウの気持ちを考えてあげることで、より一人前のポケモントレーナーになれるような気がしていた。

しかし、一般的なトレーナーはポケモンの命名を勝手に行う。
我が子に与える名前のように勝手に意味を込めて勝手に命名する。
人間にポケモンの細かい感情を把握することはほとんど不可能に等しい。

それでもシオンはピカチュウが何か反応を見せるまで自作ニックネームを呼びまくる。
女の子らしくてピカチュウだと分かる名前候補を次々挙げていった。

「ピカリ!」
「ピカナ!」
「ピカヨ!」
「スピカ!」
「チュウカ!」
「ピチカ!」

――もう面倒くさいから姓名判断師にでも頼ろうかな――
そう思った直後であった。
ピカチュウの身がビクッと一瞬だけ震えた。そして体をねじ曲げて振り返った。
パッチリ開いた大きな瞳がシオンの視線と重なった。
一瞬だけ時が止まったように感じた。
そしてピカチュウはすぐにそっぽを向いた。

「もしかして……」

期待を込めて、シオンはもう一度ピカチュウのニックネームを呼ぶ。

「ピチカ!」

だるまの形にも似たレモン色の小さな背中は再びビクンと震えた。
名前に呼応するかのような仕草に思えた。
今度は振り返ってはくれなかった。
しかし、シオンは勝手に確信した。
思わず口角がつり上がった。
名前を探し当てたことが嬉しくてたまらなかった。

「そうか、お前ピチカって言うのか! そうかそうか!
 ……でもその名前なんか微妙だしダサいしやっぱりピカコにしないかお前?
 ……全然反応しないんだな。ああでも、うーん、ま、 いっか。名前ぐらい何だって」

シオンはちゃぶ台から降りると、壁際のピカチュウを拾い上げようと前かがみになって歩み寄った。

「よぉし、ピチカ。ほら、俺に捕まえられるんだ」

シオンが近づいた途端に、ピカチュウは電光石火の駆け足で、シオンの股の下を潜り抜けた。
その勢いでちゃぶ台の下も潜り抜け、シオンの後にある壁の端まで距離を取った。
ピカチュウに嫌われているみたいで、また少しシオンはイラっとした。

「どうして逃げたりなんかするんだよ。ほら、おいでおいで! 怖くないから、お前の味方なんだから」

シオンは手まねきをしてみたが、すぐに無駄なあがきだと理解した。
ピカチュウのきょとんとした表情が、
――何をしているんだこの人間は?――
と訴えているようだったからだ。

渋々シオンはピカチュウを追いかけた。
ピカチュウのにげる……だめだ、にげられない。

ピカチュウは出口を探るよう、壁に沿って走っていた。
その動きは素早く、迅速を極めた。
しかし、呼吸は荒々しく、どこか焦っているようにも見える。
まるで逃げ切れなければ死んでしまうかのように必死でもがいている様子だった。
シオンは素早いレモン色を目でとらえ、
うつむきながらゆっくりと大股で追いかけるうちに、四角い部屋をぐるりと一周していた。
この部屋の内壁に、小さなポケモンが力尽くでこじ開けられる扉は設けられていない。
シオンはピカチュウにあきらめてもらうため、逃げ場がないことを思い知らせたのだ。

「ここから逃げられないぞ、ピチカ。観念しろ」

ふいにピカチュウは止まり、振り向き、シオンはキッと睨まれる。
その瞳は丸い形のままだったのに、何故か睨んでいるように見えた。
そしてピカチュウは前かがみになり、床を蹴って、シオンに向かって走り出す。
ピカチュウの行動にシオンは嫌な予感がしていたにも関わらず、
どうしてなのか前向きにとらえていた。

「そうだピチカ! 俺の胸に飛び込んで来い!」

ピカチュウが突っ込んでくる。
シオンは両腕を広げて待ち構える。
さながら感動の御対面である。
そしてピカチュウは飛び込んだ。
シオンの腹部に猛烈なタックルが入る。

「うぐぇっ!」

シオンは体をくの字に折り曲げ、胃液とうめき声を漏らした。
吐きそうになりながら、腹部を押さえて後方に倒れる。
倒れる際に、後頭部をちゃぶ台の角に思いっ切り強打した。
激痛の爆発にシオンは眉間にしわを寄せ、歯を食いしばり、
体中に力を込めて、声を上げずにこらえた。

「痛ぇぇ……くっそ、ふざけるなよ! なんてことをするんだ! こら、ピチカ!
 俺はお前のトレーナーなんだぞ! 主なんだぞ! 分かっているのか!」

ピカチュウは四つん這いになってシオンをにらみ、牙をむき出し 、戦闘態勢をとっている。
その肢体をシオンは憤怒の形相で見下ろしていた。

シオンは自分のポケモンと仲良くなれるのだと強い期待をしていた。
深い友情と堅い絆で結ばれたほほえましい関係を築きあげられるのだと信じていた。
しかし、目の前にいる自分のピカチュウは怒りを持って反逆の態度を示していた。
もはや、シオンとピカチュウとの間に、ポケモンとトレーナーの関係は存在していない。
シオンは悔しくてならなかった。
むしろ憎たらしいくらいだった。
先ほどまではピカチュウを可愛がるつもりでいたのに、
自分に逆らう生意気な態度が露わになると、徐々に強い怒りを覚えつつあった。

しつけと称して殴ってやりたかった。
シオンは自分の苦しみをピカチュウに分からせてやりたかった。
しかし、小さなポケモンを相手に、暴力で訴えるものならば虐待行為になりかねない。
そんな畜生にも劣る腐れ外道のはしくれになるつもりなど断じてありえない話であった。
シオンは今にも襲いかかってきそうなピカチュウを見やると、拳を強く握りしめ、
湧き上がる怒りをグッと飲み込んだ。
シオンはがまんした。

「まあまあ、落ちつけよピチカ。さっきから前のめりになってんじゃねえよ。
 俺とバトルするワケじゃあるまいし。ほら、こっちにこいよ。仲良くしようぜ」

シオンはピカチュウにスッと手を伸ばした。パクっと指を噛まれた。

「痛っ!」

指先に痛みが針のように突き刺さり、思わず腕ごとひっこめた。
この一撃を合図にピカチュウは動き出す。
ちょこまかと縦横無尽に飛び回り、時折ちょっかいをかけるようにシオンへの攻撃を仕掛けてきた。

ピカチュウのひっかく。
シオンはスネを爪を立ててかきむしられた。
ズボンの上から肌をなぞられ妙に心地よい。

ピカチュウのしっぽをふる。
ギザギザの尻尾でシオンは顔面を何度も何度もビンタされた。
小顔マッサージでも受けているような感触だった。
防御力が下がっているのか、少しずつ頬の痛みがハッキリしてきた。

ピカチュウの電気ショック。
赤い頬から電撃を放たれる。
青白い閃光がジグザグに蛇行しながらシオンに襲いかかった。
全身にチクチクと刺さるような痛みが押し寄せる。

レベルの低いピカチュウに、シオンを怪我させるほどの力はなかった。
しかし、微力な刺激も幾度か受けているうちに、少しずつストレスが蓄積されシオンは苛々していった。
いかりのボルテージがあがった!

「やめろよピチカ。俺を倒したって逃げられるようになるワケじゃないんだぞ。……早くやめるんだ!」

ピカチュウはいうことをきかない。
ワケも分からず、シオンは攻撃されていた。
血管を断ち切るようなひっかく。
耳に穴を開けるようにかみつく。
心臓を狙うように、胸の真ん中での電気ショック。
何度も何度もシオンの体中に高速移動のピカチュウが突っ込んできた。
電光石火の猛攻撃を貰ってしまい、シオンに息吐く暇もなく何度も何度も痛みを覚えた。

怒り狂ったかのような猛攻撃だった。
まるで親兄弟の仇とでもいうような怒涛のラッシュを浴びせられた。
どうして仲良くなろうとしているのに、死ぬほど嫌われなければならないのか。
理想と現実の大きすぎるギャップが、シオンの顔にしわの数を増やしていく。
いかりのボルテージがあがった!

体中が痛い。また痛い。
気が付くと、怒りに身が震えていた。
腹が立つ。気に食わない。許せない。
身も心もズタズタにされ、
必死に耐えることが馬鹿らしくなって、
とうとうシオンのがまんがとかれた。

ふいに自分の体から小さな黄色い生き物が転がり落ちてきた。
その生き物めがけて、シオンは、全力で思いっきり、ためらいなく、腕を振り切った。
シオンのはたく。

パァン!

高い音が弾けた。
手の平に衝撃が走る。
ピカチュウの肉体が真横に吹っ飛んだ。
勢いつけて吹っ飛んで、落下して、畳の上をゴロゴロと転がり回り、
硝子戸にぶつかるとようやく動きが静止した。

ピカチュウは思いのほか遠くへ飛んでいき、その体重の軽さにシオンは驚いていた。
六キログラムもの重みがあるとは考えられない。
今になって目の前にいるピカチュウが子供なのだと気がついた。
黒い瞳が大きなワケではなく、顔や体が小さかったのだと感心するように納得した。

シオンは落ち着いていた。
激しい怒気はすっかり消え失せ、不思議なくらいに平常心を取り戻していた。
むしろスッとしたような清々しい気持ちでいた。
横たわるピカチュウを視認すると、シオンは哀れむようなまなざしで見下した。

「なぁ……たのむよピチカぁ。俺はさ、ただお前に言うことをきいてほしいだけなんだよぉ。
 普通のポケモンが普通に出来ることをやってほしいだけなんだよぉ」

シオンは、まるで疲れ切ったまま困っているかのような態度で語った。

「普通のポケモンだったらさ、ちゃんとトレーナーのいうことに従えるだろ?
 どこのどんなポケモンも出来てることだろ? それなのにどうしてお前は……。
 もうちょっとちゃんとしてくれよピチカ。
 俺は普通のポケモントレーナーになりたいだけなのに……」

半ばあきらめている感じの、ゆるくてねちっこい説教であった。
さながら駄目な息子に対して呆れ果てている親のような気分であった。

侮蔑の声を無視して、倒れていたピカチュウはゆっくりと立ち上がった。
ダメージが深刻なのか、力が入りきっていない様子で、小さな足ががくがく震えていた。
そして、今にも泣きそうなほど潤んだ瞳でシオンを見つめていた。
その黒い眼差しにシオンは胸を貫かれた。
ふいに後ろめたい気持ちになった。
ピカチュウの悲しげな表情を見ているうちに、
シオンは『皆から責められなければならない』ような気持ちになってしまい、急に怖くなった。
落ち着きを失い、胸中で得体の知れない嫌な感情が渦を巻いていた。

いつの間にか、目の前には自分の大切な相棒の傷ついた姿があった。
あってはならない状況だった。
いったい誰のせいでこんなことになってしまったのだろうか。

「お、俺は悪くないぞ。俺のせいじゃない。
 だいたいポケモンがトレーナーに攻撃するなんておかしいじゃないか。
 俺に攻撃するお前が悪いんだ。自業自得なんだぞ」

シオンは受け入れられなかった罪悪感を振り払うように言い訳をした。

小さな雫がレモン色の肌を伝って、落ちていく。
ピカチュウは呆然とした表情で、ぽたぽたと涙が流した。
まるで浴びせられた罵倒を理解し、悲しんでいるかのようだった。

シオンは幼児を相手に思いっ切り叱っている感覚になった。
ピカチュウの泣き顔を見れば見るほど、シオンは胸の奥が苦しくなってきた。
心臓をギュッと縛られているような気がした。
不愉快だった。
投げ出したくなるような嫌な気持ちだった。

「やめろよ。俺をそんな目でみるな。……泣いてんじゃねぇよ!」

ついピカチュウを邪険にして怒鳴ってしまった。
そうしなければ『自分が怒られなければならない』ような気がしたのだ。
シオンは、このままでは自分が悪者になると思った。
悪者扱いされてしまったら、
もう喜んだり、嬉しそうにしたりすることが駄目で許されなくなってしまう。
なんとなくそんな気がしていた。
シオンは無意識の内で得体の知れない恐怖に駆られ、
その恐怖から逃れるようにしてピカチュウを怒鳴りつけてしまっていた。

時が過ぎて、シオンは落ち着きを取り戻すと、
目の前には大切な相棒であるハズのピカチュウが泣いていて、
それが悲しいことなのだと思い出したように気が付いた。
大事なピカチュウを引っ叩いたあげく、お前が悪いと責めている自分がいた。
ほとんどポケモン虐待だった。
その行いはトレーナーの恥であり、人間の恥でもあった。
唐突にシオンは自分が嫌で嫌でたまらなくなった。嫌悪感に飲み込まれた。

――こんな馬鹿な奴、死ねばいいのに!――

ピカチュウの絶望しきった泣き顔を見て、また胸の内側がギュうっと苦しくなった。

一度大きく深呼吸してから、シオンはしぶしぶ自分が悪者なのだと受け入れる。
口の中の苦いものに耐えるような顔つきをしてシオンはピカチュウに頭を下げた。

「ごめん! あのさ、なんていうか、俺が悪かったよ。やっぱり、お前悪い奴じゃない。
 俺が最低だった。トレーナーなのに、これじゃあポケモン虐待だよな。悪かったよ
 ……それじゃ、仲直りをするぞ!」

それは『仲直りをしろ』という命令であった。

シオンは腰を屈めて、自分のピカチュウに歩み寄った。
対してピカチュウはゆっくりと鈍間な動きで逃げる。
疲れ切ったかのようによたよた歩いて逃げるピカチュウを、シオンは素早く走ってとっ捕まえた。
何故か悪いことをしているような気持ちになった。

「知ってるか、ピチカ?
 ポケモンってのは捕まえられたらトレーナーのいうことをきくようになるようなもんなんだぞ。
 今、お前は俺に捕まえられたんだから、これからは俺のいうことをきかなきゃ駄目なんだぞ」

シオンはいとも簡単にピカチュウを拾い上げ、優しく命令した。
当たり前のことを言ったつもりだったのに、何故か酷いことを口走っているように思えた。
にわかにシオンの手の平に刺すような痛みが走る。

「ピチカ! 電撃はやめろ!」

相手を圧倒させるように迫力をこめて怒鳴りつけた。
シオンの手の中で、ピカチュウの小さな体がビクッと驚いたように震える。
ピカチュウは電気ショックの攻撃を止めると、泣くことに専念し出した。
「チュウ、チュウ!」と高い鳴き声を上げながら、涙をポロポロ流して、
ただひたすらにむぜひ泣く。
体中から力が抜け、シオンの攻撃力が下がった。

シオンはピカチュウをギュッと抱きしめた。
抱きしめるようにして、ピカチュウの動きを封じ込める。
もう逃げられない。

シオンの腕の中でピカチュウのあばれる。
服にかみつく、尻尾を振る、耳元で騒ぐ、どんな悪足掻きもシオンに効果はない。

ピカチュウが嫌がって逃げようとしていることは明白であった。
それでもシオンは抱きしめる腕を絶対に離さないつもりでいた。

「ピチカ。俺のことを好きになってくれ。そうなれば全てが解決するんだ。
 お願いだから、嫌いにならないでくれ。喜んで俺の命令に従ってくれ。
 そうしてくれなきゃ、俺は幸せになれないんだ」

シオンはピカチュウに向けて、トレーナーのポケモンとして当然のことを嘆願したつもりであった。
しかし、何故なのか、シオンは自分の口から出てきた言葉が、
自分にとって都合のよい妄言のように聴こえてしまった。
ワケも分からず、再び自分が悪者のように思えてきて、振り払ったはずの罪悪感がよみがえる。

「……べつに俺は、何もおかしなことを言ってないよな? 間違ったこと言ってないよな?
 ポケモンがトレーナーのいうことをきくのって当たり前のことなんだよな?
 普通に、皆と同じことなんだよな?」

確かめるようにシオンはぼやいた。
腕の中の小さなポケモンは、疑問に答えてはくれない。
「チュウチュウ!」という泣き声を上げるばかりだった。
シオンは抱きしめていたピカチュウに、すがりつくようにして顔を近づける。
微かな鼻息が聞こえた。
小さな脈動を感じた。
獣の臭いがした。





つづく?





あとがき?
Q誰かの捕まえたポケモンだから言うことを聞かないのでは?
Q他人の捕まえたポケモンに勝手に名前を付けられないんじゃ?
Aごめん。


  [No.993] [九章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2012/05/27(Sun) 23:10:44   77clap [■この記事に拍手する] [Tweet]






『屁理屈で必勝法』




月明かりの下、薄暗い夜道に溶けるようにしてシオンは身を隠し、北へと歩んで行く。
そうしてトキワシティの最北端へ。
街灯のスポットライトを浴びる、真っ赤な学生服の青年を見つけた。
一日ぶりの出会いである。

「ピチカがいうことをきかない。どうすればいい?」

「えっ?」

「ずっと、ピカピカとかチュウチュウとかしか言わなくて、困ってるんだ。
 そもそも何を喋ってるのかも分からないし。
 きっと野生で暮らしてたから、人間の言葉がまだ……」

「ちょっとまって! え? 何? いきなり何? 何の話?」

いきなりシオンに声をかけられ青年は困惑しているらしい。その様子が変に可愛らしく見えた。
シオンよりも背は高く、肩幅も広く、声も低い青年であったが、
彼の女性めいた物腰が外見の印象とのギャップを作った。
シオンはポケットからモンスターボールを取り出し、青年に見せつけてやる。

「メスのピカチュウを俺の家に送ったのは、あなたですよね」

「うん。どうしてそう思う?」

「昨日、俺の名前を聞きましたよね。苗字を知っていれば住所が何処かぐらいは分かる。
 トキワシティでヤマブキは家だけだ」

「でも君のフルネーム知ってる人って沢山いるでしょ? 友達、一人もいないワケじゃあるまいし」

そう言われると、シオンは返事に困り、沈黙した。
嘘を吐きたくはなかった。しかし、正直に答えたくもなかった。

「まさかっ……ああ、その、えっと、ごめんね」

「それより! どうやったらピチカは俺のいうこときいてくれますか?」

「ああ、そうだったね。知ってるかな?
 ポケモンを従わせるのに、一か月や一年もかける人っているんだよ」

「一年! うへぇ。マジですか? 五日間じゃ無理ですか? せっかくの俺の誕生日なんだけど」

「そうなんだ。おめでとう。でも無理だね。無茶苦茶言わないでよ」

「そうか。そんなものなのか?」

「トレーナーも楽じゃないのさ」

ふとシオンは思い出す。ピチカがいうことをきかない原因を。

「あっ! いや、そうじゃない! そうじゃなくって、ポケモンってのは、
 俺のピチカはやっぱり、捕まえた人のいうことしかきかないんじゃないですか?
 あなたのいうことじゃないからきかないとかじゃないんですか?」

「いやいやいや。捕まえたトレーナーのいうことならきく、とかそれって馬鹿の発想だろ」

「んなこたないです。だって、ポケモンは捕まえた人の仲間になるんですから」

「それはトレーナーが……いや、君が勝手にそう思い込んでいるだけじゃないか。
 ポケモンは人間を仲間だ、なんて風には考えない」

「でも普通だったらさ……」

「そもそも、そのピカチュウは恐らく僕のことを嫌ってるはずなんだ。君よりも僕の方が怖いはず」

「もしかして、思いっ切り引っ叩いたとか? それで泣かせたとか?」

「いや、別に。ただ普通にゲットしただけ」

「じゃあ結局やっぱりピチカはあなたのいうことしかきかないんだ」

「違う! 話、ちゃんと聞いてたのかよっ!」

「あなたがピチカをゲットしたんですよね?」

「そうだよ。だからこそピカチュウは僕のことが嫌いなんだ。僕のことを怨んでいるんだ。
 憎んでいるんだ。つまり君よりもずっと僕のいうことをきかない」

シオンは青年の言葉の意味がよく分からなかった。
それでも青年が正しくて、自分がおかしいのだと思った。
何かややこしくて難しい意味が込められている。と、いうことにした。

「ふぅん。でも、ピチカは俺のいうこともきかない。俺のポケモンとも言えませんよ」

「とか何とか言っちゃって。僕の捕まえたピカチュウにニックネームつけたの誰だっけ?」

「えっ? え、だって……こいつ、ピチカって名前じゃないんですか?」

「ピカチュウを捕まえて君の家に送ったのは確かに僕だ。君の推理どおりだ。
 でも、僕はピカチュウを一ミリも育ててないし、もちろん名前もつけてない。
 ピカチュウを飼ってた、っていうより少しの間だけ持ってた、って感じかな。
 だから勝手に命名してくれても全く問題ないからね」

「適当に名前をつけたわけじゃありません。
 こいつ、ピチカって名前にしか反応しませんでした。
 ピチカにピカコって呼んでもシカトされましたよ。
 だってピチカなんだから」

ボールを指してシオンは言った。
疑うかのように青年は眉をひそめる。

「ふむ……もしかして『おや』がいたポケモンなのかもしれないな」

「なるほど『親』が名前をつけたのか。イマイチな名前つけられて可哀想に。俺みたいだ」

「あはははっ! でも響きはいいよ。君の名前」

「それでですね。名前の話がしたいんじゃなくってですね。質問なんですけど、
 一体何をどのようにして、どうこうしたらポケモンは人間のいうことをきくようになるのですか?」

その質問こそ、シオンが青年を訪ねた目的であった。

「うーん。それ僕に訊くかぁ? それをやるのがポケモントレーナーのお仕事だよ。
 どうやったらピカチュウがいうことをきくのか。考えて実行するのは君の役目だ」

「でも俺、その方法が分からなかったから相談に来たワケで、教えていただきたいワケで……」

「たわけ! ポケモントレーナーならそれぐらい出来ないでどうする!
 この程度の事も人任せにするようならポケモントレーナーなんて名乗るな!」

「……なるほど。それが俺達のいる世界なんですね」

望んでいた答えを得られなかったが、シオンは清々しさを感じていた。
求めていた言葉以上に価値のある一言だった。
そして青年は昨晩よりもよくキレていた。

「もちろん協力はするよ。ポケモントレーナーは助け合いだ。
 僕も昔よく知らないトレーナーに困った時、助けてもらった。
 だから僕も困っている君にピカチュウをあげることにしたのさ。
 一人じゃどうしようもないことだったら、僕はシオン君に喜んで協力してあげる」

「助かります」

青年から嬉しい台詞が飛んできた。
それなのに、シオンは不安の最中にいた。
シオンを全力で嫌いっているピチカが、
シオンのいうことをきくようになる方法なんてこの世界に存在するのだろうか。
そしてその方法を自分ごときに見つけ出せるのだろうか。
明るい未来が見えなくなる予感がした。
しかし、にもかかわらず、
シオンは何故か、『まぁ一日考えればなんとかなるだろう』と思い至ってしまった。
答えを弾き出すために必要な、深く思案するという苦しみから逃げ出したのだ。
そして、それは無意識だった。

「……」

「……」

「……し、しっかし、トレーナーになるのも大変なんですね。
 ポケモン捕まえるだけでも一苦労なんだから、ポケモンマスターになる頃は俺も爺さんですよ」

「トレーナーになるだけなら楽勝だよ。ポケモンなんて捕まえなくてもいい」

「どうやって?」

「トレーナーカードさえ持ってればいいんだ。あれ、自分がトレーナーですって示すものだし。
 逆に言うとトレーナーカード持ってなかったら、
 ポケモン持っててもポケモントレーナーじゃないから」

シオンは暗い表情をして、顔を落として、黙り込んだ。
一瞬、静けさが支配し、青年は察した。

「えっ? マジかよ」

「マジです」

「そ、それは困ったね」

「どうすりゃいいのさ」

「カードを手に入れるには、お金がいるね。
 それに、未成年だしまずは親に認めてもらえないとね」

その一言がシオンを絶望の淵へと叩き落とす。

「それはつまり俺にポケモントレーナーあきらめろってことか!」

「なんでそうなる! 親を説得する、ってのが君の次の目的になるんだ。
 大丈夫。頑張って想いを伝えればきっと上手くいくよ!」

「いえ無理です。そんな都合のいい話はありません。もう何度も色々と試してますけど無駄でした。
 とんでもなく厳しい世の中ほど、あの男は甘くありません」

なんとかしてトレーナーカードを入手できないものか。
シオンは頭を使った。
父親の財布をなんとかして奪う。無理なら実家のプラズマテレビを勝手に売る。
なんとか変装して二十歳と誤魔化す。大勢を騙す必要がなければ可能だろう。
シオンは普通ならば誰もがやらないようなことを『嫌だな』と思いつつも覚悟をしていた。

「ひょっとして君の親って……」

「家は父さんだけなんです」

「そうなんだ。嫌な野郎なのかい?」

「ド悪党です」

「もっと詳しく」

「と、いいますと?」

「トレーナーカードを君に渡さない理由があるとしたら、それは何だと思う?
 何かお父さんに、何か言われなかったかい?」

シオンはカントにトレーナーカードを譲ってくれと土下座した覚えはない。
そこで、シオンはカントが自分にポケモンを譲ってくれない理由を思い返した。

「……何か、言ってましたね。えっと、ポケモンが可哀想だとか。
 あと、俺にポケモンに迷惑をかけるような人間になってほしくないとか、
 そんな感じの妄言をぬかしてましたよ」

「なるほどね。プラズマ団タイプか」

「プラーズマー」

「うん。プラズマ団。イッシュ地方にいた悪党どもさ」

「そういえばイッシュ地方出身なんでしたよね?」

「違う! ホッタ・シュウイチって名前が、っぽいだけで、僕はカントー出身だ!」

「そんな名前だったっけ? ところで、プラズマ団って何?」

「知らないのかよ! ……他人のポケモンを勝手に逃がす泥棒まがいの連中さ」

「なるほど、そいつはド悪党ですね。まるで俺の父さんみたいな……同じだ。
 同じような悪党なんだ。そのプラズマ団ってのと家の父さんは」

シオンは世紀の大発見をしたつもりになった。胸が高鳴る。

「そうかな? ……ああ、そうだね。うん。大体同じだ」

「そうですよ。ポケモンを勝手に逃がすのも、ポケモンをゲットさせてくれないのも、
 人からポケモンを離れ離れにするという点においては同じことなんだ」

シオンの声は自然と張り上がっていた。

「うん。でも、だからって何かあるわけ?」

「悪党ということは退治されたはずですよね? プラズマは」

「そうだよ」

「要するにだ。プラズマ団と父さんは同じ。そしてプラズマ団は退治されている。
 つまり、父さんはプラズマ団と同じ方法で退治することが出来る!」

シオンは嬉しそうに颯爽と語る。
青年は呆れたようなため息を吐いてから、冷たく言った。

「……それって屁理屈じゃない? どう考えても」

「いいから、いいから!」

「うんとね。何だったかな。真実と理想が闘ったんだ。
 それで、真実が勝った。これでプラズマ団は敗北」

青年の言葉の意味がシオンにはよく分からなかった。
それでも半ば強引に解釈した。

「ふぅん。ははぁん。なぁるほどぉ。じゃあ、父さんはプラズマ団と同じド悪党だから理想。
 つまり相反する俺は真実! イケる! 特に何もしなくてもイケる!」

「うーん、いや、本当に? 本当にそうかな?」

「うん。本当にそう」

「じゃあ聞くよ?
 確か君のお父さんは『君の持っているポケモンが可哀想』って言ってたんだよね。
 それって嘘? 本当?」

ピチカはシオンのいうことをきかない。
ピチカはシオンから逃げようとしていた。
シオンはピチカを思いっきり引っ叩いて泣かせたことがある。
シオンの持っているピチカは誰が見ても可哀想と思うに違いなかった。

「……たぶん本当の事だと思う。父さんの言ってることは」

「ほれ、見たことか! お父さんが本当のことを主張してるワケだ。
 だったらお父さんが真実。本当は真実とほぼ同じ意味だからね。
 そして、その反対意見を言ってる君は理想にあたるわけだ。これじゃ、負けちゃうね」

「俺が理想……そういえば理想ばかり語ってるな。ポケモンマスターになりたいとか。
 もっとポケモントレーナーっぽくなりたいとか」

「きっと真実と理想は別物なんだよ。だから闘うんだ」

「思えば、負け続けの人生だったな」

「え? 何だって? 負け犬?」

真実が正しい現実で、理想が現実とは違う妄想なのだとシオンは考えた。
それは自分が間違いで父親が正しいということだった。
吐き気がした。
とにかくムカついた。
そして、だからこそシオンはカントに勝利したいと思った。

「要するに、なんとかして逆転すればいいんだ。
 俺が真実に、父さんが理想に。
 それが出来る逆転の発想があれば」

ほんの少しの間シオンは頭を使った。
しかし、なんとなく頭が痛くなってくるような予感がしたので、すぐに考えるのをあきらめた。
そしてシオンはすぐ青年に頼る。

「すいません、どうしたらいいと思います? 何をどうしたら逆転されるでしょうか?」

「逆転。つまり入れ替えればいいんだよ」

「わけが分からん!」

「……シオン君のポケモンが可哀想。これが本当だから困ってるんだ。
 だから、それが嘘になればいいんだよ。つまり?」

「……ピチカが俺のことを好きになってくれればいいんだ」

「そのとおり!」

青年が指をパチン!と鳴らした。
シオンの目的が決まった。






つづく?







後書?
果たしてシオン君はどうやってピチカさんに好きになってもらうのか?
そして作者は次回を書き上げられるのか?
次回!十章!『茶番』!
お楽しみに。


  [No.999] [十章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2012/06/12(Tue) 20:30:52   68clap [■この記事に拍手する] [Tweet]





『茶番』






その空間に突如ピカチュウが現れた。
シオンのピチカである。
小さな黄色の電気ネズミは、半ば寝ぼけつつ、キョロキョロ周囲を見渡している。
知らない何処かであった。

ピチカは今、森と森の間にはさまれて出来た、長い長い一本道にいた。
背の高い街灯と、その傍らに映る大きな光の水たまりが、道なりにどこまでも等間隔に並んでいた。
夜の時間でありながら、地面のほとんどが昼のように明るい。
見上げると、空は漆黒の色に塗りつぶされ、
その上に砂粒のような星屑が散りばめられている。永遠の輝きを放っていた。

揺れ動く空気がピチカの背中に触れた。
ドン、と重々しい音が響いて、それが足音だと分かった。
ハッとなって振り返る。
知らない生き物がいた。

黒とオレンジの縞模様が彩る太い四本足、柱のようにそびえ立つ。
ピチカが見上げる位の所に、白髪に覆われた獰猛な強面があった。
白髪はあごひげまで繋がり、その間から、上下に向き合う鋭利な骨をちらつかせる。
トキワの森では見ることのないポケモンであり、
ピチカにとっては得体の知れない巨大な怪物だった。
鋭い眼光と目が合った。
生存本能が肉体を突き動かし、ピチカはその場を飛びのいた。
その刹那、今さっきまで自分のいた空間から、ガチリと牙と牙の閉じる音が鳴った。
背中に冷や汗がにじみ出る。
そいつが空を噛み切った途端、戦慄を覚え、ピチカは四つん這いになって駆けだした。

逃げる。
逃げ惑う。
死に物狂いで手足を酷使した。死から逃れるために。
息は荒れ、体中が熱を帯び、今までで一番のスピードで走った。
疲れて、辛くて、苦しい気持ちだった。
それなのに、ピチカは必死で走っているつもりなのに、先ほどからずっと、
足音のような地響きが自分の真後ろからテンポよく聞こえてくるのだ。
怪物の気配がぴったりと自分の背後につきまとって来ている。

筋肉がちぎれるような痛みが走り、
激しい呼吸を何度も繰り返し、
そのうち体が壊れてしまうような気がしていた。
それでも恐怖はなかった。
死んでしまってもいいんじゃないかと思った。
早く楽になりたいと思う気持ちが、生きたいと思う本能に勝りつつあった。
いつ怪物に踏まれるのか、という楽しみにも似た緊張感が生まれた。

夜がいきなり昼になった。
熱と光が一帯に降り注ぐ。
ピチカが顔を上げると、まばゆい夜空を太陽が横切っていた。
そして太陽は燃え盛る隕石に形を変え、ピチカの眼前に落ちてきた。
日が沈むと同時に爆音が轟く。
驚いてピチカは立ち止まってしまった。
熱風と強烈な光が襲いかかってきた。
吹き荒ぶ乾いた風の中で、ピチカはうっすらとまぶたを開く。
煌々と輝く火柱が立っていた。
暗闇の中で火柱は、悪魔の化身が笑うがごとく、ゆらゆら揺らめいていた。
ピチカはとにかくからからだった。
目の前の非日常になど興味は持てず、とにかく潤いたくって仕方なかった。
そして、目の前で火炎の塔は崩れ出す。
紅い閃光をまき散らしながら、縦だった炎が左右に燃え広がっていく。
そして炎の壁へと生まれ変わった。
夜から昼になって、今は夕方みたいな色が辺りを支配していた。
ピチカはもう逃げられない。

後を振り返るしかなかった。
予想通り、獰猛な怪物の凶悪な面があった。
怪物は、餌を前にしたかのような愉悦の笑みを浮かべていた。

呼吸が乱れ、疲労は限界に達していたが、恐怖心が紛れることはなかった。
怪物を前にした時、ピチカの恐怖心はハッキリとよみがえってしまった。
危機感で心さえわなわなと震えた。

たまらず頬に電気をためて、放出した。
ピチカの電気ショック。
夕焼け混じりの暗闇で、青白い閃光が瞬く間に乱れ飛ぶ。
怪物に電撃が走る。
弾ける火花と共に電流が怪物の全身を蛇のようにはいずり回った。
しかし、まるで、こうかがないみたいだ。
巨体は微動たりしなかった。
無言で無表情で、まばたきすらしていなかった。

得意の攻撃が全く効かない。
ピチカは無力と絶望を感じた。
怪物はピチカを見下ろしたまま、すうっと前足を上げる。
危険を察し、ピチカは身をひるがえして、跳躍した。したつもりだった。
しかし、体はいうことをきかない。体力が限界を超えていたのだ。
獣の太い足がピチカの背中に重くのしかかった。
硬い肉球と生温い地面にはさまれ、体が押し潰されそうになった。
ピチカの肉体は、ぐにゅっと歪み、窮屈そうな形をした。






シオンは木の影に隠れて、遠くの光景を見つめていた。
火柱が立つ。
電撃が光る。
ウィンディがシオンのピカチュウを踏んだ。
その瞬間を待っていた。
シオンは身を乗り出し、走り出す。

「やめろぉおっ!」

叫んだ。
全力で突っ走り、ウィンディ目掛けて、身を投げるようにぶつかっていった。
シオンのたいあたり。
こうかはないみたいだ。
その肉体は鉄のように堅く、重く、ウィンディは不動の姿勢を保っている。
しかし、その直後、ウィンディはたおれた。
ごろ寝でもするかのように横たわってしまった。
シオンの攻撃に効き目があったかのように。

「ピチカ! 無事か! 大丈夫か! 怪我は無いか!」

シオンは声を荒らげ、ピチカに駆け寄り、ひざまずく。
ボロボロになった小さな体を、食い入るように見つめた。

ピチカはシオンをにらみながら、四足になってで後ずさる。
いかにも警戒している様子であった。

――グオオォッ!

地響きにも似た、しゃがれ声の遠吠えが唸った。
シオンの背中に硬いゴムのような感触が突っついてきた。
ウィンディの前足が突いているのだと分かるなり、シオンは大袈裟に痛がってみせた。

「うぐおぉおお!」

悲鳴を上げるかのように叫んだ。
ピチカは目を丸くしながらシオンを見て、身を小刻みに震わせた。
恐れおののいているであろうピチカを、シオンは有無を言わさず胸に抱えた。
ウィンディの弱い攻撃が当たらないよう、身を盾にしてピチカを攻撃から防いだ。

「ピチカ……っここは、ぐふっ、危険だ、がはっ! だから、俺が盾になって、うぐっ、
 るうち逃げほっ、ボールの中に隠れうぶっ、るんだ!」

ウィンディは親に構ってほしがる子のように、シオンの背中をトントン突いて揺らしていた。
シオンは体が揺れる度、吐くように悲鳴をあげた。
まるで暴力を受けているかのように、表情を苦痛の色に歪ませて見せた。

そして、ズボンのポケットからモンスターボールを取り出す。
赤と白の玉を前にし、ピチカは無言でじっと見つめた。
そして、小さな鼻で開閉ボタンを押すと、
黄色の電気ネズミは、鮮やかな鉄球の内部へと吸い込まれていった。
この場所からピチカの姿が消えた。

「ウィンディ! 止め!」

何処からともなく、ハッキリとした低い声が響く。
ウィンディがシオンの背中をさするのを止めた。
シオンが起き上がって振り返ると、真っ赤な学生服を着た大きな体格の青年がいた。
青年は、街灯の光と夜の闇との間にはさまれ、
天使なのか悪魔なのか分からないような不気味さをかもし出していた。
ホッタ・シュウイチだった。






「迫真の演技だったね」

シュウイチはシオンを見て言った。

「ええ。迫真の演技でしたね」

シオンはウィンディを見て言った。

――ウォン!

ウィンディはシュウイチになでられ、首を傾げながら、気持ち良さそうに目を細めていた。
笑っているような顔つきで、無造作に白髪をくしゃくしゃにされている。

「ね、シオン君。やってみてどうだった?」

シオンに近付き、シュウイチが尋ねる。

「うーん。どうも、手ごたえない感じでしたね。
 さすがにピチカも俺になつくのは、まだ時間がかかりそうです」

「そうじゃなくて。シオン君に罪悪感はないの?」

投げナイフのような一言が、シオンの胸に突き刺さる。
ドキッとした。
しかし、シオンは精神力でひるまない。

「……ありますよ、罪悪感なら。ピチカをだましてるわけだし。でも、それが何だっていうんですか?
 罪悪感が出来るからと言って、俺がポケモントレーナーをあきらめる理由にはなりませんよ」

力説した。シオンの決意表明だった。

「うん。さすが。そうだよね。そうでなきゃ、
 あんな方法でポケモンに好かれようだなんて思いついたりはしない。実行だって出来ない」

「あー……いや、あれ思いついたの俺じゃないですよ」

シオンは、困りつつもキッパリと言った。

「へえ。じゃあ、誰から聞いたの?」

「聞いた、というより見た、だと思います」

「ふむ。それはつまり?」

「テレビアニメでやってました」

「……うん」

興味を持ったのかシュウイチのあいづちに力がこもっていた。

「確かですね。アニメの最初の話で、トレーナーがピカチュウをもらうんですけど、
 こいつが全然いうことをきいてくれないわけですよ。
 で、まぁなんやかんや色々ありまして、
 トレーナーとピカチュウは鳥ポケモンの大群に襲われるわけです。
 その時に、鳥ポケモンの攻撃からピカチュウを守ろうと、
 トレーナーが身を盾にしてかばうわけです。
 どうも、この行動がきっかけで、ピカチュウはトレーナーのことを信頼し始めた、
 ってなわけだったんですねぇ」

「……ほほぉ。なるほどねぇ」

シュウイチは輝いた目をして言った。感心しているのだと分かった。

「そのアニメなら僕も昔、見てたよ。懐かしいなぁ。しかし、なるほど。そうか、それでそんな方法を」

「はい」

「いや、でも実に考えられた作戦だったと思うな。
 まず君と君のピカチュウが何者かに襲われるようなシチュエーションなんて滅多にありえないからね。
 わざわざ敵がうろつくような危険なところに行くとか、
 今、君がしたみたいに人為的に作り出すとかしない限りはね」

「はい」

シュウイチが満足げに語り、腕を組む姿をシオンは茫然と眺めた。
生温い夜風がゆったりと流れ込んていた。
無言で男二人が見つめ合うという状況が嫌だったので、
シオンは無理矢理訊きたいことをひねり出す。

「あっ! そうだ。それより、そっちこそ罪悪感ないんですか?」

「え? 僕が? どうして? 何か悪いことした?」

「してるじゃないですか。見張りの仕事場から離れて、こんな所までふらっと来てる」

「ああ。なんだ、そんなことか。いいんだよ。
 こんな真夜中に街から出ていこうなんて考えるトレーナーはいないさ。
 仮にトレーナーが通ったとしても、
 結局この二番道路でここにいる僕とバッタリ出くわすワケだから全然大丈夫なのさ」

シュウイチは当たり前のことのように振舞った。
本当に罪悪感がないみたいだった。
それを見て、シオンも悪びれずに頼みごとをした。

「そうですか。それは良かった。
 それじゃあ、シュウイチさんも、あなたのウィンディと一緒に手伝ってくださいよ」

「手伝う? 何を? っていうか、まだ何かする気なの?」

「もちろんですとも」

当然のようにシオンは言う。

「そもそも『ピチカが俺のことを好きになってくれる』、なんて目標はただの過程にすぎない。
 真の目的は『ピチカが俺のいうことをきくようになる』ことですから」

「ああ、そういえばそうだったね。そんなこと言ってた。でも、じゃあ、何か策でもあるの?
 言っとくけど僕でさえ、ポケモンをメイドさんに仕立てることなんて出来ないんだよ」

「メイドさん? 何の話ですか?」

「いうこときかせるんでしょ?」

「……そういうことじゃありませんよ。そこまでポケモンに求めてない。
 ただ、せめてポケモンバトルくらい出来るようになりたいなぁ、と思っておりまして……」

「そうかい。それならイケるね。で、どんな作戦?」

「えーとですね、まずですね、ピチカが四つの技名を日本語で理解しなきゃならない。
 それから、俺をもっと信頼、信用してくれなきゃならない。
 この二つが大事なワケだから……」

シオンは作戦の旨を伝え始めた。
継ぎ接ぎな説明であった。
要望は多かった。
それでもシュウイチは承諾した。
夜はまだ終わらない。








つづく?




後書
遅筆すぎると、書いてる途中で飽きて来るんですよね。
面倒臭くなって、何で趣味で嫌な思いしなきゃならないんだって感じになって、
「まぁこれでいいか」って言って、納得いかない出来のまま出しちゃうんですよね。
どっちみち、納得のいく作品なんて作れやしないのですけれども。
次回も茶番の続きの予定です。


  [No.1000] [十一章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2012/06/17(Sun) 02:57:33   74clap [■この記事に拍手する] [Tweet]






『続・茶番』






「準備はいいですか?」

シオンは不安な面持ちで尋ねた。

「いつでもどうぞ」

――ウォン!

一人と一匹が軽い声で返した。
普段通りのシュウイチとウィンディを見ると、
シオンの固くなった体はほぐれていくようだった。
平常心を意識して、空気を浅く吸い込んだ。

「それじゃあ、作戦を始めますよ」

シオンはモンスターボールを手に取った。
そして、地面に叩きつける。

「いくぞ、ピチカ」

叩き落とした鉄球が割れ、閃光がほとばしる。
同時に、小さな電気ネズミがシオンの足元に姿を現した。
モンスターボールはスーパーボールのように跳ね返り、
シオンの手の平に戻って来た。


――グォォオ!!

ピチカが現れた瞬間、ウィンディは凶暴な姿に豹変し、大きく吠えて威嚇をした。
恐れをなしたのか、ピチカは三歩だけ後に下がる。
それからピチカは顔を上げ、すがるような目付きでシオンをじっと見つめた。
ふいに、シオンの胸は熱くなった。
自分のポケモンに頼られたと悟り、思わず感動を覚えていた。
気持ちの高揚を感じた。
しかしシオンは、グッとこらえて、何もしない。
不本意ながら、ピチカの期待に答えることは出来なかった。
そういう作戦だった。

「ぐえっへっへっへっ! 愚かなるドブネズミと無職の親不孝者め!
 世のため、そして社会のために貴様らを消し去ってくれるわ!」

シュウイチが悪者になって、正論を唱えた。
下劣な笑みを浮かべる野蛮な大根役者だった。

エリートトレーナーのシュウイチが勝負をしかけてきた。





1ターン目

「ピチカ、でんきショック」

シオンが言った。
ピチカは何もしない。
おびえているようだ。
シオンはシュウイチに目配せした。

「ウィンディ。やれ」

シュウイチが言った。
ウィンディが前足でピチカを引っ叩く。
ピチカの表情が苦痛の色を見せる。
涙は流れなかった。

2ターン目

「ピチカ。でんきショックだ」

ピチカは逃げる……駄目だ、逃げられない。
ウィンディに回りこまれてしまった。
そして叩かれる。
パチンといい音が鳴った。

3ターン目

「でんきショックを撃つんだ!」

ピチカのでんきショック。
ウィンディに閃光が走る。
電撃に巨体はもだえ苦しむ。
効果は抜群だ。

「そうだ、それがでんきショックだ」

シオンは満足げに言った。
今回、ウィンディは、ピチカをぶたなかった。

4ターン目

「よし次だ。ピチカ、しっぽをふる」

シオンが言った。
ピチカはいうことをきかない。
ピチカは命令を無視した。
ピチカのでんきショック。
先ほどと同じ技だ。
ウィンディは無表情、微動だにしない。
効果は無いみたいだ。

「ウィンディ、分かってるな」

シュウイチが言った。
ウィンディはピチカを引っ叩く。
まるで子供を叱るように。

5ターン目

「ピチカ。しっぽをふる、だ」

ピチカは命令を無視した。
ピチカのでんじは。
効果は無いみたいだ。
ウィンディはクラボのみを頬張っている。
ヤマブキ家の庭で実ったものだ。
そしてピチカは、ウィンディに叩かれる。

6ターン目

「よく見ろピチカ! これがしっぽをふるだ!」

シオンは尻を振りながら言った。
ピチカが一瞬、チラリと冷ややかな視線を送る。
羞恥心を抱えながらも、ピチカに想いが伝わると信じ、
シオンはひたすらに尻を振り続けた。
ピチカのでんこうせっか。
ウィンディに効果は無いみたいだ。
常時よりも強く、ウィンディは引っ叩いた。
ピチカは短く悲鳴を上げた。

7ターン目

「しっぽをふる!」

シオンは素早くで尻を振って、言った。
ようやく、ピチカのしっぽをふる。
防御力を下げるだけ技だった。
ウィンディは苦虫を噛んだように表情をこわばらせ、足元はぐらつき、
体制を歪めながら苦悶の声をあげていた。
効果は抜群だ。
ウィンディはうめきながら、ある一点を見つめていた。
その視線の先にはシュウイチがいる。
赤い学生服の青年は白目を向いて、四つん這いになって、「うー、うー」とうめいていた。
ウィンディはトレーナーの真似をしているにすぎない。

「いいぞピチカ。それがしっぽをふるだ」

ピチカの体にしみ込ませるつもりで、シオンはゆっくりと言った。
この時もウィンディはピチカをぶたなかった。

8ターン目

「次。ピチカ、でんこうせっか!」

ピチカはシオンの命令を無視した。
ピチカのしっぽをふる。
効果は無いみたいだ。
ウィンディは平気な顔をして、ピチカをまた叩いた。

9ターン目

「でんこうせっか!」

ピチカのでんきショック。
効果は無いみたいだ。
ウィンディが腕を振るう。
罰せられるように、ピチカはまた叩かれた。

10ターン目

「ピチカ。ちょっと見てろ」

シオンはシュウイチ目掛けて突っ走る。
シオンのたいあたり。
こうかはいまひとつのようだ。
鉄の壁にでもぶつかったかのような衝撃が、シオンは体中で味わう。
鋼と格闘タイプかと思われる男だった。
シュウイチは微動たりしていない。

「ピチカ、これがでんこうせっかだ! やれ!」

シオンを見ていたピチカは、ウィンディに目を戻す。
ピチカのでんこうせっか。
ウィンディに3のダメージ。
効果は今一つのようだ。
しかし、シュウイチが苦しむ合図を送ったので、ウィンディに効果は抜群だ。

「よぉし! いいぞ、それがでんこうせっかだ」

覚えろよ、とでも言うように言った。
ウィンディからの攻撃はなかった。

11ターン目

「じゃあ、さっきやった、しっぽをふる!」

出来て当然だよな、とでも言うように言った。
ピチカのしっぽをふる。
ウィンディがまた膝をついて、また辛そうにうめいた。

シオンはピチカが「しっぽをふる」という言葉の意味を理解したと受け取る。
残る技は三つ。

12ターン目

「次、でんこうせっか!」

ピチカのでんこうせっか。
素早い一撃だった。
ウィンディは横たわり、苦しそうな声を吐き続けた。
なんだかウィンディの演技がわざとらしく見えた。
効果は抜群のようだ。

シオンはピチカが「でんこうせっか」という言葉の意味を理解したと受け取る。
残る技は二つ。

13ターン目

「でんきショック!」

ピチカが顔を上げ、シオンを見入る。
シオンは尻も振っていなければ、誰かに体当たりをするワケでもなく、ただ突っ立っていた。
電撃を撃てないからだ。

ピチカのでんじは。
ウィンディは再びクラボのみを頬張る。
こうかはないみたいだ。
そしてピチカは叩かれる。
未だ、ピチカがやられる気配は見当たらない。

14ターン目

「違うそうじゃない、でんきショックだ」

「しっぽをふる」でもなく「でんこうせっか」でもない。
今使った技に効果は無かった。

ピチカのでんきショック。
恐らく効果は抜群だ。
ウィンディは横になるとゴロゴロ転がり始めた。
随分と大雑把な演技に変わり果てていた。
とてもピチカにやられているようには見えない。

「いいぞ、ピチカ」

シオンはポケモンに対し、日本語でねぎらいの言葉を送った。
それでも、たしかにシオンの声からは、喜びの波動が溶け込んでいた。

15ターン目

「それじゃ、でんじは!」

しばらく間を開けてから、ピチカは撃った。
ピチカのでんじは。
ウィンディは痺れて動けない。
仰向けになったまま、ひくひく震えた。

シオンはピチカが「でんじは」という言葉の意味を理解したと受け取る。
残る技は一つ。

16ターン目

「しっぽをふる!」

念のための確認としてシオンは指示を下した。
ピチカのしっぽをふる。
シオンは安心した。

ウィンディは横になった状態で、目をつむっていた。
ウィンディのねむる。
どう見ても、しっぽをふるの効果は抜群じゃない
どうやら演技が面倒臭くなったようだ。
シオンは不安になった。

「うぐはぁっ!」

どこからともなく吐くような叫びが響いた。
その声でシオンは、すぐ側にシュウイチがいたことを思い出した。
ウィンディに命令を無視された今も、
シュウイチは必死になって苦悶のジェスチャーを送り続けていた。

シオンは閃いた。

17ターン目

「とどめ、でんきショックだ!」

シオンはシュウイチを指して言った。
ピチカのでんきショック。
シュウイチに光が放たれた。

「うぐおおおっっ!」

どう見ても効果は抜群だ。
シュウイチは無駄に大袈裟な悲鳴を上げて、迫真の演技を披露してみせた。

シオンはピチカが「でんきショック」という言葉の意味を理解したと受け取る。
ピチカはピチカの使える全て技の名前を覚えた。シオンはそういうことにしておいた。

体から煙を上げるシュウイチに向かって、シオンは中指だけを立てた右手を見せつけた。
もう十分だ、という合図だった。
シュウイチがうなずくと、絶叫をあげた。

「うぐぉおおおおおお! おのれっ! 愚かなる人間どもめえ!
 だが、忘れるなよ。光ある限り闇は潰えぬ!
 この世に闇がある限り、俺は何度でも蘇るのだぁああ! ……ばたっ」

何やらわけのわからぬことを言い残し、シュウイチは倒れた。
ウィンディのねむるは、きっと瀕死のふりに違いないとシオンは決めつけた。
ウィンディはたおれた。
エリートトレーナーのシュウイチとの勝負に勝った。





「やった! やったぞピチカ! うおっしゃああ!」

静まり返った夜の空気に、偽物の歓声はよく響き渡った。
シオンは大袈裟にガッツポーズを決めると、気持ちの勢いに乗って、ピチカを抱き上げた。
嬉しそうに笑った表情を作り上げると、細くした瞳の向こうでピチカの様子を冷静に観察した。
ピチカはほんの少しも笑みを浮かべず、無表情でシオンの瞳と見つめ合っていた。
まるで人形のように動じず、ただ小さな呼吸を繰り返している。
それを見て、シオンは顔をくしゃくしゃにして本当の笑顔を作ってみせた。
ピチカは闘う体力がまだ残っているにも関わらず、
シオンに反抗しようとも、シオンから逃げ出そうともしていなかった。
シオンに抱きつかれる行為をピチカは受け入れていた。
作戦は大成功だと思った。

「とにかく今日は疲れたろ! おつかれ! よくやったピチカ!
 後はボールに戻ってゆっくり休んでくれ!」

本当はピチカを肩に乗せて帰宅したかった。
そして、もっと自分を好きになってもらおうと思っていた。
しかし、シオンは問答無用でピチカをモンスターボールに閉じ込めてやった。
いつまでも、一人と一匹に死んだふりをさせておくわけにはいかない。
シオンの恩人だったからだ。



「まったく。お芝居も難しいもんなんだねぇ」

「よっこらしょ」、とシュウイチは立ち上がると、赤い服に付いた土を軽く叩いて払い落す。
そんな主の元へ、起き上がったウィンディは早足で向かって行く。
体中の体毛をゆっさゆっさ揺らしながらトコトコと駆け寄っていた。
シオンはシュウイチと向かい合うと、頭を下げて、お礼をした。

「助かりました。おかげでピチカもかろうじて俺の命令に従ってくれました。
 本当に、ありがとうございます」

「ねぇシオン君。やっぱり、罪悪感はないの?」

予想外の質問だった。
電撃を浴びせた文句を言いに来るのだと思っていたからだ。
焦げくさい臭いが鼻につく。
逸れた意識を戻して、シオンは自分の罪悪感と向き合ってみた。

「……ありませんよ。全くありません」

嘘を吐いた。
悪者扱いを受ける覚悟を決めてから、シオンはきっぱり言い切った。

「これはただのポケモンバトルです」

「そうかな? 僕には体罰っぽく見えたけど」

「どこがですか。勝ち目のないバトルがポケモンに対しての罰ゲームに似てる、っていうアレですか?」

シオンは嘲笑うかのように言った。
悪役になりきろうとした。

「ピカチュウが君の言うことと違うことをすれば、ウィンディに叩かせたじゃない。あれじゃ体罰だよ」

「ものは言いようとはまさにこのことですね。
 ポケモンバトルっていうのはそういうものじゃないですか。
 トレーナーの指示を無視して、判断を誤ったのならば、
 ポケモンが痛い思いするのは至極当然でありましょうに」

シオンは冷たい態度で答えた。
シュウイチは穏やさを保ったまま質問を続ける。

「それだけじゃない。ピカチュウが君のいうとおりに動けば、
 ウィンディにわざわざ苦しむ演技をさせた。叩くのもこの時は止めさせたよね。
 自分でやってて何か嫌だな、って思わない?」

「いえ。相手のポケモンに有効な技を指示するのがトレーナーの役目です。
 なら俺のいうことが正しいと思い知らせてやる必要があります。
 まともにポケモンバトルの出来ないピチカには有効な調教法だったかと」

さも当然のように言った。
見えるものの全てを見下すような冷酷な目をしてみせた。
シュウイチは眉ひとつ動かしていない。
相変わらず温和な物腰のままだ。

「それならさ、ポケモンが好きなように闘えばいいじゃないか。
 君のいうことを無理にきかせなくてもいいじゃない。好きな技を使わせて、好きなように闘えば」

「駄目です。何、言ってるんですか? トレーナーの命令を聞いて、ポケモンがそれに従って闘う。
 これで初めてポケモンバトルと言えるんです。そういう競技でしょうに」

「だから、つまり、今のはただのポケモンバトルにすぎないと?」

「そのとおりです。これは体罰なんかじゃない。
 体罰っていうのは、いうこときかないポケモンにキレて引っ叩くようなクズに当てはめる言葉です。
 ウィンディが叩いて、ウィンディが演技して、ポケモンがポケモンの技を受けて体罰になるはずがない。
 よく見かける普通のポケモンバトルとなんら違いはありませんよ」

「……そうか。それはよかった」

シュウイチの急な言動の変化に、シオンはわけがわからなくなった。

「えっと、それはどういう?」

「安心したんだ。もしも君に少しでも罪悪感があるんだったら
 ポケモントレーナーになんて一生なれやしないからね」

「は、はあ? そんなことを気にしていたんですか」

シオンから肩の力が抜けた。
この時、初めて自分が強張っていたことに気が付く。
そしてトレーナーとして情けないことに、シオンはシュウイチに気を使われていた。

「でも、その様子ならトレーナーもやっていけるよね。
 それでさ、なんとかピカチュウとは仲良くやっていけそうかい?」

シオンは少し考えた。無意識に腕を組む。

「まだピチカが懐いたとは言えませんし、もっとやらなきゃならないこともあります。
 けど、ピチカは技の名前を理解しましたし、俺の命令どおりに動いてくれました。
 だからもうシュウイチさんの協力は必要ない……と思います」

「本当に大丈夫かぁ?」

「はい。一応いうことはきいてくれたし、ピチカも俺のこと嫌いじゃないみたいだし、
 たぶんなんとかなるはずです。
 ……俺の誕生日までには必ずポケモントレーナーになってみせますよ」

迷ったり、悩んだりしないよう、シオンはハッキリと断言した。

「ふぅん。そっか。じゃ、帰るか」

「はい、なんか色々とお世話になりました」

「うん。あと今度さ、君に申し込んでもいいかな。普通のポケモンバトルを」

「はい。是非とも。お手柔らかにお願いしますよ」

まるで、シオンがこれからポケモントレーナーになれるのだと決まっているかのように二人は語った。
漠然とした予定を話し合いながら帰り道を辿る。他愛のない会話だった。
街灯の照らす明るい夜道を通り抜けて、シオンとシュウイチは眠るトキワシティへと歩んで行った。








つづく?





後書
いろいろと変なところがあるような気はしている。
でも、とにかく書きあげられたからヨシとする。


  [No.1014] [十二章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2012/07/21(Sat) 22:14:28   82clap [■この記事に拍手する] [Tweet]






『二人の執着心』




ヤマブキ家の居間で、二人と二匹は集まった。

朝焼けの射す窓際の一角にて、二匹のポケモンがじゃれ合っている。
ピカチュウのピチカとイーブイのイヌである。
小さな体の二匹は互いに身を寄せ合い、甲高い声で嬉しそうに鳴き、
ふざけ合うようにしてたわむれている。
ふにふにした肉付きのピチカと、もふもふした体毛のイヌが抱き合って、
薄緑の畳の上をゴロゴロと転がり回っていた。

その様子を見て、男が一人、腹をすかせた獣のようにうめく。
ちゃぶ台の上に身を置く、藍染の浴衣をまとった中年の男だ。

「これは一体何だ? 一体何が起きている? 答えろ、シオン」

男は顔面に鬼の形相を張り付けていた。
額に青筋、眉間に亀裂、ギラついた瞳の鋭い眼差しがシオンの目玉を突き刺した。
どう見てもヤマブキ・カントは怒り狂っていたが、
ヤマブキ・シオンは眉一つ微動だにさせなかった。

「見て、何が起きているのか分からないのか? イーブイとピカチュウが遊んでるんだよ、父さん」

「そりゃ分かるが、そういうことじゃねぇ。
 だから、どうしてこんなことが起きているんだって訊いてるんだ」

「それは俺が二匹を遊ばせてやったからさ。父さんが居なかったり、寝ている隙だとかにね」

カントが訝しげにクッと目を細めた。

「……で、そのピカチュウは何なんだ? 家にいる理由は何だ?」

「もう分かってるはずなんだけどな。でも、一応教えてやる。戻れ、ピチカ!」

ふいに名前を呼ばれ、ピカチュウのピチカは、
背を向けたまま、ピンと耳を立てる。
そしてピチカは振り返り、くりくりの瞳がシオンの顔を見つけると、大急ぎで駆け寄ってきた。

「こうゆうことだ」

あぐらをかいたシオンの膝元を、ピチカが身を寄せるようにして座り込む。

「俺はピチカを手に入れたんだ。父さんのイヌみたいにね」

そのイヌに目をやると、ピチカという遊び相手を失い、オロオロとふらつきまわっていた。
しばらくして、イヌはちゃぶ台の下に潜り込み、その場で居眠りを始めた。
黒真珠の瞳を閉じ、ウサギの耳を垂らし、大きな筆の尻尾を抱くようにして陰りの中を寝そべっている。
天使のようなポケモンが眠るその上で、赤鬼のようなトレーナーが目を血走らせていた。

「愚か者め! とうとうポケモンに手を出しやがったな。罰当たりなことを!
 いいかシオン、お前がやったことはな、
 拉致とか誘拐とか言われる犯罪となんら変わりないんだぞ! 分かってるのか!」

カントの唾がシオンの顔に飛び散った。
気持ちが悪かった。

「随分と大袈裟な物言いだな。ポケモンゲットなんて、皆やってることじゃないか」

「たわけ! 言い訳する暇があんなら、さっさとそのピカチュウを今すぐ逃がしてこい!」

猛烈な反発の精神がシオンの中で生まれた。
カントの命令を受け入れるつもりは微塵もなく、
居心地の悪さを感じながら、シオンは丁寧に言い訳をした。

「俺はポケモンを逃がすために捕まえたんじゃない。
 ポケモントレーナーになるために捕まえたんだ。だからそんなこと出来ない」

「お前の都合なんか知るか! 黙ってピカチュウをトキワの森に帰してこい!」

「じゃあ聞くけど、どうして俺が俺のピチカを逃がさなきゃいけないんだ。理由を教えてくれよ。分かるように」

「それは、そのピカチュウが可哀想だからだ。お前のような邪悪な外道をトレーナーに持って、
 そのピカチュウが嫌がっていないワケないだろうに」

嘲るような言い方だった。
カントの見下すような瞳に対して、シオンはピチカの頭上を愛でるように撫でつけて見せた。
ピチカの立っていた長い耳がたれさがり、くすぐったそうに黄色い体をくねらせる。
ピチカの表情は見えなかったが、シオンの側から離れようとする気配は微塵も現れなかった。

「へぇー。これが俺を嫌がってるポケモンの態度なのか。ピチカは嫌がってるのか。
 でも父さん、俺にはとても逃げ出したがってるようには見えないけどなぁ」

カントは悔しそうにピチカをにらみ、次にシオンへ怒りをぶつけるようににらみつけた。

「……何をした?」

「え? いや、特に何もしてないけど」

「一体そのピカチュウに何をした! 何もしていないワケないだろう!」

カントが声を荒げる。呆気にとられつつも、シオンは、ピチカと出会ってからの事を振り返ってみた。

「何したっけな……やったことといえば、トキワの森なんかでとれる木の実よりもはるかに上手い飯を食わせてやったり、
 父さんのイヌも含めて友達を作ってやったり……後は安心して眠れる住処を与えてやったってところだろうな。
 ま、大したことをしてはいないよ」

「やったことは、それだけか? それだけじゃないハズだろう?
 それだけじゃ、ピカチュウが完全に洗脳されてることに納得がいかねぇ」

内心ギクリとしたが、シオンは平然を装って受け流す。

「それだけだよ。洗脳とかワケ分からんし。んなことより、ピチカが俺に懐いているのは一目瞭然だろ。
 俺はもう既にポケモントレーナーも同然なんだよ。だから頼む、俺のトレーナーカード作ってくれよ。
 早くポケモントレーナーになりたいんだよ、俺は」

勢いよく頭を下げ、畳の上に額を打ちつける。もう幾度やったのか分からない、シオンの安っぽい土下座であった。

「そうか。トレーナーカードが目的か。……馬鹿者め、俺がお前をポケモントレーナーだと認めるワケねぇだろ!
 そしてそのピカチュウを逃がすんだ! 今すぐに!」

「だから何でそうなる! ピチカが俺を嫌がってないのは分かっただろ!
 どうして父さんは俺からポケモンを遠ざけようとするんだ。一体何が気に入らないんだよ」

イライラを吐きだすように、感情のままにシオンは叫ぶ。
カントからトレーナーを嫌悪するオーラが滲み出ていた。
しかし、その理由がシオンは全く分からない。納得のいく答えを期待し、耳を強く傾ける。

「よぉく考えてみろ。そのピカチュウはな、家族や友達と無理矢理離れ離れになってしまったんだぞ」

衝撃的の一言だった。しかし、その意味をすぐには理解出来ない。

「そのピカチュウにだって家族がいた。仲間だって、友達だっていたはずだ。
 それなのに、ピカチュウは自分の住処から無理矢理引き離された。
 家族からも、友達からも引き離された。お前のせいで、だ!」

「で、でもさ。……ピチカがそれでいいって思ってるんなら何も悪いことないんじゃないのか?
 ピチカが幸せなんだったら、それで別に……」

「確かに、そのピカチュウはお前を嫌がってはいないみたいだったな。
 だがな! 俺はピカチュウの父親が未だに子供の帰りを待ってるかと思うと、可哀想で仕方がないんだよ。
 ピカチュウの親も、ピカチュウの友達も、皆帰ってきてくれると信じて待ってるかもしれないんだぞ。
 そこにいるピカチュウの仲間のピカチュウ達の気持ちは一体どう責任とるっていうんだよ、お前は!」

無駄に感情のこもったカントの力説に、シオンは納得がいってしまった。
その言葉が真実だと思ってしまった。
敵の持論にもかかわらず正しいと思ってしまった。
危険を感じ取り、ついピチカをモンスターボールに戻してしまう。
ボールを握った手の平から冷たい汗がにじみ出てくる。
カントを認めてしまいそうな矢先、シオンの脳裏に天からの温かい光が差し込んできた。
父親を見返す台詞が見つかったのだ。

「そういう父さんこそ、イヌを持ってるじゃないか。逃がしてあげたらどうなんだよ。
 イーブイの仲間達が待ってるぞ。可哀想だろ?」

シオンは勝ち誇った。カントは押し黙った。
沈黙が流れる。
どんな事を言って追いうちをかけようか悩んでいる内に、カントが口を開いた。

「逃がしてやりたいのもやまやまなんだがな。
 イーブイってのは生息地不明のポケモンで、俺も何処に逃がしたらいいのか解らんのだ」

「は? 父さん、自分で捕まえたんじゃないの?」

「違えよ。捕まえた連中に聞くと企業秘密だとよ。
 マサラのオーキドにも頼んでみたんだが、カントーじゃイーブイの生息地不明だとか言われた。
 あの頃は今よりはるかにイーブイは珍しいみたいだからな」

「他の誰かがゲットしたってことか? じゃあ、父さんは一体どうやってゲットしたんだ?」

「イヌは捕まえたポケモンじゃない。
 ……タマムシシティのスロットの景品でコインと交換してもらった。だから生息地が分からん」

「うわ、ひっでえ! 要は金で買ったってワケか! 人間にして例えると人身売買ってヤツだ。
 よくもまぁ俺に誘拐だの拉致だのと、酷い犯罪者扱いしてくれたな。
 人のこと悪く言える立場じゃないのに」

シオンは汚いものを見るような目をして、反吐のように罵倒をかけてやった。
自分の父親を、見事なまでの偽善者だと思った。

「とにかく、俺はイヌを逃がすわけにはいかんのだ。
 別の種類のポケモンの巣窟にこいつを一匹落としていくなんて、余計心配になるだけだろうに。
 だからこいつは俺が保護する」

「ふぅん。でも理由なんて知ったことか。父さんは逃がさないくせに、俺にはピチカを逃がせだって?
 自分に出来ないことを俺にやらせようなんて腐った根性してるよな」

力説を一蹴。
弱ったカントは口をもごもごした。

「そ、それならばシオン。どうしたらピカチュウを逃がしてくれる?」

「父さん知ってるか? ポケモンってのは『どうぐ』じゃないんだ。『たいせつなもの』なんだ」

「どっちも物じゃねぇか」

「まぁ、最後まで聞いてくれ。『どうぐ』は使っても使わなくても捨てられるけれど、
 『たいせつなもの』っていうのは、何が何でも捨てることの出来ないアイテムなんだよ」

「……は? 何が言いたいんだお前? まどろっこしいぞ?」

「だーかーらー、ポケモンは捕まえることが出来ても、
 逃がすなんてことは絶対に出来ない! って言ってるんだよ」

「お前なぁ……そりゃ、ロケット団と同じだぞ」

「え? 何でいきなりロケット団?」

「ピカチュウの気持ちを無視して捕まえて、ピカチュウの気持ちを無視した理由で手放さない。
 トレーナーになるっつー自分本位すぎる目的のために、ポケモンの命を利用してやがる。
 ロケット団だろうが。このロケット団! さっさと警察に自首しろ!」

「けっ! そういう父さんはプラズマ団とそっくりだよな。
 ポケモンが可哀想なんて真っ当っぽい言葉を使ってるけど、
 結局のところ俺に迷惑かけたいだけじゃないのか。この屁理屈偽善犯罪者!」

「何でお前はそんな歪んだ発想しか出来ないんだ。
 俺はただお前にもっとポケモンの気持ちを尊重しろって言ってるんだよ」

「父さんは、ポケモンの気持ちより、俺の気持ちを尊重してくれよ。
 俺のトレーナーになりたい気持ち無視してるくせに、どうしてそんな説教が出来る?
 ふざけるなよ。さっきからそんな嫌な命令ばっかりすんなよ」

イライラしながら語ると、言い訳が返ってこなくなった。
またしてもカントは黙り込んでしまった。
しかし、シオンの気持ちを理解してくれたわけではない、とシオンは理解していた。
分からず屋の息子をどうすれば分からせてやれるのか、とでも考えているのだろう。
沈黙が続き、カントの呆れたようなため息が漏れてきた時、 シオンは一つの提案を持ちだした。

「いいアイディアがある」

「何だ? 言って見ろ」

「ポケモンバトルでケリをつけよう」

「……あ?」

「父さんがバトルで勝ったら、望み通り俺はピチカをトキワの森に逃がす。
 でも、父さんがバトルで負けたのなら、俺にトレーナーカードを渡して貰う。
 これなら文句はないだろう」

「ないわけねぇだろ! 俺にイヌを闘わせろっていうのか。ふざけんじゃねえ!
 命ある生き物に対して、命令して闘わせるなどと、なんと愚かな。罪悪感を知れ 、痴れ者!」

カントは本気で怒っていた。シオンは不思議に思った。
ポケモンバトルはトレーナーならばやって当然の行為であるのに、
それを許さないというカントの気持ちが全く理解できなかった。そして理解しようとも思わなかった。

「それでも、ポケモンバトルで決着をつけよう」

「駄目だ! どうして分からない?」

「ピチカの命運が、ポケモンの人生がかかってるんだ!
 ポケモン巻き込んでるくせに、ポケモンが傷つかないで済むワケがないだろ!」

シオンは勢いと気迫をこめて、屁理屈で誤魔化そうと試みる。
そもそも、ポケモンバトル以外の賭けでシオンはカントに勝てる見込みがないのだ。
相手はプロのギャンブラーなのだから。

「だから、そのポケモンを傷つかせないために、ポケモンを逃がせって言ってるんだ!
 ポケモンがよぉ、人間に命令されたから闘うとか、人間の力を使って生活していくとか、
 なんか間違ってるとしか思えねえんだよ!」

「理屈なんか知らない! 説教も聞かない!
 ピチカを逃がして欲しかったら、ポケモンで闘って勝ち取ってみせろよ!」

「んだと? トレーナーカードやらんぞ!」

「ピチカを逃がしてあげないぞ!」

二人は睨みあった。一歩も引かない、という意思の示すように。
カントを説得する方法があるのか疑わしかったが、
やがて、ふてくされたようにシオンは言った。

「父さんはいいよな。負けたってイヌと別れるワケでもないのに。
 俺だってピチカと離れ離れになんてなりたくないのに!」

「だから、なんだ? それがどうした?」

「自分だけ嫌な思いしないで済むなんて思うなよ!
 俺が夢も人生も大事なポケモンも賭けてバトルしようって言ってるのに、
 それなのに、未だ無傷でピチカを逃がしてもらえると思ってるのかよ。
 そんな都合よく、願いが叶うと思うな!
 ワケの分からん理屈ごねてないで、いい加減に覚悟を決めろ!」

シオンは思いの丈叫びきった。
突如、目の前の男の表情が、苦痛に耐えるかのように歪んだ。
歯噛みし、吐くのをこらえるような顔をして、カントはシオンから目をそらした。
それから自分の座るちゃぶ台の下を覗きこんだ。
浴衣の懐からモンスターボールを取り出すと、
カントの真下で眠りこんでいたイヌを、手の平の玉に吸い込んでしまった。
背筋を伸ばし、手中に収めた紅白の鉄球をじっと見つめる。
しばらくして、吐き捨てるような舌打ちが鳴り、カントが言った。

「シオン。お前は男だよな?」

「ああ。そうだよ」

「ならば、約束しろ。お前とピカチュウがポケモンバトルで敗北した暁には、ポケモントレーナーを止めるんだ。
 未来永劫あきらめると誓え」

脅迫じみた確認が、急にシオンに迫って来た。
思わず返事をためらってしまった。
夢を捨てることになるかもしれない。嫌だ。
しかし、ようやくトレーナーになれる目前までやって来たというのに、
あきらめるなんて出来そうにない。
ここまでの道のりを思い返し、よくよく考えてみると、
この程度の勝負も受けられずにしてポケモントレーナーになれるワケがない。
そんな結論を出すと、シオンは浅い呼吸をして、覚悟を決めて、声を絞り出す。

「誓うよ。約束する。俺がポケモンバトルで負けたらポケモントレーナーをあきらめるって」

とんでもないことを言い切ってしまった。
シオンはもう逃げられない。

「でも父さん。俺が勝ったら、俺をトレーナーだって認めてくれよ! トレーナーカード寄こせよ!」

「ああ、約束しよう。シオン、男に二言はないな」

「ない!」

「よろしい。ならば表へ出ろ」

カントがちゃぶ台の上から重い腰を上げた。
そしてイヌ入りのボールを携え、乱暴な足取りで部屋を去り、家の中からも出て行った。
玄関の扉が閉まる鈍い響きを最後に、シオンの空間から音が消え去った。
虚しい空気が訪れる。途端にシオンは力なく笑った。

「へへっ! ふへへへへっ!」

喉の奥から勝手に声が出てきた。シオンは気がふれたていた。

人生を賭けてしまった。夢を賭けてしまった。もしかしたら、という強い恐怖が襲ってくる。
シオンはもう逃げられない。失敗したら一貫の終わり。一線を越えてしまった。
狂わずにはいられない。
しかし、シオンの目には希望の光が映っていた。
ポケモンバトルを持ちだしたのには、理由があったのだ。

数日前からシオンは不思議に思っていたことがある。
どうしてカントのイヌは進化していないのか。
イーブイはトレーナーに懐いて、レベルアップすると進化するポケモンである。
そしてイヌは明らかにカントに懐いていた。
つまり、イヌはレベルアップのしていない弱いポケモンなのだと予測できる。
恐らく捕まえたばかりの幼いピチカでも勝てるくらいのレベルだ。そう予測した。

さらに、カントはポケモンバトルを避けようとしていた。
つまりポケモンバトルの経験が少ないのだ。
まだトレーナーにすらなっていないシオンよりも、ポケモンバトルの知識が劣っているレベルだ。そう予測した。

勝算があり、シオンは自分が勝利する姿を頭に思い描く事が出来ていた。
それでも、シオンに敗北の可能性がないワケではなく、相手が弱いというのも予測の領域にあった。
それでもシオンは自分とピチカを信じた。
信じるしかなかった。
もう逃げられないから、もう勝つしかないのだ。

シオンは立ち上がると、重い足取りで家の外を目指した。
最後の闘いの舞台へゆっくりと向かっていく。
人生を賭けた闘いの舞台へ。







つづく?






後書
余計なことを入れ過ぎて、無駄にダラダラ長くなってる気がします。
次からは、話の本題から脱線した内容を極力減らすよう心がけてみます。
でも、面白いかどうかなんて意識してないで、さっさと完結しろって感じです。
では、また次回。


  [No.1016] [十三章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2012/07/30(Mon) 01:17:47   76clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




13

『堕落』





深緑の屋根を被った木造建築がどこまでもずらりと連なっている。
並んだ屋根がギザギザ模様を形作り、その上から傾いた太陽が顔を覗かせた。
淡白な朝焼けが、トキワシティの住宅街を柔らかい光で照らし出す。

シオンが寝巻のまま玄関から出て来ると、うんと伸びをして、無味無臭の空気を鼻から吸い込んだ。
それからサンダルを鳴らし、ふらふらと歩いて、宿敵と向かい合う。
家々に挟まれた、石畳の広い一本道で、シオンはカントと対峙する。
浴衣姿に下駄をはいたカントは、離れて観察でもするかのようにシオンを睨んでいた。

「分かってるだろうが、負けたら、トレーナーやめろよ」

カントが念を押すように言った。

「そっちこそ、トレーナーカードの準備は出来てるんだろうな?」

シオンは抗うべく反論してみせた。

ふいに、冷めた春風が流れてきた。一瞬、服が肌にへばりつく。
触覚が活き返り、シオンはモンスターボールを握っていたことを思い出す。
軽く握りなおした。

「そろそろ始めないか?」

「ああ、そうだな」

カントの声を合図にし、親子そろってボールを天高くにかかげた。
振り下ろした腕から滑りぬけた鉄球は、石畳にコツンとぶつかり、光の中から手の平に帰って来た。

シオンの足元でレモンイエローの電気鼠が召喚された。
ピチカは腰の茶色い二本線とギザギザの尻尾をシオンに向けたまま、ジッと前だけ見つめている。
その視線の先には、仲の良かったカフェオレ色のポケモンがこちらの様子をうかがっていた。
巨大な筆の尻尾を揺らす、子犬系のポケモンは、ウサギの耳を立てて、
何かを訴えるように黒真珠の瞳を見開いている。

「ピチカ。ポケモンバトルだ。頼むぞ」

シオンは信じていた。
相手が親友でもピチカはやっつけてくれる、と。

――チュウ……。

味気ない弱弱しい鳴き声が返ってきた。

「おいシオン! そいつから攻撃させてこい!」

突然、カントの張り上げた声が投げられる。

「そりゃ助かるけど……何で?」

「イヌに無抵抗なポケモンを攻撃しろってのか? 俺はんなことさせたくねえ。
 だがよ、相手が襲ってきたってんなら話は別だ。応戦しねえわけにはいかねえよなあ」

シオンにはよくわからない理屈だった。
おかげで勝利に一歩近づく。
そして、シオンは、己の人生を賭けたポケモンバトルを開始した。

「ピチカ、でんじは!」

ピチカから周囲の空間へ、青白い光の亀裂が走る。
淡い色の電気エネルギーが震え、増殖し、一点に集まると、蜘蛛の巣を丸めたような球体を作り上げた。
グジャグジャした、砂嵐のように発光する『でんじは』の塊は、ピチカの尻尾に引っ叩かれ、
ビビビッとうなりながら、イヌに向かって飛んでいく。

「イヌ、シャドーボールを撃ってくれ!」

いきなり生まれた漆黒の闇が、愛らしいイヌの表情をヘルメットのように覆い隠した。
吸い込まれそうな黒いエネルギーは、イヌの首が振られると同時に放たれる。
小さなブラックホールが大砲から噴き出したみたいだった。
暗闇の弾が飛来する。

ピチカとイヌの間で、光の玉と闇の弾がすれ違った。
しかし、何もおこらない。
二つのエネルギーは交わることなく、標的へまっしぐらに突っ走る。

「来るぞ!」

漆黒の帯を引き、凶弾が迫る。
一瞬の間もなかった。
弾がピチカに触れる。
ボン!
重低音が短く響いた。
シオンの足元で黒い煙が立ち上る。
ふくれあがった煙の中から、ピチカは後方へと弾き飛ばされた。
あっという間に、彼方まで飛んでいく。
人間に思いっ切り蹴りあげられたサッカーボールのようだ。
小さな体は猛スピードで滑空し、水切りのように大地を何度も跳ね、
長らくスライディングしてから、ようやくピチカの動きは止まった。
横たわるピチカが小さく見える。くたびれたボロ雑巾のようだった。

「ピチカァ!」

シオンは悲鳴を上げるようにして名前を叫んだ。返事がない。

「終わったな」

勝ち誇ったカントの声に、シオンは思わず歯ぎしりをする。
そしてピチカを見つめて、祈った。頼むから立ってくれ、と。

――チュウ!

意気のいい声が聴こえた。
目線を戻すと、倒れていたピチカがもぞもぞとうごめいている。
立ち上がろうとしている。
体を重たそうにして、それでもよみがえらせようとしている。
ほとんどひんし状態の肉体を強い意思で突き動かしている。
倒れていたままでも不思議ではなかった。
しかし、ピチカは闘志を見せた。
終わりから絶体絶命へと、ピチカは力を込めて這い上がった。
胸が熱くなった。
絶対に勝たなくては!
シオンは拳を握り、強く勝利を誓った。

「イヌ、シャドーボールを!」

休む暇もなく、恐怖の一言が耳に押し寄せる。
飛来する球状の深い漆黒が目に飛び込んできた。
シオンを横切った、どす黒い絶望のその先に、立ちあがったピチカが待ち受ける。
その距離を見通して、シオンは次に何を指示すればよいのか、わかった。

「よけろピチカ!」

ミニチュアサイズのピチカが、闘牛士のごとくひらりと身をひるがえし、黒い弾をかわしてみせた。
命中率百パーセントの技は、ピチカの少し後ろで、煙となって消え去った。

「そんな馬鹿な!」

カントの驚きようから、ポケモンに対する知識の欠落さが滲み出ていた。
一見した所、シャドーボールは直線にしか撃てず、今のピチカに届くまでの距離が長すぎる。
よけられないはずがない。
『たいあたり』と同じように、距離が開くほど、命中率はあてにならない。

「イヌ、シャドーボールだ。何度でも!」

次から次へと黒い砲丸は放たれ、シオンの隣を通り過ぎて行った。
その全てをピチカは華麗にかわしてみせた。
ピチカの向こう側で、黒インクのような濃い黒煙が立ち上り、
積乱雲のように膨らんでから、空気に溶けるようにして消えていった。

「なるほど。要は遠すぎるってワケだな。だったらイヌ、ピカチュウとの距離を縮めてくれ。
 歩いて前に進むんだ……どうしたイヌ?」

イヌは動かなかった。怯えたように前足が震えている。
きた!
長らく待ち望んでいた、イヌの『からだがしびれてうごけない』瞬間が訪れる。
シオンはすかさず命令を下した。

「でんきショックだ!」

青白い閃光が瞬く。
彼方より、空間を切り裂く光の刃がほとばしった。
狙いの定まらぬ光の槍は、空中に亀裂を描いて、前へ前へと突き進む。

「逃げろイヌ!」

イヌの小さな四本の足は、床と一体化したかのように動いてくれない。
シオンの耳に熱を残して、雷は駆け抜けていく。
でんきショックがイヌに襲いかかる、その時だった。
青白い光の切先が、いきなり明滅を起こし、弾けて消滅した。
雷の頭から尾へと、流れるように火花をまき散らし、でんきショックは、跡形もなく消えてしまった。

「あっぶねえ! ラッキー!」

カントの喜びようから見て、イヌが何か仕掛けたというわけではないらしい。
でんきショックが届かない。つまり、それはピチカのパワー不足を示していた。
命中率が通用しない距離にいるのは、ピチカとて同じなのだ。
次の手を打つべく、しばらく頭を使った後、シオンはゾッと寒気がした。詰みだ。

でんきショックが届く距離ならば、シャドーボールはよけられないだろう。
しびれてうごけない瞬間に攻撃を仕掛けたとしても、
次の一撃をよけきれずに、ピチカは倒れると予測できる。
だから近付けない。
だから勝ち目がない。
もしも、ピチカがシャドーボールを相殺できるパワーを持っていればありがたかった。
たった一発の攻撃でイヌに勝てるというのならば良かった。
シオンの推測では、ピチカの攻撃は最低でも四発は当てなければイヌは倒せない。
その四発を当てる間、常に『イヌがしびれてうごけない』なんて都合のよい状況は期待できそうになかった。
現に、止まっていたイヌの足はもう動き始めている。

「よぉし。じゃ、イヌ、前に進んでくれ。近付いて、技を当てて、俺達の勝ちだ」

フサフサした体毛をなびかせて、小さな悪魔が一歩ずつこちらに迫り来る。
シオンに触れると爆破する導火線の火花ように、イヌはじわじわと這い寄り距離を縮めて来る。
気持ちが焦り、落ち着かなくなってきた。
この戦いで敗北すれば死よりも恐ろしい、生殺しの人生がシオンに待ち受けていた。
ポケモンが目の前にいる世界で、ポケモンと関わることが許されなくなってしまう。
大切にしていた希望の未来が全て奪い去られてしまう。そんなのは嫌だ。

なんとかしなければならない。
なにかしなければならない。
何をしなければならない?
どうすればいい?
俺は一体今から何をどうすればいいんだ?

苦しくなるほど悩んでいる内に、ふと、懐かしいという気持ちがこみ上げた。
シオンはこの焦燥感を、つい最近に経験したのを覚えている。
あの絶体絶命の瞬間を、自分はどうやって切り抜けようとしていただろうか。
トキワシティの外へ通してもらえなかった時。
都合よく目の前にボールが転がり落ちてきた時。
ピチカがいうことをきいてくれなかった時。
シオンは忘れていた記憶を呼び起こした。
必死にわるあがきをする自分の姿が目に浮かぶ。
燻ぶる闘志に再点火。
単純に勝利を欲し、飢え、渇望した。
勝ってやる!
何が何でも勝ってやる!
どんな手を使ってでも勝ってやる!

目下まで迫ってきていたイヌが視界に入る。
遠く離れたピチカでさえも攻撃のよけきれないであろう立ち位置だった。
イヌの背後をカントがのろのろとついて来る。
二人と二匹の立ち位置を脳裏で描いたその時、シオンの瞳に希望の光が射しこんだ。
勝利のために自分が出来る行為が、そこにはあった。

「イヌ、とどめのシャドーボール! 撃ってくれ!」

死刑を告げられた無罪の男の気持ちが分かったような気がした。
想像通りの言葉に、シオンは思わず鼻で笑った。
イヌは漆黒の砲丸を眼前に装弾し、標準をピチカに合わせ、引き金は絞られた。
黒い塊が走り出す。
途端にシオンが走り出す。

「おおおおっと! 足が滑ったあああっ!」

振り切った右足に軽い衝撃が響く。
シオンは飛来した黒い塊を全力で蹴り上げていた。
弾かれた黒い塊は、進行方向から逆走し、ビュンと風を切って、カントの顔面で爆裂した。
ばこん!
黒煙が一気に膨れ上がり、カントの上半身を覆い隠した。
そこへ、すかさずシオンの人差し指が突き付けられる。

「ピチカ、でんきショックだ!」

十分攻撃の届く距離までのこのことやってきた馬鹿な中年に向けて、恐怖の一言を浴びさせた。
シオンの後頭部をバチッと弾ける音が叩いた。
青い輝きの一閃が、瞬く間にシオンの隣を横切った。
空中に獣の牙をなぞったような切り傷の幻を残して、
横殴りの稲妻はカントの顔面に突き刺さった。
雷雲を身にまとった中年の怪物から、しゃがれ声の悲鳴が聞こえた。
畳みかけるようにシオンは大地を蹴り、走る勢いに乗って飛び跳ねた。

シオンのからてチョップ。
きゅうしょにあたった。
こうかはばつぐんだ。
いきおいあまってシオンはカントのぶつかった。
カントはたおれた。

小指の側面がヒリヒリ痛む。
黒煙の闇も電流の輝きも幻のように消えてなくなると、
眠るように気絶するカントの姿が現れた。
これでトレーナーの口を封じた。もう勝利したも同然だった。

ピチカに目をやると、気の緩んだ締まりのない表情で、そこに突っ立っていた。
未だ試合は終わっていない。
シオンは渇を入れるべく、叱るようにして最後の役目を命ずる。

「ピチカ! イヌを倒せ! とにかくイヌを倒せ!」

小さな二匹は見つめ合った。
一瞬、ためらったような間が出来た。
赤い頬が青く帯電した。
ピチカは獰猛な顔つきになって、奇声を上げながらイヌに飛び掛かった。

でんきショック、明滅する青白い電撃を浴びせる。
でんこうせっか、猛スピードで体をぶつける。
しっぽをふる、防御力を下げる技で攻撃する。
でんじは、効果はないみたいだ。
でたらめな技のオンパレードが、小さな体から、連続で絶え間なく繰り出される。
イヌは黙って、怒涛の猛攻撃を受け続けた。
無抵抗で、されるがままに、ただひたすら、無様にやられる時を待っている。
これがトレーナーに身も心も忠誠を誓った憐れなポケモンの末路だった。

イヌはいわゆる指示待ちポケモンである。
カントの命令がなければ、何をどうしてよいのかが分からないのだ。
自由に攻撃をして、良いのか駄目なのか、分からないのだ。
ポケモンがトレーナーを信頼した時、自由を失うことになる。
シオンは衝撃の真実を知ってしまったつもりになった。

友達を襲うピチカ。
一方的にやられるイヌ。
ああ、これがポケモンバトルなのか。
思っていたよりも、微笑ましい光景ではなかった。

電気の弾ける音を聴いている内に、イヌは力尽きて倒れた。
石畳の上でぐったりと眠るように突っ伏している。
その隣でピチカが勇ましく直立している。
実感はどこにも見当たらなかったが、確かにシオンの勝ちだった。
あまりにもあっけない勝利だった。

シオンは倒れた一人と、倒れた一匹を見下す。
その最中で、ふと思った。
こんな馬鹿げた勝ち方をして、カントにポケモントレーナーだと認めてもらえるのか。
心の奥がざわつき始める。
無性に恐怖が訪れる。
そして後悔した。

「だって、こうするしか、勝てなかったんだよ! 仕方ないだろ! くそ!」

腹いせに叫んだ。
苛立ちを解き放つように、恐れを振り払うように、シオンは声を張り上げてわめいた。
やってはならないことをやってしまった。
間違いなく間違いを犯してしていた。
今更、何もかもが手遅れだった。
もはや祈る他はない。








後書
ポケモンバトルはバイオレンスだが、バイオレンスはイケない。
何か所かアウトだと思って描写モドキの文章を消すことに。
痛みや苦しみの地の文は少々取扱注意だと思う。
これからはエログロがなくても気をつけて書くようにします。


  [No.1017] [十四章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2012/08/06(Mon) 23:56:29   61clap [■この記事に拍手する] [Tweet]







『ポケモントレーナーのシオン』





ガラス戸の向こうから射し込んだ日の光が、立方体の空間をほんのりと満たしていた。
畳の床もふすまの壁も若草色をした和室の中で、
親と子がちゃぶ台をはさみ、向かい合って座り込んでいた。

「おら、誕生日プレゼントだ。受け取れ」

黒いソファに深々と座るカントが、懐から何かを取り出すと、
年輪のハッキリしたちゃぶ台の上にバチン! と叩き落とした。
座布団の上にキチンと正座をして、シオンはまじまじと差し出された物体を観察する。
光沢のある白い長方形に、『シオン』という文字が見える。
名前の隣に『TRAINER'S CARD』と書かれてあった。
ゾッと鳥肌が立った。
長らく探し求めていた代物が、シオンの手が届く位置で、無防備にぽつんと佇んでいる。
たまらず、腕をそっと伸ばす。

「一応言っとくが、それ取ったら家から出て行けよな」

伸ばした手を、カードの触れる寸前でピタッと止めた。
何かとんでもないことを宣告された気がして、念のために訊き返す。

「え? 何? 何だって?」

「だから、それ取ったら家から出て行けって。今日から晴れて一人暮らしだ。良かったな」

一瞬、恐怖で頭が真っ白になる。
この家での暮らしを捨て、安心と安全を失い、これから自分の力で生きていく。
シオンはとても自分が出来る業とは思えなかった。
ためらいが生まれ、目の前のボールに手が出せなくなってしまう。

「どうした? 早く取れよ。いらないのか?」

カントの挑発的な問いにシオンは焦り、苦悩する。
生活かトレーナーか、どちらか一つを選ばなければならないようだった。
気がつけば、人生を賭けた深刻な問題になっている。
和室の中の空気が急に重苦しくなった。
何かヤバい取引でもしている気分だった。

「ちょっと待ってくれないか。父さん、何を言ってるんだ? 変なことを勝手に決めつけるなよ」

「文句があるのか?」

どすの利いた声がした。
刃物のような目付きから鋭い視線がシオンのまぶたに突き刺さる。
静かな怒りが漂ってきた。

「いや、別に文句があるってわけじゃないけど……」

シオンは、やや怖気ずいて言い訳をした。
先程のポケモンバトルで、シオンはカントを気絶させた後、ピチカにイヌをボコボコにさせた。
惨めな目に合わせたあげく、正攻法とはかけ離れた戦術を駆使し、あまりにも醜い勝利を掴んでいた。
そんな憎むべき相手にもかかわらず、謙虚にもカントはトレーナーカードを差し出してくれた。
感謝せねばならない立場でありながら、文句などを言ってしまえば、
カントの機嫌を損ねてしまい、トレーナーカードは没収されてしまうだろう。
しかし、シオンは我が家から去るつもりはなかった。
一人暮らしには苦しいイメージがつきまとって離れなかった。

「……どうして、家で暮らしながら、トレーナーをやっていっちゃ駄目なんだよ」

「あ? 甘えてんのか? 何、俺に頼ってんだよ。
 ポケモンに頼られなきゃならない存在になるんじゃねえのか?」

「まあそうなんだけど、なんていうか、実家暮らしでもトレーナー目指したって問題ないはずだろ。
 そもそも俺、まだ十五になったばっかだし、いきなり一人暮らしとか厳しくないか?」

シオンはカントの顔をうかがいながら尋ねる。
見上げると、亀裂の入った岩のように顔を強張らせた父の顔があった。
やはり怒っているようだ。

「おいシオン。お前は何を言っているんだ? まさか、もう忘れたのか?」

「何が? 何の話だよ?」

「お前言ったよな。高校進学をやめるって。それでポケモントレーナーを仕事にするって言ったよな?」

「……ああ、そういえば」

曖昧に記憶がよみがえる。
カントに「ポケモンを譲ってくれ!」と頼んだ時の話だった。
覚悟が決まっていたことさえシオンは忘れていた。

「なぁ、シオン。ひょっとしてお前、遊びでポケモントレーナーになるって言いやがったのか?」

「それは違う! 俺はポケモントレーナーを舐めちゃいない!」

馬鹿にされたと思い、ついムキになって叫んだ。
ポケモンに対しては真剣な人間であると、シオンは自分を信じていた。

「けどお前、ポケモンを育てるなんて大したワガママぬかしながら、俺を頼ろうとしてるじゃねえか。
 お前、本当は苦労するつもりなんてないだろ? リスク背負うつもりないだろ?
 自分で責任とってやるつもりなんてあんのか? どうなんだ、えぇ?」

「父さん。あんまり馬鹿にするなよ。俺をそんなふざけたクズのトレーナーと一緒にされちゃ困る」

ついムキになって反論した。

「だったら、なんでカード取らないんだ? さっさと取れよ。いらないのか?」

「え? ああ、いや、ちょっとボーっとしてただけだ。今とるよ、今」

没収されそうな雰囲気を感じ取り、シオンは慌てて、そっと手を伸ばした。
気は進まなかったが、このチャンスを逃してしまうわけにはいかない。
今までの苦労を無駄には出来なかった。

「ほら、取ったぞ」

トレーナーカードを掴んだと同時に、シオンは今まで持っていた大切な何かを手放してしまった。
夢が叶った瞬間、シオンは後悔した。
喜びはなく、不安ばかりがあふれてくる。
困難を乗り越えたばかりだというのに、再び苦行が訪れようとしていた。
ポケモントレーナーに休息はないのだろうか。

「それじゃあ俺、準備してくるから。今日中には出ていくから」

本当にこれでよかったのだろうか。
疑問と不安を抱えたままシオンは席を立つ。
手に入れたトレーナーの証を強く握り、忙しなく部屋を後にした。





衣食住の約束された安心生活を切り捨ててしまった。
明日からいきなりホームレスに成り下がってしまうかもしれない。
そんな恐怖が胸を縛りつける。
これが本当に現実なのか。まるで実感が湧いてこない。
今すぐ戻ってトレーナーカードを返せば、実家からの追放はまぬがれるだろう。
しかし、シオンにとっては、トレーナーをあきらめる方がずっと恐ろしかった。
必死で後を振り返らないようにして階段をのぼっていった。

気持ちが晴れないまま、二階にまでやってくると、
シオンは力の入らない手で自室のドアノブをひねる。

ほこり被った勉強机、ふとんのないベッド、ゲームソフトのつまった本棚、
そして巨大なクローゼットがシオンの目を引いた。
異世界にでも繋がっていそうな巨大な扉を開くと、
服のかかったハンガーの側面がびっしりと並んでいた。
ほとんどがカントの衣服である。
その中から一部をひったくると、シオンは寝巻を脱いで、着替えを始めた。


ダサいと思いながらも買った、真っ黒なTシャツに袖を通す。
シオンの胸元に、『IamPOKEMONTrainer!』の文字が現れる。
背中にはモンスターボールと若葉マークのプリントが描かれている。

新品の全く色あせない群青色のジーンズをはく。
いずれボロボロでヨレヨレのダメージジーンズにする予定であった。
デザインよりも、長年使いこんだという事実がカッコイイのだ。

腰にカントが使わなくなったの茶色いベルトを巻く。
へその下で銀の四角形が輝く。
高価なのか安物なのか分からない一品に、拾ってきたモンスターボールホルスターをひっかけた。
そこに光沢を放つ紅白の球が納まる。

「そういえば、俺は一人じゃないんだったな」

ボール内部で暮らす小さな相棒は何よりも心強く、シオンの不安を和らげてくれていた。

マスターボールみたいな紫の帽子を被った。
こめかみにピンクの丸、額の部分は白くMの文字が目立つ。
Mの文字が意味することはシオンにも分からない。

最後に薄紫色のリュックを取り出した。
線路みたいに走る白銀のジッパーを引っ張ると、適当に荷物を放り込む。
着替え一式。
ポケモン図鑑(本バージョン)。
食える木の実図鑑(本)。
オボンのみの缶詰×2。
見様見真似で詰め込んでみたものの、どれもこれも使うかどうかが分からない。

「まあ、必要な物が出てきたら、その時にでも買えばいいよな」

こうして、中学生の財布に大打撃を与えたいかにもな服装をシオンは全て装着した。
今、最高の人間が誕生したはずだった。
なんだか生まれ変わったような気がする。
新しくなった自分を一目見ようと、シオンは部屋を飛び出した。
階段を駆け下り、洗面所の前へとたどり着く。
そこには、鏡の中の世界で大笑いする自分がいた。
想像以上に服装がダサすぎて可笑しかった。
憧れていた世界の住民になれた自分を見て、思わず感動してしまった。
冒険しているのか、私服なのか、少々分かりにくいこのダサい服装がシオンは大好きだった。
ポケモントレーナーになったのだと噛みしめるように再認識した。

未だ不安を振り払えたわけではない。
しかし、もう我が家にしがみついて生きようとするのはやめることにした。
自分がポケモントレーナーだと分かったからだ。

旅立ちを決意する。
野宿も覚悟する。
金の荒稼ぎをも誓う。
緊張と興奮で胸がドキドキしていた。
シオンは無性に楽しくなってきた。





ずいぶん久しぶりに親子そろって昼食をとった。
二人の間でラーメンのすする音だけが飛び交っている。
シオンに会話をする気は全くなく、気まずい空気が流れる中でただ麺をすする。
もしも儲けられなければ毎日こんな貧しい食生活なのだろうか。
舌の上で栄養を感じられない味がした。
夢のためには健康をも捨てねばならない。
くどいスープを吸いつくし、終始無言で食事を終えた。
空になったカップの容器を放置して、シオンは黙って席を離れる。
もういかなきゃ、と思った。





シオンが石造りの白い玄関までやってくると、下駄箱から新品の黒いスニーカーを取り出して、履いた
靴の側面にマスターボールみたいな紫のラインが入っている。
ジーンズと同じく、いつか最高のボロボロ靴になる時を楽しみにしていた。
そんなことを妄想しながら、ひもを固くむすぶ。

「もう行くのか?」

振り返ると紺の浴衣が目に入った。
カントが虚ろな瞳で見下ろしている。
何事もなかったかのように、シオンは再び靴ひもを結びなおす。
蝶々結びが中々綺麗に仕上がらない。

「ああ。もう行ってくるよ。ポケモントレーナーになったんだからな」

「お前、そんな格好で山やら森やらは抜けられるのか?」

「その時になったら買いかえればいいだろ。それに、しばらくはトキワにいるだろうから」

「そうか……なら先に風呂にでも入っていったらどうだ?」

「トレーナーってのは一週間、
 いや一カ月ぐらいは風呂に入らない時期があったりするもんなんだよ」

シオンは面倒臭がって答えた。
カントに心配されてるような気がして妙に居心地が悪い。
しかし、考えてみれば、これでカントとも我が家とも最後の別れになる。
カントの態度にも少し納得がいった。

「シオン。餞別だ、持ってけ」

再び振り返ると、カントの手から三枚の千円札が差し出された。
それを無言で受け取る。
長方形の右側にレッドの肖像画、左側に白銀山、真ん中のだ円形を光にかざすと笑顔のピカチュウが浮かび上がる。
まるで死者を写したような三枚の紙きれをシオンはありがたく頂戴した。
早速、ダサい服のおかげで、すっからかんになってしまった財布の中に三千円を投入する。
ついでにトレーナーカードも押し込んだ。

「なぁシオン」

「なんだよさっきから。気持ち悪いな」

「いつでも帰ってこいよ。その時は、お前のトレーナーカードを取りあげるからよ」

感情のこもらないような声でカントは淡々と言った。
それは優しさなのか嫌みなのか、どういうつもりで言ったのかシオンには分からない。

「俺は絶対に帰らないよ。帰るのはポケモンマスターになった時だけだ」

自分の意思を率直に伝えた。
ふいに、こんな他愛ない会話をカントとするは久しぶりだと気が付いた。

「そうか、なら絶対に帰ってくるな」

厄介払いのつもりで言ったのか、
それともシオンのトレーナーとしての成功を祈るつもりで言ったのか。
真相は分からないが、シオンは訊き返すつもりがなかった。

「父さんが次に俺の姿を拝めるのはテレビの中だから」

名残惜しいと思いながらも、シオンは重い腰を上げ、立ち上がった。
財布をポケットに突っ込み、リュックをしっかり背負いなおす。
靴のつま先をトントンと床で叩く。

「気を付けて行ってこいよ」

「言われなくても分かってる」

心配されると照れ臭くなって、ついうっとおしそうなふりをした。
そしてシオンは玄関の扉に手をかける。

「永遠に行ってきます!」

最後の言葉を残して、シオンは外の世界へと旅立った。
もう後には振り返らない。
扉を越えて、光の中へ。








つづく?








後書?
オハナシ作るってのは時間を食い過ぎてしまうのが問題ですね。
クオリティを下げれば解決できそうですね。
そんなことより次で最終回だそうですよ。


  [No.1024] [終章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2012/08/13(Mon) 15:17:45   51clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

P
M
P





『プロローグ!』




ポケットモンスター!

縮めてポケモン!

その不思議な不思議な生き物達は、魔法を駆使するかのごとく不可能を自在に操ってみせた!

人類を超越した未知の力だった!

他の全てを退屈だと感じさせるほどに、苛烈な能力が披露された!

大衆は欲に駆られた!

ポケモンが欲しい!

異性よりもポケモン!

友達よりもポケモン!

金銭よりもポケモン!

安心して生きられる平和な暮らしなんてくだらないものなんかどうだっていいからポケモンが欲しい!

ポケモンを従えていたい!

国が求めた!

世界が認めた!

誰もが欲した!

ヤマブキシオンも憧れた!

ポケットモンスターの時代は、もう始まっている!









おわり!









後書
締めの一話としてなんか短いの書こうとは思っていた。
しかし、何を書きたいのか分からないうちに出来あがってしまった。
最終回だっていうのに、この話、なくてもよかったのかもしれぬ。
……
今思えば、後書でネガティブなことばかり語っている。
なんか『こういう理由があったからつまんなくても文句言わないでね』、
みたいな情けない言い訳ばっかり。
どうせなら、何か良い点を書いていこう。
例えば、『ヨクアターラナイは物語の完結をおぼえた!』とか。


  [No.1025] [後書]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2012/08/13(Mon) 15:45:47   50clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




『おまけ』



読み終えた方に、お疲れ様です。
無事完結致しました。
そしてあとがきではなく、自分語りが始まります。



・かくまえにおもったこと

『天才キャラがポケモンマスターを目指す王道の物語』
ってな話に対抗したかったので、
『凡才キャラがポケモントレーナーを目指す邪道の物語』
というのがコンセプトになってます。

なんか必死で一生懸命ならそれでいい、というのがテーマでした。

社会現象を巻き起こすぐらいの超大人気作品になっておくれねぇかなぁ、
とありもしない妄想にふけりながら作品を書いておりました。

あとそれから、作者こと『ヨクアターラナイ』は、
少し前に『チョンバラが留守』と名乗っておった者です。



・かきおえておもったこと

つまらなくても書き続けていれば物語は完結する。

より高い完成度を求めると馬鹿みたいに時間がかかる。

頑張っても面白くならないと、そのうち書くのが怖くなる。

なんとなくダメって部分が分かってしまったら、
ダメな理由をハッキリさせてノートにでも書き写して、
じっくり考えて対策でもとったら 上達できるのかもしれない。でも面倒だしやらない。

たぶん自分が思ってる以上に小説はうまいこと動かせない。
しょせん文字の羅列にすぎない。

ご都合主義が嫌いなのに、自然とご都合主義になってしまった。
なかなか思うようにはいかない。

無意識に主人公にえこひいきしてしまった。
シオン以外の全てのキャラクター、人間もポケモンも道具って感じがした。
当たり前のことだけど、長編ならなおさら、キャラクターをしっかり作っておいた方がいい。

ネタとネタの繋ぎ目の話ってのが非常にツマラン。
一つの話にネタをつめこみすぎるとグダグダになる。
だから大して重要じゃないネタは全て切り捨てて、複雑じゃないシンプルな内容にした方がいい。

描写よりも説明の方が素晴らしいと思ってるのが自分のレベル。

『クラムボン』を思い出せ。
読者にイメージをゆだねた方が、ダラけた説明を排除できて楽だ。
そうやってまた駄作にする。

話が面白ければ、意味不明な内容でも許せる。
面白くなくても、書かれている文章の意味が分かれば許せる。
両方こなそうとした結果、面白くない意味不明な話が出来あがってしまった。

これからは『小説ごときに何マジになってんの? 馬鹿じゃね?』
の精神でクオリティダウン&スピードアップを目指す。

たぶん、ただ書いてるだけじゃ上達しない。でも慣れる。

駄作でも話を積み上げてくのは楽しい。

何なのか分からないけれど、clapは継続の力になる。
それはつまり、「ありがてぇ、読者様のお恵みじゃ、ありがてぇ」。

ポモペの続きを書くかもしれない。

今ここに書き散らしたことは全て私が勝手に思ったことであり、真実とは限らないです。

以上です。終わりです。本当に終わり。さよならバイバイ。かわいがってあげてね。ヨクアターラナイはたおれた。


  [No.1111] はじめに? 投稿者:烈闘漢   投稿日:2013/06/05(Wed) 20:59:32   42clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

こんにち波ァッ!
久しぶURYYYYYY!
ヨクアターラナイと名乗っていた者です。

ポモペの続きです。
ポモペ読んでなくても大丈夫な内容です。
屁理屈のオンパレードです。
納得のいかない現象が起きてるかもしれません。
気に入らない展開になるかもしれません。
日本語おかしすぎて書いてある内容が意味不明かもしれません。
ご了承ください。

そんなわけで始まります。
ダラダラした文章でございますが、どうぞよろしくおねがいいたします。


  [No.1112] 悪徳勝法の馬鹿試合 0 投稿者:烈闘漢   投稿日:2013/06/05(Wed) 21:27:08   58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

悪徳勝法の馬鹿試合
      0







長い長い退屈が、青年に永遠の時を感じさせた。

美しい景色は見当たらない。
面白おかしな人物との出会いはない。
何らかの事件が起きる気配もない。
何処まで行っても何もない。

『冒険の旅』というものに対して抱いていた青年の過剰な憧れは、
わずか数時間の徒歩によって木端微塵に打ち砕かれた。

退屈で、面白くなくて、疲れる。
この世界のつまらない『現実』というものを酷く思い知らされた。
平和とは退屈なのだ、と思った。
心が動き出すような瞬間と次々出くわす架空の物語とは違い、
人生は地味で退屈なシーンが山ほど連なっている。
なぜ旅立ちの朝にドキドキワクワクしてしまったのか、さっぱり分からなかった。


青年は歩いていた。
無心で歩き続けていた。
ただひたすらに足を動かしていた。
平日の真昼間に一人寂しく名所でもなんでもないような所を散歩する老人のごとく、
目的地もなくふらふらとほっつき歩く。
これが冒険の旅なのだと自分に言い聞かせ、あてもなく延々とたゆたっていた。

しばらくした。

輝くような白い新品のスニーカーは、泥水と汚物にまみれ、異質な穢れた薄茶色へと変貌を遂げる。
カッチカチに固まっていた安物ジーンズは、ふにゃんふにゃんの布切れへと化ける。
ネッチョリと滲み出る汗により、980円Tシャツが青年のひ弱な上半身にへばりつく。
背中に担いだリュックサックが揺れる度、その重さに肩と背中と腰の肉がやられはじめた。
つばの長い帽子に覆われて、頭の中はサウナ室のように湿っぽく、短い黒髪がかゆくてたまらなくなった。
頭に乗っかった幼い電気鼠の体重が、首の筋肉を何度もつらせる。

わき腹が痛んだ。
関節が軋んだ。
ふとももの筋肉が極限まで腫れあがり、
体中の至る所で筋肉の悲鳴が上がった。
凄まじいほどの運動不足である。

時間が経つほど、青年の肉体に疲労がのしかかる。
疲れた。苦しい。面白くない。死にたい。やっぱり死にたくない。帰りたい。
それでも青年は歩き続けた。
行く宛てもなく、ひたすら重たい足を前に出すことだけに没頭していた。
何故なのか。
ただ単に、『休む』というアイディアが思いつかなかったのだ。


深緑の屋根の住宅街を飛び出して、
暗い長い一本道の洞穴を抜け、
橙色の港町を越え、
山吹色のビル街を越え
水色の田舎町を越え、
月見で有名らしい山を登って、
石のような街を越え、
害虫で盛んな樹海を抜けて……
そして、
二番道路のずっとずっと向こうで、
深緑の屋根の住宅街が見えてきた。

「ど……どうして、こんなことになってしまったんだ?」

随分と長く歩き続けて来た。
辿り着いた先には知らない町が広がっている予定だった。
それなのに、何故か、向こう側で見覚えのある町の輪郭が見える。
深緑色の屋根。
トキワシティだった。

「あ……嗚呼! ああっ!」

目の前に自分の町が見える。
青年は衝撃のあまり、地べたにひざまずいて、嗚咽を漏らした。
うつむくと、自分の影で濃くなった地面と見つめ合った。
衝撃だった。絶望だった。
どうしてこんなことになってしまったのか。
今までの苦労とは一体なんだったのか。

「こんなことなら、地図、買っときゃよかった!」

己の浅ましさを思い知った。

苦悶のあまり、しばらく四つん這いになって不動の姿勢を見せていると、
どういうわけだか公然でエロティックな営みを励んでいるような気持ちになり、
羞恥心に駆られて青年は慌てて立ちあがった。
その場から逃げるようにして再び歩き出す。
鉛色の曇り空みたいな憂鬱を引きずって、
スタート地点のトキワシティへとだらだら向かった。




日が暮れる寸前まで、青年はトキワの町を彷徨い続けた。
その挙句、青年の自宅付近の公園を発見し、ようやく休息の時が訪れた。

数年ぶりに公園の水道水を使った。
蛇口をひねり、その下で仰向けになって倒れると、冷水の激流を喉で受け止めた。
滝に身を打たれる荒行が如し。
干からびる寸前まで乾ききっていた肉体へ、命の水が満たされいく。
骨の芯まで潤っていくようだった。
九死に一生を得た気分だった。
死んだような魚の目に光が灯る。
青年は復活した。
そして自分が生きていることを地球に感謝する。

「ありがとう! おお! ありがとう!」

それから突如青年は腹を立て、やつあたりをするように地団太を踏む。

「たかだが水道水くらいで、何で喜ばなくっちゃあならないんだよっ!」

怒りはなかなか治まらない。

「世間には『おいしいみず』に金出して買う贅沢な人間もいるというのに!
 なんで俺だけが! くそぅ!」

わめいていると、ドッと疲れが押し寄せる。
無意味に荒ぶれるだけの元気は、今の青年の体内に残ってはいなかった。
考えるのも面倒になり、知らぬ間に無我の境地へと達していた。


担ぎっぱなしだったリュックサックをようやく降ろすと、ふいに背中が浮くように軽くなった。
軽やかな足取りで公園の片隅まで進み、そこにあった木製のベンチに重たい腰を沈めた。
いきなり体が動かなくなる。
金縛りのようにびくともしない。
青年の肉体は指一本すら……否、さすがに指一本ならなんとか動かせる。
限界まで達した疲労が、体の動きを封じていた。
頭は目覚めているのに、肉体だけが眠っている。そんな感じがした。

背もたれに全体重を預け、空を眺めた。
透き通るようなオレンジと紫の、色鮮やかなグラデーションが広がっている。
夕方が夜と入れ替わろうとしている。
いずれ太陽の光は地の底に沈み、暗黒が天を覆い尽くし、冷たい風がこの一帯を支配するであろう。
その事実を青年は心から嫌がった。
今すぐここから逃げ出したく思った。
しかし、旅だった瞬間から覚悟は出来ていた。
意を決し、その覚悟を口にする。

「……今日はここで野宿だ」

やや犯罪であった。
過酷な選択だった。
青年としても不本意だった。
しかし、だからこそ、あえて青年は思いっ切り笑顔を作ってみせた。
口角を思いっきり釣り上げ、頬にシワを寄せ、鼻の穴を広げ、目を潰して、凄絶な笑みを浮かべてみせた。
この苦境こそが今までの生活との違いであり、
夢が近付いたと実感させてくれる吉報となった。

青年のジーンズのポケットの内側の財布の中には千円札が三枚だけ挟んである。
この程度の数字では薄汚いラブホテルにすら宿泊できない。

ここに至るまでの道中で何度も見知らぬ通行人に出くわしていた。
その際に、田舎に○まろ●的なノリで「今晩泊めてください」と声をかけるという手段もあった。
しかし、青年は微塵の勇気を持ち合わせておらず、他人とすれ違う度に心の中で、
(きっとあの人はホームレスで、日夜同じ場所をウロウロと徘徊していて、
 しかも声をかけられると「科学の力ってすげー!」とワケのわからぬ世迷言を抜かす、
 かかわらない方が良い感じの人間に違いない)
などというわけのわからぬ言い訳を作り現実から思いっ切り逃げてしまっていた。

これからは自分の力で生きていかなければならない。
分かっていたのに何もせず、立ち向かうことをやめてしまった。

「はぁ〜」

己の情けなさを思い返し、深いため息を意図的にこぼす。

――チュウ!

隣から電気鼠の鳴き声がした。
目をやると、小柄なレモン色の肢体が、ベンチの上で大の字になって寝転がっていた。

黒曜石の色をした、くりくりの瞳。
頬に膨らむ真っ赤な電気袋。
口元のωから覗く幼い牙。
ホクロのような鼻。
赤子のようにふくよかで小柄な体躯。
鮮やかなレモン色の肌。
ギザギザに伸びた尻尾。尾の先端はハート形。
切先の黒い、長くピンと伸びた耳。
指先の尖った短い手足。
今、青年の隣で、
全裸のピカチュウが一服していた。

「お前も疲れてしまったのか、ピチカ?」

ピチカと呼ばれたピカチュウは、返事もせずに、ただ無表情で空を仰いでいた。
ふにふにした曲線を描くメロメロボディは、死体のようになってふんぞり返っていた。

「レポート書いたら……そしたら今日の冒険はお終いだ」

青年は優しく囁いた。
ピチカは幸せそうにくたびれている。

この幸せをいつまでも守っていけるだろうか。
それとも、いつまで守っていけるか、だろうか。

十五歳を迎えたばかりの青年は、未だまともに銭を稼いだことがなかった。
世間知らずな若造の分際で、ポケモンの『おや』をやっている。
自分の生活ですら心配な人間が、ポケモンを飼って路上生活を余儀なくしている。

自分はピチカを幸せに出来るだろうか。
普通のポケモントレーナーをやっていけるだろうか。
青年は不安だった。
そのくせ、今は、不安に悩むほどの気力を持ち合わせてはいなかった。
面倒臭いから、全部明日にしようと決めた。


相棒のピチカを真似るようにして、
青年はまどろみ、目を細め、視線を宙に漂わせた。

鎖のねじ切れた乗る部分のないブランコ。
真っ二つにへし折れたシーソー。
空中に向かって伸びる滑り台。
立方体に絡まった柱が、全てグニャングニャンに折れ曲がったジャングルジム。
バラバラになった鉄棒は数多の槍となって地面に突き刺さっている。
青いペンキのはがれおちた、
焼跡ようなサビにまみれた、
イビツな形の鉄の棒。

原型を留めていない遊具だった物体は、
触ると呪われる骸骨のように朽ち果てていた。

知っているはずの公園で、知らない景色が広がっていた。
しかし、青年は何の感想も抱いてはいなかった。
「ふーん」ぐらいにしか思っていなかった。
疲れ果てた人間の働かない脳味噌が適当な処理で怠っていたからだ。

不気味な雰囲気の漂う公園の最中で、
青年は微塵の危機感をも覚えることなく、
深い眠りに落ちていった。










つづく


  [No.1113] 悪徳勝法の馬鹿試合 1 投稿者:烈闘漢   投稿日:2013/06/06(Thu) 16:43:27   50clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

悪徳勝法の馬鹿試合
      1







目を開けた瞬間、目が合った。
眠りから覚めたばかりの青年は、今、知らない誰かと見つめ合っていることに気付く。
寝惚けた脳裏に暗黙の了解がよぎる。

目があったらポケモンバトル。

頭の中でけたたましい警報が鳴り響いた。
きけんよち。
みぶるいした。
眠気が一気に吹き飛んだ。

未だぼやけている視界の真ん中で、おぼろげな人影を確認した。
華奢なシルエットが純白の後光を放っている。
知らない誰かは、朝の太陽を背負うようにして突っ立っていた。

「そこのポケモントレーナーさん! ちょっとお時間よろしいですか?」

始めて耳にする声だった。
聞くだけで癒されるような、幼さの残る高い声。
相手が年頃の若い女性だと分かった途端、
たちまち青年の初心が震えだした。
知らない女性がこちらに向かって歩いて来る。
何かを期待せずにはいられなかった。

ふと青年は、自分が椅子に座っていることに気が付いた。
昨晩、公園のベンチで野宿したことを思い出す。
顔を上げると、知らない誰かは、もう目の前にまで迫っていた。

はちきれんばかりのむちむちした、抱き心地抜群であろう青い果実が、
今、青年の目の前に立ち、見下ろしていた。
生々しく柔らかな曲線美を描いた肉体から、
水を弾く花弁のような肌をこれでもかと露出している。
一歩進むごとに、肉付きのよいあらゆる部分が揺れ動いて仕方ない。
だらしないのにハリのある、魅惑のメロメロボディだった。
青年は貞操の嬉々を覚えた。

「ねえ、ねえ? 私のポケットモンスターと勝負しない?」

ビキニのお姉さんが勝負を仕掛けてきた!

初めての体験を前に、青年は自分がポケモントレーナーになれたことを今までで一番感謝した。

まさか女性が自ら声をかけてくれるだなんて!

たまらないくらいに、そそる展開だった。
退屈な日常に突然現れた謎の女トレーナー。
仕掛けられたポケモンバトル。
そして勝負の後にはなんやかんやでラブロマンスが始まって……。
青年の脳内で、薔薇色の妄想、もとい邪な雑念が満ち溢れた。

「……ねえ。するの? しないの?」

考え込んでいた青年に向けて、ビキニのお姉さんはうかがうようにして再び尋ねる。

「ポケモンバトルですよね。俺はポケモントレーナーですから、もちろん引き受け……」

「引き受けます」と、言い掛けた直後、青年の舌があらぬ方向へと動いた。
冴えわたった頭脳が、勝負を仕掛けられている事実に対し、的確な判断を下す。

「……引き受けません! 俺はバトル、断りますよ!」

危なかった!

 危なかった!

  危なかった!

   危なかった!

    危なかった!

危うくトレーナー人生の全てを失ってしまうところだった!

九死に一生を得た気分で、青年の心臓がバクバクしていた。
背中から冷や汗が吹き出し、呼吸が少し荒くなる。
青年は胸の内で、緊張と安堵を同時に感じとった。
己の軽率さを戒める。

「どういうつもりかな?」

「どう、と言われましても……」

「目があったらポケモンバトル。背中を見せるわけにはいかない。知ってるよね?」

「そんな暗黙の了解、俺には関係ありませんよ」

「ポケモントレーナーだよね、君。バトルしないなら、トレーナーやってる意味、あるの?」

ムッとして青年が顔を上げると、
ダークブラウンのショートカットがパラパラとなびいていた。
揺れる髪の隙間から、水着のお姉さんが顔をのぞかせる。

丸い輪郭、丸い鼻、丸い瞳、丸い唇、全てのパーツが丸まっている。
美少女というよりも、微妙女といった感じだった。
決して整っているとは言い難い顔立ちを前にし、
青年の顔つきは大仏のような無表情へと変わっていった。

期待を裏切られた気分だった。
現実の非情さを思い知らされたつもりになった。
もはやその心に邪なる雑念は存在しない。
下等な欲求は消失し、青年は完全なる冷静さを取り戻した。

「君、名前は?」

「人に名前を問うなら、まずは自分から名乗るべきじゃあないですか?」

いがみあう寸前のような空気の中で、二人はにらみ合った。

挑発的に見下すビキニのお姉さんは、『ヒメリ』と名乗った。
青年は挑戦的に見上げ、『シオン』と名乗った。

途端にヒメリが不敵な笑みを浮かべたので、
シオンは名前という情報を教えてしまった事に対して得体のしれない恐怖を感じた。
本名を伝えたのは失敗だったのだろうか。

「ねえシオン君。さっきも言ったけど、目があったらポケモン勝負っていうルールがあるの、知ってる?」

「知ってます」

「じゃあどうして? 教えてくれないかな。私が納得の出来るように。バトルを断ったワケを」

『春なのにビキニ一丁でこんなさびれた公園にやってきたなんて、不審者っぽいなんか嫌だ』
とは言えなかった。
『その顔で色仕掛けとかふざけんな』
なんて台詞は失礼になると思い、口をつぐんだ。
正直には答えてはいけないような気がする。

そもそも女性の方から声をかけてくるなんて、異常事態だとしか考えられなかった。
何らかの理由があるに違いない。
シオンは悩む。
悩みながら、たまたま偶然無意識に横を向いた。そこに答えはあった。

「ヒメリさんは今、俺にポケモンバトルを仕掛けてきた。
 何故か? それは俺にポケモンバトルで勝てると思っているからだ。
 だから俺は、俺がポケモンバトルで負けると考えた。つまりは、そういうことです」

「……は? ……え? いやいやいや、それちょっと極端すぎじゃないかな?
 確かに私は勝つ自信があるからこそバトルを仕掛けてるんだけど……
 でもだからって君が負けるとは決まってないでしょ。
 そういうの、やってみなきゃ分かんないって」

「いや、始める前から分かってしまう場合だってあります。
 例えば今、ヒメリさんは俺にポケモンバトルを仕掛けてきた。
 それは俺がポケモントレーナーだって分かってしまったからだ。
 普通だったらバトルを仕掛ける前に、トレーナーかどうかを尋ねるんじゃありませんか?」

「うーん。それはどうかな。
 私、トレーナーの人にもポケモン持ってない人にでも、片っ端から声掛けてるし。
 バトルしませんか? ってね」

「いいえ。ヒメリさんは分かっていたはずです。俺がポケモントレーナーであることを。
 それも自分より弱いトレーナーだと思ったはずだ」

「どうしてそうなるの?」

「だって、こいつが、ここにがいるから」

シオンは自分の隣を指し示した。
ベンチの上でレモン色の生物が寝そべる。
全裸のピカチュウがふんぞり返っていた。

「君のピカチュウ?」

「そうです。俺のピカチュウです。ニックネームは『ピチカ』。メス。たぶん一歳くらい」

シオンはピチカを抱きかかえた。腕に柔らかい感触が当たる。
目の前で垂れる乳とどちらが心地よい感触だろうか。つい、くだらないことを気にしてしまう。

「ヒメリさんは、このピチカの姿を見た時、
 その側にいる俺がポケモントレーナーだと考えたはずだ」

「かもね」

「そしてヒメリさんは、このピチカよりレベルの高そうなポケモンで闘えば勝てる、とか、
 電気タイプが相手なら地面タイプで攻めれば良い、なんて戦術を編み出せる。
 要するに、敵に手の内が知られてる以上、俺に勝ち目はありません。
 だからバトルは引き受けられない」

シオンは、闘いから逃げる理由を誇らしげに語った。
我ながら的を射た発言だと思っていた。

「……うんうん。そっか。なるほど。分かった。
 つまりシオン君の持ってるポケモンって、そのピカチュウ一匹だけなんでしょ?」

「……えっ?」

ドキッとした。うろたえる。図星だった。

ピチカは親切なトレーナーから譲り受けたポケモンであり、
シオンは野生のポケモンを捕まえた経験が一度たりともない。
仮に二匹目を捕獲出来たとしても、
毎日の餌を買う大金が無ければ、育てる技術も無く、面倒をみる根性すらシオンは持ち合わせていない。

「俺のポケモンが一匹しかいないっていう証拠でも?」

シオンが見上げるその先で、微笑を浮かべた彼女は目を光らせる。
ヒメリのみやぶる。

「だって、そうじゃない。ピカチュウ見られてバトル不利っていうなら、
 他のポケモンを使って、一対一のバトルに持ち込めばいいんだもの。
 闘わせないポケモンを見られて、バトルが不利になるなんてことないよね。
 君が勝てないと思った理由こそが、
 君がピカチュウ以外のポケモンを持ち歩いていない証拠だよ。違った?」

しばらく考えて、ヒメリの言葉を理解した。
墓穴を掘ってしまったことに今更気付いた。

シオンのくだらない油断の一言が、情報戦の敗北をうながしていた。
トレーナーとしてあるまじき失態であった。
自分の馬鹿さ加減に呆れる。
しかし、そんなことはすぐにどうでもよくなり、シオンは開き直って、言った。

「そもそも俺はバトルするつもりなんて最初からなかったんだ。
 ピチカ一匹しか持っていないことがバレてしまったことも含めて、
 俺に勝ち目はありません。悪いですけど他のトレーナーを当たって下さい」

腰に手を当て、そっぽを向いて、ヒメリは呆れたようなため息を吐く。そのまま三秒。
気を取り直したかのようにして正面を向くと、再び二人の目が合った。
相変わらず色々と丸い、と思った。

「別にさ、負けたっていいじゃない? バトルすれば。困るわけじゃないんだからさ」

組んだ腕に柔らかそうな乳を乗せて、ヒメリは軽々しく言ってのけた。

この人は本当にポケモントレーナーなのか?
ひょっとして馬鹿なんじゃないのか?
それとも罠か?

疑いながらもシオンは、わざわざ自分の状況を一から説明し始めた。

「いいですかヒメリさん。ポケモンバトルってのは、いわばギャンブルです。
 敗北すれば財産を失い、まともな人生を終わらせることになってしまうこともある。
 つまりポケモンバトルは人生を賭けたバトルでもあるんだ。ガキの遊びとはワケが違う。
 だから俺は、俺が絶対に勝てるバトル以外するわけにはいかない。
 負けて人生ブチ壊すわけにはいかないから。
 何も考えずに、誰とでもバトルなんてしてしまえば、すぐに借金背負っちまいますよ」

シオンが力説する間、ヒメリは目を閉じ、うんうんうなずいていた。
適当な相槌ではなく、よく理解した時のうなずきに見えた。
ヒメリはこの話の経験者だ、と思った。

「では、早速、交渉をしましょう」

「交渉?」

シオンは顔を強張らせる。

「そうです。交渉です。何でもいいの。
 シオン君は、どんな条件でだったら私達とバトルしてくれる気になる?」

「……それは、どんな条件でもいいんですか?」

「うん。とりあえず言ってみて」

シオンにバトルするつもりはなかったが、条件を言うだけならば無料である。
作った条件次第では、シオンとピチカにも勝機が生まれるかもしれない。
逆に、この取引で一歩でも誤った場合、シオンの負けが確定してしまう。
自分をつねった。

もう絶対に油断をするな! 出し抜いてやれ!

シオンはじっくり考えてから、言葉に気を付け、交渉を切り出した。

「まずはフェアに、だ。ヒメリさんの手持ちポケモンを見せてください。
 俺だけピチカを見られているなんて不公平です」

「まずは、ってことは他にも条件出すつもりかな?」

「そうなりますね」

「なるほどね。まぁいいけど。私の持っているポケモンはコイキング。コイキングが一匹だけ」

一瞬、聞き間違えたのだと思った。
次に、きっと言い間違えたのだろう、と思った。

「えーっと……あの最弱のポケモンの?」

「間違いなく、コイキングだから」

「え? あの赤くて丸くて、骨と皮だけの魚の……あいつ?」

「嘘はつかない。嘘だったら、私、シオン君の言うこと何でも聞いてあげる」

シオンはガッカリした。意気込んで勝機を見出そうとした自分が間抜けに思えてきた。
ヒメリは間違いなく嘘をついている。

シオンは、ポケモンを『教えてください』とは頼んでいない。
『見せてください』と言ったのだ。
つまり、姿形を見るだけで、シオンがバトルする気の失せるような、
凄まじいポケモンを持っている可能性がある。

そして、何でも『言う』ことを『聞く』。決して『叶える』つもりはない。
ヒメリは間違いなく嘘をついている。そこまでして勝ちたいのかと、シオンは呆れかえった。

「もちろん、賭け金は無し! そんなもの、なかったことにしてあげる!」

シオンの表情を読んだのか、慌ててヒメリが叫んだ。
シオンは何が何だか分からなくなった。

「あの、賭け金無しって……じゃあバトルに勝ったとしても、何のメリットも無いじゃないですか。
 どうして俺達がバトルする必要があるんですか?」

「そんなの決まってるでしょ。私達がポケモントレーナーだからさ」

さも当然のように言ってのける。
思わず、ヒメリに見惚れてしまった。
かっこいいな、と素直に思った。

いつの間にか、ポケモンバトルを引き受けない理由がなくなっていた。
無性にポケモンバトルをしたくなる。
いっそのこと、勝ち負けにこだわらなくてもよいポケモンバトルを思いっ切りやってみたくなる。

「ピチカ。目を覚ませっ」

過去の情熱を取り戻した時、シオンはピチカを優しくゆすっていた。
ふいに、ピチカを負け戦に出陣させようとしている自分が見えた。
勝てば問題ないと、すぐに開き直った。
シオンは立ちあがり、目を覚ましたピチカを抱き、強い意志を持って、言った。

「ヒメリさん! やりましょう! ポケモンバトル!」

この地点でポケモンバトルの勝敗は決した。
最初からシオンに勝ち目なんてなかったのだ。










つづく


  [No.1114] 悪徳勝法の馬鹿試合 2 投稿者:烈闘漢   投稿日:2013/06/06(Thu) 18:27:22   44clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

悪徳勝法の馬鹿試合
      2







「よおし! そうこなくっちゃ! さっすが男の子!」

シオンの答えにヒメリがはしゃいだ。

「賭け金なしっていう約束は守ってもらいますからね」

シオンは、念のためにと釘を刺す。

「負ける気満々じゃん! まあいいんだけどね。ありがと。バトルする気になってくれて」

パァと花咲くヒメリの笑顔に、シオンは一瞬ドキッときた。
美女でもブスでも笑うと似たようなもんなのかもしれないな、と不謹慎ながらも思った。

ピチカを抱きしめ、移動しようとシオンが立ちあがると、二人はキスする寸前みたいに近付いた。
今度は全くドキッとしない。
近付けば近付くほど残念な面持ちになる女性もいる、ということなのだろうと勝手に納得した。

座っていたせいで気付かなかったが、
シオンとヒメリの目の高さはほとんど同じだった。
約164センチ。
二十歳前後だと予想する。

目の前にいる『ビキニのお姉さん』は、
『ピクニックガール』の進化系のようであり、
尚且つ『おとなのおねえさん』の進化前といった風情をかもし出していた。


さびれた遊具に取り囲まれた、ただっ広い砂地の上で、
シオンとヒメリは向かい合った。
シオンはピチカを抱えて、公園のど真ん中に立つ。
対して、ヒメリは公園の出入り口まで遠ざかって行く。

これから、トレーナーとトレーナーの間でポケモン同士を争わせる。
そのため、二人は距離をとって向かい合った。
しかし、いくらなんでもヒメリは離れ過ぎている、とシオンは思った。
何故なのか。
馬鹿でかいポケモンのスペースを作るためなのか。
素早すぎるポケモンを動き回れるようにするためなのか。
遠距離射撃技専門のポケモンで闘うつもりだからなのか。
ヒメリのポケモンを拝むまで、推測の域を飛び越えることはない。

「バトルだ。頼むぞ、ピチカ」

シオンの腕からピチカが飛び降り、勇んで前に踊り出る。
着地すると同時にレモン色の胴体は前のめりになった。
ギザギザ尻尾をピンと伸ばして、ピチカは戦闘態勢をとる。

「出でよ! コイキング!」

ヒメリは高らかな声と共に、しなやかに右腕を振り下ろした。
知らぬ間にヒメリがつかんでいた紅白の鉄球が、飛来する。
放物線を描いて、空中で真っ二つに割れ、球の中から閃光が弾けた。
視界が、強い光の白で覆われる。
思わずシオンは顔をそむけ、目を戻し、愕然とした。
明らかにコイキングではない巨大なモンスターがそびえ立っていた。

「……は?」

素っ頓狂な声がこぼれる。

肉食恐竜のような体躯。蝙蝠のような翼。象牙色のうろこ。
ドラゴンポケモンのカイリューだった。
最弱のポケモンが来ると思いきや、むしろ最強のポケモンが出現していた。

「でけぇ……ス○イツリーよりもでけえ……」

体長約2メートルのカイリューを見て感心したようにシオンはつぶやく。
そして、足元に立つ小さなピチカに視線を落とす。
体の大き『差』を見るなり、勝ち目がないことを悟る。
思いだしたように憤慨し、シオンは憎しみを込めて叫んだ。

「どこがコイキングですか! どう見たってカイリューじゃないか!」

「私! 嘘なんてついてない!」

「ビキニのお姉さんなんだから、水タイプのポケモン出せよ!」

「君のピカチュウ、なんて名前!」

「だから、俺のピカチュウはピチカだって……ま、まさか」

辻褄が合い、仰天し、思わず唾液を呑みこんだ。

「まさか! そのカイリューのニックネームが! コイキングなのか!」

「ぴんぽーん! そのとーり! 大正解!」

悔しがってシオンは叫び、ヒメリは快活な歓声を上げる。
二人の距離が遠くに離れ過ぎているせいで、やや大きな声で会話をしなければならない。
喉が大変であった。

「けど、可哀想じゃないですか! カイリューにコイキングって名前!」

「問題ないわ! たった今、この子の名前、カイリューに戻したから!」

「姓名判断師とは一体!」

都合の良い展開に持ち運ばれ、気に食わなくって腹が立って仕方なかった。
なんとなく、嘘をつくのが当然でだまされる方が悪い、
という空気をヒメリの言葉から感じられた。

――チュウ!チュウ!

目を下すと、ピチカが身を振るわせ、潤んだ瞳でシオンを見上げていた。

「どうしたピチカ?」

必死で助けを乞うかのように、ピチカは鳴き声を上げ続けている。
原因はすぐにわかった。
ヒメリの隣に視線を飛ばす。

エメラルド色の煌めく瞳が、ピチカの心臓を貫く勢いで鋭い眼光を放っていた。
凶悪そうな面構えのカイリューが、敵であるピチカに対し、殺意と牙をむき出して唸っていた。
ピチカの震えた声を聴きながら、シオンは諦めのため息を漏らした。

「まあ、仕方ないよな。お前もあんなのとは戦いたくないもんな。
 俺だってお前の立場だったら絶対逃げるだろうし。じゃあ、さっさと降参するか」

暗い顔をしていたピチカが、パァっと明るい笑顔に変わった。
苦笑いしつつシオンが降参を決意した、その時だった。

「これより! ポケモンバトルを開始する!」

何の前触れもなく、いきなり怒号が轟いた。
雷鳴のような男の声に、シオンの心臓が飛び跳ねる。
ヒメリの方角からだった。

「使用ポケモンは一匹! 当然、入れ替えはなし!」

吠える巨大な影は、ヒメリを横切り公園内にズケズケと侵攻してきた。
力強くきびきび歩き、シオンの方へと向かって来る。
紫色の巨漢だった。
暴力的な雰囲気をまとった、近寄りがたい大人の大男だった。

「賭け金は……しめて三千円!」

「んえっ?」

間抜けな声が出た。
賭け金なんてものはなかったはずなのに、
何故か所持金丸ごともっていかれる状況になっている。
ついていけずに混乱する。

「では、これよりヤマブキ・シオン対ミノ・ヒメリのポケモンバトルを始める! 試合開始!」

「ちょっ、ちょっと待った!」

慌てて牽制を試みる。
シオンは手を上げ、驀進する謎の巨漢へ物申しに歩み寄った。

嫌な予感がする。心臓が早鐘を打つ。焦る。慌てる。混乱する。

いきなり現れた謎の第三者が、シオンの話を勝手に進めていた。
シオンの気持ちを無視して、勝手に話を終わらせようとしていた。
このままでは、何がなんだか分からない内に全てが終わってしまう。

何とかしなければと思うと、シオンは早足になっていた。
あんな身勝手な男に話は通じるのだろうか、と疑問を感じながらも急いで向かった。


分厚い肉体の巨漢を間近で見上げた時、
そこで初めてシオンの生存本能が怯えた。

「あっ、あっ、あのぉ……」

上手く言葉が出てこない。
自ら近寄っておきながら、逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。
巨漢の放つ攻撃的威圧感に、シオンの心は呑みこまれてしまった。

「何か御用ですか!」

こわもてプレートのお兄さんがドスの利いた声で尋ねた。
にらみつける。こわいかお。シオンはひるんでうごけない。
半ば放心としながら、男の全容を眺める。

光沢を放つ黒い革靴。
目がチカチカするほどまぶしい金ピカの腕時計。
『凶暴なサイドンをつなぎとめる用の分厚い鎖』みたいな銀ピカのネックレス。
高級そうな紫色のスーツからは体中の筋肉で至る所がもっこり膨れている。
鋼のようなドス黒い肌。
どこからどう見てもYAKUZAの風情。

シオンは怯えきって、だらしない腑抜けに成り下がってしまった。

「何か御用ですか!」

再び威圧するような質問が繰り返された。
ハッとして見上げると、あのカイリューよりも高いんじゃないかという位置に、
ゴリラ……もといケッキングのような濃い顔があった。

「あ、あの、ですね……」

上手く呂律が回らない。
シオンが発声するまでにえらく時間がかかった。

「……え、あ、えっと。その……何なっ、何なんですか一体?」

質問の意味不明さにシオン自身も驚いた。
こわもてプレートの『にらみつける』から視線をそらすことで手一杯だった。

「何なんですかと言われましてもねえ! そうですねえ! 名前でよければ教えましょうか!
 僕の名前は『オウ・シン』! 審判をするためにやってきたんだ!」

オウと名乗った大男は、フレンドリーな口調なのに何故か怒鳴り散らしていた。
優しいようで、恐ろしいようで、とにかく逆らう気持ちが全く湧いてこない。
ただシオンは、この大声に流されてはいけないと思った。
嫌な事を嫌だと言えず、優しい口車に乗せられた途端、大切な物の全てを力尽くでかっさらってしまう。
そんな雰囲気があった。
油断しないよう気を引き締め、シオンはオウに挑む。

「その、審判っていいますと……?」

「もちろん! ポケモンバトルの審判だよ!」

この男は、ポケモン協会がYAKUZAを連れ回しているのだと言う。
シオンは、ワケも分からず自分を攻撃したくなる衝動に駆られた。
納得いかず、驚くこともできず、言葉の意味の理解すらできなかった。
聴かなかったことにして、別の質問をぶつける。

「それなら、どうしてポケモンバトルの審判がこんなところにいるんでしょうか?」

「そりゃあねえ! 君達がここでポケモンバトルをおっぱじめるからだよ!」

「えっと、それは……もしかして俺達がこの場所でポケモンバトルを始めるって知ってたワケですか?」

「そりゃあねえ! だって僕はポケモンバトルの審判なんですから!」

答えになっているようで答えになっていない。
明らかにおかしな返答であり、何かをはぐらかそうとしているに違いない、と推測した。
好奇心が恐怖心に勝る。
オウの隠す何かを前に暴いてやろうと思った。

「そういえばさっき、俺の名前を呼んでいましたよね? 会ったことありましたっけ?」

「ポケモン協会の人間はねえ! トレーナーカードを管理してたりするんですよね!
 だから知ってますよ! 君の名前も、君のIDも、君の顔写真も、バッチの数もね!」

「なるほど」

ようやく話が通じた。しかしシオンは未だオウがポケモン協会の人間とは認められない。
むしろ何を言われても、こんな怪しい人間がポケモンバトルの審判だと信じるつもりはない。

「それなら、あの賭け金三千円っていうアレは一体何なんですか?
 俺はヒメリさんと話し合って、賭け金なしにしてもらったばかりなんですけど」

「ああ、あれかい! あの賭け金っていうのはね、審判代だよ!」

「はい? なんですかそれ? 聞いたことがない」

「文字どおりだよ! 僕が審判するからお金を払ってもらうんだ!
 不況だからね! 新制度さ!」

またしても意味不明な回答が返って来た。
言い訳がましく、嘘臭く、
金をせびるYAKUZAが屁理屈のたまいてるようにしか見えない。
なんとか嘘を暴けないかと、シオンは罠を仕掛ける。

「あの、実は俺、三千円も持ってなくって……千円しか持ってなかったりして……」

「嘘はいけないな!」

自信満々にオウは言う。

「言ったよね! トレーナーカードの情報なら知ってるって!
 トレーナーカードにはちゃんと書いてあったよ! 君の『おこづかい』がね!」

トレーナーカードの情報を知っているというのは真実のようだった。
きっとポケモン協会のホームページをハッキングか何かして盗み見た情報に違いない、と決めつける。

「それなら……いや、ちょっと待ってください!」

シオンは訊き掛けて、ふと考えがよぎる。

ポケモン協会ならトレーナーカードの情報を知っていると言うが、
オウはこの世にある全てのトレーナーカードの情報を暗記しているのだろうか。
ありえない。
いまや国民の半数以上がポケモントレーナーである、
と何かのテレビ番組で言っていたのをシオンは覚えている。

この国に数千万も在るトレーナーカードの中から偶然シオンの物を見た覚えがあり、
そして今、そのシオンとばったり出くわすことになってしまった。
こんなことありえるだろうか。
偶然よりも必然と考えた方がしっくり来る。
つまりシオンはこの男に狙われていたのかもしれない。

「さ! ぼけーっとしてないで、早くバトルを始めて下さいよ!
 僕も時間があるわけじゃないですし!」

相変わらずの怒声で、シオンは我に返った。

「ほら! 速く立ち位置についてくださいよ!」

オウが急かす。シオンは指図された気分になる。
無性に生意気な態度で逆らってやろうと思った。
思いどおりに動きたくはない。
言い成りになってしまったら、きっと破滅の未来が待ち受けている。

「あの、その話なんですけど……今ちょうど降参しようかと思ってた所でして」

「降参? つまり、負けを認める? じゃあ、払ってもらいましょうか! 三千円を!」

オウは金を受け取るための右手を差し伸べる。
完全に借金取りの姿だった。

「そのですね。まだバトルが始まってないわけで、降参というよりも闘わなかっ……」

「そうはいかないなあ! ポケモンが出た地点でポケモンバトルはもう始まってるから!」

「ですけどっ……」

「やめたかったら、負けを認めなよ!」

有無を言わさぬ猛口撃。
責められているようで、シオンは内心ビクつく。
オウの機嫌を損なわないように、おそるおそる次の言葉を紡ぎ出す。

「もし、もしもですよ。仮に俺が金を払わないって言ったらどうしますか?」

「困ったなあ! 規律に従えないのかあ! 協会に逆らうつもりなのかあ!」

オウはおもむろに手の平を組んで、太い指をボキボキと鳴らし始めた。
本当に指の骨が折れているかのような『いやなおと』だった。

「僕ってさあ! 暴力は好きじゃあないんだよねえ!」

笑っていた。
両の眼と、鼻の穴と、厚い唇を思いっきり広げて、オウは強烈な笑みを浮かべていた。
びっしりと並んだ金歯が鈍く輝いていた。

蛇に睨まれた蛙の抱く凍えるような緊張感。

「好きじゃないんだけど……仕方ないよねっ!」

殺される、とシオンは思った。
あの太くて重たい鋼の拳が弾丸の速度で殴打してくる。
有無を言わさぬ暴力の応酬が襲いかかって来る。
肉は裂け、骨は砕け、皮はめくれ上がり、刺すような痛みは退くことを知らない。
そんな想像をしただけで、シオンの体は冷たくなる。
茫然自失となり、麻痺したような感覚に陥り、この体が自分の物じゃないように思えた。

「ねえ!」

「はいぃっ」

「シオン君って、協会に逆らうつもりなのかなあ!」

「いや、そんなつもりはないですけど……その……」

無意識にオウから視線をそらし、自分の目が泳いでいるのに気付く。
頭が真っ白になりそうな中、必死で冷静さを保っていると、閃いた。

よく考えてみれば、大人の男が年下の子供に拳を振るえるわけがない。
捕まるから、出来るわけがない。
そもそも、こんな安い脅しに屈して金銭を奪われるようでは、
いつまでたっても一人前のトレーナーになれやしない。
ここはビシッと言い返してやるべきだ。

心の奥で自分を鼓舞すると、シオンは顔を上げてオウをにらんだ。

「じゃあ俺、降参やめます。さっさとポケモンバトル、始めましょうか」

震える声でシオンは言った。
悪鬼羅刹の眼光から、すぐに目をそむけてしまった。
そそくさとその場から逃げるようにして、ピチカの元へと早足で向かった。

たかだか三千円など命に比べれば安い値段だ。
もしかしたら死んでたかもしれない。
これでいい。これでよかったんだ。

心の中で言い訳をしながら敵前逃亡する。
そんな自分があまりにも情けなくって、腹が立って、泣きそうになった。
しかし、それ以上にシオンは安心していた。
殴られなくて良かった、と心底ホッとしていた。
そう思ってしまう自分もまた、惨めで、無様で、情けなかった。

戻ってくると、レモン色の小さな背中が出迎えた。
そして最低最悪の報せを伝える。

「すまんピチカ。やっぱり、あのカイリューと戦ってくれ」

ピチカはポカンと口を開けたまま石のように固まってしまった。


オウを前にした時の緊張感が薄れ、
落ち着きを取り戻したシオンは今一度頭の中を整理する。

恐らくオウは、違法ではない手段でシオンから財布を巻き上げることが目的なのだ。
審判代の意味は分からないが、とにかくオウは、
敗者が勝者に賞金を渡すという、カツアゲの内には入らない状況を作りだそうとしている。

ポケモンバトルが始まった直後に、ポケモンバトルの審判がやって来た。
ポケモンバトルを降参しようと決めた直後に、降参するなら金を出せと恐喝された。
あまりにもタイミングが出来過ぎている。

もしもオウの登場が偶然ではないとすると、オウは、
今この場所でポケモンバトルが始まると知っていた上で、
さらにシオンがポケモンバトルを降参すると予測していたことになる。

そこまで考えて、ふと思った。

ポケモンバトルを仕掛けた本人なら、今ここでポケモンバトルが始まると分かるのではないか。
手持ちポケモンが強すぎる怪物だったならば、相手トレーナーが降参すると予測出来るのではないか。
そもそも何故、胡散臭さ全開のオウに対して何の異論も唱えず黙っていられるのか。
訝しがったシオンは視線を飛ばす。
そびえるドラゴンの隣でたたずむ女トレーナーをキッとにらんだ。

「あなたはあいつとグルなんだな……」

ありったけの怨みを込め、当たるようにしてシオンは叫んだ。

「ヒメリさん! よくも俺を! だましてくれたな!」

声が届くと、小さく見えるヒメリは、両股を広げて、両手でメガホンを作って、
CMのアイドル的なポーズをとって、叫び返した。

「シオンくん! あなたはただの! けいけんち!」

身の毛もよだつ五・七・五がシオンの胸に突き刺さる。
ヒメリは認めたのだ。
美人局戦法とでも呼ぶべき極悪卑劣な罠を、
新人トレーナーのシオンに対して仕掛けたことをヒメリは認めた。
がっくりと膝を着く。
なんとなく嫌な予感はしていたが、
まさか自分が本当にこんな目に合ってしまうだなんて思いもしなかった。

「勝ち続けるために! この程度のことするの! 当然!」

再度ヒメリが雄叫びをあげた。

三千円ぽっちの金と、
確実なる一勝を我がものとするため、
相手の情報を洗い出して、
二人組を結成して、
二対一の卑劣な行為に及んだ。
そんなものがポケモントレーナーの日常茶飯事だと突き付けられても、
信じられないと驚愕するしかシオンには出来なかった。

「それじゃあ、バトル始めますよ! 準備はいいですか!」

「いつでもオッケーです!」

「ふざけやがってぇ……」

嬉しそうな二人に聞こえぬようシオンは悪態をつく。
シオンは、ヒメリに騙された自分の能力の低さに腹が立っていた。
そんな自分を騙した二人の鬼畜っぷりにも怒り狂っていた。

悔しい。
見返してやりたい。
ぎゃふんと言わせたい。
出し抜いて鼻を明かしてやりたい。
予想だにしなかった敗北を植えつけたい。
絶望の果てでのたうちまわらせてやりたい。
同じ目に合わせてやりたい!
思い知らせてやりたい!
わからせてやりたい!

どうして俺を騙した露出狂女に、負けてあげなきゃならない?

どうして俺を脅したド腐れYAKUZAに、金を渡してやらなきゃならない?

「ほんっとに、ふざけやがってぇ……」

燃え滾る悪意が、渦巻く復讐心が、怒りと憎しみとが、
シオンの内側で強大な闘志へと変わっていった。

「勝つぞ、ピチカ。あのカイリューをぶっ潰す。俺の言葉を信じて闘ってくれ」

黒い眼差しに怪しい光を宿し、シオンはギラギラしていた。
ピチカは呆然とした表情のまま、曖昧にこくんとうなずき返した。

「それでは! 試合開始!」










つづく


  [No.1115] 悪徳勝法の馬鹿試合 3 投稿者:烈闘漢   投稿日:2013/06/08(Sat) 12:25:23   41clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

悪徳勝法の馬鹿試合
      3







「それでは! 試合開始!」

オウがベンチに腰掛け足を組むと同時に、ビシッと右腕を上げた。

「ターイムっ!」

間髪いれずにシオンが叫ぶ。
オウの物凄い煙たそうな顔が見えた。

「ヒメリさん! 先行ゆずってください! お願いします!」

そう懇願すると、シオンは凄まじき速度でひざまずき、額と両手を地べたに押しつけた。
お得意の土下座である。
果たして、向こう側に立つビキニのお姉さんに、今の自分はどう映っているのだろうか。
祈りながらシオンは地面を凝視した。

「んもー! しょーがないなー! 今回だけだぞっ!」

ずっとずっと遠くからヒメリのありがたいお言葉が響いて来た。
まるで駄目な弟をあやすような言葉遣いが、妙に心地よかった。

「ありがとうございます! ヒメリさん!」

顔を上げて御礼を言った。

ポケモンバトルは先に攻撃した方が圧倒的有利に立てる。
しかしシオンは、決して先制攻撃を与えたかったわけではない。
あのカイリューを倒す策を考える時間が欲しかったのだ。

たった今シオンには、最初に攻撃が出来るチャンスが与えられた。
つまりピチカの先手が決定した。
すなわち、ピチカがカイリューへの攻撃を始めない限り、
カイリューはピチカに対して攻撃することが出来ない。
そういう約束を今、ヒメリに誓ってもらったのだった。

シオンはその場であぐらを組み、腕を組み、目をつむって、脳を働かせ始めた。

ヒメリのポケモンはカイリュー。最低でもレベル五十五の力量を誇っている。
対して此方のポケモンは、およそレベル五のピカチュウ。
圧倒的過ぎる実力差を覆さなければならない。

ピチカの使える技は、
でんきショック、なきごえ、しっぽをふる、でんこうせっか、の四つ。

あの巨大ドラゴンを倒すとなったら、ピチカの攻撃技を百発ほど浴びせなければならない。
逆にピチカが攻撃を受けるとなったら、
カイリューがどんなに弱い攻撃技を使ったとしても、間違いなく一撃で葬られてしまう。
大きすぎる無理難題を前にシオンは必死で頭を使った。

敵の攻撃を避け続ける方法は?
ずっと俺のターンなんて状況を実現する方法は?
普通にぶつかり合って勝ち目はあるのか?

脳味噌の中でありとあらゆる戦術が駆け巡った。
浮かんでは消え、浮かんでは消え……シオンは一生懸命だった。
今、必勝法を思いつかなければ敗北からは逃れられない。

それからしばらくする。

「なあシオン君! さっさと始めてくれないかなあ!」

遠方からオウの急かす声が響いた。

「もう少しだけ!」

慌ててシオンは、脳内で作戦をまとめる。

シオンが先攻であり、ヒメリは後攻である。
つまりヒメリが、ピチカが攻撃したことを確認できなければ、
ヒメリはカイリューに攻撃命令が下すことができない。
これを利用しない手は無い。

まず、遠目のヒメリではハッキリ分からないくらいの些細な動きでピチカは『しっぽをふる』を連発する。
そしてカイリューの防御力を極限まで減らしまくる。
次に、ピチカとシオンがまるで会話しているかのように見せかけて、ピチカは『なきごえ』を乱発する。
ただの会話だと勘違いした馬鹿ヒメリは打ってこず、カイリューの攻撃力はさりげなく極限まで減らされる。

それからピチカに電気ショックを撃たせる。
そこで何故か偶然にもカイリューは『まひ』状態となる。
この地点でようやくヒメリが此方の攻撃に気付く。
しかし、そこから奇跡的に二十ターンほど『からだがしびれてうごけない』状態が続いて、
カイリューは未だに何もすることが出来ない。
その隙にピチカは『でんこうせっか』をカイリューの急所(股間とおぼしき部分)に何度も何度もぶちかます。
カイリューが倒れるまでぶちかます。

「……イケる!」

少なくともこの時のシオンには、それがパーフェクトな作戦としか思えなかった。
もしかすると自分は天才なのかもしれない、と思いこみ、緩んだ口元がニヤニヤしていた。

「ピチカ。こっそりと。あいつらに気付かれないくらい、物凄いこっそりと、しっぽをふる」

喉を震えさせずに、ほとんど吐息だけで言葉をつづる。
普通なら思わず聞き返す音量でシオンは囁き、ピチカに役目を伝えた。

――チュー!

ピチカは小さな尻をフリフリ振ると、ギザギザ模様とハート形の尾先がプルプルと震えた。

「おーっと、ピカチュウのしっぽをふるだー! 何故この技を選んだのか! 理解に苦しむー!」

技とらしいほどの馬鹿でかい声が公園中に響き渡る。
『しっぽをふる』にヒメリが気付かなくとも、オウには見抜かれてしまっていたのだ。
当然オウの馬鹿でかい声はヒメリにも伝わる。
ゾッとした。

「やっと技使ってくれた。それじゃあカイリュー、かえんほうしゃ!」

命令と同時に、カイリューは張り裂けんばかりにアゴを開く。
ノドの奥から、灼熱の赤い光が顔をのぞかせた。

「あっ! リアル口内炎だ!」

素っ頓狂な声でぼやいたのはオウだった。

「くそったれぇぃっ!」

シオンが悲鳴をあげた。

カイリューの口から放たれた、深紅の鋭い閃光の瞬き。
肌を焼きつく熱風が吹き荒れ、炎の濁流が槍の如く、ピチカ目掛けて一気に押し迫る。
敗北、が一気に押し迫る。
瞬間、シオンはその場を左に離れる。と同時に、シオンの右腕が動いていた。

グオォオオオヴヴォォオオオフォォオオオオ!!!

燃え盛る地獄の貨物列車が、轟音を立ててシオンの眼前を横切って走る。
苛烈に揺らめく火炎の息吹は、滝を真横にしたみたいに激しい勢いだった。
瞳が焼けるような紅の光景をただ茫然と眺めた。

目の前の空間が丸ごと消し炭になってしまったみたいだった。
カイリューのアギトから公園の隅っこまで、墨のようなワダチが一直線に伸びている。
砂地から煙が湧き、焦げくさい匂いが充満し、乾いた熱さが広がっては散っていく。
あの時左にそれなければ焼け死にしていただろうな、とシオンは冷静に思った。

「ピカチュウはどこ?」

ヒメリのつぶやきが聞こえた。
だだっ広い公園の砂地に、黄色い鼠の姿がどこにも見当たらない。
シオンの目にすらピチカの影をとらえてはいなかった。

「ひょっとして、ピカチュウ消滅しちゃった?」

「いくらなんでも、ありえないよ!」

「じゃあ一体どこに……まさか上! それとも地面の下! まさか私の背後に!」

何かを察した様子のヒメリは、首と体をキョロキョロ振って周囲を見渡す。
半裸のシルエットをくねくね動いて、遠目で見ていると馬鹿みたいで妙に可愛らしかった。

「いないの? それとも未だ何処かに隠れて、息を潜めて狙っているの?」

ヒメリが尋ね、オウは無言で、二人の視線がシオンに集まる。
その期待に答える。

「いますよ。俺のピチカは、ここです」

シオンは手中にあったモンスターボールを二人に突き付けてやった。
沈黙の間が挿す。
きっと驚いて声も出ないのだと思いこみ、シオンは若干の優越感に浸った。

「かわせっ! で攻撃の回避が出来りゃ『みきり』はいらないですよね。
 でも俺はピチカが『かえんほうしゃ』に当たらないでいてほしかった。
 だから炎が迫った時、ピチカをモンスターボールの中に戻してやった!
 命中率100パーセントだったとしても、
 この場にいないポケモンを相手に、攻撃を当てる術などないでしょう!」

自慢話を雄弁に振舞うが如く、シオンは己の罪状を述べた。

「たわけ!」

怒鳴り声が走る。

「呆れてものも言えぬわ!」

始めてオウの口調が乱れた。
ベンチの上であぐらをかいた巨漢は、悪鬼の形相でシオンをにらむ。
眉間に深い溝を作り、光る金歯で歯ぎしりしていた。

「まったくもってバカバカしい! とんでもない阿呆ですよ! 君は!」

「な、何がおかしいんですか!」

「君、たった今、ルール違反しましたよ! 反則負けですよ! 勝負は終わりましたよ!
 だから、さっさと三千円くださいよ! ほら! ほら! ほらああああああ!」

突然の脅迫的態度への変貌にシオンは思わずひるんだ。
オウの気迫にたじろぎながらも、率直な疑問をぶつける。

「一体、今の何処がルール違反なんですか!」

「ポケモンをボールに戻した! だから反則負け!」

「そんなルール、聴いてません!」

「常識だから言わなかった!」

「じゃあ、ポケモン交代はどうなるんです?
 闘うポケモンを別のポケモンと入れ替えるとき一度モンスターボールに戻さなきゃ駄目じゃないですか!」

「攻撃が当たる瞬間にポケモンをボールに戻してたら、
 いつまで経ってもバトルが終わらねえだろうが!
 こういうのはやっていいタイミングってのが存在してんだよ!」

「そんなもん分かるか!」

「そもそも一対一のバトルじゃねえか! お前はピカチュウ一匹しか持ってないだろ!
 交代も糞もあるか!」

ふいにシオンは何も言い返せなくなってしまった。
反論の余地もない程の図星であった。

なんだか言いくるめられてるみたいなのが癪に障ったので、
何か反撃をしようと思い至るも、
特に言い返す言葉が思い浮かばす、
その結果、
シオンは無言でオウの鼻筋をにらみつけていた。

にらみつけるVSにらみつける。
不穏な空気と重たい沈黙が流れる。
にわかにオウの口が開いた。

「次、ピカチュウをボールに戻したら反則負け! いいですね!」

「……わかりましたよ」

ぷいっ、とシオンはオウに背を向けた。
振り向いた視線の先で、ジャングルジムが爆発していた。
キャンプファイヤーの如く、熱く激しく轟々と、ジャングルジムは燃え盛っていた。
先程カイリューが放った『かえんほうしゃ』が直撃したからだ。
この公園にある遊具が屍のように不気味だった理由がようやく分かった気がした。

派手に輝く火柱と、入道雲のような黒煙を眺めて、ふと、シオンの脳裏に考えがよぎる。
あのジャングルジムにカイリューをひきつけて、さっとかわして、
火柱に直撃させたらカイリューを倒せるだろうか。

「おら! ボケっとしてねえで、はよぉポケモン出してくださいよ!」

オウの恐喝がシオンを急かした。
渋々ピチカ入りのボールに手を伸ばす。

「焦るなよ。まったく……」

ぶつくさ言いながら、シオンはモンスターボールを構え、投げつけた。

きっとテレビゲームのボスの倒し方なんかじゃ、多分あのカイリューは倒せない。
いつの間にか、カイリューを討つ術を完全に見失っていた。

鉄球が割れ、光が飛び出し、再び電気鼠が解き放たれる。
呼び出されたピチカは、またしてもカイリューと対峙する羽目となった。
たまったものじゃあないのだろう。
自分が原因でありながらも、シオンは他人事のようにピチカを哀れんだ。

「試合再開!」

「カイリュー、10まんボルト!」

ヒメリの速攻。
カイリューの伸ばした両腕の爪先から、
バチバチ弾ける白い電流が閃いた。
アレがピチカを体をかすめた瞬間、シオンの敗北は確定する。
慌てる間もなく、冷や汗をかく間もなく、急いで次の手を打った。

「ピチカ、下がれ!」

ピチカが後へ飛び退く。
シオンは前へ踏み出す。
ピチカとシオンの立ち位置が入れ替わる。
カイリューの電撃が放たれた。
必死の雷光がシオンに迫る。

「うおっ!」

雷鳴の轟き。
稲光の輝き。
横殴りの落雷。
衝撃の襲撃。

鼓膜はかき乱され、目はくらみ、肉体から感覚がなくなった。
刹那の間に成す術もなく、シオンの五感は激しく揺れる。



全身がじんじん痺れる感覚があった。
体が浮いているような夢心地だった。
頭の中がボーっとしていて気持ちがよい。
そういえば目の前が見えない。
黒でもなく白でもない。色が分からない。
目が働いていない。
何故だろうか。
わからない。
わからないけれども、夢の中で意識がある時のように、今の自分には考える事が出来る。
そう理解した直後、思考することに新鮮さを覚える。
今まで考えることをしていなかったことに気付く。
何故だろうか。

ピ――――――

耳鳴りが聴こえる。
ずっと前から鳴り続けていたらしい。

――チュウ! チュウ!

耳鳴りの中にノイズが混じっている。
そのノイズがピカチュウの鳴き声だと分かる。
ピチカが呼んでいると悟る。
先程まで自分の意識がなかったことを思いだす。
今、何が起きたのか、思い出す。

ピチカを守るためにカイリューの『10まんボルト』を受けた。
だから自分は今きぜつして倒れている。
つまり今、ピチカに命令してやれるトレーナーがいない。

シオンはめをさました。

ヤバい! このままではピチカが危ない! ボケっとして、倒れてる場合じゃない!
動け、動け、動け、動け、動け!

「んんんんあああああっっっ!!!!」

痛みを忘れ、我を忘れ、五感が肉体に戻ってくるよりも早く、シオンは立ち上がっていた。

おぼろげな白の光がシオンの視界に射し込んだ。
さびれた公園を満たす朝焼けの光だと分かった。
体の表面から、弱弱しい痛みが湧き上がってくる。
頭の中がくらくらする。
見る物全てが、蜃気楼のように揺らめいて見える。
まだ体調がはっきりしていないらしい。

「嘘? 生きてる? よみがえった?」

ビキニのお姉さんが驚きの声を上げた。
遠くの場所でヒメリがたたずんでるのが見えた。

――ヴォォオエエエアアア……

アイボリー色のドラゴンが低い声でうなりを上げる。
ヒメリの隣でそびえ立つカイリューが視認できた。

「人間にはね! HPという概念がないからね! ポケモンの技を受けても『ひんし』にはならないよ!」

胡散臭い解説が大声で語られる。
相変わらずオウは、ベンチの上でふんぞり返っていた。

――チュ! チュウ!

シオンの足元から鳴き声が聞こえる。
幼い電気鼠が此方を見上げていた。

「でかしたぞ、ピチカ! よく俺を起こしてくれた!」

シオンは喜びのあまり、ピチカの若干柔らかい全身を舐めるようにしてなでまわした。
ピチカはくすぐったそうに目を細めて、くねくねした。
元気そうな様子を見て、ピチカが無傷なのだと安心した。

「しかし、ヒメリさんもあまいトレーナーだなあ。
 俺が倒れている隙に攻撃すれば勝負は終わっていたというのに……」

「あんた、馬鹿じゃないの!」

シオンの独り言に罵声が割って入る。ヒメリだった。

「ねえ何で? 人間がポケモンの攻撃受けるとか馬鹿じゃないの! ふざけてんの?
 罪悪感半端ないんだけど! 馬鹿じゃないの? 馬鹿っ!」

興奮気味のヒメリに怒鳴りつけられまくる。
酷い言われようだと思いながらも、必死な態度を前にして、シオンは怒る気になれなかった。

「耐えろ! で耐えてくれれば『まもる』はいりません。
 だから俺が盾になってピチカを守った。以上です」

「それ反則だよ!」

オウがぴしゃりと言った。

「違う! 反則じゃない! 俺の天才的タクティクスです!」

「違わない! ただの反則! 天才じゃくて卑怯者!」

「違わなくない! 大体俺、ピチカをボールに戻してないじゃないですか!」

「さっきの反則とは別物! トレーナーがポケモンの闘いに割り込んだ! だから反則!
 トレーナーがやっていいのは、ポケモンへの命令だけ!」

「んな話は聞いていない! 勝手にルール追加すんなよ!」

「……ならよぉ! 10まんボルト! もういっぺん! 受けてみっか! あ゛ぁん!」

シオンの反論が止まってしまった。
あのカイリューの攻撃を何度も受けてしまえば、誰でもそのうち死んでしまう。
しかし、ピチカがカイリューの攻撃を食らわば、間違いなく一撃で『ひんし』に陥るだろう。
盾になったら死ぬ。ならなければ負ける。打つ手無しの八方塞だった。

「なら俺はどうしたらいいんだよ……」

「負けを認めたらどうかな!」

「ポケモントレーナーが、そんな真似できるか!」

「でも今、降参すれば、君のピカチュウは傷つかずに済む!」

一瞬だけ戸惑ったが、シオンは断った。

「……俺は降参はしない!」

「どうしてそこまでして闘う!」

「このバトルで負けるようなトレーナーが、ポケモンマスターになれるワケがない!
 だからこそ俺達は勝つ!」

「どうやってあのカイリューに勝つつもりだい!」

「それはっ……」

言葉に詰まった。

「インチキでもなんでもいいけど! 勝てる方法があるのかい!」

「あ、あるさ! 勝つ方法くらい!」

「嘘ですね!」

「嘘じゃない!」

嘘だった。

「君が反則を使ったのは、まともに闘えば負けるって認めたからだろ!」

正論を前に、返す言葉が見つからない。
シオンが押し黙る。オウが畳み掛ける。

「知ってるかい! 君のピカチュウはレベル五! ヒメリ君のカイリューはレベル六十八!
 どう考えたって勝ち目ないでしょ! 普通に考えてみなよ!」

「そんなことはない!」

たまらず叫び返したが、シオンの本心ではなかった。
二匹の力の差を知って、内心では絶望に打ちのめされていた。
どうして勝負をあきらめないのか、自分でも不思議に思った。

「本当に勝てるんだね! あのカイリューに!」

「もちろんです!」

自信満々に嘘を言い切った。

「タマムシ大学の教授に説明して納得のいってもらえるような、
 そんな必勝法を見つけたって断言できるのかい!」

「断言できる!」

即答した。

「……そうかい! わかった! わかったよ!」

オウはシオンからそっぽを向いて、そして叫んだ。

「ヒメリ君! シオン君が何かしでかすよりも早く、ピカチュウを仕留めてほしい!」

「わっかりましたー!」

ひょうきんな声が聞こえ、そこにヒメリがいたことを思い出す。
シオンがオウと言い合いしている間、
ヒメリはカイリューに攻撃を指示せず、ずっと待っていてくれたらしい。
意外と良い人なのかもしれない、と思ってしまいそうになった。

「試合再開!」

ビシッとオウの太い腕が上がった。

「げきりんでもなんでも撃ってこいやあ!」

シオンのちょうはつ。
もう、やけくそだった。

「分かったわ! カイリュー、れいとうビーム!」

長い胴体を倒して、前屈みの態勢をとり、カイリューは思いっ切り口を開いた。

「ピチカ! 逃げろぉ!」

シオンは声を荒げた。
『みきり』が使えない以上、命中率100パーセントの攻撃は避けられない。
だから『にげる』を使った。

カイリューの喉の向こうからカッ、と浅葱色の光線が放たれた。
その輝きが、シオンのまぶたに淡い青色を焼き付ける。
光の直線が宙を走り、あっけなくピチカに触れた瞬間、シオンの中で何かが消えた。

にぎやかだったテレビの電源が切られてしまったかのように、

プツンと、


シオンのめのまえがまっくらになった!










つづく


  [No.1116] 悪徳勝法の馬鹿試合 4 投稿者:烈闘漢   投稿日:2013/06/08(Sat) 22:54:56   47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

悪徳勝法の馬鹿試合
      4







チャ・ラ・ラ・ラン・ラン・ラ・ララ〜♪

ガラス張りの自動ドアが開くと、奇妙なテンポのBGMが流れてきた。
どこのポケモンセンターでも流れている、トレーナーおなじみの曲であった。

カウンターへ向かい、
ピチカ入りのモンスターボールと、
『ヤマブキ・シオン』のトレーナーカードを差し出す。
受け付けの老年の女性が受け取る。

「お預かりします」

ポケモンセンターで働く女性は、親しみやすさを込めて『ジョーイさん』と呼ばれている。
女医と獣医の混じった造語なのだろう、とシオンは勝手に決めつけていた。
しかし、よく考えてみれば受付の女性は女医でも獣医でもない。


シオンの言うことを聞いていれば、良い思いが出来る。
そう誤魔化しているからこそ、ピチカはシオンの命令に従い、闘ってくれているのだ。
にも関わらずシオンはピチカに敗北を味あわせてしまった。
嫌な思いをさせてしまった。
次にモンスターボールから出てきた時、ピチカはいうことをきいてくれるだろうか。
シオンは広い待合室の片隅に立って、頭をかかえた。
少なくともピチカとの信頼性に亀裂が入ったことは確かだった。

「くそ、俺はピチカの『おや』なのに……」

天井を見上げてつぶやく。

「じゃあ俺はさ、あの時、一体何をどうするべきだったって言うんだよ?」

天井に問いかけたところで、答えは返ってこない。
個人的には最善の選択をしてきたつもりだった。
それでもヒメリとのバトルに敗北してしまった。
何をどうすれば勝利することが出来ていたのか。
先程味わったばかり敗北を、追体験するかのように、シオンは思い返した。




シオンの目の前が真っ暗になったのも束の間の出来事だった。
すぐに何も見えなくなった視界は回復する。
朝焼けの光がシオンの目に戻ってきた。

さびれた公園。ビキニのお姉さん。巨大なドラゴン。自称審判の借金取り。
そして見覚えのない、巨大な氷のオブジェがそこには在った。
シオンの眼前で、見上げるほど馬鹿でかいクリスタルのような物体が、陽光を透して光輝いている。

「なんだこれは?」

まじまじと見つめる。
巨大な氷塊と、その中心に丸まった黄色い肉が埋まっている。
目を凝らす。
ピチカだった。

「嘘だろ……」

ゾッとするほど、信じたくない光景だった。

ピチカはにげられなかったのだ。
それどころか背を向けることすら出来ていなかった。
『れいとうビーム』を食らってしまったピチカが、氷の中に閉じ込められている。
茫然自失となってシオンは立ち尽くす。

どうしてこんなことになってしまったのか。
思えば、ヒメリはシオンよりも先に技の命令を下していた。
レベルの高いカイリューの方がピチカよりも素早かった。
「逃げろぉ!」ではなく、「でんこうせっかで逃げろぉ!」と叫んでおくべきだった。
今になって後悔した。

「……ピ、ピチカ?」

シオンは小声で尋ねる。返事がない。
きっと声が分厚い氷の奥底にまで届いていないからだろう、
と都合のよい推測を勝手に立てて納得した。

「私の勝ちね! シオン君!」

ヒメリの嫌に響く大声に、シオンは公園を見渡した。
白雲めいた冷気が周囲で、もやもやと漂っている。
いつの間にか、震えたくなるような冬の寒さが一帯を包んでいた。
全部この氷の責任だ。

「ピカチュウ戦闘不能! よって勝者、ミノ・ヒメリ!」

オウはベンチに腰かけたまま、右腕と不快な大声を上げた。
吐き気がした。

「そんなワケだから、お金払ってもらおうかな! シオン君! きっちり三千円だよ!」

審判だったオウは、にわかに借金取りに変身した。
しかしシオンに全所持金を差し出すつもりは毛頭なかった。
現実が認められなくて、敗北が認められなくて、抗わずにはいられなかった。

「まだ勝負は終わっていない!」

「……は?」

馬鹿にするような短い一言だった。
シオンは強く言い返す。

「まだ勝負は終わっていない!」

「いや、終わったよ! もう全部終わったんだ! 気に入らない展開だからって! いい加減にしなよ!」

叱りつけるような声で、オウが一気にまくしたてる。

「お金! 払いたくないだけでしょ、シオン君は!」

「誰がお前なんかに一円でも払うか!」

「お! 協会に逆らうつもりかい! 困ったな! 暴力は好きじゃないんだけどな!」

「ちょっと、待って!」

突然、ヒメリが制した。

「ねえ、シオン君! あきらめないつもりらしいけど! 無理じゃないの!」

「無理って、何が!」

「本当に! 私のカイリュー! 倒せるの!」

「倒す方法は必ずある!」

「あったとしても! 今更そんなの意味ないよ! 勝負はもう終わったんだからさ!」

と、オウが言った。

「そもそも! そのコ! ガチガチに氷っちゃって! 動けないでしょ!」

と、ヒメリが言った。

「そんなことはっ……」

と、言いかけて、戸惑い、シオンは黙り込んだ。

えっ?

えっ?

えっ?

アレ?

何だって?

今、何だって?

何かがおかしい?

なんて言った?

何が起こっている?

矛盾している?

勘違いしている?

シオンは今一度、氷の中に閉じ込められたピチカの背中を見つめる。

先程はシオンの呼び声に答えてくれなかった。
その理由は本当に、氷が分厚くてシオンの声が聞き取れなかったからかもしれない。
決して、ピチカの体が動かなかったからではなかったのかもしれない。

ゾッとした。鳥肌が立った。体が微かに震えた。
絶望はしたからではなく、希望の光が見えたからだった。
期待と喜びと興奮でシオンの体が奮えた。

「早くボールに戻したら! そのピカチュウ、窒息死するよ!」

オウの言葉がおいうちをかける。
しかしシオンに、こうかはないみたいだ。

「だったら! さっさと勝負を終わらせなくっちゃあなっ!」

シオンは腕を伸ばし、ビシッとカイリューに指を向ける。
希望を見据えて、勝ち気に叫んだ。

「行けっ! ピチカ! でんこうせっかだ!」

しんとした。
静寂が聞こえた。
『しかし何も起こらない』みたいな空気が流れた。

「ねえ! 一体何をやってるんだい!」

オウのあざけりに耳を傾けず、
シオンは一心不乱に氷漬けのピチカをにらんでいた。
内心、空回りしたみたいで恥ずかしくなっていた。

奇跡は起きてくれないのだろうか。
現実は上手くいかないものなのだろうか。
敗北を受け入れるしかないのだろうか。
シオンは勝負をあきらめかけた、その時だった。

びし!

氷塊に走った白い稲妻。
ピチカの氷に亀裂が入った。

「は?」

「何?」

「よし!」

びし!

もう一本、深いひび割れが走る。
氷塊に十字の傷痕が出来る。

「何が!」

「どうして!」

「行けるぞ」

びし! びき! ぱき! かっ!

氷塊内側を切り裂くまくって、太い亀裂の快音がうなる。
数多の枝分かれが立体的に展開し、氷塊を真っ白に染め上げる。
ピチカの姿はもう見えない。
側に立つシオンは、ひびだらけの氷が砕ける寸前なのだと感じ取った。

「一体何が起きてるんだ!」

オウがわめいた直後、氷塊の崩壊が始まった。
巨大な一つのクリスタルが、木端微塵に砕け散り、数万粒のダイヤへと形を変える。
幾千万もの砂粒が、朝陽の中で宝石のようにキラキラと煌めく。
シャラシャラなだれ込んだ冷たい微粒子は、シオンの足元まで降り積もっていった。

「カイリュー! げきりん!」

「無駄だ!」

氷塊の粉砕と同時に、ピチカは外気へ解き放たれた。
弾丸の如く、飛び立つ。

「『でんこうせっか』は! 『げきりん』よりも! 速い!」

シオンの叫びが終わるよりも速く、カイリューが微動するよりも速かった。
ピチカの小さな脳天が、カイリューの厚い首を突いている。
残像を引っ張る猛スピードで、公園の端まで飛んで行った。
「あっ」という間だった。

ぽよん、とカイリューの皮膚の弾力で、ピチカは跳ねっ返り、地面に落下していった。
棒立ちのカイリューを余所に、シオンは地べたで横たわるピチカを見つめる。
レモン色の肌ではなかった。
ピチカの肉体は光を反射して輝いている。
目を凝らす。
粉々になった氷の破片が、乾いたピチカの全身を覆うようにして密着していた。

ピチカは、カイリューの放った『れいとうビーム』の残骸を身にまとい、
ドラゴン・ひこうタイプのカイリューに思い切り突っ込んだのだった。

どがん!

短く地響きがなった。
顔を上げた先で、カイリューが倒れていた。
うめき声一つ上げずに、大地に崩れ落ちた。
土煙が舞い上がっている。
期待に胸が高鳴る。

「か……勝ったのか?」

「カイリュー!」

ヒメリが駆けだしていた。
膝をつき、横たわるドラゴンの巨体を労わるように大きく撫でる。

「そんな……たったの一撃で、私のカイリューが、『ひんし』になってる……」

茫然と目を剥くヒメリがいた。
ショックを隠しきれない様子であった。



「戻れ。ピチカ」

シオンはモンスターボールをつかむと、遠くで倒れるピチカに向けた。
たちまちピチカは半透明の赤い光に変身して、手の中のボールに吸い込まれていく。

「でかしたぞ。よくやってくれた。全く大した奴だよお前は」

握りしめたモンスターボールにねぎらいの言葉をかける。
果たしてピチカに聴こえているのだろうか。

「どうして?」

死んだ魚のような瞳で、ヒメリがシオンを見上げていた。
いつの間にかカイリューの姿が消えている。
果たしてヒメリはどこにモンスターボールを隠し持っているのだろうか。
乳とビキニの間ではないことを祈った。

「どうして……こんなことが……」

納得がいかず、ヒメリはただただ驚いている様子だった。
その時、シオンに電流走る。

ひょっとして、今、カッコつけられるチャンスなんじゃないか。

ふいに、くたくたのジーンズのポケットに手を突っ込んで、
明後日の方を見つめ、
無関心で冷めてる自分を装っておきながら、
シオンは低い声を作り、語り始めた。

「自分より強い敵との闘い。しかも此方の攻撃は通用しない。なら敵の技を利用するまでだ。
 そいつの高い攻撃力なら、そいつ自身にも通用するだろう。ってな」

淡々と語った。返事がなく、まるで独り言をつぶやいてるような気持ちになる。
心がくじけそうになりながらも、シオンは説明を続けた。

「氷属性の技。龍・飛のアイツにゃあ超効果抜群。四倍の威力に跳ね上がるってワケだ。
 それもお強い御自分が撃たれた攻撃技でございますから、
 たったの一撃とはいえ、
 間違いなく戦闘不能状態に陥ってるだろうな」

「ブツブツ、ブツブツ、うっさいわね! 何、分かりきったこと長々とほざいてんのよ! 気持ち悪い!」

「え? きもちわっ……」

シオン、動揺する。
カイリューの敗北を受け入れたからなのか、ヒメリは苛々しているようだった。

「私はね! 相手の技を利用するだなんて、
 幼稚園児でも思いつきそうな馬鹿げたアイデアを実行する愚かなトレーナーがいるとは、
 全く思わなかった!」

「え? ひょっとして俺は馬鹿にされている?」

「その上、その馬鹿げたアイデアを成功させるような、
 そんな高度な技術を持ったピカチュウが相手だったなんて……ほんっと信じらんない」

「え? 俺は馬鹿にするのに、ピチカは褒めちゃうんですか……ああ、そうですか……」

「なんでこんな馬鹿なことしちゃったんだろ?
 これじゃ、まるで、『ソーラービーム』を覚えてそうなポケモンを前に、
 『にほんばれ』使ったようなもんじゃない!
 完全に私のミス! 敵にとって都合の良い『れいとうビーム』を仕掛けてしまっただなんて!
 自分の愚かさにゲロが出るわ!」

「自分を馬鹿にしてまで俺を褒めたくないのかよ……」

我ながら賢いことをやったつもりでいたシオンは、ヒメリの言葉で大いに落胆した。
ヒメリがミスをしただけであり、
ピチカの働きが素晴らしかっただけであり、
決してシオンの行った戦術は凄くもなんともない。
自分の実力が否定されたみたいで、ショックだった。

「ねえっ。どうしてこんなことが?」

「はい? えっと……何のことですか?」

「どうして、私のカイリューがれいとうビームを覚えてるって分かったの?」

「え゛?」

「だって、そうでなきゃおかしいでしょ。
 勝機があったから君はあきらめなかったわけでしょ。
 れいとうビームがなかったら君達に勝ち目はなかったじゃない」

「いや、その、まあ、偶然なんだけど……」

「そんなわけないでしょ!
 それじゃ私が何も考えてない馬鹿に負けたってことになるじゃない!」

怒鳴られてしまった。
シオンはとことん舐められている気がしていたが、
必死な顔のヒメリを前にするとやっぱり怒りが湧いてこない。
そして納得のいくような嘘を適当にでっちあげる。

「や、まあ、狙い通りには決まらなかったけど、一応筋書き通りだったっていうか……」

「馬鹿が筋書き通りとか言ってるとホント笑えるんだけど」

「なんか厳しくなってないですか」

「で、何が筋書き通りカッコワライだったわけ?」

「……その、なんとかして『げきりん』をお返ししてやろうと狙ってたんですよ。
 ドラゴンタイプがドラゴンタイプの技を覚えていても不思議じゃないし。
 それに威力の高い技で弱点なら二倍で……」

シオンが語っている内にヒメリは、「ああ」と驚きと納得の混じった顔をしてから、
急にうずくまって頭をかかえた。
ほんとうにばかなことをした、そんな感じで自分を責めているようにみえた。


「ヤマブキ・シオン!」

大声に振り返ると、シオンの間近にオウの屈強な体躯があった。
おどおどと見上げた先には、意外なほど嬉しそうな笑顔が浮かんでいた。

「やっぱり君の負けだ!」

「え? 何だって?」

「カイリュー戦闘不能! しかし、勝者ミノ・ヒメリ!」

「どういうこと?」

二人に近付いて来たヒメリが不思議がった。
シオンはまたしても絶望の淵に叩き落とされた気分になった。
恐らくオウは全てを見抜いている。
オウの笑顔が、シオンの不幸を喜ぶようなものに見えた。

「ヒメリ君! さっきのバトルで、おかしなことが起きたよね!」

「おかしなこと……そういえば、ピカチュウの氷が砕けたのって完全に予想外だった」

「いや! アレは全然おかしくない!」

たまらずシオンが叫ぶ。
露見しそうになった真実を必死で隠そうとした。
焦りで呼吸が少し荒くなる。

「でもどうして私、氷が壊れたのが予想外だって思ったんだろ?」

「僕がピカチュウは戦闘不能だ、って言っちゃったからだよ!」

「そうだった……そうでしたね。それに、かなり分厚い氷だった。
 あのピカチュウに氷を割るパワーが残ってたとは思えないんだけど?」

「おっ、俺のピチカは、見かけ以上に怪力ポケモンなんだよ! 超筋肉質ポケモンなんだよ!」

「そんなことはまったく関係ないですよ!」

オウがピシャリと突っぱねる。
何を言っても通用しない雰囲気を感じ取る。
シオンの心にあきらめムードがはびこってきた。

「じゃあ一体何が起こってたの? 氷が砕けた理由は何?
 あの状態じゃ、でんこうせっかなんて技が使えたはずないのにっ」

「よーく考えてみなよ!
 そもそもあの時のピカチュウが『こおってしまってうごけない』わけがない!」

「ん? どうして? どういうこと?」

「だってあの時のピカチュウは、『ひんし』状態だったんだから!
 『こおり』状態になるわけがない!」

「……ああ、なるほどね。状態異常は一つにしかならないもんね」

全ての秘密はいともたやすく暴かれてしまった。
ヒメリは誤魔化せていたのに、ヒメリだけが相手だったならば勝てていたのに、
オウさえいなければ上手くいっていたのに、シオンのトリックはあっさりと破られてしまった。

 大 逆 転 敗 北

空気がドッと重苦しくなるのをシオンは肩で感じた。
今度こそ本当のお終いだった。
もはや、あきらめるしか他はない。

「って、ちょっと待って! それっておかしくない?
 『ひんし』状態のポケモンだって、まともに動けるはずないんじゃないの」

「君は無知なんだね!」

「あ゛?」

「『ひんし』のポケモンに、
『そらをとぶ』や『なみのり』なんて技を使わせて何十キロも移動させる
 畜生トレーナーって結構大勢いるんだよ!」

「それなら知ってる。それじゃ『ひんし』でも技は使えるってことね」

「そうだよ! 『ひんし』のポケモンを闘わせるのは、完全にルール違反だけどね!」

「つまりシオン君は、最低のクズ野郎ってことでいい?」

「そういうことになるね!」

二人の冷めた視線が痛い。
恥ずかしさがこみ上げて来る中で、シオンは言った。

「さっきから二人して、何をありもしない妄言をのたまいてるんだ?」

この期に及んで白を切る。
自分で言ってて馬鹿馬鹿しい。
どうしてさっさとあきらめないのか、シオン本人にすら分からない。

「僕は確かに言ったはずだ! 戦闘不能! 試合終了! 君の負け!
 ちゃんと聴こえてたはずだよね!」

「さあ、どうだったかな?」

「れいとうビームが決まった地点で、決着がついていた!
 君のピカチュウは『ひんし』になった!」

「俺にはそうは見えなかったな」

「それでも君はピカチュウに攻撃の命令を下した!
 『ひんし』のポケモンを闘わせるような真似をした!
 ポケモントレーナーなのに! どうして!」

「だって……それしか勝つ方法が見つからなかったからだよ!
 勝たなきゃあならなかった!」

「でも、負けた!」

強く責められているようで、シオンはむしょうに泣きたくなってきた。
自分は喜んではならない、という罪悪感があった。
しかし、涙は流さない。
本気で悪いと思っていなかったからだ。
ピカチュウ相手にカイリューぶつけるような連中と比べれば、
自分は大したズルをしていない。そう考えていた。

シオンが黙って立っていると、オウが無言で近付いて来た。

「カネ!」

スッと差し伸べられたのは、借金取りの手の平だった。
ポケモンバトル名物のカツアゲタイムがやってきた。

「断る!」

シオンは後ずさる。
警戒しながら少しずつ後退すると、下がった分だけオウが迫る。

「三千円は全財産なんだ! 俺とピチカの飯代なんだ!
 アンタは俺達に餓死しろって言うのか! この年で借金背負うつもりはないぞっ!」

「仕方ないよ! ルールだからね! 敗北者に人権はないからね!」

張り付けた笑顔が不気味だった。
屈強な右腕が伸び、シオンの胸倉をつかんだ。
無理矢理引っ張り上げられ、足が浮き、宙づりになる。
片腕だけでシオンの全身が持ち上がっていた。

「やめろ! 触るな! 俺の飯代が! 俺の冒険が! 俺の人生がぁああ!!」

半狂乱にわめき散らした。
オウの左腕がシオンの至る所をまさぐる。
ジーパンのポケットに手を突っ込まれ、強引に財布をもぎ取られてしまった。
百円ショップで買ったマジックテープ式の財布が見えた時、シオンは必至になってもがいた。
こうかはないみたいだ。
ふいに体が軽くなって、重力がなくなったと思った途端、地べたに尻もちをついた。
顔を上げると、財布から三千円を抜き取るオウが見えた。

「やめろぉおお!!」

シオンは手を伸ばした。オウには全然届かない。
分厚い指先がシオンの全財産をつまんでいる。

そして、三枚の千円札は、シオンの目の前で、破り捨てられた。

悲鳴が声にならなかった。
価値のあった紙切れは、縦に横に何度も裂かれる。
そして紙吹雪となり、シオンの頭上に舞う。
風がさらっていく。
集める気をなくす。

「ど、どういうつもりなんだ?」

憤慨と絶望と驚愕。
借金取りかと思ってしまったのに、
カツアゲされているつもりだったのに、
そうではなかった。

「俺の金が欲しかったわけじゃないのか? 俺に勝負を仕掛けたのは、金が目的なんじゃないのか?」

シオンの声は震えていた。
原因不明の行動を前に、知的好奇心がうずく。

「アンタは一体何がしたいんだ?」

「シオン君はさ、これから一体どうやって稼いで生きていくつもりなんだい?」

「そりゃあ、ポケモンバトルで……」

言いかけて、気が付いた。

ポケモンバトルとはいわばギャンブル。
バトルの勝者が賞金を獲得できるシステムとなっている。
もしも、対戦相手が所持金ゼロ円のトレーナーであったならば、
賭け金を出してくれるトレーナーはどれぐらいいるだろうか。
一人でもいるわけがない。

すなわちシオンは、ポケモントレーナーとして稼いでいく術を失ったことになる。
脳裏に『はたらけ』の四文字が浮かんだ。寒気がした。

「何故だ。何故なんだ。一体どうしてこんなことをする。俺に何か怨みでもあるのかよ!」

怒りを吐くように一息にまくしたてる。
いつの間にか、オウから笑みが消えていた。
無表情なケッキングが、高いところでシオンを見下ろしていた。

「ポケモン協会の命令! この国の! 弱いトレーナーを殲滅する!」

「……え? ってか協会? 本当にポケモンバトルの審判だったのか」

一瞬、未知の言葉を発したのかと思った。
オウがひざを曲げ、シオンと同じ目線まで屈む。
ギラギラした眼差しと視線が重なる。

「ポケモンバトルで負けるのは、一般人と何も変わらない!
 バトルで勝てるからこそ、ポケモントレーナーだ!
 君にポケモントレーナーを名乗る資格は無い!」

嫌みを正論に仕立て上げたような説教にしか聞こえなかった。
怒りよりも強く悲しみがあふれる。
そしてオウは、シオンの肩を、厚い手の平でガッチリつかんで、言った。

「そもそも君は、ポケモントレーナーではない! ただのギャンブル・ニートだ!」

言うだけ言うと、オウは立ち上がり、シオンの側から離れて行った。
自分が駄目な人間だと証明されたみたいで、不快極まりなかった。

足音が徐々に遠ざかっていく。
用がなくなったからとっとと帰る。そんな感じだった。

「じゃ、私も行くから」

短く言い残して、ヒメリもこの場から去って行く。
仲間外れにされたような、置いてけぼりを味わったようなつもりになった。
勝負を仕掛けてきた時は、嫌になるほどしつこかったというのに、引き際は随分とあっさりしていた。

不愉快な言葉が脳裏に浮かぶ。

トレーナーを止めろ。 弱い。 資格がない。 はたらけ。 用済み。 置いてけぼり。 はたらけ。 はたらけ。

受け入れたくないくらいの重苦しい現実があった。
全財産を失い、生きる希望も見失った。
暗闇の底にいるようだった。
嫌な気持ちで一杯になった。

だが、しかし、一体それが何だというのだろうか。

この程度の現実を真に受けたぐらいで、屈するようでは、それこそポケモントレーナーの資格などない。
シオンは奮い立った。
振り返る。
小さくなった二人の背中を見据える。
叫んだ。

「次は必ず俺が勝つ! 覚えてろよ! くそどもがっ!」

二人そろって立ち止まり、振り返る。
四つの瞳が見開いていた。

「まだやるつもりかい!」

「またバトルしてくれるの!」

そろって驚嘆の声を上げる。

「当たり前だ! 俺が勝つまでが! ポケモンバトルなんだからな!」

挑戦状をたたきつける。
敗北を味わった直後だというのに、次は必ず勝利する、という異様な自信があった。

「次は借金背負ってもらうからね!」

「今度は二度と戦えなくしてあげるね!」

威勢のよい歓声が同時に返って来た。
つられてシオンは苦笑した。

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか」


公園から遠のく二人の背中が見えなくなるまで見送った。
今までの熱や喧騒が嘘のように静寂が訪れ、急に寂しい気持ちになってしまった。

よく考えてみれば、
シオンがポケモントレーナーのポケモンバトルをしたのはこれが初めてのことだった。
敵はシオンよりもずる賢く、ピチカよりも強力なポケモンをたずさえていた。
もしもヒメリが至極普通のポケモントレーナーだとすると、
シオンが勝利できるほどの弱いポケモントレーナーは存在しているのだろうか。

仮にトレーナーに勝利できたとしても、
ルールと勝敗を支配するポケモンバトルの審判に認めてもらわなければ敗北とみなされる。
対戦相手ですらない審判を倒す、もしくは審判を説得する、
そんな方法が存在しているのだろうか。
ヤツはワイロを受け取った借金取りのYAKUZAかもしれないのに、
勝ちを認めてもらうなんて出来るのだろうか。

ひょっとして自分がバトルで勝てる方法なんて存在していないのではないだろうか。
どんな行動をとったとしても勝利出来ないシステムの中にいるんじゃないだろうか。

難題に悶々と頭をひねっていると、手の平に氷のような冷たさが伝わって来た。

「しまった。忘れていた」

今になって、『ひんし』のピチカを握っていたことを思い出す。
慌てて駆けだし、空の財布を拾い、ベンチの近くに置いていたリュックサックを背負い、公園の外へと走り出した。


すっかり昇った太陽が、土と木とコンクリートの街並みを照らしている。
ずらりと並んだ屋根の緑色がやけに鮮やかに見えた。
空を仰げば、澄み渡った青が広がっている。
シオンは走っていた。
ポケモンセンターはまだまだ先だ。










おわり


  [No.1117] あとがき? 投稿者:LET TO OKAN   投稿日:2013/06/08(Sat) 23:41:49   37clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

私です。烈闘漢です。

最後までお読みいただいて、とても凄いありがとうございます。
お疲れ様でした。


あとがき(とは名ばかりの自分語り)です。


とにかく面白いバトルを書いてみよう、としたつもりです。
アイディアも大切だけど、見せ方?、演出?とかいうのも大切みたいです。

題名は、『悪徳商法の化かし合い』とかけてみたつもりです。

三人の名前の由来。町から。木の実から。地方から。

トレーナーではない人だから、オウ・シンだけは苗字で読んでおります。
(トレーナーは名前表記みたいだけど、オーキド博士は苗字らしいので)

今回もキャラクターの出来がイマイチでした。
ストーリーどおりに動いてくれるコマって感じになりました。無念。

特にカイリューなんかは、シオン先生がよくわからんけど凄いぞー、
ってなのを見せびらかす為だけにいるかませ犬(むしろ木偶の坊?)
みたいな雰囲気がして悲しかったですね。

あと、ポケモンが生きてる!って感じがしなかった。
ポケモンは道具、って言われても仕方のないレベルで酷かったかもしれぬ。

Q ヒメリがビキニのお姉さんだった理由は?
A 私が女性の服装なんてものを知らなかったからです。男の服も分からんけど。
ズボンのことをパンツって言ったり、パンツのことズボンって言ったり、さっぱりわからん。

Q レベル5なのに色んな技覚えてたけど、ピチカって野生なの? 卵なの?
A 知らん。分からん。考えてない。

レベル13VSレベル55よりも、レベル5VSレベル68の方が絶望感あるなぁ、
と思ったからピチカをレベル5にしてしまったわけです。

『ゲームだから仕方ない』ってな理由なしで考えたら、
野生のポケモンだって卵産んでてもおかしくないのかもよ?

時間の流れとしては、4の最初の部分は、4の最後の部分の後の部分になります。ぶんぶん!

情けないことにコレ一作を書き上げるのに半年以上もかかってしまったので、
面倒臭いから次回作は未定です。
というか続かないかもしれないです。
作者が遅筆で無能なばっかりにもうしわけないです。

でも出来ることなら、そのうち、シオン先生にはオウをぶちのめして貰いたいと思っております。
あくまでも、できることなら、ですけど……。




そんなこんなで、
短い間の駄文拝見有り難う御座いました!
先生の次回作をご期待しないでください!

劇終!完!THEEND!FIN!おしまい!さよなら!ばいばい!うおおーす!ファファファ!


  [No.1151] 薄馬鹿下郎のYOU討つ 1 投稿者:烈闘漢   投稿日:2014/01/13(Mon) 11:42:46   46clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

※『悪徳勝法の馬鹿試合』のつづきです。










薄馬鹿下郎のYOU討つ
       1









「お預かりしたポケモンはみんな元気になりましたよ」

ジョーイさんからモンスターボールを返して貰うなり、
シオンはすぐにボールを額で割り、ポケモンを召喚した。

「またいつでもごりようくださいませ」

ジョーイさんの決まり文句をないがしろにし、
シオンはポケモンセンターを後にする。

雌のピカチュウを頭に乗せて歩くシオンの後姿は、
見る者達の心に主人公の真似事をする小学生を連想させるのだった。



迅速に行動しなければならない!

ポケモンセンターから急いで離れ、トキワの町を闊歩する。

シオン、現在、一文無し。
早いうちに資金を稼がねば今宵の晩飯を確保できない。
腹が減れば減った分だけ気力が無くなり、金を稼ぐのも困難になるに違いない。
その先に待つのは飢え死にのみ。
ピチカと共にゲッソリとやつれていき、
十五歳という若さで自分は死ななければならなくなってしまうのだ。

死ななければならなくなってしまうのだ!

恐怖を前にし、焦った気持ちがシオンの歩く速度を増していく。
気力がなくなり何も出来なくなる前に、出来るだけ稼いでおかなければならない。
太陽は未だてっぺんに在るが、余裕を味わう暇があったらさっさと行動するに限った。

稼ぐ手段は唯一つ。
ポケモンバトルで勝利し、賞金を獲得し、それで生計を立てていく。
ポケモントレーナー本来のあり方でもあり、シオンの目指すところでもあった。

金が欲しけりゃ勝つしかない。
勝ちたければ、確実に勝てる闘いをしなければならない。
確実に勝てる闘いをしたければ、自分よりも弱い対戦相手を見つけるしかない。

弱い物いじめをするしかない!

黙って待ってたって、わざわざ負けにやって来るトレーナーなんていない。
こちらから勝負を仕掛ける。それ以外ない。
自ら闘いの渦中へと身を投じねばポケモントレーナーとしてやってはいけない。

自分は今から金の亡者になるのだ。
金のために無慈悲で狡猾な悪魔になるのだ。
知略を振り絞れ。心を鬼にしろ。残虐非道の限りを尽くせ。

そして、間抜けな雑魚トレーナー共を食い物にしてやる!

馬鹿共の生き血をすすり、己の懐を潤い満たすのだ!

いつの間にか、シオンは血走った目をして走っている真っ最中であった。



首の痛みが気になり始めた頃、
シオンは肩で息をしながらフラフラとトキワの町をさまよっていた。
ピチカを頭から肩に移動させ、頭が凄い軽くなると、
もっと早くにそうしておけばよかったとヘトヘトになって後悔した。
酔っ払いのような千鳥足で路上を漂っているうち、
お目当ての施設を発見し、ようやくシオンは足を止める。

巨大な丸太が敷き詰められた外壁、
そして深緑色の巨大な屋根はサッカー場を山折りにしたみたいに広がっている。
さながらログハウスの大豪邸であった。

「えーっと……トレーナーハウス。ここだな」

入り口ドアの上に掛けられた看板を確認すると、
シオンはトレーナーハウスへと乗り込んだ。



いともたやすく正面から侵入出来たことも含めて、
このトレーナーハウスとやらは恐らく公共施設なのだろう。
などと予測しつつシオンは廊下を進んだ。
通路の果てで重そうな木製の扉に当たり、
ドプァッと開くと、明るくてやかましい場所に飛び出した。

群がりうごめく蟲の如く、人々が集まり、ウジャウジャとひしめきあっている。
レストランのように幾つかの席が設けられた多目的ホールであるらしく、
シオンの脳内で、お祝いにやってきた部外者の多すぎる結婚式の披露宴を連想させた。

トレーナーハウス。
文字通りポケモントレーナーの巣窟であり、
闘いと賞金に飢えた連中の集うところでもあり、
ここにいる全員がシオンの敵でもありライバルでもあった。

老若男女の誰しもが、至るところでワイングラスを片手に明るい談笑を繰り広げている。
しかし、それらが全てカモフラージュであるとシオンは勘付いていた。
ポケモンバトルは情報戦。
既に腹の探り合いが始まっているのだ。
ここのトレーナー達の誰しもが
顔面にうすら寒い笑顔を張り付けていたが、
その三日月に象られたまぶたの向こう側には、
獲物を狙う野獣の眼光がギラついている。
人懐っこそうなソトヅラとは裏腹に、
内心では牙を研いで
目の前の相手を喰い殺す機会をうかがっているに違いないのだ。
思いのほか、飛び交う殺気で空気がピリピリ張り詰められているような気がした。

トレーナー達の真っ黒い雑談が耳障りではあったが、
小奇麗でいかにも金のかかった感じのする空間を前に、
シオンは内心ワクワクしながら周囲キョロキョロと見渡した。

無数の火を揺らす数匹のシャンデラ達が、天井から紫色の光で室内を満たしている。
アップテンポなクラシックと、モモンの実の仄かな香りがどこからともなく漂ってくる。
磨き抜かれた明るい樹の板張りが床に壁にと敷き詰められている。
あまりにも美しく、清潔で、自然とは随分かけ離れた空間であり、
なんとなく都会のおもむきがあるなあ、とシオンはしみじみ思った。


「お客さぁん。あんまり挙動不審な態度をとらないでいただけますか? つまみだしますよぅ」

突発的に投げかけられたのは、甲高くて愛らしい女性の声だった。
ほんの少しの期待を寄せて、シオンはくるりと振り返る。
マタドガスみたいな顔の女がいた。

「うわあああ! 出たああああ! 妖怪ポケモン人間だあああ!」

「んだとこのヤロー! 喧嘩売ってのかオラァ!」

声が可愛すぎて全く凄みのない怒声の恐喝が返ってきた。

「アンタこそ何よ、その顔は!
 福笑いみたいな面しちゃってまあ! この、あべこべフェイス!」

「な、なんてことを言うんだ! 俺はただ見たまんまを……」

シオンが引くと、女は眉間にしわを寄せて前のめりになった。
その時、ようやく気が付いた。
天井のシャンデラに照らされて、女の色白の顔が紫色に染まって見えるのだ。
さらに女の御団子ヘアが相まって、余計にマタドガスっぽく見える。

「すっ、すんませんでした!
 いきなりだったんで、その、目の錯覚だったみたいです……」

「けっ! 昨日はベトベトンで、今日は妖怪呼ばわりか。
 アンタ、次は気ぃつけろよ」

女は疲れたような顔をし、吐き捨てるようにして言った。

「あの、ひょっとしてここの職員さん? ……ですよね?」

恐る恐るシオンは訪ねる。
他の誰しものカラフルな私服に対し、女は黒いスーツ姿であった。
『お客さん』呼ばわりされた事実も相まって、
シオンは女がここで働く人間なのだと確信している。

「ええ、まあ、職員さんといえば職員さんですけど何か?
 ……じゃないや。えっと、で、本日はどういったご用件で?」

威圧的な口調を従業員用に変え、女は真顔になって問う。

「俺はポケモンバトルがやりたいです。だから対戦相手を探してほしいです」

「まっ、そらそうよね。それ以外でここに来る理由なんてないもんね」

女はおもむろに、側にあった席に腰かけ、
脇と二の腕に挟んでいたらしいノートパソコンを机に広げ、電源を入れた。
女に合わせるように、シオンもまた向かいの席に座りこんだ。

「トレーナーカード。見してもらえる?」

女に手を差し伸べられた。
透き通るように白い肌……おかげで綺麗な紫の手の平をしていた。
シオンは、一円玉すら入ってない軽い財布をポケットの底から引っ張り出し、
そこからトレーナーカードを引っ張り出し、女に手渡した。

「どうぞ」

「どうも」

思った通り、すべすべした肌触りの手の平だった。

――スタンッ! スタタンッ!

突如、女は豹変したかのように、キーボードをぶっ叩き始めた。
その美しく可憐な指先は、全速力で稼働するミシンの如く、激しく苛烈に踊り狂っていた。
トレーナーカードのIDやら、パソコンのパスワードやらを打ってるのだとシオンは推測する。

――スタンッ! ターンッ! シュタタタタタタッタッ!

……そこまで長いIDナンバーではなかったはずだ。
指圧の嵐が治まると、女は何食わぬ顔でシオンの方を向いた。

「それで? 本日は、どういった対戦相手がお望みです?」

「出来るだけ多くの金を払ってくれるトレーナーを……とにかく金の儲かるバトルがしたいんです」

シオンは空っ欠の財布を握りしめ、言った。
女は光るディスプレイを血走った双眸で食入るように凝視し、
そしてマウスを動かした。

――カチッ! シュコー! カティカティカティッ! シュコー! シュコー! 

左クリックの乱打に交え、縦横無尽にマウスが動き回る。
大胆かつ繊細、大雑把なのに流麗、
無茶苦茶な軌跡で走らせるマウスさばきに、一瞬シオンは魅入ってしまった。

「……はっ? えっ? マジ? 何これ?」

素っ頓狂な声が上がり、女の右手は止まっていた。

「何かありました?」

「うん、あった。賭け金が、えっと……四十九万九千九百九十九円のトレーナーがいる」

「……は?」

一瞬、シオンは何と言ったのか理解できなかった。
それとも聞き取れなかっただけだろうか。
呪文でも唱えだしたのかと錯覚すらした。

「だからさ、もしも勝てたら、
 四十九万九千九百九十九円が手に入るポケモンバトルが出来る
 ……みたいだけど、どうする?」

女の顔が、スーッと、こちらを向く。
三白眼で物凄く角度の下がったたれ目
……確かに眼つきだけならマタドガスやベトベトンに似ている。
ぽかんと口を開け、固まった女の表情は、大金の衝撃を物語っていた。
手を伸ばすだけで、貧乏脱出どころか大金持ちになれる。
シオンの胸の高鳴りは、自分の鼓膜にまで届いていた。

「やる! 俺、それ、やる!」

「あん? アンタ正気?」

「おう! 俺、そのトレーナーとポケモンバトルをやるよ!」

やや興奮気味になった。シオンのボルテージがあがっていく。

「やったぁ、ド貧乏かと思ったけど、まさか一瞬で金持ちになれるなんて……」

と、シオンはニヘラニヘラと薄気味悪い笑みを浮かべ、天井を見上げる。

「ねえ、お客さん。四十九万九千九百九十九円って、どういう額か知ってる?」

「ああ、知ってますよ。凄い大金ですよね」

「そうなんだけど、そういうことじゃなくてさぁ。
 所持金として許されてる金額の上限いっぱいが、九十九万九千九百九十九円。
 だから、四十九万九千九百九十九円っていうのは、賭け金にして最大の金額。
 この賭け金で勝利したら、後1円で財布パンパンになる計算なの。分かる?」

「分かります! そりゃあ凄い!」

「凄いじゃなくって! ああん、もうっ!」

まだるっこしそうな声が出る。
女は物凄い嫌がっていそうな表情をしていたが、
それでも女はシオンに言い聞かせるようにして向き合った。

「いい。それだけの大金を賭けるってことは、
 それだけバトルの腕に自信のある強いトレーナーだってこと。分かる?
 勝てるだなんて、都合のいい妄想してる所わるいんだけど、間違いなく負けるから」

「ええ、そのくらい予想ついてますよ」

「あぁ、そう。意外。
 それじゃ、アンタ……じゃなくて、お客さまが負ける可能性がほとんど百パーセントで、
 しかも負けたらお客さん……じゃなくて、
 アンタは四十九万九千九百九十九円支払わなきゃならない。分かってる?」

「そのことなら問題ないですよ」

「どうして?」

「だって俺、所持金ゼロ円ですから」

おもわずシオンはほくそ笑んだ。俗に言うドヤ顔である。
持ってない物は奪われない、という安心感がシオンにはあった。
女はポカンと口を開け、眉間にしわを寄せ、
汚い物でも見るかのような嫌悪感にまみれた表情で固まってしまっていた。
それから侮辱するかのようにして鼻で笑った。

「そう。ああ、そう。分かった、君馬鹿なんだ! ああ、そっかそっか、そういうことなんだぁ……」

一人納得したようにつぶやく。その後、女の眉毛がキッとつり上がった。

「アンタ調子に乗りすぎ。いっぺん地獄で診てもらった方がよさそうね」

再び女はパソコンと向き合い、
――シュビビン! スタタタッ!――
と両手を駆使してパソコンを打ち鳴らした。

「もう後悔しても遅いからね。どうなっても知らないから」

「えっと……一体何を?」

女が手を止め、シオンをにらむ。

「四十九万九千九百九十九円のトレーナーとポケモンバトルが決まったから」

「よっし! それで、対戦相手は? どんな人ですか?」

「何でそんな嬉しそうに出来るわけ?」

シオンの笑顔を眺め、呆れ果てたみたいな顔つきで女は訊いた。

「要は勝てばいいんですよ。負けなきゃ俺に被害はない」

「何、その自信? どっから来るわけ?」

「その自信をこれから作るんですよ。絶対に勝てると思える状態に仕上げるんです。
 そのためにも、誰が対戦相手なんですか? さっさと教えて下さいよ」

「はぁ〜」と、重いため息をついてから、女はディスプレイに向き直る。
馬鹿の相手に疲れてしまったのだろう、とシオンは勝手に予想した。

「アンタの対戦相手の名前は、ヤイダ・ドモン」

「……ん? ヤイダ・ドモンってトレーナーの名前ですか?
 それは一体、どっちが苗字でどっちが名前です?」

「知らない。でも、彼、『ダイヤモンド』って愛称で呼ばれてる。
 シンオウじゃかなりの有名人みたいだけど」

「ちょ、ちょっと待って下さい! あの、ダイヤモンドって……」

「何? 知ってるの?」

「ダイヤモンドって、六文字じゃないですか!」

つい大声で叫んでしまった。
シオンは今、目的を忘れるほどのショックを受けていた。

「ひょっとして知らない?
 つい最近……二千十三年十月十二日くらいからは六文字もオッケーなんだってさ」

「マジですか」

「まじです」

信じられなかった。
四十九万九千九百九十九円以上の衝撃だった。
ポケモン世界で生まれ育ったシオンにとって、五文字以上の人名の想像が出来ない。
十五年の人生の全てを覆す新事実であった。

「それからバトル形式はタイマン……じゃなくて一対一ね。
 場所は、ここ。今日の夜七時までにトレーナーハウスに来て。
 それから……以上なんだけど、なんか質問とか文句とかあったら言って」

「……あ、いや、特に、ないです」

半ば放心とするシオンは、上の空で話を聞き流す。
六文字の衝撃に、シオンは未だ茫然自失となっていた。

「ねえ。本当にバトル、勝てるわけ? 絶対無理だと思うんだけど」

「いや、そのことについては放っといて下さい。全く問題ないですから」

「でもアンタ、大して強いトレーナーじゃないっしょ? 見るからに才能なさげな感じだし」

「そういう風に見られても仕方ないですね。
 昨日トレーナーになったばかりの新米トレーナーですから」

「だったら尚更だ。
 さっきから問題ないっていうけどさ、やっぱ夢見がちなだけじゃないの?
 今からなら取り消せるよ。引き返すのだって勇気じゃん。
 やるなら弱いトレーナーからでいいじゃんか。私、探すよ。アンタにでも勝てそうなトレーナー」

年上のお姉さん特有の優しさを与えられたみたいになって、
ついシオンの胸がときめいてしまった。
しかし、甘えたくなる気持ちを振り切る。

「あの、心配とかしなくて結構なので。俺、勝ちますから。
 全部あなたのおかげです。本当にありがとうございました。それでは」

「いや、だから、ちょっと待ってってば。何なの? アンタのその自信は一体どこから」

「俺は思うんです。
 相手が強いトレーナーだとか、強いポケモンだとか、
 ポケモンバトルの前ではそんなの些細な問題に過ぎない、って」

それからシオンは、強く、ゆっくりと、女の脳に刻みつけるようにして言った。

「ポケモンバトルはトレーナーの二人が向かい合った地点で、既に勝敗が決している。
 つまり、今から俺は、今日の夜の七時までにダイヤモンドと決着を付けないといけません」

手首のポケギアに目を落とすと、デジタル数字で十四時を示していた。

「じゃ! 急いでますので!」

シオンは素早く席を立って、そそくさとその場を離れていく。

「ちょっ、ちょっと待って!」

呼び止めようとする女の声を聴こえなかったことにした。
シオンは逃げるようにして、トレーナーハウスを後にするのだった。





つづく


















後書
どっかで見たことあるような造語を二つ混ぜたに過ぎないのに、
私のうぜぇドヤ顔が目に浮かぶようなタイトルでございますが、
実はタイトルと内容とは全く関係がなかったりします。
ただ読者の目を引くインパクトを欲しいがために、
つい目立つ題名にでっち上げちまった、というわけです。


  [No.1152] 薄馬鹿下郎のYOU討つ 2 投稿者:烈闘漢   投稿日:2014/01/13(Mon) 14:43:30   47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

薄馬鹿下郎のYOU討つ
       2









トレーナーハウスから外に出るなり、シオンは素早く移動を始めた。
肩にピチカを乗せたまま、タウンマップを広げ、急いで次の目的地を目指す。
昼食をとる間もなければ、食う金もない。
ダイヤモンドとの闘いは、十九時までに決着をつけなければならないのだ。


常に向かい風を感じる速度で歩きまわってると、
ピチカの体重でシオンの肩が鍛えられていく。


歩き続ける太もも以上に首回りが筋肉痛にならないか心配になった頃、
ようやく目的の建物が視界に入った。

シオンが足を止めたのは、極めて普通な一軒家の前である。

「たんていじむしょ……ここであってるのか?」

一軒家のドアの側にあった木製の立て札に『常葉探偵事務所』と彫られていた。
噂によると『姓名判断師』も普通の民家に潜んでいるそうなので、
シオンは立て札を疑わなかった。
インターホンが見つからず、ドアを強めにノックする。

「すみませーん! どなたかおりませんかー!」

数秒後「はーい!」と軽い感じの女声が返って来た。
さらに数十秒後、ドアノブが動く。

「どちら様ですー?」

ぽわぽわ〜、と力の抜けるような雰囲気をまとった女の人が現れた。
お姉さんと呼ぶべきなのか、おばさんと呼ぶべきなのか、
微妙なラインのほうれい線が彼女の微笑みにうっすらと浮かんでいた。

「えっと、ヤマブキ・シオンと申す者なのでありますけれども、
 あなたは探偵? で、あっておりましたでございましょうか?」

敬語とおぼしき言葉を巧みに操った気になりながら、シオンはたどたどしく女性に尋ねる。

「探偵であっておりますよー。何かご相談ごとでも?」

「ええ。ご相談ごとでも」

「ではでは、立ち話もなんですし、中へどうぞー」

和やかな笑みをたたえて、探偵は家内へと案内してくれた。
その柔和な雰囲気を前にし、『絶対優しい人に違いない』と決めつけてしまいそうになる。
警戒心を失いそうになる中、シオンは
『きっとこの人、モテるだろうなぁ』、などと勝手に思うのだった。


「お客さんには御茶でも出さないとね。はい、どーぞ」

「あっ、どうも。おかまいなく」

シオンは粘土みたいな低反発のソファに腰をおろし、
ガラスのテーブルをはさんで、探偵と向かい合っていた。
お茶と呼ばれて出てきたのは缶ジュースのサイコソーダである。
おもむろにプルタブをひねり、探偵はぐびぐびとサイコソーダをがぶ飲みする。
仕事中とは思えないほどのフランクな対応だった。

ただの寝癖なのか、それともウェーブでもかかってるのか、
探偵の肩まで降ろした黒髪は曖昧な度合いで曲がりくねっている。
スウェットのような格好は外用なのか、それとも寝巻なのか。
薄い化粧をしてるのか、それともすっぴんの美人なのか。
シオンの女性経験値不足ゆえに、探偵の正体がイマイチつかめない。
信用できるかどうか、決めつけるのはまだまだ早そうだ。

「ぷはー! やっぱり、うまいね炭酸水!」

サイコソーダの一気飲みを披露し、その味の感動を明るい声と煌めく瞳で伝えてくる。
見ているだけで、何故かシオンは微笑ましい気持ちになった。

「えっと……何君だったっけ?」

「ヤマブキ・シオンといいます」

「そっかそっか……それで、何だったっけ?」

「あなたに調べてもらいたいことがあって、ここに来ました」

「そうだったそうだった。
 探偵事務所なんだから、そういう理由じゃないと来ないよね、普通」

うんうんうなずく探偵のぽわぽわした声色に、思わず眠ってしまいそうになる。
シオンは緊張感を忘れつつあった。

「あっ、そうだ! 探偵事務所で思い出したけど、
 シオン君て、ここがどんなところか、知ってるのかな?」

「殺人犯を暴いたり、密室トリックを見破ったりする仕事
 ……ではないことは間違いないですよね?」

「うんうん。アニメやドラマの世界とは違うんだよね」

「実際の探偵は、浮気の証拠集めたりとか、誰かの弱みを握ったりとか、
 そういうのをこっそり集めるような仕事をよくやってる
 ……と、何かのバラエティ番組で拝見した覚えがあります」

「そうそう。
 私の所に入りこんでくる仕事は基本的に秘密裏に調査する系ばっかりなんだな。
 推理NO、ストーカーYES、って感じ」

「そうですか。そいつはありがたいです」

会話中に探偵は何度も相槌をうち、頻繁に笑みを浮かべていた。
やっぱりこの人はモテるだろうなぁ、とシオンは再び思った。

「それでは、本題に移りましょう。シオン君、本日はどのようなご依頼でしょーか?」

初対面の人に名前を呼ばれ、つい親近感が湧いてくる。
警戒心を緩めないよう、シオンはグッと拳を握りしめ、気を引き締め直す。

「ヤイダ・ドモン、というトレーナーの手持ちポケモンを調査してもらいたい」

「ほおほお。理由、訊いてもいーい?」

「対戦相手がどんなポケモンを使って来るのか分かってしまえば、
 どうやったら勝てるのかが分かる。必勝法を組み立てられる。だから知りたい」

「ふうん。なるほどね。絶対勝ちたいバトルなんだ。
 そうね、一カ月以内には何とかするから……」

「バトルがあるのは今日の夜です」

「あらまっ」

「ですから、今すぐお教えいただきたい」

「うーん……シオン君、ひょっとして、馬鹿にしてる?」

探偵の柔らかい雰囲気に、少しだけ刺が生える。

「いいえ。馬鹿にしてるつもりはありません」

真剣な口調でシオンは続ける。

「探偵さん。あなたは実は知っていますよね?
 ヤイダ・ドモンの手持ちポケモンを」

「へえ……どうして? どうして、そうなるのかな?」

声のトーンが落ち、目を細め、探偵はシオンが何と答えるのか、
試してやろうと吟味するような姿勢に変わっていった。

「ヤイダ・ドモンはそこそこ有名なトレーナー……らしいです。
 それも大量の賭け金を出すトレーナーでもあります。
 だったらヤイダ・ドモンとバトルしようとする挑戦者は俺以外にも必ずいたはずです。
 そして、その挑戦者の中にはあなたに依頼しに来ているトレーナーもいたはずです。
 ヤイダ・ドモンの手持ちポケモンを調べに来てほしい、と」

「んー、ようするに、
 今のシオン君と同じ依頼をしたトレーナーが、私に会いに来ていたに違いない、と?」

「はい。大量の賭け金がかかったポケモンバトルですから、
 勝負には絶対に勝ちたいと考えるはず。
 違いますか?」

ちっとも面白味のない話だというのに、探偵は唇を釣り上げている。
一体この笑顔は何を意味するのか。
沈黙の中、
シオンは自分の読みがどうか間違っていないでほしいと祈りながら、
探偵の額を見つめていた。

「凄いね。やるね、シオン君。いい推理だよ。図星だよ。正解だよ。
 中々賢いね。天才的だね。もはやエリートだよ」

「えっと……つまり依頼されてたんですよね? ヤイダ・ドモンの情報を」

「そうなりますね」

安心して、シオンから長い溜息が出た。
「まずは第一段階クリア」、と心の中で実況っぽくつぶやく。

「確かに、その通りだよ。いい考えしてる。君と同じく、ヤイダドモン?
 ダイヤモンド? どっちだっけ? どっちでもいいや
 ……を調べてほしいって依頼で来たトレーナーがいたの。確か四人くらい」

「四人もですかっ。あの、そのトレーナー達はダイヤモンドと闘ったんですか?
 というか、勝ったんですか?」

「ダイヤモンドでもいいのかなぁ……。あのね、守秘義務ってのがあるの。
 だから詳しくは話せないんだ」

「ああ……はい、そうですか」

シオンの声が沈んだ。
ひょっとすると、守秘義務というのは建前であり、
勝敗を教えられないのは何か都合の悪い事実があるからではないだろうか。
ダイヤモンドに挑戦したトレーナーの誰しもが敗北したからではないだろうか。
疑いの種から不安が芽生える。

「ダイヤモンドの手持ちポケモンの情報なら今すぐ教えられるよ」

「なら早速お教え願いたいのですが……」

「と、その前に。お金の話をしましょうか」

探偵がにこやかに言ってくれると、シオンは気まずい気持ちになる。
何でもかんでも都合良く話が進んでくれる、なんてことはないようだった。

「シオン君て、いくらまで出せる? おいくら万円払ってもらえるのかな?」

「十万」

「せめて二十万は欲しいな」

「それなら、間をとって十五万に」

「しょうがないな。では、十七万円にしましょう」

「……分かりました。それでお願いします」

値切りしている時間ももったいないので、早々に要求額を受け入れることにした。

「それじゃあ今すぐ払ってもらいましょうか。十七万円」

「今すぐは無理ですね。金は俺がダイヤモンドを倒したら、必ず払いに来ます」

「そっか、そっか。それじゃあ、この話はなかったことに……」

「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って!」

慌てて叫んで呼び止めた。
そうでもしないと、この話が何処か飛んで行ってしまうように思えたからだ。
しかし、飛んで行ってしまうどころか探偵はのほほんと座り込み、動く気配はまるで無い。

「どうしてですか? どうしてそうなる? そう判断を急ぐなよ、探偵さん」

「当然じゃないのかな? そもそも十七万円は半分の頭金だもの。
 それくらい払ってくれないと話も進められないよ」

「十七万でも半額なのか! いや、まてまてまて。それでいい。それでもいいですから、
 とにかく勝ったらえーと……三十四万払いますから。
 金は必ず払います。だからどうかお願いします」

シオンは必至に乞う。
このままではダイヤモンドに勝利出来たとしても
儲かるのは賞金の半額以下である約十六万円のみ。
しかし現在、シオンの所持金がゼロ円である以上、
今すぐ支払うことだけは避けて通らねばならない。

「もしもの話だけど、
 シオン君がお金払わずにトキワシティから逃げられちゃったら、私どうしたらいいの?
 シオン君からどうやってお金を支払ってもらえばいいの? 私、借金取りじゃないんだけど」

「じゃあ借金取りにでも頼んでくださいよ」

「……それもそうだね」

「え゛?」

適当に言ったことがあっさりと受け入れられるなんて、まさかの予想外であった。

「うん。良く考えたら何の問題もなかった。借金取りに頼む。
 おっけー、じゃあ後で必ず三十四万払ってもらうからね。お願いね」

「え、あ、うん、はい」

底の知れない闇を含んだ『借金取り』という言葉に、シオンは自分の未来の危険を察知した。
明日の我が身を案ずるも、勝利のためのリスクなのだと、
呑みこむようにしてシオンは借金取りを受け入れる。



「うーん。確か、どっか、この辺に、あったはずなんだけれども……」

探偵は、席を離れ、部屋の隅にあったタンスの引き出しをゴソゴソとまさぐり始めていた。
突き出した尻をくねくね揺らしながら探し物をするその様子を、
探偵の視線が向いてないのをいいことに、シオンはじーっと見入っていた。
無防備な女体の動きを凝視しているうちに、
『この女は襲われたい願望でもあるのか』『俺を誘っているのか』『狙ってやっているのか』
などという邪念が込み上がってくる。
熟した果実に手が届かず、ただよだれを垂れ流すだけの間抜けな猿の心持ち。
何もかもが未経験の若い男は、下らぬ淡いピンクの妄想で思い馳せるのだった。

「ようしっ! あったよー!」

探偵が戻ってくるなり、ゆるみきった面構えになっていたシオンは、
視線をテーブルに落とし、口元に力を入れ、愚直な真人間の皮を被る。
探偵が席に座り、シオンと向かい合ってからも、
薄っぺらい罪悪感から、しばらく視線を合わせられなかった。

「はい、これ。サインよろしく」

ガラスのテーブルに用紙が一枚だけ滑り込んできた。
手に取って、目を通す。


   契約書
   一週間以内にシオン君は私に三十四万円支払うこと
   出来なければ死刑


チラシの裏に油性ペンで殴り書きされたものであった。
まるで子供のふざけた落書きのような契約書だった。

「はい、これ使って」

チラシ契約書の次に、ボールペンと朱肉を渡された。
サインを書いて判子を押せ、ということなのだろう。
つっこみを入れる前に話を進められると、シオンは少々やりづらくて困った。

「あの、このチラシ、どういうつもりなんです? それに死刑って……なんなんですか?」

「不可能だと思う?」

「え? ……あぁ、はい。こんなのにサイン書いても通用しないのじゃないかと……」

「暗殺用のポケモンだっているし、事故死に見せかけるプロだっている。
 特にポケモントレーナーが相手なら、バトル中にポケモンの技に巻き込まれたり、
 旅の途中で行方不明になったりすることも多いから、結構簡単だと思うよ」

シオンはこの契約書が有効かどうかを尋ねたつもりでいたのに、
何故か探偵は『できなければ死刑』という契約が不可能ではないことを説明していた。
まるで「いつも殺ってます」みたいな軽々しい口ぶりだった。
いきなり過ぎて、恐怖の実感が湧いてこない。

「えっと、では探偵さん。もし、三十四万も払って、
 あなたの教えた情報が嘘だったとしたら……?」

「文句が言いたいなら、頭金くらい払えるようになってからにしてほしいな」

「むっ」

探偵の情報が間違っていた場合、
シオンがダイヤモンドに勝つ可能性は万に一つもなくなるのだ。
それなのにシオンは何も言い返せなかった。自分の貧乏が歯痒い。

「大丈夫だよ。嘘つくつもりなんてないから。
 ダイヤモンドのポケモンは、確かに証拠写真も、音声だって盗って保存してるから」

「本当に? というか、そんなこと出来るんですか? あなたが?」

「いやいや、私じゃないですよ。うちの優秀なカクレオンさんが頑張ってくれたわけですよ。
 メタモンさんもいますしね」

姿を消すポケモンと、姿を変身できるポケモンが密偵をしている。
盗撮したという話にも信憑性が出てくる。
と同時に、先程ポケモンでの殺人が容易いと言っていた話を思い出す。
もしかしたら、その姿を化ける二匹は
既にこの部屋の何処かに隠れてシオンを絶えず観察しているかもしれない。
息をひそめ、一挙動見逃さず、いつでも殺せる体制でいる。
ふいに、喉元付近で三日月めいた鎌の刃が待ち構えているんじゃないか、
という錯覚が脳裏をよぎった。

「じゃ、サイン書きますね」

シオンは迷わずテーブル上のボールペンをつかんだ。
いちいち死の恐怖に構っていられるほど暇なトレーナーではない。
チラシの下の空白に黒いインクを走らせる。

   ヤマブキ・シオン  ピカチュウ/ピチカ

自分の手で自分の名前を書き記すという行為が、
よりいっそう『自分で責任を背負わなければならない』という気持ちにさせ、
シオンは何故か『契約書』という文字が恐くなった。
考えてみれば、
今までシオンの責任をもってくれていたのは父親だったのかもしれない。
ペンは進んでも、気持ちは進まなかった。

親指を強くなすり付け、チラシの端に真っ赤な渦巻き模様を張り付けた。
肩につかまっていたピチカを下ろし、
その小さな手の平を朱肉を押しつけ、チラシにペタンと張り付ける。
ぼ印の隣に、小さなモミジが鮮やかに浮かび上がった。

「これで終わりです」

シオンは前屈みだった態勢から、一息ついて、ソファの背もたれによりかかった。
サッと探偵がチラシをかっさらっていく。

「うん。おっけー。契約成立ね。そいじゃ、はいこれ。
 持ち出し禁止だからここで見てってってー」

契約書と交換するみたいにして、数枚の書類を渡される。
白いプリント用紙にワープロで文字が書かれた、
チラシの裏とはえらい違いのちゃんとしたものであった。
早速シオンは目を通す。


   ビッパ LV5
   ビーダル LV19
   ムックル LV6
   リオル LV1
   ゴウカザル LV71


ダイヤモンドの手持ちポケモンの名前とそのレベルが書かれていることは理解できる。
しかし、シオンはどのポケモンの名前も見覚えがなかった。
カントー地方のポケモンではないことだけは確かだ。

そして、これでダイヤモンドが一対一のポケモンバトルを望んだ理由が分かった。
レベルの低い四匹は、ひでんマシンを覚えさせただけの雑用要員だとうかがえる。
気をつけるべき強敵は一匹のみ。
別の書類に目を移し、シオンはゴウカザルの項目だけ念入りに調べた。


タイプ  炎・格闘
特性  猛火
覚えている技  アクロバット・なまける・インファイト・フレアドライブ


知らない技名ばかりが並んでいる。しかし、今、覚えた。
技名さえ覚えていれば、それがどんなものなのか、いくらでも調べようがある。

「どお? シオン君。勝てそう?」

「ええ、これだけ分かれば楽勝です」

「そういえば、前の人もそんなようなこと言ってたな」

「俺より前にきた挑戦者が、ですか? もしかしてダイヤモンドに負けた……とか?」

「守秘義務なの。言えないの」

ダイヤモンドに挑戦した四人の勝敗をひた隠しにする探偵の意図が読めなかった。
敵の情報を知ってなお敗北したのではないかという、大きな不安がシオンは未だ拭えない。

「それから、これ、二週間前の情報だから」

テーブル上のプリントを掴み、探偵がペラペラと振った。

「ダイヤモンドの手持ちポケモンの情報が、ですか? なら、かなり新鮮じゃないですか。
 二週間じゃ七十一のレベルを上げるのも難しいでしょうし、
 他の強いポケモンを育てるのも捕まえるのもほぼ無理でしょうし、
 覚えてる技が四つとも変更させられてるなんてことは考えにくいですし、
 何にせよ、これで俺の勝ちが決まったも同然です」

シオンは自信満々であるかのように振る舞ってみせた。
気持ちで負けたら、勝てる試合も勝てなくなってしまう。

「ところでシオン君。ひょっとして、そのピカチュウちゃんで闘うつもり?」

「さあ? どうするんでしょうね?」

ピチカの額をなでながら、シオンは慣れない微笑を浮かべた。





つづく
















後書
探偵も契約も、どういうもんなのか分からないうえに
調べる気もないので酷いことになってしまったぞ。


  [No.1153] 薄馬鹿下郎のYOU討つ 3 投稿者:烈闘漢   投稿日:2014/01/13(Mon) 18:30:18   52clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

薄馬鹿下郎のYOU討つ
       3









探偵事務所から外に出ると、シオンのポケギアは十五時を示していた。
十九時にはまだ遠い。それでも太陽は傾きつつある。
リュックサックから押し込んでいたタウンマップを引きずり出し、
ズバッと広げ、急いで次の目的地を確認する。
一時間近くかかると予測し、シオンはまたしても早足の移動を開始した。



広がる青空にわずかな赤みが射していた。
シオンの辿り着いた先で、煉瓦を積んで造られた横長の四角い建物が見える。
重そうな扉の隣に『GYM』の文字が刻まれていた。

「本当にトキワシティジムであってるんだよなぁ?」

ここまでやって来ておきながら、シオンは心配になって弱々しい声をこぼした。
ジムリーダーに挑戦する以外の理由で、
この場所に訪れる機会があるとは思ってもみなかったからだ。
不純な目的の自分がジムに入って、追い出されたりはしないだろうか。

「ま、行くだけ行ってみるか」

――チュー!

ピチカの相槌の可愛らしさに心配事はかき消された。
シオンは扉を押し、トキワジムへと足を踏み入れた。


  ちゃーん! ちゃららーん! ちゃららーん! ……ちゃーちゃーん!

ジムに乗り込んだ途端、何やら勇ましげなBGMが流れてきた。
挑戦者の気持ちを上げるための音楽だろうか。
入り口付近でシオンがまず目にした物は、
非常にサイドンに似ているが別のポケモンだと思われる怪獣の石像であった。
石像は二つあり、その間に見るからに怪しい男が待ち構えるようにして立っている。

丸眼鏡のサングラス。真っ黒のスーツ。М字ハゲ。
公園を歩いているだけなのに通報されてしまったという悲しい過去を持っているような、
いかにもいかがわしい雰囲気のある中年男性であった。
あまり関わり合いになりたくなかったのだが、ここで棒立ちしていても何も始まらない。
シオンは逃げ腰になりながらも自ら中年に向かって行った。

「あのぅ、すみません……」

「おーす! 未来の チャンピオン!」

「わ! びっくりしたぁ!」

いきなりおそいかかってきた! ……わけではないみたいだ。
中年男声は、ただ唐突に大声を上げただけのようだった。

「トキワリーダーの正体は俺にも分からん!」

「えっ? いきなり何の話ですか」

「確かなのは、今までのリーダーの誰よりも強いって事だ!」

「いや、あの、今までも何も、俺ジム戦したことないですよ」

「それと……」

「もしもし? 俺の声聞こえてますか?」

「どうも、このジムには地面タイプのポケモンの使い手が集まってるらしいぜ」

「いや、別に俺はそんなこと聞いてないし……」

シオンを無視して話を進める中年にたじろいでいると、
話は終わっていたらしく、二人は無言で向き合っていた。

「あのぉ……」

「どうも、このジムには地面タイプのポケモンの使い手が集まってるらしいぜ」

「いや、そんなこと聞いてないですし……それに同じこと二回言ってますよ」

「つまりだなぁ、俺が言いたいのはだなぁ……」

出し抜けに、中年は上着をめくり、
スーツの内ポケットに隠し持っていたらしいモンスターボールを二つ取り出し、
シオンに見せつけた。

「こっちのボールが水タイプ。そっちのボールが草タイプ。どっちがいい?」

にたぁ、と前歯をむき出しにした下品な笑いがそこにはあった。
要するに、中年はこう言っているのだ。
「ジムリーダーの持つ地面タイプのポケモンに勝てるポケモンを貸してやる」、と。
丸眼鏡の上からはみ出るハの字の眉毛を見つめ、
「なんてボロい商売なんだ」、とシオンは改めて思った。



ポケモンセンターにいた時分の話である。
ピチカを回復させるついでに、
シオンは受付の隣にあるパソコンを使用し、
某巨大掲示板の書き込みを眺めゲラゲラ笑っていると、
ディスプレイの右端に奇妙な広告が点滅しているのを見つけた。

   ポケモンレンタル無料!! 急いでクリック!!

気になって調べてみると、背景が真っ黒の怪しいサイトに潜りこんでしまい、
「公共のパソコンにウィルス入ったらどうしよう」と焦っているうちに、
「トキワシティジムでポケモンレンタルをやっている」
というありがたいカキコミを発見したのだった。

普通に考えると、ポケモンバトルは強いポケモンを従えている者が勝つものだ。
わざわざ自分の弱小ポケモンを使い、
無い知恵を振り絞ってギリギリの勝利を収めるくらいなら、
他人から借りたポケモンの圧倒的な力で勝利を手にし、
賞金を山分けした方が確実であり手っ取り早い。

邪道で卑怯でインチキだ。
しかし、道徳の授業で学んだことを気にしながら、
ポケモントレーナーを続けるつもりなどシオンにはなかった。



「ひょっとして両方か? 草タイプも水タイプも借りたいのか?
 そこまでしてジムリーダーに勝ちたいってか? いやしんぼめ!」

いやらしい笑みをニタニタと浮かべながら黒メガネの中年は言った。
見れば見るほど悪党の顔をしている。
ポケモンレンタルなんて卑劣な商売をしている様子から、
ひょっとしてトキワシティジムはロケット団と繋がってるんじゃないのか、とつい疑ってしまう。

「おーい、未来のチャンピオン! 聞いてるのか?」

「ちょっと言いにくいのですけど、俺、ジムに挑戦する気ないんで」

「……え゛っ?」

男の顔が色白を通り越して、みるみるうちに青ざめていく。
中年は顔面蒼白となり、う○こでも我慢してるみたいに冷や汗たらたら滴らせた。
つい、うっかり部外者に機密情報を漏らしてしまった心境なのだと察する。
助け船を出すつもりでシオンは言葉を付け足した。

「いえ、ジムには挑戦する予定ではないのですけれども、
 ポケモンは貸していただきたいなぁ、と思って……」

「あっ……嗚呼! そうかい! 爽快! そりゃあよかった!
 もうどんどん遠慮せずに、ほらドンドン! ねぇーえ!」

安心したと同時に気持ちが昂ったのか、中年が何を言ったのかよく分からなかった。
それでも中年の表情には笑顔が戻り、つられてシオンの心も温かくなった
ふいに、オッサンに感情移入してしまっている自分に気付き、吐き気がした。

「ぃやぁ〜。俺のサービスは基本的にはトキワジムの中でやってるからな。
 レンタルする気の無い未来のチャンピオンかと勘違いしてしまったぜ」

「サービス……ですか」

「そうだ、サービスだ。無料じゃないがな。ここの主はジムリーダーの中でも最強。
 おかげで苦戦するトレーナーも多くてな。
 どうしても彼らを協力してやりたくて、このサービスを始めた、ってなわけだ」

「それはそれはお優しいんですね。
 それなら是非とも色んなトレーナーに広めた方がいいですね。このサービス」

「……俺もそうなったら良いと思ってはいるんだが……ここだけの話……
 一体どういうわけだか……
 レンタルを広めようとしたトレーナーは『いなくなってしまう』んだよなぁ……
 気をつけた方がいいぜ……」

声のトーンを極限まで落とし、
怪談でもするかのような凄味と静けさを用いて中年は囁いた。
脅しているのだ。

「なるほど。それは不思議な話ですね」

「そうだろう。そうだろうとも。お前もまだ、消されたくはないだろう……」

黒い。黒すぎる。真っ黒だ。
シオンは、自分の心臓がバクバクしているのが分かった。
もしかすると、違法に片足突っ込んでる闇取引なのかもしれない。
トキワジムがロケット団と繋がっているかはともかく、
危険な場所であることに間違いないようだった。

「あの、今日はお願いがあってここにやってきましたっ」

「ん? ポケモンレンタルに来たワケだろう?」

「そうなんですけど……
 その、ポケモンをトキワジムじゃない別の場所まで持っていきたいんですけど、
 よろしいですか?
 ジムリーダーではない別のポケモントレーナーとの勝負の時に使いたいんです。
 レンタルポケモンを」

「もちろん構わん。何の問題もない。そういう用で俺を頼るトレーナーも毎日やってくるからな」

「ありがとうございます」

シオンは軽く頭を下げた。
感謝する気持ちと、こんな悪党は利用するだけだという気持ちが、
シオンの中で複雑に混ざり合う。

「それで、どんなポケモンが欲しいんだ?」

「地面・飛行タイプのポケモンを一匹。レベル71以上で」

「何? そこまで強いポケモンがいるわけないだろ」

「えっ」

「それよりカイリューなんかはどうだ?
 今さっき返して貰ったばかりの一匹なんだがな、レベル68の強ーいヤツがいるぞ」

「レベル71以上は、いない、ですか……」

暗い声音でシオンは気を落とした。
ダイヤモンドのポケモンが分かった今になって、
そのポケモンより強いポケモンがいないと知ってしまった。
探偵に金を払う約束をしたというのに、
自分の命までかかっているのに、
引き下がらなければならないというのか。
悔しくてあきらめきれなくて、苦悶の表情をしてみせた。

「あのっ! それなら、地面とか飛行とか水とかエスパーとか……
 何でもいいから炎と格闘タイプのポケモンに有利なのはいませんか?」

「うーん、悪いな。残念だが俺が今持ってるポケモンの中にはいないみたいだな。
 すまない」

その一言で、シオンは絶望の淵へと突き落とされた。
希望の光の見つからないどん底である。
どう頑張っても、いないポケモンの用意は出来ない。
厳しい現実と直面し、シオンの心を不安が覆った。

他のトレーナーに頼むべきか。
しかしレベル71以上ポケモンを一体誰が持っているというのか。
駄目だ、何をやっても勝ち目がない。
どんなに頑張っても、
どんなに足掻いても、
泣き喚こうとも、
駄々をこねようとも、
土下座をしようとも、
ダイヤモンドに敗北する以外、何も出来ない。
受け入れるしかない現実が、シオンは何よりもたまらなく恐ろしかった。

「……まあ、今言ったのは全部嘘なんだが」

「……えっ?」

「そもそもカイリューは飛行タイプだ。格闘タイプには有利なポケモンだろ? 
 まあ飛行タイプの技を使えるわけではないが……おい、そうがっかりした顔するな。
 安心しろ。嘘だって言ったろう? 実はいるんだよ。レベル71以上のポケモンがな」

「……はぁ? はぁあああ! 何で! 何でだよ! 何で、そんな嘘つくんだよ!
 わっけわっかんねぇ! あぁ、ちっくしょー、マジかよ、あほかよ、焦って損したー」

気が付くと、シオンはひざをついて、こめかみを押さえて、天井を見上げるポーズをとっていた。
興奮気味に中年を責めているうち、怒るべきか喜ぶべきかよくわからなくなって、
つい頭を抱えた体制をとってしまったようだ。

「ちょっと待ってろ、未来のチャンピオン」

中年はスーツのズボンのポケットから、
高級感たっぷりあふれるゴージャスボールを一つ取り出した。
光沢を放つ漆塗りで覆われたボールは、純金の縁で所々が煌めいている。
見るからに高級そうな代物だが、もっと他に保管するべき場所はなかったのだろうか。

「名前はフライゴン。レベルは87。地面とドラゴンのタイプを持っているぞ。
 ホウエンのトレーナーから預かった最高のポケモンだ」

中年はボールを突き出し、シオンはそれを丁重に受け取った。
呆気なく、ダイヤモンドに勝てるポケモンが手中に納まる。
強いポケモンが入っているからか、手の平のボールが重たいように感じた。
中身にポケモンが入っていようといなかろうと、ボールの質量が変わることはない。

「このポケモンを……お借りしてもよろしいのですよね?」

「もちろんだ。そのために俺はここにいる」

久方振りにシオンは神に感謝した。
ここに来てよかったと本気で思えた。
もはやダイヤモンドに敗北する理由など何処にも見当たらない。

「それじゃ、フライゴンの使える技をいうぞ。
 じしん・じわれ・げきりん・とんぼがえり。覚えたな」

「えーっと、はい。四つとも覚えました」

頭の中で技名を復唱してから、返事をした。

「よし。ところで未来のチャンピオン。敵のポケモンは何だ?」

「レベル71のゴウカザルが一匹」

「ゴウカザル。シンオウのポケモンだったな。と、いうことは、相手はダイヤモンドか」

「すげえ。よく分かりましたね。そんな有名なんですか、ダイヤモンドって人は」

「あぁ、凄く強いと有名なポケモントレーナーだ。
 とはいえゴウカザル対フライゴン。タイプ相性で勝ってる分、
 こっちが有利なんじゃないか? 勝てるバトルだ。頑張れ、未来のチャンピオン」

中年の言葉に後押しされるよう、シオンは本気で勝利出来ると信じきった。
今、自分は、ポケモンバトルで必ず勝てる強い味方を手にしている。
しかし、だからこそ発生する問題もあった。

「ところで……87でしたっけ。
 こんなにもレベルの高いポケモンが、俺の命令……いうことはきくんですか?
 『フライゴンは いうことを きかない』、なんてことになったら無意味ですよ。
 いくらポケモンが強くても負けます」

「そこに気付いたか。そうだな。
 確かに普通のポケモンは自分の『おや』のトレーナーの命令しかきかん」

「それじゃあ……」

「だがな、例えばその『おや』トレーナーがフライゴンに向けてこう言ったとする。
 「お前をボールから出したトレーナーの命令に従って闘え」、と。この場合はどうなる?」

「……なるほど。そうか、そんな方法があったか」

納得がいった。同時に、こんな無茶苦茶な商売が表沙汰になった暁には、
金さえ払えば誰でもポケモンリーグへ行ける時代になるのだろう、とも思った。
手にした希望を逃がさないように、シオンはゴージャスボールを強く握る。

「おっと、言い忘れてた。フライゴンが言うことを聞くのは、
 最初にボールから出てきた一回だけだ」

「えーっと、それはつまり、ポケモンバトル出来るのは一回きりってことですか?」

「そうだ。何度もポケモン使われたら商売あがったりだからな」

「なるほど」

試合が始まるまで、フライゴンの姿を拝めないようだった。
あえて今すぐフライゴンをゴージャスボールから出しておいて、
それからずっとボールに戻さないという術もあった。
しかし、何故なのか、シオンは、この中年の困るようなことをしたくはなかった。

「なんというか、今日は本当にありがとうございます」

「いや、御礼はいらないぞ。金は頂くがな」

最後にして最大の壁がとうとうシオンの前に立ち塞がった。
一文無しだというのに、料金の壁を乗り越えなければ、
今までの苦労は全て水の泡となり消え失せてしまう。
どんな手を使ってでも、支払いを待ってもらわなければならない。
最悪ボールを盗むという強行手段も頭に入れ、シオンは商談に挑んだ。

「あの! 大変申しにくいのですが……」

「分かってる! 分かってるよ! 言わなくても分かってる!」 

「何が、ですか?」

「出せる金がないんだろう?」

「え。あぁ、はい。そうです」

「大丈夫だ。安心してくれ未来のチャンピオン。
 バトルに勝った暁に、たんまり大金いただいてやるからな。覚悟しておけよ」

最後にして最大の問題もまた、シオンが何もせずとも勝手に崩れ去っていった。
何もかもが都合よく進んでいる。
全て、中年がシオンの味方をしてくれたからに他ならない。

「賞金、たっぷり手に入れて来いよ。未来のチャンピオン!」

「はい! ありがとうございます! 助かりました!」

シオンは感謝の気持ちを表すため、四十五度以上に頭を下げて御礼を述べた。
初見では、見るからに怪しい悪党という印象ばかりであったが、
今では、優しくて頼りがいのあるダンディズムな中年だった、と信じて疑わなくなっていた。

「俺、勝ちます! 絶対勝ちます! 必ず勝利してきます!」

頭を上げて踵を返す。
こみ上げて来る熱い想いを噛みしめながら、
シオンはトキワシティジムと中年の男を後にした。


トキワシティの街並みの何もかもがオレンジ色に染まり、どの建物も長い影を落としている。
左手首のポケギアが、十六時を表示していた。
感謝の気持ちで胸がいっぱいだったが、
幸せな気持ちに浸かっている暇などない。
沈みゆく赤い夕陽が照らす中、シオンは再び歩き始めた。





つづく



















後書
この話を読み直した時、必要のないシーンが多いように感じた。
せっかく書いた文章を削り取ってしまうのが恐い、のだと思う。
次回は掌編にするつもりで、
本当に必要だと思う文だけを残すつもりでやれたらいいなぁ……。


  [No.1154] 薄馬鹿下郎のYOU討つ 4 投稿者:烈闘漢   投稿日:2014/01/13(Mon) 21:53:03   49clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

薄馬鹿下郎のYOU討つ
        4









ポケモンセンターの待合室にて、
シオンは人目もはばからずオボンのみの缶詰をむさぼり食らい、
ピチカもまた与えられたオボンのみの缶詰にしゃぶりついていた。
まともに味わう暇もなく、缶詰の中身を一心不乱に口の中へとほうり込む。
リュックサックに詰め込んでいた非常食をたいらげると、
一人と一匹は唇の周りを濡らしたまま立ち上がった。

ポケモンセンターにある受付カウンターの隣には、
ポケモン預けシステム搭載のパソコンが設置されている。
シオンはパソコンと向き合うなり、インターネットに接続し、
ゴウカザルとフライゴン、
そしてその二匹が覚える技について徹底的に調べ始めた。
どんな大きさでどんな姿のポケモンなのか、
どういう攻撃でどういう効果のある技なのか、
全てを頭に叩き込む。
時折、知らない大人の煙たそうな表情が、
パソコンディスプレイの黒い部分に映ったりもしたが、
一々誰かの気持ちや一般常識に合わせるような真似は一切せず、
ただひたすら、時間の許す限り、パソコンの前に居座り続けて、
ポケモンバトルの必勝法について、探して、調べて、覚えまくった。



緑の屋根が連なるトキワシティの街並みを、
傾く太陽が、燃えるような紅色に染め上げる。
シオンがポケモンセンターから出ると、ポケギアが十八時を表していた。

「やれることは全部やった」

――チューッ!

「後は勝つだけだ」

――チューッ!

「ようし、行くぞぉ! 出陣だ!」

――ヂュゥゥゥゥゥウッッッッ!

胸の内に闘志を秘めて、シオンは戦場へと向かった。

思い返すと、一日中移動しっぱなしで、体を休める暇はなかった。
しかしシオンは、
ポケモンやポケモンバトルのために頑張り続けることが全く苦にならなかった。
むしろ『ポケモントレーナーとして生きている』という実感が、自分の心を昂らせる。
充実した一日だと思った。
もっとポケモントレーナーを続けていたい。
だからこそバトルには絶対に勝ちたい。
強い思いを共にし、シオンの歩調は速くなってゆく。



「今日一日歩き続けて分かったことがある。
 ひたすら足を動かしていれば、そのうち目的地に到達する」

シオンがつぶやき、足を止めた。
サッカー場の芝生を山折にしたみたいな屋根を持つ、巨大なログハウスの大豪邸が、
夕暮れの光に呑まれ赤壁と化していた。
昼間のトレーナーハウスとは、また違った趣があった。


トレーナーハウスの中では、昼間以上に、
群がる人間のウジャウジャで溢れかえっていた。
広い空間のはずなのに、満員電車のように窮屈だと感じる。
人の壁に遮られ、まともに見動きはとれず、
砂嵐のような雑談の雑音が、至る所から響いてくる。
まるで某巨大テーマパークの超人気アトラクション240分待ちのようだ。

「ポケモンセンターよりも、ポケモントレーナーが集う場所、あったんだな……」

始めて体験する大勢のにぎわいに、シオンはただ呆然と立ち尽くす。
困るしかなかった。

「ねえ! ちょっと、そこの!」

聞き覚えのある甲高い声がし、咄嗟にシオンは振り返る。
そこには、
『とける』を覚えていそうな毒タイプっぽい眼つきをした紫色の女がじっとシオンを凝視していた。
思わず悲鳴をあげそうになるが、なんとかこらえる。

「えっと……昼間の職員さんですよね?」

「そうですよ。ったく、のん気な奴。ずっと探してたんだぞ。今までどこ行ってたの?」

「べっ、別にどこ行ってたっていいじゃないですかっ」

女から目線をそらし、シオンは話をはぐらかそうとした。
「ダイヤモンドの手持ちポケモンを探偵に調べさせた挙句、
 胡散臭い男から違法の可能性があるポケモンレンタルしてきました」
などと馬鹿正直に答えてしまったら恐らくポケモンバトルどころではなくなってしまう。

「まぁ、どこに行ってようが知ったこっちゃないわ」

「じゃ、最初から聞かないでくださいよ。そんなどうでもいいことを」

「とにかく、アンタは今から三丁目のテニスコートに行くの。ほら! 行った行った!」

美しく可憐な手の平で、女はシオンの胸元をバシバシ叩き、追い出そうとうながしていた。

「なんですか、いきなり! 俺、ずっと歩いてて、
 ようやくここに到着したってのに、また移動しなくちゃいけないなんて
 ……ってか痛い! 痛い!」

「タチサレタチサレココカラタチサレ」

「だから痛い、ってか恐っ! いきなりわけわかんないですから、
 どうして立ち去らにゃならんのか、ちゃんと説明してくださいよ!」

ファラオのミイラのように両腕を交差し胸をガードしながら、
シオンは必死に意味を求めた。
おうふくビンタの効果はないみたいだ、と理解したのか女の猛攻撃はようやく鎮まった。

「俺はてっきり、この場所でポケモンバトルするのかと思ってましたよ。
 それなのにテニスコートに行けって……そもそも俺テニスなんてやったことないですし」

「テニスじゃない。そこでポケモンバトルすんの。ねぇ、ちょっと周り見てみなよ」

辺り一面、大量のポケモントレーナー達で埋め尽くされている。
彼らは一ヶ所に密集した結果、
全員が人と人との間に挟まり、身動きはおろか、皮膚呼吸すら困難であろうほどの
ぎゅうぎゅう詰めの押し競饅頭を強制されていた。

「人が……つぶれていく……?」

「皆、アンタとダイヤモンドが試合をする、って噂を聞きつけて駆けつけたのよ」

「こんなにも沢山!? ダイヤモンドってそんなに凄いトレーナーなのか!?」

「約五十万円も賭けたポケモンバトルが無料で見れるとなったら、
 どんなポケモントレーナーだってここに駆けつける。
 皆、凄腕トレーナーの技術を目で盗もうとしてるわけ。命がけよ」

シオンは「こんな狭苦しい空間に押し寄せて来るなんてなんて馬鹿な連中だ」、と先程までは思っていた。
しかし彼らと同じ立場だったとして考えてみれば、シオンもきっとここに来ていたに違いなかった。
少しでも上手いバトルが出来るようになるのなら、何だってやる。
誰しもが、人生を賭けてポケモントレーナーをやっているのだと、しみじみ思った。

「ダイヤモンドからの要望でね。
 トレーナー集まって来るだろうから、別の場所でバトルしようって」

「ふぅん。せっかく見に来ているのに……なんだか連中が可哀想だなぁ」

「自分のポケモンバトルを知られたくなかったのか。それとも単に人ごみが嫌だったのか。
 知ったこっちゃないけど、とにかくアンタも早く三丁目のテニスコートに行きな」

「けど、たぶんトキワシティ中のポケモントレーナーがここに集まってるわけだから、
 どこでバトルやってもギャラリーなんて出来ないだろうな」

「テニスコートに行きな、っつってんでしょうが!
 聞いてもいないことを何で語っちゃってるわけ?
 ウザ! しかも上から目線、キモ! おら! キモイから、さっさと出てけ!」

女の態度の変わりようにシオンはひるんでうごけない。
怒濤の如くの罵倒を受け、
怖気づいたシオンは、なんとか身をひるがえし、女の顔から背を向けた。

「やっぱ、ちょっと、待って!」

シオンは手首を引っ張られ、またもやくるりと身をひるがえす。

「あのさ……大丈夫なんだよな? 本当に勝てるんだよね?
 負けたら大変なことになるって分かってるんでしょうね?」

まるで何かを恐れているみたいな口調だった。
うつむく女の不安そうな上目遣いがシオンの心に突き刺さる。
高圧的な態度とは打って変わって、今は随分とみずほらしい。

「あの、ひょっとして、俺のこと心配してくれてますか?」

「へ? ……だわけねーだろ阿呆!
 何、勘違いしてるか知らねーけど、おら、さっさとIKEA!
 それで……それで、とっとと勝ってこい! このくず!」

怒鳴られた理由も分からぬまま、
シオンは半強制的に退室させられ、逃げるようにしてトレーナーハウスから飛び出して行った。



股の節目からキィキィと、股関節が軋む音が聞こえる、ような気がする。
赤い夕空が黒い夜空と入れ替わった今もなお、シオンは未だ徒歩を続けていた。
疲れて、苦しくて、足が痛くて、歩くことが嫌になって、
そして何故なのか、そのうち楽しくて楽しくてたまらなくなってしまった。

「いやぁ、凄いよなぁ。ジムバッチ集めて旅に出てる子供とかさ。
 俺の体力じゃ、旅に出るとか無理だもんなぁ、へへへっ……」

暗闇の中で満面の笑みを浮かべながら、うわ言のようにブツブツと何かを呟いている。
一人さみしくふらふらさまようシオンの姿は、完全に不審人物の『ソレ』であった。


浮浪していた最中、暗闇の中で白い光がぽわーんと浮かんでいるのが見えた。
闇夜を切り裂く月光のよう。
ぽわーんとした白い光が照らすその先に、黄緑色の長方形が微かに見えた。
それこそが、まぎれもないトキワシティ三丁目にある芝生のテニスコートであった。

まるで砂漠のオアシスを目前にしたかのような、
しろがねやまの頂上の寸前にまで来たかのような、
マラソンのゴールを直前にしたかのような、
そんな感動が今のシオンに訪れていた。
しかし、やはり感動する暇なんてものはどこにもない。
目的地にゴールした後にこそ、
本当の難所であるポケモンバトルが待ち構えているのだ。

未だダイヤモンドはシオンを待っていてくれてるだろうか。
これから闘わせるピチカが疲れてはいないだろうか。
重たくなった体を空元気で駆動させ、シオンは戦いの場へと歩んでいった。


ぽわーんとした白い光の正体は、高い二本の照明が発するものであった。
まばゆい光の中へ入り、シオンが芝生に足を踏み入れると、
テニスコートのど真ん中で横たわる人影が目が入った。
迫り来る足音に気がついたのか、寝ていた何者かがむくりと起き上がる。
そしてシオンと目が合うなりブンブンと手を振った。

「おうい! ひょっとして! ヤマブキ・シオンさんで!
 いらっしゃいますでしょーかっ!」

声の高さに驚く。しかしまぎれもない男声だと分かる。
シオンよりも頭二つ分低い背丈に、シミ一つない卵のような肌の童顔、
みなりからして女性ではない。
男の子と向かい合った時、シオンは自分が人違いをしている可能性に不安を覚えた。

「もしかして君が……ダイヤモンド? なのか?」

「そう呼ばれることが多いですが、僕はヤイダ・ドモンといいます」

「ええと……子供?」

「何をいいますか! これでも大人歴一年経ってるんですよ」

「ああ。それは失礼した」

シオンよりも年下の十一歳のこの子供が、
最強のトレーナーと噂されるあのダイヤモンドなのだという。
強者の風格も、傲慢さの欠片もない少年を前に、
シオンは胡散臭さを嗅ぎ取った。

しかし、彼の凡夫とは一線を画す奇妙な出で立ちに気付くなり、
シオンはわずかにでも疑いを持った己を恥じた。

「そ……その格好は!?」

ラッパーみたいなダボダボのズボン、
きこりみたいなベスト、
赤いエナメルのハンチング帽、
涼しげな半そでTシャツなのに、真っ赤なマフラーを首に巻き、
小学生が遠足行く用の黄色いリュックサックを背負っている。

ダイヤモンドが身にまとう独特なるその風貌は、
御洒落過ぎて凡人の眼には逆にダサく映ってしまう特殊なファッションである、
とシオンは勝手に推測した。
その身なりは、ありとあらゆる職業を網羅しておりますといわんばかりの多彩っぷりを表している。
とてつもないセンスの怪物と対峙しているような気がして、シオンはゴクリと喉を鳴らし、
心臓が冷や汗をかく錯覚を覚える。
あなどれない。油断できない。用心する。

「この服は全部、母が勝手に買ってきたの何ですけれども何か」

「素晴らしいセンスの母親だなあ」

「はあ、それはどうも。それより、ヤマブキ・シオンさんであってますよね?」

「ああ、あってる」

「今日はよろしくお願いしますね」

ダイヤモンドが手を差し伸べた。
シオンは応えるようにして、一回り小さな手の平と握手を交わす。

「実は僕、久しぶりのバトルなんですよ」

「本当か? ダイヤモンドは強いトレーナーのはずだろう?
 俺はてっきりバトル狂いだと思ってたぞ」

「いえいえ、とんでもない。
 強いのは僕のポケモンであって、僕自身は大した器じゃないわけですよ」

強者と思えぬ腰の低さ。
いや、むしろ強者であるからこその謙虚さだろうか。
周囲が勝手にダイヤモンドを褒め称えるが故に、
本人から威張りたいという欲望がすっかり消え失せてしまっているのかもしれない。
ダイヤモンドはまた丁寧に続けた。

「僕がバトルをしてない証拠に……ほら、僕のバトルの賭け金って沢山ありましたよね?」

「あったな。四十九万九千九百九十九円もあった。あの大金は本当にあるのか?」

「もちろん。僕のおこづかいですし」

能天気な金持ちのおぼっちゃんだと推理する。

「誰も僕とバトルしてくれないけど、でもお金を積めば誰か遊んでくれるんじゃないかって。
 そしたら時々、僕とバトルしてくれる人がやってきてくれたんです。
 だからシオンさんにも、僕は感謝の気持ちでいっぱいなんですよ」

「ふぅん。そうだったのか」

ダイヤモンドの人懐っこい笑顔を見て、シオンは反吐が出そうになった。
トレーナー人生と借金生活を天秤にかけたシオンの戦争を、
図々しくもダイヤモンドは遊びだと抜かした。
平和ボケした金持ちの裕福さに、物凄い苛々をかきたてられる。
まるで自分の頑張りまで、
餓鬼の遊びと同じ扱いを受けているような気がして、シオンの腸は煮えくりかえっていた。

それでもシオンは殺意を殺し、涼風を顔面で受けとめた時の気持ちのよい微笑を保った。
己の自尊心を優先してダイヤモンドを愚弄した場合、
「なんかムカつくからバトル止める」
などとふざけた発言をのたまい出す可能性が少なからずあるので
仕方なくシオンは怒鳴らないでいるのだった。

「……んじゃ、さっさと始めようか。ポケモンバトル」

「すみません、シオンさん。後ちょっとだけ待ってもらえませんか?」

「別に構わないけど……準備か何かか?」

「いえ、そうではなくて、もう少しで審判が来ますので」

「……は? 審判?」

不吉な単語に、ぶわぁっとシオンの全身から鳥肌が立つ。
にわかに空気が狂気で張り詰めた。
自然と息苦しさを感じ、身を強張らせる。
シオンはきけんよちでみぶるいした。
脳内で警報がウーウー鳴り響く。
ここにいてはいけないと本能が告げている。

「なあダイヤモンド。審判なんていらないだろ? さっさとバトルしようぜ」

「それもそうなんだけど、でもそんなこと言ったって来るもんは来るんですよ」

「そんなのほっとけよ! いいからバトルすっぞ!」

「わっ。そんな怒鳴らなくても……。
 それに僕が知る限りじゃ、あの審判は誰がどこにいたとしても、
 ポケモンバトルが始まれば必ず現れる。そういう男なんですよ」

「嘘だろ、おい。なんだよ、それ。そんな無茶苦茶な奴がいるとしたら……」

「やあ! シオン君! またあったね!」

野太い雄叫びが轟いた。
ビクンと身を振るわせ、一瞬、息が詰まる。
聞き覚えのある悪鬼の声に、シオンは氷の掌で心臓をわしづかみにされた絶望を味わう。

「また、やられたくなったのかな! 約束通り! 借金背負ってもらいに来たよ!」

テニスコートに響く重低音に対し、おっかなびっくり振りかえる。
想った通り、紫色のスーツをまとった大男がそこにはいた。

「くそぅ! ちくしょうっ! なんでっ……なんでお前がここにいるんだよっ!」

今朝の敗北がよみがえり、シオンは半狂乱にわめいた。
呼吸が乱れ、平常心を失い、青ざめた顔が引きつった。

「なんでって、そりゃあ……僕が審判で! 君達がポケモンバトルを始めるからだよ!」

さも当然のように答える『オウ・シン』は、相変わらず常に、獣の咆哮みたいな声を放っていた。
山奥でリングマと出くわしてしまった絶望感が、シオンの身にひしひしと伝わって来る。
しかし、ただ脅えているだけでは、喰い物にされるのが目に見えている。
戦慄と武者震いで体がわなわなと震えた。
シオンは警戒心をむき出しにし、敵の心を読まんとばかりにオウの一挙一動を洞察する。

オウの巨体はどかどかと此方に向かって迫り寄る。
シオンの首筋にギューっとピチカがしがみつく。
押し寄せる巨漢を前に、見栄を張るようにしてシオンは一歩も退かずに突っ立った。
オウのこわもてプレートはどんどん近付き、シオンとキスするすんでのところでピタリと止まった。
餌を前にしたアーボックの獰猛な笑みを眼前に、シオンの心臓はびくびくわななく。

「四十九万九千九百九十九円! 必ず払ってもらうからね!」

耳元で囁く『死の宣告』。
そして漂う『臭い息』。
鼻孔をくすぐる刺激臭を前に、
不快感は恐怖心を勝り、シオンはいかりをおぼえた。

「何、寝惚けたこと言ってる? 外見も知能もポケモンなのか?
 今度はお前が負けるんだよ。この俺になぁ!」

シオンは反抗的な態度をとり、生意気に言い返してみせた。
オウの太い眉毛が一瞬ひきつる。
偉そうなことを口にしただけだというのに、
シオンは、なんだか本当に勝てるような気がした。

「それは楽しみだね! そうなってくれることは心より願っているよ!」

震える吐息を短く残して、オウは翻り、シオンの前からどかどか離れて行った。
遠近感がおかしいのか、巨大すぎるオウの背広は、
歩き去っているはずなのに一向に遠ざかっているようには見えなかった。

本当は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
しかし、駄目だ。まだ勝負の最中じゃないけど背中は見せられない。
オウにとって降参は敗北と同じ意味をなす。
そして敗北は借金を意味する。
破滅の運命から逃れるには、闘って勝つ以外に選択肢はなかった。


「おうい、シオンさーん。うわっ、なんか恐い顔してますよ」

場違いなほどの能天気な声と、
ダイヤモンドの何も考えてなさそうな童顔がシオンの視界に入りこんできた。

「何か話してましたけど、シオンさんもオウとしりあいですか?」

「ダイヤモンドこそ、あんな奴と知り合いなのか」

「ええ。たまたま同じ船に乗ってて、知り合ったんです。
 同じ地方出身ってことになりますね」

「……ああそうか、グルか。グルなんだな?」

悟ったように理解するなり、
シオンはダイヤモンドを刺すような視線でジロリとにらみつける。
気迫に押されてか、ダイヤモンドは一歩下がった。

「……確かにそうです。グルです。そういうことになります」

ダイヤモンドは、ややうつむいて暗い声を地面に落とす。
悪びれている様子であったが、殺しにかかってきている以上、同情の余地などない。

「仕組まれたバトル、というわけか」

「そうとも言えますね」

「まったく、餓鬼の分際であんな糞審判とつるみ俺を陥れようとは……
 だがな、このバトル、必ず俺達が勝つ。
 丁度、オウには復讐したいと思っていたところだったからな」

怒りの挑発を吐き捨てると、バッと翻り、シオンはダイヤモンドに背を向けた。

ここのテニスコートでは、ネットもポールも撤去されていた。
ポケモントレーナーの人口がテニスプレイヤーの人口を上回った際に、
何者かが勝手に破壊をしたらしく、その時から
この場所でポケモンバトルの試合が許されるようになり、
テニスの試合をすることは何故か固く禁じられるようになった。

「これより! ヤイダ・ドモンとヤマブキ・シオンによるポケモンバトルを開始する!」

オウは、テニスコートの中央から隣にある、脚立と椅子が合体した席に鎮座していた。
ポケモンバトルの審判だけあって、テニスの審判と同じ位置に居座っている。
あのような男に見下ろされ、監視されていることが、シオンは屈辱的かつ不愉快だった。

「使用ポケモンは一体! どちらかが、『ひんし』になった地点で終わり!」

オウの声が流れる中、シオンとダイヤモンドは試合のポジションに着く。
芝生の長方形の外角に立ち、二人は対角線に向き合った。
テニスでいうサーブ時の位置に近い。

「では両者! 同時にボールを構え!」

相手のポケモンがボールから現れた後ならば、
そのポケモンに対し有利なポケモンを選んで繰り出すことが出来る。
よってポケモンの入ったボールは、敵トレーナーとほぼ同時に投げなければ
後出しの反則とみなされてしまうのだ。

ダイヤモンドが鉄球をつかんだのが遠目にも分かった。
シオンもベルトに手を伸ばし、
レンタルしたゴージャスボールに指が触れる。その時だった。

――それでいいのか?――

疑いの幻聴が、短く脳髄に木霊する。

「シオン君! 早くボールを掴んだらどうだい?」

「ちょっと待ってくれ! 準備中だ! 急かすな! 何、焦ってんだよ!」

そう言うシオンが一番焦っていた。
ゴージャスボールの中には
ダイヤモンドのポケモンをひねりつぶすであろう最強のポケモンが入っている。
なのにボールがつかめない。
オウ・シンという強大な存在がシオンに迷いを与えていた。

本当にこれでいいのか。
これが正しい選択なのか。
ゴージャスボールを投げてしまったら、この試合に敗北するのではないだろうか。

今日一日、ここに至るまでに培ってきた勝利の一手が、シオンは信じられなくなってしまった。

「シオン君! 好きなだけ! 悩むといいよ!」

オウの大声に、シオンは思わず息をのんだ。

今 何 と 言 っ た?

オウは確かに今、「悩むといいよ」と言った。
それは、もしかして、
何のポケモンを繰り出すか「悩むといいよ」という意味ではないだろうか。
つい先程までは、一匹のピカチュウだけが、シオンの手持ちポケモンであった。

考え違いをしている可能性は十二分にある。
オウは、シオンが、
ピカチュウしかポケモンを持っていなかったという事実を知らなかったのかもしれない。
バトルを『やる』か『やらないか』で「悩むといいよ!」と伝えたかったのかもしれない。
しかし、それでは納得いかない。

あの極悪非道のならず者が、
シオンの猪口才なたくらみを見抜けなかったと考えると、
どういうわけだか腑に落ちないのだ。

どれだけ頭を使っても、推測の域から飛び立つことはなかった。
しかしシオンは確信していた。オウはフライゴンの存在を知っている、と。

「性根の腐った外道審判めぇ……」

シオンは苦しげにうめいた。
王手を潰されていたという事実を認めるのは、『ばんのうごな』を舐めるほどにつらい。
それでも苦汁を呑みこんで、早々に次の手を打たねばならない。

「一体どこで情報漏洩したんだよっ」

口惜しげにぼやき、シオンは手中でゴージャスボールを握りしめた。

レベルの低いピチカよりも、レベルの高いフライゴンの方が勝算はあるだろう。
しかし、その判断なら間違いなくオウに見破られている。
裏をかいて、打っていかねば、相手側の思う壺。餌同然。ただのけいけんち。

ほんの数秒の間に、苦悩と葛藤を繰り返し、
シオンは黒光りする鉄球を、二人の敵にも分かるようにして、構えた。

「ポケモンは決まった。試合を始めてくれ」

「では! これにて、ポケモンバトルを始める! 用意!」

オウの合図と同時に、
シオンは握りしめたゴージャスボールを、ふりかぶって、投げた。ふりをした。

「行けぇっ! ピチカぁ!」

――ッチュゥーッ!

小さな足でシオンは顔面を蹴られ、
一瞬レモン色が視界を覆い、
雌の電気鼠は、
戦場のテニスコートへと軽やかに舞い降りた。

ダイヤモンドにフライゴンが来ると思わせてピチカを召喚させる。
作戦と呼ぶにはあまりにも乏しい小細工であった。

ダイヤモンドが放りあげていたらしい紫色の球体が、
天高くから落下していくのが見えた。

「出番だよ。ディアルガ」

ダイヤモンドはそう言った。
マスターボールの着地と同時に、刹那、光がほとばしる。




つづく

















後書
書きたいシーンと書きたいシーンを繋ぐためのシーンは書きたいシーンではない。
自分の書いた話が無駄にダラダラしてるっぽく感じるのは、
繋ぎのシーンが書きたいシーンよりも多いからかもしれない。
この繋ぎのシーンを、いかに面白くし、いかに削っていくのか。
それが問題……なのかもしれない。たぶん。


  [No.1155] 薄馬鹿下郎のYOU討つ 5 投稿者:烈闘漢   投稿日:2014/01/14(Tue) 11:32:03   50clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

薄馬鹿下郎のYOU討つ
       5









――グギュグバァッ!!!

馬のいななきに似た雄叫びが、空気を振るわせテニスコートに轟き渡った。
光の中に、姿を表す、群青色の、大きな影。
神々しさの滲み出る雄大な体躯のポケモンは、
四肢を地に着け、誇らしげにそびえ立っていた。

「な……なんだ、こいつは?」

始めて見るポケモンの、ただならぬ強者のオーラに、
シオンの心は震えあがり、つい魅入ってしまう。
柱のような四本の太い脚。
横に伸びる長い胴体と、尻尾。
縦に伸びる長い首に、長い後頭部。
紺碧のぶ厚そうな皮膚には、輝く浅葱色の筋が走っている。
長い頭の側面を覆う刃のような装身具。
金属のような足の爪。
そして尖った鎧のような鋼の胸板と、
その中心に埋め込まれた1000カラットはくだらないダイヤモンドのコア。
巨大なダイヤは角度を変えると七色の光彩を針のように放った。

「こんなの……聞いてないぞ」

うわごとのようにシオンは一人つぶやく。
確かに読み通り『ゴウカザル』ではなかった。
しかし、この『ディアルガ』と呼ばれたポケモンは、
探偵から知ったダイヤモンドの持つ五匹のポケモンの中には存在しないはずだった。

「幻のシックスマンとかいうあれか……」

ディアルガを仰ぎ見ると、高い首の先から、
紅玉の両眼がギョロりとピチカを見下ろしている。
やはりピチカはびくびく震える。
敗北の気配がシオンにはいよる。
それでも闘って勝つ以外に道はない。

「よし! じゃあ、始めようか!」

オウの一声に、シオンは頭をフル回転させる。
金属の鎧めいた部分からディアルガが、はがねタイプだと分かる。
体型が、首の長い草食系の恐竜っぽさがあるため、
ドラゴンタイプも持っているかもしれない、と推理する。
よく見たらディアルガの片足がテニスコートからはみ出ている。
しかし、よく考えたらそれはアウトでも何でもない。

「試合開始!」

サイは投げられた。結局何も分からなかった。

「ディアルガ、りゅうせいぐん!」

――グギュグバァッ!!!

ダイヤモンドの命令に、
呼応するようディアルガは馬のような遠吠えと共に天を仰いだ。
つられてシオンも空を見る。夜空の向こうで小さな点が幾つもまたたく。


     キラッ! キラッ! キラッ! キラララララッッッ!


不意に、暗雲に隠れる数多の星が『米』の字に輝きを放った。
その輝きは徐々に強さを増し、
今では見える全ての星が太陽と同じくらい強く光を放っている。

「おおおっ! なんだこれは!?」

強烈な光に目を細めながら、シオンは自分が見ている光景を疑った。
昼間のように明るい夜空を背景に、色とりどりの惑星が連なっている。
火星、金星、土星、木星、水星、天王星、海王星、冥王星、そして地球、
どれも肉眼では分からない距離のはずなのに、
光る惑星の表面の、禍々しくも刺激的な色合いが、
月のような大きさになるまで迫り、ハッキリとシオンの瞳に映った。

『りゅうせいぐん』。
文字通り、天空から隕石を相手に落とすというディアルガの使った『わざ』である。

ピチカを圧殺するためだけに、宇宙に生きる全ての光が、この地を目掛けて飛来する。
絶望するよりも早く、シオンは行動に移った。

「ピチカぁ! でんこうせっか!」

主君の命を引き金に、鮮黄色の弾丸は解き放たれる。
スピアーのはばたく翅(ハネ)の速度で手足を動かし、
ピチカは塔のようにそびえるディアルガへ一息に距離を詰める。

いつの間にか、
数多の燃え盛る巨大な塊が、壁のように密集し、空の全てを埋め尽くしていた。
大量の惑星と隕石の接近により、この星の外殻は包み込まれいる。
大気を揺るがす轟きは、世界の終わりの音だった。

「あれ? 俺、逃げないと死ぬんじゃ?」

しかし、よく考えてみたら逃げ場なんてなかった。
こんな状況でさえオウとダイヤモンドは微動だにしていない。
地球の命運よりもポケモンバトルの方が大切なのだ。
情けない姿は見せられないと意地を張り、シオンも不動の姿勢をとる。

ディアルガの足元に向かって、ピチカがスライディングしているのが見えた。

やっぱり恐くなって、シオンは耳をふさぎ、目を閉じ、
その場でうずくまるようにして衝撃にそなえた。

「うわあああああああ!」

シオンの上げた絶叫は、鼓膜を狂わせるような爆音によってかき消された。
世界中から視界と音が消える。目を焼くような熱と光の渦。
吹き荒れる風圧の衝撃。自分の肉体が重力に逆らうのが分かった。
全身がバラバラに壊れてしまいそうなほど、シオンは空中で激しく振り回される。




頭の中がぐわんぐわん揺れている。
気持ちが悪い。
耳鳴りが鳴っている。
気の所為か、遠くで悲鳴が聞こえる。
それと、爆発音も聞こえている……ような気がする。
どこからかガスのような悪臭がする。

意識が一瞬、吹っ飛んでいたことに気付く。
空が昼間のように明るい。
自分が仰向けになっているのが分かった。

「試合中に寝てる阿呆がいるかぁ!」

自分で自分に喝を入れ、眠りについていた筋肉を叩き起こし、シオンは勢いよく立ちあがった。
重たいまぶたを気合で開くと、そこには何も見えなかった。
薄茶色の粉塵が巻き上がって、空気が色濃く染まっている。
濁った水の中を覗いている気分だった。

「にしても俺、よく生きていられたなあ……」

瞬時に復活を果たしたシオンは、
見えない空間の中、恐れながらも足を動かし移動した。
悲鳴もガスの匂いも、微かながら感じる。
気の所為ではない。この星が半壊している証なのだろう。

「いや、俺なんかよりも、この星がすげえよ。よく無事だったなあ……」

視界の悪さを振り払うように、腕を振り回すうち、しだいに靄が晴れていった。

『しろがねやま』を切り取って逆さまにしたらすっぽり収まるんじゃないかってくらい
大きなクレーターがあった。
クレーターの底で、五体がバラバラになったディアルガを見つけた。
最初は群青色の電信柱が積み重なっているものかと疑ったが、
靄が晴れていくうち、ディアルガの胸の宝石が鋭い虹の光を放つので、分かった。

シオンはクレーターを覗きこみ、思いっ切り息を吸い込む。

「ピチカぁぁぁあああああっ!!!」

腹部に力を込め、相棒の名前を叫んだ。

――チュー!

甲高い鳴き声に、脱力感に襲われるほどの安心をした。
バラバラになったディアルガのわき腹から、黄色の点がひょっこり這い出る。
遠すぎる所に現れたピチカは、
シオンに向かって崖のような坂を駆けあがって来る。

「ピチカ! よくやった! でかした! お前は天才ピカチュウだ!」

――チュッ! チュッ! チャァッ!

かろうじて明るい返事が聞こえたものの、
ピチカがシオンにたどり着くにはまだ少し時間がかかりそうだった。

りゅうせいぐんは空から地面に落ちて来る。
りゅうせいぐんはピチカを狙って落ちて来る、
ピチカはディアルガの足元に潜り込み、ディアルガの胴体を傘下にして隠れた。
よって、りゅうせいぐんの全てをディアルガの背中が受け止めた。
ディアルガは自分の技でひんしに陥ったのだ。
ピチカは敵を盾にして生きながらえたのだ。
その証拠に、
ディアルガは巨大なクレーターの中央でバラバラになり、
ピチカはディアルガの下から無事に生還している。


「ディアルガ、戦闘不能! よって勝者、ヤマブキ・シオン!」

どこからともなくオウが出現した。
同時に足元からピチカが飛び出してきた。
黄色いプニプニを胸元で抱きしめると、シオンは暑苦しい顔面と向き合う。

「……お前も生きていたのか」

「この程度で死ぬとか! ポケモントレーナー失格だよ!」

オウの屈強な肉体を包み込む紫色のスーツに、
破れた部分は一つとして見当たらない。無傷の証だった。

「ってお前、今なんて言った? 俺は勝ったのか? ダイヤモンドを倒したのか?」

忌み嫌っていたオウに対し、シオンはドキドキしながら迫っていた。

「そうだよ! このバトルはシオン君の勝利だよ!」

「じゃっ……じゃあ、四十九万九千九百九十九円は俺のものなのか?」

「そうだよ! やったね! シオン君は大金持ちだ!」

「いよっしゃあああああ! やったぜぇえええい!」

「何をぬか喜びしているんだい? コッケイだね! ふはははははっ!」

ガッツポーズで飛び跳ねたシオンは、
それを見下すようなオウの獰猛な高笑いを受け、
何が何だか分からなくなった。
何故、自分は今、人に馬鹿にされながら喜んでいるのか。
シオンは一瞬、本気で錯乱におちいった。

「どうして俺はお前に嘲笑われているんだ? だって、俺の勝ち……なんだよな?」

「シオン君の使った作戦! 僕は今朝にも見ている!
 同じ技が二度も! 通用すると思ったのかい!」

オウは凶暴な笑みを顔面に張り付けて言った。
負け惜しみには聞こえなかった。

自分の技で自滅させるという弱者向けの小賢しい戦術は、
シオンがヒメリとポケモンバトルした際、確かにオウはそれを観ていた。

しかしシオンのガッツポーズは、本当にぬか喜びだっただろうか。
自滅させる戦術は通用したのだ。
そして、バトルが終わったのだ。
ディアルガの戦闘不能が認められた今になって、
シオンに勝利宣言を告げた今になって、
どうしてオウは「通用しない」という世迷言を伝えてきたのか。
自身に満ち溢れたオウの態度を前に、シオンは不吉な予感に胸を痛めていた

「なあ……それって一体どういう意味だよ?」

「皆さん、無事でしたか」

シオンが問いかけると、オウではなくダイヤモンドの声が返ってきた。
世界の終わりに面しているのに、
ダイヤモンドはオウとシオンの間でケロりとしている。
尤も、こんな状況に導いた張本人なのだから、
平常心を保っていても不思議ではない。

「そういう君も無事だったか」

「いやぁ、今回は危なかったですよ。
 隕石の欠片に半身持ってかれるところでしたから」

けらけらと笑いながら、
ダイヤモンドは四つん這いになって、クレーターを覗きこむ。

「大丈夫みたいだね」

バラバラ死体を見て笑った。

「どこが大丈夫なんだよ! もっと焦ろよ! あれ、君のポケモンだろ!」

「いやいや本当に大丈夫ですから。
 シオンさん、落ち着いてください。まぁまぁ、見ててくださいよ。ね」

騒ぐシオンを制すると、ダイヤモンドは思いっ切り息を吸い込んだ。

「ディアルガ! ときのほうこう!」

すり鉢状のクレーターにダイヤモンドの声が木霊する。
絶叫の反響が消えかかった、その時だった。

――グギュグバァッ!!!

聞き覚えのある馬のような咆哮だった。
確かに嫌な予感はしていた。
しかし、『ひんし』どころかほぼ『死』の状態で、声を発したというのが信じられない。
ガタガタと大地が揺れ始める。

「うおっ! 地震か!」

何かが起きようとしている。
揺れは激しくなり、シオンはピチカを強く抱え、ひざまずいてバランスをとる。
体中が振り回され、シオンは吐き気に参っていた。
『りゅうせいぐん』が落ちた瞬間の激震と似ている。
隣を見やると、オウは直立不動のまま微動だにしていない。

地ならしと同時に、大穴のクレーターが物凄い勢いで埋まっていく。
ディアルガの体がエレベーターにでものってるみたいにせり上がってきた。

「何が起こってる? どういう技なんだ、これは」

風が揺らぎ、空中を漂っていた砂塵が地表へと帰っていく。
吹き荒れ出した気流が、ビュオウビュオウと空気を擦り合わせる音を奏する。
激しい揺れの中、砂煙の靄が完全に晴れ、シオンは周囲を見渡した。

「え?」

視界を遮るものは何もないと言うのに、シオンは何も見つけられなかった。
周囲には何も存在していない。
だだっ広い荒野だけが広がっている。

突如、トキワの森の向こうから、
大量の丸太が蟲の大群みたいにウジャウジャと飛来した。
空飛ぶ丸太は周囲の至る所へ雨の如く降り注ぐ。
一瞬にして、緑の屋根した木造建築が百件、二百件、と組み立てられていく。
荒涼としていた何もない大地は、「あっ」と言う間にトキワシティへと元通りになった。

「こっ、これは現実なのか……」

既に凹んでいたクレーターは完全に埋まり、
シオンの眼前には横たわったディアルガがいた。
いつのまにかバラバラだった体が、首も手足も胴体も接合している。

街の外のあらゆる場所から岩石が飛来し、倒れるディアルガの背中に集まって来る。
四方八方から襲って来る岩石を、
上下左右に揺れる大地の上でシオン達は命がけで避けた。
飛来する岩石の嵐が途絶えた直後、頭の上から地響きが聞こえた。
空を仰げば、無数の岩石が集まって、大量の惑星が造られていく真っ最中であった。

「こっ、これは! この景色は!」

密集する星が壁のように空を覆っている。
水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星、地球、月、
砕け散ったと思い込んでいた数々の惑星が、
『ジャングルに潜むような猛毒を持つ爬虫類』の体表特有の禍々しい極彩色で光輝いている。
先程見ていた光景が、再び目の前に広がっていた。

――グギュグバァッ!!!

ディアルガが吠えると、
密集していた星の壁が動き出した。
そして空へと還って行く。
炎と共に大気圏を越え、
全ての円は点へと替わり、
ほぼ全ての星が見えなくなる。一瞬だった。

「な……なんだったんだ。今のは」

力が抜け尻もちをつく。
いつの間にか、揺れが治まっている。
そしてシオンは夜のテニスコートに戻って来ていた。
茫然としていると、目の前で、死体同然だったディアルガが、
無傷の肉体と戦意を取り戻し、四肢を地に着け立ちはだかる。

「本当に何なんだよ。一体……」

驚く気力も湧いてこない。
馬鹿馬鹿しいほど凄まじい。
カイリューなんかとは次元が違う。
敵は本物の神のようだった。

「びっくりしましたよ。
 まさか本当にディアルガを倒しちゃうトレーナーがいるなんて驚きです」

シオンの隣で、突っ立つダイヤモンドが言った。
どれだけ景色が変わっても、少年の態度は何も変わらない。

「どうなってる? 何でディアルガが生き返った? 『げんきのかたまり』でも使ったのか」

「『どうぐ』を使ったように見えました?」

「いや、全然。でも、それじゃあ何が起こったんだ? 教えてくれよ」

「ディアルガはひんしになったので時間を巻き戻したんです。ひんしになる前まで」

「はあ? ……いや、そうか。そういうことだったのか」

絵空事同然であったが、シオンは疑うのを止めた。
たった今、自分の目で見ていた光景と辻褄があったからだった。
荒廃した世界が元の状態に戻るまでの風景は、
確かに『星が落ちて街が破壊された』映像を逆再生しているような印象があった。

「それに、気付いているでしょうけれども、
 ディアルガはディアルガの時間だけを元に戻したんだ」

「ふうん。器用なんだな」

驚くのにも疲れ、適当な相槌を打つ。
確かに時間が戻っているのに、シオンの記憶は失われていない。
『ときのほうこう』の発動中にも自由に動くことが出来ていた。
少なくとも、自分達の時間が戻っていないことは確かのようだった。

「シオン君! さっきのは誤審ね!」

「は?」

終始突っ立ったままでいるオウは、さらりととんでもないこと発言した。

「このディアルガはひんしになる前のディアルガだよ! 敗者になる前の状態だよ!」

「ちょっと待てよ! さっき俺の勝利だって言ったよな! おい! どういうつもりだよ!」

立ち上がり、シオンはオウに喰ってかかる。
やっと手に入れた自分の物が奪われた気持ちになる。
頭に血が上り、怒りは治まりそうになかった。

「君にやられたディアルガは! もう存在しないってことだよ!」

「ふざけるな! 卑怯だ! 依怙贔屓だ! なんだよそれ! 俺、勝ってたのに!」

「それなら! もう一度! 倒せばいいじゃないか!」

「あっさり言ってくれるな! あんなのっ……あんな化け物! 勝てるワケがない!」

「けど一度倒しただじゃないか! 同じことをもう一度やればいいだけだよ!」

「それが出来りゃあ、苦労しねえよ!」

ダイヤモンドはもう『りゅうせいぐん』の命令はしない。
使えば負けると理解しているからだ。
同じ状況にならない以上、同じやり方は通用しない。

「あの、シオンさん!」

カッとなって振り返ると、ダイヤモンドがうつむいていた。
呼びかけておいて、
罪悪感があるのか、ダイヤモンドはシオンと目を合わさないようにしている。
そうと分かると余計に腹が立った。

「もしバトルを続けないのなら……シオンさんの時間を戻します……」

「なっ……んだとぅ……」

歯ぎしりが鳴った。
拳を固めた。
顔が熱くなる。

「トレーナーに攻撃する気なのか! 反則だろ!」

「時間を戻してしまえば、シオンさんは、
 時間を戻されたことを知らないシオンさんに戻るんだ。
 そうなっちゃったら、僕に、文句は、言えませんよね……」

シオンのいる所とは違う方向を見て、ダイヤモンドはボソボソと言った。
仮に時間を戻されてしまえば、
シオンの記憶からディアルガの脅威が消し去られてしまう。
そうなってしまえば、勝率0.01パーセントが0パーセントになるものと予測させる。
何より、今より前の自分に戻ってしまうという
イマイチ実感の持てない行為を強制させられるというのが何気に恐ろしい。

「四十九万九千九百九十九円のためか? そこまでして勝ちたいのか?」

「一流のポケモントレーナーが! 神の力を使い放題! よくある話さ!」

オウの言葉を最後に、ダイヤモンドが踵を返し、雑談は切り上げられた。
オウもシオンに背を向ける。
結局のところ、あの二人は負けを認めるつもりがないのだろう。
もう一度、ディアルガの倒れた姿を見せしめにする必要があった。
渋々シオンも、バトルの位置へと歩き出す。

ディアルガが時を戻す寸前にダイヤモンドは『ときのほうこう』と叫んでいた。
『ときのほうこう』がディアルガの『わざ』なのは間違いない。
つまり『ときのほうこう』のPP(パワーポイント)の数がゼロになった場合、
ディアルガの蘇生はなくなる。
仮にPPの数が二十回あるとして、
ピチカは残り二十回もディアルガを倒さなければならないことになる。
不可能だ。

シオンがテニスコートの外枠に出た時、
既にオウは審判の位置に、ダイヤモンドは自分と正反対の位置についている。
未だ勝算が見つからない。シオンは敗北を悟った。

「試合再開!」

オウの宣告の後、ダイヤモンドの攻撃を待った。
シオンは あいてのでかたを うかがっている。

「……」
「……」
「……」

しかし なにもおこらない。
よりにもよってダイヤモンドも此方の出方をうかがっていた。

「思った通り。やっぱりシオンさんは、自分から攻撃してこないですね」

「年上だからな。先手は譲ってやろうかと思って」

「それはありがたいです。でも実はシオンさんの情報はオウさんから聞いているんです。
 だから何をどうすればあなたに勝てるのか、知っていますよ」

「ほほう、それは面白い。是非ともやってもらおうじゃないか」

偉ぶった態度と裏腹に、シオンの内側で原因不明の焦りが生じていた。
ダイヤモンドの迷いのない口調から察するに、真実を告げていると分かる。
しかし、『ピチカ』に勝つ方法でなく、
『シオン』に勝つ方法とは一体どういうことなのか。

「では、これにて、とどめです。ディアルガ! はどうだん! 用意!」

「ピチカっ、でんこっ……!」

反射的に言い掛けて、止めた。
一度見られた技である以上、『でんこうせっか』で股下に待機するという戦術は二度も通用しない。
突破口を探す間もなく、
ディアルガの開いた口の中で、熱と光と力のエネルギーが球状を成し、
台風を凝縮させたみたいにギュルギュルと渦巻いている。
まずい。
ディアルガの力量からして、あれが威力10程度の技であったとしても、
無残に消し飛ぶピチカの姿が容易に想像できてしまう。

「やっ、やめろォ! まだだっ! まだ撃つなあ!」

「いいですよ。少しだけ待ってあげます」

「ひょ? マジで?」

「でも、あんまりディアルガを待たせないでくださいね」

「ばかめ! その甘さが命取りになるんだよ!」と、
年下の慈悲を踏みにじるようにシオンは内心ほくそ笑む。
オウがとやかく言いだす前にシオンはさっさと行動に移った。

ディアルガは『ときのほうこう』以外に三つの技が使える。
そのうち『りゅうせいぐん』は封じた。
よってシオンは、これから残る二つの『わざ』を
『つかってもこうかがないよ』にすることを目論む。
ディアルガがピチカを倒すわざを失くしてしまえば、
とりあえずシオンに負けはなくなる。

「……あれっ?」

ポケットの中に手を突っ込むと、何も入っていなかった。
ベルトにはゴージャスボールが一つだけ付着している。
ピチカのモンスターボールが見つからない。
いや、なかった。

「ないっ! ピチカの球がないっ! 俺の球がないっ!」

ピチカをボールの中に戻してしまえば、『はどうだん』を受けずに済む。
ボール内のポケモンに攻撃は当てられない。
今朝も使った浅はかな反則であったが、他に何の戦術も浮かんではこなかったのだ。
しかし、その反則ですら、今のシオンには行使できない。

「おやおや!? 探し物かなあ!? これのことかなあ!? シオン君!?」

オウの野太い声が妙にいやらしく耳に付いた。
顔を上げ注目すると、脚立に居座る大男は、その分厚い手の平の上で何かを転がしている。
紅白の鉄球……ピチカのモンスターボールだった。

「お前っ! なんでっ!」

悲鳴じみた驚嘆の声を上げた途端、すぐにシオンはその秘密を理解した。

オウがテニスコートにあらわれた直後、
バトル前にシオンにキスする寸前まで近付いて来た時、
シオンが、オウの顔がどアップでキモイとか、息臭いとか、台詞ウザいとか、気を取られている間、
警戒するよりも前の、シオンが未だ油断しきっていた隙、
あの瞬間ならばオウはシオンからピチカのモンスターボールを盗みとれる。

そもそもオウは一度見ている。
早朝のバトルで、カイリューが火炎放射を放った際、
シオンがピチカをボールに戻した反則をオウは間近で見ていたのだ。
シオンがどんなことをしでかすトレーナーなのか分かっている以上、ボールを奪わないわけがない。

「くそっ! 油断したかっ!」

「シオンさん。ディアルガのアゴも外れそうだし、はどうだん、もう撃っていいかな?」

見上げた先のディアルガは、
口をあんぐり開けたまま『はどうだん』を維持し、待ってくれていた。
強くて大きなポケモンがあんな矮小な小僧に忠実だと哀れさあまってなんだか可愛い。

「もうちょっとだけ! 後少し待ってくれ!」

焦ったシオンは急いでピチカの前まで走り出た。
これなら『はどうだん』はピチカに触れるよりも前に、シオンの体に炸裂し、消える。
出来ればやりたくなかったが、
ディアルガの攻撃を止めるアイディアがない以上、仕方なかった。
ひざを折り、両腕を広げ、シオンはピチカを守る盾となる。

「撃てるもんなら撃って見やがれ!」

「分かりました。ディアルガ、はどうだん、ってー!」

ためらいなく人間への攻撃を命じたダイヤモンドに、シオンはゾッと寒気がした。

熱い輝きを帯びたエネルギーの塊が、高い所からシオンの顔面に向かって放たれた。
一瞬で迫る。まぶたを閉じる暇もない。
ギュォオオオオオ、と唸る風圧が荒れ、脳までくらむような光が視界を真っ白にした。
直後、波動弾はシオンの眼前で直角Lの字カーブをやって見せた。
さらに、そのままUターンし、シオンを回りこむようにして滑空する。

っぱーん!

鼓膜をつんざく炸裂音がシオンの背後でうなりをあげた。

「ピチカぁ!」

振り返ったその先に、
扇風機の速さで回転するピチカが、暗闇の彼方に飲み込まれて行くのが見えた。
あまりにもあっけなく、そして一瞬だった。
テニスコートからはじき出されたピチカがどこにいるのか、
この場所からでは、もう分からない。

「何だよ、今の動きは……」

シオンのつぶやきは震えていた。
高速で飛来した光の球は、
速度を落とすことなくシオンを避け、ピチカに直撃していった。

「こうげきは かならず めいちゅう する。
 命中率100%のさらに上にある必中の技なんですよ。はどうだんは」

「さっきも言ったけど! 僕を相手に! 同じ技が二度も! 通用するはずないだろう!」

二人の声を黙って耳にし、やっぱりか、と思った。
なんとなく、上手くはいかないとシオンには分かっていた。
今朝、カイリューの十万ボルトからピチカを守るために、
シオンが盾になった瞬間をオウは見ている。
モンスターボールを盗むほど隙の無いオウが、何の対策もとっていないはずがなかった。

「……くそぉ!」

吹き飛ばされたピチカを追いかけ、シオンは真暗闇へと走り出す。
光の中から抜け出して、薄暗い世界へと迷い込む。
このままオウから逃げ出して、敗走でもしてしまいたかった。

「ピカチュウ戦闘不能! 勝者ダイヤモンド!
 試合終了! はい、終わり! シオン君の負け決定!」

追い打ちをかけるようにして、オウの大声が一帯に響く。
倒れるピチカを確かめもせずに、勝負の判定を勝手に下された。
悔しくてたまらなかったのに、「まだ終わってない!」とは言い返せない。
テニスコートから届いた微光が、ピチカのレモン色を微かに照らしていた。

「無事か、ピチカ?」

近寄って、抱き上げる。
レモン色のプニプニを持ち上げると、普段よりも重たく感じた。
目も開かず、体も動かず、耳をすませば、かろうじて虫の息が聞こえる。
誰が見ても『ひんし』の状態だと分かる。
終わってしまった。何もかもが。

「なあピチカ。どうしてお前は伝説のポケモンじゃないんだよ……」

悔し涙が頬を滴る。

「無理だったのか。俺ごときがポケモントレーナーでやっていくなんて……」

どうすれば、あのオウを出しぬいて、このバトルに勝利できたのか。
どうすれば、ピチカはディアルガを倒すことができたのか。
未だにシオンは分からなかった。
力が抜け、
自己嫌悪に堕ち、
シオンはめのまえがまっくらになった。





つづく
















後書
ディアルガって馬っぽい声だったような気がしたんだけど……。


  [No.1156] 薄馬鹿下郎のYOU討つ 6 投稿者:烈闘漢   投稿日:2014/01/14(Tue) 20:48:17   47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

薄馬鹿下郎のYOU討つ
         6









シオンがピチカを抱えてテニスコートに戻って来ると、ヤクザの取り立てが待ち構えていた。

「さあ! 払ってもらおうじゃないかっ! 四十九万九千九百九十九円っ!」

脚立と椅子の合体した席から降り立ったオウは、シオンの眼前までずけずけと押し迫る。

「金! 金! 払え! 払え! さあ! さあ! さあ!」

大金をせしめようと一息にまくしたてる。
オウの恐喝を浴び、煙草臭い息にシオンは顔をしかめた。

「何を言っている? まだ勝負はついてないぞ」

『ひんし』状態のピチカを抱えて、シオンは言葉を続ける。

「いや、勝負が終わっていないどころか、むしろ、これからが本番だ!」

凄んだシオンは、片手でベルトをまさぐり、球体をつかんだ。
そのまま、黒光りする鉄球を投げつける。
ゴージャスボールは放物線を描き、
テニスコートの上を三回バウンドした後、
コロコロと転がり遠ざかっていった。

「……あれ? フライゴンは?」

ゴージャスボールからは、何のポケモンも現れてはくれない。
そこでシオンはようやく、トキワジムの中年から借りたこのボールが、
ポケモンの入っていない空のボールであることに気付いた。

「シオン君! もしかして! ボールが空っぽだって知らなかったのかい!
 バトルにピカチュウ、選んでいたから! てっきり知ってたものだと思っていたよ」

ふと、ポケモンレンタルの中年の言葉を思い出す。
「フライゴンが言うことを聞くのは、最初にボールから出てきた一回だけだ」
つまり、バトル本番になるまでボールの中身の確かめようがない。
よくよく考えてみれば明らかに騙す気満々の対応であった。

「謀ったな、あの腐れ眼鏡め!
 この俺をたぶらかすとはぁぁ……ふっ、ざっ、けっ、やがってぇええ!」

「あははははは! 間抜けだね! シオン君!」

オウの野太い哄笑により、シオンのいかりのボルテージがあがっていく。

「レベル87のポケモンを! よく知りもしないシオン君に預けるワケないじゃないか!
 そもそも、そんな強いポケモンを、あんなオッサンが持ってるわけがない!
 持ってたら今頃、四天王でもやってるよ!」

明らかにシオンは馬鹿にされていた。
そして、オウの言葉の内容には、
シオンとトキワジムの中年以外の者には分からないはずの情報があった。

「やっぱり最初っから知ってたんだな。俺がレンタルに頼ってたことを」

「もちろんさぁ!」

シオンが気迫を込めてにらみつけても、オウはけろりと動じない。

「知ってるかい!? ポケモンレンタルの秘密を!
 あのオッサンにポケモンを借りたトレーナーは!
 絶対にジムリーダーには勝てないんだ! 必ず敗北する!
 だってジムリーダーはオッサンのレンタルポケモンのことよーく知ってるからね!
 手の内読まれてるわけさ!
 ジムぐるみで、騙された方が悪いレベルのサギを働いてるわけだね!
 尤も! 最近一般トレーナーが書いたブログで悪評が広まって!
 儲からなくなってきてるみたいだけど!」

「……よく喋るじゃないか。どうしてそんなにポケモンレンタルに詳しい?」

「これでもポケモン協会の人間だよ! トレーナーハウスだとかジムだとか!
 そういう施設の情報は全部こっちに流れて来る仕組みになってるんだ!
 繋がり持ってるからね! 君がそこで何をしたのか全部お見通しなんだよ!」

「何でお前なんかにそんなことが出来る? ポケモン協会っていったいなんなんだよ?」

「個人で立ちあげた株式会社だよ!」

予想外の答弁にシオンは唖然となった。

「……まじかよ。大層な社名してるから
 漫画にでも出て来るような、国家権力を牛耳る闇の組織かと思ってた。
 ポケモン協会(株)だったのか……」

「トレーナーハウスもトキワジムも、電話で聞いたら普通に教えてくれたよ!」

「そうか、普通に聞けばよかったのか……って普通の聞き方じゃ教えてくれないだろ……」

「ただ探偵をやとったのは見事だったよ!
 さすがにそこはポケモン協会と繋がりをもってないからさ!
 でも惜しかったね!
 シオン君が、トレーナーハウスからトキワジムに移動したんだと考えると!
 その移動時間が不自然なくらい長いことになる!
 その間に何処で何をしていたのか割り出して!
 常葉探偵事務所に行ってたって情報を知ったのさ!」

「なるほど、俺がやって来た時間を聞いたのか。
 それで、割りだしたって、どうやって?」

「簡単な推理だよ! 君はまず『トレーナーハウスにて対戦相手を選び』!
 次に『トキワジムでその対戦相手に有利のポケモンを貰おうとした』!
 ということは!
 その間に入るのは自然と『対戦相手の手持ちポケモンを知ること』にしぼられてくる!
 後はもうポケモントレーナーの手持ちポケモン調べる方法をしらみつぶしってわけさ!」

オウは淡々と答えてみせた。
あまりにも簡単に言ってのけるため、オウのしたことがとても難業とは思えず、
シオンは自分の凡ミスに気付かされた。
己の浅知恵が敗北を招いたのだと証明され、シオンは無念でならない。

「くそ。こんなことなら探偵とかに頼らず、
 俺の味方してくれる審判でも頼んでおけばよかった!」

「無駄だよ! このトキワシティには今!
 僕以外にポケモンバトルの審判はいないから!」

「それって、どういう……」

「さ! おしゃべりはここまでだ!」

強引に会話を切り上げ、オウはシオンの胸倉をつかんだ。
足が浮いて、喉が詰まり、息が苦しくなる。

「さあ、シオン君! 払ってもらおうか! 四十九万九千九百九十九円!
 いや、探偵代とレンタル代……締めて百万円! 払ってもらおうじゃないかぁっ!」

「ちょっ、ちょっと待て! 待て! いったん落ち着こう! とりあえずおろせ!
 な! おろせ! ようし、そうだ、いい子だ、落ち着けぇ。
 一旦深呼吸だ。吸ってぇ、吐いてぇ……」

シオンは、血の気の多いヤドン並みの莫迦を
相手しているかのようなふざけたなだめ方を図った。
意思疎通に成功したのか、
オウは太い腕を下げ、ゆっくりとシオンを降ろす。
地に足のついたシオンは、胸を叩いて咳き込んでから言った。

「よおく思いだして欲しい。
 ゴージャスボールは空っぽだった。つまり俺はポケモンレンタルをしていない。
 それに探偵だってまともな情報をくれなかった。
 ディアルガなんてポケモン、俺は聴いてない。
 こりゃもう騙したも同然だよ。あの二人に金を支払ってやる義理はない」

「でもシオン君は二人と約束しただろう!? 金は支払うと!
 約束は守ってもらわないと困るなあ!」

思い返してみると、確かにそんなようなことを言った覚えがある。
正論だと思ってしまった以上、シオンは何の文句を返せなくなる。

「確かに約束はしたかもしれない。認める。でも無理なんだよ。
 今朝のバトルでお前が俺の千円札を、三枚はがして捨てるから、
 俺は今、無一文なんだ。
 残念ながら払いたくても払えない」

「何を、くだらない屁理屈のたまいて言い逃れしようとしてるのかな!」

「何だと? じゃあどうする? どうやって払わせる?
 持ってない金をどうやって支払わせるんだ? 不可能だろ?」

オウの表情が強張った。
苦虫を噛み潰すように、顔を歪ませている。どうやら困っているようだ。

「確かに……確かに、君は百万円も持ってはいないな! うーん、そうだなぁ!
 そうだ! それなら、百万円分の価値のあるものでも貰おうか!」

「はぁ? 俺が百万もする物、持ってると思うのか?
 そんなのどこにあるって言うんだよ?」

「そうだねぇ! 例えば、例えばさ……君のっ、肝臓なんかはどうだいっ!」

シオンの鳩尾に衝撃が刺す。
オウの『メガトンパンチ』。
目の覚めるような重い痛みに、シオンの体が『く』の字に曲がった。

「それとも腎臓が良かったか、なっ!」

今度は、シオンの腹部にオウの『はっけい』が入った。
体内の器官を圧迫され、「ウオエッ」と息と唾液を吐き出す。

「なんなら君の肺でも構わない、よっ!」

オウの『アームハンマー』が決まった。
悶絶する痛みと同時に、一瞬、シオンは呼吸困難に陥る。
息を求めて喘いでいる内に、シオンの膝が折れた。

「それが嫌ならっ……」

オウの手の平が視界から消えた、と思った直後、
予期せぬ方向から凄まじい一撃が襲いかかった。

「君のっ! 『きんのたま』でもっ! もらおうかなっ!」

「アオォォオオオオウッ!」

勝手に喉から絶叫がほとばしった。
気が付くとシオンは股間を締め付けられている。
痺れるほどに強く握りしめられている。

「『きんのたま』は、一つで五千円! 二つで一万円! 残る借金は九十九万円!
 いい取り引きじゃないか!」

「わああああ! 止めろっ! 止めてくれぇ! それだけは! それだけはぁああ!」

顔を真っ赤にし、涙目になりながら、シオンは助かりたい一心で懇願した。
オウが『きんのたま』から手を離した瞬間、全身から力が抜け、
シオンはふにゃりとその場に倒れ込む。
抱えていたピチカを下ろして、シオンはちからつきた。
自分の内側を犯されたみたいで、精神が狂いそうなほどに気持ちが悪かった。

「嫌なのかい? しょうがないな!
 じゃあ、とりあえず肝臓と腎臓だけでも頂いておこうかな!」

「そ、それも駄目だ。止めろ。頼むぅ……頼むぅ……」

嗚咽を漏らしながら、うめき声で哀願する。
格好悪い姿を晒しているが、なりふり構っていられる余裕はない。
自分の体の一部分が奪われてしまう。その痛みと、
その喪失感を思い浮かべただけで、シオンの気持ちは駄目になってしまった。
手遅れになって初めて、自分がとんでもないことをしでかしたのだと後悔する。

「オウさん。ちょっとやりすぎじゃないですか」

ダイヤモンドの声がした時、シオンは急に恥ずかしい気持ちに襲われた。
年下の子供が見てる前で、みっともない醜態をさらしている。
地面を見つめるシオンは顔を上げられなくなった。
きんのたま握られて泣く自分があまりにも情けなくて、
とてもダイヤモンドの顔を直視できそうにない。

「オウさん。シオンさんにお金を支払ってもらうの、取り止めてもらえませんか?」

ダイヤモンドが発したのは、予期せぬ救いの声だった。
シオンの未来に一筋の光が差し込む。

「ん!? 何を甘いこと言っているんだい!?」

「いいんだ。元々賭博のつもりなんてなかった。
 僕に勝った報酬のつもりでの四十九万九千九百九十九円だったんだから。
 だってほら、僕ってさ……いや僕じゃない。僕のディアルガって、強いでしょ?」

ダイヤモンドは、嫌味っぽくなるのを隠すようにして言い直した。

「このバトルは! シオン君が自分で選んだことだよ!
 ポケモンバトルは遊びじゃない!
 勝負が終わった今になって! キャンセル出来ると思っているのかい!」

「でも……でも可哀想だ。あんまりじゃないですか。
 そんな大金払わせるなんて、そこまでする必要ないじゃないですかっ」

ダイヤモンドは本気で哀れんでいるようだった。
年下の情けに、シオンはありがたくすがりつこうと思った。

「可哀想!? この程度のことで!?」

「この程度って……借金百円なんですよ! ……じゃなくて、百万円なんですよ!」

「能力低いにも関わらず身の丈に合わぬ夢を追いかけた代償が百万円なんだよ!
 自分でやった敗北の責任を本人にとってもらうだけさ!」

「僕はっ! ……僕は、ポケモントレーナーにこれ以上辛い目に在ってほしくないからっ、
 だから協力してるのに! これじゃあ本末転倒じゃないか!」

ダイヤモンドは声を荒げてまで、自分のために反論してくれている。
シオンは胸の底からこみあげる熱い何かを感じとった。

「狂人を! まともにするには! 正攻法じゃ駄目だよ! 荒療治じゃないと!」

オウの声も激しくなって、二人の会話は言い争いに変わっていった。
シオンは地面を凝視したまま、心の中でダイヤモンドに声援を送る。
今こそ借金取消の時だ。

「シオンさんよりオウさんの方が狂っている。
 一試合負けたくらいで百万も分捕ろうなんて、えげつないにもほどがありますよ!」

「確かにやり過ぎているように見えるかもしれない!
 けど、このぐらいしないと、シオン君はまたポケモントレーナーを目指してしまう!」

「別にいいじゃないですか。借金するくらいなら、トレーナーでいてくれた方がまだマシです」

「そんなこと言ってたら、いつまでたってもポケモントレーナーは増える一方だよ!
 遊び呆けた役立たず共が増えすぎて、このままじゃ国が回らない!
 成人式全員無職になる時代もそう遠くはないんだよ!
 今ここで、シオン君に現実を知ってもらった方がいい!」

「そんな必要はない!」と、ついシオンは叫んでいた。心の中で。
実際に口にする無謀さを持ち合わせてはいない。

「それなら僕もポケモントレーナーだ。
 僕にもトレーナーを止めさせたらどうなんですか?」

「君は優秀だからいいんだ! でもシオン君をトレーナーとは認められない!
 自分のポケモンをロクに勝たせることも出来ないんだから!
 トレーナーじゃなくて普通の人だよ!」

「闘いなんですから敗者は必ず出てきます。
 それにシオンさんはポケモンバトルに真剣だった。
 それはポケモントレーナーじゃなきゃ出来ないことだ」

「負けたのに真剣だった!? 真剣に頑張ったにも関わらず負けたんだ!」

「でも一度は勝ってます。
 それにシオンさんは、何も考えず闇雲にバトルを挑んできたわけじゃない。
 勝つために色々やろうとしていたらしいじゃないですか」

「真正面から闘ったら負ける弱いトレーナー!
 だから、ポケモン、借りたりしたんじゃないかな!」

「何も考えずポケモンに指示を出すだけのトレーナーなら、いらない。
 ポケモンだけで闘った方がいいと思いますよ」

「おや!? 皮肉ってるつもりかい!?」

「自虐のつもりです」

「あのね、ダイヤモンド君!」

「なんですか。改まって」

「思い出してごらんよ! 君が蹴散らしてきた短パンこぞう達の末路を!
 彼ら、トレーナー続けられなくなって、その後どうなったんだっけ!?」

オウの言葉に、ダイヤモンドは黙ってしまった。
会話が途切れる。久しぶりに静寂が聞こえた。
ダイヤモンドに反論する気配がない。
寒気がした。

「シオン君と、君が今までに潰してきたトレーナー達!
 そう大した違いはないはずだよ!」

オウは独り言のように語る。

「シオン君はまだ若い! 手遅れになる前にトレーナーを終えるべきだ!
 現実を勘違いしてるから!」

ダイヤモンドは黙ったまま、何の反論もしてはくれない。

「今、シンオウはどうなってるんだっけ!?」

心臓の動悸が激しくなる。
うつむくシオンは焦っていた。

「借金でもしなければ、シオン君ならまたトレーナーを目指す!
 それに! トレーナーを続けたところで、僕以外の悪党から借金を背負う羽目になるだけさ!」

オウが何を言っているのか、シオンは真面目に盗聴しようとすらしなかった。
ただ、ダイヤモンドが黙り込んでいる事実が焦れったくって仕方がない。

嫌な予感をどんどん溜めてく不吉な沈黙に耐えかねて、シオンはとうとう顔を上げた。
ゆっくりと首を伸ばすと、
何故か、
ダイヤモンドがシオンを見ながら申し訳なさそうな顔をしていた。
一体何を考えているのか。
シオンが混乱している内に、ダイヤモンドは口を開く。

「すみません、シオンさん。やっぱり悪いんですけど、
 お金……支払ってもらえないですか?」

期待で膨らんだ風船の破裂する音がした。
酷い心の変わりようだと思った。
絶望と共に、
シオンはスーッと自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。



「まあ、心臓も『きんのたま』も差し出さなくていいよ!
 君のを欲しがる人はいないだろうからね!
 かわりに! このプリントにシオン君のサインをしてもらうよ!
 名前を書くだけでいいんだ! 簡単だろ!」

倒れるシオンの眼前に、ボールペンと謎の用紙が滑りこんできた。
シオンは渋々起き上がり、
差し出された用紙を興味本位で手に取ってみる。
よくわからない変な物が描かれていた。
文字なのか、記号なのか、模様なのか、絵なのか、
奇妙な三角形のようなものが連なって描かれている。

「……これは、えっと、何だ? 何語?」

「楔形(くさびがた)文字だよ!」

「読めるか! 日本語で書けやあ!」

反射的につっこみを入れる。
言い放った直後、ほんの少しだけシオンに元気が戻ってきた。

「本当は日本語で書いてあげたかった! でも駄目なんだ!
 この契約書の内容を知ったトレーナーは皆、必ず発狂するからさ!」

「そんなヤバいことが書かれてるのか?」

「それでね! 中々サインしてくれないなんて面倒な事態になりかねないからさ!
 防止策として読めない言語の契約書を作ったわけさ!
 君が落ち着いて名前を書けるようにした親切な処置なんだよ!」

「そ……そんなヤバいことが書かれてるのか? さっきも聞いたけど」

「ルーン文字の方がよかったかい!?」

「んなこた聞いてねえよ! 俺はただ内容が知りたくて……」

「さっさとサインをしたらどうだい!? 『きんのたま』を奪われたくなければね!」

有無を言わせぬオウの言動から、
非常に恐ろしい内容が書かれていることだけは理解できた。
契約書にサインしてはならないとシオンの本能が警報を鳴らしている。
しかし、『きんのたま』を奪われる絶望を考えると、
シオンは謎の契約書と向き合うしかなかった。

震える指先でボールペンを挟む。
奴隷契約書なのか、それとも地獄の片道切符か。
恐怖心を無理矢理抑え込み、ゆっくりとペンを動かす。

名前を記した瞬間、
シオンは満員電車で小便を漏らしてしまった時の解放感と後悔が残った。

「ようし! これで君のトレーナー人生も終わりだ!
 もう二度と這い上がれはしないだろう!」

太い腕が用紙をかっさらう。

「くそっ! くそっ! くそぉお!」

悔しくて、歯を食いしばり、シオンは何度も地面を殴り付けた。
しかし、そもそも契約書に何と書かれているのか分からないので、
一体自分が何に怒りを覚えているのか、よく分かっていなかった。
ただ、絶対にやってはいけないことをやってしまったという実感だけが残っていた。

「君は百万円の借金を背負った! 支払方法は、トゴのリボバライで頼むよ!」

「は、はあ?」

知らない言語に戸惑いつつも、契約書の内容なのだろうと予測できた。

「それと! 借金返済のためにシオン君には明日から仕事をしてもらう!
 これは君にトレーナー活動をまともに出来なくさせるためでもあるよ!」

「し……死事だって……」

不吉な言葉を耳にしたショックで、シオンの脳味噌は若干の混乱をきたす。
終わらないサービス残業。
月月火水木金金。
終始飛び交う怒号。
破られる法律。
上層部全員ヤクザ。
相次ぐ自殺。
五十キログラムの荷物を上下するだけの誰にでも出来る簡単なお仕事です。
悪夢の連想ゲームが暴発し、止まらなくなり、シオンの頭の中は真っ白になった。

「おれっ、俺はっ、俺は、一体どうなってしまうんだぁあああああ!」

喉笛から絶望がほとばしった。
思いっ切り絶叫してしまったおかげで、
スッキリしたシオンは少しだけ落ち着きを取り戻す。

「ほら! あそこにフレンドリィショップがあるよね!
 シオン君、明日から、そこのバイトね!」

遠くを指差し、オウは淡々と告げる。

「よかったじゃないかシオン君!
 ポケモントレーナーとかいうブラック無職から中卒フリーターに昇格だ!
 やったね!」

明るい声にイラッと苛立つ。
しかし、普通のアルバイトをするだけで『きんのたま』は奪われずに済む。
そう考えると、シオンは気が緩むほどの安心感を覚えていた。
ポケモンバトルに敗北し、
ポケモントレーナーを止めさせられようとしているのに、
シオンはホッと安心していた。

「じゃあ僕は行くよ!
 他のトレーナーも潰さないといけないからね! それじゃあ!」

素早くオウは背中を向け、猛スピードで走り去り出した。
筋肉質な巨体が風を切って疾走して行く様は、迫力満点であった。
あの口ぶりから察するにオウは、
色んなトレーナーから
『おこづかい』を巻き上げることにいそしんでいるのだろう。

「シオンさん!」

シオンのかたわらでダイヤモンドは静かに佇んでいた。
哀愁を見せるダイヤモンドの頭の上に、
灰色の丸まった小鳥のポケモン……
ムックルLV6とおぼしきポケモンが乗っかっている。

「あの……シオンさんは、
 ポケモントレーナーなんてものに人生を振り回されちゃ駄目だ。
 トレーナーになることが大事なんじゃなくって、
 大切なのは最高の気分とか幸せを感じられる事です。
 目的と手段を間違えちゃ駄目ですよ」

ダイヤモンドが去り際に残したアドバイスは、
明日になったら何を言われたのか忘れていそうなくらいシオンの心には響かなかった。

ムックルはダイヤモンドの頭をつまんだまま、
三十cmにも満たない両翼を広げ、パタパタと羽ばたいた。
ダイヤモンドの足は大地から離れ、宙に浮遊し、ゆっくりと上昇し、
そのまま夜空の彼方へと消えてしまった。

二人の敵はあっさりとその場から消え去り、シオン一人が照明の光に取り残される。
経験値と金を奪われた今のシオンは、
敵トレーナーにとって関わる価値のないゴミ同然なのだから、
さっさと見捨ててとっとと帰って行ったというのは道理にかなっている。
敵が失せたと分かっているのに、寂しい気持ちにさせられた。

きょろきょろと周囲を見回し、
付近に誰もいないと確認するなり、シオンは立ち上がる。

「ああああっ! ちくしょう! くそったれ! 何で俺がこんな目に遭わなきゃならないんだよぉ!」

自分より強い敵がいなくなったからか、
急にシオンは強気になり、周囲に怒りをぶちまけた。

「大体! あんなポケモンに! ピカチュウ一匹で! 勝てるワケないじゃないか!」

腹の底から声を絞り出し、体中にたまった不満とストレスの全てを外気に放出した。
日中の行動を見破られたのも、
ポケモンレンタル出来なかったのも、
ダイヤモンドがゴウカザルを使わなかったのも、
ピチカが勝ち目のない相手と戦わざるをえなかったのも、
シオンが借金背負う羽目になったのも、
明日からアルバイトさせられるのも、
全てにおいてオウが悪い。
と、いうことにしておけばシオンは自分の弱さを責めずに済むのであった。
責任転嫁によって精神の安定をはかっているのである。

落ち着きを取り戻した今でも、シオンは敗北の原因がオウにあると確信していた。
自分の実力不足ではなく、ダイヤモンドが強かったという理由でもなく、
裏でポケモンバトルの勝敗をも操っていたオウにこそが問題があるに違いないのだ。

「俺はどうすればよかった?
 どうすればダイヤモンドに……いや、オウに勝てていたっていうんだ?」

誰に聞かせるわけもない弱音をシオンは静かにつぶやく。
返事の代わりにピチカの弱々しい呼吸音が耳を打った。
『おや』のくせに、
ピチカがずっと側で倒れていたという事実を今になって思い出す。
急いで抱き上げると、
シオンは強引に弱気を押しやり、無理矢理に体を立ち上がらせる。
ポケモントレーナーである以上、感傷に浸っている暇などない。




ポケモンセンターの待合室で、
並べられた座席をベッド代わりにし、シオンは寝転がっていた。
ふぬけた顔つきで、ぼけーっとしながら、
ピチカを預けたジョーイさんから名前を呼ばれるその時を待っていた。

「あーあ。才能と努力と運とコネだけでポケモンマスターになれたりなんかしねーかなー」

組んだ腕を枕にし、ありもしない妄言をのたまく。
天井の電光を見上げながら、借金返済を忘れようとした。
しかし現実逃避をしたところで、
ポケモントレーナーをまともに出来なくなった、という事実を変えることは出来ない。
涙が流れる気配はなかった。
それどころか、酷い目に合わずに済んで本当によかったと、感謝していた。

「明日からバイトか。じゃあ早めに寝ないといけないのか」

早くもこの状況に順応しようとしている自分に吐き気をもよおす。
敗北した後なのに平気な顔をしていられる自分を思うと、たまらなく嫌になった。
ポケモントレーナーには戻れないのかもしれない。
それを悲しいと思えない自分が、何よりも哀しかった。





おわり















後書
どうして探偵の雇った借金取りがオウでした、って書かなかったのか?
忘れていたからである!



次回は未定。そのうち書く……と思う。


  [No.1178] WeakEndのHalloWin 3 投稿者:烈闘漢   投稿日:2014/06/22(Sun) 11:41:56   34clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

はじめに
3話→1話→4話→2話→5話、の順番で出します。







WeakEnd の HalloWin
        3







緑の街の外れ、だだっ広い荒野の真ん中、鉛色の空の下で、青年と少年が対峙する。
青年ことシオンの側らでは、地べたに尻もちついたピチカが赤い頬をこねくりまわしている。
少年ことダイヤモンドの隣には、時をつかさどる神が、紺碧の塔の如くそびえ立っている。
二人は殺意の無い眼差しで視線を交わしあった。
闘志の無い二匹もまた、生温い風の中で、じっとその時を待つ。

「そろそろですかね?」

ふいにダイヤモンドが声を投げかける。
未だあどけなさの残る声だな、なんて普段気にならないようなどうでもいいことをシオンは思った。

「ああ。きっと、そろそろだな」

それからシオンは、意味もなく空を仰いだ。
折り重なった雲の隙間から、鋭い太陽光が降り注いでいる。
膨大な量の絶望を、希望の光が切り裂いているかのよう。
そんな自分の心模様。

「これより! ポケモンバトルを開始する!」

唐突に、静寂を破る第三者の大声が、いつものように割り込んできた。
遠くにある緑の屋根の住宅街を背景に、紫のスーツをまとった巨漢がのしのしと迫って来る。

「バトルのルールは……おや! シオン君じゃないか!
 こんなところで何をしているんだい!?」

二人の側にまでやってきたオウ・シンは、吠えるような大声と共に周囲を見渡した。
闘志と殺意を胸に秘め、シオンはゆっくりと声を出す。

「見て分からないのか?」

「シオン君は! ポケモンバトルをやっていい人間じゃないよ!
 それに、仕事中のはずだよ!」

「そういうのはいいからさ。俺とポケモンバトルしてくれよ」

「君が! 借金、返してくれたら! 考えてあげるよ!」

「ディアルガ、ラスターカノン」

ダイヤモンドがつぶやいた。
それがとんでもない一言だったと気付くなり、シオンは咄嗟に振り返る。
ディアルガの、胸の鋼の、中央で、銀の輝きが閃いた。
オウはその場から弾かれたようにして、左方向へと転がる。
直後、一瞬前までオウが立っていた空間に光の槍が突き刺さる。

「危ないじゃないか! ダイヤモンド君!」

オウの呑気な叫び声をシオンは気にも留めなかった。
放たれた光の槍は止まらず、猛スピードの直進を続けている。
その光の矛先には、緑の屋根の住宅街があった。

「やめっ……」

そして、
遠くの街で、大量の木片と大量の肉片が花火みたいに弾け飛んだのが分かった。
光の一直線が、トキワシティの街並みを真横から、抉りながら、砕きながら、貫いて行く。
光の槍を追いかけるようにして、次から次へと家々が破裂していった。
幾つもの火柱が巻き上がる。
幾つもの黒煙が吹き荒れる。
緑の街は一瞬にして血と炎の紅にのみこまれてしまった。

「おい……おい何してるんだよ、ダイヤモンドっ!」

自分と向かい合う少年に対し、シオンは怒りと恐怖を同時に覚えた。

「まったく、どうして避けるんですかオウさん。トキワシティが吹っ飛んじゃったじゃないですか」

ふざけた冗談にゾッとする。

「ははははは! つい癖で! 体が勝手に動いちゃったよ!」

オウの笑顔に、シオンは頭がおかしくなりそうだった。

――ドゴォオオオオオ!!!

土砂崩れのような爆音が、シオンの鼓膜になだれ込んできた。
時間差でトキワシティを破壊する轟音が此方にまで届いたのだと理解する。
激しい音の直後、今度は吹き荒れる熱風が襲いかかって来た。
こんなところまで爆撃の余波がやって来たのかと、シオンは唖然となる。
紅く燃えるトキワの街の、その上空で、どす黒いキノココ雲が浮かんでいた。

「オウさん。次は当てますから」

「そうかい! それじゃあ、仕方ないね! 命には替えられないからね!
 いいよ! ポケモンバトルしてあげるよ! シオン君!」

こんな状況下であっても、二人は動揺を見せたりはしなかった。
街一つ破壊した程度で慌てふためいているようでは、
一端のポケモントレーナーにすらなれないのだろうか。
そう考えた途端、シオンは怒りも恐れも押し殺すことに決めた。
目をやると、相変わらずオウはニコニコと凄絶な笑みを浮かべている。
笑えないようにしてやろう。



「ディアルガ、ときのほうこう」

膨らみつつあったキノココ雲が、大地に吸い込まれるようにして沈んでいく。
背中から吹き抜ける熱風。
背後から前に飛んでいく爆音。
潰れていく火柱、折りたたまれる黒煙、広がっていた紅い光も鎮火し、トキワシティは逆再生を開始した。

粉々になった木片は空中へ舞い上がると、本来あるべき位置に吸い込まれて、家が再び出来あがっていく。
映える緑の屋根も少しずつ浮かびあがってきた。
この距離では視えないが、
飛び散った血や臓器や骨や肉片は、至る所で集まって、元の人間の姿へと再生しているのだろう。
立体パズルを猛スピードで寸分の狂いなく組み立てるかのような、そんな光景があるに違いなかった。

破壊されていた住宅街は直り、解き放たれた光の槍はトキワシティからディアルガの胸に還ってきた。
見覚えのある街がよみがえり、何もかもが元通りである。

「いやあ! 凄いね! 何もしなかったことに出来るなんて! 便利な技だねえ!」

オウの歓声にシオンも同感した。
あのポケモンが、あの力が、自分の物になったらと思うとゾクゾクせずにはいられない。
用が済んだのか、ダイヤモンドはディアルガをマスターボールの中に吸収してしまった。
この少年は今、時を支配する神を、手中に収めている。



「おい、偽審判!」

トキワシティが完治した頃合いを見計らって、シオンは堂々と叫ぶ。
自分の『きんのたま』を握ってきたオウに対する恐怖心は、もうどこにもなかった。

「今からやるバトルで俺が勝ったら、前回のバトルをなかったことにしろ!」

「ん!? ……それはつまり! 借金をチャラにしたいってわけかい!?」

「そうだ!」

「構わないよ! でも、それじゃあ! 僕が勝ったら、シオン君は一体どうしてくれるつもりなんだい!」

「お前を殺さないでおいてやる」、と言いそうになったが、シオンはなんとかその台詞を呑みこんだ。
これ以上、ダイヤモンドを頼るわけにはいかない。
これはシオンとオウの戦いであり、ダイヤモンドのバトルではないのだから。

「よし。このポケモンバトル、俺は俺のトレーナーカードを賭けよう!」

一円の賞金も出せない状態の『おこづかい』だったため、
仕方なくシオンはトレーナーの魂をベットした。

「おや! 意外と、いい条件じゃあないか!」

オウの上げた声からは、珍しい物を発見した時に生じるような喜びの色が含まれていた。

「僕に拒否権はないんだから! もっと酷い話が来るかと思っていたよ!
 もっとも! 君のトレーナーカードが!
 百万円の借金と! つり合うような物とは思えないんだけどね!」



それからオウはダイヤモンドと立ち位置を交換した。
シオンと対峙した時、オウの分厚い手の平には、すでに黄色の鉄球が握られていた。

「頼むよ! バンギラス!」

オウの屈強な剛腕がハイパーボールを地面に叩き落とした。
白い閃光があふれる。

ソイツは、
『凶悪』や『獰猛』といった言葉をそのまま具現化したかのようなモンスターだった。
黄緑色の怪物。
長く、膨れ上がった胴体に対し、異様な程に短い手足。
巨体とはアンバランスなほど小さな頭蓋。
こわもてプレートの主に似た凶悪な面構え。
分厚い鎧のような肌で肉体を覆い尽くし、全身の至る所で尖った形をしている。
首元から尻尾の先までもが太く逞しく、急所と呼ばれる部位の見当がつかない。
果たして、あの怪物をどう攻略するべきか。

「バンギラス! 進化だよ!」

不意打ちだった。オウは突然、わけの分からぬ一言を述べ、左腕を振り上げる。
オウの左手首にまかれた腕時計のような物が、青白い閃光を放つ。
次の瞬間、どこからともなくあらわれた光の球体がバンギラスを包み込んだ。
何かに包み込まれた、と認識した直後、バンギラスを包んだ光の球体は粉々に砕け散った。
まるで卵を破って誕生する雛のようにそのポケモンが姿を現す。

「なんだ……このポケモンは……」

ソレは、バンギラスであってバンギラスではない。バンギラスを越えたバンギラス。
鎧をまとった怪獣に、さらに悪魔が乗り移ったかのような姿をしていた。
化け物の頭蓋骨にも見える胸の甲冑。
背中から伸びる六本の触手。
頭の天辺には角、そして眉毛のように伸びる角、膝の上からも角、尻尾の先で四つに割れた角。
生まれ変わったバンギラスから、威圧感と殺気がばらまかれ、
シオンは気が滅入るほどの立ちくらみがした。
これほど『魔王』という言葉が相応しいポケモンは、他にはいまい。

――グオオオォォオオオオオオオオオオ゛!!!!

重低音の咆哮が轟く。
姿を変えたバンギラスの野太い雄叫びに、空気中が震え、シオンの肉体もブルブル振動させられた。
そして、
(いとも簡単に人をぶっ殺せる化け物を前にして、よく平常心を保っているな)
とシオンは我ながら感心した。
足元に視線を落とすと、ピチカもまったくひるんだ様子がない。
巨大生物と敵対することになれてしまったようだった。

「おい、ふざけてるのか! 偽審判! お前、今、『どうぐ』使っただろ!」

冷静さを保ったまま、大声で訴える。
シオンは確かにオウの手首が輝いたのを見た。
ポケモンバトルにおいて、
ポケモンに『もちもの』を持たせることは多々あっても、『どうぐ』の使用を許可することは滅多にない。
沢山の『どうぐ』を持っているトレーナーが有利になってしまうからだ。

「『どうぐ』を使ってはいけない! そんなルールはないよ!」

「自分に都合の良いルールを、勝手に作ってんじゃねえよ! 」

「違うよ! そうじゃないんだ! そもそも! この試合にルールなんてものない!」

「はぁ!? 何ぃ!?」

「そうだろう!? だって、ここには! 審判がいないんだからさ!」

と、自称審判の男は言った。
確かにオウは、ポケモンバトルに参加するため、審判は出来ない。
ダイヤモンドはトレーナーであっても、審判の免許を持ってはいないだろう。
敵の言葉だというのに、一応納得が出来てしまった。

「……なあ偽審判。ルールなしのバトルって、
 それはつまり、相手ポケモンを倒すためならどんな手を使ってもいいってことか?」

「そうだね! 大体、そういうことになるね!」

「そうか。なるほど。分かった。ルールなしでやろう」

「ちょっと、シオンさん!」

ダイヤモンドがシオンを注意するようにして叫んだ。
それから物凄い形相をしてシオンの側まで駆け寄って来た。

「分かってるんですか、シオンさん? ルールなしのバトルの意味が」

「勝つためならどんな手を使ってもいい、ってことだろ?」

「まぁそうなんですけど……いいですか?」

シオンが頷くと、ダイヤモンドは親が子に言い聞かせるみたいな口調で説明を始める。

「まず一対一じゃありません。ルールがないんですから。
 持っているポケモン全部なので、一人最大六匹まで使えます」

「は……はあ!? なんだそれは、汚いぞ!
 俺、ピチカ一匹しか持ってないから、ほぼ間違いなく負けるじゃないか」

「それだけじゃありません。というか、そんなのは大した問題じゃない」

「どういうことだよ?」

「最大の問題は『どうぐ』がいくらでも使えるということです。

 それはつまり、たった一度のバトルで、
 ひんしのポケモンを復活させる『げんきのかけら』を何度でも使用する事が出来る、ということ。
 傷を負ったポケモンを完全に回復させる『かいふくのくすり』だって持っている数だけ使用する事が出来る。
 いくら敵ポケモンにダメージを与えても、どれだけポケモンを倒そうとも、
 何度も何度も再生して襲いかかってくるんです。

 仮にオウさんが『げんきのかけら』、『ふっかつそう』、『すごいきずぐすり』、
 それぞれ九十九個ほど所持しているとします。
 すると、シオンさんはこれからピカチュウ一匹で、
 オウさんのポケモンを三百回近く倒さなければならない。それも連続で。

 三百匹のポケモンを倒すのに一体どれだけの時間がかかると思いますか?
 一日もかからないかもしれないですし、最悪三日三晩もバトルが続くのかもしれません。
 トレーナーの眠気や体力はもちろんのこと、
 ポケモンのコンディションにも気を使っていなければあっさりやられてしまう。

 シオンさんは今から、
 72時間も命令を叫び続けるという過酷なポケモンバトルを強いられている状況ですけど、
 闘い続けられるんですか?
 それ以前に、普通にバトルをしたって、勝てるかどうか分からないんじゃないですか?」

シオンは頭の中が真っ白になっていた。
ダイヤモンドの話が長すぎて何を言っていたのかよくわからなかったのだ。
ただ、
(このままバトルを始めれば間違いなくシオン達が負けるであろう。と、いうようなことを言っているんだろうなあ)
と、なんとなく理解していた。

「なんであの大人はこんな卑怯な事をするんだよ……」

「シオンさんが原因不明の反則戦法を使ってきたとしても勝てるようにするためじゃないですか。
 それより、シオンさんて『どうぐ』持ってるんですか?」

「まぁ持っているといえば持っているが……九十九個もない」

「ですよね。借金背負ってる人が、売ってお金になるような物を持ち歩いてるわけないですもんね」

「ああ、そうだよ。ったく、まったくもって参ったなぁ……」

途方に暮れるシオンは、ふと視線を飛ばした。
見るからに殺戮の化身といった感じのする黄緑色の魔獣が、
ピチカという名の生贄を今か今かと待ち構えている。
あの禍々しい異形の怪物を三百回も仕留められるだろうか。
間違いなく不可能だろう。
そして恐らく、そんなことをする必要はない。

「やっぱり止めましょうよ、シオンさん。わざわざ負け戦に出る必要なんてありませんって」

心配してくれるダイヤモンドの優しさが身にしみる程にありがたかった。

「いや、俺は戦う」

しかし、シオンはそれを蹴った。

「どうしてですか! トレーナーカードを賭けちゃってるんですよ!
 僕が戦いますよ。シオンさんの借金も取り戻してみせますよ。
 それとも僕が負けるとでも言いたいわけですか?」

シオンは必死に訴えるダイヤモンドの頭を、帽子の上からポンポンと優しく叩いた。
(やっぱりこいつはイイ奴だ。使える。これからも、とことん利用してやることにしよう)と、思った。

「ありがとな。そう言ってくれて。けど、そういうことじゃないんだ」

「じゃあ、どういうことなんですか」

「勝ちたいんだよ。俺は自分の力でアイツをぶちのめしたい。
 借金返済も大事だけど、お前があの偽審判を倒したって何の意味も無いんだ。
 俺が俺自身の力でアイツの息の根を止めなくっちゃ意味がないんだよ。
 それが出来なきゃポケモンマスターになんて一生なれない」

「うーん……まぁ気持ちは分からないでもないです。
 けど、それじゃあ、どうやって勝つっていうんですか? あのヤバいポケモンに」

ダイヤモンドはムスッとした表情で、『あのヤバいポケモン』に指を差す。

「俺、お前とのバトルに負けた後、色々考えてたんだよ。
 ピチカでディアルガを倒す方法をな。それを今から試す」

「ありませんよ、そんな方法。
 どんな手を使ってもいいと言われても、
 そのピカチュウであのバンギラスを倒す方法なんて僕には思いつかない。
 そんな方法が存在するとも思えない。何をどうしたらシオンさんが勝利出来るって言うんですか?」

「それを今からお前に見せてやるよ」

「はぁーあ。ああ、そうですか。わかりましたよ。まったく。
 格好つけたせいで、後悔することになってもしりませんからね」

疲れたようなため息をついて、ダイヤモンドは渋々シオンの側から離れて行く。
確実に勝利出来る存在が自分の下から遠ざかって行くのを、シオンは黙って見送った。



「おい偽審判! 『もちもの』持たせてもいいんだよな!」

「もちろんさぁ! 僕の『メガバンギラス』も『どうぐ』持ってるし! それに、ルールなしなんだからね!」

(へぇ〜、メガバンギラスって言うのか)

オウに確認をとってすぐ、シオンはリュックサックに手を突っ込む。

(あれ? ひょっとしてメガバンギラスって七文字じゃないか?)

そして、『十の珠(たま)が連なって出来た、光を放つ数珠』のような『どうぐ』を引っ張り出した。

(まあ、良く考えたらダイヤモンドも六文字だったからな)

その『どうぐ』を、首輪のようにして、ピチカの顔と胴体の境目に巻き付ける。

(予想外の事態ごときに驚いてるようじゃ、トレーナー失格だわな)

『どうぐ』を装着したピチカが四つん這いの戦闘態勢をとると、
どことなくポ○デラ○オンみたいな姿になった。

(たぶん、これで、俺達の、勝利だ)


「オウさん。僕、審判じゃないですけど、試合開始の合図くらいは言わせて下さい」

ダイヤモンドが、オウに何やら話している。

「ああ、助かるよ! けど今の僕はオウじゃないよ! シンと呼んでほしいなあ!」

「……どうしたんですか、急に?」

「ポケモントレーナーは基本的には苗字じゃなくて名前で呼ぶものだよ!
 審判じゃなくなった僕の事は! 名前で呼んでほしいな!」

「どうでもいいことを気にしやがって……」

シオンは、オウ――もといシンを睨みつけ、ピチカはメガバンギラスと眼光を交わした。
二人と二匹の間で透明な殺意がせめぎあう。



「では、これより! シオンさん対シンさんのポケモンバトルを行います!
 試合、はじめっ!」

「『はかいこうせん』だぁああ!」

ダイヤモンドの発言が終わるよりも早く、シンが吠えた。
速攻。
仁王立ちのメガバンギラスは、
すぐさま四つん這いの体勢をとり、背筋を伸ばし、口を開いて、ピチカの身を狙う。
手足は砲台、胴は砲身、開いた顎はまさしく砲口。
メガバンギラスの口の中の奥底から、鋭い光が十文字に閃く。

「ピチカ……何でもいい。止めろ」

シオンの出した命令は、独り言のようにそっけなかった。
あきらめたような声色に、投げやり気味のアバウトな指示。
それにピチカは無言で従う。
ピチカは二足で立ち上がると、小さな手の平を見せつけるようにして、前方へと伸ばした。

――グォオオオオオオオオオオ!!!

メガバンギラスの内側から、眼を焼くような閃光が放たれる。
轟音と重圧と、そして死が、刹那の間もなくピチカを襲った。


蛇口の栓を限界までひねった水道水の激流を、スプーンの裏側で受け止めた時、
猛烈な勢いで水飛沫は四散し、ドーム状のバリアーと化す。
それと同じだった。

メガバンギラスが吐き出す光の激流を、ピチカはひ弱そうな片腕だけで受け止めている。
唸りを上げる『はかいこうせん』は、小さな手の平を境に、猛烈な勢いで散っていく。
ピチカの眼前で光の飛沫は傘を真横にしたみたいに広がっていた。

「んんん!? どうなってるんだっ!?」

シンの驚愕がほとばしる。
目の前の光景が信じられなかったからだろう。
『はかいこうせん』は完全にピチカの手の平に弾かれてしまっていた。
飛び散った光は、大地に裂け目を走らせたり、
宙に飛ばされ、雨のように降り注ぎ、周囲に小さなクレーターを形成していく。
しばらくして、攻撃の喧騒が静まった時、『バトル場は穴だらけ』と化していた。
メガバンギラスの全力を受け流した今でも、ピチカは無傷でケロリとしている。

「何が起こった! 一体どうなっているんだ! ……何をしたんだい! シオン君!?」

(何をしたかなんてわざわざ敵が教えてくれるわけねーだろうが、間抜け!)
などと心中で悪態を吐き捨てる。
さらに
(反則がばれるとあいつ変な言いがかりつけてきて、最終的にバトル中断させられるかもしれない)
と考え、シオンはさっさと勝負を終わらせることに決めた。

「ピチカ。『10まんボルト』」

――秘(ピ)ッ! ――華(カ)ッ! ――誅(チュウ)ッ!

ピチカは喉を振り絞り、金切り声の雄叫びを上げた。
直後、
閃光と爆音と衝撃の強烈な激震が、シオンの五感に雪崩れ込み、殺す勢いで揺さぶりかける。
青白い稲光。
凄烈たる閃きはシオンの瞳を刺し、水晶体を突き破り、眼球をも焼き尽くそうとしている。
唸る雷鳴。
荒れ狂う爆音が鼓膜を殴り、耳の奥の脳にまで激しくつんざく。
堕ちる稲妻。
落雷の衝撃波が見えない力となり、周囲一帯を吹き飛ばす。
疾風迅雷。
シオンは大地にしがみつき、一瞬の嵐が過ぎるのを待った。


キーン、と小さな耳鳴りが頭の後ろから聞こえていた。
重たいまぶたを強引に開くと、ぼやけた薄茶色が広がっていた。
砂煙がもうもうと立ちこめている。
シオンの足元で、ピチカの影が此方を見上げているのが分かった。

「そんな馬鹿な! 何だ! 何が起きている! 何をどうしたらこんなことが起こる!」

煙の向こうから、シンの絶望が響いてきた。

「そんな! たったの一撃で! どうしたらこんなことに!」

砂煙はすぐに晴れ、目の前の景色を見て、シオンは自分達の勝利を確認した。
ぶっ倒れたバンギラスと、その隣で驚愕の声をあげるシンの姿があった。

「バンギラス……たぶん、戦闘不能! なので、シオンさんの勝ち!」

たどたどしくも、ダイヤモンドは審判の役割を終える。
勝利したというのに、シオンは喜び以上に呆気なさを感じた。
シンもダイヤモンドも信じられないモノを見るような眼つきで、
シオンの足元のポケモンを凝視している。



「シオン君! 僕のバンギラスに! 何をしたんだい!」

「何って、『10まんボルト』だよ。見てただろうに」

「そんなバカな! そのピカチュウのレベルは20! このバンギラスはレベル55!
 『いちげきひっさつ』なんて不可能だよ!」

教えた覚えのないピチカのレベルをシンはズバリ言い当てた。
どうやらダイヤモンドの話は本当らしい。
こんな簡単な才能も持ってないのかと、シオンは少し自分が恥ずかしくなった。

「そもそも、シオンさん。レベル20のピカチュウが、
 『あのヤバそうなバンギラス』を一撃で倒す方法なんて、この世に存在していたんですか!」

「教えておくれよ! シオン君! 君は一体、何をしたんだ!」

手品のタネを明かすものではない。
ここはグッとこらえて「何もしていない」で押し通すのが賢明だとは思っていた。
しかし、度肝を抜かれたようなダイヤモンドの表情と、魂消たシンの声を聞くと、
シオンの心がムズムズとざわつき、どうしても秘密のトリックを教えられずにはいられなかった。

「……もしも、俺がピチカに『でんきだま』を持たせていたとしたら……どうなる?」

「『でんきだま』ですか?
 でもそれって、ピカチュウの技の威力を二倍に上げる『どうぐ』ですよね?」

「でも、そのピカチュウじゃ! 二倍強くなった程度で! メガバンギラスがやられるなんて!
 納得できないよ!」

「ああ、そうだな。なら、『でんきだま』を二つ、持たせていたとしたら?」

瞬間、ダイヤモンドが息を呑む。

「そうか、なるほど、そうきましたか。『どうぐ』を二つ持たせていましたか」

「何かしてるとは思ったけど! 困ったね!
 でも僕は! 四倍の攻撃力でも! 負けるとは思えないなあ!」

納得したダイヤモンドに対し、シンの顔つきは未だ曇っていた。
そこでシオンはさらに簡単な質問をぶつける。まるで二人を試すかのように。

「だったらさ、もし『でんきだま』を三つ持たせていたとしたら、どうなる?」

「二かける三で六倍の攻撃力、ってことですか」

「違うよ、ダイヤモンド君! 二かける二かける二で! ピカチュウは、八倍のパワーになっていた!
 って計算になるよ!」

「ああっ。なるほどなるほど、そっかぁ……まさか『もちもの』を三つも持たせていたなんて……」

「ちょっと待てよ。俺がいつ、三つしか持たせていない、なんて言った?」

さりげない一言に、場が凍りついたのが分かった。
シオンは内心ほくそ笑む。
つい、(知能戦で二人に勝った)、と思ってしまった。
そして自分が何をしたのか、二人にもよく分かるよう、シオンは両手をパーにして見せつけた。

「実は俺、ピチカに『でんきだま』を十個、持たせていたんだ」

「……は!? 十個だって!」

シンが驚愕の悲鳴を上げる。
ピチカの首に巻かれた数珠は、確かに光る珠が十個も連なって作られていた。

「ってことは、えーっと、二の十乗で……」

「つまり、俺のピチカの技の威力は、もともとの千二十四倍にまで、跳ね上がっていたんだよぅっ!」

シオンは歓声を上げ、昂らずにはいられなかった。
信じられないとでも言うような二人の表情は、シオンの心の中に圧倒的優越感をもたらす。

「反則だあああああ!」

突如、シンは『ハイパーボイス』で怒鳴り散らした。

「反則じゃねえええええ! 俺の天才的なスーパー頭脳プレイだああああ!」

対して、シオンは『ばくおんぱ』で叫び返した。

「全然天才じゃないよ! 『どうぐ』を十個も持たせるなんて! レッドカード百枚級の反則だね!」

「はぁ!? 何言ってんだ、お前だって腕時計光らせたろうが!
 『もちもの』持たせてもいいって言ったじゃないか!
 アイテム禁止バトルってんなら、反則したのは俺よりお前が先じゃないかよ!」

「ポケモンに『もちもの』を持たせる事も! 『どうぐ』を使用する事も! 反則じゃあない!
 でも! 一匹のポケモンに『もちもの』を十個も持たせるのは反則だ!」

「はぁ!? はぁ!? はぁ!? はぁ!? はぁああああああんっ!?
 おっかしいなああ! 俺、そんなルール聴いてないんだけどなああああ!
 勝手にわけのわからねえルールを自分の中で作っておいて、
 俺が聴いたこともないそのルールに従えとか無理があるんじゃないですかねええええ!
 っつーかさぁ……『この試合にルールなんてものない』、って言ってたのって、
 どこのだれだったっけなあああああ! どこの馬鹿審判だったっけなああああ!
 うぉらぁ! なんとか言ってみろやぁ!」

シオンはばかみたいに奇声を上げまくって、必要以上に煽りたてるような威嚇をしていた。
傍目から見ていたダイヤモンドは、ヤンキーがヤクザにたてついている場面なのかと勘違いをする。
シンは鬼の形相を保ったまま、シオンをにらみつけ、歯軋りの音だけを響かせていた。
大人とはいえポケモンバトルの審判に過ぎないのだから、
ポケモントレーナーには勝てないに違いないのだ。
シンの劣勢を前に、シオンは完全に調子こきまくっていた。

「あっ! そういえば! ルールなしだって言ったよね!」

気付いてしまったのか、シンは金歯をちらつかせ、凄絶な笑みを顔面に張り付ける。
その笑顔を、シオンは速やかに叩きつぶすことにした。

「ああ、そのとおり。ルールはないんだ、何やったっていいんだぜ!
 『どうぐ』を使って回復してもいい。そのバンギラス復活させたっていい。
 二匹目、三匹目、用意してくれても構わない。なんなら六匹まとめて相手してやろうか?
 もっとも、俺の千二十四倍パワーのピチカに勝つ方法があるっていうのならなっ!
 ファファファ! ファファファ!」

どことなくセキチクの忍者を彷彿とさせる高笑いで、シオンはシンを挑発しまくった。
あの憎たらしき鬼畜生を言葉だけで黙らさせることができて、たまらなく快感であった。
やみつきになりそうな程の有能感と万能感、全ての決定権が自分にあるかのような錯覚。
勝利とはこんなにも気持ちの良いものだったのかと、心から感動できた。

「あっ! そうだ! 急用を思い出したよ!
 このバトルはなかったことにして、また今度にしよう!」

素っ頓狂な声が轟き渡る。
シオンが言葉の意味を理解する間もなく、シンは素早く翻り、紫色の背中を見せる。

「……っておい、ちょっと待てよ! お前、この前、俺が降参するっつったら負け扱いにしようとしたよな!
 逃げるんなら、ちゃ〜んと借金チャラに……どこ行く気だ、話聞けよ!」

シオンが語っている間にも、シンの巨体は遠ざかって行く。

「ズルイですよ!」

怒りの声を飛ばしたのは、ダイヤモンドだった。
殺意のこもった瞳で紫の背広を射抜くと、シンの足はピタリと止まる。
どうやらシンの中では、シオンとダイヤモンドの間に大きな格差があるらしい。

「自分の負けが決まった途端、尻尾を巻いて逃げるのかい!?」

「そうさ! そのとおりだよ!」

振り向きざまに、シンはためらいなく言いきった。恥じるようすはない。

「なんですか、それ。今まで色んなトレーナー達を逃がさなかったくせに、
 皆に借金背負わせたくせに、自分が負けることになったら『にげる』ですか?
 ふざけないでくださいよぉっ! 卑怯者ぉ!」

遠目から見ても唾が飛んだのが見えるくらい、激しく声を荒げている。
ダイヤモンドはブチギレていた。
いつしか、遠ざかってしまったシンは、真正面からダイヤモンドと対峙する。

「ダイヤモンド君も見ていたよね!? あのピカチュウのとんでもない電撃の威力!
 あのろくでもない、えげつなさすぎる反則技!
 大した実力者でもないのにメガバンギラスを一撃で倒してしまった!
 こんな鼻垂れ青二才の若造が! メガバンギラスを一撃で仕留めてしまったんだよ!
 こんなこと、あってはならなかった! 危険すぎる! それに、なんか、嫌だ!
 こんな反則技を思いつくのような! それを実践してしまえるような!
 そんなシオン君みたいな人間を! 僕は、ポケモントレーナーとして認めたくないんだ!
 だからこそ! 借金状態にして! シオン君の見動きを封じておかなければならないんだ!」

シンの必死な熱弁を耳にする内に、シオンは開いた口がふさがらなくなり、
いつの間にか白目をむいて、泡を吹いて、呆然自失となっている自分に気付いた。
初めから嫌われていると分かってはいたが、
まさかここまで本気で憎まれているとは完全に予想外であった。

「オウさん。誰もそんなこと聞いてませんよ。
 けど、わかりました。要するに、あなたは約束も守れない人間、ってことですよね?」

ダイヤモンドは半開きの瞳で、マスターボールに手をかける。
まずい。
今のダイヤモンドならば、勢いでどこまでも時間を巻き戻しかねない。
時間が戻れば、シオンの勝利までもがなかったことにされてしまう。
かといって、シンをこのまま逃がすわけにもいかない。
睨みあう二人を前に、シオンは顔を歪ませる。
たとえ、どんな手を使ってでも、二人とも阻止しなければならない。
嫌で嫌で仕方がなかったが、この状況を打破するため、苦悶しながらもシオンは口を開いた。

「なあ、偽審判。チャンスをやろうか?」

シンとダイヤモンドの視線がぬーっとシオンへと移った。

「もう一戦、俺とポケモンバトルをしよう。賭け金は百万円……で、どうだ?」

「また馬鹿な事を!」

ダイヤモンドが叫ぶ。
自分で言っておいて何だが、シオンはその言葉に同感していた。

「二度もオウさんに勝てるなんて、考えが甘いんじゃないですか!」

「じゃあ、また時間でも巻き戻してみるか?
 それともアイツにラスターカノンぶっ放してみるのか?」

「そりゃあ僕だって、出来るならそんなことはしたくないですけど……
 でも、ま、どうしてもっていうならしょうがないですよねっ」

何故かダイヤモンドは哂(わら)っていた。
パァッと花咲く笑顔を前にし、シオンはドン引きせざるをえない。

よくよく考えて見ると、この少年は大変な危険人物なのだ。
やろうと思えば、『破壊と再生』を何度も繰り返したり、『殺戮と蘇生』を幾度となく続けられたり出来る。
シオンの中で『バトルをしたい』という想いよりも、
『なんとしてでもダイヤモンドの暴走を食い止めなければならない』、という使命感の方が強く働いた。

「あのな……それにだな、そもそも、百万円が手に入れば、お前の目的だって果たせるだろ?」

「目的? あっ、そうですね。でも勝てなければ……」

「勝てばいいのか? よし、じゃあ問題ないな! 全然問題ないな!
 おい偽審判! やんのかやんねえのかどっちだ!」

ダイヤモンドの正論で痛いところを突かれる前に、シオンは大声で叫んでシンの巨体と向き合った。

「なあ、悪い話じゃないだろう?
 もし、このバトルで勝てたら、また俺に百万円の借金を背負わせられるんだからよ」

「なるほど! それで百万円なんだね!
 じゃあ早速だけど! 詳しいルールを! 教えてくれないかい!」

そこはさすがに抜け目がない。
たった今シンは、
ルールなしのバトルで負けたのだから、この質問が来ることくらいはシオンにも読めていた。

「一対一のポケモンバトル。賭け金は百万円。『もちもの』なし、『どうぐ』なし、ズルが判明したら反則負け。
 当然、ダイヤモンドはこの勝負に手出ししない。で、どうだ?」

言いながら、祈る気持ちでシンを見据える。

「……いいね! とってもいいね! やるよ! そのポケモンバトル!」

時間を戻されて一番困るのがシンである以上、この返事が来るのは当然のことでもあった。
バトルに行き着けた安心感と同時に、シオンに不安が訪れる。
もう一度シンに勝たなければならなくなってしまった。

「ただね! シオン君! おかしんだよね! 一つだけ気がかりなんだよ!
 君がどうしてそんなに自信満々なのかがね!」

疑いの目に、身を硬直させる。

「君は本当に! 反則なしで! 僕に勝てると! 思っているのかい!? 本当に!?」

核心を突く質問に、シオンはビクッと震えた後、静かに黙ってうつむいた。
反射的に言葉を返しそうにもなったが、グッとこらえ、あえて何も言い返さなかった。
まるで何かを考え込むような、何かに困っているような、そんな感じの振りをして見せたのだ。
ほんの少しでも勝率を上げるために、シオンはシンを欺こうとしていた。







つづく







あとがき
『オウ』が『シン』に変わったり、『どうぐ』を『もちもの』と言い変えたり、
いきなり三話から始まってたり、「文書力たったの5か……ゴミめ」だったり、
なんだかんだ色々あって読みにくかったかもしれないので、すまぬ。


  [No.1180] WeakEndのHalloWin 1 投稿者:烈闘漢   投稿日:2014/08/10(Sun) 15:14:12   34clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

WeakEndのHalloWin
        1







モンスターボールで山盛りになったカゴを並べ、
きずぐすりの入った霧吹きを補充し、
生温くなったおいしいみずを棚に詰め込んで、
包装されたオレンの実のドライフルーツや
缶詰のポケモンフーズ等を押し入れたりして、
狭い店内の陳列棚を彩っていく。

それから真っ白な床をモップで磨く。
カウンターも磨く。
ガラス張りの壁もピカピカに磨く。
ふと、綺麗になった透明なガラスに、シオンの顔が映った。
少しやつれているように見えた。
生気の抜かれた顔面の向こうで、鮮やかな青空がどこまでも広がっている。
こんな天気の良い朝に、店内にこもって、一人さみしく掃除をしている。

「何をやっているんだ、俺は……」

大金を賭けたポケモンバトルでダイヤモンドに敗北したため、
オウへの借金返済のためにフレンドリィショップでアルバイトをしている。
青いエプロンを身につけ、客足のない店内でせっせと真面目に働いている。

ばかみたいだった。

どうしてポケモントレーナーであるはずの自分が、今、
ポケモンバトルのことで一生懸命になっていないのか。
こうしてる間にも世界中に潜む同年代のポケモントレーナー達が
ポケモンバトルの実力をメキメキ上昇させているというのに。
今すぐにでもポケモンバトルをおっぱじめるべきだ。
ポケモンを鍛え上げるべきだ。
戦略を練り上げるべきだ。
対戦の知識を増やし、
有名なトレーナーの戦術を参考にし、
付近に住まうトレーナー達の情報を集め、
確実なる一勝を我がものとするために自分の持つ全ての時間と、全ての労力を捧げるべきだ。
のんきに硝子戸なんぞを磨いている場合ではない。

それなのに、働かざるをえないもどかしさと、はがゆさ。

ふいに、シオンは警戒心むき出しの眼つきで周囲を見渡す。
陳列棚の向こうにも、カウンターの向こうにも、硝子戸の向こう側にも、人の気配は全く感じられない。
「人件費削減だから」と言って店長までもが働かなくなったフレンドリィショップには、
今、シオン以外に誰もいない。
電気代削減のため、監視カメラはまとも機能していない。万引き犯を脅すためだけの飾りである。
もう一度周囲を確認すると、シオンは覚悟を決め、すぅっと息を吸い込む。
いかりのボルテージが限界を越え、シオンのがまんがとかれた。

「俺はぁっ! こんなくだらないことをするためにぃ! 生まれてきたっていうのかああああ!」

わめきながら目の前にあった菓子袋を思いっきり破いた。
乾燥したオレンのみが鏡のような床に散らばる。
拾い集めて、口いっぱいに頬張ると、
棚にあったサイコソーダのプルタブをまくり上げ、炭酸水を喉奥へと強引に流し込む。
口内で弾ける刺激に、涙が止まらない。

シオンは勤務中であるにも関わらず、店内で飲み食いをするという暴挙に至っていた。
(※ぜったいにまねしないでください。)

何でもいいから悪い事、困る事をしてスッキリしたかった。
しかし、自分の中の罪悪感に気がつくと、居心地が悪くなり、ますます苛々がつのる。

「くそ!」

ベルトのモンスターボールをむしりとり、尻で叩き割ると、
踏みならすような足取りで会計の場へ向かい、レジの上に相棒のピチカを乗せた。
さらにCDラックから『技マシン24』という曲名のものをひったくるなり、ピチカの耳に刺して遊ばせる。

「あーあ! 憧れのポケモンマスターになりたいなああああっ!」

もう何もかもやってられなかった。
世界中のトレーナーに置いてけぼりにされているかもしれない、という焦りに、ただ苛々する。

「なんでんなことやらにゃならねーんだよ! くそ!」

ストレスを吐き出すようにして叫ぶ。
叫んだ後、力が抜け、疲れたみたいに気だるい感覚に襲われた。
脱力感の中、長い長い溜息をつく。
ふらふらと店内を移動し、
カウンターをベッドに見立てて飛び乗り、そこでごろりと寝転んだ。
目を閉じて、静かにすると、天井からラジオの声が聞こえてくる。
店長の「予算削減」を無視してシオンが勝手につけたものであった。


――『近頃、トキワの森で大量のピカチュウがひんしの状態で見つかっているそうです』
   『いや、しかし、これはもう許せませんねー。一体どこのトレーナーがこんな悪行を』
   『ん? 悪行ですか? しかし、ひんしにするくらいなら別に犯罪でもなんでもないですし……
    トキワシティのトレーナーがポケモンのレベル上げでもしてたんじゃないですか?』
   『犯罪じゃないから問題じゃない? 何言ってるんですか! 困りますよ!』
   『困る、と、言いますと?』
   『ピカチュウほど人気のあるポケモンはいません。
    つまりピカチュウのいない他の地方ではピカチュウが高く売れるんです!
    だから沢山捕まえたいんです!
    それなのに、ひんし状態だったらピカチュウ、ゲット出来ないじゃないですか!』
   『えーと……ひょっとしてポケモン売りさばいてるんですか?』
   『……あっ』
「何やってるんですか、シオンさん?」

一秒後、それがラジオの声じゃないと気付くなり、シオンの心臓がとびはねる。
カウンターから飛び降りると同時に、レジからピチカを引きずりおろしながら、叫んだ。

「っしゃあああっせええええええ!」

コンビニに響いた回転寿司屋の雄叫び。
シオンは頭から着地し、舌を思いっきり噛んだ。痛い。
あまりの激痛に、しゃがんだまま全身を硬直させ、視線を目の前の一点に集中したまま、
プルプルと、痛みが退くまでじーっと『しびれてうごけない』の状態を味わっていた。

「だ、大丈夫ですか?」

「ええ、まあ」

来客に見えないようピチカを自分の背中に隠して、
痺れた舌のシオンはゆっくりと立ち上がり、カウンターから顔をのぞかせた。

赤いエナメルのハンチング帽。
きこりが着てそうなチョッキ。
大工さんみたいなダボダボのずぼん。
黄色のリュックサック。
カウンターの先にあったのは見覚えのある少年の童顔だった。

「だ、ダイヤモンドじゃないか!」

「お久しぶりです。シオンさん」

懐かしい声に一週間前の夜を思い出す。
シオンはオウに『きんのたま』を握られ、泣いている姿をダイヤモンドに見られてしまっていた。
恥ずかしくて、またカウンターの下に隠れてしまいたい、
と思ったが、きっとにげる方がもっと恥ずかしい。
仕方なくシオンは、まるで何事もなかったかのよう、普通に接することにした。

「ダイヤモンド、お前、どうしてこんなところにいるんだ?」

「どうしてって……ポケモントレーナーがフレンドリィショップに来てちゃおかしいですか?」

「おかしい! 凄くおかしい!」

「ええっ?」

予想外だったのか、ダイヤモンドはギョッとした顔でシオンを凝視する。

「あのな。俺、ここでバイトして一週間なんだが、日に日に客の数が減っていってな。
 実はお前、三日ぶりの客なんだよ」

本当のことなのに、口に出して話すと、自分が嘘をついているみたいだった。

「三日間もトレーナーが来てない? ……ああ、そっか。そういうことが起きてるのか。
 でもなるほど、それでレジにピカチュウ乗せたり、ジュース飲んだりしてたわけですか」

「見てのかよ」

恥ずかしくなって、シオンはダイヤモンドからそっぽをむいた。
たまたま視線に入った壁の時計が正午の時間をさしている。

「最近になって、物凄い勢いでトキワのトレーナーが減ってますからね。全部あの人の……おやっ?」

丁度シオンが、背中にしがみついていたピチカをカウンターの上に移動させた、その時だった。

「何かあったか?」

「いえ、そのピカチュウ、この前よりレベルが上がってますね」

ダイヤモンドは、カウンターの上にペタリと座り込むピチカを指さす。

「そらそうだろ。これでも一応、お前のディアルガとかいうの倒してるわけだし、
 レベル50くらいにはなっててもいいんじゃないか?」

「いえ。そのピカチュウのレベルは20です」

「……思ったより低いな」

「それにですね、シオンさん。
 僕はディアルガとのバトルの後から、さらにピカチュウのレベルが上がっていたから、
 だから少し驚いているんです」

何の前触れもなく、ダイヤモンドはピチカの額を指先で撫でた。

――ッチャァッ

喘ぐような声音と共に、ピチカは恍惚としたふやけた表情を見せつける。
ポケモン達は、この艶めかしい無邪気な笑みで、
一体どれほどのトレーナー達を虜にしてしまったのだろうか。

「ピカチュウのレベルが上がってるってことは、
 シオンさんはポケモンバトルをやってたってことですよね?」

「いや。あの偽審判に見つかったら何されるか分かったもんじゃないから、
 トレーナーとのバトルはやってないんだ。まぁ、ちょっと森にな」

「森? トキワの森ですか?」

「あぁ、いや、そんなことはどうでもいい。それより……あれ?
 お前、どうしてピチカのレベルが分かったんだ?」

誤魔化すように話題を変える。よくよく考えて見ると奇妙な話だった。
そもそも主人であるシオンでさえもピチカのレベルが分かっていなかった。
ダイヤモンドの言葉は事実なのだろうか。

「ああ、久しぶりに聞かれましたね、それ。
 実はですね、僕、特殊な眼を持っているんです。
 普通の人には見えないものが見えるんですよ」

「……はあ?」

訝しげに首をかしげる。なんだかおかしなことを言い始めた。

「ピカチュウのこのあたりにですね……」

ダイヤモンドはピチカの頭の上の空間を指す。

「このあたりに、ピチカっていうニックネームと性別、あとレベルが視えてます。
 それから、その隣に、ピカチュウのHPの量を示す緑色のバーが視えています」

「……はあ?」

「確か、オウさんも同じような眼をもってるとかなんとか」

「ふぅん。偽審判もねぇ」

半信半疑で聞き流す。
そんな眼、あるはずがない。
若い世代特有の自分は特別なんだ、という意識の現れなんじゃないか、
とシオンは勝手に決めつけていた。

「ところで、シオンさん。買い物してもよろしいですか?」

「あっ……ようこそ! おかいもの ですね?」

今になってようやく、店員らしいマニュアル通りの対応をとった。
しかしシオンに真面目な接客をする気など無く、
ダイヤモンドには全商品100%offの特大サービスを実施する予定であった。
来客が少なくなった途端、
シオン以外のバイトを全員クビにさせた挙句、家族旅行に出かけてしまった店長へのうらみである。

「では店員さん。ポケモンバトルを一つください」

予想外の注文に、シオンは自分の血が滾るのを感じた。
しかし、何をどう考えても、目の前の少年に勝てるビジョンが浮かんでこない。
返答に迷ったあげく、シオンは落胆の声を漏らした。

「お客様。当店ではそのような商品を取り扱っておりませんので……
 そのほかにわたしどもでなにかおちからになれることは?」

「まあまあ、そうおっしゃらずにー」

ダイヤモンドはニコニコしながらシオンの手を引っ張る。

「え? あっ、おい、ちょっと! どこ連れてく気だ!
 俺、仕事中だぞ。他の客が来たらどうすんだよ」

「そう言うだろうと思って、メタモン用意しときましたー」

言いながらダイヤモンドは、手の内のモンスターボールをカウンターの角で割った。
光の中から、ピンクのスライムのポケモンがうねりながら現れる。
点が二つに線が一本という雑な顔立ちをしていた。

「メタモン。シオンさんに『へんしん』」

ダイヤモンドの命令に呼応し、メタモンはぐにゃりぐにゃりと形を変え、
体積を変え、伸びたり、縮んだり、色が変わったりして、次第に人間の形へと変身していく。
そしてメタモンはシオンになった。
鏡の中の自分が立体になって飛び出してきたみたいだった。
顔も身長も服装も腕の毛までもが全て同じ。
自分をこうして観察するのは初めてだった。
そのせいか所々で自分とは少し違うような違和感があるような気もしたが、
それでもやはり、目の前にいる生き物の姿はヤマブキ・シオンで間違いなかった。

「始めて見たけど、凄い気持ち悪いな、コレ」

恐る恐る『自分』をつついてみると、力が抜けそうになるほど柔らかく、
体中が二の腕の脂肪みたいにぶよぶよしていた。
指で突くたびに、目の前にいるシオンの口から「モンモン」と甲高い鳴き声が発せられた。

「これで大丈夫です。それじゃ、行きましょう」

「全然大丈夫じゃねえよ! 喋れねえじゃねえか!
 もし、こいつがばれたら俺達警察に連れてかれるぞ!」

「このメタモンはレベル1ですし、おっとりした性格ですから、
 被害をおこせるような奴じゃありませんよ」

「騙されんぞ、俺は!」

ぶつぶつ文句を言いながらも、シオンは青いエプロンを脱ぎ捨てていた。
ピチカと、そしてカウンターの影に隠していたリュックサックを背負う。
実のところ、バイトを抜けだす口実が出来て、内心大助かりだとありがたがっているのだった。


青空の下、解放感。心地よい風、清々しい。
振り返ると、フレンドリィショップの前で、自分と全く同じ姿のポケモンが手を振って見送っている。
気味が悪かった。

「ああいうのドッペルゲンガーとか言うんだっけか?」

「ゲンガーじゃないですよ。メタモンですよ」

「……ああ、そうだったな」

二人と一匹はフレンドリィショップを後にした。


肩にピチカを乗せ、赤いエナメルの帽子を見下ろしながら、スニーカーを擦って、ちんたら歩く。
シオンはまるで、二人目と三人目が棺桶に入った状態のドラ○エみたいに、
一定の距離を保ちながらダイヤモンドの後に続いた。
ポケモンセンターを越え、曲がり角を迎えると、フレンドリィショップは見えなくなった。

「なあダイヤモンド」

「なんですかシオンさん」

「当たり前の話をするんだが、ポケモンバトルなんて、俺じゃお前に勝てないよ」

「まさか。本気でバトルするわけじゃありませんし」

さも当然のように言ってのける。わけがわからなくなった。

「なら何でバトルなんてするんだ?
 ひょっとして、バトルの相手が俺なことにも理由があるのか?」

「まあ、対戦相手は他のトレーナーでもいいんですけど……」

ダイヤモンドは迷い、少し言いよどんでから、こう続けた。

「そうだ、シオンさん。
 どうしてフレンドリィショップにお客さんが来ないのか、考えた事あります?」

「いや、ない。どうしてだ?」

「少し考えれば分かることです」

「分からん」

「少しも考えてないじゃないですかっ」

「そうだな。それで、どうして客が来ないんだ?」

「……」

靴の音だけが聞こえてくる。
「ばかの相手をするのは疲れる」、という言葉が聞こえてきそうな感じの沈黙だった。

「まったく……では質問を変えます。シオンさんて最近、フレンドリィショップで買い物しましたか?」

「タダ食いならさっきしてやったぜ」
(※はんざいです。自慢するようなことじゃないです。)

「そんなことしてると、メタモンのへんしんがバレる前に捕まっちゃいますよ」
(※捕まらなければいいという問題ではないはずです。)

「仕方ないだろ。俺、一文無しだし、借金まで背負ってるし、買い物なんか出来るかよ」

「そうです! それなんですよ!」

「おわっ、びっくりしたー。いきなり叫ぶなよ」

突然の大声に驚いて、シオンの背筋がシャキッと伸びていた。

「すみません。それで、一体誰のせいで借金になったんでしたっけ?」

「そりゃ、あの偽審判のせいだよ。
 あの似非やくざめ、ケッキングみてえな顔しやがって、思い出しただけでも腹が立つ」

シオンがムカムカしていると、ダイヤモンドがニコニコした顔で、一度振りかえった。

「それですよシオンさん。つまりは、そういうことなんです」

「は? 何が? どういうことなんだ?」

「つまり皆が……このトキワシティのポケモントレーナー達は全員、
 あのオウ・シンという審判にやられてしまったんです」

「はっ? 皆弱っ!」

ふざけた冗談だと思い、シオンは思わず鼻から噴き出していた。

「なので今、このトキワシティにいるポケモントレーナーの全員が、借金漬けの状態なんですよ」

「……それは嘘の話なんだよな? 本気で言ってるのか?」

「大マジです」

一瞬、時が止まったみたいになった。
オウがトレーナーを止めさせるために金を奪いまくっていることは理解しているつもりでいた。
しかし、トキワシティ全体というスケールの大きさに現実味を感じられず、
シオンはダイヤモンドの言葉を上手く信じられないでいた。

「ポケモントレーナー全員借金状態。んなことアイツに可能なのか?」

「シオンさんにやったことを他のトレーナーにもやった。それだけのことです」

言われてシオンは、オウにされたことを思い返す。
ポケモンバトルを始めた途端、
突然オウが現れて、勝手に大金を賭けたルールに変更させられる。
一度目のバトルで全財産を失い、二度目の負けで借金を背負った。
シオンもオウに刃向かってはみたものの、圧倒的な暴力の前に成す術もなく、
ただ言い成りになるしかなかった。
恐らく他のトレーナーもオウに逆らうだけの力を持ち合わせていなかったのだろう。

「要するに全員、金ないし、バトル恐いし、偽審判となんか会いたくなんかない……ってところか。
 なら店に客が来ないのも当然だな。
 フレンドリィショップはポケモンバトル用の商品しか扱ってないわけだから」

「そういうわけなんです。そこで僕は、皆の借金を帳消しにしたいなあ、と考えているわけで……」

「えっ! おまっ! それはまことか!」

咄嗟のことに、声を荒げ、食い入るようにダイヤモンドの後頭部を見つめた。
しかしなにもおこらない。
いきなり、買ってもいない宝くじが当選したような気分になる。
興奮気味のシオンを余所に、ダイヤモンドは淡々と深緑の下町を進んでいった。

「なあ、その話本当かよ? お前最っ高だな。でも、どうして俺達を助けてくれるんだ?
 そんなことしたって、お前にメリットなんてないだろ」

口数が増え、シオンは自分がニタニタと笑っていることに気付いていない。

「僕はただ、ポケモントレーナー達が消えていくの、嫌なんです。
 自分の好きが否定されてるみたいで、なんか……嫌だな」

呟くような静かな言葉は、それでも強い口調で、語尾が微かに震えている。
ダイヤモンドは怒っていた。

「僕は借金背負っている人なんて、もう見たくないんですよ。
 たんぱんこぞうが恐い大人達に囲まれてるのを見るのはもう嫌だ。
 ミニスカートが体を売っているなんて噂話はもう聞きたくない。
 借金のせいで、自分の育ててきたポケモン達が闇ルートで売り飛ばされ、
 外国の戦争に使われてる、なんて考えた事ありますか?
 ジュン君やヒカリちゃんがそうなっていたらって考えた時、
 僕はこの世界の何もかもが許せなくなったんだっ」

「お……おう」

借金帳消しの昂りは一瞬にして、重苦しい話題に飲み込まれる。
ダイヤモンドの迸る正義の炎を前に、シオンは若干怖気づいていた。
一週間前の夜、ダイヤモンドが
「ポケモントレーナーにこれ以上辛い目にあってほしくない」と言っていたのを思い出した。
力も金も手に入れた者に残された欲望というは、人助けくらいしかないだろうか。
(少し騙してやれば、こいつ利用出来そうだな)
よからぬ企みが脳裏をよぎる。

「それで、どうやって俺の借金をチャラにしてくれるんだ?」

「簡単です。借金を失くす方法なんて一つしかないでしょう」

シオンは物凄く真剣に考え、
肩が凝ってきたのでピチカを頭の上に移動し、
そして閃いた。

「そうか! つまりあの男を殺すのか!」

「惜しい!」

「何ぃ、違うのかぁ?
 けどよ、俺はあいつを殺すためだったら手を汚すのだってためらわないぜ」

冗談を語るように軽い調子だったが、それがシオンの本心だった。

「そんなことするまでもないです。
 単純に皆の借金の分だけの賭け金でバトルをすればいいんですよ」

「ほーん、なるほどな。それで勝つ、と。
 なら、もし偽審判が屁理屈ごねてバトルしてくれなかったらどうする?」

「最悪、神の力で恐喝します」

「そ、それは確実だな」

またしても年下の少年に怖気づく。
圧倒的な力への自信が、彼を非行の道へと駆り立てるのか。
(こいつならシンオウのチャンピオンくらい倒してそうだな)、と思った。

「ところで、ダイヤモンド。さっきも聞いたけど、俺がお前とバトルする理由ってあるのか?
 俺以外の他のトレーナーじゃ駄目だったのか?」

「はい。他の人じゃ駄目なんです。
 だいたいオウさんと関わりたがるトレーナーなんて普通いませんよ。
 けど、百万も借金を背負って、
 落ちるとこまで落ちたシオンさんならこれ以上どうなってもいいんじゃないかな、と思って」

「……まあ俺は大人だから怒らないし全然気にしてないけどシねよお前まじで」

不信のダイヤモンドに殺意を抱くなり、二人の会話は途絶えた。
ピリピリした空気の中、黙々と足を動かし、延々と歩き続ける。
偶然すれ違った老人が、『はねる』で移動するコイキングに首輪をつけて散歩をさせていた。

街並みを抜け、
田圃道を越え、
並木道を渡り、
しばらくすると、ずっと遠くに、サッカー場を山折にしたみたいな緑色の巨大な屋根が見えてきた。



ダイヤモンドはトレーナーハウスのドアを叩いた。しかし、自動ドアである。
建物に乗り込むなり、シオンは尋ねる。

「何でトレーナーハウス?」

「街中でバトルするのは近所迷惑ですから」

二人は淡々と歩いた。廊下を渡り、扉を開き、大広間に出る。
シオンの予想に反した、静かな光景があった。
トレーナーもポケモンも誰一人、もしくは誰一匹として見当たらない。
沢山の空席がまばらに広がっていた。
天井に電気は灯っておらず、窓から入ってくる昼間の日差しだけが室内を照らしている。
前回見かけた、シャンデリアのポケモンもいなければ、クラシックの曲さえも流れていない。

「この前は気色悪いくらいに人で溢れかえってたってのに……ひょっとして休館日か?」

物珍しげに辺りをきょろきょろ見渡しながら、ダイヤモンドの後に続く。
勝手に忍びこんでしまったような罪悪感とわくわくする気持ちがシオンの胸中で交差する。

「平日の昼間とはいえ、誰もいないなんて異常なんですよね。
 それくらいトレーナーがバトルを避けるようになっているんです」

信じ難かった話にも現実味が帯びてきた。
もし本当にトレーナーが減っているのだとしたら、
それだけポケモンマスターになりやすくなった、ということでもある。
何とかして「他のトレーナーなんてほっといて、俺だけ借金帳消しにしてくれ」と頼めないだろうか。
シオンは考えながらダイヤモンドの尻を追い、答えが出ないまま地下へと続く階段を下りて行った。


壁のスイッチをポチッとな。
高い天井から電気の光が射し、暗闇だった地下の空間があらわになった。
床に、テニスコートと同じくらいの長方形が四つ、並んでいる。
絨毯の上に白線をひいただけの簡単なバトルフィールドだった。
木の板で敷き詰められた壁にはホエルオー禁止のポスター、
トキワジム復活のポスター、
たずねポケモンのポスター、
テニスコートをポケモンバトルに使うな!、
等々が貼られている。

シオンは絨毯を踏みつけて弾力を確かめると、座布団くらい分厚いであろうことが分かった。
(この場所なら、闘うポケモンの怪我も少なくて済むんだろうなあ。
 あ、いや、ひんしになるまでやり合うワケだからあんま変わんねーか)

「なあダイヤモンド。オウは呼んであるのか?」

「えっ? 何言ってるんですか。
 一体なんのためにシオンさんに協力してもらおうとしてると思ってるんです?」

「何のためにって……」

オウの居場所が不明+シオンの協力が必要=二人で協力してオウの居場所を突き止める、と推理。

「これからオウを探すのか?」

「違いますよっ。今からここにオウさんをおびき寄せるんですよ」

「……ああ! そうか! そういうことか!」

分かっていたはずのことを、今ようやく理解できた自分が、ばかみたいだった。
ヒメリとバトルした時、そしてダイヤモンドとバトルした時のことを思い出す。
このトキワシティでポケモンバトルが始まると、どこからともなくオウが駆けつけてしまうのだ。
どうしてそんなことが可能なのか、想像しても理由さっぱり分からなかったが、
とにかくポケモンバトルを始めてしまえばオウは勝手にやってくる。そういうものなのだった。

「そんじゃあ早速、バトルする振りでもするか。行ってこいピチカ」

バトルフィールド中央の位置に、シオンは戦意ゼロのピチカを、頭の上から降ろした。
絨毯の感触が気持ち良いのか、横にごろんと寝転がる。ピチカのねむる。

「頼むよ、ゴウカザル」

ピチカの手前目掛けて、ダイヤモンドが腕を振り下ろす。
モンスターボールの封が解かれる。
閃光と共に、手足の長いやや筋肉質な猿のポケモンが現れた。
白い体毛に中華な雰囲気、どことなく『ソンゴクウ』と呼ばれていそうな風格がある。
炎タイプをもっているらしく、頭の上から火柱が、重力に逆らうロングヘアのように揺らめいていた。

――ウッキャッキャッキャー!

子供の絶叫のような甲高い雄叫び。
以前聞いた探偵の情報によると、このゴウカザルはレベル71の強さを持っているという。
しかし、シオンは(なんかこいつ頭悪そうなポケモンだな)と思った。
そして唐突に腕立て伏せを始める炎の猿。隣で眠る電気鼠。とてもバトルする雰囲気ではない。

「何かこいつら見てると、偽審判、来ないような気がしてきたぞ」

「大丈夫ですよ。今までと同じように、しばらくしたらやって来るはずです」

「そんな都合良くいくか?」

「これよりー! ポケモンバトルを始めるー!」

突発的に発せられた第三者の声に、シオンは心底驚いた。
ダイヤモンドの言った通りだったからではない。若い女の声だったからだ。
見上げた先に、階段を降りるスーツ姿――やはり女性であった。
三白眼のたれ目と視線が重なる。
見覚えのある目つきだった。

「あっ、この前の!」

やって来たのは、以前トレーナーハウスでダイヤモンドとのバトルを引き合わせてくれた女職員だった。
相変わらず、ベトベトンやマタドカスと似た眼つきをしている。

「何で? どうして、オウさんじゃないんだ……」

ダイヤモンドにも予想外だったらしく、ポカンと口を開け、固まっていた。

「誰かと思ったら……この間のバカなトレーナーと、ダイヤモンドじゃないの。
 あれ? でも確か、君ら二人って、この前バトルしたんじゃなかったっけ?」

「えぇ、まあ、一週間前にバトルはしていたんだけど……」

ふと、シオンはダイヤモンドと顔を合わせる。
アイコンタクトで「どうしようか?」と相談するも、
ダイヤモンドに尋ねたところで何かが分かるはずもない。
再び、女職員に目を戻した。

「なんで、あなたがここにいるんですか?」

「なんでって、当たり前でしょ。私はここで働いてるんだから。
 審判も仕事の内だし、仕方なく階段を降りて来てやったんだよ」

「え、降りて来たってことは、さっきまで上にいたってことか?
 このトレーナーハウスには誰もいないと思ったんだけどなぁ」

「じゃあ、どうして入り口やドアに鍵がかかってなかったわけ?
 誰もいなかったら不法侵入でしょうが、あんたら」

シオンが一階にいた時、考え事をしていたせいなのか、
たまたま女職員を見つけられなかったようだ。
納得してすぐ、ハッとした。そもそもこんなことを聞きたかったわけではない。

「えーと、それじゃあオウ・シンはどこにいるんだ?」

「は? 何それ?」

「紫のスーツを着た、ケッキングみたいな顔の、借金取りみたいな大男」

「誰それ?」

再びシオンはダイヤモンドと顔を見合わせた。声をひそめる。

「あの女が偽審判を知らないってことは、あいつ、この場所に来たことがないみたいだな」

「ですね。でも、どうしてオウさんはここには来ないんでしょう?」

「あー、それはだなぁ……」

(もしかしてオウは捕まったとか? それともトキワシティを去っていったとか?
 ――いや、もしそうだったとしたら手の打ちようがない。
 考えても無駄になるから、この案はあえて除外する。)

シオンは本気で頭をひねった。
何故オウはここに来ないのか。
ヒメリとダイヤモンドと闘った状況を思い出して、今の状況との違いを探してみる。

(俺達が本気でポケモンバトルをしてないからか? 
 ――違う。バトル前に偽審判が来るわけだから、そこは問題じゃない。
 この場所が屋根のある室内だから?
 ――違う。あの男が、その程度の障害に挫けるような奴とは思えない。
 人がたくさん集まる場所だから?
 ――確信はないが、答えはこれしか残ってない。)

「分かった。今、ここに、この人がいるから、だからあいつはやって来ないんだ」

シオンはビシッと女職員を指し示した。彼女の眉間にしわが寄る。

「私? 私が犯人なの? てか何の話?」

「いいか。偽審判がやって来るのは決まって俺と対戦相手の二人きりの時だけだった。
 そこに第三者はいなかった」

「そういえば確かに。
 一週間前も、オウさんが来るまでは、僕とシオンさんの二人しかいませんでしたね」

「ふぅーん、そうなの、何の話かよく分かんないけど。
 それで、なんで私がいたら、そのナントカって人が来なくなるワケ?」

(何故、よく分かっていない会話に首をつっこんでくるのか)、というつっこみは心の中で済ませる。

「バトルが終わった後、あの偽審判はトレーナーの全財産を強引にむしり取る。
 そんなの人のいる前で出来るわけないだろう」

「今この場には、お客さんが僕達しかいませんけど、
 たくさん人がいた時のトレーナーハウスで恐喝カツアゲ公開ショーなんてまずいですもんね」

「いやいやいや、あんたら何言ってんの。
 そもそもポケモンバトル自体が違法賭博に近いそれだと思うんだけれど?
 まあ何の話かよく分かってないんだけどね」

シオンもダイヤモンドも女職員の言葉を気にも留めなかった。
オウのやり方を見ていないからそんな呑気な事が言えるのだと、高をくくっていた。

「仮にシオンさんの言うとおり、
 『他の人が見ている前だからオウさんがやって来ない』、だったとします。
 でも、さっきも言いましたけど、トキワシティのトレーナーは皆借金を背負っている状態なんです。
 どうやって皆を人のいない所でバトルさせたんでしょう?
 トレーナーハウスでしかバトルしない人もいるのに」

「何を聞いてんだよ。そんなこと、俺よりお前のが詳しいはずだろ。
 なんてったって、オウとグルだったトレーナーなんだからよ」

「……それも、そうですね。ああそうだ、今、思い出しましたよ」

ダイヤモンドは、申し訳なさそうに、沈んだ雰囲気を醸し出していた。

「トキワシティのトレーナーが一人になった時を狙って、
 オウさんと組んでいたトレーナーが勝負をしかけるんです。
 『目があったら即ポケモンバトル』っていう暗黙の了解を利用して、です」

「わざわざ説明しなくても、なんとかく分かってるよ」

シオンの場合、まずミノ・ヒメリに誰もいない公園で勝負をしかけられた。
次のダイヤモンドとのバトルでは、
急遽場所変更となり、人気のないテニスコートで闘う事態となった。
邪魔ものが入らないよう、初めから仕向けられていたのだ。

「おいバトルしろよ」

いきなり命令される。女職員だった。
胸の下で腕を組み、右足のつま先を上げ下げしている。
分かりやす過ぎる苛々のアピールだった。

「さっきからわけのわからんキショイ会話して……もう勝負は始まってんの。早く争いなさいよ」

冷徹な女王の無情な囁き。
こんなにも静かな殺意を向けられたのは初めてだった。
女職員を無視し、二人で盛り上がっていたからだろうか。

「ああ、すんません。やっぱしバトルしないことにしたんで」

「ああん? ちっ! つまんねー客」

乱暴に吐き捨てる。何故なのか、シオン達の方が悪いことした気持ちにさせられる。

「シオンさん、シオンさん。なんかさっきと態度違いますけど、あの人本当に仕事中の人なんですか?
 何かひっでぇこと言ってくれてますよ」

「しーっ! それ以上は言うな。あの女の口からヘドロ爆弾、顔面にぶっかけられるぞ」

さりげなくシオンの方がひっでぇことを言っていた。

「ねえ、さっきから思ってたんだけどさ、そのピカチュウって誰の?」

「ん? こいつは俺のだけど」

手を上げたシオンの瞳に、女職員の鋭い視線を突き刺さる。ゾクっとした。

「危なかったね。アンタ、もしバトルしていたら、反則負けになる所だったよ」

「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」

シオンは不思議に思い、ダイヤモンドは聞き返し、女職員は二人の反応に驚きの声を上げた。

「えっ? じゃないでしょ。アンタ反則してるでしょ」

「俺は反則なんかしないぞ。まあ確かに、反則っぽいこととか、
 反則してるとか言われるような事はあったようななかったような感じなんだけれども、
 とにかく、少なくとも今は、反則なんかしてはいないぞ」

まるでいつもはやってるみたいな言い草。
普段の自分の行いを隠そうとするあまり、余計に怪しい発言になってしまった。
二人の黒い眼差しにシオンの鼓動が動揺を示している。

「いや、反則してるじゃん。ほら」

あっけからんと女職員がピチカを指す。
三人はそろって、じーっと、横たわるピチカを見つめた。
おやすみピカチュウ。体を丸めて寝息を立てている。

「なあダイヤモンド、俺、ピチカになんかしたか?」

「さあ? 何かした風には見えませんでしたけど……
 あの、シオンさんのピカチュウのどこが反則してるんですか?」

「私、アンタらがここに来た時から見てるわけ。だから知ってんの。
 ピカチュウがずっと表に出てたの」

「えーっと……表ってモンスターボールの外ってことか? それが、何か?」

「ポケモンバトルってのは、普通、ポケモンがボールから出てくるもんなわけ。
 そのピカチュウ、ボールから出てきてなかった。ずっと表に出てた。だから反則」

(こいつは何を言っているんだ?)
納得のいかない道理を押しつけられ、シオンは面食らわざるをえない。
目の前のこの女は融通のきかないバカタレなのだと、無意識に見下し始める。

「……あのさぁ。それじゃあ『アニメの主人公の、永遠の十歳のトレーナーさん』はどうなるんだよ。
 あの人の、『ボールに入るのを嫌う相棒』になんか文句でもあんのか?
 あなたは、『世界一有名なトレーナーと世界一人気のポケモン』にケチつけようって言うんですか? え?」

指摘の後、女職員は腕を組んで、苦虫を噛み始める。

「うーん、確かにそういうことになっちゃうけど……
 けど皆、どのトレーナーも、ボールからポケモン出すところを相手に見せてから、バトルしてる。
 正直、私も理由なんてわからない。けど皆がそうしているのには理由があるはずじゃない?」

「理由なんかないに決まってる。
 というか、その反則認めたら、散歩してるポケモンはバトルやったらいけないってことになるよな。
 それはつまり、『ピカチュウ版』と『HGSS版』にケチつけるってワケだ。
 『ゲームフリーク様』に盾突こうってワケだ。いい度胸しておりますねー!
 そもそも野生のポケモンなんてボールの中に入った事すらないけど、
 普通にバトルしかけられてるじゃないか。
 それでも、まだ俺が反則してるって言うつもりなんですか? え?」

相手の台詞に呆れながら、
自分の言う事が正論なんだと言わんばかりに、
さも当然の如く、
一気にまくしたてた。
とことん質問で責めたてる内、なんだか嫌らしい弁護士になった気分になった。

「いや、ゲームとかアニメの話じゃなくってさ……
 よくわかんないけど、ちゃんとした本物の審判なら何か言うと思う。
 明らかに不自然だし、なーんかフェアじゃない気がする」

「『思う:』とか『気がする』って、それはただの感想じゃないか。質問の答えになってない」

「そういえば自称審判のオウさんは、ピカチュウのこと、反則なんて言っていませんでしたね」

「何ぃ!?」

分かりきっていることなのに、むしろだからこそ衝撃的な一言だった。
考えてみれば、オウはポケモンバトルが始まる寸前に現れているので、
ピチカがボールから現れた直後なのか、
それともピチカはずっと前からボールの外にいたのか確かめようがない。
少なくともオウは、ピチカが表に出ていたままであっても何も言ってこなかった。二度も。

それが分かった途端、シオンは女職員の言う反則が真実であってほしいと思い直した。
もしそうであれば、オウには絶対気付かれない反則技が存在することになるからだ。
両手で頭を抱え、目を閉じ、顔を上に向けて、思考する。

「あの、どうしました、シオンさん?」

オウの眼では絶対に見破れないこと。
モンスターボールの中では絶対にできないこと。
ピチカが外にいなければ絶対にやれないこと。
……すぐにわかった。簡単すぎる。答えなんて、もう、一つしかない。

「……なあ、ダイヤモンド。お前、何匹ポケモン持ってる?」

「えーと……四百九十三匹くらいだったかと」

「は!? 嘘!? 何言ってんの君!?」

女職員から悲鳴じみた声があがった。
期待以上の答えに、シオンはニマァっとほくそ笑む。
しかし問題はここから。ダイヤモンドを説得しなければならない。

「なあダイヤモンド。思ったんだが、あの偽審判、
 お前が対戦相手だったらバトルしてくれないんじゃないか?」

「そうですね。勝てると思ったバトルじゃないとやらない、っていうのはある意味定石ですからね。
 だからこそ恐喝して、なんとかします」

「脅したってあいつには効かないかもしれないぞ。
 そうなったら殺したり、時間戻したりするしかないけど、
 そっちの方が色々面倒だったりするんじゃないのか?」

「そこまで言うなら何かいい方法でも……いや、そうじゃない。
 シオンさん、あなたは一体何が言いたいんですか?」

「だからよ。俺が偽審判を倒してやるよ、って言ってるんだ」

大口叩いて自分に酔う。
(……決まった!)とか思っていた。

「シオンさんが、僕のポケモンを使ってバトルする。とかですか?」

「それじゃあ意味ねえよ。
 そもそもこのレベルのピカチュウ程度のポケモンじゃなきゃ、あいつはバトルなんてしてくれないだろ」

(我ながら自分の相棒に対してひでえ言い草だな)と思いながら、足元に注目する。
ピチカは相変わらずすやすやと寝むっている。聴こえていないらしくて、ホッとした。

「それではシオンさんは、一体どうやってオウさんに勝つつもりなんですか?」

「俺とピチカでバトルして偽審判に勝つ」

「今度こそ本当に『きんのたま』潰されますよ」

ゾッとして、シオンは反射的に股間を押さえてしまった。

「だっ、大丈夫だ。オウにだけは確実に通用する反則技が見つかったんだ。
 『バトルに勝てる』というより、『もう勝ってる』みたいなもんなんだよ」

「ふぅーん。そうですか。ま、話だけなら聞きますよ。その反則技っていうのを」

「ヤバい。完全に何の話してんのかわかんなくなったわ……」

嬉々として語るシオン、
あきれ顔のダイヤモンド、
困惑する女職員、
そして雪だるまでも作るみたいに丸まったピチカをごろごろ転がすゴウカザルなのであった。







つづく







あとがき

なんか地の文が会話文のテンポを駄目にしてる感じがするなぁ。
じゃあ地の文は削った方がいいか。
なんか会話文が作者に言わされてる感全開でキャラクターが木偶のように思えてきたなぁ。
じゃあ会話文も削った方がいいか。
――気がつくと、全ての文章が消滅していた。

熱くてだるくて書く気がないので、次回は一ヶ月以上後になるかもしれないです。


  [No.1219] WeakEndのHelloWin 4 投稿者:烈闘漢   投稿日:2015/02/28(Sat) 18:59:01   35clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

WeakEndのHelloWin
       4







「普通じゃない! 気が狂っている! 頭がおかしい! ひょっとしてアホなんか?
 シオンさんはアホなんか! どうなんですか! え!?」

「おわ、何だ、いきなり、どうした、おちつけ、ダイヤモンドよ、何をそんなに怒っている?」

「あのですねー、シオンさん! せっかく借金がなくなったっていうのに、
 またオウさんと賭博バトルするって、一体何考えてるんですか!」

年下の少年にたじろぐ青年。
赤いハンチング帽を激しく揺らして、ダイヤモンドはシオンに怒鳴り散らしていた。
おっかなびっくりシオンが後ずさると、その分ダイヤモンドは迫り寄る。

「いいですか、シオンさん。あなたがオウさん……じゃなかった。
 あなたがシンさんに勝てたのは全部奇跡なんです。偶然なんです。まぐれなんです。
 運命のいたずらによってシオンさんは間違えてバトルに勝ってしまっただけなんです。
 もう一度勝てるとか思ってるんでしょ? 考えが甘い! ご都合主義思考も大概にしてくださいよ!」

疾風怒濤の罵詈雑言にシオンはひるんでうごけない。

「そ、そいつはさすがに傷つくなぁ。まあ確かに勝てたのは運の要素もあったけれど……」

「むしろ、運の要素しかありませんでしたよ! 実力で勝ったとでも思ってるんですか?
 僕、言いましたよね。トレーナーの借金をなくすのが目的だって、言いましたよね?」

「え、そうだっけ?」

「そうだったんですー! それなのにシオンさんときたら、
 勝ち目ほぼゼロのバトルに百万円も賭けて博打しにいくとか、
 わざわざ自ら借金背負いにいくようなもんじゃないですか!
 どうして懲りないんですか! そんなトレーナー、救いようがないですよ! このばか!」

「そんな怒らなくてもいいじゃないか……」

「んじゃあちゃんと説明して下さいよ。
 どうしてせっかく勝利出来たのに、またシンさんとポケモンバトルなんて始めるのか?
 僕が納得のいく答えを下さい!」

物凄い気迫で問い詰めるダイヤモンドにシオンは完全に気圧されていた。
仕方なく、何と答えるべきか、渋々自分の気持ちと向き合ってみる。
途端、忌々しい記憶が蘇り、重々しい不快感がシオンの胸中いっぱいにひろがった。
めまいがする。吐き気がする。股間の辺りがうずき出す。
オウ・シンに対する憎悪の念が際限なく膨れ上がり、
シオンの内側をどす黒い邪気が埋め尽くしていった。

「俺はっ……俺はアイツが許せないんだ。あの男がのうのうと生きていること自体が気に食わない」

眉間にシワを寄せ、歯を食いしばり、拳を思いっきり握りしめる。
殺意を押し殺すのに必死な形相でシオンは言葉を続けた。

「足りない。足りない。全然足りない! たかだか一回の勝利程度で、俺の心は癒せると思ったか。
 あの苦痛を! あの悲劇を! たった百万円ごときで済まされると思っているのか!
 そんな安っぽい罰を与えたくらいで、アイツの罪が許されてたまるものかぁっ!」

憎しみの込もった雄叫びだった。
心の中で血の涙を流しながら、シオンは、一週間前の出来事で頭がいっぱいになっていた。
そう、『きんのたま』を『にぎりつぶす』されそうになった、あの夜である。

あの息がつまるような苦痛。
ダイヤモンドに醜態を見せつけられた恥辱。
そして何よりも、自分の命が失われるかもしれない、と怯えさせられたことが許せなかった。
もはやオウ・シンの『でかいきんのたま』を『アームハンマー』でもしない限り、この殺意は収まりそうにない。

「俺が味わった地獄を! それ以上の絶望を!
 あのド腐れ糞審判に思い知らせてやらないとっ! 俺の気が済まないんだぁあああ!」

怒りと憎しみが爆発し、シオンの口から絶叫が迸った。

「あっ、そうですか。じゃあ、もう好きにしてください」
「ゑ!?」

あまりのことに思わず奇声を発した。
さっきまでの勢いはどこへやら、いきなりのそっけなさすぎる応対に、シオンはダイヤモンドへと視線を戻す。
目の前にいた少年は、半ば放心状態とさえいえる真顔で視線を宙に彷徨わせていた。

「どっ、どうしたダイヤモンド。なんか急に落ち着いてるみたいだけど……どうした?」

「よく考えたんですけど、シオンさんのことなんで、僕はどうでもよくなりました。
 ああ、まったく。こんな人に真剣になっていただなんて、僕としたことが……」

「え、あ、ちょっと」

にわかにくるりと身をひるがえし、ダイヤモンドはすたすた歩き去っていく。
呆気にとられたシオンは、口が半開きの間抜け面で、遠ざかる少年の背中を黙って見送る。
ワケが分からなさ過ぎて、自分を攻撃したい気持ちになった。

「……えー。なんだよそれ。まじめな性格かと思ってたけどアイツ、きまぐれな性格だったのかー?」

言うだけ言って、勝手に納得して、ダイヤモンドはシオンから離れた位置へと戻って行く。
やりきれない思いと、やり場のない怒りを抱え、シオンはただ茫然と立ちすくむしかなかった。




トキワシティの外れ、だだっ広い荒野の上にて、
シオンの借金を賭けたポケモンバトルが、再び幕を上げようとしていた。

「ねえ、シオン君! そのピカチュウ! レベルが上がってるね! メガバンギラスを倒したからかな!」

耳元で叫ばれたかのような爆音だった。
顔を上げて目をやると、なんと声の主は、シオンからホエルオー一頭分ほど離れた地点で立っている。
巨漢だった。
派手な紫のスーツに、屈強な体躯、
浅黒い肌に凄絶な笑みを張り付けて、純金製の歯をぎらつかせる。
禍々しいオーラを総身にまといながら笑う大男は、これほどの距離を隔ててなお、凄まじい
そんざいかんを はなつ。

「極悪非道の偽審判め……こんだけ離れてるのに、一目で借金取りだと分かるな」

誰に聞かせるわけでもなく、シオンは一人つぶやく。
そして『偽審判』と呼んだ男、『オウ・シン』を憎々しげに睨みつけていた。

「もう一度頼むよ! バンギラス!」

いきなりだった。
何の予備動作もなく、シンは屈強な腕を振り下ろした。
地表に叩き落とされたハイパーボールが割れ、中から閃光が弾け飛ぶ。
思わずまぶたを閉じ、開いた次の瞬間、バンギラスの巨体が再度出現していた。
肉食恐竜のような体躯が、背筋を伸ばして此方を見下ろしている。

――ヴグェオォオおオおオンンンンン゛!!!!

小顔から牙をのぞかせ、爆発音のような咆哮を上げる。
大きな胴体と凶悪な面構えは、隣に立つ主とよく似ていた。

疑問。何故やられたばかりのバンギラスが無傷の姿で立ちはだかっているのか。
頑丈なコンクリートを思わせる肌の表面には、かすり傷はおろか汚れ一つさえ見つからない。
おそらくハイパーボールの中に入っていた隙に、シンが『げんきのかたまり』でも使ったのだろう。
萌黄色の怪獣は、完全なる復活を遂げていた。

ふと、バンギラスの胸元が膨れ上がり、「ウォエッ」っと何かを吐き出した。
シンがそれを拾い上げると、シオンにも見えるよう、腕を伸ばして突き付ける。
シンの手中に納まった抹茶色の水晶玉が透き通って光を放つ。
遠目でよく分からなかったが、シオンには、
珠の中に何やら虹色の紋章のような物が埋め込まれているように見えた。

「バンギラスナイトだよ!」

それが、先程までバンギラスの咥えていた『どうぐ』の名前だと分かった。

道具を外して見せつけた、というシンの行為には
「お前もポケモンから『もちもの』を外せ」という意図が含まれている。
そう判断したシオンは、膝を地に着け、腰を丸め、足元の相棒に目を落とした。

柔らかな赤い頬に、くりくりの丸い黒目、電気鼠の愛らしい貌が上目遣いで見上げていた。
なんとかシオンの肩に乗るサイズの、ふにふに柔らかそうな、握りしめたい長耳の、
口元の膨らみが可愛い、鮮やかなレモン色の映える、そんなピカチュウがシオンの相棒だった。
敵であるバンギラスを前にした今でも、やはり、ピカチュウに怖気づいた様子は見当たらない。
それどころか、
ギザギザに伸びた尻尾(先っぽはハート型)を心地よさそうに揺らすほどの余裕を残しているようだった。

「ピチカ、まだ戦えるな?」

――チュゥッ!

ニックネームで相棒を呼ぶと、ピカチュウのピチカは赤い頬から青い電流を走らせて、応える。

「よし。んじゃ、ちょっと動くなよ」

戦意を確認するなりシオンは、ピチカが首に巻いていた数珠のような『どうぐ』を取り上げた。
十個の『でんきだま』を繋げて作ったシオンお手製の『もちもの』である。
そして、それはピカチュウの電気技を千二十四倍にまで跳ね上げるとんでもない代物でもあった。

「これでいいんだろ。これで」

シオンは投げやりな態度で、でんきだまの数珠を揺らして見せる。
そしてすぐにリュックサックの奥へとしまった。
シンの満足そうな返事が轟き渡る。
これでフェアだ。

「おうい! ダイヤモンド君!」

シンが怒号を飛ばすと、その先に、米粒ほど小さくなったダイヤモンドの姿があった。
視た所、どうやらシオンら三人は、上空から見下ろすと、
ちょうど正三角形の点になる立ち位置で向かい合っているらしい。

「頼むよ、ダイヤモンド君! 審判やってくれないか!」

「えー! 僕、ただのしがないトレーナーですし、審判なんて言われても何をすればよいのやら……」

「まずは! ルールの説明からするといいよ!」

借金取りで間違いないはずのシンが、審判らしい発言をすると、何故だかシオンの癪に触った。
そんな気持ちなど露知らず、ダイヤモンドはオホンと咳払いをし、語りだす。

「使用ポケモンは一匹。『どうぐ』の使用禁止。『もちもの』も禁止。
 それから、もちろんのことだけど反則も禁止。ルールを破ったら問答無用で負け。
 えーと、それからー……ルールってこんなもんでよかったですか?」

「いや、ちょっと待ってくれ」

伺うダイヤモンドを、シオンが制す。

「おや! シオン君! ひょっとして、ルールを変えるつもりかい!」

殺意のこもった『にらみつける』が、シオンの胸へと突き刺さる。
ルール無用のポケモンバトルで敗北を喫したばかりのシンには、
ルールに関して譲れないモノがあるのだと分かった。

「いや、ルールはそのままでいい。そうじゃなくて報酬の話だ。偽審判、お前に一つ頼みがある」

「おや、僕にかい!? まあ、言ってごらんよ!」

「聞いたんだが、お前、トキワシティにいるトレーナーのほとんどに借金を背負わせてるらしいな。
 もし俺がバトルで勝った場合、そいつら全員の借金をチャラにしてやってくれよ」

しばしの沈黙の後、シンは狂ったかのような高笑いを暴発させた。

「ヌッハッハッハッハァッ! 正気かい! なんてことだ! まさか君がそんなことを!」

大気を震撼させる獰猛な哄笑は延々と続いた。
そんなシンを無視してシオンはダイヤモンドを見やる。
そして満面の笑みでウィンクを送った。「俺って良い奴だろ?」というアピールである。

知らないトレーナー達の借金を返済するためにポケモンバトルをするなんて、
シオンにとっても不本意極まりない。
明日の食費さえままならぬというのに、人助けをするくらいなら、
普通に百万円の賭け金を受け取った方が得をするかに見える。

だが、しかし――いや、むしろ、『やはり』、シオンには思惑があった。
あからさまな善行を見せつけることによって、
目の前にいるダイヤモンドという名の純真無垢な少年に、
「この人はなんて優しく誠実で素晴らしいポケモントレーナーなんだ!」と思われようとしているのである。
そうなれば、今後も伝説級の強さを誇るこの少年トレーナーからの協力を仰げるかもしれない。
百万円よりダイヤモンドからの好感度の方が遥かに価値があると見極めての行為であった。

「ねえ、シオン君!」

シンが叫ぶ。

「僕が皆に背負わせた借金って、全部でいくらになると思う!? 物凄い額だよ!
 もしシオン君が負けた場合、一千万を越える借金をしてもらうけど! それでもいいのかい!?」

「ああ。構わないぞ」

あっさりシオンは受け入れる。
衝撃的発言ではあったが、それくらいの予想はついていた。
さらに、仮にバトルに勝ったところで、
シンがシオンに一千万円を渡す、なんて展開にはならないだろう、とも予想していた。

シオンは再び、顔面をぐにゃぐにゃに歪ませたウィンクで、良い人アピールを送信する。
ダイヤモンドが怒りを通り越し、呆れ返って言葉も出なくなっている、
なんて考えはシオンの中に微塵もなかった。

「ようし! それじゃあ始めようか!」

シンの大声に続き、バンギラスの股が開いた。
鈍い足音と呼応するように、周囲の地面から砂煙が舞い上がる。
砂と風とが逆巻いて、徐々に勢いを増し、大量の砂粒が暴風に乗って滅茶苦茶に吹き荒れ始めた。
バンギラスの『とくせい』が発動したのだろう。
ベージュ色の薄い幕がシオンの視界を覆い尽くす。

「ピチカ、構えろ」

小声で足元に指示を送った。
シオンは顔面の周りを両腕で囲み、
細めた瞳に砂粒が潜り込もうとも、シンの姿をとらえ続ける覚悟を決めた。
敵は、いつ動くのか?
どう出るか?
何を言うのか?
どこを突いてくるのか?

シンがどういう『わざ』を指示し、
バンギラスをどう動かすかを予測し、
尚且つそれらをどうやって切り抜けるのか、
そしてピチカでどう責めるべきなのか。

観察を止め、思考を絶やした瞬間、油断が生まれ、敗北へと繋がる。
シオンのポケモンバトルはもう始まっていた。

吹き荒れる砂粒の音と、吹き荒れる砂粒自体が、シオンの耳に入ってくる。
気が付くと、えらく長い膠着状態が続いていた。

「……あっ、そうか。僕が審判なんだった。全然バトル始まらないと思ったらそういうことか。
 あ、えー、それじゃあ、試合開始っ!」

締まりのない声が、緊張感のない戦いの幕開けとなった。
間髪を容れず、シオンは叫ぶ。

「10まんボルトォ!」

――チューッ!

ピチカは頬に青白い電流を滾らせて、撃った。
空中をジグザグに、光の速さで駆け抜けて、雷鳴の震えが轟き渡る。
青の閃光がバンギラスに触れる寸前、ピチカの稲妻は光の粉と化し、消失した。

「んっ!?」

思わず目の前の現実を疑った。
10まんボルトが突然消えた。
バンギラスにも外傷はない。
雲散霧消した電撃の謎に、瞠目したままシオンは固まる。
一体何が起こったのか。
推理するまでもなく、目の前の景色で謎が解けた。

一帯を渦巻く砂塵の暴風。

乱れ飛ぶ『すなあらし』こそが答えだった。
10まんボルトは電気タイプのわざ。
すなあらしは地面タイプのわざ。
電気タイプのわざは地面タイプに効果がないみたいだ……。

「くそったれがぁ……」

頭を抱えてシオンはうめく。
バトルが始まったばかりだというのに、敗北するビジョンが見えてしまった。
なんとも歯痒い。
大した威力のない、すなあらし如きにこんなに苦しめられるなんて!
どうしてシンがバンギラスを選んだのか、今になってようやく理解した。

先のバトルで使用した1024倍パワーの『1おく240まんボルト』ならば、すなあらしであろうと関係なく討ち滅ぼせた。
しかし、今は違う。

でんきショック、10まんボルト、しっぽをふる、でんこうせっか。
果たして、電気タイプの技を使わずに、バンギラスを倒す方法が、ピチカの中に存在しているのだろうか。
シオンにはそれが分からなかった。

「君が攻撃したから! これで僕の後攻だね! バンギラス! 『しっぺがえし』だよ!」

「なっ! 『じしん』じゃないのか!?」

驚いている場合ではなかった。
猛ダッシュからの跳躍。
バンギラスが大地を蹴り上げると、巨大な体が宙を舞い、ひとっ飛びでピチカとの距離を詰め、飛来した。
怪物の影がピチカの全身に覆いかぶさる。よけられない。

「ピチカ! 『こらえる』んだ!」

ピチカは『こらえる』を覚えていない。

重力に乗ったバンギラスの全体重が、
獲物を狙うピジョットの垂直落下するような速度で、小柄なピチカに墜落する。
もはや流星だった。
地鳴りの振動。空間がたわみ、ピチカを中心に爆発が起こったかのように砂煙が吹き荒れる。
凄まじい風圧でシオンのTシャツがはためき、短い前髪が後方に引っ張られる。
腕で顔を覆い隠し、砂塵の洗礼を全身で浴びた。

衝撃波は瞬時に納まり、腕と耳が痛さとかゆさでヒリヒリする中、シオンはおそるおそる前方を覗く。
バンギラスの足が地面についていなかった。
昔テレビで見た、小さな小石が大きな岩を支えている映像を思い出す。
圧殺するどころか、ピチカはバンギラスを持ち上げるようにして、攻撃を受け止め、耐え凌いでいた。

「そんな馬鹿な!」

シンが驚嘆の声を上げたと同時、シオンはバンギラスの倒し方を閃く。

「ピチカ、10まんボルトぉおお!」

――ピッ! カッ! チュウッ!

叫びと共に閃光が奔った。
ピチカの手の平からバンギラスの腹部へと、電撃の青白い明滅が流れ込む。
感電だった。
若草色の皮膚の上を、光る蛇のような電流の群れが、這いずりまわって火花を散らす。

直接触れてから攻撃すれば良かったのだ。
ピチカとバンギラスとの距離をなくしてしまえば、
二匹の間にあった『すなあらし』の障壁もなくなり、
問題なく電気タイプの技が通用する。
10まんボルトが使えると分かった今、シオンの目には勝利のビジョンが映っていた。

重い足音と共に地面が揺れた。
大地を蹴り上げたバンギラスが、ピチカから弾かれたようにして真後ろに吹っ飛ぶ。
宙に飛び出した電撃は、『すなあらし』によって即座にかき消されてしまった。

砂と風の向こう側で、雷に焼かれたバンギラスが、煙を上げ、肩で息をし、赤い瞳でピチカをにらんだ。
シオンはつい顔をしかめる。一撃では倒せなかった。

「シオン君! 君は一体! 何をしでかしたんだ!」

シンの大声が耳に突く。
その眼光は何故なのか、バンギラスの頭の上の虚空を見据えている。

「ピカチュウの攻撃! たったの一発で! どうしてエイチピーが黄色になるんだあああああ!」

聞き間違えたのかと思うほど、シオンには理解の出来ない意味の言葉だった。

「きゅうしょに当たったとして! こんな威力、有り得るのか! 『もちもの』はないはずなのに!」

姿も表情も砂に隠れて分からなかったが、
声色だけでシンのあからさまな焦り様が伝わって来る。
ピチカの攻撃力にばかり驚いていて、『ひんし』にならなかったピチカの耐久力に関しては何のツッコミもない。
どうやらシンは、ピチカが『こらえる』を使って攻撃に耐えたと思い込んでいるようだ。
シオンはホッと安堵の息をもらした。
バトルの最中で反則を嗅ぎつけられれば勝敗どころではなくなるからだ。

「なあ、偽審判。エイチピー黄色ってどういう意味だよ?」

「バンギラスの体力が半分も削られてるってことだよ! ……しまったああああああ!」

なんという幸運。次の10まんボルトでバンギラスを倒せる、というありがたい情報が手に入った。
うっかり口を滑らせたシンは急に押し黙り、いつしか二人の間を砂の音だけがさんざめいていた。

しばらく、にらみあいの沈黙が続く。
シオンは全く動けなかった。
ピチカがバンギラスを倒すためには、直接触ってから、10まんボルトを決めるしかない。
しかし近付けば、その分だけ、バンギラスの攻撃もピチカに当たり易くなっていく。
HPがもう限界ギリギリであることはピチカの表情を見なくとも明らかだ。
一撃だって耐えられない。
先に技が決まった方が勝ちか、もしくはダブルノックアウトか。

すなあらしを切り抜ける術さえあれば勝利は確実だというのに、
残念ながらそんな必勝法を編み出せるほどシオンの頭はよろしくなかった。
運に頼るしかないのだろうか。

すなあらしの向こう側から、シンの視線がシオンの足元へと注がれているのに気付いた。
ピチカを警戒しているのだろうか。
ふと、この長い沈黙に何か違和感が引っ掛かる。
どうしてシンはバンギラスを動かさないのか。

(ピチカが『こらえる』を使いながら直進し、
 バンギラスの首筋にでもしがみついて来るかも知れない……とか考えてるのか?
 首の裏側ならバンギラスの腕は届かないし、口からの攻撃も届かないし、『じしん』さえも通じない位置だから、
 その位置を確保した後、10まんボルトを直接流しこんでくるかもしれない……とか考えてるのか?

 しかし、そうではなく、ピチカの出方を伺ってると見せかけて、
 実は別の目的、例えば何か他の……時間稼ぎをしているとしたら……)

「ねえシオン君! 一つ、訊いていいかい!」

「ああ……いや、駄目だ! 何も聞くな! 訊くんじゃない!」

嫌な予感しかしないというのに、シンの口は勝手に動いていた。

「そのピカチュウ! 『すなあらし』が効いてないみたい! どうしてかな!」

シオンの頭の中が真っ白になった。

昔、小学校に通っていた頃、かくれんぼをしている最中、キッチンの棚に隠れて息を潜めていると、
しばらくして、ゆっくりと扉が開き、そこで、包丁を持った知らないおじさんと目が合ってしまった。
あの時の緊張感とよく似ている。
もしくは、興味本位でふらっと銀行を覗いた時、
覆面の男達に銃口を突き付けられた時の絶望、と言い変えても差し違えないだろう。

とにかくシオンの心臓は一度完全に静止し、今は激しくドラムロールのように脈打っていた。

「こらえるを使ったのなら! エイチピーは1しか残っていないはず! 
 すなあらしはエイチピーを徐々に削り取る天候だよ!
 どうしてピカチュウは、倒れていないのかなあ!?」

シオンの足元で突っ立つピチカ。
沈黙していた真の狙いがすなあらしによるダメージだったと、今になってようやく分かった。
どういう手を使ったかまではともかく、シオンの反則をシンは間違いなく確信している。
すなわちシオンの反則負けが、ほぼ決まった。
砂の擦れる音がしつこく、嫌に耳に響いて来る。気持ちが悪い。どうすればいい。

「ほら! 黙ってないで! 教えてくれないかい! シオン君!」

もうこうなったら自棄を起こすしかない。
勝てば官軍、死人に口なし、終わりよければすべてよし。
反則だろうが、インチキだろうが、勝者こそがこの世の心理。
勝った後で、「反則なんてなかった!」、と大声で主張するなりなんなりして押し通すしかない。
シオンは全力もって都合の良い展開を妄信した。

「走れピチカァ!」

バンギラス目掛けてピチカが飛び出す。
砂塵の彼方へ、一直線に、黄色い弾丸が突っ走る。

「ちゃんと! 説明! してくれないと!」

「お前のすなあらし、実は射程距離外だったんだよ! わかればか!」

「それは違うよ!」

「うっせぇ、しねぇっ!」

二匹の距離が一気に縮まり、ピチカはバンギラスの目前へと躍り出た。

「バンギラス! はかいこうせん!」

「ピチカ! 10まんボルト!」

四つん這いとなったバンギラスの、あんぐり開いた大あごから、光の十文字が閃いた。
三度、ピチカは青白い稲光を身に走らせ、解き放つ。

鼓膜をつんざく爆音がうなった。
『わざ』と『わざ』がぶつかりあう。
青と白の入り混じった輝きの爆発。幻想的な閃光の彩りに、視界の全てが包まれる。
あまりの衝撃に、一瞬だけすなあらしはまるごと消し飛んだ。
吹き荒れた爆風に乗って、ピチカは蹴り飛ばされた石ころのように、
シオンの足元にまでコロコロ戻ってきてしまった。
そして再び、周囲一帯を砂塵の風が覆い尽くす。

「まだやれるか、ピチカ?」

尋ねつつ見下ろすと、ピチカは電撃を放ったままの状態で、ふんばっていた。
先の方を見やると、10まんボルトとはかいこうせんのつばぜり合いが未だに続いていると分かった。
滝のような白い奔流と、砂嵐に威力を削がれる青い電流とが、押し合っている。
二匹の間で飛び散る火花は、確実にピチカの方へとじりじり迫る。
力負けしていた。

「もっと出力を上げろ、ピチカアアアア!」

思いっ切り声を張り上げたところで、しかし、何も起こらない。
なんとか対策を考えようにも、上手く考えがまとまらず、もはや成す術がないとしか思えない。
あまりにもどうしようもなく、シオンは急に恐くなってしまった。
あの白い輝きがピチカに触れた途端、全てが終わってしまう。人生の全てを失ってしまう。
どうしてこんなことになってしまったんだ。

試合中に余計な不安を抱えている隙に、青白い電撃は押し戻され、
あっという間に白い光はピチカの目と鼻の先にまで迫って来ていた。
もうどうしたらいいのか分からない。今すぐここから逃げたしてしまいたかった。

「ああ、もう、くそ、もうっ。このまま下がれピチカ!」

シオンは後退りながらも、自棄になって命令を飛ばす。
この判断が功を奏した。

ピチカが数歩だけ後退すると、先程までピチカが立っていた空間をはかいこうせんが食らった。
つまり、数秒だが、余命が伸びた。
急ぎ、後退りながらシオンはさらに叫んだ。

「下がれピチカ、もっと下がれ! 電気を撃ったままもっと!」

バンギラスの口元から如意棒の如く白銀の光は延々と伸び続ける。
しかし、バンギラスの光線がピチカの鼻先にたどり着く事はなかった。
10まんボルトに妨げられながら、ゆっくりと直進するはかいこうせんよりも、
ピチカの後退する速度の方が素早かったからだ。
まさしく戦略的撤退である。

ピチカと共に後退を続ける中、シオンは苦悩に頭を痛めていた。
バンギラスから遠ざかる程、勝利からも遠ざかる。

はかいこうせんを撃ったポケモンは、次のターン――ほんの数秒ではあるが反動で動けなくなる。
その隙に、でんこうせっかでピチカをバンギラスに近付ける。
直接触れた状態を作ると、次のターン、先攻で十万ボルトを撃ち放つ。最初は、そういう予定であった。

しかし、二匹の距離がこれだけ開くと、ピチカがバンギラスに到達する前に、
反動はなくなり、バンギラスが動き出してしまう。
それでは負けるか相打ちか、だ。

(十万ボルトならこの場所からでも一瞬でバンギラスを撃ち落とせるというのに)
飛び交う『すなあらし』を忌々しげに睨みつけながら、その場しのぎの後退を続けた。

例えば、ピチカを天高くに放り投げ、ピチカは上空に電撃を放って、雷雲を生みだし、
そこから『すなあらし』をも凌駕する超強力な『かみなり』が生まれ、
背の高いバンギラスの尖った頭上に突き落とされる
……この期に及んで絵空事ばかり思い浮かぶ自分の脳の頼りなさを呪った。

ふと、ピチカの後退が止まった。
エネルギー切れなのか、それともバンギラスの息切れなのか、
はかいこうせんの光は弱々しく、今にも消えてしまいそうなほど薄くなっていた。

脂汗が額ににじむ。
バンギラスが反動で動けなくなる今がチャンスだ。
どうする? どうすればいい? どうすればこの状況を覆せる?
時は待ってはくれなかった。
解決策を探している内に、長い長い白銀の光は、フッと、消失してしまった。
緊張が走る、
と同時に、シオンは目の前の景色に微妙な違和感を覚えた。

空洞があった。
ピチカの鼻先と、バンギラスの口元とを繋ぐ一直線の空洞があった。
ついさっきまで『はかいこうせん』が通っていた空間である。
その空間にだけ、『すなあらし』がなかった。

たったの一ヶ所、わずかに一瞬、電気を通さぬ砂塵の壁を、一点の風穴が貫いた。

「いっけぇえええ!」

詳しい指示を飛ばす暇などなかった。ただ叫んだ。それだけで通じた。

――ヂュウウウウウ!

紫電一閃。
放った稲妻、弾丸の如く、直線的に、疾駆する。
奇跡の軌跡が、砂塵に埋もれるより速く、ピチカの電光が駆け抜けた。
銃声のように、雷鳴が爆ぜる。

砂の嵐の向こう側、米粒のようなバンギラスの肉体が、青白い明滅を繰り返すのを見た。
小さな影は、煙をあげて、ゆっくり傾き、横たえる。
ずどん、と重々しい地響きがうなる。
バンギラスはたおれた。

「バンギラアアアアアッス! 立てえええええ! 立つんだあああ!」

往生際の悪い大男が、やかましい声で嘆いていた。

「ピカチュウに! 二度も! やられる! バンギラスが! いて! たまるかああああああ!」

惨めだとか哀れだとかを思う以前に、とにかく鬱陶しかった。
大人げないシンの、悲鳴のような絶叫に対し、吹き荒れていた砂の嵐は、次第に大人しくなってゆく。
腕を下ろし、砂を払い、澄んだ空気の中で、シオンは嘲笑った。ピチカも笑った。

「バンギラス、たぶん戦闘不能! なので、たぶん試合終了! だから、たぶんシオンさんの勝ち!」

高らかに、ダイヤモンドのジャッジが下る。シオンとピチカは勝利した。




「でかしたぁ! でかしたぞ、ピチカ!」

勝利の喜びで胸がいっぱいになって、シオンはその場にしゃがみこむ。
うつぶせで倒れるピチカがいた。
体中の至る所がボロボロで、ピチカは弱々しい苦笑をする。
この時初めて、シオンは自分の相棒の身を心配した。

「無事か? 無事だな。よくやったぞピチカ。後で何か美味いもん食わしてやらないと」

突っ伏すピチカの背面を、すりすりさすって労わった。
砂粒のざらざらした手触りに、土埃で汚れた毛並み。
ピチカは本当に頑張ったんだなあ、と母親のような気持ちになる。
シオンが感傷に浸っていると、気のせいだろうか、遠くで太鼓を連打するような震えが伝わってきた。
地面を叩くような音に不安を覚え、何の気なしに顔を上げる。
血走った眼の大男がシオン目掛けて爆走していた。
息を飲む。
オウ・シンだった。
大地を俊敏に何度も蹴り上げ、突進するケンタロスの如く、轢き殺す勢いで鬼気迫る。

悪鬼を前にし、
何が起きているのか把握しきれないまま、
とにかくピチカの危険を感じ、
シオンは咄嗟にベルトのボールをむしりとっていた。

「戻れピっ……」

突如、シンの動きが加速する。
シオンがボールを構えるより先、紫のスーツが視界いっぱいに広がった。
鳩尾(みぞおち)にかつてない衝撃が深くのめりこむ。

す て み タ ッ ク ル !

189センチメートルと97キログラムから繰り出す必殺の一撃。
シオンは肺の空気を全て吐き出す。
心臓に核弾頭でもぶちこまれたかの如く、衝撃は背中の向こう側にまで走り抜けた。
悶絶しそうな激痛に、一瞬だけ意識が消し飛び、力の抜けた手の平からモンスターボールが滑り抜ける。
足が浮いて、くの字になって、シオンは後方へ吹っ飛んだ。
眼前のシンが遠ざかっていく。
背中で風を受けながら、ふわっとした感覚の後、地面に尻もちを叩きつけた。
何度か咳き込みながらも急いで息を整え、力尽くで素早く立ち上がった時、
シオンはもう何もかもが手遅れなのだと悟った。

シオンのモンスターボールを掴んだシンが、じーっと自分の足元を見下ろしている。
視線の先の、突っ伏すピチカはじーっとしたまま動かない。
シンにピチカを連れ去られる=ピチカを調べられる=反則が発覚=シオンの反則負け=一千万円の借金。
たまらずシオンは叫んでいた。

「やめろぉォォォォオオオオ!」

必死になって腕を伸ばした。届かないとは分かっているのに。わるあがきだった。
虚空をつかんだ手の平の先で、ピチカの体は赤い色の光へと変わり、ぐにゃぐにゃに形を変え、
シンの手の平のモンスターボールへと吸い込まれていった。

「……えっ?」

ポカンとする。
予想外だった。
あまりのことに、シオンは自分の目玉が信じられない。
頭を落ち着かせて周囲を見渡す。

シンの姿が見える。シオンの手放したボールを握っている。
ピチカの姿はなかった。間違いなくこの場にはいない。

どうやら見間違いではないようだった。
シンは、ピチカを、モンスターボールの中へと戻したのだ。それも自らの手で。

みるみるうちにシオンの心はたくさんの幸せで満たされていく。
(うお! まじか! やった! やった! うおおーす!)
たまらないくらいの狂喜。
例えるならそれは、
腹に爆発物を抱えた状況、長い時間、我慢に我慢を重ね、全力疾走でトイレに駆け込み、
全てを出し切った時の解放感。
シンの犯した致命的なミスは、
ギリギリ便器に間に合った時のような圧倒的至福をシオンにもたらしていた。
喜びのあまりガッツポーズをとろうとした刹那、

――駄目だ!

本能が肉体の動きを押し留める。
シオンは自分の顔がゆるみきっているのに気付き、慌てて笑顔を噛み殺した。
ここで喜んではいけない。それでは、シンから見てあまりにも不自然だ。
だからこそもっと自然に……そう、今は怒るべき瞬間だ。
顔が赤くなるほど眉間に力を込め、シオンはシンをにらみつけた。

「人のポケモン盗ったら泥棒! 何してくれとんじゃいわりゃあ!」

一瞬、シンにつっかかろうと思ったが、やっぱり勝てそうにないので、暴言だけにとどめておいた。

「君のピカチュウ! すなあらしが効いていない様子だった! だから止めたんだ! 『じしん』をね!」

「話をそらすなボケがぁ!」

怒鳴りつけながらも、内心慌てた。
確かにシンは一度もじしんの命令してこなかった。
つまり、バトルの初めっからピチカに地面タイプの攻撃が通用しないと予測されていたことになる。

「覚えるはずのない『こらえる』!  効き目のなかった『すなあらし』!
 レベル21にして、バンギラスと同等のパワー! 何もしていないわけがない!」

「うるせえ! 勝ったんだ! この際だから、千万寄こせ!」

「そもそも君が! 反則をしなかった試しがあったかい!」

「え゛! ……あったさ!」

「思いっ切り言い淀んでいるじゃないか!」

(こいつ、面倒臭ぇ!)
しかめっ面に冷や汗がにじむ。
いつの間にか、演技でなく、シオンは本気で怒りと焦りを抱えていた。

「そんじゃあ聞くけど、俺が一体どういう反則をしたって言うんだ? 教えてくれよ」

「それはわからない!」

「ほれみろ! 俺が反則使ってねえ証拠だ!
 言いがかりつけてんじゃねえぞ! この、五年後はハゲ!」

「だからね! 調べに行くよ! これから! ポケモンセンターにね!」

心臓が凍りつく。
思わず息が止まった。
ポケモンセンターへ連れていかれたらピチカの反則がばれるのか?
しかし、ここでシンの動きを止めようとするものなら、余計に反則を怪しまれる。
どうしても避けられなかった、わずか1パーセントの不安要素。
シオンはそれを、背負わなければならないリスクととらえた。

「約束してくれ。俺が反則したって証拠が見つからなかったら、トキワシティ皆の借金をチャラにする、と」

シンはすぐには答えなかった。
ポケモンセンター行きを妨害しなかったシオンの意図が分からず、警戒しているのだ。
何を考えているのか、厚かましい仏頂面のまま固まってしまっている。

「おい返事しろよ!
 ひょっとしてお前、反則してようがしてなかろうが、俺に負けだって言い張るつもりなんじゃないのか!?
 ふざけんなよ! 証拠のない冤罪なのに押し通そうとするとか、どっかの国の……!
 これ以上は止めておく」

我ながら賢明な判断だ、とかシオンは思っていた。

「そうだね! そのとおりだよ! わかった!
 もし証拠が見つからなければ! 素直に負けを認めよう!」

「よし。約束だぞ。言質とったからな」

さすがに良心を咎めたか、それともシオンが面倒臭いので仕方なくなのか、
とにかくシンはしぶしぶ了承してくれた。
咄嗟にシンは身をひるがえし、広い背中を向けるなり、
大きな歩幅で、大地を踏みならして、みるみるうちに遠ざかっていく。
シオンの戦いは終わった。
後は天に祈るしかない。ピチカの反則が見つからない事を。




「いやー、勝ちましたねー」

へらへらしながらのこのことぼちぼちダイヤモンドがやって来た。

「シオンさんて、反則使わなくても、普通に強いトレーナーだったりするんじゃありませんか?」

「いいや。俺が勝てたのは、偽審判の判断ミスのおかげだよ。
 あの局面で『しっぺがえし』や『はかいこうせん』を使ってこなければ、俺が負けていたかもしれない。
 もしかすると、ポケモンバトルとは相手のミスを突く競技なのかもしれないな」

「そうですか? 僕は、てっきりレベルの差でゴリ押しする競技かと思ってましたけど」

「さ、流石だな。俺には真似できないぜ。ところで、ダイヤモンド。あのよ……バレると思うか?」

「十中八九。というか、普通に考えてバレバレの反則ですよ」

「そうか」

途方に暮れるように、シオンは離れ行く紫の背広を見据えた。

「でも、まぁなんとかなるだろ」

「反則が分かったところで、証拠が見つからなければ負けを認めるそうですからね」

「今さっきの約束だろ。我ながら天才的な思いつきだった」

「誰からも褒められない役立たずに限って、自分で天才とか言っちゃうんですよね」

「なんかお前、最近手厳しいぞ」

「ほら、駄弁ってる内に、シンさんがもうあんなところに。急ぎましょう」

「そうすっか。おいまてよ、偽審判! もしくは似非借金取り! なんちゃってヤクザ! ポケモン泥棒!
 さっさとピチカを返せぇ!」

砂粒ほど小さくなったシンの背中を追いかけて、シオンら一行はトキワを目指す。
鉛色の雲を見上げて、今にも雨が降り出しそうだな、と足を速めた。
荒野の大地を駆け抜ける。







つづく







あとがき

自分で書いておいてアレなんですけど、なんだか八百長試合っぽい感じがします。
シオンが勝利を勝ち取ったというより、オウ・シンがシオンを勝たせたような、そんな風にも見える。

あと推敲してて思ったんですが、
バトル中の地の文の説明がグダグダすぎて何が起こってんのかさっぱりですね。
もっと分かりやすく書けたらいいのですが、
どうやって説明したらいいもんか悩んでも分からなかったもんでして、
ちょっと申し訳なかったです。

次回の第二話で今回使っていたシオンの反則が描かれております。

ありがとうございました。


  [No.1220] WeakEndのHelloWin 2 投稿者:烈闘漢   投稿日:2015/02/28(Sat) 21:24:09   44clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

WeakEndのHelloWin
       2






節電でもしているのだろうか。
天井からの光はなく、窓から差し込む日の光だけが、室内全体をぼんやりと照らしている。
席がずらり並んだ、結婚式場のような大広間には、
自分達以外誰一人として見当たらず、寂しげにがらんとしている。
トレーナーハウスの一角にて、シオン達三人は大きな丸テーブルを囲み、向かい合って座った。

「必勝法がある。少なくとも、オウに対してだけは、絶対に通用する戦法だ」

シオンが言った。
椅子の上にあぐらをかいて、リュックは床に降ろしている。

「それはつまり、オウさん以外の人には通用しないかもしれない。ということですか?」

ダイヤモンドは尋ねつつ、椅子の上に正座をして、リュックサックを膝に抱えた。

「なんの話してんのか、よくわかんないけど、まあ詳しく教えてよ」

椅子を真横にし、背もたれに右肩を預けながら、女性職員は傾いて座っていた。
思えば、シオンはこの人の名前を未だ知らない。

「その前に、一つ確認しておきたい。ダイヤモンド、一週間前のバトルを思い出してくれ」

シオンはまず、ダイヤモンドと視線を合わせた。

「俺がお前とポケモンバトルをした時、闘う前からピチカはボールの外に出ていた。
 そして、そのことについて偽審判は何のツッコミも入れなかった。覚えているか?」

「はい。僕がシオンさんと出会った時からずっとピカチュウはボールの外に出っぱなしでしたし、
 オウさんもピカチュウに対しては、何かケチをつけていた記憶はありませんね」

「そうだ。そして、さっき、あなたが言ってたことですが……」

シオン、今度は女性職員に視線を送る。

「ポケモンがボールの外に出ていると、やっぱり反則になるんだ」

「うん。私もその通りだと思う。でも何で? 理由が分からんのよ」

困り顔の女性職員に、シオンは少しだけ答えを教える。

「正確には、ポケモンがボールの外に出ているだけじゃ、反則にはならないんだ。
 正確に言うと、
 ポケモンをボールの外に出した状態でバトルをすると、その時にだけ使える反則技がある、だ」

どういう反則技なのか、未だ明かさない。焦らしているのだ。

「あー、なるほど。つまり、シオンさんが言いたいのは、
 その反則技なら、相手がオウさんの場合通用する……あっ、さっきそれ、言ってましたね!」

「そういうことだ。しかも、この反則技は俺が知る中でも相当ヤバい。使わないわけにはいかないよな」

「へ? アンタ、反則使うつもりなん?」

「さらに、恐ろしいことに、この戦術は証拠が全く残らないんだ」

「いまさら”反則”を”戦術”に言い変えても駄目だから。何しでかそうとしてんのよ、一体」

不都合な意見は基本的にはスルーする。
今のシオンの視界に女性職員は映っていなかった。

「オウさんのことだから、かなり強いポケモンを使ってくるかと。
 ですから、反則でも使わないと、シオンさんには勝ち目がないんですよ」

「へえ、ハンデってわけ? ま、なんでもいいわ。それで? その”戦術”って何なの? さっさと教えなよ」

「なんで聞く側がそんなに偉そうなんだよ……」

ぶつくさ言いながらも、シオンは前のめりになって、静かに口を開いた。
二人とも、無言でテーブル中央に顔を近付け、聞き耳を立てる。

「そうだな……例えば、ピカチュウが”こうそくいどう”を使ったとする。すると、どうなる?」

「どうなるって、素早さがぐーんとあがる?」

「そう。正解だ。じゃ次に、
 その素早さがぐーんと上がったピカチュウが、さらに”こうそくいどう”を使ったら、どうなる?」

「ピカチュウの素早さがさらに上がります。一回目のと合わせて四段階も速くなるかと」

「あぁ、その通りだ。それじゃあ最後に、
 その物凄く素早さが上がったピカチュウを、ボールの中に戻したら……どうなる?」

「手の平サイズに納まる……って、そういうこと聞いてるわけじゃないか」

「元の状態に戻るわけですから、速くなっていたピカチュウは、元の素早さに戻る……あっ!」

ダイヤモンドと女性職員は、同時に声を上げ、顔を見合わせた。
その様子に、シオンは満足そうな微笑を浮かべる。

「気付いたか? そうだ、つまり……」

「そうか! ポケモンがボールの外に出ていたら、”わざ”でいくらでもステータスを上げられるんだ!
 つまり、ポケモンの能力を限界まで引き上げた状態のまま、バトルに挑むことが出来る!」

シオンが言おうとしていた台詞は、ダイヤモンドの雄叫びによって”よこどり”された。

「それだけじゃ……」

「それだけじゃない! ポケモンをボールの中に戻してしまえば、ステータスが元に戻ってしまう!
 だから、反則をしていた証拠が残らないってことじゃない、これぇ!」

シオンが言い掛けた台詞を、今度は女性職員に絶叫によって”よこどり”された。

「それ、俺が言おうと思ってたのにぃいい!!」

テーブルをバシバシ叩きながら、シオンは本気で悔しがる。
十五歳とはいえ大人げない醜態を晒した。

「……そうだよ、お前らの言った通りだ。
 ポケモンを外に出した状態で戦えるのなら、最大限までステータスを上げられるし、
 強化したポケモンも、ボールの中に戻してしまえば、俺が反則を使っていたと責められることもない。
 なんたって、証拠隠滅の完全犯罪なんだからな」

二人が分かりきっていることを、シオンがわざわざ説明し直したのは、
この”証拠隠滅の完全犯罪”という言葉を使って見たかったから、だけである。

「ちょっと待って。
 思ったんだけど、ピカチュウって”こうそくいどう”の他にステータス上げる”わざ”ってあったっけ? 
 ”つるぎのまい”も”からにこもる”も覚えないでしょ。
 攻撃力とか防御力を上げられるっていうならともかく、素早さが超ぐーんと上がったくらいじゃ、
 そんなに強くはなったとは言えないんじゃない?」

至極真っ当な意見だと思った。

「そうですよ、シオンさん。
 そのピカチュウが相手ポケモンの二倍速くなったとしても、
 二回連続で攻撃できるようになるわけじゃないんですよ。
 それに、どんなに素早さが高くても敵の攻撃が避けられるわけじゃない。
 回避率は何も変わってませんからね。
 オウさんのポケモンに勝つには、”こうそくいどう”だけじゃ無理です。絶対に」

「色々と言ってくれるなぁ。けどよ、そもそも俺のピチカ、”こうそくいどう”なんて覚えてないからな」

1、2の、ポカンとした顔になった。
人間ってここまで阿呆な顔が出来るんだなあ、とシオンは二人の表情を眺めながらしみじみ思った。
固まっていた女性職員の表情が崩れ、みるみるうちに”こわいかお”へと変化してゆく。

「ハァ!? 何それ!? そんなんで粋がってたわけ!?
 いくら面白いこと思いついたからって、出来もしない話わざわざしないでくれる?
 それってただの時間の無駄だから」

烈火の罵倒を吐き捨てられる。
しかし、シオンは涼しい顔をしていた。
無駄な話をしたと思っていないからだ。

「汚い言葉使いに、声まで荒げて……そんなんじゃモテませんよ。もっとおしとやかにした方が……」

「よけいなおせわじゃいっ!」

「結局のところどうなるんです?
 シオンさんのピカチュウはオウさんのポケモンに勝てるんですか? 勝てないんですか?」

ダイヤモンドの疑いの眼が、此方をジッとうかがうようにして見つめている。
その疑念を掃うように、シオンは強い口調で答えた。

「勝てる。お前が協力してくれれば、問題なく」

「ねえ、アンタ嘘吐いてんじゃないでしょーね?
 さっきからテキトーな思いつきをべらべら吹かしてるようにしか見えないんだけど?」

「大丈夫です。勝つ方法はちゃんと存在している。
 というか、そんなに難しい話じゃないぞ。考えればすぐに俺がしようとしている反則が分かるはず」

「何よそれ。反則ってそんな都合のいいことができるわけ? 努力もしないで勝てるだなんて……」

女性職員の投げやりな口調は、何処か苛立っている様子だった。
きっと反則に対する怒りがあるのだろう。
不必要な正義感をもってるなぁ、とシオンは内心見下した。

「ダイヤモンド。さっきさぁ、地下で俺、お前に質問したよな。”ポケモン何匹持ってるか?”って。
 アレどういう意味だと思う?」

「あっ、それそれ。493匹だっけ? あれって本当のこと?」

「それは本当のことですし、それに……
 つまりシオンさんはたくさんのポケモンの協力を必要としているんだ。
 だから僕にポケモンの数を聞いたんじゃありませんか?」

「大体当たってる。その通りだとも。だからこそ頼みがある。この通りだ」

シオンは深々と頭を下げ、丸テーブルに額をゴンと叩きつけた。
しかし、椅子の上ではあぐらをかいた状態のままであり、
あまり誠意のこもっていない、いい加減な土下座であった。

「俺に協力してくれ。お前のポケモン達の力が必要なんだ。あの偽審判をぶちのめしたいんだ。頼む」

「いや、そんな頭下げられても、反則に協力するのは抵抗があるんですけど……
 でもまぁ、シオンさんには色々とご迷惑をおかけしたようなしてないような気がしてますし……」

「手伝ってくれるのかぁ!?」

シオンはズバっと顔を上げ、期待をこめたキラキラの眼差しで、食い入るようにダイヤモンドを凝視した。

「ええっと、ですから、その……」

「ありがとう、ダイヤモンド! お前はなんて良いポケモントレーナーなんだ!
 今、死ねば、きっと天国に行けるぞぉ!」

このままだと否定される恐れがあると思い、シオンは強引に結論を下した。
過程をフッと飛ばして結果だけを得る。我ながら中々の邪悪っぷりであった。

「アンタってマジでクズよね」

「本当、助かるぞ、ダイヤモンド。
 職員さん、ここにパソコンってありますよね。あずかりシステムと繋がってる奴」

「地下にあったでしょ、見てないの? パソコン使って何する気?」

女性職員の問いに答える間もなく、シオンはリュックを拾い上げると、椅子を引きずって立ち上がる。
つられて二人も椅子から降りると、すでにシオンは地下へ向かって歩き始めていた。

「ねえ聞いてんの? アンタごときにシカトされるとか、自尊心が耐えられないんだけど?」

「そうですよ。今の内に何するのか教えてください。でないと僕、手伝えないです」

ダイヤモンドでさえ知らない答えを、自分だけが知っている。
まるで頭の賢さで勝利したかのような錯覚に陥り、シオンは少し優越感に浸った。

「じゃあ、とりあえず、”バトンタッチ”か”スキルスワップ”が使えるポケモンを用意してくれないか」

直後、シオンの後方で「アーッ!」と一人感心するダイヤモンドの声が響いた。




地下一階だけあって、窓はなく、天井に張り付いた数多の蛍光灯だけが広々とした空間を照らし出している。
室内全体を見渡すと、高さはピジョンがかろうじて羽ばたけるほど高く、
広さはポニータがなんとか走り回れるほどに広い。シオンはなんとなく学校の体育館を連想した。
しかし、土足でカーペットに踏み込むと、やっぱり旅館のロビーみたいだなあ、と思った。

階段を降りてすぐのところに、背の高いタッチパネル式のパソコンを発見した。
早速シオンは、ダイヤモンドの背を押して、ポケモンあずかりシステムとの接続をうながす。

「ポケモン呼び出すつもり? それでどうするわけ?」

「攻撃から特防まで、ピチカの全ステータスを底上げするんですよ」

「は!? どうやって!? だって、”こうそくいどう”も出来なかったんじゃ!?」

「まあ、いいから見ててくださいって。へへへ、それじゃあ頼みましたぜ、ダイヤモンドの旦那」

女性職員には目をやらず、
シオンは含み笑いをしながら、起動したパソコンディスプレイに釘付けになっていた。



ミミロップ、こうそくいどう×4、からのバトンタッチ

グレイシア、バリアー×4、からのバトンタッチ

リーフィア、つるぎのまい×4、からのバトンタッチ

エテボース、わるだくみ×4、からのバトンタッチ

フワライド、ドわすれ×4、からのバトンタッチ

フワンテ、きあいだめ、からのバトンタッチ

シオンのピチカ、特に何もしない



ふかふかの床が珍しいのか、ダイヤモンドがパソコンから呼び出したポケモンが六匹、
室内を駆けまわっている。
鳴き声の飛び交う喧騒の中で、シオン達三人はピチカを囲んで見下ろしていた。

「こんなことが出来てしまうなんて……」

女性職員が瞠目している。
バトンタッチは、ポケモンと交代すると同時に、その交代したポケモンに能力変化を引き継がせる”わざ”。
よってピチカは今、攻撃、防御、素早さ、特攻、特防、急所に当てる確率、その全てがパワーアップした
至高のポケモンとなったのである。
自慢の相棒を眺めながら、ふと、シオンは不思議に思った。

「ピチカ。お前、本当に強くなったんだよな?」

六匹の連携により十二分に強化されているにも関わらず、ピチカの姿には全く変化がなかった。
攻撃力も防御力も上がったのだから、
ピチカの全身がバッキバキの筋肉質になって血管が浮き彫りになるんじゃないかと冷や冷やしていたのに、
もしくはス○パーサ○ヤ人2みたいに時折全身から電流が迸ったりするんじゃないかとワクワクしていたのに、
実際にパワーアップしたピチカは、
トレーナーであるシオンでさえ、パワーアップ前のピチカと見分けがつかないでいた。

「まぁ、よく考えてみりゃあ、レベル1もレベル100もポケモンの外見って変わらないよな。
 進化でもしない限り」

「いや〜、それにしても、ほほぉ〜。この反則はよく出来ていますね〜」

ダイヤモンドが感嘆の息を漏らす。どことなく親父臭い感心の仕方だと思った。

「オウさんの眼はHPとLVが見える。
 そしてステータスを上げるわざの中に、HPとLVを上げるわざだけは存在していない。
 いや〜、ほんと上手いこと出来てますねぇ。ピカチュウの見た目も変わってませんし、
 この反則なら、いくらオウさんでも、すぐには気付かないでしょう」

シオンはダイヤモンドが言っている、
”HPとLVが目で見える”というのがイマイチ納得できないでいた。

「あのさぁ、おかしくない?」

入った横槍に視線を返すと、女性職員の害虫でも見るような眼つきがシオンを向いていた。

「今さ、六回バトンタッチを使ってた。ってことはダイヤモンド、君、ポケモンを七匹持ってたことにならない?
 そもそも何で、
 ダイヤモンドのポケモンのバトンタッチをアンタのピカチュウが受け取ってんのよ?」

一拍の間。
シオンはわざとらしく、「はぁ〜」、と呆れ返ったような大きなため息を吐く。

「何を今更、そんなしょうもないこと。俺は今、反則してるんですぜ。
 その程度のトレーナー違反、構うこたぁありませんよ」

シオンは、むしろ偉そうに威張るような感じで言ってのけた。
腑に落ちなかったのか女性職員は、まるで『伝説厨』でも見るような蔑んだ眼つきで凄んできたが、
シオンは全く気にならなかった。

「それで、シオンさん。次、僕はどのポケモンを呼び出したらよろしいですか?」

「そこなんだよなぁ、実は何にするか未だ決まってないんだよ、これが」

「次? ……あ、分かった、アンタ、このコの”とくせい”変えちゃうつもりでしょ?
 さっき”バトンタッチ”と”スキルスワップ”がどーのこーのって言ってたし」

「そのとーりです。問題は何の”とくせい”にするべきか。
 LV100のミュウツーでも一方的にボコボコにできるような強い”とくせい”があればいいんだけれども……」

シオンは担いでいたリュックの底から、辞書のように分厚いポケモンの攻略本を取り出すと、
その場であぐらをかき、おもむろにパラパラと読み始める。

「うーん……おっ、この”らんきりゅう”ってのが強そうだぞ。
 ダイヤモンド、メガレックウザとかいうポケモンって持ってるか?」

「持ってるワケないです。そんな七文字のポケモンなんて」

「じゃあ、メガガルーラは? ”おやこあい”とかスキルスワップしたら強そうだ」

「ガルーラなら持ってますけど……それ本当にポケモンですか?」

「確かに、なんか胡散臭いな、この攻略本。パチモンか? パチモン図鑑なのか?」

「ねえ、”ばかぢから”、なんてどおよ? マリルリとかすっげー強いよ」

「いやいや、ピチカの10まんボルトは特殊攻撃だ。特攻二倍にするんだったら、考えてやってもいいけど」

「マルチスケイル、のろわれボディ、てきおうりょく、ちからもち、普通に”せいでんき”も強いですよね」

シオンが悶々と悩んでいると、ふいに、女性職員の顔が目の前にあった。

「ねえ、その攻略本、ちょっと貸しなさいよ」

「えー。じゃあ、職員さん、名前教えて下さいよ」

「じゃあいいわ。いらない」

「えー。名前言いたくないのかよ。わけわからん。
 わけもわからず自分を攻撃したくなるくらいわけわからん」

ふわっとシオンから離れていく女性職員、今度はダイヤモンドの前へ出る。

「ね、ダイヤモンド」

「しょ、初対面なのに呼び捨てにするの止めて下さいよ。ドキッとするじゃないですか」

「アンタ、カイオーガとか持ってない? ”あめふらし”とか結構イケると思うんだけど」

「持ってるワケありません。そんな、伝説のポケモンですよ」

「だって君、ディアルガ持ってんじゃない?」

「そうですけど、でも伝説のポケモンですよ。持ってても二匹か三匹でしょ、普通」

さも当然のように言ってのけたその態度に腹が立ち、シオンはたまらずブチギレた。

「お前、何言ってんだよ!
 トレーナー一人につき伝説のポケモン三匹って、そりゃもう伝説とは言わねえよ!」

「そういえばそうですね。おっかしいな、ディアルガもパルキアも結構簡単にゲットできたんだけどなぁ……」

(じゃあ伝説のポケモンを一匹すら捕まえられない俺は無能なのか?)
言い返したい気持ちをシオンは、”ばんのうごな”のようにグッと呑みこんだ。
自分の中の劣等感から全力で眼をそらし、変わりに攻略本の解説を食い入るように見つめる。

「この際、ピカチュウでバトルするの止めてさぁ。
 ”つのドリル”とか覚えてるポケモンを”ノーガード”とかにしたらイケんじゃない?」

「俺はピチカしか持ってないんだ。ってか、その作戦だと、自分よりレベルの高いポケモン、倒せないぞ」

女性職員に呆れた直後、ダイヤモンドがシオンの怒りを煽る。

「職員さん知ってますか? シオンさんって、これだけ僕のポケモンに協力させておいて、
 僕のポケモンでオウさんとバトルするのは嫌って言うんですよ。面倒臭いこだわりですよねー」

「うっせー! あの男をアフンッと言わせるには俺のピチカで勝たないと駄目なんだよ!」

「じゃあ早く、ピカチュウの”とくせい”、選んで下さいよ」

またもや”がまん”が解かれて”いかり”が”だいばくはつ”しそうになるも、
なんとか”こらえる”して冷静に対応した。

「思ったんだがよぉ、一番強い”とくせい”っていったら、やっぱ”ふしぎなまもり”じゃないか?」

「でも、”ふしぎなまもり”ってスキルスワップできないんじゃなかったっけ?」

「そうですね。スキルスワップは出来ません。けど、とくせいの入れ替えなら出来ますよ。
 回りくどい方法になりますけど」

「……いや、駄目だ。駄目だ、駄目だっ。こんな程度の”とくせい”じゃあっ!」

突然、シオンは攻略本を投げ捨て、頭を強くかきむしる。

本気のポケモンバトルが始めようというのに、人生を賭けた戦いに挑もうというのに、
ダラダラと駄弁を続けている自分に気付き、シオンは発作的に自分への怒りが爆発した。
今は、悠長に雑談を交わしている場合ではない。

「何、荒れてんの? 情緒不安定なの? さっさと決めればいいのに。優柔不断すぎじゃない、アンタ?」

言いながら、女性職員は攻略本を拾い上げ、ページをパラパラめくり始める。

「もしもさぁ〜、もしもオウが”アルセウス”でも使ってきたらって思うと、
 この程度の反則じゃ勝てないと思うんだよ、俺は」

「それなら大丈夫ですよ。アルセウスなら僕が……」

「そんな架空のポケモンいるわけないでしょ! アハハハ、馬鹿みたい!
 ひょっとしてアンタ、絶対に勝利出来るって確信がなかったらバトルしに行けないわけ?」

「なにおう!」

咄嗟に怒鳴ってはみたものの、
図星を突かれたような気がして、シオンの心は動揺していた。

「ただでさえズルして強くなろうとしてるようなアンタが、
 戦う前から敵にビビってるとか情けなさすぎ。
 ”とくせい”が二つでも付かなくっちゃ、バトルしたくないわけ?」

「なにふざけたこ……それだぁっ!」

何気ない余計な一言が、シオンの脳髄で閃きを起こす。
たった今、自分で、思いついたばかりのアイディア。それはとてつもなく素晴らしいものなのだと、
思ってしまわずにはいられない。
素早く立ち上がり、パソコンの前に踊り出ると、
シオンは勝手に預かりシステムをいじくり、ダイヤモンドのポケモンを呼び出した。



サンダース、”でんじふゆう”を使用

サンダース、”バトンタッチ”でピチカと交代

ピチカ、”でんじふゆう”状態のまま、待機

ダイヤモンド、モンスターボールから、ミミロル、ヌケニン、サンダースの三匹を繰り出す。

ミミロル、サンダースに”なかまづくり”
(なかまづくり……相手のとくせいを自分と同じとくせいに変える。)

ヌケニン、”ものまね”
(この時ダイヤモンドは、ポケモンのすばやさに関係なく、
 ミミロル→ヌケニン、の順番で”わざ”を使ってもらった。)

よってヌケニン、一時的に”なかまづくり”を覚える
(ものまね……相手が最後に使ったわざを戦闘の間、自分のわざにすることが出来る)

ヌケニン、ピチカに”なかまづくり”

ピチカ(でんじふゆう)、”とくせい””せいでんき”から→”ふしぎなまもり”へ

〈ふしぎなまもり……効果抜群以外のわざではダメ−ジを受けない〉
〈でんじふゆう……5ターンの間、地面タイプのわざが当たらなくなる〉
〈でんきタイプのピチカ……地面タイプ以外に弱点はない〉



「どうだっ! この無敵になったピチカ様なら、
 ”ゴールド”の”ホウオウ”が相手だろうと負ける気がしねえっぜええ!」

有頂天になって雄叫びをあげる。
人生における全ての悩みごとが解決したとさえ思える気持ちの昂りっぷりだった。

「あのですねぇ、シオンさん。そのピカチュウの姿、よーく見てみてくださいよ」

ダイヤモンドだった。
言われて見るも、相変わらずピチカの姿に変わった様子はどこにもない。
ただしピチカの肉体はシオンの腰の辺りの高さにあった。
”でんじふゆう”の効果で、宙にふよふよと浮かんでいるのだ。

「おかしいでしょ、こんな”そらをとぶピカチュウ”! 明らかに不自然ですもん!
 何かを仕掛けてる、って一目瞭然ですよ!
 こんな怪しいポケモンとのこのこ対戦するほどオウさんは浅はかではありませんよ!」

「……そういえばそうだな」

ダイヤモンドの正論を前に、シオンは何も言い返せなかった。
ピカチュウが宙に浮いていれば怪しい。
そんな当たり前のことにも気付けなかったのは、ピチカを強くすることばかりにとらわれ、
それ以外の全てを視野の外へと放りだしてしまってたからだ。
不覚だった。

「そもそもこのピカチュウ、どんなタイプの攻撃も無効化しちゃうじゃないですか」

「そうだ、よくぞ気付いた。つまりピチカは無敵のポケモンになったのさ。俺はもうしんぼうたまらんぞぉ」

「さっきも言いましたけど、オウさんは、HPの量が視えるんです。
 ピカチュウにダメージを与えられないとバレてしまったら、
 即座にバトルを中断して、シオンさんの反則を暴こうとするはずです」

「あぁ……マジでか。でも確かに、何か反則をしていると勘付かれるだけでも不味いな」

強くなり過ぎれば反則が露見し、弱過ぎれば負ける。
ここにきて反則の奥深さが壁となって立ちはだかる。
強いポケモンを倒す方法ばかりに頭がいってしまい、
オウというトレーナーを出し抜く考慮を完全に忘れてしまっていた。己の未熟さをしみじみ痛感する。

「まったく、アンタってホント、小学生向けライトノベルみたいなことばっかり言いだすんだから、もー。
 そんなあからさまな馬鹿戦法で、凄いとか天才とか驚いてくれる人がいるとでもおもったの?
 現実と漫画との区別くらいつけときなさい、このカス人間っ」

「……か、かすにんげん……?」

しかし、シオンの心はくじけなかった。歯を食いしばり、かろうじて涙をこらえた。
この程度の罵倒で、この程度の不快感で、歩みを止めるわけにはいかない。

「一度やって上手くいかなかったのなら、今度は別の方法で試せばいいだけの話だ」

二人に背を向け、勢いよく歩き出し、シオンは再び、パソコンの画面と向き合った。
何度でも挑戦してやろうという強い意志がシオンの胸中で燃え盛っている。

「あのぉ、シオンさん。さっきも思ったんですけど、
 勝手に僕のポケモン、取り出さないでもらいたいのですが……」

言ってる途中であきらめたのか、ダイヤモンドの言葉が尻すぼみになって消えて行く。
既にパソコンの操作を始めているシオンの耳に、少年の願いが届くことはなかった。



テッカニン、かげぶんしん、バトンタッチ

サンダース、でんじふゆう、バトンタッチ

シャワーズ、とける、バトンタッチ

フローゼル、アクアリング、バトンタッチ

イーブイ、みがわり、バトンタッチ

ピチカ、あられもない姿になる



真夏に放置したおいたチョコレートのようにドロドロとなったピチカは、
数十匹のクローンを引き連れ、
いずれも宙にふよふよ浮んだまま、
”みがわり人形”を抱き抱えている。
あ、こりゃ駄目だ、と思った。
隣にいる二人の、”ものすごいバカ”でも見るような軽蔑の視線が痛い。

「もう、ポケモンの原型、保ってないじゃないですか!」

「いっ……いや、んなことねえよ。なあ、ピチカ!」

「「「「「「「「「「――チュー!」」」」」」」」」」

声にエコーがかかったかの如く、ピチカの鳴き声は一度にたくさん聞こえた。
無論、それらは、シオンの目の前で飛行する肉体の溶けかかった生物の大群から発せられたものである。

「なっ。返事もしたし、ピチカだって分かるだろ?」

「そういう問題じゃないです!」

「そ、そんなぁ……」

シオンはわざとらしく肩をすくめて、大袈裟にがっくりとうなだれる。
決して本気で落ち込んだわけではない。
ただ、ピチカの姿が変わり過ぎてしまう、というあからさまな失敗が、
シオンが真剣に取り組んだ結果だった、と知られたくなかったのだ。
それなら二人に、ふざけてやったミスだと思われた方がマシだった。

「私は困らないから別にいいけど、アンタ真面目にやる気あんの?」

「真面目にやってる奴が反則するってのもどうかと思うんだが……とにかく!
 俺は先に色んな”わざ”を試しておこうって思ったの! 分かったか?」

誤魔化すように喋りながら、シオンはモンスターボールに手をかける。
あまりにも気味が悪いので、一度ピチカをボールの中に戻し、再び元の姿に戻ってもらった。

「とにかくシオンさん。ピカチュウに何かしてる、って気付かれたら、お終いなんです!
 なので、見た目の変化がないよう!
 それとHPも見えてるので、回復もしないようにお願いします!
 って、なんで僕が反則なんかに必死になっているんですか!?」

「それ俺に聞くなよ」

それから、あーでもない、こーでもない、と言い合って、およそ二時間。

ありとあらゆる試行錯誤を繰り返し、
何度も何度もピチカを別の生物へと転生させ、
「それはバレます」「これもバレます」とダイヤモンドに否定され続け、
いつしか、シオンの瞳から生気の光が失われていった。

まるで安月給の労働を半強制的に押しつけられている気分。
これが生き地獄か、と思った。

終わりの見えない生体実験、
徐々にやせこけていく三人の頬、
自ら実験されに来るどこか楽しげなピチカ、
新たなわざを試す度、少しずつ増えるダイヤモンドのポケモン達。
気がつくと、地下一階はサファリゾーンと化していた。
疲労と鳴き声と獣の臭いの中、いよいよ、その時が訪れる。



ミミロップ、こうそくいどう×4、からのバトンタッチ

グレイシア、バリアー×4、からのバトンタッチ

リーフィア、つるぎのまい×4、からのバトンタッチ

エテボース、わるだくみ×4、からのバトンタッチ

フワライド、ドわすれ×4、からのバトンタッチ

フワンテ、きあいだめ、からのバトンタッチ

シオンのピチカ、全てのステータスが底上げされ、それから……

カクレオン、ピチカとスキルスワップ。
ピチカ、とくせい”へんしょく”に。

イシツブテLV1、ピチカにマグニチュード。

ピチカ、地面タイプに変わる。
その後、きずぐすりで全回復。

カクレオン、イシツブテとスキルスワップ。

カクレオン、ピチカとスキルスワップ。
ピチカ、とくせい”がんじょう”に。



「メガゲンシピカチュウ、爆・誕!」

シオンは高らか叫びながら、アーボックの胸の模様にも似た笑顔を浮かべた。
ピチカは、全てのステータスが底上げされた上に、地面タイプと化し、とくせいも”がんじょう”に変わってしまった。
しかし、それこそがダイヤモンドも認める、オウにバレることのないであろう最強の反則ピカチュウなのであった。

「それにしても最っ低な反則。まともなトレーナーが見たら発狂もんだわ」

先程まで自らシオンに協力していた女性職員の言える台詞ではなかった。

「反則とは言えば聞こえは悪いけどさ。
 でも俺が思うに反則ってのは、正々堂々を捨て、罪悪感を捨て、リスクを背負う、
 っていう犠牲と覚悟の元に成り立つ強さなんだ。
 確かに、今、ここにいるピチカは反則の強化をしているわけだが、
 見方を変えると、これもある意味努力の賜物なんですよ」

「……ハァ?」

出し抜けに、女性職員の真顔が、嫌悪にまみれた表情へと変貌を遂げた。

「アンタって、本っっっっ当にクズね。悪党に限って綺麗言並べて着飾んのよ。
 そうやって悪行を美談にすり替えちゃえば、罪悪感感じなくて済むわけだからね」

強気で、責めるような口調で、声を荒げて、そして頬にはほんのり紅が差している。
じょせいしょくいんは なんだか キレそうだ。

「……あー、そうですね。すみません、
 今、調子にのってるもんだからちょっとおかしなことを言ってしまった。これは反省しないとな」

シオンは、気色の悪い”てへぺろ”を用い、素直に謝る振りをしてみせた。
ここで謝罪でもしなければ、女性職員との言い合いが徐々にエスカレートしていき、
最終的に色々と面倒臭い罵り合いへと発展しそうだ、と予測したからだ。
当然、反省する気持ちは微塵もない。

「本当は、このピカチュウに”シュカのみ”でも食べさせてあげれればよかったんですけど……」

つと、ダイヤモンドが言い掛ける。

「お前、んな珍しいもん持ってんのか?」

「生憎、使ってしまってもう持ってないんです。
 それさえあれば、地面タイプのダメージを一度だけ半減できたんですけど」

「なるほど、だから地面タイプに”へんしょく”か。
 その様子だと、水とか草とかを半減する木の実も、持ってないんじゃないか?」

「すみません。お力になれず」

「何を言う。これだけ協力してくれて、謝るはないだろ。
 俺だって、丁度、フレショからプラスパワーでもくすねてこりゃあよかったって思ってたところなんだぞ。
 まあ、「つかっても こうかがないよ」、とか謎の声に言われるんだろうけどな」

半笑いを浮かべながら、シオンが何気なく振り返ると、
色とりどりのポケモン達が奇声を上げながら運動会をしていた。
走ったり、羽ばたいたり、火を吹いたりしていて、自分も混ざりたいくらい楽しそうに見える。
数えて見ると、およそ三十匹。もはや六匹までしか連れていけないという制限など知ったことではない。

ポケモンボックスを覗いたら、こんな感じの世界があるのだろうか。
十匹十色のはしゃぎようを眺めながら、ふと、シオンは思い出した。

「なあ、ダイヤモンド。さっきから思ってたんだが……俺達が今、ピチカに使った反則、
 ひょっとしてお前も同じことやった覚えがあるんじゃないか?」

「……つまり、この反則を僕が使ったと?」

ダイヤモンドは純粋に不思議がっている様子だった。
女性職員とは違い、反則に対して殺意を抱かないあたり、
人間として出来てるなー、と勝手ながらシオンは思った。

「自分で言うのもアレなんですけど、僕って結構強いトレーナーなんですよ。それなのに反則、ですか?」

「ああ、強いのは解ってる。けど、おかしいんだよ。
 493匹もポケモンを持っているとはいえ、
 俺の要望に応えられるようなポケモンをそんなにたくさん持ってるなんて、
 いくらなんでも都合良すぎじゃないか。

 例えば、攻撃力を上げるわざとバトンタッチを覚えているポケモンが一匹だけもってる、
 それくらいだったら俺は気にはしない。
 けどお前は、防御力を上げる技とバトンタッチを覚えているポケモンも、
 素早さを上げる技とバトンタッチを覚えているポケモンまで持っていやがった。
 それって都合よすぎじゃないか?

 お前がそういうポケモンを持っていたのが偶然だとは思えない。
 だから思ったんだ。
 もし、お前が俺のピチカに施した反則と全く同じ反則を、
 昔にやったことがあるっていうなら、辻褄が合う、ってな」

「長い。何言ってんのかわかんない。もっと短くまとめて」

「だーかーらー、ポケモンの種類とか、”とくせい”とか、覚えている”わざ”とか、
 それらの組み合わせとかも考えると、たぶん何百万通りもあると思うんだよ。
 それなのに、たった493匹の中に俺の求めている”とくせい”や”わざ”を覚えたポケモンが
 何十匹も見つかるなんて偶然にしちゃあ出来過ぎてる……という話だ」

「ふんふん、確かに。私もちょっと気になってたんだ、
 バトンタッチやスキルスワップを覚えたポケモンがいくらなんでも多すぎるなあ、って。
 もっと他のわざ、覚えさせてもいいのに」

期待を秘めた二人の視線がダイヤモンドに集中する。
しかし、どこか余裕のあるダイヤモンドの童顔は、
とても追い詰められている者の表情ではなかった。

「深く考えすぎですよシオンさん。ほら、”わざマシン”とかあるじゃないですか」

「覚えている”わざ”くらい自由に書き換えられるって言いたいのか?
 でもお前、わざマシンなんて、いつ使った?」

「それに、”わざおしえマニア”とか、”わすれオヤジ”とかいますよね? アレですよ、アレ」

「アレ? アレって……お前っ、まさか!」

一瞬、息をするのを忘れた。
シオンは、在り得るはずのない答えを考えてついてしまう。

もしかして、ダイヤモンドは、
わざおしえマニアや、わすれオヤジと同じように、
ポケモンのわざを、覚えさせたり忘れさせたりする”能力”があるのではないか?

――いや、そんなはずはない。そんなことが出来るトレーナーがいていいはずがない。
もしそれが真実だとしたら、
もはやシオン程度の力量でポケモンマスターになんてなれる道理がなくなってしまう。

「ああ、アレか。なるほど、アレね、ふーん」

内心では驚愕の嵐が吹き荒れていたものの、シオンはまるで大して興味がない体を装ってみせた。
信じたくない。
これ以上追及したところで、知りたくなかった現実が一つ増えるだけではないか。
結局シオンは何も聞き出さないまま、ただ茫然とダイヤモンドの帽子を眺めているのだった。



「それで、シオンさん。どこでやります?」

周囲に散らばったポケモン達をボールに戻しながら、ダイヤモンドが問いかける。
シオンはパワーアップしたピチカを肩に乗せ、リュックに腕をとおしながら、答えた。

「人目のないところがいいな。偽審判は騙せても、ギャラリーがピチカの反則を見破ったらオシマイだ」

「なるほど。平日の昼間ですし、誰もいない所なんて、すぐに見つかりそうですね」

「せっかくだから見晴らしのいいところでやろう。偽審判が一体どこから現れるのか、気になるからな」

しばらくして、全てのポケモンをボールに戻し、ダイヤモンドはパソコンの電源を切る。
全ての準備が整った。後は戦って勝つだけだ。

「そろそろ出発しようと思うんだけど、その前に職員さん。一つ、頼みがある」

今一度、スーツをビシッと着こなす女性職員を見直すと、
意外とスタイルがいい……というわけでもないことを知り、シオンは内心驚いた。
思っていたよりキリッとしていない。ボテっとしている。

「俺がピチカに反則使ったってこと、誰にも言わないでもらえませんか?」

御団子ヘアーがふわりと揺れる。
女性職員は、シオンの頼みを鼻で笑った。

「もし私が誰かに言いふらしたら? どうする?」

「しばらくの間、おとなしくてもらいますよ。僕のディアルガで……ね」

紫色のボールを構え、ダイヤモンドは静かに囁く。
途端に、女性職員は口元と腹を左右の手で押さえ出した。

「ブッ、フフフフフッ! かっ、可愛い! 何、その台詞? キモ可愛い! 何のアニメの影響うけたの?」

カーッと、ダイヤモンドの顔と耳に朱が差していく。
恥ずかしがっているのか、それともまさか惚れたのか。

「まあ、いいわ。アンタ達の行動を止めない地点で私も共犯者になるわけだし。それに……」

うつむいて、クスッ、と不気味な笑みをこぼして、こう続けた。

「それに、アンタの弱みを握っていれば、そのうち何かに利用できるかもしれないしね」

小悪魔というより、悪魔。



「では、職員さん。どうもありがとうございました」

頭を下げて礼を述べるダイヤモンド。もはやシオンの保護者的存在と化していた。
当のシオンには感謝の気持ちは微塵もなく、オウをぶちのめすイメージで脳味噌がいっぱいになっていた。

「バトル終わったら、報告してくんない? 勝敗、気になるし」

「気が向いたら、また来ますよ。ほんじゃあ行っか、ピチカ!」

――チュウウォォオオオオオ!

パワーアップしすぎたせいか、ピチカが今までにない奇声を上げているような気がしたが、
ここまで来て引き返すわけにもいかないので、シオンは何も聞かなかったことにした。

「行ってきます!」

「また来なよ。ただでさえ客、減ってるんだから」

「今日こそ、偽審判の首ぃ、獲ってやるぜぇ!」

――チュウウォォオオオオオ!

そんなこんなで、二人と一匹はトレーナーハウスを去って行くのであった。



等間隔でずらりと並んだ緑の屋根と緑の街路樹。
トキワの街並みを闊歩しながら、シオンは不安に襲われていた。

もし、この反則を使っても勝てなかったら。
もし、この反則がバレてしまったら。
もし、オウが負けを認めず、駄々をこねて、二回戦を申し込んで来たりしたら。

ダイヤモンドが付いているというのに、
これから宿敵を倒せるかもしれないというのに、シオンの表情に陰りがさす。
勝てないかもしれないという不安と、負けるかもしれないという緊張感に、
シオンの心は今にも押し潰されそうだった。
こんな精神状態では、恐らく、まともなバトルすら出来ない。
今の内に不安要素を排除しておこう。そう決めた。

「なあ、ダイヤモンド」

何の前触れもなく、シオンは振り返る。
ダイヤモンドと目が合った。

「お前さ、”でんきだま”って、何個持ってる?」

シオンは今、悪い顔をしていた。







つづく







あとがき

今回出てきたシオンの反則は、
攻略本とか攻略サイトとかを見ながら書いたんですけど、
間違ってるところとか、矛盾してるツッコミどころとかが、いっぱい転がってるんじゃないかなあ、
という気がしております。
あしからず。

ゲーム内で、このメガゲンシピカチュウ(?)を作ったとしても、
LV20のポケモンがLV50越えのポケモンに勝つのはさすがに無理かなぁ……とか思っております。
実際にゲームでやったらどうなるのか、さっぱりわかっておりません。
あしからず。

次でラストです。
ありがとうございました。


  [No.1221] WeakEndのHelloWin 5 投稿者:烈闘漢   投稿日:2015/02/28(Sat) 22:14:31   37clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

WeakEndのHelloWin
       5







「ジョーイさん! 僕のポケモンが大変なんです! 治療してください!」

「どうしたの? ケガでもしたの?」

「はい。ポケモンバトルしてたら、ダメージ負っちゃって、『ひんし』になっちゃいまして」

「たわけ! ポケモンバトルなんてするから、ポケモンがケガするんでしょうに!
 わざわざ自分からケガさせるような真似しておいて、治せとか、阿呆臭ぁなるわ!」

「え? じゃあ僕のポケモン治してくれないんですか? 職務放棄ですか?」

「いや、するけどー。仕事だしするけどー。でも、やりきれないもんがあんじゃん?」

「はあ……さいですか」

なにやら受付カウンターの側で一悶着あった様子だが、すぐに事は治まった。
静けさを取り戻したポケモンセンターには、眠気を誘うBGMだけが流れている。
清潔感漂う待合室にて、ずらりと並んだ椅子をベッドにして横たわり、
天井の光を眺めながら、シオンは一人、ぼけーっとまどろんでいた。



「『シオン君』って! 『ジ○ン軍』と! なんか似てるよね!」

病院だろうと、客がいようと、お構いなしの大音声が轟き渡る。
ふりかえらずとも、誰かは分かった。
トンカチで釘打ってるみたいな靴音が、シオンに向かって迫り寄る。
寝転がっていた状態から起き上がり、姿勢を正して、座席にしっかり腰かけ直すと、
シオンの隣のビニール椅子が、オウの巨体でどごぉ! と凹んだ。

「遅いぞ偽審判。逃げたのかと思った」

「ダイヤモンド君が! 見当たらないね!」

「今、便所に行ってる」

「ふーん! そーなんだ!」

耳元での叫び声に、たまらずシオンは隣の席へと移動し、オウから少し距離をとった。
こんな騒がしい大人と一緒にいるところを見られていると思うと、なんだかむしょうに恥ずかしくなる。
かといって、こんな恐ろしい外見の大男に注意できる勇者も、この場にはいないであろう。

「とりあえず、これ! 返すよ!」

オウの分厚い手の平が、隣の空席にモンスターボールを乗っけた。
取り上げるなり、すぐさまボールを割り、膝の上に現れたピチカの脇をシオンは両手で持ち上げる。

「無事か! 大丈夫か! 何もされなかったか! 生きてるか! 変な所触られなかったか!」

言いながら、シオンはピチカの全身を舐めまわすかのようになでまわす。
赤い頬をこねたり、黄色い腹の肉をつまんだり、長い耳を軽く引っ張ったりして、ピチカの安否を確かめた。

――ちゅぅううううう

窮屈そうなピチカのいじらしい表情を見入るなり、シオンはホッと安堵の息を吐いた。

「よかった、他のピカチュウじゃなく、ちゃんと俺のピチカみたいだな」

「あと、これも! 渡しておくね!」

次の瞬間、シオンは札束を掴まされていた。

「……うおわっ!」

大金を前に怖気づく。咄嗟に、オウから手渡しされたらしい紙幣を数えた。
オーキド博士のプリントされた一万円札が、おおよそ五十枚、手元で震える。

「って、ちょっと待て。俺は借金ゼロにしろとは言ったが、金をくれとは言ってないぞ。
 あっ、いやもちろん、もらっといてやるけどさ」

「一週間前に! 探偵を雇い! ポケモンレンタルもしたよね!」

「……ああ、その代金を払っとけってことだな。じゃ、気が変わらない内に、遠慮なく」

嬉しくてつい、御礼を言ってしまいそうになるも、なんとかこらえ、札束を財布の奥へとしまいこんだ。
(せっかくだから、探偵代もレンタル代も支払わないで、
 このまま冒険の旅という名の夜逃げでもしてしまおっかなあ)
などという不埒な企みがシオンの脳裏をよぎった。

「すっかり騙されてしまった!」

オウの大声に、ピチカは尖った耳を折り曲げて、くしゃっと顔を歪ませる。
可哀想だったので、シオンはそっと、ボールの中に戻しておいた。

「よりにもよってピカチュウだったから!
 だから僕は!
 君が『ポケモンアニメの主人公』の真似事をして喜んでいる馬鹿だと、勘違いしてしまっていたんだ!」

「え? それ俺、けなしてね?」

「いや!
 ピカチュウだったから勘違いしたわけじゃない!
 君がもう少し賢そうな顔をしていれば!
 ポケモンが外に出ていることに!
 何か理由があると疑っていたかもしれないのに!」

「なんてひでえ言い草だ……」

自分が馬鹿そうな顔で良かったと、素直に喜べそうにはなかった。

「とにかく僕の負けだ! 君の反則を見破れなかったから!」

「……は!? なんて!?」

シオンは信じられないモノを見る眼つきで、オウの横顔を見上げた。

「は? いや、だってお前……力尽くで負けがなかったことにしたり、
 無理矢理俺を反則にしたり……屁理屈で駄々をこねたりとかしないのか?」

「そんな悪いこと! 僕にはとても出来ないよ!」

「何をたくらんでる? 潔いぞ。お前のような人間が、素直に負けを認めるなんて考えられん」

シオンはオウの見開いた目玉の瞳孔を、疑いの眼差しでジッと観た。
ふいに浅黒い顔面から、ニヤリ、と鈍い金歯を覗かせる。

「僕としても不本意なんだ! 反則の証拠くらい、でっちあげたかったさ!
 けどね、そんなことをしたら! 僕はぶっ殺されてしまうじゃないか! ダイヤモンド君にね!」

「ああっ。そうか。そうだったなぁ……」

結局、すべて、ダイヤモンド一人の力で解決したようなものだった。
自分はいなくてもよかったのだ。
分かっていたはずなのに、むなしくなった。

「そうか。全部アイツの手柄ってわけか。そいつは面白くねぇなぁ」

ピチカのボールを握りしめて、哀しい表情をするのを我慢した。
反則とはいえ、自分のやって来た努力と勝利を認められないのは、悔しくて悲しくて歯痒い。
一度、軽い深呼吸をして、憎しみを紛らわせる。

「あのさ、お前さ、なんで、んなことすんだよ」

「んなこと、って!? 心当たりがありすぎて分からないよ!」

「ほらあれだよ、何でその……トレーナー狩り? みたいなことをやっていたんだ?
 俺達からから金奪って、けど、金が欲しいってわけじゃないんだろ?
 じゃあ、お前がトレーナーを襲う意味って何なんだ?」

「トレーナーが増えすぎだから消してくれ! って、この国に頼まれた!」

「嘘臭いなあ。
 けど確かに、国が味方しているなら、あんな恐喝がまかり通ったりもするかもしれない。
 じゃあ、何で国がそんなことをお前に頼んだんだよ?」

「この国に! 弱いトレーナーはいらない! だってさ!」

「あのバンギラスを倒せなかったトレーナーを、弱いと決めつけるのは未だ早いだろ。
 今はともかく、いつかは強いトレーナーや強いポケモンになってるかもしれないじゃないか。

「そんなことは知らないよ! 負けた方が悪い!」

「む……だが真理ではあるな、それ。
 負け犬の分際でトレーナーを続けようなんて、おこがましいにもほどがあるよな」

そう言うシオンも、すでに二度、敗北している。
しかし、人生を賭けてポケモントレーナーを目指すシオンにとって、
趣味や遊びのつもりでポケモンバトルをする者達を、非常に鬱陶しく思っていた。
特に仕事や学業の片手間にポケモントレーナーをやっている連中は、
木端微塵に砕け散ってほしいと心の底から願っていた。
シオンはトレーナーになると同時に、高校進学をあきらめている。

「僕も一つ聞きたいな! どうしてシオン君は! 反則ばっかり使うんだい!」

「負ければ金取られるんだぞ。人目とか罪悪感とか、一々気にしてられるか」

「それって、要するに! 勝つ作戦を思いつけなかった! ってことじゃないのかい!?」

「……え? 何だって?」

シオンは顔面をぐしゃぐしゃに歪ませ、怒りをぶつけるようにしてオウを睨んだ。

「お前、言ってたよな。こんなレベルの差を覆せるわけがない、的なこと言って驚いてたよな。
 そのお前が、ディアルガやらメガバンギラスとやらに勝つ作戦があった、って言えるのかよ?
 反則なしでピチカが勝つ方法があったっていうなら、教えてくれよ、なあ」

「僕に勝ったトレーナーが! 君だけとは限らないよ!」

「そんなことは聞いていない。どういう作戦を使えばお前に勝てたんだ、って聞いてるんだ」

「僕を倒したトレーナーが! 強いポケモンを持っていたとも限らないし! 反則を使ったとも限らないよ!」

「……本当の話なのか? お前に勝ったトレーナーが、俺の他にもいるのか?
 それって、ダイヤモンドのことじゃないのか?」

シオンが前屈みになって尋ねた直後、オウがいきなり立った。

「ぼく もう いかなくちゃ!」

「は?」

「ニビシティの皆が待ってる! 僕の審判をね!」

「いや、ちょっと待てって。また借金取りしに行くつもりか」

シオンがオウの腕を掴むと、あっさりと、強引に振りほどかれてしまう。

「誰だよ、お前を倒したヤツって! どっか行く前に答えろよ! 気になるだろ!
 意味深なこと残して立ち去ろうとしてんじゃねえよ! うぉい!」

「早くニビシティの皆にも! 現実教えに行かないと!」

迷いのない足取りでコツコツ鳴らし、オウがシオンの側から離れてゆく。
巨体を察知した自動ドアが、ウィーンと開くと、オウの動きがぴたりと止まった。

「ねえ、シオン君! いくら反則で勝てるようになったからって! ポケモンバトルは強くなれないよ!」

そして、振り返りもせずに、オウは去って行った。
紫色の背広は、閉まった自動ドアのガラス越しへと向かい、すぐに見えなくなる。
気が付くと、シオンは一人になっていた。

「……分かってるよ。そんなことくらい」

反則を使わなければ、勝利はもたらされないのか。
これから先、ずっと反則を続けていかなければならないのか。
苦悩と葛藤は不安となり、ハッキリとしないモヤモヤが胸中で渦巻きだす。
しかし、この嫌な気持ちが、トレーナーにならなければ味わえなかった気持ちだと気付くなり、
シオンはひどく幸せな気持ちになった。



静けさを取り戻したポケモンセンターの片隅で、シオンは一人、戸惑っていた。
三千円を破られ、『きんのたま』を握られ、借金を背負わされ、バイトをさせられ、
そんな憎い宿敵であるオウ・シンとたった今まで自分は普通に会話をしていた。
昨日の敵は〜今日の友って〜、それはなんだか気味が悪い。
反則の不安など、もうどうでもよくなっていた。

「いや〜、シオンさん。物凄くドでかいのが出ましたよ〜。ふんばった甲斐がありました〜」

背後から、ダイヤモンドの呑気な声がやって来た。
シオンは振り返りもせず、握っていたモンスターボールを後方に見せつけた。

「おっ? ということは……シンさん、もう行っちゃったんですか?」

「お前と入れ替わる形でな」

「あひゃあ。それで? シンさん、なんて?」

「もう悪い事はしません。だってさ」

「絶対嘘ですね、それ」

ひょいと、ダイヤモンドがシオンの隣に腰掛ける。随分とスッキリした顔をしていた。

「つまり、シオンさんが勝ったってことで、いいんですよね?」

「うーん、まあアイツは負けを認めたわけだから、そういうことでいいんじゃないか」

「それはよかった! 『ときのほうこう』を三回も使って、時間を戻した甲斐がありましたよ〜」

「……えっ?」

言葉の意味を理解するなり、一瞬遅れて、シオンの全身から血の気が引いた。

「お前っ……なんだって?」

「いえいえ、なんでもありませんよ。冗談ですから」

「まさか……俺が負ける度に……時間を……」

「で・す・か・ら、冗談ですって!」

「……ああ、そうか。冗談か。そうかそうか」

「ハハハ。そうですよ。はい」

ダイヤモンドが何を言ったのか、本当はハッキリと聞こえていた。
しかし、これ以上の詮索はいけないと、シオンの本能が告げている。
その言葉が嘘か真実か、追及する勇気はなく、分かったような態度をとって誤魔化すしかなかった。

「そういえば、シンさん、どこかに行くって言ってました?」

「あいつならニ……いや、えっと……あいつ確か、シンオウ地方に行くとかなんとか言ってたぞっ」

なるべくさりげなく、シオンは嘘を教えた。
オウがニビシティでトレーナー狩りを再開するというのは、シオンにとって実にありがたい行為であり、
ダイヤモンドにそれを止めに行かれるわけにはいかなかった。
なにせ、ポケモントレーナーが少しでも減ってくれれば、
その分シオンがポケモンマスターになりやすくなるからだ。
(俺の野望のためだ! 喜んで犠牲になれ、ニビ人どもっ!)
自分が悪魔のような笑みを浮かべていると、シオンは気付いていない。

「それでは、トキワシティの平和も守られたことですし、そろそろ僕も、旅立とうかな、と」

「もうこの町に用はない、ってところか。なら最後に、ポケギアの番号でも、交換してくれないか?
 せっかくの縁だからよ」

「いいですよ。ちょうどジョウトでふらついてた時に買ったのがあるんです」

「助かる」

言いながらシオンは、左手首を突き出して見せた。
旧式の、漆黒カラーの腕時計型ポケギア。
対してダイヤモンドが取り出したのは、最新モデル、ヴァイオレットの卵型ポケギア。
格差社会を垣間見た気がした。
向かい合ったポケギアで赤外線通信を開始する。
ピロピロ電子音の後、登録完了の文字がポケギアの画面に浮かびあがった。

「サンキュー、ダイヤモンド。これでいつでも、困った時はお前を呼ぶぜっ」

「えええっ! 普通、逆じゃないですか!? 困った時はいつでも呼んでくれ、じゃないんですかぁ!?」

「何言ってんだ? 俺より圧倒的に強いお前が困るような問題、
 俺に解決出来るわけがないじゃないか」

「まあ、確かに、そうかもしれませんけどぉ……」

ダイヤモンドは腑に落ちない様子で、顔を強張らせている。
何のメリットもないのに、シオンごときに利用される派目になったのが気に入らないのかもしれない。
このままではポケギアの番号を消されかねないので、慌てて別の話題にすり替えた。

「それで、お前、これからどこに行くつもりなんだ?」

「シオンさんこそ、これからどうするつもりなんですか?
 正直言って、僕は心配です。また悪いことするんじゃないかって……」

「さっきトキワシティまるごとぶっ壊したお前が『悪いこと』とか、よく言えるな。
 まぁ、それはいいとして、
 あの偽審判、トキワのトレーナー全員をカツアゲして所持金零円にしちまったっていうし、
 つまり今のこの町じゃあバトルで勝っても賞金がもらえない。
 ってことは、俺ぁ、フレンドリィショップのバイト、続けるしかないんじゃないかあ?」

「ではシオンさんも旅に出てみたらいいんじゃないですか。ポケモンバトル武者修行の旅にでも」

「いや、そもそも俺は金もなければ食料もないんだ。隣町に着く前に餓死してしまう。
 ひょっとして、すれ違ったトレーナーから金品だけでなく食料まで巻き上げろってことか?
 それは構わないんだが、変な噂広まったら、誰も俺とバトルしてくれなくなるだろうし……
 なんとかして口封じ出来ればいいんだがなぁ……」

「駄目ですよ、そんなことしたら!」

「じゃ、どうすりゃいいのよ、俺は?」

「そうですねぇ……では、ジムに挑戦するとかどうですか?
 シンさんも自分が倒せないトレーナーが相手じゃ、お金、むしりとれないでしょうし」

「お前、分かってて言ってるのか?
 トキワシティのジムリーダーっていったら、ジムリーダーの中でも最強と言われてるジムリーダーなんだぞ」

「そんなに手強い相手なら、勝った時、たくさんお金がゲットできますね。これで隣町にも行けますよ」

「よし。それじゃあ今の内に新しい反則技でも考えとくか」

「いや、ですから、駄目ですって!」

「んだよ、お前、さっきから。誰の味方なんだよ!」

「正義の味方ですよ!」

「共存戦隊〜……」

「ホウエンジャー!」

なれあっている内、ふと、シオンは気付いてしまった。
トキワシティの隣町といえばニビシティではないか。
ニビシティに到着した時、既に街のトレーナー全員がオウの支配下にある可能性がある。
なんだか行きたくなくなってきた。

「やっぱ俺、しばらくは、この町でいいや」

「いいんですか、それで?」

「まあ、なにすりゃいいかわからんけど、そのうちなんとかなるだろ、たぶん」

楽観的思考というよりは、もはや思考停止に近い。
これからもずっとトキワシティに幽閉され続けるしかない。そう考えると、シオンは少し憂鬱になった。
ふわっと、ダイヤモンドが席を立つ。

「僕はこれから、霊峰白銀に向かおうかと思ってます」

「シロガネ山のことか?
 なるほど、それでトキワシティなんてしけた田舎なんかにはるばるやって来たわけだな。
 それで……山籠りでもするつもりか。これ以上強くなって、どうすんだよ?」

「『レッド』というトレーナーを探そうと思ってます。
 なんでも、ディアルガが本気を出しても勝てないくらい強いトレーナーだと聞きまして、
 是非ともバトルしてみたいなあ、と」

「……『レッド』? その人、シロガネ山なんかにいないだろ?
 それに、トレーナーじゃなくて博士だった気がするけどなぁ」

「知ってるんですか!」

キョウミシンシンイキヨウヨウ。
シオンにガッツクかのよう、前かがみになって、ダイヤモンドは尋ねる。

「確かテレビに出てたんだよな。ポケモン○ンデーとかいう番組で……」

「それで、どこにいるか分かりますか。その『レッド』さん」

「テレビに出てたんだから、多分、ヤマブキとかじゃないか? ちなみに俺の苗字もヤマ……」

「ありがとうございます! じゃ行ってきます!」

シオンが言い終わる直前に、身を翻し、全速力でダイヤモンドは走り去ってしまった。
自動ドアが閉まり、あっという間に一人取り残されてしまう。
ポケモンセンターのBGMが、いつもより切ない音色で響いていた。

心地よい寂しさの中、天井を見上げながら、シオンはうんと伸びをする。
オウに勝ち、借金を失くし、全てが上手くいったおかげで、ようやくゼロの状態に戻ってこれた。
今日くらい、肩の荷を下ろし、御祝いとして遊び呆けていたくもなる。
静けさの中、ここでしばらく昼寝でもしようかとも思った。

だがしかし、こんなところでボケーっとしていられる暇などシオンにはない。
ポケモントレーナーを続けたいのならば、休んでいる余裕もなければ、
勝利の余韻に浸っている間も一秒だってありはしないのだ。
時間が惜しい。
頬を叩いて、席を立つ。

「おし! そんじゃあ早速、ジム戦にでも行ってきますか!」

リュックを担ぎ、帽子を被り、ピチカの入ったボールを握って、シオンは再び戦場を目指す。
闘志を宿した眼差しと、
勢いの付いた足取りで、
ポケモンセンターを後にした。







おわり







あとがき

よくぞ最後まで読んでくださいました。本当にありがとう、おめでとう、素晴らしい、見る目があるよ君、
感謝の嵐でございます。

なんだかシオンさんが、バイトを無視して、これからジム戦に挑もうとしてる気配がありますけど、
このオハナシはこれでお終いです。続きません。俺達の戦いはこれからだ、的な打ち切りエンドです。

なにせ、私はとんでもないくらい遅筆なもんですから、
このオハナシを完全に完結させようとした場合、
私の残りの人生が全て無くなってしまいます。

死ぬ間際に「もっと色んな事しときゃあ良かったあ!」、って叫びながら絶命するより、
「わが生涯にいっぺんのなんちゃらー!」って言ってくたばりたいもんじゃありませんか。

なので続きは書きません、たぶん。撃ち斬りDEATH。面目ない。

そんなこんなで、マサラタウン(のポケモン図書館)にさよならバイバイです。
何か機会があればいずれどこかでお会いいたしましょう。
ありがとうございました。