この駅は今日もうざったくなる程人が集まっている。
ここを通学に使う身としては、ここを訪れる修学旅行生や外人、旅行に来たおっさんおばはんが邪魔で仕方ない。
特に外人なんて最悪で、タチが悪いと道を聞いてくる。
こちとら英語の成績ひどいんだ。これ以上ない迷惑である。
道くらい調べてから来なさい。
などと一人で悪態をつきながら歩いていると、唐突に肩を叩かれた。
「おはよ」
幼なじみの宇田由香里(うだ ゆかり)であった。
「おはよ」
こいつとは家が近所な上に親同士が仲良しだったせいか、幼稚園以前からの知り合いで、小学校も中学校も一緒だった。
と言えど中学校に入る春のときに由香里の父が東京に赴任することになり、一緒に東京に行って一時離れることになってしまった。二年後の中学三年の春には戻って来て再び同じ中学で学ぶことにはなったのだが。
そしてたまたま同じ高校に入り、今のように同じ通学路を行くことに。
決して悪い奴ではないんだが、ちょっと絡みがめんどくさいところがあるのがたまに傷。
「昨日寝不足でめっちゃ眠いわ……」
「何してたん?」
「ネット」
「相変わらずやなあ。ほらもうあくび移ったやん」
一つ大きなあくびをすれば、由香里も続いて大あくび。は、いいんだが叩くな、痛い痛い。
朝の駅は今日も変わらず人で雑多していて、改札口は人と人がぶつかりそうになる。
駅を抜けて学校までの長い長い徒歩の時間を学校の話やら他愛のない話で潰していると、由香里がこんな話を切り出した。
「そういや来週のバトチャレ行く?」
バトチャレとはバトルチャレンジの略で、ポケモンの公式イベントのことだ。
ゲームとカードの対戦が行えるイベントで、特にゲームのようにWi-Fiなどなく対戦機会が少ないカードにとっては絶好のイベントである。
丁度学校の側のショッピングモールで行われるので、交通費も定期があるし行こうかと誘われたのだ。行かない手はないだろう。
「中学生以上は午前はカード部門のみで午後はゲーム部門のみやってさ。両方出るやろ?」
「当たり前やろ」
と、言ったはいいが気になる点が少しばかりある。
「日付は?」
「安心しーや。別になんかと被ったりはしーひんから」
「せやったらええねんけど」
その後は話題が再び学校の話に戻り、長い道のりを歩いてようやく学校に辿り着く。
階段を登り我ら一年生の教室のある二階に着くと、由香里と離れた。高校までも同じ俺たちだが、俺と由香里は隣のクラス同士である。
デッキをどうしよう。
今日はほとんどそんなことを考えていた。なんせここしばらくまともにデッキを組んでいなかったものでどう構築していいかが手探り状態だ。半日考えていたらもう下校時刻になっていた。時の流れが早すぎる。
「どないしたん? そんな鳩がロケットランチャーを喰らったような顔して」
「鳩死んでるぞそれ」
学校から駅までの長い道を、一人デッキを考えながらのんびり帰っていると行きと同じように由香里が声をかけてきた。
「うん、せやから啓史の顔が死んでるような顔」
「ケーシィ言うな」
啓史と言うのは俺の下の名前で、名字は森。この下の名前を伸ばすとケーシィに聞こえるからそう呼ばれたりすることがあるのだが、呼ばれる度になんだかバカにされたように言われるのでただの蔑称でしかない。個人的には嫌いな呼び名だ。
「言うてへんわ! ちょっと自意識かずっ、過剰ちゃう?」
「なんやねん、詰まるとこちゃうやろ」
「うっ、うっさいなぁ」
からかうように笑ってやると、由香里が顔を赤らめて、すぐにプイッと前を向く。横髪のせいで由香里の顔が見えなくなる。
ちょっと怒らせてしまったのか、会話は絶えて周囲の雑踏しか聴こえなくなる。
こういう沈黙は大の苦手。こうなった責任をもってこちらから話しかける。
「噛むといえばさぁ」
「せや、バトチャレのことやねんけど」
「俺の話……」
「他に誰か誘った?」
「え? ああ、誘ったよ」
そう聞くと由香里は右手を軽くデコに当てた。この動作に果たして何の意味があるのか。
「で、誰誘ったん」
「タカ」
「ホンマに杉浦好きやなぁ」
タカというのは杉浦孝仁(すぎうら たかひと)という俺の親友の名前である。高校は別々だが、由香里同様付き合いが長い。
彼は俺や由香里のようにカードはやらないが、ゲームが非常に強くてそこそこ名が知れている。
ちなみに私見だが非常にイケメンである。
呼び方で分かるかもしれないが、俺とタカはかなり仲がいいが、由香里とタカはそんなに仲がいいわけではない。せいぜい友達ってとこだ。
「杉浦は朝から来んの?」
「うん。来るって言ってた」
「朝はカード部門だけやのになんで来るん?」
「聞いたところだと理由は一人で行くのが嫌っていうのと、(※)野良試合したいからやってさ」
※野良試合・ポケモンのワイヤレス通信を利用し、適当な人と対戦をすること。
「なるほどな、納得したわ」
「まあタカ自体は場所わからんし賢明な判断やろ」
ようやく着いた駅のホームでは今にも新快速が出ようとしていたところだった。
鞄を閉まろうとしていた扉に挟み、無理やり扉を開かせる荒業を使って乗った電車はいつもより乗客が多かった。
夏は終わったがまだ九月。熱気が溢れる車内では、一日の疲れが直接に体に来てデッキを考えるまでに思考能力は届かなかった。