1
季時九夜が授業を終えて廊下に出ると、一人の生徒とぶつかった。視線を下に向けていたので、目に入ったのは制服のスカートだった。季時は身体を教室に戻して、顔を上げた。
「あっ、きゅーやんごめん」
「廊下は走らない」
「走ってないよ」
常川という女子生徒だった。胸のところに、服を着せた黄色いネズミを抱えていた。制服にもところどころ黄色いものが見える。意識しているのだろう。
「廊下を走らなければ僕とはぶつからない」
「走らなくても双方がよそ見をして歩いてればぶつかるんじゃない?」
「じゃあ追加しよう。廊下でよそ見はしない」
「きゅーやんだってよそ見してたじゃん」
「僕は教室にいたよ」
常川は頬を膨らませる。どうして怒りを表す時に人間は頬を膨らませるんだろう、と季時は思った。頬の膨張率に何か因果があるのだろうか。少なくとも威嚇しているようには見えない。可愛らしくすらある。
「じゃあ、今度から気をつける」
「まだ話がある。校舎内では、ポケモンはボールに入れて携帯するのが校則だ。校則違反は、ここまで至近距離で見てしまうと、見逃せない」
「もう授業終わったしいいじゃん。あとホームルームだけだし」
「校則は授業中だけ適用されるものじゃない」
「はいはい」
「はいは一回か十回、どっちがいい?」
「はーい」常川はまたふてくされて頷いた。「でも、ちゃんと服着せてるし、悪さもしないんだからいいじゃん」
「悪さをするから校則があるんじゃない」
「じゃあ何のためにあるの?」
「何かのためにあるんじゃないよ」季時はようやく廊下に足を踏み出した。「ただ校則はあるだけ」
「それじゃ納得出来ない」
「校則は納得するためにあるんじゃないよ」
「じゃあ校則なんていらないじゃん」
季時が教科室に向かおうとするのを、常川が追跡する。他の生徒が、季時の姿を見て、挨拶をしてくる。
「その通り、校則なんていらない」
「じゃあなくせばいいのに」
「なくしたくてなくせないもので地球は出来てる」
「大人の都合」
「人間の都合だよ」季時は階段を降りる。常川がそれに続いた。「早くボールにしまった方がいいんじゃない。僕はいいけど、他の先生は僕より厳しい」
「……はぁい」
「いい返事だ」
常川は携帯電話についているボールで、黄色いネズミを回収した。縮小するとビー玉ほどの大きさだ。携帯電話か、バッグについていることが多い。
「なんでうちの学校ってこんなに校則厳しいの?」
「厳しい校則があるのがうちの学校なんだよ」
「そういう話がしたいんじゃなくて」
「服は感心しないな」
「え?」突然の話題の切り替えに、常川は戸惑う。
「服。ポケモンに服を着せるもんじゃない」
渡り廊下を進み、棟を移動する。こちらには実験室や教科関係の教室がある。季時の城もそこにある。
「なんで? 可愛いじゃん」
「僕にはそうは思えない」
「それはきゅーやんのセンスが悪い」
「君はポケモンが好きなんじゃなくて、服が好きなわけ?」
「違うよ。可愛いポケモンが可愛い服着てるのがいいんじゃん」
「可愛さに可愛さを足すとあくが強いなあ」
B棟と呼ばれるその校舎の三階に、季時の城がある。生物準備室という名前の部屋だ。生物を担当する教師は季時しかいないので、完全に季時の個人部屋だった。
「で、君はいつまでついてくるの」
「んー、たまにはきゅーやんの部屋でも覗こうかと思って」
「僕に拒否権は?」
「ないよ」
「そう。じゃあ、どうぞ」季時は部屋に常川を案内した。「ホームルームまであと六分。教室まで二分。時間が四分ある。まあ、ごゆっくり」
「はー……いつ来てもすごい部屋だよね。ポケモングッズだらけ。でも、いい加減掃除したら?」
「するよ」
「あ、そうなの? いつ?」
「決めてない」
生物準備室は物で溢れかえっていた。それは全部ポケモンに関する物だった。季時が担当している生物学は九割以上ポケモンに関する授業を展開する。使用する資料も全てポケモンに関するものだった。
「私も早くきゅーやんの授業取りたいなー」
「生物学は二年から。今は真面目に化学を勉強しなさい」
「別に化学とか興味ないんだよねー。ポケモンのことが知りたいだけだからさ」
「知ってどうするの?」
「え、何それ、禅問答?」
「いや、これは完全に個人的な興味」季時はインスタントコーヒーの瓶を空けて、中身をマグカップに入れる。「僕はポケモンのことなんて知りたくないから」
「え、だってきゅーやんポケモンの先生じゃん」
「うん、そうだよ。常川君もコーヒー飲む?」
「すぐホームルームだけど……」
「ああ、そう。僕は担任じゃないから、ホームルームないんだけどね」季時は電動ポットからお湯を注いだ。「で、なんでポケモンのことを知りたいの?」
「え、それはだって……興味あるから」
「ふうん。でも、ポケモンならそこにいるじゃない」
季時は常川の携帯電話を指差した。ボールがぶらさがっている。先ほどの黄色いネズミが入っている。
「いるけど、だから、それについて勉強したいの」
「勉強がしたいなら一人でも出来るよ。教科書もあるし、参考書もあるし、学術書もあるし。そんなに知りたいんだったら僕が教えてあげてもいい。授業外でね」
「なんか、きゅーやん今日いじわるじゃない?」
「怒ってるからね」スプーンでマグカップをかき混ぜながら季時は言う。
「え、なんで?」
「君がポケモンに服を着せるから」
「そんなに怒ってたの?」
「激怒してるよ。憤怒と言い換えてもいいかな」
「なんで?」
「四分経つよ」季時は時計を指差して言った。「教えて欲しかったら、授業外に教えてあげるから、またおいで」
「今教えてくれてもいいじゃん」
「説明するのに七分はかかる」
「……じゃあ、ホームルーム終わったら来るから」
「走らない、よそ見をしない」
「はーい。分かってるってば」
常川は部屋から出て行く際、小さく唇を尖らせた。これもあまり威嚇しているようには見えないな、と季時は思った。
2
「あの、季時先生、聞きたいことがあるんですけど」
ホームルームが終わって三分が経過した頃、一人の女子生徒が季時の元を訪れた。二年生の塚崎という生徒だ。大人しい風貌だ。赤縁のメガネとセーラー服に黒髪が似合っていた。生物学を取っている生徒で、勉強熱心な子だった。
「何? 授業内容だったら聞きたくないな」
「いえ、個人的な相談なんですけど」
「そう。じゃあ聞くよ」季時は立ち上がって、塚崎をエスコートし、書類を取り除いた椅子に勧めた。「ああ、ドアの鍵を閉めておいて」
「え、どうしてですか?」
「邪魔者が来ると話が途切れるから」
塚崎は不思議そうにしながら内鍵を掛けた。
「で、質問って?」
塚崎は椅子に腰掛けて、バッグの中から四角いケースを取りだした。膝の上でその蓋を開く。中には六つ、ボールが入っていた。それを固定するように、ボール型に穴の開いたスポンジが敷き詰められている。
「私のポケモンのことなんですけど」
「ああ、うん。続けて」
「この前、友達に連れられて、ポケモン用の服屋に行ったんです。それで、可愛いと思うものがあったので買って、着せてみたんですけど……なんだかそれから機嫌が悪いんですよね。私、何かしちゃったかな、と思って」
「ああ……そう。ひどいことするなあ。世が世なら犯罪者だ」
「えっ」
「何? 最近、ポケモンに服を着せるの、流行ってるの?」
「えっと……どうでしょう。前から結構。でも、最近、駅前にお洒落なお店がオープンしたので、それで最近みんな、行ってるみたいですよ」
「なるほどね。塚崎君が行くレベルとなると、もうこの学校の女子生徒は全員行ってると考えて良さそうだね」
「それはどういう意味でしょう」
「そのお店がすごくお洒落って意味だよ」季時は微笑んだ。「で、全員に着せたわけ?」
「あ、いえ、この子だけなんですけど……」
塚崎は一つのボールをつまんで、季時に手渡した。季時は慣れた手つきでそれを元の大きさに復元させると、足下にあった本を蹴散らした。
「体長は? というか、ポケモンの種類は?」
「あ、イーブイです」
「三十センチか。もう少しかな」さらに本を蹴散らす季時。「特異個体だったりしないよね。つまり、大きさは平均だよね」
「普通ですね」
季時が床にボールを転がすと、イーブイが現れた。イーブイは外に出るなり、辺りを見渡して、そこが自分の知らない場所だと気づき、不安そうにしていた。
「ああ、なるほど、こりゃ相当に機嫌が悪いな」
「先生、分かるんですか?」
「全然。でも、悪いんでしょう?」季時は不思議そうに言った。「さて、ちょっと触らせてもらうよ」
季時はイーブイを抱き上げる。イーブイは、相手が知らない人間ではあったが、あまり嫌悪感を示さなかった。季時という人間は、そういう人間だ。ポケモンに嫌悪感を抱かせない才能を持っていた。悪意や善意というものがない、まったくの無邪気な人間だったからだ。
「なんで服を着せようと思ったの?」
「えっと……可愛いかな、って」
「イーブイ、可愛くないかな?」
「え? 可愛いですけど」
「あのねえ、服ってのはさ、センスなわけだよ」
季時は珍しく真面目な顔になった。
「センスですか」
「うん。ポケモンって、いつも裸ん坊でしょう。でも、裸でも、いいセンスだよ。そうやってね、成長して、進化して、時代の中で個性を身につけて行ってるわけ。もう、何万年もかけて自分のスタイルを確立しているのもいるわけだよ。それがさ、十何年しか生きていない小娘に否定されて、センスの欠片もない服を着せられたら、怒るよね」
「……そうなんですか」
「多分ね」季時はまたイーブイに向き直った。「それか、単純に息苦しかったかどっちかかな」
「どっちなんですかっ」
「両方かな。そもそも血の気の多い種族なんだからさ、戦いに無駄な布なんてつけたくないでしょう。ああ、これか」
季時はイーブイの胸毛から、一本の糸くずを取り出した。それは緑色をした、明らかに人工的なものだった。
「糸くず……」
「イーブイってね、胸のところ、四肢が届かないんだよ。それに、毛が長いから、深部にあるものはなかなか取れないんだ。これ、豆知識」季時はイーブイを塚崎に渡した。「何が起きてたかって言うと、人間で例えると、耳の、鼓膜辺りに砂鉄が三粒くらい入ってて、それが取れないまま、部屋に閉じ込められて、訴えることも出来ない、って気分かな。ちゃんと謝っておきなよ」
「そんなにひどかったんですか……」
「さあ。例えだから分からないけど、まあ、似たようなものだと思う」
「ごめんね、イーブイ」
塚崎がイーブイに謝罪の言葉を述べると、イーブイは怒ったように、身体を大きくしてみせた。これこそ威嚇のあるべき姿だな、と季時は思った。
「服を着せるのって、良くないんですね」
「え、別にいいんじゃない?」
「どっちなんですかっ」
「いや、双方の合意があるならいいと思うよ。そういうものでしょ。なんでもそうだけど、一方的なものって良くないよ。ああ、塚崎君、コーヒー飲む?」
「え?」急な話題転換に塚崎はついていけない。
「インスタントじゃないやつ。それを飲むなら授業内容についての質問も受け付けるけど」
「えっと……じゃあ、いただきます」
「あのねえ、コーヒーメーカーで淹れると、絶対に美味しい一人分は作れないんだよ。かと言ってさ、二人分作っても、飲むのは一杯でいいんだよね。実際は三人分出来ちゃうんだけどさ。まあ、これはね、ポケモンと人間の関係と一緒だよ」
「それ、どういう意味ですか?」
「意味はまだ考えてない」季時はコーヒーメーカーをセットし始める。「塚崎君、ちょっと、二百円あげるからさ、購買で良さそうなお菓子買ってきてよ」
「えっと……はい」
「ついでに、ポケモンに服を着せるのは良くないって噂、広めて来てくれるかな」
3
常川は季時の言うことが気に入らなかった。教室でクラスメートと雑談の延長戦をしたあと、B棟にある生物準備室に向かって歩いていた。
別にポケモンに服を着せるのがポケモンのためにならないというのなら納得が出来る。しかし、その理由をちゃんと伝えてもらえないと、納得がいかない。常川が生物準備室のドアをノックすると、「開いているか確認して」と暢気な声が帰ってきた。
「失礼します」
「あれ、常川君か。五パーセントの予想が当たった」
「なんですか?」
「いや、こっちの話。そっちの話は?」
「さっきの話を説明してもらいに来ました」
「コーヒーが入るまであと五分かかるし、今から話すと二分オーバーするから、そのあとでいい?」
「別にいいですけど。ここ、座っていいですか?」
「そこは先客がいるんだよ」
常川はもう一つの椅子の上にあった書類を床に移動させて、座り込んだ。部屋は中心にダイニングテーブルが置いてあった。上は書類や本だらけなので、物置としてしか機能はしていない。季時は一般的なデスクを利用していた。その上は、比較的片付いている。
「誰かいたんですか?」
「塚崎君」
「ああ、塚崎先輩ですか」
「知ってるの?」
「はい。部活の先輩ですよ」
「冗談はもっと面白い方がいいな」
「本当ですよ」
「え、だって、塚崎君、手芸部だろう?」
「そうですよ。私も手芸部です」
「……そうかあ、人生は驚きの連続だなあ」
「どういう意味ですか」
「額面通りの意味だよ」
二人が話していると、塚崎が戻ってきた。手には羊羹が四つ握られていた。「あ、常川さん」と、来客の存在に気づいて、小さく頭を下げた。
「こういうものしかなかったんですけど」
「コーヒーに羊羹かあ」季時は渋い顔をしながら羊羹を受け取って、デスクに置いた。「そうか、君、なかなかいいセンスしてるね」
「ありがとうございます」
「やっぱりきゅーやんセンスないよ」
「いや、僕には僕のセンスがあるよ。センスがない、という言葉は一方的だな。さっき、一方的なのは良くないって話をしただろう?」
「聞いてませんけど」
「うん、君にはしていないけど、僕はしたんだよ」
常川は今にも怒り出しそうだった。季時の人を食ったような話し方が、いちいちかんに障った。だが、どうやらこういう話し方はある程度親しい間柄の人物に限定されるようなので、嬉しいような、苛立たしいような、複雑な気分だった。
「常川さん、どうしたの?」
「きゅーやんに抗議に来たんです」
「授業を受けに来たんじゃなかったの?」季時が訊ねる。
「似たようなものですよ」
「それもそうだね」季時は否定しなかった。「ところで常川君、塚崎君のイーブイがね、服を着せたおかげで機嫌が悪くなって、今僕のところに相談に来たんだよ」
「え、そうだったんですか?」
「うん……先生に見てもらおうと思って」
「それ、本当に服が原因だったんですか?」
「いや、僕は違うと思うな」
「えっ」驚いたのは塚崎だった。「先生、さっきと言ってることが……」
「間違ってないよ。イーブイの機嫌が悪くなった直接の原因は糸くずだからね。要因は服だけど。さて丁度三人分のコーヒーが出来たからみんなで飲もう。君たち、羊羹食べる?」
「いらない」
「いただきます」
季時の汚れたマグカップとは違う、綺麗なコーヒーカップが二つ出て来た。この部屋にも、最低限の客人をもてなす用意は出来ているようだった。
「砂糖とかあります?」常川が訊ねた。
「あるけど、どうするの?」
「コーヒーにいれます」
「それはもうコーヒーじゃないよ」
「私、苦いと飲めないんです」
「今回だけだよ」季時はスティックシュガーを常川に放り投げた。
「あるんじゃないですか」
「一応ね。ではここから授業を始めようか」季時は身体を二人の女子生徒に向けた。「そうやって、なんでもかんでも自分好みにして、君らはどこに行くつもりだい?」
「え、どこに行くって……別に、ここにいますよ」
「君たちがね、その、制服を改造したりとか、制服の上にセーターを着たりとかするのを、僕は否定しないよ。それは君たちの問題だからね。でも、ポケモンに服を着せたら、君一人の問題じゃないわけだ。分かる?」
「……?」塚崎は首を傾げた。「ポケモンにも主張する権利があるということですか?」
「うん。じゃあ、例えば常川君が僕のものになったとしよう」
「いやですよっ」
「いやでもなるんだよ。ポケモンはそうやって捕まえられるんだからね」
季時の声はいつもと違い、少し強ばっていた。
「中には望んで飼われるポケモンもいるかもしれないね。でも大半はね、自分の意思とは関係なく飼われるんだ。哀れだね。その上、自分の意思や理想とは関係ない服を着せられると思ってごらんよ。例えば常川君にはそうだな、バニーガールのコスプレをさせよう」
「きゅーやんそういうのが好きなの?」
「いや、嫌いだよ。僕が好きなのは袴にブーツ」
「あ、それお洒落ですね」塚崎が言った。
「うん、塚崎君が例えば僕のものになって、袴にブーツという格好をさせられるのは、お互い合意の上だ。でも、常川君はバニーガールが嫌だろう?」
「嫌に決まってるじゃないですか」
「ポケモンもそう思ってるかもしれない」
季時が言うと、常川は黙り込んでしまった。
季時はしばらく常川の答えを待ったが、しゃべり出しそうにないので、話を続けた。
「センスが良い悪いとかさ、そういうのじゃなくて、まあ、つまり、服を着せるという行為の中に、お互いの心は通じ合ってるのか、ってところかな。はい、七分経ったよ」
季時はそう言って、コーヒーを飲み、羊羹をかじった。そして、「悪くないね」と呟いた。
「それは、服を着たいかどうか、ピカチュウに聞いてみろってことですか?」
「聞けるものならね。でも、聞けないでしょう」
「……聞けないです」常川は項垂れる。
「じゃあ、特別に、簡単な見分け方を教えてあげようか」
季時は白衣のポケットからボールを取り出した。それは、常川や塚崎が利用しているものとは大きさが違った。季時の世代では一般的なボール。現代では、少し時代遅れのボールだ。
「見ててごらん」
季時がボールを床に放ると、中からカゲボウズが現れた。カゲボウズは季時を見ると、喜んですり寄ってくる。そして、季時の白衣のポケットを探った。
カゲボウズはポケットの中から、赤いリボンを取り出した。そしてそれを口に咥えると、季時の手に置いた。季時は慣れた手つきで、それをカゲボウズの頭にくくりつけた。
「彼女のお気に入り」
「可愛いですね」塚崎が言った。「自分でつけてって持って来るんですか?」
「そう。これはね、彼女がつけたがるんだ。僕もまあ、悪くないと思うから許可してる。常川君、僕たちはね、自己満足のためにポケモンを捕まえたんだ。だったら、それ以上のことは、せめてポケモン側が訴えるまで、待ってあげるべきじゃないかな。僕らが自分の勝手で捕まえた都合はなくならないわけだしね。これが人間の都合。さっき話しただろう?」
「うん。ごめん、きゅーやんの言う通りだと思う」
「いい子だね。きっといいパートナーになれるよ」季時は笑顔を見せた。「ところでさあ、その駅前に出来たっていう店、なんて名前?」
「え、先生、行くんですか?」
「うん。そんなにみんなが行くなら、僕も行こうかなと思ってさ」
「服着せるの?」常川が怪訝そうに訊ねる。
「彼女が気に入ればね」
「でも、店内はポケモン連れ歩き禁止だったはずですから、一緒には見られないと思いますけど……」
塚崎が言うと、季時はげんなりとした表情をした。
「ポケモンはボールに入れて携帯しろって?」
「そう、ですね」
「そのルールは、一体何のためにあるんだ」
「ルールって、何かのためにあるの?」
常川が訊ねると、季時は溜め息をついて言った。
「いや、ルールはあるだけだ」