始まりは、貴女の笑顔でした。
マスター、覚えていますか、あの日のことを。初めて私と貴女が出会った日のことを。
マスター、私ははっきりと覚えています。
私が生まれて初めて見たものは、貴女の笑顔でした。初めて感じた温もりは、貴女の腕の中ででした。初めて聞いた声は、貴女の声でした。
「よろしくね、リオル」
嬉しそうな貴女の声を、笑顔を今でも覚えています。貴女の笑みは、貴女の声は、貴女がくれた温もりによく似ていました。
マスター。私は太陽を見る度、貴女の笑顔のように暖かだと思います。太陽のような笑顔ではなく、貴女の笑顔のような太陽なのです。
全てがそうなのです、マスター。
暖かな日差しは貴女の眼差しのようです。まどろみの心地よさは貴女に抱きしめられているようです。木の葉が揺れる音は貴女の囁き声のようです。柔らかな風が頬を撫ぜる感触は、優しく撫でてくれた貴女の手のようです。
この世のあらゆるものは、貴女が教えてくれました。私の世界は、貴女を中心に回っているのです。
あの日、私に笑いかけてくれたあの時から、私の心は貴女の傍に在ることを望んだのです。
私がまだリオルだった頃、貴女はよく私を抱っこしてくれました。私はそれがとても好きだったのだけれど、同時に歯がゆく思っていました。
私は強くありたかったのです。貴女を、守りたかったから。
でもマスター。
この身を犠牲にして貴女を守ったなら、きっと貴女は悲しんで怒ったのでしょうね。
けれど、もしもそれで貴女が守れるのなら、私には何一つ惜しくなかったのです。
早く強くなりたくて、無謀な戦いを何度もしました。それを初めて決心した日、私はぼろぼろになって動けなくなってしまいました。そんな私を貴女は見つけてくれましたね。
貴女が来てくれた時、私は信じられなかった。何も言わずに出て行ったのだから、貴女がいるだなんて到底信じられなかったのです。でも貴女は来てくれた。それがどんなに嬉しかったか。
貴女の所へ行こうにも体は思うように動いてくれなくて。貴女が抱きしめてくれた瞬間、私は安心して涙が次から次へとこぼれて止まりませんでした。
貴女に心配をかけたかった訳ではありません。でも、結局はそうなってしまったことをとても申し訳なく思っています。
ただ私は、強くなりたかった。そうして貴女を守りたかったのです。
貴女と一緒に何度も何度も戦って。何度も何度も負けて。悔しくてたまりませんでした。負けては泣く私を貴女は抱きしめてくれました。貴女の腕の中は暖かくて、余計に泣いてしまったことを覚えています。
私は貴女に守られてばかりで、いつも貴女を見上げてばかりでした。
ある日、やっとルカリオに進化して距離は縮まったけれど、やっぱり見上げることに少しがっかりしました。でも、貴女を守れるだけの力を手に入れて、私は嬉しかった。
あの時、貴女は私と手をつないでくれました。それまでは貴女の後ろをついて歩くだけだったのに、初めて貴女の隣を歩いたのです。貴女の後ろではなく、隣にいられることがとても幸せでした。
初めてつないだ貴女の手は抱きしめてくれた時と同じように暖かでした。そして手をつなぐことが嬉しくて恥ずかしくて、それでも貴女の手は決して離すまいと、強く思ったのです。
貴女のすぐ傍で、隣で貴女を守る。それがただ幸せでした。
ずっとそうやって生きていくのだと、思っていました。
でも私は
結局、私は臆病だったのです。何が『貴女を守る』でしょう。何が『貴女のすぐ傍で』でしょう。
私にはそんな資格などなかったのです。
約束しました。
「ずっと一緒にいてね」
貴女がそう言ってくれたから。
あの時感じた想いを、どう表現すればいいのか私は知りません。ただ、あまりの幸せに泣きたくなったのでした。私も、貴女と一緒にいたいと願っていたから。貴女もそう思っていてくれてとても嬉しかった。
「約束、だよ」
その時に貴女がくれた微笑みも、はっきりと覚えています。あの時、貴女が見せた不安げな顔も震えた声も、吐く息の白さも降り注ぐ星達もみんなみんな覚えています。だって、貴女との想い出を忘れることなどできないのですから。
誓いました。
私の全てで貴女を守ると。
貴女は私の全てをくれたから。
貴女と出会ったあの時に。貴女がくれた微笑みと温もりと一緒に。
世界に、貴女に誓いました。
それなのに、
マスター、知っていましたか。貴女が笑って下さる度に私の心は幸せに満ち溢れていたことを。
マスター、知っていましたか。貴女が私を呼ぶ度に私がたとえようのない喜びを感じていたことを。
マスター、知っていましたか。貴女を呼ぶ私の声にどんな想いが込められていたかを。
マスター、知ってましたか。私が貴女を、
マスター、ねぇマスター。答えてください。
私は、守りたかったのです。貴女を、貴女だけを。
――物言わぬ貴女は冷たい。
私の生きる意味は貴女を守ることだと思っていました。
なのに、マスター。貴女がいない。
世界の中心を喪って、私はどうしたらいいのでしょう? 今だって、世界の中心は貴女なのに。
もし貴女に告げていたなら、未来は何か一つでも変わったでしょうか?
どうしても欲しかったくせに、どうせ手に入らないと決めつけて手を伸ばさなかったことを後悔しています。手を伸ばせば一瞬でも欠けらでも貴女に届いたかもしれないのに。届くとか届かないとか本当は関係なくて、私はただ臆病者でした。今の関係が壊れて貴女の傍にいられなくなることが恐ろしかったのです。でも伝えることにこそ、意味があったのだと今更気づきました。けれど、どんなに嘆いても悔やんでもあの頃には戻れないし、貴女も帰ってはこない。
当たり前のように享受していた、貴女の隣にいられる奇跡を私は知らなかった。
貴女の幸せを願っていました。貴女を守りたいと思っていました。でも、私は臆病者でした。怖がってばかりでした。結局私は貴女に守られていたのです。貴女の優しさに甘えていたのです。自分が傷つくのを恐れて貴女に想いを伝えなかった。
臆病過ぎた想いは貴女に届かないまま全てを失ったのです。
貴女で始まった世界は貴女を喪って、もはやただの抜け殻でしかない。
だけどマスター。私が今すぐ貴女のもとへ向かうことを、貴女は赦してくれないのでしょうね。
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